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弊社トランクルームでは、11年前の開業当初からピアノ保管が多いです。何故なんでしょう?理由を考えると1.当分(しばらく)使わない2.高価だったので、売却するのは勿体ないので、しばらく安全な場所に置いとく3.子供や孫が使うまで置いとく4.親の形見なので捨てる訳に行かない5.大きすぎて邪魔6.重いので床が抜けるのが心配7.転勤で引越し先に大きすぎて持っていけない8.リフォームや新築の期間だけ(仮住まいに持っていけない)9.引越先が集合住宅で階下への振動や騒音が心配1~9に共通するのが、「契約者がピアニスト」という事です。車やバイクは簡単に買い替えをしますが、楽器を簡単に買い替えたり捨てたりというのはあまり聞いた事がありません。車のように、新車を買って4,5年で買い替えようという発想そのものが、ミュージシャンには存在しません。やはり楽器は自らの手で奏でますので、例え一時的に演奏を止めたとしても何時までも「愛着」があるのです。そうなんです、その楽器に思い出が詰まっているのです・・・その辺が他のモノと違うので、トランクルームに楽器が集まるというのは自然な流れだったのです・・・ピアノの保管状態は完全梱包していたり他の荷物とゴチャゴチャに保管していたりとバラバラですが、ピアノが弾ける状況の場合は本当は契約上ダメですが、例外的に「たまに弾くのはOK」と黙認していました。何年もピアノを放ったらかしにすれば、自分の腕も鈍りますし、ピアノ線の調律も必要になります。単にそんなお客さんの切なるニーズを拾っただけですが、涙の出るほど喜ばれます・・・もちろん、それで追加料金を取るなんて野暮な事はしません。本館の1階なんかは「3重ロック」ですので、思いっきりピアノを弾いても全く音が外に漏れません。例え、外への音の漏れが55~60デシベル程度になっても、昼間なら日常音にかき消されてしまいます。そんな状況ですので、今回大々的に「ピアノ保管で部屋内で練習OK」にしました。ただ条件として、9:00~17:00の時間帯で腕が鈍らない程度という事で「月1回」が限度とさせて頂きます。しかし、何でまたこんな事を企画したのかと言いますと、他社でヤッテいないからです。ピアノを保管できて、そこでピアノ練習できるところ(倉庫やトランクルーム)として弊社トランクルームは「日本初!」ということです。ありそうで、なかったのです。この、ありそうでなかった・・・というのがキモです。そもそもトランクルームを含めたピアノの保管業者は世間に山ほどありますが、単に保管するだけでそこで練習するなんて事は想定していません。「倉庫業」としての保管状態をアピールする為に、ガチガチに梱包までしているところも多いので、倉庫で演奏なんていう発想に及びも尽きません。考え方を少し柔軟にして(普通に考えて)お客さんの深層心理を少しでも考えれば、「たまにピアノを弾きたいな・・・」「ピアノ線が心配(調律が必要)・・・」というニーズが浮かんでくるはずなんですけどねェ・・・自分は〇〇業、〇〇専門(専業)・・・という固定観念はひとまず横に置いといて、自分は「ひとりの消費者(エンドユーザー)」というポジションでモノを考えるクセをつけるのも立派な経営者の訓練です。一つのモノゴトを捉える場合、色んな角度から見る必要性があるというのを大学の空手部時代に学びました。空手部では、単に稽古時間内での突き蹴りの練習だけです。しかし、空手を学ぶひとりの「武士(武人)」として、それだけではダメなのです。そう、当時は空手を修行するという意味で、生活や人生観までも大きく影響していたのです。その辺が武道とスポーツの大きな違いです。片道2時間も掛かった電車通学では、バランス感覚を養う為に吊り革を持たずに立ち、動体視力を養う為に駅の看板を読み取る訓練もしました。座席に座っても、前に立った人が自分の股間を目がけて蹴ってくる事を想定して、相手の蹴り足を自分の両足の間に来ないようにズラしたりカバンを膝辺りに置きました。空手の精神は「先手なし」「後の先(カウンター)」ですから、常に何処かから攻撃してくるというのを想定して、周りを注視ながら歩いていましたねェ・・・鍛えにくい握力をどうやって鍛えようかと、冬はコートのポケットに丸型のハンドグリップを忍ばせ、電車に乗っている間中他の人に分からないようにずっとポケットの中で何千回も握ってましたねェ・・・そして今もやっていますが、身体の左右のバランスを取るために箸は左で食べるようにしました。また相手の攻撃が来ても目を閉じない様に(相手の攻撃を最後まで見届ける為)、ボクサーもよくやっているように指を立てて開けた目の周りをトントン突く訓練もしましたねェ・・・ココまで来ると、空手オタクだったのか・・・(笑)。そうやって少しでも空手が上達するように、練習以外に日常生活にも自分なりに「イロンナ角度」から工夫をして空手意識を浸透させていましたが、残念ながら「上には上がいる」「どう足掻いても無理」・・・というのを認めざるを得なくなり空手から徐々に遠ざかっていったのです・・・しかし、そんな無駄だったように思える鍛錬やイロイロと空想や想定を張り巡らす事が、長期ブランクがあったものの未だにボチボチながらも空手を楽しんだり、仕事でイロイロとアイデアを考えたりする洞察力や考察力に多少とも役立っているのかなァ・・・と思うのでした。まァしかし、ビジネス戦略の基本である「何処もヤッテいない」というのを、単に思い浮かんだだけですが・・・そもそも凡人が新しいビジネスを考える場合、何も仰々しい事や発明みたいな大きな事を考える必要はサラサラありませんし、そんなの無理です。チョッとした事でイイのです。自然体で普通に物事を考えて日常生活していると、人々が見逃している「何でもないコト」が或る日フッと湧いてくる・・・普段の日常生活の延長線上でポッと出る・・・そんなイメージです。自営業者や私みたいな零細企業経営者は、世のサラリーマンみたいに社内の人間関係がどうやとかいった純粋に仕事以外の事でゴチャゴチャする余計な雑念が少ないのが、純粋にモノゴトを考える上で都合がイイのです・・・という事で、トランクルームというと「単にモノを置く」だけというイメージでしたが、各トランクルームによって屋外型か屋内型か、建物や周辺状況も千差万別です。その各社バラバラな状況でも、収益を上げる為に付加価値をつけようと努力は当たり前の事です。それを単に、小さい事からひとつひとつ考えていって、今回の「トランクルーム内でのピアノ演奏OK」というアイデアも、実際に実行に移している単純な作業の積み重ねの一つだったのです。しかし、そもそも何で「トランクルーム内でピアノの演奏OK」なんて事を思いついたのかというのを考えると、結局別棟で「リハーサル音楽スタジオ」も営んでいるからという事になります。トランクルームにドラムを保管して、そのドラムをチョッと運べば直ぐリハスタがあるというドラマーにとって涙の出るようなシチュエーション!それが、リハスタが出来るもっと以前からトランクルーム内でピアノを弾いていた・・・という事実にやっと結びついたのです。実に長い間、私の脳内でこの2つが結びつくまでグルグルと回っていたんですねェ・・・(笑)。そんなモンです・・・アイデアや閃きなんて。若ければ、もっと早くパッと閃くでしょうけど・・・もう私も還暦過ぎの立派なジイサン(笑)。じゃ、大々的に「トランクルーム内でのピアノ演奏OK!」にしましょう・・・という事になったのです。結局、人間の考える範囲というのは、自ずとその人の脳内にしかないという事か・・・(笑)。(オススメの関連記事)グランドピアノ保管で演奏もOK!にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.30
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スタジオ会員が550人を超えました。スタジオ会員とトランクルーム客の住居エリアは泉州エリア全域と、ほぼ被っています。この膨大な会員さんとトランクルームをどないかして結びつけないか・・・?てな事を、以前から潜在意識としてずっとありました・・・同じ敷地内にトランクルームとスタジオがあるのに、全く関係なかったら勿体ない話です。現に大阪市内在住の日本屈指のジャズプロドラマーの東原力哉(ナニワエキスプレス)さんも、うちのトランクルームを借りて頂いてますし・・・これを利用して、何とかしてシナジー効果が生まれないか?・・・と。そして、ある時フッとアイデアが浮んだのです。「トランクルームを借りたいという人を紹介して成約に結び付けば、お礼(紹介料)としてスタジオを3000円分無料で使って頂こう(成功報酬)」と。弊社スタジオ利用料金は安いので3000円分と言えば、2時間(3~10人)、3時間(高校生)、3時間(2人)、6時間(1人)も練習できるのです。もちろん、スタジオ会員さんが自らトランクルームを借りて楽器を保管してもらっても、3000円分のスタジオ無料利用できます。昨日スタジオに来られた高校生達に事前告知としてリサーチを兼ねてその事を話すと、目を輝かしていました・・・3時間もタダで練習できるとなると、きっと家に帰ったらお母さんにその事を話すんでしょうねェ・・・そんな口コミの連鎖を期待しているのです。いくらネット社会といえど、まだまだ口コミには絶大な力があります。もちろん、このブログで告知後はホームページやSNS(フェイスブック、ツイッター、ライン)でも告知して拡散に努力します。デジタルとアナログの両方で攻めるというのは正攻法だと思います。トランクルームというのは普及しているようで、まだまだ泉州のような地方ではまだまだ知られていません。その証拠に、会員登録をした際にスタジオまで案内するのですが、その途中で必ずトランクルームの宣伝を兼ねて、チラッとトランクルームの部屋をお見せするのですが、ほぼ100%「生まれて初めて屋内型のトランクルームを見た」というのが実情です。