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今日は来客が多かった。日経新聞別紙の「日経プラス1」に「常識点検」というコーナーがある。その企画で女性ライターから取材を受けた。用意されたテーマから広がって多くの情報を提供したが、どの部分が採用されるのだろうか。10月10日土曜日。 P出版社の編集者が二人見える。ある企画の編集担当者が異動で他の部署に移るので、途中経過の確認とその引き継ぎを兼ねて新しい編集者との顔合わせ。何とか進んでいきそうだ。 研修会社から担当の方が見えて、シリーズで実施しようとしている企画の説明を受ける。タイトル、内容、条件等の合意がとれたので、ゴーサインを出す。詳細は明日、仲間と相談することにした。-----------------新学期を迎えて、寺島学長の特別講義が全学生を対象に行われた。数百名の学生に向けて「どうやって生きて行くのか」というテーマでの講義となった。-どうやって生きようとしているのか?-自由に生きるとは自ら自分の人生を制御するということだ。-「自由からの逃走」。能力、気力の無い人間にとって自由とは困ったことになる。人から指示される人生から抜け出し、山や谷を切り拓いていくには相当な覚悟が必要だ。-自分とは何者か?、そしてどうやって生きて行くのか?-人間は環境の子だ。-敗戦、ベトナム戦争、アメリカ衰亡論、IT革命でよみがえるアメリカ、G8からG20へ、、。-米国との貿易比率13.6%。グレーターチャイナ(大中華圏)30.3%。台湾の馬英九総統が大中華圏コンセプトの関心があり、先日も招かれた。-来日米国人77万人。中国100万人。大中華圏311万人。韓国238万人。アジア大移動時代。-グレーターチャイナというキーワード-ユーラシア大陸が君たちの舞台だ。パラダイム転換。-どういう志を持って社会へ出て行くか-大人になるとは、「稼ぎと努め」を持つこと言うこと。稼ぎとは経済的自立。努めとは社会貢献-稼ぎと努めが一体なら最高-IT革命のインパクトもあり、派遣・パート・非正規雇用は全労働者の三分の一になってきた。代替可能な労働が増加中。生活は成り立つが人格形成、感動などは難しい。-余人を持って代え難い人になれるか。充実、感謝、感動。-200万円以下の年収の者は、2190万人。全労働者の34%。-スキルをつける-アメリカではダブルジョブという考え方がある。NPO・NGOなど公共のための仕事も持つという生き方。-一人一NPO構想-頭を使って人生の設計図を描け-学習能力とスキル-尊敬される「努め」の仕事を構想しなければならない-友達が大事だ。地方からの学生と海外からの留学生を増やし刺激を与え高めていく。努力して信頼関係をつくる。すべて努力だ-本学は味わい深い大学。事務局職員も教員も熱心で恵まれている。職員には情熱がある。戸をたたけ、視界を広げよ。 ほとんどの学生は熱心に聞き入っており、最後は大きな拍手で終わった。多摩キャンパスだけでなく、湘南キャンパスでも同様の講義を行う予定になっている。 学生だけでなく、教員、事務局も多数聴いており、大いに刺激を受けた様子だった。
2009/09/30
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「東京赤坂の野田一夫先生(「多摩大名誉学長)の事務所で、先生と久恒啓一多摩大教授とともに懇談。久恒教授は全国の人物記念館をたずねて、その事績を収集し、わかりやすく、人々に伝達するユニークな仕事をしている。近著「志」(ディスカバー・トウェンティワン)をいただく。」 週刊東洋経済最新号の「竹内洋の読書日記」第37回の冒頭に上記のように紹介していただいた。この号は「世界的名著の著者自伝に「人間と社会」と学問を考える」というタイトルで、「知の巨人 ドラッカー自伝」という本を取り上げている。「マネジメント」の発明者・ドラッカーの日本への紹介者である野田一夫先生(「現代の経営」の監訳者)との出会いを含めて記事が書かれている。当日は懇談した後、赤坂のイタリアンで3人で食事をしたが、私は金沢出張のため、30分だけ話に加わった。 竹内洋といえば、「教養主義の没落 変わりゆくエリート文化」「日本主義的教養の時代」「立身出世主義--近代日本のロマンと欲望」などの著書がある碩学である。京都大学名誉教授で、現在は関西大学におられる。1942年生まれ。昨年京都で行われた藤原勝紀先生が主宰するラウンドテーブルで、「偉大な人物像の世界に想いを馳せて」というタイトルで発表したとき、次のような好意的なコメントをいただいたことがある。 「偉人伝。渡辺崋山の絵本。人物伝を学ばなくなったのは不幸だ。マルキシズムの悪影響は社会科学を法則科学にしたこと。人間のない歴史。人物で時代を語る。大宅壮一の人物評論。九鬼隆一の評伝の書評。二流人物評伝。異人伝。前尾繁三郎、学問の下流化。」-----------------------------「教養主義の没落---変わりゆくエリート学生文化」(竹内洋・中央公論新社)を読んだ。 1970年前後まで、教養主義は大学生の規範文化であり、常識であった。人格主義による人格形成とマルクス主義による社会改良を中核とする教養主義は、大正時代の旧制高校から始まり(大正教養主義)、マルクス主義による教養主義への敵対で滅ぶかにみえたが権力による弾圧でマルクス主義が退去した。その空白地帯に教養主義が復活する(昭和教養主義)。教養主義は半世紀にわたって日本の大学に君臨したのである。本書は教養主義の形成と没落を解明した書である。 私が大学に入学したのは1969年である。全学連による学生運動の激しい時期で、安田講堂占拠とその攻防戦によって東大の入試が中止に追い込まれて全国の受験生に多大な影響を与えた年の入学生だ。私の入った九州大学は入学してすぐの5月から学生による無期限ストライキに入り、1年間ほとんど授業はなかった。大学では様々なマルクス主義者が闊歩していたが、一方で阿部次郎の「三太郎の日記」や倉田百三の「愛と認識との出発」などの必読書や、「中央公論」や「世界」などの総合雑誌を、そして漱石や岩波文庫を媒介とした教養主義の流れも根強くあった。この二つの流れに乗らないのは恥ずかしいと言う雰囲気があった。今にして思えば、学生運動の高揚と退潮、そして教養主義の没落の最後の世代だったということになる。 教養主義は西欧文化の崇拝を核としていたが、日本の伝統である修養主義と双生児でもあった。修養とは、修身養心、つまり身を修め心を養うことであろう。克己や勤勉、鍛錬による人格の形成を道徳の中核とする精神主義・身体主義的な人格主義である。 大学進学率は15%未満がエリート段階と呼ばれるが、1970年には23.6%になり、高等教育のマス化が進んだ。そして大卒者のただのサラリーマン化が新興する。大学紛争の解釈として筆者は、「学問とは何か」「学者や知識人の責任とは何か」と問うた原因は、大学生である自分たちが「ただの人やただのサラリーマン予備軍になってしまった憤怒」であるとしている。団塊の世代の親の高等教育進学率(短大を含む)は6%、団塊の世代は22%だから、親が寄せる期待と自分たちの置かれた境遇の差にとまどった結果が暴力的な運動へと発展していったということなら置かれた状況がよく理解できる。この運動のなかで教養エリートを過酷に相対化した吉本隆明に対する共感が生まれていく。確かに吉本はあの時代のヒーローだった。そして教養主義を駆逐した大学はレジャーランドになっていった。ポスト全共闘世代は卒業資格をとることを目的として静かなキャンパスで生きていく。そしてレジャーランドの大学の住民はビートたけしによる知識人殺しを歓迎する。高度成長を担うビジネスマンとなった大学卒業生は、教養知ではなく、技術知としての経営学ブームの中で成長していく。専門知を身につけたテクノクラート型ビジネスマンの誕生である。階級社会の消滅によって階層的に構造化されない膨大な大衆が登場してくる。これが新中間大衆社会である。先日読んだオルテガの「大衆の反逆」にある凡俗に居直る大衆が支配する社会である。この大衆社会の進行の結果が現在の新中間大衆社会だ。筆者は、最後に教養主義が終焉した今こそ、教養とは何かを初めから考えるチャンスだと述べている。 現実の仕事を相対化し反省するまなざしとしての教養を身につけた財界や政界の実務型の知識人は、あるべき像を提供してくれる。ここ数年取り組んでいる「人物記念館の旅」の中で、経済界や官僚組織の中で、本を読み自省を重ねながら、目の前の現実に立ち向かっている教養豊かな人物も多くみてきた。そしてそういう人物像に大きな共感を覚える自分を見つめてきた。 教養人とは常に自分の立ち位置を確認し、いかに生きるかを問い続けている人である。そして人間としての生き方を磨くために修養していく。とすれば、歴史や地理、そして科学や芸術の人類の英知に学ぶ必要があるということになる。実世界の中で生きる術(すべ)としての教養という観点からの教養の再興が必要であると思う。
2009/09/29
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先週金曜日の社会人大学院の講義「社会的合意形成論の」感想を14人全員がホームページに書き込んできました。出席代わりになります。今回はオリエンテーションに出席できなかったので、工夫したA4一枚の裏表でPRしたら、結果的に14名が受講した。顔見せをした春学期よりも人数が多かったので、次もペーパーのみでの参加にしようかな? 入学後初授業とても楽しかったです。文章を図解する中で、人それぞれ個性のある図が出来上がるのだなととても興味深く講義を受けさせて頂きました。メインメッセージの伝え方、切り口、どれだけの情報量を盛り込むかといった事がまだまだ不慣れですが、受講していく中で、感覚をつかんでいきます。1日1図とはいかないかもしれませんが、早速活かします!後ともよろしくお願いいたします。 秋学期が始まり、今日が第1講でした。26期生1名、28期生7名、29期生6名でのスタートです。はじめに図解について、久恒先生の経験を交えながらのレクチャーが有りました。その後、2つのテーマ「私の仕事」か、「日経ビジネスの寺島実郎学長の記事~戦後外交との決別を~」のいずれかを図解するという課題が出ました。私は、寺島学長の記事を図解することに取り組みました。衆議院選挙前に出されたインタビュー記事です。記事のポイントは「日米中の関係をトライアングルで考え、内省・外交一元論的に、これをマネジメントすることで、日本の国益を最大化するように、3国関係を見直していくべきである。」とい点にあると、図解してみて理解しました。