全20件 (20件中 1-20件目)
1
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------思いきって全部出す。そうすると、次が生まれてくる。この「今日のフォーカスチェンジ」を書きはじめたころ、ときどき、不安になったことがあります。それは、「ネタが尽きちゃったらどうしよう」ということなんです。(笑)とくに、とっておきのネタがあったりすると、「これは、ネタが出ないときのためにとっておこうかな」なんてことを、思ったりもするんですよね。(^^ゞでもね、結局は、その日一番書きたいと思うことを、つまり、自分にとって、とっておきのネタを書くことになるんです。「大丈夫。必ず次が生まれてくる」と信じて。そして、その気持ちは、一度も裏切られたことがありません。次には、ちゃあんと、新しいネタが生まれているんですね。でも、これって、不思議でも何でもないんです。ちょっと、別のことで実験してみましょうか。息をほんの少し吐いて、それから吸ってみてください。また、ほんの少し吐いて、吸ってみてください。いつまでたっても、浅い息しかできませんよね。今度は、思いきり吐いてみてください。からだのなかからぜーんぶ空気を出してしまうつもりで。そして、吸ってみてください。どうですか?吸う、なんて思わなくても、自然に息が入ってくるでしょ。それも、たっぷりと深い息が。アイデアも、同じ。出し惜しみせず、出し切ってしまえばいいんです。そうすれば、心のなかに、すきまができます。そのすきまに、新しいアイデアが入ってきます。それは、昨日、「とっておき」だと思っていたものより、さらに、「とっておき」の内容だったりします。(って、自分で言うか)(爆)おかげで、毎日楽しくつづけることができるのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第125号(2004年3月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------簡単だと思えば、けっこう簡単なことかもしれません。少し前の話です。そのとき、私は、いくつもの難問をかかえていました。どうしても解決策が見つかりません。まわりにいるおとなたちも、同様です。みんなで、どうしたものかと、深刻な顔で悩んでいます。そのとき、一人の子どもが、あっけらかんと言いました。「~~すればいいんだよ!」とてもとてもシンプルな方法でした。とたんに、みんなの表情が変わりました。「そうか、そうすれば簡単にできるじゃないか!」思わず、みんなで笑顔になって、喜びあいました。そこで、はっと目がさめました。そう、夢だったのです。夢のなかと同様、現実の自分もさまざまな問題をかかえていました。そして、なかなか解決できないでいました。夢のなかではあんなに簡単なこたえがわかったのに、目がさめてみると、その「~~すれば」の中身を、どうしても思い出すことができません。(^^ゞ(夢って、そんなものかもしれませんね)でも、その子どもの明るい声のひびきと、「簡単じゃないの」と笑顔をかわしあった、その感覚だけが、鮮明に残っているのです。とても、爽快で、すっきりした気持ちです。そうか、この気持ちで臨めばいいんだな。…そう思いました。困難な状況に、困難な顔をして臨んでも、何も変わりません。かえって、「困難だなあ」という気持ちがつのって、よけい困難な状況を引き寄せてしまう気がします。どうせなら、「簡単さ」と、明るく向かってみようよ。…そんなメッセージをもらったような気がします。それに、思い出せないながらも、そのこたえのイメージが、漠然とですが、記憶に残っていました。「逃げないで、まっすぐに向き合う」という感覚でした。まさに、シンプルなこたえではありませんか。夢のなかにあらわれた子どもは、「怖れない心」の象徴だったのかなとも思えてぎました。その明るい声のひびきと、笑顔を支えに、一つひとつの問題と、誠実に向き合っていこう。そんな勇気をもらった、夢のお話でした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第124号(2004年3月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------なすすべがなくなったときは、「おまかせ」にしよう。生きていくなかには、「もうどうにもならない」と思うことが、しばしばあります。とりわけ、人間関係のトラブルの場合には。自分の誠意が相手に伝わらない。相手の真意がわからない。まるで、泥沼のような状態に陥ってしまい、なんとかしようとすればするほど、深みにはまっていきます。困難にぶつかったとき、「くじけてたまるか」と最後まであきらめずにトライすること。それは、とても大切なことです。でも、やるだけのことをやり、それでもどうしようもないと感じたとき、「がんばりすぎ」は、強いプレッシャーになってしまいます。「こんなにがんばっているのに、どうして」と、自分を責めてしまう場合だってありえます。うまくいかないのは、あなたのせいではないんです。また、相手のかたの問題ばかりとは限らないのです。お互いが、何かそこから学ぶ必要があって、そうなっているかもしれないのです。そんなときは、思いきって、手放しましょう。そして、「おまかせ」にしてしまいましょう。「おまかせ」って、誰に?実は、よくわからないのですが、誰でもない、誰かに、なんです。私は無宗教人間ではありますが、この世界が、何か、とても大きな法則によって、動いていることを、漠然と信じています。昔のひとは、「人事を尽くして天命を待つ」といいました。「運を天にまかせる」とも言いました。それと、同じことなのかもしれません。綱を引きすぎていると、まわりの景色を見る余裕もなくなってしまいます。入れすぎていた力を抜いたら、ちがったものが、見えてくるかもしれません。やるだけのことはやったと思えたなら、手を放して、おまかせして。あとは、気分転換で、いつもとちがうことでもしてみますか?