全21件 (21件中 1-21件目)
1
001 シャレード オードリー・ヘプバーンケーリー・グラント スタンリー・ドーネン(監) カラー113分1963年 002 アラバマ物語 グレゴリー・ペック ロバート・マリガン(監)ハーパー・リー(原) モノクロ129分1962年 003 キリマンジャロの雪 グレゴリー ・ペックエヴァ・ガードナー ヘンリー・キング(監)アーネスト・ヘミングウェイ(原) カラー117分1952年 004 武器よさらば ゲーリー・クーパー フランク・ボーゼイジ (監)アーネスト・ヘミングウェイ(原) モノクロ83分1932年 006 踊る大紐育 ジーン・ケリーフランク・シナトラ スタンリー・ドーネン (監)レナード・バーンスタイン(音) カラー98分1949年 007 黄金の腕 フランク・シナトラ、エレノア・パーカー オットー・プレミンジャー (監) モノクロ116分1955年 008 雨の朝パリに死す エリザベス・テイラー、ヴァン・ジョンスン リチャード・ブルックス(監) カラー115分1954年 009 邂逅(めぐりあい) シャルル・ボワイエ、アイリーン・ダン レオ・マッケリー(監) モノクロ97分1939年 011 群衆 ゲイリー・クーパーバーバラー・スタンウィック フランク・キャプラ(監) モノクロ122分 012 市民ケーン オーソン・ウェルズ ジョセフ・コットン オーソン・ウェルズ(監・脚) モノクロ119分 013 カサブランカ ハンフリー・ボガード、イングリッド・バーグマン マイケル・カーティス(監) モノクロ102分 014 真昼の決闘 ゲーリー・クーパー、グレイス・ケリー スタンリー・クレイマー(監) モノクロ84分 015 アンナ・カレニナ ヴィヴィアン・リー レフ・トルストイ(原作) モノクロ110分 016 素晴らしき哉、人生! ジェームズ・スチュワートドナ・リード フランク・キャプラ(監) モノクロ130分 017 落ちた偶像 ラルフ・リチャードソンミシェル・モルガン キャロル・リード(監) カラー91分 018 恋愛手帳 ジンジャー・ロジャーズデニス・モーガン サム・ウッド(監) モノクロ108分 019 若草物語 ジューン・アリスンエリザベス・テイラー マービン・ルロイ(監) カラー121分 020 子鹿物語 グレゴリー・ペックジェーン・ワイマン クラレンス・ブラウン(監) カラー128分 021 赤い靴 モイラ・シアラーマリウス・ゴーリング ジャック・カーディフ(監) カラー136分 022 名犬ラッシー〈家路〉 ロディ・マクドウォールエリザベス・テイラー フレッド・マクロード・ウィルコクス(監) カラー88分 023 ロビンフッドの冒険 エロール・フリンオリヴィア・デ・ハヴィランド マイケル・カーティス(監) カラー102分 024 チップス先生さようなら ロバート・ドナットグリア・ガーソン サム・ウッド(監) モノクロ114分 2005年2月10日発売ラインナップ! NO 作 品 名 主 演 監 督/原 作/音 楽 備 考 025 第三の男 ジョゼフ・コットンオーソン・ウェルズ キャロル・リード(監)グレアム・グリーン(原・脚) モノクロ105分1949年 026 アフリカの女王 ハンフリー・ボガートキャサリン・ヘプバーン ジョン・ヒューストン(監・脚)セシル・スコット・フォレスター(原) カラー104分1951年 027 小公女 シャーリー・テンプルリチャード・グリーン ウォルター・ラング(監)フランシス・ホジソン・バーネット(原) カラー93分1939年 028 アパッチ砦騎馬隊三部作第一弾! ジョン・ウェインヘンリー・フォンダシャーリー・テンプル ジョン・フォード (監・制)ジェームズ・ワーナー・ベラ(原) モノクロ127分1948年 029 キングコング フェイ・レイロバート・アームストロング デヴィッド・O・セルズニック(製作総指揮) モノクロ100分1933年 030 ヒズ・ガール・フライデー ケーリー・グラントロザリンド・ラッセエル ハワード・ホークス (監・制) モノクロ92分1940年 今日は仕事の帰りにたくさん買い物をしたものだ。梅田の旭屋書店本店で、探し物をしていたらcosmic pictures という聞いたことのない事業者が、500円で世界の名作映画の廉価版DVDを販売しているのをみかけて目がテンになってしまった。たしかに4半世紀以上も前の映画ばかりだ。いや50年は過ぎているのか。若き日のオーソン・ウエルズ主演の「第三の男」を速攻で購入した。これはWOWOWとかでみれそうだが、まあ良い。ごひいきグレゴリーペックの「アラバマ物語」もある。「カサブランカ」はVHSと、DVDですでに持っているがうっかり購入しそうになってしまった。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月28日
コメント(4)
アンパンマンは、小学2年の時、隣町に行った帰りに電車賃を落としてしまって、一人空腹でとぼとぼ歩いていると同級生に偶然会い、そのお母さんがアンパンを買ってくれたんです。その味が忘れられなくてね。誕生しました。いくら戦っても傷つかないヒーローなんてうそっぽい。正義を貫けば、自分も必ず深く傷つく。そんな本当の「正義の味方」を描きたかった。作詞したアニメの主題歌でも、「なんのために生まれて、なにをして生きるのか、わからないまま終わる、そんなのはいやだ!」と、あえて哲学的な問いかけをしました。編集者からは「小さい子には通じない」と酷評されましたが、アンパンマンを最初に認めてくれたのは幼児でした。ぼくは子供だからといって容赦はしない。自分が小学校の頃、ぼくの子供心にトルストイが響いたように、感性に訴えかけるものは必ずある。だから環境問題などのメッセージをしっかり入れるようにしています。(アンパンマン作者 やなせたかしさん談83歳 読売新聞から)皇太子殿下が、記者会見でドロシー・ロー・ノルト女史の教育原理を披瀝されて感動の輪が広がっている。いま、皆さんの眼がノルト女史の「魔法のことば」の側に向かっているのは致し方がない。それは良いことだと思う。しかし、まもなくなぜ皇太子殿下が「魔法のことば」に託してメッセージを行ったのかの意味を問われることになるような気がする。ぼくは子供だからといって容赦はしない。自分が小学校の頃、ぼくの子供心にトルストイが響いたように、感性に訴えかけるものは必ずあるこれは、同感。自分が、過去に書いた「不倫と経済社会」をご記憶だろうか。まさしく、やなせたかしさんの目線と同じ思いが自分にもある。国民のひとり一人が誇るべき13歳を通過しているのか、どうかが問われていると私は思う。皇太子は、あのメッセージの中で国民に次の哲学的な問いを投じたという気がしてならない。あなたはあなたとあなたの日本に真の自信と誇りを抱いていますか?あなたは、忍耐強くなにかをなしとげられるでしょうか?あなたは、あなた自身と社会を正しく評価できますか?この資本主義の時代に社会を公正なものへと導くことを真剣に願っていますか?あなたは、親切で他者への思いやりをたやさない人でいられますか?われわれは日本という国土にあって、相互にこれからも深い信頼を抱きあえますか?なによりも、われわれはこの国にあって相互に愛し愛しあっているでしょうか?スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月27日
コメント(3)
けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになるとげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる広い心で接すれば、キレる子にはならない誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つやさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになるドロシー・ロー・ノルト著 : 「子どもが育つ魔法の言葉」 今日は、映画「火火」をみた。主演は田中裕子である。田中裕子という女性は、若いころに「北斎漫画」で初めてみたのが最初だった。実父の前に全裸ヌードとなって葛飾北斎演じる緒形拳の娘役。とりわけそのシーンが話題になった。なにが話題になったのかというとヌードになっても、およそ筋骨だけ。女性のヌードに求められる筈の扇情度が皆無で、せっかく裸体を拝見させていただいた方が困惑するような妙な具合であった。いや、それ故に「北斎漫画」の滑稽感をひきだして好演だったのである。なにか独特の拍子抜けを演じられる女優だと永く記憶していた。北斎漫画製作=松竹 配給=松竹=富士映画1981.09.12 119分 カラー ワイド 監督 ................ 新藤兼人 監督助手 ................満友敬司 脚本 ................ 新藤兼人 原作 ................ 矢代静一 配役 鉄蔵(葛飾北斎) ................ 緒形拳 佐七(曲亭馬琴) ................ 西田敏行 お栄(鉄蔵の娘) ................ 田中裕子 お直 ................ 樋口可南子 お百(佐七の女房) ................ 乙羽信子 そんな田中裕子さんが、長じて激越な母親役を演じているのに仰天する。息子役の、窪塚俊介が気の毒になってしまうほど。後段で、窪塚扮する長男賢一が骨髄性白血病にかかり壮絶な闘病生活が描かれることになるのであるが、あの名作「愛と死をみつめて」とは対極的である。病床にあって息子に「死ね」とか「これがおまえの最後の誕生日じゃ」などと平然と言い放つ。周囲のベッドにある患者が、「おばちゃん、それはあまりに酷すぎるやろ」と取りなしをするシーンが笑える。この映画は、高橋伴明監督作品。おそらく大学紛争世代で、記憶するのはこのあいだ私が話題にした梅川昭美(あきよし)を描いた監督である。映画「TATOOあり」では、若き日の宇崎竜童氏が好演していた。あの監督にして、この「火火」の主人公、神山清子を描くわけでるからやはり尋常一様な人格描写ではない。つまり、この母親は皇太子殿下直々のご紹介で話題のドロシー・ロー・ノルト女史「魔法のことば」の対極的な表現をこととする。が、その全身全霊の行いは「魔法のことば」以上の言葉であった。いまどきの母親がのけぞるような罵倒表現で長男、長女に日々接する修羅のような果敢な陶芸家であるが、その姿がまさしく「覚有情」の体現であることは自ずと映画を見ている観客にはつたわってくる。田中裕子は、いうまでもなく当代随一の演技力でしられる名優の一人である。菩薩の姿を、これほど具体的に描かれたことは邦画ではまれな事だと思う。「白血病患者でてくるような映画つくるな」と言っていた井筒和幸監督も苦笑いしそうだ。火火 2004年 日本監督:高橋伴明原案:那須田稔、岸川悦子「母さん子守歌うたって」(ひくまの出版)出演:田中裕子 窪塚俊介 池脇千鶴 石田えり 岸部一徳 東ちづる 石黒賢 遠山景織子 黒沢あすか 吉井怜 井原正巳 山田辰夫 塩見三省 下元史朗 鈴木砂羽 原史奈 他スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月26日
コメント(3)
~あらたな海外戦略はこれだ!~世界中のブランドメーカーが集積する中国。工場進出先や競争相手としてのみ見るのではなく、市場と捉えればそこに莫大なビジネスチャンスがある。特に揚子江デルタ地域の要所 無錫市(Wuxi)には日系メーカーだけでも1,000社が軒を連ねる。この地に日本の中小製造業の活路、未来がある!【日 時】 2月25日(金)15:00~17:00 交流会17:00~ 【会 場】 大阪全日空ホテル3階「万葉の間」(大阪市北区堂島浜1-3-1)【定 員】 150名【参加料】 無料【講 師】◆光井将宇氏(近畿大学非常勤講師、中小企業ベンチャー総合支援センターアドバイザー)◆呉宮仁鎬氏(株式会社オーテック代表取締役CEO)ひょんな事で、お招きいただいて全日空ホテルに出向いた。しかし、全日空ホテルは酷い。フロントで聞いても光井先生も呉宮社長の名前も知らない。いや、信じられないのだが全日空ホテルのフロントというのはその程度のものらしい。フロントに聞いたのが間違っていた。まっすぐに3階にあがればよかった。あんな眠いのをフロントに配しているのかと思うと全日空ホテルの利用は考えあわせたい。やや、遅れて会場に着席したのだが幸運なことに光井先生の講演も、呉宮社長の興味深い話題もすべて聞き落とすことなく聞けた。無錫という市については、会場にご参加の大多数の方々よりは多少空気を知っている方なので光井先生が手放し礼賛モードで御話になられない慎重さに好感がもてた。先生は中央官庁にも太いパイプをお持ちで、その情報収集力は凡百のコンサルタントなどとは桁違いである。個人的には何度も相談に出向いたけれど、そのシャープで果断。具体的で明快なアドバイスは価千金である。西日本でも有数のベンチャー支援アドバイザーであると保証する。私に光井先生を紹介してくれたのは、某大手生命保険会社の本店企業部だったが、その前にたまたま母校の経営学部で教授をされていたあの水野博之先生(元松下電器産業副社長)の講演会で話題になった。「うちの若いのがベンチャー企業を起こしているので紹介する」などと気安くおっしゃっていたのだ。けれど、講演会で話を聞いていただけの自分に紹介などいただけると当然思っていなかった。後日生保の宴会で生保側から紹介をされた時に、あの水野博之先生が光井先生を強く推している理由が分かった。1929年 広島県生まれ。1952年京都大学理学部物理学科卒業と同時に松下電器産業(株)に入社。1990年に同社副社長に就任、研究開発を担当した。日米半導体協議の日本側代表を務めるなどIT革命の変遷を知る貴重な立場にあり、1994年以降は日米双方の数多くの大学の顧問や教授として教鞭をとっている。1999年高知工科大学大学院起業家コース長に就任。2001年同大副学長。現在は同大総合研究所所長、関西文化学術研究都市地域知的クラスター推進本部長、コナミ(株)取締役、(株)メガチップス取締役、広島県産業科学技術研究所所長などを兼任している。理学博士。なんのことはない、水野先生と光井先生は立命館大学の当時同僚。しかも、光井先生が起こしたベンチャー事業者の出資者の一人が他ならぬ水野先生だったのである。水野先生は、シャルドネがぶっ潰しちまった会社に出資を審査してくださったキャピタルの大塚武樹氏ともどもスタンフォード大学の講師だったし、大学の先生がベンチャーをやらかすなど度外れたことをなさるもので、それだけでも強く心を動かされた。普通なら中央官庁でキャリア組。なぜ、ベンチャー事業をたちあげられたのか。当時不思議な思いは湧いた。どうやら、その謎の一旦はあの阪神大震災の前後にあったらしい。近畿通産局などと併走して、ボランティアとして新規事業支援に奔走されたようだ。その時代にベンチャー事業の魂を追体験する気持ちから、大学の先生でありながらついに会社まで起こしてしまったなどと生保の企業部長から聞いた記憶がある。その一点だけでも尊敬に価する素晴らしい人である。(関西のベンチャー事業者で、まことしやかにこの手のエピソードを述べる社長はいろいろ知っているが大抵は似非で、取材時にデタラメを言っているのが大半である。)光井先生の講演の最後。まことにもって真実を述べておられた。日本というブランドは、いま圧倒的に現地中国では情報集約的に機能するという事態にある。これはシャルドネも肌身に沁みて彼の地に踏み出すことの妙味として知っている。資金的な指導性だけが、事業の真実ではないという世界がそこにはあるのである。マネーゲーム三昧で、お茶の間をにぎわしているホリエモンとは別の境地がそこには待っているのである。さて、呉宮仁鎬CEOのど迫力の講演も聞きごたえがあった。その稀有壮大な構想力に驚くばかりである。しかも、一言一句に汗かきの手厚い積み上げが透かし見える。これは久々の本格的国際派ビジネスマンの登場だと感銘を受けた。その大仕掛けの数々を一度や二度の講演会だけで聞きとどけることは不可能というものだろう。ナポレオン、レーニン、石原莞爾、、、はたまた呉宮仁鎬か。東大阪、八尾界隈も熱い。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月25日