同じ記事でも、図解する人により、構造が異なり、重点の置き方も変わってきます。そこがおもしろいし、先生もどれが正解と言うことではなく、どのように図で表現するかは個性が出るものであるとのコメントです。今期もこの授業を通じて、図解力を高めていきたいと思っています。久恒先生、参加の皆さんどうぞ、よろしくお願いします。 今期もいよいよ始まりました。早速の課題は、寺島学長の日経ビジネス8月24日号の記事でした。はじめから和やかな雰囲気で進められて、初めて参加の皆さんは納得という感じでスタート。課題は、自分なりにはまとめたつもりだけれど、先生からの指摘を頂き、気になっていたけれど抜けていた部分でナルホド!今期の目標はコンスタントにポイントを自分なりに絞った図解を行うことです。目指せ、多摩大図解アルチザン!!でがんばります。私は、「私の仕事」をテーマに図解へ挑戦しました。対象の範囲を明確にした上で、漏れなく/ダブりなく、関係性を明確に、を意識して書いてみました。初めての大学院の授業は、とても楽しかったです♪<感想> 矢印の太さや図形の形/大きさ、写真やイラストの活用などにより、情報に”濃淡”をつけ、短時間で納得してもらう為のテクニックを習得できそうです。 また、その表現技法に加え、相手に納得して欲しいことを整理し、明確にすることも学べるので、先生がおしゃった通り、修士論文にもかなり役立ちそうですね(修士論文 = 内容 X 表現)。 秋学期最初の講義でした。図解により脳みそが覚醒、心地よい疲労感です。図解により潜在意識が析出することを確認しました。ところで図解はどこまで掘り下げていけばよいのでしょうか?図解のテーマは何であったか・・・創作中も思考が続きます。知識経営の技法習得に止まらず、図解が必要となった時代背景についても納得するまで考えて行きたい。 春学期は取れませんでしたが、秋からがんばります。今日の図は自分ではかなり不消化でしたが、次回以降がんばりたいと思っています。今日の学びとして「判っていないこと、理解していない事は図にできない」図を作成している途中で何度もテキストを読み返しました。最初の読み込みや、考えの整理をしっかり行う必要があります。がんばります。大学院入学の第一回目の講義。和気あいあいと始まり、自然と勉強モードになっていました。あっという間の3時間でした。合意形成に役立つ図解の力を教えていただきました。面白いのは感性でアプローチする論理でした。日頃、よくパワーポイントなどでチャートや図解(もどき)を使っていますが、まだまだ未熟なのに気がつかされました。もうひとつ面白かったのは、図解でのコミュニケーションです。図解でコミュニケーションする演習で、何が伝わらないのかを知ることが出来たのです。私がよく言うことは、「伝えた」ではなく、「伝わった」が大事であること。それが出来て初めて、「説得」か「納得」かのフェーズにたどり着くのだと考えています。これから「図解で納得」の合意形成が出来るように頑張っていきます。(ご参考)この私のブログ文中、「パッケージ」のくだりのエピソードで、コミュニケーションについて気づいたことを書いていますす。 私も入学して初めての講義でした。とても楽しく♪、かつ、「これはしっかり学ばないと」と感じた3時間でした。実のところ「社会的合意形成論」と聞いて、てっきり民主主義の決め方だとか、寄り合いの合議制だとか、そんなことを学ぶのかなとイメージして参加してしまいました。(シラバスなどを、ちゃんと読まなかったもので…)で、「図解で示す」という話を最初に聞いて、「アレ、受講を間違っちゃったかな」などと思ってしまいましたが、いざ自分の仕事を図解に表そうとしてみると、難しい…。悪戦苦闘した挙句に分かりにくい図になってしまい、不得意だったことが再認識できました。でも、図解するというのは、ある意味目に見えにくい組織や社会の本質を「切り抜く力」を養っているようで、絵描きになった気分で楽しく、自分と格闘できました!これは自分にとって(思いがけず…)、とても大切な学びとなる講義になりそうだなあと思います。これからも楽しみながら、相手に分かりやすく伝えられる図を目指して頑張ります! 日ごろは、パソコンと向き合うばかりの日々でしたので、エンピツを1時間も持ち続けたのは、久しぶりでした。もっと言えばエンピツよりも、先生が授業の始めにおっしゃっておりましたが”脳が疲れる”ということがよくわかりました。図解は本当に奥深い!!今後は仕事にも意識して取り入れていきたいです。私のような堅い頭も半年後には描けるようになっていればうれしいです。 大学院での2回目の授業です。 対話形式で、楽しく授業が進み、あっという間に3時間が過ぎてしまいました。「箇条書きよりも図で表す!」と言われ、私の仕事と言う課題に取り組みました。 図で表すと、自分の位置を認識でき、全体像が見えてきて、上司、部下、客先、消費者との関係、パートナー、株主、関連団体、お金の流れ、部門間、企業間との関係が、前後、左右、上下に立体的につながり、これに時間軸が加わると将来のロードマップまで描ける様になり、頭の整理もできました。「図で表す」パワーを実感したところで時間となり、次回が楽しみです。 念願かなって久恒先生直伝の図解を教えていただくことができました。今回は私の仕事図を書きましたが、まさに脳がフル回転していることを実感しました。最近にあれだけ集中して考え、手を動かしたことはなかった気がします。おなかも空きすぎて最後は空腹を通り越して満腹感を覚えていたほどです。図解は自分の考え方や個性がそのまま出てしまうという意味で怖い気もしますが、同じテーマでも、人によって違う解釈や図解があることは非常に興味深かったです。私自身は、図より文章の人間ですが、少しでも図解脳を発達させることができるように、練習を重ねながら頑張ろうと思います。どうぞよろしくお願い致します 第1回目の授業で、早くも図解の面白さと難しさを合わせて体験することができました。ありがとうございます。余分なものをそぎ落とし、本質だけを抽出し、項目同士の関係を明確にしていく作業に興奮を覚えました。同時に、これはどう表現したらいいのか、とスタックし、あれこれ疑問が生じてきました。経験を重ね、工夫を重ねて、見ていただく方がたにもわかりやすく、自分自身でも納得がいくような図解が描けるようになりたいです。これは使える!の一言です。ご指導、よろしくお願いいたします。 投稿が遅くなってしまいましたが、宜しくお願いします。春学期は別の講義で隣の部屋にいたのですが、久恒先生の講義室からはいつも笑い声が聞こえてきて、秋は絶対に受講すると決めていました。仕事が終わってからの講義は、体力的にきついですが、今回授業に参加して、あっという間に時間が過ぎました。私の仕事図を書きながら、社内外の色々なつながりがはっきりと見えてきて、組織や仕事に対する見方が変わるような気がします。毎回の講義がとても楽しみです。宜しくお願いします。 期日が過ぎ、最終投稿になりまして失礼いたしました。「私の仕事」を図解する課題に取り組ませて頂きました。私といういちばん近い存在であるにも関わらず、図解にすると難しい。不思議な体験をさせて頂きました。普段何気なく過ごしている事に葛藤をする。自分探しの旅をしている感じでした。専門用語を用い難しく格好良い表現は楽ですが、シンプルで飾りのない世界に真実が見出される気がしました。次回以降ももがき苦しみながら、修行していきたいと思います。よろしくお願いします。
2009/09/28
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9月号の「Voice」に鳩山由紀夫の「私の政治哲学」という論文が掲載されている。ニューヨークタイムスが「反米宣言」であるとしたというニュースが話題になったが、今回たまたま内容を読んでみたが、そういうトーンは全くなかった。 基本的には、政治哲学である「友愛」を詳しく説いた論文である。この言葉が今後さまざまな場面で使われることになるだろうから、本人の言葉を読んでみた。以下は、その要旨。 「友愛」は、フランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」の博愛=フラタナティ(fraternite)のことを指す。鳩山一郎が「EUの父」クーデンホフ・カレルギーの著書を翻訳したとき、フラタナティを友愛と訳した。カレルギー「友愛が伴わなければ、自由は無政府状態の混乱を招き、平等は暴政を招く」友愛は左右の全体主義との激しい戦いをさせる戦闘の理論だった。鳩山一郎は、社共両党と対抗し、吉田官僚政治を倒す、党人は鳩山政権を打ち立てる旗印として「友愛」を掲げた。自由は弱肉強食の放埒に陥りやすく、平等は悪平等に堕落しかねない。その両者のゆきすぎを克服するが友愛だ。「友愛」とは「君は君、我は我也、されど仲良き」(武者小路実篤)のような姿勢で臨むことだ。全体主義国家の終焉にあたり、「友愛」を「自立と共生の原理」ち再定義した。「友愛」は、現時点では、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統の中で培われていた国民経済との調整を目指す理念であるといえる。「小さな中央政府・国会と、大きな権限をもた効率的な地方政府」による「地方分権・地域主権国家」の実現。「友愛主義の政治的必須条件は連邦組織であって、それは実に、個人から国家をつくり上げる有機的方法なのである。人間から宇宙に至る道は同心円を通じて導かれる。そなわち人間が家族をつくり、家族が自治体(コミューン)をつくり、自治体が郡(カントン)をつくり、郡が州(ステイト)をつくり、州が大陸をつくり、大陸が地球をつくり、地球が太陽系をつくり、」太陽系が宇宙をつくり出すのである」(クーデンホフ・カレルギー)EUの掲げる「補完性の原理」に立脚した「地域主権国家」アメリカと中国の狭間で、政治的経済的自立を維持し、国益を守っていく。新たな国際協力の枠組みの構築が必要。「アジア共通通貨」の実現で経済的統合をめざし、その背景となる東アジア地域での恒久的な安全保障の枠組みの創出に努力していく。 85年前に「汎ヨーロッパ」という著書を刊行し汎ヨーロッパ運動の提唱者となったクーデンホフ・カレルギー、その著書を翻訳出版し「友愛」を掲げた党人派政権を樹立した鳩山一郎、この延長線上に鳩山由紀夫は「友愛」を現代にふさわしく衣替えした。 これで、鳩山さんのいう「友愛」を理解したが、さて、「友愛」を英語に直すとき、どういう言葉を使うのだろうか。国連での演説では「ユーアイ」と言っていたような気がするが、「君は君、我は我也、されど仲良き」という姿勢だとすれば、「You & I」というのはどうだろうか?
