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家から500歩ほどで小学校と幼稚園、その間の山道は、最近イノシシが出ると注意報です。大好きな散歩道で、地道で今は落ち葉でいっぱいですが、久しぶりに夕食前に散歩に行きました。落ち葉を踏む音だけが響く山の中です。夕方になり暗くなったので引き返し、300歩ほどでしたが気持よく歩きました。小脳内梗塞から一年たち、余りムリができません。快適な気持ちと、適度な運動=今日は6000歩ほど、食事も粗食に、サプリメントも摂りながら、毎日を楽しく過ごしています。明日は日曜日、生駒聖書学院チャペルで午前10時。午後2時より、大阪通天閣のエリムキリスト教会で礼拝説教です。3:21 私はこれを思い返す。それゆえ、私は待ち望む。 3:22 私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。 3:23 それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。 3:24 主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。 3:25 主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。
2013/11/30
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聖書の一言=申命記12:32 あなたがたは、私があなたがたに命じるすべてのことを、守り行なわなければならない。これにつけ加えてはならない。減らしてはならない。最初の人間アダムとエバの堕罪は、取って食べてはならないという神の命令に従わなかったからです。その日から人類は罪の道を歩いています。なぜ従わなかったのか。悪魔・サタンが、ほんとうに神が食べては行けないと言ったのかときいたとき、「エバは「食べてはならない。触ってはならない。たべると死ぬかも知れない」と神に言われたと答えました。すると悪魔・サタンは、「あなたがたは決して死ぬことはない、神のように賢くなるだけです」、と神のことばと真逆を語り、人間を罪に誘惑しました。悪魔はウソ偽りの父です。真理はイエス・キリストとそのことば=聖書=にあります。ウソ偽りが満ちているこの世です。アーメン信じますと、誠=言+成る=人生を今年のクリスマスこそ体験し、今日もまた天国の一日です!と、ほんとうの幸せを体験し、新しい年を迎えましょう。ヨハネの福音書 14:6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。8:32 そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。ヨハネの福音書8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。
2013/11/30
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今日は、高槻市にある緩和病棟まで、お見舞いに行きました。待合室に70代の男性おり挨拶すると、69歳の弟が危篤で時間の問題とのこと。牧師ですと自己紹介し、握手し平安を祈りました。 57年前の11月24日に、種子島の城之浜海岸で洗礼を受けクリスチャンになりました。 その後、生駒聖書学院に導かれ今日に至っています。なぜ牧師になったのですか?と、ときどき聞かれます。 大きな理由は、牧師として神様の召命を受けたからです。召命=神に召されて新しい使命につくことを意味 するキリスト教用語= 山の中へ薪(たきぎ)を運びにいきいました、いつもポケットに新約聖書を入れており、その日も重い薪を背負っていたので、一休みしたとき聖書を出し読みました。ローマ人への手紙10章13~15節が、心にしっかり入って来ました。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」 牧師になるとは、良いことを伝える人になることだと確信しました。のちに生駒聖書学院に入学し、その確信は今日も変わりません。 「アーメンと言えば救われます!」を信条に、良いニュースを伝え続けています。聖書が伝える良いニュースとは何でしょうか。 それは、「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力で」(ローマ1:16)信じるすべての人に、救いを得させる神の力です。 福音とは具体的に何でしょうか。コリント人への第一の手紙15章1-5節に書かれているとおりですのことです。 「兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、私の宣べ伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、この福音によって救われるのです。私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、 福音=良い知らせ=とは、イエス・キリストが聖書に書いてある通りに、全人類の罪を引き受けて死なれ、墓に葬られ、聖書に書いてあるとおりに三日目に復活され、今も生きておられることです。 そのことをアーメン=真実、誠にその通りです=と、本音で信じるならだれでも救われます。 そのことを本気で本音で伝えているのが牧師であり、すべてのクリスチャンなのです。イエス・キリストの」十字架と復活こそ、この世で最高の良い知らせでありニュースなのです。 「イエス様を信じます。私の心にお迎えします。アーメン」とお迎えください。人生が根底から救われ、新しい人生になります。真実に幸せな神の子として、永遠のいのちを持ち、天国に行くことができます。 そればあkりではなく、今日もまた天国の一日です!と、復活のキリストとともに満たされて生きる天国人生を歩むことができます
2013/11/29
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聖書の一言=申命記11:26-28 見よ。私は、きょう、あなたがたの前に、祝福とのろいを置く。もし、私が、きょう、あなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令に聞き従うなら、祝福を、 もし、あなたがたの神、主の命令に聞き従わず、私が、きょう、あなたがたに命じる道から離れ、あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行くなら、のろいを与える。人生は選択の連続です。イエス・キリストを信じる日々は自由です。本当の自由は、選択できるから自由なのです。クリスチャン生活の素晴らしさは、十字架によりすべての呪いが消されて、祝福だけの救いです。主の命令に聞き従い、アーメンというだけで祝福となり、祝福を与え続ける幸いな、すべてに感謝できる、今日もまた天国の一日です!恵みと慰め 豊かにあふれ主イエスは十字架に 悲しみ痛み全てを背負いて すべて解決アーメン信じて 笑顔かがやく恵みにいのちは 今日も天国主イエスは復活 みことば通り勝利の力は 今ここにありハレルヤ賛美し 輝き進む恵みと信仰 希望と愛に御霊に満たされ 献身の日々福音語れば アーメン信じ新たな人生 天国の日々アーメン
2013/11/29
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人間は外見や姿形で判断したり、判断されたりしてはいけないことを良く分かっています。内面を変えると、人は幸せになります。しかし、同時に内面を変えることの難しさも、多くの人が悩み体験しています。外見やことばつかい(日々の口ぐせ)を変えると、内面も変わります。生駒聖書学院は創立者がイギリス人です。聖書学院に来て驚いたのは、ネクタイを着用していないとテーブルに着くことも許されませんでした。現在はネクタイをしていなくても食べられますが。 しかし、礼拝時のチャペル、授業中の教室ではスーツとネクタイ着用です。イギリスの良い習慣がいまも連綿として続いています。生駒聖書学院には、少年院や、刑務所から入学生を迎えることもあります。暴走族で少年院から入学してきた青年がありました。学院入学と同時にスーツにネクタイの生活。またことば使いも、前向きで明るいことばを口癖に。聖書のことばを朝の目覚めから、ベッドでも口ずさむ。3年間の学び、卒業時には見違えるようになり、新聞やNHKテレビでも紹介されたり、数年前の姿からは想像もできいないような立派な牧師になっています。もちろん、イエス・キリストの十字架と復活、聖霊のお働きにより、そのような変化をもたらしました。しかし同時に、生活態度と外見を変えました。刑務所や少年院も、受刑者を紳士に構成するよう、スーツとネクタイ着用にしたらよいかもしれません。神の子として内面も外形も生まれ変わらせるような法律ができればいいですね。悪い習慣から離れなれないときは、生活のスタイルを変えて見ると、不思議に奇跡のような変化が起こります。お酒の好きな方は、酒の匂いや賑わいのある場所を通らないで真っすぐ自宅へ帰るだけでクリアできます。パチンコが好きならその音のするところを通らない。覚せい剤や快楽に直ぐ誘惑を感じるなら、そんな店や場所へ近づかないだけで解決されます。今年はもうすぐクリスマス。近くのキリスト教会の礼拝の聖なる場へ行ってみるだけで、人生は美しく清らかになります。日曜日午前中のどこでも礼拝があります。生駒聖書学院教会は、午前10時から、大坂新世界のエリムキリスト教会では午後2時。ぜひ、新しい年に向かって、新しい変化を体験し、平安で幸せに満ちた新しい20014年を、天国の日々にしてください。
2013/11/28
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聖書の一言=申命記11:12-14 そこはあなたの神、主が求められる地で、年の初めから年の終わりまで、あなたの神、主が、絶えずその上に目を留めておられる地である。もし、私が、きょう、あなたがたに命じる命令に、あなたがたがよく聞き従って、あなたがたの神、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くして仕えるなら、「わたしは季節にしたがって、あなたがたの地に雨、先の雨と後の雨を与えよう。12月1日からクリスマスを迎えるアドベント(待降節)。一年があっという間に過ぎ、年の始から豊かな祝福を受けています。昨日の朝、福祉作業所そよかぜから、理事長の嬉しい電話。30人乗りの新車が、福祉援助7割引きで備えられたとのこと。九州ラーメンボオランティアは、そのマイクロバスで東関東大震災支援に、4年連続3月11日に福島へ。いっしょに行きましょうとの、濱田龍郎理事長の誘いでした。今日、小脳内梗塞1年目で馬場記念病院へ、MRI検査と主治医との面談。イエス様の癒しと多くの皆様の祈りで完治し、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くし、その命令=聖書のことばに、アーメンと従いながらの日々です。今日もまた天国の一日です!