コメント(0)
>拝金主義者が、科学を部分的に道具としてご都合で摂取しているだけと映る。それならば、商社マンと医師の差など想像するよりも遥かに近接していると言わねばならない。しかり、「医は算術なり」だ。 すごい表現ですね! ”同感です! ゴ-ゴ-モリケンさん実は、私の医者不信は根深いものがあります。2歳で死亡宣告されたときには、3人の医師が自分の祖父を呼べと両親に述べたそうです。まあ、無責任なものですなあ。まともな治療行為をしないで、平気で2歳児を見放したんですね。現実には、母親の必死さと機転で実行した応急処置でからくも死にぞこなったわけなんです。母親は、こちらの日記に以前にもふれましたが京都府立医大の正看護婦だった時代があり、戦後も保健婦として地元役場で勤務していたりなどしました。外地に出向いた兵士などよりも、遥かに大阪大空襲などの支援活動で死人の数も見ている。修羅場をくぐっているという点では、妙な成人男性などに比べても断然腹が据わった面があったようです。日本の医師の権威主義的な顔は、結局生死をわけへだてるような局面に何の意味合いもない寒々しいものだという気がします。このあいだも、楽天仲間とSKYPEをしていたのですがメバロチンのような高脂血症治療剤が、年間に国内売上高1107億円という。このような化け物のような医薬の存在があります。このクスリ、なぜ稼げるのかをよく考えてみれば我々の医療の病的なことが分かるのではないでしょうか。高脂血症って、致死的な病気ではないですよね。健康に気遣いするのは分かりますが、もしかすると病気になるかもしれないよ、って囁くような。病気になることを回避できるかもしれませんよ、って言うような一種の脅迫的な医薬摂取の強要で稼ぐ。極めてダークな稼ぎ方。国は、またそれを追認していると私などには思われてなりません。その妙味がメバロチンに代表される高脂血症治療剤の「正体」だと言っても過言ではないでしょう。予防医療の顔をした、脅迫的な医薬摂取の強要。それをまた国が追認して久しい。わたしは、日本の医療の基調にこのような算術が貫徹している事に子供の頃から猛烈な不快を感じたものです。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月22日
コメント(4)
日本人の社会での相互信頼が、やはり希薄になっている。もともと日本人の輪郭もあやういものだったのだろうと思うが、学校にその卒業生が訪ねてきてインターフォン越しに交渉し、もしや暴漢ではないかと身構えながら対処せねばならない、という事態に今。情けなくも教職員が陥っているなどという風景はまさしく現下の日本人。その漂流具合をシンボリックに指し示しているような気がする。わたしの世代にしても梅川昭美、鳴海清と脱社会的な徒輩は既に存在していたとさきに述べた。それ以後も折々の犯罪を眺めていると日本人の一部において社会からの脱落の様相がますます奇矯さをましていると印象する。しかも、その脱社会化が日常化してきたような思いがつのる。スカイプでポーランドの青年と、週に2度話をしている。彼は日本人から日本語を学ぼうとして、困惑したらしい。そこで彼のイメージする比較的輪郭の明瞭な人間をさがしたらシャルドネに辿りついたのだと言う。スカイプの中ですら、この輪郭の不明瞭さはすでに気配で伝わっているのだろう。たぶん私の語彙の使いまわしが多少豊富であることが学生である彼に好都合だという面もあったのかもしれないが、彼にすれば同世代の日本人の若者と対話しているとこの輪郭の掴みがたさに苦慮するという面があるらしい。日本人の青年との対話の中に自己抽象の歴史が無さ過ぎて、意味を問い質すと窮してしまう場面が多かったらしい。さりとて自分がどれだけ明瞭な自己言及ができているのか怪しいが、もっともらしい自己言及をとりあえずポーランドの青年の満足をさらう程度には演じてみせているという事なのかもしれない。一方、スエーデンの少年と話をしていると、秋葉原や日本橋にあるあの風景と近接しているものを感じる。彼は日本のコミックで日本語を憶えて日本に強い興味と憧れを抱いている。この感覚を、つきあいが良いだけの資格で日本のおやじが満たしてあげるのは相当大変だ。台湾のコミック文化の交流に直接関っている人ともスカイプで話題の交歓を行ったが、相当ビジネス錬度の高い人だとしても日本についてのそのイメージ基盤がメデアに依存して形成されているものだという風に印象した。日本の国土にわれわれが手足を労して踏みしだいていない。そんな時代ゆえに、われわれ日本人もどこかでハイパーなイメージ世界の中に雪崩れをうって漂流し始めているような気分がしてきた。畢竟、ビジネスの世界でもこのようなイメージに漂流した人格や法人格とどのような合意や契約を維持してゆくことができるのだろうか。ふと立ち止まって考えた時に、空恐ろしい気持ちが湧いてくる。いまの、ライブドアの堀江社長の顔を眺めているといま「スカイプの仕掛け」にライブドア社がまさしく関っているその程度に応じてまさしくこのような情況を象徴している気がした。ハイパーイメージのメデア社会に憑依された現代の日本人が、牢固とした既成の日本的秩序に襲いかかっている。しかも、これは始まりだという。然り。それはその通りだろう。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月21日
コメント(0)
(再びクリックでジャンプします)ちょっと、反響が普段のこちらの日記と様相が違うようでふたたび踏み込んでこの話題を考えてみたいと言う気がした。自分の指の不具合、不定愁訴はいまの医療の情けなさについての集約だという気がした。自分はアトピー持ちだ。当然かかりつけの医師もこの年齢になれば何人も持っている。そもそも友人には、医師もいる。夜に電話をいれさえすれば多少のことは踏み込んで聞き出すことだってできないわけではない。以前紹介したセルテクト錠を貰い受けている内科医にも相談はした。誰もどこかのおやじのひとさし指の不具合などに興味を抱いてはくれはしない。家族だって実は懇ろに心配してくれているかどうか。あまり期待しすぎても酷だという面もある。「おのれこそ、おのれのよるべ。おのれをおきて誰れに寄るべぞ」けっきょく自分の身体は、自分がよく整えおくしかないようだ。たまゆら1/fさんWW 名人だもんね~ 骨が90度に曲がった人も来るよ~〈折れているんだけど・・・〉たまゆら1/f氏の繊細な精神は、平素から日記を拝見していてよく分かる。なるほど、他者の身体のバランスの悪さや不具合に関与される職業というものがもたらす精神性というものはこういうものなのか、と改めて感じ入るものがある。それに比べれば我々商社や開発ベンチャーなどという世界は、獰猛な追い剥ぎや夜盗のたぐいと大差ない。酒席でも、鬼畜ワザをどれだけ持っているのかとか、まさかの鬼畜道を分け入ってどれだけ人を泣かせたかを誇示するおやじのオンパレードである。こんな手合いが他人の痛みや辛さに深奥で共鳴するなどということがあろうとは思えない。自分のメルマガで、つねに話題になる「ニッチ独占」志向という発想は、こんにち研究開発型ベンチャー事業者では避けがたい選択として時代の基調のひとつとなりつつあるように思われる。そんな中で固有性(身体性)への深い配慮を基礎として職業化されているたまゆら1/f氏や米本徳雄先生のスタンスは意外にも学ぶべきことが多いと私などは思う。世に肉体の固有性ほど、明瞭な固有性はありえず、これを科学する精神こそが実は本格的ベンチャー事業者にとって必須の教養部分をなすと私は確信しているからである。友人の医師などは胸をはって「医学は科学である」というのだ。しかし、われわれの肉体の固有性についての視野や提言にかぼそい科学など私などから言わせれば科学の名に値しない。それは党派の論理を希釈した立場の表明のようなものにすぎない。科学の標榜をしている、一種の党派性(お仲間意識)である。いうまでもなく医療とは、われわれの肉体の不具合への考慮と治癒についての見通しについての科学でなければ意味の大半を喪失する事象である。