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昨年最後のブログはBBのプロトタイプでしたが、今年最後のブログは最新鋭V8のスパイダーモデルです。40年前はBBとディノだったカタログも、今やF12にFF、458とカリフォルニアの4モデルと倍に増え、来年にはエンツォに次ぐスペチアーレの発表が控えていて絶好調。史上最高のモデルは「次のものだ」という精神は脈々と息づいています。かつてピッコラと呼ばれたV8モデルも、全幅が1937mmとマイクロバス並みとなり、もはや小さいどころか立派なクルマになってしまっているので、そんな大きなクルマを走らせることができるのかと思いました。この個体は、エクステリアがパール・ホワイト、インテリアがロッソという組み合わせで、コックピットに乗り込むとまるでクラブにでも来たかのように血が騒ぐのを自覚します。はやる自分を抑えてシートを合わせると、かつてのモデルからは信じられないほど完璧にシート合わせができて、クルマが自分に合わせてくれるのが分かりました。シートが合ったからといって、578馬力もあるエンジンがミッドに搭載されているのは変わりませんが、非線形スロットルでちょっと踏みすぎたら飛んでいってしまうのではないかという杞憂も、やがてすぐに無用の長物となりました。市街地走行向きのシティモードでは、ブリッピングをくれても3500rpmでレブとなるよう設定され、閉じられたバルブと共に壮大な排気音を撒き散らすということはありません。さらにこのモードでは、ドイツ車のATのように積極的にシフトアップされ、60Km/hでの定速走行でのギアは7速です。つまりエンジンにトルクがあるので、時速100Km/hくらいまでの加速なら、何速からでも賄えるようになっていて、発進加速ならもちろん1速ですが、それに近い低速の追い越し加速でもフラットトルクのエンジン特性もあって、7速での加速でも周囲のクルマより瞬発力強く加速してしまいます。このトルク感はちょっと独特で、まるでメルセデスみたいだと思いました。一方、ステアリングの方はシビアという言葉が適当ではないかと思うくらいクイックで、パワーアシスト付のハンドルは手首どころか親指の第一関節に力を入れるだけでヨーがつきます。そういえば、ステアリング、ペダル、レバー、ボタン等々、全ての操作系は軽く、これなら女性の買い物用にも十分使える車両に仕上がっており、巨大な馬力をコントロールしなければならないレーシングカーのイメージとかけ離れていました。私は当初後者をイメージしていたため、若干ゲーム機っぽいとすら感じたことも付記しておきましょう。そういう積み重なったスポーツカーに対するステレオタイプなイメージと、実際に乗って運転した体感覚とは、自分自身の両腕を水平に広げるくらい離れており、「スーパーカー」とか「スポーツカー」とか「GTカー」といった形容は、こと市街地を走る限り微塵も感じられないBMWのようなクルマでした。けだし、もし私のようなものにドライヴィング・インプレッションなるものを許していただけるなら、メルセデスのようなエンジン感、BMWのようなステアリング感などを遥かに超えて、これはイタ車だけがもつバネ下の軽いフィーリングと、人生を賛歌するようなインテリアは、その総体としてアマルフィの海岸ドライヴのように晴れやかであり、人生が軽く幸福に包まれるのを実感します。それが証拠か、追越車線を猛追してきたアルファ156に進路を譲ったら、ミラネーゼは5時の方向にピタリと寄せてランデヴーのひとときを楽しんでいるようでした。それは、まるでサン・マルコ広場で音楽を聞きながらコーヒーを飲むように甘美で優雅だったのです。Grazie e Buon anno!
2012年12月28日
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はじめて見たのはイタリア・トリノで、2回目に見たのは東京で。もちろん、フロントエンジン・フロントドライヴの略ではない。ひとつ目のFは社名で、ふたつ目のFは4の略だというのは、昨年も書いたように記憶していて、日本人の感覚からは「へえ」という程度だろうと思われますが、別の切り口から考えると、ひとめのFはイタリア語で、ふたつ目のFは英語だというのは、このクルマの本質の一端を語っているかとも解釈できそうだ。メーカのラインナップとしてみれば、612の後継で最新4座クーペというポジションは変わらないけれども、もちろん業界的にはクーペとしてではなくハッチバックとして捉えられることが明瞭なため、それとは気づかれないように巧妙なエクステリアデザインが施されるのは、現代ではこのメーカに限ったことではなくなっている。しかしながら、元来スポーツカーを製造販売してきた経緯と、顧客やファンやジャーナリストからは、これは本当に跳ね馬のバッヂに相応しいのかという疑問が投げかけられる。もちろんメーカは先刻承知だから、四輪駆動という現時点で唯一の新機軸を投入して特徴とし、車名にもさり気なく採用して、さらにラインナップに相応しいことをダメ押しするように社名を冠に架した。実際に経験を許される間はわずか一握りだから、多くの目撃者はその印象がすべてになるけれども、そのごく一握りの人とメーカが獲得したいこれから一握りに仲間入りしたい人のためへのアピールも忘れてはいない。すなわち、インテリアはそれらしく、フレンドリーでホスピタリティすら感じる「飲みやすさ」がある。ドアノブを開けてなかを覗けばサーキットの緊迫感よりも、週末の別荘へ向かうアウトストラーダの街路灯が似合いそうな風合いだ。ドライヴィングシートに身を沈めて浮かんできた言葉は、緊張よりも弛緩だったし、高速度ではなく高級だった。メーカは、少しずつだが確実にその社会的なポテンシャルを維持確立すべく脱皮している。我々に求められるのも、また脱皮だろうと感じた。感謝!
