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泡末夢幻江戸令和 8 寺男の憂鬱 8 遠山金四郎は 隠居後は剃髪し帰雲と号し、市井に身を潜め、悠々自適の生活を送ったが、安政2年61歳で死去、巣鴨の徳栄山令和寺に眠っていた。 令和の泡の助はその遠山金四郎が眠る令和寺の寺男である。 泡の助の家は先祖代々江戸時代から徳栄山令和寺の寺男を勤めている。 寺男とは、寺内の掃除から、草取り、見守り、参拝者の案内など、 坊主がやらない雑用をなんでもさせられる。 泡の助の爺さんの爺さんは江戸時代の寺男であった。 聞き伝えられた話では、江戸時代の寺男は、葬儀がれば、持ち込まれた死体の始末を行うこともあり、墓掘り人としても、重宝されたという。 令和寺の裏手には別院として無縁仏を葬る無縁寺、通称浅右衛門寺があり、 幕府の首切り役人の山田浅右衛門から、試し切りで切り刻まれた屍体が莚に包まれ非人によって運ばれてきたという。その無縁墓に屍体を埋葬する仕事も、無縁墓の保全も寺男の仕事だった。 山田浅右衛門は罪人の首を刎ねるだけではなく、 江戸幕府の御様御用(おためしごよう)という刀剣の試し斬り役を務めていて、 罪人や行き倒れの身元不明の死体を試し斬りにしする仕事をしていた。 切り刻まれた死体から、肝や脳をぬき、漢方薬として売りさばいていたという噂もある。 そのおかげか、首切り役人兼試し斬り役の山田家は莫大な財産を蓄えていた。 だが、肉体を切り刻むことへの罪悪感から逃れることはできず、 首を刎ねた死人の因果応報を恐れ、無念の幽鬼に怯えて暮らしていたという。 免罪符のためだろうか、無縁仏の供養の為には銭を惜しまなかった。 その山田浅右衛門が首を刎ねた者の供養のために、 建立したのが令和寺の裏手に作った別院の無縁寺、浅右衛門寺であった。 泡の助の先祖は切り刻まれて肉片になった その屍体を浅右衛門寺の穴の中に 葬り土を被せるのだった。 山田家からはその度に一両という高額な報酬を貰えたが、 自分が隠亡になったような憂鬱な気分になり、憂さ晴らしに内藤新宿の遊女屋で散財したという。 北町奉行であった遠山金四郎が死罪の裁定を下し、山田浅右衛門が罪人の首を刎ねた死体も令和寺の裏手の浅右衛門寺に葬むることが多かった。 山田浅右衛門は遠山金四郎の刀剣鑑定もしていた縁で、 遠山金四郎の眠る徳栄山令和寺とは縁が深かったのだ。 そんな話を、爺さんの泡太郎からよく聞かされたものだ。 今日も人が死に一通りの葬儀が終わり、 泡の助は、虚脱状態で遠山金四郎の墓前の石に腰掛けていた。 ~人はいずれ必ず誰でも死ぬのだ、それは当たり前のことだが、~ 泡の助は死ということが解らずに不安におそわれた。不安になると酒が欲しくなった。 令和寺の和尚は寄進の酒は独り占めする酒好きのくせに、寺男には断酒を課していた。 泡の助は酒を飲みたくなると密かに通い徳利を抱えて 遠山金四郎の墓前で独り酒をした。この頃は、酒が回ると、 「よし、江戸のご隠居のところへ行って、およねの尻でも撫ぜて、 鰹節と酒をご馳走になるとするか、」 泡の助は辺りを見回し、人気のないのを確かめ、 遠山金四郎の墓の敷石をずらして柩(ひつぎ)が眠る墓の中へ素早く姿を消した。 つづく 朽木一空
2023年07月31日
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泡沫夢幻 江戸令和 7 子供を産まなきゃ女子(おなご)じゃない 7「ところで、ご隠居、江戸じゃ、童たちの学びはほっぽらかしなんじゃございますか、、」「いやいや、6、7歳になればみんな寺子屋へ通うようになるんだよ、 朝八時から午後二時ごろまで、歳で区別することなく、近所の童子が一緒になって 読み書き算盤を学習するんだ。ここでも童同士助け合って学習してるんだな、 上の子は下の子の学習の面倒も見てやるんだ、 だから、寺子屋の子供たちはみんな家族のように仲がいいんだよ。 ま、そのおかげで、江戸の識字率は世界でも折り紙付きなんじゃぞ、」「それはお見それいたしました。益々江戸の子供がうらやましくなっきましたよ、 子供を産まない令和の女子に、爪のあかを煎じて飲ましてやりたいぐらいですよ。