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23日に(日)に奄美大島へ大阪からの直行便。80歳の松夫佐江様が車で奄美市内の博物館や美しい海岸を案内され、奄美や徳之島の歴史や故事をたくさん話してくれた。 24日の早朝5時に徳之島行きの船がホテルの前の名瀬港に着き、その船で徳之島へ3時間。乗船券は2,900円。朝が早かったので船の上で一万歩を歩くことにした。風も無く波も静かで、甲板上に人影もない。まだ早いので船室でぐっすり眠っている客がほとん ど(鹿児島から沖縄までの船のため) 24歳まではどんな乗り物でも酔うので、特に船は大嫌いだったが、快適に狭い船を甲板からロビーや客室と立ち入り禁止区域以外は歩き回った。少し眠くなり客室で仮眠。 徳之島へ着いたときは、ジャスト1万歩だった。奄美から歩いて徳之島へ渡った?と満足している。亀津港に入ると日本キリスト教団徳之島教会の青山実牧師が、出迎えてくれた。北海道出身で神学校を卒業後、まだ教会堂も無かった徳之島へ派遣され、新教会堂を建設し9年目になるという30代のナイスガイの牧師だ。会堂の半分を作業所にし、教会に到着したときもマンゴの出荷最盛期で皆さん大忙しだった。 近くにはホーリネス教会もあり、牧師はいないけれども責任を持っている姉妹が来て、教会へ案内してくれた。暑いのにクーラーもない教会で申し訳ないと窓を開けるが、外では道路工事中のため声が聞こえないほどのブルトーザーの騒音でまた窓を閉める。 日曜日には沖永良部島から牧師が来てくれるとのこと。月に一度は徳之島教会と合同礼拝。お互いに祈りつつ徳之島の救いを祈っている姿に感動した。 昼からは病院見舞や、一人暮らしの90歳のクリスチャンを訪問。途中のスーパーで弁当を買い、90歳の方といっしょに食べながらの小さな集会と祈りのとき。詩篇133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
2007/07/31
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昨日は参議院議員選挙の投票日でした。奈良県は保守王国と言われ続けていましたが、民主党のの前衆議院議員が早々と当確になり、今回の民主党躍進を象徴するような奈良県の結果でした。 美しい国を!と叫びながら、対立政党の悪口を言わなければならないほどの切迫した政権与党の選挙戦術にも、国民は嫌気が指したのかも知れません。民主主義は多数決で決まりますが、政権与党の多数を頼み国民不在の政治に、主権在民の国家であることを忘れてしまいつつある内閣への不信任だったのでしょう。 変化を求める国民の声が具体的に現れたのが、最大の結果だと思います。格差があるにもかかわらず、弱いもの切捨てを平気で主張する政治家たち。自分の利益と権力に固執する政治家2世や3世の姿等々・・・・。原因の分析は評論家たちに任せるとしても、このままでは多数決の暴力によって国後危うくなり、生活はさらに切迫していく現実に国民が目覚めた結果だと思います。 先週は奄美大島や徳之島、鹿児島市や出水市、筑後市や八女市を回りましたが、地方の寂れ方やシャッターの下りたままの店。大書された売り店舗や貸しビルの看板・・・・。自分のことしか考えない政治家たちの姿にうんざりの結果でしょう。 今回の選挙で、また現国会議員たちが本当に国を思い、国民を愛する政治を実行することを切に祈りたいものです。テモテへの第一の手紙 2:1 さて、次のことを勧めます。 すべての人のために、神様のあわれみが注がれるよう熱心に祈り、とりなしなさい。 そして、やがて彼らにも恵みが与えられると信じて、感謝しなさい。 2:2 王のため、また権威と重い責任を負っているすべての人のために祈りなさい。 それは、主を敬い、主を深く思いながら、平安のうちに落ち着いた一生を過ごすためです。 2:3 そうすることはたいへん良いことで、救い主である神様に喜んでいただけることです。 2:4 神様はすべての人が救われて、真理を理解するに至ることを、切に望んでおられるからです。 2:5 -6その真理とは、こうです。 神と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。 そして、人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、ご自分のいのちを、全人類のために差し出すことによって、両者の橋渡しをされたのです。 これこそ、神様が時にかなって私たちに示された教えにほかなりません。 2:7 この真理を外国人に教え、救いは信仰によって与えられるという、神様の計画を伝えるために、私は宣教者また使徒として選ばれました。 これは、うそ偽りのない真実です。 2:8 そこで勧めます。 男は、罪を犯したり、怒ったり、恨みをいだいたりせずに、どこででも、きよい手を上げて祈りなさい。 2:9 -10同じように、女も、控え目な服装や態度で、品位を保つように心がけなさい。
2007/07/30
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6月26日ー7月5日の10日間アフリカでした。帰国してインターネット礼拝をスタートし3回カメラの前でメッセージ。先週23日から28日まで奄美大島、徳之島、鹿児島市、出水市、八女市で小さな集会や病気見舞いなどで巡回しました。 富雄キリスト教会(奈良市)に一ヶ月以上行かなかったのは、アメリカやソビエト宣教に出かけて以来なので30年来のことです。インターネット中継基地が生駒聖書学院にあるので、礼拝メッセージは生駒から送ります。最後の日曜日だけは前田基子牧師のメッセージを配信するので、よろしくお願いします。 日曜日は7箇所で礼拝を行っています。午前9時と10時の2回を聖書学院で、富雄と東大阪も午前10時。インターネット礼拝を午前10時より門真市(午前9時にも礼拝)と堺市で行い、午後からインターネット(画像)で礼拝を世界に向けて発信します。1週間いつでもどこでもアクセスできます。見ました!とのメールが全世界から届くのが楽しみです。午後2時には大阪市浪速区のエリムでラジオ放送視聴者中心の礼拝、また東大阪エリムではロー者だけの礼拝(手話通訳なし・但し富雄キリスト教会は手話通訳ありの礼拝です) 午後5時半より堺エリムで礼拝を行っています。 堺エリムは3月4日のスタートしました。夏季伝道期間中神学生が堺市に住んで、毎週火曜日に聖書の学びと午後7時より礼拝を導いています。ちょうど神学生が実家に帰っていたので、大分市から両親といっしょに3時間かけて、八女市野集会に参加し恵みのときでした。ご両親はキリスト教の集会は初めてでしたが、イエス様を信じる決心はなさっているとのことで、ごいっしょにお祈りすることもでき感謝でした。 小事に忠実な人は、大事にも忠実です(ルカ16:10)と、神学生の姿にそのことばを思い、イエス様ありがとうございますと感謝しました。 7月最後の日曜日、まず神様を礼拝して元気で8月を迎えたいものです。祝福いっぱいの真夏日でありますよう。期待と感謝を込めて出発です。ハレルヤ!イザヤ書 12:1 その日、あなたは言います。 「神様はなんとすばらしいお方だろう。 私のことを怒っておられたのに、今度は慰めてくださる。 12:2 そればかりか、私を救うために駆けつけてくださった。 神様にすっかり信頼しているので、少しもこわくない。 神様は私の力、歌、そして救いだ。 12:3 救いの泉からぞんぶんに飲める喜びを、何にたとえたらいいのだろう。」 12:4 この記念すべき日に、あなたは言うでしょう。 「神様に感謝し、御名をたたえよう。 世界中の人に、神様のすばらしい愛を伝えよう。 全く神様の力の偉大さは想像もできない。」 12:5 神様はすばらしいことをなさったのだから、神様に歌いましょう。 神様をたたえる歌声を世界中に響かせましょう。
2007/07/29
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23日(月)朝5時半に「生駒駅を出て大阪伊丹空港へ。午前8時半の直行便で奄美大島へフライト。奄美空港からバスで1時間奄美市バスターミナルへ着く。 旅行車が予約してくれたトロピカルホテルへ5分ほど炎天下の中を歩く。チェックインの時間まで4時間もあるが部屋の掃除が済んでいるのでどうぞと受付の女性が親切に言ってくれた。言葉に甘えて早い時間のチェックイン。その方に名刺と「天の虫けら」をわたし、インターネット放送と礼拝案内をする。 奄美の知り合いの松夫佐江様(80歳)の電話をすると、早速ホテルまで会いに来てくれた。奄美は初めてと言うと案内をしてくれるという。2月に舌ガンの手術をなさり、ことばに少し不自由が残っている。運転免許は57歳のとき取得。安全運転で観光名所を回ってくれた。 美しい海岸の木陰で涼をを取りながらゆっくりお話を聞く。系図を取り出し、お祖母様が父と従姉妹であり、母親が叔父様(父)のことを覚えておりいつも話していたので、私に会えたのがものすごく嬉しいと長時間の案内を恐縮するほどに親切にしてくださった。ミニコミ紙発行の運動家 松 夫佐江 一九二七年、徳之島阿権生れ。父真宗二、母よき長女、鹿児島高等家政女学校卒。戦後、教師の松玄栄と結婚、五四年死別。名瀬市立保育園保母、所長など三四年間勤める。現在「あおばと通信」編集発行人。 活発な市民運動家でもある。一九四六年、伊仙で開催された徳之島四ケ町村連合青年団の弁論大会に伊仙村代表として出場「新時代の青年の生き方」と題して熱弁、美人弁士の登場で二千人の聴衆は拍手と指笛で応えた。 日本婦人有権者同盟大島支部長、県立図書館奄美分館読書会会長、名瀬市美術協会副会長、田中一村会監査員、島口大会への出場、島ゆむた保存会、地名専門学校など数多くの団体に参加、頼まれれると断り切れず役員も引き受ける。そのうち重点を見極めて集中したいとも言う。 九三年に自分の出生地である阿権の出身者を対象に「あおばと通信」と言うミニコミ紙を季刊で発行した。島口、伝説、消息、先人紹介など郷土史の記録としても重宝がられている。多忙な中で絵も書いている。県美術展、名瀬市美術展、県女流美術展にも出品、九八年に奄美文化センターで第二回個展を開催した。今までの入選作品二〇点中心に六〇点の作品を出品した。 《参考文献》「南日本新聞」九三年七月七日、九八年十一月二六日。「南海日日新聞」九八年十一月二七日、「道之島通信」八号。『島興し通信』(松田清編集)三四号、六一号。 (徳之島先駆者の記録より) ヘブル人への手紙13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」 13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。 「主は私の助け手です。私は恐れません。 人間が、私に対して何ができましょう。」 13:7 神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。 13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。
2007/07/28