2013/11/28
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試験は何歳になっても、できれば避けたいと思うようです。神学生たちも試験に合格しないと、進級も卒業もできないので、試験時にはやはり真険に取り組みます。今週は、月曜から試験スタートです。今日は11時30分より、3年前の卒業生、永田直伝道師の牧師按手式があり、2時間の講義を、京都オンヌリ教会主任牧師、山中知義牧師にお願いし、冬季伝道への大きなチャレンジになりました。明日、明後日と試験続きです。明日は、一年前の小脳内梗塞予約のMRI検査で、堺市の馬場記念病院まで。主治医の検査と診断です。イエス様の恵みにより、完治しており黙っていると一年前に脳内出血や脳梗塞をしたようには見えないようです。適度な運動と、快適な気持ち、食生活にも家内が気を配ってくれ、愛用のサプリメントもあり、明日に備えての恵みの夕べです。ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!お祈りありがとうございます。感謝します。
2013/11/27
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聖書の一言=申命記11:1 あなたはあなたの神、主を愛し、いつも、主の戒めと、おきてと、定めと、命令とを守りなさい。愛の最高の関係は命令です。結婚式で、「妻は夫に従いなさい」に、花嫁はアーメン=ハイと応えます。「夫は、キリストが十字架に命を捨てたような愛で、妻を愛しなさい」に、新郎はアーメン=ハイと答え、夫婦の誓約が成立します。クリスチャンになるのは、結婚の誓約のようなものです。その関係は愛、あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛しているとの、限りない愛のことばを、アーメンと告白し救われます。そして、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、神を、主を愛する願いで決心します。神は聖霊によって、いつまでも継続する信仰と希望と愛を注ぎ続けてくださいます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2013/11/27
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エリムキリスト教会では長年、11月を年度変わりにして活動しています。 新しいしい活動を、クリスマスと正月からスタートという単純発想です。また11月24日に種子島の海岸で洗礼を受け、クリスチャンとしての歩みをスタートしたので、その初心を忘れないで、イエス様の十字架と復活の福音に仕える思いもあります。 今年は、神の栄光のために!すべての必要は満たされてと過ごしました。ピリピ人への手紙4:19 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。 様々な必要が多い日々、イエスス・キリスト様のいのちを捨てる愛で救われ、神の子になりました。自分に資格がないと思うことはありません。素直に本音で、純粋な動機で疑わずに、イエス・キリスト様のお名前で祈るとき、求める前から必要を知っておられる天の父が、求めをはるかに超えて、必要を満たし幸いな日々を歩ませてくださいます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です!感謝します。来週12月1日から、新しいビジョンに向かって前進です。
2013/11/26
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聖書の一言=申命記10:17 -18あなたがたの神、主は、神の神、主の主、偉大で、力あり、恐ろしい神。かたよって愛することなく、わいろを取らず、8 みなしごや、やもめのためにさばきを行ない、在留異国人を愛してこれに食物と着物を与えられる。偏愛に育てられると、それがトラウマになり、いつまでも子々孫々まで継続することもあります。真実の神、主は唯一で、、全知全能、偏在で永遠不変、聖で義、公平で完全、愛な類題な父なる神です。愛は完全で、かたよって愛することなく、全人類を愛し,みなしごや、やもめ、、在留異国人を愛し、これに食物と着物を与えられる、天の父なる神です。イエス・キリストの十字架の愛を全人類に注ぎ、アーメンとその愛を受ける恵み、神の大きな豊かな愛をありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。
2013/11/26
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昨日(24日)で56歳の誕生日でした。種子島の海岸で洗礼(バプテスマ)を受けクリスチャンになりました。クリスチャンは二つの誕生日があります。一つはオギャーとこの世に生まれた日、1941年9月2日に種子島の中心で生まれました。ものすごい山の中です。現在は近くに種子島空港ができていますが、生まれたころはバスも通わず、元気も水道もガスもない山の中でした。 孫と種子島を訪ね、お爺ちゃんの生まれたお家はどこ?と聞かれ、自分の生まれた家も分からない藪になっていて、おり笑われてしまいました。 高校性になり、家から20キロも離れ自炊下宿で、自分で食事も弁当も作りながら通学しました。 高校の放課後、種子島に来ていたアルビン・ハモンド宣教師が英会話のクラスを開きました。アメリカ人を見るのがはじめてで、みんなで出かけました。 片言の日本語で「だれでも重荷を負って苦労している人は、私のところに来なさい。休ませてあげます」と聞きました。 それまでの15歳までは重荷を背負う(精神的と言うより、米俵やイモ俵、薪の束やヤギの草、炭俵やともかく農家の子どもでしたので重いものをかつぐ)ことが多く、瞬間ですがアメリカ人が手伝ってくれるのかと思いました。 すぐ、ちがうことが分かり信仰の勧めであり、キリスト教のことだと分かり、自分には縁のない話だと思いました。それから半年後、その宣教師に導かれてクリスチャンになりました。 早いものであれから56年にもなります。先週も同じ海で46年前に洗礼を受けた方とも知り合い、その方が父の家を牧師といっしょに訪ねたことも知りました。種子島の多くの方との出会いが続くここ数年です。 地上に生を受けて72年目に、思いがけず脳梗塞、脳内出血に襲われましたが、輝くいのちを地上で与えられ、天国へ召されるまで現役の牧師として仕える恵みに感謝する、受洗記念日でした。 今日も、午前中は生駒聖書学院でメッセージ。今週はに学期末試験。水曜日には、3年前の卒業生の牧師按手式。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした。感謝します。高らかに宣言しつつの楽しい一日でした。
2013/11/25
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聖書の一言=10:16 あなたがたは、心の包皮を切り捨てなさい。もううなじのこわい者であってはならない。うなじ(首の後ろの部分。くびすじ)のこわい者=がんこで、ハイと首を縦に返事しないで、何を聞いても言われても、ノーとしか言わない自我の固まりのような傲慢で頑な姿。うなじの美しさもですが、うなじの柔らかさ、幼子のような素直さが、神の国にふさわしいとイエス様は教えました。包皮を切り捨てるように、心の頑固さを切り捨て、アーメン信じますと素直にイエス様を受け入れると救われます。うなじのこわさもなくなり、聖書のことばをアーメン、ありがとうございます、と素直に受け止め、今日もまた天国の一日です。感謝しますで、平安で楽しい祝福人生です。56年前の昨日、種子島の海岸で洗礼(心の包皮を切り捨て、うなじの強さもすなおにされ)により新しく生まれ変わり、いつもイエス様の教えにアーメンと肯定し、告白しながらの日々です。
2013/11/25
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聖書の一言=申命記8:16-18 あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった。--あなたの神、主を心に据えなさい。心はU字サイフォンみたいなものです。水を入れると空気がなくなります。そのように心に主を据える恵みを16歳の時、早いものでその日、1957(昭和32)年11月24日(56年前)に経験しました。種子島の西之表キリスト教会の礼拝で、アーメンとイエス様を信じ、近くの海岸で洗礼を受けてクリスチャン。その日よりアーメンといえば救われますと、楽しい日々を今日も過ごしています。苦しみや試みの荒野もありますが、ついには、あなたを幸せにするためであったとある通り、どんなときにもありがとうございますと感謝し、幸せのど真ん中を生かされています。2011年に家内が肺ガン末期余命一年を宣告され、神のなさることはみなその時にかなって美しい。余命一年を感謝しますと、3年目のクリスマスを迎えようしています。昨年は脳内出血や小脳内梗塞でしたが、完治して72歳の現役でボツボツですが、学院と教会に仕える恵みも与えられています。ありがとうございます。聖書の約束通り、今日もまた天国の一日です。感謝します。いつもお祈りや応援、ありがとうございます。元気に生かされ、今日も午前中、聖書学院教会礼拝、午後は新世界・通天閣側のエリムキリスト教会礼拝へ。大阪礼拝には、ラジオ放送でアーメンとイエス様を受け入れた方が、初めて来られます。ヨハネの黙示録3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。 3:21 勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。 3:22 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。
2013/11/24
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恵みは豊かに アドナイ・イルエすべてに感謝で 平安あふれ心配なやみも 主イエスに委ね祈れば解決 喜びのなかすべての願いは 神の御前で知られて解決 輝く感謝心と思いは 満たされ幸にすべての真実 いつも告白十字架と復活 主イエスの愛は今なお変わらず 豊かにあれば主イエスの名により すべてが可能ハレルヤアーメン 天国の日々アーメン
2013/11/23
