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劇場で観てきました。「いい映画」です。本当に「いい映画」です。それ以外に適切な言葉が見つかりません。何か言葉にしようとすると、そこから何かが失われてしまうのではないかと思うくらい、繊細で温かい。メディアでは、高倉健さんの主演映画という切り口で語られていますけれども、キャスト全員が素晴らしいし、撮影のすべてのカットは隙がなく完璧だし、降旗監督の映画観もしっかり伝わってくる至福の作品だ。おそらく後年になって振り返っても傑作と評されるだろう、歴史に足跡を残す作品といっても過言ではないでしょう。これを越える作品はちょっと考えにくいので、日本映画では今年一番になるのではないかと思います。男の視点としては、これ以上は難しいのですが、あえて女性の皆さまに観ていただきたいのは、健さんの後姿です。全カットのなかでは、あまり多くみられないのですが、だからこそ、孤独を背負って生きる孤高の男の姿というものを瞼に焼き付けることができる数少ないチャンスです。これを知らずに男は永遠に理解できないし、女として生まれた価値を賭するに値します。なぜ男は黙っているのか。なぜ男は最後に一言だけつぶやくのか。男も女も、この一点は人生を賭けて考える価値があるでしょう。感謝!
2012年08月31日
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先日のテレビ放送を鑑賞しました。さまよう刃公開当時、劇場で見たいと思っていたのですが、仕事が忙しかったか何かの理由で間に合わなかった作品です。主役の寺尾聰さんは、年を追う毎に宇野重吉さんに似てきて、悟りを求めるといいますか、なにか眼には見えない本質的なものを追求するような姿勢が見られるように感じています。その寺尾聰さんの求道精神のようなものが、演技と作品に表れているだろうことは、劇場公開当初から期待していたのですけれども、改めてTVの画面で見てもそれが診られて、やはり銀幕で観て置きたかったと思いました。劇場公開時というのは、マスコミ報道が取り上げるので、キャストの俳優さん達や、ストーリー、監督などの印象によって、良くも悪くも色眼鏡をかけて看てしまいがちになりますけれども、暫く経過してからTVで観るというのは、その粗熱が冷めてからゆっくりと鑑賞できる、というメリットもあるものです。それでも、銀幕で観たかったという感想は、本作が本物の映画の一本だという価値を見事に主張しているのでしょう。最後のシーンは、誰が代われるものでしょうか。感謝!
2012年08月30日
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ヨコハマといえば、港町、という答えは今も昔も同じですが、同じ港でも、昔と今とでは随分と変わりました。昔の横浜といえば、関内を中心として海側の商業・行政地区と山側の伊勢佐木町の歓楽街が一大都市を作っていましたけれども、国際貨物輸送の主役が船から航空機に移り、貨物船舶の大型化によって貨物船の接岸が本牧に移動し、横浜駅から桜木町駅にかけての海側に広がっていた貨物操車場も再開発されて、今は「みなとみらい」とひらがなになりました。しかし、一極集中で繁栄していた都市機能が分散していくと、市場拡大のペースが分散量を凌駕しない限り、都市は衰退に向かいます。この点からすると、横浜は繁栄のピークを越えた町といえるかもしれません。その繁栄のピークは1989年でしょう。日本全体がバブルで踊っていた陰に隠れてしまいがちですけれども、桜木町駅前で横浜博覧会が成功裏に開催されたのがピークであり、先日の開港150周年記念イベントとの比較で明らかといえそうです。その横浜のピークだった横浜博で、ようやく一般市民に公開されたのが臨港貨物線。いわゆる汽車道です。似た名前の馬車道も近いですが違います。かつて、横浜駅から南に下った高島にあった横浜機関区を中心として、各埠頭に向かって敷かれた専用線とその先の本牧へ向かって敷かれた線路で、山下公園の上に高架橋が架かって貨物列車が走っていたのを憶えていらっしゃるでしょう。横浜博のときには、ディーゼルカーが走って私も乗車した記憶があります。先日、馬車道の先に行き汽車道を歩く機会がありました。歩いてみて改めて複線だったことに気づき、昔の写真をみて確認しました。そうだったかと。その昔、蒸気機関車が貨物列車の前に立っていた頃には、専用線の終点は埠頭になるわけですから、末端で方向転換ができずに推進運転だったのだろうかと疑問に思います。貨物列車というのは、牽引定数によって数十両の長編成になりますので、それで安全運行は確保できるのか?と。そんな疑問を抱く人も、いまや私だけでしょう。プロムナードとして親しまれている現在の汽車道では、そんな歴史を静かに証すかのように、短く繋がれた二条のレールが顔を覗かせています。感謝!