なんてたって『子供を産むのは地獄に子どもを産み落とすようなものだ』なんて、無慈悲なことをのたまうのでございますから江戸の女子とは月と鼈ですな」「いや、そうとも言えんな、江戸の女子は子供を産まなきゃ、子無しだ、無価値だと、蔑ろ(ないがしろ)にされるんだ、」「へえ、子供ができなきゃ女じゃないってことですかい?そいつも惨い話でございますね。」「泡の助どん、江戸の童子にはもっと残酷なことが隠されてんだよ、 江戸の武家ではな、男子でなければ家督を継げないのだよ、 つまり男子が産まれなければお家断絶、取り潰しになってしまうのだよ。 女では家は継げぬから、そういう家は養子を迎えるのだ。 だからね、武家に嫁いで三年経って身籠っても男子が産まれなければ 三下り半(離縁状)を持たされて離縁されることも普通のことなのだよ。 それは武家に限らず、大店でも、大百姓でも同じことなのだ。 男子が産まれなければ、例え、離縁されなくとも、主人の妾腹に 文句は言えないのじゃよ。 まあ、女子(おなご)は男子を産むための道具の役目でもあったのじゃ。 兎に角江戸という町は男尊女卑だからのう、」「へえ、江戸の女子(おなご)もてえへんですね、 令和の国じゃ、女が家を継ぐってことは当たり前ですぜ。 親が死んだら、男も女も平等に財産を分けてもらえる、 何でもかんでも男女平等、区別も差別もいかんという風潮でございます。」「そんなに、女が強くなっているのか、くわばらくわばら、、 江戸じゃねえ、奉行所も無論城の中の役人にも女などいないわ、 相撲だって女は見ることもできぬのじゃ、」 「町中じゃ、元気な女も見かけますがね、、」 「裏長屋に住む町人の世界じゃ、女も男に負けちゃいないこともあるな、 棒手振りや店売りで銭を稼ぐのに男も女もないし、髪結いや煮売り屋、 料理屋、芸者なんかじゃ男顔負けの女子(おなご)もおるがの、」 「なあるほど、女子も身分の下の方が自由なんでございますね、 貧乏がいいのか、自由がいいのか、ちょいと、難しい話でござんすね、」「泡の助どん、江戸じゃねえ、いい女子とは、主人や舅姑に慎みを以て仕え、男の言うことをなんでも聞き、男子を産める女のことで、悪い女は、子どもを産めない、悪い病気になる、おしゃべりが過ぎるなどの女のことだと云われておるのじゃよ、 泡の助どんのいる令和の国は女子にとっては天国のような国じゃのう、」「ご隠居、恵まれてるとお思いでしょう、それでも、令和の国の女子は益々強くなって、なんでも男と同じにしろなどと滅相もないことを言い出すのですよ、」「男と女は凸凹があってもともと違うのにか?」「そうでございますよ、勝手我儘も困りものだが、せめて、子作りくらいは江戸を見習って励んでもらわないとねえ、」「ところで、泡の助どんは子供をお持ちかな?」「いいえ、お恥ずかしい限りですが、あっしは泡のような人間でございますから、 女子と縁がなくて、嫁を貰う甲斐性もなく、女不器用でございまして、 おまけに、がきなどうるさくて面倒で、 子供に縛られるような生き方は性に合わないので、独り身でございますよ、」「なあんだ、泡の助どん、それじゃあ令和の国の女子とおんなじじゃないか、、」 暮れ六つの鐘の音が聞こえた。令和の国の泡の助は遠山金四郎が眠る巣鴨にある徳栄山令和寺の寺男である。 「時の鐘を突くのもあっしの仕事でござんしてね、 また和尚の小言を言われねえうちに帰りますね、、ではまたご隠居」 ばつが悪くなったのか泡の助は 屋敷の裏庭の「令和の神」が祀られている古い祠から逃げるように姿を消した。 つづく 朽木一空
2023年07月29日
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泡沫夢幻 江戸令和 6 女子(おなご)よ、童子を産んでくれ、6 「ところで、泡の助どん、江戸の町には子供がいっぱいていいなんていうがね、 江戸の女子がみんな嫁いで子供を産むからと云って必ずしも幸せとは限らんぞ。 なにしろ、武家でも商家でも農家でも縁組はみな親が決めるのが普通なのじゃ。 結婚は個人のことじゃあなく、家と家の結びつきで決まるんじゃよ。 まあ、武家ともなれば、ほとんどが政略結婚なのじゃ。 だから、江戸の女子は恋なんぞという厄介な病に罹からなくても済むんじゃよ。」 