そしたら、ゆるゆると動き出すかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第123号(2004年3月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------------------落ちこんでもいい。大切なのは、どれだけすばやく回復できるかだ。これは、4か月ほど前、私の身に起こった話です。(^^ゞ夜、友人と飲みに行きました。ごきげんに酔っ払い、電車に乗って帰りました。ふっと、意識が戻ったのは、深夜1時過ぎ。終着駅でした。きゃああ。なんで、なんで~。(>_<)早い話が寝過ごしたのです。連日、寝不足状態がつづいていたせいかもしれません。まあ、ここまでは、よくある話です。(あるのよー)しかし、問題はこれで終わりませんでした。とりあえず、下りようとすると、お財布がないのです。お財布のなかには、たまたま昼間、銀行からおろしたばかりの30000円が入っていました。(私にとっては、コレ、ものすごい大金なんです)(T_T)それから、パスネットやスイカなどの交通チケットが、たぶん、15000円ぶんくらい入っていました。テレホンカードも、700円ぶんくらい入っていました。それより何より、実はこのお財布、友人の形見なのです。志なかばに、脳出血で亡くなった、友人の…。正直、落ちこみました。寝過ごした自分のばか、ばか。お財布、なくしても気づかない自分のばか、ばか。お財布に、大金入れてた自分のばか、ばか。友だちの形見なくした自分のばか、ばか。はああああ~。冗談抜きで、涙が出てきました。(ホントです)しかたがないので、駅を出て、交番に行きました。とにかく、帰らなくてはなりません。「○○(最寄駅)まで、歩くと何時間かかりますか」と聞くと、「7時間はかかりますよ」と、ツレないお返事。(爆)早くから出かけなくてはならない用があるので、悠長に歩いて帰ることもできません。マンガ喫茶などで時間をつぶして、始発まで待とうにも、そのお金もないのです。やむなく、タクシーを使うことにしました。家までたどり着けば、生活費としてとってあるお金がありますから。タクシー代は、22000円ほどかかりました。家に着くと、時間は、3時過ぎになっていました。まあ、そんなこんなで、その夜は、正直、パニック状態でした。でも、翌朝には、すでにフッカツしていました。不思議なくらい、サバサバしていました。合計70000円くらいの出費となってしまい、あれ買おうかなあとか、思っていた予定もすべてパー。何より、生活費を使ってしまったので、明日から、ううう…なんて状態でしたが。(^^ゞ(爆)でも、いいや。何とかなります。っていうか、しました。今日のタイトルそのままに、生きることにしたわけです。「落ちこんでもいい。 大切なのは、どれだけすばやく回復できるかだ」自分で言ってて、自分で実践できなきゃ、うそですから。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第122号(2004年3月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------------「ひらがな」に置き換えてみると、わかります。このメルマガの読者のかたはお気づきと思いますが、私の文章は、漢字とひらがなの混合率を見ると、どちらかというと、ひらがなが多いタイプだと思います。これは、単に、私が漢字を知らないせいもありますが、(^^ゞ「伝わりやすい言葉」を意識している、ということもあるのです。以前、会社につとめていたころ、外部に発注した仕事が、意図していたものと、ちがって届いたことがあります。私は、すぐに相手のミスに腹を立てたのですが、上司が、そのとき、こんなふうに言ったのです。「伝わらないのは、こちらの伝えかたが悪いからだよ。 小学校5年生くらいのひとが読んでも、 わかるような文章を書いてみなさい」と。それ以来、自分の文章を見直してみると、あることに気がついたのです。誤解を生みやすい文章、伝わりにくい文章は、どうも、漢字が多用されていることが多いなあと。 これはあくまでも私の場合で、 そうではないひとも、たくさんいます!漢字(漢語)は、たしかに便利です。短い言葉で、ずばりと表現することができます。反面、もっとていねいに考えなくてはならないことを、なんとなく、わかったふうに書いてしまうこともあります。そんなときは、文章としては、まとまっているのだけれど、何か、すっきりしないものになってしまうのです。だから、自分の書いた文章が、どうも納得いかないときは、私は、漢字をひらがなに…、より正確には、やまとことば(和語)に直してみることにしています。和語に直すと、自然に、ひらがなが多くなります。そのため、文章は多少長くなってしまうのですが、自分が伝えたかったことって、こうだったんだなあとあらためて、気づくことが多いのです。つけ加えれば、何か主張をするときでも、ひらがなのほうが、ソフトに伝わる場合が多いですね。言葉は、キャッチボールです。同じ主張をするなら、より気持ちよく受け取れる、そんなポールを投げたいと思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第121号(2004年2月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------「自分が」「自分が」の「が」は、「我」と書きます。これは、もうずいぶん前に、宗教関係の友人から教えてもらった言葉です。私自身は、無宗教人間ですが、この言葉は、実にわかりやすくて、今でもときどき思い出します。ずいぶん前になりますが、私自身の体験です。当然、私にまかせられるだろうと思っていた仕事が、別のひとに、まわってしまったことがあります。その仕事については、そのひとよりも私が適任だと思っていたので、正直、憮然とし、不公平な扱いを受けたと感じました。この体験を、あとになって振り返ってみたときに、思い出したのが、この言葉です。「自分が」「自分が」の「が」は、「我執」の「我」なのだと。確かに、そのひとと私を比較してみれば、その仕事は、私のほうができたかもしれません。