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河合塾(全国進学情報センター)の出している「Guideline」(7/8月号)(進学指導のための入試・大学・学習の新動向を考える)で、「注目の学部・学科 デザイン系」特集。http://www.keinet.ne.jp/doc/gl/index.html取材を受けたもので、経営情報学部にはマネジメントデザイン学科があり、私は必修科目である「マネジメントデザイン」という講義を二つ持っている。多摩大学ホームページのトップページが紹介されている。http://www.tama.ac.jp/この「デザイン系」特集は、九州大学大学院芸術工学研究院の森田昌嗣教授、工学院大学工学部都市計画デザイン学科の倉田直道教授、首都大学東京システムデザイン学部長の福地一教授、千葉大学大学院工学研究科デザイン学科の渡辺誠教授、と理科系が中心だが、文科系のデザイン系ということで指名があったもの。http://www.keinet.ne.jp/doc/gl/09/0708/chumoku_0907.pdf----------------------「社会科学系の学部・学科において、デザインという言葉が使われる場合、多くは、ものごとの仕組みや在り方を組み立てていくという意味で使われる。マネジメントデザインの場合は現実の組織や企業等が直面する現実的な経営課題を明らかにし、あるべき方向へと導いていくことを意味する。もっとも、その考え方やスキルには汎用性があり、マネジメント分野以外の幅広い問題解決にも応用できる。」--マネジメント系デザイン 多摩大学経営情報学部 久恒啓一教授 http://www.hisatune.net/index.htmlデザインは全体を構築する力を意味し「企画力」「構想力」「創造力」と同義どのような分野や領域においても、日々新たな課題が生まれており、そうした課題を乗り越えていくことで社会は発展しています。ここで必要とされるのは、問題のありかを明確にし、全体にとって望ましい結果が出るような解決策を打ち出すことのできる「問題解決力」です。マネジメントデザインという言葉に明確な定義があるわけではありませんが、企業などの経営活動や組織運営などに伴って生じるさまざまな問題を、どのように解決していくかという点に焦点が当てられていると考えていいでしょう。この問題解決力の基礎にあるのは、全体を見通し、全体と部分との関係を理解する能力です。近年、社会科学の領域でデザインという言葉が頻繁に使われるようになってきたのは、社会の高度化や複雑化が進み、物事の全体像を把握することが難しくなってきていることと無縁ではありません。物事の全体像や、全体と部分の関係、部分同士の関係を理解した上で、あらためて全体を構築する能力が強く求められるようになったのです。これはまさにデザイン力であり、デザイン力不足に危機を感じたために、デザインという言葉が多用されるようになったと言えます。そう考えると、デザイン力は「企画力」「構想力」「創造力」などとほぼ同義と言えます。しかも、これらの能力は特定の領域でだけ通用する能力ではなく、さまざまな分野で使える能力です。企業経営のほか、NGOや社会運動、各種プロジェクトなど、あらゆる組織行動や活動において発揮することができます。従って、マネジメントデザインを学ぶということは、企業や行政だけでなく、社会のあらゆる分野で発揮できるデザイン力を身につけることなのです。社会の問題を1枚の図で表現し人生やキャリアまでも図解にするそのデザイン力をどうしたら身につけることができるのでしょうか。私は、そのポイントは「図解」にあると考えています。現実の社会現象を見ても、複雑でよくわかりません。しかし、要点だけを抜き出して、それを図示できれば、その本質が見えてきます。ビジネスをはじめとする多くの社会的活動では、「人の言うことがよくわかる」「人にうまく伝えられる」「自分でものを考える」という3つの能力、つまり「理解力」「伝達力」「企画力」が不可欠です。このうち、理解力と伝達力は、他人とのコミュニケーション能力ですし、企画力は、自分自身とのコミュニケーション能力と捉えることができます。結局、社会は、他人や自分自身とのコミュニケーション活動によって成り立っているとみることができます。図解は、このコミュニケーション活動に大きく貢献します。私は、図を通して物事を理解したり、企画したり、それを他人と共有したりすることを、独自に「図解コミュニケーション力」と呼んでいますが、デザイン力をつけるというのは、この図解コミュニケーション力をつけることにほかなりません。図解コミュニケーション力は技術ですから、トレーニングで修得できます。図解コミュニケーション力を高めることで、問題解決につながるデザイン力を向上させることができるわけです。例えば、「マネジメントデザイン?」の授業ではビジネスにおけるコミュニケーションと情報に焦点を当てています。文章と箇条書きを中心とした情報処理の欠点を克服するため、図を使ったコミュニケーションの理論と技術を扱っています。授業では毎回、図解の実習を行い、学期末には『日本の論点』(文芸春秋社)からそれぞれ論点を1つ選んで1枚の図に表現する課題を出しています。また「マネジメントデザイン?」では、経営の人的資源の活性化という視点から、日本の偉人たちのライフマネジメントを取り上げています。「仰ぎ見る師匠の存在」や「持続する志」「怒濤の仕事量」など7つの視点から、偉人たちの人生を捉え、自分自身のキャリアデザイン、ライフデザインにも結びつけていこうとしています。ここでも学生は、各自1人の偉人の生涯を取り上げ、それを1枚の図解で表すトレーニングをいます。企業経営から行政、人生論まで応用可能な図解コミュニケーション力図解の例を挙げてみましょう。私の所属する多摩大学は、学生の教育だけでなく、研究や社会貢献も行っており、さまざまな教育プログラムや施設などと連動した多彩な活動を展開しています。こうした活動全体を文章だけで表現するのは極めて難しいことです。私はこれを【図】のように図解で表現してみました。これを見ると、多摩大学がどういう大学であるか、一目瞭然です。複数の入試制度を経て入学した学生に、多彩な学びのプログラムを提供することで問題解決力を修得させ、社会貢献へとつなげていこうとしている大学であることが理解できます。また、学生満足度の高い大学を目指していることや、就職支援、教員の関わり方や専門分野との関係、学生支援施設の関わり方などもわかります。ちなみに、この図はホームページに掲載されており、各部のクリックで,必要な情報にすぐにアクセスできるというメリットもあります。図解で重要なのは、部分と部分の関係や、全体と部分の関係を見極めた上で、それら全体を1枚の図にまとめることにあります。そうすれば、文章や箇条書きでは表現できないような、物事の関係や重要度も、色や線の太さ、大きさ、形状などで、直感的に表現することができるわけです。全体図ができれば、問題解決に使えます。矢印を逆向きにしたり、項目をなくしたり、追加したりすれば、それは「改善」を意味しますし、物事の重なり具合を変化させたり、線の太さを変えたりすれば、それは「改革」ということになります。私は多くの企業や行政でコンサルタント業務を行っていますが、いずれもこの図解による方法を用いてきました。ある部署の活動を1枚の図にできれば、その部署の全体を理解したことになりますし、企業活動全体を1枚の図にできれば、その企業の問題点の把握にもつながります。なぜなら、図解を作成するプロセスを通して、全容の理解と問題点の洗い出しが可能だからです。極端に言えば、デザイン力とは、扱う事象を理解して1枚の全体図を作る能力のことです。そして、その図は問題解決にも活用できます。特にマネジメントやビジネスの世界では、図解コミュニケーション力を使ったデザイン力は、強力なツールとして使うことができるのです。(Guideline July・August 2009 71)
2009/06/30
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札幌真駒内にあるエドウィン・ダン記念館を訪問する。白壁と薄い緑の屋根の素敵な洋館は、1880年(明治13年)に、エドウィン・ダン(1848ー1931年)によって北海道開拓使の「牧牛場」の事務所として建てられたもので、1946年に米軍に接収されるまで70年にわたって、北海道の酪農畜産は、この建物を中心に発展した。初めて聞いた名前だったが、ダンがなした日本近代への貢献に驚いてしまった。米国オハイオ州で生まれたダンは父のもとで牧畜経営を学なんでいたが、25歳の時ケプロン(友人の父)の要請を受けて来日し、北海道開拓使にお傭い外国人として真駒内牧場を建設するなど、6年半にわたって牧畜経営を日本人に教える。日本で初めての去勢、馬の改良などに貢献した。明治6年には明治天皇に農作業をお見せすることになり、明治の元勲達の前で、燕尾服とシルクハットと白手袋で行ったそうだ。その様子を描いた絵が飾ってあった。北海道酪農の父と呼ばれる。エドウィン・ダンの言葉として残っている言葉があった。Be FrontierSomeday I will make This land a Mecca for dairy farming.(開拓者たれ いつの日にかこの地は酪農のメッカたらむ)クラーク博士(1826ー1886年)の「Boys Be ambitious」にも似ているが、この二人は20歳の年齢差があるが、親交もあった。さて、エドウィン・ダンという人物の面白さは、たまたま来日したことで日本に興味を持って、日本人の妻を迎えた(ツル、ヤマ)だけでなく、さまざまな日本のための仕事をしていることだ。28歳でなくなったツル夫人(子供一人)は鹿鳴館の華として活躍しダンを助けた。ヤマ夫人砥は4人の子供をもうけている。政府との契約が切れ北海道を離れた後、いったん米国に帰るが、翌年1884年の36歳のときに、駐日米国公使二等書記官として来日し、参事官を経て1893年には公使に昇進している。翌年始まった日清戦争では、講和に奔走して大きな業績をあげている。公使時代の活躍は、「アーネスト・サトウ公使日記」「けんけん録」(陸奥宗光)「ベルギー公使婦人の明治日記」などに出てくる。外交官生活13年。また、米国内の政変で辞任し、1900年には、新潟県直江津で石油会社を設立している。新潟で石油が出るということを地理で習ったことがあるが、それはこのダン達の仕事だったのだ。この地には今は信越化学の本社がある。この石油事業は1000万円の資本金で運営されていた東洋一の規模だったが、ある事情で日本石油に譲ることになった。その当時の日石の資本金は120万円だたっというから、ダンは日石あるいは日本のエネルギー産業の恩人でもあった。当時の内藤社長の回想録によると、「立つ鳥あとを濁さず」とダンがいうとおりの素晴らしい引き継ぎだったらしい。直江津は今は合併で上越市になっており、ここでダンは「上越市科学工業の祖」ということになっている。この直江津の小学校には、次男のジェームス・ダン(上野音楽学校を卒業)が作曲した校歌が今も歌われている。学校便りのタイトルは今でも「ジェームズ・ダン」だそうだ。石油事業7年。1912年には、三菱に勤務。長崎造船所でサルベージ事業などに従事している。ここで18年。「この結婚を一瞬たりとも後悔したことはない」町村敬貴。ダンの直弟子だった町村金弥(札幌農学校二期生)の息子。町村金吾の息子の町村派代表者のおじさんにあたる。伊藤一隆。札幌農学校一期生。北海道水産の父。千歳のさけます孵化場、北水協の生みの親。函館帝国水産社長。内村鑑三が弔辞。子供の世代、孫の世代、そしてひ孫の世代の消息も含めて、この記念館の園家廣子さんから熱心に教えてもらった。この記念館の存在が、エドエウィン・ダンの後の世代を結びつけている。エドウィン・ダンとその子孫達の物語は、日米関係と日本近代史の交わった興味深いストーリーになるだろう。ダンにはいちんとした伝記はない。資料として高倉新一郎「エドウィン・ダン」(日本における半世紀の、、)。エドウィン・ダン小伝。オンコ(イチイ)の木の幹から山桜が絡まって咲くという木が庭にある。この物語を象徴する木である。エドウィン・ダン記念講演の中に農作業に向かうダンの銅像がある。台座にはダンがやった酪農関係の事績が絵として」刻み込まれている。明治期にはこのような外国人が活躍するが、このエドウィン・ダンという誠実で人格も素晴らしい人物は、もっと知られるべき人物だと思う。
2009/06/29