国道や県道沿いにある「コンテナ(屋外型)」はよく目にしますが、室内にトランクルームがあるなんてオドロキ!・・・てな感じです。元々トランクルームはマンションが乱立して収納スペースが少ない都会型ビジネスで、地方や田舎では成り立たないビジネスです。東京23区や大阪市内では地価も高いので古いビルやマンションを改造した「屋内型」トランクルームが主流ですが、地方に行くと地価も安く土地も余っているので殆どが「コンテナ(屋外型)」トランクルームだったのです。根本的に地価(或いは固定資産税)の差が、都会は「上に(上層階に)」土地活用を、田舎は「横に(平置き)」土地活用という認識の違いだったのです。都会と田舎では、トランクルームに対する認識とイメージは全く違っていたのです・・・まァ、泉州では「トランクルーム=コンテナ」というイメージです。その地方で弊社のような「屋内型」というのは殆んど無く、初めて見られてビックリされたのも無理もありません。という事で、言われてみたらこんなアイデアも簡単な事だったのですが、商売の基本は「今あるモノの組み合わせ」だと思うのです。自分の体力、知力、経験、潜在能力(伸びしろ)、学歴、資格、資産(金、不動産)、コネクション(地縁&血縁)を総動員して、如何に有機的に結びつけるか・・・?これに掛っていると思います。親の七光り・・・大いに結構だと思います。私も利用させてもらいましたから・・・(笑)。養うべき奥さんや子供がいたら、見栄を張っている場合ではないと思います。「ある」ものは全部利用(活用)しようと・・・もちろん、そこには一般常識や理性や規律性が働いていないと、単なるバカですが・・・金が無いからイージーに借金をするとか、1人で出来そうにないからイージーに従業員を雇うとか最初から「他力本願」では絶対NGです。努力してダメなら・・・シャーナイですが。まァ、このアイデア・・・世間はどう反応するでしょうか・・・?こんな小さなアイデアを具体的に世間にアピールして反応を見るなんて、オモシロいものです。先日開始した「レンタル自習室0724」もそうですが、成功失敗に関わらず、小さな発信の積み重ねこそが中小零細企業にとって大事で、その先に「未来」がやっと見えてくると思うのです・・・また零細企業経営者を後押ししてくれる便利なネット社会が、それを可能にしてくれるのです。机上の勉強や考えているだけでは、前に1歩も進めません。とにかく行動(発信)しなければ、何も始まりません。行動した結果、どうだったかを反省し、次のステップ(後退バック?)に活用するのです。人生なんて、それの繰り返しで、「変化」が見えるのもだいぶ時間が経った後です。気の遠くなるような長い時間が掛かりますが、結局それをヤルかヤラナイか・・・それだけの事です。話しは逸れましたが、このキャンペーン、実は期限を切ったものではなく「無期限」だったのです。決して即効性を期待するものではなく、ジワジワと効いてくるのを気長に期待しているのです。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.28
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スタジオ内の楽器機材で、最も汚れが目立つのがシンバルです。このシンバルを専用のクリーナーで磨くと、ピカピカになりました。ドラムのヘッド交換も、掃除をした時にチェックしヘタって来れば交換時期のサインです。これら一連のメンテナンスも、ミュージシャンだから分かるのです。専任のスタッフを雇えばイイのですが、それだと利用料金を今の2,3倍にしないとトテモ採算が合いません。そんな事をすれば、お客さんが逃げてしまいます。コストを積み上げ方式にするのではなく、「先ず相場料金ありき」です。トランクルームの時も同じで、先ず「いくらで貸せるか?」・・・ここからの発想です。当たり前の事ですが、ライバルに当たる同エリアの同業他社の相場は?、付加価値を付けたらどうか?一部被っている異業種の相場は?自社の財務状況は?エンドユーザーの相場観は?・・・等々考えられるすべての事を想定して値段を決定します。1,2週間熟睡できない日々が続きますが、仕方ありません・・・一度値段を決めたら、変更は中々許されませんから。しかし、スタジオ内の楽器や機材の不具合は、普段の掃除や日頃からお客さんとコミュニケーションを取っていれば、酷くなる前に気付くものです。アンプやミキサーやシンセサイザーは故障する事はありませんが、ドラムは結構メンテナンスが必要です。自分がドラマーでヨカッタです・・・(笑)。ヘッドの張り具合やネジの締め具合、タムやペダルの位置は結構チェックしています。お客さんによる不具合が分かれば、その都度連絡して、次回から注意を促します。もちろん、忘れ物も結構あるので、それもイチイチ写真を撮って送って確かめます。こんな細かい事をするスタジオなんか少ないと思います。織物時代に相当細かい仕事までヤッテいましたから、何でもありません。月産20万m(シャツ地13万着換算)の織物工場で、早出の工員(現場のエンジニア兼業)+経理+営業+事務(糸と織物管理)という非常に細かく緻密な仕事を1人でやっていたのが役立ちました。このスタイルは、小さい頃から親父を見て育ちましたので、ごく自然だったのです。1人で何でもこなす・・・零細企業のオッサンなら当たり前の事ですが、これが新しいコトに関してあまり先入観を持たず「応用力(対応力)」を発揮できたのでしょう・・・という事で、リハスタ経営も1年5か月になり会員数も530人超えました。分からないなりに、試行錯誤しながらイロンナ新しい事を学びました。サービス業の基本である弊社の「値段とサービス」がお客さんの支持を得て、ここまで会員数が増えたのでしょう。しかし、それと同時に「リハスタ経営は儲かるモノではない」と確信しました・・・(笑)。1部屋オールタイム1時間1500円(高校生1000円、個人練習500円)ですから・・・イヤ、専属スタッフを雇えば、もう完全に赤字です。そんなリハスタ経営を支えているのは、お客さんの笑顔です。スタジオで演奏を楽しんでヨカッタ・・・という笑顔です。これがあるから、儲からなくても続けていけるんですねェ・・・これからは数か月前から始めた「マッチング」を、更に強化していきたいと思います。地元ミュージシャンの「掘り起し戦略」です。1年5カ月のリハスタ経営を通じて、まだまだ地元に「現役ミュージシャン(出来れば地元でも活動したい)」「時々ミュージシャン(もっと活動したい)」「元ミュージシャン(復活希望)」「潜在ミュージシャン(これからヤリタイ)」という4パターンのミュージシャンが眠っている事を確信したのです・・・ならば、彼らを掘り起こして活性化させよう・・・と。大阪市が270万人、堺市が85万人ですが、弊社リハスタがある貝塚市を含む高石以南の「泉南エリア」を合わせると堺市に匹敵する85万人も人口があります。確かに、大手企業や大学は大阪市や堺市に集中していますので、人の生活動線(仕事や大学への通勤や通学)を考えればどうしても貝塚にリハスタがあるのは不利ですが、「泉南エリア」のミュージシャンが100%全員大阪市内や堺のリハスタに行く訳ではありませんし、休日までわざわざ遠いリハスタまで足を運ぶのも面倒です。また、近隣の旧8、9学区の公立高校の軽音楽部に「バンドブームの再来か?」と思わせるほど、沢山の部員が在籍しています。どこの高校も50人~120人くらい部員がいるようです。スゴイ数です・・・(笑)。3年生が卒業したら、また新たに新1年生がドンドン入部してくるのを考えると、卒業生を含めた「高校軽音楽部出身」というのはスゴイ大きなマーケットです。彼ら多くの高校生ミュージシャンが、現状の高校音楽施設や公共スタジオに満足しているか?を分析する事が弊社リハスタとしての出発点です。高校を卒業しても、如何にバンド活動を継続させるか、現役高校生も如何に途中で退部せずに軽音部で楽しくバンド活動を続けられるか?高校卒業したら大学でも体育会に入って同じスポーツを継続する人は少ないですし、その後10年、20年する人は皆無です。しかし、音楽は違うのです。10年や20年どころではなく、何らかの形で「一生やる・・・」という人が結構多いのです。楽器演奏をやめても、音楽を聴くのを止めたというのは聞いた事がありません。普通元ミュージシャンでも、一生音楽を聴き続けるでしょう・・・これが音楽の特徴で、それ程魅力があるのです。その、高校や大学を卒業しても「音楽を続ける」というのをスタジオでお手伝いしようという事です。若い10代や20代の時に身体の芯から音楽をソコソコ浸透させれば(体験すれば)、その後何年経っても「リ・スタート」が可能です。まるで、マクドナルドと同じ戦略です・・・(笑)。地元に弊社リハスタが出来た事によって、どうしたらモットモット気軽に利用していただけるか?経営ポリシーはこれに尽きますし、これを更に後押しするのが、「マッチング」だったのです。客のミュージシャンと積極的に関わってマッチングしようなんて、ライバルでもある公共スタジオではあり得ませんし、民間でもこんな「積極的な発想」は無いと思います。弊社オリジナルな発想(戦略)だと思います。このマッチングで、まだまだこれからという高校生や大学生をテコ入れし、卒業してもこれまでのバンド活動を継続しながら、自分の音楽性を広げるという意味で別のジャンルにも挑戦・・・「同じ志向」の大人の(年上の)バンドを紹介するのもイイかなと思うのです。これで、彼らの音楽ライフ(質)が更に充実すれば、言う事なしです・・・そして、ある程度音楽志向が固まっている30代~70代のバンドさんには、同じ志向のメンバーを紹介し、更に質を高めて頂く・・・ヘビメタ(ハードロック)やファンクやジャズといったマイナーなジャンルのコピバンなんか、これまでなかなか地元で組めませんでしたが、これも可能になりそうです。もう私の頭の中には、誰と誰と誰と・・・メンバーの組み合わせが想定できます。