でも、私だって、たまたま、その場にいたから、その仕事にかかわれたに過ぎません。もうひとまわり大きく、視野を広げてみると、私「だけ」が、適任であったわけではないのです。実際、広い視野で見てみると、適任者はもっともっとたくさんいました。そしてそのひとたちは、何の評価を得なくても、黙々と、誠実に、自分の仕事を積み上げていました。そのとき、本当に気がついたのです。ああ、私はなんて傲慢なものの見かたをしていたのだろうと。思えば、私はそのころ、まわりが、自分の仕事を正当に評価してくれないと、強い不満をいだいていたのです。そのため、ことあるごとに、腹を立てていました。「なぜ、私の意見が、取り入れられないのか」「なぜ、私ばかりが、不本意な思いをさせられるのか」今、思い返してみると、恥ずかしい限りですが、まさに、「我」「我」「我」の世界でした。自分を主張することがいけないわけではないのです。大切なのは、そのときに、まわりが見えているかどうか。「自分が」と思わず主張をしたくなったとき、今は、ひと呼吸置いて、考えるようにしています。「今の私、自分だけの『我』になってない?」そして、いただいた仕事には、「私に、この仕事を与えてくれて、ありがとうございます」と、感謝している、今の自分がいます。実のところ、このほうが、とても気持ちがいいのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第120号(2004年2月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------------うまくいかないことは、うまくいくためのプロセスなのです。この考えかたができるようになってから、いろいろなことが、ずいぶん、楽になった気がします。実際、「うまくいかない」と感じることは、日々の生活のなかに、多々あるものです。そのたびに、「どうしてなんだろう」と状況を恨んだり、「自分はいつも…」と、自分を責めたりしてしまいがちです。「恨んだり責めたりして、うまくコトが運ぶなら、 おおいに恨もう。責めよう」と、最近の私は思っています。ま、実際には、恨んでも責めても何も変わらないわけですが。で、次に考えるのが、こういうことです。「今、うまくいっていないということは、 自分に、何を、教えようとしてくれているんだろう」ひょっとしたら、それは、「そっちに進んではいけないよ」という忠告かもしれません。あるいは、「ここで、今のうちに、たくさん練習しておこうね」というサポートかもしれません。「これで、この方法だとだめなことがわかったでしょ」という、学びかもしれません。そんなふうに考えてみると、いずれにしても、「うまくいかない」ことは、「(いずれ)うまくいく」ためのプロセスなのだということがわかるのです。ある意味で、それは、「クイズ」のようなものかもしれませんね。「さて、今、このうまくいっていないことは、 なぜ起きているのでしょうか?」このクイズのこたえは、たぶん、ひとつではありません。いくつものこたえがあるということは、あなたには、それだけの可能性があるってことです。どのこたえを選ぶかは、あなたの自由。選んだら、ぜひそれを活用して、進んでください。きっと、次の展開が見えてくるはずですから!●追記ちなみに、うまくいかないときって、瞬間的に、感情が波立ちますよね。そんなときは、私はまず、思いきり、波立つことをゆるしてしまうんです。「ぐあああ、なんでだー、バカやろおおお!」って。(爆)で、そうやって感情を放出しちゃって、そのあとで、今日のメッセージ「うまくいかないことは、 うまくいくためのプロセスなのです」を採用するのです。(^^ゞこの放出して、すっきりするまでの時間が、最近、どんどん短くなっています。大体、数十秒~数分で完了します。(^^ゞ気持ちの切り替えの苦手なかたは、この「とどめなく放出する」作戦をオススメします。ただし、わかってると思いますが、ひとに当たっちゃだめですよー。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第119号(2004年2月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------そのひとの視点に立ってみる。今日は、短めの話題です。ちょっと前に、友人からもらった写真を、デスクトップに飾っていた時期がありました。それは、猫の写真で、友人が自宅の庭で、デジカメで撮ったものでした。雑種の、ちょっぴり太めの白猫なのですが、庭のテーブルの上に乗って、いつになくきりりとした表情で(失礼)、何かをまっすぐに見つめている写真なのです。たぶん、視線の先には、鳥か何か、動くものがいるのでしょう。その表情が好きで、思わず飾っていたのですが、あるとき、ふと気づきました。私が見ているこの視線は、友人が、カメラをかまえたときの視線でもあるんだなと。とたんに、胸のうちに、あたたかいものが流れこんでくるのを感じました。そう、友人の、その猫にたいする愛情です。猫の、その瞬間をとらえずにはいられない、思いです。そのことに気づいた瞬間、まるで、自分がその場で体験しているかのように、私もまた、友人と同じ、あたたかい気持ちになったのでした。そして、自分ではない誰かの視線に立ってみるのって、おもしろいなと思いました。よく、「ひとの気持ちになって」といわれますよね。でも、それって、なかなかむずかしいことです。でも、写真を撮るような感覚で、そのひとのがわから、対象を見てみる、ということなら、なんだかできそうな気がしてきますね。そのファインダーのなかには、何が映っているのか。「ほうほう、そうか」なんて、楽しみながら、ひとの気持ちを感じることができるかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第118号(2004年2月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------「沈黙」を受け入れると、気づきが生まれる。何人かでおしゃべりしているときに、ふっと、空白の時間がおとずれることがあります。