2009/09/27
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10時から教授会。 体調不良の学部長にかわって議長をつとめることになった。座る位置が変わると見慣れている教授会の景色が違って見える。景色が違うと考えることも変化してくる。 次がつまっているので時間配分に気をつけながら、案件を淡々と処理していったので、時間通りに終了できた。 11時40分からは、秋卒業の学生8人を対象とした卒業式。こちらも卒業証書・学位記の授与を代行で行う。そして卒業生へ向けてはなむけの言葉を贈ることになった。 「現代の志塾」。志という言葉を胸に秘めて社会で活躍して欲しい。「人間は書物のみでは悪魔になる。労働のみでは獣になる」(徳富蘆花)。就職しても本を読む習慣を意識せよ。「下足番を命じられたら日本一の下足番になってみろ。そうしたら誰も君を下足番にしてはおかぬ」(小林一三)。一番詳しい人間になれ。一生懸命に働くと「自由」が手に入る。信用のある人は組織の中でも自由だ。縁のあった企業で懸命に働き人生を切り拓いて欲しい。 こういう話をしたが、その後は、卒業生、父兄、教員、事務職員でお祝いのパーティ。立食のパーティでは、「下足番」と「自由」に対する反応があり、卒業生や若い同僚から話しかけられた。 帰りに寄った書店で「賢者は歴史から学ぶ」(文藝春秋スペシャル)と「昭和の遺書-55人の魂の記録」(梯 久美子)を購入。 夕刻、愛犬を連れて散歩をしたが、公園はそういう人と犬だらけだった。今日は土曜日だったのか。
2009/09/26
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本日から秋学期が始まりました。 10時40分からの2限目は、「マネジメントデザイン2」の講義。2年生以上の科目ですが、春学期と同じく200人ほどの受講生がいました。以下、この科目のシラバスから。 「ビジネスはコミュニケーション活動によって成り立っており、その活動を担うのは人である。経営資源を束ねる人的資源の重要性はますます高まっている。今後はキャリア形成を含むライフマネジメントの視点から人的資源の活性化を考えながら、組織や経営やビジネスについて考察することが求められる。この講義においては、近代日本をつくった明治期を中心とするわが国の偉人の生涯(経営者・政治家・芸術家・作家・ジャーナリスト、、)を題材に、いくつかの切り口----仰ぎ見る師匠の存在、敵との切磋・友との琢磨、持続する志、怒涛の仕事量、修養・鍛錬・研鑽、飛翔する構想力、日本への回帰----を用いて今日のビジネス社会で生きる知恵について学び、自らのライフマネジメントについて深く考えてもらう。」 昼休み。学部長の体調不良で業務の代行を依頼されたので、明日の教授会の準備のための打ち合わせ。 13時半。ビジネスマン時代にお付き合いのあった日本能率協会のコンサルタントの小名川さんが見えて能率連盟の全国大会の基調講演の打ち合わせ。「考える社員を育てる」というタイトルに決定。 17時。品川の大学院キャンパスで事務局と相談事。 18時半から21時40分まで。社会人を対象とした大学院で「社会的合意形成論」の講義を開始しました。秋の入学式のときのオリエンテーションに出れなかったので受講生が集まるか、不安がありましたが結果的に14人が受講。春学期からの継続が2人、新規12人。26期生1名、28期生7名、29期生6名。男性11人、女性3人。 以下、キーワードのメモ。化粧品メーカー、マーケッティングリサーチ、介護、社会起業家志望、外資、航空、食品流通、起業家、医療、繊維、NPO。講義のタイトルに惹かれた、営業のプレゼン、納得という言葉、関係者の合意傾城、修士論文に役立てる、クロスファンクショナル、、、、。 以下、この科目のシラバスから。「「評価より評判」「安全より安心」「文章より図解」「定量より定性」「説得より納得」「理論より方法」「勉強より実行」「構造より関係」「本社より現場」「知識より知恵」「世界より日本」「中央より日本」「集中より分散」。あらゆる組織において、関係者の合意をとる方法が大きなテーマとして浮上している。この講義では、「定性情報・図解思考・顧客視点」に立脚した新しい社会的合意形成の考え方と方法論を学び、高い問題解決能力を身につける。受講者の感想。http://www.hisatune.net/html/01-kyouiku/tamadai/shakaiteki-goui/bbs-f.htm 「今日の一枚」は、大学院の授業。 帰宅は23時。
2009/09/25
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「志企業」というキーワードで、企業をみている。宮城大学で同僚だった天明茂さんが2005年に書いた「志企業のすすめ」(致知出版社)を改めてひもとくと以下の企業が紹介されていた。 生命地域主義を実践する「木の城たいせつ」(北海道栗山町・循環型一戸建て住宅)http://www.kinoshiro.com/ 供給過剰時代にグリーン生活者を支援する「カタログハウス」(東京都渋谷区・カタログショッッピング)http://www.cataloghouse.co.jp/ 体験教育で感動を共有する「七福醸造」(愛知県碧南市・白だし白醤油製造)http://www.shirodashi.co.jp/ お客様をうずかせ感動を与える「東洋軒」(愛媛県宇和島市・焼き肉レストラン)http://r.tabelog.com/ehime/A3804/A380403/38004125/ 「見せる清掃」でビルメン業界を改革した「サマンサジャパン」(山口県周南市・総合ビルメンテナンス)http://www.samansa.co.jp/company/index.html 「福を広める」理念を継承する「オタフクソース」(広島県広島市・お好み焼きソース製造)http://www.otafuku.co.jp/ 人を幸せにする自然体経営の「伊那食品工業」(長野県伊那市・寒天製造)http://www.kantenpp.co.jp/index.html 無添加100%に挑戦した「シャボン玉石けん」(福岡県北九州市・無添加石けん製造)http://www.shabon.com/ 障害者当事者の視点に立って福祉を提案する「アビリティーズ・ケアネット」(東京都渋谷区・福祉サービス)http://www.abilities.jp/ 循環型米作りの原点に返る「高橋農法」(山形県真室皮町・有機農業)http://takahashitsuyoshi.com/shoku.html
2009/09/24
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連休中だがオープンキャンパスが行われた。今回も目標数の倍ほどの受験生が集まり、すでに年間の目標数を上まわったという報告がきている。今年の入試は調子がいいらしい。 今回は、午前中は多摩センターのサンリオピューロランド体験があり、午後にオープンキャンパスというスケジュールだったから女子高校生の割合が多いように感じた。 冒頭の学部説明は学部長の担当だが所用のため代理で私が行うことになった。7月1日に正式にオープンした多摩大ホームページhttp://www.tama.ac.jp/をみせながら、大学と学部の説明を行うというスタイルで話をしてみた。「現代の志塾」というテーマで入試から卒業後までを説明した。所要時間は20分。 高校生に対する「私の志」小論文コンテスト http://www.tama.ac.jp/info/ronbun.html志入試 http://www.tama.ac.jp/subject/highschool.html教授陣の「私のゼミの志」 http://www.tama.ac.jp/guide/teacher/index.html「多摩大生「私の志」 http://www.tama.ac.jp/kokorozashi/index.htmlブログポータル「多摩大プライド 」http://www.tama-blog.net/リレー講座 http://www.tama.ac.jp/info/lecture_relay2009.htmlインターゼミ http://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar.html学長の志「寺島実郎の世界」 http://www.tama.ac.jp/terashima/昨年の就職実績 http://www.tama.ac.jp/guide/career/job.html過去20年の就職状況(社会貢献)http://www.tama.ac.jp/guide/contribution.html 経営情報学部同窓会サイトでの1-3期生の活躍 http://alumni.tama.ac.jp/message/messageback.html その後の、学生による「大学生活」の説明は、二人の4年生の掛け合いで、なかなか面白かった。こういうやり方は親近感を持ってもらえるだろうな。二人の学生のように大勢の前でもしゃべれるようになれるという教育効果を示すものになっていたように思う。 その後の模擬講義は、樋口裕一教授の「小論文対策」。そういえば9月に出した樋口さんとの共著「対話力」の感想がそろそろブログに出始めた。以下、目に付いたものをピックアップ。 http://www.amazon.co.jp/%E5%AF%BE%E8%A9%B1%E5%8A%9B-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AC-%E6%A8%8B%E5%8F%A3-%E8%A3%95%E4%B8%80/dp/4121503287?&camp=759&creative=4543&linkCode=waf&tag=hisatunenet-22樋口雄一+久恒啓一 対話力 (読書万歳) http://1468.at.webry.info/200909/article_1.html対話力 (トーマスの読書記録) http://ameblo.jp/atskato0507/page-2.html#main『対話力』樋口裕一+久恒啓一(中公新書 (和泉育子の心のシャワー) http://ameblo.jp/izumi-salon/entry-10348686323.html
2009/09/23
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今日も生涯の一日なり。約22時間前 webで さて、人物記念館の旅。今日は小田原あたりを攻めようか。約20時間前 webで町田から小田原に向かっています。約18時間前 Tweetieで 行き先を変更。湯河原です。西村京太郎記念館を訪問。34歳から今までで320冊のトラベルミステリーを書いています。締切には遅れたことはないそうです。約16時間前 Tweetieで 人間国宝美術館で細川護煕さんの特別展を見ています。柔らかい書、趣きのある焼き物はすばらしい。この美術館は重要無形文化財保持者の作品だらけの不思議な美術館だ。約16時間前 Tweetieで 細川護煕さんがつくった茶器でお茶を飲ませてもらった。それと浜田庄司の作品でお茶を飲ませてもらった。 http://yfrog.com/0hom4zj約15時間前 Tweetieで 真鶴の中川一政記念館へ。約15時間前 Tweetieで 中川一政の復元されたアトリエです。 http://yfrog.com/0nkq3j約13時間前 Tweetieで 小田原の尊徳記念館を訪問。弟子の岡田良一郎は参議院議員になり、その息子二人は、ともに文部大臣になっている。約11時間前 Tweetieで 二宮尊徳の影響力は大きい。まな弟子七十人,その弟子七百人。四大弟子の一人は参議院議員になり、その息子二人は文部大臣。約11時間前 Tweetieで http://bit.ly/16DgjT 南大沢約9時間前 Tweetieで-----------------------今日はアイフォンを使って、Twitterで実況しながら人物記念館を回るという実験をしてみました。以上は時系列で書き込んだ内容です。書き込み時にもう少し詳しく書いておくとブログが書けるということになります。Twitterでは、フォローしている人17人、フォローされている人138人。Tweetieというソフトを使い始めたので、アイフォンで撮った写真をすぐにアップすることができるようになり、また現在地をグーグルマップで知らせることもできるようになりました。いずれにせよ、本日訪問した西村京太郎記念館、中川一政美術館、尊徳記念館の3館を加えると、訪問記念館は300館を突破しました。ほぼ5年かかったことになります。http://www.hisatune.net/kinenkan/kinekan_list.htm「今日の一枚」は、西村京太郎。