いまさら、カネにならない(診療費で稼げない)から扱わないなどと言われたくはない。科学者などとは笑止千万。拝金主義者が、科学を部分的に道具としてご都合で摂取しているだけと映る。それならば、商社マンと医師の差など想像するよりも遥かに近接していると言わねばならない。しかり、「医は算術なり」だ。cruise321さん整骨院はどこでも同じだと思っていました。何かしらknow-howがあるんですね。ところで、具体的にいつもと治療方法が違う部分はありましたか?たとえば、指の曲げ方がいつもより大きいとか、いつもより強く押すとか?そこが気になりますね「整骨院がどこでも同じだ」ということはない。わたしは十代に弱い公立高校の柔道部員としてさまざまな機会に整骨院のお世話になった。整骨師の技量の差は実にさまざまだと思わずにはいられない。「具体的にいつもと治療方法が違う部分」は、ある。まさしく、cruise321さんご指摘の部分が問題の核心である。まず、日常われわれの憂いである触診の不在。触診を忌避する医療があまりにも多すぎる。米本徳雄先生は、視認観察と触診でいきなり原因をわりだされた。その速度は、ともかくもメカニズムについての理解と対処があまりにも素早く、しかも正確を極めていると私には思われた。たかだかひとさし指のつけ根の愁訴であるが、その全身に及ぶ影響をすべて言明されて、その箇所箇所へ次々に手をうってゆかれる。その一つ一つの施療が妥当性を帯びていると感じられた。治療方法の違いは、さることならが治療そのものの前提があまりにも違い過ぎているのは一体どうしたことなのだろう。なぜ、医師はかくも触診を忌避するのだろうか。なぜ、触診を科学の名の下に排除しようとするのだろう。「科学的な触診」というジャンルが医学にどうして生じてこないのだろう。謎は深まるばかりである。キャッシュフローゲーム0726の会さんそこは腰痛でも治してくれるのでしょうか?妻が立っているのも辛い時があるというのなんとなる物であればと聞かせていただいています実は、わたしの実母が同じ悩みで積年苦しみ抜いてきた。お気持ちは痛いほどよく分かる。まずは、新宿のたまゆら1/f氏にご相談をされてみてはいかがかと。ladybird64さんわたしは?も?微妙な不具合の場合は、どちらかというと東洋的なものを信頼しています。東洋的なもの、についても過度に神秘化するのもいかがであろうか。ここは東洋的なものと峻別されてしまった、医療の現在を疑ってかかりたい。科学に西洋も東洋もあってたまるものか。どうして相互に隔離されてしまったのだろう。科学に西東はかならず存在せず、いずれかの日にか、より超越的なステージにおいて「統合的な科学」に止揚されるものと私は思いたい。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月20日
コメント(7)
いや、世の中には凄い人がいるものだ。例によって話は長いが、、、実は昨年秋にバイクで立ちコケをした。めったにバイクで転倒とかしないもので初めての経験だろうか。意外に用心深くて失敗をしない。だが、路面の石でも拾ってしまい走行時ではないのに横倒しになってしまった。その時に、右手人差し指をヘルメットにぶつけたのだ。以来、たいした怪我でもないのだが右手人差し指のつけ根が不具合で困っている。捻挫だの、脱臼だの、骨折だのというほどの大仰なものではない。それだから始末に悪い。まして、ごぞんじのとおりキーボードの樹脂が磨り減るほど毎日メッセージを打刻し続けている。自分のノートパソコンのDELLも、THINKPADも、MACのもすべてキーボードは表面のアルファベットが読めないぐらい磨り減っている。指が休んでいるような暇を与えてやったことがないのだ。そんな酷使されている右手人差し指のつけ根である。6ヶ月も不調で心地よいはずがない。そこで、我らが楽天日記のスカイプ仲間にしてシャルドネの大参謀である たまゆら1/f氏のアドバイスである。凄い人がおられるという。なにせ思い立ったら即行動というパターンの人間である。すぐさま飛んでゆきたかったが、思うにまかせない今日まで。ようやくの、週末。さっそく土曜日朝からすっ飛んでいった。自分のご近所は、大阪の官庁街ではあるが半径300メートルぐらいの処に軽く10件は整骨院がある。実は、すでに4ヶ月ほど通っている整骨院もあるのである。朝からドラッグスターで、第二阪奈を使へば大和郡山もさほど気になる距離というわけでもない。しかし、要するに地元では「埒(らち)があかなかった」のである。余談だが、澁澤龍彦の多用する「埒」とは「馬場の垣根」の事だ。馬場の垣根を空ければ馬が驚喜して飛び出すだろう。最近、自分はテストステロン軟膏すらも用いたことがないもので一向に埒をあけたことは無い。侘しいものである。(謎)しかし、バイクで飛び出した先はみごとに埒をあけてくれた。わずか数秒の出来事である。昨年の夏から、2月まで悩みに悩みぬいた人差し指のつけ根の不具合は たまゆら1/f氏の予言どうり大和郡山のゴッドハンドの触診とわずかな手指の調整作業で見事に直ってしまった。世の中は広い。なにごとにも奥が深いものがあるとつくづく感嘆するばかりである。いったい何事が起きたのかわからないほど素晴らしいワザをみせつけられた。(画像のクリックでジャンプします)スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月19日
コメント(8)
ニフティ株式会社は、1987年4月から運営してきた「ワープロ・パソコン通信」サービスを順次縮小し、2006年3月31日(金)をもって終了します。これまで「ワープロ・パソコン通信」サービスをご利用くださいまして誠にありがとうございました。「ワープロ・パソコン通信サービス」は、現在提供中のインターネットサービス"@nifty(アット・ニフティ)"を1999年に開始した後も継続利用者が多く、運営を続けてきました。しかし、インターネットの普及とともに利用者数が減少している事実を受け、終了させていただくことになりました。(クリックでジャンプします)「現在提供中のインターネットサービス"@nifty(アット・ニフティ)"を1999年に開始した後も継続利用者が多く、運営を続けてきました。しかし、インターネットの普及とともに利用者数が減少している事実を受け、終了させていただくことになりました」などとは笑止千万。ついに、ニフティーは90年代を通じてどにぶい富士通の事業指導の故に絶好のネット支配のチャンスを自爆的に捨て去った。いまだにその自覚がないらしい。そもそも、「パソコン通信終了告知」にまでニフティーマネージャーのエンブレムを用いているなど狂気の沙汰である。つまり、いまだになぜ130万人規模もの旧パソコン通信時代のきわめて良質なネットワーカーがもののみごとにインターネット環境下で離散してしまたのか、という富士通自身の失態について内省を欠いているのだという事を見事に示している。当時のニィフティーサーブが擁していた日本のネット人口は、彼ら富士通経営幹部がバカでなければその後のインターネット環境においても圧勝を約束した内容だったと思う。いうなればlivedoorも楽天もありえない程の独り勝ち状態にあった。しかるに、その局面でおろかにも子供だましのようなニフティーマネージャーを会員に対して強要し、巨額の通信課金をものともせずに草々期のネット社会を支え続けてきた心あるネットワーカーらを繰り返し飽きることなく虐待しつづけてきたのである。その愚昧さに、ついに気づくことなく幕引きに際しても「インターネットの普及とともに利用者数が減少している事実」などと臆面もなくモノがいえるものだ。このような恥知らずを痛罵するすべをしらない。「アホちゃいまんねんパーでんねん」とでも言うしかない。卒業写真作詞・作曲:荒井由実唄:荒井由実/山本潤子1 悲しいことがあると 開く皮の表紙 卒業写真のあの人は やさしい目をしてる 町で見かけたとき 何も言えなかった 卒業写真の面影が そのままだったから 人ごみに流されて 変わってゆく私を あなたはときどき 遠くで叱って2 話しかけるように 揺れる柳の下を 通った道さえ今はもう 電車から見るだけ あの頃の生き方を あなたは忘れないで あなたは私の 青春そのもの 人ごみに流されて 変わってゆく私を あなたはときどき 遠くで叱って あなたは私の 青春そのもの(クリックでジャンプします)スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月13日