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温泉博士として有名な松田忠徳先生を札幌に訪問。知的生産の技術研究会の出版プロジェクトの取材。東京から私と小林さん、地元から岩瀬さんと松本さんが取材の陣容。藤野のご自宅で4時間取材し、豊平峡温泉でナンとカレーを食べ入浴。モンゴル人の夫人と車で途中まで案内してもらった。松田先生は温泉に命をかけているという使命感にあふれた人で、人柄も良く、ホスピタリティあふれる対応で、すっかり温泉通になった気分だ。以下キーワードのみメモ。ーーーーーーーーーーーーー温泉学・温泉療法が効くというエビデンス・予防医学・薬と毒は同じ成分(量の問題)・肉体と精神・幸せと健康・入浴すると白血球数が変化・若い人の温泉ブームは直観力・湯治は予防医学・400年・温泉とウオーキングが健康にいい・家康は温泉を庶民のものにした・ぎっくり腰や通風は2回の入浴で治る・年間5万キロ走行・神道と温泉・金がなくなったので知恵を絞る時代・医者は点しかみない・武者先生(東京工大)・薬学や工学はイミテーション製造で本物はない・月に13-4回飛行機で旅行・長野県は温泉療法・温泉療法は点数にならない・ライフワークとして日本温泉史・蔵書5万冊・西川義方が温泉を啓蒙「温泉言史」「内科治療の実際」・温泉と健康・ベルツと草津温泉・日本では温泉に予算をつけない・診断は発達したが治療はだめ・がんも入浴方法でなおせる・低体温がガンになる・1度違うと発症率は5-6倍・発熱と化膿は治る過程(ヒポクラテス)・湯治で一週間で体温は1度上がる・経験学から実証学へ・西洋医学は治療医学だから患部が必要・アメリカでは代替医療や栄養学は半分以上の医学部にある・温泉は若い人と団塊世代の女性が支持・湯治文化・山口県たわら町(リュウマチ)・山形県ひじおり温泉・自律神経が白血球数をコントロールしているののではないか・温泉は空気に触れると酸化するから源泉かけながしがいい・温泉の効能書きは西洋医学的・効能は源泉と浴槽に書くべき・塩素で無菌状態は皮膚にダメージ・本を読む・根気・フィールドワーク(五感)・1日1回の取材で必ず泊まるというポリシー・現場と本の両方で信頼度・飛行機の中で毎月30冊以上の読書ノルマ・書斎で原稿を書く・3泊4日と4泊5日・1冊の本も2-3冊買う・温泉は生きている・北海道の観光は1.3兆円で周辺を含め2兆円産業・温泉の本質は鮮度・98年に1年8ヶ月で2500湯・梅棹忠夫「知的生産の技術」・知研の初期の本・いろいろな角度から見る・欧州はオゾン殺菌・著書130冊超・今年8冊・地産地食・食・7人の観光客は日本人1人に匹敵・インフラ整備は不要・大交流時代・温泉の建築食材器作法能舞台(修善寺)・「心の力が抜ける」・眠くなる温泉・母親の羊水・凛とした姿・温泉道・全部違う・家康は1週間の湯治を年3-4回(熱海)・湯治の効果は半年もつ・西洋医学は体を治すが温泉は心と体を治す・死者をよみがえらせる温泉・うつ病・別所温泉野沢温泉・人と同じことをやりたくない・温泉学・柳田邦男には温泉はない・高村光太郎・五感・想像力の欠如・手ぬぐいの収集・現場に行くという王道・本物とは何か・本物は残ってきた・イミテーションは価格競争・湯治場では会話とコミュニケーションで心を開く・しなやかな心・和食と温泉とウオーキングと笑い・未病・大分竹田のながゆ温泉・九州の温泉はいつも変化・日本の旅文化はレベルが高い・ああぶらやくまきち(別府)・シャワーは冷え性の原因・汗をかくまで入るな・長湯しない・熊本山鹿の平山温泉(離れで安い)・博多湯・定山渓の山水・豊平峡温泉(ナン)・備長炭・シャワーヘッド・ダイキョウ・メーターに塩素除去器・アトピー退治、、、。
2009/06/28
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土曜日のインターゼミ。塾長アドバイス。時間管理。寸暇を惜しめ。 これは何だ? 下働きで終わらない人生に終わらないために。 19歳の周恩来日記の挫折には涙 北九州市立大学の留学生対応 基礎文献をすべて固めよ サンリオピューロランドとの違い 理論的にしっかりした座標軸も必要 千里ニュータウン 高齢化の典型的ケーススタディを5つ。ナマナマしいケース 東京論、都心論にも踏み込む 中央大学との連携 食料、農業。食をキーワードに。都心の大学生の視点 分担-収斂-分担のサイクル 基礎的知識を踏み固めよ アジア太平洋研究所との連携 ーーーーーーーーインターゼミ担当教員との懇親会。菅野先生、金先生、長田先生、諸橋先生、私。ゼミの指導について。寺島塾長の話題。金先生の情報を材料に北朝鮮問題への認識が深まった。ーーーーーー九段下---蛮書調所。山東京伝。九段会館。
2009/06/27
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午前は、マネジメントデザインの11回目の講義。トヨタのプリウス、ホンダのインサイト、ボーズの小型ステレオ、十六茶の「モノマガジン」の広告を材料にした授業。昼休みは、樋口裕一教授とそのゼミが監修する「あら・えじ(新居由佳梨・江島有希子)カンタービレ」(多摩大生のためのクラシック入門)の第三部を聴く。二人とも若く美人でスタイルが良く、しかもそれぞれ新居さんはピアノ、江島さんはバイオリンの名手だそうだ。「バイオリン・ソナタ第5番春より第一・第三楽章)(ベートーベン)と「バイオリン・ソナタ第9番クロイツエルより第一楽章」(ベートーベン)。「クロイツエル」は樋口さんよれば、世界一の名曲だそうだ。ゆっくり始まったがで、スケールが大きく張りつめた調べにしだいになっていくという曲で、聴きながらそうかもしれないと思った。聴衆も多く、この小イベントも成功だったようだ。午後は、プレゼミ。中村その子先生の映画を使った講義を1年生と一緒に聴く。終わってすぐに、九段サテライトに向かう。15時45分に到着し、配付資料を点検し会議に入る。毎月1回の大学戦略会議で、理事長・常務、学長、学部長、研究科長、事務長、経営企画室長らがメンバー。私は学長室長として司会を担当している。学長室からは、20周年記念シンポの報告、今年の偏差値、留学生・地方学生の入学についての方針を報告し了承してもらった。寺島学長からは、文部科学省の資料説明、そして各案件事にそれぞれコメントがあり、情報共有と方向性が確認できた。19時からは、赤坂の永楽倶楽部で知研の小セミナー。講師は「観光カリスマ100選」(日本文芸社)を上梓した市原実さん。市原さんは1942年生まれで、丸善に勤務した後、長崎総合科学大学を経て、岐阜県立大学で教授として教鞭をとっている方で、専門は地域振興・地域経営。2002年に初めて選定された「観光カリスマ」100人に関する話で、とても参考になった。この100人を訪ねて3年半を費やしてインタビューを重ね、本を書いた。ゆずの馬路村、石見銀山、フィルムコミッション、滋賀県の黒壁、長野県の小布施、由布院の溝口薫平、河口湖の小佐野常夫、大分県竹田市の首藤勝次という人たちの活動を聞いた。それぞれの活動も、そしてそれを本という形で紹介した市原さんの活動も尊い。少し早めに会場を出て、自宅で22時からの報道ステーションを見る。マイケル・ジャクソンの死ををめぐる寺島さんの「中年の危機論」や、東国原知事、橋下知事らの動きに関する「ワンイッシュー」でものごとを決めることに対する疑念と総合的な視点の必要性の発言など、参考になった。毎日新聞(090626)のインタビュー「愚問ですが 今「マルクス」が売れるわけ 共産党・不破哲三さんに聞く ...」。この記事の中で、新著「図解・資本論」も紹介されている。http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2009/06/26234527/
2009/06/26
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今週のリレー講座は毎日新聞東京本社特別編集委員の岸井成格さん。テーマは「文明の岐路に立つ世界と日本」。特に面白かった部分をピックアップ。北朝鮮は、3年後の2012年に30数ぶりに金日成が金正日を後継指名した労働党大会を開く。今回は3男の金ジュンウンの後継指名と強勢大国(核ミサイル大国)宣言が目的だ。中国が北朝鮮に核計画放棄を説得しているのは「北朝鮮が核を持ったら、日本が核を持つ可能性がある」という理屈。9月10日衆議院議員任期満了、9月30日自民党総裁任期(安部総裁任期)満了。だから総裁選前倒しの議論が出てくる。7月12日の都議選に麻生首相が応援演説に入っており、どういうわけか自らハードルをあげている。東国原知事の国政進出は、自民党の弱い九州の底上げ。知事会要求と総裁候補に必要な20人の推薦人は確保したのではないか。自民党は水面下で接触しすでに勝算があるのではないか。世界の原油は、いよいよ今年でピークアウトし、減少していく。産油国のサウジでさえも国内は原子力発電に切り替えた。原油は外国に売る。パナソニックに吸収された三洋電気の電池技術に引き合いが多い。一気に変わる。マスコミから「革新」という言葉は消えた。-------------------ホームページ打ち合わせ、山田統括監、学長ブリーフィング、諸橋学部長、ホームゼミ。
2009/06/25
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九段サテライトで、高野課長といくつか打ち合わせ。10時からT社から出すNPO法人知的生産の技術研究会の出版プロジェクトで、寺島実郎インタービューに立ち会う。キーワードの連鎖だった。「関心と問題意識の深まりと広がり、スパイラル、多角化・多面化、拡張と収斂と相関、生身の人間、仮説法。拡大と収斂の緊張関係、知的三角測量。関連性、インフラとしての視座、バランス、不条理、感受性、わななくような怒り、社会科学的構想力、筑豊の子供達、経済と私生活主義、他者のためんお怒り、心象風景、合意形成と変革、課題が現れる、ポジショニング、移動、時間管理、連鎖、一つのテーマの違う表現、アングル、加速、課題解決、プロジェクト、社会工学、ソリュション志向、大功と機会、、、、。」終了後、寺島学長にいくつかの案件の確認と報告。取材した仲間でグランドパレスホテルで昼食。インタビューアーの横野さん、近藤さん、幅さん、秋田さん。20人ほどのインタビューも、もうすぐ終わり、後は執筆と編集に入る。このプロジェクトで組織が非常に活性化した。年内に出版。新丸ビルの21Cクラブで原稿書き。このクラブでまわりの人たちの会話が耳に入るが、オーストラリア、韓国、アメリカなどずいぶんと国際的な話題が多い。それらの話をバックグランドミュージックとして聴きながらの原稿書きだたtが、自宅での執筆よりもはかどった。オアゾの丸善で本を眺め、最近のトレンドを確認。夕刻からは、霞ヶ関の弁護士会館で講演。対象は全弁護士労働組合(全弁連)の職員20数名。東京弁護士会、日本弁護士連合会(日弁連)、第二東京弁護士会などの弁護士会が集まったビルで、ここで働く事務職員の労働組合の組合員が対象の研修会。20代から30前後までの若い職員ばかりで、熱心に参加してくれた。アンケートの反応を読むと、仕事への取り組みと研修への深い理解を感じた。弁護士は、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという使命を実現するために、裁判所、検察庁、アオの他行政官庁から独立した完全な自治権が認められている。その自治とは、弁護士会による弁護士登録、弁護士に対する指導・監督・懲戒、弁護士会への強制加入制度などだ。この活動を支えるメンバー。
2009/06/24
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本日の午後、9月に出版予定の対談本のインタビューがあった。順調に進んでいる。夜に、7月にディスカバー21社から出す「志(Kokorozashi)--先人たちからのメッセージ」の原稿を完全に脱稿した。「全国の人物記念館を訪れて出会った上杉謙信からイチローまで、偉人たちの130の名言集。人物記念館ガイド付。」http://www.bk1.jp/product/03134646次はM社から出す本のゲラの修正、そしてP社から出る本の原稿書き、、、、。イーストプレス社から6月に出した「図解・資本論」の出足が好調という連絡が入った。広告もパブも打っていない段階にしてはよく出ているとのこと。「週刊教育資料」の「著者に聞く」で3月に出した「タテの会議 ヨコの会議」(ダイヤモンド社)が取り上げられた。http://www.kyoiku-press.co.jp/epo/index.html
2009/06/23
