全97件 (97件中 1-50件目)
![]()
日本人が、自分の意見を述べたり、何かを主張する時、なぜか、相手の意見、主張をまず否定してかかる。「あなたの意見は、間違っています」「今頃、そんなことを言うなんて、おかしいと思う」「そんな発想でうまくいくわけがない」一度相手を否定、また非難しておいて、その上で、自分の意見を述べるのだ。つまり、「あなたは間違っていて、わたしは正しい」という前提に立ってものを言うクセが、多くの日本人に身についている。そういうわたしも、「そんなのおかしい」「それじゃ、うまく行くはずがない」といったセリフを気づかずに口にしているのだから、根が深いと改めて感じる。自分でやっていながら、相手から「違うんですよ、こうでしょう」否定されると、「こうでしょう」という相手の意見を聞けなくなって、こちらも否定で応酬してしまう。いけないと思いつつ。なぜか。自分の意見だけが存在し、相手の意見の存在を認めない。そんな態度が、心の奥に潜んでいるのではないか。だから、すぐ否定したくなる。否定されると、これまた直ちに再否定する。自分が意見をいう以上、相手にだって意見を言う権利がある。正否の議論は、その後にすればよいのであって、お互い、相手の意見の存在を認めることからスタートしよう。それが習慣にならないと、主張する一方で、相手の主張を聞き、理解する力、いわゆる「聞く力」は身につかない。まず、相手の意見を聞き、存在を認める。スタートはそこからだ。相手が否定してきても、すぐ否定し返さずに、言っていることを聞いて、理解しようと努めたい。否定のし合いからは、ケンカが待っているのである。あの部下が動き出す聞き方・話し方著者:福田健価格:735円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
May 1, 2013
コメント(0)
![]()
先週は、新聞・雑誌の取材が4本と、ほとんど毎日のようにその対応に追われた。近頃、インタビューに答えていて思うことは、わたしの言いたいことが十分に伝わっていないのではないか、という不安である。たとえば、年配者が定年後、地域活動に参加する際、コミュニケーションをどのようにとったらよいのか、そのポイントを「お聞きしたい」という取材の時のこと。新聞の取材で、女性の取材記者の質問に応じて、わたしはコミュニケーションの取り方が大きく変わりつつある現状を踏まえながら話し出した。取材記者は、「そうですね」「なるほど」「あ、そうか。たしかに、そういう人っていますよね」「よくやりそうですね、そういうことって」と、わたしの話を<いかにもそうだ>といわんばかりに受け止め、笑ったり、驚いたりしながら聞いてくれる。まさしく、打てば響く、聞き上手の見本のような手応えのある聞き方をされ、わたしは調子づいてしまって、おしゃべりを加速させ、あれもこれも話したのだった。途中、ふと気になって、「いいんですか、こんな内容の話で」問いかけてみたが、「もちろん、大変興味深いお話で参考になります」との答えに、わたしは再び話し出し、年配の人が陥りがちなコミュニケーションの問題点と改善策を1時間にわたって述べたのだ。いま、心配なのは、わたしの言いたいことが、どれだけ記事に盛り込まれるかである。肝心なことでなく、枝葉が中心にまとめられていたり、わたしの言いたいことと、微妙に異なる内容であったり、わたしはそうは言っていないのに、という内容だったりが、これまでも結構あった。この頃考えるのは、相手が聞き上手であるほど、調子にのって喋ってしまい、<自分はいいことを言っている>と、自己過信に陥っているのではないか、という点だ。むしろ、記者に、企画の趣旨を確認したり、読者の聞きたがっていることや、記者自身の考えていることをよく聞いた上で、相手に応じて答えを話していくべきではなかったか。記者は、わたしの話を聞いて、そのまま伝えるとは限らない。記者のフィルターを通して、その人なりに意訳して、記事にまとめる。「参考になります」これは、危険なひと言で、つい単純に反応して満足してしまう。どう参考になったかが問題なのに。インタビューに答えるとは、話すだけでなく、聞く力が求められると、改めて気づかされている。人生は「聞く力」で9割変わる著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 22, 2013
コメント(0)
![]()
コミュニケーションは、どちらか一方に、全面的責任があるのではない。話し手、聞き手、双方が責任を共有し、ともに活性化に向けて、協力し合うのが望ましい。とはいえ、「望ましい」のは、そうありたいという姿であって、現実がそのとおりかといえば、そうではない。かつての日本では、「察しの文化」が行きわたっていて、話し手は、自らの努力で自分をわからせなくても、聞き手のほうでわかろうとして、察したり、理解しようと努力した。相手が分からなかったり、気づかなかったりすると、「察しの悪い奴だ」と、聞き手が責められたのである。説明責任は、その大半が聞き手に負わされていた。人々は、難しい話を聞かされると、自分の理解不足を反省し、自分の勉強不足を恥じたりしたものだ。作家の里見氏が戦前に書いた「文章読本」に、こんな一筋があった。「わかりにくいということは、知識欲の旺盛な子どもにとっては、非常な魅力である」こうした背景のもと、日本人の聞く力は伸びたが、わからせる力は停滞した。今や、状況は一転して、「わからないのは、話し手の責任」と、説明責任は、話し手に負わされる時代に変わった。この逆転に、話し手は驚き、慌てて、いかにわかりやすく話すかに努力し始めた。一方、聞き手は、説明責任が話し手に移り、その負担から解放されると共に、話がわかりにくいと、話し手を責める態度が目立ち始めた。「話を聞いてわからないのは、難しい話をする話し手が悪い」このまま行くと、ちょっと聞いてわからないと、すぐ「話し手が悪い」と決めつけるのか、早々とあきらめて、話を聞かなくなる。そんな聞き手がどんどん増えることになる。話し手と聞き手が一緒にいる場で、お互い、わからせる努力と、わかろうとする努力をし合って、その場を盛り上げるのがコミュニケーションではなかったか。聞き手を、「そこの所、わからないですが、もう少しわかるように説明してくれませんか」と、質問したり、お願いして、分かり合う場にかかわっていく。それによって、聞く力も磨かれるのだ。人は「話し方」で9割変わる(2)著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 15, 2013
コメント(0)
![]()
聞き手は、話し手に選ばれた者なのである。この自覚がないと、聞き手は話し手の話の真意を聞き損ねる。話し手から、文句や不満を言われる。<またか。うるさいな><なによ。わたしに言わないでよ、そんなこと>イヤな顔をしたり、拒否したくなる。こちらも疲れてイライラしている時なら、一層その傾向は強くなるだろう。A君とB子さんの2人。10日ぶりのデートで、いつもの場所にやってきた。A君は、上司から言われた「キミにはムリだろうな」のひと言にショックを受け、このところ落ち込んでいた。おまけに、付き合っているB子から、1週間メールが来ない。一方、B子さんは、イベントの準備が思い通りに捗らず、イライラ気味だった。<なんで、わたしがそこまでやらなきゃいけないの>と、腹も立っていた。そして、2人は会ったのだが、B子さんの「どうしたの? メールほしかったのに」このひと言に、イラッとしたA君、「メールよこさなかったのは、そっちの方だろう。頭にくるよ、まったく」「前にも言ったじゃない。今、イベントの準備で忙しいんだって」「なんだ、最初から言い訳かよ」B子さんも、一瞬カチンときたものの、頭の片隅で<待てよ>と、止まれのセンサーのようなものが働いた。A君の態度がいつものと違うのに、気づいたのだ。普段は、文句を言うような人ではなかったと、思ったからだ。そこで、彼女は気分を切り替えて、こう言ったのだ。「なんだが、お互いクサクサしてるみたいね。今夜はパッと飲みに行こうか。あなたのおごりで」明るいB子さんのひと言につられて、「いいね。でも、オレがおごるの?」「そうよ。A君、気前いいもんね」文句や非難は、できれば言わずにすませたい。それをつい口にしてしまう話し手は、無意識のうちに、相手を選んでいるのである。つまり、A君はB子さんだから、言ったのだ。それを受け止めたB子さんの聞く力は、なかなかのもの。否定的な発言こそ、聞く力が試されているのだ。人は「話し方」で9割変わる(2)著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 8, 2013
コメント(0)
![]()
よく喋る話し手に「話が長い」「繰り返しが多い」と文句を言うのは、聞き手として、聞きベタを白状しているようなもの。要約する、話題を変えるなど、こちらから働きかけて、双方向のコミュニケーションに変えるのが、聞く力の発揮のしどころというものだ。それより、口が重い、喋ってくれない聞き手のほうが大変である。こちらが無策で黙っているだけでは、双方無言のにらめっことなって、いたたまれないだろう。といって、「どう思いますか」「どんな問題がありますか」「なんでもいいんですけど、何か」と、質問攻めにしたのでは、相手はさらに口を堅く閉ざすだけだろう。聞く力が試されるところではある。口を開かずにいる話し手を前にすると、聞き手は不安になる。・自分は嫌われているのだろうか・こちらに何の興味も関心もないのか・不機嫌で虫の居所が悪いのかなど、あれこれ心配になる。ここで、視点を変えてみる。「自分」にでなく、「相手」に向きを変えるのだ。相手がこちらに興味、関心があるかないかでなく、自分が相手に関心をもつのだ。黙っている相手の心の中はどういう状態なのか、もしかして、何を話そうか、どう話すか考えているのかもしれない。急がずに、にこやかな表情で、「待つ」ことである。すると、「別段変わったこともないし…」ぽつんとひと言。ここでも、すぐ応じないで、「うまくいってらっしゃるんですね」ゆっくりした口調で返す。口ごもりながら、「さあ、どうだろうね」と、相手。そこで、笑顔を向けたまま、相手の話を追いかけずに、「来る途中、桜が見事でした」初めて相手は表情を和らげ、「我が家に桃の木が1本あって、白い花を咲かせましてね」「桃の木が、白い花を」「ええ。わたしはものを考える時、花を眺めるのが好きで…」以前、女性のインタビューがこう言っていた。「どんな無口な人にも、必ず話したいことはあるものです」それを発見するには、相手に視点をあてることだ。人は「話し方」で9割変わる(2)著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 1, 2013
コメント(0)
![]()
