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ずっと太古に 視えない空のみちを 鳥と幻だけがとおれた 幻はすばやく 鳥はおそかったので 鳥は舟のようにあえいだ ひとつの比喩ができあがるために 鳥はその位置で停まっていなければいけない 舟を探してくるあいだは 羽搏きも失墜もゆるされない 巣を出なかった女の絶望よ 巣を出てしまった男の絶望よ 舟が見出されるために 恋をこえ 愛をこえ 妄執をこえ 暗い海路のはてに 霧がひかっていた 明日きみはどうするか? きみのゆく東の方に 良い幻がまっているというのは嘘だ 貧しさから 貧しさへ翔び越すためにも 海がいるということは 遠い時間への予言ではないのか 癲者のような夢と 海辺の墓標にたどりつくため もうひき返せない水脈がある 風が立った さあ 粉々に砕けた波の上を 叩くだけ 捨てさったものたちを忘れられるころ きみはやっと 死にたどりつける 死へ というか 一抹の霧のあいだから 安らぎのない君の貌があらわれる 方位をまちがえたかもしれないのに 生き残ってしまった とある日 内行花文鏡のなかに疲れた鳥のような 貌が映っている なんという海辺の村の記憶であったか・・・・ 吉本「幻と鳥」
2011.06.30
ある時期から直登ということをしなくなった。若き日を生きて、それが答だった。回答はそこにあることが判りきっているのに、欲しいものはそれだと知っているのに、それに真っ直ぐに向かえない自分がいて、それを含羞と呼んだ。私は混沌を楽しむ。行き着く先は、行きたい所はあそこだとわかっているというのに。他人の目が見たものではなく、誰かの耳が聞いたことでなく、自分の感覚を確かめずばならないかのように。愚図愚図しい娘だと言われて久しい。娘はすっかりばあさんになってしまったが、愚図愚図しいのにも意味はあったようで、今だに欲しいものに向かって何のてらいもなく突進していく者に出会うたびにそう思う。おい、修行をせいよ。 とふざけて言うと、ふん、修行なんか もういっぱいしたわい。 と返事が来る。生まれた時のまま死んでいきそうな能天気な魂でも、生きていれば辛いことがいっぱいだったんだろう。なに、自分は少しも悪くないんだからね。夏はすっとんで はやく秋にな~れ。
2011.06.30

昨夜は十時頃になって猛烈に眠たくなって、調べもの途中のパソを点けっぱなしで目を閉じた。三十分か一時間か、目覚めに空を見てびっくりした。三角に赤く燃えているあれはなんだ?私は窓にカーテンをひいて寝ることは滅多になく、三方が夜空に開放されているから、あちらの山、こちらの山、あちらの空、こちらの空、毎日見るともなく見ているが、あれは何だ?燃えているような、動いているような・・・あ、お月様か、とすると動いているのは雲?暗くてよくわからないが月の昇り始めはあんなに赤いものなのか・・・。それはどうやら雲の加減で右端が炎でゆらめいているような三角形になっていたようだ。徐々に形が月らしくなって山から離れていくのを見て少し安堵した。まったく!あんな山の上の一角だけが三角形に赤く燃えるはずはないだろうに。そこですっかり目が覚めてしまい、カメラを取りに階下に行った。シャッターチャンスはとうに終わったし、ボロカメラでは写しようもないが何かの記念に。パソコンは調べていた大台・大峰でとまったまま。何十年も前の山岳地図だけど、それの方が役立つか。今は山麓を走る道は整備されて、駐車出来る所もあちらこちらあり、雨の中の野営、大杉谷を下りきってぽんぽん船で松坂まで渡るようなことはしなくてもいいようだ。あのきつい山行で一人は絶対山に行かなくなり、私ともう一人は楽しくなって益々山にいくようになり、あの時の彼女はそれが縁で結婚した。あの頃はどこへ行こうが、何があろうが、自分の勘と足と精神力を信じていて、何か心配するというようなことはなかった。ただどこか知らない所へ、より困難が伴うような所へ心が向いた。今となればどこにも行く必要のないことだったのだけど、あの頃はただ行きたかったのだ。女人禁制だった五番関あたりからも今は容易に最高峰まで行けるようになったが・・・十八歳までのあの無鉄砲な強さみたいなものがやたらと懐かしくなってくる。しかし大峰は美しい。美しい山からの水は緑色をしていて、瀑布あたりの水は恐いほど深い緑をしているが、薮蚊や蛭や蛇が恐くなければ沢登り初心者にはもってこいの季節になった。登山でもやはり沢沿いを歩くルートが一番いい。大峰は全部でいくつの峯があったんだっけ?50いくつか、60はなかったと思うが、この年になって大峰全踏破を目指すかな~と思ってしまった。してご執心だった台高は?台高のほうが多分、今もまだ行き辛い。高見はいいとして、木梶川からのルートなんてどこらあたりを渡ったらいいのか、歩きはじめの最初から本当に大変だ。しかし車でも登山でもナビは便利で有り難いものだけど、少しくらいなら迷うって楽しいことだ。地図を見る嬉しさよ、哉。
