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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)解説全体概要 人類進化の経過にともなう医学的見解の変遷。病気と健康。スタールの生気説とその克服。モルガーニ以来の病理学的な解剖学の登場とその意味。体液病理学と細胞病理学。病気のプロセスと自然のプロセス。比較解剖学の意味。形式の力。筋肉の生理学。トロクスラーの病気概念。第1講-第1回 最初は、医学者を対象とした「精神科学と医学」の連続講演をはじめるにあたっての前置きの部分になっています。いわゆる唯物論的な方向性をもった現代医学のあり方への批判的視点が提示され、これまでのそうした見方から自由になることの必要性を語っています。おそらくほとんどの皆さんが、医療生活の未来に期待しておられるであろうことのうち、ほんのわずかな部分しかこの講習で触れることができないのは当然のことかもしれません。と申しますのも、この点については皆さんにもご同意いただけると思いますが、医学の分野における、真の、将来確実な活動は、医学的研究そのものの改革に関わっていると言えるからです。一回の講習で伝えられることだけで、せいぜい何人かの人々にこのような医学的研究の改革に参画しようとする衝動を起こさせるぐらいでは、こういう改革を促進するにはほど遠いのです。とはいえ、今日でも医学の分野で論義されていることは、そのもう一方の極、背景に、医学的活動が解剖学、生理学、及び生理学全般によって準備されるという方法を有していて、こうした準備を通して医師たちの考え方は最初から特定の方向に導かれております。何よりもまず、こうした方向から離れることこそが必要なのです。さらに、シュタイナーは、今回の連続講演をはじめるにあたって、そのプログラムを提示しています。その内容は4つに分類されているといいます。 1)病気の本質を把握することを阻んでいる事柄について2)医学活動の基盤としての人間認識の方向性について3)治療の可能性について4)参加者からの質疑応答今回の連続講演でお話したいことに行き着くために、考察すべきことを以下のような一種のプログラムに分類したいと思います。まず第一に私が皆さんに、今日一般に行われている研究において、真に事実に即した病気の本質そのものを把握することを阻んでいる事柄をいくつか提示したいと思います。続いて私は、医学的活動の真の基盤となり得る人間の認識を、どのような方向に求め得るかを示したいと思います。第三に、人間とその他の世界の関係を認識することによる、合理的な治療の可能性を指摘したいと思います。そしてこの時に、治療というのはそもそもが可能であると考えられるのかという問いに答えたいと思います。さらに四番目に、これが考察の一番重要な部分かもしれませんが、これは他の三つの観点と組み合わされねばなりませんが、参加者の皆さんひとりひとりに、ご自分の希望、すなわち聞いてみたいこと、この講習で話してほしいことを、明日か明後日までに紙片に書き込んでいただきたいのです。どのようなご希望でも結構です。このプログラムの第4の部分などから、シュタイナーの基本的姿勢がうかがい知れるのではないでしょうか。抽象的な内容を話すのではなく、あくまでも、医学を実践されている方のもっともアクチュアルな問題に答えていくことで、机上の空論ではなく、実践を前提とした内容にしていこうとする意気込みです。なんとしてでもこの講演を意義あるものにしていこうとしているわけです。私はプログラムのこの第四の部分によって、これは先ほど申しましたように他の三つの部分にも取り入れられねばなりませんが、皆さんが、聞きたいことが全然きけなかったと感じつつこの講習からお帰りにならなくてすむようにしたいのです。ですから、皆さんが質問、希望として書かれたこと全てが消化されるようにこの講習を構成するつもりです。それで明日か、でなければ明後日のこの時間までに、皆さんのご希望を記入していただきたいのです。そうすればこの講習を実施する枠内である種完璧にするのに一番良いと思います。 この講演は、精神科学的な見地から医学に提示できる視点を結集して医学者の方々に提示しようとするものです。ですから、既成の医学講習のような枠の中での講演内容ではなく、医学、医師にとって欠かすことのできない重要な内容を考察しようとするものであることが提示されています。今日のところは、前置き、方向づけのための考察にとどめておきたいと思います。出発点としたいのは、私は主として、いわば精神科学的な考察から医師のかたがたに与えることのできる全てを結集するよう努めているということです。私の試みが、そういうものであろう一つの医学的な講習と混同されることは望みませんが、あらゆる点から医師にとって重要と言えることを主として考慮しようと思います。と言いますのも、真の医学あるいは医術というものは、こう言ってよければ、やはり、暗示しました意味で問題になるあらゆる事柄が、そのような医学あるいは医術の構築のために真に考慮されることによってのみ達成されるからです。第1講-第2回 この第1講はこの連続講演を方向づけるための考察を主な内容としているということが明示されていますが、その方向づけに関して基本的なところからシュタイナーははじめています。通常は、「病気とは何か」ということについて、病気というのは「正常な生命プロセスからの逸脱」であり、それによって機能的な障害が起こるというような病気の否定的な規定」だけがなされるのが現状です。しかし、いくらそういう規定をしたところで、「病気と関わる時に何らかの助け」にはなりません。シュタイナーがこの講演で意図しているのは、そういう否定的なあり方ではなく、「病気と関わる時に助けとなり得る実際的なこと」です。そのために、シュタイナーは「時代の流れのなかで成立してきた病気に関する見解」に注目し、それによって方向づけをしようとしています。今日はいくつかの方向づけのための考察から始めるだけにしておきましょう。医師としての皆さんに課題として提示されているものについてお考えになったなら、おそらく皆さんは、「いったい病気とは、病人とはそもそも何なのか。」という疑問に一度ならず遭遇されたことと思います。実際のところ、病気や病人について、あれこれの一見客観的な挿入句で覆われていたとしても、次のような説明以外のものはめったに見いだせません、すなわち、病気のプロセスは、正常な生命プロセスからの逸脱である、人間に作用し、正常な生命プロセスにある人間にはまずもって適合しないある種の事実によって、正常な生命プロセスと生体組織に変化が引き起こされる、そして病気とは、肉体部分の、これらの変化に結びついた、機能的な侵害である、といった説明です。けれどもこれは、病気の否定的な規定以外の何物でもないということは認めざるをえないでしょう。病気と関わる時に何らかの助けになるようなことではありません。そして私がここで何にも増して目指したいのは、まさしくこの、病気と関わる時に助けとなり得る実際的なことなのです。この分野で標準になるものに行き着くためにはやはり、時代の流れのなかで成立してきた病気に関する見解に注目するのが良いと思われます。それは、これが現代において病気という現象を把握するのに必要だと思うからというよりも、病気についてのより古い見解、とはいえ、この見解は現代のそれにまで通じているのですが、この古い見解を考慮すれば、方向付けがより容易になるからです。通常、医学の歴史は古代ギリシアのヒポクラテスからはじまるとされていますが、シュタイナーはヒポクラテスの医学は、古代の医学の終焉だと述べます。古代の医学的見解は、「隔世遺伝的な観照法」によって獲得されたもので、ヒポクラテスの医学でそういう「隔世遺伝的な観照法」が終わったというわけです。そして、ヒポクラテスの医学的見解としてあらわれ、体液病理学として続くような、そういう「西洋における本質的な医学」とされている流れこそが、根本的な誤謬であり、病気の本質についての洞察を妨げているのだというのです。ヒポクラテス派の医学では、「人間の生体組織において共に作用している体液の適正でない混合のなかに、あらゆる病気の本質を探究」し、「正常な有機体において体液はある一定の比率を保っていなければならず、病んだ肉体においては、体液にこの混合比率からのずれが生じる」としていました。また、自然存在を構成しているものを土、水、空気、火の4つだとし、生体組織においても、その4つの要素が、黒胆汁、黄胆汁、粘液、血液として特徴づけられていて、そうした体液の適正な混合を「クラーシス(Krasis)」、不適正な混合を「ディスクラーシス(Diskrasis)」と呼んでいました。そして、体液が不適正な混合である場合、それに働きかけるのが治療だったわけです。皆さんがご存知のように、通常、医学の歴史が考察される際、5世紀と6世紀の古代ギリシアにおける医学の成立が指摘され、ヒポクラテスが指摘されます。そして少なくともその際、ヒポクラテスにおいて見解として現れ、その後いわゆる体液病理学へと続き、根本的には19世紀に入ってもなおある程度重視されていたものによって、あたかも西洋における本質的な医学が展開され始めたかのように感じさせられると言うことができます。しかしながら、このことがすでに、人々の犯す最初の根本的な誤謬であり、これは実際根本においてあとあとまで影響を残し、今日においてなお、病気の本質についてとらわれのない見解に至るのを妨げているのです。この根本的な誤謬をまずは取り除かねばなりません。他ならぬこのヒポクラテスの見解を捕らわれなく見る人にとって、この見解はひょっとするとすでに皆さんお気づきかもしれませんが、ロキタンスキーに至っても、つまり19世紀に入ってもある程度重視されているのですが、このヒポクラテスの見解は単なる始まりではなく、同時に、しかもたいへん重要な程度において、古くからの医学的見解の終わりなのです。いわばヒポクラテスから始まるものにおいて、私たちは太古の医学的見解の、最後の濾過された残滓に出会うのです。これら太古の見解は、今日私たちが探究する方法、つまり解剖学的方法によっては獲得されず、古代の隔世遺伝的な観照法によって獲得されたものなのです。ヒポクラテスの医学の位置づけをまず抽象的に特徴づけようとすると、実際、ヒポクラテス医学をもって、古代の隔世遺伝的な観照法に基づく医学が終わりを遂げたというのが一番良いでしょう。外的に言って、もっとも外的にしか言われていないのですが、ヒポクラテス派は、人間の生体組織において共に作用している体液の適正でない混合のなかに、あらゆる病気の本質を探究していたと云えるでしょう。彼らが指摘したのは、正常な有機体において体液はある一定の比率を保っていなければならず、病んだ肉体においては、体液にこの混合比率からのずれが生じるということでした。適正な混合がクラーシス(Krasis)、不適正な混合がディスクラーシス(Dis-krasis)と呼ばれました。さて、それから当然、再び適正な混合にもどるように、不適正な混合に働きかけようとする試みがなされました。外界において、あらゆる自然存在を構成しているとみなされた四つの構成要素は、土、水、空気、火です。火といっても、これは今日私たちがもっぱら熱とよんでいるものなのですが。人間の生体組織においては、動物の有機体においてもこれらの四要素は、黒胆汁、黄胆汁、粘液、血液として特徴づけられていると見なされました。そして、適正に混合された血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁から、人間の生体組織は機能しなければならないと考えられたのです。記:ヒポクラテスは、エーゲ海のコス島のケファロスという町に生誕。代々、医術を施してきた高貴な家系でした。父はヘラクレイデス、母はプラクシテア、祖父は初代ヒポクラテス、祖母はパイナレテで、彼は二代目ヒポクラテスになります。ヒポクラテスの生まれた家系は、医師アスクレピアデスの血を受け継ぐ家系でギリシア神話に登場する医学の神様であるアスクレピオスの子孫とされています。ヒポクラテスの最大の功績はそれまでの医術から呪術や迷信を切り離し、病気を科学的に捉え、科学としての医学を発展させ、医師という職業を確立し、西洋医学の基礎を築き上げた事です。注:ヒポクラテスの誓い(日本語訳)現実に医学部で使用されているものではなく直訳したものを記す。 医の神アポローン、アスクレーピオス、ヒュギエイア、パナケイア、および全ての神々よ。私自身の能力と判断に従って、この誓約を守ることを誓う。 この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。 師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。 著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。 自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。 依頼されても人を殺す薬を与えない。 同様に婦人を流産させる道具を与えない。 生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。 どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。 医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。 この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう。 しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。参考画:Hippocrates第一講(本文・解説付) 解説第1-2回了哲学・思想ランキング
2024年07月31日
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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)本文 1920年 3月21日/ドルナハ 1-5 私たちが本来人間の本質にあるものを見い出そうとするならば、このような、一面においては形態観察であり、他面においては質の観察であるような観察を出発点とせねばならないでしょう。ここで再び、失われてしまったものへの帰路が、病気の本質を単に形式的に定義することにとどまりたくなければ、ぜひとも必要なものへの帰路が開けてくることでしょう。実際形式的な定義のみでは実践においてあまり多くをてがけられないのです。なぜなら、考えてもみてください、非常に重大な問題が発生するのです。私たちは根本的に、私たちの環境から、地上的な薬物のみを取り入れてきました。その薬で変化をきたした人間の生体組織に働きかけることができるのです。けれども人間においては、地上的でないプロセス、あるいは少なくともそのプロセスを地上的でないプロセスにする力が作用しています。従って次のような問いが出てくるのです、つまり、私たちが病んだ生体組織とその物質的な地球環境との間に相互関係として引き起こすもののなかに、いかにして、病気の状態から健康な状態へと導く相互作用を呼び起こすことができるのかという問いです。私たちがいかにしてこのような相互関係を引き起こすことができるのか、その結果、この相互関係を通じて実際に、人間の生体組織の中で活動している力に影響を及ぼすことができるのかということです。この力は、たとえそのプロセスが食餌療法のための指示などであったとしても、私たちがそこから薬物を選べるようなプロセスが現れているもののなかには現れてこない力なのです。最終的に特定の治療へと導かれ得るものが、人間の本質を正しく把握することといかに密接に関わり合っているかがお解かりだと思います。そして私たちをこの問いの解決へと上昇させることができるはずの、まさに最初の要素を、私は人間と動物の差異から全く意識的に取って参りました。勿論、動物だって病気になる、場合によっては植物も病気になるではないか。最近は鉱物の病気についてすら議論されていますし、だから病気になることについては動物と人間を区別すべきではないという非難は非常に容易なのではありますが、この非難は後で取り除かれるでしょう。人間の医学において前進する目的で動物の本性を単に調べることからは、長い間には医師たちは得るところが少ないということがわかってくると、この差異が認められるでしょう。人間の治療のために動物実験から達成できることが若干あるのは全く確かなのですが、なぜそうなのかもいずれ判明するでしょうが、それはやはり、動物と人間の組織の間には極めて細部にいたるまでどんな根本的な差異があるかについて、徹底して明確に認識されている場合のみなのです。従って問題なのは、医学の発達にとっての動物実験の意味をそれに応じた方法でますます明確にしていくことです。さらに引き続き皆さんに注意していただきたいのは、このような地上を越えた力を指摘せねばならない時は、いわゆる客観的法則、客観的自然法則を常に指摘できる時よりもはるかに、人間の人格が要求されることが多いということです。むろん重要となるのは、医学の本質をずっとインテュイション的なもの(Das Intuitive)へと調整すること、何らかの関係で病気であったり、健康であったりする人間の生体組織、個々の生体組織の本質を、形態の現象から推論する才能によって、形態観察のための直観が鍛えられているということが、医学の発展においてまた未来に向けて、よりいっそう大きな役割を果たさねばならないということなのです。こういう事柄は、先に申しましたように、一種の前置き、方向付けのための前置きとしてのみ役立てようと思います。と申しますのも、きょうはここで、化学や通常の比較解剖学によっては到達できないもの、精神科学的な事実の観察に移行する時にのみ到達できるものに、医学は再び目を向けなければならないということを示すことが問題だったからです。このことに関して今日人々はまだ多くの錯誤に身を委ねています。医学の霊化のために物質的な薬に霊的な薬を置き換えることが重要であるはずだと考える人もいます。けれども、特定の領域で正当なことは、全体としては正しくないのです。なぜなら、とりわけ重要なことは、物質的な薬剤にどのような治療価値を置き得るのかを霊的なやり方で認識すること、すなわち物質的な薬剤の評価に精神科学を適用することだからです。つまりこれが、私が先に挙げた、人間と他の世界との関係を認識することによる治療の可能性を探すことという部分の課題となるでしょう。記:医学の霊科学化は、神経神学や認知神経科学、心理学、哲学など、さまざまな学問分野との結びつきにより、人間の科学性と宗教性を活用し、自己や世界をよりよく理解することを目指しています。このアプローチは、科学的知識の発展を通じて、霊や精神に関連する現象を理解するための新たな視点を提供しようとしています。 私は、これから特殊な治療プロセスについて語るべきことができるだけ基礎のしっかりしたものであるように、また個別の病気において、これもひとつの自然のプロセスにちがいないいわゆる異常なプロセスと、これもまた自然のプロセスに他ならないいわゆる正常なプロセスとの関連についてひとつの見解が得られることを、できるだけ全てが目指すようにしたいと思います。病気のプロセスもやはり自然のプロセスであるということと、そもそもどうやって折り合っていくのかという問い、この根本的な問いが生じてくる時はいつでも、これは謂わばちょっとした付け足しとして触れておきたいことなのですが、人はいつもできる限り早くこの問題から逃げ出そうとするのです。例えば、トロクスラー(☆15)はベルンで教鞭をとっていましたが、興味深いことに、すでに19世紀の前半に非常に熱心に次のようなことを指摘していました。すなわち、いわば病気の正常さということが探究されねばならないこと、それによって、ある方向へ、つまり私たちの世界と結びついていて、正当でない穴を通ってくるように私たちの世界へすべり込んでくるある種の世界を、結局は認知することに行き着くような方向へと導かれること、そしてそのことによって病気の現象に関して何らかのものに到達しうることを指摘していたのです。考えてもみてください。ここではざっと図式的に説明するだけにしておきますが、何らかの世界、つまりその世界の法則からすれば全く正当な事柄が、私たちの世界では病気の現象を引き起こすようなそういう世界が背後に存在するとしたら、その世界が私たちの世界に入り込んでくるある種の穴を通じて、別の世界においては全く正当な法則が、私たちのところでは災いを引き起こすことも可能なのです。トロクスラーはこういうことを目指して努力していました。たとえ彼の述べたことが、少なからぬ点において曖昧で不明確であったにせよ、彼が医学において、まさに医学という学問の健全化を目指す道の途上にあったことは注目に値します。私はかつて、かのトロクスラーがベルンで教えていた頃、ある友人と、トロクスラーが同僚たちの中でどのように見られていたか、また彼の提案によって何がなされたかを調べてみたことがありました。しかし、大学の歴史について多くの事柄が記されている事典の中でトロクスラーに関して発見できたことはただ、彼は大学で何度も騒動を巻き起こしたということだけでした。記載されていたのはそのことだけで、彼の学問上の意義については何ら特別なことは発見できなかったのです。さて、先に述べましたように、きょうはこういうことだけを指摘しておくつもりでした。皆さんの希望されることを取り入れつつ私の意図するところを述べることができるように、どうか明日か明後日までに皆さん全員が希望を書いて提出してくださるようお願いいたします。そうして初めて、皆さんの希望から、この連続講演に必要な形式を与えることができるのです。それが最も良いやりかただと思います。どうか実り多いものにしてくださるようお願いいたします。参考画:病理解剖学/pathological anatomy (第一講・終了)□編集者註☆1 ヒポクラテス:Hippokrates 紀元前460-377☆2 ロキタンスキー:Karl Freiherr von Rokitansky 1804-1878 病理解剖学教授。『病理解剖学教本』3巻、ウィーン、1842-1846☆3 ガレノス:Claudius Galenus 131ー200頃 ガレノス著作全集20巻、ライプツィヒ、1821-1833☆4 パラケルスス:Philippus Aureolus Paracelsus Theophratus von Hohenheim1493-1541 著作全集多数、たとえばズートホッフ[Sudhoff]版。☆5 ファン・ヘルモント:Johann Baptist van Helmont 1577-1644☆6 パラケルススのようにアルケウスについて語る:『オープス・パラミールム』☆7 シュタール:Georg Ernst Stahl 1577-1644 アニミズム(物活説)の代表者。☆8 エルンスト・ヘッケル:Ernst Haeckel 1834-1919☆9 ヨハネス・ミュラー:Johannes Mueller 1801-1858 ベルリン大学生理学教授。☆10 モルガーニ:Giovanni Battista Morgani 1682-1771 主著『解剖所見による病気の所在と原因について』ヴェニス、1761、ドイツ語版 アルテンブルク、1771-1776☆11 ロキタンスキー:☆2参照。☆12 ハーネマン:Christian Friedrich Samuel Hahnemann 1755-1843 ホメオパシー[Homoeopathie]の創始者。 主著『合理的治療学のオルガノン』ドレスデン、1810☆13 シュヴァン:Theodor Schwann 1810-1882リエージュおよびレーヴェン大学解剖学ー生理学教授。 主著『動物と植物における構造と成長の一致に関する顕微鏡研究』ベルリン、1839☆14 ウィルヒョウ:Rudolf Virchow 1821-1902 ヴユルツブルクおよびベルリン大学病理解剖学教授。 「病理解剖学および生理学、治療医学のためのアルヒーフ」をフロリープと共同で設立。『生理学および病理学的組織学に基づく細胞病理学に関する講義』(ベルリン、1859)において細胞病理学を詳述。☆15 トロクスラー:Ignaz Paul Vital Troxler 1821-1902 著書『人間の本質へのまなざし』アアラウ、1812 『人間の認識の自然科学または形而上学』アアラウ、1828 『哲学に関する講義、人生に関する内容・教育の限界・目的及び応用に関する講義』ベルン、1835□訳註*1 ヒポクラテス:Hippokrates 紀元前460-377 ヒポクラテスはBC460年頃エーゲ海の一島コスCosに生まれ、父はヘラクレイデスという医者であった。コスにはアスクレピオスの大きい神殿があり、ギリシャ医学の中心地であった。若いヒポクラテスは初め父からコス派の医術を学び、それからギリシャ国内を巡歴して遠くエジプトの北部まで足をのばし、いたる所で他の流儀をも学び、豊かな経験を身につけた。遊歴する医者Periodeutとして生涯を送ったが、アテネやコスには比較的長く住んだと言う。晩年にはテッサリアに行き、ラリッサにおいて没した。*2 ロキタンスキー:Karl Freiherr von Rokitansky 1804-1878*3 ガレノス:Claudius Galenus 131ー200頃 ガレヌスはヒポクラテスと並んで西洋の古代医学の二大巨匠とされる。古代の医学を集大成し自らも多くの価値ある実験を行い、著作の量も膨大であり医学を系統だてた。彼は実験生理学の創始者ということができ、その学説は十数世紀にわたって欧州やアラビアで金科玉条とされた。*4 パラケルスス:Philippus Aureolus Paracelsus Theophratus von Hohenheim 1493-1541 スイスのチューリッヒ近郊アインジーデルンに1493年に生まれる。フェラーラで医学をおさめ、その後欧州各地を遍歴して実地医学を身につけ、自然の観察と実験にもとづく独自の医学を確立する。1527年、市医および大学教授としてバーゼルに招聘されたが、アカデミックな環境、伝統的な生活様式や職業的慣例に順応できず、結局市議会と衝突してバーゼルを去る。その後も各地を遍歴しつつ診療と著述をなし、1541年、ザルツブルグで没した。独特の文体を駆使したその著述は、生理学、病理学、衛生学、内科学、外科学といった医学の全分野から、錬金術、一般博物学にまで及ぶ。 *5 ファン・ヘルモント:Johann Baptist van Helmont 1577-1644 ブリュッセルに生まれて、まずルーヴァンで哲学を学び、ついで法律に転じてその後に医学をおさめた。二十二歳でドクトルとなり、五年間諸地をめぐって後に郷里で開業した。化学実験を多く行なったが、パラケルススと同様自然神秘思想的傾向を強く有している。 1624年異端の疑いを受けてその裁判が二十年も続き、投獄されたこともある。酵素作用の重要性を認め、またガスという言葉を創始したと言われる。*6 アルケウス K.ゴルトアンマー『パラケルスス』(みすず書房)より; 植物にも、生命の精気(Lebensgeist)は与えられており、「表徴者アルケウス」(ArchaeusSignator)がすでに植物の外形に、その本性と治癒力との表徴を刻印している(たとえばアザミは内蔵の刺痛に効くとされている)。「アルケウス」は、世界の大いなる原理の一つなのだ。やはりアルケウスも、宇宙的な生命力であり、原動力なのである。それは、自然における秩序原理、もしくはエンテレヒーと解することができる。アルケウスは、「諸力を秩序だてる者」であり、「配置者」(dispensator)であり、アルケウス直属の「職工」が、水銀・硫黄・塩なのである。アルケウスを配置したのは神であり、それはパン職人やブドウ栽培者と同じ働きをする。その仕事は、アタナール(化学炉)内での錬金術的課程に模することができる。ついには大宇宙全体がアルケウスと同一視されることにもなる。とはいえ、アルケウスが一個の個体原理であることに変わりはない。(P53)*7 シュタール:Georg Ernst Stahl 1660-1734 ホフマン、ブールハーヴェとともに、医学界の三巨匠とされた。彼らは体系学者と呼ばれる。物理派と化学派を統合し、ライプニッツの思想を加えて、生命や病気の解釈を体系化しようとした。 *8 ヨハネス・ミュラー:Johannes Mueller 1801-1858 ライン河畔のコブレンツに靴屋の子として生まれた。ボン大学で医学をおさめるが、そのときの解剖学への深い傾倒が、その後実物に即してのみ考える習慣をもつのに大いに役立ったという。ついでベルリンで生理学者のルドルフィに学び、またボンに帰り、1830年正教授となる。3年後にベルリン大学に転じて、解剖学、生理学、病理学を一人で兼ね教えた。生理学では神経系と感覚器に関する研究を多く行い、解剖学ではとくに生殖器の発生などについて業績をあげた。動物学、発生学、比較解剖学、生理学、化学、心理学、病理学など、あらゆる方面で活躍した。病理解剖学では顕微鏡を用いる方向に深く進んだ。その著書『人体生理学全書』は、この世紀の金字塔と言われる。*9 モルガーニ:Giovanni Battista Morgani 1682-1771 フォルリに生まれ、ボローニャで医学をおさめ、19歳のとき、解剖学者ヴァルサルヴァの助手になった。29歳の時パドアの解剖学教授となり、90歳の高齢で没するまでその職にあった。多数の人体解剖を生前の病状と照らし合わせながら地道に行い、それをまとめた大著「解剖所見による病気の所在と原因について」を、1761年80歳のときに出して、一挙に病理解剖学を打ち立てた。*10 ハーネマン:Christian Friedrich Samuel Hahnemann 1755-1843 ホメオパシー(類似療法。健康な人に投与すると、ある病気の症状と類似した症状を引き起こす薬物を、実際に病気にかかっっているひとにごく少量希釈して投与することによって患者の体内の治癒力を呼び覚ます治療法)の創始者。ドイツのマイセンで生まれ、ライプツィヒ大学で医学を学びウィーンで臨床医の研修をした後、エルランゲンで学位を得る。マラリアの治療薬であるキナ皮を健康な人間が服用すると、マラリアと類似の症状を引き起こすという事実を確認し、それをもとに、ホメオパシーの考え方を発展させた。*11 シュヴァン:Theodor Schwann 1810-1882 細胞説を樹立。1839年の「動物と植物の構造と成長における一致について」という論文において、動物も植物と同じく細胞からできていることが初めて述べられる。*12 ウィルヒョウ Rudolf Virchow 1821-1902 ポメラニア生まれで、ベルリンの軍医学校に学んだ。病理解剖学をめざしてすすみ、これと臨床医学との提携を生涯の仕事として大きな成果をおさめた。1849年にヴュルツブルグの教授となり、7年後ベルリン大学に転じた。そして1858年に『細胞病理学』を著した。ガレヌスの液体病理学は遠く過去のものとなり、モルガーニは病気の座として器官を考え、ビシャーはそれを組織においた。ウィルヒョウはさらに生活体の単位である細胞にその座を置いたのである。彼は「すべての細胞は細胞より生ず」という生物学の鉄則をつくった人である。 1863-68年には『病的腫瘍論』を著わす。ウィルヒョウは長い間病理学の法王ともいえる最高の地位にあった。人類学にも造詣が深く、政治的にも活躍して民間政党の率い、ビスマルクと渡りあったといわれる。 ■参考:『医学の歴史』(小川鼎三 中公新書) 『ドイツ「素人医師」団』(服部伸 講談社選書メチエ) 『パラケルスス』(K・ゴルトアンマー/柴田健策・榎木真吉訳 みすず書房) 「精神科学と医学」(GA312) 第一講本文 1-5了 ・1完了哲学・思想ランキング
2024年07月30日
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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)本文 1920年 3月21日/ドルナハ 1-4 さて今度は、ロキタンスキーの「病理学的解剖学」出版後の20年間が、医学の本質の原子論的・唯物論的考察にとっての本来の基礎をなす期間となったことに注目してみたいと思います。古くからのものは、奇妙なことに、なおも19世紀前半に形成された表象の中に入りこんでいるのです。ですから、例えば、植物細胞の発見者と言えるシュヴァン(☆13)(*11)はなお、細胞形成の根底には、ある種の形式化されてない液体形成、彼が胚胞とみなした液体形成があるという見解を持っていますが、この液体形成から細胞核が硬化し、細胞原形質が周囲に分化するのを観察するのは興味深いことです。シュヴァンがなお、細分化していく方向に流れる特性を内在させている液体的要素に依拠していること、そしてこの細分化を通して細胞的なものが発生することを観察するのが興味深いのです。さらに興味を惹くのは、人間の生体組織は細胞から構成されているという言葉で総括し得る見解が、その後次第次第に形成されていくのを追求することです。細胞は一種の基本的有機体であり、人間の生体組織は細胞から構成されているという見解は、実際今日あたりまえになっているものでしょう。さて、シュヴァンがなおもその行間に、いやその行間以上にと申し上げたいのですが、この有していたこの見解は、つまるところ古代の医学の本質の最後の名残りなのです。なぜならこの見解は原子論的なものには向けられないからです。この見解は、原子論的に現れてくるものである細胞質をきちんと観察すれば決して原子論的には観察できないもの、つまり液体的な何かから生じてくるものとして観察します。この液体的なものが力を内在させていて、この力が自らのうちから原子論的なものを分化していくというのです。19世紀の40年代と50年代のこの20年間に、より普遍的であった古代の見解は終焉に向かい、原子論的な医学的見解が黎明を迎えます。1858年にウィルヒョウ(☆14)(*12)の『細胞病理学』が出版されたのがまさしくその時でした。実際この二つの著作、つまり1842年のロキタンスキーによる著「病理学的解剖学」と、1858年のウィルヒョウの著「細胞病理学」の間に、近代の医学的思考における大きな飛躍的転回を見い出さねばなりません。この細胞病理学により根本的に、人間に現れてくるものはすべて細胞作用の変化から推論されるようになります。公的な見解にしたがって、すべてを細胞の変化に基づいて構築することが理想とみなされます。ある器官組織の細胞の変化を研究し、この細胞の変化から病気を理解しようとすることにこそ理想が見出されるのです。こうした原子論的観察は実際容易なものです。つまるところそれは自明の理とでも言うべきものなのですから。すべてをこのように容易に理解できるように作りあげることができます。こうして、近代科学はあらゆる進歩をとげたとはいえ、この科学はあいもかわらずすべてを容易に理解することを目指し、自然の本質と宇宙の本質はきわめて複雑なものなのだということを考えてもみないのです。さてこれは簡単に実験で確かめられるでしょうが、例えばアメーバは水中でその形を変化させ、腕のような突起を伸ばしたり、また縮めたりします。それからアメーバが泳いでいる水を暖めたとします。すると、ある特定の温度になるまでは、突起を伸ばしたり縮めたりするのがだんだん活発になるのがわかります。その後、アメーバは収縮してしまい、もはや周囲の媒体で起こっている変化について行けなくなります。また、この液体のなかに流れを作り出すと、アメーバはその体を球状にし、流れをあまりに強くすると、最後には破裂してしまうのが観察されます。このように個々の細胞が環境の影響によってどのように変化するかを研究し、そこから、いかに細胞の本質の変化により次第に病気の本質が構築されるかという理論を形作ることができるわけです。20年間に起こった転換によって到来したもの、これらすべての本質とは何なのでしょうか。この時ひき起こされたものは、今日公認された医学のすべてを貫いているものの中に実際生き続けています。この時ひき起こされたものの中に生きているのは、やはり、まさしく唯物論的な時代に形成された、世界を原子論的に理解しようとする傾向に他なりません。さて、次のようなことに注意してくださるようお願いいたします。私は、今日医学に携わっている人は、必然的に、そもそも病気とはいったいいかなるプロセスなのかという疑問を提示せざるをえないということに皆さんの注意を向けることから出発いたしました。病気は、人間の生体組織のいわゆる正常な状態からいったいどのように区別されるのでしょうか。と申しますのも、このような逸脱に関するポジティブな観念をもってのみ活動もできるというものなのに、公認の科学において通常見い出され、与えられる表現は結局ネガティブなものでしかないからです。もっぱらこのような逸脱があると指摘されるだけなのです。それから、この逸脱をいかにして取り除けるかが試されます。けれども人間の本質に関する透徹した見解はそもそもそこにはないのです。人間の本性に関するこういう透徹した見解が欠けているということにおいて、根本的に、私たちの医学的見解全体が病んでいるのです。いったい病気のプロセスとは何なのでしょうか。やはり皆さんは、それは自然のプロセスであると言わざるをえないでしょう。外部で進行していてその結果を追求できる何らかの自然のプロセスと、病気のプロセスとの間に、すぐさま抽象的な区別を立てることはできないのですから。自然のプロセス、皆さんはこれを正常と称し、病気のプロセスを異常と称します。その際、人間の生体組織におけるこの病気のプロセスがなぜ異常なものなのかについては注意しておられません。少なくともこのプロセスがなぜ異常なのか説明できなくては、実際のところ実践に移ることはできないのです。説明できてはじめて、このプロセスをいかにして終結させることができるかを探究していけるのです。そうすることによってはじめて、このような病気のプロセスを取り除くことは、宇宙に存在するもののどの一隅から可能なのかという問題に行き着くことができるからです。つまるところ異常とみなすこと自体が妨げになるのです。いったいなぜ、人間における相当数のプロセスが異常とみなされねばならないのでしょうか。私が指を切ったとしても、それは人間にとって単に相対的に異常であるだけなのです。私が自分の指を切るのではなく、一片の木材を何らかの形に切るとしたら、これは正常なプロセスといえるからです。自分の指を切ると、これを異常なプロセスと呼ぶわけです。おわかりでしょうか、自分の指を切るのとは違うプロセスの方を追求するのに慣れているということによっては、実際何も語られはしないのです。単なる言葉遊びが世に広まっているにすぎません。なぜなら、私が自分の指を切る時に起こっていることは、ある側面からすれば、その経過においては他の何らかの自然のプロセスと全く同様に正常なものと言えるからです。さて、次のようなことに行き着くのが課題です。つまり、私たちが病気のプロセスと呼んではいるけれども、根本においては全く正常なプロセスであり、ただ、特定の原因によって引き起こされたにちがいないプロセスと、私たちが通常健康なプロセスとみなしている日常的なプロセス、人間の生体組織におけるこの二つのプロセスの間にどのような差異があるのかということです。この決定的な差異が見出されねばなりません。この差異は、真に人間の本質へと導く観察方法に立ち入ることができなければ、見出すことはできないでしょう。この導入部において私は皆さんにそのための少なくとも最初の基礎を示しておきたいと思います。その後あらためて個別的に詳しくお話していくつもりです。ご理解いただけるでしょうが、私はこのたびの回数のかぎられた講演において、主として皆さんが通常書物や講演では見出せないことをお話しております。けれども、その前提としておりますのはまさに通常見出せるものなのです。皆さんにも通常おなじみであるような理論を私が並べ立てることはさして価値があるとも思えません。ですからここで、人間の骨格と、いわゆる高等なサルであるゴリラの骨格を思い浮かべていただいて、見てとれることを単純に比較すれば明らかになることを参照していただきます。両者の骨格を純粋に外的に比較してみると、本質的なこととして、ゴリラの場合にはもっぱら下顎組織全体が特に大きく発達していることに気づかれるでしょう。この下顎組織はいわば頭骨全体の中で負荷としてあり、それでゴリラの頭部をその大きな下顎とともに見ると、この下顎組織は何らかの方法で負荷をかけられており、骨格全体が前に突き出ている、そしてゴリラは、言うなれば、とりわけ下顎で働いているこの負荷に逆らって、幾分苦労して直立していると感じられます(図あり)。手の部分を伴う前膊部の骨格に目を向けると、ゴリラと同じ負荷システムを人間の骨格にも見出すことができます。これらは重力的に作用しますが、ゴリラの場合はすべてがかさばっているのに対し、人間の場合はすべてが精密繊細に分化されています。人間の場合は量が目立たないのです。下顎組織と、指の組織をともなう前膊組織というまさにこの部分において、人間においては量的なものが目立たず、ゴリラの場合には量的なものが目立つのです。こういう関係に対して観察眼を鋭くした人は、足および下肢の骨格にも同様のものを追求できます。ここにも、ある特定の方向に圧力をかけるいわば負荷的なものがあるのです。これらの力、これらは下顎組織、腕の組織、脚および足の組織に見出せるのですが、其れをこういう線によって図式的に描いてみたいと思います(図示)。ゴリラの骨格と人間の骨格を純粋に観察することから差異として現れてくること、すなわち、人間においては下顎は後退していてもはや負荷がかかっておらず、腕および指の骨格は精密に形成されていることに着目していただければ、人間の場合は至る所で上昇しようとする力がこれらの力に対抗していると言わざるをえないでしょう。人間においては一種の力の平行四辺形から形成されるものを設定しなければならないのです。これはこの上に向かう力から生じるもので、この力をゴリラは外的にのみ習得していて、それはゴリラが直立し、直立しようとする努力のなかに見出せます。こうして次のような線で描かれた平行四辺形が得られます(図示)。さてきわめて奇妙なことは、今日私たちは通常、高等動物の骨あるいは筋肉を人間のそれと比較することに限定していて、その際、これらの形態の変化には重点を置かないということです。本質的で重要なことは、こういう形態の変化を見るということの中に求められねばなりません。ごらんのように、ゴリラにおいてその形態を形成している力、この力に逆らって作用するような力が存在せねばならないからです。実際こういう力が存在せねばならず、こういう力が働いていなければならないのです。私たちがこういう力を探すとすれば、古代の医学がヒポクラテス的な体系によって濾過された際に捨て去られたものを再び見出すことになるでしょう。さらに、こういう力は地上的自然の力の平行四辺形の中にあって、力の平行四辺形の中で地上的な力と合成され、その結果今や地上的な力を起源とせず、地上を越えた、地球外的な力を起源とする合力が成立することがわかるでしょう。こういう力を私たちは地上的なものの外に求めなければなりません。私たちは人間に直立姿勢をもたらした牽引力を求めなければなりませんが、この牽引力は単に、高等動物にも時おり見られるような直立姿勢をもたらすのみではなく、直立姿勢の中で作用している力が同時に形成力でもあるようなありかたで直立姿勢をもたらすものなのです。サルは直立歩行しますが、量的にそれに逆らって働く力を有しているかどうか、あるいは人間はその骨組織の形成が地上的でない起源を持つ力の方向に作用しているかどうか、これが相違点なのです。人間の骨格の形を正しく見れば、個々の骨を記述して動物の骨と比較することに限定されることはありません。人間の骨格構造におけるダイナミズムを追求すれば、地球の他の領域にこれを見出すことはできない、私たちがここで出会う力は、他の力と合わせて力の平行四辺形を作らねばならないそういう力なのだ、と言うことができるのです。私たちが単に人間の外部にある力に注目しているだけでは発見できない合力が成立しているのです。ですから動物から人間へのこの飛躍を一度きちんと追求してみることが重要となるでしょう。そうすれば単に人間のみならず動物の場合にも、病気の本質の起源を見出すことができるでしょう。私は皆さんにこういう要素を少しずつしか指摘できませんが、さらに進むうちに、これらから非常に多くのことを発見できるでしょう。さて今ご説明したことと関連して今度は次のようなことをお話したいと思います。骨組織から筋肉組織に移ると、私たちは筋肉の本質におけるこの重要な差異を見出すわけですが、つまり、通常の化学的作用に留意するなら、静止している筋肉はアルカリ性の反応を示す、ということです。ただし、静止している筋肉の場合、アルカリ反応はその他の場合ほど絶対的に明確には現れないので、アルカリ性に似たと言えるだけなのですが。活動している筋肉の場合もやはりあまり明確でない酸性反応が働いています。さて考えてみてください、当然のことながら、筋肉はまずもって新陳代謝に応じて、人間が摂取したものから構成されています。つまり筋肉はいわば、地上的な物質の中に存在している諸力の成果なのです。けれども人間が活動し始めるとともに、筋肉が単に通常の新陳代謝の支配下にあることによって自らのうちに有しているものが、次第に明確に克服されます。筋肉に変化が現れるのです。この変化はつまるところ、通常の新陳代謝に応じた変化に対して、人間の骨の形成に作用している力と比較する以外にないものです。人間の場合こういう力が外から取り入れたものを越えていくように、またこういう力が地上的に貫かれて、それらと合一して合力を形成するように、筋肉のなかで新陳代謝における作用として現れるものとならんで、地上的な化学の中に化学的に作用するものにも目を向けなければならないのです。ここでは、もはや私たちが地上的なものの中には見出せない何かが、地上的な力学、動力学の中へと作用を及ぼしていると言えるかもしれません。新陳代謝の場合、地上的な化学の中に、地上的でない化学であるもの、地上的な化学の影響下においてのみ出現可能な作用とは別の作用をもたらすものが作用を及ぼしているのです。記:ゴリラと人間は共通の祖先から進化した霊長類であり、DNAの97?98%が同じです。ゴリラは力強い体格を持ち、主に植食性で、群れで生活する社会的な動物です。一方、人間は直立二足歩行をし、言語や文化の発展により高度な社会を形成しています。両者は近縁ですが、行動や生態には大きな違いがあります。参考画:ゴリラと人間の比較 「精神科学と医学」(GA312) 第一講本文 1-4了哲学・思想ランキング
2024年07月29日
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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)本文 1920年 3月21日/ドルナハ 1-3 さて、当時もともと意味されていたことが、どんどん理解されなくなっていったと言うことができます。とりわけこのことが明白になってくるのは、私たちが17、18世紀と進んで、シュタール(☆7)(*7)医学に出会う時です。ここにいたっては、この、宇宙の地球的なのものへの作用についてはもはやまったく理解されていません。スタール医学は純粋に空気中に漂っているあらゆる可能な概念、生命力、生命霊についての概念を利用します。パラケルススとファン・ヘルモントは、人間の本来霊的・魂的なものと物質的な生体組織との間にあるものについて、まだある程度意識的に語っていましたが、一方、シュタールとその信奉者たちは、あたかも意識的ー魂的なものが別の形をとってのみ人間の身体の構造付与に働きかけるかのように語りました。このことによって彼らはむろん強い反動を呼び起こしました。なぜならこのような方法をとって、一種の仮説的な生気論(Vitalismus)を打ち立てると、結局は純粋に恣意的な提示になってしまうからです。このような提示にとりわけ対抗したのは19世紀です。例えば、エルンスト・ヘッケル(☆8)の師で1858年に亡くなったヨハネス・ミュラー(☆9)(*8)のような偉大な精神のみが、人間の生体組織に関するこういう不明確な言い方に由来するあらゆる害悪を克服してそれを越えて行ったのだと言うことができます。この不明確な言い方というのは、人間の生体組織において作用しているという生命力について、それがどのように作用しているのかはっきりと考えることなしに、もっぱら魂的な力について語るように語ってしまったことなのです。さて、こうしたことすべてが起こっている間に、全く別の流れが現れてきました。私たちは今までいわば、流れ去っていくものをその最後の余波まで追求してきたわけですが、近代とともに、とりわけ19世紀の医学上の概念形成にとって今度は別の仕方で決定的となったものが到来したのです。結局それは、18世紀の、法外に強力な決定的影響を与えた唯一の著作、パドゥアの医師モルガーニ(☆10)(*9)の「解剖所見による病気の所在とその原因について」 にさかのぼります。モルガーニとともに、根本において医学における唯物主義的な傾向を導いたものが到来したのです。こういうことは、共感、反感をまじえずにまったく客観的に特徴づけられねばなりません。と申しますのも、この著作とともに到来したものは、人間の生体組織が病んだ結果に目を向けさせるものだからです。決定的なものとなったのは、死体鑑定でした。参照画:Corpse Appraiser 死体鑑定が決定的なものとなったと言えるのは、実際この時代からなのです。人々は死体から、病名は何であれ、何らかの病気が作用すると、いずれかの器官が何らかの変化をこうむるにちがいないということを知りました。今や、何らかの変化を他ならぬ死体鑑定から研究するということが始まったのです。実際ここではじめて病理学的解剖学が始まります。他方、医学のなかに以前からあったものはすべて、なおも作用し続けている古代の霊視的な要素に依拠していました。さて興味深いのは、言うなれば、大きな転換がそれから一挙に最終的に起こったことです。実際直接、20世紀を示すことができるのです。興味深いことに、20世紀に大きな転換が成し遂げられ、それによって古くからの遺産としてまだ存在していたものがすべて捨て去られ、さらに現代の医学制度における原子論的・唯物論的な見解が基礎付けられたのです。ちょっと努力して、1842年に出版されたロキタンスキー(☆11)の「病理学的解剖学」を調べてごらんになれば、ロキタンスキーにおいてはまだ、古代の体液病理学の名残り、つまり病気は体液の正常でない相互作用に基づくという見解の名残りが存在していることがおわかりになるでしょう。このような体液の混合に注目せねばならないとする見解、これができるのは、体液の地球外的な特性についての見解の遺産を有している時だけなのですが、この見解はロキタンスキーによって非常に機知に富んだやり方で器官の変化の観察と結びつけて処理されました。つまり、ロキタンスキーの書物はもともと常に器官の変化の死体鑑定による観察を根拠としているのですが、これが、このような特殊な器官変化は体液の異常な混合の影響によって生じてきたのだという指摘に結びついているのです。ですから、古代の体液病理学の遺産から現れた最後のものは1842年にあったと言いたいのです。この古代の体液病理学の没落の中に、例えばハーネマン(☆12)(*10)の試みのような、包括的な病気の表象を考慮に入れるという未来指向的な試みが、いかに投入されたか、これについては後日また話していこうとおもいます。これは単に前置きで取りあげるにはあまりに重要なことですから。まずは同様な試みとの関連において、それから個々の場合において議論されねばなりません。 「精神科学と医学」(GA312) 第一講本文 1-3了オカルト・ホラー小説 ブログランキングへ
2024年07月28日
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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)本文 1920年 3月21日/ドルナハ 1-2 この上記のような地球の外部からやって来る諸力への視点は、西洋の科学の発展にともなって全く失われてしまいました。ですから、今日の科学者が、水は単に化学的に検証できるものとして与えられた特性のみではなく、それが人間の生体組織のなかに働きかけることによって、地球外の宇宙に属するものとしての特性も持っているのだと考えるよう要求されるなら、彼らにとって、それは全く奇妙なことと思われるでしょう。つまり、人間の生体組織の中にある液体要素を通じて、古代の人々の見解によれば、この生体組織の中へと、宇宙そのものに由来する諸力の作用がもたらされるのです。この、宇宙そのものに由来する諸力の作用は、次第次第ににかえりみられなくなっていきました。とはいえ、15世紀までは、医学的思考はまだ、私たちがヒポクラテスにおいて出会う濾過された見解の、いわば残滓の部分に基づいていました。従って、今日の科学者にとって、そもそも15世紀以前の医学的古文献を理解することは困難なのです。なぜなら、当時それを書いた人々の大多数は、自分の書いたものを彼ら自身秩序立てて理解してなどいなかったと言わねばならないからです。彼らは、人間の生体組織の四つの基本要素について語りましたが、彼らがこれらの基本要素をあれこれの方法で特徴づけた根拠は、本来ヒポクラテスとともに没落してしまった智慧へと遡るものなのです。こうした智慧がのちに及ぼした作用、人間の生体組織を構成する液体の特性についてはなおも語られていました。従って、実験生理学の創始者ガレノス(☆3)(*3)によって成立し、その後15世紀に至るまで影響をおよぼしたものは、基本的に、次第次第に理解不能になっていった古代の遺産の組み合わせなのです。参考画:Claudius Galenus しかしながら、まさしくそこに在るものから認識することのできた人々が常に少数存在していました。つまり彼らは、化学的に確認しうるものや物理的に確認しうるもの、すなわち純粋に地上的なものに汲み尽くされない何物かを指摘できることを知っていたのです。人間の生体組織においては、化学的に合成するのとは別な仕方でその中の液体的な実質を作用させる何物かが指摘されうるということを知っていた人々、つまり世に知られた体液病理学と闘った人々の中に、パラケルスス(☆4)(*4)とファン・ヘルモント(☆5)(*5)、その他の名前を挙げることもできますが幾らかいます。彼らはちょうど15、16世紀から17世紀への変わり目に、言うならば他の人々がもはや明確に表現しなくなったことを、まさしく明確に表現しようと試みることで、医学的思考の中に新たな動向をもたらしたのです。この表現のなかには、人々がいくらか霊視的であった時にのみ本来追求し得たものが含まれていました。実際のところパラケルススとファン・ヘルモントが霊視的であったことは明らかです。私たちはこうした事柄すべてを明確にしておかねばなりません。さもなければ、今日なお医学用語に定着してはいるけれども、その起源についてはもはや全く知られていないものについて、理解することはできないでしょう。こうして、パラケルススと後に彼の影響を受けた他の人々は、生体組織における作用の基盤としてアルケウス(Archaeus*6)というものを想定しました。私たちがおおよそ人間のエーテル体について語るように、彼はこのアルケウスを想定したのです。パラケルススのようにアルケウスについて語る(☆6)なら、私たちがエーテル体について語るようにアルケウスについて語るなら、存在してはいるけれどもその本来の起源については追求されていないものが統一されます。なぜなら、その本来の起源を追求するとなれば、次のような方法をとらざるをえないからです。人間は、地上的なものから作用する諸力から本質的に構成されている物質的な生体組織を有すると云わねばなりません。私たちの物質的な生体組織はいわば地球の組織全体の切り取られた一片です。そして私たちのエーテル体とパラケルススの言うアルケウスは、地球には属さない、すなわち宇宙のあらゆる方向から地上的なものへと作用するものの一片です。つまるところパラケルススは、以前はもっぱら人間における宇宙的なものとみなされていてヒポクラテス医学とともに没落したものを、物質的な組織の根底にあるエーテル的組織という彼の見解において統合的に見たわけです。彼は、このアルケウスにおいて本来作用しているものがどのような地上を越えた諸力と関係しているのか、それ以上は研究しませんでした。なるほど個別的には暗示はしましたが、それ以上は研究しなかったのです。 「精神科学と医学」(GA312) 第一講本文 1-2了オカルト・ホラー小説 ブログランキングへ
2024年07月27日
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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)本文 1920年 3月21日/ドルナハ 1-1 おそらく殆どの皆さんが、医療生活の未来に関していろいろと期待しておられるでしょうが、この講座ではそのなかのほんの僅かな部分しか触れることができないのは当然のことかもしれません。と申しますのも、この点については皆さんにもご同意いただけると思いますが、医学の分野における、真の、将来確実な活動は、医学的研究そのものの改革に関わっていると言えるからです。一度の講座で伝えられることだけで、せいぜい何人かの人々にこのような医学的研究の改革に参画しようとする衝動を起こさせるぐらいでは、こういう改革を促進するにはほど遠いのです。とはいえ、今日でも医学の分野で論義されていることは、そのもう一方の極、背景に、医学的活動が解剖学、生理学、及び生理学全般によって準備されるという方法を有していて、こうした準備を通して医師たちの考え方は最初から特定の方向に導かれております。何よりもまず、こうした方向から離れることこそが必要なのです。今回の連続講演でお話ししたいことに行き着くためには、考察すべきことは、以下のような一種のプログラムに分類したいと思います。まず第一に私が皆さんに、今日一般に行われている研究において、真に事実に即した病気の本質そのものを把握することを阻んでいる事柄をいくつか提示したいと思います。続いて私は、医学的活動の真の基盤となり得る人間の認識を、どのような方向に求め得るかを示したいと思います。第三に、人間とその他の世界の関係を認識することによる、合理的な治療の可能性を指摘したいと思います。そしてこの時に、治療というのはそもそも可能であるのか、且つどのように考えられるのかという問いに答えたいと思います。さらに四番目に、ひょっとするとこれが考察の一番重要な部分かもしれませんが、これは他の三つの観点と組み合わされねばなりませが、参加者の皆さんひとりひとりに、ご自分の希望、すなわち聞いてみたいこと、この講座で話してほしいことを、明日か明後日までに紙片に書き込んでいただきたいのです。どのようなご希望でも結構です。私はプログラムのこの第四の部分によって、これは先ほど申しましたように他の三つの部分にも取り入れられねばなりませんが、皆さんが、聞きたいことが全然聞けなかったと感じつつこの講習からお帰りにならなくてすむようにしたいのです。ですから、皆さんが質問、希望として書かれたこと全てが消化されるようにこの講座を構成するつもりです。それで明日か、でなければ明後日のこの時間までに、皆さんのご希望を記入していただきたいのです。そうすれば、この講座を実施する枠内である種完璧にするのに一番良いと思われます。今日のところは、前置き、方向づけのための考察にとどめておきたいと思います。出発点としたいのは、私は主として、いわば霊学・精神科学的な考察から医師のかたがたに与えることのできる全てを結集するよう努めているということです。私がこれから試みますことが、そういうものであろう医学講座と混同されることは望みませんが、あらゆる点から医師にとって重要と言えることを主として考慮しようと思います。と申しますのも、真の医学あるいは医術というものは、こう言ってよろしければ、やはり、暗示しました意味で考慮に値するあらゆる事柄が、そのような医学あるいは医術の構築のために真に考慮されることによってのみ達成されるからです。今日はいくつかの方向づけのための考察から始めるだけにしておきましょう。医師としての皆さんに課題として提示されているものについてお考えになったなら、おそらく皆さんは、「いったい病気とは、病人とはそもそも何なのか。」という疑問に一度ならず遭遇されたことと思います。実際のところ、病気や病人について、あれこれの一見客観的な挿入句で覆われていたとしても、次のような説明以外のものは滅多に見いだせません。すなわち、病気のプロセスは、正常な生命プロセスからの逸脱である。人間に作用し、正常な生命プロセスにある人間にはまずもって適合しないある種の事実によって、正常な生命プロセスと生体組織に変化が引き起こされる。そして病気の本質は、肉体部分の、これらの変化に結びついた機能的な侵害にあるといった説明です。けれどもこれは、病気の否定的な規定以外の何物でもないということを認めざるをえないでしょう。病気と関わる時に何らかの助けになるようなことではありません。そして私がここで何にも増して目指したいのは、まさしくこの、病気と関わる時に助けとなり得る実際的なことなのです。この分野で標準になるものに行き着くためにはやはり、時代の流れのなかで成立してきた病気に関する見解に注目するのが良いと思われます。それは、これが現代において病気という現象を把握するのにぜひとも必要だと思うからというよりも、病気についての古くからの見解、この見解はなおも現代のそれにまで通じているのですが、この古い見解を考慮すれば、方向付けがより容易になるからです。皆さんがご存知のように、通常、医学の歴史が考察される際、5世紀と6世紀の古代ギリシアにおける医学の成立が指摘され、ヒポクラテス(編集者註 ☆1)(訳註 *1)が指摘されます。そして少なくともその際、ヒポクラテスにおいて見解として現れ、その後いわゆる体液病理学へと続き、根本的には19世紀に入ってもなおある程度重視されていたものによって、あたかも西洋における本質的な医学が展開され始めたかのように感じさせられると言うことができます。しかしながら、このことがすでに、人々の犯す最初の根本的な誤謬であり、これは実際根本においてあとあとまで影響を残し、今日においてなお、病気の本質についてとらわれのない見解に至るのを妨げているのです。この根本的な誤謬をまずは取り除かねばなりません。他ならぬこのヒポクラテスの見解をとらわれなく見る人にとって、この見解はひょっとするとすでに皆さんお気づきかもしれませんが、ロキタンスキー(☆2)(*2)に至っても、つまり19世紀に入ってもある程度重視されているのですが、このヒポクラテスの見解は単なる始まりではなく、同時に、しかもたいへん重要な程度において、古くからの医学観の終わりなのです。参考画:ロキタンスキー いわばヒポクラテスから始まるものにおいて、私たちは太古の医学観の、最後の濾過された残滓に出会うのです。これら太古の医学観は、今日私たちが探究する方法、つまり解剖学的方法によっては獲得されず、古代から隔世遺伝的に継承されてきた観照法によって獲得されたものなのです。ヒポクラテスの医学の位置づけをまず抽象的に特徴づけようとすると、実際、ヒポクラテス医学をもって、古代から隔世遺伝的に継承されてきた観照法に基づく医学が終わりを遂げたというのが一番良いでしょう。外的に言って、もっとも外的にしか言われていないのですが、ヒポクラテス派は、人間の生体組織において共に作用している体液の適正でない混合のなかに、あらゆる病気の本質を探究していたと言えるでしょう。彼らが指摘したのは、正常な生体組織において体液はある一定の比率を保っていなければならず、病んだ肉体においては、体液にこの混合比率からのずれが生じるということでした。適正な混合がクラーシス(Krasis)、不適正な混合がディスクラーシス(Diskrasis)と呼ばれました。さて、それから当然、再び適正な混合にもどるように、不適正な混合に働きかけようとする試みがなされました。外界において、あらゆる自然存在を構成しているとみなされた四つの構成要素は、土、水、空気、火(火といっても、これは今日私たちがもっぱら熱とよんでいるものです。)です。人間の生体組織においては、動物の生体組織においてもこれらの四要素は、黒胆汁、黄胆汁、粘液、血液として特徴づけられていると見なされました。そして、適正に混合された血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁から、人間の生体組織は機能しなければならないと考えられたのです。さて、今日の人間が、そうできる限り科学的に準備してこのようなことに近づくなら、まずは次のように考えるでしょう、つまり、血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁が混ざり合うというのは、これらに特性として内在しているもの、多かれ少なかれ、低次あるいは高次の化学により特性としての配列を確認できるものに従って混ざり合っているのだと。実際こういう光に照らして、あたかもヒポクラテス派もこういう方法でのみ血液、粘液その他を見ていたかのように、体液病理学が端を発したと想定されているのです。しかし、そうではありません。そうではなく、ただ一つの要素、今日の観察者にとって本来の最もヒポクラテス的だと思われる黒胆汁についてのみ、通常の化学的特性が他のものに作用すると考えられたのです。他の全てのもの、白胆汁や黄胆汁、粘液、血液に関しては、単に化学的反応によって確認できる特性のことが考えられていたわけではなく、人間の生体組織のこの液体的要素の場合、常に人間の生体組織に限定し、動物の生体組織についてはさし当たり考慮しませんが、これらの液体は、私たち地上的な存在の外部にある諸力の、それぞれの液体に内在する特性を有していると考えられたのです。つまるところ、水、空気、熱が地球外の宇宙の諸力に依存していると考えられたように、人間の生体組織のこれらの要素も地球の外部からやって来る諸力に浸透されていると考えられたのです。 「精神科学と医学」(GA312) 第一講本文 1-1了オカルト・ホラー小説 ブログランキングへ
2024年07月26日
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ルドルフ・シュタイナー「精神科学と医学」(GA312)翻訳紹介&解説:この「精神科学と医学」は、シュタイナーの医学に関する基本的な考え方を深く知るために不可欠なテキストです。医学を専門とする方だけでなく、人間の身体というものを自然との関わりで神秘学的に本当に深く認識したい方にとっても多くの実りを与えてくれると思われます。 全20講完結。(翻訳者yucca:KAZEの相棒)・概要●第1講(本文・解説付)第一講/ドルナハ 1920/3/21人類進化の経過にともなう医学的見解の変遷。病気と健康。スタールの生気説とその克服。モルガーニ以来の病理学的な解剖学の登場とその意味。体液病理学と細胞病理学。病気のプロセスと自然のプロセス。比較解剖学の意味。形式の力。筋肉の生理学。トロクスラーの病気概念。●第2講(本文・解説付)第二講/ドルナハ 1920/3/21心臓論。上部と下部の均衡器官としての心臓。人間の生体組織の両極性。病気の形状。新陳代謝プロセス優勢の現れとしてのヒステリー。感覚プロセス優勢の現れとしての神経衰弱。結核:素質と感染。経過と治療の個々の徴候の意味。●第3講(本文・解説)第三講/ドルナハ 1920/3/23病理学と治療の診断による結びつき。三分化された人間。運動神経と感覚神経。暗示と催眠。治療手段と人間の関係。植物における成長の変容。適応力と再生。人間の形成力と霊的・魂的機能。現実に適応した心理学の基礎。上昇する進化と下降する進化。血液形成プロセスと乳汁形成プロセス。●第4講(本文・解説)第四講/ドルナハ 1920・3・24リッターの薬。病理学から治療法を取り出すこと。炭酸プロセス。酸素プロセス。人間の外部の植物相と腸内の植物相。思考と表象プロセス。病原菌論と病気の素質。分泌と思考過程。生体組織における光の変容と結核。宇宙を肉眼で見る観察と顕微鏡検査法の錯覚。塩プロセスと硫黄プロセス。鉱物化プロセス。腸と脳の形態の発達の平行性。●第5講(本文・解説)第五講/ドルナハ 1920・3・25治療の基礎としての普遍的な人間認識。超感覚的組織の診断のための基礎としての既往症。人間と自然界。ホメオパシー(同種療法)とアロパシー(逆症療法)。可溶性、塩形成。人間外的なものにおける思考プロセス。鉱物プロセス、水銀プロセス、燐プロセス。植物と人間の関係。樹木形成、ヤドリギ。根の形成、葉、花、実の形成とこれらの、鉱物、水銀、燐プロセスおよび人間との関係。血清治療について。●第6講(本文・解説)第六講/ドルナハ 1920・3・26植物形成プロセス、螺旋傾向。惑星の作用。植物と人間の関係。重さと光の両極性。心臓の活動。人間の生体組織における両極性と病気。くる病、頭蓋ろう。塩、燐、水銀プロセス。惑星プロセスとしての金属。その植物との関係。燃焼と灰化。物理的な治療法について。動物性の薬品。●第7講(本文)第七講/ドルナハ 1920・3・27医学における人間の生命段階の考慮。舞踏病。多発性関節炎。生の様々な時期における治療法の差異。年齢と惑星の関係。受胎前の病気の原因。骨化。硬化症。癌。子供時代の水頭症とそれ以後の罹病。梅毒、肺炎、胸膜炎にかかりやすい素質。心内膜炎。治療の問題。自我活動の顕現としての熱。人間形成プロセスと細胞形成プロセス。鉛と硬化症、錫と水頭症、鉄と肺プロセス、銅、水銀、銀。●第8講(本文)第八講/ドルナハ 1920・3・28植物の芳香発生プロセスと臭覚プロセス。植物の塩形成プロセスと味覚。人間の生体組織における変容:臭覚、味覚、視覚、思考、連想、消化、腸と腎臓による排泄プロセス、表象プロセス。呼吸プロセス、血液・リンパ液形成プロセス。統合者としての心臓。●第9講(本文)第九講/ドルナハ 1920・3・29気象学的なプロセスと、その諸器官への関わり。空気、水の意味、特定の器官の発病と治療のための基盤。人間の生体組織における事象の両極としての珪酸プロセスと炭酸プロセス。排出過程の差異と、この2つのプロセスとの関係。2つのプロセスと鉱物との親近性。臭覚と味覚。●第10講(本文)第十講/ドルナハ 1920・3・30アニス、チコリの作用のしかた。スギナ。野イチゴ、ラヴェンダー、メリッサ。人間の生体組織と植物界、鉱物界との関係。植物ー鉱物と鉱物の治療薬。栄養の取り方。生(なま)の食物。治療プロセスとしての料理。末端部の人間と中心の人間。消化、排泄、尿および汗の形成。梅毒。女性の組織の形成。個体発生にとっての、男性的なものと女性的なものの意味。●第11講(本文)第十一講/ドルナハ 1920・3・31植物炭[Carbo vegetabilis]。化学と薬品の製造。炭形成と酸素プロセス。人間の上部における固有の光生産。腎臓病理学。空気層、熱及び光の層、液体層と人間の病理学。炭化カリウム。牡蛎の殻の形成プロセス。土の形成。肺の形成。呼吸。飢え、渇きとそれらの有機的関連。●第12講(本文)第十二講/ドルナハ 1920・4・1ロンセーニョ水とレヴィコ水。酸素及び窒素と、自我ーアストラル体、エーテル体ー物質体の関係。蛋白質と器官組織。植物性蛋白質。酸素、窒素、炭素、水素という元素と、腎臓、肝臓、肺、心臓との関わり。瞑想的方法。鉄の放射、蛋白質の反作用。植物の炭素と動物の炭素。フッ素、マグネシウム。珪素。塩基と酸。消化と塩形成。●第13講(本文)第十三講/ドルナハ 1920・4・2エーテル体の活動。エーテル体の不規則な活動の結果としての腫瘍形成と炎症。腫瘍形成プロセスと炎症プロセスの両極性。ヤドリギ[Viscum album]。植物炭。器官形成プロセスが妨害された結果としての精神病の諸像。コーヒーと茶の作用。砂糖の嗜好。●第14講(本文)第十三講/ドルナハ 1920・4・2エーテル体の活動。エーテル体の不規則な活動の結果としての腫瘍形成と炎症。腫瘍形成プロセスと炎症プロセスの両極性。ヤドリギ[Viscum album]。植物炭。器官形成プロセスが妨害された結果としての精神病の諸像。コーヒーと茶の作用。砂糖の嗜好。●第15講(本文)第十五講/ドルナハ 1920・4・4鳥と惑星的なもの。本能の喪失と教育。糖尿病。自我の弱さ。植物形成プロセスは動物形成プロセスに向かう成長である。人間における動物形成プロセス。脱塩プロセス。植物薬。シラカバ[Betula alba]。ナズナ[Capsella bursa-pastoris] 。 トモシリソウ[Cochlearia officinalis]。 壊血病。脾臓の機能。●第16講(本文)第一六講/ドルナハ 1920・4・5律動的活動の調整役としてのマッサージ。各部へのマッサージの生体にとっての意味。偏頭痛。色彩療法。水治法。模倣と権威の意味。精神分裂病[Dementia praecox]。精神分析。唯物主義。歯の意味。フッ素作用。●第17講(本文)第一七講/ドルナハ 1920・4・6歯の発達。歯の損傷。エスクリン。クロロフィル。食欲不振の克服と器官形成。高いポテンシャルと低いポテンシャル。人間の気質。栄養摂取プロセスと老衰。暗示。●第18講(本文)第一八講/ドルナハ 1920・4・7病気の原因。病原菌論。植物の動物化傾向。植物の鉱物化。地球としての肺。覚醒と睡眠。チフス。カタル性疾患。下部疾患。進行と生長。流行性感冒にかかりやすい素質。ジフテリア。髄膜炎。歯槽膿漏。年齢における塩プロセス、水銀プロセス、硫黄プロセス。●第19講(本文)第一九講/ドルナハ 1920・4・8遺伝。男性的なものと女性的なものの役割。糖尿病と精神病。血友病。アンチモン。惑星的作用としてのアンチモン。血液の凝固力と蛋白質形成。アンチモン作用。牡蛎の殻。食物としての牡蛎。チフス。ベラドンナ。●第20講(本文)第二十講/ドルナハ 1920・4・9感覚作用と外界。アンモニア塩。排泄と分泌。肺の働き。歯の形成プロセスとフッ素プロセス。蠕動。オイリュトミー、ダンス、編み物、鉤針編み。歯の形成プロセスと消化プロセス。ヌクス・ホミカ[Nux vomica](馬銭子 まちんし)。七つの部分から成る金属としての人間。精神病。急性病と慢性病。鬱病の本質。医学的思考法の精神科学的判断。人気ブログランキングへ
2024年07月25日