2009/09/22
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絶対矛盾的自己同一という西田哲学の哲理は有名だ。矛盾しながらも自己同一を保っている。例えば昨日の私と今日の私。私と汝、仏と衆生。神と人。そうした構造を持ったものが現実の歴史的世界だ。こういうことらしい。人格とは昨日の私と今日の私は矛盾するが同一である。多はそのままで一つである、それを「一即多」と表現している。 円は広大な心を表します。考えることによって、それは宇宙をも包みます。(円は始めも終わりもない。完全で広大な心に通じる究極の形。円相図)世界を見ようとすると時、世界もこちらを見ています。「井戸」をのぞくと「井戸」もあなたを見ています。「窓の外には世界が広がり、「窓」の内にはそれを見て考えている私がいます。人は人、吾は吾なり とにかくに 吾行く道を 吾は行くなりあさに思ひ 夕に思ひ 夜におもふ 思いに思ふ 我が心かな吾死なば 故郷の山に埋れて 昔語りし 友を夢見む愛宕山 入る日のごとく あかあかと 燃やし尽くさん 残れる命武士(もののふ)の血汐に 染みし鎌倉の 山のくまぐま 落ち葉ふみ行く詩や歌や 哲理の玩具 くさぐさと われとわが身を なだめても見る君ありしと思へば 心安かりき 相見ることの 稀なりし日も世をはなれ 人を忘れて 我はただ 己が心の奥底にすむ「個人というものをのぞいては、なんにも創造はできないんだから、、」石川県宇ノ気町の大きな公園の中に建つ西田幾多郎記念哲学館は、入り口がわかりにくい。そして内部の展示を見てまわるのも、動線や案内板も問題も多く、何か不便で釈然としない。ところが後でわかったのだが、哲学館なのでわざとわかりにくくし考えてもらうという設計思想で貫かれているのだった。この5階建ての記念館(2002年6月竣工)の設計者は、安藤忠雄だった。司馬遼太郎記念館を始め、和辻哲郎を記念した姫路文学館など多くの人物記念館の設計をしているのが安藤忠雄だ。「考えながら歩いてもらう」という思想だそうだ。哲学館という名称を持っている人物館は世界に例がない。西田幾太郎は、自分を無にする方法を哲学のテーマとした。無という論理を超えたものを論理化しようとしていたのが「無の哲学」である。「哲学は自己を否定すること、自己を忘れることを学ぶのである」。確かに世上言うように難解だが、わかる気もする。西田幾太郎(1870年-1945年)は、西田哲学という名前で知られる日本最高峰の哲学者である。禅の師である雪門から、四高教授の30歳の時、禅の修行者(居士)として「寸心」という号をもらている。この号を西田は書を揮毫するようになる40代半ば以降、よく使っている。西田の出世作であり代表作として有名な本は「善の研究」だが、京都帝国大学の助教授に就任した翌年の41歳の作品だ。それ以降、西田は次々と論文を発表していく。 「私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した。その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をしたと云へば、それで私の伝記は尽きるのである」と面白いユーモラスな述懐をしている。それが学者だということだったのだろう。親友・鈴木大拙、30回住むところを変えた(鎌倉の17年間に4度の引っ越し)、夏と冬は鎌倉・春と秋は京都、学習院大の哲学研究寮になっている鎌倉の寸心荘、第二回文化勲章、寸心園、骨清窟、宇の気小学校、、、、、、、。
2009/09/21
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「週末はギャラリーめぐり」(ちくま新書)を読んだ。サラリーマン人生をこなしながら、30年間にわって毎週末の画廊めぐりとアート蒐集を趣味として続け、1300点のアートを持つにいたった山本冬彦さん30代、40代、50代という長い年月を、脇目もふらず一つのことに没頭した人生の達人の書だ。 毎週土曜日には、雨の日も風の日も朝10時から夕方までの画廊巡りを続けたその蓄積が、控えめながらこの書全体にわたって滲み出ている。「観るアート」から「買うアート」へ。美術品購入の基礎知識、美術品の価格、展示・保存。画廊巡りの楽しみ方。サラリーマンコレクターとしての人生、個人美術館への道。芸術家をとりまく厳しい現状と支援の方法。そういった知識と作法が具体的にやさしく書かれており、素人にはなかなかうかがい知れないこの世界へ誘ってくれる。この本を読むと、私たちと同時代を生きる作家たちへの支援という著者の高い志に感銘を受ける。、60歳の還暦を迎えるにあたっての記念として書いた本である安価なアート作品をボーナス毎に一点づつ買っていくと5年で10点となり、自宅が個人美術館になるそうだ。そしてコレクションという行為は実は編集であり、創造的な行為であるとのことであり、独自の目が重要である。そういったコレクターの目は、その作品を買うか買わないかという真剣勝負で磨かれていく。だから画廊巡りでは、どれを家に持ち帰ろうかという気持ちで見ることが大切だそうだ。の財産ともいうべき才能たちが多くいる。サラリーマンコレクターとして30年という年月を過ごしてきた著者には、本物を見分ける目と作家たちを見まもる暖かい心が備わっている。そのことが一貫したスタイルで書き綴ることができるというレベルの高い文章を読む中でわかる。私自身ここ5年ほど続けて300館に到達しつつある「人物記念館の旅」の参考になることも多かった。美術界はここに楽しむ側に立つ一人の貴重な解説者を得たようである。またこの本は、サラリーマンの生き方の一つの優れたモデルを提示したという意味で、この著者を発掘した企画の勝利でもある。
2009/09/20
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八王子市在住の市民を対象とした「はちおうじ志民塾」という講座が開講されている。今までの人生で学んできたこと、身に付けてきたことを地域で活かすことを目指した50歳以上の市民を対象とした講座である。 基礎課程では、「人生を振り返り自分の方向性を見いだす」ことをテーマとした講座となっており、その先の専門課程では、「コミュニティビジネスコース」、「地域コーディネーター養成講座」、「創業コース」と分かれている。 地域コーディネーター養成コースでは、地域の様々な資源(人、企業、団体など)を繋ぎ(コーディネート)、地域活性化のプロデュースを行うスキルを習得する。コミュニケーション技法、様々な主体の巻き込み方など、地域で活動するために必要な知識などを学ぶ。この「地域コーディネーター養成講座」を多摩大学総合研究所が受託することことになり、10回のプログラムを用意した。最初の9月19日と最後の11月21日は私(多摩大総合研究所所長)の出番である。他の講師陣は以下のとおり。それぞれ地域のさまざまの資源をコーディネートしている実力者たちだ。 事例で知る地域コーディネーター 中庭光彦(多摩大学総合研究所准教授)ビジネスお助け隊 前川勲 (サイバーシルクロード八王子のビジネスお助け隊代表)NPO法人多摩草むらの会 風間美代子(NPO法人多摩草むらの会代表:精神障害者団体)農業生産法人モナの会 桑山俊夫(農業生産法人モナの丘社長)長池ぽんぽこ祭り 田中純 (長池ぽんぽこ祭り事務局長)長池里山クラブ 赤羽誠 (長池里山クラブ事務局長)多摩NPOセンター 御船哲 (多摩NPOセンター元所長)夢見隊 宇野健一(夢見隊リーダー) 南大沢の長池公園にある自然館を会場に、土曜日の13時半から17時までびっしりの内容だったので、皆さん疲れたかな。受講生の平均年齢は59歳だった。今回は初回なので、受講者、講師陣、そして八王子市役所職員らが参加した。司会は自然館の富永館長。 受講者は、図解力を持ったファシリテーション能力を身に付け、地域社会の問題解決にあたる人材になってもらう。また、各講師の活動に関する70-80枚の図解ができあがるので、それを使って八王子の「地域コーディネーター像」やその要件を明らかにしていく予定である。こういった方式は全国モデルになる可能性があると思う。皆さんの成長と成果物が楽しみだ。
2009/09/19
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多摩大コミュニティ・カレッジの最終日は、三枝成彰さんの講演と音楽会。三枝成彰さんのお話は凄い内容だった。本質、歴史、博学、怒り、メリハリ、、、。ただ者ではない。歴史の中で今を生きている。目からウロコが落ちる話だった。日本における音楽と美術は、富国強兵策であった。音楽(例えばラッパ)は戦う軍隊に必要。 斥候には絵画の能力が必要。日本最初の軍楽隊は薩摩と長州。音楽が必修科目であったのは日本のみ。だから音痴がいない。カラオケが流行った理由はそれ。東京音楽学校は、音楽の先生をつくるための先生を育てるのが目的だった。クラシック音楽。クラシックとは最高級、一番優れたという意味だ。ゴルフ、WBC、競馬などで使うクラシックは一番という意味クラシック音楽は大衆を相手にしていない。一番優れた音楽。ベートーベンは革命児。「音楽は芸術だ」と主張した。このことで功罪はあるが音楽の地位が高くなった。必ず正門から入った。14歳下のモーツアルトはベートーベンと違い技術者だった。使用人として裏口から入った。ベートーベン以前は、音楽は家業だった。あるいは徒弟制度の中から生まれた。ベルリオーズ、シューベルトなどのロマン派は、家業ではなく、独学だった。カントは、「もっともくだらないのは音楽だ」「オカルトだ」「品がない」と述べている。音楽は近代合理主義に反するもの。ベートーベンは、芸術とは数百年も生き続ける人類の財産だとした。人間のすごさを示すもの。ベートーベンは、芸術として後世に残すものには番号を打った。第九は「王様と乞食は同じ人間である」というい主張だったから、25年間も演奏されなかった。アナーキーな危険は思想だった。シンフォニーは男の音楽(言葉を伴わないから形式が必要)、オペラは女の音楽(言葉を伴う)。作曲家にもシンフォニー向き、オペラ向きというように、向き不向きがある。ベートーベンは「頑張れば何とかなる」という音楽。代表が第九。戦前は全盛だった。男の時代。モーツアルトは、逆だったから、戦後に流行った。女の時代。西欧の音楽には、メッセージ(思想)が必要。日本にはそういう要素はない。マドンナは「イスラム教とキリスト教をつなごう」というメッセージがあるから人気がある。ジョン・レノンは、ベトナム戦争を止めさせた人だ。政治的。ベートーベン以後は、メッセージ性と他人との違いが重要となった。西洋音楽のすごさの一つは、楽譜を発明したことだ。正確に再演できるようになった。多神教から一神教のキリスト教を普及させるために、聖歌を同じ日、同じ時間に歌う必要があり楽譜ができた。日本の能楽は200曲しか残っていない。楽譜がないから覚えるのは200が限界だった。邦楽は、キーを変えても許される。「追分」も大体似ているがみんな少しづつ違う。西洋音楽以外は、すべて即興演奏が中心である。音符は、7つの音と5つの濁音でのみ構成されている。西洋音楽のすごさの二つ目は、心地よさを感じるハーモニー(例えばドミソ)を捜しあてたことだ。たくさんの規則を体系化した日本の尺八、三味線、琴などは同じメロディーを奏でるが、西洋音楽は違い音を使ってハーミニーを奏でる。西洋における音楽は、天上をうつしだすものだった。音楽は世界全体を照らす。キリスト教は快楽を否定する。(エデンの園の罰によち男は労働、女は出産)。人の官能をを刺激する音楽は悪い音楽。日本人は、快楽が好きな民族。昔から恋が許されていた、これは珍しい。中国では、1930年代に初めて恋というものがあることがわかった。恋愛小説はなかった。世界でも、親が決める結婚(売買婚、、)が8割。自由婚は2割しかない。500年前に日本に来たルイス・フロイスは日本では女が外泊することに驚いている。処女性を大切にしない。日本では酒に酔うことは、我を忘れることで、美しいことだ。西洋では、酔うと悪魔につけいるスキを「与えるから悪いことだ。西洋音楽は思想を伝えるもの。日本音楽は慰められるもの、心が安らぐもの。音楽の革命児は、ベートーベン、ジョン・ベルク、ジョン・ケイジ。それぞれ全く違うコンセプトの音楽をつくった。ジョン・ケイジの現代音楽は、西田哲学、禅に影響を受けている。「どれだけ他人と違うか」がテーマ。三枝オペラ。「忠臣蔵」の最後のシーン。「私を殺して」「恋と忠義をはかりにかけて」「殺しておくれ」「あんたの腕に抱かれて死んでゆく」「うれしい、うれしいわ、、」、、、。凄いオペラだ!2月19-21日にオーチャードホールで再演。佐藤しのぶ。日本人は情緒を大切にする。西洋人は甘さを嫌う。日本人の最大の特徴は、「泣き」だ。2012年のオペラは、「神風」。特攻隊とは何か。300万人の死。8割が戦わずに死んだ。命令した人は死んではいない。こういった覚悟の無さ、無責任さに怒り。軍人恩給の闇。日本は独立自主外交はできない国だ。普通の国になる必要はない。