誰も、何もしゃべらない、そんな瞬間です。英語では、「天使が通り過ぎた」という慣用句もあるそうです。ところが、この時間が、苦手なひとがとても多いようです。会話のなかで、沈黙がおとずれると、すぐに誰かが、茶化した言葉を発して、みんなを笑わせてみたり、ときには、みんなで、その沈黙をはねのけようとします。「沈黙がこわい」という声さえ聞かれます。何かしゃべっていないと、不安になるのだそうです。でも、なぜ、ひとは、沈黙を怖れるのでしょうか。本当に怖れているのは、何なのでしょうか?私は、沈黙が好きです。会話が途切れると、途切れたままにまかせます。そして、ゆったりと、相手を見ます。あるいは、場がかもしだす雰囲気にひたります。あらためて、ああ、このひとは、表情がすてきだなあとか、今、語ったことは、とても大切なことだったなあとか。沈黙とは、そんなふうに、さまざまな思いが、自分のなかに沈殿していく時間でもあります。しゃべっていても、沈黙していても、あなたはあなたであることに変わりありません。「今・ここ」にいる自分に、「OK」をあげてください。そうすれば、怖れることは何もなくなります。同じように、あなたの目の前にいるひともまた、そのひとであることに変わりありません。「今・ここ」にいるそのひとに、「OK」をあげてください。そうすれば、怖れることは、本当に何もなくなります。そして、静かに、沈黙を味わってみてください。沈黙のなかから見えてくることに、、まっすぐなまなざしを向けてみてください。聞こえてくることに、そっと耳を傾けてみてください。沈黙は、きっとあなたに、こたえを返してくれるはずです。そのこたえを、どうぞ、しっかりと受け取ってください。たぶん、その瞬間から、あなたの何かが変わります。●追記忘れられない「沈黙」の思い出があります。そのころ、私は、郷里の北海道に住んでいたのですが、いろいろあって、失意のなかにありました。ある晩、気を紛らわせたくて、友人に電話をかけていたら、会話のあいまに、ふっと、沈黙が流れました。その沈黙のあとに、友人が言ったのです。「海の音がするね」元気300%のいまの私なら、「古い電話機だから、雑音が入ったんでしょーが」と、笑い飛ばしてしまうと思います。そのときは、その、意味不明(?)のひとことが、なぜか、泣けてしかたありませんでした。ぞれこそ、津軽海峡を隔てた北海道で、私は、ひとりぼっちの気持ちでいたのです。「海の音がするね」そのひとことで、ばらばらになっていた何かが、ひとつにつながった気持ちになりました。(そう、海を介して、みんなつながっているのです)それにしても、友人が、そのとき、なんでそんなことを言ったのか、今も不明です。やっぱり、電話機の雑音のせいか…。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第117号(2004年2月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------必要なのは、ほんのちょっとの勇気だけ。他愛ない話ですが、よかったらおつきあいください。実は、私、けっこう、からだが柔軟です。(えっへん)子どものころは、マット運動が得意でした。でも、運動って、継続していないと、どんどんできなくなりますよね。(T_T)あるとき、劇の稽古のあいまに、子どもたちが「ブリッジ」をして遊んでいるのを見ました。まっすぐに立った状態から、反り返って倒れていき、両手・両足で、からだを支えるという、あれです。楽しそうなので、久しぶりに、自分もやってみようとしたら、これができないのです。反り返って、うしろに倒れていこうとすると、頭をぶつけそうな気がして、怖くてできないのです。日ごろの運動不足を、思い知らされた場面でした。ところが、ある日、たまたま劇指導に行った中学校で、分厚いマットが出しっぱなしになっていました。普通のマットの2倍以上は厚さのあるマットでした。「これなら、頭からおっこちても平気かも」(^^ゞそう思ったら、挑戦してみる気になりました。えいやっ!…できました! 実にらくらくと!隣にあった、普通サイズのマットでも挑戦し、普通の床でもできるようになるのは、あっという間でした。振り返ってみれば、ほんのちょっとの勇気が足りなかっただけなのです。床に向かって、身を投げ出していくという、その勇気が。分厚いマットが、勇気のあと押しをしてくれました。一歩を踏み出してみれば、あとはとても簡単でした。そして、あらためて思ったんです。人生のなかでも、こういうことって、ときどきあるなあって。やってみれば、きっとできるはずのことなのに、自信がないから、怖いからと逃げてしまっていること…。踏み出してみれば、案外、簡単なことなんです。必要なのは、ほんのちょっとの勇気だけ。その勇気のために、ときには、「分厚いマット」を用意してみることも、悪いことではないかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第116号(2004年2月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.23
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------------ときには、自分のために、「瞑想」の時間をとりましょう。しばらく前のことですが、数日、不調な日がつづいていたことがありました。たまあに、そんなときもあるのです。(^^ゞいろいろな「フォーカスチェンジ」をやってみましたが、ちっとも回復してくれません。(^^ゞそのうち、胸の裏がわあたりが、どよんと重く、腫れるような感じになってきて、胸がつかえて、げっぷが出てきました。(汚くてゴメンナサイ)あちゃあ、これは、完全に精神的なものだあ。(>_<) 精神的な不調は、何らかのかたちで、からだに反映します。 誰でもそうなのですが、私の場合は顕著なのです。(笑)そこでようやく、「瞑想をやろう」と思いつきました。瞑想用のテープやCDは、いくつかもっています。そのうちのひとつをかけて、リラックスして目を閉じます。 