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夢コントロールの本に、記憶術と同じく、これを見たらあれを思い出すというような訓練の仕方があったが、そういうことはしたことがない。暗示法というのは少しやったことがあるが、これを見たらあれ、というように、夢を思い出すようにするといったって、都合よくそんな夢を見るとは決まっていないのだから練習のしようがないではないかと思った。しかし忘れていた夢をひょんなことから一気に思い出すということはたまにある。夢ではなかったが、二十年前くらいか、山茶花の傍の庭石に手を置いた途端、はたと二十歳の時『十戒』を観ていて体が火事になったことを思い出したということもあった。私はその時までは、映画館でそういう騒ぎを起こしたことなどすっかり忘れていたのだったが。そんなふうに私の場合は庭の掃除をして何かに当たった時に、目覚めの朝に覚えていない夢のをふいに思いだすということがたまにある。朝起きた時覚えていた夢を、今日は日記に書いた。へんな夢で夢解釈は難しいが、それはそれで完結した夢のような気がした。ところが今日は昼ごろ、家の前の枯葉を掃き集めようと門をあけて表に出た途端、あっ!と。そうだった。今日見た夢で、それこそが夢の中でも大切だと思った夢を思い出した。それはお隣さんの夢だったが・・・それでも夢解釈は難しい。りこう様はどこに行ったのだろうかと、見たこともない人をまた思い出した。
2011.02.27
何十年、つい去年まで熱心にテレビやビデオを見るということはなかった私だが、うっかりソドンヨを見たのがきっかけで、いくつかのドラマを追っかけ、レンタル屋に頻繁に行く破目に陥った。年間何百本もの映画、家では深夜までテレビの主人とはえらい違いだったが。私のは単なる暇つぶしでもあるからそこそこならば実はテレビドラマでいいのだが、本当に近頃のテレビはどうなってるんだろうと思う、品のないお笑い番組ばかりだ。つまらないトークショー的なものも多すぎる。すぐにうんざり。最近は大河ドラマも見ない。主人は去年は龍馬を、今は『江』を見ているが、息子と私はブーブー。つまらん。福山の龍馬なんか見たくもないし、江なんかミスキャストもいいところだ。近頃の歴史物時代物は現代物に衣装を替えただけかなどと言いたくなる。女性のお歯黒はなくなったし、ウェ~ブのかかった茶髪の武士がいたりするし、こんなにメーキャップも進んできた時代なのに、齢を重ねていく顔かたちは視聴者頼りのつくりで、金はかけない式でもお粗末すぎる。ところでそれはそれとしてNHKさん。私は払いたくない受信料を払っている。CMなし。日本国営的放送局。それはそれでいいとも思っている。その役割を果たしていれば。しかし視聴率稼ぎなのかどうか、看板の大河ドラマが、幕末明治維新や戦国時代なんかに偏りすぎるのはどうだなんだろう。私は見たことはないが、たしか昭和30年代、三船敏郎主演で『日本誕生』という映画があった。三船はスサノオの役ではなかったかと思う。特撮で話題になったような気が・・・(今は調べればウィキペディアなんかですぐ調べれられる筈だが記憶にたよって)三船主演にしては人気がなかったことは確かだが、私、NHKこそは視聴率などという下らないものは横に置いといて、歴史に疎い日本国民に向けて『日本誕生』から順に日本の歴史ドラマを画面上に展開すべきと思うのだ。いかが?特撮も今はCG時代。良い脚本、俳優しだいで視聴率だって稼げないともかぎらない。※日本誕生の三船の役はスサノオではなくヤマトタケルでした。
2011.02.23

CDを買うなんて何年ぶりだろうか。前に買ったのはたしか浅川マキのライブの時。その前というともう十年、子供のいたずらでダメになってしまった『俺の裡で鳴りやまないもの』。パリでデビューした妹さんのピアノ曲を、枚方の貴公子が持ってきたのがその頃。ついこの間はまたNから松尾和子を貰った。断るのもためらわれて、彼からは随分CDを貰ったが、買ったものも貰ったものもまったく聞かないでいる。私はレコードファンだからCDはあまり聞く気もないし、第一プレーヤーを持っていないのだ。ステレオは三台。うち一台は手でグルグル、SP盤が聞ける。長岡の針と、鉄針だけはいつも沢山もっているが、しかしここ一年は数回しか音は聞いていない。