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江戸貧乏小噺 4 居留守で候~ 銭勘定 苦手なはずよ 銭が無し~ 本所吉田町の千兵衛長屋、そうよ、あのすかんぴん(素寒貧)長屋は ご多分に漏れず九尺二間の狭い部屋でございましたが、 尾羽打ち枯らした貧左衛門と名乗るご浪人が流れ住んでいたのでございます。 貧左衛門の名の通り、月代も伸び放題、つぎはぎの衣類、貧乏が着物を着ているような暮らしでございました。 店賃は無論、米屋、酒屋、味噌屋、塩屋にも付けがたまり放題でございました。 武士は食わねど高楊枝などと、やせ我慢をしていらっしゃいますが、 暮らし向きのご苦労は裏長屋では丸見えで、腰の竹光の二本差しがぴーぴー泣いて煩いほどでございました。 町人も武士も何処も同じ秋の夕暮れの様なのでございます。 さて、その貧左衛門のところへ、米屋の手代の与吉が掛け取りにまいりました。 「今晩は、米屋の与吉でございます。だいぶ溜まっております、 お勘定を頂きに上がりました。」 すると、貧左衛門の女房のおふるが 「今夜は主人は留守で手許不如意でございますので、またこの次にして下さいませ。」 米屋の与吉は破れ障子の穴から部屋を覗いた 「貧左衛門様、そこにいらっしゃるじゃござんせんか、この穴から丸見えでございますよ、」 すると、貧左衛門女房のおふるに反古紙(ほご紙)を持ってこさせ、唾で障子の穴を塞いだ。 「どうだ、これでも見えるか?」「いいえ、もう見えません、」「それじゃ、留守なのだ、、」江戸小噺より、笑左衛門脚色、
2023.10.31
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江戸貧乏小噺 3 泥棒義賊 ~泥棒に 同情される 律義者~ たまげたね、本所吉田町の千兵衛長屋、そうよ、あのすかんぴん(素寒貧)長屋に泥棒がへえったとさ、 貧乏の足が速くて稼げど追いつかねえよ、と、いつもぼやいている、 荷揚げ人足の熊さん夫婦の長屋だそうだ。 だが、泥棒があちこち探しまわったが、貧乏を絵にかいたような部屋で、 箪笥にもつづらにも着物はなくて空っぽ、 米びつにも米がなく、味噌桶にも味噌がない。なにもない、、 さすがの泥棒も気の毒になってしまった。 「おれは、お前たちの家に泥棒に入ったのだが、 盗むものは何もない、泥棒の俺より貧乏なので、少し金を恵んでやろう、」 といって、一分金(四文の一両)を熊吉の前に置いた。 熊さん夫婦は棚から牡丹餅、瓢箪から駒 泥棒義賊に大喜び、 畳に額をすりつけて 「泥棒様ありがとうございます、」 と礼をいった。 泥棒はいい気になって、一服つけてから立ち上がり ~悪いことをしながらよいことをするのも気持ちのいいもんだ~ と 悠々と歩いて帰っていったのだ。 だが、ものの一二町もいくと、後ろから、熊吉が ~おーい、泥棒、泥棒、まちやがれ!~ と、大声で呼びながら追いかけてきたのだ。 泥棒は折角いい気持になっていたのに、 ~あの野郎、恩を仇で返す気だな! そばへ来たら、この匕首で真っ二つにぶった斬ってくれようぞ、!~ と待ち構えていた。 そこへ、ハアハアいいながら熊吉がやってきて ~泥棒様、はい、お煙草入れをお忘れでございます~ 江戸小噺より、笑左衛門脚色
2023.10.29