「へええ、恋は病気でございますか? なあるほどね、そういえば令和の国じゃ男女が惚れた腫れたでくっついても、 三組に一組が夫婦別れしてるんんでございますよ、 そこへ行くと江戸の所帯は病でくっちちゃあいねえから長持ちするんでございますね、」「良いのか悪いのかよくはわからねえが、とにかく結婚する相手は親が決めるんだから、勝手に離縁することもままならねえ、 本人の意思など度外視で、好きも嫌いもない、泣き泣き嫁に行く女子も多いのだよ。 祝言の席で初めて相方の顔を拝むということだって珍しくもないのじゃよ、 それで、嫁入りした女子はせっせと子作りに励まねばならぬ宿命なのだよ、」 「へえ、好きな相手と結ばれることはねえんですかい?」 「裏長屋の町人ならないこともないがね、だいたいは親が決めるのだよ、」 「合コンなんかで男を選んでる令和の女子にも聞かせてやりたい話でございますね、」 「だからね、泡の助どんの令和の国の女子が嫁にいかない、子も産まない なんてことが江戸の者にとっちゃ仰天なのじゃよ、 江戸じゃあね、親の決めた結婚に従い、女子は亭主に仕え、子供を産み育て 幸せになるものだがね、」 「そうでございますよねご隠居、自分だって赤子で産まれて育てられ、 両親と幸せになったというのにね、 どうして令和の国の女は、身勝手で、ずるくて、無責任で 自己愛が強くなっちまったんですかね。 子供産まない我儘病の流行り病に効くいい薬はないんでしょうかね、 で、江戸じゃ、子供を産まなきゃ虐めれますかね?」 「まあ、そうだね、子無しなどと言われて姑にいびられるのは間違いないね 女子は子供をたくさん産めば褒められるのが江戸の国だよ。 江戸の女子は少なくとも三、四人の子供を産むのだが、 中には八人九人産むなんて女丈夫もいるんだ。 七郎、八郎、九助なんて名がついてるのはみな兄弟が多い家の子だ、 留吉、末吉なんて名は、子沢山で、これで子作りはお終いだっていう意味の名前だよ、」 「でも、子沢山じゃ育てるのに手間がかかって大変でしょうに、 銭はかかるし、保育園なんてものもないんでござんしょ、」 「なあに、童(わらべ)は、『7歳までは神のうち』なんて言われて大切に育てらえているよ、 爺さん婆さんもいるし、親戚もいる、長屋じゃ大家を先頭に周りの者が親みたいなもんで、 世話をやいてくれるし、みんなで見守りながら面倒を見てくれるんじゃよ、 何しろ子供は天から授かった宝物なのだ、みんなで可愛がって育ててるよ、 親父だって、げんこつで殴るようなことはしやしない、 湯屋へ連れて行ったり、遊んだりして、子育てを楽しんでるよ、 それにな、子供が多いから、子供たち同士で勝手に遊ぶのだ、 年上の子はちゃんと小さい子をおんぶしたりして、面倒をみるんだよ、それが、長屋じゃ普通のことだ。」「うらやましいですな、童子だけで遊ぶなんてことは令和の国じゃめったにありませんや、 もっとも、江戸の町じゃ自動車なんてものが威張って道路を占拠することはないんでしょうから道で遊んでても危なくないんでしょうね。 令和の国じゃ、親がちゃんと見張っていて、やっていいことと悪いことを教えてるんでございますよ、」「そうなのか、子供たちは窮屈そうじゃのう、江戸の親たちはな、 子供を泣き止ませるためのその場限りの嘘は「裏表」、 言うことを聞かせようと怖い話で脅すのは「臆病」、 子供の機嫌に合わせて道理を曲げることは「傲慢」、 親たちはこのことを肝に銘じて、子供とちゃんと向き合って子供を育てておるぞ。」「お江戸の子供は伸び伸び育っていくんでございますね、」「まっ、それは町の子供の話で、百姓の子は 小さいころから家事や畑仕事の手伝いをさせられるし、 武家に産まれた武士の子は子育ての指南書があって、躾は厳しいのじゃよ。 「子育ては「樹を植え、育てる」がごとし」 元来、小児は善悪共伝染り易く、育て方に因って如何様にも相成るべし。 先ず四、五歳から添木を致すが如く、浸(みだ)りに繁らさず、 勝手自由成る悪しき枝葉の蔓延(はびこ)らざる様、不行跡・我が儘を致させず、 『それは然う(そう)せざる物、是は斯う致すべき事』と一々申し聞かすべし。」 どうじゃ、武士の子は堅苦しいじゃろ、江戸は町民、それも貧しいものほど自由に暮らしておるのじゃよ。 身分が高かろうが、子供にとっちゃ武士などに産まれるものではないわ、、 そうだったのか、泡の助唖然となる。 つづく 朽木一空
2023年07月27日