横になってやると、私の場合、爆睡してしまうので、(^^ゞ 椅子にすわったまま、やりました。誘導メッセージにしたがって、自分のなかに入っていきます。「…ああ、やっぱり、これだったんだなあ」そこにあらわれてきたものを見て、私は苦笑いしてしまいました。意識のうえで、押さえつけて、見て見ぬふりをしていても、無意識のほうでは、ちゃんとわかっている。(しかも、からだにしっかり反映してくれちゃってる!)そのことを、あらためて思い知らされました。二つのCDを使って、瞑想すること、約1時間。具体的に何かが解決したわけでもないのに、とてもすっきりした気持ちになりました。胸のつかえも、ずいぶんとれています。翌朝になったら、もうはっきりとなくなっていました。(もちろん、からだの状態も普通にもどっています)直接の「問題」が解決したわけではありませんが、まっすぐにそれを見たことで、向き合う姿勢ができたのです。「瞑想」の時間を確保するのは、けっこう大変です。日々、やることが山積しているので、ついつい、自分のことはあとまわしになってしまうのです。でも、ときには、自分のために、自分の内がわをしっかりと見る時間は、やはり大切です。自分の内がわの「声なき声」に耳を傾け、いつでも、そこからスタートしなおす必要があるのです。読者のかたのなかには、「瞑想って、なんか、宗教っぽくってうさんくさい」とか、「マインドコントロールみたいでこわい」なんて思っているひともいるかもしれませんね。そんな心配は全然ありませんよ。自分の意志で、自分の内がわを見る(聴く)。瞑想って、結局、そういうことなんだと思うんです。そんな時間を、一人ひとりが、大切にしてほしいなあ。…今回、あらためて思ったことなのでした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第115号(2004年2月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------なすすべがないときは、ただ、ふれていよう。あちこちに、ワークショップに招いていただき、さまざまな子どもたちと出会うようになりました。どうしても、落ち着きのない子。ほかの子を、むやみにたたくような子。騒ぎたてて、場の雰囲気をこわしてしまう子。…ときには、そんな子どもたちとも出会います。注意をしても、まるで聞いてくれません。どうしていいかわからず、途方に暮れます。でも、あるときから、無理に、抑えようとすることをやめました。かわりに、機会あるごとに、ふれることにしたのです。頭でも、肩でも、背中でも。その子のそばにいったときには、必ずさわります。ぽんと、軽くふれるだけのこともあれば、ぎゅっと、かかえこんでしまうときもあります。「やだよー」「やめろよー」「はなせよ」たいていは、そう言って、逃げていきますが、何度も繰り返しているうちに、次第に、ふれることをいやがらなくなります。「やめろよ」と言いながら、気がつくと、そばにいたりもします。(笑)わざと、抱っこするしぐさをすると、ぎゃあぎゃあ言いながら、また逃げていくのですが。(爆)子どもたちは、いつも、他者との、深い親密感を求めているように思います。それがうまくコントロールできないときに、騒ぎまわったり、他者への過干渉になったりするのではないでしょうか。だとしたら、すべきことはやはり、抑えることではなく、その親密感を満たしてやること。そして、それは、理屈ではなく、ふれるという、もっとも原初的なかたちなのではないかと。理屈はわからないのですが、そんなふうに感じてならないのです。子育てや、教育の現場のなかで、どうしていいかわからなくなったときは、考えるのをやめて、ただ、ふれているだけ。ときには、そんな方向転換も大切かもしれません。●追記「ふれる」ということは、(無理じいではいけませんが)自分の世界のエリアに、相手を受け入れるということです。その瞬間に、バリアがほどけます。冗談半分でよくいう言葉なのですが、「けんかをしそうになったら、相手と握手してみて」たぶん、その瞬間に、怒りのエネルギーがダウンします。…とっさに、できることではないかもしれませんが。(笑)でも、子どもを叱るときなんかには、応用できそうですね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第114号(2004年2月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------------------包みを開けてみないと、それがプレゼントだとわからないかも。人生で出会うさまざまなできごとって、「中身のわからない包み」なんじゃないかなあ。最近、そんなことを思いました。現実に、そんな正体不明の包みがあったら、「手をふれたりしないで、 駅員(職員など)にお知らせください」なんてことになってしまいます。(^^ゞでも、人生で出会うできごと(中身のわからない包み)のほうは、誰かに「おまかせ」することはできません。 ※「おまかせ」には、別の意味もあるのですが、 今回は、一般的な意味で使っています。ほかの誰でもない、自分で引き受けなければならないのです。とはいえ、中身がわからないと、やっぱり不安です。よく見ると、ほかのひとも、似たような包みを持っています。誰かが、先に開けてくれるのを待とうかなと思いますが、さらによく見ると、似てはいるけれど、一人ひとりの包みは、パッケージもかたちも微妙にちがいます。わからないから、怖いからと、開けずに、そのまま置いて去ってしまうこともできます。そうすれば、怖い目に合うことはありませんが、その包みの中身が何であるかも、知ることができずに終わります。外がわのきれいな包みが、すてきな中身とは限りません。ボロボロのパッケージでも、中身はとびきりの宝物かもしれません。そう、結局は、開けてみなければわからないのです。この一度きりの人生のなかで、開けずに避けてとおるか、開けて受けとめるか。私は、開けてみることを選択しました。そして、開けてみた結果、実は、それらすべてが、「プレゼント」であったのだと気づきました。「ほんとかなあ」と、半信半疑のひと。