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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------あせらずに、待ちましょう。必ずそのときはきます。この「★今日のフォーカスチェンジ♪」では、毎日、私が思いついた話題を書いています。たいていは、ふっと思いついたことを書きますが、書き出しても、なかなか進まないことがあります。そんなときは、あまり悩まずに、書きかけのまま、ファイルに保存して、別の話題にトライします。少し時間がたって、また、その話題が気になります。ファイルを開けて、あらためて書いてみます。やはり進まないときは、また、途中のまま保存します。おもしろいのは、書けるときには、時期というか、タイミングがあるということです。何度あけても、進まなかった話題が、その日に限って、すらすら書けてしまう日があります。なにごとも、タイミングがあると思うのです。書けるときには書ける。できるときにはできる。だから、あせらなくていいのだと思います。ちょっとおためししてみて、動かないときは、無理にごり押しせずに、置いておきましょう。完全に忘れてしまわないように、ときどきは、つっついてみるのも、悪くはないかもしれません。 でも、押しすぎないように、要注意!(^^ゞあせって、無理に生み出したものは、やはり、どこか、ぎくしゃくするものです。必要なときがやってきたら、黙っていても動き出します。信頼しましょう。そして、待ちましょう。これって、子育てや教育にも、あてはまる話のような気がします。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第165号(2004年4月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------------それは、愛から発しているか。(愛なら、何をするだろうか)今日のメッセージは、ニール・ドナルド・ウォルシュのベストセラー『神との対話』(サンマーク出版)の第3巻あたりに載っている言葉です。記憶ですので、言葉は正確ではないかもしれません。でも、ニュアンスは、間違っていないはずです。「それは、愛から発しているか」は、私が、何か行動を起こそうとするときに、いつも、心の内からあがってくる言葉なのです。それは、恐ろしいほど、はっきりと「イエス」「ノー」を示してくれます。少なくとも、「ノー」のときほど、はっきりとそれがわかります。たとえば、誰がに何かを言いたくなったとき、表面的には、「アドバイス」であっても、心の底では、そのひとに言われたことで、不快に思っている自分がいたりします。そうすると、その「アドバイス」は「愛」ではないのです。「アドバイス」に見せかけた、復讐にすぎないのです。そんな「アドバイス」が、相手の心に本当にひびくはずがありません。おそらく、相手からはまた、何らかの、不快なリアクションがあるだけでしょう。私はますます腹を立て、相手のことを悪く思うにちがいありません。結局、生み出されてくるものは、憎しみだけです。生産的なものは、ありません。何も。こんなことを書くのも、実は、過去に、私自身が、そういう見せかけの「愛」をずいぶんやってきたなと思うからです。そして、その結果、もたらされたものは、反感であったり、拒絶でしかありませんでした。けれども、それらの痛い体験は、私に、さまざまな気づきをもたらしてくれました。その、もっとも大きな気づきとは、「みずから、戦争を生み出さない」ということ。戦争とは、武器をもってたたかうことだけではありません。家族・友人・知人、仕事の関係者など、みぢかなひとたちとのあいだに起きる、嫉妬、批判、対立…といった負の感情。それらもすべて、「戦争」です。まず、それをやめていくということなのです。それは、おそろしくむずかしいことであり、でも、だからこそ、必要なことでもあります。いま、世界は、とても不安定な状況にあります。私たちも、その連鎖のなかにいるのです。この連鎖は、残念ながら、愛によるものではありません。(と感じます)だとしたら、そこに加担してはいけないのです。(少なくとも、私はそう思います)自分が変わらないで、相手を変えることはできません。まず、私の言動が、負の感情から発していないか、きびしく振り返ってみる必要があります。「それは、愛から発しているか」(愛なら、何をするだろうか)この言葉は、私にとっては、究極の試金石なのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第164号(2004年4月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ちがうのが、当たり前。