会員数530人を超えるというのは、ある意味リハスタ経営というのは「インフラ屋」みたいなもので、地元の膨大なミュージシャン情報が私の元に集まって来ているのです。そして、その会員数もまだまだ増えています・・・「どんなけ、地元にミュージシャンがおったんや(潜んでたんや)?」と、半信半疑の不思議な気持ちで・・・(笑)。将来的には泉州における「ハブ・スタジオ」を目指し、同じ音楽業界の泉州のライブハウスや楽器店と連携して、彼らへの「橋渡し」みたいな存在になればと思います。それが、泉州の音楽文化発展の一助になると・・・これをこれから上手に活かす事が、私の責任であり「大きな仕事」だと認識しているのでした・・・Bスタジオの増設で更に分母を増やし、そのメンバー数が1000人を超えればマッチングの効果がそれなりカタチとなって表れてくるでしょう・・・それが地元音楽文化の活性化に繋がっていくのでしょう・・・まァ、マッチングのあとは、メンバー間の相性やフィーリングでしょうね・・・そんな自分の理想を追いかけるのも、2,3年では無理でしょう・・・あと最低5年は掛かるかもしれません・・・リハスタ経営は純粋に商売として割り切れないモノがあり、ある意味「カルチャー」ですから時間も掛かるのです。まァその夢の先には、うちのスタジオで一生懸命練習して、泉州からカナブーンが出たように、誰か有名アーティストになってくれれば言う事なし・・・です。という事で、朝からの妄想はこれくらいに・・・(笑)。しかし、織物時代の最後の20年間は月産20万mも生産していました。という事は年間240万m、10年で2400万m、20年で4800万m・・・怖ろしい数字です。しかし、それだけ仕事をして何が残ったか?というのを考えると虚しくなります。20年間の後半の10年間は、多品種小ロット生産が激しさを増し目が回るような忙しさでしたが、所詮「工業商品」です。具体的に言えば、糸から布にするだけの「加工品」に過ぎず(染色前の段階)、最終商品とはかけ離れすぎて本当の意味での価格決定権は取引先に大きく委ねられています。アパレルブランドやSPA(製造小売り)のように最終商品を手掛けた訳ではありませんから、仕事をした割りには、残念ながら何も残っていません。膨大な織物をただ織っただけという感覚で、最終的にどこのブランドで、どんなデザインで、何処でいくらで売られたは一切不明です。これが下請け(委託生産)の最も辛いところです・・・(涙)。同じ織物業でも、繊維業界の歴史も産業構造もイタリアと違いますが、自ら最終ファッションブランド商品を手掛けて価格決定権を持ったイタリアの同業者との「次元の違い」に驚かされます・・・その織物時代の反省として、「何かが残る仕事がしたい・・・」と「価格を自ら自由に決めたい」いう強い願望が、トランクルームへの転業と去年始めたスタジオといったエンドユーザー相手のビジネスに向かわせたのだろうと思います・・・それと、根本的に泉南エリアに音楽の需要があるのか?というスタジオ企画段階での不安は、オープンしてから杞憂に過ぎないと思うのでした。というのは、大阪でも南部に位置する泉州エリアというのは、知る人ぞ知る日本で最も「レゲエ」が盛んな処だったのです。何で・・・?スタジオを始めて1年5カ月経って、改めて思います。泉州エリアのDNAは、やはり「だんじり祭と盆踊り」だったのです。もう何百年もこのエリアには、だんじりと盆踊りの歴史が引き繋がれていたのです・・・泉州の盆踊りには「横山くどき」「江州音頭」「三夜踊り」・・・数えきれないくらい音頭の流派があります。だんじりの鳴り物も、それこそ昔は町ごとに違いました。それが知らず知らずのうちに、我々泉州人の血の中に受け繋がれていたのです。しかし今は身体が老化する一方にも拘らず、仕事も趣味もファミリーの数も何故か?増えすぎてニッチモサッチモいかず、残念ながら祭りどころではありません・・・(涙)。まァしかし、ドラムのREMOのヘッドとは違う、牛の腹の皮を張った2尺5寸のだんじりの大太鼓のドーンという音を聴くと、心の底まで響くのは泉州人だけです。東京在住の泉州人は涙しても、同じ大阪でも大阪市内や北摂の人にとっては耳障りかもしれません・・・(笑)。だんじりと盆踊りの基本中の基本は、和太鼓と歌のコラボレーションです。それが、1970年代サーフィンの大ブームと共にレゲエが流行ったことが、泉州人の魂とドッキングしたのです。それが、未だに脈々と我々の身体の中に流れていたのです・・・それがあるからこそ、「泉州の音楽は不滅」と言えるかもしれません。ひとつの現象を捉える場合、やはりその歴史を遡り分析する事によって解明できるのだと思います・・・それは、地元の人間しか理解しえないかも・・・ にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.19
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先日テレビの音楽番組で、歌手の加山雄三さんを見ました。今年80歳になったそうです・・・(驚)。若い!・・・とても、80歳には見えません・・・せいぜい70歳くらいにしか見えません。正に、驚き意外何ものでもありません。と同時に、彼の未だに「現役バリバリ」で好きな音楽の仕事をしている姿に感動です・・・彼の姿に1ミリでも近づきたいですねェ・・・しかし、彼の若々しい「元気の源」は何でしょうか?明らかに、内面から迸る情熱をヒシヒシと感じます。その情熱の源は、「音楽」と「海」ではないでしょうか・・・音楽を愛し、海も愛する・・・ビーチでノンビリ音楽を聴く・・・なんて、もうサイコーというのがそれを証明してます。それって、チョッと・・・ボ、ボクと一緒じゃないですか・・・(笑)。次元もレベルも違いますが・・・方向は同じかも?まァ、いくつになっても好きな事を「現役」でヤッテいるんでしょうねェ・・・それがストレスフリーに・・・そして、この「現役」というのがポイントで、決して引退しないのです。もちろん、年齢を重ねると共に仕事量を減らす事はあってもゼロには決してしないという事で、死ぬ時にやっとゼロになるんでしょう・・・まだ「現役」でいる間は目的もありますし、毎日気を張って生活する事がイイんですねェ・・・これなんです。これこそが正に、生き甲斐なんです。特に我々60歳定年を向かえた人間にとって、これがあるか否かで今後の長い余生がウンと違ってきます。定年だから、遊びまくる・・・と言っても、いくら金があっても毎日遊びまくれるものではありません。ただ、虚しいだけです・・・去年サイパンに行った時、平均年齢70歳のウインドサーフィンのロングステイ軍団「サイパン少年隊」のひとりが、ポソッと「あんたみたいに、まだ現役で仕事を頑張っている内が花だよ・・・」と寂しく語ったのがとても印象的でした。仕事を引退してサイパンにロングステイして好きなウインドサーフィンを毎日しても、やはり仕事をバリバリしながらウインドサーフィンをやっていた時の方が生き甲斐があった・・・と言いたかったのでしょう・・・確かに・・・私も織物業を廃業する前年は本当に仕事が無くて、それまで19年間ずっと土日も工場を止めずにいましたが、その夏に1か月だけいきなり土日操業を止めざるを得なくなりました。週7日操業が、週5日操業に激減してしまったのです。工場を新設して以来の「一大事」でした。そのある土曜の朝、ウインドサーフィンに出かけましたが、心の底から楽しめないのです・・・心の中に仕事に関する不安があれば、何をヤッテも楽しめない・・・サイパンの仕事を完全引退した70歳ウインドサーファーでも、年金だけでは思う存分遊べないという不安・・・そして医療費高いサイパン(アメリカ)で病気になるのが心配・・・という事だったのでしょうか・・・?いずれにしても、音楽も海も人のココロを癒してくれます・・・私も早朝から新聞を読みながらBOSEのブルートゥースで静かなボサノバやジャズやクラシックを聴き、調子がノッテきた朝から事務所では仕事をしながらずっと好きな音楽をDENONのミニコンポで聴き、風呂とビーチはJBLの防水ブルートゥースで、軽トラではパイオニアのカーステでiphoneを聴き、ノッテきたら時にスティックでハンドルを叩いてます・・・(笑)。もちろん、スタジオ客の少ない朝に、大音量でハードロックを聴きながらドラムを叩いてますが・・・(笑)。リハスタ経営をしていますので、これって合法的?です・・・(笑)。去年今年と海になかなか行けてませんが、これまで散々海でウインドサーフィンしてきましたら身体中シミだらけです・・・(笑)。しかし、シミを遥かに超える爽快感や充実感を味わってきて充分お釣りが来ます。イヤ、あのウインドサーフィンの海上でのプレーニング(滑走)感覚は、爽快感を遥かに超えた陶酔や恍惚を伴う「快感」で、もはや病められない健康的な麻薬?みたいなものです・・・(笑)。もう、それに憑りつかれて39年にもなりますが・・・(笑)。今の日本のウインドサーファー像は、平均年齢50歳オーバーのオッサン達です。残念ながら、若者や女子は殆んどいません。では、何故50オーバーのオッサンなのか?それは、私の周りのウインドサーファーの多くが音楽(楽器)をヤッテいる、音楽が好きだ・・・と関連性があるのかもしれませんねェ・・・大阪のウインドサーフィン界のレジェンド、つまり42年前に初めて大阪でウインドサーフィンを始めた私のウインドの師匠(先輩)に当たる人達は(泉南フリートの創設者)、実はミュージシャンだったのです。※フリートというのはビーチにあるウインドサーフィンの愛好団体。泉佐野の貝田に40数年前にかつて「シンバル」というジャズライブハウスがあり、そこのハコバンを先輩らがヤッテいたのです。そして泉南フリートから別れた二色浜フリートの創設者Y氏が、今は岸和田駅商店街で中古ギター屋さんを営んでいるところが、やはり音楽と海は切っても切れない関係で、60半ば超えたY氏の未だ衰えないバイタリティの秘密なんだろうなァと思うのです・・・まァ人間って言うのは、インドア(音楽)とアウトドア(海)のバランスを取って生きるのがごく自然で、一番ココロと身体に優しいなんだろうなァ・・・と思う今日この頃です。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.18