どうぞ、あなた自身の手で、あなたの目の前の「包み」を開けてみてくださいね。あなたがそれを受け入れたぶんだけ、あなたが受け取るプレゼントも大きなものになるんですよ!●追記もしも、あなたが「めがね」をかけていたなら、包みを開ける前に、その「めがね」を、きれいに拭くか、はずしてみてくださいね。でないと、ちゃんと見えないこともありますから。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第113号(2004年2月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------ほしいものは、いつでも、自分の内がわにある。これは、私自身の、ちょっとだけ不思議な体験です。あるとき、道を歩いていました。(昼間ですよ)本当に、なんてことなく、ごく普通に歩いていたのです。ふっと、何の脈絡もなく、こんな言葉が、口をついて出てきました。「ああ、私は満たされている」なぜ、そんなことを言おうとしたのか、わかりません。なぜか、突然、湧き上がってきたのです。その瞬間、からだじゅうが、ぽっと、あたたかいエネルギーに包まれるのを感じました。ああ、満たされている、という感覚はこういうことだ。…と、その瞬間にわかりました。それだけです。あとは何もありません。(何か特別な現象を期待したかた?、ごめんなさい)(笑)ただ、そのとき思ったのは、ひとは、何かがあるから満たされるのではなく、満たされると思った瞬間に、満たされるのだと。逆の言いかたをすれば、たとえ何がなくても、ひとは、自分が満たされると本当に思いさえすれば、その瞬間に、そのままで満ち足りることができるのだと。そういうことが、わかった瞬間でもありました。あとにも先にも、1回きりの体験です。でも、あのときの感覚は、今もしっかり覚えています。そして、それ以来、思っていることがあります。ひとは、すでに、自分の内がわに、「満たされる」状態をもっている存在であり、あとは、それを発見して、取り出すだけでいいのだと。そう思ったら、あせる気持ちがなくなりました。ほしいものは、いつでも、自分の内がわにあるんです。必要なのは、それを認め、それを受け入れること。ただそれだけのことなんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第112号(2004年2月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------芽を伸ばしたかったら、引っぱってはいけません。この言葉は、ある本のなかに、さらりと書かれてあったものです。(表現はこのままではありませんが、趣旨は同じです)なるほどなあと、思わず手をたたいてしまいました。植物の芽って、とてもやわらかで、みずみずしいですよね。それだけに、うっかり強く引っぱってしまったりすると、ぼろんと、もげてしまう、なんてこともありえます。(^^ゞ「そんなことするわけないじゃないの」そうです。何か、悪意かいたずら心でもなければ、そんなことをするひとはいませんよね。では、人間にたいしては、どうでしょう?子どもたちは、まさに、やわらかでみずみずしい芽そのものです。もともと、ぐんぐん伸びていく力をもっています。そして、もちろん、育つかたちも速さは、その芽によってちがいます。でも、ときどき、芽が育つのを待てないおとながいるのです。「今のままではだめ」「もっと○○でないと…」そう言って、無理やり引っぱろうとしてしまうのです。植物であれば、「そんなばかな」と思うことを、なぜ、人間にたいして、してしまうのでしょうか。私たちのいのちも、植物のいのちも、自然の法則にさからって生きるものではありません。そのことを、思い出してほしいと思うのです。「そうはいっても心配で…」なんて思ってしまうひとも、いるかもしれませんね。無理なく、芽を伸ばすには、どうしたらいいでしょう?芽が、自分から伸びたくなるような、環境を用意してあげればいいのです。植物であれば、それが豊かな大地であり、雨の恵みであり、あたたかな日ざしであったりします。そして、ときには、(人間が)何も手を加えないこと、であったりしますね。(^^ゞいずれにしても、その育ちを、あたたかく見守り、喜んであげるまなざしがあれば、過剰な要求はしないで済むような気がします。ま、ときには、「ちょっとだけ」刺激してあげる、というのも、悪くはないと思いますけれども!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第111号(2004年2月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------「自分」に、少し距離をおいてみる。あるとき、仕事の〆切に大幅に遅れてしまい、仕事先から、お叱りの電話をいただいてしまいました。 (いつものことだろう、というツッコミは、 受け付けません)(^^ゞ正直言って、遅れた理由は、相手先の思いちがいから生じた部分もあったのです。でも、言いわけをしても、あまり理解してもらえそうにないなあと思ったので、私は、ただ、うなずいて聞いていました。そのとき、ちょっとおもしろいことに気がつきました。私はけっこう「打たれ弱い」タイプなので(ほんとですヨ)、頭ごなしに叱られるのは、苦手なのです。ところが、その日は、なぜか、まるでひとごとみたいに感じている自分がいました。「叱られている自分」と、「聞いている自分」に、どこか微妙な距離があるのです。「ああ、遅れてしまった。申しわけなかったなあ」と感じている自分と、「あらら、派手に叱られてるわねえ」なんてのんきに観察している自分とがいるのです。(^○^)「申しわけなかったなあ」という自分にどっぷりつかってしまっていたら、ひょっとして、どかんと落ちこんでいたかもしれません。ところが、もうひとりの自分が、あまりにノーテンキにかまえているものですから、、不思議と、落ちこみ気分がやってこないのです。終始冷静に、そして、おだやかな気持ちで、相手の言葉を受け止めることができました。