2009/09/18
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多摩大学で開催中のコミュニティ・カレッジ「文化・教養講座」で社会人に講義をしました。今日は、前半は「日米関係再考-桜と花水木そしてヒロシマ」という演題で菅野光公先生、そして後半は私の「人物記念館の旅」でした。受講者は、中年以上がほとんどでした。以下、概要。世界の旅--文明の生態史観の旅日本の旅--人物記念館の旅本物の条件--7つの共通項中年の危機高齢化社会のモデルたち新・孔子の人生訓ライバル群像日本近代史の旅偉大な人は偉大な言葉を残している団塊世代の知的な旅アンケートの感想この資料を参考に身近な記念館を見学してみたい私も記念館巡りを始めてみたい。7つの視点を持って巡ることを心がけてみたい共通の7項目は納得しました。素晴らしい人材が日本にはらくさんいることに誇りを感じました。多摩大学のHPの新しい活用法を知りました。大変面白く聴きました。大河内伝次郎の記念館には行ってみたくなりました。横山大観は足立美術館に行く予定です。自分なりにテーマを持って旅を楽しんでみたい旅のテーマとして挑戦してみたい。海外の旅も自由旅行の幅が広がりそうです。人物記念館の旅というものがあることを知り参考になりました。まず身近な所から訪問したいこれからは旅のテーマに「人物記念館」巡りを入れようと思います人物を知ることの大切さを改めて感じました。子供に話してやります。人物の記念館のHPをスクリーンに映しだして話してもらいたかった。日本と世界の棚田めぐりをしています。里山を見ると力をもらえます私もいずれ記念館の旅にチャレンジしたい。訪ねてみたくなりました--明日18日は、三枝成彰さんの「洋音楽から見た日本人と西洋人の違い」。そしてコンサート。当日のみの参加は2000円。http://www.tama.ac.jp/inf---------------------------------早川洋平のポッドキャスト「人生を変える一冊」で「志 KOKOROZASHI」(久恒啓一著・ディスカバー21)のインタビュー後半がアップされました。http://j.mp/kiqtas-pod
2009/09/17
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図解http://www.hisatune.net/のトップページの右は、大学周辺の風景をイラストで表現している。多摩川、富士山、旧聖蹟記念館、桜ヶ丘カントリークラブなど3つのゴルフ場、そして大学の建物などが配置されている。そして多摩大学の建物からは大学のホームページhttp://www.tama.ac.jp/へ入ることができるようになっている。この自然豊かな景色は、春夏秋冬で変えるという方針で、民主党鳩山政権の発足日にあわせて、今日から入道雲があった緑の濃い夏バージョンから、紅葉の風景の秋バージョンに変わった。他にも、twitterの窓を設けたりするなどの改良を実行している。
2009/09/16
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15日から一泊で、宮城県大崎市の鳴子温泉の「東鳴子温泉」に行った。ここの大沼旅館に宿泊。大学のインターゼミの「東鳴子温泉の活性化」チームのフィールド調査。このチームは阿部君、宮城君、山本さんの3人で、彼らは3泊4日のプチ湯治の体験をしている。 川渡温泉と鳴子温泉に挟まれたこの東鳴子は、宮城県在住当時は通り過ぎてしまっていたが、JR陸羽東線の鳴子御殿湯駅からすぐの温泉郷だ。 大沼旅館の第五代目湯守の大沼伸治さんは、この温泉郷の活性化の中心人物で、ユニークな企画と発信力で「東鳴子」の名前を知らしめた人で、行政からも注目されている。以前、県の行政マンと一緒に仙台駅前のホテルで会ったことがある。http://www.ohnuma.co.jp/ 朝晩は米飯と味噌汁は宿が用意し、おかずは自分たちで作るか外で買って来るという「半湯治」というスタイルである。学生たちに聞くと、明らかに数日で体温の上昇を自覚していた。体温が上昇すると免疫力がアップして健康になる。いわゆる「プチ湯治」だが、効果は高いようだ。 伝統のある旅館だが、隅々まで手入れが行き届いていて、気持ちがいい。初日は3回、翌日2回ほど温泉に浸かった。初日は大浴場の千人風呂、内庭貸切露天の石割の湯。全室、インターネット接続が可能。 夜は、鳴子にタクシーで出て、学生たちと思い切り食べ、そしてお酒を飲んだ。 翌日は、森の中にある離れの庭園貸切露天風呂「母里の湯」(もりのゆ)を堪能した。庭園を見ながら入るまことに贅沢な入浴である。湯面には庭の木々の緑が映り、美しい。人のいない贅沢な静寂の中で実にゆったりとした気分で30分ほど楽しむことができた。 その後、すぐ上にある茶室「緑青庵」でお茶の接待を受ける。四畳枡床の本格的な茶室である。大沼さんのお母さんから、清楚な茶室で話をしながらお茶をいただいた。この茶室から緑を見ていると、本当に心が安まるという不思議な感覚を体験した。今まで経験したたことのない経験だった。 温泉地に長期滞在し、滞在中何度もお湯に浸かり、偉大な温泉の力をもらい心身を再生するのが「湯治」であるが、この旅館は「現代の湯治」をテーマとしている。滞在中に出逢った50代の女性は東京で会社を経営している方で、骨折の後の治療に来ていたが、「ここの力の強いお湯のおかげで2、3日ですっかり治った」とのことだった。東京での仕事に疲れるとよく来る常連客だ。この茶室の近くには、山荘「母里乃館」があり、30人ほどの会合が出来るそうだ。ほんの一泊だったが、心身がリフレッシュされた。
2009/09/15
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本日より、多摩大学コミュニティカレッジ「文化教養講座」が始まりました。初日は、精神科医の和田秀樹さんと多摩大の樋口裕一さんが講師。「心と体のための生涯学習の勧め」(和田秀樹)高齢者の体の特性や疾患についてはまだまだ知られていないことが多い。痴呆症は怖くない。もうろく型はおとなしくなる、こっちが大半。ボケ型。高齢者医療は研究されていない。(薬を減らす研究はされていない)太めの方が長生き、コレステロールが高い方が長生き日本の医学が進歩しない理由地域医療が盛んな長野県は寿命が長く、医療費が少ない。大学病院のある地域ほど寿命が短い日本はガンで死ぬ国心によいことは体によい笑いの効用。よく笑う人はガンになりにくいうつ病・食欲不振・脱水・肺炎・脳疾患というルート老化すると、使わなかったものが衰える。足腰。あるきっかけ(骨折・脳疾患)で突然ダメになる。感情を若返らせることが大事。強い刺激が必要。本当にうまいものが欲しくなる。金を使おう。1500兆円の金は60歳以上が8割を持っている。65歳以上の貯金は兵金2700万円。退職金と親の遺産。頭をよく「使っている人が長生き。定年後勉強しないひとは早く死ぬ。生涯現役。消費者としても現役で。老人の力は限界パワーは落ちるが、普通の状態は低下しない。感情の老化が知能の老化と体の老化を引き起こすよく学び、よく遊び、よく働こう!それが医療財政を救う。 和田秀樹さんと名刺交換。向こうも私のことをよく知っている様子でした。和田さんの本の中で私の考えに共感してもらったことがあります。和田さんは樋口裕一さんの友人。和田さんとは、会場と駐車場までの途中で少し話ができました。 コミュニティ・カレッジ「文化教養講座」の明日からのラインナップ。15日:「韓国人の生活、教育、幸せ」「ケルトの民話と民謡」16日:「江戸時代の暦の世界」「天体運行と観測」17日:「日米関係再考」「人物記念館の旅」18日:「洋音楽から見た日本人と西洋人の違い」「コンサート」http://www.tama.ac.jp/info/community_college_culture2009.html 私は17日を担当します。以下、パンフより。人物記念館の旅:全国に存在する偉人を顕彰した「人物記念館の旅」に取り組んで5 年経ち300 館を巡りました。今やライフワークとなったこの旅は聖地巡礼のようです。その最初の成果を「志」という本として7 月に出版しました。この講座では人生百年時代の生き方の多様なモデルを紹介します。今まで「図解コミュニケーション」という新たな分野を切り拓いてきましたが、加えて「人物記念館の旅」というテーマを開拓中です。日本人のアタマ(頭脳)を図解で再建すること、そして日本人のココロ(精神)を偉人の力を借りて再興することを志しています。現在、多摩大学経営情報学部教授。多摩大学総合研究所所長。
2009/09/14
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先週は、出版、雑誌、ポッドキャストなどメディア関係が重なりました。そして、新しいミニブログともいうべき「Twitter」に挑戦していました。はまりそうです。新著です。「対話力」(中公新書ラクレ)樋口裕一・久恒啓一:9月10日。740円。 「文章術と図解法。ともに「他人に何かを伝える」ためのアプローチの方法である。 その両分野の「神様」と「教祖」がタッグを組み、現代の若者に向けて対話力の 再生を具体的に提案する。」 先週のメディア登場・「日経キャリアマガジン」10月号にインタビュー記事。 「耳ガク入門」--「ニュータイプの教養人が耳ガクから生まれる」 アイフォンを使った新しい勉強法のすすめ。「古事記」「論語」「史記」などを耳から学ぼう。他は勝間さんと原尻さん。 ・「The21」10月号にインタビュー記事 「早朝&週末」勉強法 「勉強会に参加して強制的にでも学ぶ時間をつくる」。知研の活動を紹介。・ポッドキャスト「人生を変える一冊」(早川洋平) 「志 KOKOROZASHI」(久恒啓一・ディスカバー21)に関するインタビュー
2009/09/13
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昨年金沢で加賀友禅作家の久恒俊治さんと知り合いになり、今回は奥様と娘さんが、私の「人物記念館の旅」につきあったていただいた。宇ノ気にある西田幾多郎記念哲学館。入り口がわかりにくく、中も迷路のようになっていて、案内板の情報も少ない。おかしな造りだなと感じてスタッフに誰の設計かと聞くと、安藤忠雄さんですという返事だった。わざとわかりにくくして、考えさせようという魂胆だったのだ。西田幾多郎(1870-1945年)の思想体系は、「西田哲学」として名高い。「いくたろう」と思っていたが、、「きたろう」が正しいことがわかった。 次に、宮腰の銭屋五衛兵記念館。五衛兵(1773年-1852年)は加賀藩の財政に大きな貢献をした豪商で、「海の百万石」と言われた傑物である。39才から海の商いに入り、廻船で大商いをし、すぐれた経営手腕を発揮した人物である。この人は桐生悠々「銭屋五衛兵」、海音寺潮五郎「銭屋五衛兵」、舟橋聖一「海の百万石」、津本陽「波上の館」などの小説に描かれている。陰謀にかかり、80才で獄死するという数奇な運命。 そして、小松の中川一政記念美術館。中川一政(1893-1991年)は、「駒ヶ岳」などの作品で著名な画家で97才という長寿だった。「中川一政 いのち弾ける!」という本を買った。絵もいいが、言葉もいい。「門の中にはいっているのが専門家」「はいって出られないのが専門家」。「若い時の勉強は、何でもとりいれ貯めることである。老年の仕事は、いらないものを捨ててゆくことである」「すて去りすて去りして、純粋になってゆくことである」。「画の勝負は美しいとか醜いいというかいうものではない。生きているか、死んでいるかが問題だ。美しいようにみえて、死んでいるのがある。みにくいように見えて、生きているのがある。」訪問記は、後に詳しく書く予定。以上3館を巡り、今までの人物記念館の訪問累計は、299館となった。歴史的な300館目は、誰にしようか、、、。
2009/09/12