お気に入りの方がここに来て壊れてしまったことと、階下まで降りて聞かなければいけない面倒臭さ。私は面倒臭がり。今は重い腰を上げてまで何かの音色を聞きたいとは思わず。だけど『白夜3,98』を見ていて無性にCDが欲しくなってしまった。ドラマの中でしょっちゅうかかるのだけど、曲がかかるたびに泣ける。見終わってみれば、あのドラマはヨンギョン(彼は素敵だ。好きになりそう)とソンシムの物語以外は音楽だけが良かったような気がする。いや、父親が亡命する前、16歳の少年と少女が自転車に乗って笑いながら走るシーン。人生のすべてのようなあの想い出に切ない音楽が似合うんだ。聞くたびにぽろぽろ泣ける曲のために、CDラジカセでも買おうかと思ってケイズに寄ってみた。はじめてパソコンでNから貰ったCDや風の音を集めたCDや貴公子から貰ったものを聞いてみたが、パソコンから出てくる音がなんともはや。う~ん、鉄針でブルースの女王が聞いてみたくなった。若い頃のSP盤が一等いいと思うのだけど手に入らない。
2011.02.22

何歳まで生きる? と 聞いてみた。 あと十年かな と 声が答えた。 うん 私が頷いた。二人一緒に随分遠くまで来た。 昨日 目覚めに 交差点の向う モスグリーンのマフラー いつもの革ジャンで立っていた 二十五歳の満面の笑みを なぜか鮮やかに思い出したんだ だけど それは言わなかった。おもいでが少し切なかったからただ下を向いた。そうしたら 牛の鈴音・・・な そう言う声が涙でうるんでいるのがわかった。 長い睫で・・・仏さんの顔しとった・・・ そんな話にはいつも一緒に泣いた。もう十年も前に遺書には書いたけれど、なぜか今 一緒に生きてくれてありがとう を言ってみたくなった。けれどやっぱり言葉にはしなかった。若い時にもよく聞いた。 何歳まで生きる? 四十かな。。。四十になって聞いた。 四十になったよ。 うん もう少し生きたい気がしてきた。妹から続けて宅配が届いた。 元気でいてください。。。届けられた健康飲料を見ながら 馬鹿な奴だ と また思った。 そんな生き方が 幸せか? 昔むかしは もう思い出すな。 みんなみんな 人生を愛しむための切ない思い出さ。 抜けるような青空に 一本 二本 五本 八本・・・ 飛行機雲。 おまえは どの空を飛ぶ?
2011.02.21
宗教法人への優遇措置廃止。宗教団体は人類の平和を望むもの。人の幸福を願うもの。信者の幸福だけでなく、全人類の幸福を願うがまこと。信仰者は贅沢を望まず、あまった金は国に喜捨する。質素なサリーたった三枚。(だったかな~)マザーテレサ 見習う。
2011.02.21
生駒のスカイラインを走っているといつも思う。勿体ないことだ。子供の頃の山頂遊園地は人であふれていた。GWともなるとお弁当をひろげる場所にも困った。夏は涼みの客でいっぱいで、停めてはいけない場所でも大阪の夜景を楽しむ人らの車がぞろぞろ並んだ。今は行きかう車もなく、スカイラインは貸切状態。ゲートの番人は退屈極まりないと思う。宝山寺方面に折れようとする真夜中なんか、一体ここは二十四時間走れるんだったっけ?ここは交代制でずっと人がいるんだったっけ?なんてよく思った。1.2.3人4人、この人達の給料はいくらで・・・なんてどうでもいいことだけどつい計算してしまった。短い短いスカイライン通行料700円。実に楽しくない。もう誰も走らない道路だ、回数券買う人間には100円くらいにしてあげて、一般は200円くらいにしてあげて、ああでこうで、ここは近鉄さんの持ち物かいな~ など等いつも考えながら走る。??生駒は国定公園。でも近鉄のものだよね?近鉄生駒。生駒活性化。近鉄さん、しないの?山は当然ほっといてくれと言うだろうが、景気回復考える人がよく言うじゃないか。カジノ創ろうって。山頂の明かりを見ているとあれを考える。生駒山頂遊園地を一大娯楽場にって。パチンコあり、ルーレットあり、花札有り、トランプあり、ビリヤードあり。占い館なんてどおお?遊園地にかわってそんなの。阪奈からスカイラインの両側にはアコム、プロミスなんかの消費者金融がずらり、質屋もラーメン屋もうどん屋もたこ焼き屋もある。山頂はいつもきらきらネオン。眼下には百万ドルの夜景。流行ると思うけどな~。鶴の一声の佐伯さんの代わりは今はいないんだろうな~。私も子供も近鉄ビスタカーファンだったのに球団もなくなっちゃって、近鉄頑張れ!