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弊社トランクルームのお客さんの多くは、もちろん大阪府在住です。多くと言ったのは、100%ではなく80%くらいという意味です。では、残り20%は?もちろん、大阪府以外です。京都、兵庫、和歌山、奈良といった関西、そして転勤や留学で海外在住の方・・・見逃していけないのが、東京のお客さんです。東京からわざわざ借りに来る?それが、来るんです・・・不思議と。厳密言えば、東京のお客さんも2つに分かれており、1.純粋に東京在住の東京人(理由:単に安いから)2.東京在住の大阪人(理由:いつか大阪に戻るから)2の「大阪人」というのがポイントで、転勤や大学進学でたまたま今は東京在住で、いつか大阪に戻るという事で、実家のある大阪のトランクルームに自分の荷物を置いておきたいという心理が働きます。東京は人口1400万人の日本の首都で、2020年東京オリンピックが開催される、今最も世界が注目する国際都市です。この東京に大阪人の住む割合は少なくなく、彼らをターゲットにした巨大な潜在マーケットがあるように思います・・・例えば、同じ大阪でも堺以南の南大阪(泉州エリア)出身の東京在住の泉州人を対象にした「居酒屋」メニューで、泉州名産の「水ナス」や「じゃここうこ」なんかを出すと、私なら懐かしさの余り泣いて食べますねェ・・・(笑)。これは、転勤や留学で海外在住の「大阪人」にも当てはまる事で、ホームページの分析ソフトを見ると海外から結構閲覧されていますが、決して外国人が見ているのではなく、海外在住の「大阪人」が見ているだけだったのです・・・トランクルーム開業当初、分析ソフトで毎日ヨーロッパの某国から見てるなァ・・・と思っていた矢先に、その国からメールがあり、「今、○○国の大使館勤務なんですけど、また別の国に転勤予定で当分日本に帰れそうにないので、今度大阪に帰ったら家を処分するので(売却)、残った荷物をトランクルームで保管したい・・・」というメールがあり驚いたものです。それ以降、そういった海外在住の大阪人からのオファーがチョイチョイあり、この商売って結構ワールドワイドなんだなァと感心したものです・・・たまたま大阪でトランクルームを営んでいるというだけで、こんな想定外の需要があったなんて思ってもみなかった事です。ホント、大阪でビジネス出来てヨカッタと思います・・・(涙)。どこかから大阪に移り住んでトランクルームビジネスを始めたのではなく、たまたま家業が織物工場で不景気の波を被って廃業して工場を改造しただけなんです。たまたま、偶然に偶然が重なっただけで、自分はただ舵を切っただけです。家業の土台を作ってくれた先祖に、ただただ感謝するだけです・・・まァ、代々地元貝塚で織物業を営んできたという歴史が、地元での信用力に繋がっていたのだろうと思います。これが、織物業を「倒産」させていれば、地元での信用はゼロになってしまい再起も難しいでしょう。キチンと「廃業」出来たから、「転業」出来たのです。正に、天国と地獄です・・・これって、現在の日本の法律下ではアメリカのノンリコース(担保を取るだけで終わり)と違って、我々中小零細企業オーナーは銀行から借金をすれば個人保証までさせられますので、非常に重要なポイントだったのです。アメリカで自己破産しても直ぐに再起は出来るが、日本で自己破産や倒産すればケツの毛まで抜かれ再起は至難の業・・・というのは、そういう事だったのです。いずれにしても、地元で商売できる・・・それも、こちらから営業に出向かなくても、わざわざ遠方から客が来てくれるというのは計り知れない恩恵をもたらします・・・(涙)。織物時代は毎週丸1日潰して大阪本町まで営業に行っていましたが、今はアナログティックな営業不要の地方都市でもネット集客できる素晴らしい時代になりました。サラリーマン時代と織物業時代を通じて営業の難しさとシンドさを痛感しているだけに、今のトランクルームとスタジオビジネスは天国に思えるのです・・・(涙)。不動産仲介は多少の営業力が必要ですが、それでも以前に比べたら屁みたいなモノです・・・まァ、営業不要と言っても、毎日はしませんんが、気が向いた時にそれなりにボチボチやってますが・・・(笑)。トランクルームは同じ町内の自宅から1分です。トランクルームの所在地は私の本籍地で、今から約150年前の江戸時代末期に2軒隣の本家から曽祖父が分家した場所で、正に祖父や父が生まれた場所だったのです。通勤時間1分・・・これって、正に理想的な職場環境だったのです。もし、通勤場所が0分・・・仕事場と自宅が同じであれば、奥さんが嫌がります。旦那さんにとって便利なようですが、奥さんにとって心理的に絶対NGなのです。やはり、世の奥様方は、旦那さんと常に一緒(仕事もプライベートも)というのはイヤなのです。このストレスで奥さんが病気になったり、離婚したりするケースが世間で溢れるほどありますから・・・トランクルームに旦那さんの趣味や自営業者の仕事関連のモノが結構多いというのも、家庭内に旦那さんのモノを持ちこまないでという夫婦バトルの結果か・・・(笑)。トランクルームは世相を反映する・・・とは正にこういう事を言うのでしょう。こちらの想定外のモノや訳アリ事情が結構多い・・・これがトランクルームの実情です。「ナルホド、こんな使い方があったのか・・・」「こんなコレクションが世の中にあったのか・・・」「エ!そういう事だったのか・・・」「うそ~ホンマかいな・・・」てな具合に、当初は驚きの連続だったのです・・・勿論、そういった感情は表に決して出しませんし、守秘義務があります。普段生きている日常生活では、想定外の事やモノに出くわす機会が少ないものです。そういう意味で、トランクルームという商売は刺激的でオモシロいですわ・・・お客さんが小学生から70代まで会員数530人を超えた「リハーサル音楽スタジオ」で音楽の刺激を受け、事業(ビジネス)用不動産の仲介で毎日想定外のオファーが来る・・・リハスタは年齢によって色んなジャンルの音楽に触れる事ができ、事業用不動産仲介業はオファーに対し成約に至るのは10%以下なので、90%以上はそれこそガセネタや噂話も含めてイロンナ地元の情報や話が飛び交う業界なのでオモシロいと言えば確かにオモシロいですねェ・・・トランクルームとスタジオは「インドア」ビジネス(来店型)で不動産は「アウトドア」ビジネス(出張型)という事で、結構肉体的にもバランスが取れて毎日バタバタしていますが、これがイイ刺激になっているんでしょうねェ・・・(笑)。という事で、東京に離れて暮らしても、遠い海外で暮らしていても、大阪が恋しい・・・ある意味、低価格を武器にエリア拡大戦略を取った弊社トランクルームは郷愁を誘ったビジネスと言えるかもしれませんねェ・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.17
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案外知られていないのが、トランクルームのお客さんの実態です。トランクルームのお客さんは1年に平均1,2回程度しか利用されません。これが、知られざる実態です。同じ「スペース貸し」でも、車の月極駐車場なんかは毎日利用しますので、家の近くに無いと困ります。しかしトランクルームは「年1,2回利用」ですので、安くて安全であれば、多少離れていても全く問題はありません。大阪市内や東京23区は土地の値段も高いので、当然トランクルーム賃料が高いのも仕方ありません。しかし毎日利用する訳ではありませんし年1,2回利用するだけなら、わざわざ家の近くの高い賃料のトランクルームを借りるのは勿体ないと思います。では、どれくらい高いのかと言うと、最もポピュラーな2畳程度の部屋ですと、弊社では月額4000円程度ですが、大阪市内では月額12000円~18000円くらいするでしょう。大体、弊社トランクルームの平米賃料は、近隣の2分の1、大阪市内や堺市の3分の1、東京23区の6分の1に設定しています。まァ、弊社トランクルームを利用すれば大阪市内のトランクルームを借りるより年間10万円くらい節約できるでしょうか・・・トランクルーム契約は長期が多いので、2年で20万円、5年で50万円の「差」です。この「差」をどう受け止めるか?弊社トランクルームのお客さんの約半分が大阪市内と堺市から来られています。これが、お客さんは値段にシビアだというのを証明しています。11年間トランクルーム経営をやってきた実感として、約半分のお客さんは一度契約されたら二度と来ません・・・と考えると、本当の数字は「年平均1回」程度かもしれません。しかし、何故来ないのか?トランクルームに保管するものと言えば、基本的に「普段家で使わないモノ」だからです。普段使わないモノを家に置いておくと邪魔だからトランクルームへ・・・という事だったのです。田舎だと家が広いのでそういう問題は起こりませんが、都会はマンションが多く、荷物の置くスペースも限られますので、そういう問題が起こりやすいのです・・・まァ、エラそうな事を言いましたが、今回トランクルーム客の実態を公表した訳ですが、これってトランクルームを始めてから分かった事だったのです。実は、お客さんに教えてもらったのです。オープンして3,4か月経った或る日突然、大阪市内から電話がありトランクルームを借りたいと言うのです。わざわざ遠くから借りに来るというので、不思議に思い「失礼ですが、何で?大阪市内からワザワザ借りに来るのですか?」と恐る恐る質問すると、「お宅とこメッチャ安いし、いっぺん荷物入れたら、もう行けへんやん」と。これでピンときた訳です。