相手のかたは、最初はぶんぶん怒っておられましたが、次第に、口調が落ち着いてきて、最後は、ごく普通の調子になって、話を終えられました。もしかしたら、言いたいことを存分に言って、すっきりしたのかもしれません。私のほうも、少しも不快になることなく、傷つくこともなく、また、そういう自分に気がついて、ちょっと愉快な気持ちにさえなってしまいました。これって、もしかしたら、いい意味で、「自分に距離を置いてみる」体験だったのかもしれません。渦中にはまると、客観的な見かたができなくなります。感情があふれて、こじれてしまうこともあります。そんなとき、もうひとりの自分が少し離れた位置にいて、この自分自身を見ている…。そんなイメージをもてたら、何かが変わる気がします。少なくとも、ちょっとは楽になれる気がします。「自分に距離を置く」ふだんはあまり体験したことのない感覚かもしれませんが、とりあえず、試してみる価値はあると思いますよ。●追記相手先のかたが、怒りながら話しているのを聞きつつ、私が感じていたのは、実は、「ああ、このひとは、この仕事が遅れたせいで、 きっと、誰かから何かを言われたのだろうな。 それはこのひとにとって、つらいことだったんだろうな」ということでした。客観的な気持ちになれたのは、そういう気持ちが働いたせいもあるかもしれません。でも、だからといって、「ああ、やっぱり私が悪かったんだ」と余計な自己嫌悪に陥らないところも、私のいいところです。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第110号(2004年2月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(1)
★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------「失敗」はない。「体験」があるだけだ。これは、私がいつも、ワークショップのときなどによく使う言葉です。私のワークショップは、ほとんどが即興的なゲームを中心に組み立てられています。ゲームですから、むずかしいことはひとつもありませんが、それでも、初めてのことをやるって、勇気がいります。「うまくいかなかったら、どうしよう」「変なことをやって、笑われたら恥ずかしい」…そんな気持ちがわいてくるのも、無理はないと思います。だからこそ、言うんですね。「失敗はありません。体験があるだけですよ」と。「表現のワークには、正しい・間違いはありません。 うまい・下手もありません。 そのひとが表現すること、それがすべてOKなんです。 私は『失敗』というものは存在しないと思っていますが、 仮にそれを『失敗』と呼んだとしても、 1の成功しか体験していないひとよりも、 10の失敗を体験したひとのほうが、より豊かになれるのです。 なぜなら、1の成功しか知らないひとは、 そのことしか、ひとに伝えてあげることができませんが、 10の失敗を体験したひとは、 より多くのひとに、よりさまざまな角度からの サジェスチョンをしてあげられるのですから。 そういうふうに考えると、 やっぱり、『失敗』なんてなくて、 ただ、『体験』があるだけだと思うんです。 どうぞ、怖れずに『体験』を積んで、 どんどん豊かになってください」これは、かなり有効な「魔法の言葉」のようです。この言葉のあと、参加者の雰囲気ががらりと変わります。初めてのゲームに、指名しなくても、どんどん前に出てきて、参加してくれるようになるのです。当然、場は盛り上がります。楽しく、パワフルで、心満たされる空間が生まれます。そして、ワークが終わるころには、最初の不安や怖れはどこかに吹き飛んで、とても、すっきりした気持ちを感じてもらうことができます。このメルマガを読んでいただいているあなたには、もうおわかりのことと思いますが、つまりは、「視点を変える」だけなんですね。あなたが、「失敗」と思ってそのことを見ている限り、それは、いつまでたっても「失敗」でありつづけます。あなたが、「体験」と思ってそれを見ると、それは、ただ純粋に、「体験」でありつづけます。さらに、あなたがそれを「成功」だと思うことができるなら、はたからは、「失敗」に見えることさえも、その瞬間に、「成功」に変わってしまいます。「失敗」の視点から「体験」の視点に。「体験」の視点から「成功」の視点に。パワーアップのベクトルは、どうやらそんなふうに向いているみたいですよ。●追記たしかに、「失敗」はない、わけですが、自分のやったことを客観的に振り返ってみることは、同時に大切なことだと思っています。そのときのポイントは、「ここをこうするともっとよくなる」「これをこうするともっと楽しくできる」という表現を使うことです。これなら、元気が出ます。前向きな気持ちになれます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第109号(2004年2月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------大丈夫。ちゃんとつながっているから。今日の言葉は、友人からもらったメールの一節です。友人に、許可を得て、引用させてもらいました。私たちは、親しいひと(家族など)にたいして、「同じ気持ちであってほしい」「自分の望む言動をしてほしい」と考えてしまいがちです。そして、相手がそのように反応してくれないと、いらだったり、怒ったり、がっかりしたりしてしまいます。なぜ、そんな気持ちになるのでしょう。「同じ」でないと、相手が、離れていってしまう気がするからではないでしょうか。「同じ」であることで、安心感をもっていたいからではないでしょうか。でも、残念ながら、現実は思いどおりにはいきません。あなたが相手に求めれば求めるほど、相手は、あなたの望まない言動をとろうとします。また、仮に、あなたの望みどおりに反応したとしても、なぜか、あなたの不安やいらだちは消えることがありません。あなたが心安らかに生きる方法は、ひとつしかないのです。それはただ、「つながっている」ことを信じること。