コメント(1)
昨晩は、あわてた。自宅に戻りパソコンに電源をいれるなり、一度に5箇所からスカイプでコールが入った。スウェーデンの少年。朝、出勤前から「夜に御話しようね」って、カタコト英語とカタコト日本語で約束していた。また、ポーランドの学生。こちらは、普段から多忙につぐ多忙でめったに御話できる機会がないので、なんとか彼にコンタクトを維持できたらと思っていたのだが、彼の方もこちらにつなげられないので諦めて落ちそうになっていた。愛知県からも、楽天日記のお仲間からチャットモードで声がかかる。どうやらロシア側からも、初お目見えの方がスカイプ希望。その間を縫って、家族がスカイプでブイブイコールしてくる。まさか、この方々とパーティーラインで御話するわけにもゆかずパニ喰った。思わず叫ぶ----I'm sorry ..terrible... スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月12日
コメント(4)
難しいことは判らないけど富士山も海の底もゴミだらけ・・・プラスティックやナイロンなどの燃えないものがいつまでもあるのよね。川の水も海面活性剤で汚染されているらしいですね。誰かが叫ばなければ・・・。ひめちゃん3058さん考えてみれば、自分の年代は日本の石器時代から中世を経て近代までを猛烈な勢いで追体験したという気分がある。すでに、繰り返し述べたように都留重人氏の「経済白書」によれば1945年の日本は縄文人の生活域だった。いまどき百円均一ショップでも買えるような砂糖や大福のために多くの人が命を落としたりした。飢餓線上で、彷徨う日本人にとって物資の絶対的な窮乏から逃れることは恋焦がれるような強い願望であった。物質は求めても存在しないものでせいぜい夜陰に乗じて「くすねてくる」ものだった。子供の頃、大阪の某所では白昼路上に自動車をとめて公衆電話をしていると四つのタイヤが消えてしまったなどという事件。日常茶飯事だった。そこで警察を呼びに走ったところ、巡査と戻った路上にはあとかたもなく自動車が消えてしまったなどという嘘のような話がゴロゴロあった。物資などという言葉は、いまどき死語だろう。一体いつごろから我々の生活周辺に眼を疑うほど物質があふれかえっているのだろ。あれほどお世話になったセルロイドは、いまでは探してもみつからない。ダイセル化学のセルロイドなど、昨今はお宝鑑定団でしかみかけることもないレアマテリアルである。我々の生活にこれほど溢れかえっているプラスチックを、洪水のように浴びるようになったこの時代をふと我にかえり振り返ってみたい思いが湧いてきた。毎晩、セルロイドの石鹸箱で銭湯に通いユリア樹脂のお皿で給食を食べていたあの時代が懐かしいわけではない。しかし、この物質の蕩尽ぶりはいったいどういうことなのだろう。我々が毎日ゴミとしてあつかっている化学物質は、いつからゴミのようになってしまったのだろう。新シリーズ、「プラスチック物語」を始めることにする。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月11日
コメント(1)
またまた、スカイプねたである。モロッコのお兄ちゃんは、どうやらchardonnay99って自分のHNに反応したらしい。彼は、英語はシャルドネとどっこいどっこいなのだけれども、フランス語は堪能らしい。間違ってフランス語のできる日本のおやじだと勘違いしたらしい。(笑)モロッコのインターネットカフェから声をかけてきて、周囲がいたってザワザワと騒がしい。独身の36歳だと言う。「若いじゃないか」と、呼びかけたら「独身なんだと」情けなさそうに言う。こちらも良く似たものだが、異国のおやじに悩みの相談を持ちかけられるとは思わなかった。しかし、これまで日本国内で下手な英語を使う必要も動機もなかったのだけれどもすくなくともスカイプは、アフリカの青年の愚痴ぐらいは聞くというレベルの目的であはあっても英語を使うという機会を与えてくれた。下手に翻訳ソフトをつかったりすると、とんでもない語彙を使いかねない。今日も、小動物が好きだなどというから「優しいね」って声をかけるべきところを「安易だね」とカキコしてしまった。日本語で「やさしいね」なんて掻き込んだら「easy」な訳語が飛び出しかねない。それよりは、ブロークンな英語で喋っている方がよほど誤解を与えずにすみそうだ。フットボール好きなアフリカの青年にモロッコ産のタコのはいったたこ焼きを食わせてやるから大阪に遊びに来いよ、と言ったらゲラゲラ笑っていた。年齢差は、あるがスカイプ仲間っていうのは予想外に打ち解けて友だちになりやすいように思う。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月10日
コメント(0)
赤虫は気持ちが悪いけど・・・いきなり目の前に広がる波模様、こんなに近くから見るなんて。所々に見える水玉。上のほうから日記を読むと底の底にこの赤虫がうじゃうじゃ絡まってる様子が目に浮かんでくるけどこれも飽食の果てなの?ゆらゆら揺れる波頭は平穏に見えるけど??? ひめちゃん3058さん(2005/02/13 09: 41 AM) (クリックでジャンプします)おはようございます。ご指摘は、昨年の「三界に家なし」シリーズのお話ですね。古いシリーズは、誰も読んでいただけないのですが遡ってお読みをいただけて感激です。一昨年から、いろいろな話題を記して来たのですけれども誰も過去ログを読まれないから一旦整理してフリーページにあしらったものもあります。「三界に家なし」のシリーズは、結構ながいシリーズでした。シリーズのもっとも先頭は、去年の10月7日です。いま、ひめちゃんさんのような奇特な方のために過去ログを数えて以下に枚挙してみました。ぜんぶで21回シリーズだったという風に思います。誰も読まないという、粗末な扱いになっているのも不憫ですので近々フリーページに転載をするつもりです。 水を畏れよ「三界に家なし」 謎づくめの水の惑星「三界に家なし」 まるごとフリーズ「三界に家なし」 清濁あわせ呑む「三界に家なし」 清濁あわせ呑む2「三界に家なし」 清濁あわせ呑む3「三界に家なし」 清濁あわせ呑む4「三界に家なし」 コップ一杯の「三界に家なし」 水の流れのように「三界に家なし」 湖沼のいのち「三界に家なし」 ただの水たまりではない「三界に家なし」 話せば分かりにくい「三界に家なし」 椅子は一つもないのです「三界に家なし」 蚊ほどの菩薩道「三界に家なし」 異聞「三界に家なし」 魅了されるその不思議「三界に家なし」 造化の神の無限なふところ「三界に家なし」 物質の倉庫「三界に家なし」 燃える氷「三界に家なし」 ガイアの紊乱者たち「三界に家なし」 韋駄天の化体か「三界に家なし」スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月09日
コメント(0)
最近、パソコン利用中の作業が忙しい。ミドル英二氏おすすめのピンズラーをiriverで聞きながら、日記更新をする。同時にスカイプ全開でアジア、中東、南米の諸兄と話題交歓を行っているからである。少々頭が分裂気味になっている。これまでお話した相手は、日本のみなさんよりも海外の昼夜逆転組との会話の方が多いかもしれない。ポーランド、トルコ、台湾、ブラジル、、、だいたいヤフーチェスでお相手をしてくださった国に重なる。ヤフーチェスは荒っぽいアホも多いのであるが、分母がやはりデカイ。腕っこきの強いのがゴロゴロいるので簡単には勝ち進めない。下手に勝ち上がると「ぶち殺す」などと物騒なことを言われかねない。どうしても勝ちレコードが残るシステムにこだわるヤカラが無茶な真似をしても勝ち記録を残したいらしい。だから、結構チャットでチェスも楽しみはしたが、やや疲れた面がある。時間差は、やはり8時間とか12時間とかザラである。それに比べれば、いくら口ごもっていてもSKYPEの音声チャットでの情報量は桁違いに多い。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月08日