直ぐにホームページのトップページのキャッチフレーズを「ユーザー年平均利用2,3回なので、住いの近くにある必要はなく離れていても断然お得!」に変更しました。という事で、新規事業を始める前にイロイロと戦略を練る訳ですが、「ヤッテみないと分らない・・・」という部分が多いのが実情です。事前に綿密に計算しても、イイも悪いも含めて想定外の事が必ず起きるものです。「何が起きるか分らない?」というのは怖い反面、「何かオモシロい事が起きるかも?」というワクワク感と好奇心がないと新規事業は出来ません。そう、ココロの余裕です。精神力とまで言いませんが、新しい事にチャレンジするには「ハートの強さ」が試されます。昨年3月からトランクルーム貝塚(別館1階)で始めたリハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」も、事前に充分準備をしてきましたが、想定外の事がイロイロ起こり、修正修正の連続でした・・・それをクリアする事で、オープンして1年4か月が過ぎました。会員数も今日現在で540人にもなりました。早ければ、来年夏までに「Bスタジオ」の増設計画をしていますが、最終決定は未だです。本当は、すぐにでも増設したい気持ちですが、そこはリハスタは「水商売」・・・早る心を抑えるのに必死です・・・(笑)。まァ、その不透明な部分も吸収できるような「余裕」が無いと、1年で倒産してしまいます。これが、新規事業の難しいところですし、これが「新しくビジネスを始めても、1年以内に過半数が倒産し、5年以内に80%が消え、10年以内に95%が倒産する」と言われる所以だったのです・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.16
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弊社トランクルーム本館1階は「3重ロック」です。3重ロック・・・?何?それ・・・という質問が出そうです。それは、外部からトランクルームの自分の部屋まで「扉が3枚」あるという意味です。外扉(鉄扉) → 中扉(鉄扉) → 自分の部屋の扉3つも扉があれば、泥棒さんも困ります・・・(笑)。更に、外扉を開ければ1台目の防犯カメラが待ち構えています。更に更に、中扉を開けても、また2台目の防犯カメラが待ち構えています。 まァ、泥棒さんもココまでセキュリティを万全にしていると、完全にヤル気が失せてしまうでしょう・・・万一ここまで侵入したとしても、部屋が完全に仕切られていますので、何処に何が入っているか皆目見当がつきません。3重ロックに防犯カメラが2台・・・トランクルーム全体(本館+別館)では防犯カメラ6台、カメラ付きドアホン2台で、セキュリティばっちりです。その防犯カメラもインターネット(ネットワーク)カメラで、私が何処にいてもスマートフォンで遠隔監視できるのです。こういった優れたセキュリティシステムがあるのですが、残念ながら「日本最安値!」と低価格を前面に押し出してアピールしている現状が、自分的には少々情けないですねェ・・・長かった織物時代はずっと下請け(大手総合商社の100%委託生産)でしたので、「安く請けてしまう」というのが習性になっているのです。30年ほど前、初期の羽毛布団が一式20~30万円で売られてい時代に「表の布地(生地)」を織っていたのですが、1m織って120円~150円ほどの加工賃でした。それで、「エエ工賃や・・・」と手放しで喜んでいたのです・・・普通に考えれば、上代に比べて加工賃が安すぎます。それが、分業化され情報も遮断されている繊維業界にドップリ浸かっていれば、分からなかったんですねェ・・・まァ、要は薄利多売です。月産20万mの織物生産をパート含めてたった10人で、24時間エンドレス操業(年355日)を新しい織物機械(エアージェット織機)を導入してから20年間も営んでいたのです。イヤ、習性というより、もうDNAに組み込まれているとでも言うのでしょうか・・・(涙)。どうしても、高い値段で売る事が出来ない(高い賃料で貸す事が出来ない)のです・・・(笑)。堂々と高い値段を提示できないのです・・・立派な?事を言っても、本当は自信がないのか?トランクルームもスタジオも値段で何日も熟睡できない日が続きました・・・それ程、値段設定は難しいのです。まァ、安い値段で提供する事によって、結果エンドユーザーにとって、それが1番なんですが・・・しかし、泉州地域のトランクルームの殆どは「コンテナ」タイプですが、これだと1枚のドアがあるだけで「1重ロック」という事になります。多くのコンテナは便利で人通りの多い国道や県道沿いにありますが、1枚しかドアがないので何を出し入れしているかが、場合によっては丸見えです。少ない屋内タイプでも「2重ロック」までです。「3重ロック」というのは弊社だけという事になります。おそらく、日本で弊社だけでしょう・・・では、何故3重ロックなのか?それは、単に建物構造がそうだったからです。元織物工場でしたので、外からドアを開けていきなり織物現場では問題があったのです。温湿度の管理と騒音で、外と中の間に「空間」が必要だったのです。それが、中扉だったのです。織物工場とすれば、ごく当たり前の構造ですが、それがトランクルームに用途変更すると逆にオーバースペックになってしまったのです。という事で、トランクルームで何が最も大事かと言えば、安心安全の「セキュリティ」ですが、それを前面に打ち出せないジレンマに陥っているのをご理解いただけたかと思います。貝塚市は東京23区や大阪市内といった都会ではありませんので、貝塚のような地方で都会型ビジネスであるトランクルームの情報発信をしようと思えば、「低価格」を武器にするしかなかったのです・・・(涙)。 にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.15
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3月から「スタジオ0724」(貝塚市名越661 072-446-0798)で始めた私が主宰する「無料カラテ教室」が、早や4ヶ月過ぎました。生徒さんが地元貝塚の他、岸和田、泉佐野から4人(男性1人、女性3人)も集まりました。スタジオが比較的暇な時間帯という事で、毎週火曜日10:00~12:00までの2時間稽古に当てています。スタジオの広さは22畳ありますが、楽器や機材がありますので、正味18畳くらいしかありませんので、あまり生徒さんが増えると困りますが、10人超えれば2部制にするとかイロイロ工夫できるでしょう・・・その時間にスタジオ予約が入れば、隣のトランクルーム貝塚「本館」に移動してサンドバッグをするとか、名越の村や近所の清名台や千石荘をランニングするとか、たまには公園や二色浜ビーチまで車で移動して空手の稽古をするのも気持ちイイでしょう・・・(笑)。沖縄ではビーチで普通に空手の稽古をやっているそうですから・・・今のところ、総勢5人でワイワイガヤガヤと楽しんで稽古しているという感じです。まだ、何人か入ってもOKです。これから本格的に暑くなりますが、エアコンはつけません。エアコンのある空手道場なんて聞いた事がありませんし、ボランティアでやっていますので電気代が勿体ないです・・・(笑)。というか、神聖なる武道の稽古をするのに、極力人工的な事を避けるのが本来の姿です。真っ白な道着を着て帯を締めると、何故か心まで洗われるような気がします。夏のマーブルビーチでウインドサーフィンする時や、ハワイでリラックスる時は、髭を生やしネックレスをしてサングラスを掛けてチャラチャラしますが・・・(笑)。空手をする時は、ココロまで真っ白になるのです。不思議ですねェ・・・これまで社会人生活を建築建材メーカーの営業マンからスターとして家業の織物業、トランクルーム、不動産屋と約40年も送ってきましたが、そりゃイロイロ経験させてもらいました・・・日頃のそういったモロモロの社会人生活からビシッと線を引く為に、ココロをリセットする為に「非日常的」な空手が格好の気分転換だったのです。まァ、10年後の70歳でも海千山千の不動産屋のオッサンが、真っ白な空手衣を着て「真っ白なココロ」で、一生懸命稽古に汗しているなんてカッコいいじゃないですか・・・このアンバランスさが何とも自分的には好きですねェ・・・(笑)。逆に、これでバランスを保とうとしているのか?まァビジネスではなくボランティアで空手をやっていますので、生徒さんの意向をイチイチ聞く必要はありません。本当に真面目な稽古を淡々としているだけです。私が大学時代体育会空手部で習った稽古体系を基本にした本格的な伝統派空手(2020年東京オリンピック正式種目採用)の練習だったのです。ちなみに稽古内容を書くと、1.黙想1分2.ストレッチ運動 ヨガやダンスの要素も取り入れ、上半身下半身、前面裏面を万遍なく筋肉をほぐします。3.体重を使った筋力トレーニング 腹筋、背筋、側筋、腕(拳)立て伏せ、4.空手の基本 正拳中段突き、正拳上段突き、裏拳、手刀、上段受け、外受け、内受け、下段払い、前蹴り、関節蹴り、横蹴り、後ろ蹴り、回し蹴り、1~4までで、ワイワイした雑談を含めて1時間30~45分も掛ります。まだ、とても「型(形)」までいってませんが、ゆくゆくは何処の流派も最初に学ぶ「平安(ピンアン)二段」から指導していきたいと思います。時に組み合わせ技や、一方的な指導だけでなく、互いに質問しあったりオモシロいものです。雑談というか、脱線も多いですねェ・・・基本の組み合わせ技だけでなくリアルな護身術とか、痴漢撃退法や心構えなんかもレクチャーしますから・・・(笑)。女性なんか、1つ技を覚えるだけで痴漢が逃げて行きます。そういう実践的な技が人気ですねェ・・・そりゃ普通の主婦が、そんな事(技)を覚える(教えてもらう)機会なんてありませんから・・・まァみなさん、40代以上なので、ボチボチいきましょう・・・と言う感じです。