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仙台のホテルで、東鳴子温泉の旅館大沼の湯守、大沼伸治さんに会う。インターゼミの「東鳴子温泉」チームの相方になる方だ。経済産業省から出向の宮城県経済商工観光部の平泉洋次長、同じく富県宮城推推進室地域産業振興班の安住浩志主幹、同じく企画部地域振興課の三塚秀樹技術主査も同席。県庁をあげて大沼さんらの取り組みを応援している。東鳴子は、川渡温泉と鳴子温泉の間にあるのだが、宮城大時代はそこは通り過ぎていたようだ。大沼さんからは「東鳴子温泉・現代湯治メニュー」というペーパーを材料に、地域活性化の取り組みを熱心に紹介していただいた。多彩で希少な温泉郡群(温泉)--「重曹泉の郷」農山村体験・お稽古事合宿と湯治の融合(体験)--「田んぼ湯治」「山守湯治」「地大豆湯治」「和」の体験医療機関と湯治の連携(医療)---リハビリ、検査等+湯治オリジナリティのあるイベントの開催(イベント)--「GOTEN GOTEN 2007 アート湯治祭」他湯治場、行政、企業との連携(ネットワーク)---「渡り湯治」「感覚ミュージアム」「NPOトージバ」日本の伝統適保養文化を「TOJ」として世界に発信。心身再生の舞台として。---「ニッポンTPJIむら」、湯治村塾、統合医療の里へ今の日本のキーワードが満載のメニューだ。6年間でここまでやってきたのは大したものだ。今後は一つの大きな体系に仕上げていくことが課題だろう。多摩ニュータウン、泉パークタウンとの連携なども視野に入る。地域起こしの全国区になる可能性を秘めたプロジェクトだ。多摩大の学生達を連れていくフィールドワークが楽しみになった。午後は、宮城大での特別講義。東北電力、七十七銀行、アイリスオーヤマ、北洲ハウジングという仙台が本社の有力企業の社長メッセージや企業理念などを題材にした。矛盾点を発見したり、項目の順番に疑義をもったり、ということになった。この過程で、各企業への理解と関心の深まり、そして今後の就職活動にあたっての心構えができたという感想をアンケートでもらった。夜は東京駅近くの洋風居酒屋でビジネスマン時代の仲間と飲む。東京ビル地下の店だったが、ここは勤めていた企業の本社があったビルだった。建て替えられてからは初めてだ。浅山さん、松野さん、西原さん。深夜に帰宅。
2009/06/22
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早朝起床して昨日の続きやなどを片付けて、6時21分の電車に乗って東京駅へ、そのまま新幹線で仙台へ。9時17分に到着。東京は激しい雨、新幹線の途中の景色も雨、仙台では小雨。久しぶりのゴルフの予定で何とか時間をやりくりしたのだが、ついていない。一応、富田さんの車で西仙台カントリークラブへ向かう。山だから雨はもっと降っているでしょうねと話しながら着くと、不思議なことに雨は小降りになっている。コースに出る10時13分には、すっかり雨はあがってしまった。ついている。今年2度目のゴルフだから、1番ではフォームも忘れているのでまったくあたらない。しかし、2番以降のアウトは突然ショットがよくなってパーをいくつかとった。ゴルフセットは借り物だったのだが、パターの感覚があわなかったのは残念。アウトを終わってみると1番がなければ好スコアだった。午後のインはショットもパットもよくなかったが、悪くもなかった。私の場合は、練習をしてもしなくてもスコアはあまり変わらない。練習は無駄ということになる。師匠の富田さんが「わかった!左手一本で打つといい」というのを聞いて、「悟ったと 大声出したの 何回目」という川柳を思い出した。ゴルフ川柳をやるもの面白いかも。終わりかけの頃、霧雨になったが、終わって風呂に入り、外に出ると雨が強く降ってきた。ゴルフの間だけ、雨があがっていたという幸運に恵まれた。夕食は、「タテの会議 ヨコの会議」(ダイヤモンド社)を手伝ってもらった岩澤君と富田さんと3人でホテルで打ち上げの食事会。
2009/06/22
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午前は教授会。午後。九段のグランドパレスでJR病院関係者と会い8月の講演の打ち合わせ。その後、九段サテライトでインターゼミ。5つのグループでグループワーク。各グループから先週提出された予算を教員と担当者で検討する。帰宅後、7月出版予定の本の原稿書きで深夜まで。ーーー5つの戒め「酒を飲まない。煙草を喫わない。茶を飲まない。湯を飲まない。寒中でも火にあたらない。」(白瀬のぶ)お父さんは、藤原てい夫って呼ばれたことがあるよ。(新田次郎)私の場合は、どうにもならぬ困った人間だからこそ絵を描くのだということです。(東山魁偉)志専らならずんば、業盛なること能はず(吉田松陰)私は明けても暮れても自分の心を磨き、わざを高めることにすべてを向けてまいりました。生活そのものが芸でなければならないという信念で生きてまいりました。(宮城道雄)
2009/06/20
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9時半から、学長室高野課長と細かい案件の打ち合わせ。10時40分からの第2時限目は、地元の京王電鉄(聖蹟桜ヶ丘に本社)、ベネッセ’多摩センターに本社)、サンリオ(多摩センターにサンリオピューロランド)という3つの企業の社長メッセージと企業理念や事業などのデータを材料に、企業の側に立って図解に挑戦するという課題をこなしてみた。200人ほどの受講者の名から数人を選んで発表してもらった。題材にした企業に関心を持つ学生もいて、この企業に入りたいという感想を書いたアンケートもあった。昼休みは、諸橋学部長、山田統括官、樋口先生らと歓談。第3限目は、1年生対象のプレゼミで、4つのグループの合同授業。NPOを結成するという大きなテーマで挑戦してもらっているが、今回は私には「企画」というテーマでキャプテンの椎木先生から30分の講義の要請があった。大学に入ったばかりの若者に企画の話をするのはなかなか難しい。一つのキーワードから豊かな世界を創造できるということを、多摩大の「現代の志塾」を材料に説明したり、異質の組み合わせが新しい世界をつくること、またその先達として後藤新平の行った壮大な企画の実例を挙げながら説明してみた。校長・副校長・教頭が読者の雑誌「週刊 教育情報」6月22日号が届く。「著者に聞く」というコーナーで、「「タテの会議 ヨコの会議」に関するインタビューが掲載された。「もめない会議」のつくり方を伝授、という見出し。http://www.kyouiku-press.co.jp16時半に品川駅のアトレで、N出版社の編集者と知研の八木会長、秋田事務局長とミーティング。企画が決定して動き出す。18時、同僚だった杉原さんが品川のインターシティにある大学院に見えて情報交換。18時半からは、大学院授業。臓器移植をテーマに4つの新聞の社説を材料に、自分の意見を持つという試みをしてみた。出席者は10人。臓器移植法案A案が衆院を通過した直後でもあり、全員が社会人なので、議論も活発だった。朝日、毎日、日経、読売の社説は、その新聞のイメージと同じ論調であることがわかった。和田移植、科学者としての医者と開業医、脳死とは何か、どういう状態か、親族になぜ優先か、子供の虐待との関係、臓器売買の値段、なぜ成案を急ぐのか、なぜこの時期なのか、ABCD案の内容は?、圧力団体はあるのか、人身売買に対する感覚、運命、実際の場面になったときには違う判断になるのではないか、医師の判断は怖い、15歳という年齢はどういう意味があったのか、、、、、、。以上は疑問点。以下は受講生の感想。本日も有意義なテーマで学ぶことが出来ました。久恒先生の本日の院生への「投げかけ」は日本を代表する新聞社説で臓器移植のテーマを図解すること。この作業によって論点を整理し、自分はどう思うのかをプレゼンテーションするという講義でした。まず、社説に対する懐疑を明確に出来ました。もっともらしいことが書かれてある印象を受け、何か読めば分かる気がして、ざっと読むわけですが、読後感は今ひとつ分かったような分からないような内容であることが実はすくなくありません。しかし、人間は権威あるものに「理解できない自分が恥ずかしい」と卑下し、分かったふりをしてしまう。今日、読んだ社説は一体なにがどうなのか、図解化の過程ですっきり書けているものはありませんでした。書き手も実はよく分かっていないかもしれないし、論点がずれているのかもしれません。図にならない話、出来ない話は多くの小難しい言葉でデコレーションされていたりするけれど意味不明の話であることが多いことをこの講義で学んでいます。結論としては社説にしっかりと臓器移植法について書かれてあるものはありませんでした。書き手だけが分かっているのか、取材不足、理解不足なのか。ロジックが通っていないし、視座も定まっていないと思いました。法案についての状況説明だけで何がどう問題なのか、人の生死が臓器法案のテーマだけでとらえられているのもおかしな話だと思いました。そのことを明確に意識できたのは、社説から感じ取った「臓器移植法案」の背景にある事柄を皆でティスカッションし、顕在化させたことによります。臓器を売る人、買う人がいる現実。提供者、非提供者ではコトの重みが違うこと。家族も本人も納得、不納得がぶれることがある。格差社会のひろがりの問題。金儲けのために臓器が語られ、臓器が金になることを知った人々の生体に対する意識が形成されていくことの是否。奥深いテーマでした。ちなみに私は自分の臓器も人の臓器も移植の対象にはしないという立ち位置です。また死亡し臓器を提供する側が提供される側を生かすという、生きることのほうが上にある構図に法案は加担していないかという疑念も持ちました。考え続けたいテーマをありがとうございました。本日の久恒先生の授業は、各自が4社新聞の社説を読んで、臓器移植の法改正案についての内容と課題を図解で整理し、生徒間で活発な議論を行った。脳死、臓器移植について、私自身、頭の中で整理ができたことと併せて、自分なりの考え方を導き出すことができた。さまざまな意見や考え方が錯綜する難しい問題ではあるが、この重い問題に対して、どんな形であれ、自分の考え方をもつことは、非常に重要であると思うし、そこに至ることができた、「図解」と教室のみなさんに感謝!である。上記以外にも、以下に続々と書き込みがある予定。http://www.hisatune.net/html/01-kyouiku/tamadai/comm-keiei/bbs-f.htm
2009/06/19
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江川詔子「新聞の読み方・テレビの見方」(第9回リレー講座)メディアは危機的状況。広告収入の減少と広告主の多様化(通販・パチンコ・健康食品、、)、接するメディアの多様化、メディア自身の劣化週刊新潮の誤報事件(朝日新聞襲撃事件)。裏付け取材なしの実名告白手記の誤りを認めた。あの週刊新潮が。他はもっとひどい。オーム事件1989年。坂本弁護士事件の初期捜査に関するメディアの情報提供も問題。情報には手間、暇、お金がかかるが、情報はタダという傾向に。「僕はパパを殺すことに決めた」(草薙厚子)では、情報源となった医者が訴えられた。大手企業からフリージャーナリストが2億円の損害賠償で訴えられた。だんだん、書き手も無難な記事を書くようになってきた当局による情報コントロール。大手企業の広告出稿停止。人気タレント事務所の情報コントロール。広告会社のイメージ戦略で、国家や民族の評判の操作が、戦争に発展することもでている。湾岸戦争の子供の証言、ユーゴスラビア崩壊のプロセス「戦争広告代理店」。イラク戦争のプロパガンダ。大きな力が働く。国民、読者、視聴者の意向に沿った情報の提供。見る人が欲しがる情報を提供。わかりやすく、おもしろく。複雑なものの単純化傾向。------------新著「図解・資本論」がそろそろ書店に並ぶ頃です。図解資本論ジャンル: 本・雑誌・コミック > ビジネス・経済・就職 > 経済・財政 > 経済学ショップ: 楽天ブックス価格: 1,365円------------図解資本論------------------本日は、学長室ミーティング、ホームページ打ち合わせ、リレー講座(江川詔子)、ホームゼミ、学部長・事務長と打ち合わせ。
2009/06/18