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ルドルフ・シュタイナー治療のための精神科学的観点 (GA313)第1講 ドルナハ、1921年4月11日(注)原本の段落分けに沿って、段落ごとに冒頭に数字を入れています。1-1期待されますのはやはり、昨年の講義「精神科学と医学」(GA312)}の補足である今回の講義が、真の意味で補足と理解されうるもの、そしてとりわけ、私たちが講義の終わりに近づくときいくつかの治療上の展望へと結晶するであろうものを、少しばかりもたらすことができたらということです。この講義では私は努めて、前の講義でも考察対象とされた事柄、病気で治療されるべき人間という事柄に、別の側面から注目していきたいと思います。けれども、 別の側面からこれを観察することにより、実際には単に異なった観点に至るというだけでなく、私たちが観察した題材を拡張することにもなるでしょう。つまり今回は、アントロポゾーフ(人智学者)であるみなさんにはお馴染みの物質体、エーテル体云々といった構成部分が、病気になる場合と治癒する場合に、いわばどのように作用するかということを示したいのです。前回はとりもなおさず、内的人間の外的な現われを述べることに限定せざるを得ませんでしたが、今回示してみようと思いますのは、人間の外部の物質であるもの、と りわけ薬として用いられうる物質であるもの、そしてその物質が薬として作用しうるのは、それが人間の生体組織にたいして単に物質的な影響とは異なる影 響を及ぼすことによってなのですが、この物質によって、人間のこうしたさま ざまな構成部分が、どういう影響を受けるかということです。ただここでただちに導入としてひとつ前提しておかなければならないことがあります。1-2前回は同じ対象について、多くの点で物質的なもの、物的なもの一般について薬として語ることができましたが、今、人間本性の高次の構成部分、超感覚的な構成部分に移行しなければならないという時点ともなれば、もはや私たちは同じようなしかたで物質について語ることはできません。いわば簡略にするために、短縮して語るためにそうすることもできるかもしれませんが、こういう議論の際は全体を通じて原理的な事実を意識していなければならないでしょう。つまり私たちが意識しておかなければならないのは、健康な状態および 病気の状態での人間の外界との関係、人間の状態を真に理解したいなら、今日流通している科学で慣例となっているようなしかたで物質的なものを出発点とすることはできないということです。出発点としなければならないものは、 物質(Stoffe)ではなく、経過 (Vorgaenge])であり、完了したもの (Fertiges)ではなく、ひとつのできごと(Geschehen)なのです。そして物質について語るとき、実際のところ私たちはこう思い描かなければなりません。物質のなかには、外的な感覚の仮象のなかで私たちに物質として現象しているもののなかには、ひとつのプロセス(Prozess)、静止状態に至った経過以外のなにものも存在しないというように。1-3シリカ(珪土/Kieselerde)を前にして、私たちはまず物質としてシリカについて語ります。しかし、一定の境界を持ったいわゆる物体を思い浮かべるのでは、本質的なものをとらえることはまったくできません。本質的なものをとらえることができるのは、全宇宙のなかにただ一度の経過として存在している非常に包括的な経過を魂の目で見つめるときのみです、いわば経過として結晶化してくる経過、静止状態に至る、一種のバランス状態に至りうる経過、つまり、それが静止状態になったときに私たちがシリカとして見るもののなかに現われてくる経過をです。本質的なことは、人間の内部にある経過と、外部の宇宙で起こっている経過、健康な人間も病気の人間もこれと相互作用しているのですが、この外部の経過との間にある相互作用に注目することです。1-4明日はさらに本来の物質というもので始めることができるでしょうが、きょうは導入的に、この相互作用についての表象に実際に導いてくれるものを示したいと思います。そのためにはアントロポゾフィー(人智学)的精神科学から人間の本質を真にとらえることを試みなければなりません。いわばまず図式的に表わすことになるでしょうが、しばしば人間の三分化(Dreigliederung)としてお話ししてきたものが、空間的人間のなかに実際に凝集している状態に、 きょうはここで注目していきたいと思います。ご存じのとおり、私たちが神経ー感覚人間を区別するとき、神経ー感覚人間は主に頭に集中していますが、ここで頭に集中しているものは、人間全体に広がっていて、人間全体のなかに存在しています。人間は頭において最も多く神経・感覚存在であるだけで、他方では人間全体が頭であり、ただほかの二つの部分においては頭よりは少ない程度に頭なのだということです。ですから、私たちが神経・感覚人間と呼ぶものは、頭{という場所}に局限されていると考えることができます。今回の目的のためにこのような人間の三分化を実り多いものにするためには、呼吸循環組織であるものすべてを包括することになるリズム人間を、また二つに分けて考 なければなりません、呼吸系への傾向性をより多く持つ部分と、循環系への 傾向性をより多く持つもうひとつの部分にです。そしてこの循環系のなかに代謝人間と四肢人間との関連を示すすべてのものがさらに嵌まり込んでいます。1-5人間の頭を研究するときは、いわば人間の生体組織の、最も多く神経・感覚人間である部分を研究しているということです。人間の頭の組織構造 (Organisation)、これは、人間の本質の高次部分の形状という点でも、人間のその他の部分とはまったく本質的に区別されます。つまり、私たちが精神科学的観察という観点から人間の頭に注目するなら、この頭とは、一種の刻印(複製/Abdruck)であって、自我、アストラル体、およびエーテル体の一種の析出(排出 /Abscheidung)とさえ云えようなものなのです。加えてさらに、 頭のための物質体というものも問題になります。けれどもこの物質体は、自我、アストラル体、エーテル体の刻印である物質的なものとはいわば異なるしかたで、頭のなかにあるのです。ここで、次のようなことに注意を促すことによって、いわばこういう事柄の高次のものを強調することが許されるかもしれません、つまり人間の頭は、人間の胎児において最初にそういう性質が見られるのですが、例えば単に両親の生体組織の力からのみ形成されるのではなく、人間の頭のなかには、宇宙的な諸力が作用していて、宇宙的な諸力がもっぱら人間のなかへと作用を及ぼしているのです。私たちがエーテル的な諸力と呼ぶもののなかには、両親の生体組織からまだ多くが作用していますが、エーテル的なものにおいてすでに、誕生以前の、さらに言えば受胎以前の霊的・魂的生からの宇宙的な諸力が作用しています。そしてアストラル的なものと自我に至っては、まさしく受胎以前に霊的世界で生きていたものが作用し続けているのです。それは作用し続け、人間の頭において形成するようになるのです。自我はその刻印を人間の頭に作り出し、アストラル体もその物質的な刻印を、エーテル体も物質的な刻印を作ります。まさにこの物質的地球上ではじめて受け取られる物質体のみが、いわば主として効力を発揮するもの(Primaer-Wirksames)なのです、この物質体は刻印ではなく、主として効力を発するものです。ですから、図式的に示せば、人間の頭形成は自我の刻印であると言うことができます。この刻印はこの内部で組織されます。この組織構造についてはさらにたびたび語らなくてはならないでしょうが、ある特定のしかたで組織されるのです。それはまず主として、頭の熱状態 (Waermeverhaeltnisse)を自らのうちで細分化させることによって組織されます。さらにこの内部でアストラル体が、つまり、主にガスのような、空気のようなプロセスとして頭を貫通する(*参照図あり)もののなかで組織化しつつ含まれているアストラル体が分化されます。次いでエーテル体が刻印されます 、そしてさらに、頭にとっての物質体であるもの、これが、物質的プロセス、真の 物質的なプロセスなのです(*参照図あり、白で斜線)。例えばここに目があるとしますと、骨ばった後頭部である部分を図のなかでいわば図式的に示すことによって、このプロセスを暗示しておきましょう(*と描かれる)。 けれども、ここで物質的な諸力に濃縮されているものもまた、頭全体に拡がっています。人間の頭形成のこの物質的な部分に、真の主要な物質的プロセスがあるのです。これは何かほかのものを表現するものではありません、そこにあるのはそれ自身のプロセスを完遂する何かなのです。けれどもこの物質的な頭プロセスのなかにも、本来やはり二重性(Dualitaet)が、二つのプロセスの共働作用があります。ここで起こっていることは、二つのプロセスの共働作用なのですが、本来これは、外部の宇宙で起こっているある種の別のプロセスとともに霊探求的に概観することができてはじめて理解できます。1-6皆さんが森羅万象のなか、始原岩層(Urgebirge)において、粘板岩=結晶片岩形成(Schieferbildung)、とりわけシリカから粘板岩形成に移っていくすべてのものなかに現われるプロセスをごらんになるなら、そのときこの内部には、つまりこのシリカから始まる粘板岩形成プロセスのなかで働く諸力のなかには、一方のこの物質的な頭形成のなかで起こっているプロセスの対極に置かれるプロセスが見られます。これは人間と人間の周りの環境との間の重要な関連です。外部の鉱物化のなかで起こっているこのプロセスが、人間の頭の内部にも見られるのです。今日、まだ完全にとはいえないまでも、地質学にもほぼ明確に理解されていると申し上げてよいと思いますが、粘板岩形成プロセスであるすべてのプロセス、つまりシリカ(珪土/Kieselerde)、シリツィウム (Silizium)が関与するすべての鉱物化プロセスは、脱植物 (Entvegetabilisierung)とでも呼ばれうるものと関連しています。私たちはいわば、粘板岩形成のなかに、鉱物的になった植物界を求めなければならず、そして地球の粘板岩形成と同じ意味を持つこの脱植物化を把握しようとすることで、私たちは、ここ人間の頭のなかでその対極をなす反対物として別のしかたで起こっているプロセスを把握します。けれどもこのプロセスにはまた別のプロセスが共に働きかけています。このプロセスに共働するもうひとつのプロセスも、私たちは外部の世界に探さなければなりません。私たちはこれを、例えば石灰岩山地(Kalkgebirge)が形成される所に捜さなくてはなりません。そしてこれもまた今日外的な科学にとってほぼ地質学上の真理としてあることですが、石灰岩山地は本質的に、私たちが脱動物化プロセス (Entanimalisierungsprozess])と呼びうる土形成プロセスに基づいているのです。これは動物化(Tierwerden)に対置されるプロセスです。そしてこの内部でもまた対極に置かれるプロセスが働いています。つまり、静止に至ったプロセスであるシリツィウムとカルシウムに、人間の物質的な頭形成への関与を認めるとき、私たちがはっきりと理解しておかなくてはならないのは、そのことによって、人間のこの物質的な頭形成のなかに、外部で、少なくともこの地球の全自然のなかで非常に重要な役割を果たしている何かが入り込んでくるのだ、 ということです。同時に今や私たちは、一方においてシリカを、シリツィウムを眺めるとき、これはまさに物質的な頭において起こっていることと本質的な親和性があるのだということについて、予め方向づけを得ることができます。 私がシリカについて述べるとき、これはまさしく静止に至ったプロセスのことです。石灰形成プロセスであるもの、カルシウムにおいて静止に至るもの、これもまた、対極であるものすべてと、つまり人間の物質的な頭のなかで対極的 に共に作用するするものすべてと関連しています。私たちがまさに今日なお私たちの周囲に探し出すことのできるこれらのプロセスは、人間の頭においては、私たちが地上に見出すことのできない別のプロセス、つまり頭がまさにエーテル体、アストラル体、自我の刻印であるために、刻印のなかにのみ存在する別のプロセスと関連しています。1-7私たちは、人間本性のこれらの部分に関して、まさに直接的な地球プロセスではないプロセスを静止に至らせたのです。私が皆さんに本来の物質的な頭のためにお話ししたもののみが、人間においては本来の地球プロセスなのです。ほかのプロセスは本来の地球プロセスではありません、もっともこれから見ていきますように、私たちはこれらのプロセスも地球プロセスとの関連性で見出すのですが。1-8見通しをつけるために、さっそくお話ししていきたいのですが、人間の生体組織の第二の部分に移りますと、場所を限定することでこれをおおざっぱに胸部と呼んでいますが、これは人間の生体組織において、リズム的人間を包括する部分であり、これをさっそく図式的に、呼吸リズムを包括するすべてと、循環リズムを包括するすべてに区分しましょう。今、人間の本質のこの第二の部分に全体として注目したいなら、私たちは次のように言わなければなりません。私がここにもっとも広い意味における呼吸リズムの組織構造として図示しましたすべて(*参照図あり)、これは、まずもって、 自我とアストラル体の刻印であるということです。つまり、頭が、自我、アストラル体およびエーテル体の刻印であるように、ここで呼吸リズムであるものは、自我とアストラル体の刻印であり、そして、主 としてそれだけで効力を発揮するものものも有していて(*参照図あり)、そこでは物質体とエーテル体が共に作用しています。人間の頭においては、主としてそれだけで効力を発揮するのは物質体のみです。エーテル体も刻印だということですね。けれども呼吸リズム系においては、物質体とエーテル体の相互作用が主に効力を発揮していて、刻印であるのは自我とアストラル体だけなのです。これは本質的に循環リズムのための組織においても見られますが、代謝組織全体が循環系のなかに押し入っていくので、もっと弱い状態になります。けれどもすでにここで、四肢ー代謝人間にもあてはまるものが始まっています。ここで関わってくることは、本来の循環つまりそこにある運動は別として、代謝として入り込んでくるものすべてを伴う四肢は、本質的に、自我の刻印と、そして物質体、エーテル体、アストラル体の共働作用である、ということです(図参照)。ですから、こう言うことができます、私たちが胸部 人間に注目すると、そのなかには本来、刻印組織構造のうちの、自我とアストラル体に関わるもののみがあり、そこで効力を発揮しているのは、単に物質的であるのみならず、物質的なものがエーテル的なものに細分化されて現れている主要な組織構造なのだ、と。これは呼吸リズムの場合により強くあてはまることであり、循環組織の場合は、代謝系によって別のものが入り込んできています。みなさんはこれ等が人間のさまざまな部分のためにさまざまなしかたで共演しているのをごらんになるでしょう。私たちが頭部系、胸部系、四肢系、とみなすこれらのさまざまな物質体の部分のために、精神科学において通常私たちが物質体、エーテル体、アストラル体、自我と呼んでいる部分が、さまざまなしかたで互いに入り混じって作用しているのです。プロセスとして存在する人間の頭は本来、本質的な物質体のなかにあります。物質体でないものは、自我、 アストラル体、及びエーテル体の刻印だからです。中部人間であるものは、物質体とエーテル体の本質的な共働作用のなかにあります。物質体とエーテル体でないものは、自我とアストラル体の刻印です。四肢ー代謝人間にいたっては、 ただし後のふたつ{中部人間と四肢ー代謝人間}は互いに入り混じっているのですが 、物質体、エーテル体、アストラル体の混合作用が、みなさんに説明しましたように、これはほかの部分に移っていくのですが、其れ等の行き着く先が、自我の刻印です(前参照図参考)。1-10さて、私たちがまず注目するのは、シリカにおいて静止に至ったとみなさなければならないあのプロセスの物質的なものへの関与、物質的な頭組織への関与に対して、私たちはたとえばここで、中部人間のなかに何を見出すことができるのかということです。ここでは奇妙なことが起こっていて、中部人間においてシリカ形成のプロセスは、より強く、より広範に作用しています。このプロセスは頭においてはもっと微細です。このプロセスは、ここ中部人間においては、より強く、より広く、いわばより区分されて作用しています。そしてこのプロセスは四肢・代謝人間においてはもっとも強く作用します。つまり私たちがシリカに結びついたものとして捉えたあのプロセスに注目するなら、私たちはこう言わなければなりません、このプロセスは、このプロセスが自我を助けに駆けつけなければならない場所で、もっとも強く作用する。 私たちはさらにほかのプロセスへの相互作用も見ていくでしょう。独立した自我の作用ということに関しては、この自我は物質的な代謝人間のなかにその刻印を持つだけなのだからと。シリカを生み出すこのプロセスは、自我の四肢・代謝人間への作用のために自我を助けに駆けつけなければならないところで、 もっとも強く働くのです。つまりシカによって特徴づけられうるこのプロセスは、単にアストラル体だけを助けなければならないところでは、弱く作用し、エーテル体のみを助けなければならないところ、つまり頭においては、もっとも弱く作用します。1-11これは逆の意味でもこう言うことができるかもしれません、私たちがシリカにおいて静止に至っているプロセスとみなしたものに関しては、人間の頭の組織構造においてこのプロセスはもっとも物質的に(stofflich)作用していると言わなければならない、と。力としてのダイナミックなもの(das Dynamische als Kraft) ということに関しては、このプロセスはもっとも弱く作用しているのです。けれどもこのプロセスが力としてもっとも弱く作用しているところでは、このプロセスはもっとも強く作用し、その状態に近づけば、 このプロセスは物質のなかで静止に至るのです。つまり私たちが、シリカを私たちの前にある物質(Stoff)として捉えるなら、このシリカの効力 (Wirksamkeit)は頭においてもっとも強い、と言わなければなりません。私たちがシリカを、ひとつのプロセスの外的な徴候と捉えるなら、シリカの作用は 頭においてもっとも弱い、と言わなければならないのです。もっとも強い物質的な作用があるところでは、ダイナミックな作用は弱いのです。中部人間においては、ほかならぬシリカに関して、物質作用と力作用がほぼ均衡を保っています。そして、四肢・代謝人間については、力作用が本質的に優勢です。ここでは物質作用は最も弱く、力作用はもっとも強いのです。したがって、シリカを生み出すプロセスであるものは、実際人間全体をくまなく組織化しているのです。今、物質的な頭組織構造であるものと、人間と相互作用している外的環境との間の相互関係とはどのようなものかと私たちが問いかけたのなら、呼吸リズムの組織構造を有する限りでの中部人間の、外部の環境に対する相互作用とはどのような性質のものなのかと問いかけることもできるでしょう。1-12人間の頭を精神科学的に研究し理解したいならば、地球形成における両方のプロセス、つまり石灰形成プロセスと、シリカ形成あるいは私の考えでは珪酸形成(kieselsaeurebildend)プロセスにも、目を向けなければなりません。私たちはこれにもっと深く入り込んでいくことができるでしょう。さて、より外向きではなく、より周辺的な位置にないもの、人間においてより内部に向かって位置するもの、リズミカルな呼吸系のための組織構造、これは共働作用、つまり、そのなかに自我とアストラル体の刻印が組み込まれた物質的なものとエーテル的なものの主要な共働作用なのですが、この組織構造は、直接プロセスとしてあるもの、私たちが出会う自然のなかに直接プロセスとしてすでにある ものを、さしあたっては環境世界のどこにも示してはくれません。少なくとも通常はそのようなことはないのです。私たちが、自我とアストラル体 、これらは自らの刻印を生み出したために多かれ少なかれ自由なのですが、この独特の共働作用、および物質的なものとエーテル的なものの主要な共働作用であるものを通じてそこで起こっているものに特有のプロセスを見い出したいなら、この混合作用全体のためのプロセス、この作用のための何らかのプロセスを、私たちが外界に探したいなら、このプロセスを私たちがしかるべき状態で持つためには、私たちはそもそもこのプロセスをまずは自分で生み出さなければならないのです。私たちが植物実質を燃やして植物の灰を得るならば、そこでプロセスとして形成されるもの、燃焼と灰の生産のなかに、そしてさらに灰が静止に至るプロセス、個々の灰についてはいずれお話ししますが、そのなかに現れた火のプロセスと灰形成プロセスのにおいてそこで形成されるもの、これは、ちょうどシリカプロセスが頭において物質的に起こっているプロセスに似通っているのと同様に、呼吸プロセスに似ています。そして、この灰形成プロセスによって呼吸リズムプロセスのなかにその相関物を持つものに効力を発揮させたいなら、私たちはむろんそれを呼吸のなかに取り入れることはできず -- 人間の生体組織においては決してそうすることはできませんし、それをいわば当のものの対極であるもののなかに取り入れなければなりません。これをこのように図示してみますと(*次の参照図を指定、ここでは省略)、ここが呼吸リズムプロセス、 循環リズムプロセスですが、呼吸リズムプロセスにおいて植物の灰は、効力あるプロセスの特徴を私たちに示すものです。しかし私たちは、植物の灰のプロセスに、別の極、つまり循環リズム組織において、代謝という迂回路を通して効力を発揮させなければなりません(*次の参照図を指定、ここでは省略)。私たちは、この植物の灰を、この力を、それがさらに呼吸リズムプロセスのなかに対極的な反作用を生み出すように、循環リズムのなかに組み込まなければならないのです。1-13人間の生体組織を理解するためには、こういう関連がきわめて意味深く重要であることが直観にあってはおそらく直ちに明かになるでしょう。と申しますのも、シリカを形成するプロセスにおいて私たちの前にあるものは、人間全体に何らかの関わりがある、と言わなければならないように、ちょうどそのように、私たちは、ここで今度はこれを植物の灰化に適用することで、この中部人間、呼吸と循環リズムを有するためにこれもまたいわば二分化されるのですが、この中部人間についてひとつの表象を獲得するからです。植物の灰・呼吸リズム・循環リズム、私たちはこう言うことによって、ひとつの表象を獲得します、まず上部に、呼吸リズムに注目するなら、この器官の構築は本質的に、植物的なものを燃やして灰を得るときに私たちに現れるプロセスの対極に置かれたプロセスによって引き起こされると。呼吸リズムプロセスのなかには、いわば闘いがあり、植物灰形成に対する絶え間ない闘いですが、しかしこれは、その反対であるものが、このプロセスを促進するために実際に生体組織のなかに入り込んでくることなしには起こらない闘いなのです。人間として私たちは、シリカプロセスが存在し、石灰プロセスが存在する地球に置かれています。これらのプロセスが私たちを満たさなければ、私たちは人間であることはないでしょう。私たちが人間であるのは、私たちが私たちのなかに対極に置かれたプロセスを担っていること、つまり私たちがシリカ形成プロセスに反作用することができ、 反対の極を自らのなかに担っていること、私たちが反対の極を自らのなかに担うことで、石灰形成プロセスに反作用することによってなのです。私たちはこれらの極を、頭形成を通じて、さらには人間全体を通じて、さまざまな度合いで自らのうちに担っています。私たちの呼吸リズムということによって図示しましたように、私たちの中には植物灰化プロセスに対抗する闘いがあります。私たちの中には、この植物灰化プロセスの反対の極があるのです。こういう事柄に目を向けると、おおざっぱに表現すれば、いわば、打てば打ち返される (打撃が反撃を引き起こす/Stoss Gegenstoss hervorruft)、ということも不思議には思われないでしょう。まったく明かなのは、私が生体組織におけるシリカ形成プロセスをしかるべく強化すれば、反作用が修正されるということであり、同様に明かなことは、私が燃焼プロセスの産物を生体組織に取り入れると、反作用が引き起こされ、そして、この作用と反作用をいかに私たちの支配下に置くかという重大な問いが生ずるということです。これは、抽象的に表現すれば、プロセス、人間の生体組織における自我にまで至るプロセスですが、それはどのようなものか、そして、外部のプロセス、つまり人間の生体組織の外部のプロセスはどのようなものか、ということをまず認識することが大切だと申し上げることによって私が常に表明していることです。これらのプロセスは内部と外部では異なっています。けれども、内部と外部で、これらは 互いに対極をなして対置されています。そして本来その性質からすれば私の皮膚の外部にあるべき何かが私の内部にある瞬間、あるいは、たとえ単に軽い圧迫によってであれ、本来外から内部への作用であってはならない何かが、外から内部へと作用する瞬間、内的な反作用が生じ、そしてこの瞬間に私は、何らかのものに対するこのような内的な反作用を生み出すという課題を持つわけです。たとえば私が、人間において、シリカに反作用する正常なプロセスの代わりに、このプロセスへの過大な強すぎる傾向が生じていることをつきとめるなら、当該の物質を供給して反作用を引き起こす、これはおのずと起こるのですが、ことによって、私はこれを外から調整しなければなりません。1-14これは、人間とその外界との相互作用を徐々に見通すことができるように導いてくれるものです。シリカ形成プロセスのなかにあるものは、自我が四肢と新陳代謝を通じて作用しようとするときに、力として最高度に自我に対することを、みなさんが真に理解できるようになれば、さらに、シリカ形成プロセスにおいて物質作用であるものは、人間の頭においてもっとも強く作用することを知り、そして力作用であるものは、人間の頭においては自我を助けに駆けつけなければならない度合いは強くはないと言えるようになれば、そのときみなさんは、この自我というものが人間においていかにさまざまな度合いで作用しているかを見通す可能性を獲得なさるでしょう。さて、人間の自我と四肢・代謝系(システム)の関係に注目しますと、人間のエゴイズムの起源は本来この関係のなかにあるのです。性のシステム(Sexualsystem)というのも、この 人間的エゴイズムのシステムに含まれます。そして、自我は、まさにこの性のシステムという迂回路を通して、最高度に人間の本性にエゴイズムを浸透させる作用もするのです。1-15これを理解すれば、みなさんはこうおっしゃるでしょう、そうであるなら、自我が四肢システムから人間に作用するためにシリカを用いるしかた、これに対して、この自我が人間の頭からシリカを通じて作用するしかた、この間には一種の対立があるのだと。そこでは、後者では自我はいわばエゴイズムから解放されて作用します。そしてこれを精神科学的によく研究すると、これが細分化させる作用をしていることがわかります。1-16この奇妙な作用を図で表現しなければならないとしたら、こう申し上げねばならないでしょう、自我が、つまり今や組織化要素としての自我ですが、人間においてシリカを通じて四肢システムから行うこと(参照図あり、赤 /rot)、これは、本質的に、人間を統合する、いわば、人間のなかで液体によって区別のない統一へと結合させながら存在しているものすべてであり、したがってこれは区別のない一様な全体なのです。1-17同じプロセスであるけれども、力的なものに関しては可能な限り強くないシリカ形成をともなうもの、こういうものはすべて反対の意味で作用します(前図を参照指定、黄/gelb)、これは細分化させ放射する作用をするのです。人間はシリカによって、下からは統合され、区別ないものとされ、上からは細分化され、互いに異なったものとされるのです。すなわち人間に関しては、頭において組織的に存在する力は、個別の器官に作用するために細分化されているということです。この力はいわば、頭組織における独特のシリカプロセスによって、諸器官のなかで秩序正しく作用するよう、心臓、肝臓その他に対してしかるべきふるまいをするよう刺激されるのです。1-18ここで私たちが前にしているプロセスは、下から上へと作用すれば人間のなかですべてを混ぜ合わせ、上から下へと作用すれば、すべてを可塑的に区分し、いわば生体の組織化を支配して個々の器官すべてを順調にするプロセスです。他方、私たちが、人間の場合一方においてはこの混同によって起こり、他方においてはさまざまな器官へのこの追い立て、つまり統合しつつ組織することとは反対に細分化させつつ組織することによって起こることについて、そしてひとりひとりの人間においていかにこれが不規則になりうるかについて、直観を身につけることができたら、私たちはその人に何らかの異常があるとき、この方向に従って徐々に人間を治療するすべを学んでいくでしょう。これは次回以降の講義で見ていきます。ただし私たちは、この方向に従った診察に関してはきわめて慎重であらねばなりません。と申しますのも、よろしいですか、外的な科学は、人間の生体組織を調べるとき、何をするでしょう。この外的な科学はたとえばこう言います、人間の生体組織の中にはシリカがある、人間の生体組織の中にはフッ素がある、人間の生体組織の中にはマグネシウムがある、人間の生体組織の中にはカルシウムがあると。つまり外的な科 学はシリカについて、シリカは毛髪の中にある、シリカは血液と尿の中にある、と言うのです。さて、このふたつ、シリカは毛髪中にあるというのと、シリカは尿中にある、というのを取り上げてみましょう。1-19唯物論的な科学にとっては、この、毛髪を調べると毛髪中にシリカが見つかる、尿を調べると尿中にシリカが見つかるということ以外には何もありません。けれども、何らかの物質がどこかの内部に見つかるということはまったく本質的なことではありません。これはまったく本質的なことではない、と申しますのは、毛髪中のシリカは、そこから活動するために毛髪中にあるからです。つまり私たちはいわれなく毛髪を有しているのではなく、毛髪からもまた生体組織へと、力が、それもきわめて精妙な力が発しているのです。きわめて精妙な力が、毛髪から生体組織の中へともどっていくのです。尿の中にシリカがあるのは、シリカはふつう過剰なものとしてそこにあるからです。使用されないものがそこで除去されるのです。シリカが尿中にあるというのは重要なことではありません、そこではシリカは活動しておらず、活動的であるべきではない過剰なシリカが追い出されてているのです。尿中にあるのは、生体組織の内部にあってはならず、つまり生体組織にとってまったく意味のないシリカなのです。何らかの個別の物質、そうですね、マグネシウムを例にとってみても、そうなのです。歯のなかにマグネシウムがなかったら、歯は存在することができないでしょう。と申しますのも、歯にとって、マグネシウムプロセスのなかには、まさにきわめて重要な意味で歯の構築に関与する力が生きているからです。みなさんはこのことをレーマー教授の講演でお聞きになったと思い ます。さて唯物論的な科学は、しかしマグネシウムは乳汁のなかにもあると言います。けれども乳汁の中ではマグネシウムは重要ではありません。乳汁が現にあるおかげで、乳汁はその内部にあるマグネシウムを排出するのに十分なほど強いのであり、乳汁の中にマグネシウムそのものを探すことはできません。むろん私たちはそれを分析することはできますが、乳汁形成プロセスにおいては事態はこうなのです、つまり、乳汁形成プロセスは、マグネシウム力 (Magnesiumkraefte)を突き放すことができるということによって成立しているということです。歯の形成プロセスと乳汁形成プロセスにおけるこの独特の対立について、私たちがいくらか経験できるのは、マグネシウムとは、歯形成プロセスにおいて本質的なもの、このプロセスの一部としてダイナミックにそこに入り込んでいくものであると私たちが知ることによってのみです。乳汁形成プロセスにおいては、マグネシウムは車の五つ目の車輪として排出されるものです。そしてたとえばフッ素についても同様で、これは歯の琺瑯質(エナメル質)において本質的なもので、フッ素なしには私たちは歯の発達プロセス全体を理解できません。フッ素は尿の中にもありますが、まさに排泄プロセスとしてであり、尿中で意味があるわけではありません。尿中にあるフッ素は、生体組織がそれを使用できないので排泄するもの、生体組織はそれを排泄するに十分なほど強いわけですが、まさにそういうものなのです。1-20何かがどこかにあるという単に物質的な検査は、そもそも本質的なものについてまったく決め手となりません。どこであれ知らなければならないことは、何らかのものが活動的なものとして当の場所に正しくあるのか、それともそれが排出されたのでそこにあるのか、ということです。これが決め手となるのです。そして本質的なこととは、人間とその他の有機的な存在についてもその健康な状態と病気の状態において理解するために、私たちがこのような概念を身につけるということです。とは言え、もちろん、より一般的に語るとき、こういう助けすべてを要求することができないというのも、常にしかたのないことです、なぜなら今日私たちの時代においては、より精密な概念について一般 的な教養があまりにも乏しいために、より抽象において語らざるを得ず、そうするとそもそも理解できなくなるからです。唯物論の闘いにおいて非常にしばしば理解できなくなるのです。今科学者にぜひ知っていただきたい分野、この分野のために調べることのできる事実は科学者の前にあるのですが、この分野に特徴的なもののなかに降りてくるなら、さらにまったく別の領域へと降りてくることもできるでしょうが、ほかならぬ精神科学を通じて、こう証明することのできる場所に至ります。物質として分析され、物理・化学的科学で研究され、それについて、この中にはこれがあると言える何らかのものについての観念(表象)、このような観念(表象)は、本来、錯誤以外の何ものにも導かないということを証明できる場所に。1-21これがきょう導入としてお話ししたかったことです。明日はこれについてさらにお話しすることにしましょう。記:ルドルフ・シュタイナーのいうシリカは、農業や自然における重要な要素として捉えられており、物質としての二酸化ケイ素を指します。シュタイナーは、シリカが植物の成長や健康に寄与し、宇宙や自然全体との調和を図ると考えていました。彼の農法は、シリカを含む物質が自然の調和と相互作用することが強調されています。重要な情報は確認しておくことをお勧めします。 治療のための精神科学的観点 第1講を了、以下は未掲載参考画:珪素系生物人気ブログランキングへ
2024年07月24日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第10講 シュトゥットガルト、1923年3月月4日 佐々木義之 訳 今日は、シュテュットガルトで行った2回目の講義について皆さんに報告するつもりですが、その講義で扱われたことがらについて何を述べたかを新たに逐語的に説明するということにはならないはずです。また、シュテュットガルト会議そのものについても何らかのコメントをするつもりです。2回目の講義の目的は、特に私たちの協会のような協会の中では決して起こるべきではないにもかかわらず、あまりにも容易に起こるようなある種のことがら、そして、それは精神的な社会観に基づく協会の歴史に通じている人たちにはよく知られたことなのですが、そのようなことがらが何故起こるのかを示すということでした。ご存じのように、その種の協会はいつの時代にも存在しており、それらはいつでもその時代に適合したものでした。以前の時代には、精神的な世界に参入するために必要とされるような種類の意識は今日私たちが必要としている意識とは異なるものでした。一般に、より高次の超感覚的な洞察に基づく何らかの認識形態を確立するために力を結集した人々は、その目的の中に、会員としての友愛の精神を育成することを含めていました。けれども、皆さんはまた、これらの協会の歴史に通じているすべての人たちと同様、友愛というものはあまりにも容易に悲しみに変わるということ、特に精神的な基盤の上に打ち立てられた協会は最大の不調和と、友愛に対する最悪の攻撃の温床になったということを知っています。さて、もし、人智学が適切に把握されるならば、人智学協会はそのように非友愛的な展開から完全に守られていることになるのですが、決してそれはいつも適切に把握されるわけではありません。もし、友愛に満ちた態度が崩壊することの理由に光を当てるならば、それを十分に理解するための助けとなるでしょう。とりあえず、昨日取り上げたことがらを振り返ってみましょう。私は、三つの意識状態、すなわち、通常の目覚めた生活の意識、夢の意識、そして、最後に、夢のない眠りの意識を区別することについて指摘しました。人が見る夢の像は彼がそこに居住する一つの世界として経験されます。彼が夢を見ている間は、その夢を現実的なものであると誤解する、すなわち、彼が目覚めている間に自分を見出すところの物理的な世界の中で生じるできごとと同じように現実的なものであると誤解する可能性が大きいのです。けれども、昨日お話ししたように、夢の経験と目覚めの経験の間には途方もない違いがあります。夢を見ている人はその夢の経験の中で孤立しています。そして、私が指摘したのは、別の誰かがその傍で眠り、全く別の夢の夢を見ているかも知れない、したがって、異なる世界に住んでいるかも知れないということでした。両方とも、側で夢を見ている人に自分の夢の世界でのできごとを伝えることはできません。たとえ、十人が一つの部屋で眠っていたとしても、それぞれの人はその眼前に自分自身の世界だけを有しているのです。このことは、精神科学者としてしばしば驚くべき夢の世界に参入することができる人間にとっては、全く驚くべきことのようには見えません。と申しますのも、夢見る人が住む世界もまた現実だからです。けれども、それが提示する像は純粋に個人的な関心事に基づく要因から導かれます。確かに、夢によってもたらされる経験は物理平面から借りてきた像という衣を着せられています。けれども、しばしば指摘してきたように、これらの像は外的な覆いに過ぎません。現実は、そして実際に、夢の中には現実があるのでが、像の背後に隠されており、像はそれを単に表面的に表現しているに過ぎないのです。夢の意味を発見するという目的で、それを精神的な意味で探求する人は、像ではなく、それを貫くドラマ的な要素を研究します。ある人はひとつの夢の情景を見、別の人は全く異なる別の情景を見るとしても、両方とも登っていたり、深淵の縁に立っていたり、あるいは何らかの危機に直面するとともに、最後には緊張が解けたりするような経験を有しているのかも知れません。本質的なことは、夢のドラマ的な経過なのですが、ただそれには像の要素という衣が着せられているのです。この展開するドラマが過去の地上生にその源泉を有していたり、あるいは未来の受肉を指し示していたりすることはしばしばあります。夢の中に働きかけているのは、人生において―恐らく、いくつもの地上生を貫いて―展開する運命の糸なのです。そこにあるのは人それぞれの核となるものです。彼は彼の自我とアストラル体とともに肉体の外にいるのです。つまり、彼は、ある地上生から別の地上生へと彼が携えていくところの自我とともに、肉体の外にあって、アストラル体の中にいるのですが、それが意味しているのは、私たちが地上に降りてくる前に住み、死後に還っていくところの感覚を越えた世界の中で、私たちを取り巻く経過や存在たちの経験を包含する世界に彼が住んでいるということです。とはいえ、私たちは眠りの中で私たちの肉体やエーテル体からも引き離されています。夢が像の衣を着るのは、アストラル体が正にエーテル体のところに帰って来るか、あるいは正にそれから離れようとしているとき、つまり、目覚めのときか、あるいは眠りに落ちようとしているときです。とはいえ、私たちが通常の意識状態にあるときにはその存在に全く気づかないとしても、夢はそこにあります。人は眠っている時間中ずっと夢を見ているのです。そのことは彼がその時間には自分自身の関心事だけに関わっている、ということを意味しています。しかし、彼が目覚めるとき、彼は周囲の人々と彼が共有するところの世界へと帰っていきます。そのときには、十人の個人にとって、それぞれが別々の世界に住みながら一つの部屋にいるということはもはや不可能になります。人々が物理平面上で共にいるとき、彼らは共通の世界を経験することになるのです。昨日、私は、私たちが超感覚的なものについての本物の知識、人間の真の存在についての知識、人智学がそれを入手可能にしようとしているような知識をそこから引き出してこようとしているところのあの世界に参入するためには、意識の遷移、さらなる目覚めが必要であるという事実に対して注意を促しました。そして、それが意識の三段階なのです。けれども、今、通常は眠っている人によって発達させられるような種類の像の意識が日常の目覚めの意識の中へと、つまり、物理平面上の状況へと持ち込まれる、と仮定してみましょう。そのような場合があるのです。人は、人体器官の不調によって、通常は夢の生活の中だけで思い描くような仕方で物理的な世界を思い描く可能性があります。言い換えれば、彼は彼にとってだけ意味のある像の中に生きるのです。これは異常な心理状態と呼ばれるケースです。そして、それは物理的あるいはエーテル的な器官における何らかの病気によるものです。それに罹った人は、眠りの中でそうするように、外の世界を経験することから自分を閉め出してしまうでしょう。そのとき、彼の病んだ器官は、通常は夢の世界の中でのみ提示されるような像が彼の中に生じてくる原因となります。もちろん、その状態には、通常の魂的な生活が多少妨げられることから真に心的な病気の状態に至るまで、様々な段階があります。では、人が夢の状態にある心を通常の地上の生活へと持ち込むとき、何が起こるのでしょうか?その場合、彼の仲間の人間に対する関係は、ちょうど彼がその仲間の側で眠っているときのような関係になるでしょう。彼は、自分の意識が仲間と共有できない何かに没頭しているために、仲間から引き離されているのです。このことは全く彼自身の責任とは言えないようなある特定のエゴイズムを生じさせます。彼が気づいているのは彼自身の魂の中で生じていることであって、他の人の魂の中で生じていることについては何一つ知りません。私たち人間が共通の生活を送ることになるのは、共通の感覚的知覚を有し、そして、それについての共通の考えを形成することによります。けれども、もし、誰かが夢を見ている心の状態を通常の地上生活に投影するならば、彼は孤立し、エゴイストになり、そして、彼の経験について他の人がついていけないようなことを主張しながら仲間の人間の側で生きることになります。このように夢の生活を日常生活に持ち込むことで人間を間違った方向に導くこともある程度のエゴイズムに関する個人的な経験は誰にでもあるはずです。けれども、健全な道から逸れる同様の場合があります。それは、人々が、そうですね、人智学的な真実が探求されているようなグループに加わりながら、私が昨日特徴づけたような状況、つまり、一つの魂が別の魂との出会いの中で、より高い状態、恐らくそれは意識の状態ではなく、より高く、より強烈な経験へと目覚めた感情の状態なのですが、そのような状態への目覚めが起こる状況が発展し損ねるような場合です。そのとき、物理的な世界の中ではそれを有することは正しいような程度の自己探求が、精神的な世界を理解することの中に投影されることになります。ちょうど、誰かがその夢の意識を物理的な世界に投影するとき、エゴイストになるように、物理的な世界に適した魂の雰囲気あるいは心の状態をより高次の領域へのアプローチに導入する人は、精神的な世界に対する彼の関係において、ある程度のエゴイストになるのです。けれども、これは多くの人に当てはまることです。感動への欲求が、人は肉体、エーテル体、そしてアストラル体を有し、繰り返される地上生を生き、カルマを有する、等々といった事実に対する興味を呼び起こすのです。彼らは物理的な現実についての事実や真実の場合と同様の仕方でそのような情報を手に入れます。実際、そのことは現在の人智学への取り組み方の中で毎日証明されているのが分かります。例えば、通常の種類の科学者が現れて、人智学を通常の手段で証明せよと主張します。これは正に、夢の像によって物理的な世界の中で生じていることがらを証明しようとするようなものです。もし、誰かが「この部屋にこんなにも多くの人が集まって、ここで人智学の講義が行われているのを私が信じるとすれば、それは後でそのことを夢に見たときだけだ」と言うとすれば、何と愚かなことでしょうか。それがいかに馬鹿げたことか考えてみてください。けれども、誰かが人智学的な真実についての話を聞き、もし、通常の科学が、そして、それは物理的な平面にのみ適用されるものですが、それらを証明するならば、私はそれらを信じるだろう、と言うのも同じように馬鹿げたことなのです。ものごとが完全に明確になるためには、それらの中に真剣かつ客観的に入っていくしかないのです。ちょうど、夢の概念を物理的な状況に投影する人がエゴイストになるように、通常の生活における事物にのみ適合するような観点をより高次の領域で必要とされる概念へと投影する人は、より孤立し、引きこもり、自分だけが正しいと主張するようになるのです。けれども、それこそ人々が行っていることなのです。実際、ほとんどの人たちは人智学のある特定の側面を探求しています。彼らは何らかの人生観によって、そこに見出されるあれこれの要素に共鳴するところの感情へと引き寄せられ、それが真実であることで満足するでしょう。そして、彼らはそれを受け入れますが、それは物理平面上では証明することができないため、人智学にその証明を期待します。こうして、通常の物理的な世界に適用可能な意識状態が、より高次の領域へのアプローチへと持ち込まれるのです。そして、その人の友愛的な規範にもかかわらず、ちょうど、物理平面上で夢見る人が最も非友愛的な仕方で彼の隣人に対して振る舞うように、非友愛的な要素が顕著になってきます。たとえ、その隣人が節度をわきまえていたとしても、夢の像の影響下にある夢見る人は、「お前は馬鹿だ、私はお前よりよく知っている」と彼に言うかも知れません。同様に、物理平面上での生活から持ち込んできた主張によって高次の世界についての概念を形成する人は、物事についての異なる観点を有する仲間に、「お前は馬鹿だ」、あるいは、悪いやつだ、というようなことを言うかも知れません。重要なのは、精神的な世界との関連で、全く異なる態度、全く異なる感情を発達させなければならない、それは非友愛的な精神を根絶やしにし、友愛が発達する機会を与えるだろう、ということです。人智学の特質とは、そのことを最大限に生じさせる、というようなものなのですが、党派主義やそれに似た要素、そして、それらは実際には物理的な世界にその起源を有するものなのですが、其れ等要素を排除しつつ、把握する必要があります。精神的な基盤の上に打ち立てられたような協会の中で、何故、非友愛的な精神が噴出するのかを知っている人は、より高次の認識を育成するために他の人たちと手を携えるとき、その魂の指向を変容させることに取り組むことによって、そのような危険を回避できるということも知っています。このことは、「私はそれについての夢を見てから、そのことを信じよう」と言いながら、人智学に対しても同様に振る舞う人たちが、人智学がそれによって提示されるところの言葉に何故あれほど疎遠なのかの理由でもあります。例えば、私の本の中で使われているような、人智学を提示するために用いられる言葉には我慢できない、と言う人たちが何と多いことでしょうか!重要なのは、超感覚的なものについての認識を提示するということでは、議論すべきことがらが異なるだけではなく、異なる仕方で語られなければならないということなのです。考慮しなければならないのはこのことです。もし、人智学を理解するということには、ある意識レベルから別の意識レベルへの移行が本当に含まれるということを深く確信しているならば、人智学は人生において、本来そうあるべきであるように、実り多いものとなるでしょう。と申しますのも、それは通常とは異なる魂の状態で経験されるべきものであるとはいえ、人がその十全たる魂の発展とその特質のためにそこから得るものは、今度は、物理的な世界が夢の世界に影響するのと同じ意味で、道徳的、宗教的、芸術的、及び認識的な影響を物理的な世界に及ぼすことになるはずだからです。そのために必要なのは、私たちが扱っている現実は、どのレベルのものなのかということを明確にしておくということだけです。私たちが夢を見ているとき、他の人たちと話したり、何らかの特別な関係を持ったりする必要はありません。と申しますのも、夢を見ているときの私たちは、実際には、私たちの現時点での自我に働きかけているからです。私たちの表向きの夢の像の背後で私たちが行っているのは、ただ私たちだけに関係することです。私たちがそこで働きかけているのは私たちのカルマなのです。夢がいかなる場面を提示しているとしても、その背後では、人の自我がそのカルマに働きかけているのです。私たちは、ここ物理平面上で、物理的に体現した人類にとっての関心事に向けて働きかけます。人類全体の発展に貢献しようとするのであれば、私たちは他の人たちとともに働かなければなりません。精神的な世界では、私たちは私たちと同じような知的存在たちとともに働くのですが、ただ、彼らは物理的な体の中にではなく、精神的な要素、精神的な実質の中に生きています。それは異なる世界、そこから超感覚的な真実を少しずつ集めてくるところの世界であって、私たち一人一人がそれに順応しなければなりません。これはここで行われた多くの講義の中で強調してきた点ですが、人智学的な認識は、私たちが他の学びの中で取る方法によっては吸収することができません。とりわけ、それは異なる感情によってアプローチしなければなりません。そして、それは、夢の世界という自ら創り出した像の世界から目覚めさせられるとき、色が目に飛び込んで来ることによって経験するような、あるいは、音が耳に注がれることによって経験するような突然の目覚めへと揺り動かされる、というような感情です。ちょうど氷の表面のどこが弱い場所なのかを知ることによって、割れ目から落ちるのを回避することができるように、精神的な真実への間違ったアプローチ通して利己主義を発達させるという危険について知っている人は、非友愛的な状態を創り出すのを回避することができます。人は、精神的な真実と関わるときにはいつでも、言葉の最上の意味で、忍耐という呼ばれるところの特質を最大限に発達させなければなりません。人智学的な精神科学を共に追究する人たちの関係は忍耐という言葉で特徴づけられていなければなりません。人間の忍耐という美をこの角度から見たとき、直ちに気づくのは、特に今という時代にそれに向けて自己教育することがいかに本質的なことであるかということです。今日、誰も他の人の話しを聞かないというのは本当に異常なことです。誰かが話を始めると、すぐに他の誰かがそのことについての自分の観点を述べるためにそれを遮り、その結果、意見の衝突が起こるということはないでしょうか。誰も人の話を聞かない、誰も自分以外の意見を尊重しない、自分と意見を共有しない人間は間抜けであるというのが現代文明の基本的な特徴なのです。けれども、親愛なる友人の皆さん、誰かが自分の意見を述べるとき、それがいかに馬鹿げたものであると思われても、それは人間の意見であり、私たちはそれを受け容れ、聞くことができなければなりません。これから何かきわめて逆説的なことをお話ししようと思います。その魂が今日の知的な観点に適合した人は苦もなく賢明であることができます。一人一人が何か賢明なことを知っています。私はそれらが賢明でないと言っているのではありません。実際、それらは大抵は賢明なことです。けれども、それが当てはまるのは、ある一定の点までなのです。その点までは、賢い人は、まだ彼のような意見を持たない人を愚か者であると思います。私たちはこのような態度にいつも出会いますが、それは、日常的な生活の状況下では、正当化され得ることなのです。様々なことがらについて健全な判断力を発達させた人にとって、誰か他の人がそれらについての馬鹿げた観点を述べるのを聞かなければならないのはとんでもない試練だと本当に思われるでしょう。そのように感じる人を責めることはとてもできません。けれども、それが真実であるのは、ただある一定の点までなのです。人は何かをさらに発展させることによってますます賢明になり得るのですが、超感覚的な洞察は別の特徴を持った賢明さを付与することができます。そのとき、不思議なのは、愚かさへの興味が減退するのではなく、むしろ増加するということです。もし、誰かが少しでも叡智を獲得したならば、このような率直な言い方をお許しいただけるならば、その人は人々が何か愚かなことを言うのを聞くことに楽しみさえ覚えるようになるのです。そのような愚かさの中には、平均的な程度の賢明さを有する人々が語ること以上の賢明さが見出されるのですが、それは、それらがしばしば平均的な程度に賢明な人々の平均的な賢明さの下に横たわっているものよりもはるかに偉大な人間性から流れ出ているからです。その世界に対する洞察が深まれば深まるほど、人間の愚かさに対する興味が増加するのですが、それはそれらのことがらが、異なる世界の水準から見て、異なって見えるからです。通常の物理的な世界における賢明な人々には愚かに見えるかも知れない人の愚かさは、ある一定の条件下では、たとえそれらが歪曲され、戯画化された形を取っていたとしても、異なる世界における叡智であるところのものを明らかにしているのかも知れません。ニーチェの言葉を借りれば、世界は本当に「一日のできごとよりも深い」のです。人智学協会、言い換えれば、人智学を追求する人たちの組合が健全な基盤の上に置かれるべきであるならば、私たちの感情世界はそのような認識の上に基礎づけられていなければなりません。そのとき、精神的な世界に対しては物理的な世界に対するのとは異なる関わり方をしなければならないということを知っている人は精神的な世界のことがらを正しい仕方で物理的な世界にもたらすことになるでしょう。そのような人は、物理的な世界の中で、夢見る人にではなく、実際的な人になるでしょう。そして、それが本当に決定的に必要なことなのです。人智学徒になることで、物理的な世界にとって無益な人にならないというのは本当に必要不可欠なことです。このことは何度でも強調されなければなりません。以上が、シュテュットガルトでの二回目の講演で私が示そうとしたことですが、それは、協会の個々のメンバーがその生命を正しく育むということについてどのように考える必要があるか、ということに光を当てるためでした。と申しますのも、その生命は認識の問題ではなく、心の問題であり、その事実は知られなければならないからです。もちろん、ある人の人生の状況が、孤独な道を一人で歩むようにさせる、というようなものである可能性はあります。また、そうすることもできるのですが、私たちのシュテュットガルトでの関心事は人智学協会の生命に関わる要求にあり、それらのことがそこでの議論の中で持ち出されなければなりませんでした。もし、協会が存続すべきであるならば、それに参加しようという人たちは、その生命に関わる要求とは何かということについて関心を持たなければならないでしょう。けれども、そのことは、ますます増大する協会に対する敵意によって引き起こされる問題に対する関心を含んでいなければなりません。シュテュットガルトでは、そのことについても立ち入らなければなりませんでした。私が述べたのは、1919年以来、協会の中で多くの企てが立ち上げられた、そして、そのこと自体は良いことであった。けれども、それらを人智学運動の中に組み込むための、言い換えれば、それらを協会員の間での共通の関心事にするための正しいやり方を見つけていなかったのだということです。若い人たちのように、新しく協会員になった人たちがそれより前に立ち上げられていたものに関心を持たず、ただ狭い意味での人智学を追求しているからといって責められるべきではありません。けれども、私たちの運動に対するますます増大する敵意に対して本当に責任を負わなければならないのは、これらの新しい企てなのです。確かに、以前にも敵意は存在していましたが、私たちはそれに注意を払う必要がありませんでした。さて、このような文脈の中で、私は、人智学協会の中で認識される必要がある私たちの敵対者たちの問題に関して、何らかのことを申し上げなければなりません。親愛なる友人の皆さん、私は皆さんに、協会の発展における三つのフェーズについてお話しするとともに、最後の、あるいは三番目のフェーズにおいては、つまり、1916乃至7年から現在に至るまで、精神的な世界に対する人智学的な探求の果実の多くは講演の中で皆さんにもたらされた、という事実に対する注意を促しました。そのためには、純粋に精神的な探求という形での仕事が必要とされました。事実を冷静に見る人であれば誰であれ、近年、精神的な世界から少しずつ集められ、講義の中で皆さんの前に提示される素材の量がいかに増大しているかがお分かりのはずです。さて、私たちの敵対者たちの中には、何故、自分たちが敵対的な立場を取っているのかを知ることなく、つまり、その理由について明確でないことに安心し、ただ他の者たちと歩調を合わせるだけの多くの者たちがいる、ということは確かです。けれども、彼らの中には、自分たちが何をしているのかをよく知っており、それだけが人間の尊厳のレベルを上昇させ、地上に平和を回復することができるような精神的な世界についての真実を抑制し、踏みにじることに関心がある何人かの指導的な人物がいるのです。その他の敵対者たちは彼らに歩調を合わせているだけですが、指導者たちは人智学的な真実が入手可能になることを望んでいません。彼らの反対は絶対的に意識的なものであり、それを追従者たちの中に誘引しようとする彼らの努力もまた意識的なものです。彼らの真の意図は何を達成することなのでしょうか。この関連で、私自身について言及させていただくならば、彼らが試みているのは、私が彼らの攻撃にあまりにも時間を取られるために、実際の人智学的な探求のための時間を見つけられないようにする、ということです。それを追求するためには、ある種の静寂、つまり、敵対者たちのしばしば馬鹿げた攻撃に対して防衛するとしたらしなければならないような種類のことがらとは遠く離れた一種の内的な活動が必要なのです。さて、ヴェルベック氏は、シュテュットガルトで行った本当に輝かしい講演の中で、神学者たちだけが書けるような非常に多くの敵対的な本に対して注意を促しました。彼は1ダースかそれ以上の本を数え上げたと思いますが、いずれにしても、それはそれらを読むだけで時間が全部取られるほどの数でした。それらに反駁するとしたらどういうことになるか想像してみてください。いかなる探求にも取りかかれないでしょう。そして、多くの分野の中のひとつだけでそうなのです。少なくとも、他の様々な分野においても、同じくらい多くの本が人々によって書かれています。実際、人智学についての本来の仕事から遠ざけておくことを意図した敵対的な著作が溢れているのです。それは全く意図的になされています。もし、そのバランスを取るのに必要とされるものがあるならば、人智学を育成しながらそれらの本を脇に押しやることは可能です。私はそれらの題名の多くさえ知りません。私が持っている本は通常、積み上げておくだけです。何故なら、真の精神的な探求を遂行しながら、同時に、そのような攻撃に対処することはできないからです。そのとき、私たちの敵対者たちは「彼は私たちには自分で答えていない」と言います。けれども、他の人たちは彼らの主張に対処することができます。そして、1919年以降に立ち上げられた企ては、他の人たちの主導によって開始されたものですから、協会はその分野における責任を引き受けるべきです。敵対者たちとの戦いを引き受けなければならないのです。何故なら、そうでなければ、人智学的な探求を高く掲げ続けることは不可能であることが証明されることになるはずだからです。それこそが正に私たちの敵対者たちが望んでいることです。実際、彼らが最も望んでいるのは訴訟のための下地を見つけるということです。彼らがその機会を窺っているというあらゆる兆候があります。と申しますのも、彼らは、そのことが人の注意の方向を変え、真の人智学的な活動を妨げる魂的な雰囲気の変化を要求するということを知っているからです。そうなのです、親愛なる友人の皆さん、私たちの敵対者たちの大部分は、彼らが何をしているかを本当によく知っており且つよく組織されています。けれども、これらの事実は人智学協会の中でも知られていなければなりません。もし、それらに対して正しい注意が向けられれば、行動が伴ってくるでしょう。私は皆さんに、協会が当面その活動を続けることができるようにする方向で、シュテュットガルトで何が達成されたかについて報告しました。とはいえ、諸般の事情から、私は協会から手を引かなければならないだろう、と言わなければならない瞬間が本当にあったのです。もちろん、今は、そこから手を引くことができない新しい要素を協会が最近になって引き受けたことで、それができない別の理由が存在しています。けれども、もし、私が、諸般の事情に基づいて、あのシュテュットガルトの会議場におけるある瞬間にその決定を下していたとしたら、私は協会から手を引かざるを得ないだろう、そして、別の方法で人智学が世に知られるようにしなければならないだろうと言ったとしても、それは完全に正当化されたことでしょう。私が言っている瞬間とは、次のようなできごとが起こったときでした。九人委員会は、協会の様々な分野における活動に関する多数の報告についてのスケジュールを決定していました。それにはウォルドルフ学校、自由な精神生活のための組合、Der Kommende Tag、雑誌「人智学」と「Die Dre=神の3つの世界 人智学 - 精神智学 - ニューマトゾフィー(*neumatosophyは、ルドルフ・シュタイナーの霊的科学の教えの一部であり、「精神の知恵」を指します。これは人間の精神的な側面や進化に関する深い理解を目指す教えです。)」等々についての報告が含まれ、そして、私たちの敵対者や、彼らにどのように対処するかについての議論もありました。参照画:Die Dreさて、お話ししたように、私たちの敵対者たちの問題に取り組んでいたヴェルベックは、文学的な角度からそれらをどのように対処したらよいかについて、輝かしい講演を行いました。けれども、そのことについての具体的な詳細については、まだ議論すべきことが残されていました。何が起こったでしょうか?ヴェルベックが報告している正にそのとき、議論の方を続けるということで、それを中断し、報告を省略するという動議が出されたのです。協会内で起こっていたことがらについて何一つ知ることなく、議論を継続するという提案がなされたのです。敵対者たちについての報告がなされている正にそのときに、報告は省略するという動議が出されたのです。そして、それは通りました。もっと奇妙なことも起こりました。その前の晩遅く、シュタイン博士は若者たちの運動について報告していました。ラインハス氏がその会合の議長だったのですが、それはとてもうらやましがられるような立場ではありませんでした。と申しますのも、二日前にもお伝えしましたように、彼は議事進行に関する動議で文字通りの爆撃を受けていたからです。そのような動議が出されるやいなやすぐに別の動議が出されるといった具合で、とうとう誰も議論をどうしたらよいか分からなくなっていました。さて、代表者会議に出席するために来ていた人々は、その準備に当たっていた人たちほど際限なく座っていることが得意ではありませんでした。シュテュットガルトでは、誰もが座っていることに慣れているのです。そこでは、遅くても午後9時半か10時までには始まって、朝6時まで続く会議があることもしばしばでした。けれども、お話ししたように、代表団はそのような訓練を受けていなかったのです。ですから、シュタイン博士が若者たちの運動、若い人たちが望むことについての報告を始めたときには遅くなっており、何らかの手違いか何かのために、誰も彼がその報告をするかどうかをはっきり知らなかったために、多くの人たちが会場を後にしていました。それでも、彼はその報告を行いました。そして、次の日に人々が戻ってきて、彼らのいない間にそれが行われたことを知ったとき、もう一度彼にそれを行わせるという動議が出されたのです。それは彼がそこにいなかったために効果がありませんでしたが、彼が私たちの敵対者たちについての報告をするために本当にやって来たときには、人々の成り行きは、彼の報告を二度も聞きたくはないというだけではなく、一度も聞きたくないという方向に変わっていました。その方向での動議が通ったのです。ですから、彼がその報告を行ったのは後になってからでした。とはいえ、その報告は特定の反対意見についての議論の中で頂点を極めるべきはずのものでした。驚いたことに、シュタインは特定のことがらについては何も触れず、その代わり、人智学に対する敵対者たちについての一種の形而上学を展開した結果、状況が本当はどうなっているかを理解することは不可能になっていました。彼の報告は非常に巧妙なものでしたが、実際の敵対者たちについての特定の材料を提供する代わりに、敵対者についての形而上学に終始したのです。その状況は、協会全体が、と申しますのも、代表団はドイツ人智学協会全体を代表していたからですが、敵対者たちについての話を聞きたがっていないということを示すためだけに役立ったのです。もちろん、そのことは完全に理解することができます。けれども、それらのことがらについて知っているということは、協会がいかなる生命状態を必要としているかについて洞察するためには正に決定的なことなのです。そういうわけですから、それらについて知ることができる絶好の機会を拒否する人は協会のために真剣に働くことはできないでしょう。人智学をどのようにして世界の前に提示するかは、とりわけ協会のメンバーが日々増大する敵意にどのように関わるかにかかっているのです。ですから、それは、私が、会議の成り行きによって、もし、メンバーたちが「人間性が人間性に出会わなければならない」などという決まり文句のスローガンを繰り返すことのみに終始するのであれば、私は参加し続けることができないだろう、と言わなければならないような結果に本当になったかも知れないような瞬間だったのです。シュテュットガルトでは、そのような決まり文句の言い直しが十分すぎるほどなされました。それらは議論されたのではなく、単に意訳されたのです。しかし、もちろん、想像の中だけではなく、現実の中にも存在しているようなものから手を引くことはできません。人智学協会から手を引くことはできないのです。ですから、これらのことがらもまた、土曜日に皆さんにお話ししたような、つまり、一方で、古い協会がその全体としての現実性において存続し、他方で、緩やかな連合体が設立され、最終的には、繰り返し述べたような意味で、つまり、二つの対極的な要素を関連づける何らかの橋渡し的なグループによって共同体を構築するという解決策を見い出すことを優先して、見逃されなければなりませんでした。と申しますのも、人智学は何か永遠に続くようなものである、ということに関して私たちは完全に明確でなければならないからです。ですから、一人一人の個人はそれを全く一人だけで学ぶことができます。人智学協会には全く興味を持つことなくそれを行うあらゆる権利を有しているのです。著作という手段によって、あるいは、人智学について聞くことに興味を持つ人たちに対して講義を行うことだけで人智学を広めるということ。そして、1918年までは、実際、ものごとはそのようでありましたが、其れ等は全く可能なことだったでしょう。1918年までは、協会は正にそのような協会があるべき姿を取っていたのです。何故なら、それは人智学そのものに影響を及ぼすことなく、いつでも存在することをやめることができたはずだからです。本当に人智学に興味をもってさえいれば、非協会員であっても、協会を通すことによって接することができたはずのあらゆることがらに全く同じように接することができました。協会は、協会員が活発に協働し、人間の魂が仲間の人間の魂によって目覚めさせられるための機会を提供していただけだったのです。けれども、協会の内部で進行していた活動があれこれの個人の発案によってプロジェクトへと発展した結果、今、私たちはそれによって拘束されています。それらは存在しており、勝手に解消することはできないのです。古い協会はその繁栄に向けて模索を続けなければなりません。古い委員会の官僚的で分類主義的なやり方、そして、ありきたりの方向づけがどんなに気に入らなくても、それが始めたものは面倒を見続けなければなりません。他の人は誰もそれに取って代われません。人智学一般に興味を持っているだけの人に、様々なプロジェクトに対して何らかの責任を引き受けるように頼むことができる、と考えるのは非常に間違っています。それらと一体となり、裏表まで知り尽くすようになっていなければならないのです。ですから、古い協会は存在し続けなければなりません。それは絶対的に現実的な存在なのです。けれども、単にそのようなものとしての人智学を望んでいるだけの人たちも、それに接する十分な権利を有しています。彼らを満足させるために、私たちは昨日お話しした緩やかな連合体を設立しましたが、それもまた、私が名前を上げた人たちから成る信任評議会を有することになるでしょう。ですから、今は、二つの信任評議会があり、それらが今度は共通の関心事を扱うより小さい委員会を選出することによって協会が一つの実体として留まることになるでしょう。緩やかな連合体が協会から発展してきたものに対する興味を引き受けるということは、それを再構築するという動議から生まれてきたものですが、それは若者たちの運動の中の最も若いメンバーたち、つまり学生たちによって直ちに実行されました。ですから、それは今や設立され、完全に合法的に機能することになるでしょう。実際、このことは、人智学運動と協会にとって最も差し迫った、決定的に重要なことがらのひとつでした。ウォルドルフ学校の上級クラスの生徒たちから特に興味深い動議が出されました。それは私宛てに送られてきていたので、私はそれを声に出して読み上げました。これらのウォルドルフ学校の上級クラスの生徒たちが出してきた動議とは、およそ次のようなものでした。彼らは言います、「私たちはウォルドルフ学校の基本的な規範の中で敷かれたラインに沿って成長してきました。来年、私たちは大学進学のための試験を受けることになっています。何らかの困難によってそれができないということもあるでしょう。けれども、いずれにしても、ウォルドルフ学校の正当な規律に従って教育を受けてきた私たちは通常の大学教育の中でどうなるのでしょうか?」と。これらの学生たちは大学についてのすばらしい記述を続け、その結論として、それまでウォルドルフ学校の生徒であった人たちがその勉強を続けられるような大学を設立すべきである、という動議を出したのです。これは本当に洞察に満ちた正しい動議でした。その動議は学術分野の若者たちの運動の代表団によって直ちに採択されました。そのような組織を立ち上げるために必要な資金を集めるために、彼らは基金を募集することさえしたのですが、その額は確か2500万マルクほどにもなったと思います。それは、現在のインフレ状況下では、大変な金額であるとは言えませんが、それでもかなりの額だったのです。もちろん、今日では、2500万マルクで大学を設立することはできませんが、もし、そのような目的のために10億マルクかそれ以上の寄付をしてくれるアメリカ人が見つかれば、始めることはできるでしょう。もちろん、そうでもしなければ、始めることはできません。そして、どのくらい必要かをすぐに計算することはできませんが、恐らく1億マルクでも十分ではないでしょう。けれども、そのような可能性が本当に存在していたとして、学位の授与や試験といったことに関して公的に認められる見通しが立っていたとしても、私たちは本当に困ったことに、恐ろしく困ったことになっていたでしょう。そのような組織のスタッフをどうするかが問題なのです。ウォルドルフ学校の教員たちか、私たちの研究機関のメンバーたちでやれるでしょうか?確かにそれは可能でしょう。しかし、そうなるとウォルドルフ学校も研究機関もなくなってしまうでしょう。近年における人智学協会の発展の仕方は、そうでなければそれに加わっていたはずの人々を閉め出しがちなものであったのです。ウォルドルフ学校に新しいクラスを加えることになったとき、必要な教師を協会員の中から見つけだすのは、信じがたいほど困難なものとなっています。私たちが誇ることができるあらゆるすばらしい会議やその他の業績にもかかわらず、協会の方向性は、人智学は十分満足の行くものではあるけれども、協会員になりたいとは思わないと人々に感じさせるようなものだったのです。私たちは、協会にその本来の機能を回復させるという仕事に向けて働かなければならない、というところに来ています。と申しますのも、世の中には、人智学をその心と魂における最も重要な内容とするように運命づけられた多くの人々がいるからです。とはいえ、協会はそれを可能にするための働きに参加しなければなりません。私たちがこの問題に直面するとき、直ちに明らかになるのは、私たちは私たちの路線を変えなければならない、そして、人類が人智学を知る機会を与えられるように、人智学に世間の注意を向けさせることを始めなければならないということです。私たちの敵対者たちは人智学の戯画を投影しています。そして、彼らはその仕事に真剣に取り組んでいます。彼らの著作には人智学の連続講演から取ってきた公認されていない素材が含まれています。今日では、連続講義録を貸し出す図書館やその他のものがあります。これらのことに関する古い考え方はもはや状況に適合していません。お金を出せば連続講義録を貸し出す古本屋もありますから、それらを読みたいと思う人は誰でもそうすることができるのです。私たちが連続講義録のようなものを秘密にしておけると考えるならば、私たちは現代の社会生活に無知であることをさらけ出すことになります。今日、そのようなことはもはや不可能なのです。私たちの時代は、精神に関わることがらにおいてさえ、民主的なものとなっているのです。人智学は知られるようにならなければならないということに私たちは気づくべきです。これが緩やかな連合体の部分を動機づける衝動です。そこに集う人たちは、まず人智学が広く知られるようになることにとりわけ関心を寄せています。私は、このことによって、協会員たちが協会の内部に留めておくべきであると考えるはずの多くのことがらがそこから世間に流出することになる新たな出口が開かれるだろうということをよく知っています。けれども、私たちは時代が必要としているものに適合しなければなりません。そして、人智学徒はそれが要求しているものに対する感覚を磨かなければなりません。これが、昨日、お示ししたように、人智学は人々の生活の内容となることができるような何かとして見られなければならないということの理由なのです。ですから、親愛なる友人の皆さん、私たちは、報告されたような、協会の内部における二つの流れを緩やかに結びつける絆を立ち上げることを試みたのです。私は、もし、この努力が正しく理解され、正しく取り扱われたならば、私たちは新しい基盤の上でしばらくはやっていくことができるだろう、ということを望んでいます。私はそれが長く続くかも知れないなどという幻想は抱いていませんが、その場合には、何らかのその他の調整が試みられなければならないでしょう。けれども、このドイツ人智学協会総会に出席するためにシュテュットガルトに行ったときに私が言ったのは、人智学はドイツで始まり、世界はその事実を知って受け入れているのですから、まずドイツ人智学協会の中に何らかの種類の秩序を創り出すことが必要である、けれども、それは他のグループの中にも秩序を創り出すための最初の一歩に過ぎない、ということでした。私は、他の言語を話すあらゆる地域における諸協会もまた、協会を確固としたものにするために、あるいは同じような、あるいは別の方法で参加する責任を感じている、そして、人智学が世界全体にとってふさわしいものとなることができるように、協会の活動を形成するために可能な限りの努力がなされているということを思い描いています。 人智学的共同体形成 (GA257)第10講了・完了人気ブログランキングへ