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聖書の一言=申命記8:2 あなたの神、主が、この四十年の間、荒野であなたを歩ませられた全行程を覚えていなければならない。それは、あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうか、あなたの心のうちにあるものを知るためであった。なぜ苦しみがあり、悩みがあるのか。この大きな?に答えようとすれば、蟻地獄のように解決が見つかりません。世界には多くの?が満ち、悪魔や悪霊、前世の因縁因果、運命宿命論、諦観や自暴自棄、快楽や放縦で刹那的に生きるなど、それへの答えを宗教家や道徳家、教育や政治経済とうすべてが解決しようとしてきたのが、人類の歴史です。ところが、あなたの心のうちにあるものを知るためであったと、神のなさることはみなその時にかなって美しい。すべてのことを感謝しますと、真正面から受け止めると、不思議に平安が支配し、神がすべてのことを働かせてプラスになる恵みを知ることができます。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。すべてのことを!で、感謝しますと受けるとき、新しい世界が開かれ、天使の助けも豊かです。だれでも重荷を負って苦労しているものは、わたしのところに来なさい。休ませてあげようとの、イエス・キリストの満期に56年目に応えて、その日から平安で心軽やかに生きる恵みが与えられています。自分の重荷を委ねつつ、重荷を負う能力も与えられ、72歳の今日も感謝しつつ、現役牧師として明日の礼拝に備えています。明日は、午前10時に生駒聖書学院教会礼拝。午後2時大阪新世界、エリムキリスト教会礼拝。大阪エリムキリスト教会は、ラジオ放送で毎週礼拝へのお招きを放送し続けています。明日の礼拝にも面談を約束してお待ちしています。人は外形を見て判断しますが、主は心を見て下さいます。イエス・キリストの十字架により、罪とが赦され、雪よりも白い心にされ、平安と喜び、感謝にあふれるj日を祈ります。申命記8:3 それで主は、あなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせるためであった。 8:4 この四十年の間、あなたの着物はすり切れず、あなたの足は、はれなかった。 8:5 あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを、知らなければならない。 8:6 あなたの神、主の命令を守って、その道に歩み、主を恐れなさい。 8:7 あなたの神、主が、あなたを良い地に導き入れようとしておられるからである。そこは、水の流れと泉があり、谷間と山を流れ出た深い淵のある地、 8:8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろの地、オリーブ油と蜜の地。 8:9 そこは、あなたが十分に食物を食べ、何一つ足りないもののない地、その地の石は鉄であり、その山々からは青銅を掘り出すことのできる地である。 8:10 あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜わった良い地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。
2013/11/23
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最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。ピロピ人への手紙4:8-9ありがとう すみません大丈夫 不安だ 心配だなんとかなる どうするのよく頑張った またダメだったまだ00歳だ もう歳だおいしい まずい面白い つまらないそれがいい それでいいやあの人 素敵 いやな奴だできます できません何とかします 仕方ありませんぜひいきます 行けるはずがありませんきっとうまくいく 絶体うまくいかないいいことは長続きする いいことは長続きしない私は恵まれている ツイてない 運が悪いお金はいいものだ お金に縁がない今は持ち合わせが足りない 高くてとても買えない男性は頼りになる 男なんか信用できない私はいい女(男) 私はダメな女(男)楽しみだ 苦痛だ人生はこれからだ もうピークは過ぎた世界は広い 世の中なんかそんなもの心に満ちていることを口が話すのです。良い人は、良い倉から良い物を取り出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を取り出すものです。わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、罪に定められるのも、あなたのことばによるのです。マタイの福音書12:34-37
2013/11/22
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恵みは豊かに 奇跡は今日も主イエスの救いは 今ここにありへいあん幸い 神の子とされきょうも天国 輝きあふれ主イエスの十字架 罪咎(とが)赦し病もいやして 貧しさ死をすべてを贖う 豊かな救いきょうも天国 ありがとう感謝主イエスは復活 永遠(とわ)のいのちに輝き生かされ 福音つたえ使命も新たに 活き活き元気今日も天国 賛美ささげるアーメン
2013/11/22
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聖書の一言=申命記7:13 あなたを愛し、あなたを祝福し、あなたをふやし、主があなたに与えるとあなたの先祖たちに誓われた地で、主はあなたの身から生まれる者、地の産物、穀物、新しいぶどう酒、油、またあなたの群れのうちの子牛、群れのうちの雌羊をも祝福される。神様は愛です。結婚して12年目に長男、一年七ヶ月後に長女も与えられました。神が天の父で、与える愛、守り支え助ける、厳しく躾けることや叱責することも、さまざまな出来事の中で、聖書のことばが真実その通りであることを、子どもを愛することで体験的に分かりました。それは今も変わらず、自分が父として子どもに対する何百倍、何千倍、いや無限大の愛を全能の父から、与えられ続けている恵みを受け続けているのだと、感謝しています。愛され祝され、いつでもどこでも何をしても、神のなさることはみなその時にかなって美しく、すべてはプラスに変えられ、神の栄光が現れます。いつも平安です。ありがとうございます。すべてのことに感謝しながらの、今日もまた天国の一日です。
2013/11/22
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昨年7月、右脳内出血で交通事故になり、救急病院に入院した経験を、、「三たび、輝くいのちに生かされて」と小冊子5000部発行。自動車は、形状を留めないほどに大破しましたが、幸いかすり傷もない事故でした。3日で一般病棟、2週間後にはリハビリ病院へ。病院生活の体験や1ヶ月後の完治体験を書き、事故現場の写真も退院後、写し掲載しました。「三たび、輝くいのちにいかされて」とのタイトル。1998年11月左脳内出血、そして昨年は7月右脳内出血、10月に小脳内梗塞になり、イエス様の癒しと愛の祈りに覚えられ、主治医に完治を宣言されました。 「天国から追い返された牧師に改題し、5000部再版(小冊子;50ぺーじ)に書きました。残部少々あるので贈呈いたします。elimyoshi@kcn.jpまで。
2013/11/21
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日本人の二人に一人は、いずれはガンになる時代となったそうです。ガンになっても長生きする条件が、週刊文春に掲載されている。1、前向きでなくても、自分らしくガンと向き合う2、周囲の人は無理に励まさず、静かに見守る3、落ち込みが長く続く場合は、主治医などに相談を4、ガンを受け入れ、ガンとの共存を考える...5、ガンのことばかり考えるより、好きなことをする6、お金の備えもしておく7、お金をかけるほど長生きすると錯覚しない8、長生きだけを目標にせず、生活の質を大切にする以上、8つの条件が書かれていました。 家内は2011年に、末期ガン余命一年と主治医にいわれました。いま3年目のクリスマスを迎えようとしています。8つの条件だけでなく、いくつかの恵みがあります。大きな恵みは、いつ死んでも天国に行けるから、行く所が分かっているので安心で楽しみなのです。 余命一年と聞いたとき、その事実をありがとうございます。正面から感謝しますと、本人だけでなく家族も、感謝しますと受け止めました。アーメン信じますと、すべてのことを感謝し、多くの愛の祈りに支えられ守られ幸いです。
2013/11/21
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恵みに生かされ 朝ごと日ごと主イエスに仕える 喜びあふれ十字架の福音 世界に伝え人々信じて 天国の日々主イエスは復活 わが内にあり変わらぬ恵みで 奇跡は今日もいやされ自由に 活き活き生きる 人々信じて 天国の日々聖霊そそがれ 喜びあふれ感謝と賛美は 絶える間もなし十字架の福音 語る喜び人々信じて 天国の日々コリント人への第一の手紙9:16 というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。9:17 もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。9:18 では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。9:19 私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。9:20 ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。9:21 律法を持たない人々に対しては、--私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、--律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。9:22 弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。
2013/11/21
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聖書の一言=申命記7:9 あなたは知っているのだ。あなたの神、主だけが神であり、誠実な神である。主を愛し、主の命令を守る者には恵みの契約を千代までも守られる。知ることは、頭で理解し心で感じ、意志で受け止め、信じ告白し行動することです。わかるとはかわることです。16歳の時、真実で誠の神は、唯一であり、それ以外は人間の想像で産み出され、形ある物として自分で作り、自分を救えと願う身勝手なものだと思いました。主イエス・キリストの十字架の救いをアーメンと信じバプテスマを受けクリスチャンになり56年、恵みの契約=約束通りに平安と幸せです。恵みは朝ごとに新しく、ありがとうございます。生かされ生きていることを奇跡と感謝し、今日もまた天国の一日です。