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「多摩大学創立20周年記念 寺島実郎新学長講演会&シンポジウム」が、グランドプリンスホテル赤坂で行われました。700名募集だったのですが、実際には3000名に近い応募があり、椅子のみに変えるなどの算段をして1200名まで定員を増やしたが、やむを得ず抽選となってしまいました。私は第二部「歴代学長によるパネルディスカッション 現代の志塾・多摩大学の挑戦」のコーディネーターの大役を仰せつかていたので、会場の下見をしたあと、初代の野田一夫先生、第三代のグレゴリー・クラーク先制、そして第五代の寺島実郎学長と個別にわずかの時間をつかってメモを渡し進行を確認しました。忙しい方が多く、打ち合わせの時間はほとんどとれずに当日を迎えてしまいました。15時からは、第一部「寺島実郎新学長基調講演」でテーマは「世界の構造転換と日本--そして大学の進路」。空海と最澄の後継者達の1200年ぶりの和解、超人的オーラを放ち日本最初の私学ともいうべき技芸を学ぶ学校を創設した空海、大きな度量を持ち人を育ててきた最澄、こういう話から始まりまhした。OBサミット準備会、アメリカと中国のG2論、五木寛之の洋魂洋才論など、1200名の収容の会場は静まりかえって話を聞いていました。第二部は1時間半。コーディネーターの私から、創立20周年、創立の1989年という年(バブル崩壊と冷戦の終了)、この20年で学部卒業生4495名・大学院修了生463名、第二代中村秀一郎学長学長の逝去と第四代中谷巌学長欠席の件、などを説明。日本の高等教育の課題について、どのように捉えていますか?課題解決のために、多摩大学学長としてどのような「挑戦」をしてこられましたか? 第四代中谷巌学長時代については、コーディネーターの私から紹介。寺島学長は、外部から多摩大をどのように見ていましたか?20周年を機に制定した「現代の志塾」という多摩大の志についてどのように考えますか?これからの多摩大学への期待多摩大学第五代学長としての抱負コーディネーターから、最後のまとめとご挨拶。多摩大教育20年史の紹介。以上のテーマをこなしたのですが、さすがパネラーは名うての役者揃いであり、終了は予定の17時45分ピッタリとなりました。18時15分からは、記念式典・懇親会でしたが、参加者も多く400-500名はいたように思います。同僚の教授達、裏方を担当した事務局職員達、大学と大学院のOB、企業関係者など多数の方々と懇談しました。高校時代の同級生2人、知研の仲間数人も参加。尚美学園大学の松田義幸理事長・学長。渡辺幸子多摩市長。三村青森県知事。朝日新聞の山田厚史記者。プレジデントの阿部佳代子部長。ひうち優子世田谷区会議員。エッサムの伊藤専務。ベトナム協会の松本理事。サンリオプーロランドの原祐市行サン、ディスコの小坂社長、オカムラの岩田支社長ら、国際協力機構の岡崎有二上級審議役、新都市センター開発の村上室長、全日空の山辺マネージャー、三菱マテリアルの吉本祐二部長、星朋社の星飛雄馬取締役、大建ビルテクノの新海さん、日新ビジネス開発のはじさん、ソーリツの田中代表取締役、TDCスフトウェアエンジニアリングの和田さん、中国の大学教授DAW MAY KHAING OOさん、SO-NETの鍋田プロデューサー、DNPメディアクリエイトの直塚さん、らが名刺交換した方々。準備と当日の仕切りもうまくいき、スケジュールが予定通り滞りなく進行した珍しいイベントとなり、大学全体のパワーを感じました。終了後は、同僚教授たち、参加した学生達とお茶を飲みながら歓談。
2009/06/17
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東京都立多摩図書館で7月14日に講演を予定しています。この図書館は平成21年5月に「東京マガジンバンク」を開設し、「雑誌・児童青少年・16ミリフィルム」に特化したサービスをする図書館として生まれ変わりました。この「東京マガジンバンク」は、いわば雑誌図書館で、現在一万種類の雑誌が揃っているという特色があります。評論家・故大宅壮一の集めた雑誌類がもととなった世田谷の大宅文庫の公共版といえばそのイメージがわかるでしょうか。その図書館のリニュアル・オープン記念講演会で講演をします。---------------------あなたの読書力をパワーアップ!知識が身につく読書法 図読のすすめ以前読んだ本の内容が思い出せない・・・、はたまた、分厚い本を読んだけれど結局何が書かれていたかわからない・・・、こんな経験はありませんか?そんな時は図解で読み解く読書法、略して「図読」がオススメ!重要な部分をキーワードで抜き出し、囲みや矢印でその関係性を解き明かす新しい読書法です。「図読」を使えば、『君主論』から『孫子』まで、古今東西の名著もA4一枚でスッキリと理解できます。さらに、当日の講演では、例題を使って実際に「図読」を体験できるオマケつき!是非この機会に自分を進化させる読書スタイル、「図読」を身につけてみませんか。みなさまのご参加を心よりお待ちしています。◆日 時 平成21年7月14日(火) 午後2時から午後4時まで◆講 師 久恒 啓一 氏 (多摩大学教授、多摩大総合研究所所長)九州大学法学部卒業。昭和48年日本航空?入社、本社広報課長、サービス委員会事務局次長等を歴任。ビジネスマン時代から「知的生産の技術」研究会(現在はNPO法人)に所属し、著作活動も展開。平成9年、宮城大学教授に就任。学生とともに成長する教育者、地域とともに歩む研究者、県立大学教授としての社会貢献という3つのテーマで活発に活動。著作や雑誌への寄稿や講演など全国区で活躍する一方、宮城県では多数の審議会・委員会の委員などをつとめる。平成20年より多摩大学経営情報学部教授に就任。平成21年2月より学長室長。NPO法人知的生産の技術研究会理事長。おもな著書に『図で考える人は仕事ができる』(日本経済新聞社)、『図で読み解く!ドラッカー理論』(かんき出版)、『図解 世界の名著がわかる本』(三笠書房)などがある。近著に『図解・資本論』(6月刊)。 (参考)久恒啓一 図解Web http://www.hisatune.net 多摩大学ホームページ http://www.tama.ac.jp◆会 場 東京都多摩教育センター 301・302研修室◆定 員 150名 (応募多数の場合は、抽選となります。) 参加費 無料 往復はがきかEメールに、講演会名・住所・氏名・電話番号を記入の上、7月7日(火)-消印有効-までに、下記にお申し込みください。◆申込方法【申込み・問い合わせ先】東京都立多摩図書館 〒190-8543東京都立川市錦町6-3-1 電話042-524-7186メールアドレス S9000044@section.metro.tokyo.jpホームページ http://www.library.metro.tokyo.jp--------------------------
2009/06/16
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11時に日本経営合理化協会の担当の方が見えて、中小企業の社長たちを対象とした講演と研修の依頼を受ける。日本経済を活性化するためには、中堅・中小企業が成長、発展することが不可欠」との考え方から、その経営業務合理化に必要な諸事業を総合的に推進している団体である。新規創造企業と中小企業セクターを主な会員とし、経営指導、経済動向等の変化へ対応する各種研究会、海外企業進出や事業提携の仲介、新しい商材の発掘、経営者向け書籍、ビデオやテープ、海外視察研修など、様々な支援を行っている。15時に鎌倉に望月照彦先生の構想博物館(極楽塾)を訪問する。NPO法人知的生産の技術研究会の出版プロジェクトの取材で、知研のメンバー数人と一緒。鎌倉駅からタクシーで向かったが、それは素晴らしいお宅で、改めて望月先生が建築家だったことを確認した。少人数でディスカッションできる書棚のある書斎、それに続く六角堂を模した知の現場。六角形なので、机の向きが3面とれる。それぞれ、アナログ、デジタル、クラフトをする机となっている。その窓からは美しい緑がみえる。音楽ホールにもなっているリビング、2階には映像スクリーン付きの寝室や、茶室、小さなミーティングができる部屋もあり、その部屋からは屋上に出れて、富士山や江ノ島などがみえるという。あちこちに何気なく置いてある家具などもいわれがあり、実に趣味がいいという印象を受ける。絵は藤田継はる。「構想博物館はどこにあるんですか」という質問に、「頭の中にあります」という答えから始まったインタビュー終了後に、手入れの行き届いたガーデンで美しい奥様が用意してくださったでシャンパンをいただきながら楽しく歓談したが、土地が斜面にあるために大木もすぐ間近に感じることができた。その枝にはリスが巣をつくっていた。30歳を少し超えた頃、参加していた「知的生産の技術」研究会で若き望月先生の講演を聴いたり、仕事場に押しかけたり、横浜での研修会で前座をつとめたりしたことを思い出す。優れたコンセプトメーカーであり、その発想に驚くことが多かった。宮城大時代には、東北活性化センターがつくったコミュニティビジネス研究会で委員長の望月先生と一緒に新しい分野の勉強をしたこともある。多摩大に移った後は、先生のつくった「現代の志塾」という言葉を、改めて多摩大の志にするということにしたのだが、その過程でいろいろアドバイスをいただいた。時代に直面していることに関心がある。知の怪人二十面相奥尻島(身の丈島)、世田谷(サザエさん研究)恩師。小林ぶんじ(住宅と一国の歴史)、中村秀一郎(ベンチャーのフィールドワーク)、草柳大蔵(もの書き修行)、木村尚三郎(風景がメモ帳)人。島津斉彬。大原幽学。はたの鶴吉。世直し。アナロジー思考法。アナロジー型トレーニング。ジョンセントレーション。人間は考える足である。ミョウバン。内なるグーグル。DNAに聴く。観光リスクマネジメント。情報は集めずばらまく。頭書館。テンポロジー(店舗学)。フィールドアルク。コンパとメント社会。ライフウェアマネジメント。知的生産とはよりよく生きること。情報のフック。文化のダム。宇宙を構想し身の丈で生きる。30代初めの頃に、今回の企画と同じように知的生産者の書斎を訪ねるプロジェクトを実施し、「私の書斎活用術」という本にまとめて講談社から出したことがある。そのプロジェクトで16人の著名な方々の自宅を訪問したのだが、それは今まででもっとも楽しいプロジェクトだった。そのとき紀田順一郎先生の百合ヶ丘の自宅を訪ねたとき、これこそ理想の書斎だ、と感銘を受けたが、この望月邸にもそのような感じを持った。帰りに、いただいたせたがや自治政策研究所「年社会研究」の「地域から世直しを考える(世田谷型地域経営論)--サザさんスタイル、身の丈コミュニティ・マネジメントのすすめ」と「多摩ニュータウン研究」お「地域と大学のアライアンスの可能性を探る」という二つの論文を読んだが、大いに触発された。----------東京に出て、日本工業倶楽部で行われたGIN総研主催の寺島実郎講演会に少し遅れて出席。2モータリゼーションと石油の相関と相乗の20世紀との比較で、電気自動車と再生可能エネルギーとITとの相関と相乗の可能性の話。アメリカは危機にあたって、リーダーを変え、新たなパラダイム転換をしてくる可能性がある。寺島さん自身としては、様々の委員会やプロジェクトをあり得べき方向に修練させ、まとめていくという役割が増え、立ち位置の変化が起こっている。「相関、相乗、全体、内外一体、総合」がキーワードだった。パーティでは、多摩大学の母体・田村学園の田村常務理事、大学院の長田先生、学部の金先生、矢内事務長、高野課長らとも歓談。「寺島文庫」のパンフレットが配られた。「便利な都心に、書庫を中核とする知的活動の基点」「情報交流、知的相互啓発、研修・研鑽の拠点」「「シナジー効果」という言葉とともに、「北辰の其の所に居て、衆星の之に共(むか)うがごとし」という言葉が紹介されていた。北辰とは北極星のことだが、それは寺島自身ではないだろうか。
2009/06/15
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出身高校http://nakatukita-h.oita-ed.jp/の後輩の役に立てたらということで、私の全著作のうち60冊ほどを寄付することにして、仲立ちをしてくれている中津北高等学校同窓会http://www.d-b.ne.jp/kitako1/に送った。折り返し、同窓会長をやっている同級の整形外科医院を経営する内尾伸行先生から電話があり、校長に届けてくれることになった。高校の図書館にでも並べてくれたら嬉しい。http://www.hisatune.net/html/02-kenkyuu/tyosaku/index.htm多摩大20年のゼミ活動を入試広報に活用しようという趣旨で、私が責任者である学長室で編集していたが、ようやく冊子となった。76ページ。「現代の志塾 多摩大学のゼミ活動--これまでの20年、そして今」--経営情報学部の志「産業社会の問題解決の最前線に立つ人材を育てる」ゼミ活動を紹介します。1年生向けの「プレゼミナール」」、2年生から始まる「ホームゼミ」、「プロジェクトゼミ」、そして学部横断・学年縦断、院学縦断のインターゼミを紹介し、それぞれの内容と担当教員をみることができる。また全員で担当するホームゼミの教員のプロフィールとゼミの志--どんな人材を育てたいか、も読むことができる。また、1996年2月26日の日経ビジネスに載った柳孝一ゼミの記事から、2009年4月3日の「FujiSankei Business i」で紹介された酒井先生の知的プロフェッショナルゼミまで、その記事を読むことができる。入試のための武器として活用してほしいものだ。「「専門的教養知」の働きとその教育・養成に関する文理融合型研究」の研究成果報告書が京都大学大学院教育学研究科の研究代表者藤原勝紀先生(京大名誉教授・放送大学京都学習センター所長)から届いた。科学研究費補助金基盤研究Bに選ばれているもので、昨年の12月に京都で行われたセッションに参加した。私のセッションは「生き様の魅力と美を求めて」で、私の演目は「偉大な人物像の世界に想いをを馳せて」だった。藤原先生は九大探検部の先輩。このセッションでは、よく本を読んでいる竹内洋先生とも知り合った。いろんなものが、時間の経過とともに、形になっていく。さて、本日ようやく時間ができて水曜日に開催される「多摩大学20周年記念 寺島実郎新学長講演会&シンポジウム」の歴代学長シンポジウム(コーディネーターを仰せつかっている)の準備のために、過去の資料を読み込みながら、進行メモを作成。http://www.tama.ac.jp/info/20thSymposium.html