2012年12月27日
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蒸気機関車の運転は、機関助士さんの罐焚き作業によって作られた蒸気をシリンダーに送ってやり、主連棒を動かすことで動作するわけですが、基本原理としてそうだとしても実際に本線上で営業運転することになると、上下左右に変化する軌道に対して「どの程度機関車を動かしてやるのか」は、技術と経験が必要な職人芸の分野で、機関士さんが曰く「蒸機はカマ(機関車)ごとに全て違うから」という世界だそうです。とはいえ、恐らくはそれにもいくつかのレベルがあるのではないかと思います。といいますのは、カマごとに個性があり当日の季節や天候、使用する石炭や水によって出来上がる蒸気の「品質」が異なるわけであり、当然量も変わります。さらに現場ではボイラー圧力計の数字をそのまま信じてよいかどうか、というような経験値まで要求される仕事だったのでしょう。だから、機関士さんは神様のようだったのではないかと思います。たとえそれが20才の青年だったとしても。さて、そういう機会は限りなく少ない現代においては、耳学問やらお勉強やらで蒸気機関車の運転というものを想像することになるのですが、蒸機の基本であり最難関でもあるワルシャート式弁装置を理解した後で出てくる疑問は、運転方法に関するあれです。すなわち「逆転機(リーバー)の引き上げは30度まで」通例で、リーバーの最適値は速度と足して70になるように調整するのだそうです。巨大なボイラーをもつC62でも80~90が限度だとか。しかし、容易に想像がつくように東海道本線上で時速129Km/hを記録するようなことになると、速度計の数値だけでとっくに限界値を超えており、無理矢理マイナスで調整しようものなら下回りがバラバラに壊れてしまうでしょう。従って、リーバーの限界値は0ということになります。そこを、当時の国鉄ではさらに厳しく30を限度と教育していたのだそうです。しかし、石炭を焚いて作った蒸気で機関車が走り、その石炭の使用に厳しく節約を求めていたのなら、走行に使う蒸気の効率を最大化するために蒸気膨張を活用すべくリーバーは0に近くなるはずです。では一体なぜなのか?いくら考えても分からない疑問がありました。それを思い切って神様に尋ねてみると、神様は当時の教本を調べて教えて下さいました。「問、締切の遅速が運転上に及ぼす影響如何。 答、締切が早い場合は、蒸気を膨張的に使用することが出来て 経済的である。しかしあまりに早くすると、終圧がマイナ スとなってピストンの衝撃を増し、クランクピンの発熱を 招くなどの不都合をきたす。 これに反し、締切が遅い場合はクランクピン圧力は平均され 機械抵抗は少なくなるが、蒸気を経済的に使用できなくなる ため、石炭消費は増加する。 よって、締切は早いほど有利であるが、実際の運転では その状況に応じて適宜定めるべきである。」リーバーが0に近づき、弁の締切が早くなると終圧がマイナスになってしまうので、各部への負荷が増大するのです。私には、とても負圧にまで思いが至りませんでした。考えてみれば成る程と合点がいく内容です。現代の目線で蒸気機関車をみると、すべてが手作りで機械的な公差も甘く、いかにも効率が悪そうな骨董品に見えてしまいますが、実際に設計して製造する人、動かす人からみれば、物理の理想を念じて最善をつくそうとしていた姿が浮かび上がります。その理想を走らせるために、庫内手が掃除し、整備掛が検査し、機関助士が焚火して、機関士が加減弁を引いたのです。15歳の機関助士~戦火をくぐり抜けた汽車と少年~川端新二感謝!
2012年12月26日
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尊敬する人のお一人で、大変お世話になっている元国鉄名古屋機関区機関士の川端新二氏が、先日新刊を出版されました。タイトルは「15歳の機関助士」です。15歳の機関助士 / 川端新二当時の機関助士の方からすると、機関士は神様のような存在だったそうですが、庫内手にもなれないような私からみると、機関助士さんも立派な神様のような存在ですし、機関士に至っては存在するのかどうかを議論するような神学論の対象のようにすら感じられます。いや、これは言葉のアヤを申しているのではなく、この手に触れられるような、そんなことはとても叶わないような「幻性」とも言うべき事象であるということです。発売前日にお祝いのご連絡を差上げたら、きみにはと仰って一冊献本を戴いてしまいました。川端新二氏は、現在の蒸機ブームの記録者ともいうべき「蒸気機関車EX」誌で連載を担当されており、その正確無比な記憶と分かりやすい事例、的確な解説等で、もう過ぎ去ってしまった蒸機を現代人に追体験させることで陶酔者が続出しておりますが、新刊の内容も雑誌の記事では飽き足らない、あるいは当時の蒸機乗務員の生の姿を知りたいという欲求に見事に応えていて、生意気ながら申すことを許していただけるのなら、誠実で前向き努力と勉強を厭わない素晴らしいそのご人格が書籍の中に結実しています。当初、本作品は「蒸気機関車は僕の学校」という仮称で進んだプロジェクトでしたが、最終的にタイトルが表題のように変更になったのは、その等身大の文章があたかも自分自身が川端さんに乗り移ったかのようにキャブに添乗しているような気にさせるからでしょう。本作品の時代背景として、戦中から戦後に亘る時期にあたるために「戦火をくぐり抜けた汽車と少年」というサブ・タイトルが付けられていますが、その戦争中あるいは空襲中にも何とか懸命に蒸機を走らせていた人々がたくさんいたこと。またそれを現代に伝える貴重な資料価値のある側面をもつ作品ともいえると思います。届いた書籍に興奮しながらページをめくると、そこには一筆箋が挟まれており、「交通新聞社の新書の一冊に 私の十二万字の原稿がなりました。70年もの大昔の汽車のカマタキ少年の話です。」とあります。蒸機にあこがれ、機関助士として立派に職務を務められ、原稿のなかで他の仲間を紹介されています。こんな奥ゆかしい表現があるでしょうか。時代が違うとはいえ、現代で簡単に「SL」と呼ばれている人に、本物を知っていただく機会になることを願い、本書の成功をお祈りいたします。感謝!
2012年12月25日
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「くろがねのこころ」と読みます。大阪の中央通りにある共永興業社の本社ロビーにC57形蒸気機関車が屋内で保存されています。少し冷静になってお考えになってみるとお分かりになると思うのですが、蒸気機関車が廃車になる頃というのは現在のJRではなく国鉄です。つまり日本国有鉄道でした。従って、蒸気機関車は日本国有鉄道の資産であり、国の所有物であったわけですから、いくらお役御免で廃車になったからといって、国の所有物を民間の会社に渡して保存するなんてことは有り得ないはずなのですが、現実にこうして一民間企業で保存されています。ちなみに、現在日本全国で保存されている蒸機は旧国鉄が所有権を留保しながら、保存を申し出た地方公共団体へ無償貸借されているものであり、現在も旧国鉄を引き継いだ各地方のJRが所有権を継承しています。だから、盛岡のC58もJR東日本が復元を決定できるわけですね。しかし、社会の現実はまた別のところにあり、いくら自治体が借りて管理をするといっても、保存状況は千差万別で程度もバラバラになってしまっておりますが、ここ共永興業さんのC57 148は、いま仮に駅長の出発指示があれば、すぐにでも発車できそうなくらいのコンディションです。この運命の差とでもいうべき時間経過のもたらす違いは何といったらよいのでしょう。共永興業さんの志は高く、大変有難いことに事業会社の本社だというのにロビーは一般に開放されて、誰でも何時でもこの蒸機を見学することができるのです。私もご好意に甘えて入口のドアを開けたら、ギアオイルのような機械油の匂いが立ち込めて、これに火室の熱気と蒸機の噴出があったら意識がどこかに持っていかれるのではないかと思いました。お話をお伺いすると、先代会長のご趣味だったそうですが、もちろん全社を挙げて今でもしっかりメンテナンスされており、キャブの圧力計をみると15気圧を維持し、「シュー」というコンプレッサからの空気音が聞こえました。この情熱は会社のウェブサイトにも表れていて、FIRE~情熱、WATER~豊潤、POWER~躍進、DRIVING~脈動というメニューは蒸機に対する深い理解から生まれたものでしょう。それが、まるでこのお召し牽引機のようなコンディションに表出されているように感じました。この偉大なる素晴らしい企業姿勢と幸福な蒸機の永遠を願わずにはいられません。末永いご繁栄を!感謝!