「みんなちがって、みんないい」は、金子みすゞの詩の一節ですけれども、本当に、実感するって、むずかしいですよね。私は、ときどき、小学校や中学校などで、「表現の授業」をさせていただくことがあります。そのなかで、導入のゲームとして、しばしばやるのが、「ジェスチャー」伝言。そう、伝えたい内容を、言葉ではなく、からだで表現して伝えるのです。6人くらいがグループになり、1人目にだけ、その「言葉」が提示されます。それを、その人が、次の一人に、からだで伝えます。(ぢなみに、繰り返し、 3回までやっていいことにしてあります)そうすると、その人が、また次の人に…。(直前の人の表現しか、見ることができません)「ゴリラ」「うさぎ」といった単語から、「犬の散歩」「コンタクトレンズをひろう」など、伝える内容は、さまざまです。最後の人が、それが何であったかを当てるのですが、これが、なかなか大変なのです。(^^ゞ「バナナをむく」が、「みかんをむく」になってしまったり、それくらいなら、まだ原型をとどめていますが、「なんでや~」なんて結果になることも、しばしば。(^^ゞただ、このゲーム、ねらいは、「正解を当てること」ではありません。まずは、「自分が伝えたいと思っているイメージ」と、「相手が受け取るイメージ」のちがいを、感じてもらうためのものなのです。(このへんは、 昨日書いたテーマと共通していますね)最初のうちは、「なんでわかんないんだよー」なんて声が出ることもあります。でも、やっていくうちに、本当に、一人ひとりの表現のちがいが見えてきて、「ああ、ちがって、当たり前なんだ」ということが納得できるのです。すると、その、一人ひとりちがう表現から、つながる何かを探そうとする気持ちが始まります。伝えるほうも、何とか相手にわかるように、表現を工夫し始めます。これが、コミュニケーションなんですね。もともと、同じにする必要はないんです。ちがって、当たり前なんですから。ちがいを認めたときに、そのちがいを、楽しむ気持ちが生まれます。そうすると、たとえ意見が合わないときでも、ただむやみに、対立するだけではない関係を、つくっていくことができますね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第163号(2004年4月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------「伝える言葉」から「伝わる言葉」へ。私たちは、ほとんどのひとが当たり前に日本語を使い、少なくとも、その関係のなかでは、日本語を使えば、通じると思いこんで暮らしています。でも、本当にそうでしょうか?「言ったじゃないか」「いいや、そういうふうには聞いていない」あなたにもそんな経験が必ずあるでしょう。そんなとき、「相手が悪い」と決めつけてしまうこともできます。でも、そのままでは、おそらく、何度も同じことが繰り返されるでしょう。「言ったから、伝わる」という概念を捨てて、「自分がいま、伝えた言葉は、 自分が伝えたいイメージとして、伝わっているだろうか」と、考えてみませんか?そうすると、いままでより、もう少し、相手のことを、よく見るようになります。「このひとに伝えるときには、 どんな表現が適切なんだろう」「このひとと、あのひとでは、同じ言葉でも、 受け止めかたがちがうような気がする」そうすると、同じ内容でも、表現のしかたが変わってきます。けげんそうな顔をしていたら、「どこか、わからないところがある?」と、聞いてあげることもできます。そう、言葉はキャッチボールなのですから、投げて終わりではなく、相手がどんなふうに受け取ったかを、きちんと見てあげればいいのです。「伝える言葉」から、「伝わる言葉」へと。あなたのコミュニケーション能力は、確実にアップしていくはずです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第162号(2004年4月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------「喜び」センサーに、磨きをかけてみませんか?今日のテーマは、あまり目新しい話題ではないかもしれませんが、初心に帰って、おつきあいください。(^○^)エレノア ポーターの『少女ポリアンナ』のお話を?ご存知ですか?アニメで知っている、というひとも多いかもしれませんね。