2012年08月29日
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ということで、昨日に引き続き1日ぶりの「あぶない刑事」です。もっとあぶない刑事じつは先週末、久しぶりに「もっともあぶない刑事」を見ましたが、やはり最高傑作だと意を強くするとともに、ひとつ気づいたことがありました。それは、作品全体を貫く「リズム」です。あぶない刑事には、ジャズのリズムが一貫して流れていることに気づきました。ストーリー、各役者さんの演技、コマ割、音楽、進行等、すべてについてです。もっともあぶない刑事が最高傑作だというのは、バブル景気時の派手な作りだからという理由ではなくて、作品の底辺に大人の余裕ともいえる間があって、その間を上手に保ちつつもストーリーが展開していく品の良さが上質な全体感に繋がっているのです。ですから、この作品の後で何度か復活したあぶない刑事の劇場作が往年のTVドラマを真似たカットや演技や音楽を盛り込んでも、この作品特有の雰囲気を遂に出せなかったのは、このリズム感の欠落に原因があると思います。インターネットが普及し、メディアミックスが当たり前になって、映画制作も広告宣伝サイドの意見が大きく影響するようになって久しいですが、メディアを通じて吸い上げた消費者の意見というのは、所詮素人の無責任なフィーリングであって、原作者サイドと同等の情熱からもたらされるような貴重な意見というのは、アンケートの設問からはみ出たところにあるものです。マーケティングサイドが「面白い作品」を求めるからという理由で、短いカット割や、すべるかどうか際どいようなギャグを言わせたり、すっかり手垢のついたようなお約束の演技を歌舞伎よろしくやらせたりしても、それは本質的な意味で「お客さんが求める大切なお約束」とは限らないのです。それよりも何よりも、多くの方があちらこちらで発表しているあぶない刑事特有の”大人の世界”というものを、それが似合う場所で、思いっきり派手に、大の大人が楽しんでやる。そういう映像の奥行きに、銀幕のこちら側の人間も自分自身を投影するから、映画とは面白いのではないかと思います。やはり、新作は村川透監督でお願いしたいですね。もっともあぶない刑事感謝!
2012年08月28日
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あれは確かゴールデンウィークの頃だったか、とある動画投稿サイトから「あぶない刑事」の動画が一斉に削除された出来事がありました。投稿されていた動画は、著作権法の知識の乏しい一般の方によるものと思われましたので、権利者による一斉削除があったということは、裏返せば積極的に著作権管理の必要性が高まったということであり、すわ新作映画のアナウンス間近かと期待が高まったものです。その後、梅雨が明け夏になって報道されたニュースは、期待の新作の封切ではなく、本作後の刑事ドラマの流れを変えた別の刑事物の新作ニュースでした。そういう経緯をもって眺めていたら、最近になって流れてきたものが「あぶない刑事DVDマガジン」発刊のニュース。はは~ん。そういうことでしたか!なんでも、あぶない刑事25周年を記念してのTV番組を復活収録させたDVD雑誌が隔週で発行されるとかで、全51話を収録で全25巻を定期購入すると締めて38,950円ですが、オリジナル手帳のプレゼント特典付き。ちょっと調べてみると分かりますが、既発のDVDボックスを全て集めてコレクションすると、この金額を越えてしまうので、こちらのDVDマガジンを購入して、往年のTVプログラムと同様に毎週1話ずつ毎週楽しむのがオツのような気がしてきました。本来ならば、今年は劇場版あぶない刑事が製作される当たり年ですので、このDVDマガジンが好調ならば新作製作にもOKがでるのではないかと期待が膨らみます。明日は書店へGO!ですね。感謝!
2012年08月27日
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昨日だったか、山田洋次監督が映画館から映写機とフィルムが消えていく現状に対して仰った言葉です。厳密には、現代という時代背景や映画のあり方のようなものまで網羅した上での一言ですから、前後の文脈を切り取って受け止めるのはよろしくないのですが、無用の用ということと同義と受け止めてよいのではないでしょうか。「寅さんは、正にそういう存在で、居なくてもいい人間なんだけれども、そういう人がとても大切で、いなくてはいけない」という風に、インタヴューにお答えされていました。”そういう”と表現すると多分に感覚的で、もしかすると理解が難しいという方もいらっしゃるかもしれません。別の視点からみると、割り算の余りのようなものかもしれません。あるいは、エジソンの言う「うまく行かない一万通りの方法」かもしれません。そういう先人の経験の上に、私たちが今生活できている近似値による正解が残っていて、この近似値による形式知だけが全てと理解すると、とんだ間違いを犯すことになる。常に変わらない正解なんてない、という風に考えてもよいでしょう。私は必要な無駄でありたいと思います。さて、指に唾つけて風に訊いてみるか。感謝!