2009/06/14
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土曜日は、昼食をとりながらの大学院教授会。夕食は九段でのインターゼミの後に、寺島学長を囲んで菅野先生、諸橋先生、木村先生、長田先生、私で夕食をとりながら歓談。多摩大開学時の有名教授でファンだった日下公人先生の最近著「日本人の覚悟」(祥伝社)を読み終わった。日下先生は長銀、ソフトか経済センター理事長などを歴任され、ベストセラーも多く書いている。日下先生には、ビジネスマン時代に会社の広報誌のインタビューをソフト化経済センターでした記憶がある。常識の逆をいいながら深く納得させられるというスタイルの語り口で、私も折りに触れてかなりの量の本を読み続けてきた。また、最近では「顧客満足学会」の理事長である先生と何度かシンポジウムでご一緒したこともある。今回の本は、「「芯」を抜かれた人は退場せよ!」という副題がついているように、日本人に昔からあった「覚悟」の大切さを独特の日下節で語り切っている。技術の奥には精神があり、精神の完成した姿に日本人は「徳」という言葉を与えた。道徳に裏打ちされた日本人の精神=芯=覚悟を取り戻せという主張である。以下、日下先生の知的生産の技術に関する記述をピックアップ。私は戦記物の愛読者で、古今東西の記録を数多く読み、、、今までに私は、軍人や戦争を主題にした本を10冊以上書いている。それらを書く資料としては1000冊以上の文献を読んだが、、、「人間学を学ぶ月刊誌」という「到知」という雑誌の中に頭山満の孫のエッセイが載っている。頭山の書が九州の実家の座敷に飾ってあり、この人物には関心が持続している。1885年-1914年。明治・大正・昭和期のの国家主義者。玄洋社を結成。日露開戦を主張、戦後は講和条約反対運動を展開。大アジア主義者として金玉均、孫文、ボースらの亡命者を援助。政界に隠然たる影響力を持った。この孫が覚えている頭山の言葉。無一物処無尽蔵人の半歩先を行け一人で居ても淋しくない人間になれ「反省をしなければならない。しかし、改心をしてはいけない。」失敗をしたら、行く道を変えるのではなく、反省をしてやり方を変える。そしてまたその道を歩く。改心は裏切りであり、人に迷惑をかけるから、すべきではない。今いる場所から移るのでなく、その場を高める努力をすることを念頭に置こう。読みたい人物伝など(メモ)「米山梅吉の一生」(三戸岡道夫)。三井信託銀行や日本ロータリークラブを創立したほか、三井報恩会を通じて、巨大な社会奉仕を行った公益事業の巨人。「日台の架け橋・百年ダムを造った男」(斉藤充功)。1930年に完成した台湾の通称「八田ダム」をつくった八田與一。「死ぬときに後悔すること25」(大津秀一)終末医療の専門家が千人の患者の「やり残したこと」を紹介。「寄り道人生で拾ったもの」(塩谷靖子)日本初の全盲コンピュータ・プリグラマー。40代で声楽家になりコンサート活動を続ける。「スーパーセールス姉妹 知栄と佳栄」(柴田知栄・廣瀬佳栄)。スーパーセールス一家の教え。
2009/06/13
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来週、書店に並ぶ「図解・資本論」(原著:マルクス 編著:久恒啓一)の見本が届きました。こういう並べ方は、恐れ多いことですね。(^^;)「百年に一度の経済危機」にあたって資本主義のの崩壊と社会主義への転換を予測したマルクスに関心が高まっているとのことで、「資本論」を図解を使って説明してほしいというイーストプレスという出版社からの要請で始まった企画です。多摩大学大学院で私の講義(「実践知識経営」)を受けた社会人大学院生から協力者を募りましたところ、10人のメンバー(30代中心)が集まり、1ヶ月ほどで一気に図解化が完成するという猛スピードで仕事が終わりました。ビジネスマンは納期をきちんとまもろうとする意識が強く、気持ちのよいプロジェクトとなりました。このメンバーを、「多摩大・図解アルチザン」と名付け、一緒に仕事をしていこうと考えています。多摩大・図解アルチザンのメンバーは、菊永泰正、木村佳子、本間龍介、宮澤隆行、原智恵子、吉田満美子、鳥居順子、利根川豊、大江充繁、柏木千春の10人です。この本は3つのポイントが特徴です。1.「資本論」をシンプルに図解化!2.「資本論」が読みやすい文章に!3.マルクスの人物像までわかる!
2009/06/12
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ここ数ヶ月間、大学のホームページづくりに没頭しています。http://www.tama.ac.jp/4月27日にプレオープンしましたが、その後毎日のように更新を重ねています。組織全体が一望の下に見えるようになると、不足する情報、載っていない行事、情報の在処、組織間のバランスなどに気がつくようになってきます。まさに、神は細部に宿る、です。今週は事務局の提供情報に関して担当部局と相談をしています。どうやらウェブを用いたマネジメントということになってきました。グランドオープンまでもう一息です。「更新情報」をトップ画面の右上に設置してみました。http://www.tama.ac.jp/info/new.html---------------------[04.01]寺島学長の学長就任にあたっての挨拶を掲載しました。ttp://www.tama.ac.jp/terashima/ http://www.tama.ac.jp/guide/greeting.html http://www.youtube.com/view_play_list?p=5CDEF8857CE0D60B[04.03]グローバルスタディーズ学部の履修モデルを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs.html#program 研究開発機構のページからサプライネットワーク・マネジメント研究所のホームページにリンクしました。http://www014.upp.so-net.ne.jp/tama_snm/index.html[04.15]【ニュースリリース更新】グローバルスタディーズ学部9月入試募集要項配布中http://www.tama.ac.jp/news/release/index.html#090415[04.21]【ニュースリリース更新】寺島実郎監修 リレー講座特設ページが開設されましたhttp://www.tama.ac.jp/info/lecture_relay2009.html 【ニュースリリース更新】大学職員募集[04.27]リニューアル版をプレオープンしました。[04.28]【ニュースリリース更新】豚インフルエンザに関する対応について----------------------05.07]経営企画室のページを公開しました。http://www.tama.ac.jp/guide/keieikikaku.html 【ニュースリリース掲載】新型インフルエンザに関する対応について[05.08]教授陣紹介ページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/teacher/index.html#category01 経営情報学部ページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis.html 学長室ページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/president_room.html[05.12]トップページの図解を更新しました。 新規ページを公開しました。 インターゼミ http://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar.html 経営情報学部 T-SAPhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_t-sap.html 経営情報学部 インターンシップhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_internship.html 経営情報学部 ホームゼミhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_home_seminar.html 経営情報学部 プロジェクトゼミhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_project_seminar.html 経営情報学部 プレゼミhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_pre_seminar.html グローバルスタディーズ学部 海外留学http://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs_study_abroad.html グローバルスタディーズ学部 インターンシップhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs_internship.html グローバルスタディーズ学部 AEPhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs_aep.html[05.13]経営情報学部教授陣のページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/teacher/index.html 経営情報学部 プロジェクトゼミのページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_project_seminar.html 社会貢献のページを公開しました。[05.14]経営情報学部ページの図解を更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis.html[05.14]グローバルスタディーズ学部教授陣紹介を追加・更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/teacher/index2.html#category01[05.14]経営情報学部ページの図解を更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis.html[05.18]【ニュースリリース掲載】 新型インフルエンザに関する対応についてhttp://www.tama.ac.jp/news/release/index.html#090522[05.20]下記のページを公開しました。 経営情報学部 中国留学ページhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_china.html 経営情報学部 アゴラhttp://www.tama.ac.jp/guide/campus/tama-agora.html 経営情報学部 スポーツアリーナhttp://www.tama.ac.jp/guide/campus/tama-sportsarena.html[05.21]【ニュースリリース掲載】 多摩大学における新型インフルエンザに関する対応についてhttp://www.tama.ac.jp/news/release/index.html#090522[05.22]多摩大学知識リーダーシップ綜合研究所ページへのリンクを設定しました。 【ニュースリリース掲載】2010年度 多摩大学入学試験・教育内容説明会開催のご案内 トップページの図解を更新しました。[05.26]下記のページの内容を更新しました。