どんな状況のなかでも、喜びを見つけようとする、ポリアンナの前向きな気持ちに、勇気づけられたひとも多いのではないでしょうか。喜びを見つける力、喜びを受け取る力。私はそれを、「喜び」センサーと名づけてみました。センサーには感度があります。当然ながら、感度の高いセンサーには、より多くの情報が引っかかります。センサーの感度がにぶっている場合には、情報は、どんどん素通りしてしまいます。「喜び」センサーの感度は、高いほうがいい。…ということに、異論のあるひとは少ないと思います。でも、そうはいっても、なかなかできなくて…というひとも、少なくありません。「喜び」センサーの感度を高めるには、どうしたらいいのでしょうか?「ありがとう」「うれしい」「楽しい」「おもしろい」「わくわく」という言葉をやみくもに使う。これが、私のセンサー磨きの方法です。「やみくもに使う」というところが、ポイントです。(笑)とにかく、「うれしい」「楽しい」「わくわく」を、できるだけ、むやみやたらに使ってみるのです。人間は、習慣の生きものですから、よく耳にする言葉、目にするものには、自然に、反応しやすくなるようにできています。だから、繰り返し使うことにより、「喜び」センサーが作動しやすくなります。よく使う道具が、手になじむように、「喜び」センサーも、使えば使うほど、心になじんで、使いやすくなるわけです。なんだか最近、うれしいことがないなあというあなた、自分の「喜び」センサーを、磨きなおしてみませんか。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第161号(2004年4月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------人間って、案外、即物的な存在なんです。今日は、うんと軽い話題でいきたいと思います。(^^ゞ人間って、いろいろなことで悩みますよね。どうにもならないほど、ゆううつになったり、ときには、生きていることがつらくなったり。心の作用って、本当に不思議です。だからこそ、人間って、おもしろいんですけどね。さて、私はいろいろな趣味をもっていますが、そのひとつに、「献血」があります。なぜ、献血が好きかというと、初めての献血のときに、血管をほめられたからです。「太くて、いい血管をしてるわねえ」(爆)うら若き乙女(わはは)が、血管をほめられたからって、うれしくもなんともないと思うでしょうが。これが、やっぱり、うれしかったんですよー。人間、ほめて、損することはないですね。(^^ゞ ちなみに、私は、足の親指をほめられたこともあります。 「大地をしっかり踏みしめる、黄金の親指ね」と。 「そういうことでしか、ほめられたことがないんだろう」 というツッコミはやめましょう。ともかく、献血です。献血の話です。あるときのことです。私はちょっと悩みをかかえて、ゆううつな気分でした。そこで、気分転換に、なじみの献血ルームに、献血をしにいきました。(^^ゞいつものように、成分献血をお願いし、遠心分離機で、血小板のみを取り出した血液を、ふたたび、体内にもどしていたときのことです。 「成分献血って何?」というかたは、下記をクリック! http://www.kenketsu.com/lets/d21.html送りこむ圧が足りなくなったため、最後の血液が、体内にもどらず、管に残ってしまいました。それを見た係のかた(看護士さん?)は、「もったいないですからね」と、こともなげに言うと、管を、軽く、きゅっきゅっとしぼったのです。残りの血液が、管から血管(体内)へと、うにゅっと、流れこむのがわかりました。おおおーーーーー。たとえていえば、マヨネーズの最後に残ったのを、「えいっ」と、しぼり出すような感じ。あるいは、ところてんを押し出すときの感覚?いずれにしても、その「きゅっきゅっ」「うにゅっ」は、私にとって強烈な印象を残す体験でした。「ああ、人間って、案外、即物的なんだな」そう思うと、むしょうにおかしくなってきたのです。ついさっきまで、いろいろとフクザツに考えて、くよくよと悩んでいたのが、ばかばかしくなってくる気分でした。「きゅっきゅっ」「うにゅっ」ができるのなら、「きゅっきゅっ」「ぶしゅっ」もできそうです。そう、マヨネーズの残りをしぼりだすくらいの感覚で、悩みを、体外に、しぼりだしてしまえばいいんです。簡単です。きゅっきゅっ、ぷしゅっ。さあ、声に出してやってみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第160号(2004年4月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------まずは、その一歩を踏み出してみること。