2013/11/21
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イエス様は、「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。叩きなさい。そうすれば開かれます」(マタイ7:7)と、祈ることの素晴らしさを教えて下さいました。 また、「わたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう」(ヨハネ14:13-14)と、すばらしく確約してくださいました。 この素晴らしい約束で日々祈りが答えられ、神が全能でありイエス様の約束が真実であることを体験しています。 しかし同時にまた、聖書には祈りが答えられないと悩む人に、警告を与えています。 その一つが、信じないで疑うことです。「 ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません」(ヤコブ1:7-8)) アーメンとは真実ですと言う意味です。イエス・キリストの名前で誠実にはおに求める求めに答えが与えられます。イエス・キリストの約束を信用して祈り答えを体験してください。 もう一つの理由が聖書に教えられています。それは「あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです」(ヤコブ4:2-3) また、もう一つの素晴らしい理由、これは答えられない祈りと言うより、すばらしい恵みの答えです。「このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。しかし、。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。(第二コリント12:8-10) 疑いもなくい願い求め、悪い動機ではなく純粋に祈りながら、祈りが思った通りにならないことも経験することがあります。その時に、実は主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われ、大きな恵みの答えをくださっています。 私も毎朝、「私の恵みはあなたに十分である。と言うのは、私の力は、弱さのうちに完全にあらわされるからである」と、主のことばに心満たされ、感謝と平安で新日を迎えています。朝ごとに、ありがとうございます。今日もまた天国の一日です!感謝します。と告白しつつ新しい一日を歩み出し続けています。神よ、変えることのできるものについてそれを変えるだけの勇気を私たちに与えてください。変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを与えてください。そして変えることがでえきると、変えることのできないものをとを、この二つを見分ける知恵を私たちにお与えください。(ラインホルト・ニーバー牧師の祈り)
2013/11/20
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聖書の一言=申命記6:1 これは、あなたがたの神、主が、あなたがたに教えよと命じられた命令--おきてと定め--である。あなたがたが、渡って行って、所有しようとしている地で、行なうためである。6:2 それは、あなたの一生の間、あなたも、そしてあなたの子も孫も、あなたの神、主を恐れて、私の命じるすべての主のおきてと命令を守るため、またあなたが長く生きることのできるためである。6:3 イスラエルよ。聞いて、守り行ないなさい。そうすれば、あなたはしあわせになり、あなたの父祖の神、主があなたに告げられたように、あなたは乳と蜜の流れる国で大いにふえよう。アーメンという言葉を聞いいたことがありますか。昨日出会った20歳の女性に、その意味は、ほんとうです。漢字で書くと、真実、誠=言+成るです。聖書の言がそのままに成る=実現することです。アーメンと言えば救われ、天国の予約ができ、平安で幸せになるのですよとお話し、握手をしてアーメンとイエス様を受け入れてくれました。旧約聖書には、その全てを守れば救われると、有名な十戒や祭儀律法、民法が詳しく規定され命令されています。新約聖書は、神の厳しい戒めを実行できない罪を、神ご自身がひとり子である=神が人間になられた=イエス・キリストの十字架で、救いを成就してくださいました。十字架が律法の終りとなり、神の愛を実現し、全ての違反の罪を贖ってくださいました。その聖書のことばをアーメンと信じるだけで救われ、バプテスマ(洗礼)により神の子とされます。神を愛し、自分を愛するように隣人を愛し、受けるよりも与える方が幸いな、平安で楽しい喜びの、今日もまた天国の一日です。感謝します。
2013/11/20
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昨年の今日は、こんなことを書いていました。今日は死ぬのに とても良い日だあらゆる声が私の内で 声をそろえて歌っているあらゆる生あるものが 私とともに仲良くしているすべての美しいものがやって来て 私の中で憩っているすべての悪い考えは 私の中から出て行ってしまった今日は死ぬのにとても良い日だ私の土地は 平穏で私を取り巻いている私の土地は もう最後の鍬が入れ終わった我が家は 笑い声が満ちている子どもたちが帰って来た(タオスのプェプロインディアン老人の詩) 生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必要です。私はこのことを確信していますから、あなたがたの信仰の進歩と喜びとのために、私が生きながらえて、あなたがたすべてといっしょにいるようになることを知っています。ピリピ人への手紙1:20-25
2013/11/19
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聖書の一言=申命記5:16 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が命じられたとおりに。それは、あなたの齢が長くなるため、また、あなたの神、主が与えようとしておられる地で、しあわせになるためである。聖書の重要な教えは、第一に神を愛しなさい。そして隣人を愛しなさい。人が生まれてすぐ出会う隣人が両親です。十戒の1=4戒めが神を愛しなさい。6戒から10戒は隣人を愛せよ。その真中にある5戒が、あなたの父と母を敬えです。両親を敬うとは、尊んで、礼を尽くし、尊敬することです。母の日や父の日、敬老の日だけでなく、いのちが与えられているそれだけで、親は尊敬する価値があり、尊んで礼を尽くす存在です。特にまだ存命の父と母を敬い、親孝行できる幸せを体験する今日にしましょう。イエス・キリストをアーメンと受け入れ、天国のいのちの書に名を記される救いを確信し、永遠とは、のちに来るだけのものではなく、それはすでにここにある永遠の今と感謝して、今日もまた天国の一日です。生きていても天国、死んでも天国、真の神からの愛の助けは、もっとも暗い時=肉体の死の時にも=豊かに注がれます。アーメン。ありがとうございます。
2013/11/19
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目の前に「いのちより大切なもの」(星野富弘著)があり、渡邊和子氏推薦の文が書かれています。 「いのちより大切なものがあると知った時に生きていく力が与えられた」と、星野さんは言う。その力に支えられて、苦しいことの多い一生を生きる一人の人間の生の軌跡は、この世のいのちに勝る尊いものなのだ。 書中には、9年という長い入院期間、「あれがなかったら俺の人生は違っていた」と何度も思いました。・・・・限りなく過去を遡っては後悔を繰り返していました。 いっそのこと生まれなければよかった・・・・。来る日も来る日も病室の天井を見ながら思いました。そして、いつもそこに落ち着いてしまうのです。それはあまりにもみじめなことでした。 人間にとって一番の苦しみは、「今が苦しい」と言うよりも、この苦しみがいつまでも続くのではないかと不安になることです。と本文で星野さん自身が書いておられます。冬があり夏があり昼と夜があり晴れた日と雨の日があって一つの花が咲くように悲しみも苦しみもあって私が私になってゆく私は傷を持っているでもその傷のところからあなたのやさしさがしみてくる 口で書いた花に、美しい詩が添えられ、星野富弘さんのこれまでの歩みがつづられている、昨年12月に発行され 多くの人にいのちの尊さと、生きる勇気を与えてくれた書です。
2013/11/18
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聖書の一言=申命記4:7 まことに、私たちの神、主は、私たちが呼ばわるとき、いつも、近くにおられる。お母さんは、わが子の泣き声やしぐさに敏感です。朝早くでも真夜中でも、すぐ気がついておっぱいをふくませ、おしめを変えたたり、添い寝やだっこしたり大事に育てます。昨日は熊本でした。大阪空港まで迎えに来てもらいました。パパが外に出てここですと外へ出て手を上げたとき、3歳の孫は目を覚まし、パパがいないのでワアと声を上げて泣きました。するとパパはここだよと声をかけると、じい!お帰りとニコニコ顔でした。どんなときでも主に呼ばわるとき、いつも近くにいて守り助け、慰め励まし勇気を与えてくださいます。真実で愛なる全能の神を、天の父と呼ぶ幸いな、今日もまた天国の一日です。ヨハネの福音書14:23 イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。 14:24 わたしを愛さない人は、わたしのことばを守りません。あなたがたが聞いていることばは、わたしのものではなく、わたしを遣わした父のことばなのです。 14:25 このことをわたしは、あなたがたといっしょにいる間に、あなたがたに話しました。 14:26 しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。 14:27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。
2013/11/18