経営情報学部 T-SAPhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_t-sap.html経営情報学部 インターンシップhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_internship.htmlグローバルスタディーズ学部 AEPhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs_aep.htmlグローバルスタディーズ学部 インターンシップhttp://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs_internship.htmlグローバルスタディーズ学部 海外留学http://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs_study_abroad.html[05.27]【ニュースリース掲載】ニュースリリース「多摩大学マッチDAY」延期のお知らせ2010年度の入試関係のページを公開しました。アドミッションポリシーのページを公開しました。http://www.tama.ac.jp/subject/highschool.html http://www.tama.ac.jp/info/exam2010/admission_policy.html---------------[06.01]【ニュースリリース掲載】 「多摩大学 20th anniversary 現代の志塾展」開催について (PDF 419kb)寺島学長のメディア登場予定を更新しました。http://www.tama.ac.jp/terashima/社会貢献のページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/contribution.html学びのプログラムページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/curriculum/index.html[06.02]グローバルスタディーズ学部のページ講義の情報を掲載しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/sgs.html#lecture[06.03]プレゼミナールの様子ページを公開しました。http://www.tama.ac.jp/guide/sc/smis_pre_seminar.html就職状況のページを公開しました。http://www.tama.ac.jp/guide/career/job.html[06.04]社会貢献のページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/contribution.htmlスクールバスの時刻表を更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/campus/schoolbus.htmlインターゼミの様子ページを公開しました。http://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar-photo.html[06.05]【ニュースリリース掲載】学園歌作曲者 三木たかし氏の逝去についてhttp://www.tama.ac.jp/news/release/doc.php?p=2092オープンキャンパス2009ページを更新しました。http://www.tama.ac.jp/info/opencampus2009.htmlインターゼミのページにゼミ生のブログへのリンクを追加しました。http://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar.html[06.07]グローバルスタディーズ学部のキャリアサポートを更新しました。http://www.tama.ac.jp/guide/career/index.html#sgs[06.08]インターゼミのページに、2つのプロジェクトの研究計画書を掲載しました。http://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar.html[06.11]【ニュースリリース掲載】6月13日寺島学長 特別講演のご案内http://www.tama.ac.jp/#news
2009/06/11
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横浜市の本体とは市民の精神であります。(原三渓) 関東大震災で横浜も大打撃を受けた。横浜復興会の会長に推された原三渓は、横浜の外形を焼き尽きしたに過ぎない、横浜は厳然として尚存在している、横浜を支えてきた人々が存在するはないか。そして横浜の本体は市民の精神である、と述べた。この発言によって横浜の復興という志のベクトルの方向が決まった。優れたリーダーの発する言葉は、時代を変える。---------今後はいかなる内閣にも入閣しない(尾崎行雄)憲政の神様・尾崎は第1回総選挙から第25回総選挙まで連続25回の当選を果たし、94歳まで60数年間の議員生活を送った。その間、大隈重信内閣の閣僚として対シナ21カ条の要求に賛成したことを生涯最大の失敗として反省し、覚悟を持ってその後の入閣、組閣の機会をすべて拒絶している。この気概あふれる稀代の政治家の崇高な志は光芒を放っており、今なお記念館には心ある政治家が訪れることが多い。---------「一見して人の心をうつものをかきたい。深い力で、そして見れば見る程深いものを。これが自分の為す可き仕事であり道である、、」(岸田劉生)愛娘・麗子の5歳から16歳まで膨大な作品群を描き続けた天才画家・岸田劉生は、人生遍歴を重ねながらとうとう、自分の歩むべき道を発見した。立派な芸術作品をみるとからシーンという感じになることがあるが、一ヶ月半を費やした労作である有名な麗子座像は、岸田の気迫がひしひしと伝わってくるそのような作品である。為すべき仕事を為す、これが歩むべき道である。
2009/06/10
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大学で仕事をした後、京橋の出版社へ。同僚教授の樋口裕一さんとの共著のための対談第二弾。今回は最近の学生や若者の状況を中心に語り合った。樋口さんは予備校を中心に、私は大学教員になってからの10年超の経験を話し合った。面白いキーワードも出て、順調に進んでいる。この新書は9月発刊予定。この出版社の比較的新しい新書シリーズは、論争集、教育書、若者論、人間関係指南書の実用書などをターゲットとしており、出版業界最大の激戦区である新書の世界で独自の存在感を持っている。今回のテーマは、教育、若者、人間関係などを網羅したものになる。二人で赤坂に向かう。エクセルホテル東急で行われた「野田一夫先生 感謝の夕べ」に出席。最上階の「ジパング」の一角を借り切り30人ほどの教員と職員が集まり、1年間の学長代行をつとめた野田先生へ感謝の意をあらわす会。私はあまり世話をしなかったが、世話人ということになっている。出席者のあいさつはほとんどなくて、野田先生が2-3度話をされたが、相変わらずのユーモアたっぷりの名人芸の話だった。6月に82歳となる先生の、健康と話術、に皆で感心。終了後は、諸橋先生、飯田先生、管野先生、樋口先生、私の5人で、コーヒーを飲みながら、少し歓談。開学当初から勤務している飯田先生に当初の有名人教授たちのそろった教授会の様子などをうかがう。開学当初のエネルギーあふれる大学のエピソードは興味深かった。6月17日の「開学20周年記念シンポジウム」の準備のため、開学前、開学後、そして最近までの大学の変遷がわかる本や資料を読んでいる。歴史を知ることで、現在の状況がより深く理解できる。多摩大のDNAを大事にしながら、新しい伝統をつくっていくことが必要だ。
2009/06/09
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日曜日の夜のNHKスペシャル「JAPANデビュー」第3回「通商国家の挫折」は、井上馨が関与した1876年創立の三井物産の初代社長益田孝(当時27歳)、上海支店長山本条太郎、バルチック艦隊が日本海を進むという打電をした森つとむ、などの動きにからめて、石油を巡る攻防だった太平洋戦争への突入の歴史を検証した優れた番組だった。寺島実郎さんの解説が挟み込まれていた。今回は、三井物産戦略研究所会長という肩書きだった。アメリカ南北戦争、インドムンバイの綿花、福沢の脱亜入欧、富国強兵と通商国家のあざなえる歴史、孫文の辛亥革命、大治鉄山、八幡製鉄、世界大戦、中国を巡る日米の対決という構図、高橋是清、益田孝の後継者・団琢磨の暗殺、米英のポンドブロック・ドルブロックによる日本への高関税、ロックフェラー、巨大石油資本、スマトラ島、航空機を動かすのは原油のみ、海外油田、石油先買権、近衛文麿の新東亜秩序建設、中国は日本に支配させないというアメリカの経済制裁、経済封鎖、バタビア、ホーンベック、オランダ、日独同盟、ルーズベルト大統領、仏領インドシナ進出、全面禁輸、真珠湾攻撃、益田の木炭自動車、戦後の通商国家路線、国益、通商国家の挫折、模索は続く、、、。6月28日の第4回は、「軍事強国」。------------------------月曜日は仙台日帰り。宮城大卒業生のつくった会社の今後の相談。7月に行われる仙台市長選の動向。法人化した宮城大の様子。地域活性化の動き。、、、、。特別講義の感想アンケート。今日の抗議は私にとっても新しい発見があり、意味のある豊かな時間を学生たちと共有できて満足感が高かった。自動車産業と図書利用の両方にITが関係しているということは、私にとって大きな発見でした。 2つのテーマの共通事項は見つけられなかったが、目の前で図解されスンナリ理解できた。 部分を解説できる人はいるが、全体像をみれる人はいない。新しいことはそこにある!全体像に近づくためにはいろいろなカテゴリーに興味を持ち、アンテナをたてて情報を集めることから始まると思った。 総合的に全体をみれる人がいれば、問題に対する新たなソルーションがみつかると思う。 グリーンユーディール政策とネットの無料閲覧の両方に○○という企業が関わっているということに驚いた。 全体をみる、関連づける力を得るようにした。 ここの図をある媒体を通して結びつけていくことで全体像が浮かび上がってくることを学んだ。 2つの資料のつながりがわかりおもしろかった。 要素を結びあわせることができるようになりたい 全く別のものに関連性や問題点が見いだせるのはすごい。 より複合的な関係性を見抜いたり、その関連性から新しい事実を発見できるようになりたい。 講義中に○○という会社の関係性を発見できていたのがすごい 一見、関係が薄そうな2つの記事が思わぬところでつながっていたことが印象的だった。総合エンジニアリング力は重要だ 図解コミュニケーションの根本にある考え方は、構想する力そのものであり、多くの領域からの要素を総合的にまとめ、転換をもたらすものであるということがわかった。図として描き出すことによって既存の考え方と考え方をリンクさせ、新たなものを創造することができるのこの力は、今後の社会において変革を起こすものであると思う。 対話力やコミュニケーション力の大事さが改めてわかりました。図解は大きな構想を描けることがわかった。 グリーンユーディールとネット本の問題は全然違うものだと思っていたけど、二つはつながっていることに驚きました。 私も知的な喜びを得るように努力したい 二つがつながっているという話に驚きました。図を使うと新たな発見を生む。 全体をとらえる力と部分同士を関連づける力という言葉の意味がよくわかりました。広い視野を持って課題に当たっていきたい。 意外な共通点を発見する現場を生で体感できてとても嬉しかった。 花と剣山の話に納得。全体をみることの重要性を感じました。 一番前で話を聞いて、二つの話がつながることに感動しました。 意外な関連性に驚きました。 ホワイトボードに描いてくれた一つの図にまとまったことにビックリしました。 --------------
2009/06/08