ごくごく当たり前の言葉ですけれども、それが、ひとつの奇跡を生むこともあります。昨年暮れ、私は、ギフトブック「魔法の言葉」を自主発行しました。このギフトブックは、もともとは、私のメインサイトに、1年間にわたって連載した「魔法の言葉」が、もとになっています。http://f20.aaacafe.ne.jp/~arika/mahou/mahoutop.htmその1年間、毎週欠かさずイラストを提供してくれたタオさんは、実は、中学校演劇部の、私のかつての「教え子」です。昨年、20歳になったばかりの、新進気鋭のイラストレーターさんです。卒業した彼女から、突然のメールが届いたのは、一昨年(2002年)はじめのことでした。「なんでもかまいません。絵を描かせてください」そこで、私は前から温めていた、「心に残るメッセージを、 一枚のイラストで表現する」コーナーを、立ち上げることにしたのです。彼女がなぜ、突然、私にメールをくれたのか。うかつにも、そのときの私は、考えてもみませんでした。まもなく、その理由がわかりました。彼女のお父様が、ガンで、闘病中だったのです。一家の働き手という支えを失い、看病のかたわら、まだ18歳だった彼女は、考えました。「私にできることは何だろう。絵を描くことしかない」その気持ちが、私に、あのメールを送らせたのです。正直、彼女に支払うことができた謝礼は、恥ずかしくなるほど、微々たるものでした。とても、彼女が期待した収入にはならない額です。(もちろん、彼女自身もアルバイトで働いていましたが)でも、彼女は、やりつづけてくれました。けっして手を抜くことなく。「魔法の言葉」は、サイトでの連載を経て、日刊メルマガとして配信され、おかげさまで、とても大きな反響をいただきました。そして、1年後の昨年末、「ギフトブック」としてもう一度、みなさんにお会いできることになりました。すべては、あの、1通のメールから、そう、「まずは一歩を踏み出す」ことから始まったのです。「1年間毎週欠かさず」と、書きましたが、ただの1回だけ、彼女が連載を休んだことがありました。連載を開始して、半年。一昨年の夏でした。お父様が、亡くなられたのです。「1週だけ、休ませてください」彼女の短いメールに、胸をしめつけられながらも、「ああ、強くなった。成長したね」と、思わずにはいられませんでした。私は昨年の目標のひとつに、「魔法の言葉」の出版化をかかげていました。あちこちの出版社にあたってみましたが、残念ながら、引き受け手を見つけることはできませんでした。(私の力不足が、一番の原因です)年も押しせまって、私は、とうとう決意しました。「自分の力で、本にしよう」自費出版ならぬ、自主発行です。知り合いの印刷やさんと相談しながら、限られた予算のなか、それでも、最大限に、すてきなかたちになるよう、模索しました。それが、ギフトブック「魔法の言葉」です。おかげさまで、1000部印刷した、このちいさな冊子は、あと、数十冊を残すのみとなりました。現在は、第2集の刊行に向けて、作業をすすめています。(第2集で、完結となります)すべては、その一歩を、踏み出したところから始まるのだということを、いま、あらためてかみしめています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第159号(2004年4月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------苦しみに、感謝します。「わたしは、あなたの潜り抜けて来た、 多くの苦しみに感謝します」これは、以前、ネット上で出会って、友だちになったかたが、ホームページの掲示板に、書いてくれた言葉です。掲示板では、それなりのお返事をしたものの、そのあと、心のなかに、ずっとかかっていました。(注/「ひっかかる」ではありませんヨ)たしかに、苦しいと感じていた時期がありました。別に、大病をわずらったわけでもないし、巨額の借金をかかえたわけでもないし(「私なりに巨額」(笑)の借金はありますが)(^^ゞ愛するひとに手ひどく裏切られたわけでもない。世のなかには、私より苦しい思いをしているひとが、もっともっともっともっと、たくさんいます。それでも、私は、私の苦しみだけで、充分つぶれそうになっていたし、それを抜けなければ(あるいは、超えなければ)、この先、生きていけないように感じていたのです。だから、そのために、ワークショップやセミナーに通ったり、本を読んだり、瞑想CDを使ったり…と、自分にできうる、ありとあらゆることをやりました。