コメント(4)
Re:麻原彰晃のいる風景(02/05) いろいろ考えたが・・・。民主主義という本質をジクジク考えたら、少数派の意見・存在が尊重されない民主主義が現実であれば、必要悪として過激な反体制的な言論には、意味があると、再認識している。シャルドネさんの存在は貴重だろうな~。(alex99さん)alex99さん、こんにちは。先日、宮崎哲弥という知られた評論家が世間で話題の青テントを指して「資本主義には堕ちる自由もあるのだから青テントで暮らす連中を救済する必要がない」などとテレビで放言していたのをみかけた。最近、この手の放言は日常的に耳にするのだが、この宮崎発言がその集約的な印象を抱いた。別に、宮崎哲弥になんの恨みも、つらみもない。たまたま集約的な表現だと感銘を受けたのである。「資本主義における堕ちる自由」とは。ようするに高い偏差値の維持で、追いかける受験生をバッタばったと振り切って名門私学に入学したと自慢しているような感覚の裏声である。言うまでも無く彼は、受験によって有名私学の慶応へ入学し、そのことの恩恵には間違いなく浴している。このことが彼の社会排外主義者としての現在に、かならず残滓として影を落としているのは間違いない。今も彼がまみれているという証左かもしれない。それをひけ目として述べるのならばまだしも、尊大に手放し礼賛で終始するのであれば我々も多少とも突っ込みたくなろうというものだ。余談ながら彼は、自助努力のみで多くの受験生を振り切ったつもりでいるのかも知れない。しかし所詮は、彼の受験期における家庭環境の当然の帰結に過ぎない。恵まれていたか、いなかったかは知らないが両親が青テント暮らし同然の子弟で、一体どうして慶応大学に入学することができようか。こういう想像力の欠如が、実はほんとうは一番問題なのである。権力の本質を定義すれば、さまざまだ。私見ながら、「自身を一切債務者であるとの認識に立てず、その感覚を喪失したるもの」を権力者と呼んでも良いのではないかと私は考えている。宮崎哲弥は、自身がこの世から借りをつくっているというような発想には一度も立ち至ったことがないのだろう。昨今、企業社会においてほんとうにリスクをとっている開発型事業者がそのリスクゆえに事業環境の整った大手にさんざん卑劣きわまり無い仕儀で愁嘆場へ追いやられる現実。彼にはたかだか資本主義社会における「堕ちる自由」の行使という風にしか見えないのかもしれない。こんなヨタを飛ばす評論家など、学部生時代に黄疸をこじらせて逝ってくれても良かったと私は思う。自分の従兄は、某国立大学をでてからしばらくマネシタ電工において配属された先。そこではひたすら東芝の家電製品をバラシて低コストのコピー品を仕立てるという日常だった。酒席では、なにかといえば生涯賃金の格差を根拠に私の生活と意見を揶揄する。いらぬ御世話という他無い。彼ら社会排外主義者の腹のうちはこちらにも先刻まる見え。見事に見え透いているのだ。東芝からパクル同じ手口で、零細な開発事業者に対して仕掛けられたのではたまったものではない。※注社会排外主義とは、いいかえれば既得権益温存主義という事だ。 シャルドネしかし、彼らの「腹のうち」がそのようないびつにねじ曲がっているがゆえにこのあとも澎湃と梅川昭美や宅間守のような確信犯や凶悪犯罪がこれ以後も続々とこの世の中に湧いてくるのである。その系譜につらなるような連中が、今世に溢れようとしているがゆえに、それゆえ避け難くセキュリティービジネスが隆盛になっているではないか。彼らが終生その債務に気づかないのは致し方がない。宅間守や、小林薫に代表をされる「歩く自爆テロ」のような破滅的な人格がふいに身辺に登場して子女に危害を加えられてしまう。そのような劇的な事態になったとしてもまだ自身の債務について想像が及ばない。資本主義の恩恵に浴する(などと思い込んでいる)者たちは、いかようにもど鈍いと言うほかない。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月07日
コメント(6)
シャルドネさん お元気そうでなによりです。膨大なブログ、ぼちぼち読まさせていただいております。こちらは、公私とも体調を悪化させ臥せることの多い身の上にて、実にうらやましい。懐かしい話題に釣られて飛び出してきました。>>まぼろしのと言うのは、あまりの粗野な放言癖のインテリやくざばかりが>>集まったために、ついに松島氏も持て余し、>>とどのつまりは富士通ニフティーサーブに廃絶された>>といういわく因縁深いフォーラムだったのである。粗野な言動で 旧BHINT廃絶、の引き金を引いたのがわたしめShunske8 です:^^)。よそのフォーラム(FKYOTO)で暴れたあげく追放の憂き目にあった経緯をSBHINTで書き立てたら、そこの西川某なるシスオペ(といって、何者だかわかる人はもはや稀少でしょう)が、ビジネスに追われ手放し状態だった松島氏に、ニフティ経由でねじ込んだ結果、松島氏が「クレイフイシュ社には不要の物」と切り捨てたというのが「持て余し」の経緯です。当時、ニフティサーブは思想フォーラムの名誉棄損事件を抱えイメージ悪化を恐れていたのでしょう。まもなくパソ通が衰退しインターネットの匿名掲示板が、世間を賑わす数々の事件の舞台となってしまったことを鑑みれば、かわいいトラブルですが。>>ネット検索しても、往時のパソコン通信時代の話題がまったく捕捉できなくなってしまった。あれっ、これは「bhintはログをサーバー上に残さない」という大方針だったからではないでしょうか? 私の放言やシャルドネさんの言行、一部なら私のほうでアーカイブしてありますからよろしかったら、どうぞ。そのデータも持ち主も、いまや余命幾許もないはずですから、必要でしたらお早めにお申し出を。(Shunske8さん)体調を崩しては、何事も始まりません。松島庸君は、まだまだ新聞紙面を賑わしているようですね。「追われ者」も、十億円も貰って追われるんならば悪い話でもなさそうです。まずは御身御自愛の程。しかし、手ぶらで大阪に出てきたときには鶴橋で焼肉を奢ってやったのにクレイフィッシュ時代にもお茶もださない酷い奴だった。(爆笑)当時のシスオペ代行は、FBMANから転じたK君だったですね。彼は、古いログをバサっと斬り捨てた。彼の短慮さがアクセス降下の原因です。ログというものは、多面的に機能する。彼が書いたものでもないログには、彼の趣味を越えた力があるわけですが彼にせよプレジデント社の石井伸介氏にせよ、ログ生産者があとからあとから湧いてくるなどという錯覚に陥って平然と書き込みを清算しちまう癖がありました。これがニィフティーサーブ人士の陥る錯誤の中でも致命的なもののひとつです。新発想ビジネスヒントフォーラムは、表面的にはShunske8氏の舌禍事件に端を発しているようにみえますが(事実それも無視できない面もあると思いますけれど・・・)ほんとうの処はどうなのでしょう。むしろ、K君がそれまで新発想ビジネスヒントフォーラムで表示されていたログを消し去ったこと。そのことで急速に、SBHINTのアクセスが激減した。これを密かに当時の松島庸が嫌気していた。K君は、無邪気に我流でまわそうとしてアクセスを増やすスベをまるで持ち合わせがないまま、松島庸の廃絶方針に諾々と従った。そういう印象を抱いている私です。この視点は、意外にFBMANの内外でみていた目撃者にはあるらしいですよ。といっても、当時のニィフティーサーブの「お値打ち」を知らない方々にとっては何のお話だか分からないでしょうね。(笑)その後、松島庸氏が日米同時上場をクレイフィッシュで遂げて華々しくCNNにまで登場するようになって多くの関係者の耳目から消失してしまった。裏面史ですらない、こぼれ話にもならないような話題ですから。>>ネット検索しても、往時のパソコン通信時代の話題がまったく捕捉できなくなってしまった。あれっ、これは「bhintはログをサーバー上に残さない」という大方針だったからではないでしょうか? 私の放言やシャルドネさんの言行、一部なら私のほうでアーカイブしてありますからよろしかったら、どうぞ。いえ、自分が一昨年こちらの日記を始める前にはFBHINTというキーワードで検索するとまだまだパソコン通信時代の新発想ビジネスヒントフォーラムを懐かしむ声が捕捉できたりしました。けして、当時のログを求めての思いはありません。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月06日