昔読んだ永井荷風の小説に、「つゆのあとさき」という作品があるのを思い出した。もっとも、これから述べることと、この小説とは何の関係もない。「あとさき」という題から連想が浮かんで、「聞くことのあとさき」について、思いついたままである。「聞く」という行為は、単独では存在しえない。聞く前に、話し手が何らかの話をしてくれないことには、「聞くこと」はできない。何らかの話があって、話がこちらに到着して、初めて、コミュニケーションはスタートするからである。よく引用される「コミュニケーションを成立させるのは聞き手である」という、ピーター・ドラッカーの言葉は、言うまでもなく、話し手がいて言えることである。世間では、よく喋る人間を「あの人は喋ってばかりいて困りものだ」と、すこぶる評判が悪く、敬遠されることが多い。とはいえ、「話す」ことがなければ、聞くことは存在せず、聞くこと自体、不可能である。口の重い人、喋ってくれない人を相手にしたときの大変さを考えれば、喋ってくれる人は、聞き手にとって有り難いのである。むしろ、聞き手として、敬遠するのでなく、「お喋りを歓迎する」ことこそ、大事ではないかと考えるのである。お喋りな人は、話題も豊富であり、話の展開も巧みで、聞く者にとっては参考になることが多い。お喋りな人を敬遠し、毛嫌いするのは、もしかすると、偏見ではないかとさえ思う。よく喋る人の話を遮る、自分の話を割り込ませる。そのような方法を開発するためにも、お喋りな人は大事にしなければなるまい。ところで、聞くことの「後」とは、聞いた後、どうコミュニケーションを展開するかである。この点についても、取り上げるべき問題はいくつもある。今回は、「プロセスとしての聞く」の「あとさき」の内、「さき」のことを中心に、思いついたことを述べさせてもらった。次回は、さらに「さき」のことについて、いかに話をしてもらうかを、「聞く」問題として、取り上げてみたい。人生は「聞く力」で9割変わる著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Mar 25, 2013
コメント(0)
![]()
「聞く力」がブームだという。一時的なブームに終わらせないためには、単に「聞くって大事だよね」といった感想に止めるのではなく、「聞くとはどういうことか」について、追究する必要がある。以下、何回かにわたって、追究を試みたい。ピーター・ドラッカーは、こう言っている。「耳を傾けることは大事だが、それでも耳を傾けるのは、スタートにすぎない」ドラッカーのひと言は、含みがあるため、多様な解釈が可能であり、先の言葉も、人によっては解釈の仕方もいろいろだろう。わたしは、「話を聞いて次に、どう返すか、どんな手を打つか、そこが問題なのだ」このように捉えている。聞かないよりは、聞いたほうがまし?いかにも、物分かりの良さそうに人の話を聞くのはいいが、聞きっぱなし、すなわち、「聞き終わったら、それまで」こんな上司がいる。これなら、なまじ「聞かないほうがマシ」ではなかろうか。「聞くだけで、どうすればよいかは、相手が自分で考えるようになる」というケースもある。確かに、話し手は、聞いてもらうことで、自分の置かれた状況に気づいて、次、どうすればよいかが、わかってくることがある。この場合、聞き手は、話し手の変化を読み取って、あえて何もしないという対処をしたのである。単なる聞きっ放しとは異なる。話し手から反論、非難を浴びせられた。さて、どうするか。聞き手も感情的になって、「そんな言い方はないだろう」応酬してしまう。この時点で、聞き手は、聞き手であることを手放してしまったのである。聞くのは、自分を守ることでなく、相手を受け入れることである。受け入れなければ、スタートさえ切れないからである。人生は「聞く力」で9割変わる著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Mar 18, 2013
コメント(0)
今年も残り1週間。いろいろなことがあった1年でした。「どうでしたか、今年は」と、尋ねたところ、「ええ、まずまずってところですかね」この答えに、「それは素晴らしい。辛いこと、イヤなことの多かった年にも関わらず、まずまずと言えるんですから」こう応じたのは、今年ガンになり、手術をした、私の妻でした。「まずまずと言えるのは素晴らしい。わたしも、まずまずっていうのに近づきたいわ」彼女は、実感を込めてこう言って、笑顔を浮かべました。<そう、お前は頑張ったよね>わたしも、心の中で呟いたものです。先日、選挙があって、安倍さん率いる自民党が圧勝しました。一度、総理大臣になり、突如放り出すようにして、1回総理の座を降りた安倍さん。それが、再び総理大臣に返り咲いたのですから、「失敗を恐れるな」の精神を地で行ったような出来事でした。総理大臣でさえ、失敗しても、再び元の地位に戻れるというのは、失敗を恐れたり、失敗して落ち込んでいる人を、なんとも大きく励まし、勇気づける快挙ではありませんか。安倍さんは、ぜひ、歴史に名を残すような、優れた総理として日本の発展に尽くし、多くの人に希望をもたらしてほしいと思います。今、若者を中心に、自ら働きかけるのをためらう人が増えています。他人の目を気にして、「変に思われたくない」「周囲に嫌われたくない」と、辺りを気にして、じっと様子ばかり見ている人が少なくありません。やってみなければ結果はわからない。それに、やって、「まずまず」と言えるだけで、すばらしいのが、この世なんだと思います。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Dec 25, 2012
コメント(0)

予想どおり、選挙の結果は、自民党が大勝しました。とはいえ、「圧勝」という新聞の見出しが示すように、圧倒的な勝利。それに引きかえ、民主党の敗け方のひどさ。惨敗としか言いようのない敗北。ここまでとは予想しなかっただけに、なぜか暗い気持ちになりました。アメリカ大統領選では、不利といわれていたオバマ氏が勝利しました。アメリカも捨てたものじゃないと、希望が持てました。今回の選挙運動を通じて、日本の政治家は、ただ選挙に勝ちたいために、自分が当選したいためだけに、口で「国民のため」を繰り返しつつ、自分の都合のみ考えて行動しているように思えてなりませんでした。いったい、その中でどの人が心から日本の国のことを、そこで生活している国民のことを「本気で、心から」考えているのか。そういう人を探して選ぶことの難しさを、今回の選挙ほど強く感じたことはありません。そこで気になるのは、マスコミの報道です。やたらと騒ぎ立て、面白おかしくショーみたいに仕立てて取り上げる姿勢には、眉をひそめたくなるものがあります。そして、維新の会の橋下氏に、NHKのキャスターが、選挙速報のさなか、「総理大臣をいつ頃目指すんですか」と、問いかけているのには驚かされましたし、17日の朝刊では、選挙の結果や今後の方向について解説する記事が載っていましたが、わたしにはなんだか、とても偉そうに感じられました。「各党が互いに相手非難に終始し、政策がとんでしまった」のは、マスコミの報道にも原因があると思えて仕方がありません。とはいえ、最後に言えるのは、大事な人を選ぶ際の、自分の目を鍛えるのが一番ということですね。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Dec 18, 2012
コメント(0)

怒っている人は、酔っ払いだと思って、相手にしなければいい、と述べたものの、時間が経つにつれ、<それって、単に逃げてるだけじゃん>と言われそうな気がして、落ち着かなくなってきました。相手の言葉に腹を立てる。言ってることが本当のことで、その通りだと思いながら、癪に障る。そういう場合って、ありますよね。相手の言うことが的をついており、こちらに問題があるのですから、この場合は意地を張らずに、素直に、「確かにね」と、認めてしまえばよいのです。相手は、酔っ払って絡んでいるのではありません。一瞬、ムッとしても、我に返ったほうがよさそうです。むしろ、問題は、「そんなの自分でやればいいだろう。だいたい、仕事をなんだと思ってるんだ、キミは!」ちょっと相談しようと思っただけなのに、いきなり怒鳴られた、というような場合です。「じゃ、いいです。もう相談しません。その代わり、結果がどうなっても知りませんよ」ああ、まさしく売り言葉に買い言葉。喧嘩を買ったも同然で、大騒ぎになるのは目に見えています。逃げないで、相手の理不尽な言葉を受け止めて、キチンと言い返すのが、相手を酔っ払いと見立てるよりも大事なことではないかと考えてみたのです。といって、反撃を加えるのは、売り言葉を買うのと同じです。そうではなくて、「そんなふうに言われると、どうしていいか、わかりません。とても辛い気持ちになります」自分が感じたことを、伝えてみるのです。相手を攻撃するのでなく、自分の気持ちを隠さずに正直に伝える。勇気が要りますが、そのほうが、こちらの気持ちが伝わるのではと。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Dec 12, 2012
コメント(0)

怒るとすぐ大きな声を出す。言葉も、人を責め立て、人格を否定する暴言を吐く。「仕事に全然身が入ってない」「こんなミスをするなんて、信じられない」「頭の中が空っぽとしか思えない」「もーいったいどうなってるの。許せない」「あなたの顔も見たくない」こんな言葉を次々に浴びせられたら、「許せないのは、こっちのほうです。上司だからといって、そこまでひどいことを言う権利があるんですか」興奮して、言い返しにくくなっても当たり前でしょう。「いくらなんでも、ひどすぎます」たまたま、わたしがインターネットに連載している「怒る技術」という文章を読んだある女性が、自分の上司を「ヒステリー上司」と呼び、「怒られ方の技術」っていうのがあったら教えてください。と言ってきたんです。わたしも、妻によく怒られます。つい、売り言葉を買って、ケンカになることもあります。ふと、友人の言葉を思い出しました。「ウチの社長は、二言目には馬鹿野郎! と部下を怒鳴り散らすんだよ。最近、慣れちゃってね。社長の怒りは、酔っ払いと同じで、酔った勢いで、酒の力を借りてものを言うのと同じだ。つまり、怒りの力を借りて怒っているんで、酔っ払いが酒の力を借りないとものが言えないのと同様、怒りの力を借りないと怒れない人なんだと思えば、腹も立たなくなるわけよ。酔っ払いを相手にしても仕方ないものね。怒り出したら、ああまた、酔っ払いが怒ってると思って、やり過ごしてるのさ」これでは、怒ってもなんの効き目もないわけで、やがて、怒らなくなる?といいですね。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Dec 11, 2012
コメント(0)

12月に入って2日目の日。中央自動車上り線の笹子トンネルで、天井のコンクリート板が長さ110メートルにわたって崩れ落ち、9人死亡するという惨事が起こりました。トンネル内で、コンクリート板が落ちてくる。煙がもうもうと立ち上り、「苦しい、助けてくれ」救助を求める悲痛な叫びが暗いトンネルの中で響く。恐ろしい事故で想像するだけでも、身がすくむ思いです。「笹子トンネル」わたしにとっては、中学生の頃から馴染んだ名前で、長い長いトンネルとして、今なお記憶にあるトンネルです。中学生のその時代、中央線で甲府から新宿まで、なんと4時間半もかかっていました。母が、東京のお琴の先生のところに行くというので、石和の駅まで見送りに行ったことを憶えています。帰りの日も、駅に迎えに出たものです。列車から降りてきた母に、妹が飛びついたりする光景が目に浮かびます。「笹子トンネル、長かった?」そんな質問をわたしはしたのですが、さて、現在、甲府と新宿は、1時間半の時間で行けるようになりました。中央高速道をクルマで行っても、だいたい同じ時間で行くことができます。列車はスピードを増し、高速道路も整備され、トンネルも多くできました。本当に、今は便利な時代。ただし、便利は危険と隣り合わせであることも忘れてはいけないこと。新幹線も飛行機も、自己があれば地獄と化します。格安航空がもてはやされていますが、何より安全には万全を尽くしてほしいです。劣化したつり天井型のトンネル、その上開通して30年以上のものが、まだまだ沢山あるとのこと。事故が起きてから、対策を練るという、いつものパターンは何とかならないのか、と怒りさえ覚えます。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Dec 4, 2012