2011.06.22
愛猫は帰って来ない。親猫はこの部屋は自分の部屋ではないと思うのか、落ち着かないらしくてなにやらいつもうろうろする。私は寝転がって鉄針を数える。まだ長岡のレコード針も何本かある。それで思い立って壊れていない方の安モンのプレーヤーの蓋をあけた。『昭和ブルース』が入ったままになっている。いつ聞いたものやら。横に置かれたレコードジャケットに天知茂の渋い顔。この歌がかかると息子も猫もやけにいつも大人しくなる。声がまた渋いし、歌詞もいいからだ。天知茂が好きだった。明智小五郎はあまり知らないけれど、千種梯二郎が忘れられぬくらい好きだった。勿論小川真由美が良かったのだけど、千種は天知茂のはまり役だと思った。後年、神戸でバーのマダムをやっていた人の話から、天知茂は予想外に小柄な人で、顔に似合わず優し過ぎるくらい優しい人なのだと聞いたが、私にとってはいつまでも天知は男の哀愁漂うあの千種梯二郎その人なのだ。想い出に浸りついでに小学校の頃好きだった歌のレコードを並べてみた。『情熱の花』と『誰よりも君を愛す』は子供心にも何かが切なかった。『江梨子』や『湖愁』は多分に姉や兄の影響を受けていた。どうしたって懐かしいのは『初恋は美しくまた悲し』という北原謙ニ(字ってるかな?)の歌。♪茜の空に雲ひとつ流れて風の冷たさが しみじみ僕を泣かすのさ私は初恋がどんなものかなんて全然知らなかったけれど、夕方になると空を見ながら茜の空に~をよく歌った。しかしあの頃は多分日本の歌謡曲より、和製ポップスの方にいいものがあったのだろう。漣健児や湯川れい子なんかの名を知ったのはもっとずっと後だったけれども、ラジオからはよく弘田三枝子の ♪走り去る町も村も森も あなたの瞳にはうつらないという歌が流れていて、私達子供はフラフープに興じていた。追記 今思ったことだけど もしかしたら私の好きな♪想いをこめて 白い花 なげれば落ちよ あの胸に 落ちたら 白い ブローチに なっておくれよ 白い花という歌は 平野こうじ の「白い花のブルース」という題の歌ではないのかしら。やっと長年知りたかった歌の題が一つ判ったという感じ。なにしろ一回しか聞いたことがないので二番とかもわからない。
2011.06.13
トンデモ人物というよりは、翔んでた人達なんだろう。今更原田実でもないけれど、さつまいもを植えていたら突如大粒の雨に見舞われて髪も服もボタボタ、思わぬティタイムに読む本は、さっと読みやすい本がいい。しかし福来博士の処を先生が読まれたら「馬鹿モン!」と言われるだろうな~。聖書も天界の秘儀も霊界物語も、霊界を行き来出来る者にしか真に解釈されることはないというから、僅かの超能力も持たない者には致し方のない事ではあるが、念写実験の時の話はもっと多方面から調べたうえで書かないと、うっかりこれを読んだものは、ヨガナンダジのマハーサマディの時のような嘘を覚えることになる。ま、世の中にはそんなことはいくらでもあるにはあるが。先生、世間では念写や投筆を信じないのは普通のことですし、天宇受売命がモヤモヤエクトプラズムから徐々に姿を現して言葉まで喋ったあの幻灯機もトリックだといわれるでしょう。それから三田光一を詐欺師手品師だと言う人はいくらでもいます。でも長南年恵は否定出来ず、ですわね。先生のように念写をご自分でされた方には本当に「馬鹿モン!」です。私はそういうことの真偽のほどを調べる気にはなりません。福来博士や先生がそんなトリックを考えてそれを実行して世間を欺く人かどうかということですわね、問われているのは。福来博士を東大から追放することに成功した中村某教授でしたか、その方が飛騨高山に旅行されてすぐに亡くなったとは面白い現象ですね。人間性の話ですね。と、つい福来博士のところで先生と対面してしまったが、面白かったのは『佐々木照山』。これは以前『二千九百年前西域探検日誌』を買い損ねて、以後すっかり忘れていたが実に楽しそうな本だ。その『佐々木照山』よりもっと面白そうなのが『木村鷹太郎』。『日本太古史』なんていうのはいつでも買えたが遂に今日まで買わずじまい。しかし鷹太郎氏のものなら、出来れば『在五中将業平秘史』を読みたい。私は必殺遊び人業平様のファンなれば。そしてキムタカ氏のものなら、出来ればプラトーン全集やバイロンなど、トンデモ世界に身を移すまでのものを読んでみたい。キムタカ氏は日本版スウェーデンボルグのような人だったのだろうか?雨上がる。ここで頓挫。そろそろ夕飯の買い物に行かねば!