コメント(0)
80年代の中頃、いきつけの書店に麻原彰晃の写真集がヒラ積みで並んでいた時期の事を思い出す。一度だけ、気がかりで写真集の内容を広げてみた。空中浮遊の試みが写されていて、少々唖然としたような記憶がある。JR天王寺の駅近くの書店だった。80年代のはじめ頃かと思っていたが調べれば85年頃の事らしい。日航機に乗っていた坂本九らが御巣鷹山に激突したあの時代の事だったのだ。麻原は、自分よりも少し年下。3歳年下の妹よりも、幾日か遅く生まれている。「上を向いて歩こう」を聞きながら、誰にでもチャンスがあると思えた。そんな時代を生きていたはずなのだが、よくよく考えてみると到底まっかな嘘だといち早く気がついた。その手の男たちの一人だったのだろう。同じ嘘にまみれるのならば他ならぬ自分が「一番大嘘をついてやれ」という発想も生じかねない。ひとりは、梅川昭美。はたまた、鳴海清。梅川は、どはずれている。鳴海は、大阪の下町では記憶している人も存命だ。鳴海清は、まさしく自分と同年になる。梅川、鳴海、麻原のこの年代の鬱屈感は、たしかに尋常ではないような気がする。豊田商事の永野会長も同年。いずれも全共闘世代とは呼び難い。全共闘などという叛乱する学生左翼もどきが、そそくさと企業社会に吸引されて閉塞していった過程でも、この彷徨える魂はどうにもこうにもおさまりがつかなかったらしい。皆が、皆彼らのような凶悪犯となったわけでもないし、そんな悪行非道に同伴しなければならない義務もない。しかし、彼らのいかんともし難い反社会的な性向はこの国でも珍しい徹底したものだったような気がする。自分は、JR京都駅前のどうしようもなくいまや世界遺産にもまんまと御指定になるありがたそうな仏閣を総本山とする某仏教教団の宗旨だということになってはいる。しかし、いまは皇族とも血縁を結んで悟り済ませた顔をしている教団の門主たちも、その素性は今をさかのぼる何百年か昔、中世では鳴海や、麻原とさほど大差ない魂の持ち主で占められていた。あまりの激越さに閉口して、織田信長が徹底的な武力弾圧を加えたほどのものだったらしい。結局、長い歴史の中で折り合いがついてくると知らぬ間に天皇家との距離を求めて堂々と陳腐なまでのスノッブとなる。これの繰り返しを狭い国土でなんども繰り返して来たのだろう。21世紀も後半ぐらいになったなら、和光大学だかに入学した麻原の娘の周辺などで誰かがまんまとロイヤルファミリーの末席にでもすべりこんでいるかもしれない。冗談だろう。いや、冗談なのだ。だが、こんな悪い冗談のようなことが繰り返されてマターリしてきたのが「この国のすがた」なのかもしれない。そんな気がする。そういえば、田原総一郎や吉本隆明は不思議なほどに麻原彰晃を持ち上げていた。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月05日
コメント(4)
かつて、養老孟司氏は興味深いことを述べています。「高島平の団地などに死体を取りにゆけば分かるのだけれど、エレベーターに御棺が入らない。あれを建てたときには、なかで人が死ぬことを考えていないはずだ、だからあれは普通の建物ではない。新宿の高層ビルも同じで、そこで子供を産む気になるといったら、そんな気になるはずないから、あれも普通の建物じゃない」この国が、「早くから医療に興味を持つし、具体的で真剣である」人達で形成されている現実と実はけして無関係ではない、と私などは思っています。人間に生き死にがあるように、社会にも歴史性というものがあります。歴史性とは、つまるところ他者の---それも途方もない規模での他者の抱え込みであります。現在から未来にむけて、ある一定の理想にそって予測可能なものに整然とかたちづくられることを是とする思想や信条とか、はたまた事物を自分のコントロール可能な範囲に留めようとする事とは疎遠なもの。それが歴史性についての了解についての大切なスタンスです。(クリックでジャンプします)あちこちで連日ヨタっているシャルドネであるが、今日もつい みらい0614さんの日記に立ち寄りして例によってヨタっていた。パソコン通信から、10年以上もたって慣れっこの事ながら次々と色々なテーマに遭遇するものだ。誰にとっても興味のないことを、いつまでもクドクドとヨタっていられる理由はやはり自分の中で永年考え続けて来た、その夥しい規模の「蕩尽」と無縁ではない、と思う。たぶん、有名書店の思想書コーナーには自分などよりも遥かに深遠で透徹した思弁が開陳されていることかと思う。しかし、自分の人生において自分の思いを自分の言葉で考えつづけることは、他人(ひと)さまのどのような高邁な思想のドキュメントを読むことよりも自分にとって貴重な体験だという気がする。もっとも、こんな極私的なシャルドネの日記におつきあいをいただいている皆さんにはまことにもって気の毒な限りである。「歴史」という言葉に、特別こだわりがある。学生時代自分の周囲に、なぜか歴史学を専攻している友人が多かった。遊び仲間の中に歴史をやっているのが多かった。その理由は、たぶん彼らの中に就職に際して教職員になり歴史の担任をしたいという動機の連中が多かったからだと思う。いつも彼らを観察していて、内心どうしても理解し難いものを感じていた。教壇に立ち歴史を生徒に教える、などという不遜な考えを友人たちが生涯の職業選択に選ぶという気持ちがどだい自分などと隔絶したものだった。大阪は、商人の街である。自分のように、いつも腕組みをしてウンウンうなりながら愚にもつかないことを四六時中考えている子供は嫌われた。モノの役に立たないからである。モノとカネを交換してこそ「なんぼのもん」だという世の中で、こういう子供はカネにならない。当然長じてもモノにならない、というわけなのである。(笑)いきおい両親からも疎ましがられたが街の住民からも相当奇異な眼でみられたような気がする。いや、そもそも目立ちもしなかったので、黙殺されていたような記憶もある。人間に生き死にがあるように、社会にも歴史性というものがあります。歴史性とは、つまるところ他者の---それも途方もない規模での他者の抱え込みであります。自分は、二歳で三人の医師から死亡宣告を受けた。五歳で生家を焼失した。これはなんども述べている。そういう境遇で生きていると、つまり「他者の抱え込み」を全身全霊でやってみたくなるのかもしれない。間違っても職業にして、教壇から生徒に向けて教えようなどという傲慢な考えにはなりはしない。自分は、たぶん二歳にしてこの三千世界のありとあらゆる他者の声に励まされて辛くも命を拾ったのだろう。自分では、どうにかしてその「声」を自分の言葉に置き換えてみたいという憑かれた考えに常に突き動かされてしまっている。そんな気がする。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月04日
コメント(0)