2024年07月23日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第9講 ドルナハ、1923年3月3日 佐々木義之 訳 昨日は、シュテュットガルトで起こったできごとについて、一種の報告に取りかかりましたが、引き続き、そこで私が行った講義の内容について、何らかのことがらをお伝えしたいと思います。ですから、今日は、それについてのお話しをして、明日は、昨日の報告を補足するために、さらなるコメントをつけ加えるようにしたいと思います。火曜日に行われた最初の講義は、それまでに生じつつあった全く明確な必要性、日曜日、月曜日、そして火曜日の議論を通して明らかに感じ取られるようになってきた必要性に対する答えとして考えられたものでした。つまり、それらの必要性が皆さんのために記述されたのは、少なくともそこで卓越していた雰囲気を代表する立場からだったのです。私が言うところの必要性とは、共同体を形成するために必要不可欠な条件を概観するということでした。近年、人智学の枠組みの中で働く人たちによる共同体形成は協会の中で重要な役割を果たしてきました。特に、若い人たちは、他のより年長の人たちもそうなのですが、今日の社会秩序の中での生活では得られないような型の経験を共有できるような仲間に出会うという切実なあこがれをもって協会に入ってきています。このようなことを申し上げるのは、私たちの時代の多くの人々によって感じ取られている全く理解可能なあこがれに対して注意を喚起するためです。意識魂の時代が始まったことの結果として、古い社会的な絆は、その純粋に人間的な内容や力を失いました。人々はかつて何らかの特定の共同体へと成長していたのです。彼らは隠遁者になることなく、何らかの全く特定の共同体やその他のものへと成長しました。彼らは家族、職業集団、一定の身分というような共同体へと成長したのです。最近では、彼らは私たちが社会的な階級等々と呼ぶような共同体へと成長しています。このような様々な共同体は、いつの時代にも、各個人が自分では担うことができないようなある種の責任を彼のために担ってきました。近代における人々が感じてきた最も強い結びつきのひとつは階級です。古い社会的な組分け、つまり身分、国籍、あるいは人種といったものでさえ、ある一定の階級に所属しているという感覚に道を譲りました。この傾向は、ある一定の階級、いわゆる上流階級あるいはエリート、市民階級(ブルジョア)、労働者階級に属する人たちが連携するところにまで来ています。こうして、階級に基づく共同体は国籍や人種でさえ超越するようになりました。そして、現代の国際的な社会生活の中で目撃される要因のかなりの部分はこれらの階級的な共同体へと帰結することができます。けれども、15世紀の初頭に始まり、次第に前面に出てきたところの意識魂の時代は人間の魂の中でますます切迫する激しさをもって感じられるようになりました。そのため、人々は、もはや階級的な共同体の中には単なる個人的な存在性を越えていくところの何かへと彼らをもたらすことができるようないかなる要因も見出すことができないと感じるようになったのです。一方で、現代人は強い個の感覚を有し、彼の個人的な思考や感情へのいかなる介入に対しても我慢することができません。彼は一人の人間として認めてもらいたいのです。そのことはある根本的な原因へと遡ります。昨日の言い方をもう一度用いるならば、カリ・ユガが終わって以来、あるいは、別の言い方をすれば、この世紀が始まって以来、たとえいかに無意識的なものであろうとも、現代人の魂の中で何かが掻き立てられている。そして、それは「私は個人として区別されたい」という言葉で表現することができると云うことができるでしょう。もちろん、誰もがそれをそのように定式化できるわけではありません。そのことは多くの種類の不満や心理的な不安定性として表れます。けれども、その下に横たわっているのは、個人として区別されたいという欲求なのです。けれども、本当のところは、誰も他の人間たちなしに地上でやっていくことはできないということなのです。歴史的な絆、例えば、労働者階級をひとつにしているような階級的な結びつきは、一方で、個人として区別されたいという願いを満足させ、他方で、個々の人間をその仲間の人間たちと結びつけるところのいかなるものも提供しません。現代人は、彼の中の純粋に人間的な要素によって、他の人間たちの中のその要素に関連づけられたいと思っているのです。彼は社会的な結びつきを本当に望んでいるのですが、ただ、それが個人的な友情の中で経験されるような個別的な特徴を持った結びつきであることを願っているのです。参考画:ロビンソン・クルーソー 現代生活において人間たちの間で演じられる無数のことがらは、そのような人間的な共同体への渇望にまで辿ることができます。少し前に、キリスト教の改新を生じさせることを願う若者たちのグループが私のところにやってきたとき、それは全く明白でした。彼らは、そのような改新が達成されるのは、人智学が具体的に示したような意味で、「キリスト衝動」を本当に生き生きとしたものにするときだけであると信じていたのです。若い神学者たちの中の何人かはその教程をちょうど終えたばかりで、牧師としての務めを引き受けようとしており、別の何人かはまだ学んでいるところでしたが、彼らによって感じ取られていたそのあこがれこそが、私たちの協会からごく最近になって芽生えてきたもの、つまり宗教改新運動を産み出した要因だったのです。記:「キリスト衝動」は、ルドルフ・シュタイナーによる著作で、聖杯の探求に焦点を当てています。この本は、西暦のはじまりに生じた根本的に重要な霊的衝動の認識を人智学的なアプローチで理解するために書かれています。シュタイナーは、キリスト衝動についての最重要な講演を四本収録しており、その中には「聖杯の探求――キリストと霊界」や「ミカエル衝動とゴルゴタの秘儀」などが含まれています。この本は、キリスト論に興味を持つ方にとって興味深い一冊と言えるでしょう。 今や、この宗教改新運動のために全く様々なことがなされなければなりませんでした。最初の関心事は、現代に適した方法でキリスト衝動に生をもたらすということでした。これを行うことは、私がしばしば強調してきたこと、すなわち、キリストはキリスト教の時代の初めに人間の魂に語りかけただけでなく、「私はいつでもあなた方と共にいる、地球が終わるそのときまで」と彼が言ったときに約束したことを遂行してきたのだという事実を本当に真摯に取り上げることを意味しています。これは、魂が望むときにはいつでも彼の言葉を聞くことができる、キリストの顕現は生じ続けているのだということを意味しています。筆記された福音書からキリスト衝動の直接的で生きた顕現への現在進行形の進展がなければなりませんでした。それが、宗教を改新するという使命の一つの側面だったのです(*この文面はからキリストは地球と密接に結ばれ、汎神論とは一線を画します。)。別の側面とは、私が、宗教の改新は共同体を存在へともたらさなければならない。それは宗教的な共同体を構築しなければならないのだと言うことによって同時に特徴づけられなければならなかったような側面です。かつて、共同体は個人に知識を身につけさせていました。彼はその知識によって何らかのことを自分で行うことができました。けれども、その精神的な世界についての直接的な経験、そして、それは思考というよりも、感情に基づくものであり、本質的に宗教的なものなのですが、そのような神的なものとしての精神的な世界の経験は、共同体を形成することによってのみ見出され得るものなのです。ですから、お話ししましたように、健全な共同体の構築と健全な宗教生活の発展は手を携えて進むべきものなのです。この宗教改新運動の立ち上げに取りかかった人物たちは、当初、すべてプロテスタントの神学者たちでした。私が彼らに注意を促したのは、プロテスタントの諸宗派は近年ますます儀式を軽視し、説教に重きを置くようになってきているという事実に対してです。しかし、説教には共同体をバラバラにする効果があるのです。精神世界の知識を伝えることが目的の説教はそれぞれの魂に自分自身の意見を形成するように促します。この事実は、使徒信条すなわち信仰告白に対する、現代における、つまり、誰もが自分自身の信条だけを認めようとする時代における、特に明白な敵対心の中に反映されています。このことは集会をバラバラにし、粉々に吹き飛ばすという結果へと導いたのですが、それによって、宗教的な要素が個人に向けて集中されるという結果がもたらされました。このことは、もし、真の共同体を構築するという新たな可能性が存在しないとすれば、次第に社会秩序という魂の要素の解消を生じさせることになるでしょう。けれども、真の共同体形成は、精神世界の新たな顕現から導かれる礼拝の産物でしかあり得ません。ですから、今、宗教改新運動の中で用いられるところの礼拝が導入されることになったのです。それは人類の歴史的な進化を十分に考慮したものとなっているのですが、そのことによって、それは、多くの細部の一つ一つだけではなく、その全体としての側面においても、その歴史的な要素を前進させるものであることを示しています。けれども、その各々の側面はまた、精神的な世界が今ようやく人間の高次の意識に向けて新たに顕現し始めた、という印をも担っているのです。礼拝はそれを執り行うために集まった人々をひとつに結びつけます。それは共同体を創出するのですが、シュテュットガルトにおける討議の過程でリッテルマイヤー博士が適切に述べたように、礼拝が持つ共同体を形成する力という点で、宗教改新運動は人智学協会にとって大いなる脅威―おそらく、非常に深刻な脅威-となり得るのです。彼は、そのように述べたとき、何を示唆していたのでしょうか。彼は、多くの人が、自由な共同体を経験しつつ、他の人々との結びつきを見出したい、という願いをもって協会にアプローチしているという事実に注意するよう呼びかけていたのです。そのような共同体生活は宗教改新運動の中で達成され、共同体生活へのあこがれを持つ人々はその中でそれを満足させることができます。そして、それは礼拝によって醸し出される宗教的な色合いを持った共同体生活です。ですから、協会が危機に陥れられるべきでないとしたら、共同体を形成する要素を育成することも重視しなければなりません。さて、このことによって、協会の発展におけるごく最近のフェーズの中でも最も重要な事実に対する注意を喚起されることになりました。それによって指摘されたのは、人智学徒は共同体形成についての理解を達成しなければならない、ということです。宗教改新運動の中で達成される共同体形成は現に存在している唯一の種類のものなのか、あるいは、人智学協会の中で同様の目的を達成するという別の可能性があるのか、という問いに対する答えが見出されなければなりません。この問いに答えることができるのは明らかに共同体形成の本質を研究することによってのみです。けれども、共同体を形成しようとするあの衝動、現代人が感じ、礼拝が満足させることができるあの衝動は強力なものではありますが、唯一のものではありません。さらに別の衝動があるのです。人間は誰でも両方の種類のあこがれを感じますが、最も望ましいのは、ひとりひとりの必要性が宗教改新運動の中だけではなく人智学協会の中でもかなえられるということです。何かを議論するときには、当然のことながら、それにアイデアの衣を纏わせなければなりません。しかし、私がそのような形で提示しようとしているのは、実際には、私たちの時代の人々の中では、感情のレベルに生きているのです。「創造的な概念」アイデアはものごとを明確にするための道具ですが、これから私がお話ししようとしていることがらは現代人が純粋に感情として経験するような何かなのです。私たちが地上での生活に乗り出す瞬間に出会う最初の種類の共同体形成は、私たちが全く当然のものとして捉え、感情の中で考えたり、推し量ったりすることが滅多にないようなものです。それは言語によって築かれる共同体です。私たちは小さな子供として母国語を話すことを学びますが、この母国語は特に強力な共同体形成の要因を提供するのです。何故なら、それは子供の経験へと入り込むのですが、それはその子のエーテル体がまだ彼の有機体のその他の部分に完全に統合されており、まだ明確に分化していない時期にその子によって吸収されるからです。このことは、母国語というものはその子の存在全体と完全に一体となって成長するということを意味しています。けれども、それはまた人間の集団が共有している要素でもあります。人々は共通の言語によって統合されていると感じるのですが、もし、私がしばしば言及することがら、つまり、精神的な存在は言語の中に体現するという事実、すなわち、言語の天才性というものは、学問のある人が考えるような抽象的なものではなく、現実的な精神的存在であるということを思い出していただけるならば、共通の言語に基づく共同体の存在はそのメンバーたちが言葉という真の天才の存在を感じ取っているという事実に依存しているということが分かるでしょう。彼らは精神的な存在の翼の下で庇護されていると感じているのです。共同体が形成されるところではどこであれそうなのです。すべての共同体形成は、結局のところ、精神の世界から降りてきた、より高次の存在、共通の根拠によって集まってきた人々を結びつけ、それに浸透するところの存在に行き着くのです。とはいえ、グループが集まるときに出現し、共同体を際だった形で創出することができる別の個別的な要素も存在しています。共通の言語が人々を結びつけるのは、ある人が話している内容がそれを聞いている人たちの中に生きることができるからです。つまり、それらの人々はそのようにして同じ内容を共有するのです。さて、ここで、次のように想像してみましょう。これは起こり得ることであって、実際、よく起こることなのですが、子供時代や低学年の頃を共に過ごした一定の数の人々が、例えば30年後に再会するとしましょう。40才台か50才台の人たちからなるこの小さなグループはその中の誰もが同じ学校や同じ地域で子供時代を過ごしました。そして、そこで子供としての、あるいは若者としての共通の経験についての話しが始まります。彼らの中で何か特別なものが生きるようになるのですが、それは共通の言語によって形成される共同体とは全く異なる種類の共同体を生み出します。同じ言葉を喋るグループの場合、その中の人たちが会合や話し合いの過程でお互いに理解していると感じるようになるとしても、そのお互いの所属意識は、共通の記憶を分かち合っていることによって魂の奥底が掻き立てられるときに感じるそれに比べて、比較的表面的なものです。後者の場合、あらゆる言葉には特別な色合い、特別な香りがありますが、それは人がそれによって共通の若い時代や子供時代へと連れ戻されるからです。そのような共通の経験をするときの人々を結びつけるものは、彼らの魂生活の深層にまで至るものです。人はこの基盤の上で一緒になる人々とその存在の深いところで関係づけられていると感じるのです。この関係性の基盤とは何なのでしょうか。それは記憶。幼い日々を共に過ごした経験についての記憶から構成されています。人は、こうして再び一緒になった他の人々とかつて共に過ごしたところの失われた世界へと移されたように感じるのです。このことは礼拝の本質を的確に記述する地上的な状況を示しています。と申しますのも、礼拝によって何が意図されているのでしょうか?その手段が言葉であろうと所作であろうと、それは、私たちを取り巻く自然が超感覚的、精神的な世界の像を物理的な世界に投影しているのとは全く異なる意味で、それをその中に投影しているのです。外的な世界の中のあらゆる植物、あらゆるプロセスもまた、当然のことながら、何か精神的なものの像なのですが、正しく提示された礼拝の言語的、様式的な側面がそうであるような直接的な意味において、そうであるわけではありません。礼拝における言葉や所作は、超感覚的な世界をその全く直接的な意味で伝えています。礼拝は超感覚的な世界がその中に直接顕現させられるような仕方で言葉を話すことや、超感覚的な世界の力が伝えられるような仕方で所作を行うことに基づいているのです。礼拝の儀式においては、その儀式的な行為を物理的に眺める目が見ているところのものだけに限定されないような何かがそこで生じています。つまり、どちらかというと精神的、超感覚的な本性の力が通常の物理的な力に浸透している、というのが実際のところなのです。超感覚的なできごとがそれを描き出す物理的な行為の中で生じるのです。こうして、人間は、物理的に知覚可能な儀式の言葉や所作によって、精神的な世界に直接結びつけられます。その言葉や所作は、正しく提示されるならば、そこから私たち人間が地上に降りてきたところの前地上的な世界に対応する世界を私たちの物理平面上での経験へともたらすのです。ちょうど、子供時代を共にした40才台、50才台の人たちが再び集まるとき、その時代に連れ戻されたように感じるのと同じ意味で、人は、真正なる礼拝のために他の人たちの列に加わるとき、地上に降りてくる前に彼らと共にした世界に連れ戻されたように感じます。彼はそのことに気づかず、それは意識下の経験に留まりますが、正にそれだけよけいに、それは彼の感情生活にまで貫き至るのです。礼拝はそのような意図を持って構成されます。それは、人間の前地上的な生活についての、つまり、地上に降りて来る前の人間存在としての記憶、あるいはイメージであるところの何かを彼に本当に経験をさせる、という観点から構成されるのです。礼拝に基づく集会のメンバーたちは、私が例示のためにお話ししたようなことがら、すなわち、人生の後半に集まって子供時代の記憶を交換するグループにおいて生じるようなことがらを特に切実に感じ取ります。つまり、彼らは、超感覚的な状態で共に過ごした世界に連れ戻されるように感じるのです。礼拝に基づく共同体によって創り出される結びつきはそのことによって説明できるのですが、それはそのような共同体が結びつきを生じさせ続けてきた理由でもありました。説教に重きを置くことでバラバラにする効果を有するのではなく、礼拝を強調するような宗教生活ということでは、礼拝は真の共同体あるいは集会の形成へと導くものとなるでしょう。いかなる宗教生活も共同体形成の要因なしに維持することはできません。その意味で、超感覚的なものに関する共通の記憶に基づく共同体はサクラメントの共同体でもあるのです。とはいえ、サクラメントあるいは礼拝に基づく共同体が今日あるような位置に留まり続けるならば、それがいかなる形態であれ、現代人の要求に応えることはできません。確かに、それは多くの人たちにとって受容できるものであるかも知れません。しかし、もし、礼拝を基礎とする集会が超感覚的な経験を共有することによって結ばれた共同体以上のものでないとすれば、それはその可能性を十分に発揮し、あるいは、これはもっと重要なことですが、その本当の目標に到達することはないでしょう。礼拝に説教を導入する必要性が増大したのはそのためです。現状では、プロテスタントの諸宗派が説教を取り入れていますが、問題は説教が有するバラバラにする傾向が非常に顕著になっていることです。それは、第五後アトランティス期における意識魂の発達からくる本当の必要性が考慮されていないことによります。より古い形態の告白の中での説教の概念は第四後アトランティス期の必要性に基づくものなのです。これらの古い教会の中では、説教は悟性魂の発達期に卓越していた世界観に合致したものとなっています。それらはもはや現代の意識魂には適合していません。プロテスタント教会が人間的な意見、意識的な人間の理解に向けてよりアピールするような提示の形態を取るようになったのはそのためです。もちろん、そうなったのには十分な理由があるのですが、他方で、それを行うための本当に正しいやり方はまだ見出されていないのです。礼拝に含まれる説教は不釣り合いなものです。それは礼拝から認識の方向に道を外れさせます。けれども、現在進行形の人間進化の過程において説教が取ってきた形態の中では、この問題は十分に認識されてきませんでした。そのことは、皆さんにある事実を思い起こしていただければ、直ちに明らかになるでしょう。皆さんは、最近の説教の中から聖書の言葉から取られていないものを除くとき、いかに何も残っていないかがお分かりでしょう。ほとんどの場合、日曜日の説教や特別の機会に提供される説教では、その題目としていくつかの聖書からの引用が用いられるのですが、それは現時点でも手に入るような新鮮で生きた顕現が拒絶されているからです。歴史的な伝統だけが、頼ることができる源泉として残されたのです。言い換えれば、より個人的な説教の形態が追求されてはいるけれども、それに対する鍵はまだ見出されていないということです。ですから、説教は単なる意見、個人的な意見として終わってしまい、バラバラにする効果を持つことになるのです。ところで、最近設立された宗教改新運動は、本質的には人智学的な基礎の上に打ち立てられたものですが、もし、それが新鮮な現在進行形の顕現、すなわち超感覚的な世界についての生き生きとした精神的経験に立ち向かうのであれば、何かさらなるものが必要である、ということをそれに認識させるのは正にその説教の要素なのです。この何かとは、精神的な世界についての新鮮で現在進行形の生きた認識を可能にするもの、つまり、人智学的な精神科学です。このことは、いつの時代でも、現在進行形の生きた人智学協会が提供するものを宗教改新運動が受け取るための窓となるべきものとは説教である、と言うことによって表現することができるかも知れません。けれども、ゲーテアヌムがまだ無傷であったとき、そこで行われた前回の講義の中でもお話ししたように、宗教改新運動が発展していくためには、人智学協会が可能な限り生き生きとした仕方でその傍らに立ち、人智学の生き生きとした生命のすべてが、多くの人間を通して、そこに流れ込んでいなければなりません。もし、人智学的な認識が真に生きた要素となっている少なくとも何人かの人たちが宗教改新運動の傍らに立っていなかったとすれば、それはすぐに涸れ果ててしまうでしょう。けれども、お話ししましたように、現在、多くの人たちが、単に抽象的な意味においてではなく、意識の時代におけるあこがれを満足させるような共同体への帰属という意味での人智学を求めて協会に入ってきています。協会もまた礼拝を採用すべきである、と言えるかも知れません。もちろん、それは可能でしょうが、その本来の領域からは外れてしまうでしょう。ですから、ここでは、共同体形成における真に人智学的な方法についての議論を続けたいと思います。現代の生活は、確かに、生まれる前の超感覚的な世界における経験についての共通の記憶に基づく共同体形成とは異なる共同体形成の要素を提供するはずです。私が思い描いているのは、意識の時代にとりわけ適合した形態で時代が必要としているところの要素です。 この関連で指摘しておかなければならないことは、私たちの時代のほとんどの人たちが全く気づかずに通り過ぎているようなことがらです。理想主義については、確かに、いつの時代にも語られて来ました。しかし、今日、理想主義について語られるときには、たとえ善意の気持ちからであったとしても、そのような話が空虚な言葉以上のものになることはありません。と申しますのも、私たちの時代とは、文明世界全体を通して、知的な要素や力がとりわけ強く前面に出て来た結果、全人とは何かについての理解に欠けた時代だからです。その理解に対するあこがれは特に現代の若者たちの間に確かに存在しています。けれども、若者たちがそれについて考えるとき、その形態がはっきりしないものであること自体が、今日、人間の魂の中には何かが生きており、それはまだ全く自らを明確にしておらず、まだはっきりとしないものではあるが、だからこそそれはよけいに素朴なものとなるわけではないということを示しています。さて、どうか次のことに注意してください。宗教的な流れがまだ上昇しながら人々に向けて押し寄せていた時代に皆さんがいると想像してみてください。人類進化におけるあの過ぎ去った時代には、精神的な世界からのあれこれの伝言が、多くの人々によって、大いなる熱意をもって感知された、ということが分かるでしょう。実際、もし、これらの伝言の時代における魂たちが精神的な世界からの顕現に対して今日感じられるよりもはるかに大きな親和性を感じていなかったとしたら、今日に至るまで現存している信仰告白が人々を支える力を見出すことは全く不可能だったでしょう。今日の人々を見ますと、宗教的な真実についての伝言という性質をもつ何かによって夢中にさせられるという以前に起こっていたようなことを想像することはほとんどできません。もちろん、宗派は形成されますが、その中には、以前の伝言に対する人間の魂の燃えるような応答とは大いに異なる俗物的な特質があります。精神的なことがらに対する魂の内的な温もりと同様のものはもはや見出されません。それは19世紀の最後の三分の一に急速な減退を被りました。確かに、人々はまだ不満によってあれこれのことがらを聞いたり、あちこちの教会に加わったりするように駆り立てられます。けれども、人間の魂の中にかつて生きていた前向きな暖かさ、そして、それだけが各人に全身全霊をもって精神に仕えさせるようにしたものだったのですが、そのような暖かさはある種の冷めた、あるいは冷たいとさえ言えるような態度によって取って代わられました。この冷徹さが人間の魂の中にはっきりと現れるのは、彼らが理想や理想主義について語るときです。と申しますのも、今日の主な関心事とは、その成就のためにまだ長い道のりを行かなければならず、それにはまだ長い時間がかかるけれども、今日の多くの魂の中では既に大いに期待が高まっているような何かだからです。それについては次のように特徴づけることができます。誰にも馴染みがあるふたつの意識状態を取り上げてみましょう。夢を見ている人と通常の目覚めの意識にある人がいると想像してください。夢を見ている人の状態とはどのようなものでしょうか。それは眠っている人の状態と同じです。と申しますのも、私たちは夢のない眠りについて語るかも知れませんが、実際には、眠っている人はいつでも夢を見ており、その夢があまりにも微かなものであるために気づかれないだけだからです。繰り返しますが、夢を見ている人の状態とはどのようなものでしょうか?彼は彼自身の夢の像の世界に生きているのです。彼がその中に生きるとき、彼はそれが日常の目覚めの経験よりもはるかに生き生きとして、強く心を捉えられるものである―確かにそのように言うことができるでしょう―ということを見出します。けれども、彼はそれを完全な孤独の中で経験しています。それは純粋に彼の個人的な経験なのです。二人の人が一つの同じ部屋で眠っているとしても、彼らの夢の意識の中では、二つの全く異なる世界を経験しています。お互いの経験を共有することはできません。それぞれが自分自身の経験を有しており、彼らにできるのはせいぜい後になってそれについて語ることくらいです。人が目覚めて、その夢の意識と日常の意識とを交代させるとき、彼は周りの人が有するのと同じ周囲についての感覚知覚を有することになります。彼らは共通の場面を共有するのです。人が夢の世界を離れ、昼間の目覚めた意識状態に入っていくとき、共通の世界へと目覚めるのです。ある意識状態から別の意識状態へと彼を目覚めさせるものとは何でしょうか?昼間の目覚めた意識状態へと彼を目覚めさせるのは、光や音、そして自然の環境です。そして、彼にとっては、他の人々も同じ範疇に入ります。人は仲間の人間たちの自然の側面によって、つまり、彼らの話し方、彼らが彼らの思考や感情に言葉という衣を着せるその仕方によって夢から目覚めるのです。人は他の人々の自然としての振る舞い方によって目覚めさせられます。周囲の自然環境に存在するあらゆるものが通常の昼間の意識へと人を目覚めさせるのです。過去の時代においては、人々はずっと夢の状態から昼間の意識へと目覚めてきました。そして、それらの同じ周囲のものが、もし、人がそのように配慮されているならば、精神的な領域に入るための門を提供してきたのです。そして、意識魂が目覚め、発達するとともに、新しい要素が人間生活の中に現れました。それは二番目の種類の目覚めへと呼びかけるものであり、人類はその目覚めに対して、つまり、他の人間たちの魂や精神の手による目覚めに対して、ますますその必要を感じるようになるでしょう。通常の覚醒生活においては、他の人間たちの自然としての側面に出会うことによってのみ目覚めるのですが、意識の時代の中で独立し、個を確立した人は、仲間の人間の魂や精神に出会うことの中で目覚めることを求めます。彼はその人の魂や精神へと目覚めること、光や音、あるいはそのような周囲の要素が人を刺激して夢から目覚めさせるのと同じ意味で、彼自身の魂を刺激して目覚めさせるような仕方でその人に近づくことを欲するのです。その必要性は、二十世紀の初頭以来、絶対的に基本的なものとして感じられてきましたが、それはますます差し迫ったものとなるでしょう。二十世紀という時代の騒々しく混沌とした特質は生活や文明のあらゆる側面に影響を及ぼすでしょう。しかし、そのような特質にもかかわらず、その必要性はその時代全体を通して明らかなものとなるでしょう。人は単に周囲の自然との関係で目覚めることができるだけではなく、他の人との出会いの中でより十全たる目覚めへともたらされる必要を感じるようになるでしょう。夢の生活は自然という環境との出会いの中で昼間の意識へと目覚め、目覚めた昼間の意識は、仲間の人間の魂や精神との出会いの中で、より高次の意識へと目覚めます。人は、仲間の人間にとって、これまでよりもさらに意義あるものとなり、彼を目覚めさせるものとならなければなりません。人々は出会う人すべてを目覚めさせるように、お互いにこれまでよりもさらに接近しなければならないのです。今日の生活へと参入している現代人は、彼らが出会う一人一人の個人との運命的な結びつきを感じないわけにはいかないほど多くのカルマを蓄積してきました。以前の時代には、魂たちは比較的若く、それほど多くのカルマ的な結びつきは形成されていなかったのです。今や、自然によってのみ目覚めさせられるだけでなく、私たちがカルマ的に結びつけられ、探し求めたいと思っている人たちによって目覚めさせられる必要があります。ですから、私たちには感覚的な故郷を思い出すという必要、そして、それは儀式が満たしてくれるのですが、に加えて、さらに他の人間たちによって魂的-精神的な要素へと目覚めさせられる必要があるのです。そして、そのことを生じさせることができる感覚衝動とは、より新しい理想主義の衝動なのです。理想が単に抽象的なものであることをやめ、人間の魂や精神と再び結びつけられるようになるとき、それは次のような言葉で表現されるでしょう。「私は私の仲間の人間と出会うことによって目覚めたい。」この感覚は漠としたものではありますが、今日の若者たちの中で発展しつつあるものです。「私は私の仲間の人間によって目覚めたい。」というのは、人智学協会の中で育成され得る共同体の特別な形態です。それは全く当然の成り行きです。と申しますのも、人智学が明らかにする超感覚的なことがらを共に経験するために人々が集うとき、その経験は各人が一人で持つことができる経験とは全く異なるものだからです。他の人と共に過ごす間にその人の魂との出会いによって目覚めるという事実は、ある雰囲気を創り出します。その雰囲気は「より高次の世界の認識」の中で記述された方法と全く同じ方法で人を超感覚的な世界へと導くものではないかも知れませんが、人智学的な精神科学が超感覚的な領域から私たちにもたらす考えについての私たちの理解を深めるものなのです。人智学的な内容について声に出して読んだり、その他の方法で情報交換したりすることに基づく理想主義的な生活を共有する人たちの間には、ものごとについての異なった理解が存在しています。超感覚的なものを共に経験することを通して、一人の人間の魂は別の人間の魂との出会いの中で最も強く目覚めさせられます。その魂はより高次の洞察へと目覚めさせられるのですが、その心のあり方が、人智学的な考えを互いに伝えたり、経験したりする目的のために集まった人々の中に、真の共同体存在が降りてくるための状況を創り出します。ちょうど言葉の守り神がその言葉の中に生き、それを話す人たちの上にその翼を拡げるように、理想主義的で正しい心のあり方の中で人智学的な考え方を共に経験する人たちは、より高次の存在の翼による保護の中で生きることになります。その結果、何が生じるのでしょうか。もし、この線が(*シュタイナー博士は黒板に線を引きます)超感覚的な世界と感覚的な世界の境界を表すものとすれば、その上側のこの場所には、礼拝の中で経験されるより高次の世界の過程や存在たちがいます。そして、それらは、礼拝における言葉や儀式的な所作によって、線の下側にあるこの物理世界の中へと投影されるのです。人智学的なグループの場合、物理平面上での経験は、本物の精神化された理想主義によって、精神的な世界へと引き上げられます。礼拝はその言葉と所作によって超感覚的なものを物理世界へと引き下ろしますが、人智学的なグループは集まった人々の思考や感情を超感覚的な世界へと上昇させるのです。そして、そこに集う人々の魂が互いに出会うことによって目覚め、人智学的な内容がその人たちの正しい心の持ち方によって経験されるとき、魂は本当に精神の共同体へと引き上げられるのです。このことについての気づきが本当に存在しているかどうかだけが問題なのです。それが存在し、この種のグループが人智学協会の中に現れるところでは、この逆転した礼拝、とでも呼びたいのですが、この礼拝の対極の中に最も力強い共同体形成の要素が存在しているのです。絵画的に記述するとすれば、次のように言うことができるでしょう。礼拝に基づく共同体は天国にいる天使を礼拝が行われている場所へと引き寄せ、集団の中に彼らが居るようにすることを目指すのに対して、人智学的な共同体は人間の魂を超感覚的な領域へと引き上げ、天使たちとの交わりの中に入っていくことを目指すと。いずれの場合にも、それによって共同体が形成されるのです。けれども、もし、人智学が精神的な世界に参入するための本当の手段として人の役に立つのであれば、それは単なる理論や抽象ではないはずです。私たちは単に精神的な存在たちについて語るだけではなく、それ以上のことをしなければなりません。つまり、彼らとの交わりを持つための最も手近な機会を見つけるべきなのです。人智学的なグループの仕事は、単にたくさんの人が集まって人智学的な考えについて議論する、ということではありません。そのメンバーたちがお互いの結びつきを強く感じ取ることによって、人間の魂が人間の魂との出会いの中で目覚め、すべての魂が精神的な世界へと、つまり、精神的な存在たちとの交わりへと高められるべきなのです。とはいえ、彼らを見るということが問題なのではありません。その経験を持つために彼らを見る必要はないのです。以上が共同体形成を正しく実践することを通して協会内に存在するようになったグループから生じ得るところの力を与える要素です。協会の内部に実際に存在しているいくつかのすばらしいことがらは、より一般的なものにならなければなりません。それは新しくメンバーになった人たちが求め続けてきたものです。彼らはそれを探し続けて来たのですが、見つけることができないでいるものです。彼らがその代わりに出会ったものとは、「もし、本当の人智学徒になりたいのであれば、輪廻転生やエーテル体といったようなものを信じなければならない」というような言葉だったのです。私の「神智学」のような本の読み方には二通りある、ということは何度も指摘してきました。ひとつは、「人は肉体、エーテル体、アストラル体等から成り、いくつもの地上生を送り、カルマを有する、等々」について読むやり方です。この種の読者は概念を取り込んでいるのです。もちろん、それらの概念は他の場所で見出されるのとはかなり異なったものですが、そのときの心的な経過は多くの点で料理の本を読むときに生じるものと同じです。私が言いたいのは、考えを吸収することが重要なのではなく、経過こそが重要である、ということです。皆さんが、「フライパンにバターを入れて、小麦粉と泡立てた卵を加え、等々」というようなことを読むのも、「物質、エーテル的な力、そして、アストラル的な力があり、それらは互いに貫通し合っている」というようなことを読むのも、何ら変わりはありません。そのときの魂的な経過という立場からは、バターと小麦粉と卵がストーブの上でかき混ぜられるのも、人間の実体を肉体とエーテル体とアストラル体が混合されたものと考えるのも全く同じことなのです。とはいえ、「神智学」における概念の通常の物理的な概念に対する関係は、通常の物理的な概念の世界の夢の世界に対する関係と同じであることに気づく、というような仕方でそれを読むこともできます。それらの概念は、ちょうど人が夢の世界から物理的な世界へと目覚めるように、通常の物理的な領域からそこへと目覚めるべき世界に属しているのです。それはものごとに正しい色合いを与える読み方の中で人が有する態度です。もちろん、その態度が現代人の中に生じ得る方法は様々です。それらの方法はすべて「より高次の世界の認識」の中に記されており、そこから選び取られるようになっています。けれども、現代人はまた、ちょうど夢の世界から光や音といった刺激を通して物理的な世界へと目覚めるように、仲間の人間の魂的-霊的な側面と出会うことによって精神的な世界に生きるようになるという中間的な段階―それは実際により高次の世界を眺めることとは異なります―を通過する必要があるのです。私たちはこのことを理解するところまで上昇しなければなりません。人智学協会の中で、人智学とはどのようなものであるべきかを理解するところまでいかなければならないのです。それは精神へと続く道でなければなりません。もし、そうなったなら、共同体形成がその結果として生じるでしょう。けれども、人智学は本当に生きたものに適用されなければなりません。親愛なる友人の皆さん、それが本質的なことなのです。手近な例によってそれがいかに本質的なことであるかを説明することができます。私たちはシュテュットガルトで大小の数の人たちと多くの比較的小規模な集会を開き、協会を強固なものにするためには何を為すべきかを議論したのですが、その後で、私は若者たちと一緒に集いました。私は昨日報告した集会に言及しているのではありません。その集会は後で開かれたものです。私がお話ししているのは事前の集会で、やはり夜開かれたものでした。そこにいた若い人たちはすべて学生でした。そうですね、最初に話し合われたのは、協会が正しく機能するためには何をどうすべきか、というようなことでした。けれども、しばらくして話し合いは人智学そのものへと移っていきました。私たちは直ちに正にその本質へと入っていったのです。何故なら、それらの若い男性や女性が、将来における学問の形態はどうあるべきか、あるいは博士論文の問題はどのように取り扱われるべきか、といった疑問を突き詰める必要を感じていたからです。それらの疑問に対して表面的な答えを出すことは不可能でした。私たちは正に人智学の中へと飛び込まなければならなかったのです。言い換えれば、私たちはありきたりな考察から出発して、直ちに人智学とその応用の問題、例えば、「人は人智学徒として博士論文の執筆にどう対処すべきか。化学のようなテーマをどのように追求すべきか」というようなことがらへと入っていきました。人智学は生きたものを指向する、ということが自ずと証明されたのですが、それは、そのような考察が全くそれ自体でそれに導いていくからです。重要なのは、人智学は決して抽象的な学問に留まるべきではない、ということです。もちろん、どのようにして協会を設立するかを決定するために人々を招集し、人智学についての話し合いを追加項目として予定に入れる、というような仕方でものごとがアレンジされることもあり得ますが、それは皮相的なやり方です。そうではなく、私はむしろもっとはるかに内的なやり方、つまり、日常的な問題を考察することから、それらを解決するのを助けるためには人智学に頼らなければならない、というような洞察へと全く自然に導くようなやり方を示唆しているのです。生きたものに対するその活性化の影響を見ることができるのは、先に言及した例のように、協会の再構築についての議論が、全く有機的な必然性から、いかに人智学徒や科学的な俗物がそれぞれの立場から胎児の発達について考察しなければならないか、といった議論に移行する場合です。私たちは、「人智学協会」、「自由な精神生活のための協会」、等々を俗物的に1ページに登録することを定めた複式記入の簿記方式を実践するよりも、むしろそのようなことを実践すべきなのです。現実の生活は、たくさんの理論や抽象、そして、「人間は人間へと向かう道を人智学の中に見出す」というような一見人智学的な話をくどくどと続けることなしに進んでいくべきなのです。この種の抽象が役割を担うのを許してはいけません。そうではなく、具体的な人智学的アプローチによって、あらゆる関心事の中心へと真っ直ぐに導かれなければなりません。そのときには、「それは人智学的だ、非人智学的だ」といった言葉は滅多に聞かれません。実際、そのような場合には、「人智学」という言葉はほとんど使われないのです。私たちは熱狂的な話に対して防御を固める必要があります。親愛なる友人の皆さん、お分かりのように、これは皮相的なことがらではありません。前回のウィーン会議で、私は全く様々なテーマで12回の講義を行わなければなりませんでしたが、「人智学」という言葉を一度も使わない、という課題を自分に設定しました。そして、それはうまく行ったのです!この6月にウィーンで行われた12回の講義の中のどれひとつにも、「人智学」あるいは「人智学的な」という言葉は見出されないでしょう。実験は成功でした。確かに、誰でも、相手がミューラーさんという名前であるとか、その肩書きは何であるとかということに興味を持つことなしに、その人と知り合いになることができます。人は彼を正に彼として捉えるだけです。もし、私たちが人智学を生き生きと、それをそれとして、それがどういう名称であるかに特に注意を払うことなく捉えるとすれば、それは私たちが取るべき良い道筋でしょう。明日はこれらのことがらについてさらにお話しするとともに、報告の形で、さらなることがらを皆さんに提供したいと思います。 人智学的共同体形成 (GA257)第9講了人気ブログランキングへ
2024年07月22日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第8講 ドルナハ、1923年3月2日 佐々木義之 訳 シュツットガルトでの会議は2日前に終了しました。そして、皆さんは多分、そこで起こったことについて何らかの報告がなされるべきであると考えておられるでしょう。私たちは、ある一定の、そして、今の状況下では避けられないと思われる結論に到達しました。ものごとがどのように展開したかについて皆さんに簡単なスケッチで示すことが、生じたことがらを理解する上で必要となるでしょう。ここ何週間かに渡って私がコメントしてきたことから、皆さんは、シュツットガルト会議に先立つ長々とした準備があったということをご存じですね。これらの準備は関係者すべてにとってきわめて骨の折れるものであることが分かったのですが、その目的は、協会が生きていくための必要条件が満たされるような状況を創り出し、近い将来における人智学協会の存続を確かなものにするということにありました。いずれにしても、シュツットガルトで起こっていたことはゲーテアヌムの炎を取り巻く悲しいできごとにその起源を有していたのでも、それらに影響されたものでもなかったということを心に留めておかなければなりません。と申しますのも、私は既に、12月初めに理事会メンバーの1人と話し合いを持ち、協会の基盤を固めるためには何かを行う必要があるということについて議論していたからです。そして、理事会全体とその他の様々な人たちがその問題を取り上げるようにするという仕事が彼に与えられました。ですから、シュツットガルトで起こったことは、協会におけるできごとの現状についての私の観察結果を知ってもらうために12月10日に行われたウーリ氏との話し合いの直接的な結果だったのです。ゲーテアヌムの炎上は、私たちがこれらの進展のただ中にいる間に生じた最も痛ましい経験でした。けれども、たとえゲーテアヌムが無傷の状態のままそこに立っていたとしても、これらのことがらは、正に起こった通りに起こったことでしょう。では、私たちが直面していたものとは何だったのでしょうか。私たちが直面していたのは、人智学協会が過去20年間に渡って取っていたある形態が、様々な企てをその関心事の一つとして取り込んだことの結果として、1919年以来、かなりの変容を経てきていたという事実です。私の言葉は、これらの企てを非難するものとして受け取られかねませんが、そのようなことは全く意図していません。私のコメントは何か表面的な判断を表明するためのものではなく、全く異なる目的のためであったということを皆さんに納得していただくために、私が言及した企ての一つであるウォルドルフ学校の名前を挙げるだけで十分でしょう。そのコメントはこれらの企てやそれらの指導に責任を持つ人たちの価値や重要性について何らかの疑義を示唆するものでは全くなかったのです。シュツットガルトで取られた措置によって意図されていたのは―そして、実際、そのようになったのですが―人智学協会全体の構成と、それがどのように形成されるべきかという側面から、協会の問題だけに関わるということでした.。さて、その現実の構成を記述するというのは、それが非常に多くの方向に枝分かれしていることから、それほど簡単なことではありません。けれども、私は、協会が現在に至るまでどのようにして発展してきたかについて、すべての皆さんが何らかの考えを持つとともに、私が過去数週間に渡ってコメントしてきたことを手助けとして、自分でものごとを思い描きながら、その像をより完全なものにすることができると信じています。協会の活動の中で起こった特に重要な展開の一つは、指導的な人たちが、あるいは、少なくともかなりの数のそのような人たちが、その活動から生じてきたところの全く特定の人智学的な使命を協会のために負ったということです。これらの使命は1919年からずっと達成されることが待たれていたのですが、遂行されることはありませんでした。そのために生じた問題があまりにも明白になったとき、私は、先の12月10日に行ったように、シュツットガルトの中央執行委員会に向けて話をしなければならなくなったのです。人智学運動という土壌から成長してきた最近の取り組みの一つは「宗教改新運動」ですが、これは協会における現在の危機に大いに貢献してきました。協会活動の中で展開している事実の一つの側面とはそのようなものです。もう一つの側面とは、若者たちが運動にアプローチしてきたということです。人智学に対する深く内的な熱情とそれが包含するあらゆるものに満ちた若者たち、そして、全く異なる期待、協会の中に見出されるべきものについての全く特定の像、全く特定の感情を有する学生たちもまたその全体像の中に入ってきました。これらの学生たちについては次のように言うことができるでしょう。彼らは強い心の衝動と、人智学徒たちの彼らに対する反応への特別な感覚をもって協会にアプローチしてきた、そして、あらゆることがらを、理性的な角度からというよりも、鋭敏な感情による判断という精神において取り上げたと。では、このすべての背後にあるものとは何でしょうか。親愛なる友人の皆さん、今日の若者たちが有しているのは、人間進化という舞台においてその姿を現し始めている魂の経験であるというのが本当のところなのです。この事実はジェネレーションギャップというような抽象的で表面的な言い方で総括されるべきものではありません。ある意味で、そのようなギャップはいつの時代にも存在していました。特にそれが際だっていたのは、学校教育の場で人生に備える、若く強力な個性たちにおいてでした。そのことを理解するには、ある特徴的な例を思い出すだけで十分でしょう。ゲーテの「真実と科学」に書いてあるのは、彼がライプチヒで学生だった頃、ルードヴィッヒ教授やその他の人たちが講堂で専門的な学説を長々としゃべっている間、その恐ろしく退屈な授業をサボって、筋向かいのプレッツェルベーカリーに行き、友人たちとおしゃべりを楽しんでいたということです。けれども、これらのいくらか過激な若い世代のメンバーたちでさえ、その普遍的なジェネレーションギャップにもかかわらず、最終的には、先輩たちから伝統を引き継ぎました。彼らの中の天才たちもそのようにしました。ゲーテがその死に至るまで比肩するもののない天才であり続けたことは確かです。けれども、その時代に生きた生活者ということになりますと、彼は単に天才ゲーテであっただけではなく、二重顎の太った枢密院議員でもありました。それもまた認識されるべきことです。これらのことがらは完全に偏見のない仕方で眺められなければなりません。19世紀の最後の3分の1に至るまで、今日の人々によって表面的に語られるジェネレーションギャップはいつでも存在していました。しかし、それは善き俗物主義の中に解消されていたのです。そして、若者たちは俗物的な特徴を徐々に吸収するようになり、いつの時代でもそうであったように、その先輩たちから引き継いだものの中へと入っていきました。けれども、それは今日ではもはや不可能なのです。東洋の叡智から借りてきた用語を使うならば、それはカリ・ユガが終わったときに不可能になった。何故なら、それ以降の社会生活はもはやそれまでのような権威主義の原則によって支配されてはいないのだからと言わなければならないでしょう。人類の進化が意識魂の段階にあるということが、ますます顕著な影響を及ぼすようになったのです。記:カリ・ユガ(kali yuga)に関してヒンドゥー教の宇宙論では,宇宙は生成の時代〈成劫(じようこう)〉と破滅の時代〈壊劫(えこう)〉を周期的に繰り返す。この成劫をクリタ・ユガk?ta‐yuga,トレーター・ユガtret?‐yuga,ドバーパラ・ユガdv?para‐yuga,カリ・ユガkali‐yugaの四つの時期〈ユガ〉に分け,これらを総称して〈四時期〉という。万物は第一のクリタ・ユガの冒頭に最善の状態にあり,時間の経過とともに悪化して,第四のカリ・ユガの終末にいたってついに破滅するとされる。参考画:kali yuga それは1890年代から20世紀の最初の数年に生まれた人々の魂の中に、多分、明確に規定された形態においてではなかったとしても、きわめて強力かつ本能的な仕方で生きていました。もし、大人たちが彼らのこの内的な生活を理解したいのであれば、それを本当に愛すべきものとしてよく考えてみなければなりません。それは少々骨の折れる仕事です。と申しますのも、私たちの文化、私たちの文明は、過去にはいつでも可能であった若者と大人の間の問題を、特に学校現場において、解決することがもはや不可能なような形態を取っているからです。若い人々はそのことを彼らの内的な運命であると感じています。彼らの人生のあらゆる側面はそれによって形成されますが、それは、全く特定の渇望や要求をもって人生にアプローチするということを意味しています。そのことは今日の若い人たちに求道者になりやすい傾向をもたらしています。とはいえ、それは大人たちとは全く異なるタイプの求道者です。それは彼らの人生におけるあらゆる領域、特に精神的な領域について言えます。過去のある時期においては、彼らに対するより古い世代の反応の仕方は非常に不思議なものでした。私は皆さんに特徴的な例について思い出すように注意を促すのを怠っていたわけではありません。皆さんには、グレゴール・メンデルについて私が行った講義を思い出していただきたいと思います。孤独な教師であり、後に大修道院の院長になったモラビア人、グレゴール・メンデルは遺伝の法則を決定する仕事に関して顕著な功績を残した天才であったということは、20世紀の科学者たちが、ときに彼らの意見として、かなり熱心に語ることです。グレゴール・メンデルと彼が学んだ学院との関係を検証するとき、見逃すことができないのは、彼が教職に就くための試験を受ける年齢に達したとき、及第点には遙かに届かずに失敗したという事実です。彼には再試験に向けて準備する時間が与えられたのですが、またしても落第でした。当時、つまり1850年代ですが、人々は後の時代に比べて遙かに忍耐強かったので、彼の2回の教員試験失敗にも関わらず、メンデルは中等学校の職を割り振られ、近代自然科学の分野で最も偉大な功績の一つと見なされるものを成し遂げた人物になりました。もう少し身近な例を取り上げてみましょう。レントゲンです。今日、レントゲンが近代における最も偉大な人物の一人であることを疑う人はいません。けれども、彼は、望みがないという理由で中等学校を退学になっているのです。学校を終えることができなかったという理由で、家彼は庭教師の職を見つけるのに大変な苦労をしました。つまり、彼は追い出されたのですが、後に、やっとのことで大学に入り、最終的にはそこを卒業しています。けれども、そのときでさえ、彼は探していた教職に就くことができませんでした。それにも関わらず、彼は、応用、理論科学の分野で最も画期的な功績の一つを成し遂げたのです。このような例はいくらでもあります。古い時代が差し出すものと若者の中に漠とした仕方で生きているものとの間には橋を架けることができないギャップがあるということを示すものは至るところに見出されるのです。少し過激な言い方をすれば、現代の若者はエジプトの王の墓がいくつ発掘されようが、そんなことにはあまり関心がないということです。そうではなく、彼らの本当の関心は、古代の王の墓を発掘することによって得られるよりも遙かに人類の発達に役立つようなより根源的な源泉を見い出すということにあるのです。人類の進化をさらに進めるためにはもっと遙かに基本的で根源的な源泉に近づかなければならないというような時代に私たちは入っているのだと若者は感じています。確かに言えることは、このようなあこがれを持つ若い人々が20世紀の最初の20年間にかなりの探求を行った、ということでしょう。そして、人智学を知り、それが彼らの求める人間性の最奥の源泉へと導くものであることを直ちに感じ取りました。彼らはその後、人智学協会にアプローチしてきました。そして、これらの若い人たちの代表が先週の月曜日か火曜日にシュツットガルトで述べたのは、人智学協会に来てショックを受けた、人智学協会と人智学の対比に驚いたということです。これは非常に深刻な事実ではないでしょうか。それをただ放置しておくことはできません。若い人たち、特に大学から来た人たちが何に苦しまなければならなかったのかをよく考えてみなければなりません。例えば、彼らが文学史のようなより自由な学問の専攻分野において博士号を取りたいと思ったとしましょう。19世紀の最後の3分の1においては、ものごとはどのように処理されたでしょうか。彼らの内の大部分はどこで博士論文のための課題を得たでしょうか?簡単のためにどちらかというと過激な言い方をしてみましょう。教授はロマン派に関する本の著作に取りかかっていたので、ある学生にはノヴァーリスを、別の学生にはフリードリッヒ・シュレーゲルを、3人目の学生にはオーガスト・ウィルヘルム・シュレーゲルを、そして、4人目にはテオドール・アマデウス・ホフマンを割り当てました。もし、運が悪ければ、ホフマンの句読法か括弧の使い方に関する博士論文を割り振られたでしょう。教授はその後、これらの博士論文を読み、そこから彼の本のための内容を取り出しました。それはすべて全く機械的に行われるようになっていたのです。若い人は機械の一部、つまり、学識ある機械の一部に過ぎませんでした。繰り返しになりますが、カリ・ユガが終わって以降、若い魂の中に原初的な仕方で生きていたあらゆるものがこの種のことがらに反抗するようになったのです。私は無数に起こり得る同様の現象のひとつに触れているに過ぎません。さて、ここでは次の二つの要素が密接に関係しています。つまり、20年間に渡りその形を作り上げてきた人智学協会、その形態については、誰でも自分自身の立場から自分で思い描くことができますから、私が記述する必要はないでしょうが、それと若い学生たちです。けれども、協会がこれらの若い人たちの内に見出していたのは、普遍的に存在する要素の最も熱烈で過激な周辺部分でした。シュツットガルトの会議では、この事実があまりにも明白に突出していたのです。他方、古い協会の指導者たちは、徐々に固定した形態を取るようになっていたものに関わっていました。ある人は多分、ウォルドルフ学校の教師であり、別の人はDer Kommende Tagの部長でした。私たちは、これらすべての人々がその仕事量に圧倒されていたという事実にしっかりとした重みづけをしなければなりません。協会の誰もが、少しでも自由な時間があれば、これらの企てに引き込まれなければなりませんでした。良くも悪くも、それによって協会の中に一定の官僚的な精神が湧き出してくることになったのです。これらの取り組みの中に「社会有機体の三分節化のための組合」がありました。1919年の設立直後から一人の理事がいましたが、私はしばらくの間、その組合とともに働いた後、もうやっていけない、手を引かざるを得ないと言うしかありませんでした。この前、シュツットガルトでお話ししたように、私は袂を分かたざるを得ず、もう続けられないと宣言するしかなかったのです。その後、別の理事が、優秀な人間ですが、仕事を引き継ぎました。私は数週間の間、シュツットガルトに赴くことができなかったのですが、ようやくたどり着いたとき、そこで起こっていることを知って不安になりました。そこには処置を待つ多くのことがらがあったので、会議が持たれ、そこで何が行われてきたのかを知らされました。私が告げられたのは、「実は、私たちはカードファイルを作っていました。小さなカードの右下の部分には小さめの新聞記事をクリップするようになっています。これらはキャビネットの中にファイルしています。それから、しっかりした紙で作った大きめのカードがありますが、これには長めの雑誌の記事を着けるようになっています。それから、送られてきた手紙類をファイルするために、もっと別の大きさのカードがあります。」というようなことですが、これがいつまでも続くのです。カードファイルをどうやって作ったのか、そのために人々が何週間にも渡っていかに献身と犠牲の精神をもって働いてきたか、その内容とはどのようなものだったのか、あらゆるものがいかにきちんとそれにしまわれるようになったか、というようなことについての説明に何時間もが費やされたのです。そのとき、私は色々な種類のカードを収納するそのカードファイル、そして、協会の中で起こっていたあらゆることがらや私たちの敵たちがどうであったかということについてのそのすばらしい記録とを心に描いていました。あらゆるものがすばらしく記録されていたのです。これらのカードが何層にも積み上げられた巨大な山があったはずです。けれども、そこに座っている人たちは幽霊のように消えていました。カードファイルだけが現実だったのです。すべてが記録となっていたのです。私は、「よろしいですか、親愛なる友人の皆さん、皆さんはカードファイルの他に、頭もお持ちですね。私は皆さんのカードには全く興味がありません。興味があるのは皆さんの頭の中にあることだけです。」と言いました。私は批判しているのではなく、ただ報告しているだけだということを皆さんには理解していただけると思います。と申しますのも、ファイルを整理していた人たちはその仕事の途方もない重圧に悲鳴を上げていたからです。けれども、他方、将来のすべてを包み込む理想への熱い思いに燃える心を持った若者たちがそこにやって来て、ひたすらカードファイルの話を聞かされると想像してみてください。私はファイルの必要がないとも価値がないとも言っているわけではありません。それらはすばらしく、決定的に重要だと言っているのです。とはいえ、ものごとはそのように行われるべきではありません。心に届くためには心が必要なのです。さて、このことはあらゆる不可能な状況を創り出しました。これらの問題とその他の多くの問題は、とうとう協会の再構築が考慮されるべきところにまで行き着いたのです。協会においては、そこで働き、個々人の特別な能力を最大限に生かし、発展し続けることができる雰囲気を見いだし、それを呼吸する機会を提供するためのチャンスが人類に対して与えられなければなりませんでした。これらは協会が直面していた全く基本的な課題だったのです。その活動を取り巻くあらゆる条件の完全なる見直しが示唆されたのですが、それが持つ途方もない活動の可能性は、今や若者が溢れるような内的な生命に満たされてそれにアプローチしてきた、という事実によって明らかになっています。けれども、相違点はどんどん大きくなりました。もちろん、年長のグループの中にも、カードファイルに全然興味がない、カードファイルを問題のアプローチ全体を示すものとして使うとすればですが、それら人たちがいました。これらの人たちの中の何人かは実際かなりの年輩だったのですが、それでも、それまでに徐々に必要なものとなっていたファイルのようなものには煩わされたくないと思っていたのです。1902年あるいは1903年といった早い時期に協会に入ってきた人たちで、若い人たちとは他の多くの点でも非常に異なっていたかも知れないけれども、協会の歴史とでも言えるようなものには全く興味がない協会員たちが確かにいたのです。ですから、準備会では、私たちはきわめて困難な課題に直面しました。不安という計りがたい重荷が魂を苦しめていたのです。とはいえ、それらの集まりについて今お話しする必要はないでしょう。それらの準備会の結果として召還された代表者会議が日曜日にシュツットガルトで開かれました。最初にやるべき仕事は、それまでの理事会、いわゆる9人委員会のメンバーたちの様々な理由によって組織された暫定運営委員会が人智学協会の過去と現在と未来について語るべきことを聞くということでした。次いで、ドイツとオーストリアの協会員たちが、彼らの代表団という資格で、ヒアリングの機会を与えられることになっていました。そうですね、ものごとは計画通りに行きました。けれども、私は、最終的な決定へと導いたものについて簡単に描写するだけに留めるために、実質的に動議の嵐となってしまったものについてお話しするのは控えたいと思います。ある動議が取り上げられ、議事が再開するかしない内に、別の動議が2つも3つも議長席まで飛んで行くといった有様だったのです。それは嵐としか言いようがなく、その議論には際限がないように見えました。けれども、そのすべてはさておき、全くすばらしい話があった、透徹し、深く人智学的な話があった、ということを強調しておきたいと思います。アルベルト・シュテッフェン氏が語ったのはすばらしく心に響く深い言葉でした。ヴェルベック氏は、私たちの敵対者たちの分類について、そして、彼らの人智学協会やその他の文明社会との関係について、みごとに記述しました。ビュッヘンバッハー博士は、1917年頃以降に協会に加わった人々がそこで遭遇したものにどのように反応したかについて、生き生きとした説明を行いました。語られたことのすべてが必ずしも第一級のものではなく、それらの間にはいくつかの中間的な貢献があったという事実については、多分、沈黙を守っておくのが礼儀でしょう。けれども、最高の、すばらしい貢献が、私としては「その他の貢献」として言及しておきたいものの間に散見されたのです。それにも関わらず、日曜日が過ぎ、月曜日が過ぎ、火曜日が過ぎていきました。そして、火曜の夕方までには、もし、次の日が、つまり、最終日がそれに先立つ日々と何ら変わりがないものであったとしたら、代表団は来たときのままで帰ることになるだろうということがはっきりと分かるところにまで事態は来ていたのです。と申しますのも、すばらしいスピーチによる人智学的な内容への多くの貢献があったとはいえ、講堂に集まった多くの人たちの中に生きていたもののほとんど何一つとして本当には外に出てきていなかったからです。それは人間の集まりであり、発言はすべて現実を扱うものでしたが、それぞれの会合には生きた現実は存在せず、抽象だけがありました。つまり、それらは抽象性の中に生きる生命の古典的な例だったのです。火曜の夕方までには本当のカオスが支配するようになっていました。誰もが誰かを通り越して話していたのです。今や、私のために予定されていた火曜日の講義のすぐ後で、私自身の提案、そこで代表されていた人々の中に生きていたものに基づく提案を行うということを決定する以外の選択はありませんでした。そして、それにはドイツとオーストリアの協会のほとんどすべての会員が出席していました。けれども、そこにおいて現実的であったところのものに到達し、それをとりまとめる必要がありました。私は火曜日に、共同体形成について、つまり、それまで語られてきた多くのことがらによって求められていたテーマについてお話しすることになっていました。こうして、私は提案したのですが、私がお話ししたのは、いかに誰もが誰かを通り越して話し続けているか、そして、いかに語られることの何一つとして現状の下に横たわる現実を表面にもたらさないかということです。さし当たりその他の側面を横に置くならば、2種類の感情、2つの異なる観点、2組の意見を区別することができるでしょう。一つは、古い人智学協会やそれを擁護する理事会に代表されるようなもの、もう一つは、できるだけ正確に言えば、協会を代表する理事会が取る立場に本当には興味がない人たちから構成されるものです。この人たちは立派な人智学徒ですが、理事会の言うことには全く興味がありません。シュツットガルト会議での若い人たちによる貢献ほどすばらしいものを想像することはほとんどできません。彼らはエネルギーに満ちたすばらしい精神の反映だったのです。若者の魂が人智学の門前に熱烈に押し寄せたときの印象は高貴なものでした。しかし、ここでもまた、共同体としての協会やそれが代表するものへの関心は見られませんでした。私たちはこのような現象を現実的なものとして捉え、事実として見ることを学ばなければなりません。盲人のように振る舞ったり、それを見ないようにしたりしても何の役にも立ちません。私たちがこれら二つのタイプに向き合っている以上、合意に至ることについて抽象的な話をしても、それは偽りに過ぎない、と言わざるを得ませんでした。古い協会はそれ以外のものではあり得ず、もうひとつのグループもそうです。ですから、協会が全体として継続する最善の方法は、両派が各々の道を歩むということです。つまり、古い上流階級に属する人たちと言うよりも、より古い協会のメンバーであって、歴史の重みを背負った人たちと呼ぶ人によって一方のグループが形成され、嵐のように邁進する老若男女によって別のグループが形成されるということです。人智学協会のための古い憲法草案がありますから、両派の人たちには一度勉強してみることをお勧めします!各派閥の人たちはその各条項を全く文字通りに実行できるかも知れませんが、その結果は双方で全く異なるものになるでしょう。現実の生活においては、ものごととはそのようなものなのです。理論的には、それらがどのように見えるとしてもです。ですから、私は、古い人智学協会はその9人委員会とともに継続する、ということを提案しました。私はものごとを以下のような方法で特徴づけました。私が申し上げたのは、古い協会に属するシュツットガルトの卓越した協会員たちは模範的な仕方で彼らの個別の企てを進めながら、途方もなく多くの働きを行っているということです。実際、彼らの顕著な特質の一つは、4日間の会議の中で示されたように、以前の仕事から持ち込んできた「疲労」だったのです。私は、シュツットガルトに来て、何かする必要があるときには、ボタンをひとつ押しさえすればよいと言いました。ここ何年かの状況はそのようなものだったのです。シュツットガルトにおけるこれらの指導的な人物たちはとても洞察力に富んでいます。彼らは、人が多くを語らなくても、すべてを直ちに把握します。何もかも長々と議論するための十分な時間は決してないでしょう。電光石火の把握力があり、そのことに少し触れるだけで、彼らにはすべてが完全に明らかとなります。しかし、彼らはそれについて、大方のところ、何も行いません。そして、もう一つのグループです。彼らは人智学的な魂に溢れ、心から人智学に浸っています。このグループの指導者たちに対しても何かを言うことができるでしょう。彼らは私の言うことを何一つ理解しませんが、言われた瞬間にそれを行います。これは途方もない違いです。最初のグループは直ちに理解しますが、何もしません。第2の範疇に属するグループは何も理解しません。彼らは、いつかすべてを理解しますと約束するだけです。彼らはエネルギーと感情に満ちていますが、ものごとを直ちに行います。彼らは何でも理解することなく行うのです。ですから、協会には、たとえ統合されたままであったとしても、全く性格が異なる2つのグループが存在せざるを得なくなるでしょう。一方のグループが別のグループの働きに介入することは決して許されないでしょう。まず一つのグループがありますが、何か名前をつける必要がありますね、何という名前にしましょうか。もちろん、言葉だけの問題に過ぎませんが、保守的で伝統的な派閥、きっちりとファイルされたメンバーたち、この言葉はファイルされたカードに限ったものではなく、象牙のイスを占める派閥とでも呼びましょうか。この派閥の人たちは、会長、副会長、等々の肩書きを持ち、協会を運営します。彼らはそこに座り、いつもの手順にしたがって、あらゆることに取り組みます。聴衆の中に私を意味ありげに見ている人がいますが、彼は、私がまだシュツットガルトにいたとき、そのようなルーチンワークがときとしてどのような結果になるかを私に伝える立場にいた人です。例えば、21マルク程度の額面の請求書が発送され、その送料として150マルクかかりました。この頃では外国郵便にはその程度のコストがかかるのです。150マルクです。確かに21マルク入金されましたと誰かに書き送るとしたら、正しく150マルクかかります。秩序正しいABC体制下では、ものごとはそのようになっているのです。ですから、そこにいるのはルーチンワーク派であり、古い人智学協会です。人はそれに属し、立派なメンバーになることができます。次に、そんなことには全く無頓着な個々人からなる自由な組合があります。彼らはただ人間的な要素に基づく緩やかな連合を欲しているだけなのです。今や、これら2つの流れがあることが認識されなければなりません。私はこのことについての簡単なスケッチ、単なる示唆から始めました。それは起こり得る最悪の事態である、何故なら、それは協会を2つに分裂させるかも知れないから、というとを主張する話が同じ夜に行われました。しかし、ここでもまた、共同体としての協会とは何か、それは何のためにあるのか、というようなことに対する興味は示されませんでした。けれども、現実はそのような状況だったのです!もし、人々の考え方にではなく、現実に即した行動を取るとすれば―と申しますのも、彼らの考えることが彼らの置かれた現実よりも重要であることは滅多になかったからですが―示唆されたような行動しかあり得ませんでした。何故なら、それがその現実に適合したものであったからです。お話ししましたように、直ちにその話がなされ、何かその種のことが必要であるとか、その他のことが明らかになるとすれば、恐ろしい結果がもたらされるだろうという警告がなされました。その結果、外的かつ純粋に空間的な意味でも、大混乱となったのです。場内は人々が寄り集まってできたグループで一杯になり、その間を押しのけて進む余地もないほどでした。そして、彼らは皆、私を呼び止めて、あれはどういう意味だ、これはどういう意味だと聞きます。私が会議場を出ようとしていた火曜日の夜11時までには、状況は内的なカオスから外的なカオスになっていました。私は宿舎に着いたとき、かなり疲れていました。誰かが私を連れ戻しに来たのは午前0時でした。私はとても眠りにつくどころではなかったのです。誰かが来て、ラントハウス通りで会合が持たれていると言いました。その会合が行われている階に行く途中で再び呼び止められ、平行して行われていた会合に引っ張り込まれたために、目的地に着いたときには、ほとんど翌朝の1時になっていました。けれども、そこで直ちに明らかになったのは、結局、私の提案は正しく理解されている、全く正しく理解されているということでした。今や、その詳細について、有益な議論をすることができるようになっていました。提案に基づいて何かを行うことが本当に可能になったということが明らかになっていたのです。 ある疑問が表明されましたが、それは全く当然の疑問でした。例えば、若い人たちに共感して、その目的に沿って進みたいと思いながらも、歴史的には古い協会に属し、そこで働き続けるために、そこでの地位を保持したいと思っている協会員たちがいるというようなことが話されました。私は、それは容易に解決できるだろうと言いました。両方の派閥に加わる人たちの場合、唯一の問題は、どちらかの会費だけを払うように配慮するということです。そうするための何らかの技術的な方法を考えることは確かにできるでしょう。一方の派閥のメンバーであるからといって、もう一方の派閥から排除されるというようなことがあってはなりません。その種のことがらすべてに関して、私たちはただ現実の状況が認識される機会が与えられるように配慮すべきなのです。私は続けて、様々な企業体もまた両方の方向性を受け入れることができる、と言いました。あるウォルドルフ学校教師が緩やかな連合体に惹かれ、それに参加する一方で、別の教師はより緊密に組織されたグループに共感し、それに加わるというような可能性については、容易に思い描くことができます。もちろん、彼らはそれでも完全に調和した精神の下で、ウォルドルフ学校において共に働くことになるでしょう。昨日、あちこちの協会の支部活動はどのような影響を受けるだろうか、という疑問が何人かの人たちから示されました。私は、両方のグループの支持者たちが各支部集会に同席することができないなどということがあるだろうかと問いました。けれども、内的な現実に対してはいつでもその生命を全うする機会が与えられなければなりません。何かが現実的な精神において思い描かれるとき、それを仕上げる方法はいつでも存在しており、それによって統一が生み出されます。若者たちにとって、何が本質的であるかが明確になるのに2時15分までしかかかりませんでしたが、その中には、ほぼ数十年に渡る期間を振り返ることができる何人かの頭が白くなった若者たちが含まれていました。その提案はうまく機能するだろうということが明らかになったのは火曜日の夜が水曜日の朝になる頃でした。水曜日はこれらの計画を議論するのに費やされ、それらの採択を見たのは水曜日の夜でした。皆さんにはその概要だけをお話しした後、その報告についての補足的なコメントをいくつか付け加えたいと思います。ですから、今や、私たちには、お話ししたような9人委員会を擁する古い人智学協会と、もう一つのより緩やかでより自由な人智学協会が存在しています。後者のために奮闘中の会長は、人智学を世に出し、人間の内的な生活を深めるために働くことになります。明日と明後日は、私がシュツットガルトで行った2つの講義の最も重要な側面についてふり返る予定です。それらは人智学協会における活動に密接に結びついたものでした。と申しますのも、最初の講義は共同体形成に関するものであり、次が友愛に基づく協会が何故いさかいに陥りやすいかに関するものであったからです。緩やかな連合体のための準備委員会が組織されました。その委員会は、ラインハス氏、レーア氏、レーシュル博士、マイコウスキー氏、ビュッヘンバッハー博士、ラース氏、フォン・グロウン氏、ブレスローのバルチュ司祭、それに、シュレーダー氏から構成されています。皆さんお気づきのように、全員が非常に若いというわけではありません。権威ある総主教も中に含まれています。ですから、若者の急進性だけが代表的な立場ではないのですが、それは確実に感じ取られることになるでしょう。以上のようなわけですから、今は、正しくそれらをやり遂げることだけです。緩やかな連合体は、特に、より小さく、より親密な共同体の形成に取りかかりました。それは、大きなスケールでは顕教的に人智学のために働く一方、外的な組織体系という設定によってではなく、内的でカルマ的な結びつきによる共同体を形成しながら、小さなスケールで秘教的に働くためです。ですから、これら2つの集団というのが私たちの結論でした。明日と明後日には、それらについてさらに何らかのことをお話ししたいと思います。そのような展開が本当に必要だったのです!生きているものは何であれ、古い形態、予想通りの形態に収まろうとはしないものです。段取りは生きているものに適応しながら、変化しなければなりません。皆さんは、私がシュツットガルトを離れるとき、協会の問題は全体として、本当は仕立ての問題であると言ったのを覚えておられるでしょう。人智学は成長し、その洋服である人智学協会は、と申しますのも、協会は徐々にそのようになってきたからですが、小さくなってきたのです。袖は肘まで届かず、ズボンは膝まで届きません。私は類比に精を出すつもりはありませんが、その洋服は不格好になったのです。最近協会に加わった人で健全な心を持った人にとって、誰の目にもそれは明らかでした。さて、私たちは、古い洋服をバラバラにするよりも、と申しますのも、それは確実に裂けるはずだからですが、新しく、もっとフィットした衣服を作るというこの努力がうまく行くかどうかを見なければならなりません。それはそれを行う内的な能力を確実に有しています。私たちは人々がこのような働き方をする上でどうしても必要な力を発達させるかどうかを見なければならないでしょう。現実の生活は理論上の可能性とは非常に異なる可能性を提供しますが、それはこの場合にも当てはまります。私たちは生命の試験に本当に耐えられるものを創造しなければなりません。さて、フォン・グロウン氏ですが、彼は両方の委員会、自由な委員会とより緊密に組織された委員会のメンバーであり、両方に奉仕することになります。誰もが自分のやり方で、あるいは長老として、あるいは若い情熱家として、その機能を果たすことが許されるようになれば、ものごとは最高にうまく行くはずです。そして、もし、誰かが一度に両方であることを欲するとしても、双頭の生き物である必要はないのではないでしょうか。人々のエネルギーが自由に発展することができるということが決定的に重要なことなのです。もちろん、うまく行かないこともあるでしょう。そのような状況の一つとして私が聞いたのは、かつてある集会の議長が誰かに発言の機会を与え、その人が燃えるような演説を開始したところで、別の人が同時に話し始めるという驚くべき経験をしたというようなことです。議長が、「皆さん、こんなことがあってよいでしょうか」といったところ、返ってきた答えは、「どうしてですか。私たちはここで自由の哲学を生きようとしているのです。たった一人だけに喋らせることで、他の人の自由が制限されてもいいのですか。どうして何人かが同時に喋ることができないのですか。」というものでした。うまく行かないこともある、ということに皆さんは同意されるでしょう。けれども、幸いなことに、そのようなことはいつも取り立てて要求されるわけではありません。私としては、ものごとは再びしばらくの間はうまく行くようになる、と信じています。けれども、いつまでもというわけではありません。何ごとも永久にうまく行くように設定することはできません。私たちは、時間の経過とともに、人智学的有機体のために新しい衣服を設える必要に直面することになるでしょう。とはいえ、人間であれば誰でもその運命を共有しています。誰も古い衣服を着続けることはできません。組織というものは、実際には、何らかの生きた要素にとっての衣服以上のものではあり得ません。何故、社会有機体だけを特別扱いして、それらを永遠に向けて仕立てようとするのでしょうか?生きているものは何であれ、変化を被らなければなりません。そして、変化するものだけが生きているのです。ですから、人智学運動のように特に生命に溢れているものの場合、私たちが形成しなければならないのは生命に適った組織なのです。もちろん、毎日のように組織を見直すことはできませんが、2年に1度くらいはそうする必要が確かにあるでしょう。そうでなければ、指導者たちのイスは本当に象牙のイスになってしまうでしょう。そして、象牙のイスに座る専門の人たちが出てくれば、そこに座れない人たちがむずむずし始めます。私たちは象牙のイスに座る人たちにもむずむずしてもらう方法を見つけなければなりません。言い換えれば、これらのイスを少し動揺させ始めるのです。けれども、もし、私たちがものごとを正しくアレンジする方法を見つけ出すならば、何ごともすばらしくうまく行くことでしょう。親愛なる友人の皆さん、私の意図は皆さんに報告するということでした。私は確かにそれを冗談めかして言うようなことであると感じていたわけではありませんが、現実の生活におけるものごとの中には、ときとして、正にユーモアとしての取り扱いに最も適しているものがあるのです。 人智学的共同体形成 (GA257)第8講了人気ブログランキングへ