2011.06.12
雷が鳴って、大雨になって、もうこれじゃ帰って来られないだろうな~。いなくなって今日でちょうど一週間。誰かに拾われているのかな~。でなけりゃどこで雨宿り?こんな大降りじゃどこだって水びたしだ。猫は水が大嫌い。お前は歯が小さいのか、食べ方だって下手糞だし、一体何を食べてる?夕方になると無性にさみしくなる。
2011.06.10
「好きになったっていうより 惚れたっていう方がええと思えへんか?」何の話からそういう話になったのか、記憶はどこかにすっ飛んでいるが、一番最初、惚れた という言葉を私に教えてくれたのはシンちゃんだった。私はまだ 惚れた なんて言葉は歌の中だけでしか知らなかったし、そんな歌も結局のところはただの恋物語での惚れたはれたでしかなく、またどうせ話をしながら喧嘩みたいなことになってしまったというのが落ちだったと思うが、妙にそこだけは覚えている。それからほどなく私は、男も女も、大人も子供も、ぞっこん惚れ込んでしまうだろう人物に出会ったが、それ以上の人物にもまた巡り会う人生を思った。現実はそうは問屋が卸さず、男の中の男 であれば女は勿論のこと、男もぞっこん惚れ込んだその人以上の人物に以後巡り会ったことはなく、あの頃のあの若さを実にうらめしく思うこともあった。あれからも生きて来た時々、惚れた という言葉を幾度かは聞いた。しかしまーどれもこれも男女の恋愛の域を出ずただただしょうむなかった。経済物を片っ端から読んでいた頃、清水一行だか城山三郎だかの小説に、「惚れたのならお前さんの負けだな。惚れたのならしようがない」というような箇所があって、惚れるって、全財産、命までも捧げられることだな~と、今更ながら誰かの子分になれる幸せを思った。多くの人は一番上に立ちたがるが、私はどんなことをしても仕えたい人のある生が一等好きなのだ。もう一年以上前になるか、、、熱血グループの人から橋下知事のファンクラブ?多分維新の会のことなんだろうが、その会に入って橋下さんを応援しないかという話があった。私は何か考えたわけではないが、即座に「パス!」と指で×印を作った。「え~なんでよ?橋下さん頑張ってるし、いいと思うけどね」熱血漢の一人が言った。「喋り方が嫌いだからパス!」と言うと、あっちやこっちからブーイングが起った。もとよりそんな会に入って政治活動もどきのことをする気持ちはさらさらないが、「私、耳がいいもんで、少しでも耳障りな声を出す人のことはよくよく考えてからでないと、ね」と言うと、皆、白けたように自分の杯を傾けた。私はその時、思い出すともなくMさんを思い出した。橋下さんと同じくらいの年だと思うのだが、私は心の中で二人を比べてMに軍配を上げた。Mはただのサラリーマンだけれども。それから若かりし日のシンちゃんやあいつのことを思い出した。やっぱりシンちゃんやあいつに軍配を上げた。今でも橋下知事のことを言われると、なぜ私は橋下知事をあまり買わないのか考える。考えても理由は分らなかったが、ふいに「好きになったっていうより 惚れたっていう方がええと思えへんか?」「惚れたって気持ちが深いってことや!」幼すぎた日に聞いたそんな言葉を思い出して、ああ惚れていないんだ、と妙に納得した。好きと惚れたは深さが違う。他の人より好きだから、他の人よりいいから、それで票を入れることは出来ても、その程度ではすすんで応援は出来ないし、当たり前のことだけど、その程度では死ねない。死ぬ気にもならないのにイケシャーシャーと、政治活動の一環かと思うような会に入るなんて私の柄ではない。南州遺訓「始末に困る人」の重い言葉をいつかどこかで耳に出来る日はあるか。などと、このご時世、ついつい考える。
2011.06.09
私の一番お気に入りの黒猫がいなくなってしまった。これで丸二日 帰って来ない。去年も産まれて三ヶ月目の今頃、毎日雨の降り続いた今の時期に行方不明になって、丸々三日後に鳴きながら帰って来たが、今年はそれとは少し違うように感じる。なによりもう一歳三ヶ月。人間なら二十歳くらいらしいから それは少し違うだろう。出て行きたい時、可愛い声で鳴く。帰って来たら絶対哀願するように可愛い声を出す。どんな時でも決してガラガラ声や唸ったような声やの奇怪な声は出さない。他の猫は何分か何十分かに一回は帰って来るのに、いつも何時間も帰って来ない猫。あのこにだけはICチップを埋め込んでもらうべきだった。いつも仲のいいのと一緒に寝ていたのに最近は一匹だけで寝ていた。なにかあったのかな~と思っていた矢先。それから そうだ。一日中うるさかったあの道路工事の音がいけなかったんだ。やたら怖がっていた。滅多に甘えない猫。なのに甘える時は無茶苦茶甘える猫。キャットフードしか食べない猫。走る姿が素敵で、木登りが一等上手な猫。今日はお母さんは梅を収穫しながら邪魔な枝を切ってみたけど、おまえが登って来て邪魔しないし、他の二匹もしょんぼり遊ばないし、お母さんもなんだかとても悲しくなってしまった。お~い、三日目には帰ってくるんだよー。おかあさんはさみしいよ~。
2011.06.05
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