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金沢で研修の講師をつとめる。テーマは「考える看護師を育てるために」。石川県看護協会主催で、昨年に続き2度目。昨年の受講者の反応は、「すごく疲れたけれど、楽しかった」というところだったそうだ。看護協会という組織は、看護者のために働きやすい職場づくりへの取り組みや研修等の生涯学習の支援などを行っている。保健師・助産師・看護師・准看護師が会員の職能団体で、全都道府県にもそれぞれ看護協会があり、会員数は60万人。宮城県看護協会にも出講したことがあり、最近大阪からも要請があったように、この業界にも縁が結構ある。今回の研修対象者は、「看護管理者」という層だ。病院の師長クラスの管理職。今回の受講者は64名。いろいろな種類の病院があるものだと、名簿を見て思う。加賀看護学校、山中温泉医療センター、石川病院、加賀市民病院、やわたメディカルセンター、芳珠記念病院、松任石川記念病院、つるぎ病院、金沢脳神経外科病院、金沢医療センター、金沢大学付属病院、金沢市立病院、KKR北陸病院、松原病院、南が丘病院、石野病院、県立総合看護専門学校、県立中央病院、県共済会金沢病院、金沢社会保険病院、浅の川総合病院、城北病院、映寿会みらい病院、金沢医科大学病院、河北中央病院、金沢循環器病院、米沢病院、十全病院、こすもす訪問看護ステーション、羽昨病院、能登総合病院、恵寿総合病院、輪島病院、穴水総合病院、宇出津総合病院、殊洲市総合病院、恵寿鳩が丘病院、、、、。以下、アンケートの感想から。管理職という立場上、全体を見ることが、とても重要になっています. 「説得よりも納得」に共感します 看護・医療の常識は社会の非常識。その通りと思いました。 疲れましたが、楽しく、またちょっぴり力がわきました 疲れましたけれど、心地よい疲れ スタッフを引きずりこんでやってみます。 胸のつかえがおりそうです 脳みそが喜んでいる感じがします 目からウロコ 脳が働いている 写真は帰京してからアップ予定。
2009/09/11
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午前中は、出張の準備。午後から、二子玉川の高島屋6階で行われている手工芸展で、加賀友禅の技法を用いた生活用品をみる。絵が透けてみえる小皿をセットで買ってみた。 16時半。赤坂見附でのホテルで、M出版社の女性編集者と会って、今取り組んでいる本のゲラを受け取り、打ち合わせをする。 17時半。赤坂の野田事務所で、野田先生と「学歴貴族の栄光と挫折」などの名著で知られる竹内洋関西大教授(京大名誉教授)とご一緒する。竹内先生とは京都でのシンポジウム以来。 3人で赤坂のイタリアンで食事。私は18時20分に辞去。 20時発の日航機で石川県小松空港へ、22時に金沢のホテルに投宿。 今日のメディア関係。日経朝刊の広告欄に「The 21]の広告が載っており、「早朝&週末」特集に名前。 同じく日経の広告に、「日経キャリアマガジン」の広告。こちらは名前はなかったが、この中の「耳ガク」特集にインタビュー記事が載っている。古典を耳で聴いて新しいタイプの教養人になろう、という呼びかけをした。 樋口裕一さんとの対談共著「対話力」(中公ラクレ新書)が、本日発売。 時計はバッグの底からみつかり、デジカメは京王線の忘れ物から発見されて、ヤレヤレです。
2009/09/10
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御殿場の篭坂ゴルフクラブで、初めての学長杯ゴルフが開催された。学部教員、職員、大学院教員、非常勤教員が集まり3組でプレー。朝の内は雨が残ったが、だんだん晴れてきて、最後は天気はよくなった。 私の組は、多摩キャンパスの菅野先生、湘南キャンパスの松林先生、そして非常勤の井上先生の四人。菅野先生と私は、アウトが同スコアだったので、昼食後のインはプレーオフで9ホール戦おうとということにしてのだが、一進一退で追いつ追われつという展開になった。まるで優勝争いをしているような感じで(もちろん極めて低いレベルだが)、最終日のトッププロの気持ちが少しわかったような気になった。決着は最終ホールまで持ち越され、後半も最後は同スコアという結末だった。適度の緊張感があり、今まで経験したことのないプレートなって、楽しめた。 菅野先生は日本石油出身、松林先生は三井物産出身、井上先生はリコー出身、私は日本航空出身ということで、全員が民間企業の出身だ。多摩大の特色がよくでた組だった。私たちの前の組には金子先生という若い大学院の客員がいたが、この人も日航に5ー6年ほど勤めて、今は公認会計士をやっているとのことだった。 終了後、パーティがあったのだが、一風呂浴びて私はタクシーで御殿場へ向かう。沼津、三島。そこから新幹線で東京へ。そのままタクシーで日本財団へ。 知的生産の技術研究会のセミナーで、今回の講師は元検察の郷原信郎さん。小沢秘書逮捕問題で、検察の非を鳴らしている勇気ある法曹関係者である。テレビでの発言を聞いて、司法の分野について話してもらおうということになった。最近、著書も連発しており、時の人だ。 今回のテーマは、「思考停止社会--遵守に蝕まれる日本」。司法制度改革は大失敗。これほどひどい改革はない。自分たちと同じタイプの人間の拡大再生産。法科大学院は、司法サービスの供給者を増やそうとしてが、マーケットメカニズムを意識していないから司法の需要は広がっていない。300万円弁護士も。裁判員制度も失敗コンプライアンスは、本来個人のセンシビリティを鋭利にすることで、コラボレーション(協力)を通じて組織のパワーをあげていくことである。法令は共通認識を高める道具だ。不二家問題は、ひどい誤解によって企業が苦境に立たされた事例。食品衛生、品質維持上問題はない。社内規定に抵触した面があったが公表義務もなかった。これが針小棒大に取り上げられた。マスメディアは紙面上では誤りを認めていない。これが、自主回収ブームというおかしな風潮になっていった。伊藤ハム問題。地下水のシアン化合物が若干みられたが、この基準自体が国際的にも厳しすぎるものだった。健康への影響はない。公表義務もない。それを保健所が公表してしまったケース。不当なバッシング。政治資金問題も思考停止。小沢秘書問題は、賄賂ではない、検察の自己過信でおきた問題。違反かどうかに問題がある。ライブドア問題も大した事件ではなかった。法務大臣の指揮権問題。造船疑獄事件は、暴走した操作を大臣が止めたというケース。上司が全体的視点からチェックするのは本来当たり前。民主党政権への期待。族議員、官僚(情報独占・立法)、法令遵守というのが今まで。これからは、コンプライアンスを携えた企業等からの要請で、政治主導による立法が行われるか。民主党は、情報公開によって事態を転換しようとしている。本当にできるかどうか。この流れを皆で助ける必要がある。その上で、皆が賢く考えるようになればいい。 終了後、講師の郷原先生を囲んで10人ほどで懇親。隣にすわっていろいろとお話を聞く。司法の分野も専門が分化しており、全体を見渡す人材が枯渇しているという印象を持った。また、供給の論理が先行しており、消費者の目線をもっと戦略的に取り入れることも必要だと感じた。この分野も「合意学」が必要である。(ゴルフ場で時計を無くし、セミナー懇親会でデジカメを紛失。やれやれ、、)
2009/09/09
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渡辺幸裕さんが主宰するギリークラブhttp://www.gillie.co.jp/g_club/「早朝図解セミナー」を九段サテライトで朝7時半から9時半まで行った。多摩大広報活動の一環。前回はメディア中心だったが、今回は企業中心に募集をかけたところ、定員は20名だったが朝早いにもかかわらずきっちり20名の方に参加いただいた。早朝なので頭がよく回るし、皆さんの気合いが入っているので、いい時間を過ごした。最後に全員から発言をいただき、ひとつづつ答える。私にとっても楽しい時間だった。テーマは、日経ビジネス8月24日号のインタビュー記事「寺島実郎・日本総合研究所会長に聞く「戦後外交」との決別を」を選んだ。このインタビューは、米国とのしなやかな軍事協力関係(東アジアに軍事的空白を作らないようにしつつ基地の段階的縮小と地位協定の改定をを提起すべき)を継続させ、日本の国益(米国をアジアから孤立させない役割・中国を国際社会の枠組みに取り込んでいく)を最大化していくことが大切」というのが結論と理解できた。参加者の所属は以下の通り。インブルーム合同会社・東レ経営研究所・TEI・マーケットコンポーザー・パークサイド広尾レディスクリニック・エクスチェンジ・東京放送・東光社・住友商事・ワンハンドレッド・ダイニングアンドスタイル・浦和西高関係・ぴあ・慶立学院・日本ビジネスプレス・フリーエディター・サントリーコーポレートビジネス・8huit・カーギルジャパン・ギリー。以下、アンケートから。「私の脳はオーバーヒートぎみ」「理解度が飛躍的に向上」「早起きの成果あり」「脳が喜ぶ」「朝は勉強にいい!を体感」「頭がスッキリして新たな可能性w感じた」「非常に良い一日になりそう」「「こんなに脳を使ったのは久しぶり」「もっと授業を受けたい」「何のために何をするのかが納得出来て軸ができる」「「人生が変わる」10時からは、多摩大ホームページhttp://www.tama.ac.jp/打ち合わせ。仙台からマグネットデザインの岩澤さん、湘南キャンパスの渡辺さん、こちら側は学長室の高野課長、山本さん。細かい改善と今後の課題を検討。寺島さんを訪ねてきた佐藤優さん(この人の本もずいぶんと読んでいる)が多摩大サテライトを見に見えたので、名刺交換する。昼食は、私の図解ウェブhttp://www.hisatune.net/打ち合わせを兼ねて、近くのグランドパレスホテルで岩澤さんと摂る。いくつか課題を確認する。14時に大学に戻り、山田統括監と留学生関係の打ち合わせ。14時45分から、多摩大総合研究所の中庭先生からブリーフを受ける。15時。八王子市役所市民活動推進部協働推進課の松日楽課長と島村主査が見えて、19日から始まる「はおうじ志民塾」の打ち合わせ。私は初めと最後を担当する予定。今日は、いろんな人に会った。
2009/09/08
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徳富蘇峰の人生を追いかけると、ライフワークである「近世日本国民史」という大著とその完成に費やした長い年月に目がとまる。明治維新を書くという志を持った蘇峰は織豊時代にまで遡るべきという考えから、世界最大の著作「近世日本国民史」全100巻を書いた。驚くべきことに、この畢竟の大作は56歳から90歳までの実に34年間を費やしている。56歳では第1巻「織田氏時代」、そして100巻が「明治時代」である。総ページ数42,468ページ、総文字数は19,452,952でギネスブックにも「最も多作な作家」とある。日本の歴史家をみると、頼山陽は20歳前から「日本外史」に着手し没年は53歳。新井白石は69歳で死亡。 当時の56歳は晩年といってもよい。この間、蘇峰は毎朝5時に起きて原稿用紙17万枚を埋めた。旅行に際しても史料をつめた大きなカバンを持参して旅先でも、病中でも、そして家族の死亡時でも執筆を継続している。この34年間には、震災・開戦・敗戦・戦犯・静子夫人の死など枚挙に暇のない支障が次々と起こっている。それらを乗り越えての偉業であった。三叉神経病、眼病を患った80歳の時には「本日ハ顔面神経病尤モ劇。ソノ為めシバシハ筆を投シ、漸ク之を稿了セリ。後人ソノ苦を察セヨ」と第83巻執筆時に述べている。蘇峰は、「日本の政治家は政権の争奪にのみ頭を使い真に国家の発展につくす者がいないのは残念である。、、支那では四千年の昔から偉大な政治家がたくさんいた。日本は政治の貧困のため国が滅びる。」といい、近世日本国民史を書き終わったら、「支那史をかくつもりです」とも言っているから、その気力には驚かされる。蘇峰は1924年大田区大森の山王の地に居宅を建て、山王草堂と命名して、起居する。草堂の隣には蘇峰が収集した和漢書10万冊を保存した成き堂文庫も設けられた。鉄筋コンクリート3階、地下1階の堂々たる書庫で、この資料を使ってライフワークである近世日本国民史を書いたのである。また蘇峰は、前々から幕末から明治にかけての歴史では、歴史上の人物たちから直接話を聞いてくわしく残していた。人物名を拾ってみると、板垣退助・山縣有朋・勝海舟・大隈重信・松方正義・伊藤博文・西園寺公望・大山巌・川上操六・桂太郎・乃木希典などが取材に応じていることがわかる。まさに壮観である。そして、膨大な一級史料と明治を時代を創った多くの生き証人の証言を用いて長い年月たゆまず書き続けるという執念によって書かれたから、その成果は誰も太刀打ちできない圧倒的な迫力を持つ歴史書となって結実した。一口に34年の歳月というが、蘇峰の年表を辿ってみると、その執念に驚かされる。毎年1-3巻ほどを発行し続け、昭和20年の敗戦時には一時執筆を中止するが、再度気をとりなおし、1952年4月20日についに100巻を完成する。敗戦後の混乱の中で、本人の在世中に発刊出来なかったのは、24巻にのぼるが、その出版を孫に託しており、その遺志は実行されている。蘇峰は若年の頃より歴史に親しみ、古今東西の歴史に関する本を読んでいた。そしていつか自分の生きる明治時代を書き後の世に伝えようと心に期しており、あらゆる歴史資料を収集して備えていた。その資料収集に対するすさまじい執念は、一緒に収集のために旅行した人々が書き残している。文章報国という言葉があるが、この書は蘇峰最後のご奉公であった。蘇峰は「百敗院泡沫頑蘇居士」という戒名を自分で選び、多磨墓地の墓の中央に「侍五百年之後」と大書して刻ませている。戦争責任などで晩年の蘇峰に対する世間の評判はすこぶる悪かった。この近世日本国民史の大業もあわせて、知己を後世に求めたということだろう。私は全国の多くの人物記念館を回ったが、徳富蘇峰という名前に出くわすことが多かった。諏訪の島木赤彦記念館では、この歌人の生涯一千通に及ぶ書簡の中に、蘇峰とのやりとりが残っていた。宮城の吉野作造記念館では、大正デモクラシーの中心人物だったキリスト者・吉野が同志社総長をつとめているとある。吉野は同志社を興した新島穣とともにその協力者でもあった徳富蘇峰にも影響を受けている。酒田の清河八郎記念館には、「維新 回天 偉業 之魁」という蘇峰の書が懸けてあった。熊本の横井小楠記念館では、横井小楠の妻の姉の子供が徳富蘇峰と徳富蘆花であることがわかった。東の佐久間象山(1811-1864)と西の横井小楠(1809-1869)と呼ばれた横井小楠は、勝海舟、吉田松陰、橋本左内、由利公正、木戸、岩倉、森有礼、坂本龍馬、高杉晋作など、新時代を創った人々の先生格だった。