2012年12月21日
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最も美しい蒸気機関車といえば、貴婦人と呼ばれるC57が通り相場で、元祖復活蒸機のC57 1は女王のように取扱われ、この新津の180号機も同じように説明されますが、私にとっての180号機は「ちょっと違った」のです。それは、ナンバープレートの取り付け位置が高いから。本質を語るような素振りをしておきながら、すっかり形態に魂を奪われているような情けないお粗末振りなのですが、何故かどうしてか刷り込まれた蒸機の美しさとは、煙室扉兆番の高さにナンバープレートが固定された調和なのです。いくら記憶を辿っても何時からなのか何故なのか分かりません。現役時代の著名機、例えばC62 2も3もC57 1だって同じく高めで違和感がなかったのに、このC57 180だけ取って付けたような違和感があって近寄りたくなかったのです。だから、なぜこれが貴婦人?と思ってきました。そういう頭の悪さが災いして、貴婦人をみるならサイドビューに限ると思い、同じC57をみるなら繰出管がランボードの下にある3次型に限ると思っていました。私は、残念ながら現役蒸機に間に合わなかった世代ですので、シゴナナが貴婦人だと言われれば、ああそうかと思ってきたのですが、これはどういう蒸機を形容しての愛称なのでしょう。じつはしっくり来るようで来ないようで、若干の違和感があります。一般的に、蒸気機関車というのは、正面や斜め正面からの眺めがシンボリックに扱われ、それが一人歩きをはじめて力強いとか、カッコいいとか、煙を吐いて凄いとか、皆さんそう仰いますけれども、例えば、あなたにとって最も好きな機関車は?という問いなら、誰でも自由にお好みを言えばいいわけですが、例えば最も美しいというなら、主観か客観か多数決なのか判断基準が不明瞭なため、貴婦人の愛称は愛称であって定番などと同じ種類の評価なのではないかと思います。いわゆる美人投票と同じです。私が違和感を感じるのは、繰出管がランボードの上でくねくねやってるのが「美しさ」と反する存在だからで、だから世間様には大変申し訳ないのだけれども、1号機は「ちょっと違った」のです。集煙装置が付いたら、もうなおさら。だから、繰出管がランボード下にある180号機こそ貴婦人だと思いたかった願望のようなものを長年持ち合わせてきました。さて、しかしいざ乗ってみたら本機は調子が絶好調で、7両の客車で峠越えを難なくこなします。運転時間も復活蒸機列車としては最長の3時間半以上もあって、通り掛かりのイベント乗車を遥かに越えた高い満足感も得られます。ちょっと興味深いことに、このC57 190号機は昭和21年の三菱製ですが、ボイラーは昭和33年の日立製でした。罐の載せ換えが行なわれたようです。この車歴に比べて10年強若いボイラーも絶好調の秘密のひとつでしょう。これなら特別車両を驕って集客するのではなく、上越線のように旧型客車で勝負したらどうかなんて思ったりしますが、それはやはり新潟発の長距離山岳列車という性格から難しいのでしょう。観光や遠足や様々なお客さんを乗せて、阿賀野川の車窓を眺めるのが最適です。蒸機が絶好調なのですから、観光列車としては、できれば九州の同じ蒸機列車のようなエンターテイメントのソフト面を強化すると、数多くの蒸機列車のひとつではなく、独自のポジションを確立できるようになるポテンシャルを秘めていると思います。来年のNHK大河ドラマ「八重の桜」は会津がロケーションですので、益々この蒸機が持て囃されるでしょう。だって、地元の人々に愛された貴婦人ですから。感謝!
2012年12月20日
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日本で蒸気機関車を問われると、1,2を争って挙がる名前がデゴイチ(デコイチ)ことD51形式でしょう。1000両を越える台数が製造されて全国を走ったため、日本中で馴染み深い蒸機として有名です。数多く保存されている蒸気機関車のなかでも、やはりD51がもっとも多いのですが、現在復元されて営業運転に使われているのは、この498号機だけです。そのデゴイチに漸く出会うことができました。同一形式で1000両以上製造されれば、個体のヴァリエーションは多岐にわたり、コレという典型的なスタイルはないわけですけれども、この498号機のあたりは標準型というスタイルをしていて最も好ましいと思っていましたが、現在の復元蒸機は鉄道会社のキャンペーン媒体の性格が強いのか、貨物牽引機にヘッドマークをつけたり、デフレクターを交換して形態を変えたり、あちこち金色にペイントして愛嬌を振りまいたり、集煙装置がついてしまったりで、久しく足を運ぶ気が高まりませんでした。しかし、今年は数年ぶりにデフが元に戻り、ゴールドペイントも最小限で、やっと「らしい」姿に戻ったので、10年以上に亘って温めてきた義理を果たすことができました。乗って初めて分かったことは、その振動の大きさで、上越線の上り列車といえば、この機関車にとって最も負担の少ない運用だろうと思うのですが、それでも速度が50Km/hを越えてくると、連結棒の前後運動に連動して「ガタガタ」と揺さぶられます。これは、何も知らずに後ろの客車に乗っていると、何が起こったのかと思うような出来事で、興味深く面白く感じられました。この振動はD型機特有のもののはずですが、考えてみれば、昨今は日本各地で復活蒸機が営業運転をしているものの、このD51 498号機を除いた他は全てC型旅客機ですので、この「振動」は、本当にこの蒸機列車だけが持つ特徴です。運行主体のJR東日本さんは、いっそこの振動体験をD型貨物機ならではの特徴としてアナウンスし、蒸気機関車に対する理解の促進を図ったらどうかと思いました。この馴染み深いにも拘らず貴重な存在のデゴイチですが、水上の整備線には次のような案内看板が掲示されています。「蒸気機関車(Steam Locomotive) D51 498 D51型蒸気機関車は昭和11年(1936年)から製造され、四国を除く全国各地で活躍した日本を代表する蒸気機関車です。製造両数は1115両にもおよび(このほか当時の樺太向けに製造されたものもある)、1形式としては最も多く製造された機関車です。高速性能よりも馬力を重視した設計とされ、貨物列車の牽引や勾配区間で活躍しました。 498号機は当時の鉄道省鷹取工場(兵庫県)で昭和15年(1940年)に製造されました。初めは岡山機関区に配置され、その後は吹田機関区(大阪府)や長岡第一機関区、新津機関区、坂町機関区(いづれも新潟県)などに配置されていましたが、電化区間の延伸やディーゼル化によって蒸気機関車の活躍する区間は狭まっていきました。 昭和47年(1972年)羽越線の電化により、坂町機関区に所属していたD51498も他の機関車と同様に廃車になる計画でしたが、たまたまその年が日本の鉄道開業100周年であり、八高線の八王子~高崎間で蒸気機関車による記念列車を走らせることとなり、当時の高崎鉄道管理局にはすでに蒸気機関車の配置がなかったため498号機が抜擢されて、昭和47年10月5日、高崎第一機関区に転属となりました。 八高線での記念列車運転後の12月1日に廃車になりましたが、解体は免れて上越線後閑駅構内に保存されることとなり、地元の方や鉄道OBの方の手により大切に整備・保存されてきました。 その後、JR東日本は蒸気機関車を復元し運転させることを決め、各地に保存されている蒸気機関車を調査した結果、D51498を復元することに決定し、大宮工場で復元工事に取り掛かりました。 昭和63年(1988年)11月24日に車籍復活となり、12月23日に折からヨーロッパより来日していた「オリエント エキスプレス」の牽引で復活をアピールしました。 現在では上越線の高崎~水上間をメインにJR東日本の各線区でイベント運転を続けています。D51 498 諸元 全長 19,730mm 運転整備重量 125t 石炭搭載量 8t けん引力 11,200kg 出力 1,480ps 動輪直径 1,400mm 平成20年7月 JR東日本 高崎支社」「SL」という言葉(文字)はどこにもありませんね!感謝!