コメント(0)

今、「怒る技術」をインターネットに連載しています。何回か書いていくうちに、気づいたことがあります。1つは、「怒るのは大人げない」「よくない」との考えの人が多い理由についてです。「怒る」といっても、「なにかにつけてすぐ怒る人」「怒ってばかりの人」は、確かに「大人げない」し、「はた迷惑」と言わざる得ない場合があります。人は、欲求が阻止されると、不満を抱き、怒りを覚えます。問題は、その欲求が身勝手で自分本位のものか、それとも、「怒って当然」の正当なものであるか、です。前者であれば、「怒る内容」「怒り方」に問題があり、それこそ、「怒るべきではない」と、言えるでしょう。とはいえ、怒るのが正当な欲求の阻止にある場合まで、「怒るべきでない」「我慢するのが大人」というのは、間違っています。「怒らない技術」の本で説かれている内容が、怒り一般までよくないこととして、「怒らない」ことを進めているのは、納得いかない話です。第2に、「許せない」という怒り方についてです。身勝手で、わがままな怒りを発する際、「許せない!」を口にする人が増えているのは困った現象です。この言葉を発する前に、<自分は何に対して怒っているのか>の自問が必要です。「許せない」が我慢を重ねた結果の、最後通告だとすれば、もっと早い段階で、「怒りの感情を伝える」ようにすれば、「許せない」を言わずに済むのではないでしょうか。怒ることは、怒りをぶちまけることではありません。ぶちまけないで、「怒りの感情を伝える」ために、「怒る技術」が大事になってくる。わたしはそう考えています。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Nov 26, 2012
コメント(0)
コミュニケーションをよりよく取り交わすには、無意識の流れを意識化し、その上で、実践のための身近な心得がほしいところです。そこで、わたしが考えたのが、「コミュニケーション10則」です。すでに、あちこちで紹介しているので、ご存知の方も多いことと思います。今回、4番の「感情的になったら一呼吸」について、思いついたことを書いてみたくなりました。感情、中でも、「怒りの感情」は、突発的でパワーがあります。それだけに、怒りの感情をコントロールするのは容易ではありません。怒りの感情を伝えるのも、並大抵のことではありません。伝える上で、まず心掛けるのは、突然こみ上げてきたり、溜まりに溜まっている感情をどのように表現するか。その際、「感情的になったら一呼吸おく」ように、心掛けることが大事になります。前置きが長くなる、わたしの悪い癖が出てしましました。何気なく「一呼吸」とか「呼吸」と言っていますが、「呼吸ってなんだろう」これが言いたいことです。感情をぶちまけるのでなく、一呼吸置く。「呼吸」という文字は、「呼」が先です。呼とは、吐き出すことです。呼吸をおくとは、息を吐き出す時の「吐き出し方」なんですね。喘息に悩まされているわたしは、呼吸が苦しくなると、「吸う」ことに力が入ります。どうやって空気を吸い込むか。普段、目にとまらない、空気中のゴミが目前にちらついたり、「吸う」を意識して苦しみます。肝心の、「呼」息を吐くを忘れているのです。もちろん、吸わないと吐けません。でも、吸ってばかりでは、汚れた空気が溜まる一方。どう吐くか。怒り方とは、吐き出し方のことなのかと、思いました。怒っていると、人の話が聞けないというのは、吐き出し方に問題があるからではないでしょうか。「呼吸とは、吐いて吸うこと」この当たり前なことに、今、気づきました。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Nov 19, 2012
コメント(0)
何気なく使っている「向き合う」という言葉。この言葉を、コミュニケーションの中で位置づけ、コミュニケーションの問題として捉えるとどうなるのか。まず、コミュニケーションにおいて、これもしばしば使われる「会話」と「対話」2つの言葉があります。両者はほとんど区別なく使われているようですが、明らかに違いがあります。「会話」とは、楽しむために行われるコミュニケーションのやりとりです。通常は、身近な親しい相手と交わされますが、初対面の相手でも「挨拶」のあとに「会話」のやりとりがあると、親しみが湧いて仲良くなりますね。楽しいやりとりがあるからです。どんなに親しくなっても、相手は自分とは考え方も感じ方も違います。違うからこそ、相手は自分にないものをもっており、刺激を与えてくれる存在です。「対話」は、話し合って合意を得ることを目的とするやりとりです。会話とは目的が異なります。価値観、感じ方の違う者同士のやりとりが前提となりますが、この点は、会話でも変わりありません。対話は、話し合って、お互いの違いを認め合い、そこから解決なり、結論なりを得ようとするものですから、会話よりも改まった様相を帯びることになります。「向き合う」は、対話において必要とされる姿勢です。会話では、向き合いながらも、時に「かわす」こと、言ってみれば、状況に応じて「そらしたり」「外したり」して、話の中に遊びが入ります。「向き合う」に対して、「かわす」。もう一つ、「合わす」があります。相手に「合わせる」こともありますが、「合わせ」てばかりでは「会話」は、「退屈」ですし、「対話」は、話し合いになりません。以上、まとめると、「対話」は、向き合って、粘り強く話し合うもの。時に、駆け引きとし、「合わせる」「外す」などが用いられる。「会話」は、向き合うだけでは窮屈、疲れます。話をそらせたり、ずらしたり、外したりしながら、飛躍、脱線など、自由にやりとりするところに特徴があります。日本人は、「話を合わせる」のが上手ですが、合わせるのは、初対面か、対立が激化した時ぐらいでよいのではないでしょうか。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Nov 13, 2012
コメント(0)
日経ビジネスオンラインで「怒る技術」と題する文章を、全10回で載せています。今、7回目を書き終えたところですが、この試みの特徴は、すぐに読者からの声が返ってくることです。その声の中に、「コラムの文中に『怒りの感情に対して、逃げずに向き合う』という指摘がありました。これまでにも『〇〇に向き合う』という具合に、何度もこの言葉を目にしてきて思うことですが、一体向き合うとはどういうことなのか、わからなくなっています。向き合うという言葉の意味について、教えてください」上のような主旨の「質問」を見かけました。<向き合うとは、文字どおり向き合うじゃないか>と、一瞬ぼやいてみたものの、これでは答えになりません。この言葉について、一生懸命考えている読者を思うと、なんとか答えを出したいのですが、まとまった考えが浮かびません。「逃げずに」と、前置きすれば、「避けずに」とも言えます。相手の目を見て、正面から話し合うこと。「顔と顔を向き合わせて」「自分のありのままの姿で」相手に対面すること。実は、昨日イラストエッセイ「思春期のブギ」と題する本を読みました。その中に「子どもと向き合う」という言葉。ただ、思春期の子とがっちり向き合っても、お互い疲れてしまうだけ。子どもと向き合うのも大事。けれど、それと同じぐらい「子どもをかわす」ことも大事。イラスト入りで、そのようなことが書かれていました。向き合う。直視する。大事なんだけど、つい気張って、自分の考えを押し付けようとする。向き合うは対話。とすれば、力を抜き、時に「かわす」。特に、子どもと向き合う時、相手が子どもであることを忘れてしまうことがありますね。向き合うとは、自分と違う相手と対面しながら、コミュニケーションすること。とりあえず、こんな結論になりました。かわすことも含めて。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Nov 5, 2012
コメント(0)
四国のある研修所に、毎年伺っています。所長のW氏は、表面おだやかな方ですが、内に秘めた情熱の感じられる五十代後半の男性です。W氏は、仕事のかたわらで、俳句に打ち込んでいて、俳句が盛んな土地柄らしいとも、感じたものです。彼は、とあるスポーツ俳句大賞を受賞しています。その時の句が射抜かむや 最後の夏の 遠き的です。女子高生が、的をきりっとした表情で見据えて、弓をひかんとする姿が写真として添えられています。実際は、その逆で、写真を見て、彼はこの句を詠んだのだそうです。何度となく言葉を選んで、その結果、生まれた作品です。わたしは、「俳句に馴染むと、言葉に対する感覚が磨かれるんでしょうか」と、問いかけてみました。W氏は、笑いながら、「そうですね、語彙が豊かになると思いますね」と、答えてくれました。近頃、日本人は語彙が不足しつつあるようです。特に、近頃の子どもに対して言われ、現場の教師がしばしば指南しています。子どもに言うなら、大人だって同様ではないでしょうか。相槌の言葉を書き出してください。詫び言葉を思いつくだけ書いてみてください。こんな問いかけを研修でしてみます。大抵、5つか6つしか出てきません。俳句に馴染んでみようかな、と思ったことでした。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Oct 29, 2012
コメント(1)
すすめられて、三浦しをんの「風が強く吹いている」を読みました。面白かったですね。650ページ、2日間で、一気に読んでしまいました。読むスピードの遅い私にしては、珍しいことです。同じアパートに住む10人の若い人達が、2人を除いて、まったくの素人であるにも関わらず「箱根駅伝」を目指す。練習期間は、1年そこそこ。「陸上の強豪校がハードな練習を毎日、何年もやって、それでも箱根に出場できるのは、ほんの一握りの大学だけ」にも関わらず、彼らは箱根を目指し、練習を始めるんですね。メンバーの1人に、天才的なランナーがいるが、高校時代、監督を殴って退部に。偶然、10人のリーダーである清瀬と出会って、アパートの住人となります。メンバーの中には、漫画ばかり読んでいて、運動音痴の者もいる始末。2人の間の走る速度は、それこそ天と地ほどもある。練習を始めたものの、当然メンバーは、迷い苛立ち、何度となく激しくやりあったりします。一時は、天才ランナーまで「土台無理だ。勝てる訳がない」反発します。この小説の底に流れるテーマは、『頑張れば、報われるのか』です。よく、「努力すればうまく行く」うまく行かないのは、努力しないからだと強調されますが、どんなに頑張ったところで、力がなければムリだという現実があります。そこをどう考えるか。小説の一節です。「物理的に同じ道を走っても、辿り着く場所はそれぞれ違う。どこかにあるゴール地点を探して走る。考え、迷い、間違えてはやり直す」この小説の後半、10人のランナーが箱根往復の十区をそれぞれに走りながら、「走る」について思いをめぐらすところは、圧巻でした。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Oct 22, 2012