やがて、少しずつ、苦しみから抜け出す時期がやってきました。本当に、薄皮をはぐように…という言葉を、実感しました。あるいは、3歩進んで2歩下がるという感じでもありました。正直、自分がどうしていいのか、これからどうなっていくのかもわかりませんでした。、ただ、過去の苦しみに執着していても、幸福にはなれないことだけは、わかっていました。だから、少しでも前に進もうと思ったのです。もちろん、その営みは、いまもつづいています。そして、たぶん、一生つづくのだろうということも、いまは、わかっています。でも、そういうふうに受けとめられるようになったとき、苦しみは、もはや、苦しみではなくなっていました。友だちからのメッセージをいただいて、「そうか、苦しみに、感謝していいのだ」ということに、気がつきました。それまでは、「手放す」ことだけ考えていて、「感謝する」ということまで、思い至らなかったのです。苦しみに、ありがとう。苦しかった時期を生きてきた自分に、ありがとう。苦しみを与えてくれた、あらゆること・もの・ひとに、ありがとう。そして、そのあいだ、さまざまなかたちで、私を支えてくれた、すべてのこと・もの・ひとに、ありがとう。もとはといえば、すべて、私のエゴから始まったことでした。その意味では、あのころの私のエゴにも、ありがとうと言えそうです。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第158号(2004年4月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------相手を、本当に抱きしめていますか?いつもとちょっとちがった雰囲気のタイトル。(笑)期待したひとがいたら、すみません。(いないか…)(^^ゞある中学校演劇部の指導にいったときのことです。母と娘の会話のシーンがありました。ところが、どうも、ぎくしゃくしています。見ていて、母と娘のつながりが感じられないんです。思いついて、言ってみました。まず、娘役の女の子に、「もし、3歳だったら、 お母さんにどんなふうに甘える?」すると、娘役の彼女は、母役の女の子に、抱きつくしぐさをしました。今度は、母役の女の子に聞きました。「そしたら、お母さんは、どんなふうにこたえる?」母役の彼女は、ちょっと迷ってから、娘役の女の子の背に、両腕をまわし、抱きしめました。ところが…。母役の彼女は、娘役の彼女の背で、自分の両手を握りあわせていたのです。そう、かたちのうえでは「抱きしめて」いるのだけれど、実際には、自分の手で自分の手をつかんでいるのです。当然、両手は握られたかたちですから、相手の背中には、ほとんどふれていません。そこで、私は、その両手をいったんはずし、もう一度、娘役の彼女の背に、てのひらをきちんとあてるかたちで、添えてもらいました。相手の背中に直接ふれるので、さっきよりも、もっと2人の距離が近くなります。そして、今度は、しっかりと、相手を包みこむかたちになりました。それから、娘役の彼女に「どんなふうに感じる?」と、聞いてみました。「さっきより、あったかくて、うれしい」と、娘役の彼女はこたえました。母役の彼女の表情も、少し和らいだように感じました。これはたまたま、お芝居の稽古での話です。でも、現実に置き換えてみると、相手と向き合っているようで、本当には向き合っていない。相手を受け入れているようで、本当には受け入れていない。そんなことって、案外、あるように思うんです。心のなかで、両手をひらいて、しっかりとふれて、相手を包みこむイメージをもってみませんか。たぶん、それだけで、距離がちぢまるような気がするんです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第157号(2004年4月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------「お疲れさま」をやめて、「お楽しみさま」はいかが?「運命の人に出会い、ツキまくる奇跡の法則」(勇一郎さん発行)いうメルマガがあります。http://www.mag2.com/m/0000116582.htmこのメルマガの最初のあいさつが、「お元気さま」。いい言葉ですよね。文字どおり、元気が出てくる気がします。で、それに触発されて、私は、最後のあいさつは何がいいかなあと、考えてみました。「お楽しみさま」すぐに、頭に浮かびました。(^○^)実は、前々から、ちょっとだけ気になっていたんです。「お疲れさま」って、たしかに、悪くはないんです。相手を癒してあげる気持ちもこめられているし。