2012年12月19日
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待ちに待ちました007シリーズ 50周年 シリーズ第23作です。待ちに待ったというのは、ふたつ意味があって、本年初頭から本作のティーザーキャンペーンが打たれて、公開を心待ちにしていたことと、恐らくは本作を多少なりとも意識してか、今年はスパイ映画が豊作の当たり年で、数多く発表されたスパイ映画類のオオトリがついに登場したということがありました。いやなに、じつは本作は製作会社のMGMにとっても待ちに待った作品に違いなく、経営危機で会社存続の崖っぷちに立たされている会社にとっても、何としても成功させなくてはいけない真打ちのはずだったからです。それは、UKでは10月に公開されたものの、米国では翌月に、さらに極東の島国では鑑賞券が大バーゲンになるファーストデイの土曜日に引き延ばされたことも多少なりとも関係あるでしょう。それが証拠に、六本木ヒルズでは公開初日に7スクリーン(!)で上映。チケットのネット販売が始まった数日前には、深夜帯をのぞくすべての時間帯で、最前列の数席を残し全スクリーンが完売という、前代未聞の公開初日が迎えられました。そのおかげでシネコン系公開ランキングでは堂々1位で登場。50年のアニヴァーサリーイヤーに華を添えることに成功したのです。さて、その本作の内容ですが、007映画としてはひとまず成功と言っていいのではないでしょうか。一般論としては、いわゆるシリーズもの作品の、さらにアニヴァーサリー作品を制作する場合、とかく過去の成功パターンのリヴァイヴァル要素が数多く盛り込まれ、MOREを求める観客の期待に応えられないケースが多いのですが、本作は未来を向いた攻めと過去に敬意を表した守りとのバランスにおいて、高いレベルで良くできています。また、本年公開された数多くのスパイ映画のうちの1つとしてみると、本作に挑んできた数々のチャレンジャー映画を拝し、いわば王道ともいえるテクスチャを積み上げ、「らしい映画」となっています。つまり、荒唐無稽な設定は「ゴースト・プロトコル」にくれてやり、スパイの本質を要求するインテリジェンスは「ティンカー・ソルジャー・テイラー・スパイ」に謙譲し、過去に捉われない新鮮さは「アルゴ」にプレゼントして、それでもなお007の新作としてだけ新しさに挑戦して成功している。それは、この映画の土壌として歴史と伝統の英国の話という、洗っても簡単には落とせないほどの染み付いた「匂い」があるからでしょう。その慣れ親しんだ匂いを嗅ぎながらスクリーンに向かうから、いつも新鮮なジェームズ・ボンドを楽しむことができるのです。それは、予算削減でエキゾチックな南の島で撮影しなくても、庭ともいえるグレートブリテン島で新しいアクションを行なえば、それは立派な007として成立しうることを証明してみせました。もちろん、これからもジェームズ・ボンドは戻ってくるでしょう。MI6が存続するかどうかは英国議会で決まるのではなく、MGMのゴーイング・コンサーンで決まるのです。その決め手は、革新を上手く取り込むことと、すでに合意できているでしょう。感謝!
2012年12月18日
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今年はスパイ映画が豊作で、年初から何本あったのかという程でしたけれども、スパイ映画の”らしくなさ”で会心の出来だったのが本作。アルゴ (ARGO)1979年のイランアメリカ大使館人質事件がテーマのノンフィクションなのだが、テーマがスパイなのにもかかわらず痛快なストーリー、よく出来た画面と映像、カット割と編集、などなど、スリリングな仕上がりは映画としての出来栄えを最高峰に近いところまで押し上げています。これは、きっと主演したベン・アフレックが監督をしていることも、映画制作に対する思い入れという点でその情熱があるレベルへと昇華しているようにすら感じられる秀作です。ちょっと裏読みしすぎとご指摘をいただくかもしれませんが、本作中にハリウッドで映画の脚本を買い付けるシーンがあり、それがアメリカでの映画産業の日常というか、裏側のように描かれていますが、だとするなら、まさしく本作もそのようにして製作されたのか?と思わずにはいられませんでした。万が一そうだとするなら、この企画の購入を決意して投資をしたのは一体誰なのか?本作公開時にアメリカでは大統領選挙が行なわれていたことを加味すると、純粋なエンターテイメントというよりは何らかの意図があっての”ハイテンション”があったのではないか、という仮説が邪推の範囲ではありますが、成立しうると思いました。一度封印された歴史に再び光を当てたのが当時の民主党政権なら、今年の大統領選で勝利したのも民主党政権でしたね。だって、これはスパイ映画ですから。感謝!