教えている私が60歳ですから・・・(笑)。時たま、サンドバックやミット練習をして気分転換を図ります。これだけ真面目で本格的な練習をして、まだ辞める人がいません。不思議ですねェ・・・というより、みなさん空手を楽しんでいらっしゃいます。「健康カラテ」が趣旨なので、大学時代に習った伝統空手(林派糸東流)を基本にして、試合目的の怪我の危険性になるような自由組手はしません。安全第一に考えていますが、一生に一度あるかないかという「イザという時」の護身の為の狙う場所は「人中」「鳩尾」「金的」だと(人間の3大ウイークポイント)、エアー練習(空突き、空蹴り)で上段突き、中段突き、前蹴りで何回も身体に摺り込むように指導しています。とっさの時には、やはり練習した「技」しか出ませんから。ただ、回数を熟して身体で覚えるという20代ではありませんので、突きや受けは数回正しいフォームをゆっくりスロモーションでしてから、基本技を20回繰り返すようにしています。蹴りは「膝のかい込み」が何より重要なので、大学時代に習ったスリーステップ練習を踏襲しています。時間制限も体力制限もありますので、これくらいが調度イイでしょう。まァ、何も練習しなければ攻撃も防御も出来ませんから、痴漢や悪漢にやられっ放しという事です。健康カラテでは試合用の稽古はしませんので、沖縄空手(止揚会)で普段私が師範から習っている「本当の護身術」の一部も伝えています・・・そして、日常生活にないヨガにも通じる空手の「呼吸法」と、体重移動と円運動による空手の破壊力を如何に生徒さんに伝えるかに腐心しています・・・まァ、2020年東京オリンピックに正式採用された空手と同じ「伝統空手」の基本をミッチリやって、将来どこの空手道場に替わっても通用するような技を身につけてもらう事が最大の願いです。日本発祥の空手の基本は先人の何百年の知恵と技の集積ですから、世界中何処へ行っても通用するほどワールドワイドです。仕事と一緒で会社内だけ通用しても意味はなく、社外でも通用するようなスキルを身に付ける事こそ重要なのです。今私が所属している沖縄空手「唐手道 止揚会」では、部分的に空手の基本も指導していますが、今回の「健康カラテ」は主宰しているので、全ての指導が私にかかってきています。お金を取らない部分で気楽な面もありますが、人に教える事によって自分も逆に学ぶ場合も多いです。自分では何の意識もしない動作も、それを全くの素人に分かり易く教えるというのは非常に骨の折れる事です。分かり切った基本を自分の中でもう1回分析整理する事を強いられます。それが非常に勉強になるんですねェ・・・という事で、自分にしかできない無償のボランティア活動を通じて、精神的にスゴク充実している自分を発見します。やはり、「こんな自分でも、少しでも人の役に立っている・・・」という実感が生きる証となっているのか・・・(涙)。普段ビジネスに追いかけられている自分だけに、ボランティアをする事によって自然と精神のバランスを取ろうとしているのか・・・これが誰でも出来るボランティアだと、ここまで充実感を持てなかったでしょう・・・そういう事は他の人に任せておけばイイのです。まァ、トランクルームで「日本最安値」、音楽リハスタで「大阪最安値」の低料金を提供している事が半分ボランティアみたいなものですが・・・(笑)。あとは、自分しか出来ないという事で、何らかの方法でウインド仲間とウインドサーフィンを教えるというボランティアか・・・(笑)。そして、ドラマーとしてロックバンドで老人ホームに慰問に行くとか・・・20年後の老人ホームで、ディープ・パープルとかアース、ウインド&ファイヤーやったら流行るでェ・・・もう完全な偏見か・・・(笑)。 にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.11
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これまでの60年の人生、結構中途半端でムダな?事ばかりしてきましたが、しかしそのムダも、60歳の今となって考えると、役に立っているのか?と思う今日この頃です・・・(笑)。社会人になってから3回転職、宅建&不動産コンサル&FPなど9つも資格だけ持っているが商売に活かせず、空手を35年ぶりに再開するも流派は3つ目、ウインドサーフィンは39年間もダラダラと、なんちゃって?ドラムを40年ぶりに再開、テキトーなオーディオ歴も50年、だんじり大太鼓は今でも毎年ダラダラ55年も、文法を無視したブロークンでテキトーな英語でも何故か現地で通じる・・・(笑)。私が子供だった昭和30年代は日本は戦後の復興期真っ只中の高度成長期で、どこの家庭の親も働くのに忙しく、また子供も多かったので放任のところも多かったように思います。せいぜいPTAがあるくらいで、今のような育成会とかはありませんでした。子供は外で同級生だけでなく年上や年下らと勝手に遊んでいました・・・今ならチョッと問題になるような悪い事でも、当時はみんな普通にヤッテいましたねェ・・・そういう大らかな時代でした。例えば、だんじり祭なんかは小学生の頃から朝から晩までだんじりに貼りついて、スキを見てだんじりに乗り込み、太鼓や鉦を手当たり次第叩いていました・・・(笑)。たまに綱を引っ張る事もありましたが、これがまたPTAからクレームが出そうな事を当時堂々とやっていました。青年団のニイチャンらと一緒に春歌を歌うのです。高校生くらいなると、チョッと酒を回し飲みしたり・・・たぶん、何処の村祭りもそういう雰囲気でした。今なら警察が出てきそうです・・・(笑)。今から思えば、顔から火が出ますねェ・・・自分の頃もそうだったし、そんな事を知っていた親父は、私が祭りに参加するのを「行くな・・・」と反対しました。しかし、その反対も自分も若い頃に行っていただけに、弱かったですねェ・・・(笑)。まァ、そんな太鼓好きが高じて、青年団の最後まで「鳴物(お囃子)」をヤッテいました。この鳴物というのは、大太鼓と小太鼓と鉦と横笛のセッションです。呼吸がピッタリ合わないと、いい演奏がデキなのです。この鳴物の経験で、楽器演奏で最も大事な「ノリ」を体得出来たように思います・・・小学生から早くも「ノリ」を覚えたというのは、その後バンド活動にプラスになったのは言う間でもありません。その後、中学1年で洋楽に目覚めました。特にブラスロックのシカゴに心酔し、高校でトランペットをする事になりました。当時どうしてもトランペットをしたかった為、仕方なくクラシック音楽中心のオーケストラ部に入ったのでした。部活でクラシック、家でロックをガンガン聴いていましたので、当時親父は「とうとう、トオルも気が狂ったか・・・?」と本当に思ったそうです・・・(笑)。しかし、小学校低学年からの民族音楽(だんじり和太鼓)や、高校時代のクラシックからロックまで幅広く聴いていたという中途半端で一見無駄のような音楽遍歴が、その後ジャズからラテン、フュージョン、R&B、ソウル・・・と広がっていったベースになったのかと思うのです。それが、色んなジャンルのミュージシャンが来られるリハスタ経営にプラスになっているのかと思うのです。そしてトランペットにしても結局、花形の旋律を吹くファースト・トランぺッターになれず、いつもハモリ専門のサード・トランぺッターに甘んじていましたし、大学時代バンドでドラムをやっていましたが、我流で1年半で挫折してしまいました・・・(涙)。自分なりに一生懸命しましたが、結果的に中途半端に終わってしまったのです。一流プレーヤーになれなかった事が、逆に音楽を趣味として楽しむ事と他の分野(経営サイド)に目を向けさせたのかもしれません。大学受験も失敗しました・・・(涙)。現役時代は工学部建築学科を目指していましたが、結局浪人して私立文系に進学しました。最初から私立文系受験のみを考えれば、無駄な数学や物理や化学を勉強する必要もなかったのですが、中途半端にイロイロ勉強して2年も回り道をしてしまいました・・・(笑)。お蔭さまで、孤独に強くなりました・・・(笑)。2年もの浪人時代は「孤独との戦い」でした・・・(涙)。勉強しなければならないのに、全くヤル気が出ない・・・この繰り返しで、悶々とした日々が続きました。同級生らが青春を謳歌しているのに、なんで俺がこんな状況に・・・心理的に、この時期が最も苦しかったかもしれません。しかし後で考えれば、2年も浪人が許されるなんて、経済的に恵まれていたからです。家が貧乏であれば、高校すら進学出来ないのです。親父に2年も迷惑を掛けた事を心から反省し、大学入学直後からサラリーマン2年間を通じて毎朝5時から家業の織物業を手伝ったのでした。そういう意味で「経営者は孤独」・・・というベースも浪人時代に養ったのか。大学に入ってから空手を始めましたが、これも自分なりに一生懸命練習しましたが、自分の限界を早い段階で知ることになりました・・・(涙)。おまけに父親の入院で、学業を中断して空手部も辞めざるを得なくなり、その後落ち着いてから流派を変えて地元で空手を再開したのです。それも3,4年で辞めて、数年前に30年ぶりに今の沖縄空手を始めたのでした。過去40年で3つも流派が変わったのです。空手は流派を変えると会社人生と同じで「一から白帯スタート」ですから、無駄と言えば無駄だったかもしれません・・・ただ3つそれぞれにイイ所があり、「違う3つの事を学べた・・・」とトータルで空手人生を考えれば、納得です。また大学時代、空手とオーバーラップしてウインドサーフィンも始めました。どちらかと言うと、ウインドサーフィンに比重がいつの間にか移ってしまい、地元泉南樽井ビーチで始めたのが、大学にも学連加盟のクラブを自ら創ってしまいました。これも、一生懸命頑張りましたが、「上には上がいる」という事を身に沁みました。就職試験もヤマハ発動機やミズノといったウインドサーフィンに当時これから新規参入しようという企業を受けましたが、すべて撃沈・・・「ウインドサーフィンをいつ発売しますか?」とか「米ウインドサーファー社のユニバーサルジョイントの特許をどう思われますか?」