2011.02.15
遠い国の言葉では あなたのことを 母という 海は母。 母は大地。 母なる大地。大地が耕され田になり畑になり、整地されてその上に家が建ちビルが建ち、それは年月と共に形を変え、いつかまたそれも年月と共に跡形もなくなり・・・それでも大地は残る。子孫のために来る日も来る日も鍬を持ち続け、十年で山奥の荒れ果てた竹薮を開墾して十反ほどの田畑の基礎だけを作り死んでいった明治生まれの父親を持ったお祖母さんと話をしたのももう二年前。農具などほとんどなかった時代に朝早くから日の暮れるまで十年間毎日。そこも今は少しずつ変わり、それでもその大地だけは残る と。年をとり なお一層 そこを開墾していた父の姿を思う と。母なる大地。 父がひらけし大地。今朝はどんより暗い空が屋根まで垂れこめて来ている。父なる天。天なる父。憧れの帝釈天。天に先に行き着くは男。メールにはそう打ち込まれていた。女は男の肋骨から生まれた。天に行き着かない者は竜を従えるか、天馬を探すか。
2011.02.12

桜も梅も桃も梨も、柘植の木にも椿の赤い花の上にも、丹精込めた薔薇薔薇の小枝にも 雪の降り積もる。私の好きな 白の世界。何時頃からか 雪の日にはチベットでの寒い夜の河口慧海を想う。極寒の氷河での夜の座禅。雪は降っていなかったんだけれども。戸外では子供達の歓声。初めて見る庭のなにやら異様な景色に猫達は目を白黒。興奮して 尻尾の短いお茶目猫はおそるおそる庭を散歩。 子供の頃はスキー板を作ったんだ。そりもね。学校では朝礼がとりやめられて雪合戦になった。雪はまだまだ積もりそうな姿で降る。こんなに雪が積もったのは何年ぶりだろう。。。雪の日、朝 散歩中のボス。雪の日のチビ。息子中学三年。懐かしい写真を取り出して見る。 昔、前衛芸術家展を見に二階にあがったら、展示室には大きな額が一つ、窓際に立てかけてあったということがあったが、ここの窓枠は正面も右も左も一日中額縁。今日はいつにもまして額の役割。今日は一日中 時に窓の外を眺めながらDVDをまわそう。こんな日は炬燵にみかんが似合う。
2011.02.11
名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ伊良子の海を眺めながら砂浜を歩いていたら藤村の詩碑があった。もう遥かな日のこと。 小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ通された白骨の中里介山が大菩薩峠を執筆したという部屋には千曲川旅情の詩幅が掛けられていた。雪深き二月。それももう遥かな日のこと。 わきてながるる やおじおの そこにいざよう うみの琴この歌をコンクールで歌ったのは合掌部の先輩達。 朝はふたたびここにあり 朝はわれらと共にあり 埋れよ眠 行けよ夢 隠れよさらば小夜嵐朝はふたたびここにあり か~明日の朝はまどろん まどろん。朝はなかなか来ないんだ。幼かった子供達が起こしに来ると お母さんは まどろ~ん、まどろん。まどろみの中にいるんだからして・・・お母さんの幸せを壊すなよ~。もう遠い昔の話。でも明日は幸せの朝。
2011.02.10
面白いもんで、ついこの間ここに、なんのことかわからない竜田川に掛けられていた大きな注連縄のことを書いていたら、貰ったままでゴミ箱行きみたいな小冊子の裏面の写真にそれが載っていた。土地の人に聞かずとも、うまく?教えてくれるように出来ている。あれは『椣原の勧請縄掛け』という行事で、毎年一月三日に金勝寺で行われているらしい。そういえば踏切り手前にそういう名の寺がある。立ち寄ったことはないが。ただ道往く者は気をつけて見ても車道からなのでよく見えないが、川から見るとあのように見えるのだ。少し風情ある田舎の写真。川の水は案外多い。後日写真を貼り付けてみよう。※勧請場に住んでいた龍神が白髪の老人に化身して、行基菩薩をこの地に迎え金勝寺を建てた。大正末期まで龍穴は残っていたが鉄道敷地となりつぶされた。勧請縄掛けはそのつぶされた穴の所に掛けるようにしたので、川を跨ぐような形になったのだろう。雄綱と雌綱の二本を作り、おんづなには龍の足や爪を意味する二本足がつけられているという。
2011.02.03
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