2009/09/08
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徳富蘇峰の人生を追いかけると、ライフワークである「近世日本国民史」という大著とその完成に費やした長い年月に目がとまる。明治維新を書くという志を持った蘇峰は織豊時代にまで遡るべきという考えから、世界最大の著作「近世日本国民史」全100巻を書いた。驚くべきことに、この畢竟の大作は56歳から90歳までの実に34年間を費やしている。56歳では第1巻「織田氏時代」、そして100巻が「明治時代」である。総ページ数42,468ページ、総文字数は19,452,952でギネスブックにも「最も多作な作家」とある。日本の歴史家をみると、頼山陽は20歳前から「日本外史」に着手し没年は53歳。新井白石は69歳で死亡。 当時の56歳は晩年といってもよい。この間、蘇峰は毎朝5時に起きて原稿用紙17万枚を埋めた。旅行に際しても史料をつめた大きなカバンを持参して旅先でも、病中でも、そして家族の死亡時でも執筆を継続している。この34年間には、震災・開戦・敗戦・戦犯・静子夫人の死など枚挙に暇のない支障が次々と起こっている。それらを乗り越えての偉業であった。三叉神経病、眼病を患った80歳の時には「本日ハ顔面神経病尤モ劇。ソノ為めシバシハ筆を投シ、漸ク之を稿了セリ。後人ソノ苦を察セヨ」と第83巻執筆時に述べている。蘇峰は、「日本の政治家は政権の争奪にのみ頭を使い真に国家の発展につくす者がいないのは残念である。、、支那では四千年の昔から偉大な政治家がたくさんいた。日本は政治の貧困のため国が滅びる。」といい、近世日本国民史を書き終わったら、「支那史をかくつもりです」とも言っているから、その気力には驚かされる。蘇峰は1924年大田区大森の山王の地に居宅を建て、山王草堂と命名して、起居する。草堂の隣には蘇峰が収集した和漢書10万冊を保存した成き堂文庫も設けられた。鉄筋コンクリート3階、地下1階の堂々たる書庫で、この資料を使ってライフワークである近世日本国民史を書いたのである。また蘇峰は、前々から幕末から明治にかけての歴史では、歴史上の人物たちから直接話を聞いてくわしく残していた。人物名を拾ってみると、板垣退助・山縣有朋・勝海舟・大隈重信・松方正義・伊藤博文・西園寺公望・大山巌・川上操六・桂太郎・乃木希典などが取材に応じていることがわかる。まさに壮観である。そして、膨大な一級史料と明治を時代を創った多くの生き証人の証言を用いて長い年月たゆまず書き続けるという執念によって書かれたから、その成果は誰も太刀打ちできない圧倒的な迫力を持つ歴史書となって結実した。一口に34年の歳月というが、蘇峰の年表を辿ってみると、その執念に驚かされる。毎年1-3巻ほどを発行し続け、昭和20年の敗戦時には一時執筆を中止するが、再度気をとりなおし、1952年4月20日についに100巻を完成する。敗戦後の混乱の中で、本人の在世中に発刊出来なかったのは、24巻にのぼるが、その出版を孫に託しており、その遺志は実行されている。蘇峰は若年の頃より歴史に親しみ、古今東西の歴史に関する本を読んでいた。そしていつか自分の生きる明治時代を書き後の世に伝えようと心に期しており、あらゆる歴史資料を収集して備えていた。その資料収集に対するすさまじい執念は、一緒に収集のために旅行した人々が書き残している。文章報国という言葉があるが、この書は蘇峰最後のご奉公であった。蘇峰は「百敗院泡沫頑蘇居士」という戒名を自分で選び、多磨墓地の墓の中央に「侍五百年之後」と大書して刻ませている。戦争責任などで晩年の蘇峰に対する世間の評判はすこぶる悪かった。この近世日本国民史の大業もあわせて、知己を後世に求めたということだろう。私は全国の多くの人物記念館を回ったが、徳富蘇峰という名前に出くわすことが多かった。諏訪の島木赤彦記念館では、この歌人の生涯一千通に及ぶ書簡の中に、蘇峰とのやりとりが残っていた。宮城の吉野作造記念館では、大正デモクラシーの中心人物だったキリスト者・吉野が同志社総長をつとめているとある。吉野は同志社を興した新島穣とともにその協力者でもあった徳富蘇峰にも影響を受けている。酒田の清河八郎記念館には、「維新 回天 偉業 之魁」という蘇峰の書が懸けてあった。熊本の横井小楠記念館では、横井小楠の妻の姉の子供が徳富蘇峰と徳富蘆花であることがわかった。東の佐久間象山(1811-1864)と西の横井小楠(1809-1869)と呼ばれた横井小楠は、勝海舟、吉田松陰、橋本左内、由利公正、木戸、岩倉、森有礼、坂本龍馬、高杉晋作など、新時代を創った人々の先生格だった。
2009/09/07
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話題の「twitter」をこの二日間、試してみました。http://twitter.com/09年4月現在で利用者は52万人。ブログは過去を記すログですが、twitterは現在進行形というのが特色です。20名の方を私がフォローし、逆にフォローされるのは10人というのが二日間の収穫です。政治家、コンサルタント、出版社社長、ベンチャー企業社長、タレント、評論家、会計士、作家、学者、、、。オバマ大統領もフォローしてみることにしました。みたところ私より高齢なのは、公文俊平先生くらいかな。公文先生はITの大御所ですが、民主党の鳩山代表のニューヨークタイムスに出た英文記事をリンクしていたので話題の内容を直接読むことができました。さすがですね。フォロワーの数がトップなのは、ホリエモンだそうで約10万人が読んでいる。2位あたりで追っかけているのが勝間和代さんで6万人弱。皆さんの日常が見えて楽しめました。ウェブで書いているのですが、携帯でもトライしてみよう。----------以下、私がフォローすることにした方々。fujisue 藤末 健三 レバ刺し、うまいです!! http://twitpic.com/gjqj6 約24時間前eqbot 地震 | Japan#地震 NHK 05日15時14分 最大震度2 豊後水道(N33.2 E132.3) 30km M3.1 http://bit.ly/fiwIT 8:21 PM Sep 4thmainichijpedit 毎日jp編集部 | 東京都千代田区テレビ放送を楽しみにしている方のために以前のつぶやき削除しました。遼くんの活躍、知りたい方はこちらで。 http://bit.ly/3119JE 約2時間前BarackObama Barack Obama | Washington, DCThis summer, we unleashed a powerful movement for change. See the latest dispatches from the ground: http://bit.ly/6SGna 6:56 AM Sep 3rdkshumpei Shumpei Kumon | 横浜鳩山論文の英文版を読んでみたが、もとのVoice版よりすっきりしている。この議論は多くの日本人の気持ちを素直に反映していると読めた。海外で反発があるなら大いに議論したらいいだろう。http://bit.ly/s7itx 約4時間前seiji_ohsaka 衆議院議員 逢坂誠二 | Hakodate,Tokyo ....etc,Japan藤岡先生のお別れの会です 16分前kamosawa 鴨澤眞夫 | Okinawa/Japan 沖縄県南城市RT: @cigarcook: RT @yanbe Lingr復活のお知らせ > 速報:Lingrが江島氏の個人プロジェクトとして復活 http://www.publickey.jp/blog/09/lingr.html 10分前discover21 ディスカヴァー・トゥエンティワン社長室 | 東京都千代田区幸福の方程式 物質的豊かさを超えた幸福はあり得るのか? ●干場: ずっと昔、まだディスカヴァーが書店向けの本を出すか出さないかの頃、ディスカヴァー... http://bit.ly/St90Q 約2時間前tetsuko_room 徹子の部屋 | テレビ朝日,はじめまして!川村かおりちゃんは23年前に担当ディレクターから紹介されました。帰国したらお会いしたかったので残念です!TVで拝見しました。NYより、リサ [twicco.jp @Lisa_Kyoko ] 約10時間前hoshibay干場弓子 | 東京都@ichirochan いえいえ、逆に、よかったものはなんでもディスカヴァーと思ってもらえるのなら、これほど光栄なことはありませんので!! 約1時間前joesakai 酒井穣まだ散歩中 3分前miyadai 宮台真司 | 東京都世田谷区本名で登録したところ 2:00 PM Aug 24thryu2net 小山龍介RT @igi3: 出版状況クロニクル 16 (2009年7月26日~8月25日) 更新 「09年上半期の出版物推定販売金額(略)9887億円で、前年比4.0%減。上半期としては初めての1兆円割れ」 http://bit.ly/X097d 約2時間前eliesbook 土井英司 | 東京都新宿区明後日から、いよいよギリシャ旅行。今日、明日は忙しくなりそうです。 あ、こんなときに取材依頼が入った…。明日までって、それは無理でしょう(笑)。 3:47 PM Aug 16thkaikeishi1 山田真哉 | 東京都真人間ブログ更新。全国書店営業、ツイッターの旅。現在、札幌・仙台・東京・川崎・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸・広島・高松・松山・福岡・沖縄の14ヶ所を回る予定です。「全国書店の旅で回tp://plaza.rakuten.co.jp/kaikeishi/ 約17時間前kohmi 広瀬香美 | 東京本日の、夜ブロも楽しいですよ。今日も、18時にブログアップです!みなさん、どうぞお楽しみに。今夜も美味しいシリーズですよ! 約2時間前takapon_jp 堀江貴文(Takafumi Horie) | Tokyoブログ経由売上ランキング2009.08の第二弾(20-1位): ブログ経由アマゾン売上ランキングの2009.08の第二弾です。20位は2冊あります。夢幻の軍艦大和 9 (イブニングKC)posted with amazlet.. http://bit.ly/nzog7 10:51 AM Sep 4thkazuyo_k 勝間和代 | 東京都カツケンはBS Japan、BSデジタル放送です。 約11時間前jicooforce 檜野安弘営業はやっぱ楽しいなぁ。おいらは営業出身なので営業マンの気持ちはわかるつもり。 3:59 PM Sep 4themirun1022 秋田英澪子-----------------------------以下、私の書いた文。1時間半ほど、教え子の女性(28才)と話してきました。どの現場のも厳しい。 例よって人間関係の悩みが主。直接の上司は△。その上は×。その上は○。 それなら恵まれている方だというと、そうかもしれないということに、、。37分前 webでさて、教え子の相談にのってくるか。車で10分のホテルの喫茶で待ち合わせ。 人事制度改訂の担当らしい。約3時間前 webで下駄履いて、カランコロンしながら歩くのってサイコー、、、。 学生時代を想い出すなあ、、。約4時間前 webで最近の若者の志? http://www.tama.ac.jp/kokor...約4時間前 webでよい人に交わっていると、気づかないうちに、よい運に恵まれる。 (安岡正篤)約7時間前 webで愛犬・ちょこらとの散歩を終えて、多摩大総研「マネジメントレビュー」の冒頭の所長挨拶文を書き上げました。さて、朝食を摂りながら、8時からのTBSサンデーモーニングで欧州出張から帰国したばかりの寺島さん(多摩大学長)の発言を聞くことにしようかな約10時間前 webでさて、 「今日も生涯の一日なり」、だ。 気合いを入れて行こう。!約12時間前 webでやっとできた! http://www.tama.ac.jp/約20時間前 webでそばに置かれた文章は、名言の解説とは違う。、、ときに格調の高さをうかがわせるところもあり、著者の人生観がすけて見えるところも多いhttp://ameblo.jp/izumi-salon 『KOKOROZASHI 志』久恒啓一(ディスカヴァー・トゥエンティワン)約20時間前 webで新刊の見本が届いた。オビに二人の笑っている写真。 「対話力」(樋口裕一・久恒啓一)。中公ラクレ新書。740円。9月10日発刊。 「小論文の神様」と「図解教の教祖」が明快に説くく!約20時間前 webで事実がわかっていなくとも前進することだ。 やっている間に、事実もわかってこよう。 (フォード)約22時間前 webで寺島実郎さんも忙しい。昨日はヨーロッパ出張からそのまま報道ステーションで、政権交代と民主党の外交政策を論じ、明日は8時からTBSのサンデーモーニング。 http://d.hatena.ne.jp/k-his...約23時間前 webで「別れるときの愛」(和泉育子・幻冬舎ルネッサンス)が届いた。 心に痛みを抱えるすべての女性に贈るエッセイ、ということです。約23時間前 webで若いときには老人に接し、年老いては若い人に接せよ。 (福沢諭吉)5:21 PM Sep 4th webで