2024年07月21日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第7講 シュトゥットガルト、1923年2月28日 佐々木義之 訳 私としては、人智学協会メンバーの皆さんに向けての講演に当たり、いつものように、純粋に人智学的なことがらに取り組みたいと思っていました。けれども、会合の全体的な成り行きや、ここ2、3日の間に生じてきたことがらによって、私のコメントはこの集会にとっての直接的な関心事についての問題に限定せざるを得なくなりました。より人智学的なテーマに特化したお話しについては、皆さんが一堂に会する機会にというわけにはいかないかも知れませんが、少なくとも、より小さなグループに対して何度か行う機会があればよいと思っています。今回の2回の講義では、いかに人智学が生きる上での智恵となり得るか、いかにそれが私たちの日々の思いや行動に影響し得るかということを示すのが目的です。ですから、私はここで取り扱われるべき問題にアプローチするための人智学的な基盤を据えることに専念するつもりです。昨日は、人智学協会における共同体形成についてその角度からお話ししました。今日はその続きとして、人智学的な世界観による生きた生活に対する貢献、その世界観なしに行うことができたであろうよりも十分な貢献という課題に関して、何らかのことがらを付け加えたいと思います。昨日お話ししたことがらの逆の側面を皆さんに示すために、私たちの協会が依って立つ基盤と似た基盤の上に打ち立てられた協会の歴史に詳しい人であれば誰もがよく知っていることがらから出発したいと思います。その後で、人智学協会を他のあらゆる協会とは異なるものにしている違いについても何らかの特徴づけを行う予定です。けれども、とりあえずは、精神世界への洞察を達成しようとするあれこれの方法の上にその存立基盤を置いたにもかかわらず、それが達成した水準は様々な歴史的状況、それに参加した人々のグループの特質や能力によってかなりの影響を受けた非常に多くの協会が存在していたということを指摘しておきたいと思います。幅広く多様な協会の中には、本当に真剣で重要なものからいかさま(フェイク/Fake)に至るまであらゆる色合いと水準のものが見られるのです。けれども、そのような協会の歴史に通じている人であれば誰でも知っていることがひとつあります。それは、ある条件下ではいつもある種の道徳的な雰囲気が醸成されたということです。そして、実際、それは必然的なことだったのです。その雰囲気は、そのような協会のメンバーたちの間の友愛を追求する本当に真摯な努力として記述することができるでしょう。その目標は、通常、これらの協会の規範や規則としてリストアップされますが、その目標としては、お話ししたように、これは必然的なことなのですが、ひとつには友愛が、もうひとつには精神的な世界への洞察が置かれます。さて、そのような協会の歴史に通じている人たちは、友愛と精神的な洞察の上に築かれるこれらの協会こそが、最もひどく、諍(いさか)いに悩まされるということを知っています。それらの協会は、闘争、人生の分かれ道、より大きなグループ内での各派閥への分裂、グループの解消、留まる者たちへの、あるいは離れていく者たちへの激しい攻撃等々に対する最も幅広い機会を提供します。要するに、人間的な争いは、友愛へと捧げられたグループの中で最たるものになるのです。これは奇妙な現象ではありますが、人智学的な洞察によってその理解が可能になります。今回の2回の講義で私が提示しようとしているのは、学者ぶった言い方をお許しいただければ、人智学体系の一部でもあるのです。ですから、この講義は一般的な議論ではないかも知れませんが、それでもやはり、人智学的な議論であり、とりわけ私たちの会合に沿った構成となるはずです。昨日の話に戻りますが、人間の意識という現象の間には3段階の経験が見出されます。眠っているか夢を見ている人々は、低下した意識状態の中で、ある種の像の世界を経験するのですが、彼らは、眠っている間、それを現実的なものとして捉えているということが分かります。これらの人々は、物理的な世界に一緒に居住している他の人々から隔離されています。彼らは経験を共有してはいません。経験を伝える手段が存在していないのです。昨日お話ししたように、私たちはさらに、人はこの意識状態から日常の意識へと進むことができるということ、つまり、他の人々の自然としての外面を含むところの外的な自然によって、そのような意識へと目覚めさせられることができるということを知っています。共同体への感情は、単に自然の働きや日常生活の必要性によってある程度目覚めさせられるのです。そして、それに対応して、言語が存在するようになります。今、これら二つの意識状態が入り交じったとしたらどうなるかを見てみることにしましょう。人が完全に正常な環境に留まり続けことができる限り、つまり、通常の魂的、体的状態の故に、彼の孤立した夢の経験を他者と共有する経験から分離したままに保つことができる限り、彼は彼の夢の世界と現実の世界の中で無難に生き続けることになるでしょう。しかし、ある人が、何らかの心理的な突発事項やそのようなものと考えざるを得ないようなことがらによって、他者と共有する生活の中での昼間の目覚めた意識状態にあるにも関わらず、彼の仲間と同じ感情や考えを持つことのない状況にあるのを見出す、と仮定してみましょう。彼が被っている病理的な状態によって、夢の生活におけるものと同様の感情や考えの世界が彼の目覚めた意識の中へと投影させられると仮定するのです。彼は論理的に秩序だった思考を発達させる代わりに、夢における絵画的な世界に似た世界を産み出すことになります。私たちはそのような人を精神的に病んだ人と呼びます。けれども、さし当たり、私たちにとっての主な興味は、この人物が他の人々を理解していない、そして、その他の人々もまた、医療的、病理的な観点から彼を見ない限り、彼を理解することができないということです。この低いレベルの意識において卓越する心の状態がより高いレベルの意識へと持ち込まれる瞬間、その人は、その仲間の人間との関係で、最悪の利己主義者になります。皆さんは、それについてよく考えてみさえすれば、この種の人間は完全に自分が想像した通りに進むということが分かるでしょう。他の人々は彼の論理立てについていけず、彼はそれらの人々と殴り合いになります。彼は、他の人間たちと魂の世界を共有していないので、あらゆる種類の極端へと走り得るのです。さて、これら2つの意識状態から、別の2つの意識状態へと進むことにしましょう。外的なできごとという自然の過程によって私たちがそこに導かれるところの日常の意識状態と、私が昨日示したような、人は単にその周囲の自然の側面との出会いの中で目覚めるだけではなく、他者の内的な存在との出会いの中でも目覚めるというような事実を通して目覚めさせられるところのより高次の意識状態とを対比させてみることにしましょう。人は通常、完全に、そして直接的にそれを意識しているわけではありませんが、そのようなより高いレベルの意識へと本当に目覚めるのです。もちろん、私の「より高次の世界の認識」という本から皆さんご存じのように、より高次の世界に参入する方法は他にもたくさんあります。けれども、そのような仕方で他の人々と共に過ごすことが許されている時代においては、人は、そうでなければ理解したり目撃したりすることができなかったはずのことがらを理解したり目撃したりする立場にあるということを見出すことができるようになっているのです。精神世界に通じている人がその世界にも適用可能な言葉で記述する要素の中で生きる可能性や、肉体、エーテル体、アストラル体、そして自我について、あるいは、輪廻転生やそのカルマ的な側面について語る可能性が与えられているのです。さて、現時点においては、通常の意識という心のあり方全体がそのようにして人が参入する精神的な世界に持ち込まれ、それに適用されるという可能性が存在しています。これは、別のレベルにおいてですが、夢の像の中へと吸い込まれている人の魂の状態が通常の生活へと投影されるときに生じるできごとと同じです。つまり、人は全く自然な仕方で利己主義者に変えられるのです。このことが生じるのは、より高次の精神世界におけるあらゆることがらは感覚的な世界を見るのとは全く異なる仕方で眺められなければならないということに気づき損ねるときです。人は別様に考えたり感じたりすることを学ばなければなりません。ちょうど、夢を見ている人が、他の人たちと生活を共有したいのであれば、全く異なる意識状態であるところの通常の目覚めた状態に転換しなければならないように、通常の経験に関することがらに向かうときの魂の態度によっては人智学の内容にアプローチすることはできないという事実への同様の気づきが必要なのです。これが、通常の科学的な意識でもある日常の意識と人智学が可能にする意識との間で何らかの理解や調和が達成されるにはどうすればよいかという問題の根底に横たわっているものです。人々が集まって話し合いをするとき、一方が通常の科学的なアプローチで例示されるような日常の意識から、そして、片方が精神的な現実と調和する判断を形成するのに匹敵する意識から話すとすれば、それは正に自分の夢を物語る人が外的な事実について彼に告げる誰かと理解し合おうとして努力しているようなものです。大勢の人たちが通常の意識状態で出会い、彼ら自身と彼らの感情生活全体を超感覚的なレベルにまで引き上げ損ねるならば、つまり、超感覚的な世界が語ることを聞くために集まった人々が単に通常の心の状態のままでそれを聞くとしたら、殴り合いになる可能性が大きいのです。その可能性は測りがたいほど大きいのですが、それは、そのような人々は当然の結果として利己主義者になるからです。それに対する強力な治療法は確かに存在しています。しかし、それが可能になるのは、人間の魂がそれを発達させるときだけです。私が言っているのは、本当に偽りのない忍耐のことです。とはいえ、私たちはそれに向かって自己教育する必要があります。日常的な意識状態においては、多少の忍耐力で用が足り、多くの場合、社会的な環境が誤りを正してくれます。けれども、通常の日常的な心の状態が卓越するところでは、話し合いをしている人たちがお互いに聞く耳を持とうとしないということはよくあることです。今日では、他人の言葉に本当にわずかな注意しか払わないというのが習慣になってしまいました。誰かが語っている途中に、別の誰かがしゃべり始めるのです。それは語られていることに少しも興味がなく、興味があるのは自分の意見だけだからです。物理的な世界ではそれでどうにかやっていけるかも知れません。しかし、精神的な領域においては全く不可能です。そこでは、魂は完璧な忍耐力に染め上げられていなければなりません。つまり、全く同意しかねることがらに対しても、深い内的平静をもって耳を傾けることができるように、つまり、横柄な気持ちで忍耐力のあるところを示すのではなく、相手の側から見て根拠があるように思われる語り口に対するのと同じように、全く肯定的な内的忍耐力をもって聞くことができるように、自己教育しなければならないのです。より高次の世界においては、何かに反論することに全く意味はありません。その領域での経験を有する人は、例えば自分や別の誰かが同じ事実に関してそこで表明する意見は全く正反対のものであり得るということを知っています。彼が自分の意見に対して感じるのと正確に同じ忍耐力をもって他者の正反対の観点に耳を傾けることができる能力を獲得したとき、そして、そのときだけ、どうかこの点に注意してください。以前にはより高次の世界についての単なる理論的な知識であったものを経験する際に要求される社会的な態度を身につけることができるのです。より高次の領域に対する関係にとって決定的に重要なのはこの道徳的な基本原則なのです。物理的な世界にある机やイスが夢の世界とは異なる仕方で経験されるように、精神的な現実がその机やイスとは異なる仕方で経験されるべきであるならば、魂の変容が必要なのです。人々が、人間は肉体の他にエーテル体、アストラル体、そして自我を有している等々云々というようなセンセーショナルなことがらに耳を傾けるとき、それがセンセーショナルだから聞くのであって、そのような精神的な現実を経験するために必要な魂の変容に取り組もうとはしません。そのような事実が、私たちが議論している協会に特徴的なものとして私がお話ししてきたいさかいの根本的な原因なのです。人々が、より高次の世界についての教えから自分たちが理解していると考えていることがらに、その通常の魂的な習慣を適用するとき、必然的にいさかいや利己主義が発現するのです。ですから、正に、より高次の世界の真の本質を把握することによって、精神的な内容を含む協会がいかに容易に諍いや喧嘩に巻き込まれるかということを理解するようになり、物理的な世界の状況下で慣れ親しんでいるよりもはるかに大きな程度で他の人々に対して忍耐することを学ぶことによって、そのようなグループに参加できるように自己教育することがいかに必要かということが分かるようになるのです。人智学徒になろうとするのであれば、理論的な側面から人智学を知るだけでは不十分です。アプローチの仕方全体が特定の変化を遂げなければなりません。それを好まない人々もいます。その結果、私が、例えば、私の本「神智学」に取り組む方法には二通りあると言っても、決して理解されないことになるのです。ひとつの方法とは、それを読んだり、研究したりさえするのですが、通常のアプローチによってであり、そのアプローチが生じさせるような判断を下しながら取り組むというものです。「神智学」を読むのも、料理の本を読むのも、それらの間に質的な違いはなく、経験という意味では、いずれの場合も同等の価値を有しているのです。そのようにして「神智学」を読むということが、より高次の段階に生きることをではなく、夢を見ることを意味している、ということを除けばですが。こうして、人がより高次の世界について夢見るとき、そこから受け取る衝動が最高度の統合や最高の忍耐力を生じさせることはありません。より高次の世界についての研究の報償であり得る統合の代わりに、諍いや喧嘩が生じ、拡大し続けます。精神的な世界への洞察を得ようとするあれこれの方法に基づく協会の中で行われる声高な論争の原因とは、そのようなものなのです。私は、「より高次の世界の認識」の中でその一部が記述された様々な道によって精神的な世界へと導かれると言いました。今、人がそれらのより高次の世界の認識を求めて精力的に取り組むとき、この2回の講義の中で説明してきたこと、とはいえ、それは全く別の関連でお話ししたわけですが、そのことからお分かりのように、ある一定の魂の態度を発達させることが要求されるのです。真の精神的な探求者は、ある一定の魂の態度を発達させなければなりません。もし、人が物理的な世界で生ずることがらに対して、そこに全く適合したやり方で注意を向け続けなければならないとしたら、つまり、物理的な世界に適した種類の思考が要求されることがらに没頭しなければならないとしたら、精神的な領域における真実へと続く道を見出すことはできないでしょう。さて、精神的な世界のことがらについての信頼に足る説明を仲間の人間に対して行うことができるような人物、他の科学がその言葉を使う意味で自らを精神的な探求者と呼ぶことが正当化されるような人物は、その探求のために多くの時間を必要としているということに皆さんは同意されるでしょう。ですから、皆さんは、私もまた、私の講義の中でますます幅広い観点から人智学あるいは精神科学を提示することを少しずつ可能にしていくような探求を行う時間を必要としている、ということを当然のことと思われるでしょう。人がひとりで自分の道を行くのであれば、その人の運命の枠組みの中で、もちろんその時間を作ることができるでしょう。本物の精神的な探求者であって、精神的な世界の中で彼が見出すことがらについての信頼できる説明を仲間の人間たちにしたいと考えている人物であれば、当然のことながら、彼の敵対者たちを無視するという習慣を身に付けることになります。彼は敵対者たちが存在せざるを得ないことを知っていますが、彼の表明に対する反対意見に悩まされることはありません。反対意見は自分で考えつくことができるからです。ですから、特別な理由がない限り、誰かれの反論にさしたる注意を払わず、ひたすら前向きに自分自身の道を進むという態度を取るのは、彼にとって自然なことなのです。けれども、人智学協会と力を合わせるようになったときから、そのような態度を維持することはもはや不可能になるのです。と申しますのも、真実に対して感じる責任に加えて、自らをその真実の道具にしているとしばしば言われるところの協会が行うことがらに関連して、さらなる責任が生じるからです。こうして、協会の責任を遂行する手助けをしなければならなくなるのです。そのことは反対者たちに対する正しい態度にある程度結びつけられることができます。1918年までは、その状況は協会と私に通用していました。私は反対意見にできるだけ注意を払わないようにしてきたのですが、それは、矛盾しているように見えるかも知れませんが、私がお話ししてきたような忍耐の維持の結果だったのです。本当に、何故、私は絶えず敵対者たちに反論し続けなければならないほど不寛容でなければならないのでしょうか。人間進化の自然な成り行きとして、あらゆることがらは、最終的には、どうにかして正しい道筋へと戻るものです。ですから、私が言えることは、1918年まではその質問には正当性があった、少なくともある程度はあったということです。けれども、協会が1919年以来その中に担うようになった活動を引き受けるとき、それらに対する責任をも引き受けることになります。それらの運命は協会の運命に包含されることになるのです。精神的な探求者は、彼の敵対者たちに対して自らを擁護する。言い換えれば、彼の精神的な探求から彼を遠ざけたままにすることがら、と申しますのも、それらをその探求に結びつけることができないからですが、そのようなことがらに概して専念するという重荷を背負うか、そうでなければ、彼の探求のための時間を作るために、敵対者たちへの対応を、周辺組織のために一定の責任を引き受けた人たちにまかせる他ありません。こうして、私たちの協会における状況は、1919年以来、根本的な変化を、それも深く人智学的な理由による変化を被ってきたのです。ある一定の協会メンバーたちに代表される協会がこれらの組織を立ち上げることを決め、それらの組織すべてが依って立つところの基盤が人智学ですから、その基盤となるところのものは、今や、真正なる探求が、以前の精神的な探求によって見出されたものに、日々付け加えていくべき内容の内的な正確さに十分な責任を負う必要のない人たちによって擁護されるべきなのです。私たちの敵対者たちの多くは明確に規定される職業の人たちから構成されています。彼らは、例えば、ある特別な仕方でものごとについて考えるのが普通の何らかのプロフェッショナルな分野で学んだかも知れません。そのような人は、その人が考えるような仕方で考えることによって、ひたすら人智学に反対せざるを得なくなるのです。彼は彼が訓練や経験を積んだ専門領域に無意識につながれているために、何故そうなるのかを知らないままに、反対者にならざるを得ないのです。これがその内的な側面から見た状況です。外的な観点からは、人智学協会として設立されたものが繁栄するか衰退するかという問題が提起しているのは、これらの反対者たちに対処しなければならないということです。けれども、反対陣営の真の指導者たちは、彼らが何をしているのかを十分に承知しています。と申しますのも、彼らの中には、精神的な探求を支配する法則、たとえそれらの法則に関する彼らの観点と人智学の観点とが異なっているにしても、そのような法則に完全に通じている者たちがいるからです。彼らは、精神的な探求を行うために平穏を必要としている人間に仕事をさせないようにするためには敵対的な著作や反論で絶え間なく彼を攻め立てるのが最善の方法であるということをよく知っています。彼らは、彼が彼らへの反駁と彼の探求の両方に注意を払うことができないことを知っているのです。彼らは、反対の立場を取ることで、彼の途上に障害を置こうとしているのです。彼らがそれらの攻撃を著作にしているという事実そのものが敵対的な行為なのです。自分たちが何をしているのかを知っている人たちにとって、その関心はそのような本の内容にあるのではなく、それらの本を精神的な探求者に投げつけるための武器として用いることにあり、とりわけ熱心なのは、彼が自らを擁護せざるを得ないように謀ったり、そうでなければそのように強制したりすることなのです。これらの事実は完全に客観的に眺められなければなりません。そして、人智学協会の会員として全うしたいと思っている人は誰でもそれらについて知っているべきです。もちろん、相当数の人たちが、今私たちがお話ししてきたことを既にご存じです。問題は、事情に通じている何人かのメンバーが自分たちのサークルの外でそのようなことがらに触れるのを習慣的に避けていることです。そのような方向性を協会の中で維持することはできないということは長い経験が示しています。かつて協会からは、「協会員限り」という但し書きのついた講義録が出版されていました。ここドイツにおいては、そして、恐らく他のところでも、公立図書館に行けば、同じこれらの講義録を借りることができます。すべての講義録は非会員でも入手可能なのです。私たちの敵対者の著作からも、ときとしてそれらを手に入れるのが確かに難しいことがあるとはいえ、彼らもまたそれらを手にしているということが分かります。しかし、この種のひとたちは、その困難さを前にしても、ときとして人智学徒たちよりもはるかに引き下がることが少ないのです。多くの協会がまだ維持することが可能と考えている秘密主義は、人智学協会においては、考え得る最も現代的な概念に基づく組織としてのその特性からして、全く問題外なのです。何故なら、そのメンバーたちは自由な個人としての立場を維持するように企図されているからです。彼らが何らかの約束によって縛られるということはありません。ただ知識の真摯な探求者として協会に加わることができるだけです。私たちは秘密主義を目指そうとは全く思っていません。もし、それに興味があったとしたら、グループの緩やかな連合体を、古い人智学協会とは別に、設立するように示唆したりはしなかったでしょう。何故なら、これは非難するために言うのではありませんが、そのような連合体からは非常に多くのはけ口が世間一般へと開かれ、古いメンバーたちが自分たちの書棚にしまっておくべきであると信じている著作物の流出につながることが予想されるからです。けれども、人智学の最奥の衝動は、それが最も現代的な人間の思考や感情と完全に調和してその働きへともたらされるのを見ようとしない人たちによって把握されることはないでしょう。ですから、そのような協会の前提条件とは何かを理解することが最も本質的なことなのです。ところで、これは馬鹿げたうぬぼれの精神から持ち出すわけではありませんが、私自身の経験から取り上げて例示したいことがあります。昨夏、オックスフォードにおいて、ウォルドルフ学校の教育方法についての連続講義(「教育の精神的な基礎」のこと)を行いました。一語一句引用するわけにはいきませんが、それについて英語の雑誌に載った記事の中に次のような指摘がありました。それは、オックスフォードで開催された教育会議における講義に出席した人で、あらかじめシュタイナー博士とは誰かを知らず、何か人智学に関係がある人だとも知らずに出席した人は、そこで喋っているのが人智学を代表する人物であるとは気づかなかっただろうという記述から始まっていました。そのような人は、彼が自分たち聴衆とは単に異なる角度から教育学について語っていると考えたことだろうというのです。私はこの指摘を非常に嬉しく思ったのですが、それは、その指摘が、いつも私の目標であり続けているもの、すなわち、直ちに人智学的なものとは知られないような仕方で語るということに気づいている人たちがいるということを示していたからです。もちろん、内容としては人智学的なものですが、それが客観的でない限り、正しく吸収されることはありません。人智学的な立場は一面性へと導くものであってはならず、逆に、ものごとは、どんなに詳細なことがらであってもそれ自体の価値から評価され得るとともに、その正しさは自由な立場で認識される、というような仕方で提示されるよう、導かれなければなりません。かつて、オックスフォードでの連続講義が開催され、それについての記事が書かれる以前に、私は皆さんには全く重要とは思えないかも知れないような実験をしたことがあります。今年の6月、私はウィーン会議に出席し、12の講義からなる2回の連続講演(「東西の緊張」のこと)を行いました。私はそれらの講義の中で人智学という言葉を使うのを避け、どの講義の中にもそれが見出されないようにしたのです。皆さんには、「人智学的な世界観は私たちにあれこれのことを示している。」というような言い方が全く見出されないのがお分かりになるでしょう。もちろん、それにも関わらず、そして、実際、そうであればこそ、そこで提示されるものは純粋に人智学的なものだったのです。さて、私は、人智学徒は「人智学」という言葉を使うのを必ず避けるべきであるというような月並みで学者ぶった話をしているのではありません。そのようなことは全く私の意図するところではありません。けれども、外の世界との正しい関係を打ち立てる上で、私たちにインスピレーションを吹き込むべき精神が見出され得るのは、一般的な方向性でものごとを見ることによってです。その精神は、協会において指導的な立場で活動する人たちの中に自由に働いていなければなりません。そうでなければ、私は再び人智学の名の下に行われる非人智学的なことがらの責任を取らなければならなくなるでしょう。そうなれば、世間がある行為と別の行為とを混同したとしてもある程度正当化される、ということになるでしょう。ここでもまた、人智学の客観的な精神が正しく把握され、とりわけ、行為の中で示される、ということが必要になります。そのために、私たちはまずある程度の自己教育に取りかからなければなりません。とはいえ、自己教育は人智学的なサークルの中でも必要なことです。その欠如のために、ここ数年に渡って、その問題化に貢献する周辺組織の立ち上げを通して、無数の間違いがなされてきました。私は誰かを個人的に攻撃しようとしているのではなく、単に客観的な事実としてこのことを申し上げているのです。もし、人智学協会が繁栄すべきであるならば、メンバーの一人一人が、それらの事実を十分に知っていなければなりません。けれども、そのようなことは、現代の社会状況下では、協会の様々な活動拠点の間を結ぶものとして考えられる何らかの情報誌のような媒体という形でのみ行われるにしても、生き生きとした情報交換の場を打ち立てようとする努力がなされない限り、起こり得ないでしょう。さらに、メンバーの一人一人とは言わないまでも、サークルの一つ一つが協会全体の関心事、特にそこで進行している展開に生き生きとした興味を示すようになることが求められるでしょう。そのようなことがあまりにも少なかったのです。たとえ人智学協会が存在していなかったとしても、恐らく一定の数の人智学に関する書籍は存在していたことでしょう。けれども、協会がそれを読む人たちに関わるようには、彼らに関わる必要はなかったでしょう。そのような人たちは、そのカルマにしたがって、あるいは個人として、あるいはグループとして世界中に散らばっていたことでしょう。けれども、彼らと外的な接触を持つことはなかったでしょう。私たちの協会が1918年までそうであったような協会の中でも、精神的な探求者が置かれている状況は基本的には異なるものではありません。けれども、人智学協会が物理平面上に存在することになったことがらに責任を持つようになった時点で、状況は変わりました。私はこのすべてを、別の機会にそうしたよりもはるかに明確な言い方で表現しています。けれども、周辺組織が立ち上げられようとしていたときにも、私は何らかの形でそれらのことを確かに申し上げました。もちろん、私はメンバーの一人一人の耳に吹き込むことはできませんでしたし、それをしていたとしても、それが役に立ったかどうかは分かりませんが、協会は存在しており、指導者たちもいました。彼らは、協会の中の状態を、精神的な探求を危機に陥らせることなく協会は様々な組織を包含することができるというようなものにするように配慮すべきだったのです。これは、昨日お示ししたような共同体形成のポジティブな側面に対して、ネガティブな側面と呼ぶことができるでしょう。ポジティブな種類の共同体が存在するための前提条件という立場から私がお話しした種類の共同体を作ることに興味を持つあらゆる人は、人智学協会の生命と発展に関連して、今日、議論されたことがらに気づいていなければならない、ということを付け加えたいと思います。それらのすべては、人智学的な生命の様々な領域に影響を及ぼすものとして考慮されなければなりません。この関連で、次のような教訓的な例を引用したいと思います。廃墟となったゲーテアヌムという悲劇的なテーマに立ち返りたいと思います。1920年の9月と10月に、私たちはそこで3週間に渡る講義を行いました。いわゆる高等学校コースと呼ばれるものの最初の講義です。昨日、私は、ゲーテアヌムがいかに明確に人智学的なアプローチの産物である芸術的なスタイルで建設されたかについてお話ししました。このスタイルの起源とは如何なるものでしょうか。1913年に、私たちが感謝してもしきれない人たちが、当時、より狭い意味での人智学的な働きとして存在していたものと、やはり狭い意味で人智学から流れ出そうとしていたもののために、その本拠地の建設に取りかかったことによって、それは存在するようになりました。彼らが望んだのは、神秘劇の上演、まだ萌芽状態ではあったけれども有望な芸術としてのオイリュトミー、そして、何よりも人智学についての講演そのもののために、それらが精神的な探求から導き出された宇宙的な像を投影することができるような本拠地を建設するということでした。この関連で、これらの人々が私に指導的な役割を求めたとき、私の意図もそこにありました。そこで行われるべき働きと芸術的に調和したスタイルでデザインされた建物を打ち立てるのが私の使命であると考えたのです。ゲーテアヌムはその結果だったのです。当時、私たちの中には学者も科学者もいませんでした。実際には、人智学は科学的な方向に踏み出していたのですが、協会の機能としては、様々な専門分野における活動を含む方向での展開はまだ始まっていなかったのです。そのようなプロセスの重要な例としてのウォルドルフ学校教育が正にそうであったように、後に発展してきたものは人智学から直接発展してきたものとして存在するようになったのです。今や、そのような個別の展開に適した芸術的なスタイルが見出されるべきでした。それはゲーテアヌムの中に見い出されたと私は信じています。戦争によってその建設には若干の遅れが生じました。そして、1920年に、先ほどお話しした連続講義を行ったのです。それはその間に協会に加わっていた非常に歓迎すべき専門家たちの要請によるものでした。彼らがプログラムを構成し、私のところに持ってきたのです。私の信じるところでは、完全な自由が協会を支配していました。多くの部外者たちは、そこで何が行われるべきかを決めるのはシュタイナーであると考えています。ところが、大抵の場合、シュタイナーが思いもつかないようなことが行われているのです。とはいえ、協会は私のために存在しているのではありません。会員のために存在しているのです。そうですね、1920年の9月と10月に行われたその連続講義のとき、私は大いなる注意深さをもってそこに座り―これは単に気がついたことであって、批判ではありません―ゲーテアヌムの内部を端から端まで眺めていました。私が「週刊ゲーテアヌム」に書いたのは、例えば、オイリュトミーにおいては、いかにゲーテアヌムの線がオイリュトミストの動きへと継続していたかということでした。けれども、当初の意図からすれば、それはそこで行われるあらゆることがらに当てはまるはずだったのです。ですから、私は、私の内的な目をもって、内装、建築様式、彫刻の形、絵画が壇上で語る講演者の言葉と調和しているかどうかを検証しました。私が見い出したのは、当時、人々が本当は直面すべきではなかったような何かなのですが、それは、最良の意味で人智学的な観点の投影とでも呼べるようなあらゆるもの、純粋な人智学にその起源を有していたところのあらゆるものがゲーテアヌムとすばらしく調和していたということです。とはいえ、連続講義全体から見た場合に感じられたのは、そこで行われているそれぞれの専門的な研究や活動と調和するスタイルでデザインされたある程度の数の建物がゲーテアヌムに付け加えられたとき初めてそれらの講義は行われるべきであったということです。ほとんど10年に渡って、ゲーテアヌムは本当に人智学協会とその運命を共にしてきました。そして、人は、その建築スタイルがその建物の中で行われることにいかに調和し、あるいは調和し損ねているかを徹底的に感じ取ることによって、無機的な要素が人智学的、精神的な動きの純粋に継続する流れの中に本当に浸透していたのだ、ということに容易に気づくことができたでしょう。さて、これは誰かを批判するためでも、ものごとが別様に行われるべきであったと言うためでもなく、当然のことながら、あらゆることがらは起こるべくして起こったのですが、それでも、そのことによって別の必要性が生じてきます。それは、私が意識にとって必要であるとしてお話ししたところの速やかに前進させる力をそれに与えるために、人智学を通して、化学、物理、数学等々に完全なる再生をもたらす、という必要性です。何故なら、通常のものの見方が人智学的にものごとを提示するための基盤を提供することは全くないからです。けれども、その前進させる力はいつでも明白であったというわけではありません。それが欠けているということは、ゲーテアヌムの芸術的なスタイルによってそれが検証されたときに感じることができました。つまり、人智学協会においては、ここ何日かに渡って私たちの上に立ちこめて来ている雲という現象の中にそれは現れています。今や、大変歓迎すべき運命によって、人智学の流れの中に科学がもたらされたことによって、私たちは、人智学を通して、それを再生へともたらすという現在と未来の使命に直面しているのです。あらゆる種類の意味のない論議の中で私たち自身を見失っても何の役にも立ちません。緊急の仕事は、むしろ様々な専門領域が人智学から再生してくるように配慮する、ということです。代用品が時代の傾向であったときには、何とか間に合わせるということが必要でした。私はしばしば、どこそこの必要に応じて、もし、人智学的な生活が通常のテンポで進展していたとしたら、将来の展開を待つ方が良かったようなテーマについて、あれこれのグループのために連続講義を行うよう要請されたのです。そして、これらの連続講義録は入手可能になりました。それらは、本当は、様々な科学が人智学を通して再生するのを助ける手段として用いられるべきだったのです。人智学の真の興味はそこにあり、その興味は、本当に実り多い仕方で、人智学協会の興味とも一致していたことでしょう。これらすべての事実を誰もが知っているべきです。親愛なる友人の皆さん、皆さんは、私が、高等学校の後援の下で、あちこちで催された様々な連続セミナーにおいて、解決する必要のある課題を繰り返し割り当ててきた、ということご存じです。科学講座は1922年の年末にゲーテアヌムの小講堂で催され、1923年にかけてそこで行われる予定だったのですが、その小講堂における私の最後の話の中で、私は数理学者たちにひとつの課題を与えました。私が議論したのは、触覚空間と視覚空間の間の違いを表現する数学的な定式を見出すという課題を解決することがいかに必要であるかということでした。他にも同様のことがらが提起される機会が数多くありました。私たちは緊急を要する多くの課題に直面していたのですが、それらはすべて、触覚空間や視覚空間、あるいは、そういったようなものが人智学徒たちにとって何らかの意味があるかどうかに関わらず、彼らのグループ一つ一つにとって価値がある完全に人智学的な仕方でやり遂げる必要があったのです。と申しますのも、実際には、恐らくたった一人の人物だけが行うことができるようなことがらでも、それに何か全く異なる形態を取らせるとき、それを他の非常に多くの人々にとって実り多いものとすることができるような方法があるからです。ですから、増大する困難の原因は、1919年以降に踏み出されたきわめて未熟な一歩一歩であり、特に、人々が設立した後、その責任を分担し続けることがなかった-この事実は何度でも強調されなければなりませんし、あらゆる種類の組織なのです。これらの困難が、現在、私たちが直面している、問題の多い状況を生じさせたのです。けれども、それらの内のどれ一つとして人智学そのものの門前に置くことはできません。親愛なる聴衆の皆さん、お分かりいただきたいのは、そのような困難の一つ一つがどこから生じたかは完全に特定可能であるということです。そして、生じたトラブルの故に人智学を退けるのは最も不当なことであるということが強調されなければなりません。ですから、これらの正により深いことがらについての議論に私が付け加えたいのは、昨日、この壇上から語られたあることがらに対する訂正です。それは、私がここで語られてきたことがらについてよく認識しているが故に、私を困惑させたことがらです。そこで語られたのは、人々は人智学運動が私たちの敵によって破壊されるかも知れないということに気づいていない、ということです。それが破壊されることはあり得ません。私たちの敵が人智学協会に対して、あるいは私個人やその他のものに対して、大いなる危険を引き起こすことはあり得ます。けれども、人智学運動が損害を受けることはありません。ただ、最悪、反対者たちがその進展を遅らせる可能性はあります。私がこの関連で、あるいはこれに似たような関連で、しばしば指摘してきたのは、人智学運動と人智学協会とは区別されなければならないということです。私がそのように言うのは、協会はもはや考慮する必要がないという理由からではなく、協会は入れ物であり、運動はその内容であるという理由によります。このことは協会と同様、個々のメンバーにも当てはまります。ここでも十全たる明晰さと気づきが支配していなければなりません。人智学は人智学協会と混同されてはなりません。過去3、4年に渡る展開は、協会員たちにとって、進展する人智学の運命と協会の運命とが密接に織りなされていたということを意味しているという事実もまた見逃されてはなりません。これら二つはほとんど同一のものと見られるようになったのですが、にもかかわらず、明確に区別されるべきものなのです。理論的には、たとえ協会が存在していなかったとしても、ウォルドルフ学校が存在していた可能性はあります。けれども、実際には、そのようなことは起こらなかったでしょう。何故なら、それを設立し、舵を取り、面倒を見る人が誰もいなかったはずだからです。真の論理、つまり、現実についての論理は、抽象的で論理的な理論立てとは異なります。協会のメンバーがこれについて理解することが重要なのです。協会員は、たとえ単に感情のレベルであっても、より高次の世界への洞察は、超感覚的な経験と通常の物理世界における経験とは大きく異なっているという認識の上に築かれなければならない、という何らかの基本的な認識を有しているべきなのです。物理世界にある何かがちょうど夢を見ている人にとっての夢の内容と同じように正しいように見えるということはあるかも知れません。けれども、夢の生活の中でのことがらを日常の目覚めた意識状態の中に持ち込むというのは、異常で有害な現象です。同様に、精神的な世界を理解するために必要な意識の中に、日常の目覚めた意識状態においては全く適切に応用される確信や態度を持ち込むということもまた有害なのです。私は皆さんに教訓的な例を示すことができます。これは現代人があまりにもひどく理知主義や全く外的な経験主義に冒されている結果なのですが、特に科学になじみがない人たちでさえ、「あなたの言うことを証明しなさい」というスローガンを取り上げるようになりました。彼らが強調しているのは、思考を媒体として用いるという一種の特別な思考の使用方法なのです。彼らは人間の魂が有することができる真理との直接的な関係について何も知りません。その関係はちょうど目が赤色を知覚するようなものです。その場合、目はそれを見ているのであって、証明しているのではありません。ところが、理性や知性の領域では、概念的に一歩でも先に進むということは、それに先立つ一歩からの展開ということになります。物理平面における限りは、何でも証明できる聡明な人になり、よく光る稲妻のようなテクニックを開発することが奨励されるでしょう。物理平面上における限りは、そして、それを扱う科学にとっては、それはよいことなのです。精神的な探求者にとっても、物理世界のできごとを証明する際に一定の容易さを発達させていることはよいことです。私たちの研究所の仕事を基礎づけている意図によく通じている人たちは、このテクニックが適用可能なところでは、私たちもまたそれを適用する、ということが分かるでしょう。けれども、こういう言い方をお許しいただけるならば、ちょうど夢見る人の見識を通常の目覚めた意識に投影するのが馬鹿げたことであるように、もし、人が証明本位の心の状態で精神的な世界にアプローチするならば、その人はその世界との関係で馬鹿になるのです。と申しますのも、夢の状態が目覚めた意識の現実に割り込むのと同様、証明するというのは精神的な世界では場違いな方法だからです。しかし、現代においては、何でも証明するのが当たり前という状況に至っています。いくつかの領域においては、この傾向が有する麻痺させる効果は本当に恐ろしいものとなっているのです。宗教は、その現代的な形態においても、その古い形態においても、知的-理性的な証明にかかるようなものに基礎づけられているのではなく、直接的なビジョンから成長してきたのですが、今では証明中毒にかかった合理主義的な理論になってしまいました。そして、それを極端な形で代表する人物たちを通して、それに関するあらゆることが偽りであることを証明しているのです。と申しますのも、ちょうど、人が夢の内容を目覚めた意識に導入するとき、異常にならざるを得ないように、もし、人が物理平面に適した方法で精神的な世界にアプローチするならば、人は必然的に異常になるからです。神学は、何が来ても実践的に取り扱うだけの応用科学か、そうでなければ証明的な捉え方をする学問になり、宗教を深めるというよりは破壊する方向で役に立ちそうです。親愛なる友人の皆さん、これらのことがらは人智学協会における明確で意識的な経験とならなけばなりません。そうでなければ、人は人生において、そして、人間社会の中で、単に多面的な興味を持ち、多種多様なレベルで、ものごとの道理をわきまえて振る舞う人間としての立場を取る一方、無数の講義の内容に関心を持った瞬間から、精神的な発達なしに人間として存在することができなくなるからです。精神的な探求者は、その敵対者たちに会う際に、証明に頼る必要がありません。何らかの私が話したことがらに関して彼らが唱える反対意見は私自身の著作の中から取り出すことができます。と申しますのも、私は、それがどこで示されるにしても、超感覚的な事実に適用されるときの物理的な証明との関係でものごとがどうなっているかに対して注意を払うように促しているからです。人は、私の著作のどこかに、私自身の言葉で語った反対者たちのコメントの概略をいつでも見出すことができるでしょう。ですから、大方の反対者たちにとって、私を反駁するために必要なのは、私の著作から一節を抜き出してくるということだけなのです。とはいえ、これらの詳細のすべてが協会員の意識の一部になるということが重要です。そのとき、彼らは協会の中に確かな足場を見出すでしょう。人智学的な観点に没頭するということは、物理的な世界の中だけではなく、あらゆる存在する世界の中に確かな足場を見出す、ということを意味しています。そのとき、人智学的な衝動はまた、仲間の人間を愛する能力、そして、その他のあらゆる社会的な調和や真に社会的な生活方法へと導く源泉となるでしょう。人智学徒たちの間には、もはや諍いや喧嘩、分派や脱退はなくなるでしょう。真に人間的な統合が支配し、すべての外的な孤立は克服されるでしょう。人はより高次の世界でなされた観察を真実として受け取ることになるとしても、物理世界の中で夢見る人のようにさまよい歩くことはないでしょう。二本の足をしっかりと地に着けた人としてそれに関わることでしょう。と申しますのも、人は、ちょうど通常の生活において夢の経験と物理的な現実とは別のものとしておかなければならないように、二つのことがらを分離したままにしておくように自らを訓練していることになるからです。それに必要な鍵は、他の人たちとともに、協会における人智学運動に全面的に、そして真の意味で参加しようとするすべての人が、ある一定の魂の態度、意識状態を発達させるということです。もし、私たちがその態度、その意識を本当に自分に浸透させるならば、私たちは真の人智学的共同体を確立することになるでしょう。そのとき、人智学協会もまた繁栄し、実を結び、その約束に違わぬものとなるでしょう。参考図:Allgemeine Anthroposophische Gesellschaft 人智学的共同体形成 (GA257)第7講了人気ブログランキングへ
2024年07月20日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第6講 シュトゥットガルト、1923年2月27日 佐々木義之 訳 今日の講演の背景にある雰囲気は、以前、ここで皆さんにお話しさせていただいた時に卓越していた雰囲気と同じものではなく、昨年の大晦日以来、燃え上がるゲーテアヌムという恐ろしいイメージよって規定されています。そのイメージがゲーテアヌムを愛していたすべての人に必然的に生じさせたところの痛みと苦しみが筆舌に尽くしがたいのは、ゲーテアヌムと人智学との結びつきの故です。私たちの運動のように精神的なことがらを指向する運動にとって、その存在を物質的に表現するものが失われたとしても、嘆き悲しむ理由はないのではないかという感じ方にある種の正当性があるように見えるかもしれません。けれども、それは私たちの場合には当てはまりません。ゲーテアヌムは私たちの仕事のために恣意的に作られた建物ではなかったのです。ほぼ10年かかったその建設中に何度も説明する機会を持ったのは、その他の精神的な運動や似たような運動を納めるのには適しているかも知れない建物でも、私たちの人智学運動には適していないだろうということです。と申しますのも、私たちの運動は、何度もお話ししてきましたように、会員数が増えるにしたがって、その組織の各階級に属する人数が増え、その人たちが単に何かありきたりの様式の建物を本拠地として建てることを望んだたような精神的運動とは違うからです。ここで重要なのは、人智学は宗教的、科学的、あるいは芸術的なものに偏った精神的基盤に基づくものではないという点です。それは人類の偉大な理想、つまり、「道徳・宗教的、芸術的、そして科学的な理想におけるすべての側面を示すことを意図した包括的な運動」なのです。したがって、人智学運動のために何か恣意的な形式の建物を建てるということは問題外なのです。その設計図は人智学的な認識の途上で獲得された精神的な観点を表現するものとしての人智学的な思想がその形式を受け取る源泉と同じ源泉に由来しなければならず、その観点との芸術的な調和をもってデザインされなければなりません。人智学的な探求、人智学的な生活、人智学的な態度という泉から湧き出して来ていたものを、ひとつひとつの線、あらゆる建物や彫塑の形態、ひとつひとつの色の選択の中に組み込み、表現しようとする試みの中で、多くの友人たちが、ほぼ10年に渡って、その働きを私と共にしてきました。そのすべてがそこに組み込まれているのです。そして、その建物には運動における芸術的な努力や科学的な努力が密接に関連しています。ゲーテアヌムでのオイリュトミー講演を見た友人たちは、例えば、講堂の建築形態や装飾がいかにオイリュトミーの動きに調和し、それに応えているかを確かに感じ取ったことでしょう。そのステージ上のオイリュトミストの動きはそれらの建築的、造形的な形態に担われていたという感情を持つことさえ可能だったはずです。誰かがその演壇に立ち、真に人智学的な精神において心から語るとき、あらゆる線や形態がその人が語っていることに応え、調子を合わせました。それがそこにおける私たちの目的だったのです。もちろん、それは最初の試みではありましたが、私たちのゴールとはそのようなものであり、それを感じ取ることができました。ドルナッハでゲーテアヌムのために働いてきた人たちが、自分たちが努力する中で注ぎ込んできた感情そのものが大晦日の夜の炎とともに炎上したと感じているのはそのためです。私たちが被った喪失によってもたらされる悲しみを測り難いほど深くしているのはゲーテアヌムの形態、それは、精神的な思索によって、精神的な思索のために、芸術的な仕方で作られた形態に対して人智学的な感情や意志が有するこの親密な関係なのです。このすべては、ゲーテアヌムを愛し、今お話ししたような、それとの親密な結びつきを感じるようになった人たちの記憶の一部となるべきなのです。ある意味で、私たちは、私たちの心の中に、記憶の形でその記念碑を建てなければなりません。今現在、私たちに避難場所がないのは、正にそれと私たちとの密接な結びつきによるものなのですが、私たちはそれだけよけいに集中して、私たちが失った避難場所に代わるものを私たちの心の中に求めなければなりません。私たちは用いることができるあらゆる手段によって、芸術的な刺激の外的な源泉としては失われたこの建物を、私たちの心の中に、永遠にうち立てようと試みなければなりません。けれども、人智学の分野でこれからなされようとしているあらゆる努力の背後に存在しているのは大晦日の夜の炎、すべてのより重要でない炎がそれに引き寄せられたところの恐ろしい炎です。生きたものとしての精神的な人智学は炎の中でも傷つけられることはなかったのですが、私たちが、今日の社会の中で、人智学のために成し遂げようとしていた多くの仕事が無に帰してしまいました。けれども、私は、もし、そのときの私たちの経験が私たちの会員の心に深く根づくようになるならば、私たちが被った悲しみと痛みは、近い将来において、私たちが人智学のために成し遂げるように求められることになるあらゆることがらに関して、私たちを支える力に変化し得ると本当に信じているのです。あるグループに属する人々が共通の災難に直面するとき、有効な行動を起こす方向で共に前進するための力とエネルギーが得られるような仕方で団結するということは人生においてはよくあることです。私たちは、私たちの人智学的な仕事に必要な力を得るために、灰色の理論や抽象的な考えではなく、経験に頼るべきです。親愛なる友人の皆さん、この講演のために選ばざるを得なかったテーマ、人智学的な共同体形成の中で卓越すべき条件とは何かというテーマについてのコメントに次のような記述を付け加えたいと思います。私がそれを望んだのは、それらが私の心に深く刻み込まれているからだけではなく、これからの数日間、私たちが注意を向けた方が良いと思われる事実をそれらが指し示しているからです。非常に多くの犠牲と献身がゲーテアヌムに関わる仕事に注ぎ込まれました。私たちの20年間に渡る仕事の中で、人智学が本当に生きているところであればどこであれ、そこからその犠牲と献身が湧き出してきたところの衝動はいつでも頼れるものとしてそこに存在してきました。そして、それらは人智学への熱情で満たされた心によって担われていました。ゲーテアヌムは人智学的な考えを持つ個々人による行為の結果だったのです。様々な理由により、私たちは今日、いかにして協会を再建するかについて考え、あるいは、考えざるを得ないでいるのですが、他方、私たちは、協会が既に20年間に渡って存在し、相当数の人々がその共通の仕事や運動における運命を経験してきたのであり、協会は何か全く新しく設立できるようなものではない、ということを忘れてはなりません。と申しますのも、歴史、真の歴史、経験され、生きられた歴史というものは消し去ることができないものだからです。20年前に始まったものを今始めるわけにはいかないのです。私たちがこれから討議を進めるに当たって、これらの間違った考えは慎まなければなりません。長年に渡って協会への道を見出してきた人たちは、確かにそこに多くの非難すべきことがらを見るかも知れません。しかし、それは当然のことです。その関連で、既に多くの、真実で重い発言がこの場所でなされています。それでもやはり、これまで協会は効果的であったということ、そして、ものごとを遂行してきたのだという事実は考慮されなければなりません。「我々は愛するゲーテアヌムを失うという苦しみを共有している」という言葉に込められた嘆きと悲しみの重さを表現できる十分な数の人々が確かに存在しているのです。ある人が1917年以降に協会に加わったのか、あるいは、その人と協会の関係が、そこでの長く深い経験からそれらの悲しみに打たれた言葉が出てくる、といったようなものなのかによって状況は変わってきます。私たちの討議はそのようなことがらがらによって影響されるべきなのです。もし、それによって、私たちの友人の何人かがここで表明した感情、それを表明するに十分な理由がそこにあるような感情が和らげられるのであれば、それは有益なことでしょう。私は誰かが次のように言うのを、そして、その見解は確かに正当なものであると感じられたのですが聞きました。「ここで述べられたことを聞いた以上、かつて全く幻想に捕らわれていたときと同じのように人智学について語り続けることはできないので、私は家に戻るつもりだ」と。この言葉について言えることは、もし、20年間に渡って人智学徒であった人たちがいかに多くのできごとを共に体験してきたかということ、そして、いかに多くの苦しみをお互いに被ってきたかということ、何故なら、その苦しみは人智学協会の中で長く過ごしてきたことの産物だからですが、そのことをよく考えてみるならば、その内容の一部は消え去るのではないかということです。現在、私たちが心配事という重荷を背負っているからといって、人々が経験してきたことのすべてをぬぐい去ることはできません。それらは私たちと共に留まります。ここでの状況がこれまで以上に悪化したとしても、それでも、それらはそこに存在しているでしょう。表面的なことのために深層を忘れるとしたらどうでしょうか。人間の心と魂の深層から生まれてきた精神運動においては、そのようなことが起こるのを許すわけにはいきません。人智学運動として存在するようになったものが太陽を失ったものと呼ばれてはならないのです。ときとして、太陽も日食を受けるとしてもです。勿論、そのことによって真の人智学協会という形で再び真正な乗り物が人智学に提供されるという方向で、この集会が直面する状況に対処するということが妨げられてはなりません。けれども、私たちがそれに成功するかどうかは、正しい雰囲気を創造するということに完全に係っているのです。今日のところは全般的な状況についてカバーすることは不可能ですが、今後予定されている二つの講義の中で、触れられるべきことがらについてはできるだけ多く触れるようにしたいと思います。いくつかのことがらについては触れられないままになるかも知れませんが、二つのことについては特に強調しておきたいと思います。ひとつは協会における共同体形成の差し迫った必要性であり、もうひとつは青年運動による人智学運動への参入という、とりわけ感謝すべき前兆的なできごとです。とはいえ、人智学的なことがらにおいては、他の場所で卓越する観点とは異なる観点を発達させなければなりません。もし、私たちが現代世界の習慣的なものの見方とは異なる光の下にものごとを見ることができなかったとすれば、私たちは、多くの人々にとって大いに意味のある基盤の上に立つという選択はしなかったことでしょう。それが共同体形成なのです。共同体形成という理想が私たちの時代に出現していなければならないというのは特筆すべきことです。それは今日の多くの人々の魂の中に見出される深く根元的な感情の産物であり、協働への衝動を含む、人と人との特別な関係に対する意識の産物なのです。少し前に、多数の若い神学徒たちが私のところにやって来ました。彼らは聖職者になる準備をしていたのですが、特に宗教を改新するという意図をもっていました。それは今日のような伝統的な信仰告白によっては導かれ得ない多くの人々を、彼らが望む仕方で導くことができるような真のキリストの力にどこまでも浸透された改新だったのです。私はそのような運動の発展にとって決定的に重要と思われることを提案すべきであると感じ、共同体を形成するための適切な方法を見出す必要があると言いました。そのとき私が心に描いていたのは、人々を本当にひとつにすることができるような宗教的、牧師的な要素を発達させるということでした。私のところにやって来なければならなかったこれらの友人たちに私が伝えたのは、現在、大部分の教会が提供することができるのは抽象的な言葉、ありきたりの説教、そして、神的な祭祀(さいし)、乃至、体系化された礼拝儀式であるカルト(cult)の無味乾燥な名残であり、そのようなものによっては宗教的な共同体を効果的に形成することは不可能であるということでした。宗教分野でますます卓越するようになってきた知的な傾向は、今日の大多数の祈りを合理的、理知的な要素で満たす効果を持つようになりました。これに人々を結びつける働きは全くありません。逆に、それは人々を分裂させ、孤立させ、社会共同体をバラバラの状態にします。合理的、理知的な価値観は、個々の人がたったひとりでも発達させることができるということに気づく人であれば誰であれ、このことを容易に見て取ることができます。単にある程度の文化レベルを達成しさえすれば、各人は、他の誰に頼ることもなく、ますます完全に知的な装備を身につけることができます。人はひとりで考え、論理を発達させることができるのですが、実際、自分だけでやれば余計にうまくそれを行うことができます。人は、純粋に論理的な思考に携わっているとき、可能な限り世間や人々から遠ざかる必要を感じます。けれども、人は、自分だけで何とかしたい、という傾向だけを持っているのではありません。心の奥底にある共同体を求めるものとは何かということに光を当てようとする今日の私の試みが必要とされるのは、人間の本性が意識魂を発達させ続け、ますます意識的にならなければならない時代に私たちは生きているという事実のためです。より意識的になるということは、より理知的になるということと同じではありません。それは、単に本能的な仕方で経験することから抜け出すということを意味しているのです。とはいえ、そのようにして明確な意識レベルにまで引き上げられたものをその全く根元的な活性化状態において提示するということ、つまり、それを非常に生き生きとした形で提示することによって、人々が自分で素朴に経験し、感じているかのようにするということは、正に人智学を提示するということの中にあるのです。私たちはそのようにしなければなりません。さて、人間生活の中には、地球上に生きるすべての人が知っているような種類の共同体があります。そして、それが示しているのは、共同体とは人間の中に打ち立てられるような何かであるということです。それは現代の文化的な生活において、そして、政治的あるいは経済的な生活においてさえ非常に注目され、しかも、しばしば有害な仕方で注目されているような種類の共同体です。とはいえ、そこには、初歩的な種類のものではありますが、学ぶべき教訓があります。子供がまだ小さい内に、絶対的に現実的で具体的かつ人間的なある人間共同体、つまり、それなしでは誰も存在し得ないような共同体の中へとそれは導入されます。私が言っているのは言語の共同体です。言語は、自然が私たちの考察のために提供したと言ってもいいような共同体の形態なのです。言語、特に私たちの母国語は、子供のエーテル体が生まれる前の時期に、私たちの存在全体の中に組み込まれますが、それは私たちが最初に経験する共同体形成の要素なのです。今日の人々は言語や国籍に対してある程度の感情を有しており、民俗的な集団を言語に関連づけて考えるのですが、それは政治的・扇動的な立場からであって、その背後に深く横たわる親密な魂のあり方、すなわち言語やその背後にある精神に結びついた運命やカルマの途方もない側面、そして、それらのすべては人間が共同体を求めて叫びを上げる真の、本来の理由なのですが、そのようなものに対しては何の注意も払われていません。もし、私たちが他人の言葉の中に、その同じ言葉を私たちが使うときに私たち自身がそれに込めるのと同じ魂の生活が響き渡るのを聞くこともなく、お互いに通り過ぎるとしたら、私たちはどうなるでしょうか。もし、一人一人がほんの少しでも自己認識を行使してみるならば、最初の原初的な共同体形成の基礎としての言語に私たちが負っているすべてについての十分なイメージ、今はそれについてお話しする十分な時間がありませんが、そのようなイメージを形成することができるでしょう。しかし、言語よりもさらに深い共同体形成のための要素、私たちがそれに出会うことはあまりないのですが、それもあります。共同体生活の中での言語は確かにある一定のレベルで人々を結びつけるものですが、それは魂生活の最奥にまでは浸透しません。私たちは私たちの地上における生活のある瞬間に言語の要素を超越する別の共同体形成の要素について知るようになります。人は子供の時に知っていた他の人たちに運命によって再び引き合わされるときそれを感じます。典型的な例を取り上げてみましょう。ある人が人生の後半に、そうですね、40代か50代になって10才から12才の間、一緒に過ごしたけれども、その後、何十年も会っていなかった何人かの仲間たちと一堂に会することになったとします。彼らの間には良い関係、実り多く、愛すべき関係があったとしましょう。今、これらの人々の魂が若かった頃の共通の記憶によって共に掻き立てられるという経験を分かち合うとき、それが何を意味しているかを想像してみましょう。記憶は言語のレベルでの経験よりも深いところに横たわっています。魂たちは、記憶という純粋な魂の言語によって結びつけられるとき、たとえ彼らがそのようにして分かち合った共同体の経験が短時間のものであったとしても、より親密な協調の中で反響するのです。そこにいる人たちの魂の中で反響すべく呼び出されるもの、彼らの魂のそれほどの奥底で騒ぎ立てるものは確かに単なる個別の記憶ではないということについては、誰でもそのような経験から知っています。それは何か全く別のものです。それは呼び出される特別な記憶の具体的な内容ではありません。これらの人間の魂の中では、全く不確かではあると同時に全く一定の共同体の経験が進行しています。これらの仲間たちが共に経験したことがらについての無数の詳細が、単一の全体性へと溶融しながら、ひとつの復活が起こっているのです。そして、それらの詳細とともにそれぞれの人が他の人たちの思い出の中へと入っていくとき、その人はその全体性を経験する能力を目覚めさせる要因となっているのです。これが地上生における状況です。この魂生活についての事実を精神的な領域にまで追求していった結果、私は先にお話しした目的のために私のところに来た神学者の友人たちに次のように伝えなければなりませんでした。それは、もし、真の共同体が宗教的な改新という働きの中から生じるべきであるならば、私たちが生きている時代に合った新しい形態の祈り、新しい祭祀が存在しなければならないだろうということでした。祭祀を共にするということは、共同体を形成する要素を全くそれ自身の本性から人間の魂の中に呼び覚ますような何かなのです。「宗教改新運動」はそのことを理解し、祭祀を受け入れました。私は、リッテルマイヤー博士がこの演壇から述べた言葉、そのような共同体の発展は人智学運動に対する「宗教改新運動」からの考え得る最大の脅威のひとつになるだろうという言葉には重要な意味があったと信じています。と申しますのも、祭祀には途方もなく重要な共同体形成の要素が含まれているからです。それは人間をお互いに結びつける働きをします。この祭祀の中にあって人間を結びつけるもの、知性や論理によってバラバラになった個々人から共通性を作り出すことができるもの、そして、最も確実に共通性を創造するものとは何でしょうか。と申しますのも、それこそが共同体を作るものとしてリッテルマイヤー博士が心に描いていたものであるに違いないからです。けれども、共同体は人智学協会の目的でもありますから、もし、「宗教改新運動」がその方面からの協会に対する脅威になるべきではないとすれば、協会は共同体を構築するためのそれ自身の方法を見出さなければならないでしょう。さて、特に共同体の構築という目標を視野に入れた「宗教改新運動」のために展開される祭祀の中で、共同体を形成する要素の秘密とは何でしょうか。祈りの様々な形態の中に表現されるあらゆるものは、それが儀礼的な行為であれ、言葉であれ、真の経験の反映、あるいはイメージなのです。もちろん、それは地上における経験ではなく、人間が生まれる前に辿る世界での経験、つまり、死から再生に至る道の後半における経験です。それは、死後の生活の真夜中時から再び地上の生活へと降る瞬間に至るまで、彼が宇宙の中で通過する部分です。あらゆる祈りの真の形態の中に忠実に反映される存在たち、光景、あるいはできごとが、こうして辿られる領域の中に見出されます。では、ある人が何らかのカルマによって他の人々とともに集められ、祭祀を経験するというのはどういうことでしょうか。と申しますのも、カルマとは私たちの仲間の人間たちとの出会いがすべてそれによる仲介に帰されるほど複雑に織りなされているものだからです。その人は、その仲間たちと一緒にいたときの地球以前の存在状態について、宇宙的な記憶を体験しているのです。それらは魂の深い無意識の中で表面へとやって来ます。私たちは地球に降ってくる前に、これらの他の人々とともに宇宙的な生活を送っていたのですが、その生活が祭祀の中で私たちの前に再び現れるのです。それは途方もない結びつきです。それは単にイメージを伝えるだけではなく、超感覚的な力を感覚世界へともたらします。けれども、それが伝える力は人間に密接に関係した力です。それらは人間の魂による最も親密で隠れた経験と結びついています。祭祀がその結びつける力を引き出すのは、それが精神的な力を精神的な世界から地上にもたらし、地上に生きる人間の思索に超地上的な現実を提示するという事実によってです。合理的な話の中にはその種の人間が思索すべき現実はありません。そのような話は彼に精神的な世界を、魂の無意識の深みにおいてさえ、忘れさせる効果を有しています。祭祀の中では、それは単なるイメージ以上のものとして、生きた且つ力に浸透された像として正に彼の目の前にあるのです。この像は死んだイメージではありません。それは現実的な力を有しているのです。何故なら、それは彼が地上の体の中に受肉する以前に彼の精神的な環境の一部であったところの場面を彼の前に提示するからです。共同体を創造する祭祀の力はそれが精神的な経験に関する共通の、包括的な記憶であるという事実から来ているのです。人智学協会もまた、共同体をその内部に育成する正にそのような力を必要としています。しかし、人智学協会のためにそれが湧き出してくる地盤は「宗教改新運動」のそれと同じである必要はありません。とはいえ、それらの間の関係が正しく感じ取られている限り、一方が他方を排斥するということは決してなく、両方は完全な調和の中で共存することができます。けれども、そうなることができるのは、私たちが人間生活の中へと導入し得る共同体形成のさらなる要素に関する何らかの理解を獲得するときだけです。精神的な領域に移された記憶は祭祀が取る形態から私たちのところへと放射します。祭祀は知性の深みよりもはるかに深いところに語りかけるのです。それは人間の内面性に語りかけます。精神が語ることは、今日の地上生においては、完全に意識的に知覚されるわけではありませんが、基本的なところでは本当に魂によって理解されるのです。さて、人智学協会の中で対応する役割を果たすべき別の要素を把握するとすれば、共同体との関連における言語と記憶の秘密についてよく考えてみるだけではなく、人間生活の別の面についても考えてみなければなりません。夢を見ている人の状態を研究し、はっきりと目覚めながら昼間の活動を行っている人の状態と比べてみましょう。夢の世界は本当に美しく、荘厳かつイメージ豊かで、意義に満ちています。けれども、それはこの地上にいる人々を隔離します。夢見る人はその夢と共にあって孤独なのです。彼はそこに横たわって寝ながら夢をみている間中、他の人たちに取り囲まれているかも知れません。その人たちが寝ていたとしても、起きていたとしても、その内的世界の内容は彼の夢の意識の中で進行していることとは完全に無関係のままです。夢の世界の中で人は孤独であり、眠りの世界の中ではさらに孤独です。けれども、私たちは目覚めるやいなや、共同体生活の中での役割を果たし始めます。私たちと私たちの周囲の人たちが占める空間は共通のものとなります。彼らがそれについて有する感情や印象は私たちのそれと同じです。私たちは、私たちの周囲を取り巻く環境のお陰で、他の人と共通の内的生活へと目覚めるのです。夢という孤立状態から覚めるに当たって、私たちは私たちが周囲の世界に関連づけられる正にその仕方によって、少なくともある程度までは、私たちの仲間のいる共同体の中へと目覚めるのです。私たちの夢が美しく、荘厳で、意義深いとしても、夢の世界に吸い込まれている間は、完全に自分の世界にいて遮断され、包み込まれていましたが、今それを止めるのです。では、私たちはどうやって目覚めるのでしょうか。私たちは外的な世界からの刺激によって、つまり、その光や音、あるいは熱を通して目覚めます。私たちは感覚の世界が私たちに及ぼす様々な印象に応じて目覚めるのです。私たちはさらに、通常の日常生活の中では、他の人間の外的な側面、自然の側面と出会うことでも目覚めます。私たちは自然の世界と出会うことによって日常生活へと目覚めるのです。それは私たちを孤立状態から目覚めさせ、その種の共同体へと導きます。私たちはまだ人間として、私たちの仲間の人間によって、つまり、彼らの最奥の内面で生じていることによって、目覚めるのではありません。これが日常生活における秘密です。私たちは光や音に応じて、そして、多分、誰かがその自然な資質を行使する中でしゃべる言葉、内から外に向けて語られる言葉に応じて目覚めます。