コメント(0)
山中さんのノーベル賞受賞というビッグニュースで、マスコミが大騒ぎして、お祭り気分を味わっている内にも、時間は過ぎていきます。その間、再三にわたって、テレビに新聞に登場した山中さんは、「すぐれた話し手」であると、思いました。アメリカに留学して、身をもって感じたのは、プレゼンテーションがいかに大事であるかということでした。どんなに名のある学者でも、プレゼンテーションがヘタな人は、相手にされない。無名の人でも、プレゼンテーションが素晴らしいと、人々が集まってきて、一気に注目されるという光景を目の当たりにした山中さんは、内容を支えるのがプレゼンテーションであると痛感したと、インタビューで述べています。「受賞の知らせを聞いたのは、洗濯機の故障を修理していた時でした。ケータイ電話が鳴ったので、出てみると、英語でノーベル賞を受賞したと知らされました」話しぶりは地味で淡々としていますが、話す内容が具体的で、目に浮かぶようです。その後のインタビューでも、話が具体的で、エピソードを語るので、人々を惹きつけます。学生時代、柔道部にいてケガを10回もしたこと、それによって整形外科医になったのはよいが、手術がヘタで、10分か15分で済む手術に、2時間もかかり、周りから「じゃま中」と呼ばれていたことなど、物事に一生懸命取り組む姿が、ユーモアを伴って話されます。マラソンが好きで、完走を宣言し、疲れても疲れても走り続ける。奥さんから、「走っている姿を見かけたら、やめるように言ってください」とまで言われても走り続けるのは、研究に向かって走り続ける姿と重なります。「頑張って」と、応援したくなります。話し方は山中さんの魅力のひとつです。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Oct 15, 2012
コメント(5)
横浜の「関内駅」に、朝8時半までに到着しなければなりません。先週10月4日木曜日の早朝。JR御徒町の駅ホームで、京浜東北線の電車を待っていました。「鶴見」行きは、途中止まりなのでやりすごし、次の大船行きを待ちました。3分待って電車が到着。同時に、並行して走る山手線の電車も入線して、山手線からたくさんの乗客が降りてきて、京浜東北線の電車に乗ろうと、まさしく「ドヤドヤッ!」という感じで、京浜東北の電車に駆け込んできました。慌てて一緒に乗り込んだのはよいですが、身動きできない混雑。ほどなくアナウンスがありました。「只今入りました連絡で、五反田駅で人身事故があった関係で山手線は止まっています。社内が混雑して申し訳ありませんが、しばらくご辛抱ください」というわけで、各駅ごとに乗客の乗り降りで手間がかかり、混雑とともにお、電車遅れが出始めました。その日の帰り、夕刊で女子中学生が投身自殺をしたと知りました。混雑で苛立っている社内に、アナウンスが入ります。「ドアを閉めさせていただきます」「恐れ入りますが、お荷物をお引きください」いかにも遠慮がち、こわごわ言っている様子に、違和感を覚えたものです。「ドアを閉めます」「お荷物を引いてください」大きな声ではっきり言い切る。その方がよほど乗客の心を引き締め、協力しようという気にさせられるのにと、感じたものです。近頃は、突然キレて、駅員を殴ったりする乗客が増えていること。駅の人、乗客とも、キチンとものが言える人が減少しているのは、困った現象です。話す力をもっと磨いてほしいと、願う者です。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Oct 10, 2012
コメント(2)
先週、今週と2回にわたって「交渉力向上研修」の講師を務めるわたし。交渉は、コミュニケーションであるとの認識のもとに、コミュニケーションの原則からスタートして、交渉の方法について、「講義」と「実習」を通じて、エッセンスを会得してもらおう、というのが狙いです。交渉というと、今もっともヒートアップしている「領土問題」が頭に浮かんできます。両国-日本と韓国、日本と中国-の主張が真っ向から対立し、一歩も譲る気配のないまま、対立は激しさを増すばかり。先日も、野田総理大臣が、国連総会における演説で、「領土問題は存在しない」と言明。これに中国側は、強い口調で反論しました。両国とも、交渉のセオリーに相反する行為を行っています。交渉は、双方の話し合いによる合意形成を目的としたコミュニケーションです。したがって、「自分達の主張を理解させる」ことに躍起になるのではなく、まずは「相手の主張を理解すること」からスタートすべきです。ともに、歴史認識が異なる両国。一方的に自らの主張を発信するだけでは、対立は深まり、お互い傷つけ合うのみです。今朝のニュースは、野田内閣の改造人事で、田中真紀子氏を文部科学大臣に登用すると報じていました。中国においても、間もなく、首脳部が入れ替わり、新体制が誕生するとのことです。これまでのやり方を改める。またとないチャンスではないでしょうか。双方が、自国の言い分を主張するだけでなく、相手の言い分に耳を傾ける。交渉は、生身の人間同士のやりとりです。お互いを認め合うことから出発するのが一番。今、そのチャンスが訪れつつあるのです。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Oct 1, 2012
コメント(0)
朝、出がけに、テレビのスイッチを入れたところ、みのもんたの顔が画面に映し出されました。天気予報をみたいと思ってつけたテレビでしたが、たまたま6チャンネルになっていて、「朝ズバッ!」の放映中だったわけです。「いやー、日航の再出発ね。わたしなんかも日航を応援したんだよね。オリンピックの時も、日航を使うようにしてね。でも、よかった。赤字が黒字に転じて、それも、全日空を上回る利益だっていうじゃないの。赤字路線を廃止したり、社員数も1万何千人かに減らしてね。辞めていった人たちも、日航の再出発を心から願って、そのために退社したという話だもんね。日航の鶴のマークも復活して、<鶴の恩返しというわけだ>」いい気持ちになって、喋っているみのもんたの話を聞いていて、<待てよ?>なんか違和感を覚えました。何千億という、政府の資金援助を得て、多くの退職者を出して、今日の再生であの株式の上場です。お祭り騒ぎのようにし、テレビや新聞で取り上げて、みのもんたのように、手放しで「よかった、よかった」はしゃぐのは、わたしには、ちょっとやりすぎのように思えます。辞めていった多くの人たちは、「わたし達の犠牲の上に、日航の再出発があることを忘れないでもらいたい」悔しい思いをした人たちにすれば、決して心から喜んでいるわけではないでしょう。スポーツにしても、勝った人がいれば、当然負けた人もいる。勝利者の喜びも、はしゃぎすぎないような心得が必要とされます。日航の再生も、その喜びはもっと謙虚であってほしい。そう思いながら、家を出たものです。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Sep 24, 2012
コメント(0)
どなたもご存じの、お茶漬け海苔の「永谷園」という会社。その会社のコマーシャルに、最近登場している、これまた、知らぬ人のいない、超大物俳優の高倉健さん。実は、私は「永谷園」の社内報『躍進』にコラムを執筆して、なんと30年以上になります。長い、長いお付き合いをさせて頂いているわけで、編集部の方々とも、すっかり親しくさせてもらっています。さて、その永谷園が創立60周年になり、それを記念に、高倉健さんを起用した「ありがとう」のコマーシャルを、テレビで流している。これもご存じですよね。1週間前のことでした。編集部の皆さんが、挨拶に来てくれました。早速私が、高倉健さんの映画やテレビコマーシャルの話を持ち出したところ、「これ、どうぞ」差し出されたのが、編集部の皆さんからのお土産で、高倉健さんの実物大の顔写真でした。これがまた、見事な写真なんです。刻まれた深いしわ、渋い顔。実に味わいのある表情に、しばらく見とれてしまいました。ただ、そこにいるだけで、存在感の漂ってくる人、沈黙の男「高倉健」。でも、それはスクリーンの上だけで、「普段の高倉さんは、思いのほか、お喋りなんですよ。意外でした」と言われて、私もびっくりしました。NHKの番組に出演した健さんは、何人かの女優さん相手に、よく喋り、冗談を言って、相手を笑わせたりしていたそうです。もの言わぬ人、沈黙が絵になる人とは、そのように演出された高倉健さんだったんですね。つくられた表の部分だけでは、人ってわからないものだと、感じたことでした。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Sep 18, 2012
コメント(1)
人間は生まれながらにして対等で、平等であるとはいえ、現実の社会では、年齢や地位による「違い」があります。その違いに応じて、相手を敬い、自らをへりくだるところから ・尊敬語 ・謙譲語 ・丁寧語が生まれ、使われていて、それ自体、特に問題はないわけです。先の3つの使い分けには一定のルールがあって、たまに混乱が生じたり、言葉自体を知らないで、戸惑ったりすることはあります。でも、多少の間違いは大目にみて、むしろ、お互い、相手を尊重する「心」に重点をおくべきではないでしょうか。この頃は、人と人とのつながりが薄くなり、他人に対して無関心の傾向がひろがっています。まるで、それを覆い隠すかのように、 「敬語だけが過剰になり」 「独り歩きしている」敬語の問題はここにあります。たとえば、「様」の乱用。なんでもかんでも-乱暴な言葉と言われそう-「様」をつける傾向です。「奥様」奥さんだっていいのに。「ご乗客様」「患者様」、ついには、「お名前様」。なんでも「様」をつけておけば、無難という姿が透けて見えます。もう1つ、やたらと「ございません」。「申し訳ございません」。実に軽々とこの言葉が使われる。「申し訳ありません」で十分。時に、「申し訳ないと思います」。心を込めてこう言われると、かえってよい印象をもったりするものです。「とんでもございません」・・・・と「思ってございます」大企業の重役が、テレビで口にした言葉です。とにかく、もっと簡単に。言葉だけ飾っても、よそよそしく感じるだけです。「ドアを閉めさせていただきます」ひと言、「ドアを閉めます」のほうが、ずっとずっと、すっきりしませんか。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Sep 11, 2012
コメント(1)