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江戸貧乏小噺 2 ~なにもない 貧乏長屋へ 盗み入り~ 本所吉田町の千兵衛長屋、俗にすかんぴん長屋ともおちょくられている 貧乏長屋でございますが、なに、江戸の庶民が住む裏長屋は どこも似たり寄ったりの貧乏長屋だったのでございます。 なにしろ、江戸は”火事と喧嘩が江戸の華”なんて言われてるくらいに、 火事が多く、一度火が付けばたちまち類焼する。 江戸の町火消は「いろは48組」ですが、 火事があれば、真っ先に火事場へ駆けつけますが、 消火するのではなく、隣家を叩き壊して類焼を防ぐ破壊消防でございましたから、 とび職が火消しに向いていたのでございます。 め組の辰五郎さんも、鳶職の頭でございました。 ですから、長屋はもともと壊れやすく作ってあるのでございます。 また、火事で逃げるのに荷物があっちゃ邪魔ですから、 長屋の店人は、蒲団、鍋釜、茶碗に箸だけあればいいと、 できるだけ物を持たないのが江戸の長屋暮らしの秘訣でございました。 なのにでございます、本所吉田町の千兵衛長屋、そうよ、あのすかんぴん(素寒貧)長屋のこともあろうに貧五郎の家に泥棒が入ったというから驚きでございます。 だが、泥棒が貧乏長屋の隅から隅まで探したって、 目ぼしいものも目ぼしくないものも何にもあるはずもない。 貧五郎は打ち藁を詰め込んだ紙の蒲団にくるまって狸寝入りをして泥棒の動きを見ていると、 泥棒さん、探しあぐねてため息をついて、~ええいっ!いまいましい、こんなに何にもない家はみたこたあねえぞ、~ と、ぶつぶつ文句を言い出した。 それを薄目で診ていた貧五郎が、ぷっと、吹き出すと、 その泥棒、腹を立てて、 ~ちくしょうめ、笑い事じゃねえぞ~ 江戸小噺より、笑左衛門脚色
2023.10.27
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江戸貧乏小噺 1 ~あたしゃあねえ、貧乏ってことにかけちゃ、そんじょそこらの人様にもひけはとらねえよ~ 本所吉田町の千兵衛長屋に住むおよき婆さんの口癖だ。 なに、このあたりの9尺2間の裏長屋に住む人は 何処も同じ秋の夕暮れみでえな貧しい暮らし向きだった。 でもね、くよくよしてねえ、明日のことをくよくよ心配したって、 明日は下の風が吹く、明日のこと案じたってどうにもなるもんじゃないよ、、 本所吉田町に千兵衛長屋という、庇が傾げたいかにも貧し気な長屋があり、 店子もまた貧乏が着物着てるような暮らしの者ばかりで、町の者からはすかんぴん(素寒貧)長屋と呼ばれていた。そのすかんぴん長屋に住む、青物売りの棒手振りをしてる弥助、双子の乳飲み子置いてかみさんに逃げられちまった。 「あかごは可愛いが、ああもうどうにもなりゃあしねえ、泥棒さんよ、いっそのこと、おいらの命盗んでくれねえか」なんて、嘆いていたが、でいじょうぶだよ、 どうにもならぬのが、どうにでもなるのが江戸の長屋暮らしってえもんだ。素寒貧長屋の裏手にある貧窮寺の無銭和尚が法要の度に説法を説いていた。 ~行雲流水 諸行無常 万物流転 明日何が起きるかわからぬのだから、 今日を生きればそれでよい、明日のことをくよくよ考えてもしかたない。 今日の苦労は今日で足りる。 明日は明日の風がふこうぞ、 人間万事塞翁が馬、沈む瀬あれば浮かぶ瀬ありじゃ、 わっはっは、では供養料を頂こうかな、、~ 貧窮寺の無銭和尚ついでに、江戸の小噺、千手観音を一つ披露いたそう。 貧窮寺の無銭和尚はなんとか銭を集めねば寺の存続ができぬと、 代々貧窮寺に受け継がれてきた秘宝の千手観音を御開帳して、参拝人に拝ませることにした。 ご利益があると善男善女が山のように集まった。 その中に物知りの顔の男がいて、和尚にこう訪ねた。 「千手観音という仏様はお手が千本もあるのに、お足はたったの二本でございますね、これはどういうわけでございましょうか、」 無銭和尚、曰く、「良いところへお気づきなされた。おっしゃるとおりでございまして、そのおあしがたりませんので、ご開帳をいたすようになったのでございます。おあしが集まれば足も生えてくることでございましょう、」江戸小噺より、笑左衛門脚色、