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昨年出た「奇縁まんだら」は、島崎藤村から始まる21人の作家・芸術家との交友録で、偉大な作家たちの私生活や本音、男女関係などが、寂聴の軽妙なタッチで描かれており十分に堪能した。 奇縁まんだら(続)「続」は、2008年の1月12日から12月28日にわたって連載されたエッセイをまおとめあもので、円地文子、萩原葉子、島尾敏雄の3人の分は、あらたに書き下ろしたものだそうだ。そういえば、他の人の文章はほとんど記億にあったが、この3人の文章は初めて読んだ。前作は、島崎藤村、川端康成、三島由起夫、谷崎潤一郎、宇野千代、松本清張、遠藤周作、、と絢爛豪華だったが、今回は時代が少し下がっていて、そういう意味では馴染みがある作家たちが並んでいる。寂聴より年上の人が多いが、年下もいる。そして全員がすでに鬼籍に入っている。その人たちを米寿を迎えた寂聴が愛情を持って描いて赤裸々に描いている。菊田一夫(65歳)、開高健(58歳)、城夏子(92歳)、柴田練三郎(61歳)、草野心平(85歳)、湯浅芳子(93歳)、円地文子(81歳)、久保田万太郎(73歳)木山しょう平(64歳)、江国滋(62歳)、黒岩重吾(79歳)、有吉佐和子(53歳)、武田泰淳(64歳)、高見順(58歳)、藤原義江(51歳)、福田恒存(82歳)、中上健次(46歳)、淡谷のり子(92歳)、野間宏(75歳)、フランソアーズ・サガン(69歳)、森茉莉(84歳)、萩原葉子(84歳)、永井龍男(86歳)、鈴木真砂女(96歳)、大庭みな子(76歳)、島尾敏雄(69歳)、井上光晴(66歳)、小田仁三郎68歳)各人の紹介では、必ず生年と没年と、享年が書かれている。また本文でも寂聴との上下の年齢差が記してあり、寂聴の立ち位置がわかる。また、それぞれの前作で異常な人気を博した横尾忠則の肖像画に加え、墓の写真と霊園の名前と場所が記されているなど、編集の統一がとれている。森茉莉は森鴎外の長女であり、萩原葉子は萩原朔太郎の長女。そして小田二三郎は、寂聴の同棲の相手である。湯浅芳子はレズビアンの先駆者。この本は人物論の一種であるが、書き出しもうまい。「正月になると思いだす人がいる。菊田一夫さんである。」「開高健さんは、親しくなった頃からすでに肥っていた。」「城夏子--何だか宝塚のスターのようなロマンチックで、オトメチックな名を覚えたのは早かった。」「柴田錬三郎さんは誰もフルネームで呼ぶ人はいなかった。「しシバレン」で天下に通っていた。」「江国さんは、、、、。ほとんど笑顔など見せないので、老成した感じがした。」「黒岩さんはハンサムだった。」「島尾敏雄さんはハンサムだった。」「一度何した女とは別れたあとも、旅の度土産物を届けることにしている」」のは、菊田一夫。「残寒やこの俺がこの俺が癌」「おい癌め 酌み交わさうぜ秋の酒」と詠んだのは、江国滋。「ゆく春や身に幸せの割烹着」「蛍火や女の道をふみはづし」と詠んだのは、鈴木真砂女。「私と瀬戸内さんは男の趣味が同じなのね。、、」続いてCの話をして、Cに目下一番興味があると言った。その時、私はCとはそういう関係だたtので、思いがけない不快さを感じた。と寂聴に書かせた大庭みな子。「あんたのようなわがままな人と長くつきあえる人間はおれくらいのもんだ」と威張ったが、私の側にも言わせてもえらえば、同じ言葉になる。と寂聴に書かせた井上光晴。寂聴自身のこともいろいろとわかる。4歳の子供を夫の許において家を出た。出家した翌よく年、クモ膜下出血で、左半身が麻痺して、言葉がロレったことがあった。88年の歳月を必死に生きて、小説を書いて、多くの作家たちと交流した寂聴の自伝でもあり、文壇史でもあるこ正と続のこの本は、人物論としても、文壇外史としても、一級のエンターテイメント性を備えている。多作な寂聴ではあるが、これは代表作として後世にも読まれ続ける息の長い本となるだろう。前作については以下を参照。「奇縁まんだら」(瀬戸内寂聴)--仏となった作家たちとの奇縁(2008年7月24日)http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/20080724
2009/06/07
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九段下のグランドパレスホテルで北矢行男先生と待ち合わせ。昼食を摂りながら最近の大学の様子を報告したり、アドバイスをいただく。北矢先生は15年ほど多摩大につとめ、その間に多摩大総研所長としても活躍された。「知的生産の技術」研究会のプロジェクトで「知的生産者の発想現場から」という本をつくった時に、取材で自宅にお邪魔して以来、四半世紀以上いくつかの局面でお世話になっている。その後、九段の寺島文庫で寺島学長に一緒に会う。北矢先生と寺島学長とはさらにもっと前からの知り合いで、久しぶりの面会となった。友人たちの消息、最近の互いの近況などが話題になった。北矢先生は九段サテライトで旧知の先生や学生と懇談。寺島文庫で、読売新聞の「大学・大学院ガイド」の取材で、寺島学長の取材に同席。「隠語。問題解決力。強靭な力。チームワーク。リーダーシップ。教養。、、」本日のインターゼミ(社会工学研究会)は、5つのプロジェクトグループの研究計画の発表会。10分ほどの発表の後、学長、教員と学生からの質問とアドバイス。以下、それぞれのグループに対するアドバイスから。東鳴子温泉活性化:東京からの視点。外国からの視点。湯布院。宮城大生との連携。食と農と観光の視点。ディズニーの研究:ディズニープロダクションとは何か。TDLはなぜ浦安だったのか。他のエンターテイメント施設と対比分析。USJとの比較研究は多摩大にある。ハワイアンとの対比。若い人にとってのディズニの意味。アジアとの交流:留学生が入るメリット。現状?30万人計画の目的は?日本で就職できるかという社会の準備という視点。シンガポールなど他の国の事例。アジアへの目を開く。日本の立ち位置。グリーンニューディール:経済ビジネスモデルとシンクタンクモデル。基礎知識を踏み固めよ(NHK新書のグリーンニューディール)。10日の環境と成長に関する賢人会議。世代としての責任と緊張感。EV・再生エネルギー・IT。相関と全体観。うねり。先端技術。飯田てつなり。多摩ニュータウン:駅前開発の映画。二地域居住との関係。都心回帰。高齢者の生き方。農業・食のNPO。ブドウとナシ。多摩大HPのインターゼミのページの中に「実況!寺島塾」を開設。いろいろなデータを蓄積していく予定。http://www.tama.ac.jp/guide/inter_seminar.html
2009/06/06
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午前は講義。午後はプレゼミ。夜は品川で大学院講義。大学院では、「修士論文の書き方講座」をやってみました。院生が共通で悩んでいるテーマです。過去1年間の修士論文の発表会に参加して感じた院生の共通の欠陥を前提にそれを補う方法論を教える講座という問題解決型テーマに挑戦してみました。過去一年間に見聞した修士論文の内容と共通の欠陥を前提に、日本を代表する文章読本の名著の内容をそれぞれ要約した図5枚、それらをまとめた全体図一枚、そして知的生産の技術の名著の図、私の開発した「図解文章法」という方法、こういう材料をもとに、「修士論文の書き方」というテーマの修士論文の概要を実際に文章で書いてもらいました。これだけの名著がありながらなぜ文章を書くことが苦手なのか。5つの代表的な文章読本の名著を書いた人たちは学者、評論家、新聞記者など書くべき中身を持っていた人達であり、文体論に方寄っていたからです。私たちの悩みは、文体にあるのではなく、むしろ書くべき中身がないということに起因しています。書くべき中身、つまり清水幾太郎のいう「答え」や、野口悠紀雄のいうい「メッセージ」の作り方がわかなくて困っている人が多いのです。文章読本たちは内容のつくりかたについては明快な答えを出してくれてはいません。書くべき内容をつくりだすためには図を描くことが有効であり、内容を十分につくり込んだた上で、それを文章に落とし込んでいけば、迷うことなくスラスラと論文が書けることになります。この過程には、先行研究、他分野のモデルの援用、新しい知見など、修士論文を書くための要素が入っています。この書き方を体感し、納得した上で、それぞれのテーマに適用してもらいたいと思います。授業で取り上げた名著は以下の通り。谷崎潤一郎「文章読本」(1934年)清水幾太郎「論文の書き方」(1959年)木下是雄「理科系の作文技術」(1981年)本多勝一「日本語の作文技術」(1976年)野口悠紀雄「「超」」文章法」(2002年)梅棹忠夫「知的生産の技術」(1969年)以下、本日の土曜日の早朝までに書きこんでもらった社会人大学院生の感想です。あと数人の感想も後に加える予定。6月5日のご講義では修士論文演習を図解の考え方で進めました。私たち論文を書こうとするものは、「論文の書き方」のような本を読み漁りますが、たいていは硬直して面白みのないものを書くことになってしまいます。久恒先生はそのテーマに合致する名著といわれるものを昭和から平成にかけての代表的な著作物からピックアップし、問題点を図説してくださいました。問題点は「そもそも書くべきものの内容をたくさん持っている人が書いた本であり、彼らは書き方ばかりを気にかけている」ということでした。私たち修士論文を書こうとするものは、書きたいことを図解して整理し、論文骨子を俯瞰することをすべきなのですね。流れがよく見えるまで、図で明確にし、論旨の展開ができるようにするということですね。今日はその点がすっきり解明できて、迷いなく論文を書くことができそうです。論文は内容×文章であり、文章の書き方だけを名先生に誘導してもらってもかけないということ。書き方だけを追及した論文の書き方の本をいくら読んでもくだらない論文になるだけ、ということ。過去の論文をたくさん読む必要があると思っていたのですが、書きたいことを人にいかに分かってもらうように書くか図で追求して骨子を作ってあとは枝葉をつけていくという点をしっかり納得しました。今回も有意義なご講義でした。また、会議における図の使い方のヒントも頂きました。大変ありがとうございました。本日の授業は、先生が修了論文の書き方のヒントとなる図を事前に準備され、生徒はそれをベースに「修論の書き方」という文章にまとめあげていくというものだった。図を見ながら、文章を作り上げていく作業は、結構、快感で、サクサクと文章が出てくる。だれかに背中を押されているような感覚、図からエネルギーをもらっているような感覚だった。今回の授業も、不思議な貴重な体験でした。ありがとうございます。本日の講義では先生の作られた図解から、文章への展開を行った。おそらく各人の展開は図解同様に同じものにならないと思うが、図解により整理された内容を文章へ落とし込む事にはあまり抵抗なく文章化が行えたと思う。論文の骨子や各章毎に図解があれば文章化することに対してそれほどの苦労はなさそうなことが理解できた。しかし、内容のある図解をいかに作り込むかがこれからの課題であると考えます。図解のパワーは文書作成にも大きな効果があることが実感できました。普段から文章を書く際は、「骨子を組み立て>肉付けする」というプロセスは実践しているつもりでしたが、図解をベースに文書化するプロセスと比較すると、図解の方が圧倒的に、複雑な問題を文書化しやすくなると思いました。おそらく文章は、問題の構造を平面的にしか捉えられず、図解だと立体的、複層的に捉えられるからだと思います。ただ、自分の論文に活用、、となるとまだまだ先が長そうです、、文章を図にしたり、人の話を聞きながらボードに整理してはいたが!図から文章に持って行く必要度と発想がなかったでした。文章に落とすことを意識するともっといい図が書けそうです。図は「モレ、ダブり、関係」が解りやすく新たな気づきには、今のところ他にツールがないとおもう。「図解」とは図は直感的に捉えられ解りやすいという事でしょうか!考えはクリティカルにまとめ、図でロジカルに整理してみたいです。「図」という英語がないというのは、初めて知りました。以前テレビで紹介していたのですが、日本語を母国語とする私達は、文字を形(イラスト)で覚えるそうです。テレビの司会者がある文章を日本語と英語をテレビ画面にパッと1秒だけ見せました。パネラーは、日本語だと1秒でも何が書いてあるか理解できました。しかし、英語だと何が書いてあるのか、1秒では理解できませんでした。テレビを見ていた私も同じでした。英語力はないとはいえ、英語はやはり単語(アルファベット)を全て見ないと理解ができませんでした。でも日本語だと一瞬で理解できました。日本語ってすばらしいと思った瞬間でした。図も、日本語と同じなのだと今日の講義で認識しました。是非とも図のすばらしさが海外にも浸透して欲しいと思います。
2009/06/05