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聖書は、お祈りするときは心配しないで感謝して願いなさいと、繰り返し教えています。 「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。(ピリピ4:6) 「絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(第一テサロニケ5:16-18) それはどんな意味があるでしょうか。感謝はすべての疑いや不安を取り除いてくれます。 疑いや恐れを無くすと心が平安になり、信じる心で願いが叶うことを信頼して、落ち着いて生きることができます。 ですから毎日の生き方として祈りが聞かれたと信じいて、ありがとうございます。願いが叶いました!感謝しますと、物事に取り組み実行することができます。感謝することによって、願いがかなえられたことを確信し、心配したり思い煩らったりしないで、前向きに取り組むことができるのです。 祈りと願いと感謝は、信仰生活の三位一体です。毎日を祈りと感謝で平安過ごし、今週に元気に過ごしましょう。 ヨハネの第一の手紙5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。
2013/11/17
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聖書の一言=申命記4:4 しかし、あなたがたの神、主にすがってきたあなたがたはみな、きょう、生きている。 何があるか分からないのが人生です。明日のことを心配するなと、イエス様は教えました。明日は明日の風が吹くというような、刹那的な生き方ではなく、明日を心配したり、思い煩ったりしないで、真剣に今日という日を生きなさいです。 今日に生きるなら、今日という日が天国になり、そのまま死んでも天国。平安と喜びの一日になります。 イエス・・キリストを信じ、左右脳内出血、小脳内出血になりましたが、十字架の癒やしにより元気に生かされ、天国から追い返された牧師(体験を冊子にまとめました)として今日も生かされ、熊本県で開拓伝道中です。今日は熊本で礼拝説教です。すべては聖書のことばをアーメンと信じる恵みの人生です。恵みに生かされ、活き活き生きる日々。今日もまた天国の一日です。 熊本県の空港所在地に、9月15日益城エリムキリスト教会を設置しました。140坪の土地に50坪の教会堂と3Ldkの住居があります。縫製工場跡地ですが、改装で見違えるほどの礼拝堂になり、洗礼槽も設置し、介し礼拝で2名、午後からの献堂式で2名のバプテスマ式を行いました。 熊本開拓伝道は、福島県いわき市で始まりました。2011年11月、東日本大震災に九州ラーメン党理事長の濱田龍郎兄といわき市でお会いしました。イエス・キリストをアーメンと信じて、ボランティアの帰リ道、生駒聖書学院でボランテイア理論を講じ、洗礼を受けてクリスチャンとして熊本に帰りました。 彼は詩人で小説家、書家でボランテイア仲間九州ラーメン等理事長、さらに社会福祉事業そよかぜ福祉代表です。種子島出身で郷里が同じ、また高校の3年後輩になります。2011年に種子島原人に紹介され、福島県いわき市でのボランティアでの出会でした。その間の事情は「受洗の日」(濱田龍郎著)に詳述。 そのような出合いから、今年5月に会社跡地を購入。山本慎一兄が真夏日に改装に取り組み、洗礼室も建設し、最初の受洗者としてメンバーになり、現在5名のメンバーで教会活動を続けており、今年初めてのクリスマスを行います。 幸い、生駒聖書学院冬季伝道期間の1ヶ月間、佐々木学神学生が教会泊まりこみで伝道に行くので、すばらしい開拓教会の前進のなると祈り期待しています。 しばらくは月一度空港から行き帰りで第三日曜日は熊本行きです。益城町は熊本空港があり、空港ホテルエミナースに一泊し、礼拝を終えすぐ帰宅です。大阪空港までは送迎があり、飛行機に乗るだけですから、かえってリラックスできると思います。 学院が月曜チャペル説教、昼まで講義があるので、学期中は寄り道もできずですが、新幹線より交通費も安く、時間もかからないので飛行機利用です。益城エリムまでは空港から15分。新幹線だと熊本駅から一時間以上かかるので、新幹線も大好きですが、一番好きな飛行機利用です。詩篇 103:1 わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。103:2 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。 103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、 103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、 103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。
2013/11/17
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ほほえみは、疲れきった心に休みを与え、失望した人に希望を与え、悲しんでいる人に光を照らしてくれます。ほほえみは、人生のあらゆ問題に、神様が与えてくださる妙薬です。天使の笑顔とほほ笑みで、少々寒くても感謝!感謝!ハレルヤ。アーメン。ほほえみは、少しも元手ははいりません。しかし、多くの幸せを人に与えるものです。ほほえみは、人に与えても少しも減りません。しかし、もらった人を限りなく豊かにします。ほほえみは、それを生み出すのに、少しも時間はいりません。しかし、それを受けた人の記憶の中には。永遠に残ります。
2013/11/16
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聖書の一言=申命記4:2 私があなたがたに命じることばに、つけ加えてはならない。また、減らしてはならない。私があなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令を、守らなければならない。アーメンは本当です。真実そのとおり誠=言+成る=聖書の言どおりに成ります。アーメンで聖書のことばが実現します。聖書のことばが100%神のことばだと素直に信じ、56年のクリスチャン生活を続け、牧師になっても聖書のことばどおりになると語り続けています。アーメンと言えば救われます。平安が豊かに与えられ、すべてのことに感謝する日々です。いつでもどこでも誰にでも救いの福音を語り続けています。机上の空論ではなく、自分も体験しているので、今日もまた幸いな天国の一日です。今日は。午後から飛行機で熊本へ。明日は益城キリスト教会礼拝説教。お祈りください。9月15日に開設し、最初の礼拝、午後から献堂式。それから礼拝はインターネットで中継。第三日曜日に飛行機で熊本へ。益城町は空港があるので、益城キリスト教会まで自動車で15分くらいです。今夜は、熊本ホテルエミナース泊。明日、礼拝の後すぐ帰ります。月曜日は朝チャペル説教。昼まで講義。昼から、輝き・可能性への変身(新刊)を会社セミナーのために、大阪の会場まで届けに、新設の教会も訪問予定。毎日が楽しい喜びの日。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。ヨハネの黙示録 22:17 御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください。」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。 22:18 私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。 22:19 また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。 22:20 これらのことをあかしする方がこう言われる。「しかり。わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。 22:21 主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。
2013/11/16
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昨年の今日書いたブログ今朝は生駒朝祷会でした。講師を韓国から予定していましたが、来日が昼からになり、急遽メッセージをしました。 走るべき行程を走り尽くすと題して、短く話しました。「 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません」(使徒20:24)と、使徒パウロのすごい生きざまです。 使徒行伝はその名のごとく、イエス様の弟子たちの記録です。正確には十字架に死に、3日目に復活され、聖霊としてこの地上に来られた聖霊のお働きの記録です。だから聖霊行伝と表現した方が良いほどです。 だが、聖霊のお働きは目に見える人間を通してなされ、使徒の働き1~11章までは、使徒ペテロの働きを中心に紹介しています。 9章で使徒パウロの回心が起こり、最後の28章まではパウロの働きが紹介されています。 イエス様のことばが、地方年エルサレムから始まり、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで広がる様子が、生き生きとし血沸き肉踊るように、記録されています。 最終章の最後の節には、「、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた」とあります。 そこで、使徒の働き最終章は結論はなく、今もなお全世界で聖霊に見たさられた牧師と教会により、描き続けられているのです。 使徒パウロの決断を自らの決断とする、多くの誠実な働き人が大勢おります。固い決意と覚悟で、イエス・キリストの十字架の救いを、聖霊に満たされ語り続ける、今日もまた天国の一日です!感謝します。
2013/11/15
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聖書の一言=申命記3:22 彼らを恐れてはならない。あなたがたのために戦われるのはあなたがたの神、主であるからだ。人生は戦いとよく言われます。最大の勝利は無敵の人生です。イエス様は敵を愛しなさいと教えました。敵を愛すると、敵がいなくなり無敵になり、いつも輝く勝利の人生になります。イエス・キリストは十字架にいのちをすて、墓に葬られ、3日目の朝復活されました。人類最後の敵である死に、打ち勝ち勝利の凱旋をなさいました。敵がいなくなり平安だけです。アーメンと信じ、喜びと感謝の今日もまた天国の一日です。恐れないで、しっかり信じ信頼し、永遠のいのちを与えられているこのです。問題を戦いとしないで、喜びと楽しみで向き合い、ニコニコと頬笑み輝いて前進しましょう。赤ちゃんはいつも守られて笑顔で勝利です。幼子のように素直な気持ちで、喜怒哀楽素直に母の胸で解決するように、全能で愛の神の御手に守られ支えられての日々です。聖書は勝利の人生を約束しています。ヨハネの福音書16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」ローマ人への手紙8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。 8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。 8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。 8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、 8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。