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神様が病を治してくれるというと、すぐ否定する人が多くいます。世の中には医者に見放されても、奇跡的な回復を遂げる人がいます。このような奇跡は、聖書の中にたくさん書いてあります。また私の周りでも奇跡的に回復した人がいます。神様は私たちに健康に生きるプレゼントをくださいました。それは自然治癒力です。どんなに疲れていても一晩眠ると健やかに起きることができます。このような力は病の中でも当然備えられているのです。あなたがその力に気づかなくても、毎日の生活の中でどんどん現されているのです。 私たちは文明社会に住んでいます。医者や薬など文明の方策に頼りすぎて、神様が下さった貴重な健康を損ない、ちょっと熱が出たり風邪をひいたりすると、大変だと大騒ぎし、医者よ薬よと求めてしまいます。救急車の出動回数が増えているのもそれが原因のひとつです。 神様がくださったいやしの力、それは外からのものではなく、内なる力からくるのです。ほうっておけば治る病もあるのに、薬づけにしてしまうからいつも薬を使わないと安心できないのです。神様がくださった自然治癒力が豊かに働くように、キリストの復活の力をしっかり体験し、アーメンと本音で祈ってください。 健康こそが最高の宝です。健康だからお金も稼げるし、楽しく食事もできるのです。心が健康であることが第一です。心の健康を維持するためには、思い煩わないことです。明日の心配は明日に任せて、今日を力いっぱい生きることです。今日の確信がないから明日の心配をしてしまうのです。 イエス様は何も思い煩ってはならないと教えました。思い煩うとは、ダブルハートという意味です。心配しないでシングルハートで一意専心、健康を考え健康に感謝し、うちなるいやしの力を日々体験してください。心にストレスなんかためないで、健康で健やかな日々を過ごしてください。思い煩いは神経をすり減らし、健康を損ないます。貪欲にならないで何事も腹八分目にすれば、心配の種は消えてなくなります。平安な心から感謝と喜びに花が咲き続ける人生に万歳! 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。ピリピ4:6-7私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。ピリピ4:13
2007/07/27
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私は種子島で生まれ育ちました。貧しく肉も魚も食べられないような家でした。しかし、家の回りは全部畑で、四季折々の新鮮な野菜や、果物に事欠くことはありませんでした。米のご飯は食べられなくても、サツマイモが常食でした。島でしたが、太平洋側には歩いて1時間以上かかります。東シナ海のほうには2時間もかかる山の中でした。島育ちなのに、中学生までは魚も数えるほどしか食べたことがありません。しかも干物の魚だけでした。肉は家で飼っていた鶏を料理するのでかわいそうで食べる気持ちになれません。 そのような子供時代をすごしました。健康に関しては、多分誰からか聞いたからだと思いますが、きれいな血管の中をきれいな血が流れていれば、それが一番健康にいいのだと思っていました。 高校生のときクリスチャンになりました。イエス・キリストが人間の罪や汚れを背負い十字架に死なれたことを聞き感動しました。私を愛していのちを捨てた方がいることは驚きでした。母は私を愛して愛し抜いてくれましたが、自分の病のため37歳の若さで亡くなりました。父も愛してくれましたが、厳しさしか伝わりませんでした。イエス・キリストが十字架の上で血を流され、私の罪を清めてくださったことを知ったとき、私の肉体の血もきれいにしてくださったと思いました。罪の血が清められ、イエス・キリストの神の血が流れるようになったと、幼い心で単純に信じることができました。酒もタバコも身体を損なうどんな食物もとらないようにしようと決心しました。それは血管が汚されないためだと思ったのです。健康理論も何も知りませんでしたが、単純にそう思いました。それは50年後の今日もかわりません。 肩もこらないし、頭痛もしない、お腹も痛くなったこともありません。関節痛も足も腰も大丈夫です。8年前に脳内出血で倒れたときも、イエス様のいやしと回復を信じ祈り、告白し続けました。今年医者から完全な回復を宣言されました。イエス・キリストをアーメンと信じれば救われます。そしてアーメンといえば健やかに生きることができます。 あなたの血がきれいになる食物を摂取し、血管がきれいになるサプリメントを適量にとってみてください。健康は神様からのプレゼントです。イエス・キリストを信じると、永遠のいのちが与えられます。天国に必ずいけるのですから、死ぬことを恐れないで、充実したアーメンの人生を行き続けてください。 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。ローマ8:11
2007/07/26
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アメリカ医師協会の権威ある機関紙に掲載された記事があります。心臓病で入院中の患者を対象に調べたそうです。入院中の患者の周囲(家族や恋人、牧師など)に、回復を祈る者がいる場合と、いない場合を比較するという調査でした。祈る者がいる患者は、病状の経過が良くなることが判明しました。 ひとつの祈りは患者に手を置いて祈ることです。聖書に、病人に手を置けば病人はいやされますとあります。 もうひとつは祈っていますよと、直接ではないが祈っていることを知ってもらうことです。 さらにすごいのは、患者本人が祈ってもらっていることを知らなくても、その人のために祈る人がいれば直りが早いことが判明しました。 研究者であるジョン・トマソン博士は、患者のために祈ることは、数ある治療法の中でもっとも害のないものだけに、今後その科学的根拠をさらに追及していく必要があると述べています。 祈りは本音で願うことだと前にも書きましたが、自分の健康のために自分で祈ることができます。 私は、自分の身体の部分に手を置きながら感謝して祈ります。神様に与えられた健康な身体です。頭に手をおいてこの頭脳を感謝します。脳内出血で倒れたけれども元気に回復してくれてありがとう!さらに活発に働くように感謝を込めて祈ります。目や鼻、耳や口、五臓六腑にありがとうと感謝します。身体の構造はあまり詳しく知らないけれども、手や腰や足にも感謝します。筋肉や骨格、神経や細胞、血管知る限りの知識を持って感謝します。65年間自分を支えてきてくれたからだの器官に感謝するとき、新しい力が内側から燃え上がり、エネルギーが充満するのを感じます。そしてその力の源は、心の中にお迎えした復活のキリストから来ることを感謝し、わしのように新しくされて祈りの場から立ち上がることができます。 同時に今病んでいる方々も健やかにいやされるように祈ります。病んでいる人のために祈れば、その病が自分にくっつくと考える人がいます。それは間違いです。イエス・キリストは私たちの患いを身に引き受け、病を背負ってくださいました。イエス・キリストに名前によって祈れるクリスチャンに、病が取り付くことはありません。恐れないで病人に手を置いて祈りましょう。手当てといいますが、愛の手を病める人の上に置き、イエス・キリストの名前でアーメンとお祈りください。病人に手を置けば病人はいやされます。 これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。」 マタイ8:17
2007/07/25
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お腹がでてベルトがきつくなった経験がある人が多いと思います。そんなとき目につくのが健康雑誌や折込に入ってくるダイエット法です。手元にあるものをいくつか上げてみると、大騒然・・・で84キロ、72キロ、25キロ、13キロ即やせた、300人続々やせた!!とか、60キロ、40キロ、15キロ、10キロ、すとんとやせたなど。また2日間断食で脂肪が燃焼、5キロ、20キロらくらくやせる!最新ダイエット10キロ、7キロどどっとやせたなどの大文字が踊っています。 なぜダイエットするのでしょうか。健康のためにというより、見た目のよさのためなら、目的が違います。健康のためにスリムになり、体脂肪が落ちたり、高血圧が平均化したり、コレステロールが平常化する明確な目的ならばいいと思います。簡単で安易な方法で高いお金を使ってするダイエットには、いつでもムリがあります。 なぜ太るのでしょうか。さまざまな理由が考えられます。一つは仕事が忙しいからです。忙しいと食生活が乱れます。寝る前に甘いものを食べたり、チョコレートを食べるしか楽しみがなかったりで、バランスのよい食事をとらなくなります。あるアンケートで肥満の原因を求めたところ、ストレス、自分の落ち度、夫や妻、イラク戦争など面白い回答もありました。一元的な要因だけではありませんが、最大の理由はストレスのようです。ストレスの原因は、自分の肥満、ダイエット、体重測定、空腹などです。いくらダイエットしようとしてもおいしいものは食べたいし、付き合いもあるしでダイエットそのものがストレスになってしまいます。肥満解消の努力がかえって肥満を促進し、イライラ度を増させているということができます。 どんな健康法も結論は、バランスの取れた食生活にあります。野菜と適量の魚を中心とした低カロリーの食事をちゃんと食べることです。また適量のサプリメントを規則正しくとり、私は18年間以上SOD様食品とルイボスティを愛用しています。脳内出血で倒れても完全に回復したのは、神様の恵みと食生活のバランスだったと感謝しています。もうひとつ大切なことは、毎日10分でもいいから適度に散歩をすることです。毎日できなければ3日に1日くらいは、欠かさず1万歩くらい歩くゆとりを持つとよいでしょう。ちなみに私は、毎日1万歩のゆとりで完全な健康体を回復しました。 どんなダイエット法も健康を損なっては意味がないことを、しっかり理解して神様が与えてくださった身体を大切にしてください。 あなたがたの神、主に仕えなさい。主はあなたのパンと水を祝福してくださる。わたしはあなたの間から病気を除き去ろう。 出エジプト23:25
2007/07/24
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今日から奄美大島へ朝一番の飛行機で出かけます。明日は徳之島です。特に徳之島は父の生まれ育った郷里です。伊仙町阿権という地域です。父が健在なころいっしょに2回ほど出かけたことがあります。 父は6名兄弟でした。若いとき外国航路の船乗りになり島を出て、神戸時代クリスチャンになりました。長男を牧師として献げ武田俊三牧師が、一仰と命名しました。父はその後、船乗りを辞めて徳之島へ帰郷しました。東京から逃れて来た共産党員と知り合い、村政改革を叫びましたが、島へおれなくなり種子島へ移住しました。 帰郷の念止みがたく、40年後にやっと帰郷することができ、親戚や父を覚えている方々も健在だったので大歓迎を受けました。思い出の場所を父に案内され、故郷のありがたさを感じたものです。その父も12年前99歳と156日の波乱に満ちた生涯を終え、さらにまさる天国へ帰って行きました。 徳之島へ行くのはそれ以来だから35年ぶりになります。どうしたことか「徳之島先駆者の記録」という本に、「種子島出身の熱血牧師」と紹介されており、いつの間にか徳之島との縁が出来てしまいました。久しぶりに会う従兄弟も89歳。歳月人を待たずですが、明日の再会を楽しみに行ってきます。徳之島先駆者の記録ホームページhttp://www.sokuhou.co.jp/library/tokunoshima/tokunoshima01.html テサロニケ人への第一の手紙5:16 いつも喜びにあふれていなさい。 5:17 いつも祈りに励みなさい。 5:18 どんなことがあっても、感謝を忘れないように。 これこそ、神様が、キリスト・イエスに属するあなたがたに、望んでおられることだからです。 5:19 聖霊様の恵みを無にしてはいけません。 5:20 預言する者を軽べつしてはいけません。 5:21 万事よく調べて、それがほんとうに良いものかどうかを確かめなさい。 そして、ほんとうに良いものであれば、受け入れなさい。 5:22 あらゆる種類の悪から遠ざかりなさい。 5:23 どうか、平和の神様が、あなたがたを完全にきよめてくださいますように。 霊とたましいと体とが、いつも健全で、主イエス・キリストが再び来られる時に、少しも非難されない者としてくださいますように。 5:24 あなたがたを招いて自分の子供としてくださった神様は、約束どおり、きっとそうしてくださいます。