2012年08月24日
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世界一のシングルモルト・ウィスキーの座をグレンモーレンジと競うグレンフィディック。緑色した三角形のボトルがおなじみですね。グレンフィディック12年先日、初めて覘いたバーで、例によって(笑)「なにか面白いものありますか?」と尋ねて出てきたのが、この緑色の瓶でした。え、とちょっと驚いてバーテンダーさんのお顔を覗くと「じつはこれ、三楽が入れたボトルなんですよ」と。嗚呼と感嘆するのはこのことかと思いました。ラベルの下には「特級ウィスキー」と書かれています。失礼ながら、まだこのボトルがあったのか、という徳川埋蔵金でも発見したような衝撃でした。グレンフィディックが一番売れているシングルモルトだというのは、昔からあまり変わらない地位ですけれども、それ以外の要素、例えばボトルの大きさ、ラベルデザインといった外形要素だけでなく、ブレンド、アルコール度数、おそらくは原材料も昔と今ではまったく違うというほど変化してしまっています。特にリーマン・ショック前くらいにやってきた世界中のモルト・ブームには、あのいつも厳つい顔をしているスコットランドの皆さまだか、本社があるイングランドの人たちだかも、どこかのねじが緩んだような商品に変化して、それがそのまま日本でも「ウィスキーの地酒」とか言われて導入され、現在に至っているのは広告宣伝でおなじみですね。グレンフィディックは、私がシングルモルトに足を突っ込んだ最初の1本ですので、とても重要な蒸溜所なのですが、そういう経緯があってEU法適用40度のボトルになってからというもの、一度も口をつけてきませんでした。さて、うやうやしく香りを嗅ぐと、グレンフィディックとはこういうウィスキーだったか!と思い出させられる、純粋な麦の香りがスペイサイドに吹く風よろしく鼻腔を通り抜け、はよ飲めと咽が急かします。いやいや一寸待て。あれ、これ、こんなだったか。と思いながら、色を眺めると、確かに今は失われてしまった輝かしいゴールド色を持っています。確かに昔はあった風情を思い出しながら、ひと口含むと麦のボディが口全体に広がり、そうだそうだそうだったとばかりの田舎の麦畑で取れた作物から造る、余計な混ぜ物や余計な演出とは無縁の、正直で真面目な麦芽の味がきらきらと流れていきました。毎週、バイト代の1千円札を握り締めて酒の量販店に走っていた学生当時は、この極上エントリーモデルがわずか2,500円余りで、風邪を引いたときには「ウィスキーを飲んで風邪を治すんだ」と嘯いて2日で1本空けていた愚かな自分も、この正直な味とともに遠い過去になりました。「人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」という言葉がありますけれども、ウィスキーについても同じことが当てはまるような気がします。その丁度良い按配のところにあると、人もウィスキーも一番良い状態なのかも知れません。感謝!
2012年08月23日
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小田急線のドラえもんラッピング電車が復活です。正式名称は、小田急Fトレイン-2というみたいですね。
2012年08月22日
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東京から一番近いSLとしてお馴染みだった秩父鉄道のC58が脱線したと、とある方から教えていただきました。鉄道会社はプレスリリースを出していますが、ネット上にアップされている写真や情報をみると、なかなか状況は大変なのではないかと拝察します。秩父のC58 363といえば、もちろんC58形蒸機のなかで唯一の動態保存機であると同時に、今春に全般検査を経て、さあこれから10年強は元気よく働いてもらおう!という矢先の出来事ですから、その衝撃は如何ばかりかと思わずにはいられません。ポイントは台枠と動輪・先従輪でしょう。とくに台枠は簡単に交換できるものではありません。少し気になって、この春の全検の記事を捲り返してみましたが、この363号機は昭和19年製のため、台枠等の鋼鉄は良いものが使われていて、復元時にも溶接補修は不要だったそうです。すると、状態如何だろうと思いますが、修正で直せるのか、または他機から転用するのか、はたまた新製するのか、ボイラーが検査を経たばかりだからこそ、なんとか修繕をしてもらいたいと思います。先の方に伺ったお話では、鉄道車両というのは保険に加入しているものなのだそうで、現代での蒸気機関車はどうなのだろうと思いますが、人智を結集して無事に復活することを願うことにします。感謝!