2023.10.25
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江戸艶噺 もの忘れ 町内の絶倫自慢の御長老、 ~いつもお元気で、体の悪い所もなくお過ごしのようで、いくつになられましたか?~~当年とって、75歳、まだまだこれからですよ~~歯も目も腰も、あっちの方もしっかりしてるようですね~ ~ええええ、おかげさまでございまして、眼鏡も書けずに洒落本も読めますし、 樫豆なんかもぼりぼり齧れますよ、 ですが、こところ、とんと、物忘れがひどくなりましてな、夕べも婆さんの寝床へ入っていったらね~ ~あら、いますましていったばかりなのにまたするのかい?~と、笑われましたよ、 いやはや年は取りたくないものです。 羨ましいかぎりですな、、、笑左衛門江戸小咄脚色、、
2023.10.23
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裏長屋 人情歌 みそひともじ 10 井戸の水汲み たわむれに 井戸の水汲み 手伝うて かみさん笑顔 空に白雲 水汲みを 手伝いますと 独り者 横目の先に 洗い物あり 井戸端で 小便垂れて 叱られて 可愛い尻を 撫ぜてる母よ 長屋には蛇口というものがありませんので、 常に桶に水を溜めたておかなければなりません。 長屋住まいで欠かせないのが水汲みでございます。 冬の朝など、結構骨の折れる仕事なのございますよ、、 長屋の若い者水汲み手伝い、ちゃっかり洗濯頼んでる。 まっ、水心あれば魚心ありですかね、、 笑左衛門
2023.10.21
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裏長屋 人情歌 みそひともじ9 番太郎と焼き芋 番太郎 好いた女子に 声かけらて 長屋の子らに 焼き芋くばるご浪人 腹をすかして やせ我慢 誰が置いたか 芋ひとつ食べきれねえ 芋をふかして 配る人 屁の元注意 旨さにゃかてぬ 町の入り口には木戸番がございまして、木戸番小屋には 番太郎が寝泊まりしております 木戸番は手当が少ないので、副業として駄菓子・蝋燭・糊・箒・鼻紙・瓦火鉢・草履・草鞋などの小商いをしてます。 なかでも、焼き芋は木戸番の専売でございまして 長屋の者には人気があったのでございます。 へいっ、屁の用心でございます。笑左衛門
2023.10.19
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水売り ~江戸川柳~ ~鼾には(いびき)には国訛りなし 馬喰町~ 馬喰町はもともと牛馬の売り買いの町でございまして、諸国からの博労(ばくろう)たちがやってきて、木賃宿(ぐれやど)に泊っていたのでございますが、だんだん、旅籠屋がずらりと並んぶ旅館街となり、隣町の問屋街横山町(小間物問屋、紙屋、袋物、煙草、地本双紙、などの問屋が集中していた)に地方の各地から仕入れ、売り込みに来る商人たちの出入りが盛んで、旅籠屋がどんどんできて、馬喰町は江戸一番の旅館街として、活況を呈し、地方訛りが飛び交う賑やかでございました。 雨宿り ~いりもせぬ 物の値段をきく雨宿り~ ~本降りに なってでてゆく雨宿り~ にわか雨、 夕立 、 白雨 、とおり雨 、急雨 、 肘笠雨 (肘では笠にならない雨)、 なにも江戸ばかりに急に雨が降る者でもありませんが、折りたたみ傘なんて重宝なものがございませんで、急な雨が降れば雨宿りするのでございます。 仕方ないので、商家の店先であれこれ聞くが雨宿りが目的なので、買う気はさらさらない。 