通常の日常生活の中では、私たちはその人の魂や精神の深みで生じていることに出会って目覚めるのではなく、その自然の側面に出会って目覚めるのです。後者は第3の目覚め、あるいは、少なくとも第3の魂状態を構成します。私たちは第1の状態から第2の状態へと自然の刺激によって目覚めます。私たちは私たちの仲間の魂的・精神的な要素からの呼びかけに応じて、第2の状態から第3の状態へと目覚めます。とはいえ、私たちはまず、その呼びかけを聞くことを学ばなければなりません。ちょうど日常生活においては、その人を取り巻く自然の世界を通して正しい仕方で目覚めるように、より高次の段階では、日常生活への目覚めに際して光や音を感じるように、私たちの仲間の魂・精神に出会うことによって正しく目覚めるのです。私たちの孤立した夢の意識の中では、最も美しい像を見たり、最もすばらしい経験をしたりすることができるかも知れません。しかし、きわめて異常な状態が卓越しない限り、例えば、「読む」ということはほとんど不可能でしょう。私たちはそのようなことを可能にする外的な世界に関連づけられていないのです。私たちはまた、人智学からどんなに多くの美しい考えを集めてきたとしても、あるいは、エーテル体やアストラル体のようなことがらについてどんなに理論的に把握したとしても、精神的な世界について理解することはできません。私たちが精神的な世界についての理解を発達させ始めるのは、私たちの仲間の魂的―精神的な要素との出会いによって目覚めるときだけです。そこから人智学についての真の理解が始まるのです。そうなのです、本当に必要なのは、人智学についての私たちの理解を、他の人の魂や精神との出会いの中で目覚めること、とでも呼べるようなものの上に基礎づけるということなのです。この目覚めを達成するために必要な力は人間共同体の中に精神的な理想主義を植え込むことによって創り出すことができます。この頃では、私たちは理想主義について多くを語りますが、今日の文化や文明の中では着古されたものとなっています。と申しますのも、真の理想主義が存在し得るのは、人が祭祀の中で精神的な世界を地上にまで引き下ろしながら、言い換えれば、地上的なレベルで見、学び、理解したことを超感覚的-精神的、理想的なレベルへと引き上げる能力を意識的な仕方で身につけながら、自分の進む方向を逆転させるときだけだからです。私たちが超感覚的なものを力に浸透されたイメージの中へと引き下ろすのは、祭祀の儀式を取り行うときです。そして、私たちが私たち自身や私たちの魂生活を超感覚的なレベルにまで引き上げるのは、私たちの物理世界での経験がまるで超感覚的な世界そのものにおける経験であるかのように感じられるほど、つまり、この感覚的な世界の中で知覚されるものが突然理想的なレベルにまで引き上げられることによって、それが完全に生きたものになるほど精神的かつ理想的なものになるときなのです。それは私たちの意志と感情に正しく浸透されたとき、生きたものとなります。私たちが私たちの内的な存在を通して意志を放射し、それに熱意を吹き込むとき、私たちは祭祀の儀式の中に超感覚的なものを体現するときに取る方向とは正反対の方向へと私たちの理想化された感覚的経験を持ち込むのです。私たちは、私たちが形成する精神的な考えの中に生きた力を注ぎ込むことであの目覚めさせる要素のいくらかを実際に経験する立場に自らを置くとき、つまり、私たちの感覚的な経験を理想化するところで立ち止まったり、それを抽象的な思考の段階に留めたりするのではなく、私たちがその中で生きるようになる高次の生命をその理想に付与し、その理想を物理的な段階から超感覚的な段階へと上昇させることによって、それを祭祀の対極に置くようにするところのものを実際に経験する立場に自らを置くとき、人智学的共同体の大小に関わらず、私が特徴づけているものを達成することができます。私たちは、人智学のために行うあらゆることがらを完全に精神化された感情で満たすように配慮することによって、私たちの感情生活の中で、それを達成することができます。私たちがそのことを行うのは、例えば、私たちが人智学的な集会に参加するためにそれが催される会場へと続く玄関を敬虔な気持ちで入るとき、正にその玄関が、そこで討議される共通の人智学的な目標によって、それがどんなにありふれた設定のものであったとしても聖化されると感じられるときです。私たちは、人智学を共に受け入れる中で私たちに加わってくる誰もが同じ姿勢であると感じられなければなりません。このことについて深く抽象的な確信を抱いているだけでは不十分なのです。それを内的に経験することによって、人智学が追求されている部屋の中で、読書会や話し合いを持っている多くの人たち、人智学についての思考を共有する多くの人たちの間にただ座っているだけに留まることがないようにしなければなりません。人智学が行われている部屋の中には、本当に精神的な存在がいなければならないのですが、それは人智学的な考えが吸収されるその仕方の直接的な結果として存在しているのでなければなりません。物理平面上で遂行される祭祀の中には神的な力が感覚的に知覚可能な形態で存在しています。私たちの心、魂、そして態度もまた、本当に精神的な存在を人智学が話されている部屋の中へと同じようにして呼び出すことを学ばなければなりません。私たちは私たちの話し方、私たちの感じ方、私たちの意志衝動を精神的な目的に調和させるとともに、抽象の落とし穴を避けることによって、本当に精神的な存在が私たちの上にあって眺めながら聞いている、と感じられるようにならなければなりません。私たちは人智学を追求することで呼び出される超感覚的な存在を感知すべきなのです。そうすれば、それぞれの人智学な活動が超感覚的なものの認識となり始めることができるでしょう。もし、皆さんが原始的な共同体を研究してみるならば、言語に加えて、さらに別の共同体の要素を見出すはずです。言語は人間の上部にその位置を占めていますが、人間全体を考慮するならば、原始的な共同体の構成員を結びつけているのは共通の血であるということが分かるでしょう。血のつながりが共同体を作り出しているのです。そして、血の中に生きているのは民族魂あるいは民族霊なのですが、それは自由を発達させた人々の間には同様の仕方では存在していません。かつて、共通の精神的要素が同じ血のつながりを持つ集団の中に、下から上へと作用しながら入って来ました。多数の人々の血管の中に共通の血が流れるところでは、必ず集団魂の存在を認めることができたのです。私たちが共に人智学を探求するとき、真の共同体精神が、私たちの共通の経験によって、同様にして引き寄せられるのですが、それは明らかに血脈の中で活動する集団魂ではありません。もし、私たちがそのことを感知することができたならば、私たちは真の共同体を形成することができるでしょう。人々が人智学的な使命において集うところでは、彼らは仲間の中の魂的・精神的な要素との出会いによってその最初の目覚めを経験する、ということを知るようになることによって、私たちは、人智学的な共同体生活の中で、人智学を現実的なものにしなければなりません。人間は他の人間たちと出会うことによって目覚めます。それぞれの人間がこれらの出会いの中で新しい経験をし、少しずつ成長するとき、これらの目覚めは、人々が出会い続ける中で、どこまでも新しい仕方で生じます。目覚めは急速な発展を遂げるのです。皆さんが、人間の魂は人間の魂との出会いの中で目覚め、人間の精神は人間の精神との出会いの中で目覚める可能性を有している、ということを発見した後、今初めて目覚めたのだ、今初めて人智学的な理解へと共に成長し始めたのだという生きた認識をもって人智学的な集まりに出かけ、そして、その理解に基づいて、人智学的な考えを、より高次の物事に対して眠ったままの日常的な魂にではなく、目覚めた魂へともたらすとき、真の共同体精神が皆さんの働いている場所に降りてきます。私たちが超感覚的な世界について語りながら、精神的な存在を、つまり、この逆方向の祭祀を認識するところにまで上昇しないとすれば、そこに真実は含まれているでしょうか?精神に関することがらについての理解という堅固な基盤の上に私たちが立つことになるのは、抽象的な精神的概念や、それらを理論的に表現する能力だけで満足するのではなく、精神的な探求に携わるときには、より高次の存在たちが精神共同体の中で私たちと共に存在しているのだ、という確信へと成長するときだけです。いかなる外的な手段も人智学的な共同体形成をもたらすことはできません。皆さんはそれを人間意識の最も奥深いところから呼び出さなければなりません。今日はその目標へと導く道の一部についてお話ししましたので、明日はさらにそれを追求していくことにしましょう。この種の話が意図しているのは、人智学協会がさらに発展していく上で最も重要なのは人智学を真に把握することに没頭することである、ということを示すということです。もし、私たちがそれを把握するならば、それは精神的な考えにだけではなく、精神との交流にも導きます。そして、精神的な世界との交流に気づくようになるということは、それ自体が共同体を形成する力となるのです。そのとき、真の人智学的な気づきの結果として、カルマ的に運命づけられた共同体が生じてくるでしょう。そのことを達成しようとするいかなる外的な手段も、あるいはそのようなものを提案する人も「いかさま」であるということを示すことができます。さて、そのようなことがらは人智学が発展してきた20年間に、ある程度理解され、相当数のメンバーたちもまた精神的な意味でそのことを理解してきました。多分、明日は、これらの考察を続けながら、さらなる目標について指摘するところにまで行く中で、このテーマに戻り、さらに十分な議論をしていくつもりです。今のところは、皆さんが人智学的な共同体生活の精神的な基盤についての私の話を聞いた後、皆さんの心を占めてきたであろうことがらに、いくつかの言葉を付け加えるだけにしておきたいと思います。一方では、人智学運動の現状は、本当に私がそのことについて今日のようなお話しをする必要があったというようなものになっています。人智学協会は、どのフェーズにおいても、何らかの様相を呈するでしょう。けれども、人智学は人智学協会から独立したものであり、それから独立して基礎づけられることができます。ひとりの人間が別の人間との出会いの中で目覚めることを学び、そのような目覚めから共同体の形成が生じるとき、それはひとつの特別な仕方で基礎づけられることができるのです。と申しますのも、人は、その人が交流することになる人たちを通して、どこまでも新たな目覚めを経験することになるのですが、それこそがそのようなグループをひとつに結びつけるものだからです。そこに働いているのは内的、精神的な現実なのです。そのようなことがらは人智学協会の中でますます理解されるようにならなければなりません。協会の良好な運営との関連で持ち出されるあらゆる考察は人智学そのものに密接に関連した力に本当に浸透されていなければならないのです。今回の代表者会議の準備のために開かれていた大小の秘密会議に出席し、そこで交わされている議会やクラブで行われるような通常の、日常的な思考を思い出させる議論を聞きながら数週間を過ごした後、若者たちの集会、若い研究者たちの集まりに出かけたことは、私にとって大いなる喜びとなりました。彼らもまた何がなされなければならないかを考えていたのです。しばらくの間、それは外的なことがらについての話でしたが、時間が経つにしたがって、まったくそれと気づかれることなく、真に人智学的な議論に変わっていきました。最初、日常的な光の中に現れたことがらは、人智学的な取り扱い以外は不可能な様相を呈してきたのです。しばしば行われるように、わざとらしく、感傷的で漠としたやり方で人智学的な理論に引き込むのではなく、現実的な過程が追求されるとしたら、それは理想的なことでしょう。議論においては、人生における通常の関心事を出発点として、人智学に頼らなければ哲学や化学のような科目であってもどのように研究したらよいか誰にも分からないというような結論が導かれるべきなのです。そのような精神が私たちを導く助けとなります。けれども、もし、ものごとが今までどおりに進むならば、明日の夕方までにいかなる解決法も見出されることなく、途方もなく悲劇的な混乱状態へと導かれることになるでしょう。最も重要なのは、何でもかんでも感傷的に引きずり込むのではなく、十全たる明晰性の中で考え出された人智学的な衝動で私たちの心を満たすということです。今はそういうわけで、この部屋には二つの派閥、二つの別々の人間のグループが居り、どちらも相手方を少しも理解せず、どちらもお互いの理解に向けて最初の小さな一歩を踏み出すこともできないでいる、ということが分かります。何故そうなっているのでしょうか?それは、私が今日の早い時間に簡単に説明したように、一方の側が語ることはこの20年間全体の経験から不可避的に流れ出てくるものであるのに対して、他方はその経験に全く興味がない、ということによります。私がこのようなことを言うのは批判するためではなく、どうしてもお願いしたい、という気持ちからなのです。過去のケースですが、自分なりの方法で本当に人智学に対して熱意を持つ善意の人々が「協会が直面する危機についてよく知らない人たちがそれらについて学びたいと思っているということが重要であるこのようなときに、いつも蒸し返されるこういう報告に一体何の意味があるのだ」というようなことを言って、私たちの考察をただ妨げるというようなことがありました。ここに見られるのは、一方では、人智学協会のあり方、ある種の家族的な特徴を有するとはいえ、家族的なものの良い側面をも有するところのひとつのあり方に対する素朴で自然な関心であり、他方では、そのようなあり方に対する無関心と、人智学協会という一般的な概念だけなのです。今日のような状況下では、どちらの見方も正当なものなのですが、それらはあまりにも正当化される結果、私たちが全く異なる議論の形態を急いで構築しない限り、私たちが行い得る最善の方法とは、私はただ私の意見の述べているに過ぎず、決定は協会によってなされなければなりませんが、古い協会はそのままにして、全く異なるものを望む人たちのために自由な人智学的共同体の連合体を設立するということになるでしょう。そのとき、各派閥はそれぞれに合ったやり方でものごとを遂行することができるでしょう。私たちは一方には古い協会を、他方には緩やかではあるけれども密接に関連した自由な共同体の連合組織を持つことになります。二つの協会はそれぞれの活動方法を一緒に練り上げることができるでしょう。そのようなやり方で問題を解決する方が、議論が今まで通りに進行すれば明日の夕方までには望みがないということが明らかになるはずの状況の中で、このまま続けるよりはよいかも知れません。ですから、皆さんに予定しておいていただきたいのは、ものごとが今まで通りであるか、あるいは、何らかの変更を加えられるかに関わらず、二つの継ぎ足されたグループをそのままにしておくことで生じるはずの偽りの状況を避けたいと思わないかということについてさらに問うということです。もし、状況が変わらず、それぞれの側が他方を理解し損ねたままであるならば、私たちは先に進み、示唆された二つのグループを一つの運動の中に設立することにしましょう。私は不安な、非常に不安な気持ちでこのことを述べています。と申しますのも、私が私たちの人智学的な企てに対して不安を感じるということがどういうことなのかを理解しているということ、そして、それを愛するということが何を意味しているかを知っているということは、確かに誰も否定しないはずだからです。けれども、それぞれが自分の道を進み、共通の理想によってのみ結ばれた二人の運命的な姉妹を持つことの方が、すぐに再び混乱状態へと導くかも知れないような手を打つよりもよいかも知れません。親愛なる友人の皆さん、皆さんは、私たちのトラブルの原因が様々な個々の企てであるという事実を単に見落としたままにしておかないで下さい。それらは本当の詳細に至るまで練り上げられるべきだったのです。確かに私は、現在の中央理事会は物質的には前の理事会よりもずっと多くのことを成し遂げたと。つまり、私が理事長として同様に中心的な役割を果たしていたとき以上のことは成し遂げていないというようなことを言っているのではありません。けれども、そのことが問題ではないのです。本当の問題は、様々な企てのすべてがここステュットガルトで開始された後、何が生じるべきだったのかということです。それには答えられなければなりません。存在へともたらされたものを現時点で解消することはできません。これらの企てが存在している以上、私たちはどうすればそれらを繁栄させ続けられるかを見出さなければなりません。けれども、もし、私たちが過去4年間そうしてきたように、人智学的な精神において、それにどう対処したらよいかを知り損ねるとしたら、もし、私たちが、これまでのように、異質な実体としての企てを人智学運動の中に取り込むとしたら、1919年以降存在するようになったこれらの組織体は人智学運動全体をだめにするでしょう。それらは、名前はどうあれ、中央理事会といったようなものをだめにするでしょう。ですから、私たちは私たちの議論を客観的で非個人的なものとしながら、あのすばらしいウォルドルフ学校をはじめとするこれらの組織すべてを包含することになった協会がどのような形態をとるべきかについて、何らかの明晰性に到達するようにしなければなりません。この課題についてはまだ一言も発言がありませんが、それはステュットガルトで起こっていることに最も通じている人たちがこれまで沈黙を守っているからです。私はこの件について特に中央理事会の二人のメンバーに聞いてみたいと思います。3番目のメンバーであるラインハス氏は含まれません。それは彼が、問題が山積した状況の中でも、私を助け、そして、助け続けてくれている唯一人の人だからです。実際、彼は理想的にはそれに適任だと思いますが、彼のためには、彼が中央委員会のために奉仕し続けるのを見たくはないと思っているのです。この中央理事会の二人の紳士が自分たちの立場を擁護するかどうかではなく、1919年以来存在し続けている企てを融合させることができる人智学協会の将来的な構築についての彼らの考えを単に述べるということが問題なのです。そうでなければ、それらを立ち上げたのは無責任な行為であったということになるでしょう。それらは存在している以上、そのままにしておくことはできないのです。これは非常に、非常に深刻な問題です。私たちはそれらに対処し、客観的かつ非個人的に議論しなければなりません。私の発言は客観的な立場からのものであり、中央理事会のメンバーやその他のいかなるメンバーをも攻撃しているつもりはありません。誰もけなされているのではありませんが、私の考えでは、これらの問題は、私の方から、こうして再びはっきりと表明され、取り上げられなければなりませんでした。もし、提案された二つの協会が設立されるとしたら、協会が取り組んできたプロジェクトに責任を負うのは古い人智学協会の継続であるところのグループであり、それらにいかなる関心も寄せていない別のグループは、より狭い意味での人智学的な道を追求することになるでしょう。以上が、簡単なスケッチによって、皆さんの前に提示したいと思ったことです。明日12時に、業務上のことがらについて詳細にお話しする予定です。参考画:人智学協会の再生 人智学的共同体形成 (GA257)第6講了人気ブログランキングへ
2024年07月19日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第5講 シュトゥットガルト、1923年2月22日 佐々木義之 訳 今日、もう一度指摘しておきたいのは、私たちがそれ(建築物)を失うという大いなる不幸を経験したばかりのゲーテアヌムに関する理想についてです。再度それに言及することで、これからの数日間、シュテュットガルトで踏み出されようとしている一歩、人智学協会の中に新しい生命を吹き込む方向で取られようとしている一歩に寄せて、正しい思考が卓越するのを確実なものにしたいのです。人智学が提示するものが何であれ、それは熱意という確かな基盤の上に構築されなければなりません。そして、私たちが正しい熱意を創出することができるのは、あらゆる人智学的な心が育むべきあの理想、すべての協会メンバーをその暖かさでひとつに結びつけることができるほど十分に大きな、あの理想に向けて常に方向づけされているときだけなのです。人智学的な協調というこの理想への熱意が、理想そのものは残っているとはいえ、人智学的な発展において引き続く3つのフェーズの間にいくらか衰えてきたことは否定できません。人智学的な理想を外的な表現によって雄弁に物語った建物の廃墟に立ち嘆き悲しむとき、私たちが、その理想に向けて、共通の正しい感情の中で力を合わせるということがなおさら重要になってきます。感情を共有することは、思考を共有することにつながり、私たちが直面する絶えず増大しつつある敵意から見て、大いに必要となる力を与えるものとなるでしょう。ですから、恐らく、皆さんには、私がここ数週間に渡る講義で焦点を当ててきたことがらについての議論を続けるかわりに、ゲーテアヌムに関連し、人智学協会の中で必要とされるような種類の会員間の関係を回復するのに適した、特別な記憶について回顧することを許していただけると思います。と申しますのも、共通の理想を抱くということは、各々の人智学徒が仲間の人智学徒に対して感じるべき愛情、つまり、協会員たちが、たとえ考えの上だけであったとしても、他の会員たちに対して抱くかも知れない厳しい感情を追い払うために頼ることができるような愛情を掻き立てることにつながるからです。皆さんは覚えておられると思いますが、私たちがゲーテアヌムにおける最初の高校過程を始めるにあたって、その短い導入の挨拶の中で私が強調したのは、人々がそこで成し遂げようとしているのは芸術、科学、そして宗教を真に普遍的な意味でひとつに結びつけようとする新たな試みである、という事実でした。ゲーテアヌムによって、その形や色によって、もたらすことが試みられていたのはひとつの理想、科学的、芸術的、そして宗教的なひとつの理想だったのです。それは外的な形や色を通して私たちに語りかけることはもはやできなくなりましたが、だからこそ、それはよけいに深く私たちの心に刻み込まれていなければなりません。もし、私たちが、人間進化における初期の時代には、科学的、芸術的、そして宗教的な理想はどのようにして追求されてきたのかということについて、ここ数週間続けてきた研究や調査を遂行する上で、その他の課題について行ってきたことを引き続き行うならば、恐らくそのようになるでしょう。古代東洋の途方もなく気高い精神生活を振り返って見るならば、その時代には、これら東洋の人々が崇拝したあらゆるものの精神的な内容は彼らにとって直接的な顕現であったということが分かります。当時、彼らのビジョン的な能力(瞑想による生成)は夢のようなものでしたが、だからといって、あまり現実的なものではなかったとは決して云えないような、そのビジョン的な能力に示された神的な現実からみると、彼らの感覚が知覚したものは単なる複写のようなものであるということを彼らは全く疑ってはいませんでした。かつてのものの見方は確かに本能的なものではありましたが、ある特別な意識状態にある人々は、ちょうど身体的な感覚をもって「三つの自然世界における事物や生き物たちを知覚」するように、大宇宙の精神的な存在たちを全く現実的なものとして身近に知覚することができたのです。より古い時代の東洋人は、仲間の人間たちの存在を直接的な知覚によって確信していたのと全く同様にして、人類に結びついた神的・精神的な存在たちの存在を直接的な知覚によって確信していたのです。これが彼の内的な宗教的確信の源泉でした。そして、それは彼を取り巻く自然の中の事物に関する彼の確信と全く異なるものではありませんでした。彼は彼の神を見ていたので、石や植物や雲や川の存在を信じていたのと全く同様にして、その存在を信じることができたのです。現代の科学がアニミズムと呼ぶところのもの、つまり、古代人は詩的な、今日、もう一度指摘しておきたいのは、私たちがそれを失うという大いなる不幸を経験したばかりのゲーテアヌムに関する理想についてです。再度それに言及することで、これからの数日間、シュテュットガルトで踏み出されようとしている一歩、人智学協会の中に新しい生命を吹き込む方向で取られようとしている一歩に寄せて、正しい思考が卓越するのを確実なものにしたいのです。人智学が提示するものが何であれ、それは熱意という確かな基盤の上に構築されなければなりません。そして、私たちが正しい熱意を創出することができるのは、あらゆる人智学的な心が育むべきあの理想、すべての協会メンバーをその暖かさでひとつに結びつけることができるほど十分に大きな、あの理想に向けて常に方向づけされているときだけなのです。人智学的な協調というこの理想への熱意が、理想そのものは残っているとはいえ、人智学的な発展において引き続く3つのフェーズの間にいくらか衰えてきたことは否定できません。人智学的な理想を外的な表現によって雄弁に物語った建物の廃墟に立ち、嘆き悲しむとき、私たちが、その理想に向けて、共通の正しい感情の中で力を合わせるということがなおさら重要になってきます。感情を共有することは、思考を共有することにつながり、私たちが直面する絶えず増大しつつある敵意から見て、大いに必要となる力を与えるものとなるでしょう。ですから、恐らく、皆さんには、私がここ数週間に渡る講義で焦点を当ててきたことがらについての議論を続けるかわりに、ゲーテアヌムに関連し、人智学協会の中で必要とされるような種類の会員間の関係を回復するのに適した、特別な記憶について回顧することを許していただけると思います。と申しますのも、共通の理想を抱くということは、各々の人智学徒が仲間の人智学徒に対して感じるべき愛情、つまり、協会員たちが、たとえ考えの上だけであったとしても、他の会員たちに対して抱くかも知れない厳しい感情を追い払うために頼ることができるような愛情を掻き立てることにつながるからです。皆さんは覚えておられると思いますが、私たちがゲーテアヌムにおける最初の高校過程を始めるにあたって、その短い導入の挨拶の中で私が強調したのは、人々がそこで成し遂げようとしているのは芸術、科学、そして宗教を真に普遍的な意味でひとつに結びつけようとする新たな試みである、という事実でした。ゲーテアヌムによって、その形や色によって、もたらすことが試みられていたのはひとつの理想、科学的、芸術的、そして宗教的なひとつの理想だったのです。それは外的な形や色を通して私たちに語りかけることはもはやできなくなりましたが、だからこそ、それはよけいに深く私たちの心に刻み込まれていなければなりません。もし、私たちが、人間進化における初期の時代には、科学的、芸術的、そして宗教的な理想はどのようにして追求されてきたのかということについて、ここ数週間続けてきた研究や調査を遂行する上で、その他の課題について行ってきたことを引き続き行うならば、恐らくそのようになるでしょう。古代東洋の途方もなく気高い精神生活を振り返って見るならば、その時代には、これら東洋の人々が崇拝したあらゆるものの精神的な内容は彼らにとって直接的な顕現であったということが分かります。当時、彼らのビジョン的な能力は夢のようなものでしたが、だからといって、あまり現実的なものではなかったとは決して言えないような、そのビジョン的な能力に示された神的な現実からみると、彼らの感覚が知覚したものは単なる複写のようなものであるということを彼らは全く疑ってはいませんでした。かつてのものの見方は確かに本能的なものではありましたが、ある特別な意識状態にある人々は、ちょうど身体的な感覚をもって三つの自然世界における事物や生き物たちを知覚するように、大宇宙の精神的な存在たちを全く現実的なものとして身近に知覚することができたのです。より古い時代の東洋人は、仲間の人間たちの存在を直接的な知覚によって確信していたのと全く同様にして、人類に結びついた神的・精神的な存在たちの存在を直接的な知覚によって確信していたのです。これが彼の内的な宗教的確信の源泉でした。そして、それは彼を取り巻く自然の中の事物に関する彼の確信と全く異なるものではありませんでした。彼は彼の神を見ていたので、石や植物や雲や川の存在を信じていたのと全く同様にして、その存在を信じることができたのです。現代の科学がアニミズムと呼ぶところのもの、つまり、古代人は詩的なファンタジーに基づいて、生きた精神的要素を自然に付与したのだとする見方は子供じみた素人の思いつきに過ぎません。人々は自然や感覚の世界を見るのと同じように精神的な存在たちを見ていたというのが本当のところなのです。記:「fantasy」は、空想や想像力によって生み出された物語や世界観を指す。記:アニミズムとは、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方。19世紀後半、イギリスの人類学者、エドワード・バーネット・タイラーが著書『原始文化』の中で使用し定着させた。 そのことが彼らの宗教生活への確信の源泉だったのですが、それは芸術的な創造に際して彼らが頼ったところの源泉でもありました。精神的なものは具体的な形態を取って彼らに現れました。彼らは精神的な要素が取る形態や色に通じており、精神的なものの知覚を物質的な表現へともたらすことができました。彼らは手に入れることができた構成用の素材、彫刻やその他の芸術のための素材を取り上げ、精神的な仕方で彼らに顕現したものを表現するために有していた技術をそれらに適用したのです。神々に対する内的な魂的関係の中で彼らが感じていた崇拝の念が彼らの宗教生活の内容でした。彼らが精神の中で見上げていたものを物質に刻印したとき、それは彼らの芸術として感じられました。けれども、彼らがこうして見上げていたものを表現するために手に入れることができた彼らの技術や物質的な素材は、彼らの実際のビジョンに比べると全くもの足らないものでした。私たちが古代オリエントの進化の中で遭遇するのは、人が見上げていた神的かつ精神的なもの、ゲーテ言うところの感覚的かつ超感覚的なものが途方もなく崇高で輝きに満ちて美しかった時代です。人々の感情やファンタジーは彼らがそれを知覚したことによって力強く掻き立てられました。しかし、素材的な媒体を取り扱うための技術はまだあまりにも初歩的なものであったために、その時代の芸術的な創造活動は原始的かつ象徴的なものであり、人類がその精神的な目で知覚したところの遙かに偉大な美の寓話的な表現に過ぎませんでした。そのような時代の芸術家が今日の感覚で自分の仕事を記述したとすれば、「精神が私に示すものは美しい。しかし、私が私の土や木やその他の媒体を使って表現できるのはそのかすかな反映に過ぎない。」と言ったことでしょう。当時の芸術家たちは精神的なものをその完全な美において見るとともに、そのビジョンを感覚による知覚が可能な形態にして、自分ではそれを見ることができない人々に伝えた人たちだったのです。精神的なものを見ることができない人たちは、芸術家が精神的に見たものを象徴的あるいは寓話的な形態の中に具現化するとき、彼らもまた、それらの形態によって、地球を越えた世界、人間が人間としての尊厳を十分に経験するために参入しなければならない世界へと続く道を見出すことができるのだということを確信していました。この神的・精神的なものとの関係はきわめて親密かつ現実的、具体的なものであったために、人々は自分たちが有する思考を、彼らの仲間が存在するのと同じように存在する神々の贈り物であると感じていました。彼らはそのことを次のように表現しました。「私が人間と話すとき、私たちは空気中で響く言葉を話す。私が神々と話すとき、彼らは思考を私に伝え、私はそれを私の内部でのみ聞く。」と。人間が思考を有するとき、彼らはそれらの思考を彼ら自身の魂の活動による産物とは信じていませんでした。彼らは、神的なものによって彼らに吹き込まれる思考を聞いていると信じていました。彼らが耳で聞くとき、彼らは人々が話すのを聞いているのだと言い、彼らが魂で聞くとき、つまり、彼らの知覚が思考によるものであるとき、彼らは精神的な存在たちが話すのを聞いているのだと言いました。このように、「アイデアの形で」生きていたところの知識とは、古代の人々の経験では神的な源泉からの伝言であり、神々を通して直接人間たちに語られるときの「ロゴスの知覚」だったのです。ですから、人間たちが神々を見上げたことが宗教的な理想の内的な生命になったのだと言うことができます。彼らが神的な形態を様々な媒体を通して象徴的・寓話的に表現したことが芸術的な理想の下に横たわる生命となりました。神々が彼らに語ったことを、彼らが自分の言葉で再構成したものの中に生きていたのが科学的な理想です。古代東洋の時代には、これら三つの理想はひとつに融合していました。と申しますのも、それらは本質的に同一のものだからです。第一の理想の中で、人間は神的な顕現を見上げました。彼らの魂生活の全体が完全に宗教的な感情に浸透されていたのです。科学と芸術のふたつは神々が地上での生活を人間とともにした領域でした。創造的な活動に携わる芸術家は彼の神が彼の手を導いていると感じ、詩人たちは彼らの言葉を神によって形成されているものと感じていました。「私に歌え、ミューズよ、偉大なるアキレスの怒りを」と語っていたのは詩人ではありません。ミューズが自分の中で語っているのだと彼は感じていたのですが、それは事実だったのです。そのような発言を詩人の放埒に帰する現代の抽象的なものの見方は、今日あまりにもはびこっている子供じみたナンセンスのひとつです。そのような見方をする人たちは、ゲーテが「あなた方が時代精神と呼ぶものは、正にその中に時代が写し出されているところのあなた方自身の精神なのです」と言うとき、いかに彼が真実を語っているかを理解していません。ここで、宗教、芸術、科学という三重の理想が古代東洋人の中に生きていたその在り方から、その露骨で散文的な模写であるギリシャ人やローマ人がそれをどのように表現していたかを考察することへと私たちの注意を向けるならば、これら三つの理想がさらに発展した形で見出されるのが分かります。かつて神的・精神的なものは人間の頭上の輝く高みから自らを明らかにしていました。ギリシャ人たちにとって、それは人間を通して直接語りかけてくるものと感じられました。ギリシャ人は彼の内的な生活だけではなく、彼の形態そのものもまた神に浸透されたもの、神に満たされたものとして経験していたという意味で、宗教生活は人間にとってはるかに身近なものだったのです。彼はもはや頭上の輝く高みを見上げるのではなく、人間の驚異的な形態を見ました。彼が有していたのは、もはや古代東洋人が有していたような神性についての直接的な思索ではなく、その弱い影に過ぎないようなものでした。けれども、ギリシャの詩、芸術そして哲学の中に本当に入っていける人であれば誰であれ、ギリシャ人の基本的な感情を、すなわち、地上の人間は彼の感覚が外的な世界の中に知覚する物質的な要素の単なる組み合わせ以上のものである、と彼に言わせるようにした感情を感じることができます。彼は神性が存在することの証明を彼の中に見ていたのです。彼にとって、この地上の人間、ギリシャ人はそれを地上に起源を有するものとして考えることができませんでしたが、ゼウスが、そしてアテナが精神的な世界を支配していることの生きた証拠だったのです。こうして、私たちはギリシャ人たちが人間の形態やその発展する内的な生活を神が支配していることの崇高な証明であると見なしていたことを理解します。彼らは彼らの神を人間的なものとして思い描いてたのですが、それは彼らが人間の中の神についてそれほど深い経験をまだ持つことができていたからです。ギリシャ人が彼の神を人間として思い描いていたことと、現代人が、神人同型説に基づいて、神を擬人化することとは全くの別物です。と申しますのも、ギリシャ人にとっては人間とはその神的な起源の生きた証明だったからです。ギリシャ人たちは、もし、世界がどこまでも神に浸透されているのでなかったとしたら、人間というものが存在することはできなかっただろうと感じていました。人間を理解する上で宗教は決定的な役割を果たしていました。ある人が尊敬されたのは、彼が自分で成ったところのものによってではなく、彼が正に人間であったからです。その霊感による尊敬を受けるものとしてより優っていたのは、彼の日々の成果や野心的な地上的努力ではなく、彼の人間性とともに地上における生へともたらされたところのものでした。そのような尊敬によって、彼は神的・精神的な世界に対する尊敬に適うところまで拡大することが許されたのです。ギリシャ人たちが心に抱いていた芸術的な理想とは、一方では、彼らが体現していた神的-精神的な要素、彼らの地上的なあり方がそれに向けて試されていたところの要素に対する彼らの感じ方の産物でした。他方、彼らは、古代の東洋人には知られていなかったところの自然という物理世界を支配する法則、すなわち、調和と不調和の法則、質量の法則、慣性の法則、あるいは様々な地上の物質の支える力についての強烈な感覚を有していました。東洋人がその媒体を不器用に扱った分野において、つまり、彼を圧倒し、溢れさせた精神的な現実を象徴的・寓話的な仕方で粗野に扱う以上のことが不可能であったために、彼が何らかの芸術作品の中に表現しようとしていた精神的な事実が、その不器用な表現に比べて、いつもはるかに栄光に満ちて偉大であったような分野において、ギリシャ人はそれまでにその取り扱い方を学んでいたところの物理的な媒体の中に彼の精神的な経験を余すところなく体現させようと努めていたのです。ギリシャ人たちは柱の太さをそれが支えるように意図されていた重量に耐える以上の太さにすることを決して許しませんでした。彼らは精神的な性質を持ついかなるものも古代東洋の芸術に特徴的な不器用な仕方で表現することを自分たちに許さなかったはずです。関係する物理法則は完全にマスターされていなければならず、精神と物質はバランスよく統合されていなければなりませんでした。ギリシャ寺院には精神と同じだけの物質的な法則性があり、彫像は物質の表現力が許すのと同じだけの精神的要素を体現しているのです。ホメロスの詩は人間の中にある神的な言葉の流れを直接表現するような仕方で流れます。詩人が言葉を形成するに当たっては、彼が発する言葉のひとつひとつの側面を完全に制御するために、言葉の法則性そのものが彼を導くようにしなければならない、と感じられていたのです。古代東洋の韻に特徴的な、ぎこちなく、口籠もるような形態に留まるものは何もあり得ませんでした。それは精神に十分適うような仕方で表現されなければならなかったのです。言い換えれば、その目標は、顕現した精神が余すところなく感覚知覚可能な形態の中に表現されるように、利用する芸術媒体に特有の法則を十分にマスターするということだったのです。人間は神的な創造の証明であるというギリシャ人の感情は、寺院や彫刻のような芸術作品もまた、現在は人間の想像力を通して働いていると考えられている神の支配を、証言するものでなければならないという彼らの感情にマッチしたものでした。寺院を見ると、それを建設した人は、神との交流の中で経験していたことを細部に至るまで反映させることができるように、彼が用いる媒体に適用される法則のすべてをマスターしていたのだということが分かるでしょう。最初期のギリシャ悲劇は、その登場人物たちがアポロやディオニソスといった精神的な存在たちを表現するとともに、自然の中で支配する神性の残響という趣のコーラスを伴った劇でした。悲劇が意図していたのは、精神的な世界で生じていることを十分満足のいく媒体としての人間を通して表現する、ということだったのです。しかし、そのようなことは、人間がいわば芸術作品の世界よりもより高次の世界を見上げなければならなかった古い東洋の時代には思いもよらないことでした。一方、悲劇の場合、そこで生じているのは、上演されているレベルで生じていることであって、いかに精神的な要素が、あらゆる身振り、言葉、合唱の中で、それにみごとに適合した感覚知覚可能な形態へと自らを注ぎ込んでいるかということを経験するのを可能にするものであると考えられていました。ギリシャにおける芸術の理想はそのようなことから構成されていたのです。科学的な理想についてはどうでしょうか。ギリシャ人は、もはや東洋人のようには、神々が考えや思考の中で彼に話しかけているのだとは感じていませんでした。彼は既に、思考には努力がつきものであるという事実にいくらか感づいていました。それでも、彼はまだ、ちょうど人間の形をし、内的な生活を有する地上の人間が神性の生きた証であると感じていたように、思考が感覚的な知覚と同じくらい現実的なものであると感じていたのです。彼は彼の思考を、赤や青、あるいはハ長調やト調を感じるのと同じ仕方で感知し、目や耳が感覚的な印象を知覚するのと同じように、外的な世界の中に、思考を感知していました。このことは、彼は、東洋人たちのように全く具体的にロゴスが語るのを経験していたわけではないということを意味しています。ギリシャ人たちは、東洋人たちがそれによって神の表現である考えを与えられたと感じていたところのベーダのような聖典を作ることはありませんでした。彼らは、ちょうど誰かが周囲の世界を見たいのであれば、自分の目を使って周りを見なければならないのを知っているように、自分の思考に働きかけなければならないということを知っていました。とはいえ、彼は自分で展開する思考が自然に刻印された神的な思考であることをまだ知っていたのです。ですから、思考とは神が語っていることの地上的な証明でした。東洋人がまだその語りを聞いていたのに対して、ギリシャ人は、言語の人間的な特徴を認識していたとはいえ、その中に神の言葉が存在することの地上的な証明を見ていたのです。ですから、ギリシャ人たちにとっては、科学もまた神的な贈り物のようなものであり、正に神的な外的形態と内的な経験を有する人間が地上へと送り出されたように、何か精神によって地上へと派遣されたものであるということは明らかでした。こうして、私たちは宗教的、芸術的、そして科学的な理想が東洋からギリシャ文化までの人類進化の過程の中でいかに変化してきたかを見ます。しばしば説明してきましたように、15世紀の最初の三分の一に始まった私たちの時代における西洋人の発達は、宗教、芸術、そして科学に関する気高く崇高な理想の形態を産み出す必要に直面する地点へと再び到達しています。この発達は、私たちがゲーテアヌムで最初の高校過程を立ち上げていたとき、私が心に抱いていたものです。私が明確にしたかったのは、ゲーテアヌムがそこに立っているのは、人間進化の内的な諸法則によって、宗教的、芸術的、科学的な理想がギリシャのそれさえも超越するような壮大で新しい形態を纏うことを要求しているからだということです。進化する人間の最奥の魂から現れてくる三つの偉大な理想が取るべき新しい形態を、そのひとつひとつの形や線や色の中に指し示していた建物がそこに立っていたはずの廃墟に目を落とすとき、悲しみに圧倒されるのを感じるのはそのためです。人間の三つの偉大な理想の再生をあれほど雄弁に物語るように意図されていたその場所を思いやるとき、私たちに残されている感情は嘆きと悲しみだけです。私たちがそこで実現しようとしていたあらゆることがらを私たちの心の中で育てる、という可能性だけを私たちに残して、そこは廃墟となりました。と申しますのも、そこに別の建物を建てることも考えられるのですが、それは私たちが失った建物とは異なるものであることは確かだからです。言い換えれば、古いゲーテアヌムが表現していたものを表現する建物は二度と建てることができないのです。だからこそ、ゲーテアヌムが人類の三つの偉大な理想に向けて貢献するように意図されていたあらゆることがらは、より深く私たちの心の中に刻み込まれなければならないのです。今日では、超感覚的な能力を有する古い時代の東洋人のように、神的-精神的なものが感覚的世界の被造物のように輝くような直接性をもって我々の前に現れるとも、神々による行為が、日常生活において、外的な世界の中で遂行される感覚的に知覚可能な行為のように我々の魂による知覚の前に現れるとも言うことができません。けれども、私たちが人間や自然への探求を、人智学的な思考や感情がそのような探求に付与する生き生きとした特質をもって活気づけるとき、私たちは秩序ある宇宙としての世界、あるいは、ギリシャ人たちがそれを見たときとは異なる形態を纏った宇宙を見ることになります。ギリシャ人が自然を探求の対象としたり、感覚世界の中で活動する人間について思索したりしたときに有した感情は、泉が湧き出すところ、あるいは、雲をいただく峰が空に突き出すところでは、そして、太陽が暁の輝きの中で昇るとき、あるいは、虹が空に架かるときには、精神がそれらの現象の中で語っているのだ、というものでした。ギリシャ人たちが自然を眺めるときのその仕方は、その中に精神の存在を感じさせることができるようなものだったのです。彼らの自然についての思索は本当に彼らを満足させましたが、彼らがそこに見たのは彼らのあらゆる側面を満足させるようなものだったのです。私は、人々が自然科学の進歩について語るのはいかに正当なことであるか、ということをしばしば強調してきましたが、人智学は、ここ数世紀における科学的な進歩の真の重要性を認識する上で、特別な位置を占めています。私はそのことを何度も強調してきました。人智学は科学や科学的な探求を中傷したり批判したりすることとは全く無縁なのです。それはすべての本当に真摯な探求を称えます。親愛なる友人の皆さん、ここ数世紀に渡って、人々は自然について本当に途方もなく多くのことを学んで来ました。もし、既に学んだことがらにさらに深く入っていくならば、自然についての探求は、私がこの演壇から何度も述べてきましたように、人間の繰り返される地上生についての洞察、自然の変容についての洞察へと導くことになるでしょう。人は、その感覚、その魂、その精神が現時点で経験しつつあることがらに新しい生命の形をもたらすことになる未来を予見することになるのです。もし、人が自然のより深い探求に適切に取り組むならば、その自然に対する全体としての態度は、ギリシャ人たちが有していた態度とは異なるものとなります。彼らは自然を完全に成熟した存在、そこから精神世界の栄光が輝き出すところのものとして見ていました。現代人はもはや自然をこの光の下に眺めることはできません。私たちが、自然を創造するということに関して、私たちの多くのすばらしい発明品や装置を用いた結果であると認識したり感じたりするようになったあらゆるものを詳しく調べるならば、私たちはむしろ自然を芽生える力が宿るものとして、ただ遙かに遠い未来においてのみ成熟へと至ることができるような何かをその子宮に宿すものとして見ることになるのです。ギリシャ人はあらゆる植物を、種の神が個々の植物体の中に生きているという理由で、既に完全な段階に至っている有機体として見ていました。今日、私たちは植物を、自然がさらに高い段階へともたらすべき何か、と見なします。私たちの目に映るのは、どこを見ても、種子の要素なのです。私たちが未来への可能性を孕むこの未完の自然の中で出会うところのあらゆる現象は、神的な要素が自然を支配しているということ、そして、自然がその胎児の状態から最終的に完成された段階へと発展していくことを確実なものとするために、それは支配し続けなければならないということを私たちに感じさせます。私たちはずっと正確に自然を眺めることを学んでいます。私たちが卵を見るところでギリシャ人は鳥を見ました。彼は事物の完成された段階を見ましたが、私たちはその始まりを見ます。その心と魂の全体で種子の側面を感じ取れる人、自然における種子の可能性を感じ取る人は、それについての正しい観点を有しているのです。これが現代の自然科学における異なる側面です。宗教的な態度をもって顕微鏡や望遠鏡をのぞき込むことを始める人は誰であれ、あらゆるところに種子の段階を見出すでしょう。現代の自然探求法に特徴的な正確さによって、私たちはそれが至るところで創造的であり、至るところで未来に向かって急いでいるのだ、ということを理解することができるようになります。そのことが新しい宗教的な考えを創造するのです。もちろん、個々の人が来るべき別の、全く異なる地上的、宇宙的な生活を生き抜くことになるという種子の可能性に対する感情を有している人だけが、私が述べる宗教的な理想を発達させることができます。ギリシャ人たちが人間の中に見たのは彼自身の時代の宇宙に存在したあらゆるものの複合体でした。古代東洋人たちが人間の中に見たのは過去の宇宙全体の複合体でした。今日、私たちは人類の中に未来の種子を感知します。このことは新しい宗教的な理想にその現代的な色合いを与えることになります。次に、芸術における新しい理想に関する考察へと進みましょう。私たちが外面性や抽象的な考えの前で立ち止まることを拒否し、自然やその形態をより深く、生命と調和した探求の対象にするとき、私たちは何を見いだすでしょうか。親愛なる友人の皆さん、皆さんは、私たちが皆さんの正に目の前に見出すところのものを、ゲーテアヌムの柱の柱頭やそれにかぶせられた縁取り模様の中に見ていたのです。そのどれもが自然観察の結果ではありませんでした。それはそれとともに経験することによって産み出されたものだったのです。自然は形態を産み出しますが、これらの形態は正に別の形態でもあり得るのです。自然は私たちに絶えずそれを変化させるように、その形態を変容させるように促しています。自然を単に外側から観察する人はそれを模倣し、自然主義に陥ります。自然を経験する人、単に植物の形や色を見るのではなく、それらについての真に内的な経験を有する人は、各々の植物、石、動物から打ち明けられた別の形態を見出し、それを彼の媒体の中に体現させます。私たちは、媒体の洗練された取り扱いを通して、精神を完全に表現することを目指したギリシャ的な方法は取りません。私たちの方法では、自然の形態にできるだけ深く入り込むことによって、それらをさらなる独立した変容へともたらします。私たちは東洋の象徴的-寓話的な取り扱いに頼ったり、ギリシャ的な媒体の技術的習熟を目指したりはしません。私たちの方法では、芸術作品の中のあらゆる線や色を、それらが神的なものに向かうように取り扱います。東洋人は神的なものを表現するために象徴主義や寓話的なものを用いました。それは彼の作品からオーラのように輝きだしました。それは輝きだし、湧き出し、作品を覆い隠すことによって、形態よりも遙かに雄弁に物語ったのです。私たち現代人は、自然界の基本要素が自然そのものよりも雄弁にその形態の中で語るような作品、とはいえ、それは自然に密接に関連しているために、あらゆる線や色が自然による神への祈りとなるような仕方で語るような作品を創造しなければなりません。私たちが自然と取り組むとき、自然そのものがその中で神性を崇拝するような形態を発達させることになるのです。私たちは芸術の言葉で自然に語りかけます。実際、あらゆる植物、あらゆる木は祈りの中で神性を見上げたいと願っているのです。このことは植物や木の表情の中に見て取れます。けれども、植物も木も十分な能力をもってそのことを表現するようにはできていません。とはいえ、それは可能性としてそこにありますから、もし、私たちがそれを取り出すならば、つまり、私たちが私たちの建築や彫刻の中に、木や植物や雲や石の内的な生活を、それがその媒体の線や色の中で生きるように体現するならば、自然は私たちの芸術作品を通して神々に語りかけることになります。私たちは自然世界の中にロゴスを見出します。私たちを取り巻く自然よりもさらに高次の自然が芸術の中に自らを現すのですが、そのとき、それは、それ自身完全に自然な仕方で、上方の神的-精神的な世界に向けて流れ出すロゴスを解き放つのです。東洋の芸術作品においては、ロゴスは下方へと流れました。それが人間的な媒体の中に見いだしたのはたどたどしい表現だけでした。私たちの芸術形態は真に言語的な造形でなければならず、もし、自然そのものがその可能性を最大限に発揮できたとしたら語るであろうことを声にするものでなければなりません。自然をその種子的な特質という観点から眺める宗教的な理想の傍らに立つべき新しい芸術的な理想とはそのようなものです。記:「ロゴス」はギリシャ語で「言葉」や「理性」を意味します。これは、言葉を通じて表される理性的な活動や思考を指します。例えば、ギリシャ哲学では「ロゴス」は論理的な思考や言葉を媒体として表現される理性を指します。宇宙の理法・宇宙理性:古代ギリシャ哲学やスコラ学では、「ロゴス」は世界万物を支配する理法や宇宙理性を指します。これは、宇宙の秩序や法則を規定する普遍的な原理として捉えられました。キリスト教における意味:キリスト教では、「ロゴス」は神の言葉を指します。また、それが形を得て現れたイエス=キリストやその神性を表すこともあります。簡潔に言えば、「ロゴス」は言葉、理性、宇宙の秩序、そして神の言葉としてさまざまな意と捉えて於けばいいでしょう。参考画:Logos 三番目は私たちの科学的な理想です。それはもはや東洋人たちが有していた感情、すなわち、思考とは何か神によって人の魂へと直接吹き込まれるようなものであるという感情に基づくものではありません。それはまた、思考を神性に対する内的な証明と感じたギリシャ的な理想に近いものでもあり得ません。今日では、私たちが思考を発達させるためには、純粋に人間的な力を行使し、純粋に人間的な仕方で働かなければなりません。けれども、私たちが努力することによって、利己主義、身勝手、主観的な感情、あるいは、思考に偏見の色づけをするような党派的な精神によって少しも堕落していない思考を達成するやいなや、つまり、思考そのものが取ろうとする形態において思考を経験するように私たちが人間として努力するやいなや、私たちはもはや私たちを私たちの思考の創造者あるいは形成者と見なすのではなく、私たちの思考がそれ自身の本性を生き抜くための単なる内的な活動の舞台と見なすようになります。そして、私たちは、これらの無私で偏見のない思考、私たち自身が創造したように見えるこれらの思考の広大さを感じ取り、それらが神を記述するのにふさわしいものであることに驚かされるのです。私たちは後になって、私たち自身の心の中で形成される思考が神を描き出すにふさわしいものであることを見出すのです。私たちは最初に思考を発見し、その後、思考が「ロゴス」に他ならないことを発見します。皆さんの中で思考が自らを形成するのを無欲で許容している間、その無欲な態度は神がその思考の創造者になることを可能にしているのです。東洋人が思考を神の顕現であると感じ、ギリシャ人がそれを神的な現実の証明であると理解する一方、私たちはそれを生き生きとした発見であると感じます。つまり、私たちが思考を有した後、それはそれが神性を表現することを許されていたのだと私たちに告げるのです。これが私たちの科学的な理想です。ですから、私たちは現在進行中の人類進化のこの場所に立ち、その中で私たちがどの地点に至っているのかに気づきます。両側に耳のある人間の頭部や喉頭、ねじれたふたつの肩甲骨を見れば、それらについて単によく考えてみる以上のことができなければならないということが分かります。もし、私たちがそれらの自然な形態を変容させることに成功するならば、ふたつの肩甲骨がさらに発達し、耳と喉頭が共に成長することで、あるひとつの形態が現れてきます。つまり、胸と頭、二つの翼、喉頭と耳から構成されるルシファー的な形態が現れてくるのです。私たちは自然の中の芸術的な要素、自然自体の中に見出されるものよりもさらに高次の形態の生命が現れるように、自然の形態に生命を付与する要素を知覚する地点へとやってきました。けれども、そのことはまた私たちを、変容する自然そのものの活動、そして、それによって人間を変容させる活動を辿ることができるような位置へともたらすのですが、私たちはその同じ芸術的な技を教育学的・教訓的な分野に適用することができます。その同じ創造的な芸術的手腕は絶えず変化する子供たちを扱う教育的な仕事に適用されるのです。と申しますのも、私たちは、ロゴスを創り出し、自然を超えた自然であることを私たちが知っているところの芸術によってそれを学んだからです。私たちはそれを泉以上の泉から学びますが、それはそれらの泉が神と交信しているからです。私たちはそれを木以上の木から学ぶのですが、それは前者がたどたどしい枝の動きを何とか達成している一方、後者は枝や花冠の身振りによって神を指し示す形態の中で、現代の芸術的な想像力に対して自らを現しているからです。私たちが私たちのゲーテアヌムにおいて試みたように、私たちが宇宙の形態を変容させ、それらを再構成するとき、私たちはそれを宇宙から学びます。これらの学びのすべては、日々、子供たちを再構成し、再創造しているプロセスをサポートするために、毎日どのように子供たちに働きかけていけばよいかを私たちに教えてくれます。それは私たちが芸術的な技を人類の学校教育にもたらすことを可能にしてくれるのですが、同じことは他の分野にも言えます。人類の三つの偉大な理想が人智学徒の思索する魂の前に再活性化されて現れてくるのは、そのような光の中においてです。ゲーテアヌムの形態が意図していたのは、これらの崇高な理想をその新しい側面において経験しようとする熱意で満たすということでした。今は、それらの形態を静かに私たちの心の中に埋葬しなければなりません。けれども、それらは私たちの中で熱意への源泉とされるべきです。私たちがその熱意を獲得し、それら三つの理想を経験する中で神性へと引き上げられるならば、地球の最も気高い理想が私たちの中で発展します。福音書は、「汝自身を愛するように汝の隣人を、そして、とりわけ神を愛しなさい。」と述べています。別の言い方をすれば、「もし、現在の人類がそうしなければならないように、三つの理想の今日的な側面という光の中で神を見上げるならば、人は神を愛するようになる。」ということです。と申しますのも、人は、自分が動員できる愛のすべてをもって、その三つの理想に自らを捧げることに自分の人間性がかかっている、と感じているからです。けれども、そのとき、人は、同様の行いをしながら、同じ愛を捧げることができる他のすべての人々とひとつに結びついていると感じます。人はとりわけ神を愛することを学び、神を愛する中で、自分自身と同じように、隣人を愛するようになります。このことによって厳しい感情が生じるのが抑制されるのです。それが協会における個々のメンバーを結びつけ、ひとつの統合体にするものであり、現在必要とされているものです。私たちは協会におけるひとつのフェーズ、そして、そこでは人智学が教育のチャンネルやその他の実際的な分野、あるいは芸術活動等へと注ぎ込まれましたが、そのようなフェーズを通過するという経験をしてきました。今や、私たちは力を合わせる必要があります。私たちには第一級のウォルドルフ学校教師やその他の専門家を擁しています。それぞれの専門的な立場からベストを尽くしている人たちが、人智学的な生命の源泉を今までにない新しい流れへともたらす道を見出す必要があります。今必要とされているのはそのことです。これらのことがらについての会合を計画したのは、私たちがそれを必要としており、指導的な人智学徒たちが人智学協会を再活性化するという現在の必要性を意識しているということを証明する必要があるからです。その会合は2、3日のうちにシュテュットガルトで持たれることになっています。協会に好意を持つ人たちは、その会合の成果に暖かい期待を抱いてほしいと思います。と申しますのも、そこに参加する人たちが正しい音調を発現させるときにだけ、つまり、それらの人々が三つの偉大な、愛を生じさせる理想に向かう真に精力的な熱意をもって響き渡る音調を発現させ、彼らの発する言葉の内容とエネルギーがそのことを保証するときにだけ、人智学協会がその目的を達成するということが期待できるからです。そして、そこで生じることがらが、協会の中のより幅広い枠組みの中で、ものごとがどのように進行するかを決定づけることになるはずだからです。私もまた、シュテュットガルト会議の結果を見て、私自身の今後の行動がどうあるべきかを知ることになるでしょう。大いなる期待がそれにかかっています。私は、皆さんの中でシュテュットガルトに行くことができない人もすべて、私たちとともに思考を支えてほしいと思います。これは、現在の人類にとって不可欠の偉大な理想のために、健全で精力的な努力をもって関わることが求められる重要な機会なのです。私たちは、誰かの手になる思いつきの説明でそれらの理想を知るのではなく、進化の過程全体によって、つまり、人間の地上における発達の全体としての意義、そして、それは目覚める人間に太陽が現れるのと全く同様に、私たちに現れるのですが、そのような意義によって刻み込まれたあの記述から知ることになります。私たちの魂の中にその熱意を点火することから始めましょう。そうすれば、それは行動となるでしょう。そして、行動することが本質的なことに基づいて、生きた精神的要素を自然に付与したのだとする見方は子供じみた素人の思いつきに過ぎません。人々は自然や感覚の世界を見るのと同じように精神的な存在たちを見ていたというのが本当のところなのです。そのことが彼らの宗教生活への確信の源泉だったのですが、それは芸術的な創造に際して彼らが頼ったところの源泉でもありました。精神的なものは具体的な形態を取って彼らに現れました。彼らは精神的な要素が取る形態や色に通じており、精神的なものの知覚を物質的な表現へともたらすことができました。彼らは手に入れることができた構成用の素材、彫刻やその他の芸術のための素材を取り上げ、精神的な仕方で彼らに顕現したものを表現するために有していた技術をそれらに適用したのです。神々に対する内的な魂的関係の中で彼らが感じていた崇拝の念が彼らの宗教生活の内容でした。彼らが精神の中で見上げていたものを物質に刻印したとき、それは彼らの芸術として感じられました。けれども、彼らがこうして見上げていたものを表現するために手に入れることができた彼らの技術や物質的な素材は、彼らの実際のビジョンに比べると、全くもの足らないものでした。私たちが古代オリエントの進化の中で遭遇するのは、人が見上げていた神的かつ精神的なもの-ゲーテが言うところの感覚的かつ超感覚的なもの-が途方もなく崇高で輝きに満ちて美しかった時代です。人々の感情やファンタジーは彼らがそれを知覚したことによって力強く掻き立てられました。しかし、素材的な媒体を取り扱うための技術はまだあまりにも初歩的なものであったために、その時代の芸術的な創造活動は原始的かつ象徴的なものであり、人類がその精神的な目で知覚したところの遙かに偉大な美の寓話的な表現に過ぎませんでした。そのような時代の芸術家が今日の感覚で自分の仕事を記述したとすれば、「精神が私に示すものは美しい。しかし、私が私の土や木やその他の媒体を使って表現できるのはそのかすかな反映に過ぎない。」と言ったことでしょう。当時の芸術家たちは精神的なものをその完全な美において見るとともに、そのビジョンを感覚による知覚が可能な形態にして、自分ではそれを見ることができない人々に伝えた人たちだったのです。精神的なものを見ることができない人たちは、芸術家が精神的に見たものを象徴的あるいは寓話的な形態の中に具現化するとき、彼らもまた、それらの形態によって、地球を越えた世界、人間が人間としての尊厳を十分に経験するために参入しなければならない世界へと続く道を見出すことができるのだということを確信していました。この神的-精神的なものとの関係はきわめて親密かつ現実的、具体的なものであったために、人々は自分たちが有する思考を、彼らの仲間が存在するのと同じように存在する神々の贈り物であると感じていました。彼らはそのことを次のように表現しました。「私が人間と話すとき、私たちは空気中で響く言葉を話す。私が神々と話すとき、彼らは思考を私に伝え、私はそれを私の内部でのみ聞く。」と。人間が思考を有するとき、彼らはそれらの思考を彼ら自身の魂の活動による産物とは信じていませんでした。彼らは、神的なものによって彼らに吹き込まれる思考を聞いている、と信じていました。彼らが耳で聞くとき、彼らは人々が話すのを聞いているのだと言い、彼らが魂で聞くとき、つまり、彼らの知覚が思考によるものであるとき、彼らは精神的な存在たちが話すのを聞いているのだと言いました。このように、アイデアの形で生きていたところの知識とは、古代の人々の経験では神的な源泉からの伝言であり、神々を通して直接人間たちに語られるときのロゴスの知覚だったのです。ですから、人間たちが神々を見上げたことが宗教的な理想の内的な生命になったのだ、と言うことができます。彼らが神的な形態を様々な媒体を通して象徴的-寓話的に表現したことが芸術的な理想の下に横たわる生命となりました。神々が彼らに語ったことを、彼らが自分の言葉で再構成したものの中に生きていたのが科学的な理想です。古代東洋の時代には、これら三つの理想はひとつに融合していました。と申しますのも、それらは本質的に同一のものだからです。第一の理想の中で、人間は神的な顕現を見上げました。彼らの魂生活の全体が完全に宗教的な感情に浸透されていたのです。科学と芸術のふたつは神々が地上での生活を人間とともにした領域でした。創造的な活動に携わる芸術家は彼の神が彼の手を導いていると感じ、詩人たちは彼らの言葉を神によって形成されているものと感じていました。「私に歌え、ミューズよ、偉大なるアキレスの怒りを」と語っていたのは詩人ではありません。ミューズが自分の中で語っているのだ、と彼は感じていたのですが、それは事実だったのです。そのような発言を詩人の放埒に帰する現代の抽象的なものの見方は、今日あまりにもはびこっている子供じみたナンセンスのひとつです。そのような見方をする人たちは、ゲーテが「あなた方が時代精神と呼ぶものは、正にその中に時代が写し出されているところのあなた方自身の精神なのです」と言うとき、いかに彼が真実を語っているかを理解していません。ここで、宗教、芸術、科学という三重の理想が古代東洋人の中に生きていたそのあり方から、その露骨で散文的な模写であるギリシャ人やローマ人がそれをどのように表現していたかを考察することへと私たちの注意を向けるならば、これら三つの理想がさらに発展した形で見出されるのが分かります。かつて神的-精神的なものは人間の頭上の輝く高みから自らを明らかにしていました。ギリシャ人たちにとって、それは人間を通して直接語りかけてくるものと感じられました。ギリシャ人は彼の内的な生活だけではなく、彼の形態そのものもまた神に浸透されたもの、神に満たされたものとして経験していた、という意味で、宗教生活は人間にとってはるかに身近なものだったのです。彼はもはや頭上の輝く高みを見上げるのではなく、人間の驚異的な形態を見ました。彼が有していたのは、もはや古代東洋人が有していたような神性についての直接的な思索ではなく、その弱い影に過ぎないようなものでした。けれども、ギリシャの詩、芸術そして哲学の中に本当に入っていける人であれば誰であれ、ギリシャ人の基本的な感情を、すなわち、地上の人間は彼の感覚が外的な世界の中に知覚する物質的な要素の単なる組み合わせ以上のものであると彼に言わせるようにした感情を感じることができます。彼は神性が存在することの証明を彼の中に見ていたのです。彼にとって、この地上の人間、ギリシャ人はそれを地上に起源を有するものとして考えることができませんでしたが、それは、ゼウスが、そしてアテナが精神的な世界を支配していることの生きた証拠だったのです。こうして、私たちはギリシャ人たちが人間の形態やその発展する内的な生活を神が支配していることの崇高な証明であると見なしていたことを理解します。彼らは彼らの神を人間的なものとして思い描いてたのですが、それは彼らが人間の中の神についてそれほど深い経験をまだ持つことができていたからです。ギリシャ人が彼の神を人間として思い描いていたことと、現代人が、神人同型説に基づいて、神を擬人化することとは全くの別物です。と申しますのも、ギリシャ人にとっては人間とはその神的な起源の生きた証明だったからです。ギリシャ人たちは、もし、世界がどこまでも神に浸透されているのでなかったとしたら、人間というものが存在することはできなかっただろうと感じていました。人間を理解する上で宗教は決定的な役割を果たしていました。ある人が尊敬されたのは、彼が自分で成ったところのものによってではなく、彼が正に人間であったからです。その霊感による尊敬を受けるものとしてより優っていたのは、彼の日々の成果や野心的な地上的努力ではなく、彼の人間性とともに地上における生へともたらされたところのものでした。そのような尊敬によって、彼は神的-精神的な世界に対する尊敬に適うところまで拡大することが許されたのです。ギリシャ人たちが心に抱いていた芸術的な理想とは、一方では、彼らが体現していた神的-精神的な要素、彼らの地上的なあり方がそれに向けて試されていたところの要素に対する彼らの感じ方の産物でした。他方、彼らは、古代の東洋人には知られていなかったところの自然という物理世界を支配する法則、すなわち、調和と不調和の法則、質量の法則、慣性の法則、あるいは様々な地上の物質の支える力についての強烈な感覚を有していました。東洋人がその媒体を不器用に扱った分野において、つまり、彼を圧倒し、溢れさせた精神的な現実を象徴的-寓話的な仕方で粗野に扱う以上のことが不可能であったために、彼が何らかの芸術作品の中に表現しようとしていた精神的な事実が、その不器用な表現に比べて、いつもはるかに栄光に満ちて偉大であったような分野において、ギリシャ人はそれまでにその取り扱い方を学んでいたところの物理的な媒体の中に彼の精神的な経験を余すところなく体現させようと努めていたのです。ギリシャ人たちは柱の太さをそれが支えるように意図されていた重量に耐える以上の太さにすることを決して許しませんでした。彼らは精神的な性質を持ついかなるものも古代東洋の芸術に特徴的な不器用な仕方で表現することを自分たちに許さなかったはずです。関係する物理法則は完全にマスターされていなければならず、精神と物質はバランスよく統合されていなければなりませんでした。ギリシャ寺院には精神と同じだけの物質的な法則性があり、彫像は物質の表現力が許すのと同じだけの精神的要素を体現しているのです。ホメロスの詩は人間の中にある神的な言葉の流れを直接表現するような仕方で流れます。詩人が言葉を形成するに当たっては、彼が発する言葉のひとつひとつの側面を完全に制御するために、言葉の法則性そのものが彼を導くようにしなければならない、と感じられていたのです。古代東洋の韻に特徴的な、ぎこちなく、口籠もるような形態に留まるものは何もあり得ませんでした。それは精神に十分適うような仕方で表現されなければならなかったのです。言い換えれば、その目標は、顕現した精神が余すところなく感覚知覚可能な形態の中に表現されるように、利用する芸術媒体に特有の法則を十分にマスターする、ということだったのです。人間は神的な創造の証明であるというギリシャ人の感情は、寺院や彫刻のような芸術作品もまた、現在は人間の想像力を通して働いていると考えられている神の支配を、証言するものでなければならないという彼らの感情にマッチしたものでした。寺院を見ると、それを建設した人は、神との交流の中で経験していたことを細部に至るまで反映させることができるように、彼が用いる媒体に適用される法則のすべてをマスターしていたのだ、ということが分かるでしょう。最初期のギリシャ悲劇は、その登場人物たちがアポロやディオニソスといった精神的な存在たちを表現するとともに、自然の中で支配する神性の残響という趣のコーラスを伴った劇でした。悲劇が意図していたのは、精神的な世界で生じていることを十分満足のいく媒体としての人間を通して表現する、ということだったのです。しかし、そのようなことは、人間がいわば芸術作品の世界よりもより高次の世界を見上げなければならなかった古い東洋の時代には思いもよらないことでした。一方、悲劇の場合、そこで生じているのは、上演されているレベルで生じていることであって、いかに精神的な要素が、あらゆる身振り、言葉、合唱の中で、それにみごとに適合した感覚知覚可能な形態へと自らを注ぎ込んでいるか、ということを経験するのを可能にするものであると考えられていました。ギリシャにおける芸術の理想はそのようなことから構成されていたのです。科学的な理想についてはどうでしょうか。ギリシャ人は、もはや東洋人のようには、神々が考えや思考の中で彼に話しかけているのだとは感じていませんでした。彼は既に、思考には努力がつきものであるという事実にいくらか感づいていました。それでも、彼はまだ、ちょうど人間の形をし、内的な生活を有する地上の人間が神性の生きた証であると感じていたように、思考が感覚的な知覚と同じくらい現実的なものであると感じていたのです。彼は彼の思考を、赤や青、あるいはハ長調やト調を感じるのと同じ仕方で感知し、目や耳が感覚的な印象を知覚するのと同じように、外的な世界の中に、思考を感知していました。このことは、彼は、東洋人たちのように全く具体的にロゴスが語るのを経験していたわけではないということを意味しています。ギリシャ人たちは、東洋人たちがそれによって神の表現である考えを与えられたと感じていたところのベーダのような聖典を作ることはありませんでした。彼らは、ちょうど誰かが周囲の世界を見たいのであれば、自分の目を使って周りを見なければならないのを知っているように、自分の思考に働きかけなければならないということを知っていました。とはいえ、彼は自分で展開する思考が自然に刻印された神的な思考であることをまだ知っていたのです。ですから、思考とは神が語っていることの地上的な証明でした。東洋人がまだその語りを聞いていたのに対して、ギリシャ人は、言語の人間的な特徴を認識していたとはいえ、その中に神の言葉が存在することの地上的な証明を見ていたのです。ですから、ギリシャ人たちにとっては、科学もまた神的な贈り物のようなものであり、正に神的な外的形態と内的な経験を有する人間が地上へと送り出されたように、何か精神によって地上へと派遣されたものである、ということは明らかでした。こうして、私たちは宗教的、芸術的、そして科学的な理想が東洋からギリシャ文化までの人類進化の過程の中でいかに変化してきたかを見ます。しばしば説明してきましたように、15世紀の最初の三分の一に始まった私たちの時代における西洋人の発達は、宗教、芸術、そして科学に関する気高く崇高な理想の形態を産み出す必要に直面する地点へと再び到達しています。この発達は、私たちがゲーテアヌムで最初の高校過程を立ち上げていたとき、私が心に抱いていたものです。私が明確にしたかったのは、ゲーテアヌムがそこに立っているのは、人間進化の内的な諸法則によって、宗教的、芸術的、科学的な理想がギリシャのそれさえも超越するような壮大で新しい形態を纏うことを要求しているからだということです。進化する人間の最奥の魂から現れてくる三つの偉大な理想が取るべき新しい形態を、そのひとつひとつの形や線や色の中に指し示していた建物がそこに立っていたはずの廃墟に目を落とすとき、悲しみに圧倒されるのを感じるのはそのためです。人間の三つの偉大な理想の再生をあれほど雄弁に物語るように意図されていたその場所を思いやるとき、私たちに残されている感情は嘆きと悲しみだけです。私たちがそこで実現しようとしていたあらゆることがらを私たちの心の中で育てる、という可能性だけを私たちに残して、そこは廃墟となりました。と申しますのも、そこに別の建物を建てることも考えられるのですが、それは私たちが失った建物とは異なるものであることは確かだからです。言い換えれば、古いゲーテアヌムが表現していたものを表現する建物は二度と建てることができないのです。だからこそ、ゲーテアヌムが人類の三つの偉大な理想に向けて貢献するように意図されていたあらゆることがらは、より深く私たちの心の中に刻み込まれなければならないのです。