たとえ表面的には、まったくちがう言動をとったとしても、あなたの親しいひとたちは、深いところで、あなたとつながって存在しているのです。それは理屈ではなく、ただ、そうある、としか言えない、「事実」なのです。「かたちはちがっていても、つながっている」それを受け入れた瞬間に、あなたは、深い安らぎのなかにいる自分を発見するでしょう。それは、簡単なことではないかもしれません。でも、あきらめさえしなければ、必ず手に入れられます。実際、私の友人はそこにたどり着いたのです。とても長い苦しみのトンネルを抜けて…。夫を、子どもを、コントロールしたい気持ちを手放して、「大丈夫」と、自分にメッセージを与え、そして、それを私にも、わけてくれたのです。そのメールを読んだとき、深い喜びが、私の内がわに広がりました。それで、その喜びを、今回は、あなたにもお伝えしたくなりました。「大丈夫。ちゃんとつながっているから」不安や怒りにかられそうになったとき、心のなかで、この言葉を、呪文のようにとなえてみてくださいね。私たちが本当にほしいものがそこにあるのだと、繰り返し繰り返し、思い出してくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第108号(2004年2月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------つなひきをやめるには、片方が手をはなせばいい。最近、とても大切にしている言葉のひとつです。自分なりのプロセスを経て、ずいぶんと、他者との確執を手放してきたと思っています。それでも、ときどき、ちょこちょこと出てきます。ああ、まだあったんだなと、そのつど手放します。で、そんなときに、イメージするのが、「つなひき」なんです。トラブルが起きているときというのは、たいていは、互いに自分を主張してゆずらないときです。これって、「つなひき」と同じ状態だと思うんですね。右に左に、つなの中心が動くことはあっても、引っぱりつづけているあいだ、つなひきは終わりません。実際のつなひきなら、楽しく全力で遊べばいいだけです。でも、現実生活では、そうはいきません。「つなひき」をしていると、たいていむきになります。本来の目的も忘れて、「つなひき」に勝つことだけにエネルギーを注いでしまっている場合さえあります。そんなとき、ちょっとだけ考えてみてほしいのです。あなたがひいているそのつなは、あなたの人生にとって、どれだけの価値がありますか?二度ともどってこない、あなたのその時間をかけるだけ、そのつなひきは、あなたにとって意味のあることですか?この問いに、はっきり「イエス」とこたえられるのであれば、それこそ、全力でつなをひいて、そして勝ってください。勝つためのあらゆるトレーニング、アイデアを総動員して、つなひきを終わらせてください。でも、それだけの時間とエネルギーをかけるに値しないと判断したときは、どうぞ、そのまま、そっとそこにつなを置きましょう。そして、静かに、その場を立ち去りましょう。それは、けっして敗北ではないのです。なぜならば、あなたには、あなたのかけがえのない人生のなかで、もっともっと、心をかたむけるべきことがあるからです。「つなひき」に勝つことにエネルギーを注ぐのではなく、あなたの人生を、より豊かに、よりパワフルにより満ち足りて生きることに、焦点をしぼりましょう。つなひきをやめる。それは、おおきな勇気のひとつであるとも、思っています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第107号(2004年2月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------------「できない」と言わずに、「したくない」と言ってみなさい。これは、少し前に、友人が、メルマガで紹介していた言葉です。フリッツ・パールズさんというかたの、言葉だそうです。 友人のメルマガとは、「週刊 宇都出マガジン」。 興味のあるかたは…→ http://www.utsude.com 私はめったに、ひとの言葉の引用はしないのですが、この言葉は、「おお、なるほど!」と思ったので。(^^ゞ何かに気づくきっかけというものは、実は、ほんのちょっとしたことなんだ、と思うんです。「できない」ではなく、「したくない」。この言い換えをおこなうと、何が起きるのか。「できない」という言葉のなかには、何か、自分以外の、不可抗力的な要素がある、といういいわけが隠されています。でも、「したくない」と言ったときには、いいわけがききません。自分に逃げをゆるさない言葉です。仕事にゆきづまったとき、私たちはしばしば、でぎないいいわけを連ねたくなります。でも、そうした「いいわけ」は、引き受ける前にすでにわかっていたことが、ほとんどではないでしょうか。だとしたら、それは、「できない」ことではないのです。「やらない」だけのことなんです。きびしいけれども、そう思います。そのきびしさを自分自身が引き受けないかぎり、いつまでも何回でも、「できない」をくり返すことになります。その仕事を、「したいのか」「したくないのか」ゆきづまったとき、悩んだとき、自分にもう一度、問いかけてみるといいでしょう。「したくない」と思ったら、すっぱりきっぱり、やめましょう。そして、どんな理由であれ、「したくない」と言えないのなら、引き受けた以上、あとは、ただ、「やる」だけです。自分の力と可能性を信じて、もう一度トライしてみましょう!もちろん、ただ、精神論のみを語っているのではありません。それが実現可能になるためのあらゆる方法も、しっかりと探してみてください。それも含めての自己選択なのです。今日は、ほとんど、今の,自分に投げかけたようなメッセージになってしまいました。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第106号(2004年2月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.09.12
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1