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リレー講座の7回目は、経済ジャーナリストの財部誠一さん。講義のタイトルは「メディアを疑え」。本音を語ってもらったが、以下は差しさわりのない部分の要点。耳を傾けるべき人。寺島実郎(商社)と内田和人(銀行)。真実はどこにあるか、まじめに取り組んでいる。重層的知識、現場を歩くことで、数か月ごとにバージョンアップ。日本の報道は全部同じ論調。同じ情報源。お上第一。GMの破たん。数年前のにはバブル時代自動車ローンという金融で収益をあげていた。値引き分はキャッシュバックという形で現金で返金していた。リーマン以降インターバンク市場で取り付け騒ぎが起こり誰も金を貸さなくなり、自動車ローン資金が調達できなくなって、危機に陥った。GMはまともにモノづくりをしてこなかった。技術は外から買うというスタイルだったからモノづくりのノウハウがない。再建は疑問。アメリカ経済は来年はプラス成長になる。政治と経済は一体。世界は覇権争いの時代。ドル下落。ユーロの台頭。元の勃興。アメリカは戦争経済。オバマ大統領は基軸通貨ドルを刷りまくるというインフレ政策をとり、株価上昇・石油価格上昇というバブル経済に戻り、借金を減らす。アメリカのオークランドでは6000万だった住宅が2000万になると見学ツアーが始まり、買う人がでてくる。安ければ買う。日本では安くなっても買わない。行動をとるから深刻になっていく。中国は沿岸部では規制緩和を行いゆたかになった。税収は内陸部に注ぎ込んできたから生活は豊かになった。すさまじい戦略性。今回の内需拡大策は財政が健全だったから対応できたことである。中国はこれからすさまじい成長に入る本つの姿を模索せよ。自分の頭で考えよ。------------------------------今日の動き。9時:学長室ミーティング11時:大学ホームページ打合せ。http://www.tama.ac.jp/13時:寺島学長にブリーフィング13時半:田村常務理事、学長、学部長、私(学長室)でミーティング14時50分:リレー講座に参加16時20分:ホームゼミ(「サービス・マーケティング」)18時:ホームゼミで多摩ニュータウン関係の3つのプロジェクトのキックオフ。松本先生、中庭先生。「多摩ニュータウンは東西15キロ、南北5キロ、人口20万人強」。19時半:多摩大総研会議。私(所長)、松本先生(副所長)、中庭先生。21時まで今後の方向を議論。--------------今日の一枚は、九段下の「滝沢馬琴・硯の井戸」。現在はマンションの入り口付近の一角に保存されている。
2009/06/04
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「憲政の神様」尾崎行雄(1858-1954年)が生まれた地である、神奈川県津相模原市津久井町に尾崎がく堂記念館がある。尾崎行雄(1858年ー1954年)は3つほど年上の犬養毅(1855年ー1932年)とともに憲政の神様と称せられている。慶應で学び、福沢諭吉の推薦で新潟新聞の主筆を20歳で務めているから才気があったのだろう。大隈重信から気に入られて39歳に時に文部大臣、55歳の時に法務大臣をつとめている。「満州国建国は国家の利益にならない」など信念を発表する気概があり、この気概が尾崎を尾崎たらしめているとの印象を持った。西尾末広代議士の議会発言による除名に対して「黙しなば 安からましを 道のため 湯和気を援け 危うきを践(ふ)む」と歌を詠んでいる。94歳で書いた「わが遺書」という復刻版の書物を購入して前書きを読んでみると、その気概に心を打たれる思いがする。太平洋戦争を「おどろきべき無謀、公算なき戦争」と評価し、「こんどこそ方向を誤ってはならない」と考え、後世に残そうと考えた言葉集となっている。「みすみす日本の陥る淵が眼前に渦をまいておるにもかかわらず、それが見えなかったのである」とも述べている。この本は、第一部:世界と日本、第二部:日本改造の方途、第三部:命に代えて、という構成だ。尾崎行雄は号を何度か変えている。学堂を、東京退去を命じら愕然としたため愕堂に改め、50歳ではりっしんべんを取り、90歳を機に卆翁と名乗る。「人生の本舞台は常に将来にあり」と言った。東京市長をつとめた尾崎は、52歳の時に、アメリカ大統領タフト夫人との関係でワシントンに桜を贈る。一度目は害虫にやられたため、3000本を贈り、それが現在ワシントンのポトマック河畔を彩る桜に育っている。この桜を見るために1950年、91歳で訪米を果たし、育った桜を見る機会を得た。1957年にはアメリカからお返しのアメリカ・ハナミズキが贈られこの憲政記念館で4月下旬から5月上旬にかけて、美しく咲くという。この東京市長時代は45歳から54歳のほぼ10年間続いている。国会議員と兼ねていた。その業績をあげてみる。市街地の改正・整備水道拡張事業下水道の改善道路の改善・街路樹の整備多摩川の水源の調査を行い、山梨県一之瀬の山奥の広大な三輪を、多摩川水源として買収し「給水百年の計」を樹立した尾崎行雄水源踏査記念碑が建てられている。尾崎は慶應義塾で福澤諭吉に1年半ほど学んだが、後年第一回総選挙で当選を果たしたとき、福沢に挨拶に行ったところ、「道楽の発端有志と称す 馬鹿の骨頂議員となる 租先伝来の田を 売り尽くして 勝ち得たり 一年八百円」という詩を贈った。議員の年寺手は八百円だった。福沢は尾崎の政界進出をあまり、喜ばなかったようだ。その詩を読んで苦笑する尾崎の顔が浮かんでくるようだ。尾崎は福沢を「維新前後に生まれた最大の人物」ととらえていた。「へだたればいよいよ高く覚ゆなり すぐれたる人すぐれたる山」という歌も詠んでいる。尾崎は歌人でもあり、折にふれて感慨を詠んで膨大な数の歌を残している。歌を読むという日本の文化と習慣の素晴らしさを改めて思った。尾崎は20歳の時、長崎の人である繁と結婚し26年間連れ添ったが亡くし、47歳でテオドラという婦人と再婚している。テオドラ夫人は、尾崎三郎という日本人と英国人婦人との間に生まれた。この結婚は尾崎という同姓のため郵便物が間違って配送されたことがきっかけとなった。この記念館では尾崎と家族との写真とともに、家族のことを詠んだ歌も多く展示されている。家族を大事にした人である。家族写真の中に、パイロットとなった尾崎行輝という四男坊がいた。その息子は日航のパイロットだったと案内の人から聞いた。そういえば尾崎という名前の立派なパイロットが日航におり、役員にまでなったことを思い出した。尾崎キャプテンはもしかしたら尾崎行雄の孫ではないだろうか。この記念館には、様々な人が訪れるという。美智子さんも来られたし、SPに護られた小沢一郎氏も憲政の神様・尾崎行雄の足跡を偲んだ。その時の様子も聞いた。尾崎は眼光けいけいとして、白い髯をはやした好男子であり、姿勢がよかったから、157センチながら立派にみえる。「義は是重し」(卆翁)という尾崎が書いた額がかかっていた。議員生活60余年の間、一貫してあるべき姿を主張し、歴史に残る名演説を数多く行った尾崎行雄らしい言葉だと感銘を受けた。1890年の第一回総選挙での31歳での当選以来、1952年の第25回総選挙(94歳)までの600数年間の議員生活、当選25回という記録は誰にも破られないだろう。95歳で初めて落選した時、衆議院は名誉議員という称号を贈ってその偉業をたたたえている。大隈内閣の課奥亮として対シナ21カ条の要求に賛成したことを生涯の大失敗であったと反省した尾崎は、「今後はいかなる内閣にも入閣しない旨」を公表し、その後の機会をすべて拒絶している。その姿はすがすがしい。帰りに書店で手に入れた大塚喜一著「がく堂 尾崎行雄ものがたり」(つくい書房)を読み終わったが、闘志溢れる姿がすこに書かれていた。何ごとであろうとも、己の力をもって国家の必要の仕事をなし遂げるという決心があり、かつ力量がなければなたぬ、(伊藤博文内閣弾劾)彼らは玉座をもって胸壁となし、詔勅をもって弾丸に代えて、政敵を倒さんとするものではないか。(桂太郎内閣弾劾演説)国防の最大要務は敵をつくらないのにあることを忘れてはならぬ世界すべての国家をして正義の国際裁判所を採用すること、及び狭隘なる国家主義の教育制度を変更することにより、道徳を基礎として立つようにさせたならば、、、憲政の常道というのは、正しき政党のあるときにおいての常道であって、今日のような悪いことをする政党に政権を渡すのは、憲政の常道であありようはずがないわれわれの私有財産は天皇陛下といえども法律によらずには一指も触れさせたまう能わざるものであり、これが帝国憲法の精神である(丸山真男が関係した演説)決死の覚悟で臨んだ1937年の軍部攻撃の舌鋒もすごい。79歳だった。そのとき懐にしていた辞世の歌。「正成が陣に臨める心もて 我は立つなり演壇の上」今日制定せられんとするところお憲法は、彼に比すれば非常に優れたものである。、、、良い憲法をつくることは、まことに容易なことである。しかしこれを行うことを非常に難しい。(1946年)95歳まで政治の最前線の現役で仕事をした尾崎行雄。まさに憲政の神様というにふさわしい人生であった。尾崎行雄の事績と言動は、今の世の中にも通じる知恵が込められている。この記念館は、2011年秋にリニュアルすると聞いた。さらに多くの資料を集め、多くの人が訪れる記念館にしてほしいものだ。
2009/06/03
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高等学校時代の同じ学年の仲間の会が神田で開かれて出席しました。高校は大分県立中津北高等学校。場所となった「神田・洞門」は、同級生だった故・小川博世君が始めた店で、場所と雰囲気は変わっていますが、皆が集まりやすい店になっています。名前の洞門は、菊池寛の「恩讐の彼方に」で題材になった耶馬渓の「青の洞門」に因んだものです。子ども時代からよく通った私達共通の名所です。職場の話、老いた親の話なども出ましたが、そういうこととの関連もあり、今日の話題は定年後にどこに住むかというものでした。郷里の中津に帰る人は1人(長男だから帰らねばならない)転勤先で気に入った京都に住むつもりの人は1人(住む所は手当済み)実家のある中津に近い、別府に住もうかと考えている人は3人(マンションを物色中の人同士で情報交換をしていました)東京にこのままいるつもりの人は4人となると、このメンバーも東京で会えるのは近々半分になってしまうことになり、京都や別府での会をやろうということになる。11月7日は、同じ学年の大同窓会が開かれることになっています。100人くらい集まるのではないだろうか。場所は別府の温泉で大々的に行うということです。中津の同級生でこのブログを見ている人もいるので「今日の一枚」に写真を掲載。誰が誰か、わかるかな?-------------------------今日の訪問者は、11時に三井物産戦略研究所の奥田さんら、13時半にN出版社のY編集者。
2009/06/02
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このブログを始めたのは、2004年9月28日ですから、数えると本日で1708日となりました。岩隈と田中の二本柱という強力な投手陣、4割を超える「ただいま首位打者」を擁する打撃陣などで、万年最下位からトップ争いをするまでになった楽天ゴールデンにーグルスが、私の住んでいた仙台に来ることになって、何か記念にと思って、楽天のサービスの一つである「ブログ」というものを始めてみるか、ということで開設したのが始まりです。最初はどその日にあった出来事を記すという日が多く、簡単な備忘録にしかすぎませんでした。いわば日誌として出発しました。初日は40字で12行、翌日は15行、、。。「デジタル日記」「著名人に会う日」「八木哲郎さんと中国談義」「河北新報のスポーツ新聞か化?」「イチローの偉業」「体調と知的生産性」「今日から後期授業が始まる」「宮城大学卒業生の動向」「今年の顧客満足ゼミ」「「JA栗っこ」で管理職研修」「日経コンストラクション「土木への期待」(インタビュー)」「湯布院の地域起こしのリーダーたち」、、、。1999年2月から「ホームページ」(図解ウェブ)を開設、2000年から「メルマガ」(「ビジネスマン教授日記」、後に「学びの軌跡」)を出し始め、2004年からこの「ブログ」(今日も生涯の一日なり」)を書き始めたことになります。2007年から楽天から「はてな」に乗り換えました。現在では、この3つの個人メディアの組み合わせが私の生活の基盤になっています。さて、このブログを毎日書き続けるという気持ちはまったくなく気楽に書いていたのですが、あるとき連続して書いていることに気が付きました。そしてブログを勧めるときや講演でブログのことを説明する時に、ファンである「ヤンキースの松井秀喜の連続出場記録1768試合を破ることを目標にしています」と冗談をいい、会場で笑いをとってきました。日々の積み重ねとは恐ろしいもので、その記録をあと2ヶ月で破るところまで来てしまいました。ここ数年、巨人時代から続いていた連続出場試合記録が途切れてからの松井は、ヤンキースの4番に座ることもありましたが、最近はケガ多く、不振なシーズンを過ごすことが多くなってきて長いファンの私は残念に思っています。今でも毎日、インターネットで打撃の様子を同時中継でチェックしています。最近またあたりがでてきました。がんばってほしいですね。日誌から出発し、日記として書いているこのブログも、気負うことなく、淡々と、続けていきたいと思います。
2009/06/01
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