今日では、超感覚的な能力を有する古い時代の東洋人のように、神的-精神的なものが感覚的世界の被造物のように輝くような直接性をもって我々の前に現れるとも、神々による行為が、日常生活において、外的な世界の中で遂行される感覚的に知覚可能な行為のように我々の魂による知覚の前に現れるとも言うことができません。けれども、私たちが人間や自然への探求を、人智学的な思考や感情がそのような探求に付与する生き生きとした特質をもって活気づけるとき、私たちは秩序ある宇宙としての世界、あるいは、ギリシャ人たちがそれを見たときとは異なる形態を纏った宇宙を見ることになります。ギリシャ人が自然を探求の対象としたり、感覚世界の中で活動する人間について思索したりしたときに有した感情は、泉が湧き出すところ、あるいは、雲をいただく峰が空に突き出すところでは、そして、太陽が暁の輝きの中で昇るとき、あるいは、虹が空に架かるときには、精神がそれらの現象の中で語っているのだ、というものでした。ギリシャ人たちが自然を眺めるときのその仕方は、その中に精神の存在を感じさせることができるようなものだったのです。彼らの自然についての思索は本当に彼らを満足させましたが、彼らがそこに見たのは彼らのあらゆる側面を満足させるようなものだったのです。私は、人々が自然科学の進歩について語るのはいかに正当なことであるか、ということをしばしば強調してきましたが、人智学は、ここ数世紀における科学的な進歩の真の重要性を認識する上で、特別な位置を占めています。私はそのことを何度も強調してきました。人智学は科学や科学的な探求を中傷したり批判したりすることとは全く無縁なのです。それはすべての本当に真摯な探求を称えます。親愛なる友人の皆さん、ここ数世紀に渡って、人々は自然について本当に途方もなく多くのことを学んで来ました。もし、既に学んだことがらにさらに深く入っていくならば、自然についての探求は、私がこの演壇から何度も述べてきましたように、人間の繰り返される地上生についての洞察、自然の変容についての洞察へと導くことになるでしょう。人は、その感覚、その魂、その精神が現時点で経験しつつあることがらに新しい生命の形をもたらすことになる未来を予見することになるのです。もし、人が自然のより深い探求に適切に取り組むならば、その自然に対する全体としての態度は、ギリシャ人たちが有していた態度とは異なるものとなります。彼らは自然を完全に成熟した存在、そこから精神世界の栄光が輝き出すところのものとして見ていました。現代人はもはや自然をこの光の下に眺めることはできません。もし、私たちが、自然を創造するということに関して、私たちの多くのすばらしい発明品や装置を用いた結果であると認識したり感じたりするようになったあらゆるものを詳しく調べるならば、私たちはむしろ自然を芽生える力が宿るものとして、ただ遙かに遠い未来においてのみ成熟へと至ることができるような何かをその子宮に宿すものとして見ることになるのです。ギリシャ人はあらゆる植物を、種の神が個々の植物体の中に生きているという理由で、既に完全な段階に至っている有機体として見ていました。今日、私たちは植物を、自然がさらに高い段階へともたらすべき何かと見なします。私たちの目に映るのは、どこを見ても、種子の要素なのです。私たちが未来への可能性を孕むこの未完の自然の中で出会うところのあらゆる現象は、神的な要素が自然を支配しているということ、そして、自然がその胎児の状態から最終的に完成された段階へと発展していくことを確実なものとするために、それは支配し続けなければならないということを私たちに感じさせます。私たちはずっと正確に自然を眺めることを学んでいます。私たちが卵を見るところでギリシャ人は鳥を見ました。彼は事物の完成された段階を見ましたが、私たちはその始まりを見ます。その心と魂の全体で種子の側面を感じ取れる人、自然における種子の可能性を感じ取る人は、それについての正しい観点を有しているのです。これが現代の自然科学における異なる側面です。宗教的な態度をもって顕微鏡や望遠鏡をのぞき込むことを始める人は誰であれ、あらゆるところに種子の段階を見出すでしょう。現代の自然探求法に特徴的な正確さによって、私たちはそれが至るところで創造的であり、至るところで未来に向かって急いでいるのだ、ということを理解することができるようになります。そのことが新しい宗教的な考えを創造するのです。もちろん、個々の人が来るべき別の、全く異なる地上的、宇宙的な生活を生き抜くことになる、という種子の可能性に対する感情を有している人だけが、私が述べる宗教的な理想を発達させることができます。ギリシャ人たちが人間の中に見たのは彼自身の時代の宇宙に存在したあらゆるものの複合体でした。古代東洋人たちが人間の中に見たのは過去の宇宙全体の複合体でした。今日、私たちは人類の中に未来の種子を感知します。このことは新しい宗教的な理想にその現代的な色合いを与えることになります。次に、芸術における新しい理想に関する考察へと進みましょう。私たちが外面性や抽象的な考えの前で立ち止まることを拒否し、自然やその形態をより深く、生命と調和した探求の対象にするとき、私たちは何を見いだすでしょうか?親愛なる友人の皆さん、皆さんは、私たちが皆さんの正に目の前に見出すところのものを、ゲーテアヌムの柱の柱頭やそれにかぶせられた縁取り模様の中に見ていたのです。そのどれもが自然観察の結果ではありませんでした。それはそれとともに経験することによって産み出されたものだったのです。自然は形態を産み出しますが、これらの形態は正に別の形態でもあり得るのです。自然は私たちに絶えずそれを変化させるように、その形態を変容させるように促しています。自然を単に外側から観察する人はそれを模倣し、自然主義に陥ります。自然を経験する人、単に植物の形や色を見るのではなく、それらについての真に内的な経験を有する人は、各々の植物、石、動物から打ち明けられた別の形態を見出し、それを彼の媒体の中に体現させます。私たちは、媒体の洗練された取り扱いを通して、精神を完全に表現することを目指したギリシャ的な方法は取りません。私たちの方法では、自然の形態にできるだけ深く入り込むことによって、それらをさらなる独立した変容へともたらします。私たちは東洋の象徴的-寓話的な取り扱いに頼ったり、ギリシャ的な媒体の技術的習熟を目指したりはしません。私たちの方法では、芸術作品の中のあらゆる線や色を、それらが神的なものに向かうように取り扱います。東洋人は神的なものを表現するために象徴主義や寓話的なものを用いました。それは彼の作品からオーラのように輝きだしました。それは輝きだし、湧き出し、作品を覆い隠すことによって、形態よりも遙かに雄弁に物語ったのです。私たち現代人は、自然界の基本要素が自然そのものよりも雄弁にその形態の中で語るような作品、とはいえ、それは自然に密接に関連しているために、あらゆる線や色が自然による神への祈りとなるような仕方で語るような作品を創造しなければなりません。私たちが自然と取り組むとき、自然そのものがその中で神性を崇拝するような形態を発達させることになるのです。私たちは芸術の言葉で自然に語りかけます。実際、あらゆる植物、あらゆる木は祈りの中で神性を見上げたいと願っているのです。このことは植物や木の表情の中に見て取れます。けれども、植物も木も十分な能力をもってそのことを表現するようにはできていません。とはいえ、それは可能性としてそこにありますから、もし、私たちがそれを取り出すならば、つまり、私たちが私たちの建築や彫刻の中に、木や植物や雲や石の内的な生活を、それがその媒体の線や色の中で生きるように体現するならば、自然は私たちの芸術作品を通して神々に語りかけることになります。私たちは自然世界の中にロゴスを見出します。私たちを取り巻く自然よりもさらに高次の自然が芸術の中に自らを現すのですが、そのとき、それは、それ自身完全に自然な仕方で、上方の神的-精神的な世界に向けて流れ出すロゴスを解き放つのです。東洋の芸術作品においては、ロゴスは下方へと流れました。それが人間的な媒体の中に見いだしたのはたどたどしい表現だけでした。私たちの芸術形態は真に言語的な造形でなければならず、もし、自然そのものがその可能性を最大限に発揮できたとしたら語るであろうことを声にするものでなければなりません。自然をその種子的な特質という観点から眺める宗教的な理想の傍らに立つべき新しい芸術的な理想とはそのようなものです。三番目は私たちの科学的な理想です。それはもはや東洋人たちが有していた感情、すなわち、思考とは何か神によって人の魂へと直接吹き込まれるようなものである、という感情に基づくものではありません。それはまた、思考を神性に対する内的な証明と感じたギリシャ的な理想に近いものでもあり得ません。今日では、私たちが思考を発達させるためには、純粋に人間的な力を行使し、純粋に人間的な仕方で働かなければなりません。けれども、私たちが努力することによって、利己主義、身勝手、主観的な感情、あるいは、思考に偏見の色づけをするような党派的な精神によって少しも堕落していない思考を達成するやいなや、つまり、思考そのものが取ろうとする形態において思考を経験するように私たちが人間として努力するやいなや、私たちはもはや私たちを私たちの思考の創造者あるいは形成者と見なすのではなく、私たちの思考がそれ自身の本性を生き抜くための単なる内的な活動の舞台と見なすようになります。そして、私たちは、これらの無私で偏見のない思考、私たち自身が創造したように見えるこれらの思考の広大さを感じ取り、それらが神を記述するのにふさわしいものであることに驚かされるのです。私たちは後になって、私たち自身の心の中で形成される思考が神を描き出すにふさわしいものであることを見出すのです。私たちは最初に思考を発見し、その後、思考が「ロゴス」に他ならないことを発見します!皆さんの中で思考が自らを形成するのを無欲で許容している間、その無欲な態度は神がその思考の創造者になることを可能にしているのです。東洋人が思考を神の顕現であると感じ、ギリシャ人がそれを神的な現実の証明であると理解する一方、私たちはそれを生き生きとした発見であると感じます。つまり、私たちが思考を有した後、それはそれが神性を表現することを許されていたのだと私たちに告げるのです。これが私たちの科学的な理想です。ですから、私たちは現在進行中の人類進化のこの場所に立ち、その中で私たちがどの地点に至っているのかに気づきます。両側に耳のある人間の頭部や喉頭、ねじれたふたつの肩甲骨を見れば、それらについて単によく考えてみる以上のことができなければならない、ということが分かります。もし、私たちがそれらの自然な形態を変容させることに成功するならば、ふたつの肩甲骨がさらに発達し、耳と喉頭が共に成長することで、あるひとつの形態が現れてきます。つまり、胸と頭、二つの翼、喉頭と耳から構成されるルシファー的な形態が現れてくるのです。私たちは自然の中の芸術的な要素、自然自体の中に見出されるものよりもさらに高次の形態の生命が現れるように、自然の形態に生命を付与する要素を知覚する地点へとやってきました。けれども、そのことはまた私たちを、変容する自然そのものの活動、そして、それによって人間を変容させる活動を辿ることができるような位置へともたらすのですが、私たちはその同じ芸術的な技を教育学的-教訓的な分野に適用することができます。その同じ創造的な芸術的手腕は絶えず変化する子供たちを扱う教育的な仕事に適用されるのです。と申しますのも、私たちは、ロゴスを創り出し、自然を超えた自然であることを私たちが知っているところの芸術によってそれを学んだからです。私たちはそれを泉以上の泉から学びますが、それはそれらの泉が神と交信しているからです。私たちはそれを木以上の木から学ぶのですが、それは前者がたどたどしい枝の動きを何とか達成している一方、後者は枝や花冠の身振りによって神を指し示す形態の中で、現代の芸術的な想像力に対して自らを現しているからです。私たちが私たちのゲーテアヌムにおいて試みたように、私たちが宇宙の形態を変容させ、それらを再構成するとき、私たちはそれを宇宙から学びます。これらの学びのすべては、日々、子供たちを再構成し、再創造しているプロセスをサポートするために、毎日どのように子供たちに働きかけていけばよいかを私たちに教えてくれます。それは私たちが芸術的な技を人類の学校教育にもたらすことを可能にしてくれるのですが、同じことは他の分野にも言えます。人類の三つの偉大な理想が人智学徒の思索する魂の前に再活性化されて現れてくるのは、そのような光の中においてです。ゲーテアヌムの形態が意図していたのは、これらの崇高な理想をその新しい側面において経験しようとする熱意で満たすということでした。今は、それらの形態を静かに私たちの心の中に埋葬しなければなりません。けれども、それらは私たちの中で熱意への源泉とされるべきです。私たちがその熱意を獲得し、それら三つの理想を経験する中で神性へと引き上げられるならば、地球の最も気高い理想が私たちの中で発展します。福音書は、「汝自身を愛するように汝の隣人を、そして、とりわけ神を愛しなさい。」と述べています。別の言い方をすれば、「もし、現在の人類がそうしなければならないように、三つの理想の今日的な側面という光の中で神を見上げるならば、人は神を愛するようになる。」ということです。と申しますのも、人は、自分が動員できる愛のすべてをもって、その三つの理想に自らを捧げることに自分の人間性がかかっていると感じているからです。けれども、そのとき、人は、同様の行いをしながら、同じ愛を捧げることができる他のすべての人々とひとつに結びついていると感じます。人はとりわけ神を愛することを学び、神を愛する中で、自分自身と同じように、隣人を愛するようになります。このことによって厳しい感情が生じるのが抑制されるのです。それが協会における個々のメンバーを結びつけ、ひとつの統合体にするものであり、現在必要とされているものです。私たちは協会におけるひとつのフェーズ、そして、そこでは人智学が教育のチャンネルやその他の実際的な分野、あるいは芸術活動等へと注ぎ込まれましたが、そのようなフェーズを通過するという経験をしてきました。今や、私たちは力を合わせる必要があります。私たちには第一級のウォルドルフ学校教師やその他の専門家を擁しています。それぞれの専門的な立場からベストを尽くしている人たちが、人智学的な生命の源泉を今までにない新しい流れへともたらす道を見出す必要があります。今必要とされているのはそのことです。これらのことがらについての会合を計画したのは、私たちがそれを必要としており、指導的な人智学徒たちが人智学協会を再活性化するという現在の必要性を意識しているということを証明する必要があるからです。その会合は2、3日のうちにシュテュットガルトで持たれることになっています。協会に好意を持つ人たちは、その会合の成果に暖かい期待を抱いてほしいと思います。と申しますのも、そこに参加する人たちが正しい音調を発現させるときにだけ、つまり、それらの人々が三つの偉大な、愛を生じさせる理想に向かう真に精力的な熱意をもって響き渡る音調を発現させ、彼らの発する言葉の内容とエネルギーがそのことを保証するときにだけ、人智学協会がその目的を達成するということが期待できるからです。そして、そこで生じることがらが、協会の中のより幅広い枠組みの中で、ものごとがどのように進行するかを決定づけることになるはずだからです。私もまた、シュテュットガルト会議の結果を見て、私自身の今後の行動がどうあるべきかを知ることになるでしょう。大いなる期待がそれにかかっています。私は、皆さんの中でシュテュットガルトに行くことができない人もすべて、私たちとともに思考を支えてほしいと思います。これは、現在の人類にとって不可欠の偉大な理想のために、健全で精力的な努力をもって関わることが求められる重要な機会なのです。私たちは、誰かの手になる思いつきの説明でそれらの理想を知るのではなく、進化の過程全体によって、つまり、人間の地上における発達の全体としての意義、そして、それは目覚める人間に太陽が現れるのと全く同様に、私たちに現れるのですが、そのような意義によって刻み込まれたあの記述から、知ることになります。私たちの魂の中にその熱意を点火することから始めましょう。そうすれば、それは行動となるでしょう。そして、行動することが本質的なことなのです。 人智学的共同体形成 (GA257)第5講了人気ブログランキングへ
2024年07月18日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第4講 シュトゥットガルト、1923年2月13日 佐々木義之 訳 人智学協会をめぐる情勢を見ますと、その少なくともいくつかについては、今夜もう一度、簡単に触れておくのがよいように思われます。けれども、協会の組織やその発展といった側面に立ち入るために講義の時間を使うのは、全く私の意図するところではありませんでした。と申しますのも、私の使命は人智学そのもののために働くことであり、協会の活動やその発展に関するあらゆることがらは、様々な場所でそのための責任を負ってきた他の人たちに喜んで任せたいと考えているからです。とはいえ、今日の講演のために当初意図していた課題については、間もなく開催される代表者会議の場で十分時間をかけて議論できればと考えています。協会における最近の情勢から明らかになったような必要性から見て、恐らく、皆さんは、私が人智学的な発展における3つのフェーズについて一週間前にお話ししたことがらについて、いくつか補足的にコメントすることをお許しくださるでしょう。今日は、これら3つのフェーズすべてに「共通するあの側面」を取り上げたいと思っています。これら3つのフェーズの違いについては、先週、素描的にではありましたが、集中的にお話ししましたまず、私たちのような協会はどのようにして存在するようになるかということについて議論することから始めたいと思います。私がこれからお話しすることは、聴衆の皆さんの多くにとって自己認識のための手段となり、そして、そのことで、来るべき代表者会議のためのよい準備であったことが分かるということになると信じています。現在の文明や文化の発展に通じている人であれば誰であれ、人智学が提供すべき知識の深化、倫理的実践、内的宗教生活は時代そのものの要求であるということを知っているはずです。けれども、他方、私たちのような協会は、今日蔓延している状況の下で切実に必要とされているあれらの要素をますます広く普及させることにおいて、先駆けとなって活動しなければなりません。そのような先駆けはどのようにして作られるでしょうか。恐らく、人智学協会を真摯に追い求めて来た人は皆、私がこれから記述しようとしていることがらの中に自分自身の運命の一部を認めることになるでしょう。過去21年か22年に渡る人智学協会の発展を振り返ってみるならば、人智学協会にアプローチしてくる人たちの大多数は、今日の生活において、自分たちを取り巻く精神的、心理学的、そして、実際的な条件に満足できないと感じているからこそそうするのだということが確かに分かるでしょう。最初の頃の協会は、批判的にではなく、事実に基づいて考えたとき、良き時代であったとさえ云えるのですが、そこでは、何かほとんど現在の生活から別の種類の生活への飛翔、そこで暮らす人々が人間としての尊厳に適った生活ができると心から感じられるような人間的な共同体の上にうち立てられた生活への飛翔とでも言えるような何かが起こっていました。彼らを取り巻く生活の中に蔓延していたこの精神的、魂的、実際的な状況からの疎外が、人智学協会の設立に当たって、ひとつの要素になっていたと考えなければなりません。と申しますのも、人智学徒になった人々は、他の何千、何億という人たちが実際、そう遠くない未来に切実に感じているであろうことを最初に感じ取った人たちだったからです。つまり、彼らは、過去の時代には完全に正当化されていたばかりではなく、歴史的な意味で必然の所産でもあったところの古い形態、そして、それはその時代から現在の形態へともたらされたものではあるが、そのような形態は現代人の内的な生活が要求し、十全たる人間としての尊厳が求めるものをもはや提供できないということを感じ取っていたのです。これらのことがらに関してオープンな心を持ち、真摯な探求の中で人智学へとやって来た人であれば誰であれ、自己観察をしてみるならば、単に今日的なその他の人間の集団の中においてではなく、特別な共同体の中で自分の魂の要求を満足させたいという願いは自分の人間としての最奥の中心から湧き出してくるような何かであり、現時点における特別な現象であると感じられ、全人としての永遠の源泉から自分の魂の表面へと歩を進めているような何かであるということに気づくでしょう。ですから、本当に素直な気持ちで人智学にやって来た人たちは、人智学協会に所属することの必要性を本当に自分たちの深い、心からの関心事として、もし、彼らが正直であるならば、それなしでは本当にやっていけないような何かであると感じる人たちなのです。けれどもまた、私たちは、人々が人智学協会への帰属を求めるときの明確さ、思考の明確さではなく、感情の明確さそのものが、十全たる人間性への希求に対して、いかに外的な世界が無力であるかを示しているということを認めなければなりません。今日存在している世界の条件からの疎外についての魂の感じ方がそれほど強烈なものになっていなかったとしたら、人々はそれほどまで差し迫って人智学を求めざるを得ないとは感じていなかったでしょう。ですが、その他のことがらについての考察へと話を進めましょう。これまで私がお話ししてきたことは人間の意志衝動の逆転とでも呼べるものです。人はある一定の時代に生まれ、その時代の人間として教育されます。その結果、彼の意志衝動はひたすら彼を取り巻くすべての人間世界の意志衝動と一致したものになるということになります。彼は成長しますが、周囲にある意志の傾向へと内的に大いに掻き立てられながらそうするというわけではありません。そのことは、これまで彼が外的な世界から取り入れてきたところのこれらの習慣的な意志衝動に対する内的な反感を深く経験し、それまでのこの外的な意志を内的なものに変えるという結果をもたらします。そのとき、彼は、彼の意志のこの方向転換によって、私たちの時代があれほどまで切実に経験しているあこがれ、永遠の源泉から湧き出してきて、彼の意志がそれまで向かっていた方向とは異なる共同体への帰属を求めるように強いるあこがれに気づかされるようになります。ところで、本来、意志に関するものはすべて倫理的、道徳的なものですから、人を人智学協会へと駆り立てるのは、少なくともその意志と感情の側面においては、倫理的、道徳的な衝動なのです。彼を人智学協会へともたらしたこの倫理的な衝動は、彼を彼の魂生活における永遠の泉へと運んで行くとき、彼の最も内的な至聖の場所で彼を掻き立てることによって、宗教的な衝動へと発展します。もし、そうならなかったとしたら、外から課せられた規則、伝統的な慣習、あるいは、その人を取り巻く生活の中から多かれ少なかれ考えなしに取り入れた習慣、言い換えれば、その人が成長する過程で発展してきたあらゆる倫理的、道徳的、宗教的なものに単に対応することで終わってしまっていたはずですが、それが今や内へと向かい、その人の倫理・道徳的、宗教的なあり方を、十全たる内的な現実にしようとする苦闘へと変わるのです。ですから、人がその意志生活と―少なくともある程度の―感情生活を、単に偶然出会ったような何らかの知識を受け入れることに結びつけようとしても、その人の身の丈に十分に適ったものにはならないのです。私たちが母乳と一緒に吸収するような種類の知識ではなく、私たちが6才までに内的な魂の訓練として確かに受け取り、その後も受け取り続けるような知識、つまり、私たちの心がその学ぶ能力において受け入れるところのあらゆることがらは、それらの対極にあるとはいえ、それらと完全に調和し、一致するところの倫理的、道徳的、宗教的な要素に直面することになるのです。とはいえ、それらは、宗教的な深化を人智学的な努力へともたらそうとする人にとっては、決して思いもよらないようなものではありません。ここ何世紀かに渡って文明人が発達させてきた種類の実際生活とは、人智学徒が正にそこから自分の道徳的、倫理的、宗教的な本性を自由にしたいと望んでいるような生活なのです。たとえ彼が彼を取り巻く生活と妥協したとしても、そして、実際、彼はそうしなければならないのですが、彼の本当の望みとは、ここ数世紀の間に文明が創り出したもの、すなわち破滅的な現在の状況へと直接導いてきたところのものから逃げ出すということなのです。この望みは、人智学運動を希求する人の多くの中では、本能的なものとしてだけ存在しているかも知れませんが、確かに存在しているのです。さて、ここ数世紀に渡る宗教衝動や意志衝動の発達を説明することができる要素というのは、正に現代における学問生活の方向性と全体的な色合いを決定づけたものと同じであるという事実に眼を向けてみたいと思います。現代的な認識方法が客観的な物理学、客観的な数学、客観的な化学を創り出した、それは客観的な生物科学やその他のものに向かって働き続けていると信じ、そのように言うことができるのは単に偏見に陥っている人だけです。それは全くの偏見です。実際、私たちがおよそ6才の頃から自分にたたき込んできたのは、ここ数世紀に渡って発達してきたような外的な影響を受けた意志衝動の産物であり、宗教衝動の産物である、というのが本当のところなのです。人智学を求める人がこれらの意志衝動から、そして、その人の道徳生活がその最高の表現をその中に見出すべき宗教的な形態から逃れたいと思うとき、その人は、同時に、彼がそこから立ち去りたいと思う世界にではなく、彼が求める新しい世界に合致した認識方法を求めざるを得ません。言い換えれば、彼はその意志衝動を内側に向けているために、彼の内転した意志に対応した知識、過去数世紀に渡って続いてきた文明世界におけるあらゆる生活の外面化から発生したところの外面化された科学をはるかに越えたところへと彼を連れていくところの知識を追求せざるを得ないのです。人智学徒は、もし、認識の方向性を変えないとしたら、自分は首尾一貫しない人間になるだろう。そうなれば、自分の意志の方向性を再び変えなければならないだろうと感じます。彼は、全く無思慮な人間として、「私は私の人間性がこれまでの世紀によって私たちにもたらされた種類の生活と実践から疎外されていると感じるけれども、それらが産み出した知識には全く満足している。」ということになるでしょう。内転した意志を持つ人は、彼がそこから逃れたいと思っている世界によって獲得された種類の学びによって満足させられることは決してありません。多くの個々の人々は、彼らが逃げ出したいと思っている実際生活は、人が目で見ることができたり、物理的な観察によって知ることができたりすることがらのみを信じているという事実からその現在の形態を受け取っているということに全く本能的に気づくようになります。ですから、求道者たちは認識のベースとしての目に見えない超感覚的な領域に向かうのです。生活や実践において外的なものにされた形態は唯物的な科学から成長してきたものです。そして、それらの形態を十全に人間的なものとしてではなく、人間以下のものとして見なさざるを得ない人は、外的、物質的なものやそれについての判断のみを信じることに基づく科学に自分は適っていないと感じます。人智学徒の魂のドラマにおける第1幕、つまり、道徳・宗教の幕の後に続く第2幕は超感覚的な認識の探求へと駆り立てられることから構成されています。そして、それは既に第1幕の中に種子の形で含まれています。人智学協会がその内容を超感覚的な世界から得た知識の上にうち立てるのは、何か全く自然に生じるようなことです。こうしてその意志がその運命として経験するあらゆることがら、洞察へと向かう努力がその探求の内容として認識するあらゆることがらは、人智学徒の心と魂の中で分かちがたく結びついたひとつの全体へと融合されます。それは彼の人生と人間性の正に核心であり、彼の全般的な態度、すなわち彼が社会の中で自分の居場所を占めるときの魂の状態を形作り、色づけるものなのです。ですがここでは、人智学を指向する人物にとってそれが暗示する帰結について考察してみることにしましょう。その人も外的な人生や実践から自分を解き放つことはできません。彼は人智学協会に飛び込んできたのですが、人生の外的な必要性は継続し、直ちにそれらから逃れることはできません。その結果、彼の魂は彼の継続する外的な生活と、人智学協会のメンバーとして育んできたところの理想とする生活や認識との間に捕らえられ、引き裂かれるのです。この種の亀裂は痛ましいものであり、悲劇的な経験でさえあるのですが、その程度はその人の深み、あるいはその浅薄さに応じたものとなります。けれども、正にこの痛み、この悲劇の中にこそ、私たちのこの朽ち果てつつある文化のただ中にうち立てられるべき新しい、そして建設的な生活のための最も貴重な種子が含まれているのです。と申しますのも、人生において、あらゆる花咲き、実をつけるところのものは、痛みと苦しみから成長して来る、というのが本当のところだからです。協会の使命を引き受けるとき、それについての最も深い感情を有している人こそが、恐らくこの痛みと苦しみに対して最も個人的な経験をしなければならない人なのです。けれども、真の人間の力とは、苦しみを乗り越え、それを生きた力、克服する力の源泉にすることによってのみ発達させることができるようなものであるというのもまた真実なのです。ですから、協会へと導く道は、第一に、意志の方向性を変えるということ、第二に、超感覚的な認識を経験するということ、最後に、時代の運命がその人の個人的な運命になる程までにそれに参加するということにあります。人は自分の意志を反転させるという行為において、そして、すべての真実の超感覚的な本性を経験するという行為において自分が人類の進化に与っているのを感じます。私たちは、その時代の真の重要性についての経験に与ることによってはじめて、私たちが人間であるという事実に対する真の感情を与えられるのです。「人智学」という言葉は、本当に、その人を十全たる人間にするような魂の態度と経験であるところの意識内容を意味する「智」の同義語として理解されるべきです。「人智学」の正しい説明は、「人間の叡智」ではなく、むしろ「その人の人間であることの意識」です。言い換えれば、意志の反転、認識を経験するということ、そして、時代の運命に与るということはすべて、魂にある一定の意識の方向性、すなわち「智」を付与することに向けられるべきなのです。私がここで記述しているのは、人智学協会を存在へともたらしたいくつかの要素についてです。協会は、本当は設立されたのではなく、単に生じたのです。何らかの真に内的な現実から発展してくるようなものを、あらかじめ決められた手続きを踏んで設立することはできません。人智学協会というようなものが生じることができたのは、私がここで特徴づけた意志の反転、生きた認識、そして時代の運命に与ることに対する準備ができていた人たちがいたからであり、それらの特別な心たちの中の要求として生きていたところのものに適うような何かが、ある場所から現れたからに他なりません。けれども、そのような人間の集まりが可能なのは、私たちの時代である意識魂の時代においてのみです。そして、意識魂の本性についての正しい考えをまだ持つことができない人たちはこの発展について理解することができません。そのひとつの例として、三人の力が合わさることによって人智学協会の実行委員会が形成されたのだという奇妙な話をした大学のドンが挙げられます。このドン的な脳味噌は、と申しますのも、彼の場合、十全に発達した人間は問題になり得ないので、彼のどの部分が関与しているのかを明確にしておく必要があるからですが、そのようなことを行わせるために彼らを選定し、権限を付与したのは誰かを問う必要性があるということを探り当てたのです。そうですね、物事を始めるのに当たって、三人の人が現れ、我々はあれこれの目的を持っており、もし、一緒に探求しようとする人がいれば誰でも歓迎する、もし、それがいやなら、それもまた大変結構であるとアナウンスする以上に自由なやり方が一体あり得るでしょうか。確かに、誰もが全く自由にできたことでしょう。人智学協会が存在するようになるその仕方以上に、自由に対する敬意を表し得たものは何もなかったことでしょう。それは意識魂の時代の発達段階に正確に対応しています。けれども、人は意識魂の時代に参入していなくても十分に大学のドンになることはできますが、その場合には、自由ということに密接に関連したことがらに対する理解を有していないでしょう。私は、私たちが直面するこのようなことがらを、それらが単にそこにあるという理由だけで議論しなければならないとしたら、いかにそれがある種の人たちを不快にさせるかということを承知しています。けれども、それは、協会が生きて存在し続けるためには何が必要かという問いに光を投げかけるものです。人智学徒たちは自分たちを取り巻く世界の一部であり続けなければならず、そこから逃れることができるのは魂のレベルにおいてだけですから、彼らは私がここでお話ししてきたような魂の経験、そして、それは内的な苦しみから本当の悲劇に至るすべての領域を含んでいるのですが、そのような魂の経験の特別なニュアンスへの傾向を持つようになります。この種の魂の経験は、人智学協会が存在するようになるに当たって特に重要な役割を果たしました。そればかりではなく、それ以来、協会を求めてやって来たすべての人々によって、それは絶えず生き生きと経験され続けているのです。当然のことながら、協会はその永続する存在条件という要素とともに、その社会生活の中に深く根ざしたこの共通の要素を考慮しなければなりません。協会が3つのフェーズを通して発展してきた中で新しく参加してくる人たちが、その感情生活においては、第1フェーズにある自分たちを見出すというのもまた当然のことです。共存する3つのフェーズを和解させるという責任を負っているのは協会の指導者たちであるという事実から多くの困難が生じます。と申しますのも、それらは順を追って発展してきたとはいえ、併存しているものだからです。さらに言えば、継続した過去の段階としての側面に関しては、それらは過去に属し、したがって記憶なのですが、一方で、同時進行する側面に関しては、それらは現在体験されつつあるものだからです。ですから、このような状況においては、理論的、教条的なアプローチは問題になりません。そうではなく、人智学的な生活を育成するために役立ちたいと思っている人に必要なのは愛する心であり、そのような生活の全体性へと開かれた目なのです。ちょうど、年を取るということが、背中が曲がったり、内的にも外的にも皺ができたり、禿げたり、若い日のことを昨日のことのように生き生きと思い出すためのあらゆる感覚を失ったりすることを意味するように、遅い時期に、例えば、1919年に協会に加入することで、運動の第1フェーズにおける新鮮で新しく、芽生えるような生命を感知し損ねるということもあり得るのです。そのような能力は努力して発達させるべきものです。そうでなければ、人智学との関係で、正しい心と感情は失われ、その結果、人生の他の領域における教条主義や理論を嘲笑し、軽蔑する一方で、人智学的な生活を育成するという努力自体が教条主義にならざるを得ないでしょう。これは、人智学協会がそうでなければならないような生きたことがらにとっては、深刻な打撃となります。さて、運動の第3フェーズにおいて、奇妙な種類の衝突が持ち上がりました。それは1919年に始まりました。私はさし当たりそれを倫理的な観点から評価するつもりはありませんが、実際には思慮のなさがその種の意志衝動ですから、倫理の問題なのです。思慮のなさによって何かがなされないままになり、確固とした意志が本当に必要なところで同じ思慮のなさが多くの勝手気ままな行動へと導くとき、倫理的-道徳的な要素が関係しているのを確かに見て取ることができます。今は、協会がそこに投げ込まれたいさかい、長く隠されたいさかいについてお話ししているところですから、今日このテーマに関する側面に立ち入るつもりはありませんが、それは開かれた率直な議論に供されるべきことがらです。人智学的な発展における第1のフェーズにおいては、それぞれの人智学徒たちは二人の人間に分かれる傾向がありました。一方は、例えば、自分の力が及ぶ範囲でなすべきことをなす事務マネージャです。彼は彼の意志を、近代的な外的生活や実践の中でものごとが発達してきたその仕方によって過去数世紀に渡って形成されてきた溝、彼の最奥の魂がそこから逃れたいと望んできた溝の中に注ぎ込みました。けれども、彼はそれらに捕らえられていました。彼の意志に捕らえられていたのです。さて、あらゆるそのような追求の中には意志が強烈に関わっているということを完全に明確にしておきましょう。一日の始まりから終わりまで、事務マネージャであれ何であれ、人が行うひとつひとつのことがらの中には意志が含まれているのです。その人が事務マネージャではなく、校長や教授であったとしても、つまり、より思考に関わる職業であったとしても、その思考もまた、それが外的な生活に関係する限り、その人の意志衝動の中に流れ込みます。言い換えれば、人の意志というものはその人の外にあるものに本当に結びついたままなのです。魂がその思考と感情をもって人智学協会に入ってくるのは、正に意志が取る方向性から逃れたいと思っているからなのです。ですから、意志人間はある場所に行き着き、思考人間と感情人間は別の場所に行き着きます。もちろん、このことはある人々を本当に幸福にしました。と申しますのも、少なからぬ党派的なグループが、最も通常の活動分野において、その構成員たちの意志を行使することで過ごした一日の終わりに会合を持ち、「善き思考を送り出す」ことは最も賞賛すべき行いであると考えていたからです。人々はこの種のグループを形成し、彼らの外的な生活から思考と感情だけから成る生活、私はこのような生活を非現実的と言うつもりはありませんが、其れへと逃避しながら、善き思考を送り出しました。個々に人は自分をふたつに分け、ひとつはオフィスや教室へと向かい、もうひとつは完全に異なる種類の生活を送るために人智学的な集会に参加しました。けれども、多くの人智学的に思考し感じる人々が、十全で生き生きとした生活が可能な人智学的な取り組みを立ち上げるために、彼らの意志を用いるように促されたとき、それらの意志をその仕事に必要な全人としての装備の中に含めなければなりませんでした。このことが諍(いさか)いの起源だったのです。友人が山登りのときに足を折らないようにするための良い考えを伝えるように訓練することは比較的容易です。はるかに難しいのは、何らかの外的・物質的な活動に携わる意志の中に十分強く善き思考を注ぎ込むことによって、つまり、そのようにして自分の人間性を行使した結果として、もの自体が精神に浸透されるようになるということです。多くの取り組みが難破の憂き目にあったのは、協会の発達における第3フェーズの間に、そのことを行うことができなかったからです。すばらしい知性や天才が不足していたのではなく、私はこのことを全く真摯に申し上げたいのですが、関係する意志を堅固にし、強化するために、手に入る知性や天才が十分に適用されなかったのです。もし、皆さんが心の観点からものごとを眺めるならば、どんなにか異なって見えることでしょう。外的な生活に関して、人の心がどんなに満足していないか考えてみてください。人が満足できないのは、他の人々があまりにも意地悪で、すべてが完全からはほど遠いからだけではなく、人生そのものがいつも私たちのためにものごとを容易にしてくれるとは限らないからです。皆さんは、人生はいつも羽布団とは限らないということに同意されるでしょう。生きるということは働くということです。一方に、この厳しい人生があり、他方に、人智学協会があります。人はあらゆる不満を抱えて協会に入ってきます。思考し感じる人間としては、人はそこに満足を見い出しますが、それは、外的な生活という人がそこに不満を感じて全く当たり前の場所では得られないような何かを受け取るからです。人は人智学協会の中に満足を見い出します。山登りをする友人の足が折れないようにするためのよい考えを送り出す輪の中にいれば、他の状況においては意志の無能力のために制限される思考に全く容易に羽を生やさせることができるというメリットさえあるのです。「思考は世界のどこにでも飛んでいく」ことができ、したがって満足のいくものとなります。それらはあの正当な不満を起こさせる原因となる外的な生活をいつも埋め合わせるものとなるのです。そこに人智学協会が現れ、それ自体が意志の関与を求めるプロジェクトを開始します。そうなると、単に外的な世界で事務マネージャとしてやっていかなければならないだけでなく、逃げ込む先としての人智学協会、つまり、外での不満足な生活をそこから振り返り、たまにはそれについての愚痴をこぼす場所としての人智学協会があるわけですが、今や、協会の内部で、両方の種類の生活に直面しなければならず、心に不満を持ちながら、否、それというよりはむしろ満足しながらそこでの生活を送ることをも期待されるのです。けれども、もし、協会が先に進み、実際の活動に携わろうとするのであれば、それは避けられないことなのです。1919年以来、正にそのようなことが望まれてきました。そして奇妙なことが起こりました。それは多分、人智学協会の内部でのみ起こり得たことですが、つまり、当然ながら誰でも持ち続けたいと思う不満の分け前をもはやどうしていいか分からなくなるということが起こったのです。と申しますのも、誰も自分を不満にしたとして協会を責めるわけにはいきませんから。とはいえ、そのような態度は長くは続きません。長い間には、人々は自分たちの不満を正に協会のせいにするようになります。けれども、彼らがなすべきこととは、思考と感情から意志へと発展する内的な発達段階を達成するということ、そして、それを正に人智学的な道に沿って達成するということなのです。もし、皆さんが、著「いかにして超感覚的な認識を達成するか」をご覧になるならば、意志の発達に関する側面を含まない思考の発達についての勧めはどこにも書いてないということが分かるでしょう。現代人には「ふたつの悪徳」がありますが、それらは協会の中で克服されなければならないものです。ひとつは超感覚的なものに対する恐れです。この気づかれていない恐れは何故に人智学運動が敵を有しているのかを説明します。私たちの敵には、本当に何か水に対する恐れに似たようなものがあるのです。もちろん、皆さんは、水に対する恐れが、別の暴力的なまでに強制的な形で現れることがあるということを知っています。ですから、私が言及している種類のものが、ときとして一種の恐怖症として自らを解き放つとしても驚くにはあたりません。もちろん、比較的害がない場合もあります。人智学を著作のテーマとすることに価値を見出す人たちがいます。それらの著作は収入をもたらし、書籍リストにも載ります。著作するにはテーマが必要ですが、誰もが自分の中に何かテーマを持っているというわけではありませんから、外の世界から借りてくることになります。そのような場合の動機には、思ったほどの害がないこともありますが、それらの影響は同じように害がないというわけではありません。ですから、超感覚的な認識に対する恐れは人類の特徴のひとつになっているのですが、その恐れは科学的なアプローチという仮面をかぶせられています。そして、科学的なアプローチは、それが認める認識の限界とともに、古代における人間の錯誤への堕落から直接継承されてきたものと同一線上にあります。唯一の違いは、古代の人々がその堕落を何か克服しなければならないものと考えていたということです。スコラ哲学後の時代はまだ堕落があったという考えになお取り憑かれていました。けれども、それに関する以前の道徳的な観点が、人間は悪として生まれるが、それは克服されるべきものであるとしていたのに対して、知性的な観点からは、人間はその心をもってしては超感覚的なものにアクセスできない、自分の本性を変えることはできないと考えられているのです。人間が認識に対する限界を喜んで受け入れるというのは、実際、彼が被った堕落から引き継がれてきた特質なのです。良き時代には、少なくとも人は間違いを克服しようとしていました。けれども、自尊心の強い現代人はその堕落状態を保持しようとしているだけではありません。彼は実際、「意図的に堕落状態に留まり、悪魔を愛するか、少なくともそれを愛そうとしている」のです。これがふたつの悪徳の内のひとつです。第二の悪徳は弱さ、つまり、一見活動的ではあっても、しばしば見せかけ以上のものではない「現代人の意志に悪影響を及ぼしている内的な麻痺」です。現代文明と文化が有するこれらふたつの不吉な特徴は人智学的な生活が克服すべき特質であるということを付け加えておかなければなりません。この人智学的な生活が実際的な方向で発展していくためには、それが取り組むあらゆることがらが、恐れのない認識と本当に強い意志を担っていなければなりません。それには真に人智学的な仕方で世界とともに生きていくことを学ぶということが前提となります。かつて、人々は世界から逃れることによって人智学的に生きることを学んでいました。けれども、彼らは人智学的に世界と共に生き、人智学的な衝動を毎日の生活と実践に持ち込むことを学ばなければならないでしょう。そのことは、これまで人智学徒と実践的な人間とに分裂してきた人を再びひとつの全体にするということを意味します。けれども、そのことは、まるでそこから向こうを臨み見ることができないような聳える砦の壁によって世界から閉ざされて生きるかのような生活を人智学的な生活と取り違えている限りは不可能です。協会の中ではそのようなことは長続きしません。私たちは、私たちを取り巻く世界の中で起こっているあらゆることがらに対して大きく目を見開かなければなりません。それによって私たちは正しい意志衝動に浸透されるでしょう。けれども、前回私がお話ししたように、協会は、人智学が第三フェーズにある間、人智学的な生活のペースに追いつきませんでしたが、それをし損ねたのは意志の要素でした。私たちは様々な分野における活動を公式に指導する何人かの個人を呼び出し、あれこれの新しい企てに関する仕事を割り振らなければならなかったのですが、ウォルドルフ学校教師としては有能な人が人智学徒としてはそれほどでもない、という結果に終わることがしばしばだったのです。このことで私たちの協会の誰かを批判するつもりはありません。ウォルドルフ学校は単にそれに近い集団の間だけではなく、一般の世界でも高く評価されています。どれほど控え目に見ても、様々な組織のいずれについても文句を言う理由はなく、たとえあったとしても、それは能力の問題とは全く異なる理由によるものであるということが言えます。第一級のウォルドルフ学校教師が人智学徒としてはそれほどでもないということはあり得ることであり、その他の企てにおける有能な働き手についても同じことが云えます。けれども、問題は、様々な企てのすべては人智学から芽生えたものであるということです。このことをしっかりと心に刻んでおかなければなりません。真に人智学徒であるということが最も重要なことなのです。ウォルドルフ学校教師、Der Kommende Tagの社員、科学者、医療スタッフ、その他の専門家は人智学的な源泉に背を向けたり、仕事が忙しいからといって、一般的な特質についての人智学的な関心に割く時間がないといった態度を取ったりするべきではありません。そうなれば、それらの企ては、人智学が生に満ちたものであるという事実、そして、そこから派生したものにもそれを伝えるという事実によって、しばらくは繁栄し続けるかも知れませんが、その生を無限に維持することはできず、そこから派生した運動も、その欠如のために、いずれは死に絶えるでしょう。私たちの敵は具体的な地盤の上で私たちと手合わせをしようとはしません。私たちが相対している敵の特徴は、人智学そのものの本質に取り組むようになることを避けながら、例えば、「人智学的な事実はどのようにして見出されたのか。」とか「超感覚的な能力とは何か」とか「誰それはコーヒーかミルクを飲むのか」というような質問をすることです。そのようなことが、本題とは関係なく、最も話題にされているのです。とはいえ、人智学を破壊する意図を持った敵たちは中傷という手段に訴えてきます。最近になって、少し前までは全く考えられなかったような現象の中に、そのような例が現れ続けています。文明が最低の引き潮時に達する以前には考えられなかったような現象が今や可能となっているのです。私はその詳細に立ち入るつもりはなく、人智学の運命について本当に心からの関心を寄せていると想像される他の人たちにそれをまかせておくこともできるのですが、今日は、こうして皆さんと共にいることができているので、これらの問題を取り上げてみたいと思ったのです。ドルナッハでの仕事のことを考えると、ここにいることがどんなに幸せな機会であったとしても、私にとってはあまり好都合なことではありませんでした。あらゆることがらにはいつも二面性があります。私はドルナッハで必要とされていましたが、皆さんとお話しすることで深い満足を得ることができましたから、次の点だけは付け加えさせてください。今最も必要とされているのは人智学的に感じることを学ぶということ、本当に心から人智学的に生きていることを感じるということです。それが生じることができるのは完全に明晰な状態においてであり、神秘的で漠とした状態でではありません。人智学は光に曝されながら立つことができます。同じようなものだと主張するその他の運動は光に耐えることができません。それらは党派主義的な暗闇の中に安らぎを感じます。けれども、人智学はどこからどこまで光に耐えることができます。それは光に曝されるのを恐れるどころか、その心のすべてをもって、その心底からの暖かさをもって、光の中に入っていくのです。根拠のない中傷は、ときとして誰が攻撃されているのか分からないというところまで行くことがありますが、それに見合った烙印が押されることでしょう。敵対的な感情が率直なものである場合には、人智学はいつでも具体的な根拠に基づいて対応することができます。けれども、具体的な議論をするには、人智学的な知識に導く方法論の問題に入っていく必要があります。その要求が満たされない限り、いかなる客観的な議論も不可能です。健全な考え方と心があれば、誰でも人智学を取り入れることができますが、それについての議論はその方法論を研究すること、そして、その知識がいかにして導き出されたかを理解することに基づいていなければなりません。実験や演繹は内的な発展を呼び起こしません。それらに必要なのは誰でも受けられる訓練だけです。それ以上の背景を持たない人は、人智学の方法論による訓練に取り組まない限り、人智学についての議論を遂行する立場にありません。けれども、私たちの時代の安易な人々はわざわざそのような訓練をしようとはしません。彼らは、人間とは完成されたものであるというドグマにしがみつき、発達については一言も聞こうとしないのです。ですが、人間は、善や真へと続く道を開くために、自分の自由な存在という核心において行動しないのであれば、善にも真にも行き着くことはありません。人智学協会の活動や指導を心から分担するにはいかなる衝動が必須であるかに気づいている人たち、そして、いかにしてその敵対者たちの意図を推し量るかを知っている人たちは、もし、彼らに十分な善意がありさえすれば、このお話しを始める前にお話ししたような、協会自身もまたそれに対処することを熱望しているところのこれらの問題を健全な結論へともたらすために必要な力をも見出すことでしょう。参考画:crossroads of good and evil(善悪の岐路) 人智学的共同体形成 (GA257)第4講了人気ブログランキングへ
2024年07月17日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第3講 シュトゥットガルト、1923年2月6日 佐々木義之 訳 今日の講義の構成は、人智学協会の再編を目的としてここで行われている討論を考慮して、聴講者の皆さんがこの決定的な日々の中で独立した判断を形成するための助けとなるようなものにしたいと思います。そのため、私は人智学の諸側面についてのいつもの議論よりもいくらか簡潔で、格言的な仕方でお話しするつもりですが、私のコメントは人智学の働きにおける第3のフェーズ(側面/phase)に関することに限ったものになるでしょう。同じ理由で、今夜は人智学運動の3つのフェーズというテーマについてお話するつもりです。私たちはここ数日、コペルニクスが古い宇宙像を彼の新しい宇宙像で置き換えたとき西洋の精神生活にもたらされた大いなる変化について言及されるのをしばしば聞いてきました。この変化の本質とは何だったのかを簡単に記述するとすれば、次のように言うことができるでしょう。以前の時代の人間はその研究や主要な学びの関心事として地球領域についてだけ考慮していた、天上を巡る天体については、あまり、あるいはほとんど注意を払っていなかったと。最近では、天体は以前に比べてはるかに大きな重要性を帯びるようになりました。実際、地球は宇宙の中の単なる塵芥に過ぎず、人間は宇宙やそこにある無数の世界に比べて全く取るに足らない地球という小さな点の上に住んでいると考えられるようになったのです。けれども、もし、私たちの人智学運動の第3フェーズを特徴づけるためにこの点を簡単に図示させていただくとすれば、人間は地球を単なる塵芥へと還元する一方、そのことによって、地球以外の宇宙全体についての正当な判断に関しても、それに適用されるような物理的な概念やより最近の化学的な概念による判断を除いて、その可能性を失ったのだということが指摘されなければならないでしょう。それを越えていく探求、宇宙の魂的な側面や精神的な側面に捧げられる探求は無視されることになったのです。もちろん、このことは現代の学問の全体的な立場と全く調和しています。人間が自分の魂や精神と呼ぶところのものは星の世界から私たちのところに降り注いで来るものと何らかの関係があるのだということを理解する可能性が人間から失われたのです。私の著書「神秘学概論」の中の特定の記述を読めば、人智学が目指しているのは、宇宙全体が魂や精神に満たされているという事実、すなわち、人間の思考は宇宙的な思考に、人間の魂は宇宙的な魂に、そして、人間の精神は宇宙的な精神あるいは宇宙の創造的な精神性に結びついているという事実に対する理解を新たなものにすることであるということが見て取れるでしょう。人智学は精神としての宇宙を知る可能性を再創造しようとしているのです。人々が大いなる熱情をもって人智学の正当性を擁護するのは全く正しいことです。しかし、彼らは、彼らが擁護している信条は自分たちの経験にではなく、精神的な探求者の経験に基づいているということを強調します。例えば、このことが、現代文明の主流になっている考え方、つまり、権威に基づく観点を推進する人を非難する考え方との軋轢を生んでいるのです。もし、人々が、人智学によって認められる精神的な探求によって発見された事柄は様々な探求に適した様々な方法を用いることによって到達することができるものではあるが、それらが獲得されるやいなや、それらは真に偏見のない心情によって容易に把握され得るものであるということに気づきさえすれば、そのような非難は消え去るでしょう。とはいえ、真に偏見のない心情によって受け入れられ得るような発見をしたとしても、人智学的な内容を提示する人がそれを提示するときに要求されるような態度でそれを提示しないのであれば、やはり実り多い結果をもたらすことはないでしょう。そしてそのような態度がいつも支配的であるとは限らないのです。はっきり申し上げましょう。私が30年前に著した「自由の哲学」を紐解いて、今日、思考として通常認められているものとは異なる特別な種類の思考に関するページの中にある記述を思い出してください。思考について語られるとき、そして、このことはその意見が最も重きをなすような人たちの場合に特に当てはまるのですが―概念とは、思考する人間の精神を受動的なものとして描き出すような何かなのです。人間の精神は外的な観察に、つまり、現象を探求したり実験を行ったりすることに没頭した後、これらの観察結果を関連づけるために思考を用います。そのようにして、それは何らかの自然法則を打ち立てるのですが、その正当性については、あるいは、その形而上学的あるいは単に物理的な重要性については議論の余地があるかも知れません。いずれにしても、その人が自然を観察することで彼のところにやって来るところのこれらの思考を単に心に抱くだけなのか、あるいは、そうではなく、実際その自然に関する思考を形成する能力を彼が発達させたのはただ最近になってからなのですが、彼が自然の手助けによって形成したこれらの思考に対する彼自身の人間的な関係性に関して何らかの明快さに到達しようとして前進するのかでは大きな違いがあるのです。と申しますのも、もし、以前の時代、そうですね、13世紀12世紀、あるいは11世紀にまで遡るならば、自然についての人間の思考は今とは違った魂の態度の産物であったということが分かるからです。今日の人間は、思考とは現象やそれが生じる際の首尾一貫性、あるいはその欠如を単に受動的に書き留めるだけのものであると考えています。人は単に受動的に思考を現象から生じさせ、それがその魂を占めるままにさせるのです。これに対して、私の「自由の哲学」では、いかに思考における能動的な要素が重視されるか、いかにして意志がそこに入ってくるか、私が純粋な思考と呼ぶところのものを行使する中で、いかにしてその人自身の内的な活動への気づきが可能になるかということが強調されます。これとの関連で、私は、すべての真の道徳衝動の起源はこの純粋な思考の中にあるということを指摘しました。私は、いかにして意志が、そうでなければ受動的な思考の領域へと割り込んできてそれを目覚めるようにと掻き立て、そして、思考する人の内面を活動的にするかということを示そうとしたのです。ところで、「自由の哲学」の読者にはどのような種類のアプローチが期待されたでしょうか。その読み方は特別なものでなければなりませんでした。読者がそれを読むときには、ちょうど外的な意味で朝の眠りから覚めるときの経験に似た種類の内的な経験をすることが期待されたのです。それについて人が持つべき感情とは、「受動的な思考における私の世界に対する関係は、より高次のレベルにおいて、横たわって眠る人のそれであった。今、私は起きている。」と言わせるようなものです。それは、人が目覚めに際して、自分はベッドに受動的に横たわっていた、自分の体を自然のなすがままにさせていたということを知るようなものです。けれども、そのときから人は内的に活動的であることを始めます。人は自分の感覚を周囲の色鮮やかで鳴り響く世界の中で生じていることがらに能動的に関連づけます。「自由の哲学」を読む人は受動性から活動性への移行というこの目覚めの瞬間に似た何かを経験すべきなのですが、それは、もちろん、より高次のレベルにおいてです。彼は、「そうだ、私は確かに以前、思考を思考していた。けれども、私の思考形態は、単に思考が流れるのにまかせ、思考が私を連れ回すのにまかせるというようなものであった。今や、私はそれらの思考の中で少しずつ活動的であり始めている。私は私が朝起きたとき私の感覚を色や音に関連づけ、私の体の動きを私の意志に関連づけるのを思い出す。」と言えなければなりません。私がヨハン・ゴットリープ・フィヒテについてコメントした本「Vom Menschenratsel」の中でも述べられているように、この目覚めの経験とは、今日広まっているものとは完全に異なる魂の態度を発達させるということなのです。けれども、このようにして到達した魂の態度は、単に誰か他の人の権威によって受容されるべき知識へと私を導くのではなく、自分がかつて有していた思考とは何だったのか、自分がかつて有していた受動的な思考に打ち込むべく今や開始するところのこの活動とは何なのかという自問へと導きます。人は、自分の魂と精神の生活が目覚めに際してその体に対して有するところの掻き立てるような影響と同じような影響を自分がそれまで有していた思考に対して有しているところのこの要素とは何なのかと問いかけます。私はここで目覚めについての外的な事実についてだけ言及しています。人は、生きて活動する機能(能動性)としての思考を知ることなしには不可能であったような仕方でそれを経験し始めるのです。受動的な思考について考える限り、思考は単に体の中で展開し続けるものに留まり、物理的な感覚は外的な対象物に関わり続けます。けれども、人がこの受動的な思考に内的な活動を浸透させるとき、彼は彼が以前に取り組んでいた思考に対する別の同様な比較に思い当たり、その受動性が何に似ているかを理解することができるようになります。彼は、彼のこの受動的な思考とは、正に、物理的な領域において肉体が表現しているものを魂の領域において同様に表現するところのものであるということに気づくようになるのです。人は、この物理的な世界の中で死体を見るとき、それは彼が見ているようなものとして創造されたのではなく、この身体の現在の物質的な組成はいかなる通常の自然法則によっても説明することはできないということに気づくべきなのです。物質元素のそのような構成が生じることができるのは、生きた人間が今は死体であるところのものの中に生きた結果としてだけでしょう。それは以前そこに住んでいた人によって捨てられ、単なる遺物となりました。それは前もって生きた人間が存在していたことを仮定することによってのみ説明することができるようなものです。自分自身の受動的な思考に直面する観察者は、死体以外のものを見たことがない人、生きた人間を眺めたことがない人に似ています。そのような人はあらゆる死体を奇跡的な創造物として眺めなければならないでしょう。何故なら、自然界におけるいかなるものもそれらを造り出すことができなかったはずだからです。人は、その思考に活動的な魂の生活を浸透させるとき初めて、思考は残渣に過ぎない、何か死んだものの遺物であるということに気づくのです。通常の思考は死せるもの、魂の死体に過ぎません。そして、人は、自分自身の魂の生活をそれに浸透させることで、つまり、抽象的な思考というこの死体が新たな生命状態の中にあることを知り始めることを通して、そのことを意識するようになるべきなのです。通常の思考を理解するためには、それは死せるものであり、地上以前の魂存在の中にそのそれまでの生を探すべき魂の死体であるということが分からなければなりません。そのフェーズ(展開)を経験している間の魂は肉体を持たない状態で思考の生命要素の中に生きていました。そして、地上生の内にある魂に残された思考とは地上以前の存在の中で生きる魂の魂的な死体とでも見なされるべきものなのです。それは意志を思考に投影する際に可能となる内的な経験を照らし出すものとなります。現在の人類進化の段階に合わせて、純粋思考の中に倫理的、道徳的な衝動を探求するときには、思考はこのような仕方で眺められなければなりません。そのとき、人は、純粋思考そのものによって、自分の体から地球以外の領域へと引き上げられるという経験をします。そして、人が「純粋思考」の中で有するものは物理的な世界とは一切関係がないけれども、なおかつそれは現実的なものであるということに気づきます。それは物理的な眼では見ることができない世界、人が肉体の中に降りてくる以前に住んでいた世界、つまり精神的な世界と関係しているのです。人はまた、私たちの惑星系を支配する法則でさえ、賦活された思考をもって私たちが入っていく世界とは無関係であるということに気づきます。私は、わざと古めかしい言い方で、人が生きた思考の中で把握するものがその真の意味を有している世界に到達するためには惑星系が終わるところまで行かなければならないだろうと言っているのです。生きた思考が適用される世界、それは地上における創造性の宇宙的な源泉が見出される世界でもあるのですが、そのような世界を見つけるためには、「土星(の位相)」を越えて行かなければならないでしょう。これは、私たちが自分たちを宇宙の中のひとつの小さな塵の上に住んでいるものと見なしているような時代にあって、再び大宇宙に出ていくために踏み出すべき第一歩なのです。それは、現実であるところのものをそこに見るという可能性、生きた思考をもってそれを見るという可能性へと向かう最初の前進です。人は惑星系の限界を越えて行くのです。もし、皆さんが、私の本「自由の哲学」の中で行われたように、人間の意志についてのさらなる考察を行うならば、とはいえ、このようなことがらは徐々に発展させるべきであり、そのため、その本の中での議論は完全に感覚の世界に限定され、より進んだ側面についてはその後の仕事にゆずられているのですが、皆さんは次のようなことを見出すでしょう。つまり、人は以前の受動的であった思考に意志が打ち込まれるとき、土星を越えた宇宙の中へと運ばれるように、完全に無活動になるほど深く意志の中に入っていくときには、つまり、そうでなければ意志の世界の中に人が生じさせるはずの運動の中で静止の極になるときには、反対側に進むことができるということをです。私たちが意志するとき、私たちの体は動きの中にあります。その意志が単なる願望以上のものではないときにも、体的な物質は動きへともたらされます。通常の意識にとって、意志とは動きなのです。人は、意志するときに世界の運動の一部になるのです。ですから、もし、人が、私の本「より高次の世界とその達成」の中で述べられている訓練を行い、そして、それによって、人が意志行為を行うたびにその中に捕らえられるところのこの運動に対抗して、自分自身の意図的な内的平静を据えるのに成功したならば、もし、それをすべての意志活動に適用できるような像で表現すれとすれば、人が、身体は空間中を動き回る一方、魂を平静に保つことに成功したならば、つまり、魂を平静に留めたまま活動を遂行すると同時に静かにそれを観察する一方、世界の中で活動的であることに成功したならば、ちょうど、以前に意志が思考に浸透したように、思考が意志に浸透することになるでしょう。このことが生じるとき、人は世界の反対側から出て来ます。人は意志を、何かそれが物質的な身体から自らを解き放つことさえできるもの、人を通常の地上の法則に支配される領域から抜け出させることさえできるものとして知るようになります。このことは人間と宇宙との結びつきに光を当てるような特に重要な事実についての知識を人に齎します。人は次のように云うようになることを学ぶのです。「お前は、お前の意志の領域の中に、多くの種類の渇望、本能、そして熱情を有している。けれども、そのどれひとつとして、お前が、実際には地上的な感覚の世界に限定されるようなお前の実験の中で、それについて学ぶような世界には属していない。それらは死体の中に見出されるようなものでもない。それらは、単にこの世界へと張り出してきているだけの異なる世界、その活動を感覚の世界に関係するあらゆるものから完全に切り離している世界に属しているのだ。」と。今日、私はこれらのことがらについて皆さんにスケッチを示しているだけですが、それは人智学の第3フェーズについての特徴づけを行いたいからです。人は反対の側面から宇宙の中に入って行きますが、それは外的には物理的な月によって特徴づけられる側面なのです。月は太陽光を吸収するというよりもむしろそれを弾き返します。つまり、それをその表面で反射することによって、それをあるがままにしておきます。それはその他の宇宙的な力をも同様に反射します。それは、私たちに見る能力を与えるところの世界とは異なる世界に属しているため、それらを排除するのです。光は私たちに見ることを可能にしてくれますが、月は光を吸収することを拒みそれを反射します。内的な活動の中で自らを支配する思考は私たちをはるか土星へと齎す一方、意志の支配は私たちを月の活動へと導くのです。私たちは宇宙に人間を関連づけることを学びます。私たちは「ひとかけらの塵である」地球から導き出され、そして、それを越えていくのです。学びは宇宙に対する関心へと再び自らを引き上げ、私たちは魂的、精神的な存在として私たちの中にも生きているところの要素を宇宙の中に再発見します。私たちが、一方で、意志を浸透させることによって思考が活性化されるような魂の状態を達成し、他方で、私たちの意志を思考で浸透させることに成功するとき、私たちは、ある面では土星の領域にまで出て行くことによって惑星系の境界にまで達し、別の面では、宇宙に出て行くとともに月の領域へと入っていくのです。私たちの意識が、宇宙の中にあっても地球上においてと同様、そこを故郷のように感じ、そして、そこで生起していることを私たちの通常の意識が地上のできごとを経験するのと同様の親しみをもって経験するとき、つまり、私たちが、宇宙の中で意識的に生きながら、そこで自意識を達成するとき、私たちは以前の地上生を思い出し始めます。今や私たちの一連の受肉は、私たちが参入することができるようになった宇宙的な記憶の中で経験されるひとつの事実となるのです。私たちが「受肉」している間は以前の地上生を思い出すことができないというのは驚くべきことではありません。何故なら、私たちがそれらの合間にある状態で経験するのは地上的な経験ではなく、ある人生が次の人生に影響を及ぼすというのは人が地上の領域から自らを引き上げる結果として生じることだからです。もし、人がまずその意識を天上の水準へと引き上げるのではないとすれば、以前の受肉を思い出すことなどできるでしょうか、果たして結果は出来得ません。これらのことがらについてはこれまでに何度もここで議論してきましたから、今日は大まかに描写するだけにしたいと思います。私が思い描いていたのは、人智学がここ何年かに渡ってその探求を遂行してきた領域を示すということでした。何が起こってきたかについて推し量ることに興味がある人たちは、いかに私の最近の講義が正にこれらの領域に絶えず関わってきたかということを思い出すことができる筈です。それらの講義の目的は、通常の意識からより高次の意識へと発展していくことができるプロセスを少しずつ明らかにするということでした。私がいつも申し上げてきたのは、通常の意識は、それが偏見のないものであったならば、人智学的な探求によって見出されたことがらを把握することができるということでした。また、今日では、人智学が語る世界への入り口となる新しい種類の思考と意志を発達させることができるような意識状態を達成することは誰にでもできるということも強調してきました。本質的なことは、他の哲学的な書物に向かうような心的な態度をもって「自由の哲学」のような本を読む習慣を変えるということなのです。それを読むときには、そのことによって全く異なった考え方、意志の仕方、ものの見方へともたらされるのだという事実に注意が払われなければなりません。そのことがなされるならば、そのようなアプローチは人の意識を地上的なものから別の世界へと引き上げ、精神的な探求の結果について確信をもって語ることを可能にするような一種の内的な確かさがそこから引き出されるということが分かるでしょう。「自由の哲学」をそれが読まれるべき仕方で読む人は、その人が初心者として自分で到達した状態を越えて行った探求者が見出したことがらを内的な確信と自信をもって語るようになります。しかし、「自由の哲学」が正しい仕方で読まれるならば、それはそれを受け入れる人を私がこれからお話しするような種類の初心者にします。そのような初心者は、ちょうど化学の分野に通じている人がその分野における探求について語るのと全く同じようにして、より進んだ探求において見出されたことがらについて、さらに詳細な報告をすることができます。彼はそれがなされるのを実際に見たわけではないかも知れませんが、それは彼が学び、聞き、そして現実の一部として知っているところのものから彼には周知のことなのです。人智学について議論するとき、いつでも決定的に重要なのは、単に一般的に受け入れられている世界像とは異なる世界像を写し出すということではなく、ある特定の魂的な態度を発達させるということです。問題は、私がお話ししてきたような異なる仕方では「自由の哲学」は読まれてこなかったということです。それが問題であり、人智学協会の発展が人智学そのものの発展から遙かに脱落してしまわないためには、その点が強調されなければなりません。それが脱落してしまえば、協会を通して人智学から伝達されるものは完全に誤解され、その唯一の果実は終わりのない争いであったという結果になることでしょう。さて、ここでは、人智学協会の三つのフェーズについて簡単にお話しすることによって、この現状の改善を図りたいと思います。始まりは約20年前に人智学を提示したことでした。20年前と言いましたが、それは既に、私の「自由の哲学」やゲーテの世界観に関する著作のような形で確かにそこにありました。とはいえ、人智学という形での提示は20年前に始まりました。皆さんは、私がこれからお話ししようとしていることから、当時それは確かに人智学として提示されるようになったのだということがお分かりになると思います。20世紀が始まって数年後に、私がベルリンでの最初の講義、これは「新しい時代の夜明けにおける神秘主義」という題名で出版されましたが、其の講義を行ったとき、私は神智学協会からその活動に参加するように誘われました。私の方から神智学協会に接近したのではありません。その協会に属していた人たちが、私自身の認識の道を追求するための講義の中で語られていたことがらを、彼らもまた聞きたいような何かであると考えたのです。私は、神智学者たちはそこで提示されていたことがらを聞きたいのだと思いましたが、それについての私の態度は、私の話を興味深く聞いてくれる聴衆にはいつでも対応するというようなものだったのです。神智学協会についての私のそれまでのコメントはいつも正に友好的なものであったというわけではなく、その後もそのようであり続けたのですが、精神的な世界から私に委ねられた内容をその前で提示してほしいという誘いを断る理由は見あたりませんでした。私がそれを人智学として提示したということは、神智学協会のドイツ支部が設立されるという、当にそのときに、私がそれとは別個に人智学についての講義、それもその題目に人智学の名前を含む連続講義を行っていたという事実からも明らかです。神智学協会ドイツ支部の設立式典と私の人智学についての講演会が同時に進行していたのです。目的は、正にその最初から、純粋な人智学を提示するということだったのです。これが人智学運動の第一フェーズの始まりでした。それが最初に実証されたのはドイツ支部の中の人智学を吸収する容易ができていたメンバーたちの中においてでしたが、神智学者たちの別のグループもそれに加わりました。この最初のフェーズにおいては、人智学協会は神智学協会の内部でその胎動期を送っていました。お話ししているように、それは神智学協会の内部で育ったのですが、それにもかかわらず、人智学協会として発展しました。それは、この最初のフェーズでは、古代東洋の叡智を受け入れるという伝統に従う神智学協会の路線に対抗して、ゴルゴダの秘儀を中心とした西欧文明の精神性を主張するという特別な使命を負っていました。人智学運動のこの最初のフェーズは1908年あるいは1909年まで続きました。この運動の歴史を辿ってみるひとであれば誰にでも容易に分かることは、その胎動期に見い出されたすべてのことがら、輪廻転生やその他のことがら。それは時代を越えて受け継がれてきた古代の伝統にではなく、現在における直接的な経験に基づいて見出されたことがらですが、それは、ゴルゴダの秘儀やキリスト衝動の中にその中心を有するところの人間の地上生におけるあの進化発展段階をいかに明確に指し示しているかということです。福音書が他の多くのものと並んで詳しく取り上げられました。私の神秘劇の上演をもって人智学運動の芸術的な表現形式への移行が可能になりましたが、それまでは、人智学の内容への働きかけと、その核心であるゴルゴダの秘儀への関連づけがなされてきたのです。