「待つ」ということで、近頃思っていることがあります。物が豊かになり、便利なものに囲まれた我々は、「待つ」ということに、きわめて弱くなってしまったようです。まず、わたし。駅舎の1階にパン屋があって、そこのパンがおいしくて、ちょくちょく寄って、買って帰ります。わたしは、食パン1斤買うのに、レジで待たされることにイライラしてしまうんです。並んでいるお客は、多くてせいぜい2、3人。それなのに、レジ係の女性が、菓子パン1個1個を丁寧にビニール袋に入れる作業を見ていて、楽しめません。<もっと早くしてよ。こっちは待っているんだから>と、苛立っているのです。ここで、1分か2分待たされようと、わたしの生活の大勢に、どれだけの影響があるというのか。考えてみると、こせこせしている自分が滑稽です。なぜ、こうも心に余裕がないのか。そこで、例の犯人探しです。見つかりました。JR・地下鉄などの案内放送です。停車中の電車が発車する。まず音楽が鳴り、次に、「電車は間もなく発車します。ドアが閉まります」。相変わらず、駅には音楽がやかましく鳴り響き、やっとホイッスルが鳴って、「ドアが閉まります」人々を急かせておいて、長々と発車の行事。動き出して間もなくの案内放送です。「只今この電車、途中混雑のため、1分遅れております。深くお詫び申し上げます」1分とか2分の遅れを大袈裟に詫びて、人々の待てない心理を煽り立てているのです。いい加減にしてほしいものです。近頃、大声で怒る人の心は、「待てない」心理の影響に他ならないのでは。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Sep 3, 2012
コメント(1)
まったくの素人である私ですが、「領土問題」についての感想を述べたいと思います。領土問題に限りませんが、外交問題は、対立が激しくなると、決まったように「両国幹部級の会談は中止する」との処置をとります。今回もそうでした。確かに、それぞれが自国の領土であることを一歩も譲らず、明らかに両国は鋭く対立しています。とはいえ、対立が激しく、わかりあうのが困難であるからこそ、話し合いが必要なのではないでしょうか。それなのに、なぜ簡単に中止にするのか、首を傾げます。日本は、憲法で「話し合いによる、問題の平和的解決」を定めた国です。日本の首脳は、今こそ話し合って問題解決を図る見本を示すべきチャンスではないでしょうか。私は、こういう時こそ、野田総理が直接、中国や観光を訪れ、トップに会い、話し合ったらどうかと、考えています。会って、相手の言い分に耳を傾け、こちらの言い分も述べる。双方ともに、自国の事情があるでしょう。それらを率直に述べ、理解する。困難な問題ですから、無論、直ちに解決することはありえないでしょう。とはいえ、日本の総理が自ら行動をおこし、話し合うこと自体に価値があると思うのです。間に挟まれて、苦慮しているアメリカだって、日本の総理が、問題を、話し合いで解決しようと行動をおこす姿に、驚き、日本を見直すことも考えられましょう。いつまでもアメリカ頼みでは、困りものです。8月24日、野田総理の記者会見での「不退転の覚悟」は、総理自身、話し合いに乗り出すことによって示してほしい。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Aug 27, 2012
コメント(3)
内田義彦さんという、社会学者がある会でこんな発言をされていました。私、むかし植物の名前を覚えようとしたことがありまして、小石川の植物園に行って少し覚えたことがあるんです。覚えている内に、少し得意になりまして。ところが、今度は覚えすぎたということに気がついた。つまり、池のところに何の木があって、ずうっとまわって行ったら何があるというふうに覚えちゃったわけです。覚えたはずの同じ木を、よそで見たら正にその木であるということが全然わからない。木そのものでなく、木が生えている景色を覚えちゃった。覚えれば覚えるほど、状況を離れてぶつかった時に覚えていない。わたしにも、同じような経験があります。具体的状況が優先して、そこから切り離して、ものそのものを見ていないんですね。話を聞くときも、似たようなことが起こりませんか。昨日も、話し方のインストラクターを目指す人達の勉強会があって、「具体例を使って話す練習」をしていました。人に声をかけることで得られるものについて、自分の具体的な体験を話すわけですが、状況や場面が浮かんできて、聞いていると「具体例の持つ面白さ、インパクトの強さ」を、改めて感じさせてくれます。ところが、聞き終わってから、「誰がどんな話をしたか」と、問いかけてみると、例は思い出すのですが、そこで得たもの、すなわち、話し手の訴えたいポイントが、意外と浮かんでこない。言いたいポイントは、具体的状況を離れても通用するだけの核心をついているはずです。具体例を聞くときの落とし穴がここにあるような気がして、考えさせられました。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Aug 20, 2012
コメント(0)
長い間、文章を書いてきて、 ・いっこうに上達しない ・自分らしい文章が定まららないという悩みは強くなるばかりです。人からよく、「福田さんにとって、よい文章とはどんな文章のことですか」と、質問されます。その度に、思い出すのは、「高校生のための文章読本」です。その中に、良い文章とは 1.自分しか書けないことを 2.誰が読んでもわかるように書く2つの条件を満たしたもの。とあって、20年以上前に読んだ本なのに、今もってはっきり、「よい文章」の条件として、心に刻み込まれています。ここには、文章に対する厳しい姿勢が込められていて、だからこそ、文章を書くということが、人間のさまざまな精神活動を活発化させるのだと、実感します。にもかからず、文章を書く時、「格好いい文章」を書こうとばかり、気取る。これでは、自分の文章なんか、書けるわけがない。腹立ちと、あきらめが、何度となく押し寄せて、それでも懲りずに、こうして文章を書いているわたしがいます。ふと、「好きな文章は」と、思ったことがあります。中野重治という作家がこんなことを書いています。 文章温暖、色眼鏡をかけてでなければ、眼にやけどをしさうな文章の氾濫してゐるなかで、それは私に救ひになる 「文章温暖」。心ひかれるひと言です。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Aug 13, 2012
コメント(0)
土日と猛烈な暑さが続きました。日曜日の夕方、さわやかで涼しい風が吹いて、何とも言えず、快い気分でした。この気持ち良さは、何にたとえたらよいだろうと思ったものの、浮かんできませんでした。今、一時のほっとした気分を味わっています。でも、これは一瞬で、すぐまた、問題が持ち上がるのは目に見えているのです。このところ、「聞く力」「怒る技術」の2つの課題に取り組んで、原稿を書き進めています。同時並行でやっていけるほどの器用さを持ち合わせていないので、3週間ばかり、「怒る技術」を放ったらかして、「聞く力」にせっせと手を運んでいました。明日からは、交代して、「怒る技術」と向き合うことになる予定。「聞く」と「怒る」の2つの共通するものって、何があるのだろうと、ふと、考えました。もしかして、「いらいら」ではないでしょうか。何かをプレッシャーに囲まれているこの時代、「いらいら」は、誰もが抱えています。いらいらを我慢して、自分の内に閉じ込めていると、ストレスが溜まります。いらいらを吐き出し、その原因になっている人やものに対して、「こんなのおかしい」と、ぶつけていくのは、「怒り」です。怒りはぶつけ方や、ぶつける相手を間違えると、自他を傷つけます。子供たちのいじめは、大人だって同じです。「聞く」は、同じいらいらを抱く者同士、相手を受け入れ、共感していくところからスタートします。でも、現実は、こんなにきれいに2つを分けられるものじゃないですよね。なんだか、また1つ課題が増えてしまったようです。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Aug 6, 2012
コメント(1)
筆がぱったり止まってしまう。1ミリも先に進まない。原稿を書いていると、突然、そんな状態に陥る時があるものです。どうにも先に進まない。ふと、もう書けないんじゃないかという不安に襲われます。唯一の望みは、<これまでも、何度か同じ状態に陥って、なんとか乗り切ってきたじゃないか>という、過去の経験です。どうやって乗り越えたかといえば、1日、2日書かずに-というか書けないのですからそうするしかないわけです-、放っておくことです。夜なら寝てしまう。あるいは、酒を飲んで酔っ払う。しばらく時間が経つ内に、<こうもしてられない>と、再び筆をとって書き出す。不思議なことに、筆がペンが、スラスラと運び出すんです。今度も、きっとそんな状態が訪れる。どこにも、確たる保証もないのに、これまでの、そんな経験にすがりつつ、しばらく原稿書きを放っておく。遊びほうける。ヤケになっているようでもあり、諦めているようでもあり、でも、それとはちょっと違う。以前読んだ本。部屋に入れられたチンパンジー、ふと見ると、天井から鉱物のバナナがぶら下がっている。ダッシュして飛びつくが届かない。何度となく試みてもダメ。ついに、彼は飛びつくのをやめる。しばらく休んでいると、片隅に棒が置いてあるのに気づく。<そうか!>。彼は、棒を手にし、バナナをはたき落とす。棒は、部屋に入った最初に気づいていましたが、バナナの下で途方に暮れ、再度、その存在に気付いた時には、意味が違っているんですね。願わくば、棒が私の前にも現れてくれないか、今はそれを待つしかありません。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jul 31, 2012
コメント(0)
大相撲の名古屋場所が昨日、終わりました。29年ぶりの白鵬VS日馬富士の全勝決戦。日馬富士が勝って、全勝優勝で幕を閉じました。わたしが言いたいのは、大関稀勢の里の不甲斐なさです。毎場所のように期待され、日本人力士唯一の横綱候補と言われながら、いつものように期待外れ、本人の口から出るのは、「疲れました」情けない話です。わたしは、彼のファンでした。いまや、ファンであり続けるのがゆらぎ始めています。今場所も、弱点克服のために、体と心を鍛えるのだという話を、耳にして、ひそかな期待、「今場所こそやってくれる」を抱きましたが、相変わらずの負け方で、大いにがっかりさせられたのです。彼に必要なのは、「もっと頭を使うこと」「考えて相撲を取ること」これ以外ありません。体力、馬力に頼り切って、単調な相撲ばかりとっていたのでは、どうにか大関を期待するのが精一杯、大関止まりで終わるでしょう。わたしの予想が当たらないことを祈るのみです。彼は、同じ相手に何度となく負けています。それに、突進してはたかれる負け方を、今場所も白鵬にやられています。二度つっかけ、白鵬ににらまれ、多分頭が真っ白になったのでしょう。相手の動きをみることも、読むこともできず、完敗でした。白鵬に勝って大関になった男です。なぜ、白鵬が他の力士を研究し、取り口を変えて、勝っているか、もっと研究しないのでしょうか。体の柔らかい白鵬の取り口は、体の硬い上体が伸びてしまう彼には、参考にならない?そんなことはありません。学ぶのです。考えるのです。頭を使うしか、彼の成長の道はありません。そろそろ目覚めないと、ね。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jul 23, 2012
コメント(0)