2009/09/06
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9月10日発行の新著の見本が届いた。同僚の樋口裕一さんとの共著で、「対話力」をテーマとした中公ラクレ新書だ。表紙のオビは、「小論文の神様」樋口さんと、「図解教の教祖」の私の顔写真が載っている。中身は、対談本である。樋口さんとは小学校時代の幼なじみであるが、当時の昭和30年代のことも語り合っており、私のとっても大切な一冊となった。裏表紙のPR文。「文章術と図解法。ともに「他人に何かを伝える」ためのアプローチの方法である。その分野での「神様」と「教祖」がタッグを組み、現代 の若者に向けて対話力の再生を具体的に提案する。」「あとがき」(久恒啓一)からこのたび、コミュニケーション力を「対話力」という言葉に換えて、共著を出すという機会が巡ってきた。このテーマで数回の対談を重ねてこの本ができあがった。互いの子供時代、大学時代、青年時代も含めて正直に語り合ったのだが、歩いた道筋は正反対だったにもかかわらず、中年となった私たち二人がたどり着いた地平は同じだった。先日、東京下町で育った10才以上年下の魅力的な経営者と話す機会があったが、その人が語る商人の街の少年時代は、私たち二人が中津で過ごした時代と似た雰囲気だった。雑然として入り乱れた人間関係の中で、コミュニケーション力(対話力)は磨かれるのだと改めて感じた。対話力は、まさに時代のテーマであり、若い世代が抱える問題の本質でもある。この本では、上下、左右、遠近など、人間関係をできるだけ豊かにしようと努力することを勧めると同時に、文章や図解などコミュニケーションのための武器を手にして「対話力」を磨き上げていくことを提案している。この本をつくる過程で、二人とも仕事や生き方の根本となるのは、この対話力(コミュニケーション力)であるとの確信を深めている。そして若い世代が対話力を育むために、多摩大学という同じ職場で力を合わせようと確認し合った。ともあれ、この対談本が現代という生きにくい時代に棹さす若い人たちにいささかでも役に立つことができれば、本当に嬉しく思う。
2009/09/05
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夜10時からの報道ステーションでを見ているうちに不覚にも寝てしまったが、ユーチューブで見ようと思っていた場面がアップされていたのでよかった。http://movie1.search.biglobe.ne.jp/video/watch/8455cf72a81acc2c?kw=民主党&page=1(民主党外交政策についての提言 寺島実郎 2009/09/04 )欧州出張から夕方帰国したばかりの寺島実郎さんが古館キャスターの質問に答えて、鳩山民主党代表の発言を受けるかたちで日本の外交政策について論じている。ニューヨークタイムズで鳩山発言が反米的との記事が出たが、「常識に還れ」といいたい。日米安保条約は東西冷戦下において取った選択で、60年安保、70年安保と踏み固めてきた。70年安保からでもすでに40年の歳月が経った。冷戦後の時代に於いて、90年代に同じ敗戦国のドイツは国内の米軍基地の縮小、地位協定の改定などを果たしてきた。日本は、宮沢政権以来の国内政治の不安定の中、北朝鮮の核問題、9・11テロなどの混乱もあり、全く見直してこなかった。アジアに軍事的空白をつくらずに日米の軍事的提携をテーブルに載せることが大事だ日米安保下での権益を守りたい人、今のままで生きたい人の反応に躊躇すべきでない日米が連携して創造的・建設的な未来を構想すべきだ。対等な日米関係とは?たとえば。例えば、中東の非核化。オバマ政権は非核を打ち出している。イランの核問題は、アメリカはイスラエル、ユダヤに引っ張られている。日本は中東からの信頼は厚い。武器輸出したことはなく、軍事的派兵もしたことはない。(イラクはのぞく)。日米はこの問題に貢献できる。例えば、地球環境に関するルールづくり。インド・中国を巻き込んでいく必要があるし、またアメリカもこの問題に入ってきた。日米で環境に関するルールづくりをしていくべきだ。こういう例はいくらでもある。
2009/09/04
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日産自動車グループの企業の管理職研修のために戸塚で一日過ごした。管理職層(課長級)から経営職層(部長級)への昇進に向けての研修という位置づけである。「積極的な発想と行動」「顧客の目線」「ユニークセールスポイント」「提案力の強化」「戦略的思考」などが研修のキーワードだ。平均的には40代の前半といったところだろうか、16名が受講した。この会社は最近合併した会社なので業務範囲が広い。保険・環境・エンジニアリング・旅行・生産技術・情報・車両管理・設備・技術・IT・経理などの中堅管理職たちであり、将来この数千人規模の会社の中枢を担うべく期待されている人材である。意欲もレベルも高いという印象を持った。ビジネスマン時代、管理職という言葉がもたらす負の部分を解消するために、課長級については現場部門は管理職、間接部門は企画職と名称を変えて、部長級は経営職と呼び、その中の優れた人材が経営者になっていく、ならなかった人は関連会社の経営者になる、という提案をしたことがあることを思い出した。途中で、社長と人事部長と挨拶をする機会があった。自動車産業の現在の様子、人材育成面での課題などをうかがった。トヨタ、ホンダ、サムソン、ハイブリッド、造船技術などが話題になった。そして寺島実郎氏の考え方にも関心が高かった。(参考:明日4日の報道ステーションに海外出張から急遽帰国した寺島さんが出演することになった)明日も継続なので、統合効果、各部門のシナジー効果が出てくるような内容にしていきたい。
2009/09/03
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思い立って、深川の森下を訪ねる。みやこという飯屋で深川名物の「深川めし」を楽しむ。深川ではアサリがふんだんにとれ、そのムキ身を、ネギや油揚といっしょに味噌でさっと煮て、炊きたてのどんぶり飯に汁ごとぶっかけて食べていた。この深川めしは、池波正太郎の「鬼平犯科長」にも出ており、その筆致の巧みさで思わず食べてみたい気にさせられたことがある。磯の香りを楽しみながら、湯気をフーフー吹きながら、書き込むのがいいのだそうだ。そこから歩いて数分の「芭蕉記念館」を訪問する。松尾芭蕉(1644年-1694年)は37歳の時に江戸日本橋から深川芭蕉案に移り住む。そしてここを拠点に新しい俳諧活動を開始する。杜甫、西行などが芭蕉の師匠であった。禅のの境地である「わび」「さび」の俳句である。ここでは句会を催すが、「ふるいけや かはずとびこむ 水の音」などの名句が生まれている。この地から「野ざらし紀行」、「鹿島紀行」、「更級紀行」などの旅に出ている。46歳の時には、芭蕉庵を人に譲り、曽良を伴い東北、北陸を「経て、関西の大垣までの「おくの細道」の旅に出た。地図を眺めてみると、江戸から太平洋岸の松島、出羽三山、日本海、そして大垣という徒歩の大旅行である。「おくの細道」は、古くからの歌枕を訪ねる旅だった。詠まれた風景と歴史に残る名句とそれを生んだ俳人を感じる旅だった。その旅でつくった句のいくつかをかいておくが、いずれも人口に膾炙した名句だ。夏草や 兵どもが ゆめのあとしずかさや 岩にしみいる 蝉の声五月雨を 集めて早し 最上川荒波や 佐渡に 横たふ 天の川晩年の芭蕉場、わび・さびの境地から「かるみ」に進んでいる。何気ない豊かな日常をうたう。夕顔や 酔うて顔出す 窓の月くらつぼに、、、梅が香に、、、三階には、おくの細道の道中の旅姿を構成した品々が展示してあった。白衣、黒衣、頭陀袋、草鞋、脚絆、手甲、茶人帽、矢立、網代笠。芭蕉記念館から徒歩で少し歩くと、田河水泡・のらくろ館がある。のらくろとは、野良猫の黒の略である。高見沢仲太郎(本名)の成績では、図がが悪かった。当時の図画はお手本に忠実に描くことが要求されたからだ。田河水泡は、人気漫画「のらくろ」を1931年から少年倶楽部に連載を始め、1981年まで実に50年にわたって描き続けている。初めて知ったが、東中野に住んでいる家の向かいの富士子と結婚したのだが、その兄は文藝評論の小林秀雄だった。その小林秀雄が「「のらくろというのは、実は、兄貴、ありゃ、みんな俺の事を書いたものだ」 私は、一種の感動を受けて、目がさめる思いがした。」と書いている。田河水泡の影響を受けた漫画家は、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、サトウサンペイ、野中満智子、ちばてつや、手塚治虫、藤子・F・不二雄などがいる。弟子では、「さざえさん」の長谷川町子がいる。長谷川町子美術館を訪問したときに、そのことを知り、訪問の機会をうかがっていたのだが、ようやく実現できた。水泡も90歳という長寿だった。以上、若干のメモ。
2009/09/02
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昨年から始まったJR東日本での「若手社員社外セミナー修了者のためのセミナー」を、本日の午後からまた開始する。ここ数回は昨年の受講者が対象。横浜支社、八王子支社、大宮支社、高崎支社、水戸支社、千葉支社、仙台支社、盛岡支社、長野支社、から総計63人が集まった。職種は、運転士、輸送指導、車掌、営業指導、車両技術、事務、施設技術、といいたところだ。同じ運転士でも、主任運転士、運転士、運転士見習と職階が違う。前回を基礎編として、今回は応用編としてプログラムを組み立ててみた。「グループの経営ビジョン」を題材として使ってみるという趣向で、与えられた時間との関係で、受講者にはややハードだったかもしれないが、アンケートの感想は面白かった。その部分のみ以下ピックアップ。難しい作業だったので頭を使いましたが、やていくうちに自然と内容を理解していったので変な感じでした。まさかグループ経営ビジョンを題材にするためとはびっくりでしたが、とてもよかたっと思います。試験勉強で読んだつもりでしたが、ほとんど記憶になかった。ここまでじっくり読んだことはなかったんでよい機会でした。昇格試験の勉強にもなりよかった。最後にはグループ経営ビジョンが分かりにくい資料に見えるようになってしまった今までは流し読み程度だったが、今回は中身が理解できた。何度も読んで考えるので内容を深く知ることができた。、、自分なりの考えを持つことができた。ゲーム感覚で作業をすすめることができた応用編にふさわしいお題だった理解できた部分に関しては、さらに具体的施策はどうなんだろうとさらに一歩進んだ疑問も生まれるようになったこんなに熟読しなければならない時間を与えてくれた事に感謝しています。内容をしっかり理解できたと感じました本当に自分が内容について無知であった事を痛感しました。ひとつひとつのつながりが見え、面白かった。内容を「覚えた」のではなく、「理解」することができました。終了後、少し懇親会にでて、知研の八木さん、近藤さん、杉沢さんと新宿で待ち合わせて、「政権交代」をさかなにして、なごやかに飲んだ。
2009/09/01
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