2012年12月17日
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第46回衆議院議員総選挙の投票日が近づいてきました。本稿は、政治や投票を目的としたものではありませんが、今回の選挙は「分かりにくい」という声を多く聞くため、マーケティング(経済)的視点で考えてみたいと思います。今回の衆議院選挙は、有権者(消費者)にとってみれば、スーパーに買い物に出掛けるが、行ってみるとよく似た商品ばかり並んでいて、何を買ったらいいか分からない、分からないから買えない、買わない。といった、分かりにくさだと思います。多くの政党で似たような政策が並び、合併して大規模化した政党には原発問題のような大きなイシューで相異が見られたものもありました。そういう”まだら模様”の中で、どれを選んだらいいか分からない、という目に見える分かりにくさがひとつ。もうひとつは、政治史的な流れが続くのか断ち切られるのかが分かりにくい、という点。というのは、前回の衆議院選挙では、本格的な二大政党時代の到来が叫ばれ、概ねそれに近い形勢が出来上がったにもかかわらず、与党内で権力闘争に明け暮れ分裂と自壊を繰り返し、他方下野した第一党は「解散に追い込む」の一点張りで、これまた政局争いに明け暮れ健全な野党とは言い難い状況でした。残念だったのは第三極と呼ばれる中小野党で、これらも政局争いに乗じて与党批判を繰り返すだけの評論家振る舞いだったため、結局都合3年間日本の国政は停滞したという評価がなされても仕方がないでしょう。さらに今回の衆議院解散前後に、政党の旗揚げや合併が続いたわけですから、今回の選挙の後で二大政党体制が続くのか、一大与党制となるのか、小規模政党の乱立となるのか。それは日本の政党政治が進歩するのか、足踏みするのか、退歩してしまうのか。換言すると、実行力が上がるのか、現状維持なのか、下がってしまうのか分からない、という将来が見通せない分かりにくさがひとつあります。さらにもうひとつは、冒頭の問題意識に戻って、有権者(=消費者)のニーズに対応できていない政界のセンスの悪さ、または社会的非常識さ、あるいは商材・サービスの低品質さが、分かりにくさと関心の低さに結び付いていないでしょうか。デフレ不景気が続いても、金融危機が勃発しても、東日本大震災が起こっても、素早い対応を求める国民のニーズを他所に政局に明け暮れる国会の哀れな姿を見せられ続けて、怒りを通り越して呆れる人々が続出しました。よく聞く「もう政治には期待しない」という声は、この結果生まれる発言です。この声に、今回の選挙期間に応えようとする声が立候補者、あるいは政党から聞こえてきません。これは、残念ながら立候補者と政党が、有権者(=消費者)を見ているのではなく、他候補(=競合)を見ているから起こることです。候補者や政党のパフォーマンスを見ていて感じるのは、当事者の背後に優秀なコンサルタントがいて、戦略的な位置づけと振る舞いを助言しているように見えますが、仮に彼らがいたとして、競合の潰し合いを見せられても先の不満に誠意を持って応えようとならないのは、国民がバカにされているか政治のレベルがあまりにも低いのかのどちらかです。例えば、財政再建目的で消費税率アップが議決されたのにも関わらず、財政再建に賛成か反対かの目的を問わずして消費税増税に賛成か反対かだけ問うのは、だれでも反対と言うでしょう。これはマスコミ報道のあり方も含めて、故意に問題を矮小化しています。こういう論点の巧妙なすり替えがなされたまま、間違った訴求で有権者(と報道)を巻き込みながら日付がカウントダウンされているのが、今回の衆議院選挙です。この修辞的な大きな分かりにくさもひとつあります。こういう分かりにくさに、政治もマスコミも責任は取ってくれません。何故なら選択するのは有権者(=消費者)だからです。有権者にとって、こういうときに必要なのは、自答することです。・これまでのデフレ経済で生活条件が悪化したとき・リーマンショックで経済環境が悪化したとき・東日本大震災と原発事故で世界を巻き込んで震撼したとき皆さん誰もが自問したはずです。「どうしたらいいのか?」と。その問いに自答して答えを出し、その答えをぶつける先が、今度の衆議院選挙ではないでしょうか。スーパーに日用品を買いに行くのではなく、高級デパートにハレの日の買い物をするつもりで品定めをする機会だと思います。「こうしてもらいたい」と思ったことを思い出し、しっかり品定めして、一番高い買い物を納得できる内容にしましょう。※この記事は、メルマガ記事の加筆・修正版であり、ビジネスに関する情報はメルマガを優先して公開しています。いち早く最新情報をお読みになりたい方は、まぐまぐから無料でメルマガ登録できます。 感謝!
2012年12月14日
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例年は、1回くらい「師走風情」というタイトルで書くのですが、今年は12月に入ったとたん、クリスマス過ぎかと思うような寒さがやってきて師走を通り越して一気に歳末という感じがいたします。そこで、今年は冷たい風を感じながら「歳末風情」といたしました。12月に入ってすぐに気づいたのは街に警察の方が多数出ていることでした。▲西新宿1丁目(新宿駅南口)の交差点。信号機下に警官が立って交通違反の取締りをしています。その他にも、白バイがコンボイで走りまわっていたり、街角の交差点から少し入ったところに警官が立っていたりで、それを眺めて、改めて「もう暮れか」と思いました(笑)。そんな暮れを感じながら街を見回してみると、気のせいか人々の歩くスピードが心なし「例年より早めに速くなっている」ように感じられます。本格的な師走のスタートも例年より早いようです。こちらもボヤボヤしてあちこち飛び回っているうちに、師走の世間様に置いて行かれないようにスピードアップしなければと思いつつ、気持ちはどこか旅に出たいようなところもあり、なかなか思うように事が運ばないのが人生だななどと思った矢先に東京駅内でいいものを見つけてしまいました。山陰は境港産の松葉ガニを使った「蟹寿し」。ズワイガニの豊かな味わいと酢めしの絶妙なハーモニーが口のなかいっぱいに広がる美味しさで、旅に行かずして旅に行った気分になるとはこのことを言うのだろうと思いました。そうなってくると、つい先日には寝台特急サンライズに乗ったことだし、今回は境港の松葉ガニを食べたことだし、あとはいよいよ出掛けなければ味わえない温泉が待っているわけですから、世界遺産の石見銀山の見学とか、明日は赤穂の塩作りの勉強とかの大義名分を掲げて、夢と風呂敷、肝っ玉は、狭くしちゃいけない!どでかくいこう!と私も思います。「風さそう 花よりもなお 我はまた 春の名残りを いかにとやせん」(浅野内匠頭)感謝!