自宅から駅までの道。距離は2キロ。駅に向かう時に、上りの坂道が2ヶ所。その他は、なだらかな、ゆっくりとした上りの道が数ヶ所。途中、森が2ヶ所。一つは森の中を通り抜けられるようになっており、森の中の道は、木にさえぎられていて、昼でも陽はさしません。暑い日は、ひんやりと気持ちがよく、夜遅くもなれば、幾分か気味の悪い気にもなります。駅に向かう道の、最初の森は通り抜ける道がないので、脇を歩いて行きますが、茂った木々が、道にはみ出していて、風で木々がザワザワと揺れると、この森の中には何者かが隠れ住んでいるのかと、他愛のない想像をしたりします。4月から7月位まで、森の斜面に近所の人達が植えたのでしょう、色とりどりの草花が美しく咲きほこっています。4月、5月頃には、黄色い山吹の花が目に留まり、なんとも言えない奥ゆかしさみたいな感じに、足を止めて、見とれたりします。バラも咲いています。わたしは、ピンクより白いバラが好きです。6月下旬、あじさいの花が見事です。鬼平犯科帳のテレビドラマでは、終わりのところで、雨に濡れた濃い紫色のあじさいが目にしみるように映し出されます。森の脇に咲くあじさいも、大小いろいろ。花びらの小さな、白のあじさいが、わたしの好みです。駅までの道。春先から初夏にかけて、わたしは歩くことにしています。花を眺め、うぐいすの声を聞きながら、一番頭にくるのは、クルマです。我がもの顔に走ってきて、道を占領し、スピードを上げて走り去るクルマ。時に、2台、3台続けて通りすぎると、平和でのんびりしたあたりの空気を、一瞬にして慌ただしく危険な空気に変えてしまいます。次々と走り去るクルマは嫌いです。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jul 17, 2012
コメント(0)
土曜日、話し方講座に参加したYさん話です。「先日、本の整理をしていたら、メモが出てきました。夢が60以上書いてあって、それを読んでみて、半分以上実現されていることがわかりました。すごいと、自分ながら感心して、改めて、これからの夢を書き出してみようと、やってみました。50、60と次々に並べていくうちに、先に進まなくなりました。そこで、ふと、あるサッカー選手の言葉が浮かんできました。夢を64以上書き出していくと、そこで、これまで頭の中にあったいろいろなものが一切吹っ切れて、新たな夢がどんどん湧いてくるという趣旨の言葉でした。それなら、と、再び書き始めると、確かにどんどん湧いてきて、80以上の夢を私は書くことができました。今、たくさんの夢を抱えて、わたしはとてもいい気分です」以上のような内容でした。メモを取らなかったので、数字については、アバウトな記憶です。64という数字だけは印象に残ったので、ほぼ間違いないと思いますが、絶対にとは言い切れません。なぜ64なのか、その根拠は話の中に出てきませんでした。でも、面白かった。「量的増加は、質的変化を生む」弁証法的な発展のことか、とも考え込みました。もう1つ、「ストローの話」を思い出しました。ロバの背に、ストローを1本ずつ積み上げて、ロバの背はどんどんふくれ、もう1本のせたところで、ついに、ロバは、重に耐えられず、倒れてしまいます。もう1本のせたことで起こる変化。臨界点。アルコールも、64個、あと1本の「ラストストロー」同様、ある限界を越すと、酔いが表にまわって、人間が変わってしまう。量的増大が、質的変化を生むのは、はたして何事にも及ぶものなんでしょうか。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jul 9, 2012
コメント(2)
手元の角川「国語辞典」によれば、「尾を引く」とは「後まで影響が残る」とあります。はるか昔のことです。中学校を卒業して、神田鍛冶町にある「高野理科学用硝子店」に住み込みで働いていた時、2つか3つ年上の先輩がいて、彼は夜間学校に通っていました。勉強嫌いなわたしは、中卒のまま働いていました。先輩の彼は、10時頃に学校から帰ってきて、一時、教科書を開いて勉強をしたり、まだ起きているわたしに、話しかけてきたりしました。ある夜。「俳句っていうのは、いいなぁ。松尾芭蕉とか、小林一茶、明治の頃なら、正岡子規とか、いい句をいろいろ残してるんだよな」いずれも、名前くらいは聞いたことはあるものの、俳句について、何にも知識もないわたしは、先輩の話し相手ができません。なぜか、そのことが無性に悔しく、そこへ「お前も少しは勉強しろよ」と言われて、今度は腹が立ちました。翌日、仕事が終わってから、神田の書店に行き、俳句の本を買ってきて読み始めたところ、これが意外に面白い。気に入ったのは、「与謝蕪村」でした。実をいうと、それがきっかけで、急に勉強がしたくなって、高野さんの店を辞め、医者の家で書生をしながら、翌年、麻布高校の夜間部に入学しました。いきなり飛んで、現在。俳句については、その後、蕪村の本を1冊買って読んだぐらいで、長い時間が経ってしまいましたが、どこか、「尾を引いている」のでしょう。気に入った句が目に留まると、メモしたり。6月。梅雨の季節。正岡子規に、「涼しさや人さまざまな不格好」なんて、愛嬌のある句があるのを新聞で読みました。ついでに、蕪村の本を開くと、「商人をほゆる犬あり桃の花」こんな句がありました。「桃の花」が目に浮かぶようでしした。年に2、3回。俳句はまだ尾を引いているようです。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jul 2, 2012
コメント(1)
![]()
日本の社会には、いまなお上下関係の意識が残っています。その代表が、職場です。糸井重里さんが、「ジョークは上から下に発するのが原則であって、その逆はない」このように話していたのを記憶しています。「おやじギャグ」「さむい」などの言葉は、下の者が上からのジョークに対する反発や抵抗として生まれたものだと、彼は指摘していました。ジョークや笑いは、上の者が所有し、下が冗談を言ったりするのは、「笑っていいとも」と許可が必要になるのです。仮に冗談を言うにしろ、不用意に発すれば、「場をわきまえろ」と、非難されます。「説得」という言葉が嫌われるのも、上から下を説き伏せるニュアンスが感じられるから。それゆえに、上司は部下に説得されるのが大嫌いな人達です。「怒る」についても、上下関係が影響を及ぼしているのは確かです。部下が上司に怒りのメッセージを向ければ、「生意気だ」「けしからん」と、排除される危険を伴います。抑えられた怒りの感情はストレスとなって溜まり、人々から活力を奪っています。「聞く」「話す」に対しては、話すが上、聞くが下という図式が成立するように思えるのですがどうですか。上司は上から目線でものを言い、部下は下から話を聞く。このような認識が根強く残っているために、「聞く」は「話す」より目立たず、地味な存在に甘んじているのが、現状です。上にかみつく部下もいるし、聞く力を持った上司もいます。でも、少数派。こうした現状を改めるために、職場における上下意識の緩和につとめたいものです。部下が育つ「話し方」著者:福田健価格:1,470円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jun 25, 2012
コメント(0)
インターネットで、「怒る技術」について執筆する企画が進行していて、とりあえず、1回分の原稿を書いてみました。わたしとしては、「怒らない技術」という本は何冊か出版されて、話題をよんでいるのに、「怒る技術」は取り上げられていない。今、必要なのは、「怒る」ことであって、今の日本は、怒りに巨大なブレーキがかかりすぎており、もっと怒ってよい、いや、怒るべきだなどといきがって、「怒る技術」連載の企画に、一も二もなく飛びついた次第です。ところが、書き始めてみて、「怒る技術」が、実に厄介な代物であるのに気付いて、<これは大変な課題を背負いこんだ>と、筆を止め、考え込んでしまいました。無論、引き受けた以上、わたしの主義として、ギブアップはなしです。「怒り」は人間の感情の1つです。感情を表現するのは、コミュニケーションの内でも難しい分野に属し、とくに怒りの感情を表現するのは、ヘタをすると、すべてを破壊することになって、多くの人はこれを恐れ、避けようとします。怒りは、強いエネルギーを伴うからです。今は「やさしさ」が求められる時代。近頃は、男性を見ていても、やさしい顔の男が増えているようです。やさしさがもてはやされる時代、その対極にある「怒り」は、嫌われものの感がします。しかし、です。「怒り」を伴わない「やさしさ」は、表面的で薄っぺらいものではないでしょうか。「愛」についても、怒りを避けた「愛」というのは、個性の感じられない、浅いもののように思われるんです。「怒り」は、強いエネルギーをもつ危険な存在ですが、怒りを忘れたら、わたしという個性も、意味も、一緒に消えてしまいます。危険でも、わたしがわたしであるために、怒りを避けてはいけないと思います。「怒り」は、人としての生きるエネルギー。これをどう伝え、表現するか。四苦八苦しながら、進めていく予定です。※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jun 18, 2012
コメント(3)
![]()
勇ましい題をつけたのはいいが、さあ、どうなるか。でも書いちゃいますよ。ことの起こりは、野田首相の「大飯原発再稼働」の表明です。国民の間には、せっかく節電しようとの気運が高まってきた矢先に、「国民生活を守るため、再稼働すべきだというのが私の判断だ」野田首相はこう述べて、再稼働へのGOサインを出したのです。もちろん、いろいろな見方もあり、利害も複雑に絡んでいたでしょうが、やはり、反対です。その上でさらに。わたしは、橋下大阪市長や、西川福井県知事のずるい態度に、怒りを覚えたんです。橋下市長は、大向こう受けを狙った威勢のいい啖呵をこれまで何度も切って、劇場型政治家としてもてはやされ、人気を得てきました。もてはやしたのは、マスコミですが、橋下知事の雄弁に踊らされたのは、我々じゃないですか。当初、「原発再稼働に絶対反対」を歯切れよく発していた人が、再稼働の動きが活発になるにいたって、「容認ということですよ」と、NOはあっさりYESに。ただし、「夏場に限定」と条件をつけ、野田首相が「夏場に限定しない」と言明すると、再び批判側に回る。橋下さんのような啖呵型の雄弁家には、そのまやかしに気づいて、聞き手はもっと怒るべきです。小泉さんで懲りているはずなのに、またおとなしい聞き手になったのでは困りものです。西川知事も、本来自分が判断すべきことを国に押し付け、あれこれ要求だけして、何か不都合が起きれば、国に押し切られたというずるさがみえみえで、腹が立ちませんか。よい聞き手とは、怒るべき時に怒る聞き手です。平気で理不尽な口をきく上司の話をおとなしく聞いていたら、それを認めたことになり、既成事実化してしまうんです。「その口のきき方はやめてください」思い切って、こう返せる聞き手になりたいね。なぜ人は話をちゃんと聞かないのか著者:福田健価格:1,365円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jun 11, 2012
コメント(0)
![]()