小僧に見抜かれてるな、あまり粘ってもしょうがねえ、さて行くか、、、 俄雨ならいいのですが、本降りになっちまったよ、 水売り ~そこが江戸 一荷の水も波で売り~ ~みずや~ みずや~~ 本所深川の埋め立て地は井戸を掘っても塩混りの水しかでてこない。目敏い商人がいて、水の商いが始まった。 呉服橋のそばの「龍ノ口」には、江戸城から流れてくる神田、玉川両水道の余り水を外濠に落としていました。この余り水を船で受けて、飲み水が得られない本所や深川あたりの住民に、天秤の両端に桶を吊るした水売りがいるのです。 原価は余り水なのでタダですが、両方に担いだ水は一荷で四文だった。裏に波形の紋様のある四文銭のことを波銭というのです。 それとは別だが、江戸では、~ひやっこい、ひやっこい~と、暑い夏には涼しげに飾った屋台をになって、白砂糖をいれた水に白玉団子が浮いた冷水を売り歩いた冷や水売りなんて商いもあったのでございます。 こちらは一杯4文(役100円)、、、 おいっ、ひゃこくねえぞ、温いぞ、そんな野暮なことは言いませんよ、、、 ~笑左衛門~
2023.10.17
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笑左衛門残日録 72 連歌師 山崎宗鑑で候「お筆、愉快な連歌師がおったのだぞ、滑稽機智を主眼とし天性の洒落気を持つ宗鑑という人物じゃ、正統派の連歌師からは宗鑑の作風と俳諧は、卑属、滑稽と哂われていたのだが、 ~かしましや 此の里過ぎよ 時鳥(ほととぎす) 都のうつけ 如何に聞くらむ~ と、逆に哄笑したというからあっぱれじゃのう、、」 「まあ、そのひねくれ具合が面白いのですか、どこの国のお方なのですか?」「讃岐国(香川県観音寺市)の興昌寺に庵”一夜庵”を結びそこで生涯を終えたと聞いておる。”一夜庵”という名はな、宗鑑が長居の客を厭い一夜以上の宿泊を断ったからといわれておるのじゃ。 一夜庵の入口には「上の客人立ち帰り、中の客人日帰り、泊まりの客人下の下」と記されていたというから、 偏屈者でもあったのじゃろうな、」「旦那様それで連歌とはいかがなものでしょうか?」「連歌とはな、和歌の上の句(五・七・五)と、下の句(七・七)を交互に作るものなのだよ、 山崎宗鑑は高名な有連歌師の師匠に、 ~切りたくもあり切りたくもなし~ という下の句に附句三句を付けてみよという題目をだされ、 ~ぬすびとを捕へて見ればわが子なり~切りたくもあり切りたくもなし ~さやかなる月をかくせる花の枝~切りたくもあり切りたくもなし ~心よき的矢の少し長いをば~切りたくもあり切りたくもなし という三句を作ってみせたというのじゃ、いや、滑稽、珍妙可笑しいいのう、、 まだあるのじゃ、”それにつけても金の欲しさよ” という下の句に附句を付けてみよといわれると、 ~手をついて歌申上る蛙哉 ~それにつけても金の欲しさよ~ ~さむくとも日になあたりそ雪仏 ~それにつけても金の欲しさよ~ ~としくれて人ものくれぬこよひかな ~それにつけても金の欲しさよ~ ~風寒し破れ障子の神無月~ それにつけても金の欲しさよ~ ~田子の浦にうちいでゝみれば白妙の ~それにつけても金の欲しさよ~ 実に機知に富んで面白い連歌じゃ、 こんな山崎宗鑑は ~宗鑑は いづこへと人の 問うならば ちと用ありて あの世へといえ~ 辞世までも、人を食ったような滑稽・洒脱なひとだったそうじゃ、、 「でなお筆、某も連歌に挑戦してみたのじゃよ、、 ~柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺それにつけても金の欲しさよ~ ~古池やかわずとびこむ みずのおとそれにつけても金の欲しさよ~ これではいかぬな、、では、 ~亭主死に 稼ぎなくなり 夜鷹する それにつけても金の欲しさよ~ ~将棋盤 王手王手で 駒不足 それにつけても金の欲しさよ~ 「ではお筆もひとつ、」 ~旦那様 身は細りとも 女子好き それにつけても金の欲しさよ~ お粗末でございました 笑左衛門