2012年12月13日
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ひょんなことから現行マツダ・デミオに乗りましたので、インプレ記事を書いてみます。乗ったのは、いわゆるベーシックグレードの1.3L2WDのFFですが、これが素晴らしくて感嘆しました。デミオが属するBセグメントと呼ばれるカテゴリは、ヴィッツやフィット、マーチ等々のライヴァルがひしめく激戦地ですが、これは各社がエントリーモデルとして自社の顧客になってもらうための最初に手にする製品として重要視しているからに他なりません。このため、100万円前後の価格帯でありながら、多種多様な装備を揃え、なんとか自社モデルを買ってもらおうと激しい競争を繰り広げているフィールドです。したがって、マーケットインとして顧客の声が積極的に採用されやすく、かつ各メーカ独自の特徴を打ち出そうと力も入りやすく、結果クルマとしては「てんこ盛り」状態の商品ができあがります。すなわち、クルマは小さいのにインテリアは広く、エンジンは小さいのに無理してでもよく走らせられ、リアシートに家族が座るのに大きな買い物袋も積める、といったような矛盾する要求を丸飲みしたクルマになりがちです。しかし、こういったクルマはあまりにも過大な要求を飲み込むために無理をしていて、人が運転して移動する機械という基本を踏み外していることが多いのですが、今回のデミオは、決してそんなことはありませんでした!「デミオ」というと、マツダというマイナーなメーカーの、ちょっと爬虫類を思わせるエキセントリックなデザインが特徴であるリッタカーでしょ?という印象ですが、いざ乗って運転してみると、何もかもがマトモです。ライヴァル各社のスモールカーが、スモールでもなく、シートは長時間座れず、操作系は軽すぎて恐いくらいなのに対して、このデミオは、普通に座って、普通に動かせ、普通以上に走ってくれる、正に「自分の手足の延長のように走る機械」です。これが、ドライバーにとってどんなに快適で、どんなに安全で、どんなに疲れないか。まるで、メルセデス・ベンツの190EがR126のSクラスみたいだったのと同様です(古い話でゴメンナサイ)。この何もかもがマトモで、全てが普通なのが素晴らしい。この素晴らしい運転感覚をもたらしているのは、素直で弱アンダーに終始するステアリング、線形で踏んだだけトルクが出るスロットル、骨盤を固定して身体を包み込むシート、もちろん車体の大きさも掴みやすいし、リアの重さは感じさせずに最適にロールするサスペンション。なんだかイタ車を運転しているみたいです。そういえば、運転しているときにこんなことを感じました。「数年先に新型のロードスターをアルファ・スパイダーとして売るなら、今すぐデミオをアルファ・ジュリアとして売ればいいじゃないか」そう、これは限りなくアルファ・ロメオらしいハンドリングをもつ「いいクルマ」です。日本に輸入されるアルファ・ロメオは、高級外車として最上級グレードばかりが入ってきますが、本国は小さいエンジンのターボモデルやディーゼルモデルがたくさん走っています。それらとマツダのクルマは、よく似ているのです。だから、クルマは決してエクステリア・デザインやメーカのバッヂとかで決まるのではないとお考えの通なあなたには、是非ともマツダのとりわけデミオをおすすめします。特にスモールカーのカテゴリで選ぶなら、他のメーカは全て忘れてかまいません。絶対の一押し、決定打です。いやあ素晴らしかった♪感謝!
2012年12月12日
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最近は、もっぱら経営コンサルとしての仕事ばかりで、資格者の仕事は大型案件しかやらないのですが、久しぶりに行政書士らしい仕事をしましたので、書いてみようと思います。その前に、行政書士という仕事は社会であまり認知されておらず、司法書士という似たような名前の仕事もあったりして紛らわしく、「なにかの資格者だろう」という程度の理解が一般的かと思いますが、資格の範囲としては非常に広く、紛争解決を専門とする弁護士の次に幅広くできる士業と呼ばれる資格業です。資格業だと登録して実務家になる前に資格試験に合格しなければならないわけですが、不況を受けた就職難が叫ばれるようになった頃から、就職に有利な資格として受験予備校産業や転職支援産業などによって、いささか正確でない姿を描かれたためか、登録している資格者でも「書類作成と手続の専門家」というステレオタイプな理解しかできていない人が大勢いますけれども、実務的には相続や離婚の個人的な相談から、企業の経営再建のような法人の存続に関るようなものまで、本当に多岐に亘る仕事があり、もはや一つの資格名で語るのに無理があるほどです。そんななかでも、今回”らしい”仕事をしたのは、一般乗合旅客自動車運送事業の経営許可という、いわゆる路線バス事業を行うための許可取得の申請手続で、この手続は大規模な土地の開発許可申請に並ぶ超高度な許認可申請です。一般乗合旅客自動車運送事業経営許可という手続は、1.路線定期、2.路線不定期、3.区域運行の3種類があり、路線バス事業は、1の路線定期という種類が該当します。この路線定期での許可を取得するのは、他の一般乗合旅客自動車運送事業経営許可に比べて最も難易度が高く、必要な情報や調整を要する各ステークホルダーも多岐に亘り、非常に時間と労力がかかるもので、事業を行なう合法性を得るための許認可取得という性格よりも、単なる法律手続を越えてむしろ経営戦略の立案とか事業計画の策定に近い、経営そのものに近い行いです。例として、私の事務所の知りうる情報として、路線定期の一般乗合許可申請経験がない、または一般貸切旅客運送事業(貸切バス)許可申請だけの経験で申請に着手した未熟な行政書士が、途中で「出来ない」と投げ出すケースが発生していると聞いています。そのため、私の事務所では、一般乗合(路線バス)事業の許認可については、コンサルティングBUで取り扱っており、スタッフではなく、私自身がお手伝いをすることになりました。今回のコンサルティング依頼は「高速ツアーバス」と呼ばれる、旅行業者による貸切バスを活用した旅客運送事業の、路線バス許可を必要とする新制度への移行によるものですが、「路線定期の一般乗合許可ができる」実務家専門家の行政書士は、これまで数十年の長期間に亘りまとまった路線開設が少なかったため経験者が全国的に非常に少なく、日本の全行政書士の約0.1%程度しか存在しません。通例で一般乗合旅客自動車運送事業経営許可を取得するために必要とされる期間は、停留所確保や道路管理者等との折衝・調整、その他各ステークホルダーとの事前協議等に1~2年。自社ビジネスとしての事業計画の策定および各種リソースの確保に6ヶ月~1年。一般乗合旅客自動車運送事業の経営許可申請から、補正対応、許可後の運行前各種準備等に約6ヶ月程度が必要であり、全体として車両運行前3年程度の事業開始準備期間が必要です。さらに最も難しいポイントとして、法律手続の原則と申請実務との乖離が大きいため、各運輸局が定め公開している公示のとおりに申請ができない点が挙げられます。そういった膨大な情報と問題点を整理したうえで、出来上がる書類のボリュームは、最もシンプルな事案で1部当り250枚弱、正本、副本×2、事務所控えの4通を作成しますので、ざっと1000枚弱のボリュームとなります。もちろん、これが日本全国各方面にバスが走るとなれば、数百枚単位でボリュームが嵩んでいきますので、許可申請だけでも大変ですが、事業計画はもとより経営そのものといったことがお分かりいただけるでしょうか。こういう、社会のインフラ構築の最前線を担うようなレベルの仕事をお手伝いできることは、この資格冥利に尽きるありがたいご縁だと思います。無事に許可が出て、バスが走り、利用者に喜んでいただける日が来ることが楽しみです。 感謝!