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泡沫夢幻 江戸令和 5 令和の国じゃ子供がいなくなるって 5 「旦那様またあの男が来ましたよ、今日は門の方から入ってきましたよ、 江戸の町でも漫遊してきたのですかね、すぐ、お酒の用意いたしますね、」 おみねも少しうれしそうに泡の助の来客をご隠居に伝えるようになってきていた。 というのも、来るたびに泡の助は江戸では見たことも食べたこともない 土産を持ってきてくれるのだった。今日はプリンというなんとも柔らかくて甘くて 感じたことのない食感のぷりんぷりんした口触りの菓子だった。 「まるで、おみねさんのように、甘くてに柔らかくてぷりんぷりんしてて、、、、」 泡の助のお世辞も少しは役に立っていたか、 「泡の助どん、よく参いられたな、丁度下りものの酒があるのじゃ、」 「ご隠居、それを馳走になりたくて参りました。いやあ、うまい酒ですね、」 「そうじゃろう、やはり灘の酒が一番じゃな、鰹節もあるぞ、」 「ところで、ご隠居、一時ばかり江戸の町を漫ろ歩きしてまいりやしたが、 町中は童子の声で賑やかでようございますな、 江戸に多いもの、伊勢屋稲荷に犬の糞なんて言いますが、童子のはじける声も加えた方がようござんすね、」「江戸ではな、町人は狭い所へ押し込められておるからそう感じるのだろうよ、」 「それでも、町は活気があって人がうようよしてますな、、」 「江戸の人口が多いのは、農村の百姓暮らしに比べて江戸の暮らしがよく見えるからじゃ、 不作になれば、潰れ百姓は鍬を捨てて、江戸に行けば何とかなると、江戸に流れてくるんだよ ~お江戸じゃね、朝夕と風呂に入り、うまいものをたらふく食い、 暖衣飽食の暮らしだできるんだ、~ 江戸に流れてきて,すばしっこくて才覚のある者が一旗揚げて金持ちになったとか、富くじにあったような男が一人二人いれば、我も我もとその気になって、 結局江戸にはその日稼ぎの者が溢れるが、裏長屋で暮らせればまだいい方で、 無宿で乞食になり非人に落ちる者もいるのじゃ。 幕府じゃ、溢れる無宿人にたいして、人返し令まで出して百姓を里に帰らせようとしてるんだ。米を作る人間がいなくなっちゃ困るのは幕府だからなあ、、」 「令和の国とはえらい違いでございますね、令和の国じゃ子供がいなくなるってんで、てえへんでございますよ。なにしろ、女子(おなご)は面倒だからと恋もしない、独り身の方が気楽だと 嫁にも行かない、結婚しても子供は銭がかかるし、束縛されて自由に生きられないから、赤子は産まないてえ具合でさ、 お役所が、子供を産んだら褒美を差し上げますと言っても子供は産まない。 近いうちに人間が半分になっちまうかもしれないってんですから、令和の国は行く末真っ暗でございますよ、、 そこへいくと、江戸の町じゃ、童の声があちこちから弾けて賑やかでようござんすね、令和の国じゃ子供らの賑やかな声なんぞめったに聞くことなんかありませんや、 江戸の町は子供らの声で活気が溢れてて、元気をもらいますよ、」「そうか、浮の助どんの住む令和の国じゃ、人間がどんどん減ってるのか、 でもな、江戸の人口は100万人じゃ、令和の国では1300万人もおるんじゃろ、ぎゅうぎゅ詰めで、暮らしてるそうじゃねえか、江戸に比べりゃあ、人が減ったほうが住みやすくねえのかい?」 「そりゃ、たしかに、江戸の町と比べりゃあ、ビルなんていうとんでもなく高い建物の中の兎小屋のような部屋に人は詰まって暮らしてますがね、」 「それでも、江戸の長屋に比べりゃあそ、ましなんじゃないのかい? ちゃんとプライバシーとかいうものは守られてるんだろう?」 「そうですけどね、マンションとかいうビルに住む人は、~隣は何をする人ぞ~なんて言いましてね、 プライバシーはあるんだが、隣の人とも挨拶も碌にしねえ、付き合いなんぞはありゃあしませんからね、 老人が死んで三月もほったらかしなんてこともざらにあるんんでございますよ、人情なんてものはどこかに忘れてきちまったんですよ、」 「江戸の裏長屋の親切なのかおせっかいなのか人情なのかよくわからねえ、 濃い付き合いと、どっちがいいんだろうかね?」 はて? 迷路に迷い込んだような顔の泡の助であった。 つづく 朽木一空
2023年07月25日