でも、お芝居の稽古なんかが終わって、たしかにからだは疲れているけれど、心はエネルギー充填で、ぶんぶん元気になってるとき、何かもっと、ちがう言葉があってもいいなって、思ってました。でもって、この「お楽しみさま」(笑)。毎日毎日が、楽しくてたまらないなんてひとは、そうそういないかもしれません。ひとによっては、単調なルーティンワークのこともあるし、ひょっとして、苦情処理なんて場合もあるでしょう。 ちなみに、私は楽しいですよ。 原稿が書けなくて、「うげええ」と言ってるときも、 基本的に楽しいですっ。(アブない?)(爆)でも、その一日が終わったときに、「お楽しみさま」って、お互いに言ってあげられたら、一日の印象が変わる気がするんです。振り返って、「そういえば、あんな楽しいこともあったな」「あれって、よく考えるとおもしろいことだったな」そんなふうに思うことができたら、それこそ、疲れも、軽くなってしまうのでは?「お元気さま」「お楽しみさま」いまは、まだ、辞書には載っていないこの言葉(笑)が、いつか、当たり前の言葉になったら…。私たちの人間関係も、ずいぶん変わっているような気がします。●追記友人に教えてもらいましたが、「お楽しみさま」ということばは、ジェームス・スキナーさんほか、何人かのかたが、すでに使っているそうですね。同じことを考えるひとって、やっぱりいるものなんですね。(って、私のほうがあとから考えたのですが!)(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第156号(2004年4月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分のファンになりましょう。なぜか、心にふっと浮かんできた言葉です。「自分のファンになりましょう」あらら? なんでこんなことを思ったんだろう?でも、おもしろいから、考えてみました。自分のファンになる、ってどういうこと?ファンっていうのは…、 そのひと(ものの場合もあるけど)が好きになること。 いいところがたくさん見えること。 勝手に、応援したくなること。 思い浮かべるだけで、わくわくしてくること。…そんな言葉が、次々に浮かんできます。あっ、これ、いいなあ。そう思って、自分のファンになった場合に、あてはめてみました。そしたら…自分のことを好きになること。自分のいいところが、たくさん見えること。自分のことを応援したくなること。自分のことを考えると、わくわくしてくること。…おお、これって、すごいことだと思いません?ファンって、ある意味、アバタモエクボ状態ですよね。多少?の欠点なんか、ものともしません。存在するだけ。もうそれだけで、完全に盛り上がります!ね? こんなファンがついたら、千人力でしょ?どんどん元気になっちゃいますよね!もっともっと、すてきになりたいと思えますよね?というわけで、細かい理屈は抜きにして(笑)、あなたも今日から、自分のファンになっちゃいませんか?パワー増強、間違いなしですよ!!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第155号(2004年4月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------「フォーカスチェンジ」とは、「習慣」です。この「今日のフォーカスチェンジ」も、早いもので、150号を超えました。「毎日、よくつづきますね」と言われることがありますが、不思議と、書くネタに詰まったことがありません。また、お気づきになられていると思いますが、毎日、特別に目新しいことを書いているわけではないのです。私が書いていることのほとんどは、「そんなの、当たり前じゃない」というようなことばかりです。そして、それでいいのだと思っています。なぜなら、「フォーカスチェンジ」とは、「習慣」にして初めて、意味があるからです。そして「習慣」とは、繰り返しによって、初めて身につくものなのです。「そんなこと当たり前。でも、 当たり前だけど、なかなかできてないなあ」そういうことって、たくさんありますよね。だからこそ、繰り返し、角度を変えて、書くことで、読むことで、自分の内がわに、しみこませていくのです。私たちは、いつも、習慣によって生きています。行動の習慣、心の習慣、さまざまです。ときには、「変えたいけど、変えられないなあ」と思うこともあります。でも、それもやっぱり、習慣の結果なのです。変えるためには、新しい習慣が必要なだけです。そのために、「フォーカスチェンジ」を活用するのです。さまざまな視点で照らし出しながら、自分自身に気づきを与えていくのです。