2023.10.15
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笑左衛門残日録 70 秋の夕暮れ独生 独死 独去 独来~どくしょう どくし どっこ どくらい~死んでも他人に言えねえもの抱えたまま墓に入るのだろか、兄弟も友達も連れ合いもいるが誰にも話せねえことが心の片隅に こびりついたままだ。 このまま死ぬんじゃ、井戸の底で暮らしていたみてえな寂しい人生じゃねえか、 いまさら何を言ってんでぃ、人間はみんな、独りだよ、独りだよ、 ~極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし~ 上杉謙信様の辞世の歌のようにさっぱりお諦めなさいまし、 垣根の隅っこで、コロコロコロ、興梠が啼いてますよ、 笑左衛門
2023.10.13
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笑左衛門残日録 71 武士の都都逸湯屋で仕返し 御家人だろうが ちんちん比べに 身分無し 武士の情けと 女の情け 秤にかけて 房事する 汚れふんどし 秋空泳ぎ 濡れた股間を あざ笑う 錆びつく刀 股間に苔か 侘しさだけの 素浪人 刀を捨てて 将軍様に 尻(けつ)向けて寝る 無職者 笑左衛門
2023.10.11
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笑左衛門残日録 69 隠居の都都逸にて候豚も煽てりゃ木に登るなんて言いますが、 木に登ろうとして怪我した者もおるようでございまして、 煽てられても 木にも登らず 同じ場にいる 気弱豚~蛙は口から呑まるる~なんて申しますが、 余計なことは云わない方がいい世間でございますね、、 嫌われたくない 主張もしない あやふやなまま 過ごしきて 虻蜂取らず(あぶはちとらず)とか言いますが拙者 虻(あぶ)も蜂(はち)も退治いたしませ故、 心配無用 詐欺師お手上げ 欲がなければ 騙されぬせっかちのしくじり?じゃあねえんですよ、 恥ずかしきこと多きのしくじりの悔悟の涙でございます。 後悔も生きてきた証だと笑えればいいのですがね、、 苦悶悔恨 しくじりなけりゃ 生きているとも 云えめえよ 笑左衛門の旦那、死にそびれた蝉が鳴いてますよ、、 笑左衛門
2023.10.09
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笑左衛門残日録 68 庭隅の苔 ~心しらぬ 人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ 名をも惜まじ~ 明智光秀辞世の句 歳をとると、だんだん淋しくなるのは、周りの者や知り合いが 死んでゆくからなのである。もうすぐ己の番が来るのかと不安のるつぼに嵌るのである。 親戚の者も奉行所勤めの同輩も半分以上は命を落とし、極楽浄土へ旅立ってしまった。 還暦を過ぎた拙者も体の動きが鈍くなり、疲れやすく、なかなか思い通りの隠居暮らしがままならなくなってきたのである。 年を取れば疫病神 がとりつき、体のあちこちが痛んでくる。 歳は取りたくないのに歳はとり、病気になりたくはないのに病気になる、 死にたくはないのに死ぬ、死とは残酷な運命である。 ああ、人生とは己の思い通りにはならぬものだ。 何とか、この八方ふさがりを打ち破る呪術はないかとあれこれもがくことが 生きる苦しみの始まりなんかもしれぬ。 ~なるようにはならぬのが人生じゃぞ、それを会得せよ!~ そもそも、産まれてこの方思い通りになったことの方が少ないのだ。 そんなことはわかっておるわ、のう苔よ、、 動けずにじっと待っている庭の隅の侘しい苔を眺めていた。 「旦那様お茶にいたしましょう、干し柿もおいしそうです、 鳥に突かれないうちにご馳走になりましょう、、」 お筆はいつも淡々としている。果たしてこの女、悩みなど知っておろうか、 「こうしてお筆さんと縁側に座ってお茶を飲み、 世間話をしながら死んでいくのでしょうかね、」 「ええ、そうですとも、人間死なないわけにはまいりませんし、 最期はみんな、惨めな姿をさらしてこの世と、おさらばするんでございますよ、」「おふでさん、拙者のように、腹の中にまだ汚いものを抱えて生きてきた者の行先は極楽でしょうか地獄でしょうかね、、」「まあ、ずいぶんと知劣な不安を抱いてるんでございますね、 親鸞聖人様は ~善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや~ と、申しております。 善人が往生できるのであれば、悪人はなおのこと往生できるんですと申しておりますわ。 優しい善人こそが極楽行きだと思っていましたが、 怒りを抱きながら、苦しみながら生きている人こそ真っ先に救ってあげましょうと阿弥陀様はおっしゃっているそうでございますから、 御安心なさいませ、旦那様は極楽でございますよ。」 「その極楽とかいう場所へも拙者は行きたくはないのだ。」 「まあ、子供のようなことをおっしゃって、、うふふふ、 誰だって一度は行かなきゃならないのだそうでございますよ、 大丈夫ですよ、あの世にいって帰ってきた人はおりませぬ、 きっと、いいところなんですよ、」 「爺になると、だんだん赤子に戻るなんて話も 聞いたことがあるが、拙者も若くなったものだ、 あっはっはっ、、」 庭の隅でいつもじめじめした日陰で暮らしている くすんで渋い色の”苔”に陽が差し込み、 一瞬、若葉のような萌黄色の一笑を見たような気がした。 笑左衛門
2023.10.07
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~将棋指し、座頭の飛吉7、 おまけの壱、 隠居の将棋横町の隠居と、表通りの隠居が、二人で将棋を指しています。 どうやら横町の隠居方が二回続けて負けて、この三回目も負けそうです。「待った、待った」 横町の隠居が、待ったをすると、「いや、待てぬ。これで二回も待ったをしたのだ、もうだめだ」と、表通りの隠居は、冷たく言います。「もう一度だけだ、たのむ」「いいや、だめだ」「そこを何とか、たのむ」「だめだったら、だめだ」 しまいには、「なにをー!」「なにぃー!」と、言って、将棋盤(しょうぎばん)をひっくり返す始末、「もうお前とは、一生将棋はささんぞ」 怒って、二人は別れてしまいました。 ところが二人とも、その日の夕方にもなりますと、なんとなくそわそわ。「あの時、待ったをしてやりゃあよかった」「あの時、素直に負けを認めていれば、今頃は酒をくみかわして・・・」と、しきりに、喧嘩をした事が悔やまれてなりません。 そこで横町の隠居は何とか仲直りの方法はないものかと表通りまでやってきますと、 表通りの隠居も、そわそわそわそわと、門を出たり入ったりしております。 二人は、ばったりと目が合うと、つい、「さっきのは、お前が悪いんだぞ!」 もう一方も、負けずに、「いいや、お前が悪いんだ!」「では、どっちが悪いか、将棋で決めよう」「おお、将棋で決着をつけるぞ!」と、言ってあがりこみ、さっそく将棋盤をかこんでさし始めました。 将棋好きの人は、だいたいがこんなものです。 江戸小噺より、、 笑左衛門
2023.10.05