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泡沫夢幻 江戸令和 4 江戸夢遊泡の助 4 「あら、酒臭い、またあの男が寝ころんでいるわ、」 お手伝いのおみねは泡の助を箒で突(つつ)いてから、 「旦那様、また令和の国からだなんてへんてこりんな男がやってきましたよ、」 お手伝いのおみねは、迷惑そうな顔をしてご隠居の銀三郎に伝えた。 「旦那様、あの方の正体はよくわかりませんわ、 富くじ詐欺になどあわぬようお気をつけてくださいませね、」 「わかっておる、おみね、酒の用意をしてくれぬかの、、」 そんな会話が聞こえたのかどうか、 「ご隠居、祠に供え物の酒がありましたので、参りました。」 屋敷の裏庭に忘れらえたかのように笹に埋もれるようにして「令和の神」が祀られている古い祠がある。がさがさと、その祠だけに風が通ったように笹藪が揺れて、ひょっこり現れてくるのが令和の泡の助であった。 ご隠居が祠に酒を供えると、それが符丁だとでもいうように現れる妙ちきりんな男だった。 ご隠居とは遠山の金四郎の巣鴨にある隠れ屋敷の家守をしている 金四郎の叔父にあたる直参旗本の血筋で、今は隠居の身の遠山の銀三郎であった。 「金四郎は若い頃に酒と女と博打に明け暮れ、入れ墨までした 放蕩者だったのよ、それを拙者が叩き直して奉行職にまで就かせたのだ。」 と、誇らしげに語るのが常であった。 遠山銀三郎は北町奉行所の与力を勤めていたので、 退役した隠居後も、江戸の町を守っているという忸怩たる思いを持ち続けていた。 曲がったことには黙っていられぬ武骨な偏屈者で、今でも、北町奉行のご意見番として、奉行の遠山金四郎にも、奉行所の与力や同心にも誰彼構わず苦言を呈した。 「おいっ、このすっとこどっこいの丸太んぼうめが、まだ咎人をお縄にできねえだと、べらぼうめ、味噌汁で顔洗って出直してこいってんだ! あたぼうよ、筋の通らぬことはお天道さまとこの銀三郎が許さねえよ!」 銀三郎は口を開けばが江戸弁が舞って出た。頑固な隠居の爺さんだったが、銀三郎も六十を過ぎ耄碌(もうろく)してきて、 この頃では、北町奉行所でも老人の戯言として柳に風と受け流されていた。 巣鴨の遠山屋敷の雑用全般も用人の三之助に任せっきりになっていた。 屋敷に訪ねてくる者も少なくなり、普段は、用人の三之助と将棋を指したり、お手伝いのお峰の尻を触ってふざけあったり、暇をもて遊んでいる遠山の銀三郎だったので、令和の泡の助が来る退屈しないい話し相手になり、嬉しくてもてなすのであった。 「泡の助どん、今日はどんな面白い話を聞かせてくれるのじゃ、 わしはな、すっかり令和の国の話を聞くのが面白うて、ならぬのじゃ、、」 おみねに酒を運ばせて、帯に差しておいた鰹節を取り出してひとかじりし、 泡の助にも一本手渡しした。 「ところで、ご隠居、遠山金四郎様に会うことはできますかね?」 「何しろ北町奉行職は激務なのじゃ、それに、今は天保の改革などで超多忙なのだ。 この屋敷は遠山家の別宅、隠れ屋敷なのだ、非番で疲れた時には 忍びでお休みになる場所なのだ。 いつ来てもよいように、わしが留守番をしておるのじゃ、、気長に待っていよう、 それまではちょくちょく遊びに来て令和の国の話をたんと聞かせてくれ。」 泡の助は遠山金四郎の墓石をずらして潜り込み、江戸を夢遊しながら、 いつの日か遠山金四郎に会える日を楽しみにしていた。 つづく 朽木一空
2023年07月23日
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泡沫夢幻 江戸令和 3 鰹節を齧る武士 3 令和の泡の助、裏長屋の暮らしを垣間見ての不便さに我が目を疑っていた。 冷蔵庫もない、レンジもない、掃除機もないテレビもラジオもない もちろん電話もパソコンもない、そりゃそうだ、まずは電気がないのだ。 おまけに水道がないから蛇口もないので、お湯どころか水もでない、 共同の井戸まで桶で水を汲みにいかねばならなかった。 電気がないからご飯は薪を燃やしてかまどで炊く、 灯りは魚油を燃やす行灯だから薄っ暗くて部屋が魚臭かった。 火を起こすのも一苦労だ、マッチもライターもない 火打石で火を起こすのだから、かなり面倒だ。 便所も長屋に一か所ある共同の厠で、床が板敷きで真ん中に穴があいてるだけ。戸は下半分のみだ 助平な男もいて、隣の厠で耳を澄ませていたり、覗いたりする者もいるらしい。 それを見回りするのは大家の役目だという。 ああ、これじゃ女子は安心して用を足せないなあ、、 「ご隠居、令和の国じゃ厠は完全個室でござんすよ、おまけに、ウオッシュレットといいましてね、用を済ませればお湯が尻を洗ってくれるのでございます。 