そして、神智学協会が、奇妙な展開に向けて、脇道に逸れるときがやってきました。それは、ゴルゴダの秘儀について全く理解していなかったことによっていくつかの馬鹿げた間違いを犯してきましたが、なかでも、「ある現在の若者」が再受肉したキリストであるという宣言を世界に向けて発信したのです。確かに、まともな人であれば誰もそのようなナンセンスに耐えることはできないでしょう。それは西洋人の目からすれば馬鹿げたことのように見えました。しかし、人智学は西洋文明の一部として発展してきたので、その結果として、ゴルゴダの秘儀は人智学的な教えの中で全く新しい光の下に現れることになりました。このことは神智学協会とは異なった結果へと導き、最終的に、すべての人智学者たちが事実上追放されることになったのです。彼らはそのことを気にしませんでしたが、それは、いずれにしても、そのことで人智学が変化することはなかったからです。私自身は、人智学が外的には神智学協会に含まれていた時代を含めて、人智学について聞くことに興味を持っていた人たちにそれ以外の話をすることは全くありませんでした。参考画:Jiddu Krishnamurti記:ジッドゥ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti/1895-1986)は、既成のいかなる信条や思想、方法をも疑いつづけ、既知のものからの離脱こそが人間を自由にすると主張したインドの神秘主義的哲学者。その独創性は、どのような形式にも価値と意味を見出さなかった点にある。そのような姿勢から、権威を土台として組織化された既存の宗教団体や政府から、その'思想'を危険視され、言論や行動が制限されることも少なくなかった。人類の真の解放を求めて、世界中を旅し、生涯の大半を、多数の聴衆との直接的な対話や講演についやした。また、教育を「もっとも聖なる営為」ととらえ、イギリス、アメリカ、インドなどに、「比較しない教育」を理念とする学校を設立した。クリシュナムルティは、他者の崇拝や隷従を拒否し、常に友人として互いを尊重し、同等な立場で、語り合う態度を重要視した。 既成のいかなる信条や概念、方法にも頼らず、選択なき自覚によって自らの条件づけを凝視することが自由への道であると60年近く世界を旅し、人類の根本的な変革の必要を説き続けた。 普遍的な宗教的価値観と絶えざる自己省察をとおして、自分以外の何ものにも依存することなく、真の自由が獲得できると説いた。 その生い立ちには神秘的色合いが漂う。 14歳のとき、神智学協会の代表アニー・ベサントの養子に請われ、英国に渡る。来るべき世の世界教師となるべく英才教育を受け、「星の教団」の指導者に祭り上げられる。 しかし、34歳のとき、予告なく、その任務を自ら解き、あわせて教団を解散した。 「真理に至る道は用意されていない。信仰は純粋に個人の事柄であり、それを組織することなどできない。」と、自らも一切の所有を断ち、ひとりの旅に出たのである。 そして、人智学運動の第二フェーズが始まりました。このフェーズは一つの基礎の上に立っていましたが、その基礎は、既に、運命についての最も重要な教え、つまり、繰り返される地上生々とゴルゴダの秘儀についての教えを今日の文明には完全に閉ざされている精神的な光の中で包含していました。それには、現代人が現在においても生きて活動しているキリストの助けを借りて把握することができるものを伝統と和解させる福音書の解説が含まれていました。1916年か1917年まで続いた第二フェーズは、一般に認められている科学や現代社会の実際的な関心事を大いに探求することに費やされました。人智学はいかに現代の科学、芸術、あるいは、実際の生活により深いレベルで関連づけられ、そして、調和させられるかということが示されなければならなかったのです。例えば1910年のヨーロッパの民族魂に関するクリスチャニアでの講義や1911年のオカルト生理学に関するプラハでの講義のような当時行われた私の連続講義について考えてみるだけで、人智学の第二フェーズは科学や当時の実際的な関心事に対する関係を築き上げることに捧げられたということが分かるでしょう。ここではふたつの連続講義を例示しただけですが、全体の目的は、近代科学や実用に関連づけるということだったのです。協会が第二フェーズにある間、あらゆることが、人智学が語ることを聞くことができるような内的な態度を有する多くの人々を見出すという目的に向けられました。そのような人々がますます多く見つかるようになりました。人智学に対して本当にオープンな魂の状態にある人々が集まるということだけが必要だったのです。そのことによって、謂わば人智学的な共同体の基礎が据えられたのです。その使命は、現代人の内的な進化の過程で、人智学に対する何らかの理解を齎すことができる地点に到達していたこれらの人々の関心を只管(ひたすら)満たすということでした。魂の発達のために彼らが必要としていたものが与えられなければなりませんでした。人智学を提示するということだけが問題であり、第一、第二フェーズの間に人智学への道を見出した人々がセクト的な小さなグループとして集まるのか、あるいは公開講演のようなものに来るのかということは大した問題ではありませんでした。あらゆる事柄を正直に探求された知識という基礎の上に据え、そして、それを提示するところにまで進むということが絶対的に重要なことだったのです。発展しつつあったその種の人智学協会においては、このことを満足のいく仕方で行うということは十分に可能でした。第二フェーズの別の側面は芸術的な要素のさらなる発展です。その道程の半ば当たりでゲーテアヌムを建設しようという計画が具体化しました。神秘劇とともに始まったひとつの傾向がこうして芸術の領域、彫刻と絵画へともたらされました。そして、オイリュトミー(Eurythmie)が構想されたのですが、その要素については公演の前のイントロダクション(「紹介」や「導入」といった意味)でしばしば特徴づけて来たところです。そのすべては、ある源泉から存在へともたらされたものですが、それは「より高次の世界の認識とその達成」の中で描写された道、その道を進むことを本当に望む人であれば、それを理解して進むことができる程度に十分詳しく描写された道ですが、そのような道によって参入することができるような源泉です。協会が第二フェーズにあったこの時期は、その後ヨーロッパと現代社会を席巻した恐ろしい戦争の勃発によってとりわけ困難なものとなりました。不信と憎しみが文明世界全体に溢れていたこの時期の嵐の中を人智学という小さな船で漕ぎ出すのはとりわけ困難なことでした。ゲーテアヌムが中立国に存在していたという事実は国境が閉ざされていた時期にそれを訪問するということをしばしば困難なものにしました。けれども、人智学的な努力の誠実さを信じる理由は、戦時においてさえ、その後にそれに対して不信を持ついかなる理由よりも、なおしっかりと事実に基づいていたのです。実際、戦争の時代にも仕事は中断しなかった、それは継続していたのだと本当に言うことができます。既に述べましたように、戦場では憎しみと敵意の中で対峙していた多くのヨーロッパの国々から来た非常に多くの人たちが、平安と人智学的な精神の中で、今は恐ろしい火災という悲劇の中で私たちから失われてしまったゲーテアヌムのために共に働いていたのです。そして、運動における第三フェーズ、多くの人たちが様々な活動を始める時期がやって来ました。ここで、そして、他のところでも強調しましたように、これらの取り組み自体は良いことでした。しかし、それらは鉄の意志もって始め、適切に、そして、最後までフォローされるべきものであったのです。後に「自由な精神生活のための会」や「より高次の教育のための会」などと呼ばれるようになった三分節化運動はその人の全存在を抜き差しならない仕方でそれらの背後に置くという明確な意図を持って取り組まれるべきものでした。第三フェーズにおいては、単に人智学を提示したり、自らの内的な探求によって人智学に導かれた人たちで集まったりすることだけで満足していることは不可能になりました。その代わり、多くの人たちがあれこれのプロジェクトに取りかかることを望み、実際にそうしたのです。このことは、当初の純粋に人智学的な共同体に加えて、あらゆる種類のグループを創り出すことになりました。その内のひとつが科学的な運動だったのです。それは第二フェーズの間に確立していた科学と人智学との間の関係に基づいて打ち立てられました。科学者たちが私たちのただ中に現れたのです。彼らは人智学が提供すべきものを現代科学にもたらすという使命を持っていました。とはいえ、現代科学に対する関係を構築する方向で私が始めていたことが継続されるべきであったのです。私が運動の第二フェーズの間に行った講演を思い出していただければ分かると思いますが、私は、例えば、現代の物理学がいかにしてそれに特有の考え方をするようになったかということに対していつも注意を促してきました。私はその考え方を拒否しません。私が、もし、物理学者たちが立ち止まるところから出発するならば、私たちは物理学から人智学に至るであろうというときのように、私はそれを認め、それを私自身の出発点としていました。私は学びのその他の側面の場合にも同じことをしてきました。この態度、この関わり方が卓越し続けるべきだったのです。もし、そうなっていたとしたら、科学的な活動の展開は私たちがこの第三フェーズの間に目撃し続けたものとは違った結果となっていたでしょう。とりわけ、私たちは私が以前の会合の際に記述したような実りのない論戦や、議論のための議論から守られていたはずなのです。そうすれば、私たちは今、建設的な仕事に向き合うことができ、人智学には科学に対して貢献すべきことが実際にあり、それはそれが一定の道筋に沿って先に進むのを助けることができるということを、そして、それはどのようにすれば達成されるのかということを語ることができたでしょう。もし、そうなっていれば、「ディードライ」の最新号の中で明白になったような態度、実際、先のクリスマスの季節にドルナッハで行われた科学についての私の連続講義との関連で私が目を通した何号かの中で明白になったような科学に対する態度はもっと違ったものになっていたはずです。私はそこでの科学と人智学の取り扱いに戦慄しました。それは両方にとって有害なものだったのです。人智学者たちがそのような実りのない議論に関わるとき、人智学は否定的な光の下に置かれることになります。これは批判するためではなく、科学者たちの協会の中での使命とは何かを指摘するために言っているのです。その他の関連でも何か同じようなことが起こっていなければなりません。問題のケースを取り上げてみましょう。それは前回ここで連続講義を行ったときに注意をうながしたことがらです。私たちは運動の第三フェーズにおいて、「より高次の教育のための会」が結成されるのを見ました。それはすばらしいプログラムを持っていたのですが、誰かがそれをバックアップしながら自分のすべてをもってそれを支え、そのすべての責任を引き受けるべきでした。私が責任を取るのは人智学そのものについてだけです。ですから、誰か別の人が人智学に根ざした独自の企画を始めるときには、そのプロジェクトはその人の責任になります。私がお話ししているケースでは、そのプログラムが計画されていた時点で誰かが責任を負う必要性が指摘されていたにもかかわらず、誰もそうしようとはしなかったのです。私がそのときに申し上げたのは、その種のプログラムは最後までやり通す鉄の決心があるときだけ始めるべきであって、そうでなければ決して立ち上げてはいけないということでした。このケースでは、そのバックアップに失敗したのは協会を指導していたグループでした。その結果はどうなったでしょうか。多くの学生運動からの若者たち、真の人智学に対する強いあこがれを持ちながら、求めるものを協会の中に見いだせない若者たちが人智学の生きた源泉を求めるという結果になったのです。彼らは、人智学の芸術的な側面やその他の側面を知りたかったのだと明言しました。彼らがシュタイナー博士夫人にアプローチしたのは、暗唱や朗読によってものごとの人智学的な動きとでも呼べるようなものを経験するのを手助けしてほしいという意図を持ってのことでした。親愛なる友人の皆さん、これと平行して、別の展開がありました。精神的な世界は、運動の第三フェーズにおいては、今日の講演の冒頭で、純粋に精神的な思考の立場から、つまり、いかにして異なる意識を発達させ、それによって精神的な世界にアクセスすることができるようになるかということを示すことができるほどのレベルから、ある種のことがらを簡単にスケッチしたときのような仕方で記述されています。第一および第二フェーズにおける関心事は、ゴルゴダの秘蹟、科学、あるいは実際的な生活態度に運動を関連づけるということにありました。第三フェーズで付け加えられたのは精神的な世界の直接的な描写です。これら三つのフェーズを通して、ドルナッハで、そして、例えば、ここでもなされてきた試みについてフォローしてきた人、第三フェーズが第一、第二フェーズの上に積み重ねてきた前進に対する本当の感情を有している人、近年、中央ヨーロッパの境界を越えて人智学を広めることがどの程度可能になってきたかを知っている人、そのような人であれば誰であれ、私たちは、第一と第二フェーズの直接的な継続であり、そのさらなる発展形としての真に新しい第三フェーズを実現することに関わってきた、ということに気づくはずです。もし、私たちが第三フェーズに入っていなかったとすれば、人間の永続的な本性とともに時限的な本性をも考慮することに基づくウォルドルフ学校教育を発達させることは全く不可能だったでしょう。さて、昨日や前週の議論と、今日私が率直に、そして、誰かを批判しようとする意図は全くなくお話ししてきたこととを比較しながら、私たちの仕事のこれら三つのフェーズにおける変化は協会にどのような影響を及ぼしてきたのかと自問してみてください。内容的には同じこれらの議論を人智学的な仕事をして20年経過した今日とちょうど同じような仕方でするということは16年か18年前には考えられなかったことではないでしょうか。私たちはまるで協会が発足した時に戻ったかのようではないでしょうか。繰り返しますが、私は誰も批判しようとしているのではありません。けれども、人智学協会が何か価値あるものになることができるとすれば、人智学が達成しようとしているあらゆるものを育む基礎となり、例えば、私たちのところの科学者たちが科学を優遇するあまり人智学を無視することなく、むしろ、ごく最近の科学的な発展の頂点を飾るものにするようにいつも心がけるときだけなのです。科学者たちは不毛な議論によって人智学を科学的な攻撃に曝すことがないように気をつけなければなりません。教師たちも同様の使命を帯びていますが、実際的な生活分野に関係している人々は特にそうです。と申しますのも、彼らの活動は、実用性に対する特別な可能性を有している人智学に対して、それが実用的ではないとする最も悪意に満ちた攻撃による最も激しい集中砲火を誘起するような種類のものだからです。ですから、現在、協会に求められているのは、どこか他の場所で行われている真に人智学的な仕事の単なる傍観者以上の存在、人智学に基づいて始められるその他の企画に対して真に人智学的な熱中と熱情を与え損なうようなただの設立者以上の存在になるということです。協会は人智学的な仕事に対して意識的に照準を合わせる必要があります。これは正に詳細に至るまで完遂される必要があるその使命についての完全に前向きな発言なのです。もし、この前向きな使命に取りかからないとすれば、人智学協会は、世界との関係で、人智学に対してますます害を及ぼすだけのものになるでしょう。三分節運動が、自らと人智学との関係はどうあるべきかということについて理解し損なったために、あれほど多くの人智学運動にとっての敵が創り出されたのではなかったですか。それは、そうする代わりに、妥協に妥協を重ね、その結果、とうとうある方面の人たちは人智学を軽蔑し始めるようになったのです。私たちは他のところでも同じようなことが起こるのを見てきました。ここでの最初の講義のときにも申し上げましたが、人智学はその運動の親であるということが気づかれなければなりません。その事実は気づかれなければならないのです。もし、そうなっていたとしたら、私がその立ち上げに協力した宗教改新運動は人智学運動に対して正しい関係を持つに至っていたことでしょう。この分野でも、そうなる代わりに、あらゆることがらが不都合なことになっているのです。ですから、私は、この重大な局面に際して、前向きな仕事へと導く助けとなるような言葉、私たちを20年前に連れ戻すような話し合い、その間、人智学的な仕事は何も達成されなかったかのように思わせるような不毛な話し合いを越えて私たちを導くような言葉を見つけたいのです。親愛なる友人の皆さん、私がこのような仕方で皆さんにお話ししていることで気を悪くなさらないでください。そうしなければならなかったのです。1月6日にドルナッハでお話ししたように、人智学協会は公正であり、それについて私がお話しした最も辛辣な部分でさえ受容的に聞く能力を持っています。しかし、協会の中で指導的な立場にある人たちは、もし、協会が将来名声を得るべきであるならば、そこが意識的に仕事をする場であり続けるように自ら責任を負わなければなりません。現在生じている争いはそのような意識の必要性が善意の精神の中ではっきりと、そして十分に認識された瞬間に終息するでしょう。けれども、その必要性が明らかにされ、不毛な批判が取り下げられるためには善意がなければなりません。さらに言えば、あれこれの運動のつじつまを合わせるために妥協を重ね、気持ちのよい幻想に身を委ねても何の役にも立ちません。それではいつもながらのマイペースに終わってしまうだけです。今は人智学的な仕事に完全に真剣に取り組むべきときであり、すべての個々の運動がそのゴールに向けてともに働くべきときなのです。私たちは別個のウォルドルフ学校運動、別個の宗教改新運動、別個の自由な精神生活のための運動があることで満足しているわけにはいきません。そのすべてが、自分たちは人智学運動に属しているのだと感じるときにだけにそれぞれの繁栄があるのです。私は、本当に人智学運動のことを心配している人たちは心の中で同じことを言っていると確信しています。今日、私があえて厳しい言い方でそのことをお話ししたのはそのためです。皆さんのほとんどは、私があれほどまでに本質的なものであるとして記述してきたところの意識を達成するためにははっきりと申し上げる必要があるということに既にお気づきでした。人智学運動は今や、三つのフェーズを通過してきました。第3フェーズにおいては、派生した様々な運動が優先され、人智学は無視されて来ました。しかし、それは現代の文明生活、とりわけその精神的な部分が要求するような生きた精神的運動として再発見されなければなりません。どうか私の言葉をその目的に貢献するように意図したものとして受け取ってください。それが厳しい響きを持っていたとしたら、それはそれだけ真摯な提案なのだと考えてください。それは、それによってさらに辛辣な議論を呼び起こすのではなく、人智学に対する真実な心によって導かれた運動への参加を促すということを意図した言葉だったのです。 人智学的共同体形成 (GA257)第3講了人気ブログランキングへ
2024年07月16日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第2講 シュトゥットガルト、1923年1月30日 佐々木義之 訳 私がゲーテアヌム火災という悲痛なできごとやその他の人智学協会が抱える問題についてここでコメントしてから一週間が経ちました。今日は、純粋に人智学的なことがらについてお話しするつもりですが、協会の問題についてもいくつか導入的なお話をしておく必要があると考えています。私は昨日のミーティングには少なくともその後半部分に立ち会うことができましたが、それで分かったことは、先週私がお話したような協会の本質を含むようなことがらはいかに誤解されやすいかということです。今、これらの誤解を解いておいても早すぎるということはないでしょう。とはいえ、今夜のお話の導入部分は人智学的な人生の見方にも関係しており、したがって、聴衆の皆さんにとっても、多分、聞く価値があるということがお分かりになるはずです。私としては、協会における判断形成についての昨日の議論を続けてみたいと思っています。協会にかかわることがらについては、私が話すことがらとは全く無関係に、各構成員がそれぞれ独立した判断をすべきであるというような問題提起がなされました。そうですね、もちろんそれ以上正しいことはありません。けれども、この種の問題が提起されるときには、その独立したコメントがいかにそれ自体で正しいとしても、また、いかに私が原則としてはそれに全く同意しているとしても、議論全体の文脈を考慮する必要があるという事実について、私たちはよく考えてみる必要があります。あることがらが完全に正しいとしても、ある場合には必ずしも適合しないかも知れません。あらゆる真実はそれ自体正しいこととして提示され得ますが、それが持ち出される文脈によって色づけされ、最悪の場合、もっとも重大な誤解へと導きかねないのです。さて、私は、12月30日のドルナッハでの講義の中で、宗教改新運動と人智学協会の関係について議論しましたが、その講義との関連で、判断形成についての観点が表明されました。協会員は自分自身の判断をすべきであり、私の判断に影響されるべきではないというコメントがありました。もちろん、そうあるべきです。けれども、そのアドバイスがなされたその仕方は、人智学を本当に把握することから来る心の状態とは深い意味で相容れないものでありましたし、今でも相容れないものなのです。と申しますのも、人智学的な世界観は、今日広まっているようなものの見方をそれと同様の方法で見出した別の見方で置き換えることに基づいているわけではないからです。人智学の全体像の中で明らかになるように、あらゆる種類のことがらを別様に考えるだけでは不十分であり、もっとはるかに重要なのは、これらの異なる考えを異なった仕方で考え、異なった魂の様態で感じるということです。人智学は、思考と感情が単にその内容において変化するのではなく、完全に変容することを求めます。これとの関連で、私の講義のほとんどを検証する傾向のある人は、私が今お話したことを厳密に守っている、ということを理解するはずです。つまり、物事が提示されるとき、提示されたことがらの判断は完全に聞き手の側の自由に任されているというような仕方で提示されるということは人智学的な世界観の正に本質に属することであるということが分かるはずです。もし、皆さんが私の講義の大部分を、1922年12月30日の講義の中で扱われたような課題を扱ったものを含めて、読み直してみるならば、その主要な内容が単なる事実であること、超感覚的な領域のものであれ、感覚世界のものであれ、あるいは歴史的なものであれ、それが事実を提示しているということ、そして、それらが提示されるときには、その読み手が私からの影響を全く受けずにそれらについての結論をいつも自分自身で引き出せるような仕方で提示されるということが分かるでしょう。実際、ドルナッハで開催された連続講義のひとつには「結論の基礎となる事実の提示」というような副題が付けられています。ですから、人々は何を考えるべきかを告げられているという言い方が正当化されることはあり得ません。と申しますのも、私の講義からある人は何らかの結論を引き出し、別の人は全く別の結論を引き出すかも知れませんが、どちらも自分の結論をそのことがらに関する正しい観点であると考えるからです。それぞれが自分の立場から見て正しいと思うでしょう。何故なら、私は結果を前もって決定づけるつもりは全くなく、単に結論の基礎となり得る事実を提供しようとするだけだからです。私はそのことによって、私が提示する一連の事実が全く様々に解釈されるかも知れないという危険に敢えて自分を曝しているのです。つまり、私の興味はただ事実を伝えるということにだけあり、そのことを検証しようとする人であれば誰であれ、私が判断を表明するのは、何かを訂正したり反駁したりする必要があるときだけであるということが分かるでしょう。そうでなければならないのです。人智学に基づくような世界観はそれが属する時代の文脈についていつも意識的でなければなりません。今、私たちは意識魂が発達する時代に生きているのですが、そこで普遍的な重要性を持つのは、個々人が自分自身で結論を引き出す。そして、事実に偏見なく耳を傾けることによって十分に意識的な判断を下す能力を身につけるということです。私の発表形式は人間が意識魂を発達させる局面に入ったという認識から来ています。既にお話しましたが、私の言葉から様々な結論を引き出すことができる理由はここにあります。私は事実を提示するときは、できるだけ明確に提示するように試みます。けれども、それは「そうすべきである」とか「そうすべきではない」とかの問題では決してありません。人智学は真実を伝えるために存在しているのであって、それを宣伝するためにではありません。これは、例えば、私が菜食主義に味方することを拒む場合などにしばしば強調されてきたことです。菜食主義の食事が人々にどのような影響を与えるか、そして、肉食の影響はどうかというようなことを述べるとすれば、単に事実を提示するため、真実を知ってもらうためにそうするのです。意識魂の時代には、どんな場合でも、本当に事実に通じている人には、その人自身の自由な判断を形成するよう安んじて任されているのです。この点を本当に明確にしておくということが人智学的なものの見方にとって本質的なことです。ですから、私が1922年12月30日のドルナッハにおける講義の中で試みたのは、宗教改新運動のやり方でではなく、人智学協会のやり方で、それら二つのグループの間の関係とはどのようなものであるかを示すということでした。その場合にも、私は、単に事実を提示するという一般的な原則に従いました。ですから、その日の講義録を読めば、誰にでもそれが本当であることが分かるでしょう。どのように行動すべきかについては皆さんの自由な裁量に委ねられるべきことだったのです。そのことは講義が明確にしていますが、一週間前にも、ここで私はそのことについて、できるだけ明確に自分の立場を表明しました。誰かが人智学の本質について本当に責任ある主張をしようというのであれば、文脈の問題が考慮されなければなりません。厳密な意味で人智学に基づいた話に関しては、シュタイナーに影響されることなく自分の判断を下すべきであるというような意見を述べることは誰にもできないのです。と申しますのも、シュタイナーの話し方は、彼が何らかの公言されたことがらに反論し、あるいは、それを訂正しなければならないときを除き、聴衆に自分自身の判断を形成するように強いることさえするからです。つまり、聴衆には彼の判断を採用する可能性は全く与えられないのです。人智学的なことがらの全体像を把握するには、昨日ここで誰かが強調していたことよりも、このことを強調する方がはるかに役立ちます。そして、昨日話されたことの不適切さは、多くの誤解の種を元気づけることになりかねません。私がここでこのことを述べることがきわめて重要なのは、それが人智学的な原則の問題だからです。さらに考察すべきことがあります。独立した判断を行うに当たって、それが自分自身の判断であると確信しているだけでは不十分なのです。それを表明する前に、人はすべての直接関連する事実を考慮しているということに関しても同じように確信が持てなければなりません。誰でも自分自身の結論を引き出すことができます。問題は、その場合に、事実に関する十分な概観がそれを許し、あるいは、明らかに適合しない事実が捨象されたとき、正しい結論に至るかどうかということです。ですから、私が強調しなければならないのは―私はこれらの導入的な問題をどうしても持出さなければなりませんが、それは私がそれを望んでいるからでは全くありません―私の言葉がそれによって影響され、私の意見がそれによって形成されるように、ドルナッハにまで持ち込まれた宗教界新運動についてのあらゆる種類の報告について昨日話されたことは全くの間違いである、ということです。問題の講義はそのような報告とは全く無関係ですが、そのことは公平な心で注意深く検証する人には自ずと明らかになるでしょう。私の講義に関連して、第三の問題点が持ち出されました。つまり、ある派閥の意見には耳を傾け、別の派閥の意見には傾けない、というものです。私が間違っていなければ、ウォルドルフ学校の教師たちのケースが挙げられていましたが、それは私が定期的に彼らに会っているからのようです。けれども、講義が行われたときまでそのことについて一度も彼らと議論したことはなかった、というのが実際のところなのです。これもまた事実を無視してなされる判断の一例です。私がしばしばウォルドルフ学校の教師たちと会っているので、そのことについて何回も議論がなされたはずだ、と容易に考えられたのかも知れません。教育学的な問題では、当然のことながら、そのような会合がスケジュールに上ってきます。人智学的な噂話がそれに口出しする余地は全くありません。既に申し上げましたように、私はこれらのことをやむを得ず強調しているのですが、それは、それらが人智学的な仕事の本質に関係しており、私たちがその仕事を人智学協会の中で健全な基盤の上に少なくとも乗せようとしているところだからです。もちろん、私は、宗教改新運動の発足直後に、それに関する必要な情報のすべてを協会に提供するという仕事を適切な人物に託すことができ、私自身がそれを行う必要はありませんでした。そのことは、宗教改新運動の設立時における私の閉会の辞を聞いた人には明らかなことです。昨日お話したようなことを話すように強いられることで事実を伝える機会が中断させられるのは私にとっていつも本当に残念なことです。しかし、そういうわけですから、人智学運動に関するあらゆることがらがすべて私の魂に重荷となってのしかかり、正にそれらの誤解を解くために、そして、その誤解はその他のことがらほどひどく明確ではないので気づかれることはないのですが、何か本当に十分なことがなされない限り、私たちの人智学的な仕事が前進することはないのかも知れません。けれども、それは前進しなければなりません。そうでなければ、ゲーテアヌムをめぐる状況をそのままにしておかなければならなくなる、ということは明らかです。その仕事を再開することができるかどうかは、協会を強化し、正にその生き血を吸う誤解からそれを解き放てるかどうかにかかっています。その生き血が吸われるのは、例えば、意識魂が発達する時代に時代霊によって要求される意味で倫理について語ることの中に含まれる原則、つまり、私が「自由の哲学」の中で詳述した原則に注意が払われないときです。私がそれを書いた当時、私は、権威主義的な倫理を公然と批判したことで偏狭な陣営から確実に出されるはずの非難に自分を曝すことを心地よく思っていたわけではありませんでした。しかし、私が書き留めたあらゆる文章はどれも苦労して構成されたものであり、本の中でなされる議論によって、思考や感情の面においてさえ、読者の自由が奪われないように最大限の注意が払われているのです。ですから、私が指摘しなければならないのは、1922年12月30日になされたような講義についての疑問を持ち出し、人智学協会員によって引き出される結論に影響を与える、ということがいかに場違いなことであるかということです。他にもそのような疑問が出される機会が数多くあるかもしれません。けれども、先に言及した講演に関してそれを持ち出すならば、そして、私が協会内における活動の中でも決定的に重要な側面に関する課題について申し上げることによって人々の判断に影響を及ぼすのを避けるということが私の神聖な関心事であるという事実を無視してそうするならば、誤解を生むことになります。ですから、私は、私が申し上げることをそれが誰の判断にも影響を与えないような仕方で構成する、という私の意図をもう一度明確にさせていただきました。ですから、私の講義に出席する人に、判断の自由を保持するようにと警告する必要はないのです。さて、私のこれまでのコメントの精神に従って、精神科学的な判断はどのようになされるかについての考察に進みましょう。これからお話しようと思うのは精神科学的な真理を表現する判断についてです。精神的な真実を伝えるということがどれほど深刻な重荷であるかということについて人々がほとんど気づいていないのを観察するということは人に不思議な感情を抱かせることかも知れません。日常の感覚的な世界におけることがらについて判断を形成し、それを表明するためにしなければならないのは、ある時点における観察や論理づけを行うということだけです。観察や論理は、感覚から導かれた情報や歴史的な事実についての判断を形成するための全く十分な基盤となります。精神科学の領域においては、それだけでは不十分なのです。そこでは、ただ一度だけ何らかの特別な判断を形成することに関与するというのでは十分ではありません。求められているのは全く違うことがら、ここで、判断における二重の再構成とでも呼べるようなことがらなのです。これらの再構成には、通常、比較的長い時間がかかりますが、実際、その期間はかなり長いものになりがちです。誰かが、私の著書「より高次の世界の認識とその達成」や「神秘学概論」の後半部分にある記述から、皆さんがよくご存知の方法に基づいて、あれこれの判断を形成すると考えてみましょう。これらの手続きにしたがって、精神的な存在や経過についての何らかの結論に到達します。その時、人はこの結論を自分だけのものとして、表に出さないように強いられます。実際、人はそれを、当面受け入れも拒絶もしない単なる中立的な事実であると見なすようにさえ強いられるのです。そして、多分、何年か後にはこの判断の最初の再構成がその人の魂生活の中で実施される地点へとやって来ます。そのとき、その人はそれを深化させ、多くの点で、それを変容させることさえあります。それが再構成された後でも、その判断の内容は同じであるかも知れませんが、それは別のニュアンス、多分、内的な関わり合い、あるいは、それに働きかけてきたことによる暖かみというニュアンスを帯びているかも知れません。いずれにしても、それは最初の再構成が生じる前とは、全く異なる仕方で魂生活の中に組み込まれているでしょう。そして、そのとき、人はその判断から、ある意味で引き離されてしまっているという感情を持つでしょう。もし、最初の再構成を達成するのに何年もの月日がかかるとすれば、もちろん、人は心の中でいつもその判断をひっくり返してみているわけにはいきません。当然のことながら、その判断は無意識の中へと消え去ります。そして、それはそこで自分自身の生を、自我とは全く無関係に、展開することになります。それはその独立した生活を持たなければなりません。人はそれから離れ、それにそれ自身の生活を送るようにさせなければならないのです。こうして、その判断は、自我の要素が取り除かれた後、その人の中の客観的な能力によって検証されることになります。人が最初の観察を行い、論理的な結論を引き出すとき、間違いなく自我が係わってきます。けれども、ある判断が、多分、何年も経った後に初めて再構成されるとき、人はそれが魂の奥底から現れ、自分を取り巻く世界のあらゆる他の事実と同じような仕方で自分に直面するという明確な経験をします。それはその間ずっと視界から隠れていました。人は今やそれに再会し、それを再発見します。そして、それは次のように言っているかのようです。「最初、お前は私を不完全に、あるいはもっと言えば、間違って形成した、けれども今や、私は自分自身を訂正した」と。真の精神科学者が求めるのはそのような判断、人間の魂の中で自分自身の生活を展開するような種類の判断なのです。それを再構成するには多くの忍耐が必要ですが、それは、既に申し上げましたように、再構成の過程とは何年も要するようなものであり、精神科学が要求する良心とは、事物に喋らせている間は沈黙を守るというようなものだからです。けれども今や、よろしいですか、親愛なる友人の皆さん、人はこのようにしてひとつの判断を再構成し、それが客観的な領域から現れてくるのを経験した後でも、その客観的な回復にもかかわらず、それが自分自身の中のどこかに場所を占めているという強い感情を持ちます。ですから、人は、自分が黙している間に事物に語らせる責任があるという観点から、精神科学的なことがらに関するこの種の判断をまだ表明すべきではないということを感じることができます。こうして、人は、第二の再構成が生じるまで、再び待つことに、そして、恐らく、あと何年も待つことになります。その結果、人は第三の判断形態へと至りますが、そのとき、最初の判断形成からその最初の変容までの間に生じていた経過と、第一と第二の再構成の間に生じた経過の間には重要な相違があるということに気づくでしょう。人は、お話しした最初の期間においては、その判断を思い出すのは比較的容易であったけれども、次の期間においては、外的な世界から拾い集めた判断には決して降りていくことができないほどの深み、それほどの魂の深みへとその判断が降りていくため、それを呼び出すのはきわめて困難であるということに気づきます。その種の再構成された判断は、魂の最も深いレベルにまで沈み込み、その第一の再構成から第二の再構成に至るまでの間、それを思い出すのはいかに大変な苦労を要することであるかが分かるのです。ここで私が判断と言うときには、精神科学的な特徴を有する事実を含む場合であって、その事実によってカバーされるすべての領域の概観を指しています。そして、人が判断の第三の形態に至るとき、その判断は探索中の事物や過程が属する領域にあったのだということを知ることになります。それが最初に形成されてからその最初の再構成までの間、それはその人自身の存在の内部に留まっていました。しかし、二度目のそのような期間中には、それは客観的な精神的事実や存在の領域にまで沈み込んでいたのです。その第三の形態においては、事物や存在そのものがその判断を、その人が今や有する態度という形で、投げ返しているということが分かります。今になってようやく、精神科学的な事実についてのこの見方あるいは判断を伝えるまでになったと本当に感じるのです。それを他者に伝えることができるのは、この二重の再構成を達成し、そのことがらについての最初の観点がその真相につながる道を辿り、再び戻ってきたという確信が持てるようになったときだけです。実際、超感覚的なことがらについての判断が正当な表現を見いだすべきであるならば、それはそれと密接に関係する事実や存在たちが暮らす領域へと送られなければなりません。基本的で重要な精神科学的な事実を提示するための正しいアプローチをする人であれば誰であれ、このことを理解するのが難しいとは思わないでしょう。もちろん、近代小説を読むように講義録を読む人は、本当に重要なことがら、真の証明はこの判断の二度にわたる再構成の中にあるということをそれが提示される仕方によって気づく、ということはないでしょう。そのとき彼は、そうは言っても、それは証明などではなく、単なる断定ではないか、と言うでしょう。しかし、精神的な事実についての証明とは、経験、すなわち、意識的に得られ、二重に再構成された判断に基づく経験なのです。精神的なことがらはそれらを経験することによってのみ証明され得るのです。けれども、それらを理解する、ということはその限りではありません。健全な心を持っている人であれば誰であれ、それらが十分に提示される限り、理解することができます。けれども、それが十分であるためには、その健全な心に対して、その提示の仕方自体が特定の結論が真実であることを確信させる、という程度に適切にアレンジされたすべての関連するデータが提供されていなければなりません。人々が私のところに来て、精神科学的な真実も感覚世界の中で観察された事実についての記述と同じように証明されてしかるべきである、と言うのは不思議な印象を与えることです。人がそのような要求をするということは、精神的なことがらについての知覚と物理的、あるいは歴史的なレベルの通常の経験との間の違いを知らない、ということを表しています。人智学に通じている人であれば、それが提示する個々の真実は人智学の全体像に適合しており、逆に、この全体像は彼らが聞くことになるさらなる個別の真実を支持する、ということに気づくでしょう。そのとき、これらのさらなる真実は過去に聞いたことがらを照らし出します。ですから、人智学にますます精通するということは、その真実を経験することにおいて絶えず成長するということです。数学的な記述の真実性は一瞬の内に見て取ることができますが、それはそれがそれだけ生命がないということです。人智学的な真実は生きています。瞬く間に確信に至ることはできません。それは生きており、成長し続けているのです。人智学への確信はちょうど人生を始めたばかりの赤ん坊に喩えられるでしょう。最初は不確かで、信じるという程度のものでしかありません。けれども、学べば学ぶほど、確信はますます確かなものになります。このように、人智学的な確信は成長するということ、それこそが実際、それが内的に生きていることの証拠なのです。さらに、ここでは、人智学的な関心事について人が考えたり感じたりすることがらが、今日、その他の領域で人が考えたり感じたりすることがらとは異なるということだけではなく、別様に考えたり感じたりしなければならない、別の場所で通常行われるのとは異なるアプローチが取られなければならないということが分かります。このように異なるアプローチあるいは態度は人智学を理解するための基礎であり、様々な生や学びにおけるすべての領域を人智学的に実り多いものにするための基礎を形成するものです。この事実は運動に参加する科学者たちが特に明確に心しておくべきことでしょう。彼らは科学者として、外的な科学が追究する世界像とは異なる世界像を発達させることだけをその目標にすべきではありません。彼らの主な責任とは彼らが参入する様々な科学分野に人智学的な心の枠組みと内的な生命を結実させることであるということも意識しているべきです。それによって、別の型の科学に論戦を挑むのではなく、それらの科学の中にあって人智学なしには発達せずに留まったはずの側面を発達させる方向で、それらが前進するのを助けることもできるでしょう。私たちの協会の危機に当たり、科学者たちのそこでの振る舞いが小さくはない程度にその原因となった危機に当たり、私はこのことを強調しなければなりません。私はここで、雑誌「Die Drei」が原子論について展開してきた戦いは、実り多い科学上のやりとりの正に死を意味している、ということを付け加えなければなりません。反対者たちと同じ思考方法に頼り、彼らの主張はある決定的な点において正しいのだということを理解し損なったまま、この論争は遂行されるべきではありません。重要なのは、もし、物理学を、ためにする議論なしに、あるがままに受け止めるならば、それは人智学的な観点を基礎づけるのに全く理想的な事実をもたらすのに適した正にあの科学の分野である、ということに気づくということだけです。「Die Drei」の中で展開された論戦の中で見られたように、人智学的なアプローチによって解き放たれていない論争は観点を不毛へと導くだけです。このことを強調するのには他にも理由があります。原則として、人智学の名前で行われることは、何も私の門前に置いてはいけないということを全く明確にしておきたいと思います。私は人々の自由を尊重します。しかし、有害なことがらが生じたとき、それらを取り上げることについて、私自身の判断を行使することが許されなければなりません。人智学的な関心事については、完全な独立が原則であって、ご都合主義であってはなりません。最も望ましくないのは、科学的な問題についての議論においてしばしば出会うような同志的な精神です。さて、親愛なる友人の皆さん、しばしば指摘してきましたように、私たちが人智学を提示するとき、私たちは、私たちが今生きているのは意識魂が発達している時代なのだ、ということをはっきりと感じていなければなりません。言い換えれば、今の人間の魂の状態にとって最も顕著な側面になっているのは理性的で知的な能力である、ということを感じていなければならないのです。古代ギリシャの哲学者、アナクサゴラスの時代からずっと、私たちはあらゆる判断を、外的な観察に基づく判断でさえ、私たちの理性を通して篩い分けしてきました。もし、皆さんが今日の理性的な科学、特にあらゆる科学の中で最も理性的な科学である数学について検証し、その他の科学によってもたらされる経験的なデータが理性主義的に働きかけられるのを考察するならば、私たちの時代の実際の思考内容とは何かについて、何らかの考えが形成されるでしょう。現代の学校においては最も幼い子供までそれに曝されているところのこの思考内容が出現したのは、人類進化におけるかなり特定の時点においてでした。私たちはそれを15世紀の3分の1が過ぎた時点であると特定することができますが、それは、この知性的なるものが、紛れもない姿で登場したのがそのときだったからです。それ以前の時代においては、人々は、科学的な課題に取り組んでいるときでさえ、どちらかといえば像の中で思考していました。そして、これらの像が、彼らが思考している事物に本来備わっている成長力を表現していました。彼らは、今日の私たちにとってあまりにも当然となっている抽象性の中で思考してはいませんでした。けれども、私の「自由の哲学」の中で述べられている純粋な思考へと私たちの魂を育てるのは、これらの抽象的な概念なのです。私たちは、正にそれらによって、自由な存在になることができます。抽象性の中で思考できるようになる以前には、人々は自らを律する自由な魂ではありませんでした。人が自由な存在へと発展することができるのは、「自由の哲学」の中で記述されているように、内的な人間を外部の影響から自由に保ち、純粋な思考の助けによって道徳衝動を支配するときだけです。純粋な思考とは、現実ではなく、像であり、像は私たちに対していかなる強制力をも行使しません。それらは私たちに私たち自身の行動を律するままにさせておくのです。こうして、人間は、一方では、抽象的な思考の段階へと進化し、他方では、自由へと進化しました。これはいくつかの別の角度からもしばしばここで議論されてきたことがらです。さて、地上での進化が人間に抽象的な思考の能力を付与し、それによって自由をもたらす前の人間をとりまく状況はどうであったかを考察してみましょう。それより前の時代に地上に受肉した人間性とは、抽象的な思考能力をもたないというようなものでした。それは古代ギリシャにおいてもそうでしたが、それ以前の時代については言うまでもありません。当時生きていた人々は完全に像の中で思考しており、自由という内的な感覚をまだ付与されていませんでした。それが彼らのものになったのは純粋な、つまり、抽象的な思考に対する能力を獲得したときです。抽象的な思考は私たちを冷めたままにします。けれども、抽象的な思考によって私たちに与えられる道徳への能力は私たちを強く暖めます。と申しますのも、それは人間の尊厳の正に頂点を表現するものだからです。自由を伴う抽象的な思考が人間に与えられる前の状況とはどのようなものだったのでしょうか。そうですね、皆さんご存じのように、人間が死の門を通過して肉体を脱ぎ捨てるとき、彼は死後数日間、まだそのエーテル体を保持し、最初の記憶にまで遡る彼の人生全体が壮大な像として、つまり、大まかで包括的で調和的なパノラマとして彼の眼前に広がっているのを見ます。この人生のタブローはその人の死後数日間に渡ってその眼前に現れます。親愛なる友人の皆さん、それは、今日においてはそうなっているということなのです。地上に生きる人々がまだ像の意識を有していた時代には、彼らの死直後の経験とは、今日の人間が有し、以前の時代に生きていた人々は、その生と死の間の時期には、有していなかったような理性的で論理的な世界観についての経験だったのです。これは、人間の本性を理解する上で非常に重要な助けとなるということが分かるような事実です。太古の人々やそれよりやや後の歴史的な時代の人々が死後になって初めて持った経験、つまり、抽象的な思考や自由への衝動の中で短く振り返ったこと、それはその後、彼らの死と再生の間の人生を通して、彼らの元に留まりました。しかし、そのような経験は、進化の過程を通して、彼らの地上における人生を通して有することになる経験となりました。このように、超感覚的な経験が地上的な経験へと押し進むというのは存在の大いなる秘密のひとつなのです。現在、地上の生活へと拡張している抽象性と自由への能力は、お話しましたように、以前の人間にとっては、振り返るという形で死後になって初めて自分のものにすることができたようなものだったのです。一方、今日では、理性、知性、そして自由を有しているのは地上に生きる人間たちです。彼らは、そのような死後の代わりに、単なる像の意識の中で彼らの人生を振り返るようになっているのです。この種の成り行きの絶えざる移り変わりというようなものが生じるのは、超感覚的なものが感覚的な経験へと具体的に突き進むこと自体によってなのです。この例からも分かることは、いかに人智学は精神的なものの観察から得た事実を語るかということ、そして、いかに主観がその事実の取り扱いに色づけする可能性はないかということです。けれども、私たちがこれらの事実に到達するやいなや、私たちの感情にそれらが影響を及ぼさず、私たちの意志衝動にそれらが働きかけない、というようなことがあるでしょうか。一体、人智学について、それが単なる理論であるというようなことが言えるでしょうか。現代人は自由と抽象に支配されているというだけなら、何と理論的に聞こえることでしょう。けれども、私たち現代人の地上的な経験において、私たちに自由と抽象に向かう能力を付与するものとは、私たちが死後に入っていくところの天上の世界からこの地上の私たちへとやって来るとはいえ、私たちがそこに入るために携えていくものとは正反対の向きに、私たちへと向かう道を進むような何かであるということに私たちが気づくとき、そのような記述は何と豊かで芸術的な感情と宗教的な内容に満たされることでしょう。私たちは死の門を通って精神的な領域へと出ていきます。私たちの自由と抽象への能力は、神的な贈り物として、精神的なものによって地上の世界に与えられるものとして私たちのところにやって来ます。このことは、私たち人間とは何なのかということに対する感情を強めるとともに、私たちは精神的なものの担い手であるばかりではなく、その要素が由来する源泉でもあるのだという事実についての暖かな意識へと導いてくれます。私たちは、以前の人々がその向こうに横たわるものを経験したのは、今やここ地上に生きる人々の現代的な経験へと移行した方法によってであるということを意識しながら死を眺めます。こうしてこの天界の要素、すなわち知性と自由が、地上的な能力として現れたという事実によって、以前とは異なる仕方で神性を見上げる必要が生じました。ゴルゴダの秘蹟がこのような新しい仕方で見上げることを可能にしたのです。人間は、キリストが地上に生きることになったという事実によって、そうでなければ、彼を尊大さやそれに似たような態度へと誘惑したであろう天界に発する要素を神聖化することができるようになりました。私たちは、私たちが、私たちの最も崇高な現代的能力、すなわち自由と純粋概念に対する能力はキリスト衝動によって浸透されなければならないということに気づくことを求めている時代に生きているのです。キリスト教はまだ究極的な完成には至っていませんが、人類の様々な進化衝動はキリスト衝動で飽和されなければならないという正にその理由により、それはすばらしいことなのです。人は純粋な思考をキリストと共に思考し、自由をキリストと共に達成しなければなりません。それは、もし、そうしなければ、超感覚的な世界が彼に与えるものを正しく知覚することを彼に可能にするところのその世界との関係を彼が持つことはないからです。我々現代人を調べてみるならば、超感覚的なものは死の門を通って地上の生活へと入ってくる、しかし、私たちが死に際して引き受けるものとは正反対の方向から入ってくるということが分かります。私たち人間は一方向に進みます。世界は反対方向に進みます。キリストが降臨したことによって、精神的な太陽が精神の高みから地球の領域へと入ってきました。それは、超感覚的な世界から感覚の世界へとその歩みを進めてきたところの人間的な要素が同じ道を辿ってきた宇宙的な要素と合流し、それによって人間が宇宙の精神へと続く道を見いだすためなのです。彼は彼の内なる精神が外なる精神を見いだすときにのみ、自分を正しく方向づけることができます。今日、地上に生きている人々が、古い人類が死を越えた世界に生きているのを見いだしたところの精神を正しく把握できるのは、受肉した人間たちの経験の中に入り込むために理性や知性や自由が進み出て来た世界と同じ世界から地上に降りてきたキリストによって照らし出されるときだけなのです。ですから、人智学については、いずれにしても科学的なレベルで始まり、その概念を生き生きとさせるために芸術を呼び出し、宗教的な深化で終わると言うことができるでしょう。それは、人の魂がいつも精神の中に、つまりその真の故郷の中にあると感じることができるように、頭が把握できることで始まり、言葉で表現できるあらゆる生命や色合いを帯び、心に染み通る熱、心を平穏にさせる熱で終わります。私たちが学ばなければならないのは、人智学的な道においては、知識から始め、私たちを芸術のレベルにまで引き上げ、宗教的な感情の暖かみの中で終わるということです。現在という時代はこのようにして物事を行うことを拒絶します。人智学が敵を有しているのはそのためです。これらの敵には奇妙な特質があります。今日はこのように深刻な問題について語ってきましたので、あまり深刻な調子で終わりたくないのですが、これらの問題は一般に考えられているよりもかなり深刻なものなのです。けれでも、私たちは、真に人智学的な努力の深刻さと多くの一般の人たちがそれについて持つ興味本位の考えとの間には、いかに対照的な違いがあるかをよく考えてみるべきです。それらの中には全くグロテスクなものから、私たちがそれらに対して守りを固める必要があるという事実がなかったとしたら単に滑稽なものとして片づけられるものまであります。外的な世界については、誰でもどのように考えるのも自由ですから、ときとして私自身照明をそれに当てる必要があるということも理解できます。ですから、今日の深刻な議論を、あまり深刻に受け取られないような話で締めくくりたいと思います。少し前に、私たちの友人ヴァフスムート博士がドルナッハの私のところに不作法なパンフレットを持って来られたのですが、それは人智学を攻撃するだけでなく、私や私に近い人々を特別な標的としたものでした。彼は、その時、そのように特別に粗野なでっち上げの作品を私が読むことを想像しただけで侮辱であり、その本を私の元に残さないようにしますと言いました。私はその本を見ることもなく、ヴァフスムート博士はそれを持ち帰り、私はそれ以上それについて考えませんでした。昨日、私はシュタイナー博士夫人、ラインハス氏とともにフライブルクを旅していました。私たちはレストランのテーブルについて休憩を取っていました。近くのテーブルには二人の男性がいました。その内の一人は一杯に詰まったカバンを、もう一人もそうしたものを持っていました。私たちは彼らにさしたる注意を払わず、私たちが出発する少し前に彼らは出ていきました。彼らが出発した後、給仕が一冊の本を持って来て、それらの紳士の内の一人がそれを私に渡すように頼んだのだと言いました。ラインハス氏が彼らは誰だったのかと訊ねると、その内の一人はヴェルナー・フォン・デア・シュレンブルクであったと告げられました。本の見返しには、「著者謹呈」という言葉がありました。親愛なる友人の皆さん、何が起こったかお分かりですね。多分、このことから、皆さんは、今日、敵意を誇示しながら闊歩する輩の間には、いかに如才のない思いつきが、その他の特質は言うに及ばず存在しているかということについて、何らかの考えを持つことができるでしょう。最近、私は、私の敵たちに多くの注意を向けることは全く不可能であると思うようになりました。最近の私の行動を見てきた人たちであれば誰であれ、私が新しい真実を、古い真実につけ加えるために、提示することにいかに忙殺されてきたかがお分かりと思います。それには時間がかかり、攻撃がどんなに野蛮になってきても、誰もそれに関わって無駄にする時間の余裕はありません。今日は、皆さんに、人智学的な真実に到達するに当たっては、どれほど多くのことがらが関係してくるかをお話ししました。もし、協会がこのことを完全に意識するようになるならば、現在のその再編にとって必要ないくらかの力を見いだすことでしょう。親愛なる友人の皆さん、それは決定的に必要なことなのです。どうか、今日、私がこのテーマについてくどくどとお話ししてきたことを悪く取らないようにお願いします。参考図:Gates of Death 人智学的共同体形成 (GA257)第2講了人気ブログランキングへ
2024年07月15日
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ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成Anthroposophische Gemeinschaftsbildun (GA257) 佐々木義之 訳「人智学的共同体形成」 GA257 *10回の講義 1923年1月23日~2月28日/シュトゥットガルト・3月2日~4日/ドルナハ●第1講(シュトゥットガルト、1923年1月23日) 2006.10.25.登録●第2講(シュトゥットガルト、1923年1月30日) 2006.11.13.登録●第3講(シュトゥットガルト、1923年2月6日) 2007.2.5.登録●第4講(シュトゥットガルト、1923年2月13日) 2007.4.23.登録●第5講(ドルナッハ、1923年2月22日) 2007.7.2.登録●第6講(シュトゥットガルト、1923年2月27日) 2007.8.18.登録●第7講(シュトゥットガルト、1923年2月28日) 2007.9.10.登録●第8講(ドルナハ、1923年3月2日) 2007.9.29.登録●第9講(ドルナハ、1923年3月3日) 2008.1.6.登録●第10講(ドルナハ、1923年3月4日) 2008.1.20.登録ルドルフ・シュタイナー人智学的共同体形成 (GA257)第1講 シュトゥットガルト、1923年1月23日 佐々木義之 訳 過去10年に渡ってドルナッハに建設されてきたゲーテアヌムは、もうそこには立っていません。人智学協会の活動にとって、その建物は失われてしまったのです。何と酷い喪失だったことでしょう。去年の大晦日の壊滅的な火災によって私たちに降りかかったその喪失の大きさ、その悲しみの重さがどれほどのものかを知りたいならば、ゲーテアヌムが協会にとって何を意味していたかを推し量ってみるだけで十分です。ゲーテアヌムの礎石がドルナッハに据えられた1913年に至るまでは、その支部がどこに設立されようとも、人智学協会は人智学運動を守護するものとして働いてきました。けれども、当時、協会はその中心となる建物が必要であると感じ始めていたのです。ここシュテュットガルトの協会はそれ自体で建物を所有していますから、多分、ここにおられる協会員の皆さんは、人智学協会全体がその自分の家となる建物とともに何を失ったのかを、特に切実に感じ取られるかも知れません。ここシュテュットガルトの協会員の皆さんは何年にも渡って自分たちの建物の中でその活動を遂行するという恩恵を得て来ましたから、その経験から、自分たちが所有し、人智学運動にふさわしく設えられたと考えられる建物の中で活動するということがどういうことなのかをご存じだと思います。人智学協会がドルナッハの建造物の中にその中心を確立するように促されていると感じたときまで、その活動を遂行する唯一の道は、今言いましたように、シュテュットガルトの場合は別ですが、集会を催すということだけでした。今日における人間進化が必要とするような人間と精神世界との結びつきの可能性を伝えるということでは、言葉だけに頼らなければならなかったのです。もちろん、その目的のために話し言葉に頼るというのは、人智学運動で用いることができる手段としては、将来的にも最も重要で、意義深くなくてはならないものであることに変わりはないでしょう。けれども、私たちには、ゲーテアヌムという建物とともに別の道が開けたのです。その中で希求された純粋に芸術的な形態の中で、世間一般に向けて語りかけることが可能になりました。人智学が言葉を介して提供しようとしているものに対する感覚を欠いている人々はドルナッハのゲーテアヌムにおいて知覚することができる芸術的な形態に対してもほとんど何の感情も示さない、ということは確かですが、それでも、私たちの時代の人々は、聞いたことを通して内的な活動を呼び起こすよりも、視覚によってものごとにアプローチする方がより簡単であると考えがちであるということも確かなのです。こうして、ドルナッハの建物によって、今日の人類があれほどまでに必要としていた精神性を伝えるという可能性が大いに広がりました。ゲーテアヌムは、その視覚化された形態において、そして、見ることができる芸術作品として、かつて語られた言葉を通して精神世界の秘密を学ぶことができた人々よりも計りがたいほど多くの人々に向けて、その秘密を語ったのです。その建物とそれを基礎づけるところの人智学を偏見なしに見ることができるほど十分な善意をもつ人であれば、誰であれ、人智学は教派主義的な色合いを持つものではなく、寧ろ、時代の大いなる課題、つまり、今や人類にとって入手可能になった新しい精神的な光の放射を取り上げ、私たちの文明や文化のあらゆる側面においてそれを体現するという課題に取り組んでいるのだということの積極的な証明をゲーテアヌムの中に見い出しました。多分、偏見を持たない人であれば、賃貸された講堂の中で催される多くの会合の中には教派主義的な音色を持つものもあるということを感知することができたかも知れません。しかし、ドルナッハに立つ建物、そして、そこではあらゆる象徴主義と寓話の痕跡が注意深く回避され、人智学的な衝動は純粋な芸術にのみ限定されているのですが、そのような建物を善意ある人々が見るときには、そのようなことは不可能になりました。人智学は、何か不思議なこと、変わったことをしているのではなく、人類の幅広い層にアピールする何かを育てている。そして、現代におけるあらゆる努力の領域において、普遍的で人間的な意味を有するような仕方で現代を実り多いものにしようとしているのだというように人々に見られなければなりませんでした。その意味で今はその痛々しい廃墟を眺めるしかないゲーテアヌムは、人智学運動の真の意味とは何かを表現する力強い手段となっていたのです。私たちは、普遍的な人間から離れないという私たちの意図をその建物の細部に至るまで浸透させようと試みました。私たちは純粋な芸術を達成しようと苦闘したのです。それは、そのような努力が、奥深い意味で人智学的な衝動の一部になっているからです。こうして、ゲーテアヌムは、人智学協会そのものには特に興味を持たない人々に対しても、協会の気高い理想を伝える手段になりました。ものごとはほとんど10年に亘りそのようであった。しかし、それを終わりにするには一晩で十分であった。これらふたつの文章を並べてお話しするということ、それは表現しがたい感情へと沈められるということです。人智学運動とは何かを表すこの決定的な手段を取り返しのつかない仕方で失うということに比べれば、過去10年に渡る仕事や心配事について報告されてきたあらゆることがらが取るに足らないものになってしまいます。ゲーテアヌムが失われたからこそ、それを愛し、それが何を意味していたかを本当に感じていた人であれば誰であれ、何らかの形でそれを再建したいと思います。しかし、再建について考えること自体が、必然的に、その建設が始まって10年が経ったということ、そして、人智学運動が敵をつくる性質のものであるということを私たちに思い出させます。悲しみに打ち拉がれたこれらの日々の中で、私たちは敵とは何かについてさらに味わわされることになりました。けれども、他方で、その破滅はまた、ゲーテアヌムが有していた大勢の真の友人たちが人智学運動のために何をしてきたかを照らし出したのです。と申しますのも、私が感謝をもって受け取った協会員からのメッセージ、その中で彼らはその悲しみと苦悶について語られましたが、それとともに、協会の外に留まっているとはいえ、私たちの破滅的な喪失に際し、共感の気持ちを表わそうとする人たちから数多くのメッセージが寄せられたからです。其の出来事に際して、私たちの目標に対する多くの温情が明らかとなりました。ゲーテアヌムを建てたのは、実際、愛だったのですが、それは、終わりに際してもまた、愛の印の下に立っていました。1913年の建築着手に至るまでの長きに渡ってその運動に身を捧げてきた人たちの側からの無限に奉仕する精神だけがその建設を可能にしたのです。物質的、精神的な奉仕や労働奉仕など、計りがたい量の奉仕がなされました。運動に関わる多くの友人たちが、その建築を実現するために、ドルナッハで力を合わせ、想像し得る最も無私の態度をもって共に働いたのです。そして、恐ろしい戦争が勃発しました。しかし、あの「馬鍬(まぐわ)」で均(なら)す期間中は、建設のテンポはかなりゆっくりとしたものになったとはいえ、共に働いていたメンバーたちの協調的な人智学的精神において、いかなる不履行もありませんでした。ドルナッハの建築現場は、互いに戦いを交える多くのヨーロッパ諸国から来た人たちが、平和で愛に満ちた仲間意識の中で、共に働き、考え、そして遂行する場であったのです。恐らく、驕りからではなく、次のように言うことができるでしょう。戦時下の諸国民の間に起動された敵意の波動を調査するために来た歴史家は、この建物に込められた愛が、そこに立っているのを見るだろうと。他の場所で嫌悪が荒れ狂っているとき、ドルナッハでは真の愛、それは精神に発する愛ですが、卓越してその建物の中に込められていたのです。人智学が担う名前は正当なものです。つまり、それは他のものがそうであるような単なる学問ではありません。それが提示する考えや、それが用いる言葉は、抽象的な理論として意図されたものではありません。人智学的な考えは他のあらゆる種類の学問が過去3乃至4世紀に渡って考えを形成してきた仕方と同じ仕方で形成されるのではないのです。言葉も他の場所でそうされるのとは異なって意図されています。人智学的な考えは愛によって形作られた器であり、人間存在は、それらの内容に与るように、精神的な世界によって、精神的に呼び出されるものなのです。人智学は真の人間性という光を愛の刻印を担った思考の中に輝き出させなければなりません。すなわち、知識とは単なる形であり、人間は、その形の中で、彼の心の中に住みながら、そこから人間の思考を照らし出すようになった世界精神という光を人間のその心の中へと受け取る可能性について考えます。人智学は愛の力によってしか本当には把握できません。ですから、人間がそれをその真の本性に適った仕方で受け取るときには、それは愛を生じさせるものとなるのです。荒れ狂う敵意の、正にただ中にあって、愛が支配する場所をドルナッハに打ち立てることができたのはそのためです。人智学的な真実を表現する言葉はすべて、今日、別の場所で語られるような言葉とは異なり、正しく受け止められるならば、人々に精神が明らかになりますようにという本当に厳かな願いなのです。ドルナッハに立っていた建物は、この厳かな精神の中で建てられました。愛がその中に体現されたのです。その同じ愛がゲーテアヌムの火災の夜を通して新たなものとされた犠牲の中に現れました。そこに存在していたのは愛へと変容された精神だったのです。現時点では、ゲーテアヌムの火災のより深い精神的な側面について語ることはできません。誰かが「この驚くべき災厄を、正に宇宙が、防ぐことができなかったのは何故なのか。」という心からの問いを発することは理解できます。その破滅を予見することはできなかったのかと問う権利を誰もが有していることも否定できません。けれども、これらの問いは大いなる秘教の深みへと導くことになり、単に、それらを人智学運動に対して用いるための武器へと鋳造するかも知れない人々に直ちに報告されることなしに、それらを取り上げる余地が私たちには残されていないという理由によっても、それらについて議論することはできないのです。それについてのより深い、精神的な事実へと私が進めないのはそのためです。とはいえ、愛の型によって鋳造されたものが、苦い敵を呼び出してしまいました。私たちの不幸は、嘲り、侮辱、そして敵意という本当の大嵐を解き放ちました。そして、真実の意図的な歪曲はいつでも私たちの反対者の大部分に特徴的なものでありましたが、現在の状況においてはとりわけ典型的なものであり、敵はどこの角からでも這い出してきて、その悲劇自体についての意図的な不真実をばら撒いています。火災の現場にいた私たちの友人たちは、彼らの力の限りを尽くして、正に救い出しようがなかったはずのものを救い出そうとしました。しかし、悪意に満ちた者たちは、例えば、火災は協会員たちが本当はどういう連中だったかをあぶり出した、彼らは火が自然に消えてくれるように祈りながらうろうろしていたのだというようなことを言うほど悪趣味だったのです。これは、その火災に関連して私たちが被っている侮辱と嘲りのひとつのほんの些細な例に過ぎません。私は長年に渡って、私たちは絶えず大きくなることの反対を考慮しなければならなくなるだろう、そのことに気づき、それに対して適切に警戒することは私たちの最優先の義務であると警告してきました。人々が、私たちの敵はどこそこの角では静まっているようだと言うのを聞かなければならないのは、いつも心の痛むことでした。この種のことがらは幻想に阿(おもね)りたいという人々の傾向によるものであり、不幸にも、あまりにもひどく私たちの間に広まっているものなのです。願わくは、私たちが直面しなければならなかったこのひどい不幸には、少なくとも、協会員をその幻想から癒し、人智学運動を前進させるためには、彼らの心と精神の力のすべてを結集する必要があるのだということを彼らに確信させる効果があると考えましょう。と申しますのも、別のゲーテアヌムを建てようという望みが表明されている今、私たちは、その背後に存在する強力で精力的な人智学協会なしに再建しても無駄であるという事実について特別に意識的である必要があるからです。再建に意味があるのは、その責任とは何かを完全に意識し、自己意識的で強力な人智学協会がその背後に立っているときだけです。そのように強力な人智学協会の基礎とは何なのかということを私たちは忘れるわけにはいきません。ですから、この厳粛な機会を利用して、私たちが現在直面している状況の中では、その責任に関して意識的である強力な人智学協会をどのように思い描くべきかということについての考察を続けていきたいと思います。親愛なる友人の皆さん、1918年までは、人智学協会とは、現在の人類にとってどうしても必要であると指導的な協会員たちによって信じられていた精神的な流れを包含するところの容器とでも呼べるようなものでした。そのときまでは、人智学の心から育ってきたもの、つまり、人智学の思考、感情、そして意志から育ってきたものが、その唯一の付加的な要素だったのです。私はドルナッハの建物、それは、言葉で表現し得るよりもはるかに広い意味で、人智学運動の表現についてだけお話ししましたが、それはそのあらゆる細部に至るまで人智学の正に心から生じてきたものなのです。しかし、人智学は分離主義的な集団の関心事ではありません。それは分派主義とは相いれないものなのです。つまり、それは、その中心から湧き出してくるものは何であれ、あらゆる生活の様々な領域にとって実り多いものにすることができるということを意味しています。ヨーロッパにおける戦争の一時的な終息に引き続いて訪れた困難な時代を通して、その運動の友人たちは、彼らの身近な生活全般に卓越する事物の悲劇的な様態を見るにつけ、人生のあらゆる領域において、新しい衝動がいかに必要不可欠なものであるかに気づきました。1919年以降に人智学運動から育ってきたものの多くは、もし、人智学がそれに先立つ時代に行ってきたような努力を続けていたとしたらそうなっていたはずの特徴とは非常に異なる特徴を身につけていました。人生のあらゆる局面において人智学の影響が感じられるように要請されている。そして、人智学によって動機づけられたその運動の友人たちが実り多い仕方で活動的であろうとしてきたあれらの分野においてはとりわけそうであるということは確かなことです。しかし、多くの事業が、実際には直接人智学的な精神から湧き出して来るのではなく、むしろ、それと平行して、ともすれば外的なできごとによって、それとは無関係に打ち立てられ、遂行されるということが生じてしまいました。ですから、私たちは、1919年以来、非人智学的とは呼べないけれども、もし、人智学運動が1918年に至るまで追求してきたような過程を辿り続けていたとしたら卓越していたはずの精神とは別の種類の精神の中で遂行されるかなりのできごとを見るようになりました。これは非常に重要な事実であり、私が義務として話さなければならないこれらのことがらについてお話しするとき、皆さんには私を誤解しないようにしていただきたいと思います。私は、人智学運動とは別の実体として存在しているとはいえ、それとの密接な結びつきの中で生じることになった取り組みである「来るべき日/Der Kommende Tag」のような取り組みについて言及しているのでは全くありません。私が申し上げなければならないことはこの型の企業には当てはまりません。ですから、どうか私の言葉を、多少なりとも物質的な領域におけるこれらの取り組みを云々しているものとして受け取らないでください。記:「Der Kommende Tag」は、1920年3月13日に設立された、経済的および精神的価値を促進することを目的とした株式会社です。この会社はルドルフ・シュタイナーと関係があり、シュタイナー派の関心を集めていました。シュタイナー派は、シュタイナーの思想を基にしたさまざまな活動を行っています。 と申しますのも、それらは人智学運動と完全に調和した線に沿って前進しようとするそれぞれの意図を持っているからです。私がこれから言及しようとしているのは、ただ人智学協会そのもの、協会において、そして、協会のためになされる働きに関するものだけなのです。人智学協会の中にその一部がつなぎ止められているこの人智学運動は、その普遍的な人間性という特徴をここシュテュットガルトにおいて特に明確に示すことができました。それはどこかの精神的なグループのプログラムから発生したのではなく、幅広い人間本性の全体にその起源を有している、ということがここで証明されたのです。偏見を持たない人々は、人智学の持つ普遍的な人間性という特徴に関する証明がここシュテュットガルトに見いだされるということに恐らく気づくでしょう。そのことは、あるひとつの領域、つまり、ウォルドルフ学校の教育について特に言えることです。その証明は、ウォルドルフ学校が人智学を教えるために設立された組織ではなく、人間が有する能力を最大限に発達させるためにはどのように教えたらよいかという問題を解くために設立された組織であるという事実によってなされます。教育が人間の成長に最もよく役立つためにはどうすればよいのでしょうか。人智学はどうすればこの問題を解くことができるかを示さなければなりません。教派や党派の場合、普遍的な人間の考察に基づいた学校ではなく、自分たちの観点を教えるための学校を設立したかも知れません。ウォルドルフ学校で追求される普遍的な人間という特徴をあまり強く主張することはできません。このような場合に言えることは、真の人智学者であるならば、人智学という名前には全くこだわらない、それが何についてのものであるかにこだわるということです。