2013/11/15
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今日も、昨年の今日書いたブログです。エリムキリスト教会の年度替わりは11月です。クリスマスを年度初めとして祝おうと、数十年前からら11月末で終わり、新たな気持ちでクリスマスをスタートにして来ました。 今年度は、ヨハネの福音書15章16節のイエス様のことばとともに、一年間を恵まれて過ごしました。 「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです」 全能で愛なる神の選びの中で生きる幸いを、イエス様のお言葉とともに実体験しつづけた一年間でした。それは年度が変わっても永遠に変わらない選びの約束です。 その選びは、天地宇宙ができる前からの永遠の選びです。 すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペソ1:4) また、母の胎内からの選びです。 わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、あなたを聖別した」(エレミヤ1:5) さらに十字架にいのちを捨てて愛し、3日目に死者の中から復活した、主イエス・キリスト自らの選びです。、 「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです この世に生を受けた人は、すべてが神の永遠の愛の中に選ばれているのです。ですから自分の出生や氏を悩んだり、苦しんだりしなくて良いのです。 全能で愛なる神が生きよ!と、いのちを与えてくださったのです。主イエス・キリスト様が十字架にいのちを釘付けにしてまで愛して選んでくださいました。 「あなたはわたしの目に高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4) 今日もいのちが与えられている、生かされていることに胸を張って、何があろうと天国に召される日を望みつつ、雄々しく強く生き続けたいものです。
2013/11/14
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恵みに満たされ 福音語る 主イエスに選ばれ 任命された豊かな実りの 約束受けて恐れず仕える 喜びの日々血潮は豊かに 日々そそがれていよいよ清らに 主イエスの姿に福音語れば アーメン信じ人々救われ 神の子となる聖霊そそがれ 力はあふれ世界の果てまで 主イエスを証マラナタ マラナタ 世の終わりまで今日も天国 ハレルヤアーメンアーメンヨハネの福音書15:16 あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの
2013/11/14
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聖書の一言=申命記2:7 事実、あなたの神、主は、あなたのしたすべてのことを祝福し、あなたの、この広大な荒野の旅を見守ってくださったのだ。あなたの神、主は、この四十年の間あなたとともにおられ、あなたは、何一つ欠けたものはなかった。」大好きな聖書の箇所です。人生は荒野の旅、どんな所を通るときにも、何一つ欠けたものはない幸せな日々です。40歳で産まれて40年、クリスチャンになって40年、生駒聖書学院入学40年、牧師になって40年、結婚して40年などと多くの区切りがありました。事実、主が何をしてもすべてのことを祝福され、ありがとうございますと、試練の広大な荒野の旅を心から感謝し、今日もまた天国の一日です。40年を待たなくても、何か(試練や病など)あるたびに、更に新しい段階に引き上げられる体験です。わしのように翼をかって、上昇し続ける人生を、今日もまた天国の一日です。イザヤ書40:28 あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。 40:29 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。 40:30 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。 40:31 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
2013/11/14
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昨年の今日書いたブログです。昨日は、10月26日に入院10日目に退院した小脳梗塞検査で、堺市馬場記念病院脳神経外科へ朝早く出かけました。予約していましたが結構時間がかかり、CT検査がすみ主治医との面談。CTでは幸いなことに痕跡もないほどに完全に梗塞のあとも消えていました。 左足のしびれやそのほかのことは、放っておいても治るので、リハビリなど治療手段はないとのことでした。イエス様を信じる信仰をいただいて、平安に守られ、ボツボツ進みたいと思う診察の一日でした。 「そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。(使徒の働き3章16節) ありがとうございます。今日もまた天国に一日です!感謝します。日曜日にで話した聖書のことばどおりになっている恵みに感謝する、さわやかな秋の朝です。 昨日は種子島の安納イモが届きました。小ぶりのサツマイモですが、蜜があふれるほどもあり、甘く美味しいサツマイモです。 中学生時代までは、サツマイモ(カライモ)が主食でした。もうサツマイモは卒業したと長年たべなかったけれども、8月の退院以来減塩食事を始動され、不思議に種子島や鹿児島から玄米やサツマイモが届き、再入学して美味しいサツマイモや玄米、野菜などに囲まれて生活しています。 イエス様は、何を食べようかと思い煩うなと教えました。食べなければ健康を維持できませんが、すばらしい癒し主であるイエス様にしっかり従いつつの日々です。
2013/11/13
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聖書の一言=申命記1:10 あなたがたの神、主が、あなたがたをふやされたので、見よ、あなたがたは、きょう、空の星のように多い。産めよ、増えよ、地に満ちよ、地を従えよ。全能で愛である天地創造の神様は、人間が地球を天国にすることをのぞみ、豊かな祝福を与えました。人類の起源から今日まで、人類は増え続け、地球の資源を取り尽くし、環境汚染までももたらしています。残念なことに、罪に堕落し自己中心になり、神の栄光のためにという創造の目的からはなら、自我を満たすためならなんでもするというわがままに成り果ててしまいました。神の愛は、イエス‥キリスとの十字架に豊かに現され、すべての罪や病や呪い、貧しさや死を贖い、三日目に復活し、アーメンと信じてバプテスマを受けると、神の子どもになる道を開かれました。今年もすぐクリスマス。イエス‥キリストをアーメンと信じて、豊かな愛と幸いに満ちる神の子たちが、空の星のように増え続けることを祈りつつ、今日もまた天国の一日です!
2013/11/13
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ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です!感謝します。さわやかな朝の目覚めです。 目の前のパンフレットに、「運命は日々、与える情報の質と量によって決まってくる」と書かれてありました。運命=いのちを運ぶと言う意味でしょうか。 聖書は定められた運命と言うよりも、信じる者に神の御摂理=この世の出来事がすべて神の愛と配慮に従って起こるとされること=があることをを信じ信頼しています。「あなた方に対する計画は、わたし(全能で愛なる唯一の神)が知っている。それは災いではなく、平安を与える計画であり、あなたに将来と希望を与える」とあります。 イエス様を信じる時、神のなさることはみな時にかなって美しい!と、すべてが愛の摂理の中でなされると知り、感謝に満たされて与えられていることに対処することができるのです。 運命だ!仕方がない!というあきらめや、絶望から救われて天国を告白しつつ、前進することができ、どんな状態の中でも幸せを与えられるから幸いです。 私たちを取り巻き、朝から番まで与えられる情報は、テレビ、新聞、雑誌、インターネットや回りからの声など、ものすごい量です。聞きたくいなくても耳だけでなく心の中まで入って来ます。そのほとんどがマイナス情報です。識別したり選択する暇もないくらいです。 生きていて力がある神のことば=聖書=からの情報はほとんどありません。クリスチャンも礼礼拝で聞き、毎日聖書を読んでいても、押し流されてしまうような情報が回りにあふれているのが現状です。 今日もさわやかに、スカッとした気持ちとことばで新しい週へのスタートです。イエス・キリストを信じる幸いをひとりでも多くの方に知っていただき、運命を越えた神の摂理の素晴らしさを体験してもらえたらと願っています。
2013/11/12