2007/07/22
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イエス・キリストを信じる人々は、まず「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」と、神のことばを大胆に宣言する恵みが与えられます。 アメリカで人気NO1.のジョエル・オースティーン牧師の書いた、「あなたはできる」というベストセラーを昨夜読みました。お父さんは立派な牧師でしたが、息子のジョエルは一度も説教したこともなくする気も無く、教会のテレビ撮影技師で満足しながら17年間続けていました。 いつも父から説教したらと言われても、自分はできないしその気もないと答えてテレビの撮影の裏方仕事を喜んでやっていました。 ある土曜日にまた「ジョエル、説教してくれないか」と依頼されましたが、母親はムリですよ、もうジョエルは人前で話せる子じゃないことは、私がよく知っているからと、いつも援護射撃をしてくれます。 「お父さんをかっこよく映してあげるから、もう説教のことは言わないで・・・・」と答えるのが常だったのです。ところがその夜、もしかしたら話せるかも知れないという思いが起こり、説教をしてみたい!との強烈な願望に変わりました。 さっそく電話をかけ、「お父さん。やっぱりやってみるよ」と答えました。一週間準備してやってみました。できただけではなくひょうばんもまずまずでした。 その6日後、父の牧師は神に召されて天国へ行きました。レイクウッド教会の後任を誰にするか、問題になりましたがジョエル牧師が誕生しました。マスコミには批判され、レイクウッドチャーチは存亡の危機を取りざたされました。大方の意見は「最悪なのは息子が跡を継ぐことだ」と名指しで非難しました。 辛らつなことばが胸に突き刺さり、勇気をくじくことばばかりでした。しかし、「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ4:13)との聖書のことばとm聖霊に励まされてて、偉大な父の後を継承し、その後レイクウッドチャーチは、アメリカ最大の3万人を越える教会として、現在もなお成長し続けているのです。 彼の著書「あなたはできる」は全米400万冊のベストセラーで、何とPHPが日本では出版しています。レイクウッド・チャーチはテキサス州ヒューストンにあり、パソコンでも検索することができます。またCGNテレビでは彼の説教を聞くこともできます。 本気で、「私は、私を強くしてくださるイエスさまによって、どんなことでもできる」と、大胆に宣言してみませんか。 繰り返し、繰り返し語ることばが、あなたの心と思いを占領し、やがて自信の満ちたことばとなり、態度となり、行動となって実現できるのです。それは嬉しいことではありませんか?またとても簡単なことですね。言うことだけですから。すぐできます。変身への第一歩です。恐れないで積極的に宣言し始めましょう。 具体的には、「私は、私を強くしてくださるイエス・キリストによって、どんな(必要なことを入れる=タバコを止める、勉強でよい点をとる、売る上げを伸ばすetc.)ことができる」アーメン、ありがとうございます。(・・・・)ができました。感謝します。アーメンと本音で告白するだけで良いのです。自分でも驚くような奇跡とも思われるすばらしいことが実現しはじめるでしょう。祝福を祈ります。ピリピ人への手紙4:6 何事も心配してはなりません。 むしろ、どんなことでも祈りなさい。 神様にお願いしなさい。 そして、祈りに答えてくださる神様に感謝するのを、忘れてはなりません。 4:7 そうすれば、人間の理解をはるかに超えた、すばらしい神様の平安を経験できます。 キリスト・イエスに頼る時、その平安は、あなたがたの心と思いとを静め、安らかにしてくれるのです。 4:8 さて、皆さん、筆をおく前に、もう一つ申し上げたいことがあります。 真実なこと、良いこと、正しいことに注目しなさい。 きよいこと、愛すべきことについて思いめぐらし、他人の長所に目をとめなさい。 神様を喜び、賛美することばかりを考えなさい。 4:9 私から学んだこと、その行動から教えられたことがあれば、みな実行しなさい。 そうすれば、平和の神が、共にいてくださいます。 4:10 あなたがたが、また助けてくれるようになって、どんなに感謝し、また、主を賛美しているか知れません。 あなたがたはいつも、できるかぎりのものを私に送ろうと心がけていたのに、機会に恵まれなかったのです。 4:11 生活に困っていたから、こう言うのではありません。 私は、物が豊富にあろうとなかろうと、楽しく生きていくすべを学びました。 4:12 文なしの時にも、何でもそろっている時にも、どのように生活すべきか知っています。 満腹の時にも空腹の時にも、豊かな時にも貧しい時にも、どんな境遇でも満足する秘訣を身につけたのです。 4:13 なぜなら、力を与え、強めてくださるキリスト様に助けられて、私は、神様の要求を、何でも成し遂げることができるからです。
2007/07/22
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インターネットラジオ放送をとのことで、5月にスタートしました。朝日放送で話したメッセージをそのままインターネットでお届けする予定でした。 ABCラジオ放送希望の声テープは、2ヶ月遅れで手元に届くので、5月なのに「おはようございます。榮義之です。3月の朝いかがお目覚めですか。ご卒業おめでとうございます」の挨拶が5月に流れることになり、臨床感のない放送になると気づきました。 生駒聖書学院で改めてインターネット放送用に録音し直し、7月は7月、8月は8月の挨拶とメッセージを聞いてもらえるようにしました。経済的負担の大きいけれど、イエス様の十字架の救いをラジオだけでなく、インターネットでもお伝えできれば幸いです。 http://elim.jp/ アクセスすればインターネット放送をお聞きいただけます。また同画面で礼拝メッセージ(動画)を見ていただけます。 ラジオ放送は、ABCラジオ(1008kHz)毎週水曜日朝4時35分ー45分(35年目) テレフォンメッセージは、0743-73-3740(2分ほど、今朝は2分30秒)37年目になります。毎日24時間欠かさず聖書のことばと新しいメッセージです。 来週(23日ー28日)は、奄美大島、徳之島、鹿児島市、出水市、八女市と巡回します。そのときもテレフォンメッセージは担当の者が話します。 ブログも書き続けています。巡回のときもブログは記入するので、アクセスください。ピリピ人への手紙4:11 生活に困っていたから、こう言うのではありません。 私は、物が豊富にあろうとなかろうと、楽しく生きていくすべを学びました。 4:12 文なしの時にも、何でもそろっている時にも、どのように生活すべきか知っています。 満腹の時にも空腹の時にも、豊かな時にも貧しい時にも、どんな境遇でも満足する秘訣を身につけたのです。 4:13 なぜなら、力を与え、強めてくださるキリスト様に助けられて、私は、神様の要求を、何でも成し遂げることができるからです。 4:14 しかし、それにしても、よくぞ今、困難な状況下にある私を助けてくれました。 4:15 よくご存じのとおり、キリスト様についての良い知らせを携え、初めてあなたがたを訪問した私が、その後マケドニヤを離れて他の地方に向かった時、物をやり取りして協力してくれたのは、あなたがたピリピの教会だけでした。 ほかに、そんな教会はありませんでした。 4:16 テサロニケ滞在中でさえ、二度までも、物資を援助してくれました。 4:17 贈り物を感謝するのはもちろんのこと、何よりもうれしいのは、その親切な行ないのゆえにあなたがたが受ける、豊かな報いのことです。 4:18 今のところ、必要な物は何でもそろっています。 それどころか、必要以上に満たされています。 エパフロデトにことづけてくれた贈り物をいただいて、十分すぎるほどです。 その贈り物は、神様が喜んで受け入れてくださる、香ばしいかおりの供え物です。 4:19 この神様は、キリスト・イエスが成し遂げてくださったことに基づいて、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださる方です。
2007/07/21
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アフリカの10日間でスッキリ晴天の日は2日間だけでした。6月、7月、8月と最高に快適なケニアですが、今年は天候不順で雨と曇り日が続いているようです。 7月5日に帰国してからの日本の天候も不順ですね。特に台風4号は列島縦断で、被害は酷かった地域も多く、平安と守り、復興を祈ります。 また、長野や新潟には地震があり、被害も甚大です。特に原子力発電所の問題が連日取り上げられ、夏の電力不足もですが、不安が地域をおっています。 どんなことが起ころうとも平安で守られる国であるよう祈ります。29日は参議院議員選挙ですが、平和憲法を守り抜ける国であってほしいと願っています。主権在民、日本人がほんとうの日本国民になることを切に願い祈ります。 「正義は国を高め、罪は国民をはずかしめる」=「慈善は国を高め、罪は民の恥となる」箴言14:34 今はそのどれもが失われつつある状態です。正義は国を高めます。しかし、国会議員たちの行状は正義どころか、閣僚に至るまで不正の固まりの感がします。正義が失われるので、慈善は陰を潜め格差は広がるばかりです。日本の格差はケニアの比ではありませんが、国を愛し国民を向上させる政治家を国会に送りたいものです。そんな人がいるのか疑問ですが・・・・。テサロニケ人への第一の手紙5:1 もちろん、それらがいつ起こるかという質問には、愛する皆さん、私は何も答える必要がありません。 5:2 その時を言い当てることができる人などいないことは、よくご存じのはずです。 主の日は、夜中にこっそり忍び込むどろぼうのように、思いがけない時に来ます。 5:3 人々が、「万事順調で、何もかも平穏無事だ......」と、たかをくくっている時、突然、災いが襲いかかるのです。 それはちょうど、出産の時、母親に陣痛が襲うのに似ています。 その災いから逃れうる人はいません。 身を隠す場所など、どこにもないからです。 5:4 しかし、愛する皆さん。 あなたがたは、このことについて皆目わからない、暗やみにいるわけではありません。 ですから、主の日が来ても、強盗に襲われた時のように、あわてふためくことはないはずです。 5:5 あなたがたはみな、光の子供、真昼の子供であって、暗やみや夜に属する者ではないからです。 5:6 ですから、ほかの人たちのように眠りこけないで、目を覚まして見張っていなさい。 主が再び来られる日に備えて、慎重に行動しなさい。 5:7 夜、人々は眠り、また酔いつぶれます。 5:8 しかし、私たちは、昼の世界に生きる者らしく、信仰と愛のよろいで身を守り、すばらしい救いの望みのかぶとをかぶり、慎しみ深くふるまいましょう。 5:9 なぜなら、神様は、怒りをぶちまけるために私たちをお選びになったのではなく、主イエス・キリストによって救うために、選んでくださったからです。