日曜日の新聞の片隅に、こんな投書が載っていました。題は、『用心棒もいいもんだ』投書の主は、71歳の夫。銀行から現金100万円をおろして、別の場所にある郵便局に徒歩で移さねばならない。「わたし一人ではひったくりにでもあったら大変だから、あなた、一緒について来て」と、妻に頼まれて、<まぁ、オレでもいないよりはましだろう>と、ついて行った。銀行のロビーで待っていると、戻って来た妻が、耳元でささやく。「隅にいる男の人、怪しくない?」言われてみると、怪しい感じがしないでもない。現金入りの封筒をポケットに入れ、妻と腕を組んで外に出て、郵便局に向かう。「あの男、ついてきていないか」「まだ出て来ないよ」2人腕を組んで歩くなど、ここ何十年来のこと。気恥ずかしかったが、結構楽しかった。ざっと、こんな内容の投書でしたが、夫は、「用心棒もいいもんだ」と、感じて、妻に頼まれたのを喜んでいるようでした。人は、頼りにされている、必要な存在と思われていると実感すると、大いに元気になり、張り切るもののようです。同じ日曜日の夕方。階下で、トントンと何かを叩く音がしたので、<何をやってるんだろう>と思いつつ、わたしは2階で本を読んでいました。夕食の時、妻に尋ねると、「梅を叩いていたのよ。大変だったけど、終わってホッとした」「だったら、ひと言言ってくれれば手伝ったのに」-思わず言うと、妻が笑い出し、「口ばっかり。あなたはいつだって、手伝う気なんかないくせに」<そうじゃない。うまく頼る姿勢を見せてくれれば、オレだって喜んで手伝うんだ>これ、わたしの身勝手でしょうか。「頼めない」「断れない」人が必ずうまくいく話し方著者:福田健価格:1,470円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Jun 4, 2012
コメント(0)
![]()
今朝、駅の自動販売機で、定期券を購入しました。定期券の購入も、以前は窓口に並んで、結構待たされ、買うのに時間がかかったものです。それに比べて、いまは自動機械でボタンを押せば、簡単に入手できるんですから、便利になったものです。便利が当たり前の時代。にもかかわらず、なぜか、人々の心はいらいらしています。ちょっと待つのにも「いらっ!」っていう感じ。自動販売機に先客がいて、その人が操作でもたついたりすれば、いらついてきます。エレベーターが上から中々降りてこないと感じて、何度もボタンを押してしまうことも。ベーカリーでパンを買うのにも、トレイに好みのパンを何個か入れてレジまで持って行くと、先客が何人もいて、待たされます。<さっさとしてよ。バスに遅れちゃう!>体をゆすり、お店の人をにらんだり。便利なものに囲まれているのに、「せかせか」「そわそわ」「いらいら」を感じて、心が焦ってしまう。ちょっとしたはずみで、焦りは怒りに変わります。ところで、電車の中で、こんなアナウンスを、近頃よく耳にします。「お急ぎのところ、申し訳ありません。この電車は途中混雑のため、ただ今2分遅れで走っています。まことに申し訳ありません。深くお詫びいたします」たった2分遅れで?その上「深くお詫び」とは。これも、人々のいらいらを、怒りに変えない予防策なんでしょうか。かえって、いらいらを助長させると、わたしには思えるのですが……。いらいらを、怒りにしないために、両者を区別して扱ったらどうでしょうか。「人の心を動かす」話し方著者:福田健価格:600円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
May 28, 2012
コメント(0)
![]()
毒舌家といわれる、サント・ブーブに、こんな言葉があります。「たいていの人間の才能は、最後には1つの欠点になってしまう。そして、この欠点は、年をとればとるほど、ますますはっきり現れてくる」この言葉に出会ったのは、何十年も前です。それが、今になって、突然思い出されたのはなぜなのか、自分でもはっきりしません。先日、久し振りにある人に会いました。「わたしも間もなく70になります。70代をどう生きたらいいか考えているんですが、福田さん、ヒントはありませんか」今の60代は、元気、元気の人が多くて、「年とったなんて、実感はないですね」それだけに、60代という10年間は、あっという間。気がついたら70代。ここで、やっと、年寄りの実感が湧くという人も、少なくないようです。70に近づいたその人に、わたしは次のように言いました。「得意科目の落とし穴っていうことを、近頃考えてるんです。あなたの得意科目はなんですか」得意だと思っていたことが、実は鼻持ちならぬ欠点になっていて、気づかないのは自分だけ、では、とんだピエロです。得意と思うと、自分を疑わなくなります。そこが落とし穴で、次第に得意にひからびが生じて、頑固な思い込みにおちいるのではないかと思います。当初苦手だと思いつつ、でも、やり続けているうちに、どうにかできるようになる。それでも、苦手意識は持ち続けている。そういう人の心の中には若さがあるのでは…。間もなく70のその人と、わたしは、こんな話を交わしたものでした。「話す力」と「聞く技術」で人生は変わる著者:福田健価格:1,680円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
May 21, 2012
コメント(0)
![]()
自分を知る上で、1番注意すべきなのは、「自分の得意科目」についてだと、先日、思い知らされました。わたしは、人の話はよく聞くほうであり、聞くのは得意、聞き上手でさえあると自負していたところがあります。わたしにとって、話を聞くのは「得意科目」と思い込んでいたのです。1週間前、ある人に言われました。「先生って、人の話を聞かないですよね」思わず、「え!?」と言いそうになりました。わたしが意外な顔をしたからでしょう。その人は次のように補足してくれました。「一応は聞いているんです。ですから、自分は聞いていると思っているんですね。でも、途中まで聞くと、そこで納得して、自分の結論を出してしまう。そして、その結論を『つまり、こういうことで、こうすればいいんだよ』と教え、諭そうとします。相手からしたら、まだ、その先に話したいこともあるでしょうし、聞いてくれれば自分の気持ちについて、もっと考える気になるのに、先生は話を途中までしか、聞いていないんです」前述の指摘には、<言われてみると、そうかもしれない>と思える節があって、「うーん、そうかな」と、考え込んでしまいました。言ったことをなかなかやろうとしない人がいて、<どうしてなんだろう>と、その理由を聞いてみました。その時のことがよみがえってきたんです。途中まで聞いたわたしは、「でもそれは誰もが経験することで、いわばスランプみたいなものだよ。つまりね」以下、スランプの克服の仕方を教えたりして、それで終わってしまいました。わたし、「聞き上手」ではなかったのです。人間関係が10倍よくなる「聞く技術」著者:福田健価格:756円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
May 14, 2012
コメント(0)
![]()
社員5名の小さな出版社の社長から「出版社というのは福田さん、製造業なんですよ」と、言われたのを思い出しました。なぜ思い出したかといえば、知り合いの女性に、「新入社員に、『モノづくりの会社にようこそ』って言った出版社の先輩の言葉が、なんだかとても納得できちゃったんです。話し方研究所に入社した人に、先生だったら、一言でなんて言いますか」こう聞かれたのです。話し方研究所は何をするところで、「ようこそ」と新人を迎える時に、なんと言うのだろうか。「うーん、すぐに思いつかないなぁ」結局、「ちょっと考えさせてよ」で、答えは保留したままでした。「人づくり」では幅広すぎるし、「ようこそコミュニケーションの会社へ」は間違いではなくても、漠然としすぎています。ふと、「ようこそ、コミュニケーションづくりの会社へ」こんな言葉が浮かびました。人と仕事を支えるコミュニケーションをどう作り、深めていくかの会社。やっぱり、すぐにピンとこない言葉ですよね。そもそも、「コミュニケーション」というのが、日々使われていながら、正体不明で、わかったようなわからない、ピンと響かない言葉です。話は通じないもの。相手のことはわからないもの。それを前提にして、「だから、ほんの少しでも、伝わるようにわかるようにと、試みるのがコミュニケーション。相手は自分と違う人。わたしはあなたではない。みんな違うからコミュニケーション」こうした諸々を、ひと言でピタリ言い当てる言葉はないものでしょうか。教えてくれませんか。ひと言を。コミュニケ-ション・センス著者:福田健価格:1,470円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
May 7, 2012
コメント(0)
![]()
5月1日。今日と明日は、出勤の日。電車の中で、若い男性2人が、「どう、連休は。どこかへ行った?」「子どもを連れて、被災地ツアーってのに行ってきたけど、疲れたよ」「オレも、格安バスツアーっての乗ったけど、満員で、窮屈で、疲れた。おまけに、帰ってきたら、高速バスツアーで、バスが防音壁に衝突して、乗客7人死亡なんてニュースが飛び込んできてさ」「連休も、なんか落ち着かないよな」「まぁ、2日の中休みってところか。今日と明日は」出勤の日が「中休み」とはね。<面白い!>などと、聞きながら思ったものです。連休なのに、「疲れる」「忙しい」。楽しみに行っても、人でごった返して、なかなか休まらない。遊んだり、楽しんだりの生活に、まだまだ慣れてないんでしょうね。わたしも、昨日、「ボストン美術館」の絵を見に、上野の国立博物館に行きましたが、大勢の客にすっかり疲れて、帰ると早々、寝込んでしまいました。近くの公園でも行って、知らない人に声をかけ、お喋りを楽しむ。連休の後半は、そんなふうにしてみたいかな、と思ってます。「ムリですよ。あなたには」妻が、ひと言。さて、どうなることやら。人は「話し方」で9割変わる著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
May 1, 2012
コメント(1)
![]()
日本生産性本部の意識調査の結果の中に、「課長の約9割が、部下の話を聴いている」と回答しているのに対して、一般社員の約3割は「上司は話をあまり聴かない」と感じていると答えているものがありました。上司と部下のこのズレは、どこから生ずるのでしょうか。部下は、話を聞いてほしいと思いつつ、気兼ねがあって、それを口に出さない。上司は、聞いてほしいとの部下の無言のサインに気づかない。このあたりにズレの原因がありはしないかと思うのですが、どんなものでしょう。先日も、管理職研修で「部下の無言のサインをどう読み取るか」について取り上げてほしい。そんな依頼がありました。部下の無言のサインを見逃さずに、いち早くキャッチするには、上司の側に読み取るための目ざとさが必要になります。「目ざとい」とは、目にとめるのが早いこと。ここで、ふと「竹の子取り」のことを思い出しました。自宅からバス停まで、約10分程ですが、途中、森を右手にした道があります。毎年4月中旬、森の道に面した斜面に、竹の子が「芽」を出し始めます。地面がいくらか盛り上がり、小さな青い芽が一瞬、周囲を窺うようにして、ほんの少し顔を出します。周りには、枯れ木や落葉、雑草などがあって、なかなか気づきません。ところが、妻はいち早く気づきます。竹の子を掘るのが趣味になっていて、毎年この時期になると、早朝、森に出掛けていきます。一度、一緒について行ったことがありますが、わたしに見つかるのはせいぜい一つぐらい、彼女は4つも5つも「芽」を発見してしまうのです。この違いは、「関心度」「好奇心」の強さと、そこからくる観察力によるもの。「ほら、そこに」言われてはじめて気づくわたしです。人間関係が10倍よくなる「聞く技術」著者:福田健価格:756円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 23, 2012