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「韓国だってやっていた」 橋下市長がまた"慰安婦暴言" 楽天SocialNewsに投稿! 2013年11月11日 掲載 懲りない男だ。「日本維新の会」共同代表の橋下徹大阪市長が、また従軍慰安婦問題で"暴言"を吐いた。10日、フジテレビの「新報道2001」に出演し、こう持論を展開したのだ。 「慰安婦問題を正当化するつもりはありませんけども、世界各国で、戦場での性の問題があったんだと。だから、韓国が謝罪を求めにきても、(日本は)『あなたたちもやっていたようなことでもあるから、あなたたちも反省しながら、われわれも反省をする』という、そういうスタンスで臨めばいいと思うんですよ」 相変わらず、「悪いのはボクだけじゃない」というコドモの論理。政治家の発言としては、稚拙極まりない。 橋下といえば、今年5月、慰安婦発言で世界中から顰蹙(ひんしゅく)を買ったばかり。それが維新の人気失速の原因ともいわれているのに、まったく反省していなかったらしい。 「9月の堺市長選で負けた橋下氏は『国政は国会議員団に任せて、大阪に専念する』と言っていたはずです。都合が悪くなると地方の首長の立場に逃げ、一方では公党の代表として国際関係を左右するような発言をする。このダブルスタンダードは海外の人には通用しませんから、維新の会は極右政党と見られ、日本の政治はどうなっているのかと不信を与えてしまう。橋下氏の不用意な発言が国益を損なうだけなのに、どうして分からないのか。政治家としての資質を疑います」(政治ジャーナリスト・山田厚俊氏) 今回の橋下発言の背景には、慰安婦問題について維新の会がイケイケになっていることがある。維新の会は先週、「河野談話」を見直すための「歴史問題検証プロジェクト・チーム(PT)」を設置することを決めた。座長は「慰安婦問題は捏造」と主張してきた中山成彬元文科相だ。 「PT設置には、橋下代表の慰安婦発言が蒸し返されると反対する声もあったのですが、それ以前に代表自ら問題を蒸し返しているのだから、目も当てられません」(維新の若手議員) アントニオ猪木参院議員が北朝鮮訪問で懲罰動議を出されるなど、ガバナンスもめちゃくちゃで迷走中の維新の会。こうなったら、極右政党として開き直り、生き残りを図るしかないか。
2013/11/12
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聖書の一言=申命記1:6=7あなたがたはこの山に長くとどまっていた。 向きを変えて、出発せよ。堂々巡り、行ったり来たり、ぐるぐる回り続ける、いつまで言ってもゴールがないような人生。向きを変えよと、聖書は命じています。16歳の時、種子島のキリスト教会で向きを変え、11月24日で56年になります。十字架にいのちを捨てて死に、墓に葬られ3日目の復活した、イエス・キリストをアーメンと信じ、その日の午後、種子島の海岸でバプテスマを受けてクリスチャンになりました。ずっと祈っている登校拒否の少年の顔が浮かぶと同時に、僕学校へ行く!と力強く言い、歩き出す姿が目に浮かびました。向きを変えて出発!と目覚めた朝です。アーメンと言う時、大きな方向転換の生まれ変わりの時です。その日から、天国へ向けて目標のある人生。どんなに向きを変えても、イエス様から目を離すことなく、天国に目を向け続ける、56年のクリスチャン生活です。今こそ、日本は原発廃止に向きを変えて出発せよ!政治も経済も境域も、家庭生活も個人個人も、無神論や偶像崇拝、快楽や放蕩三昧、生活習慣病や自己中心のスッキかってな生き方から向きを変えて、出発する時です。イエス・キリストを見上げて、アーメンと言えば救われ、新しい生まれ変わりの人生が、永遠のいのちを持つ天国人生がスタートします。今日はラジオ放送録音日で、ABCスタジオでも、イエス‥キリストが生まれ、十字架に死なれたのは、全人類を救うためだったことを語ります。人でも多くの方が、アーメン信じますと、向きを変えて救われて欲しいと祈り願っています。不平、不満、文句や泣き言から向きを変えて、感謝します。ありがとうございますと、輝く笑顔で言いながら、今日もまた天国の一日です。テモテへの第二の手紙 3:1 終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。 3:2 そのときに人々は、自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、不遜な者、神をけがす者、両親に従わない者、感謝することを知らない者、汚れた者になり、 3:3 情け知らずの者、和解しない者、そしる者、節制のない者、粗暴な者、善を好まない者になり、 3:4 裏切る者、向こう見ずな者、慢心する者、神よりも快楽を愛する者になり、 3:5 見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。こういう人々を避けなさい。テサロニケ人への手紙5:16 いつも喜んでいなさい。 5:17 絶えず祈りなさい。 5:18 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。
2013/11/12
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デボーションが新約聖書になり、マタイの福音書、そして途中入院もあり、先週ヨハネの福音書から語りました。 イエス様の生涯を紹介する福音(良いニュース)が四つあり、それぞれすばらしイエス様を紹介しています。 マタイの福音書=王の福音書(シシ=ライオン)インマヌエル=神はともにおられる!・祈るとき主は共におられます・宣教するとき主は共におられますマルコの福音書=牛=全人類に仕えるために来られた主イエス・キリストを紹介しています。ルカの福音書=理想の人を紹介しています。ヨハネの福音書=永遠の王の福音書(ワシ=鷲)言=イエス・キリスト・いのちのパン、世の光、羊の門、良い羊飼い、・よみがえり、道、真理、いのち、まことのぶどうの木。・毎日の口癖として=ヨハネ1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。とあるように、口ぐせを変えることで、自分の否定的な思いや、消極的習慣を捨てて、あなたの信じるとおりになることを、体験する11月、12月にしてみましょうと、11月4日に礼拝でチャレンジしました。 続いて今日の礼拝では 使徒の働き=聖霊のお働きについて読みます。父の約束=聖霊のバプテスマ=ペンテコステの日は、キリスト教会の誕生日です。1. 復活の主イエスの御名二素晴らしさを、美しの門のいやし煮みます。2. この人を強くした!=自立=第一コリント15:57 しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。 15:58 ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。3.この人を完全な身体にした=自律=第二コリント9:7 ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。9:8 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。 今夏、種子島行きの前日、7月22日右脳内内出血&交通事故になりは完治し、一ヶ月で退院でしたが、10月18日~26日、今度hs小脳内梗塞で入院し、手術なしで完治し10日目退院できました。 ムリができず、明日、堺市馬場記念内病院へ検査治療です。車の運転もできず送迎してもらいながらですが・・・・。 今日は日曜日、生駒と昼大阪で礼拝説教です。ムリができない身体になったなと思いながら、イエス様のいやしに感謝しつつの日々です。先週は熊本での講演会、沖縄県の教会新築献堂式等もキャンセルしました。 だが、わたしがしようとしていることは、今すぐには起こらない。ゆっくりと少しずつ、しかも確実に、実行に移される。 遅いように思えても、失望するな。必ず計画どおりになるのだ。忍耐して待て。ただの一日も遅れることはない。ハバクク2章3節これは主がなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。 あなたは、私の神。私はあなたに感謝します。あなたは私の神、私はあなたをあがめます。主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。(詩篇118篇より) 天国聖会には、受洗55周年を記念して、入院体験記を、「みたび輝くいのちを与えられて」と題して小冊子を発行します。ピリピ人への手紙1:12 さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたいと思います。1:20 それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現わされることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。1:21 私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。ご案内生駒聖書学院は、教団、教派を越えて、将来牧師や牧師夫人を目ざす兄弟姉妹に大きく門戸を開いてお迎えしています。 聖霊による信仰と知識、また聖書の実際的、実践的な学びができる神学校です。知性と良識だけではなく、聖書的信仰と聖霊に満たされながら学べます。 家族寮(2LDK)単身男女寮(単身赴任で学んでいる既婚男性が3名もあります) ぜひ、将来牧師として活躍を願う退職後の皆様もお出でください。年齢・性別・学歴・国籍不問です。牧師、宣教師推薦状が必要です。心から生駒聖書学院ご入学をお待ちしております。03年度入学式=4月8日(月)04年度は4月14日(月)です。入学案内・願書等は下記あて、ご請求ください。630-0243生駒市俵口町951生駒聖書学院電話・Fax:0753-74-7622 elimyoshi@kcn.jpジャンル:ウェブログ
2013/11/11
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聖書の一言=民数記21:9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた。イスラエルの民は、400年のエジプトの奴隷から解放されました。しかし、彼らの心は開放されていなくて、事あるごとに不平不満、つぶやき逆らい、ガマンできなくなり、パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。と、つぶやきました。すると火の蛇が彼らに噛みつき、モーセが青銅の蛇を旗竿の上に掲げ、蛇に噛まれた人がその蛇を仰ぎ望むと、癒され生きる事が出来ました。しかし、そのことばを信用せず、何と生きる事ができるのに2万3千人もの人が死にました。そのことは、今の時代への警告です。青銅の蛇ならぬ、イエスキリストが呪われたものとして十字架上に死なれ、その十字架の救いをアーメンと信じ仰ぐだけで救われます。滅びの地獄行きから、天国行きへと救われるのです。十字架の救いをアーメンと仰ぎましょう。今日もまた救いの天国の一日が、あなたの前に備えられています。アーメン。
2013/11/11