2007/07/20
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ケニアでの8日間、街中のレストランで軽食をとり、サファリでもバイキングだったが小食に徹した旅だった。 最後の日、ナイロビで昼食になっていたので、最高級シーフードのナイロビ最高級レストラン・タマリンドに案内してもらった。料金もナイロビ一ということはケニア一?もしかしたらアフリカ一かもしれない。 席に案内するとタキシードに身を包んだウエイターに名前を聞かれた。 再度現れたウエイターは滑らかな英語で、ミスター・SAKAEと席に来るたびに呼びかけ、帰るときも名前を読んでまたきてくださいと送り出してくれた。 ロブスターを注文し、ツアーガイドはタマリンドは初めてだと興奮している。ここは高いんですよ!私までご馳走になっていいんですか?と何度も言う。 パンも前菜も上品で美味しい。やがて大きなロブスターが食べ易いように出され、すごいご馳走で、デザートとコーヒーはもう入らないくらいだ。 料金とチップをドルとケニア・シリングで支払い、迎えの車でナイロビ・ジョモ国際空港へ向かい、ケニアにさようならを告げる。 日本を出て9日目、明日は日本だと思うと長旅も楽しさの思いだけが残る。ドバイまで6時間弱、ドバイで3時間強のウエィト。関空まで9時間弱のフライトでシッカリ眠りを取をとった。 7月5日(木)17時45分定刻どおりに関西空港着。高速道路を滑らかに走る迎えの車に乗っているだけで日本のすばらしさを実感する。ケニアのデコボコ、ガタガタ道を走り回ったのさえ懐かしく思う! ケニアへの一人旅だった。伝道者の書 5:10 金銭を愛する者は金銭に満足しない。富を愛する者は収益に満足しない。これもまた、むなしい。 5:11 財産がふえると、寄食者もふえる。持ち主にとって何の益になろう。彼はそれを目で見るだけだ。 5:12 働く者は、少し食べても多く食べても、ここちよく眠る。富む者は、満腹しても、安眠をとどめられる。 5:13 私は日の下に、痛ましいことがあるのを見た。所有者に守られている富が、その人に害を加えることだ。 5:14 その富は不幸な出来事で失われ、子どもが生まれても、自分の手もとには何もない。 5:15 母の胎から出て来たときのように、また裸でもとの所に帰る。彼は、自分の労苦によって得たものを、何一つ手に携えて行くことができない。 5:16 これも痛ましいことだ。出て来たときと全く同じようにして去って行く。風のために労苦して何の益があるだろう。 5:17 しかも、人は一生、やみの中で食事をする。多くの苦痛、病気、そして怒り。 5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。 5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。 5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2007/07/19
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地球の歩き方(東アフリカ・ケニア/タンザニア/ウガンダ/マラウイ)編の表紙に、 旅を知らない人の最初のアフリカ 行きつくした人の最後のアフリカ 打つちのめされて また アフリカに帰っていく とあるが、毎年打ちのめされて今年で終わりにしようと思いつつ18年も行き続けています。 サバンナの風よ という詩を作りました。アフリカをご想像いただければ幸いです。 サバンナの風よ ブロンドに吹き 砂ぼこり舞い 緑も水もなく ただひたすらに 雨を待つ民 み神をたたえる 賛美よ響け サバンナの風よ 緑になびけ 雨よ降れ触れ 虹よ架かれよ 荒れ果てた大地に 夢よ 再び み神をたたえる 賛美よ 響け サバンナの風よ やさしくそよげ ポレポレの国の ハクナマタータ 大らかな微笑 輝く瞳 み神をたたえる 賛美よ響け サバンナの風よ 愛を運べよ アフリカの大地に 十字架の救い 全ての呪いは 解き放たれて み神をたたえる 賛美よ響け サバンナの風よ 福音の香りを 主イエスのことばに 従う民を 地の果てまでも遣わしたまえ み神をたたえる 賛美とともに 詩篇 23:1 主は私の羊飼いですから、必要なものはみな与えてくださいます。 23:2 -3主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれます。 傷ついたこの身を立ち直らせ、私が最高に主の栄光を現わす仕事ができるよう、手を貸してくださいます。 23:4 たとい、死の暗い谷間を通ることがあっても、こわがったりしません。 主がすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるからです。 23:5 主は敵の面前で、私のためにおいしいごちそうを備えてくださいます。 たいせつな客としてもてなしてくださったのです。 まるで、あふれんばかりの祝福です。 23:6 生きている限り、主の恵みといつくしみが、私についてきます。やがて、私は主の家に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう。
2007/07/18
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ケニア南西部にあるマサイ・マラは、野生動物の多さではケニア最大のサファリです。大阪府全体ほどの広さで、行けども行けども草、草、草のサバンナが大きく広がっています。 数万頭のヌー(今年は天候不順でタンザニアから来るのが遅れているとのことで数頭を見ただけでした)、ケニア最大のライオン棲息地で、何組ものライオン家族と遭遇、象も多く文字通り野生の王国です。 他のサファリではなかなか味わえないのが、熱気球に乗るバルーン・サファリ、大空からゆっくりと大草原や動物を眺め、サファリのど真ん中に着地して朝食を楽しむことが出来ます。 今年は一人旅立ったので、思い切って385ドル(例年500ドルくらいで乗る勇気がなかったが)でバルーン・サファリを予約しました。モーニングコールは朝4時45分、5時にカフェで紅茶やコーヒーを取ってください。5時過ぎにドライバーが迎えに来ますとのこと。 初めてのバルーンに期待しつつ、辛苦の闇の中をドライバーと二人で30分間ほど走る。乗り場に着くと数台の車が集まってきた。ドライバーの説明によるとゴンドラは4人乗り、ゆすったり身を乗り出したりせず、静かに座っているようにとのこと。 しばらくすると今日は風があるので飛ばせないとの説明。ほんの微風しか感じないが上空は乱気流があるので無理だそうだ。写真でサバンナに広げられたバルーンを写し、スエーデンの家族連れから頼まれてシャッターを押す。明日は大丈夫飛びますよと「ドライバーが慰めてくれるが、明日は日本へ帰ると言うと、もう一日延ばしたらいいねと引き止めるがそういうわけにもいかない。キャンセルと言うことで385ドルを返してもらい、ロッジへ帰る。 マサイ・マラに何べんも着ているので、バルーン・サファリを最後にしようと思ったが、また来年も参加者を案内するためかな?と思いつつ、サファリの美味しい朝食を食べることにした。詩篇34:10 若く雄々しいライオンも、時にはひもじさに襲われます。 しかし、神様を敬う私たちに、祝福が足りない時などありません。 34:11 息子よ、娘よ、私のことばを聞きなさい。 神様だけに頼り、信じてお従いすることのたいせつさを教えよう。 34:12 君たちは、しあわせになって長生きしたいと願っているのか。 34:13 それなら、自分のことばに注意をはらいなさい。 どんなことがあっても、うそをつかないことです。 34:14 罪だと思うものからは、いっさい手を引き、善行を積むことに身を入れなさい。 だれとでも平和に暮らそうと考え、そのために全力を尽くしなさい。 34:15 神様は正しい生活を送る者をじっと見守り、その人の願い出ることを聞き届けてくださいます。 34:16 しかし、悪者どもは地上から抹殺し、彼らがいたという記憶さえぬぐい去ろうと決心なさいました。 34:17 神様は正しい人の叫びを聞き、すべての苦しみから救い出してくださいます。 34:18 神様は心の砕かれた人のそばにおられ、謙虚に罪を悔いる人を助け出されます。 34:19 正しい人だからといって、すべての苦難を免れるわけではありません。 しかし、神様はあらゆる苦しみから救い出し、 34:20 不慮の事故から守ってくださるのです。 34:21 悪者には、災難が的中し、善人を憎む者には、重い刑罰が待っています。 34:22 しかし、神様はご自分のしもべを救い出されるのです。神様のもとに逃げ込む人は、無条件で赦されます。
2007/07/17
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今回は3名でアフリカ宣教へ出かける予定でした。一人がキャンセルしたためもう一人が若い女性だったため、娘ではなく二人で出かけるわけにも行かず、やむを得ずに一人の旅になった。 その時点でサファリ観光をキャンセルしようと思ったが、ギリギリだったので結局サファリへも行くことにした。孤児院のあるキスムからは6-7時間の距離。朝6時に朝食も取らず出発。自信たっぷりにサファリカー・ドライバーとまだ暗闇の中を出発した。途中キシイへの道を取り道路も比較的走りやすく、昼のバイキング(サファリは昼の食事も豪華)にゆっくりまに会うと思い少し仮眠を取った。 ケニアのデコボコ、ボコボコ道に差し掛かり目が覚めたら、ほこりを巻き上げて走っている。雨が降り出しホコリはなくなったが悪路はさらに酷くなる一方だ。ガタンと大きな穴に車輪がはまり、エンジンをふかせばふかすほど車輪は空回りだ。一人だから下りて押してもびくとも動かない。 やっと一人のマサイの青年が自転車で通りかかり、30分ほどで数名になり、みんなで力を合せてサファリカーを発進させてくれた。しばらく走る続けたがまたガタンと大きな音で悪路に落ちてしまった。今度もまた自転車で通りかかった数名で引き上げてくれ、大雨の中ずぶ濡れ泥んこになりながらの協力にすごく感動した。 すでにキスムを出てから5時間が経過したが、サファリは遠くやっと集落に着いたら、何と表示が通り過ぎたキシイを指し、サファリは反対方向になっている。ぐるっと回って出発地点に帰ってしまったのだ。大きなドライバーのミス。今来た道を引き返すが、途中でタクシーが猛スピードで悪路を追い抜いて行く。やがて前を走っていたタクシーが先ほど落ち込んだ悪路に車輪を取られ動かなくなっていた。追い越しも出来ない。 車内にいた4名と通りがかりの一人とサファリカーの運転手で力を合せて押し上げるが動かない。