2012年12月11日
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業界大手のなかには、自社で許可申請準備をする事業者もありましたので、すでに申請をした会社もあるかもしれませんが、行政書士に依頼した会社のなかでは、日本で初めてのケースだと思います。ちなみに、大手業者のなかには10人以上の従業員を1年間以上、この手続のために投入している会社もあるようです。高速ツアーバスというのは、東京と大阪間のような大都市間を、夜行または昼行で結ぶバスですが、低料金をウリに成長してきた業態です。この業態は、いわゆる路線バスではなく、旅行会社が観光バスを借り切って運行する貸切バスだったため、一見非常によく似たバスが走っているものの、路線バスと異なり主催旅行会社にバスの運行責任がないという責任体制の瑕疵があって、実施事業者は今年7月から路線バスの許可を取得して料金の授受と運行責任を一元化する新制度が始まっています。高速ツアーバスの責任体制の瑕疵については、5月の本稿でお送りしていますので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんね。この新制度については、今年4月の時点で新制度が計画されていましたが、皆さまもご記憶でしょう、不幸にもゴールデンウィークに関越道で大規模なバス事故が発生したため、新制度の移行期間が3年から1年に大幅に短縮されて、来年7月までに路線バスとして運行することとされました。しかし、この路線バスの許可を取得するというのは、非常に労力の係る大変な手続です。しかも、今回は環境的条件として大変厳しい状況であります。まず、貸切バスも路線バスも大型バスを使用しているため、一見同じバスが走っているように見受けられますが、旅客許可制度上はまったく異なるバスです。貸切バスは、いわゆる観光バスですので、遠足や団体旅行、修学旅行などに用いられる種類のものですから、基本的にスポットであちこち自由に走ることが前提です。しかし、路線バスは、決められた起点から終点までの間を停留所を経由しながら走るバスです。もちろんダイヤも運賃表もありますし、基本的には土日祝日盆暮れ正月に関係なく毎日運行しなければなりません。この運行確保のために、1台4000万円もするバスを、予備車として車検や任意保険も維持しながら1台常時確保(遊ばせておく)しなければなりません。つまり、貸切バスと路線バスでは、同じようなバスを走らせようとしても、リソースから事業計画の精度、実際にバスが走る運行ルートのステークホルダーとの折衝等、事業計画書からリソース確保の確実性、現場の調整、などを経て、ようやく一般乗合旅客自動車運送事業の経営許可申請ができるのです。事業として、貸切バスと路線バスとはまったくレベルが異なることがお分かりになると思います。この路線バスの許可や、一般乗合旅客自動車運送事業経営許可申請といった言葉にあまり馴染みがないのは、従来の路線バスは、鉄道系子会社のバス会社が営んでいることが多く、運行管理から車両や運転手の管理等を自社運営でまかなっていることが殆どだったからです。この伝統的なやり方で、新規に一般乗合旅客自動車運送事業経営許可を取得しようとした場合、通例では事業計画から、現場の折衝等々を行い、2~3年程度の時間がかかるものですが、それが今回は関越道のバス事故が発生したことで安全運行の要請が大幅に高まり、移行期間の大幅な短縮となっています。先述しました大変厳しいとされる環境的条件のいくつかとして、停留所とくに東京駅八重洲口、新宿駅西口、大阪駅(梅田駅)近辺、難波駅近辺が問題となっており、先日国交省から高速バス停留所調整ガイドラインに関するパブリックコメントが募集されていました。今後、ガイドラインが出されるものと予想されますが、実務家の視点としては、時間的制約の大変厳しいものであること、またこのガイドラインに沿って高速ツアーバスの業界に対して停留所が確保されたとしても、絶対数が不足するため最終的に確保できるかどうかは抽選によって決められていくこと等の不確定要素が残ります。具体的には、2013年7月末日までに路線バスとして運行できる体制を準備するためには、占有許可やバス停設置工事、営業所の体制準備等に1ヶ月程度は必要になるため、一般乗合旅客自動車運送事業の経営許可は6月末日までに取得しておきたいですし、今回のような、複数事業者が同時に新規の路線や運行系統の申請する場合、不確定要素を含みながらも、まず許可基準をクリアする内容で許可手続を進めなくてはなりませんから、複数の補正対応期間として1ヶ月を確保して逆算すると、2013年の2月末日までには一般乗合旅客自動車運送事業経営許可申請を受理してもらいたいということになります。さらに、先述した膨大な事前準備やステークホルダーとの折衝、申請書類の作成期間として3ヶ月程度を見込んでおくと、12月に入った現時点で許可申請の実態となる資料等は全て揃っていないと間に合わない、来年の夏休みには、これまで帰省に使われてきた高速夜行バスが走らない、ということになってしまいます。そこを、今回のクライアントは2年前から準備を進め、ご相談いただいた時点で許可条件をクリアしており、私どもの方からは、事業計画に対するコンサルティングや資料の詳細な点についての修正をかけることで、スムーズな手続をすることができました。かくもこのように、許認可事業を開始する場合には、自社が儲かるかどうかのソロバン勘定だけでは足りず、数多くのステークホルダーとの調整能力等も経営者に要求されます。当然にも、それは出来ることが前提で行なわれますが、その前提のためにはノウハウが必要となるのは、言うまでもありません。今回のケースの場合、伝統的な事業者はノウハウを自社で確保してきましたが、高速ツアーバス事業者にとっては初めてのことですので、外部確保も大変です。一般乗合の許可申請の実務家資格者としては、行政書士となりますが、今回のように路線定期と呼ばれる種類の一般乗合旅客自動車運送事業経営許可申請ができる資格者は、先のような業界構造であったため、殆ど存在しないのが実情です。高速ツアーバスは、安価に夜行で都市間を移動できるというニーズが確立されての乗合移行ですので、時間の制約が厳しいこともありますが、新業態移行のために是非とも積極的にがんばっていただきたいと思います。※この記事は、メルマガ記事の加筆・修正版であり、ビジネスに関する情報はメルマガを優先して公開しています。いち早く最新情報をお読みになりたい方は、まぐまぐから無料でメルマガ登録できます。 感謝!