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先日、鹿児島からサツマイモ(種子島ではカライモ)が贈られてきました。最近の主食は玄米ご飯とサツマイモです。 第二次世界大戦(太平洋戦争)が終わったのが、1945(昭和20)年8月15日でした。あと数日遅かったら種子島も、奄美大島のように占領されていたといつも思います。 戦争善を良しとする考えがあります。そう考えても戦争を良しとし、善としてはならないと信じています。人のいのちは全世界よりもいのに、分からず屋の年寄りだけが戦争前の日本は、善だったと叫びそれに同調する大人(と思っている壮年たちが)再軍備や憲法改正を叫び立てます。 そして、若者たちを死に追いやります。国のためなんだから、死んで当たり前だと言う間違った教育をしてしまいます。戦前の日本は正邪の区別のつかない指導者が、国のために国のためにと叫び、若者を死に追いやり。女子供は泣き叫ぶ悲惨さを作りだしてしまいました。 戦後は遠く去りましたが、暴走老人や毒走政治家に、国のためにという大義名分に、気を付けなければならないる時代になりました。国民のことを考える本物の政治家を選びたいものです。 日本人の忘れた物がたくさんあります。その最大の忘れものの一つに、「飢え」があります。一部のエリートたちには(今、再軍備を叫び人たち)関係ないと思いますが・・・・。 戦争直後、ほんとの日本人は飢えていました。私は3歳11カ月でした。種子島の田舎にいたのに、コメのご飯を食べたことがありませんでした。わずかばかりの田んぼで取れる米は、供出後の家には何も残りません。 中学生頃までは、主食はサツマイモだけ、田舎でしたので野菜にことなくことありませんでした。今、考えると贅沢な食生活だと思いますが。 今は、コンビに行けば何でも食べる者があります。病気にってからはコンビニ食品は、塩分過多のためほとんど食べることができません。 子どもたちの舌は肥えて、贅沢になれ、食の乏しさを日本人は忘れてしまったように思います。日本で捨てられる食品だけで、1億人の飢えを満たすことができるそうです。 アフリカのケニアでは、飢えた子どもたちがトウモロコシ半分をかじりながら一日を過ごします。それもない子どもは飢え死ぬ者もあります。 大切なもの、人情や愛など多くのものを繁栄の背後に忘れているよう思う朝です。そして、決して忘れてはならないものは、平和憲法の素晴らしさです。すばらしい平和を祈りつつ、今日も過ごしています。ルカの福音書
2013/11/10
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聖書の一言=民数記14:8 もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。民数記13章と14章は、ロッキー山脈の頂上に降った雨が、太平洋と大西洋に分かれて流れて行くように、積極的か消極的かで、大きな差が出てくる箇所です。神は乳と蜜の流れる土地に導くと約束し、その土地を偵察すると、エシュコルの谷には、ぶどう一房を二人で担ぐほどの豊かさ、いちじくや、ザクロもたわわに実る、文字通り乳と蜜がながれる土地でした。10人の男たちは、そこにある問題を見続け、そこを占領するのはできないと大声で叫ぶと、みんなの意志も挫いいてしましました。ヨシュアとカレブは、問題が大きれば大きほどチャレンジできるし、やりがいがあると告白しました。結果的に約束の地に入れたのは二人だけで、できないと叫んだ10人に従ったすべては、乳と蜜の流れる土地に入れず、不平、不満、文句や泣き言、できない、むりだと嘆きつつ死んでしまいました。可能性は可能となると、前向きに信じてチャレンジする、今日もまた天国の一日です。すべてのことに心から感謝して。アーメン。ある未開地に靴の会社がセールスマンを派遣すると、すぐ当地に靴を履く習慣ナシ、直ぐ帰国と電報が入りました。もう一人を派遣すると、すぐ当地に靴を履く習慣なし。大漁の靴を送れとの電報でした。何事にも、捉え方によってプラス面とマイナス面があります。イエス‥キリストを信じる人生は、天国を持つ人生です。どんな結末であれ、それは地獄ではなく、天国なのです。前向きに積極的に考え、告白し、行動できるのは。聖書がそのように約束しているからです。聖書の言葉=神の約束を真実です。誠にその通りです。アーメンとまっすぐに受け止めているだけです。脳内出血、小脳内出血で倒れても、わたしは主であってあなたをいやすとの約束にアーメン。その十字架で打たれた傷により癒やされたとのことばにアーメン。そのまま死んでも、永遠のいのちを与えられているので、平安に天国です。どんな時でも最終目的地が天国ですから、乳の蜜の流れるいのちのこの実なるとことです。書いているときに電話が入りました。感謝します。ありがとうございますの明るい声。70代婦人ですが、ガンで手術が成功し、3日間治療で入院し、今まで個室でしたが、今回は相部屋で山口県から治療に来た30代女教師といっしょ、また治療に来るとのことだそうです。早く完治して教室に戻れるよう祈りました。様々な知らせが飛び込む牧師書斎です。お聞きすることで癒やしを祈り、平安と喜びに変わるのを見ることは素晴らしいです。どんな時でも天国目ざして昇華する人生は、素晴らしいです。なぜこんな病気になったのかと、自分を攻めたり、人のせいにしないで、特に悪魔だとか悪霊からだとか、因縁因果とか言う迷わしことばに、支配され騙されないように気をつけてください。そんな心配をしたり思い煩わないで、心から神様の最善を感謝して、ありがとうございますと、今日もまた天国の一日を!生きても天国、死んでも天国です。
2013/11/10
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生駒聖書学院は、教団、教派を越えて、将来牧師や牧師夫人を目ざす兄弟姉妹に大きく門戸を開いてお迎えしています。聖霊による信仰と知識、また実際的、実践的な学びができる神学校です。知性と良識だけではなく、聖書の信仰と聖霊に満たされながら学べます。家族寮(2LDK)単身男女寮(現在単身赴任で学んでいる男性が3名もあります) ぜひ、将来牧師として活躍を願う退職後の皆様もお出でください。年齢・性別・学歴・国籍不問です。牧師、宣教師推薦状が必要です。心から生駒聖書学院ご入学をお待ちしております。03年度入学式=4月8日(月)入学案内・願書等は下記あて、ご請求ください。 630-0243生駒市俵口町951生駒聖書学院電話・Fax:0753-74-7622 elimyoshi@kcn.jp
2013/11/09
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主イエスの約束 聖霊注ぎ力を授けて 地の果てまでも主イエスを証し 救いを伝え御国が来るまで いつも平安ペンテコステの日 御霊そそがれ満たされ弟子たち 異言を語る心は満たされ 主イエスを語るアーメン信じて 教会誕生賛美と喜び 感謝が満ちて勝利の歌声 世界に響きハレルヤアーメン 恐れは消えて主イエスをたたえる 天国の日々アーメン
2013/11/09
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聖書の一言=12:13 それで、モーセは主に叫んで言った。「神よ。どうか、彼女をいやしてください。」祈りはとりなすことです。モーセは、地上の誰にも勝って柔和で謙遜でした。一番の理解者の姉ミリアムが、彼を非難し軽蔑しました。そしてミリアムは、神からの病に侵され死を宣告されました。そのときの祈りです。ミリアムはモーセのとりなしの祈りで癒されました。奇跡は起こったのです。聖書は、すべてを許せというだけでなく、祝福を与えるために召されたのだから祝福し、さらにとりなしの祈りをと教えています。愛は許しであり、とりなしの祈りです。家庭、学校、職場、国会でも、柔和と謙遜のリーダーが、愛の執り成しを始めるとき、奇跡が起こり始めます。今日もまた天国の一日です。日本は今、絶対多数政党があり、憲法や原子炉廃炉ではなく再開、さらに原子炉輸出で総理大臣が国会開催中にトルコへ、また消費税値上げ、弱者切り捨てのような法律も多くでき、格差社会へ進展しています。牧師として日本の救いを、世界平和を祈り、神の国実現を臨んでいる毎日です。共産党の主張が100%正しいとは思いませんが、その主張を政権党の自民党が実行したら、日本は変わると思います。まともなことを言っているのは、共産党だけではないかと、思うようなこの頃のニュースばかりです。問題指摘と言うだけで、実行力が伴わなず、何でも反対では国民は立ち行きできません。実行力はあっても、欲望に支配され、自分たちの思うままにやりたい政党では、国民は幸せになりません。政治家が国のためと言い始めるとき、国民のことを忘れています。国民会っての国です。「人民による、人民のための、人民による、人民の政治」こそ、いまの日本に必要です。政党エゴをかなぐり捨てて、震災復興や原子炉廃止へ向けて、本当に日本を足する政治家になってほしいと祈る朝です。マタイの福音書20:26 あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。 20:27 あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい。 20:28 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。」
2013/11/09
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昨年の今朝は、説教学講義。メラビアン効果について神学生たちと学びます。 メラビアン効果とは?話しの聞き手は、話してのどこを見て印象を持つかについて、心理学者のメラビアンのことばから来ています。言葉=7パーセント耳(語調・音声)=33パーセント目〈態度・表情〉=55パーセント(第一印象・インパクト)話は言葉だけでなく「言葉以外の要素」=「非言語的要素』が大きく相手に影響を与える。ということです。 「そのためにも、語り手は、「せめてあしふくぜ」くらい気をつけたらよいと、話し方の本にあり、神学生たちに今朝、紹介しようと願っています。 目の前にいる人との対面が最大のコミュケーションの魅力です。そのためには、「せめてあしふくぜ」背筋=肩の力を抜く、アゴを引く、背を伸ばす、全体に自然体。目線=話す前に全体に目を配る、ひとり一人に目を合わせる、穏やかに、明るく。手の位置=後ろ手で組まない、気になる癖を直す、両脇にたらす、必要な時にゼスチャーとして使う。足=体重を両足に均等にかける、両足を大地にしっかりとつける、膝を伸ばす下腹に軽く力を入れる〈腹式呼吸〉服装=場にあった服装を心がける(TPO)癖=自分の振る舞いの癖を知り直す、自分のことば癖を知り直す。 生駒聖書学院は現在、教団、教派を越えて、将来牧師や牧師夫人を目ざし、信仰と知識、実際的、実践的神学校です。知性と良識だけではなく、聖書の信仰と聖霊のお働きを受ける実践的な学び舎です。校です。ぜひ、生駒聖書学院にご入学をお待ちしております。入学案内・願書等はご請求ください。 630-0243生駒市俵口町951生駒聖書学院電話・Fax:0753
2013/11/08
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