2012年08月21日
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JR東日本の駅ビル(LUMINE)と伊勢丹(ISETAN)のコラボレーションイベント「LUMITAN」が、新宿LUMINE2で開催されています。第一弾は明日まで。今回のLUMITANでは、クラフト(いわゆる手芸)作家の作品を集めた企画催事が開催されていて、年齢層の広い女性の顧客(だけ!)がお気に入りのクラフトワークを求めてセール会場よろしく盛り上がっています。なぜ私がそれを知っているかといえば、私の友人のデザイナーが手掛けるチャームブランドが出展していて、見に来て!とお誘いをいただいたからなのですが、行って驚いたのはその盛り上がりようの凄さです。男の視点で言うと、女性の皆さまがクラフトに夢中になる感性はなかなか理解するのが難しいのが正直なところなのですが(笑)、男に例えていうなら自動車などの模型やプラモデルに夢中になる感覚と同じなのだろうと思います。出展している方は「作家」という地位が与えられて、商人というよりは芸術家というカテゴリに近いポジションで考えられているようでした。現場をみていて興味深いと思ったのは、このイベントを企画する段階で、この商材(クラフトもの)なら女性が集まると容易にイメージできていただろうということと、その結果として従来のマーケティング手法とは異なるアプ ローチ構築の可能性があることです。 伝統的なマーケティングでは、マーケットインの第一歩 として顧客セグメントを設定しますけれども、今回のイベントでは、複数の作家が多種多様な作品を出展するので、マーケットインでの商品開発ありきでは企画を進めるのは難しいことが予想されます。もちろん、ルミネや伊勢丹のネームバリューで企画段階から絞込みをかけることは可能でしょうが、そこで絞りすぎてしまうと個性豊かな「面白い作品」を事前に切り捨てて機会を逃してしまうリスクがあります。実際に、売り場では個性豊かな作品に集まるお客様が、楽しそうに悩み迷う姿が見られましたし、作品によっては男性が欲しいと思う可能性のあるものも出品されていました。したがって、34歳までの女性(=F1)といったセグメントありきで個性の乏しい商品を開発するのではなく、「クラフト好き」という属性で、作家と顧客を結びつける市場創造をしたことが成功の要因ではないかと感じました。後追いの理論では「属性ベースのセグメント」と説明できますが、説明ありきで個性豊かな商品は生まれなくなってしまうものです。そうではなく、セグメントを越えて新しいものを創造する。この創造とは、人の気持ちのなかにあるウォンツに触れる営みを行うことであり、これをラテラルマーケティングといいます。今回のLUMITANは、コンセプトから出発して集客できたプロダクトアウトの成功例と考えていいのではないでしょうか。従来のマーケティング手法の延長では、コンセプトや属性ありきに「ブランディング」という言葉を当て嵌め、当たったとか外れたとかやっているわけですが、当たりより外れが多いのが現実の市場では、マーケティングもブランディングも自ら首を絞め続けて苦しむことに繋がっているように見えます。セグメントの割り算を止めて、あるいは水平属性で割ったとしても余りの部分を切り捨てずに大切にすることによって、人の気持ちに触れる個性が萌芽する良い実例です。※この記事は、メルマガ記事の加筆・修正版であり、ビジネスに関する情報はメルマガを優先して公開しています。いち早く最新情報をお読みになりたい方は、まぐまぐから無料でメルマガ登録できます。 感謝!
2012年08月20日
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私の事務所では、8月11日(土)~19日(日)まで夏季のお休みをいただきます。休み中のメール・FAX等の対応は、休業明け20日(月)より順次対応いたします。ご迷惑をお掛けいたしますが、何卒よろしくお願いいたします。 感謝!
2012年08月10日
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お友達のデザイナーmeeちゃんが手掛けるチャームブランド、mee & momo yokohamaが新宿駅ビルのLUMINE2POP UP STOREにオープンします。その後、ネットショップで即完売の人気と口コミが広がって、あっという間に伊勢丹・ルミネ進出となりました!おめでとう!日時は、8月15日11:00~夏休みに新宿にいらっしゃる方は、ぜひ覗いてみて下さい。思わず、欲しくなっちゃいます(笑)感謝!