ウオッシュレットとがなけりゃ尻がべそをかくのが令和の女子でございますよ、」 「尻も随分偉くなったものじゃな、お江戸じゃ、たまには隣の厠から ~娘さん、拭いて差し上げようかな~ 爺さんの手が若後家の尻を拭くこともあるがな、」 「そいつは痴漢で令和ならお縄になっちまいますよ、便も安心して出せない江戸は~不便~でございますね、。 ご隠居、あっしにはとても暮らしていけそうにもありませんや、電車も自動車もない、どこかけ出かけるのも大変だ、」 「なに、足があるじゃねえか駕籠もあるし馬だってあるぞ、」 令和の泡の助はそれこそ泡を食らったような顔をしていた。 「ご隠居、あっしは江戸に憧れておりましたのは本当で、 お江戸に対して優越感を持ってるつもりはありませんが、あっしの暮らせる町じゃござんせんでした。 お世話になり申した、ところで、あっしはどうすれば令和の国に帰れるんですかね。」 「さっぱりわからぬが、江戸に来た時には巣鴨の屋敷の薮の中の祠の前で泥酔して寝ころんでいたんだ、 また、酒を食らって酔いつぶれれば迎えが来るんじゃないのか、」 「旦那様お帰りなさい、泡の助様、江戸の町はどうでしたか?」 「はあ、なんとも、そろそろ令和の国へ帰ろうかと思いました、、」 「おみね、酒の支度を頼む、沢庵と鰹節も忘れずにな、」 令和の泡の助とご隠居の銀三郎は一升入りの河田屋と書かれた通い徳利を抱え 祠の前の石段に腰掛けて、酒を飲み話し込んだ。 つまみが沢庵だけなのだが、ご隠居は帯に差した鰹節をかじっていた。 「うまそうですな、それは何ですか、」 「これこそが鰹節、噛めば噛むほど味が出て力も湧いてくるのじゃ、かつを武士じゃよ、お主にも一本さしあげよう、」 「鰹節を齧るのは贅沢ですな、でも旨い旨い、、」 いつしか泡の助は銀三郎の人情溢れる江戸話と酒の所為で朦朧とした頭の中で 穢くて不便だらけで住みたくはないと感じていた江戸に昔懐かしい郷愁を覚え始めていたのだった。 ~情け心が身に染みてぇ~ 泡の助、暖かい手に体を包み込まれような気分がして、心地よい痺れの中で眠りこけてしまった。 つづく 朽木一空3
2023年07月21日
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泡沫夢幻 江戸令和 2 裏長屋回遊 2 と、まあ 江戸に迷い込んだらしい泡の助、ご隠居さんに江戸を案内してもらうことになりまして、、、 江戸の裏長屋の路地にご隠居の後から足を踏み入れた。 時代劇で見たことのある長屋の風景で懐かしさを感じるのではございますが、、 「ご隠居、陽も当たらなくじめじめとした裏長屋でございますね、 蛞蝓が住んでいそうな、ここがなめくじ長屋と呼ばれてる裏長屋ですかい、」 「泡の助どん、江戸の長屋はみんな裏店なのじゃ、陽の当たる場所は商店が軒を並べる表店じゃ、陽当たりのいい裏長屋なんざありゃあしないよ。」 「長屋はずいぶん狭い部屋でございますね、六畳一間に親子三人、 家具の置き場もありませんね、」「九尺二間の裏長屋が江戸じゃ普通だよ、 江戸の長屋暮らしじゃ、庶民は家具なんてものは持っちゃいないんだ。 長屋暮らしは、食う寝るところ住むところで、 竈(かまど)があって、蒲団と茶碗があればそれで足りちまうんだ。 余計なものを持たないってえとこが江戸っ子の暮らしの流儀なんだよ、」 「それで、親子四人が眠れるんですかね?」 「川の字になってな、寒い冬なんぞは重なり合って寝てるんだ、暖ったかいよ、」 「でも隣の家とは板一枚で仕切ってますねね、あれじゃあ、秘め事も筒抜けですね。」 「だからね、長屋の暮らしじゃ隠し事もねえんだよ、」 泡の助が物珍し気に植木屋の伍助の長屋を覗いてみるってえと、 女房のおまたと子供が四角い台に飯と汁、沢庵二切れのせて飯を食っていた。 「伍助どん、屋敷の槇の木がだいぶ伸びたのでな、剪定を頼みに来たのじゃ。」 「へいっ、今の仕事が片付いたら早速お伺いします、」 伍助は膳の前に座ったまま銀三郎の仕事を受けた。 「江戸じゃあね、銘銘膳といって、一人ひとりの膳に載せて飯を食うのだよ」 「ずいぶん質素でございますね、おかずは沢庵二切れですか、」 「贅沢を言っちゃ笑われますよ、拝み搗きのぴかぴかの白米が食えるのは 将軍のお膝元のお江戸だからだよ、白い飯は江戸っ子の誇りよ、」 「へえそんなもんですかね、令和の国じゃね、 うどんやそばはもちろん、パンやスパゲッテイ、ラーメン、ピザ、 おかずなんてものは数えきれないほどの種類がありますがね、、」 「令和の国のことは知らぬが、徳川開府以来江戸の人間は米を食って 健康に暮らしておるのじゃ、米には栄養が詰まっておるのじゃ、 余計なものは食わぬから江戸にはデブなどという贅沢人もおらんのだよ。」 そんなものかと泡を食らった泡の助であった。 つづく 朽木一空