と他の受験生がビックリするような内部的にマズイ質問をした事が面接官の気に障ったのか・・・(笑)。まァ、全日本選手権で入賞するくらいでないと合格できなかったのですが。最高の戦績で全日本96位ですから・・・こりゃダメだと。死ぬほど頑張っても目が出なかったら、めげますねェ・・・(涙)。第一志望叶わず、第五志望くらいの建築建材メーカーに就職しましたが、そこで本業の営業の傍らウインドのパーツに参入しようとしましたが、これも特許の壁に阻まれ断念せざるを得なくなりました。右肩上がりのニュービジネスの業界の裏側を見れた事が、その後のビジネスマンとしての経験に非常に役立ちました・・・「美味しい・・・」と見れば、この全く新しいマーケットに原材料メーカー(合繊、カーボン、アルミ、樹脂)、有名スポーツメーカー、アウトドアメーカー、海外メーカー、輸入専門商社、総合商社、小売り、有名一流選手、強豪大学クラブ、個人の熱狂的な愛好者らがこぞって新規参入・・・それに群がる膨大な中小の海千山千の業者・・・正に驚き以外、何ものでもありませんでした。その4年後に家業に戻ってから、地元二色浜人工島にウインドの「艇庫」に参入しようと画策しましたが、これも途中で大手リゾート会社が参入するという事で断念。正に、四面楚歌だったのです。結局、断念して織物業に専念することになりました。その後まもなく、ウインドサーフィンブームが去ってしまい、軒並みこれまでの業者が撤退、倒産、廃業というエライ事になりました・・・業界がひっくり返るというのは、正にこの事を言うのでしょうねェ・・・「やらなくてよかった」・・・と、ホッと胸を撫で下ろしました・・・(笑)。途中で断念できたのも、本業の片手間でやっていたからです。背水の陣で100%それに注力していたら、引くに引けない状況に陥って失敗していたでしょう。ちょうど、空手の「猫足立ち」みたいなもので、軸足に80~90%体重を掛け、蹴り足で探るみたいな感じで・・・やはり、母体(本業)を守りながら、新規で攻めるなら10~20%に留めておけというスタイルがイイのか・・・?また、逆に一流大学に行けなかった事で、一流(大)企業に行けなかったのが幸いしました。自虐的ですが・・・(笑)。日本の学歴社会が、私にとって功を奏したのです・・・(笑)。頭で勝負できなければ、行動力で勝負と開き直ったのです・・・人材不足の二流企業で、色んな事(営業、企画)を経験させてもらった事が、その後家業の織物業でプラスに働きました。4年のサラリーマン生活で「飛び込みセールス」を中心とした営業を経験をした事が、その後家業に戻ってバブル崩壊後の「得意先を代える(100%賃織りからの脱却)」という難局を乗り切る事が出来たのです。いや、二流企業のサラリーマン経験が無ければ、織物業20年を乗り切れなかったでしょう。織物機械(織機)の更新では、工場を改造でよかったのを新築までした事で、トランクルームへの用途変更(転業)を可能にしました。織物工場を改造するだけでしたら、トランクルームに転業できなかったでしょう。何がプラスに働くか、その時点で分るはずもありません・・・いずれにしても、この工場新築だけが中途半端ではありませんでした。これだけは、思い切ってヤッテよかったのです。もし一流大に行って一流企業に就職しても、出世競争に巻き込まれ、長いサラリーマン生活の中で会社都合であちこち国内外をポンポンと転勤で飛ばされます。サラリーマンだから仕方がないでは済まされないと思います。家庭を犠牲にしてまで会社に尽くすという意味が外国人には理解できませんが、普通に考えれば日本のサラリーマン事情は異常だと思います・・・相当優秀な人だけ役員になって60歳以降も年収は下がりませんが、殆ど場合は55歳の役職定年で年収が減り始め60歳定年で更に年収がた減りです。そして、1年契約の継続雇用などで65歳まで働けても、65歳で年収ゼロというのが一般的なサラリーマン人生のシナリオです。まァ60歳まで本体に居れたらまだラッキーな方で、多くの場合は50歳までにどこかに消えてしまいます(出向、転籍、リストラ解雇)・・・というか、人材豊富な大手企業はホンネを言えば基本的に50歳以上の高給な社員は要らないのです。奇跡的に社長になれても、社長在任中に何らかの手を打つかオーナーでない限り殆ど70歳でサラリーマン人生終了です。自営業者やオーナー経営者が「70歳でも現役バリバリ」というのと大違いです。男の人生として、この「60歳から70歳まで」の過ごし方(仕事&プライベート)が最大の課題かもしれません・・・また、織物工場の防振と防音が20代前半に一時期凝った「オーディオ小僧」時代の経験が役立ちました。AKAIのオープンデッキ、ビクターのカセットデッキ、ケンウッドのスピーカー、テクニクスのチューナーとプリメインアンプ、サンスイのレコードプレーヤー、TDKのカセットテープ(AD,SD、SA)・・・凝ったと言っても、せいぜいトータル50万円程度で、マニアなら100万円くらいは当たり前でした。しかし、よく日本橋をウロウロしました。毎晩23時から始まる「クロスオーバーイレブン」をオープンデッキでエアチェックし(週替わりでFMレコパルと週間FMを買い)、それをセレクトしてカセットにダビングするのです。雑音低減システム(ドルビー:ビクターはANRS)を掛けるのは家用、掛けないのは車用と、同じ曲でも2つもカセットを作った凝りようです・・・(笑)。当時360CCの軽トラックにもカセットデッキを積んで、ガンガンロックを聴いていたのは私くらいのものでしょう・・・(笑)。今よりひと回りも車体が小さかったのでスピーカーをドアマウントではなく、天井と下のヒーター吹き出し口付近に無理やり取り付けました・・・(笑)。まァレコードは高価だったので、こうすれば沢山の曲を安く聴けるという発想だったのです。何より、コスパ・・・です。本当に凝ったのは、たったの3,4年ですが、その後30年間音楽CD、パソコンによるCD-Rコピーとずっと音楽を聴き続けてきました。これも、中途半端に凝ってヨカッタのです。レコードの針でも高価なもので10万円もしましたから、本当に凝っていればタイヘンな事になってしまいます。当時親父はクラウンでモノラルの8トラ(カセットの前世代)で演歌を聴いていましたが、ちょうどパイオニアが日本初のカーオーディオ(ステレオカセット)を発売し始めた頃でした。本格的なオーディオマニアでも、狭い自宅でボリュームを10分の1以下で聴いているのが現状でした。どちらも全くパフォーマンスを活かせていない事に、非常に勿体いなさとアンバランスさを強く感じたものです。この時の経験で何事も「コスパ」というのを更に意識したのでした・・・まァ単なるオーディオの経験で、防音&防振、コスパ意識、音楽性の拡大といった事を体得し、それが織物業の24時間操業、経営感覚、スタジオ経営の礎となったと言えるかもしれません。余談ですが、日本橋の裏通りも知っていた為、織機の細かい電子部品調達で随分と得をしました。何も知らなければメーカーにコンプリートで注文しなければなりませんが、知っていれば100分の1以下の値段で修理できます(買えます)。違法でも何でもありませんが、知っているか否かの差だけです。たぶん、こんな事が出来たのも日本で私ひとりだけだと思います・・・という事は、8ビットコンピューターが搭載された1987年以降のエアージェット織機を扱った工員さんで、1970年代に大阪の日本橋や東京の秋葉原をウロウロしていたのは、日本で私ひとりだったのです・・・(笑)。ニッチ過ぎますねェ・・・(笑)。まァ、同じモノだけど、業界が変わればその価値が100分の1になる。という事は、100倍にもなる。大事なのは、モノを見る視点を柔軟に変えるという事でしょうねェ・・・ある時は斜めから、同じ斜めでも東西南北イロンナ角度からモノが見えます。すると、考えてモノゴトを分析したくなります・・・「ナルホド、こういう事やったんか?」と。いつも同じ方向ばかりから見ると、モノの考え方が固まってしまい人生の選択肢が狭まります。また、去年から40年ぶりにドラムを再開しましたが、これも当時自宅納屋で我流でドコドコ一生懸命練習していましたが、1年半で挫折してしまったのです。「俺は何をヤッテもアカンなァ・・・」と自信喪失していたのですが、頭の中に「いずれ遊びで再開でもしたいなァ・・・」とボヤッと考えていたのが、スタジオ経営に結びついたのです。これが、本腰を入れてそこそこのミュージシャンになっていれば、損益分岐点を考えずに高価な楽器機材に拘ってしまい、リハスタ経営は難しかったでしょう・・・適当なドラマーで終わりましたから、楽器の経験も知識も余りありませんでしたので、当たり前ですが経営をポイントに置いたのが逆にヨカッタのでしょう・・・(笑)。大阪のウインドサーフィンショップで、プロやセミプロに近い技術を持ったウインドサーファーが経営していたショップは殆ど潰れてしまいましたが、未だに30年以上経営している某ショップ経営者はウインドサーフィンの素人です。この辺が、商売の難しいところです・・・また、ヒップホップダンスも少しカジッていました・・・(笑)。元々我々の世代はサタデーナイトフィーバー世代で、若い頃はミナミのディスコに時々通っていたものです・・・その「影響」で20年くらい前に、前ジャスコ貝塚店のスポーツクラブ「スペース」でヒップホップのスタジオプログラムを2年受けました。自分のセンスの無さに気落ちしながらも、楽しかったので週1回必ず受けていたのです。その後、コナミスポーツ、ジョイフィットとジムに通いましたが、ボディコンバットを中心にヒップホップも受講した事が、リハスタ経営で「広くしてダンスもOKにしよう」という発想が浮かんだのだろうと思います。ダンスに関わった事が無かったら、こういう発想も出来なかったでしょう・・・中学体育授業でダンスが必須化された事が、これからの追い風になるでしょう。という事で、60年の人生を振り返ると、この工場新築が人生最大のターニングポイントだったと思います。