タクシー内の荷物を大雨の中運び出すと、何とあるは、あるは、ある、あるどうやって乗っていたんだ?というほども荷物の山。軽くなったタクシー(カローラ)をみんなで持ち上げた。タクシーの運転手に正しい道を示され、13時間かかってサファリ到着。昼の食事も4時からのサファリ観光もなく、夕食までシャワーを使ってぐっすり眠ってしまった。 人生には悪路もあり、予期しないこともしばしば起こってしまう。そんなときつぶやいても、ぼやいても物事は進展しない。すべてのことを喜びとし感謝するとき、心は穏やかで静まり平安な顔で前進できる。イライラ、あせり、非難や悪口、不平不満からは何も生まれてこない。あせらず、おごらず、高ぶらず、泣き言をいわず、くさらずにありがとうと感謝しつつ進んで行きたいものです。 ケニアには、ハクナマタータ(何とかなるさ)と言う便利なことばがある。デコボコでもガタガタ道でも、悪路に落ちてもハクナマタータと言うので、運転手も口調を合せて13時間楽しいドライブだった。 後で聞いたことだがサファリ観光に来る日本人は文句が多いそうだ。サファリ観光の説明会で悪路やホコリのこと、またポレポレ(ゆっくり、ゆっくり)の国で時間厳守はあり得ないとも説明するそうだが、少しの遅れしか想像できず、イライラに極みのサファリ観光客もいるとのことです。 せっかく高額の旅を、自分のペースで周りにいる仲間にまで不快感を与えてムチャクチャにしないで、「郷に入らば郷に従え」で、ハクナマタータ?とポレポレで、ゆとりを持って人生を生かされ続けましょう。天国に帰るその日まで!ハレルヤ。詩篇34:1 私はあらゆる時に【主】をほめたたえる。 私の口には、いつも、主への賛美がある。 34:2 私のたましいは【主】を誇る。 貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。 34:3 私とともに【主】をほめよ。 共に、御名をあがめよう。 34:4 私が【主】を求めると、主は答えてくださった。 私をすべての恐怖から救い出してくださった。 34:5 彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。 「彼らの顔をはずかしめないでください。」 34:6 この悩む者が呼ばわったとき、 【主】は聞かれた。 こうして、主はすべての苦しみから彼を救われた。 34:7 【主】の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、 彼らを助け出される。 34:8 【主】のすばらしさを味わい、これを見つめよ。 幸いなことよ。彼に身を避ける者は。
2007/07/16
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7月1日(日)はアフリカで礼拝をささげた。最初の頃は現地教会を何箇所も回って礼拝説教したり、毎年新しいキリスト教会を5,000ドルで建設していたので、完成した教会を訪ねて聖会をしたりだった。 5,000ドルでキリスト教会を建設できるとラジオ放送で話したら、高槻市からひとりの30代の理容師の方が、75万円(5,000ドル)を持って訪ねて来られた。「自分は30数年生きて人のためにお金を使ったことがない。どうかこのお金でケニアの人々のために、キリスト教会を建設してください」とのこと。クリスチャンではなかったが、ゴールデン・ルール(マタイ7:12 それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です)を実行してくださった。 昨年は、5,000ドルで孤児院に新しい食堂も建設することが出来、今年は子どもたちと楽しい交わりタイムを持つこともできた。多くのご支援に感謝します。 キリスト教会が日曜日に礼拝をするのは、イエス・キリストが十字架上で死に、墓に葬られ3日目の朝復活したことを記念して、毎週日曜日の朝に集まります。喜びの集いです。 ユダヤ教では、安息日(土曜日)を厳格に守ります。キリスト教系の教会でも土曜日を厳守しないと救われないと言う教える団体もあります。 聖書は、イエス・キリストを信じてバプテスマを受ければ救われると教えています。礼拝に出席するのは、人間が身体を動かすのと同じように、信仰の成長のために必要です。何よりも死を打ち破って復活したイエス様を、信じる者同士が集まって喜び楽しむお祝いの席です。 アフリカの礼拝はまさしくセレブレーション(御祭り)です。ぜひ日曜日お近くのキリスト教会へお出かけください。大体午前10時以降に行なわれていると思います。 エリムキリスト教会は、午前10時は聖書学院・富雄・東大阪・門真・堺で行なっています。また大阪午後2時、堺は午後5時30分に礼拝をしています。お気軽にお出かけください。午後3時頃よりインターネット礼拝メッセージが、全世界に発信(今日が2回目)されています。アクセスお願いします。http://elim.jp/ ヨハネの福音書4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。 4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」 4:15 女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」 4:16 イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」 4:17 女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。 4:18 あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」 4:19 女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。 4:20 私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」 4:21 イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。 4:22 救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。 4:23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。 4:24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」
2007/07/15
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1989年に初めてアフリカへ行きました。ケニアまで全くの一人旅。日本からタイへ、タイでケニアまでの切符をもらいパキスタンへ、パキスタンからケニアへ・・・・。しかも長い長いウエィト時間。心細い限りだった。 エミレーツ航空が関空乗り入れて、ドバイ経由で行くようになりずいぶん楽になった。18年前23万だったが今年は17万円。ケニアでのレンタカーやホテル代のほうが高かった。 最初の2年間は一人旅だったが、15年間は少ないときは娘と二人で、多いときは25名ほどでケニアを旅した。同行者が多いとツアーガイドでお世話係りの相談牧師でグッタリ。 今年は15年ぶりのひとり旅で、ゆっくりと子どもたちの話を聞いたり、自分の生い立ちや夢を話す時間を持つことが出来た。食事も気楽にスナックで済ませたり、町のレストランや日本では味わえないようなケニア最高級のレストランにも行った。 1日(日)の礼拝ではブロークンだが、日本人を気にせず思い切り英語で聖書のメッセージを語ることも出来た。 ときには独りになることも大切なことかもしれない。と言っても一人でいるときほど自由を感じる、ひとり大好き人間でもあるのだが・・・・。 今朝は初めて堺朝祷会へ参加しようと思い、このブログを書き終わりテレフォン・メッセージ(0743-73-3740)で2分間話し終えると、堺市上野芝まで出かけることにしています。 毎日、充実の恵みの日々に生かされていることを感謝しつつの土曜日の朝です。 ハレルヤ!祝福を祈ります。 ペテロの第一の手紙 5:6 ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。 5:7 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。 5:8 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。 5:9 堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は同じ苦しみを通って来たのです。 5:10 あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。 5:11 どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。 868)
2007/07/13
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アフリカへ行き礼拝に出席すると、小さな子どもたちから大人まで、音楽の中で生まれたのではないか?と思うほどリズミカルに賛美している。 3歳以下でも歌が始まると足でリズムを取りながら身体全体を使って歌っている。数年前に贈ったキーボードの演奏に合せ、手を叩きながらの賛美。ドラムがあればとふと思い立ち、キスムの街で一軒しかない楽器店を探し出し、店に入ったトタン目の前にヤマハのドラムが待っていたかのように目に入った。 値段を聞くと45,000ケニアシリング。ポケットにちょうど同じくらい残っていたので、値切ってみたがそのままの値段で買うことに。 車に積み込んでパラダイスへ運ぶ。ものすごい歓声でひとつひとつのドラムをセットし演奏が始まる。ドラムのリズムに合せながら歌う子どもたちのすがたに、歌を中学生まで一度も歌わなかった自分を思い出し、ともにリズムに合せながら賛美している自分を不思議に思い感謝した一日だった。 昨日は長野県佐久市総合病院に入院中の75歳男性を見舞うため、朝早く大雨に中を自動車で出かけた。行く途中思い立ち、松本市にいる3名の卒業生を訪ねたが、教会も会社も留守で残念。 佐久市の病院で待つ卒業生夫妻に案内され病室へ。詩篇23篇を読みいやしと回復、平安と守りを祈り雨の中を帰路に着く。 帰りには一昨年の脳梗塞で倒れ一命を取りとめた卒業生の教会を慰問。雨の日はまだ痺れが残ると言いながらも、思いがけない訪ねに驚きつつ歓迎してくれた。往復16時間のドライブだったが、ケニアとは段違いの高速道路に快適さもありがたかった。感謝!詩篇 126:1 神様が、捕虜となっていた人々をエルサレムへ連れ戻された時は、まるで夢でも見ているようでした。 126:2 笑いが込み上げ、ひとりでに歌っていました。 外国人の驚きようと言ったらありませんでした。「神様って、すごいことをなさるもんだな」と騒いでいたではありませんか。 126:3 確かにすばらしいことでした。 信じられないようなことでした。どれほどうれしかったことか! 126:4 旅人が砂漠でオアシスを見つけた時のように、私たちをすっかり元気にしてください。 126:5 涙をまく人は、やがて喜びを刈り取ります。 126:6 種を手にし、目を泣きはらして出て行った人々が、やがて収穫の束をかかえ、歌いながら帰って来ます。