2023年07月19日
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泡沫夢幻 江戸令和 1 泡の助江戸に現る 1 巣鴨にある徳栄山令和寺の寺男、泡の助の泡沫夢幻の物語である。 したたかに飲んだ、もうへべれけで 遠山金四郎の墓石に倒れ掛かるようにして座りこんだ。 ぐらぐらぐら、、なんだ、なんだ!酔ったせいじゃねえぞ、! 泥酔していたた泡の助でも地面が割れるような揺れを感じた。地震だった。 ばりっ、どすん! 墓石が割れ、泡の助は暗い墓の穴の中に突き落とされてしまった。 令和寺の庫裡は禁酒なので、泡の助は酒を飲むときには一升瓶を抱えて 持ち場である徳栄山令和寺にある遠山金四郎の墓前へ座りこみ、 「金四郎様ぁ、、お会いしてえょぅ、」と、愚痴りながら独り酒を飲むのが癖だった。 「どこのどなたじゃ、!こんなところに寝込んで、狸か狐か、」 庭掃除していたお手伝いのおみねは普段人気のない薮の中の祠の前で海馬(とど)のように寝そべった男を箒で突(つつ)いた。 「痛てええ、」 酔いつぶれて泥のように眠りこけていたのは令和の寺男泡の助であった。 おみねは泡の助発見の報を走って隠居の銀三郎に伝えた。 奇天烈な出来事に気を惹かれる隠居の銀三郎はその男の埃をはらい、 座敷にあげ、世話するようにおみねに申し付けた。 「へいっ、あっしは泡の助という者でございまして、ちょいと飲みすぎたようで、 何がどうなったのかさっぱりわかりません、はたして、ここはどこでござんしょうか、」 「ここは巣鴨の遠山金四郎様の武家屋敷じゃ、」 「へえ、ここがあの遠山金四郎様のお屋敷でございますか。 あっしは、巣鴨の徳栄山令和寺からやってきたのでございます。 そう、遠山金四郎様の眠る墓のある寺でございます。その寺の寺男をしておりまして、」 「馬鹿を申すでない、遠山金四郎は今でも北町奉行のお役に付いて務めを果たしておるぞ、」 泡の助はまだ酒酔いから覚めていないのか、呪術にでもかかったようであった。 「ご隠居さん、わたくしは、令和寺の和尚から、遠山金四郎様の人情裁きと名奉行ぶりを毎日のように聞かされておりまして、いつかは江戸へ潜り込んで遠山様に会いたいと夢みたいなことを願っていたのでございます。」「よくわからぬが、まあよい、それで、おぬしはいったいどこから来たのじゃ、誰なのじゃ、」「へえ、あっしは令和の国の者で泡の助と申しますがすが、、」「寝ぼけておるのか、頭でも打ったのか、令和の国など聞いたこともないぞ、」「へえ、あっしもどうなってるのかわからねえで困っておりますんで、 ひょっとしてここはお江戸でございましょうか?」 「そうだ、江戸じゃ、おかしなお人じゃ、 まあよい、江戸が初めてならついでじゃ丁度、植木屋の伍助の長屋に行くところだ、江戸の町を案内(あない)いたそう。おみね出かけるぞ、支度を頼む」 泡の助まだ夢遊病者さながらであった。 つづく 朽木一空
2023年07月17日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 8 大家は江戸の親 曼殊沙華 死んじまったよ ばあさんが 長屋寄り添い 秋の葬列 熱出せば 大家の出番 葦簀(よしず)たて 頭に豆腐 股にこんにゃく居候 恩義のつもり 水汲みへ 役に立ちたい 雀が嗤う 長屋の冠婚葬祭は大家が仕切ります。 大家の仕事は店賃の回収だけじゃありません、長屋の店子のことに目を配って差配し、 店子の冠婚葬祭も大家が仕切るのです。 なんてたって、大家は店子にとっては江戸の親でございます。 笑左衛門