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将棋指し、座頭の飛吉8、 おまけの弐、 ~将棋の殿様~ある殿さま、ふとしたことから将棋に懲り、家来を相手に毎日熱中する。それはいいが、自分が負けそうになると決まって、 ~お取り払い~ つまり、王手の駒を強制的に除かせたり、~お飛び越し~ 飛車が金銀を飛び越えて成ってしまったりと、やりたい放題。家来が文句を言うと、「主の命に背くか」と居直るので始末に負えない。これでは連戦連勝は当たり前で「うーん、その方たちは弱いのう。鍛えてつかわさんため、今日からは負けたる者は、この鉄扇で頭を打つからさよう心得よ」始まれば、お取り払いにお飛び越しで、殿さまは負ける気遣いはないから、家来の頭はたちまち瘤だらけ。そこへ現れたのが御意見番の三太夫という、骨のある爺さん。しばらく病気で出仕しなかったが、お飛び越しの一件を聞くと、これは怪しからんと憤慨し、さっそく殿さまの前へ。殿さま、三太夫に子供の頃から育てられているので、三太夫は大の苦手。いやな爺が来た、と渋い顔をするが、三太夫はいっこうにかまわず「将棋は畳の上の戦、軍学の修練にもなり、武士の嗜みとしては大いにけっこう。このじいも、年は取ってもまだまだお上のごときなまくらには負け申さん。 たちまち、お上のおつむりを瘤だらけにしてお目にかけるが、もしお上がお勝ち遊ばし、 それがしの白髪頭をお打ちになっても、戦場で鍛えし鋼のごとき頭、ご遠慮は無用」と、挑発した。それで殿さまも熱くなり、このくそ爺、ほえ面をかくなと、試合開始。家臣一同、あのうるさいのが瘤だらけになるところを見たいと、ワクワクして見守る中、みるみる殿さまの形勢悪くなり、案の定「これ、その歩で桂馬を取ってはならん。主命じゃ。控えよ」「これはけしからん。戦場においては、君臣の区別はござらん。桂馬は侍、歩は雑兵。それが一騎当千の侍を討ち取るときは、末頼もしき奴。帰城の折りは取り立てつかわしたく存じますに、敵の大将がとやかく申したからとて、その言葉に従えましょうや」理屈でくるから、どうにもならない。お飛び越しを命じると「飛車は軍師、その軍師が陣法に従わず、卑怯未練にも道なき所を飛び越して参るとは言語道断。首をはねて梟木に掛けますから、お引き渡しを」と、くる。とどのつまり、殿さまは実力通り雪隠詰め。剣の心得のある三太夫に鉄扇で頭を思い切り打たれて、殿さま、涙ポロポロ。「うーん、一同の者、盤を焼き捨てい。明日より将棋を指す者は、切腹申しつける」 ~二代目禽語楼(きんごろう)小さん落語演目~より講談の「大久保彦左衛門将棋の意見」を落語化したものと云われている。笑左衛門
2023.10.03
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将棋指し、座頭の飛吉6 暴れ飛車角親子対決 ~肩で風きる 王将よりも 俺は持ちたい 歩のこころ 勝った負けたと 騒いじゃいるが歩のない将棋は負け将棋 世間歩がなきゃ なりたたぬ、~ 歩、北島三郎「奉行様、飛吉は将棋検校などと煽てられ、賭け将棋に明け暮れる不届きな奴にございます。 捨駒の角蔵は、川向こうの本所深川での鬼熊の百蔵の賭場で賭け将棋をし、 銭を捲き上げております。 それだけじゃございませぬ、賭け将棋の風潮は江戸の町に広がり、 この頃じゃ、賭け将棋が町民の間でも流行り、 縁台将棋も、湯屋の二階の将棋も、両国、浅草の広小路や 神社の中では賭け将棋大会が日毎行われている始末でございます。 なんとか灸をすえねばなりませぬ。 ~賭け将棋いたし者江戸払いに処する~ とでも、触れを出しましょうか、」 同心日下部栄五郎の諫言に、遠山金四郎、目を瞑って一考したあと、 「よしっ、その捨駒の角蔵と、将棋検校飛吉を捕縛して白州に連れて参れ、」 北町奉行所の御白州には 将棋盤を真ん中に挟んで、二枚の莚が敷かれ、 右に捨駒の角蔵、左に将棋検校飛吉が座っていた。 遠山金四郎がお出ましになり、与力目付も同席し、罪人を吟味し、裁定を下す時と同じ構えであった。「さて、両名の者、ご法度の賭け将棋を繰り返し、 江戸の町の風紀を乱すことはなはだ遺憾である。 厳しい沙汰を与えるところではあるが、 その前にどちらが強いのか勝負をいたせ、 将軍御前ではお城将棋だが、奉行所では白州将棋じゃ、 角蔵と飛吉、暴れ飛車角の戦いじゃな、、」「で、お奉行、何を賭けるのでござりましょうか、、」「将棋に命を懸けている捨駒の角蔵なら命を懸けたらどうじゃ、、」「異存ござらぬ、」「では、勝負はじめ、、」 飛吉が古い木綿の巾着から将棋の駒を出し、将棋盤の上に並べた。その駒を手にして角蔵は、はっとして、飛吉の顔をまじまじと見つめた。「飛吉どの、この将棋の駒はどこで手に入れたのじゃ。」「父上からもらったものです。」 角蔵には飛吉が己が大川端に捨てた自分の子の駒吉であることが咄嗟にわかった。「何をもたもたしている、早く勝負せい!」遠山金四郎の声が白州に響いた。 先手飛吉六7歩、金吉が飛吉の一手目を呼びあげて、駒を動かした。 捨駒の角蔵歩を握った手がぶるぶると震え、両目から涙がぼろぼろと毀れ 将棋盤を濡らし始めた。「参った!某(それがし)の負けである、、」と、莚に両手をついて頭を下げた。 奉行所の白州にいた面々は何が起きたのかと凍り付いていた。 遠山金四郎、じっと、角蔵と飛吉を見つめ、「 角蔵よ、我が子を捨て、将棋名人になろうと人生を賭けたが破れ、 息子の駒吉を捨てた悔悟のつもりか、捨駒などと名乗り、賭け将棋と酒と女に溺れた暮らしをしておるようじゃな、 誰でもが将棋名人になれるのはわけではないのだ、 歩のない将棋は負け将棋 、世間歩がなきゃなりたたぬと、 将棋の歌にもあるじゃねえか、歩だっていつかは金になれる日もあるかもしれねえ、どうでい、勝った負けたばかりじゃねえ歩の人生を送らねえか、」 飛吉は捨駒の角蔵が父親であることにただ吃驚(びっくり)していた。 「捨駒の角蔵、裁定を言い渡すぞ、 その前に、江戸の町では今後、賭け将棋に関わった者は、手鎖の刑にいたす。 明日にも奉行所から触れを出す。 捨駒の角蔵も手鎖一年の刑じゃ、両手に輪っかを嵌められたんじゃ駒も持てめえ、もしも、その手で賭け将棋でもしてみろ、手首を切り落としてやるから覚悟しておけ、」 「あっしは、将棋の世界から足を洗います、お奉行様の言う通り、歩になって暮らします。 ところで、お奉行、飛吉の罰はどうなるんで、飛吉は目隠し将棋なんで、手鎖しても無駄じゃないですか、」「そうよな、実はな、飛吉には加賀藩の殿様からな、藩の将棋指南役として仕えてくれと頼まれておるのだ。俸禄300石の武士の身分で抱えるというのじゃがどうかな、 賭け将棋はもうできぬがな、どうじゃ、飛吉、いい話じゃねえか、」 飛吉は盤上の将棋の駒を巾着袋に仕舞いながら、 父である角蔵と奉行の遠山金四郎の目を見て答えた。 ~お引き受けいたします、~「そうか、これで、一件落着じゃ、ところでな、飛吉、 令和の国にはな、20歳そこそこで将棋の賞という賞をみな手に入れた天才将棋師、藤井聡太という将棋指しがいるそうだが、 飛吉、勝負してみたくはねえか、無論賭け将棋じゃねえよ、はっはっはっ、」 追伸、天保13年、御前将棋で将棋名人の天野宗歩が お好み対局で加賀藩お抱えの盲目の将棋指しに負けたという巷説があった。 おしまい 朽木一空
2023.10.01
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