2007/07/13
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美しい十代 という歌声が流れてきた・・・・。一番白い野ばらを 捧げる僕に 君の瞳が あかるく笑う いつもこころに 二人の胸に 夢を飾ろう きれいな夢を 美しい十代 あゝ十代 抱いて生きよう 幸福の花二番昨日習った ノートを君に 貸してあげよう やさしい君に つらい日もある 泣きたいことも あるさそれでも 励ましあって 美しい十代 あゝ十代 抱いて生きよう 幸福の花三番遅くなるから さよならしよう 話しあったら つきない二人 「明日またね」と 手を振りあえば 丘の木立に 夕陽が紅い 美しい十代 あゝ十代 抱いて生きよう 幸福の花 賛美歌しか歌ったことがない人生だが、どこかで耳にしたことがあり、最後まで聞いていた。 ちょうどインターネット新聞 Christian Today コラムで、「天の虫けら」が掲載され、牧師になるために神学校へ行く決心をしたことが今日は紹介され、今日もう一度自分の原点に触れた思いをしていたので、「美しい十代」の歌声に少々感傷に浸ってしまった。 今回のアフリカ宣教は一人旅で、パラダイスを何回も訪ねる機会があった。昨年5000ドルで建設した新食堂に、思い切り買い込んだ食事を運び、スタッフが夕食を用意する間、円く輪を作り子どもたちの夢を聞く機会があった。 最初は恥ずかしげにしていたけれども、小学低学年の可愛い女の子が目をキラキラさせながら、「私はコックさんになりたい!」とのことばに刺激されるかのように、高校生たちが発言し始めた。 弁護士に、パイロットに、看護師に、医者に、事業家に、技術者に、運転手に、牧師に、大学教授に、裁判官にと次々に発言し始めた。小さい子たちも「お兄ちゃん、お姉ちゃんに負けないように夢を語り、50名余の円陣が興奮に包まれるようでした。 ああ十代 美しい十代 抱いて生きよう 幸福の花 のフレーズを聞きながら、ケニアの孤児たちの夢がかなうように祈りながらブログを書いている。 同時に贅沢になれた日本の子どもたちが、世界に目を向けて自分の幸せのためだけでなく、人類の幸せのために夢を大きく持つ、美しい十代であるよう祈ります。 12日(木)の朝早く、長野県佐久総合病院に入院中の75歳の方を見舞うために、出かけることになりました。久しぶりの長野県です。新しい若さと健康を感謝しながら・・・・。詩篇 103:1 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 私のうちにあるすべてのものよ。 聖なる御名をほめたたえよ。 103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。 主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、 あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、 あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。 あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。 103:1 私は心から神様をたたえます。 103:2 今までにいただいた祝福を、決して忘れません。 103:3 神様は私の罪をみな赦し、病気を治してくださいます。 103:4 地獄行きの身を身受けし、恵みとやさしい思いやりで包んでくださいます。 103:5 私の一生は祝福でおおわれ、鷲のように若返ります。
2007/07/11
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28日夜、ナイロビからデコボコ道を10時間、やっとパラダイスへ着きお土産や夕食を届け、キスム市内の高級?ホテル・インペリアルにチェックイン。 毎年のことなのでもう顔を覚えてくれている。今年は旅行社を通しての予約だったので、パスポート番号を記入するだけで204号室へ案内された。通りに面しているが夜になると車の通行も少なくなるので静かな部屋。湖と公園に面しており、昼間はいないので毎年ご機嫌だ。 部屋に落ち着くとものすごい音量が飛び込んできた。カーテンを開けると目の前の公園に、大きなステージの上でキリスト教の集会が行われていた。まだ外も明るいので公園まで出かけてみた。 タンザニアから来た牧師が力いっぱいメッセージをし、200名近い人々が立ったまで聞きいっていた。話しが盛り上がると前にいる青年たちが、ハレルヤ!と叫びながら前に走り出る。大きなアーメンとの応答の声。そのうちに大雨が振り出し急いでホテルの帰ったが、部屋から見るとまだ熱心にびしょぬれになりつつも福音を語り続けている。小さなテントに鈴なり詰め込まれながら熱心に聞いている人々・・・・外に立って聞いている人々もまだいる。暗闇が公園を包み集会も終わる。キスムにいる間毎晩続いた。このような外部での集会はキスムで車で走っている間に何箇所でも行なわれていた。数十人から数百人まで人々が集って、熱心に聞き入っている姿に感動した。 ホテルの部屋はマラリア予防のため、きれいな蚊帳がベッドに「張られ、種子島の幼い日、眠る時間がくると母が蚊帳を吊ってくれた思い出がよぎる・・・・。シャワーを使い聖書を開いて少しだけ読み、もうそのままぐっすりと眠ってしまった。長い長い一日。明日のことを何も心配しないで平安の中でおやすみなさい。詩篇 4:1 私が呼ぶとき、答えてください。 私の義なる神。 あなたは、私の苦しみのときに ゆとりを与えてくださいました。 私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。 4:2 人の子たちよ。いつまでわたしの栄光をはずかしめ、 むなしいものを愛し、 まやかしものを慕い求めるのか。 セラ 4:3 知れ。【主】は、 ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。 私が呼ぶとき、【主】は聞いてくださる。 4:4 恐れおののけ。そして罪を犯すな。 床の上で自分の心に語り、静まれ。 セラ 4:5 義のいけにえをささげ、【主】に拠り頼め。 4:6 多くの者は言っています。 「だれかわれわれに 良い目を見せてくれないものか。」 【主】よ。どうか、あなたの御顔の光を、 私たちの上に照らしてください。 4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。 それは穀物と新しいぶどう酒が 豊かにあるときにもまさっています。 4:8 平安のうちに私は身を横たえ、 すぐ、眠りにつきます。 【主】よ。あなただけが、 私を安らかに住まわせてくださいます。 「 4:8 私は安心しきって横になり、眠ります。 たとい一人ぼっちであっても、ああ主よ、あなたはすべての危害から守ってくださるからです。
2007/07/11
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一年に一回のアフリカ訪問です。パラダイスの子どもたちも楽しみに待っています。いつも数人でかけるので、それぞれのカバンの中にはお土産がいっぱいです。 今年は一人旅。そんなにたくさん持てません。今年洗礼を受けた家族からのプレゼントが鉛筆300本とミニ自動車100台。後はもうケニアで買うしかない・・・・。 キスムに着きスーパーで食パン60名分、ジャムやジュースス種類、お菓子やバナナなど持ちきれないほど買って、ラッシュの中をパラダイスへ。 子どもたちに大歓迎を受け、夕闇も濃くなってくるのでホテルへ。水のシャワーで10時間のドライブの疲れをいやし、バタンキューでおやすみなさい。長い長い一日だった。詩篇34:8 さあ、神様を試してみたらどうですか。 そして、どんなに神様が恵み深いお方か思い知るべきです。 神様に信頼する人には恵みが雨と降り注ぐことを、自分で確かめてごらんなさい。 34:9 あなたが神様のものとなっているのなら、恐れかしこみなさい。 そうすれば、必要なものはいっさい与えられます。 34:10 若く雄々しいライオンも、時にはひもじさに襲われます。 しかし、神様を敬う私たちに、祝福が足りない時などありません。 34:11 息子よ、娘よ、私のことばを聞きなさい。 神様だけに頼り、信じてお従いすることのたいせつさを教えよう。 34:12 君たちは、しあわせになって長生きしたいと願っているのか。 34:13 それなら、自分のことばに注意をはらいなさい。 どんなことがあっても、うそをつかないことです。 34:14 罪だと思うものからは、いっさい手を引き、善行を積むことに身を入れなさい。 だれとでも平和に暮らそうと考え、そのために全力を尽くしなさい。 34:15 神様は正しい生活を送る者をじっと見守り、その人の願い出ることを聞き届けてくださいます。
2007/07/10
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ケニアの子どもたち
2007/07/09
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日本の家を出てナイロビまで約24時間。27日の夜はナイロビ・ヒルトンホテルで一泊。18階建ての円形のホテルを朝早く上階から下階へと1万歩の散歩。豪華なバイキングと薫り高いケリチョティの朝食を終えると迎えの車が待っていた。 ナイロビから孤児院のキスムまでは、途中のナクル(世界一のフラミンゴ集結の湖の町)で一時間昼食休憩をしても7時間だ。ナイロビからの道は舗装がされ80キロで快適に走る。 予定通りナクルに着き、ドライバーが昼食をとるためレストランへ。朝の豪華なバイキングでお腹も空かずコーラを一本だけ飲んだ。30分ほどで出発したので今日は早く着けるねと運転手と話しながらナクルを出発。 ところが・・・・ところが何と、昨年までの舗装道路がない・・・・。デコボコ・・・ボコボコだ。その道を大型トラックや自家用車がものすごいホコリ李とともに、ガタゴトいやガッタンゴットン(どう書けば伝わる?)20キロくらいのスピードで走る・・・・坂道になると大型トラックは10キロ、反対車線からはひっきりなしに車、車、車、追越などとてもできない。 ケニアの不思議は毎年きれいに舗装された道路ができるが、早ければ一年後(場所によっては数年で)ボコボコになってしまう。中国の指導で道路舗装がされていると聞く。日本人が舗装したら半永久的に大丈夫なのにと思う。 やっと世界一の紅茶生産地ケリチョに着き、ティホテルで小休止。あと70キロでキスムだとドライバーもにっこり。ところが何と何と下り坂の道が続くが雨も降り始め、デコボコ、ボコボコ道が今度はぬかるみの道の変わり、ますますスピードがだせない。やっとキスムの孤児院につた時は夕闇せまる午後6時だった。 子どもたちからは大歓迎す受けたが、シャツもズボンも髪の毛もホコリで真っ白(真っ黒)。遠かった10時間もかかってしまった。わびを言うドライバーに、あなたのせいじゃないよと、10時間も黙って走り続けてくれた感謝とともにホテルへ。チェックイン。水しか出ないシャワーを使ってバタンキュー。おやすみなさい。長い一日・・・・ありがとう。グゥー。詩篇121:1 私は、山に向って、助けを仰ぐべきなのでしょうか。 121:2 いいえ、真の助けは、山々を造られた神様から来るのです。 この神様は、天もお造りになりました。 121:3 -4このお方は、私が決してつまずいたり、足をすべらせたり、倒れたりしないように守ってくださいます。 また、眠り込んだりもなさいません。 いつも大きく目を見開いて、見守ってくださいます。 121:5 神様は自ら、あなたのために配慮してくださるのです。 危険からも守ってくださいます。 121:6 昼も夜も注意深く、 121:7 あらゆる害悪を寄せつけず、いのちを守ってくださいます。 121:8 あなたの全生活を、神様は目に留め、援護してくださいます。