女子高生のスカートの中を“手鏡のぞき”したとして、東京都迷惑防止条例違反の罪に問われた早稲田大大学院元教授、植草一秀被告(43)の第10回公判が19日、東京地裁(大熊一之裁判長)で開かれた。証人質問で植草被告側は、警察側の不当な取り調べが行われたと主張。法廷では「ピンサロ」「センズリ」などワイセツ発言が次々、飛び出す激しい“下半身論争”が繰り広げられた。法廷に卑猥(ひわい)な言葉が飛び交った。弁護側は警視庁高輪署の取り調べ中に、担当の巡査部長から、とんでもない発言が連発される不当な取り調べがあった、と主張した。証言台に立った巡査部長は、植草被告と夫人との性生活について「ずっと(セックスを)していないということだったので、やってないのが原因と考えて言った。“風俗に行ったことない”と本人に言われて、ピンサロなら顔が分からないだろ、と。(植草被告は)黙ってうなずいていた」と証言。スーツ姿の植草被告は席に座ったまま、ぼう然。法廷内のやりとりに傍聴席からは失笑が漏れた。続いて今度は弁護側が巡査部長に「“制服着て、いろいろとさせてくれる所がある。なんだったら教えてやってもいい”と言ってませんか?」と詰問すると、「ありました」と巡査部長。「オレもそっちの世界じゃ有名なんだ。オレのテクニックはスゴイ。たまらない女もいる」などと植草被告に“性のアドバイス”をしたかどうかを追及されると一転、「まったくありません」と強い口調で否定した。同署を訪れた植草被告の夫人を見た後に「あんないいの(女性)だったら代わってやってもいいぞ」と発言したかも問われた巡査部長は重ねて「ありません」と否定。だが、その顔は真っ赤になっていた。一方、警察側から夫人に「(植草被告は)病気ですよ。またやります」と中傷するような発言があった、として夫人が同署にクレーム。その後、巡査部長が担当を外れる事態があったことも明らかにされた。また、98年に植草被告が罰金刑を受けた神奈川県迷惑防止条例違反についても“センズリ論議”が白熱するなど、法廷に飛び交った“ワイセツ発言”の数々。次回公判は2月2日に同地裁で行われるが、裁判の行方やいかに。(クリックでジャンプします)植草一秀氏が、どういう性癖の方であるのか最終的には我々にはわからない。しかし、今回彼が身柄を拘束されるに至った経緯には少し不自然な印象もしないでもない。いま植草逮捕が陰謀だとする説や、小泉批判をけどった小泉純一郎指導による言論封じだとまことしやかな解釈が飛び交っているようだ。ある時期には、青木参議院幹事長の後ろ盾で閣僚入りも噂されていたほどの人がたちどころに社会的地位を抹殺されるほどの衝迫力のある逮捕劇だったという点で、「都迷惑防止条例違反容疑」というものがもたらした余波の大きさに驚く。一連の報道によれば、日本の警察は戦後一貫して今に至るまで50兆円規模の公費を裏金流用(私的使途での消費目的)し、使って来たという。れっきとした泥棒である。警察は、日本の国道上でおびただしい覆面パトカーを駆って時速60キロの道路標識を根拠に連日日本国民をむりやり刑事犯におとしいれ高額の反則金なるものを支払わせる。これは権力の強制力として有無をいわさぬもので一種のみえざる税金のようなものである。それらは予算化されており、その大半が警察職員の賞与に充当されるという。その証拠に、賞与充当に必要な規模の検挙により反則金収入が獲得できた瞬間に交通違反検挙等が激減するのである。いうまでもなく「都迷惑防止条例」を取り決めたのも、「道路交通法」を決めたものもいずれも国民相互ではない。日本の癒着した行政職の頂上部分と司法職の気随きままに取り決めしたものだ。ほんらい犯罪の抑止という面でいえば、事前に警告するべきものである。時速60キロを越えてのクルマでの移動が刑事罰であるのならば、時速200キロもの速度メーターが搭載をされているようなクルマを製造したトヨタ、日産、ホンダを呼びつけて一切速度の出ないクルマを製造するように指導するべきである。そんなことはいまの国内製造者にとって高いレベルの技術を用いなくても瞬時にかなうような内容だろう。ようするにクルマの運行を本気で制限速度にそって抑制するなどという意思は毛頭なく、警察権力が「任意」に好き勝手に思いたちした瞬間のいずれかに、いつでも道路上の移動車両をしょっぴけるというような「裁量」というみえざる権力を法規の外に据えているのである。間違っても国民の健康や、安全や、それこそ交通事故を減らそうというような発想で警察という行政職が運用されているのではなさそうだ。かつて自分は、なにものかによって自分の名前を用いた怪文書を作成されて内容証明郵便で送達されたことがある。自宅住所は自分のもので、百キンで購入された三文判を押して送付されていた。問題は、その怪文書の影響ではなく、これを私が警察に捜査依頼した際に刑事課は被害届けの受理を拒否したことである。わたしには怪文書による被害などよりも、遥かにこの事を由々しい問題だと思った。警察は、署内で司法職である警察署長に許可なしには郵政局に内容証明の開示を要求できない制度になっている。そのように窓口担当は述べる。それ故に証拠収集は不可能で、内容証明郵便を当人の名前で用いていても被害者当人の要請があっても、一切開示しない郵政局に対して警察は踏み込まないのだという。このような犯罪の容疑事実があってすら、まったく動かないというような行政職が、どうして個人の内面や職業地位を瞬時に損ねかねないような「迷惑防止条例」ごときもので反応するのであろうか。到底混雑時の駅ターミナル周辺での婦女子を庇護する目的で運用されているとは信じがたい。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月03日
コメント(3)
大阪のおばさんは、「振り込め詐欺」にかからないのだとか。大阪では全国の被害届のわずか1%に満たないという。この守りの堅さは、いったいなんなのだろう。一説には大阪弁のバリアがあるという。他府県からみると、大阪弁はひとつにみえるらしい。吉本興業などが大阪弁をメデアを介して全国に伝播させていると思われているが、大阪弁とはそれほどシンプルなものではない。自分などが、おそらく生涯についに一度も使わない特定地域だけの表現コードもある。また、大阪でも船場ことばの上品さは到底わたしのような戦後世代には使いこなせるものではない。大阪のおばちゃんは、それらの大阪弁の微妙な差異をたちまちかぎつける。大阪で育っている詐欺師でも、大阪弁をすべて使いわけできるわけでもない。警察官の用いる大阪弁も、息子世代の大阪弁もやはり微妙に違う。違いが、そのまま個性を形成できるという面もあるのである。無論、金銭でのコミュニケーション力が桁はずれて高いという面もある。噂では100円均一ショップで値切るのは関西のおばちゃんだけだとか。いや、そんな噂を耳にして、あの方々だったらやりかねない、と思わせる迫力がある。また、値切られても店舗側が諦める。店側も黙殺などせずに、楽しんで迎撃する。そんな風なコミュニケーションが他府県に比べてまだ温存されている地域であるわけだ。今回、オレオレ詐欺とか振り込め詐欺とかの全国的大流行が俄かに大阪の高いコミュニケーション力を浮き彫りにしてしまったとの感がある。スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月02日
コメント(7)
ごあいさつ私が“悪徳検事”三井です。こんなホームページをつくる悪徳検事がどこにいましょうか?昨年4月22日、私は大阪地検特捜部に逮捕されました。逮捕されたその日の午後、かねてから懇意にしている週刊朝日の記者からの紹介で、テレビ朝日の取材を受ける予定でした。鳥越俊太郎さんという、ジャーナリストがお見えになるとのことでした。私は、検察庁が国民の血税である年間5億円を越える調査活動費の予算を、すべて私的な飲食代、ゴルフ、マージャンの「裏金」にしていることを、現職検察官として実名で告発する決意を固めていました。その収録が、この日だったのです。しかし、告発は実現しませんでした。(クリックでジャンプします)酷い判決がでたものだ。現職の検察公安部長が、テレビで検察の公金流用の実態を暴露しようとした。すかさず検察側が、その検察幹部の携帯電話を盗聴して、テレビ局と接触するまえに事前に身柄を拘束して検察犯罪のおそろしい実態が広く世間の耳目に触れることを圧殺した。予想どうり日本も、北朝鮮と大差ない権力体質であることを我々に印象させた。大事件だったが、その結末もほんとうは大事件という気がする。江戸時代の、大塩平八郎の時代から日本も大阪もかわり映えしない。警察も検察も公金を国民の見えぬところで詐取をし続けてきたという奥深い伝統がこの国にはあるものらしい。画像をクリックしますと、三井環氏のサイトへ飛べます。(クリックでジャンプします)スカイプ仲間の輪が広がっています。シャルドネ☆のIDを登録してみてください。愉しく御話してみましょう。スカイプID:chardonnay99_jp
2005年02月01日
コメント(7)
全21件 (21件中 1-21件目)
1