コメント(0)
![]()
居酒屋で、2人の男が飲んで、話をしていました。「なにしろ、お前は大ベテランなんだからな。お前はたいしたものなんだよ」「それ、どういう意味ですか」「どういう意味って、いま言っただろ」「意味がわからない」「すぐ意味がわからないっていうのは、お前の悪いクセだ」この2人、お互い、通じ合えなくてイライラしているようでした。今、多くの人たちが、それぞれの立場、役割の中で、「コミュニケーションがうまくいかない」悩みを抱えています。そういうわたし自身、身近なところで、「なぜ、これだけ言ってもわからないのか」若い部下に手をやいてしまう有様です。何の本だったか忘れましたが、こんな一行が書かれていました。人間は、「他人は自分を理解してくれない」という覚悟の上に、長い人生を立てていかなくてはならないのです。そのことを覚悟の上で、生きて、コミュニケーションを取っていく。でも、現実は動いているし、わかってほしい、なんとか伝えたい。そこで、考える。工夫する。この過程の中から、少しずつでも、何かを得ていく。1つでもわかってもらえたら、それを確かめ、喜ぶ。あきらめないことなんだなぁ、と思います。「話し方」で人生が変わる実践ノ-ト著者:福田健価格:777円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 16, 2012
コメント(0)
![]()
知り合いの女性が「話を聞く時、耳を澄まして聞くって、とても大事なんだなって、近頃思っています」ちょっと真面目な顔をして、言いました。話を聞きながら、ともすると、<ああ、こういうことか><つまり、こう言いたいんだ>自分なりの思いが浮かんできて、その思いにそって話を聞いている自分に気づくことがありますね。気づかないでそうしている場面も少なくないかな。声をかけても返事をしてくれない上司がいて、悩んでいる女性に、「頼る姿勢を見せたらどうですか」と、近くの先輩からアドバイス。「でも、わたし、女を武器にするのって、いやなんです」彼女は先輩のアドバイスを、このように聞いたのでしょう。先輩は、「頼る」を「力をかりる」の意味に使ったのかもしれません。彼女は、「すがる」「甘える」などに解釈して聞いたのでしょうか。耳を澄ますのが難しい理由の一つに、言葉の問題があります。言葉は意味をもった音です。ところが、一つの言葉にはいくつもの意味があります。その上、話のやりとりの中で、人は一つの音に、自分なりの意味を付与してしまいます。言葉ではなく、音に耳を澄ます。意味は自分で決めないで、相手に問いかける。「頼る」一つにしても、「すがる」「甘える」「媚びる」「気を引く」「相談する」「利用する」など、いろんな意味があるからね。女性は「話し方」で9割変わる(Premium)著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 9, 2012
コメント(2)
![]()
桜の開花と共に、職場には新入社員が登場してきます。そこで、新人諸君に一言。「人に関心をもとう」仕事をするって、色々な人と接し、様々な人間に出会うことですよね。人を通して、職場を、社会を知っていくのが、これからのあなたの人生なんです。人に関心を持つことと、嫌いな人、苦手な人がいることとは、矛盾しません。むしろ、「人間大好き」なんて、憚らずに言う人は、わたしは「?」と思ってしまいます。嫌いな人、いえ、大嫌いな人がいて、当然だと思います。自分も含めて、人に失望することだってあります。かつて、「人間なんて最低だ」と、やけになっていた時、「人間は、そのあらゆる醜さ、愚かさ、弱さにもかかわらず、地上最高である」という言葉に接して、椅子からころげ落ちるほど驚いたものでした。ロシアの作家、ゴーリキーという人の言葉でした。わたしも、嫌いな人が多くて困っています。第一に、威張る人。エラそうな人が嫌いです。わたしは入社してすぐ、人事部に配属されました。半年くらいして、用事で現場に出向きました。帰りがけ、見知らぬ先輩男性に、「お前、今年人事部に入った奴だな。人事部だからって、威張るんじゃないぞ」と、かみつかれたことがあります。自分が知らずに相手にエラそうな態度を取るが故に、威張った人間が嫌いなんだと気づきました。第二に、やたら大声を出す人。好きな女性に声の大きい人がいます。彼女は例外です。むやみに大声を出さないからです。バスの中で、50代のメキシコの女性と知り合いました。でも、近頃はなぜか、バスで一緒になるのが苦手で、1台バスを見送ったりしています。と言って、彼女が嫌いになったのでもありません。人と付き合うって、一筋縄では行かないものですね。だからこそ、面白いし、自分のちっぽけな考えで、人や世の中を決めつけないことが大事なんだろうと思っています。嫌おうが、離れようが、とにかく、人に関心をもってください。新入社員は「話し方」でグングン伸びる著者:福田健価格:1,470円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Apr 2, 2012
コメント(0)
![]()
ちょうど1週間前、4人で酒を飲みながら、にぎやかにお喋りをしていました。それが、9時すぎあたりから、声が掠れてきて、話しずらくなってきたんです。2軒目の店では、声を出すのが苦しくなり、出しても掠れがひどく、一言一言が不明確で、酔って大声で喋る仲間たちの話を、聞く側に回るしかなくなってしまいました。声が出ない、音にならない、なんたること。翌日は祭日で休みでしたから、家族とどうにか最小限の話をしてなんとかなったものの、次の日から仕事です。面会や打ち合わせ、会議の予定などが入っていましたが、肝心の話ができないので、それこそ「話にならない」。言い換えれば、「仕事にならない」わけです。苦しい、振り絞るような声を出して、何人かの人に、面会の取り消しなどを頼みました。まともな声を出せないことが、これほど苦痛で、かつ、仕事に大きく影響するとは思ってもみませんでした。不覚でした。息を音声に変える「声帯」が何かの理由で故障を起こしたのでしょうか。少しずつ回復しているものの、1週間経った今も、満足する声は出ていません。普通に声が出て、自由に言葉を口に出せることのありがたさに気づき、改めて話すことの大事さを思い知らされました。甘ったれでした。話せるにも拘わらず、必要なことを言わなかったり、「言えないよな」とあきらめたり、工夫もしないで相手を責めたりしている現実が、いかに甘ったれた態度であるかと!「夜中まで飲んでいるからよ」妻の一言に、声が出ていたら、どのように言い返せるだろうかと、考えたりしています。「うるさい」「それとこれとは関係ない」「悪かった。反省しているよ」この程度の返し方では、話せることのありがたさがわかっているとは、到底、言い難いでしょうね。女性は「話し方」で9割変わる(Premium)著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Mar 26, 2012
コメント(0)
![]()
「聞く」ことへの関心が高まっています。本もたくさん出版されていて、話し方研究所も「聞き方講座」を開催しています。ここで、注意しなければならないのは、何かに関心が集まると、そのことだけに集中しやすい傾向です。「聞く」ことが大事となれば、聞く一辺倒になってしまう。「問題は話し方ではなく、聞き方なのだ」などと、思い込んでしまいます。何事にも、両面があります。「聞く」は、コミュニケーションにおける「話す」「聞く」の一つの面であって、両方あって両方大事なのがコミュニケーションです。聞いてだけいても、成果は上がらないのです。聞く耳を持つことはスタートにすぎないので、聞いた結果、次にどう発信し、行動するかが伴わないと、片側通行になってしまいます。「話しっぱなし」ではうまく行かないのと同様、「聞きっぱなし」でも、中途半端なんです。聞くのにも相手がいて、相手からすれば、聞くのも表現なんですね。相手はどんな話し手か、何を一番いいたがっているか。ここが一番わかってほしいという話し手の話を受け止めて、タイミングよく発信し返す。聞いた次の瞬間、もう話し手に回っている。話し手も、話しながら、すぐ聞く側に回る。「聞く」ことを、話し方研究所は、「表現としての聞き方」と位置付けるのも、以上のような理由からです。「キミ、どう思う?」と、部下の話を聞く一方では、コミュニケーションは行き詰ってしまいます。「聞き方」の教育や研修の問題点もここにあるのではないでしょうか。聞くためには話さなくてはならない。話すためには聞かなくてはならない、のですから。人間関係が10倍よくなる「聞く技術」著者:福田健価格:756円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Mar 19, 2012
コメント(0)
![]()
ラッシュの混雑が和らぎ、車内の乗客が減り始めた午前10時近く。わたしは、向かい側の座席に座っている。20代半ばに見える若い女性に目をやりました。本を読んでいて、こちらに向けた表紙に『旨い焼酎の飲み方』カバーで隠されることもなく、太い字が堂々と踊っていて、彼女もまた、堂々とその本を開けて読んでいるではありませんか。なんだか感心して見ていると、視線を感じたのか、本をいくらか下げて、顔をこちらに向けました。目とその周囲がほんのりと赤らんでいます。<おやおや、朝から召し上がっているのか!?>軽い驚きを覚えたものの、湯島駅に到着したので、わたしは電車を降りて、事務所に。ドアを開けて、近くにいる若い男性H君に、「おはよう」と声をかけました。顔を見ると、彼の目も赤いじゃありませんか。「あれ、目が赤いね。二日酔い?」「いえ、花粉症です」「なに、もう花粉症?」「ええ、昨日暖かかったですからね」すると、電車の中の彼女も、花粉症だったのか。そういえば、昨日。電車の中で、ドアからドアの間に座っていた乗客7人が全部マスクをかけていたっけ。その光景に、<思いのほか、風邪の人が多いんだ>そう決め込んでいたわたしですが、中に半分くらい花粉症の人がいたのかも。あるいは、風邪の予防に、またはマスクの好きな人も。何事によらず、すぐ決め込むのは、わたしの困った「クセ」です。女性は「話し方」で9割変わる(Premium)著者:福田健価格:840円(税込、送料込)楽天ブックスで詳細を見る※本ブログに掲載されている文章は、福田健の著作物です。無断で掲載されている記事や写真を転載することはできません。利用したいという方は、株式会社話し方研究所へお問合せください。(TEL:03-3836-9211)
Mar 12, 2012
コメント(0)
全97件 (97件中 1-50件目)


![]()