2012年08月09日
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昨日はビジネスLIVE開催日でした。ご参加いただいた皆さま、どうもありがとうございました!幹事が携帯を忘れるダメダメぶり(笑)だったのですが、心優しい皆さまにフォローしていただいて、無事楽しい時間を過ごすことができました。昨日は最高のビール日和で、超スッキリ・ウルトラスムーズな「生ビール(タンク直結の本当の生だってば)」が最高に美味しくて!さらに、良い意味で職業不審の参加者の皆さま(肩書以上の価値を提供している人という意味ですよ)のお話で盛り上がって、とても充実した時間を過ごせたと思います。改めて御礼申し上げます。昨日は、そばで聞き耳を立てていると、人と人の会話に化学反応が起きていたと思いますので、ビジネスLIVEという会も良い個性が生まれてきたと、有難く嬉しく思いました。あまりにも好評だったので、来月も続けてGO!というご提案もいただいていまして、そうしようかな?と思っているところ(笑)ですので、日程の都合が合わなかった方も、当日のお仕事のご様子で結果的にご参加いただけなかった方も、またの機会に是非よろしくお願いします!どうもありがとうございました!感謝!
2012年08月08日
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「実運用に入ると走行環境の変化が激しいとき(=悪条件での石炭列車の入換等)の際には、この仕組みでは万全とはいえないのではないか?」という仮説を、複数の機関士さんにぶつけてみました。それからもうひとつ。蒸機が「生き物みたい」と言われる所以について。それは、結局古い機械ということに帰結するわけですが、その不完全さというか、手がかかるところが人間に似ているということではないでしょうか。ひとつ目の質問は弁装置に関するものですが、左右どちらかのピストンが死点にあるとき、蒸気を流しても駆動力に繋がらないため、片方のシリンダーしか仕事をしないこと。つまり蒸気機関車は最大100%と最少50%の仕事を行ったり来たりしながら動いていて、人間が片足ずつ歩くのと似ているということです。人間だって片足だけしか使えないところから、歩くことはできません。実際の運転では、初動が動きにくくて、加減弁をさらに引いたり圧縮引き出しをしたり、いろいろご苦労をされるそうです。それから、好調不調の波があることについては、天候のよって気温が違うと、蒸気を作るために必要な石炭の量が変わるため、乗務員はいつも同じ仕事をすればよいというのではなく、細かく機械の様子を看ながらアジャストして動かしているということだそうです。これまで静態保存の蒸機や、書籍を読んでも分からなかった疑問は、実際に動かしている皆さまのお話を聞いてなるほど昔のクルマとよく似ているな、と思いました。私が温めていた疑問は以下の通り。・D51やD52の給水温め器は煙突前にあるが、ボイラーを転用したC61やC62では罐台前に移設されている。その理由は?・走行に必要な蒸気の量は、どのように把握していたか?・過熱管は加減弁の先にあるので、機関士が加減弁を引いてから初めて過熱蒸気が作られる。すると、加減弁を引いてから過熱蒸気がピストンを押すまでタイムラグがあるはず。・その時間はどのくらいかかるのか?・この仕組みが秒単位の運転に支障はなかったのか?・給水温め器の蒸気は排気の再利用なのに、なぜ補機類の作動にはフレッシュな飽和蒸気を使うのか?・カットオフのときでも、クロスヘッドは主連棒上を往復しているのだから、合併テコで繋がった弁心棒で締切を維持できないのではないか?等々です。やはり実際に場数を踏んでみたいですね。感謝!
2012年08月07日
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少し前に、ワルシャート式弁装置には、機構的な限界があるのではないかと思いまして、大森の貴婦人に会いにいってきました。弁装置と走り装置の原理は理解できたのですけれども、実運用に入ると走行環境の変化が激しいとき(=悪条件での石炭列車の入換等)の際には、この仕組みでは万全とはいえないのではないか?という仮説です。メカニズムの話と操作技術にまたがる領域なのですが、21世紀の現代ではもはや自分自身で経験する機会がほとんどありませんので、蒸機の運転も整備も分かる人に質問してみたいと思っていました。それと、順序は前後しますが、ワルシャート式弁装置と走り装置の、特に前後進の切替えの原理が、本を読んだだけではどうしても理解できず、各クランク位置に対するリンクと弁の位置の辻褄合わせが必要になって、紙に起こして書くことにしました。なんだか、とても原始的な方法だと思うのですが、聞くところによると、JRの乗務員研修でも模型と手書きで理解するのだそうです。そうなると、もう私も運転できそうですね。あとは、ブレーキの理解とボイラー免許だけだな♪(笑)感謝!