2012年12月10日
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2012年12月5日(水)から7日(金)まで、再生可能エネルギーの世界展示会が日本で開催されています。英語では、RENEWABLE ENERGY2012 EXHIBITIONといいます。私も、某機関からご招待をいただきまして、参加してきました。再生可能エネルギーといえば、もっぱら太陽光発電を連想してしまいますが、もちろん風力もありますし、バイオマス等、非常に多種多様に亘った展示で、最先端ビジネスの熱気に感心しました。私が訪れた際にはセミナーも開催され、すでに再生可能エネルギーが実用化され稼動している地域での実績や実施例が紹介されますので、日本はじつはこの分野で、もうすでに遅れを取っているかもしれないという、若干の危機感も感じました。最も驚いたのは、この展示会が今年でもう7回目だということです。もちろん、その間に技術的にも大きく進化しているはずですし、環境的にも、日本では福島第一原発で放射能漏れ事故も起こってしまって電力政策が再検討の時期に入っていますので、ここはひとつ日本のお家芸であるキャッチアップ政策で、成長市場のシェアを取りにいってほしいものです。そういえば、外国の人のスピーチを聞いていたら「今度の選挙で、日本政府が正しい判断をすることを希望する」という、気になることを言っていました。この表現の仕方は、将来のある施策について触れているのか、個人的な表現の問題なのか不明ですが、もし前者だとしたら、それはそれとして、どんどん推進してほしいですね。 感謝!
2012年12月07日
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香川県が、讃岐うどんキャンペーンで県名を変更するという大胆な施策を打って成功したのが「うどん県」キャンペーン。実際に高松を訪れてみると「うどん県は、うどんだけではありません」というポスターも目に付いて、したたかさも覗かせています。そうなればと、昼食のうどんも1軒ではもったいないと、近くでもう一軒はしごしました。訪れたのは、同じく瓦町駅近くの綿谷さん。ここでは、肉うどんというのが名物のようで、皆さんよく注文されていたので、郷に入っては郷に従えの如く、私もお願いしました。満席の店内で、思わず夢中になって食べてしまったので、写真はありません。ごめんなさい。うどん屋さんを二軒はしごして、それぞれ大盛りで都合3人前以上を平らげたので、そろそろ満腹で動けなくなり、飛行機の時間までは繁華街を見学。少し早めのバスで空港に移動したところ、手荷物受取所では待望のうどんがグルグル回っていました。美味しいうどんを求めて讃岐に旅行する、なんていうのも味があっていいですね。感謝!
2012年12月06日
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せっかく讃岐へ出掛けたのだから、食はやっぱり饂飩でしょう。うどん県とアピールを始めてから初の本格讃岐うどんです。訪れた店は、瓦町駅近くのこちら。たもや女道場さんです。じつは、こちらのお店はご当地の友人に教えてもらって出掛けたので、最初に名前を聞いたときには、なんだか勇ましいすごい名前のお店だな、と思っていたのですけれども、実際に訪れると店員さんが皆女性なんですね。それで、女道場というみたいで、そもそものお店の名前は「たもや」さんです。ちょうどお昼時に店に入ると、地元の皆さまは勝手知ったる自分の家かと思うばかりにスマートに注文していくのですが、関東から出かけていった田舎者には、あまりのスピードに列に加わるのを躊躇してしまいます。おそるおそる注文口で、東京から来たのでさっぱり分からないと告げると、注文口のお姉さんは親切丁寧に要領を教えてくれて、注文もOK。ぶっかけうどんにいたしました。肝心のお味のほうですが、関東の人間が美味しいうどんと聞いて連想するコシの強さはそれほどでもなく、むしろ噛みやすいくらいのちょうど良い柔らかさで、箸が進みます。お出汁の方も、ちょっと甘みがあって、これは天ぷらとの相性を考えてのことでしょう。よくよく考えてみれば、みな必ずといっていい程、天ぷらをトッピングしていました。高松のうどん屋さんを訪れて興味深かったのは、殆どの店舗が日中だけしか営業しないことで、タクシーの運転手さんに聞くと、うどん屋さんはいつも行列が出来ているから、儲かってるのと違いますか?お後がよろしいようで。感謝!
2012年12月05日
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高松駅にやって来たら、当然のお約束が「連絡船うどん」。かつて岡山県の宇野と高松を結んでいた宇高連絡船の船内にあった「うどん屋」さんがルーツとなっている、駅の立ち食いうどん屋です。サンライズ瀬戸に乗るのが2回目ですから、このうどん屋さんがこのブログに登場するのも2回目です。久しぶりに高松駅に降りましたら、店の前に座って食べるための屋台が出ていました。ご商売繁盛の様子です。前回は、宇高連絡船以来のなつかしの味を求めて「かけうどん」にしましたけれども、今回は数年ぶりでなつかしいというほどでもないので、ご当地の方が愛してやまない「じゃこ天うどん」にいたしました。高松にやって来ると、うどんに載せる天ぷらのネタは色々とあって、見ているだけでも楽しいのですが、まずはご当地人気の品でいきたいと思うのは人情というものでしょう。まさしく高松の人情の味がしたように感じました。感謝!
2012年12月04日
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ブルートレインのあけぼのに乗って北へ向かった後、今度は電車寝台の特急サンライズに乗って西へ。瀬戸大橋線を渡って高松へ向かう「サンライズ瀬戸」です。東京発22時で、出雲市へ向かうサンライズ出雲と併結運転なのもおなじみ。じつは、今回はこの列車に2週連続して乗るチャンスがあったのですが、1回目は高松行きが当日決まったため、駅で空席(?)状況を尋ねたところ、見事に満席で撃沈。2回目も、以前に乗った快適至極なA寝台個室を頼もうとしたら、喫煙室しか空きがなかったので、B寝台となりました。そこで今回選択したのは、ソロよりも1000円だけ高いシングルと呼ばれるB個室です。ベースグレードより1000円だけ高いプレミアムなんて、JALのクラスJかANAのプレミアムシートかと思ってしまいますが、航空機のそれよりもJRの寝台特急の方がアップグレード感が大きくて快適です。もちろん車両の設計年次がぜんぜん違うということがあって単純比較はできませんが、まず占有空間の広さがまったく違うので開放感があり、木目調のインテリアのため落ち着きます。これには白熱球タイプの温かな照明も大きな役割を果たしているでしょう。従来の客車寝台個室がビジネスホテルなら、こちらの電車寝台個室は観光ホテルかと思うくらいの快適度の違いがありました。加えて、乗り心地といいますか、寝心地の方は、ダンピングがコイルバネから空気バネに変わっていることと、ダンパー機構もあるのではないかというくらいの緩衝性能が高く、ピッチ、ヨー、ロールともよく抑えられていて、夜行列車に揺さぶられるという印象は完全に払拭されていました。これで、航空機よりも早く安く市街地の中心に辿り着けるのですから、しょっちゅう満席で乗れないのも合点がいきます。車掌さんに伺ったところでは、週末にかけての下り列車は、いつも満席なのだそうで、この列車に乗りたいと思ったら、切符の発売日の朝一番にみどりの窓口に出掛けるのが正解となりそうです。今度は、山陰の方に行ってみたいですね。感謝!
2012年12月03日
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