2007/07/09
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先週の日曜日(1日)は、ケニア第三の都市キスムにいました。アフリカ宣教の数年間は現地のキリスト教会に招かれ説教でした。孤児院を建ててからは院内にキリスト教会もスタートし、子どもたちや近くの村からも礼拝に参加する方々も加わり、100名余の方々とともに礼拝を守っています。ケニアでの礼拝は賛美がすばらしく、今回はドラムをプレゼントしたのでなお盛り上がった感じでした。賛美はオーバーヘッドも歌集もありませんが、最初に誰かが歌いだします。そのリードに合せて会衆が歌い始め、小さな子どもたちも身体でリズムを取りながら歌います。走り回る子どもや歌わないでしらけている人はひとりもいません。 身体イッパイ、力いっぱい、心イッパイ聖霊に満たされての賛美に歌声が続きます。一段落つくと子どもたちが前に出て歌います。大きな拍手とともに次のグループが歌い、今度はイエス様を信じて体験したことを語る人々・・・・。 そして、今朝は日本から来た牧師のメッセージですと紹介され前に立ちます。ケニアでは、ほとんどのキリスト教会がバイリンガル説教です。英語をスワヒリ語に、逆にスワヒリ語を英語にと言う具合です。 今年はいつも通訳してくれるオウマ兄が来日中のため、ラバン兄が初めて通訳をしてくれるので、英語の原稿を渡しました。アドリブで話すこともあり少々もたつきましたが、シッカリ伝わったことが分かりました。説教が終わると現地の牧師が説教原稿を求めてきました。 礼拝の終わりに孤児たち全員がひとりずつ前に進み、祝福の祈りを受けます。祈り終わるとシッカリ抱きしめ、「愛しているよ。祝福があるように!元気でね」と声をかけ、子どもたちが終わると参加者全員が祝福の祈りを求めて前に進み出ます。全員への祝福の祈りが1時間ほど続き声も出ないほどになりますが、疲れは残らず爽やかな聖霊感動が教会堂全体を満たしています。 今日はインターネット放送の最初の礼拝。堺エリムとの中継も全てが整えられました。礼拝が終わると昼過ぎにはパソコンで全世界に向けての発信です。聖書のことばが礼拝に参加できない方々や、新しい方々に届くことを祈り期待しつつ、インターネット放送への第一歩です。http://elim.jp/ 詩篇19:1 天は、神様の栄光を物語る、神様の手になる傑作です。 19:2 そして、昼となく夜となく、神様について語り続けます。 19:3 -4大空は、音もことばもなく、静まり返っているのに、その意味するところは全世界に知られます。 太陽は神様の定めた空間を回ります。 19:5 結婚式の花婿のように晴れ晴れと、競技を待ちわびる選手のようにうれしげに、大空を闊歩します。 19:6 天の端から端まで渡り、その熱を免れるものは何一つありません。 19:7 -8神様のおきては完全無欠です。 私たちを守り、賢くし、喜びと光を与えます。 19:9 そのおきては純粋で、正しく、すたれることがありません。 19:10 また、金よりも慕わしく、蜜ばちの巣からしたたる蜜よりも甘いのです。 19:11 それは、危険に近づくなと警告し、従う者には祝福を約束するからです。 19:12 しかし、心にひそむ罪を、どうして知りえましょう。 どうか、隠れた罪からもきよめてください。 19:13 故意に悪に走ることからも引き止め、守ってください。 そうすれば、私は過ちを犯さず、大きな罪からも逃れることができます。 19:14 私の口のことばと、秘めた思いが、神様に喜ばれますように。ああ、私の岩、私の救い主、主よ。
2007/07/08
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アフリカ・ケニアは今年で18年になる。毎年、朝の散歩をアフリカでも欠かしたことはない。1993年にはホテルの前の道路で朝早く、二人組のナイフを持った強盗に襲われ、九死に一生を得た経験があるので、ナイロビの朝の散歩は厳禁にしている。 でも朝歩かないとキスムまでの長時間の移動で一万歩は歩けない。そこで18階建てのロイヤルホテル(円形の建物)を上階まで行き、一階まで歩くことにしている。18階から下に向って約2500歩ほど。4往復すればびっしょり汗ばみ目標達成だ。 今年はキスムまでのドライブに10時間。ドライバーが慎重だったこともあるが、道路がデコボコでしかも追い越しもできないような坂道を大型トレイラーが時速10キロくらいでのろのろ行く。年々車が増えてアスファルト道路が一年でボコボコになってしまう。日本企業が道路整備をすればこんなことないのにと思うが、道路工事は中国が専門に援助しているという。 道をならして砂を盛上げ、その上にアスファルトを轢くだけの道路だから、整備しないままの地道の方がほこりはすごいがまだましなように思う。ツアー・コンダクターに出会ったが、彼女の話にによるとサファリ観光客には十分説明をしているが、現地へ来た観光客からは大いに苦情が出る場合もあるそうだ。アフリカはそうだと思うとデコボコ道もホコリもまたハクナマタータだ。どんな状況でも不平不満をつぶやきを止めて楽しめば良いのにと思う。 毎日一万歩を歩くために、キスムでは夕方になると例年にない大雨だ。ケニアは6月ー8月が最高に良い気候の時期なのに、今年は寒さと雨が多く、地球の異常気象がこの国にも影響している。それでも小ぶりの雨になるとホテルの前の公園を歩いたり、ひどい降りのときは5階建てのホテルの上がったり下がったり。 一番多く歩いた日は何と2万歩を越えていた。約10キロ以上歩いたことになる。パラダイス孤児院のためにドラムセットを買おうと思って、キスムの町に一軒しかない楽器屋を探し回ったり、夕方市場に子どもたちの食事を買いに行ったりで、ドライバーに迎えに来てもらうまで歩き続けたりしたからだ。 サファリでも歩き続け、マサイの警備員が歩くのだったらカバのいる所へと、サバンナの中を案内し・・・・、ほんとうはいけないようだが、カバやワニをあそこにいるよと指差してくれた。もちろん要求はされないけれどもチップを弾む(というほどのお金ではないが) 10日間の旅は毎日一万歩から2万歩を欠かすことなく歩き続けた。感謝。イザヤ書40:26 天を仰いでみなさい。 星は、いったいだれが造ったのですか。 羊飼いは群れを導き、それぞれの愛称で呼び、一匹でもいなくなってはいないかと数えます。 同じように神様も、星をぜんぶ数えます。 40:27 ああ、ヤコブよ。 ああ、イスラエルよ。 神様は苦しみを見て見ぬふりをしているから不公平だなどと、どうして言えるのですか。 40:28 まだわからないのですか。 全世界を造った永遠の神様は、絶対に疲れたり、ふらついたりしません。 神様の理解の深さを推測できる者は、一人もいません。 40:29 神様は疲れた者に力を、弱い者に活力を与えます。 40:30 若い人もくたくたになり、若い男もまいってしまいます。 40:31 しかし神様を待ち望む者は、新しい力がみなぎり、わしのように翼を張って舞い上がります。 いくら走っても疲れず、どんなに歩いても息切れしません。
2007/07/06
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一年に一回、アフリカのケニアに出か、今年で18回になりました。ケニアのキスム(ケニア第三の都市)近郊のマンブレオという村の広大な土地にパラダイス孤児院は建っています。今年で11年になる孤児院です。 出かける前の24日(日)エリムの礼拝に孤児院のスタッフ(来日中)が訪れ、22名の高校生たちが資金難のため休学を余儀なくされていることを報告しました。3000ドルあれば復学できると言う話でした。 今回いっしょにケニアに行くことを予定していた方が40万円の支援をし、換金したらちょうど3000ドル(50円のお釣り)になり、アドナイイルエ(主が備えたもう)で感謝でした。 一年に一回の出会いですが、今回は一人旅と言う気楽さもあって、夜の時間も何回も訪問し、彼らの夢やビジョンも聞くことができました。パイロットや医者、弁護士や裁判官、看護師や大学教授、調理師や美容師、牧師など50名の子どもたちが顔を輝かせながら話すのを聞き、涙が出るほどの感動でした。 自分の幼い日の出来事も思い出し、はだしで片道9キロの道を通学した思い出や、母が9歳のとき亡くなりそれから一人ぼっちになり、寂しい少年時代を歌も歌わず、ほとんど話もせず無口で過ごしたこと、16歳でイエス様に出会って変えられたことなど、自分の体験も説教としてではなく交わりの中で分かち合いました。涙を流しながら聞いている子どもたちもあり、逆に話しているほうも感動のひとときでした。 ケニアまでは関西国際空港からエミレーツ航空(EK)でドバイまで10時間弱。ドバイでナイロビ行きを6時間強待ちジョモ国際空港まで6時間ほどでケニア着です。時差が6時間あるので26日(火)23時15分発ナイロビ着が27日(水)14:45分でした。ケニア・ジョモ国際空港までは順調なフライトでしたが、スーツケースが出てくるまでに1時間弱も待たされ毎度のことですが、ポレポレ(ゆっくりゆっくり)の国の第一歩が始ました。明日から少しずつ旅路の記録を綴ります。お祈りありがとうございました。感謝します。詩篇47:1 すべての国々の民よ。手をたたけ。 喜びの声をあげて神に叫べ。 47:2 まことに、いと高き方【主】は、恐れられる方。 全地の大いなる王。 47:3 国々の民を私たちのもとに、 国民を私たちの足もとに従わせる。 47:4 主は、私たちのためにお選びになる。 私たちの受け継ぐ地を。主の愛するヤコブの誉れを。 セラ 47:5 神は喜びの叫びの中を、【主】は角笛の音の中を、 上って行かれた。 47:6 神にほめ歌を歌え。ほめ歌を歌え。 われらの王にほめ歌を歌え。ほめ歌を歌え。 47:7 まことに神は全地の王。巧みな歌でほめ歌を歌え。 47:8 神は国々を統べ治めておられる。 神はその聖なる王座に着いておられる。 47:9 国々の民の尊き者たちは、 アブラハムの神の民として集められた。 47:10 まことに、地の盾は神のもの。 神は大いにあがめられる方。
2007/07/06