2012年08月06日
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知る人ぞ知る方に、お目に掛かる機会をいただきました。元名古屋機関区機関士の川端新二氏です。「蒸気機関車EX」で往年の情熱が復活してしまってから、外形だけでなくメカニズムまでも、しゃぶり尽くすように隅から隅まで読んでおりますが、メカニズムになってくると単に情報を吸収するのではなくて、ときには原理も含めて理解することが求められますので、時おり「難しい」と頭を抱えながら時間をかけておりました。そうこうしているうちに、当の雑誌の方は大盛況の様子で毎号内容が充実してきていますけれども、盆暗な私の頭の中は時間のスピードに遅れを取って停止寸前、加減弁を引きたくとも引けず、砂をまきたくとも撒けず、ただ逆転機を前進フルギアにするばかりで、疑問・質問が5つも6つも頭の中をグルグル回っているばかりでした。そんな折りに、彼の雑誌の最新号に東京にお見えになるとの情報があり、もしかするとお会いできるかもしれないと思って出掛けると、会場で目の前にいらっしゃって夢が叶いました。雑誌に執筆されている原稿は、個性なのかテープ起こしなのか、とても難しく、国鉄機関区の厳しい労働環境の内容や、である調で書かれていることもあって、強面な印象を持っていたのですが、いざご本人にお目に掛かると大変気さくで、私のような鼻垂れ小僧にも敬意を表して下さる、大変素晴らしく優しいお人柄に惚れてしまいました。蒸機についてお聞きすると、当時の逸話も含めて十二分にお答えいただけます。私は蒸気から弁装置、走り装置まで8つもの質問を抱えて次から次へとお尋ねしたのですが「加減弁を引いてから、走り出すまでのタイムラグなんて質問したのは、君が初めてだよ!」とニコニコしながら、1時間ものあいだ1対1で答えて下さいました。やはり原稿は原稿、口伝は口伝です。文章では表記に縛られることも、話し言葉なら現場での生きた言葉が出てきます。蒸機が単独で動くことを「単機」といいますが、現場では「単コロ」と呼んでいたそうです。その他、いまや名古屋のリニア鉄道館で保存されているC62 17のことや、美しい機関車のこと、最も良い機関車のこと等々、キャブのなかでカマを焚き、加減弁を握った方でしか分からないお話を伺うことができました。氏は御年83歳とのことですが、原稿を執筆されたり、NHKのラジオに出演されたり、毎月1度の保存蒸機の清掃をされたり、バリバリの現役機関士のようにお忙しくされています。記念に、ご著書にサインをいただきました。ある機関士の回想/川端新二感謝!
2012年08月03日
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大木茂氏の写真展「汽罐車-よみがえる鉄路の記憶 1963~72」が初日を迎え、さっそく出掛けてきました。
2012年08月02日
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C61 20蒸気機関車をレストアして走らせる、JR東日本のプロジェクトを、山田洋次監督が記録したいと撮影された作品。復活 ~山田洋次・SLを撮る~本編は、NHKスペシャルで放送されて高い視聴率を記録し、今や伝説となっていますが、本作品はその本編とともに、蒸機のレストアを撮影した特典映像の方に価値があります。もちろん発売当初から知っていて早く観たかったのですが、蒸機の構造を知らないまま映像を観ても猫に小判となりますので、蒸気機関車メカニズム図鑑で理解してからと封印していました。蒸気機関車メカニズム図鑑そんな経緯で、ようやく蒸機のレストアが自分のなかに入ってきます。観ていて感じたのは、動力車のレストアである以上、クルマのレストアと大して変わらないなということです。クルマは、大きい重いといっても1t程度ですから、個人のガレージでもやろうと思えば可能な規模ですが、蒸気機関車はクレーン装備の大型工場で、しかも大人数の技術者が必要だな、といった程度の違いだろうと思います。むしろ大きな違いは、これまでのレストア実績とか経験知が自動車に比べて圧倒的に少ないので、部品の調達可能性(容易性)や分解と組立の再現性などの分野で技術が求められることでしょう。しかしながら、相手は昭和一桁の機械だったりしますので、一度バラすと再利用不可なんていうものは少なかったのではないでしょうか。もうひとつ。個人が眺めていて心配になる費用ですが、あの小さいクルマで1000~5000万円というなら、蒸気機関車をレストアして1億円というのは、ものすごく安い工賃だということです。これも、自社工場の設備を最大限に使えるからこその特権でしょう。私も1両欲しくなりました(笑)。感謝!
2012年08月01日
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