2023年07月15日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 7 なにもない裏長屋 裏長屋 障子の穴から 見る景色 何にもねえが 温(ぬく)い匂いが 裏長屋 銭もなければ 箪笥もねえ 持たぬことだよ 軽々するよ 長屋でさ 産まれ育って 死んだとさ 揺れて泣いてた 貧乏草が 貧しいからったって不幸せなんてことはありませんよ、 荷物を一杯しょい込んだ、お武家さんのような苦労はしなくていいのですから、 貧は気楽なのでございます。笑左衛門
2023年07月13日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 6 義理と人情の裏長屋路地裏は 親戚だらけ 裏長屋 味噌を貸したり 種火借りたり半端者 住ませてくれた 裏長屋 義義と人情 忘れやしねえおすそ分け 箸と茶碗で お邪魔する 馳走分けあう 人情長屋 親切とおせっかいと、隣の声も筒抜けの裏長屋じゃ、 隠しごともできやしない。 あけっぴろげで遠慮もいらない、濃すぎてなじまないお方もいたそうですが、 笑左衛門
2023年07月11日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 5 井戸浚い米を研ぎ 褌洗い 水を汲む 多芸井戸端 仲らいどころ 七月七日 長屋総出の 井戸浚い 拾いものないか 目が皿になり明け六つにゃ 井戸の順番 せわしなく 上がり下りで 暇なし釣瓶 長屋の井戸では米を研ぎ、野菜を洗い、洗い物をし、 顔を洗い、水を飲み、水を汲む、貴重なところだ。 長屋のかみさんたちが日に何度も顔を合わせる場所だ。 噂話に井戸端会議、にぎやかでございますよ、、 笑左衛門
2023年07月09日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 4 貧しき裏長屋清吉の 蜆売れなきゃ 長屋では 情けの味する 蜆汁食う店賃は またお預けと 棒手振り 雨が上がれば 何とかするさ へっついの 毀れ米粒 指で撫ぜ 腹虫し泣くなと 胸を張る武士 子供が朝早くから蜆売りをして家を助けるのだが 売れない日には長屋みんなで買ってあげるのさ。 店賃は毎日払う約束だが、雨が降れば仕事にあぶれて 銭が入らぬこともある。笑左衛門
2023年07月07日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 3 長屋の厠厠では 遠慮しがちな 若後家も 我慢ならない 時もあるけり 鼻たれが 厠に並んで 雪の朝 おとうの番だと 長屋に叫ぶ銭もなく 腹をすかした 浪人の 屁も悲しげに 臭う春なり 裏店には共同で使う厠(便所)は一か所である。 しかも、戸は下半分だけで誰がしてるかわかってしまうのだった。 女子は人気のない時を狙うのだが、、 糞尿は農家が買い取ってくれる重要な大家の収入であったから、 長屋の店子は義理堅く長屋の厠を使うようにしているのだ。 臭いのを唸る者も、長糞もみな財産ってえわけだ、、 笑左衛門
2023年07月05日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 2 長屋の井戸端 裏長屋 出戻り女 井戸端へ 花が咲いたか なめくじ長屋井戸端の 後家のうなじを のぞき見し 淋し息子と あきらめの夏 揚々と 三下り半を 握りしめ 長屋出ていく 後ろ姿か 裏長屋には嫁さんにありつけない独り者が多いのでございますから、 出戻りでも後家さんでもいるだけで、長屋は明るくなるのでございます。 それなのに、三下り半(離縁状)をもって、清々して長屋を後にするかみさんもいたんです。 笑左衛門
2023年07月03日
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 1 雨降り長屋 雨がふりゃ、 やることもなき 江戸暮らし 朝酒もよし まぐあうもよし 雨降って 銭の入らぬ 侘しさよ 巾着握れど 軽さに泣いて 雨降れば 仕事あぶれる 裏長屋 子供追い出し 夫婦なにする 棒手振りも大工も左官も屋台も見世物も 雨がふりゃ、江戸の町は道もぐちゃぐちゃでお手上げなのでございます。 テレビもない狭い長屋の部屋でなにしてりゃあいいんでしょうかね。 ついつい、、あれ、ご無体なぁ、、、 笑左衛門
2023年07月01日
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