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人間だけが笑うことのできる生き物です。ペットを可愛がる方は、うちのペットも笑うと言われます。それはそれでいいと思います。 春は大地が笑うときです。神様の微笑が花々を笑わせているということができます。 聖書にアブラハムという人物が出てきます。彼は100歳のとき息子が生まれました。奥さんのサラは90歳でした。もう絶対子どもが生める年齢ではありません。しかし、神様は子どもが生まれると語り、2人は信じることができず、笑うほかありませんでした。神様はサラに、「いや。確かにあなたは笑った。」と言いました。サラが直接聞いた神の声は、これだけでした。しかし、神のことばは生きていて力があります。彼女は身ごもって子どもを生み、その名を神が言われたとおりイサク(笑う)となづけました。 身体が悪いのに笑うなんて不謹慎なことはできませんと、多くの人は言います。でもほんとうに病を笑い飛ばせたらいいですね。最近の医学に、笑ってガンを治すという療法があります。笑いは百薬の長と言うことばもあります。 毎日少しでもいいから笑ってみましょう。うふっと言うだけでもいいと思います。 もっと簡単に言えば、悩みや苦しみ、ストレスやプレッシャーなどに支配されないで、笑って吹きとばすことです。 笑うと免疫力が高まります。物事をあまりにも深刻に受け止めすぎると、そこから出ることができません。ガンが怖いのはガンだガンだとがんがん心配するからです。ガンを笑い飛ばすくらいの勇気を持ってみてください。 心から微笑、感謝を持って笑いを受け入れてください。不思議なことが起こります。子どもの笑顔のように信頼して笑顔を見せてください。 「ユーモアは信頼の前奏曲、笑いは祈りのはじまり」ということばがあります。神様を信頼して、笑ってみましょう。なかなか笑えないのは、笑いには理由が必要だと思っているからです。人は楽しいとき、うれしいときに笑うと決め付けているから、なかなか笑えないのです。 「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」と聖書は言います。そうです。いつも笑っていなさい。笑いが祈りのはじまりなら、何といつも祈ることは楽しい経験になることでしょう。すべてのことについて感謝するなら、自然に微笑が浮かびます。春の日を浴びて花がいっぱい開くように、あなたの身体全体を笑いに包んで健やかにアーメンと告白してください。
2007/07/05
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健康を考えれば健康になると書きましたが、大切なことはそのことを口に出して言うことです。あなたの言うとおりになります。すべてのものはことばによって造られます。ことばはすべてのものを生み出す鍵です。ことばを使うことができるのは人間だけです。できるといえば何でもできます。できないと言えば言った瞬間から何もできません。 健康に関しても同じです。健康な人は病についてほとんど話題にもしません。病んでいる人は病気の話ばかりしています。中には病歴を自慢し、自分がどれだけ病に負けてきたかを話続けます。確かにそのアドバイスは益になることもありますが、聞いている人を病に引き込んでしまう場合もあります。ちょっと胃が痛むとすぐガンだと思い、診察のしないうちからガンかもしれないと告白します。そしたらすぐ診察を受ければいいのに、ほっておいて思いとことばだけは先行し、診察に行った時にガンと診断されると、自分の思ったとおりだったと自慢するかのように話してしまいます。回りの者もガンかもしれないと言ったのにと嘆きます。 健康に関することを話すときは、健康についてのみ話すように心がけてみてください。病に関する知識は、お医者さんよりも素人の方が知っている時代になりました。健康や病気に関する書籍が、書店には所狭しと並んでいます。健康関係だけの書籍の書店さえもあります。 ぜひ健康を告白することを恐れないでください。1. 私は健康ですと告白してみてください2. 病の方は、私は治りましたといってください3. 治らないのに治ったなどといえない方は、私は治りつつあると言えばいいと思います4. そういった後で、そのことばを本音でアーメンと吸い込み、ハレルヤと健康になった自分をイメージしながら、力強く告白してみてください。5. そのような宣言を朝に夕に毎日告白するなら、自分でも驚くほどに気分もよくなり、元気になっていくこと請け合いです。 自分の身体に勇気を与え、励まし奮い立たせるようなことばをかけてあげてください。今までの人生を支えてくれた身体をけなしなり、惨めにするようなことばを一切口に出さないようにしたいものです。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。(マルコ11:23)
2007/07/04
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99年11月19日(金)夜の講演会に終え、ホテルに引き上げたとき、突然身体の調子がおかしくなり、右手がしびれて動かなくなりました。何が起こったかもわからず、フロントにやっと連絡ができ、救急車に乗せられて運ばれました。真夜中でもあり点滴を受けただけで朝を待ちました。検査の結果脳内出血ということで、脳外科のある病院に再び運ばれました。集中治療室に入れられ5日間考えたことは、なぜそうなったのかと原因を追究することではなく、「わたしは主であってあなたをいやす者である」「キリストの十字架の打たれた傷によってあなたはいやされた」と言う、聖書の約束のことばだけでした。 アーメンと吸い込み、ハレルヤと感謝しました。それは大きな解放であり、安心感でした。8年後の今も健康に関しては、その原因を追究する代わりに、アーメンと本音で健康を考え、ハレルヤと健康を感謝し続けています。幸い、ひとりよがりでなく人間ドックの検査により、医者から完全な健康体に戻っていると宣言されました。 人は自分が考えている通りの人間になります。自分はダメだといつも思っているとダメ人間になります。だれのせいでもありません。自分がそのように決めてしまい、そのように考え思いこんでしまったからです。心が変われば態度は変わります。態度が変われば生活が変わります。生活が変われば自ずから将来も変わっていくのです。健康だけでなく、勉強も仕事も、家庭生活も変革していくのです。 病のことばかり考えていたら、治る病も治りません。健康になった自分を考えてみてください。楽しくなります。このまま治らないのではとか、死んでしまうのではと考えたらイヤになります。死ぬときは死ぬのですから、天国にいくことだけ考えていつ死ぬのかなどと考えるのは止めにしましょう。 あなたの考えがあなたの人生を形成してきました。だれのせいでもなく自分が考えた結果を刈り取っているのです。そのすべてのマイナスを、イエス・キリストは十字架の上に引き受けてくださいました。アーメンと受け止めれば、その瞬間に新しい自分に代わります。新しい考えが心を支配し、聖霊がその心の中に住んでくださいます。本音でアーメンと言えば救われます。ハレルヤと感謝の生活が始まります。一生をハレルヤと歌いつつ生きる人生です。アーメンと人生をおしまいのンで締めくくる人生って素敵だと思いませんか。 力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。(箴言4:23)
2007/07/03
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生活習慣病ということばが定着してきました。持病を生活習慣病だからと自慢している人もあります。 健康に生きることを習慣にすることを提唱します。習慣とは知らない間に自然に繰り返していることです。朝、顔を洗う、新聞を読む、お茶を飲むなど、少しのムリもなくストレスも感じないでやっていることがたくさんあります。健康な人は健康を意識しないで、自然に健康に振舞い、楽しく人生を生きています。 健康に生きる第一の秘訣は、心が健康であることです。病気と言いますが、2つの漢字からできています。病と気です。病は気からと言われますが、気が病むと身体に変調をもたらします。西洋医学は身体の変調を治すことに研究を重ねてきました。それに対して最近では、全人格をいやす東洋医学が見直されています。気をいやすといった方がいいでしょうか。だから私は病気と言うことばをつかいません。病と気を区別した方が良いと思います。確かに身体の調子が悪いと気持ちも沈みます。反対に気持ちが沈むと頭痛がしたり、腹痛が起こったりします。 心の健康は明るく笑いがある生活です。楽しく毎日を過ごすとき、ストレスやプレッシャーに押しつぶされることはありません。いつも健康を考える癖を身につけてください。 2番目に大切なことは、心が考えていることをアーメンと本気で言うことです。健康になりたかったら、そのまま私は健康です。元気ですと力いっぱいアーメンと言い切ってしまうことです。あなたの言うとおりになります。風邪を引きそうだといって、風邪をひいた経験はだれでも持っています。私は風邪を引くことを考えたことも言ったこともないので、30数年間風邪を引いたこともありません。 3番目に、健康をいつもイメージすることです。見えるところは一部分です。見えないところが真実の自分なのです。いつも健康な自分を夢見てください。見たとおりの健康な身体になります。どうせ人間死ぬときは死ぬのですから、いのちが与えられている限りは、健やかに生きることをイメージしてください。じめじめした気持ちから解放され、家族も病の憂いから救われます。単純なことですが、健康を生活の習慣にしてみましょう。 陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。(箴言17:22)
2007/07/02
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健康法に関する本を読むと、呼吸についてよく書いてあります。特に腹式呼吸が重要であるようです。中国や台湾を旅すると、早朝から太極拳をしているたくさんの人たちを見かけます。身体を動かすだけでなく、呼吸法が健康にいいからです。 世界人口は2000年で約60億人、その中キリスト教徒は20億人です。20世紀初頭にペンテコステ運動が起こり、現在世界中に5億2千万人が、その信仰を持っています。ペンテコステ教会の特徴はいろいろありますが、単純に言えば明るくて元気がいいことです。そして世界中どこででも、ハレルヤ!と挨拶し、アーメンと答えます。 このハレルヤとアーメンが実に健康の秘訣なのです。この事実に気づいているクリスチャンはほとんどいないのです。この文章を読んでくださった方は、新しい発見をしたことになります。2050年には、ペンテコステの体験をするクリスチャンは10億7千万人になります。(ペンテコステとは50番目を意味するギリシャ語で、キリスト教会が聖霊により誕生した記念日。クリスマス=キリストの誕生日、イースター=キリストの復活日につぐ記念日です。最初の教会と同じ聖霊に満たされ、異言を語る超自然的経験をすることができます。) 呼吸法は単純に吸うこと、吐くことです。アーメンとすべての良いものを吸い込みます。ハレルヤと思い切り本音を吐き出すことです。 アーメンと本音で健康といやしを願い、ハレルヤと思い切り感謝すると、不思議に心が明るく軽くなります。(ハレルヤとは神様感謝しますという意味です。) ため息ばかりしていないで、アーメンと本音で健康を吸い込んでください。そしてハレルヤと生かされていることを感謝し、腹の底からこみ上げるいのちの躍動を体験することができます。簡単なことです。クリスチャンでなくてもできます。さっそくアーメン、ハレルヤと試してみてください。 わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。(詩篇103:1~5)
2007/07/01
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