残念ながら人に自慢するほど「何かに一流だった」という立派な人生を歩んできませんでしたが、凡人が試行錯誤をしながらイロイロ中途半端な経験を積んできても(実績は残せませんでしたが)、それなりにオモロイ人生だったと人に言えるかもしれません・・・一流選手だった人が年取ってから結構身体があちこちガタガタというのは、1つのスポーツだけを突き詰めてヤルと、バランスを欠いた状態で同じ筋肉ばかりを酷使するので、それが身体にとって良くないのだろうと思うのです・・・一般人なら、適当に複数のスポーツをバランスよくイロイロやる事が身体に良く、それが応用力に繋がっていくのかと思うのです。点と点が、30年経ってやっと線になった・・・とスティーブジョブスが同じような意味の事を言いましたが、超一流を目指す人間は別にして、一般人が社会生活をする上で、それなりにイロイロ経験を積み重ねる事が大事だと思います。ただ、「点」と言っても3日坊主では全く意味は無く(むしろ逆効果で自信喪失に繋がる)、少なくとも自分の限界点が見えてくるまで1年くらい努力をする必要があるでしょうねェ・・・これからも全く新しい事は出来ませんが、自分の過去の経験を紐解いて「新しい組合せ」ならデキるかもしれません・・・よくビルボードライブへ往年のミュージシャン(外タレ)を見に行きますが、彼らは60代70代ですが、未だに現役バリバリです。何故か?若い頃に培った「基本」がしっかりしているので、年とってもブレナイ(今でも上手)のだと思うのです。もちろん、20代の頃のようにはいきませんが、マーケットに充分受け入れられる実力は未だ充分備わっているのだと思います。それと同じように、未だに空手やウインドやドラムを「それなりに」ヤレたり、英語を多少喋れてるというのは、若い頃に応用を効かすまでには至りませんでしたが(一流になれず)、基本をまだシッカリやっていたからだと思いますし、もうかれこれ30年続けている早朝の「15分ストレッチ」が今頃ジワジワ効いているのかかな?・・・にほんブログ村 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2017.07.09
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数年前から急に増えてきたトランクルームの「短期利用」があります。それは、大学卒業してから就職までの2,3か月のスポット利用です。だいたい大学の卒業式は3月ですが、入社式は基本的に4月1日です。卒業して翌日直ぐに入社出来ればイイのですが、どうしても最低2,3週間の「タイムラグ」があるのです。このタイムラグが大卒者にとって厄介なのです・・・実家が東京にあって、大学も東京、就職も東京であれば、大卒者の荷物を実家に置いとければ、何の問題もありません。ところが実際の就職事情は複雑なケースが多いです。例えば実家が新潟県にあり、大学が秋田県、就職先が東京だが勤務先が大阪支店といったパターンです。これに退去する学生寮やら研修センターやら会社の独身寮やらが絡んでくると、複雑さに輪を掛けます・・・まァ、これまで大阪に何の所縁もない大卒者は大阪勤務になると不安ですよねェ・・・そこで、弊社トランクルームの登場です。基本的に利用希望者の現地案内(見学)をしますが、時間が無ければ書類だけで契約を済ませ、荷物の搬入の立会いも代行させて頂きます。希望されれば、荷物の納まり状況も写真で撮って、無料でラインかメールで送ります。ここまで一度も来社されなくても、安心して荷物の保管が出来るのです。正に、至れり尽くせりです。しかも、安心の屋内保管で日本一安い。言う事なし・・・自画自賛(笑)。その他の「タイムラグ」に、転勤による引越しがあります。例えば大阪から東京への転勤の場合、月末で大阪の賃貸マンションを退去して、翌日の月初に新しい住まいに引越し・・・なんて、ナカナカ上手くいかないものです。2,3週間から1ヶ月の間、どうしても宙に浮く期間(タイムラグ)があるのが普通です。それで、困り果てて弊社に連絡があるケースの多い事、多い事・・・そりゃ、そうでしょうねェ。世の中、自分の都合のイイように回る筈もありませんから。ある意味、こういう短期のトランクルーム利用は、タイムラグが生まれる事によるニッチマーケットと言えるでしょう。大手企業が見向きもしない、こういったニッチマーケットを拾う事こそ、我々零細企業のビジネスなのです。という事で、2,3か月の短期利用は長期利用より手間も掛かるので普通業者は嫌がりますが、弊社は喜んでお受けします。織物時代の多品種小ロットの生産体制に馴染んできましたので、そんな事屁でもありません・・・(笑)。もっともっと複雑で難しい事を熟してきましたので、トランクルームの事は何をヤッテも楽勝だったのです・・・しかし数年前から急にこういった3,4月の短期利用が増えてきたというのは、ジワジワこういったトランクルームの使い方が浸透してきたという事でしょう。もっと以前からこういった需要があったのでしょうけど、広まるには時間が掛りますねェ・・・やはりネット時代と言えども、まだまだ口コミの方が強いんでしょうねェ・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.06
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1年4ヶ月のリハスタ経営を通じて、「10年ぶりにギターを再開しました」とか、「20年ぶりにドラムを再開しました」なんていう、弊社リハスタをキッカケにリ・スタートされた方が非常に多いです・・・音楽が好きで、バンド活動をずっと続けてこられた方は少ないです。残念ながら多くの音楽愛好家は、卒業や結婚をキッカケに中断してしまうのです。続けたくても、メンバーがバラバラになり、新しい職場や大学で新しいバンド組めなくてズルズルと時間が経過して、そのうちに忘れてしまう・・・というケースが多いのでしょう。しかし、弊社スタジオに見えられたお客さんの多くは「近くにリハスタが出来たから行こう!」てな、軽いノリです。私なんか、リハスタ経営を機に「40年ぶりにドラムでもやろか・・・」と更に軽いノリです・・・(笑)。そして、ついでにドラムレッスンでもやろか・・・と。ドラム講師を呼んで、自分自身もチャッカリその生徒になっているのです・・・(笑)。そして1人でリハスタ経営をトランクルームと不動産仲介業の合間にしてますので、利用規約に書いてある事をキチンと守って頂くようにお願いしています。そのかわり、22畳でオールタイム1時間1500円(高校生1000円)と大阪で最も安い(平米賃料)ですが・・・(笑)。例えば利用終了5分前に退室して頂いていますが、それまでに「原状回復」をお願いしています。次の人も気持ちよく利用してもらう為です。「原状回復」がなっていない場合、例えばドラムのペダルが外れていたり、ミキサーの電源がつけっぱなしになっていたり、ギターアンプのスイッチがオンになっていたり・・・こういう場合は、躊躇なくお客さんに注意させて頂きます。ひどい場合は直接電話で、そうでもない場合はラインかショートメール・・・ケースバイケースで。殆どの場合、「スミマセン、次回から気をつけます・・・」という返事でオワリです。幸いにもうちのお客さんは全員よくデキています・・・(涙)。まァ、そうやって、繰り返し繰り返し「コミュニケーション」を取って行く事によって、利用者の「質」が上がっていくのです・・・一番驚いたのは、あるプロのバンドさんです。一般アマチュアバンドは2時間の練習で、30分くらい個人のチューニングに時間を掛けて、全体練習をスタートするのがその後です。しかしそのプロのバンドは、スタジオ入り15分後に全体練習を始め、利用規約通り終了時間5分前ピッタリに退出されます。驚いた事に、「原状回復」という言葉通り、機材や楽器も5センチも変わらないように元の位置に戻しています。さすが、これがプロミュージシャンだなと感心しました。「音楽家」としてのマナーがちゃんとしているのです。織物時代も私は現場の「織機大工」もしていたのですが、長年何人もの織機大工を見てきましたが、本当に腕のイイ工員さんというのは道具を大事にします。その人の道具箱を見れば、一目瞭然です。ミュージシャンも全く同じだなァ・・・「プロ」として何か通じるモノがあると感じます。どちらも道具(スパナ等の工具、楽器&機材)を大事にするという意味で。毎日お客さんがスタジオを使った後を清掃して、つくづく思いますねェ・・・弊社スタジオは主にアマチュアミュージシャンを対象としていますので、そこまでお客さんに求めませんが、「スタジオ0724の常連さんは、さすがキチンとしているなァ・・・」と世間から言われるようになって欲しいですねェ・・・という事で、高校や大学の軽音部OBバンドや、いくつかの何十年ぶりかのシニアバンド復活のお手伝いをしてきて、収益以上のモノを感じる事が出来て、ホント自分は幸せだと思います・・・(涙)。一番嬉しかった事が、元プロミュージシャンが10数年ぶりに弊社スタジオをキッカケに音楽を再開した事です。それが、弊社スタジオのドラムレッスン講師だったのです・・・このドラム講師のお蔭で、私を含め生徒が6人も集まりました。ドラム講師を含め、ドラムを通じて7人の幸福者を生み出した・・・なんて、思うのは私だけでしょうか・・・スポーツも若い頃は楽しいですが、加齢とともに出来なくなるし面白味も半減します。ところが、音楽だけは一生オモシロさが続きます。身体の五感を使って感じる「音楽」は、人を幸せにする・・・と言うのは、正しくこういう事だったのです。私の信条は No music, No life! だったのです・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2017.07.02
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