けれども、それは普遍的な人間にかかわることなのです。ですから、それが何らかの目標を担うようになったとしても、それは最も普遍的な人間の意味で機能することしかできません。いかなるセクトや党派が学校の設立に乗り出すとしても、例えば「7日目の再臨派」やそれに似たような者を育て上げるための教派的な学校を設立することでしょう。そのようなことを行うのは人智学の本質に反します。人智学が生じさせることができるのは、普遍的に人間的な組織だけです。それが人智学にとって自然なことなのです。このような事実にも関わらず、まだ人智学運動をセクト的なものとして扱う人々は、観察眼がないか、悪意があるかのどちらかです。と申しますのも、ここステュットガルトのウォルドルフ学校は人智学が普遍的な人間に関わっていることの積極的な証明を提示しているからです。けれども、協会内部のそれぞれのサークルもまたこの同じ事実に十分注意を払わなければなりません。ウォルドルフ学校がどのようにして設立されたか、その設立の精神全体が協会にとってよく考えてみるべきことがらなのです。この精神が、人智学協会あるいは人智学運動に関連した今後のいかなる設立に当たっても、模範として働いていなければなりません。ドルナッハにおけるゲーテアヌム、そして、ウォルドルフ学校とその手続きは、文化のあらゆる領域において、人智学的な活動はいかに遂行されるべきかを示しています。誤解を避けるためにもう一度言わせていただきますと、その設立の経緯からしてそれ自体の正当性を有しているものの例として「来るべき日/Der Kommende Tag」を使いました。ですから、私が次の言及の中で述べることになる組織の中にそれは含まれないということを確認しておきたいと思います。私は、人智学運動自体の中で、人智学的な仕方で行われ考えられているものだけに私のコメントを限定するつもりです。人智学運動は、ウォルドルフ学校において、それが狭量なセクト的、自己中心的な精神から働いているのではないことを示すことに成功しているということを特に強調したいと思います。それは、それが非常に普遍的な人間の精神から作用しているために、そこに通う生徒たちがどのようなバックグラウンドからやって来たのかをもはや識別することはできない、彼らはそれほど普遍的な人間性を発達させているということです。ウォルドルフ学校の場合、それが人智学に基づいているかどうかを聞くのは余分なことです。そこで教育を受けている生徒たちは正しく教育されているか、と聞けば済むことです。人智学が作用するとき、それは普遍的な人間へと変容します。けれども、そのためには、つまり、人智学が様々な分野で正しく創造的であるためには、それが精力的に育てられる領域、その構成員たちが人智学協会に対する責任を十分に自覚している領域、それはそれ自身のためではなく、それから派生して来るもののために、それを持っていなければなりません。そのときはじめて、人智学は文化や文明の様々な領域において派生してくるこれらの多くのものの適切な親であることができます。人智学協会は人智学を本当に育てていこうとする、最も深く、神聖な責任を感じている人々をひとつにしなければなりません。多くの人々がそれは簡単なことであると考えていますが、決してそうではありません。その仕事にはいくつかの難しい側面があるのです。それらの困難は、1919年以降、ここシュテュットガルトでも特に強く現れています。と申しますのも、一方で、ウォルドルフ学校は今まで私が議論してきたような真に人智学的な特徴をこれまで維持してきたわけですが、他方で、私たちは正にこのケースの中で、親としての人智学協会とそこから派生してきた活動との間の正しい関係を維持していくのはいかにとてつもなく難しいことであるかということを見てきたからです。これは矛盾しているように聞こえるかも知れませんが、詳しくお話しすれば、多分、この点についても理解していただけるはずです。私の次のコメントは、1919年以来、人智学に関連して発生してきた様々の運動の価値を考えてみるという意図によるものでは決してありません。私が考えているのは人智学協会に対するそれらの影響についてだけですから、誰も私の言葉を価値判断であると誤解すべきではありません。私は人智学協会に対する影響についてだけお話ししているのです。私がこれから言及しようとしている事業は、その責任者たちによって、必ずしも「神が与えた土地で汝の末永き日々のために汝の父母を敬え」という十戒の精神の今日的な感情とでも呼べるような精神をもって、いつも思いやられてきたわけではありません。これらのプロジェクトで活動する精神たちは、多くの場合、実際にはほとんどの場合が人智学協会の会員たちでした。ここで生じる問題とは、協会に関連する分野で活動するこれらの会員たちが自分たちの分野で競争力があるのは確かとしても、その生みの親となった源泉のことをいつも気にかけているかどうかということです。彼らの専門分野における活動の協会に対する影響は望ましいものなのでしょうか。当の人物たちが専門分野で競争力があるかどうかは全く別の問題です。過激な言い方になるかも知れませんが、人は想像し得る限り最も優れたウォルドルフ学校教師、つまり人智学運動から芽生えた普遍的な人間への取り組みとしてのウォルドルフ学校の精神に全く調和した教師になることができます。彼はその精神においてウォルドルフ学校教師としての仕事を遂行することができます。ウォルドルフ学校は人智学を教える学校ではありませんが、だからこそよけいに人智学的な精神において自らを形成し、自らの仕事を遂行することができるのです。個々のウォルドルフ学校教師は、ひとりの協会員として、必ずしも協会によって正しいとされたことをしなくても、学校に対する最も優れた貢献を行うかも知れません。私はいつでもそうだと言っているのではなく、そういう場合もあり得ると言っているのです。あるいは、ある人がDer Kommende Tagの優秀な担当者で、その組織の発展に寄与できる人物であったとしても、人智学協会の必要にはほとんど応えられないことが証明されるということもあり得るでしょう。けれども、その親機関であるところの実体に対して、そこから派生したすべての子機間を適切に育てるためにそれが必要としているものを与え損ねるということは、この上もない不安、人智学運動にとって本当に深い心配の種となります。親愛なる友人の皆さん、この状況が特定の分野において蔓延していたという事実こそが、ゲーテアヌムにおける前々回の講義において宗教改新運動についてお話ししたようなことを私に話すように強いたものなのです。宗教改新運動は3ヶ月半前に私自身の協力とアドバイスによって実現したものですから、それを多少なりとも批判しようという意図は私には全くありません。もし、それがうまく行ったならば、それは私にとって最も深い喜びになるというのは当然のことです。確かに、この点に関しては何の疑いもありません。にもかかわらず、その発足から3ヶ月半経ったとき、私は、宗教界新運動に向けてではなく、人智学徒に向けては勿論、それにはその運動に深い結びつきを持つ人智学徒を含んでいますが、当時ドルナッハで語ったようなことを語らなければなりませんでした。私が多くの言葉を用いて語らなければならなかったのは、もちろん子供のことを大いに喜びなさい。けれども、母親のことを忘れてはなりません、そして彼女に払われるべき注意と関心についても、ということでした。彼女への注意と関心は、宗教改新運動によっても払われるべきですが、特に、人智学協会員がそれを負っています。もし、協会が軽んじられるようなことがあったとしたら、もし、人智学徒たちが、人智学運動と共に成長してきた私たちの仲間が、それから派生してきた運動にとって最も良い助言者であり、助け手であるという意味においてではなく、自分たちが探し求めてきたものを遂に見つけ、且つ、人智学の中には決して見いだせなかった何かを見つけたのだという感情を持って、自分たちがその構成員である人智学協会に背を向けるというようなことがあったとしたら、どうなるでしょうか。子供への親の関心に大いに喜ぶということは当然としても、母親が無視されては子供の繁栄もないということにはっきりと気づくべきです。もし、宗教改新運動に加わる人智学徒たちが人智学協会員としての務めを疎かにするならば、私たちは、ウォルドルフ学校教師が、その道では第一級の人物であったとしても、協会には殆ど貢献しないというような場合に、正に私たちが直面するであろう状況に直面することになるでしょう。この事実はほとんど気づかれることはありませんでしたが、私たちが1919年以来経験してきたのは正にこのような運命だったのです。私たちは「社会有機体三分節化組合」が良い意図を持って設立されるのを目撃しました。非人智学的な社会集団である三分節団に対するヒアリングの機会を逸した責任は概してこの組合にあり、それがやったことといえば、三分節衝動を人智学運動に打ち込もうとしたことなのですが、その運動は既にその基礎となるあらゆるものに浸透されていただけではなく、三分節団の中の全く外的で公的な表現がはるかに及ばないほど深くそれに浸透されていたのです。私たちは、この仕事に熱心に、かつ精力的に取り組んできた何人かの人智学徒たちがそれまでより価値の低い協会員になるのを見るという悲しい経験をしてきました。過去4年に渡る私たちの運命とはそのようなものだったのです。その状況はありのままに記述されなければなりません。何故なら、ゲーテアヌムを再建しようという考えが少しでもあるとすれば、それは強く精力的な人智学協会があってはじめて正当化されるからです。私たちは正にシュテュットガルトが広範な活動のすばらしい始まりの地であったこと、それがいかに意義深い現象であったかということを思い出さなければなりません。けれども、私たちが現実的であるためには、次のように問わなければなりません。そして、皆さんには、私がこの荘厳で悲しみに満ちた機会に、このような基本的なことがらを語ることを悪く取らないでいただきたいと思います。誤解を避けるためにウォルドルフ学校の例に戻りましょう。本や講義の中で言葉を使って人智学を広めること、そして人智学協会そのものの繁栄に気を配ることとの違いを把握する、ということがとても重要です。本や講義といった手段によって人智学を広めるために人智学協会が必要であるということは少なくとも理論的にはありません。協会の手助けがなくても、人智学は正にこれらの手段によって大いに広められます。けれども、人智学を構成するところのものは、それを包含する人智学協会がなければ、完全なものとして存在することはできません。ある人が第一級のウォルドルフ学校教師であるばかりでなく、言葉やペンによって人智学を広めることにかけても第一級の人でありながら、協会や、人智学から芽生えたその仲間との関係に本当には関わろうとしないということがあるかも知れません。すばらしいウォルドルフ学校、そして両方の分野で期待以上に輝かしい成果を上げている教授陣がありながら、その構成員たちが協会への真の関心やそれを育むことから手を引くということなどあってはならないことではないでしょうか。彼らはシュテュットガルトにやって来て、今お話しした両方の分野で最高の仕事をしましたが、人智学協会を育成し、その発展のために奉仕するということはなかったのです。皆さんには、私の言葉をその意味の通りに受け取っていただきたいと思います。三分節団のために精力的に熱情を持って働く人たちがいました。この分野で彼らが活動的になればなるほど、人智学協会のための活動は少なくなっていきました。今や、私たちは、宗教改新運動に携わる有能な人々に関しても同じことが起こるのを見るかも知れないという恐れに直面しています。特に重要な分野において、再び力の源泉が協会から失われようとしているのです。これは、私たちが被ったばかりの計りがたく大きな喪失のゆえに特に深刻な不安の源泉になっています。今日、私が皆さんの前で可能な限り明白な言葉でお話しする必要があったのはそのためです。私たちは協会の中でどのようにして働く必要があるかということについて、もう少し十分に特徴づけ、明確にするために、別のことがらを指摘したいと思います。しかし、それについては全く別様に記述しなければならないでしょう。過去4年間に、協会には多くのことが起こりましたが、そこにはふたつの別の面をもつ展開がありました。この二重の仕方による発展は、私が心に抱く運動と協会の両方にとって特徴的なものです。私は、学生あるいは若者たちによる運動のことを言っているのです。少し前にそれがどのように始まったかを思い出してみましょう。その時点では、それは「より高次の教育のための人智学的組合」と呼ばれていました。これらのことがらは生きて、成長しているものですから、明確に規定された形態へと押し込めるのは困難ですが、やってみることにしましょう。その創設者たち、特にそのゴッドファーザーであるローマン・ボースが、多かれ少なかれ意識的に目指していたものとは何だったのでしょうか。彼らの目的は、様々な科学分野の研究に対して人智学が実り多い仕方で影響を及ぼすということ、運動の中で活動する人たちが悪い方向に向かっていると感じていたところの傾向を変え、変容させるということでした。運動は、クラスの中で学んでいる若者たちが新しい精神を導入するという意味において、そこで起こっていることに影響を及ぼすものであると考えられていました。当時、採用されていたプログラムはそのような仕方で記述されるべきであるとされていたのです。そして最近になって、実際には、それからしばらくしてですが、別の運動が現れることになりました。私はそれを対抗的な運動と呼ぶつもりはありませんが、それは最初の運動とは異なった運動でした。それが現れたのは、ここシュテュットガルトにおいて、多数の若い学生たちが普遍的な人間性、つまり、精神的・教育学的な響きを持つ人間性に対する関心を育むために集まったときでした。彼らの目的は、人智学の影響を直接教室に持ち込むというよりは、それを全く別の環境、つまり、人間の最奥の存在、その心、その精神、その感じ方全体へともたらすということでした。過激な言い方になりますが、それは教室で用いられる言葉に別の色合いを与えようという話ではなく、むしろ重要なのは、そのための衝動がその最奥の存在から湧き出てくるがゆえに、現在の若さを経験することができるとともに、異なった種類の感情を心に抱きながら年取ることを経験することができる若者たちがあちこちで必要とされたということです。彼らは、単に学生であるというだけではなく、人間でもありましたから、人智学という普遍的な人間精神において考えられた彼らの人間性を教室の中にも持ち込むこともあったでしょう。これらの若い学生たちの関心は教室の中で遭遇する学問的な問題にあったのではなく、彼らの中の若い人間にあったのです。いずれの場合も、場所は同じですが、問題は異なるものでした。しかし、人智学協会がその仕事を適切に行うことができるのは、それが、各々の探求と苦闘において、そこに助けを求める各人の最奥の存在へと続く道を見いだすことができるほど十分に広い心を持っているときだけです。私の著書「より高次の世界の認識とその獲得」の中に見いだされる様々な修行の中には、ある一定の明確な時間経過の中で実践されるべき6つの修行がありますが、そのひとつは完全に偏見のない心の状態の育成です。親愛なる友人の皆さん、人智学協会全体がこれら6つの徳を育成する必要があり、その獲得に向けて努力するというのが本質的なことなのです。人智学協会はそれを頼ってくる人たちの人間性にまで達するほどの広い心を持ち、彼らの必要を満たすほどに強くなければなりません。私は少し前にここに来て、協会がそれに関わる若い人々から完全に引いており、必要な関係を取り繕っているのを見いだしましたが、その事実によって協会の問題のひとつが浮かび上がってきました。私は少し極端なお話をしていますが、それは私の意図をより明確にするためです。私がこの例によって示したかったのは、協会にとって、人生のチャレンジを受け止めることができるということがいかに重要であるかということです。ここで別の問題に注意を向けてみましょう。これまで長い間、有能な協会員たちはきわめて多様な科学分野において活動してきました。本当に最大限の内的かつ外的な自制をもって言わせていただきたいのは、協会には当然受けるべき評価を受けていない一流の科学者たちがいる、ということです。彼らは協会の内部で様々な科学分野を発展させるという責任を負ってきました。その発展の初期段階では、協会は純粋に人間としての人々にアプローチしなければなりませんでした。一人の人間が別の人間に話しかけるように、その最奥の心から人々に語りかけることに限定せざるを得ず、様々な分野全体に枝を張りめぐらせることは本当に不可能だったのです。その第一の使命は、別の分野の育成に進む前に、人間の心の世界の中に一定の場所を勝ち取るということでした。そして、人智学は文化と文明のあらゆる側面を実り多いものにする力を有していますから、協会における当然の成り行きとして、科学者たちが現れ、それぞれの分野で活動を始めたのです。しかし、ここでも、親愛なる友人の皆さん、ある協会員が一流の科学者でありながら、協会の基本的な要求を無視するということがあるかも知れません。人智学的な洞察を、化学や物理、あるいはその他の分野に最高に賞賛すべき仕方で適用する科学者が、人智学者としては貧弱であるかも知れないのです。正にそれらの分野で有能な科学者たちがいかにその力のすべてを親協会から引き上げ、その育成の手助けをしないかを私たちは見てきました。これらの科学者たちが語ることがらには、まだその出身分野である化学や物理からの残響があり、協会の中にあって単純かつ直接的な仕方で人智学を探求する人たちがそれを聞いて不安を感じることもありますが、それは、化学、物理、生物学、そして法学はまだ普遍的な人間と一本の糸で結ばれているとはいえ、その結びつきは本当に遠いものとなっているからです。本質的なことは親を忘れないということです。もし、協会が15年間に渡り、その衷心から純粋な人智学を育成してこなかったとしたら、科学者たちが働くべき場所はそこには見いだされなかったでしょう。人智学は彼らが必要としていたものを提供しました。彼らは、今や、人智学の彼らの科学への貢献に報い、協会を育成することでそれに恩返しをするためには、いかに多くの助力が必要とされているかということを考えてみるべきです。恐らく、そうすることで、広範な活動の中で何が起こっているかを、より詳細に見るとともに、ひとつの事実、取るに足らないもののように聞こえるかも知れませんが、実際には、取るに足らないものであるどころではないひとつの事実を認めるための助けとなるでしょう。1919年以降、人智学は多くの子供を産み出して来ましたが、子供たちはその母親をひどく無視して来たのです。さて、私たちは、私たちをしてドルナッハに残されたゲーテアヌムの廃墟を暗澹たる気持ちで眺めざるを得なくさせたあの恐ろしい火災に向き合わなければなりません。私たちはまた、最近、その加入者名簿がかなり長くなってきたとはいえ、内的な安定性を欠き、したがって、それ自体がいくらか廃墟に似た人智学協会に向き合うことにもなります。もちろん、私たちは支部集会を催したり、人智学について聞いたりということを続けることができますが、もし、今日、私が皆さんの前に提示した問題をもっとよく考えてみないならば、私たちが今手にしているものはすべて、私たちの敵によって直ちに一掃されてしまうかも知れません。今日の私の言葉が痛みと悲しみの言葉でなければならなかったのはそのためです。今回は以前からここで機会あるごとに話してきた内容とは異なる内容となりました。私が記述したできごと、そして、それに伴って生じたあらゆることがらによって、私の話は悲しみと痛みの言葉で締めくくらざるを得ませんが、その言葉は、ゲーテアヌムの建築に心からの助力の手を差しのべ、その火災に際してはそれを助けようとした人々に対する私の感謝の表現と同じくらい深く正当化されるべきものです。これらの痛みの表現は、遠方から、あるいは近隣から来た協会員たちがこのところ示してきたあらゆる心温まることがらに気づくのと同じくらい今求められているものなのです。その目的は、誰かを責めたり批判したりすることではなく、私たちが私たちの良心を求め、私たちの責任を意識することに挑戦する、ということです。それは人々をがっかりさせるためのものではなく、むしろ、私たちが協会、人智学協会を続けていくための心と精神の力を呼び出すようにするためのものなのです。私たちは、教育者、宗教改新者、科学者、若者のグループ、老年や中年のグループに目を向けるようになるべきではありません。私たちはひとつの人智学的共同体でなければならず、それは自らと、そこから派生した共同体を養う源泉を意識していなければなりません。私たちはこのことを強く意識していなければなりません。ドルナッハに立ち上った炎は私たちの正に心を焦がしましたが、その同じ炎が、私たちはとにかく人智学的に協同する必要があるのだということを私たちに気づかせることになればと思います。親愛なる友人の皆さん、今日はこの願いを表明させていただきたいと思います。と申しますのも、特別な領域においても、その生みの親が気にとめられないとしたら、その力の源泉が失われることになるからです。そのような関係にありがちな難しさによって、生みの親は全くあきらかにその子孫であるところのあの子供たちからしばしば忘れられてきたということを私たちははっきりと認めるべきでしょう。けれども、私たちが直面している恐ろしい敵意にも関わらず、手遅れになる前にです。と申しますのも、もうすぐそうなるからですが、私たちが私たちのやり方を変えるならば、私たちは多分何事かを成し遂げることができるでしょう。私たちは、人智学協会の中で、人智学的に働かなければなりません。そして、今、正に進化しつつある人間を求めてあの天の世界から差し込む精神の光と人間との間にひとつの結びつきを構築するということがその主な共通課題であるということに気づかなければなりません。私たちはドルナッハの火災の炎を私たちの心で感じましたが、正にその炎が、まだ時間がある内に、私たちに備えるように促したのは、この意識であり、この使命なのです。親愛なる友人の皆さん、このことを実現しようではありませんか!けれども、同時に、今日私が傷心から申し上げなければならなかったことを、皆さんには十分な重みをもって受け取っていただきたいと思います。私の言葉が、働く力と意志を、とりわけ人智学運動に結集する意志を呼び覚ましますように。Der Kommende Tag、ウォルドルフ学校、宗教改新運動、そしてその他の活動において秀でた貢献があったという話を、誰も個人的なものとして受け取ってはなりません。特別な分野に参加している人も、参加していない人も、老人も若者も、中年の人も、それらを産み出し、育てた親協会、すべてのスペシャリストがその中の一員として他のすべての人と力を合わせるべき親協会のことを皆が気にかけてくれますように。私たちのただ中で大いに繁栄してきた行き過ぎた特殊化は、その親が十分に気に留められなければ、再び衰退するしかありません。ドルナッハの炎が、人智学協会のために役立とうとする私たちの意志、明確な目的をもって共に真摯に働こうとする私たちの意志を燃え立たせてくれますように。参考画:Rudolf-Steiner-Schule 人智学的共同体形成 第1講 了人気ブログランキングへ
2024年07月14日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳第1講本文Ⅶ:マタイ福音書の考察において私たちに立ち現れてくるのは、ヘブライの古代の本質です、けれども単にヘブライ古代の本質のみならず、この民族の全世界のための使命、新たな時代の誕生、古ヘブライ世界からのキリスト教の誕生ということです。そして、ヨハネ福音書を通して、偉大な、意味深い包括的な理念を学ぶことができるなら、ルカ福音書を通して、最も熱い、限りなく熱い供犠の愛のための感情を獲得することができるなら、マルコ福音書の考察を通して、あらゆる存在と領域の諸力についての認識を獲得することができるなら、今得られるのは、人類の内部、地上の人間の進化の内部に、パレスティナにおけるキリスト・イエスを通じて生きているものについての認識と感情です。人間としてのキリスト・イエスであったもの、人間としてのキリスト・イエスであるもの、人間の歴史と人間の進化の秘密のすべてが、マタイ福音書に含まれています。マルコ福音書のなかに、地球と地球に属する宇宙のあらゆる領域と存在たちについての秘密が含まれているように、マタイ福音書においては、人間の歴史の秘密が探究されねばなりません。ヨハネ福音書を通してソフィアの理念を学ぶなら、ルカ福音書を通して供犠と愛の秘蹟を学ぶなら、マルコ福音書を通して地球と宇宙の諸力を学ぶなら、マタイ福音書に注目した考察を通してひとは人間の生、人間の歴史、人間の運命を知るようになるのです。私たちの精神科学運動の七年において、原理原則を消化するために四年、それらを生のさまざまな領域へと投げかけるべき光として深めるために三年を費やしていたなら、今、マルコ福音書の考察がそれに続くことができるでしょう。そうすれば最後に、マタイ福音書に注目してキリスト・イエスを考察することにより、建物の全体を完成させることができたでしょう。けれども人生は不完全なので、少なくとも精神科学運動に携わっているすべての人々の場合、そうではなかったとしても、誤解を起こさせずに直ちにマルコ福音書の考察へと移ることは不可能なのです。ヨハネあるいはルカ福音書の考察の帰結としてキリスト・イエスの本性について何か知ることができるだろうと信じるとしたら、キリストの姿を完全に見誤ることになるでしょう。逆にまた、マルコ福音書に関連して言われなければならないことを、一面的にあらゆることに適用してよいのだと信じることにもなるでしょう。そうすると誤解はすでにあったよりもさらに大きくなるでしょう。ですからこのことを考慮して別の道が選ばれなければならないのです。さてそこで次回には、可能な限り、マタイ福音書に注目した考察が続かなくてはなりません。そのためさしあたり、マルコ福音書の巨大な深みを諦めることになりますが、そのかわり、その人の全体が“ひとつの”特性だけで描写され尽くされるなどと誰かが思うことは避けられるでしょう。それによって誤解を取り除くことができるでしょう。そしてまず、古ヘブライ民族からキリストが出たことについて、パレスティナでのキリスト教の誕生と呼びうるものについて、可能な限り考察がなされるでしょう。それについては次回、マタイ福音書に注目して考察していくつもりです、それによって、またもひとつの特性とこの存在全体の考察と混同することを避けなければなりません。そうすればそれに続いてマルコ福音書に注目して語られねばならないことが容易になるでしょう。 第1講本文Ⅶ 了(1909/11/2 ベルリンでの第1講「四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点」了)*訳者付記ヨハネ、ルカ、マルコ、マタイという四つの福音書がそれぞれどういう視点からキリスト存在を描き出しているか、シュタイナーのキリスト論の重要な骨格が予感できるような講義。ヨハネー鷲、ルカー牡牛、マルコー獅子、マタイー人間というシンボリズムの深い意味とともに、ヨハネ福音書、ルカ福音書の叡智と愛をまず基本として消化してから、マルコ、そして、マタイへ・・・という順番・プロセスが重視されています。なお、この第1講で話題にされる順番はヨハネ、ルカそしてマルコ、そしてマタイ、ですが、最後の部分で言われているように、次の第2講で(マルコ福音書より先に)まずマタイ福音書についての考察を行えば誤解を避け、マルコ福音書の理解が容易になるということで、第2講はマタイ福音書との関連で「古ヘブライ民族の使命」について語られています。”力”に関わるマルコ福音書の考察はそれだけ慎重にしなければならないようです。四つの福音書を直接扱ったシュタイナーの講義は以下の通り。■ヨハネ福音書(GA103 1908年5月 ハンブルク)邦訳 高橋巌 春秋社■ルカ福音書(GA114 1909年9月 バーゼル)邦訳 西川隆範 イザラ書房■マタイ福音書(GA123 1910年9月 ベルン)邦訳 高橋巌 筑摩書房■マルコ福音書(GA139 1912年9月 バーゼル)邦訳 市村温司 人智学出版社記:四つの福音書にはそれぞれ異なる視点と特徴があります。以下に、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書の概要を簡単に説明します。 マタイの福音書:著者: 取税人マタイ(アルフェオの子)強調点: ユダヤ的視点、旧約聖書の預言の成就特徴: 「天の御国」の表現、山上の説教、力と恵みあるメシヤの奇蹟1 マルコの福音書:著者: マルコ(ペトロの同行者)特徴: 要点をまとめたコンパクトな記述、キリストの王としての威厳(翼を持ったライオンのシンボル)2 ルカの福音書:著者: ルカ(医師、パウロの協力者)特徴: 細かい所まで順序立てて記述、バプテスマのヨハネの経緯、神秘的な視点3 ヨハネの福音書:著者: ヨハネ(ゼベダイの子)特徴: イエスに最も近い立場から記述、神の言葉で豊かな霊感、内容が他の福音書と異なる4参考画:ヨハネ、ルカ、マルコ、マタイ(逆順) 四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点 完了人気ブログランキングへ
2024年07月13日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳第1講本文Ⅵ:ヨハネ福音書およびルカ福音書についての考察に、マルコ福音書についての考察を付け加えることができれば、三つの特性を予感しつつ把握していることでしょう。そのときひとはこう言うでしょう、畏敬の念をもって私たちは御身(おんみ)に近づき、御身の思考(Denken)、感情(Fuehlen)、意志(Wollen)について、御身の魂のこれら三つの特性が地球上の最高の模範として私たちの前に高く掲げられているのを予感しますと。私たちはこのような考察をしました、ちょうど小さな規模において私たちが人間を考察し、人間は感受魂、悟性魂、意識魂から成ると云い、今度は感受魂、悟性ないし心情魂、意識魂の特徴を考察する場合のように考察したのです。私たちが意識魂という語をキリストに適用するなら、私たちは次のように言うことができるでしょう。意識魂はヨハネ福音書において私たちに予感的に理解される、心情魂はルカ福音書を通じて、その意志の力のすべてを伴う感受魂はマルコ福音書を通じて、私たちに理解されると。私たちがそれを一度考察することができれば、これは私たちに、開示されかつ隠された自然力について、私たちの世界にあり、キリストというただひとりの個性(Individualitaet)に凝集された自然力について明らかにするでしょう、それは私たちに、宇宙に存在するあらゆる力の本性について明らかにするでしょう。私たちはヨハネ福音書においては思考内容のなかに、ルカ福音書においてはこの存在の感情のなかに沈潜しましたが、このマルコ福音書の場合には人間はそれほど深くこの個性に入り込む必要はないので、この考察は単にマルコ福音書において私たちに宇宙のあらゆる隠された自然力および霊力の組織(システム)として立ち現れてくるものに対してのものとなります。このすべてはアカシャ年代記にしるされています。マルコ福音書の圧倒的な記録を私たちに作用させるなら、すべては私たちに反映されるのです。そのとき私たちは予感しつつ、キリストという単一の存在のなかに凝集されているもの、通常は宇宙という単一の存在全体に振り分けられているものを理解するでしょう。私たちは理解できるでしょう、そして、私たちがさまざまな存在たちの基本的な原理原則として知っていたものが、さらに気高い輝きと光のなかで私たちに現れるでしょう。全宇宙意志の秘密を含んだマルコ福音書を私たちに明らかにするとき、私たちは深い敬意とともに宇宙の中心点に、キリスト・イエスに近づいていくのです、キリストの思考、感情、意志を徐々に会得しながら。思考、感情、意志が相互に入り混じって作用しているのを観察すると、まるごとの人間のおおよその像(表象/Bild)が得られます。けれども私たちは、ひとりの人間の場合ですら、思考、感情、意志を分けて観察しないわけにはいきません。私たちがすべてを統合する場合、私たちの眼差しはすべてを見通すことができるためにはもはや十分ではないでしょう。この三つの特性を分けてそれぞれ別個に考察することによって私たちは課題を比較的軽減しているのですが、他方私たちがこれら三つの特性を人間の魂のなかで統合的に見ると、私たちの思い描く像は色褪せてくるでしょう。すべてを一緒に考察するには私たちの力は不十分なので、私たちが原因でそういうことになるのです、私たちが諸特性を統合すると、像は色褪せるからです。ヨハネ、ルカ、そしてマルコ福音書という三つの福音書を考察して、それによってキリスト・イエスの思考、感情、意志について予感を得たなら、これら三つの特性を再び調(Harmonie)へと導いているものを統合することができるでしょう。このときどうしてもその像はぼやけた色褪せたものになってしまわざるを得ません、人間のどんな力も、私たちによって分けられたものを十分に統合することはできないからです。と申しますのも、本質においてあるのはひとつ(統一/Einheit)であって分離(Trennug)は存在しないのです、私たちは究極においてようやくそれをひとつに統合することを許されます。けれどもそのときそれは私たちの前で色褪せたものになるでしょう。そのかわり究極において私たちの前には、初めて人間としての、地上の人間としてのキリスト・イエスとなったものが立っているでしょう。人間としてのキリスト・イエスとは何であったのか、彼は人間として地上での生存の三十三年にどのように働きかけたのか、この考察は、マタイ福音書との関連で展開することができます。マタイ福音書に含まれているものは、私たちに自らのうちで調和しているひとつの人間像を与えます。私たちがヨハネ福音書において、宇宙万有の一部である宇宙的な神人(Gottesmensch)を描写したなら、私たちがルカ福音書において、自らを犠牲として捧げる一個の愛の存在を描写しなければならなかったなら、そしてマルコ福音書においては、ひとつの個性のなかの宇宙意志を描写しなければならなかったなら、マタイ福音において私たちが得るのは、パレスティナ出身のひとりの人間、三十三年生き、私たちがほかの三つの福音書の考察によって獲得することのできたすべての統一をそのなかに持ったあの人間の真の姿です。マタイ福音書との関連では、キリスト・イエスの姿がまったく人間的に、ひとりの地上の人間として私たちに現れてきますが、ほかの考察を前提としなければこの人間を理解することはできません。このときこの地上の人間は色褪せているとしても、この色褪せた像のなかにはそれでもやはり、ほかの考察によって獲得されたものが反映しているのです。キリストの人格についての像は、マタイ福音書に関連する考察によってはじめて与えられます。このように今、以前私たちが第一の福音書を取り扱った時には別の特徴づけをせざるを得なかった事柄が示されます。今私たちは二つの福音書の考察を終えましたので、これらの福音書が内的にいかに相互に位置づけられるか、そして、いかに私たちがキリスト・イエスの像を得ることができるかを問うことができます、これはこの地上でキリスト・イエスを通じて存在するようになった人間に、私たちがそれに相応しい準備をして近づくときにのみですが。ヨハネ福音書に関連づけられる考察においては、私たちに神人が立ち現れました、そしてルカ福音書との関連では、地上においてゾロアスター教や仏教の同情(*憐憫)と愛の教えとして発展したもののなかにあらゆる方向から流れ込んだ潮流を自らのうちに統一する存在が現れてきます。私たちがルカ福音書に注目して考察をしたとき、今まであったすべてのものが私たちにたち現れてきたのです。マタイ福音書が考察されるとき、何よりも親密詳細に私たちに立ち現れてくるのは、キリスト自身の民族から、古ヘブライ民族から生じるものでしょう、つまり、その民族に根ざした人間イエス、ほかならぬ古ヘブライ民族の内部でそうあらざるを得なかった人間イエスです。そして私たちは、地球人類のために、まさにこのキリスト・イエスの血が貢献できるために、なぜ古ヘブライ民族の血がまったく特定のしかたで用いられねばならなかったかを認識するでしょう。記;イエス・キリストは、キリスト教において神の子であり、人となった救い主として信仰の対象とされています。彼はユダヤ人で、パレスティナのベツレヘムで生まれました。しかし、絵画などで白人のヨーロッパ人男性として描かれてきたため、イエスが白人であるかのようなイメージが定着しています。イエス・キリストの名前はヘブライ語で「ヤハウェは救い」という意味で、古代ギリシャ語やラテン語では「キリストであるイエス」という意味です。彼はキリスト教を創始したとされる人物であり、キリスト教における観点とその他について述べられています。ユダヤ人の血が特定の方法で用いられた理由は、イエスが旧約聖書の預言に従って生まれたメシアであると信じられていたからです。旧約聖書には、メシアの出現についての預言が記されており、イエスの出自がユダヤ人であることは、これらの預言の成就と結びついていたのです。このように、イエス・キリストの出現は、ユダヤ人の血統と旧約聖書の預言に基づいて特定の方法で成就されたとされています。参考画:Gottesmensch 第1講本文Ⅵ 了人気ブログランキングへ
2024年07月12日
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四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳第1講本文Ⅴ:キリスト・イエスのふたつの特性(*叡智の光、愛の熱)を私たちは描写し、これらふたつの特性の高次の意味を予感し理解することに私たちを導いたすべてを行うことを怠りませんでした。けれども、この存在そのものを前にした私たちの敬意と畏敬の念はあまりに深いので、この存在が自らのうちに秘しているそのほかの特性について、私たちはもういくらか理解したなどとは思ってもみないでしょう。ここで今、第三のものが考えられるでしょう、そしてこの第三のものは、私たちの運動の内部ではまだ観察されていないものと関連していますので、一般的な特徴づけを行うことだけしかできません。次のように言えるでしょう、ヨハネ福音書のキリストを描写するなら、高き存在として働きかけるキリストを描写するけれども、叡智に満ちたケルビムの領域を意のままにする存在であるキリストを描写すると。ヨハネ福音書の意味ではこのように、キリストは鷲の高みに漂うケルビムによって呼び起こされる気分とともに描写されます。ルカ福音書の意味でキリストを描写するなら、キリストの心臓から熱い愛の火として迸るものが描き出されます。宇宙にとってキリストであるところのもの、セラフィムの居ますあの高みで働きかけることによってキリストであるところのものが描かれるのです。セラフィムの愛の火が宇宙を貫き流れ出し、そしてそれはキリスト・イエスを通じて私たちのこの地球に伝えられました。さて、ここで第三のものを描写しなくてはならないでしょう。それは、キリストが単に叡智の光、愛の熱であるだけでなく、つまり地球存在の内部でのケルビム的およびセラフィム的要素だけでなく、私たちがキリストの力の全てを観察すれば、この地球存在のなかにキリストが「かつて存在し/war、かつ、現に存在する/ist」ことによって地上(地球)世界のキリストとなったところのもの、トローネの領域を貫いて働くものとみなしうるものです。それを通じてあらゆる強さ、あらゆる力が宇宙にもたらされ、叡智の意味においてあるもの、愛の意味においてあるものが成就されるのです。これらは霊的ヒエラルキアの最高の三つ、ケルビム(智天使/Cherubim)、セラフィム(熾天使/Seraphim)、トローネ(座天使/Thrones:スローンズ)です。セラフィムはその愛とともに、私たちを人間の心の深みに導き、ケルビムは私たちを鷲の高みへと誘います。叡智はケルビムの領域から放射されてきます。帰依に満ちた愛は供犠となり、犠牲の牡牛は私たちにそれを象徴(シンボル)として示します。宇宙を貫いて脈打つ強さ(Staerke)、つまりあらゆるものを実現するための力を繰り広げる強さ、宇宙を貫いて脈打つ創造的力、これを獅子はあらゆる象徴表現をとって私たちに示します。キリスト・イエスを通じてこの地球に引き入れられたあの強さ、すべてを秩序づけ方向づけ、それが展開されるとき最大の威力を意味するあの強さ、これをマルコ福音書の書記はキリスト・イエスにおける第三の特性として私たちに描写します。キリストとみなす高き太陽存在について、1.私たちがヨハネ福音書の意味で、霊的な意味における地球太陽(Erdensonne)の光について語るように語り、2.ルカ福音書の意味で、キリストの地球太陽から迸る愛の熱について語るなら、3.マルコ福音書の意味においては、私たちは霊的な意味での地球太陽の力そのものについて語ります。地球における諸々の力として存在するすべて、秘されかつ開示された地球の諸力活力としてそこここで活動するすべてが、マルコ福音書に注目して考察するとき私たちに現れてくるでしょう。ヨハネ福音書の意味で自分を高めるとき、地球に到来した理念を、予感するのみではあっても、キリストの地球思考のように理解することが許されるなら、ルカ福音書の熱を自分自身を通して流出させるとき、供犠の愛の熱い息吹を感じることができるなら、つまりヨハネ福音書のなかにキリストの思考を、ルカ福音書を通してキリストの感情を予感することができるなら、マルコ福音書を通してキリストの意志を良く知るようになります。キリストが愛と叡智を実現するための諸力、そのひとつひとつを知るようになるのです。(*キリストの思考・感情・意志の考察)参考画:Cherubim、eraphim、Thrones、--- 第1講本文Ⅴ 了人気ブログランキングへ
2024年07月11日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳本文Ⅳ:今まではヨハネ福音書およびルカ福音書についてこれらすべての考察が行われましたが、けれども私たちは何を理解したのでしょうか。叡智の普遍的な光、愛の普遍的な熱と呼ぶことができるあの特性、世界でほかのどんな存在にもなかったやりかたであのようにキリスト・イエスのなかに流れ込み、かつてどんな人間の認識力も近づけなかったあの特性、この特性以上のことは何も理解しなかったのです。そして、ヨハネ福音書との関連では、鷲の高みにあるかのように人間の頭を超えてゆく力強い理念について語られる一方、ルカ福音書に依拠すれば、瞬間ごとにひとりひとりのどんな人間の心にも語りかけてくるものが見出されます。ルカ福音書の重要な点は、それが愛の外的な顕(あらわ)れであるあのような熱で私たちを満たすということです、最大の犠牲を厭わない愛、自己自身を捧げ、自身を捧げること以外何も望まない心構えのあの愛への理解で私たちを満たすのです。ほぼ同様に感じられるのはあの気分、正しい意味で考察するときにルカ福音書に関連する考察する場合にそうなるあの心情の状態についてイメージを得たいと思うならそこへと急ぐ犠牲の牡牛の見られるあのミトラ像において私たちに現れてくるものです。牡牛の上に人間が座っているのが見え、上には大いなる宇宙の出来事の歩みが、下には地上的な出来事の歩みがあります。この人間は、血を流す牡牛の体に斧を打ち込みます、人間が克服せねばならないものを克服することができるように自らの生命を捧げるこの牡牛の体に。人間が生の道を行くことができるように犠牲にされねばならないこの人間の下の牡牛を観察すると、ルカ福音書に関わる考察に正しい基本的な気分を与える感情・心情状態をほぼ得ることができます。「犠牲の牡牛つまり自分自身」の中へと深まっていくべき愛の顕れのなかにあるものを理解していた人々にとって、いつの時代にも牡牛がそうであったところのものです、そういう人々はルカ福音書の考察が与えようとする愛の特性の描写についても何かを理解します。と申しますのも、それが描き出そうとしたのはキリスト・イエスの第二の特性以外のなにものでもないからです。けれども、ひとつの存在のなかのふたつの特性を知るひとは、その存在全体を知っているでしょうか。この存在においては最大の謎が私たちに向かって立ち現れてきますので、ふたつの特性を理解するための説明が不可欠でした。しかし、ふたつの特性の考察からこの存在そのものを見通すことができるなどと思う人があってはなりません。参考画:牡牛を殺すミトラス記:ミトラ教またはミトラス教またはミスラス教(英語: Mithraism)は、古代ローマで隆盛した、太陽神ミトラス(ミスラス)を主神とする密儀宗教である。ミトラス教は古代のインド・イランに共通するミスラ神(ミトラ)の信仰であったものが、ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に入った後に形を変えたものと考えられることが多い。 紀元前1世紀には牡牛を屠るミトラス神が地中海世界に現れ、紀元後2世紀までにはミトラ教としてよく知られる密儀宗教となった。ローマ帝国治下で1世紀より4世紀にかけて興隆したと考えられている。しかし、その起源や実体については不明な部分が多い。近代になってフランツ・キュモン(英語版)が初めてミトラス教に関する総合的な研究を行い、ミトラス教の小アジア起源説を唱えたが、現在ではキュモンの学説は支持されていない 第1講本文Ⅳ 了人気ブログランキングへ
2024年07月10日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳本文Ⅲ:以上のように私たちは献身という最大の供犠をもたらした存在、自身を失うことなくすべてを自分のなかでひとつにすること(三位一体)を許された存在としてキリスト・イエスであるもの、献身という供犠として特徴づけられるこの存在を、その同情において大いなる供犠を実現することができる存在、その光の力によって現存するあらゆる人間を照らす存在として特徴づけました。私たちは、キリスト・イエスという存在のなかにあった光と愛を描写したのです。それで、ヨハネ福音書およびルカ福音書をその完全な範囲において捉えるひとは、キリスト・イエスのなかで《光》であったもの、キリスト・イエスのなかで《愛と同情》であったものについて、ある意味で予感を抱くことができます。私たちはキリスト・イエスのなかに、二つの特性をその普遍的な意味において理解しようとしたのです。悠久の叡智としてあらゆる事物にのなかに注ぎ込み、それらのなかで生き活動する宇宙の霊的な光としてキリストについて語られねばならなかったこと、これは霊的な考察に明らかになり得ます、これはまたヨハネ福音書から私たちに向かって光り輝きます、そして、人間に到達できる叡智であって、ある意味でヨハネ福音書に含まれていないものはありません。宇宙の叡智はすべてこのヨハネ福音書のなかに含まれています、なぜならキリスト・イエスのなかに宇宙の叡智を見るひとは、単にその叡智がはるかな過去にいかに実現されたかということのみならず、はるかな未来においていかに実現されるかも見るからです。したがって、ヨハネ福音書に関わる考察においてひとは、人間的なあらゆる生存の上空高く、鷲のように舞います。ヨハネ福音書の理解を可能にする大いなる理念を繰り広げなければならないとき、広大無辺な理念とともに、個々の人間の魂のなかに起こることを超え、空中を舞うのです。包括的な宇宙理念(世界理念)は、ヨハネ福音書に関連して考察を行うときに私たちに流れ込むあのソフィア(Sophia)を働かせます。そしてこのとき、ヨハネ福音書から流れ出るものは、日々刻々移ろう人間の運命のなかで起こることすべてを越え、ひとり鷲の高みで旋回しているように私たちには思われるのです。それから下降し、そして、刻々と日に日を継ぎ、年を経て、世紀から世紀へ、千年紀から千年紀へと続くひとりひとりの人間の生を観察するなら、とりわけそこに人間の愛と呼ばれるあの力を観察するなら、生きている人間の心と魂のなかでこの愛が数千年を通じてうねり息づいているのが見えます。さらに、この愛が一面においては人類の内部で最大の、最も意味深い、最も英雄的な行為を成し遂げるのが見られます、それから、人類の最大の供犠が、あれこれの存在あるいはあれこれの事柄に対する愛から流れ出したのが見られます。そしてさらに、この愛が人間の心のなかで最高のことを成し遂げるのを、けれども同時にそれが諸刃の剣のような何かであることが見られます。ここにある母親がいます。彼女は自分の子どもを心底愛しています。子どもがなにか乱暴なふるまいをしても、彼女は子どもを愛していて、その深い熱烈な愛情にあっては子どもを罰するということがどうしてもできません。それから子どもが二度目に乱暴なふるまいに及ぶと、今度も母親は深い愛情のために子どもを罰するに忍びません。引き続きそんな調子で、子どもは成長し、役に立たない、人生の平和を乱す者となります。こういう意味深な事柄に触れるときは、現代から実例を取るのはよくありませんから、ずっと以前の例を挙げることにします。十九世紀の後半、わが子を愛し抜いた母親がいました。どんなものもこの愛を賞賛するのに足りない、どんなことがあっても愛は人間の最高の特性のひとつとはっきり言っていたようです。さてこの母親は子どもを愛していたので、この子が家族のなかで働いたちょっとした盗みのためにこの子を罰するということがどうしてもできませんでした。続いて二度目の盗みが起こり、彼女はまたも罰することができませんでした。その女の子は悪名高い毒殺者になりました。その子は、叡智に導かれない母の愛によって毒殺者になったのです(*特定が出来得ず。)。愛は叡智に浸透されたときに最も偉大な行為を成し遂げます。けれどもゴルゴタから世界に流れ出したあの愛の意味とはまさに、愛がひとつの存在のなかで、宇宙の光と、叡智とひとつにされたということなのです。したがって私たちが、愛は世界で最高のものであると認識しつつ、同時に、愛と叡智が最も深い意味において補完し合っていることを認識するというようにふたつの特性を考察すれば、これはキリスト・イエスに眼差しを向けることなのです。 参考画:システィーナの聖母(*ラファエロが描いた最後の聖母マリア)Madonna Sistinaとも呼ばれる。人気ブログランキングへ 第1講本文Ⅲ 了
2024年07月09日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳本文Ⅱ:次いでルカ福音書についての講義が行われましたが、私たちはこれらの講義からまた別のものを見てとることができます。ヨハネ福音書についての私たちのすべての考察において語られたことを、「私は宇宙の光である」という言葉の理解のための手段とほぼみなすことができるなら、場合によってはルカ福音書についての考察は、ただルカ福音書が十分深く把握されればですが、「父よ、彼らをお許しください、彼らは自分が何をしているかわからないのですから」、あるいは、「父よ、あなたの御手に私の霊(Geist)を委ねます」という言葉の言い換えと解してよいかもしれません。キリスト・イエスであるもの、今や単に宇宙の光としてではなく、献身という最大の供犠をもたらした存在、自身を失うことなくすべてを自分のなかでひとつにすること(三位一体)を許された存在としてキリスト・イエスであるもの、献身という供犠として特徴づけられるもの、自分自身のなかに最大の供犠、考え得る最大の献身という供犠の可能性を孕み、そしてそれによって未来のあらゆる人間の生と地球の生を貫き暖かく注ぎ込む泉である存在、つまりこの言葉のなかに捉えられ得たすべては、私たちがキリスト・イエス存在と呼ぶものの第二の面を与えるのです。記:「三位一体」の意味・読み キリスト教で、父(神)・子(キリスト)・聖霊の三位は、唯一の神が三つの姿となって現れたもので、元来は一体であるとする教理。三者が本質的に全く同一である。参考画:三面三位一体 第1講本文Ⅱ 了人気ブログランキングへ
2024年07月08日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳本文Ⅰ:光が輝くのを見るときみなさんは、この光を見つめることによって、そこで輝いているものは光であると理解されたのでしょうか。そしてこの光の色合いと特殊さについていくらか知ったなら、みなさんはそこで光っているものが何か理解されたでしょうか。太陽の光をあおぎ見て、その白い太陽光をひとつの開示として受け入れるがゆえに、みなさんは太陽を知るのでしょうか。輝くものを輝くもののなかの光として理解するというのはなにかまた別のことだと思い描くことはできないでしょうか。私たちがそれについて語った存在は、自らについて「私は宇宙の光である」と言うことができます、ですから私たちはこの言葉を理解することを余儀なくされましたが、同時に、あの存在について、彼のこの「私は宇宙の光である」という生の表出の言葉より多くのことは理解しませんでした。ヨハネ福音書に関連して考察として示されたすべては、自らのうちに宇宙の叡智を担うあの存在が宇宙の光であるということを示すために不可欠だったのです。けれどもこの存在は、ヨハネ福音書のなかで特徴づけられたものをはるかに超えるものでした。ヨハネ福音書についての講義からキリスト・イエスを理解したいとか、キリスト・イエスを包括的に捉えたと思うひとは、そのひとが予感しつつ認識したただひとつの生の表出から、光輝くこの存在全体を理解できると思っているのです。 (第1講 本文Ⅰ 了)参考画:私は宇宙の光である人気ブログランキングへ
2024年07月07日
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ルドルフ・シュタイナー四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点第1講 Die tieferen Geheimnisse des Menschheitswerdens im Lichte der Evangelien/福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳序文:ヨハネ福音書とルカ福音書に関連してなされた考察と、この両福音書に目を向けさせる心情は、次のように言うことで特徴づけられるほかないかもしれません、つまりこういう考察は、次のような観点から始まっていると言うことによってです。すなわち、私たちがキリスト・イエス存在とみなすものは、この存在についてのそもそも現代における人間の理解力に可能な限りにおいてかくも偉大な、かくも広大にして力強いものなので、キリスト・イエスとは誰で、このキリスト存在はひとりひとりの人間精神(Menschengeist)にとって、及び、個々の魂にとってどういう意味を持っていたかということを、何か一面的に語るということを考察の出発点とするのは不可能だということです。そのようなことは私たちの考察の内部では、存在する最大の宇宙(*人類在世界)問題に対して敬意を欠くように思えたでしょう。深い敬意と畏敬、これが私たちの考察をまさにそこからもたらしたあの気分を表す言葉です。深い敬意と畏敬、これはたとえば次のような気分のなかに表現されるかもしれません。お前が最大の問題に立ち向かうのなら、人間の理解を高く評価しすぎないよう努めよ。あらゆるものを、これほど高度な精神科学がお前に与えてくれるものであっても、決して高く評価しすぎないよう努めよ。そして生の最大の問題に立ち向かうということであれば、最高の領域にも上昇せよ。そして、この圧倒的に大きな問題をひとつの(*原文は斜字)面から特徴づける以外の何かを言うために人間の言葉が十分なものであるなどとは考えるな。ここ三年にわたって行われた講義はすべて、ほかならぬヨハネ福音書において私たちに現れた言葉を中心点としていました。「私は宇宙(世界)の光である(私は世の光である)」というのがその言葉です。ヨハネ福音書について説明されたすべての講義では、ヨハネ福音書のこの言葉を理解しなければなりませんでした。そして、ヨハネ福音書に関連して行われたこれらの講義は、次のようなことのためにはほぼ十分なものでした。この言葉を自らのものとするならば、語られたこの言葉を少しずつ理解していくためには、つまりヨハネ福音書そのもののなかにある「私は宇宙の光である」という言葉がどういう意味なのかを、予感するだけであるにせよ理解するためには、これらの講義で十分だったのです。記:ルドルフ・シュタイナーの『四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点』は、ヨハネ福音書とルカ福音書に焦点を当てています。彼はキリスト・イエスの存在を異なる視点から理解しました。ヨハネ福音書の視点:キリスト・イエスは「宇宙の光」として表現されています。彼の存在は宇宙の智慧を具現化し、未来においても実現されることを示しています。ヨハネ福音書は、キリストの普遍的な存在を探求し、人間の理解を超えて宇宙的な視点から見つめることを促します。ルカ福音書の視点:ルカ福音書は、キリスト・イエスの「愛と同情」を強調します。彼は人間のために最大の献身を示し、その光と愛を世界にもたらしました。ルカ福音書は、キリストの人間性と神性の両面を理解するための手がかりを提供します。シュタイナーはこれらの視点に更なる二点マルコ、マタイという計四つの福音書を通じて、キリスト・イエスの存在を深く探求しました。「ヨハネー鷲」、「ルカー牡牛」、「マルコー獅子」、「マタイー人間」というシンボリズムは、福音書記者に関連しています。これらのシンボルは、四つの福音書の記者を表しています。具体的な意味を要約すると以下のようになります.・ヨハネー鷲: ヨハネ福音書の記者で、天の神秘を深く見通し、神の言葉で豊かな霊感で記述したことから、鷲の姿で描かれます。・ルカー牡牛: ルカ福音書の記者で、キリストの犠牲を強調するため、古代のいけにえの獣になぞらえて翼を持った雄牛の姿で表されます。マルコー獅子: マル・コ福音書の記者で、キリストの王としての威厳を伝えることから、翼を持ったライオンの姿で象徴されます。マタイ・ー人間: マタイ福音書の記者で、キリストの系図をたどり人間性を強調することから、翼を持った人(天使)がシンボルとされます。これらのシンボルは、教父たちによって四福音記者のシンボルとして解説され、それぞれの福音書の特性を象徴しています。参考図:四つの福音書記者のSymbol (四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点 序文了)人気ブログランキングへ
2024年07月06日
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ルドルフ・シュタイナーゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)第18章 ゲーテの「散文の中の韻」における世界観 佐々木義之訳●第五段 ゲーテの観点から見て、もし、人間が自然の働きと完全に調和した仕方で創造する能力を持っていなかったとすれば、それは自然そのものよりももっと完全に自然の意味を表現する創造行為である芸術というものは存在し得なかったでしょう。芸術作品とは、より高次の完成度にある自然の対象物であり、芸術とは自然の継続です。「人間が自然の頂点にあるからこそ、私たちは私たち自身を完成された自然として見ますが、同様に、それはそれ自身で別の頂点を形成しなければなりません。私たちは私自身を完璧さと美徳で完全に満たすことによってその目標に向けて上昇していくのです。つまり、私たちは、節度、秩序、調和、そして、意図を召喚し、最終的には、「私たち自身を芸術作品の制作へと上昇させます。」(ゲーテ、「ヴィンケルマン」)ゲーテは、イタリアでギリシャの作品群を見た後、「これらの高貴な芸術作品は、同時に最も崇高な自然の作品であり、真の自然法則に従って、人間により生み出されたものである。」と書いています。(ゲーテ、「イタリア紀行」)単に経験的で感覚的な現実としては、これらの芸術作品は美しい肖像なのですが、より深く見ることができる人たちは、「そうでなければ決して自らを現さなかったはずの隠れた自然法則の顕現として」(「散文の中の韻」)それらを見るのです。芸術作品が創られるのは、芸術家が自然から取り出す材料によってではなく、芸術家の内面からそれに持ち込まれるものによってです。最高の芸術作品は、それは自然から取った内容に基づいているということを忘れさせます。そして、それに対する私たちの興味が目覚めさせられるのは、芸術家がそれから作ったものによってのみです。芸術家は自然のままに形成しますが、自然そのものがそうするように形成するのではありません。これらの文章はゲーテの「散文の中の韻」の中で明らかにされているような芸術についての彼の主要な考えを表現しているように私には見えます。記:ゲーテはイタリア旅行中に「ナポリを見てから死ね」と評したことで知られています。この言葉はナポリの風光明媚さに感嘆したもので、彼の『イタリア紀行』に記されています。また、ゲーテは美術品や自然、宗教、人々についても滞在中の書簡や日記をもとにまとめた自伝的な作品を執筆しました。また、ゲーテはイタリア旅行中に、ギリシャの作品群に感銘を受けました。彼は「これらの高貴な芸術作品は、同時に最も崇高な自然の作品であり、真の自然法則に従って、人間により生み出されたものである」とも述べています。以下は、ゲーテが感動した主要なイタリアの芸術作品です。※ティッシュバインの『ローマ郊外のゲーテ』(1787年):この絵画は美術家ティッシュバインによって描かれ、ゲーテがローマの風景に感銘を受けたことを表しています。※グエルチーノの『復活したキリスト』(1630年):この作品はチェント市立絵画館に所蔵されており、ゲーテが古代の美術品を熱心に鑑賞したことを示しています。※ラファエロの『聖チェチリアの法悦』(1515年):この絵画はボローニャ国立絵画館に展示されています。ゲーテはラファエロの作品に感銘を受け、その美しさと神秘性に惹かれたことで知られています。これらの作品こそがは、ゲーテがイタリアで芸術に触れ、「自然と芸術の結びつき」を深く理解した証とされています。参考画:ギリシャその最高の芸術 第18章 第五段(了)・章(完了)人気ブログランキングへ
2024年07月05日
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ルドルフ・シュタイナーゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)第18章 ゲーテの「散文の中の韻」における世界観 佐々木義之訳●第四段 客観的な世界の本質的な内容を自分自身の存在の中に求める人たちは「道徳的な世界秩序」の本質もまた人間の性質そのものの中にのみ見出します。人間の経験という現実の背後に超越的な現実があると信じる人たちは倫理の源泉もまたそこに求めなければなりません。何故なら、言葉のより高次の意味において、倫理的であるものは事物の本質的な性質にのみ由来するものだからです。超越的な世界を信じる人たちが甘んじて受けるべき倫理的な戒律を仮定するのはこの理由によります。そのような戒律は顕現として彼らのところにやって来るか、カントの至上命令の場合のように、それらが実際に彼らの意識の中に入って来るかです。それが「物自体」の超越的な世界から私たちの意識にどうやって入って来るかについて、私たちは何も聞かされません。それは単にそこにあり、私たちはそれを甘んじて受けなければならないのです。純粋に感覚的な観察に固執する経験主義的な哲学者は倫理を単に人間的な衝動と本能の効果と見なします。これらを研究することによって倫理的な行為を決定づける規範に至ると思われているのです。ゲーテは道徳を人間的なアイデアの世界から生じるものとして見ます。私たちがそれを通して私たち自身の方向づけを行うところの、それ自体が明晰なアイデアだけが道徳的な行為を導くことができるのであって、客観的な規範や単なる衝動がそれを導くのではありません。私たちは、倫理という客観的な規範には従わなければならない、というような義務感からそれらに従うのでもなく、衝動や本能に駆られて強制されるのでもありません。私たちはむしろ愛からそれらに仕えるのです。子供を愛するように私たちはそれらを愛します。私たちはそれらが実現するのを見たいと思い、それらの代わりに介入しますが、それはそれらが私たち自身の存在の一部だからです。ゲーテ的な道徳においては、「アイデア」が行為への導き手であり、「愛」が推進力なのです。彼にとって義務とは「私たちが私たち自身に行うように命じることを愛すること」(「散文の中の韻」)を意味しているのです。ゲーテ的な倫理の意味では、行為とは「自由な」活動です。私たちは私たち自身のアイデアにのみ依存しており、私たち自身以外の誰からもひどい目に合うことはありません。私は「精神的な道としての先験的な思考」(=「自由の哲学」)の中で、私たちがそれぞれ私たち自身に従うような道徳的な世界秩序は人間の行為を混乱と無秩序へと導くだけだ、という浅薄な主張に反論しました。この主張をする人たちは、人間は本質的に似た者同士であり、本質的に異なり、不調和へと導くような道徳的な考えを持つことは決してない、という事実を見落としています。(R.シュタイナーによる注:ひとつの物語が示すのは、今日の職業的な哲学者たちの間では、倫理的な観点や内的な自由についての倫理、あるいは個人主義一般に対する理解がいかに少ないかということです。1892年に、私は雑誌「未来」(第5号)の中で倫理の厳密に個人主義的な観点を支持する意見を述べました。キールのフェルディナンド・テニースは、冊子「倫理的な文化とその随行者、未来そして現在のニーチェ馬鹿」(ベルリン、1893年)の中で応じました。彼が提示したのは哲学的な形式を取った俗物的な道徳の主要な原則以外のものではありませんでしたが、私について、「私はハデスへの途上でフリードリッヒ・ニーチェよりもましなヘルメスを見つけていたはずだ」と述べています。本当に滑稽だと思ったのは、テニースが私を非難するためにゲーテの「散文の中の韻」をいくつか提示していることです。彼は、もし、私にヘルメスがいたとすれば、それはニーチェではなくゲーテだったはずだということについて何の考えも持っていないのです。私は既に本書の第10章5節で、内的な自由についての倫理とゲーテの倫理の間には結びつきがあるということを示しています。この取るに足らない冊子が職業的な哲学者の間で蔓延るゲーテの世界観への誤解という兆候を示していなかったとすれば、私がこれについて触れることはなかったでしょう。記:「アイデア」という語句の通俗的な解釈と思想学的な語彙の捉え方 通俗的な解釈では、:一般的に、アイデアは新しい考えや創造的な発想としての思いつき・新奇な工夫・着想を指します。これは、問題を解決するための新しい方法、製品の改善、芸術的な創作、ビジネス戦略など、さまざまな分野で現れます。例えば、新しい商品のデザインや、小説のストーリーの展開方法などがアイデアと言えます。イデア・観念・理念: 思想学的な語彙としての「アイデア」は、哲学や思想学、学術研究でも使われます。こちらでは、抽象的な概念や理念を指します。例えば、人権、平和、自由、正義などがアイデアとされています。参考画:Ferdinand Tonnies記:フェルディナント・テンニース(Ferdinand Tonnies/1855年 - 1936年)は、ドイツの社会学者。共同体における「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」の社会進化論を提唱したことで知られる。テニース、テンニエス、テニエスなどとも表記されます。 第18章 第四段(了)人気ブログランキングへ
2024年07月03日
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ルドルフ・シュタイナーゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)第18章 ゲーテの「散文の中の韻」における世界観 佐々木義之訳●第三段 人間の心を介して何かがその本質的な存在を開示する場合に完全な現実が現われるのは「外的な客観性と内的な主観性」が合流するときだけです。現実を認識するようになるのは一方的な観察を通してでも、一方的な思考を通してでもありません。現実というのは何か出来合いのものとして客観的な世界の中に存在しているのではなく、人間の精神によって、その事物との結びつきの中で、もたらされるのです。客観的な事物は現実のひとつの側面に過ぎません。ゲーテは感覚的な経験だけをもてはやす人たちに答えて言います。「経験とは半分の経験に過ぎません。・・・あらゆる事実であるものは既に理論なのです。」(「散文の中の韻」)。言い換えれば、理想的な要素が人間の心中に現れるのはそれが何らかの事実であるものを観察するときなのです。この世界観、それはアイデアの中で事物の本質的な性質を認識し、認識を事物の存在への「生き込み(*本質そのままを取り込む。)」として思い描きます。それは「神秘主義」ではありませんが、神秘主義と共通したひとつの特徴を持っていることは確かです。つまり、客観的な真実を何か外的な世界の中に存在するものとしてではなく、人間存在の内部で実際に把握され得るものとしてそれは眺めます。反対の世界観は現象の背後にある事物の基盤を人間的な経験を越えた領域へと移します。そのような観点は宗教的な顕現として受け入れられるその基盤への盲目的な「信仰」に身を委ねるか、知的な仮定を行い、彼方の領域にあるその現実の特徴について理論化するしかありません。神秘主義者もゲーテの世界観を擁護する人たちも、正に何らかの「別世界」を仮定することを拒否するように、そのような領域への信仰を拒否します。つまり、彼らは人間の中で表現される真に精神的なものを擁護するのです。ゲーテはジャコビ宛に「神は形而上学をもってあなたを罰し、あなたの生身を矢で射りましたが、彼は物理学をもって私を祝福しました・・・私は汎神論者スピノザの神への崇拝をますます強く支持しています・・・。そして、あなたが宗教であると考えているものすべてをあなたの義務としてあなたに委ねます・・・。あなたが、神は信じることができるだけだと言うなら、私は、見ることの中で多くを貯えるとあなたに言うでしょう。」と書き送っています。ゲーテは自らを表現するような事物の本質存在を彼のアイデアの世界の中に「見」ようとしました。神秘主義者たちもまた彼ら自身の内的存在に沈潜することによって事物の本質的な性質を知ろうとするのですが、より高次の認識を達成するのに適していないとして彼らが拒絶するのは正にアイデアのそれ自体が明確で透明な世界なのです。神秘主義者たちは存在の根源的な基盤を見るための彼らのアイデアに対する能力を発達させることに信を置かず、彼らの存在のその他の内的な力に集中します。一般に、神秘主義者たちは不明確な感覚や感情の中で事物の存在を把握するものだと考えています。しかし、感情や感覚は主観的な人間の性質に限定され、アイデアの中でのみ自らを表現する事物については何も語りません。神秘主義者たちは理性の人々と比べてその「深み」を誇りにしているという事実にも関わらず、神秘主義は世界観としては表面的なものなのです。彼らは感情の性質について何も知りません。もし、知っていたら、彼らはそれを世界存在の表現として見ることはなかったでしょう。そして、彼らはアイデアの性質について何も知りません。もし、知っていたら、彼らはそれを浅薄で合理主義的なものとして見ることはなかったでしょう。彼らはアイデアを持っている人たちがその中で経験していることについて、実際にも何も知らないのです。とはいえ、多くの人にとって、アイデアは言葉以上のものではありません。彼らにはそれらの無限の十全性を把握することができないのです。彼らが彼ら自身の空虚でアイデアに欠けた言葉を空疎なものとして経験するのは驚くべきことではありません。記:主観主義的認識論 信仰、汎神主義、および神秘主義の相違について説明します。信仰:信仰は、宗教的な信念や教義に基づる個人または集団の信じることです。信仰は、神や神々、聖典、教義、儀式などに対する深い信頼と敬意を含みます。代表的な信仰にはキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教などがあります。汎神主義:汎神主義は、すべてのものが神の一部であるとする立場です。現実は神性と同一であると考えます。汎神主義者は、神を擬人化した人格神を認めず、宇宙全体が神そのものであると見なします。スピノザや古代ギリシャのエレウシスの秘教、ストア派哲学などが代表的です。神秘主義:神秘主義は、絶対者(神、最高実在、宇宙の究極的根拠など)を、その絶対性のままに人間が自己の内面で直接に体験しようとする哲学または宗教上の思想です。神秘主義者は、神秘的合一体験を追求し、自己からの脱却を通じて絶対者との合一を目指します。スピリチュアリティや瞑想が重要な要素です。以上これらの立場は異なる視点から宇宙と神性を理解する方法を提供しています。参考図:epistemological subjectivism 第18章 第三段(了)人気ブログランキングへ
2024年07月02日
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ルドルフ・シュタイナーゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)第18章 ゲーテの「散文の中の韻」における世界観 佐々木義之訳●第二段から→続く後半部 主観的な人間の真実以外、いかなる真実も問題にはなり得ません。真実とは主観的な経験を客観的な現象の相互関係に投影したものなのです。主観的な経験は完全に個別の特徴を担うことさえあります。それでも、それらは事物の内的な性質を表現しています。人は自分の中で経験したものだけを事物の中に持ち込めるわけですから、ある意味で、それぞれの人は、彼あるいは彼女の個人的な経験にしたがって、何か異なったものを事物の中に持ち込むことになります。何らかの出来事についての私の説明は、同様の内的な経験をしていない人にとっては、完全に理解可能というものではありません。重要なのは、すべての人が事物について同じ考えを持つということではなく、事物について考えるときには、皆が真実の要素の中に生きるということです。ですから、私たちは別の人の考えそのものについてあれこれ考察し、それらを受け入れたり拒絶したりすべきではなく、その人の個性が現われたものとしてそれらを見るべきなのです。「反論したり主張したりする人は、誰もがすべての言語を理解できるわけではないという事実について、たまにはよく考えてみるべきなのです。」(「散文の中の韻」)普遍的な真実を提供することは哲学にはできません。そうではなく、それが記述するのは、正に哲学者たちがそれを通して外的な現象を説明してきたところの内的な経験なのです。(*観念哲学、なかでもあまりにも「主観主義」をシュタイナーが主張するのは神秘主義を基底とする以上はやむを得まい。)参考図:epistemological subjectivism人気ブログランキングへ
2024年07月01日
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