気づきが、習慣になるまで、繰り返し、繰り返し。さて、あなたはどんな習慣を手に入れたいですか?どんなフォーカスチェンジを使えば、それが手に入るのでしょう?そんなふうに考えてみると、毎日の楽しみが、増えそうですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第154号(2004年4月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------信頼すれば、うまくいく。私のワークのなかには、2人組になって、ある条件のもとで、1人が1人を誘導するという内容のワークがいくつかあります。たとえば、あらかじめ、2人のあいだで、一定の手の打ちかた(拍手)を決めておきます。2人組のうちの1人が目を閉じます。そして、もう1人が、その音を発しながら、相手を誘導するというやりかたです。いろいろな反応のしかたがあらわれます。あるひとは、目を閉じた瞬間、こわくて、まるで動けなくなってしまいます。相手が、手を打って誘導してくれるのですがその方向に進むのにも、恐る恐る、すり足です。誰かにぶつかるのではないか、転ぶのではないかと、ちぢこまっているようすが、見てとれます。誘導するほうは、最初はちょっともどかしくなります。少し距離を置いて、手をたたくと、もう、相手は立ち往生してしまうのですから。でも、そんなときは、あせらないで、すぐそばまで行って、音を伝えてあげるんです。何度でも繰り返し、繰り返し…。「ああ、この音だ。この音が自分を導いてくれる」そんな信頼感が湧いてくると、自然に、歩幅が大きくなってきます。肩の力が抜けて、リラックスして歩けるようになります。すると、今度はどんどん楽しくなります。スッスッと足が進むので、誘導しているがわも、どんどんあちこちに、連れて行ってあげたくなります。ペアを組んだ相手を、信頼するところから、このワークは始まります。自分ひとりでがんばらないで、相手(の音)にゆだねたとき、自由で楽しい瞬間がおとずれるのです。そんなに、やみくもに信頼しちゃっていいの?…と、そんな声も聞こえてきそうですね。信頼されるためには、やはり、信頼されるだけの誘導のしかたが必要なんです。一方的ではいけません。相手の身になって、「どうしたら安心して進めるのかな」と、考えてあげたとき、はじめて伝わるのです。そのひとが安心できるやりかたが、必ずあるはずなんですから。そう、音を出すがわも、相手の可能性を信頼する必要があるんですね。「~~だから」信頼する、ではなく、「まずは、信頼してみる」ときには、そんな視点も大切かもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第153号(2004年4月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------頭でわかったら、次は、心ですよ!よく、「頭ではわかってるんだけど」と、悩んでいるひとがいますよね。私も、長いこと、そうでした。「頭ではわかってるんだけど」の次には、 「心のほうが、納得してくれないの」 「気持ちが言うことを聞いてくれないの」といった言葉が来ますよね、たいてい。あるいは、誰かを指導したり叱責したりするときに、「頭でわかってるだけじゃだめだ」なんて言いかたも、しばしばなされます。だけど、この言葉、ずっとひっかかっていたんです、私のなかで。あるとき、ふっと、気がつきました。「そうか、まずは、頭でわかったことを喜ぼう。 その次に、心の番だと思えばいいんだ」実際、自分自身を振り返ってみても、そういう軌跡をたどってきた気がするのです。たとえば、この「フォーカスチェンジ」にしても、最初は、頭のなかで考えたものだったのです。でも、そもそも、なぜ考えたかというと、自分がもっと楽に生きたかったからです。そして、なぜ楽に生きたかったかというと、当たり前ですが、そのときは、苦しかったからです。苦しいと感じている自分がいて、もっと楽に生きたくて、視点を変えてみようと、あれこれ模索する。たしかに、この時点では「頭で考えている」だけ。でもね、「頭で考える」ということがなければ、次のステップはなかったと思うんです。それって、ただ苦しんでいる状態から抜けて、「頭で考えることができるようになった」という、とってもすばらしいことだと思うんです。そして、考えたことを、あれこれためしていると、あるとき、不意に、「わかった!」と思う瞬間がやってきます。それが、「心」でわかった瞬間です。そう。これは、当たり前の段階なのです。言い換えれば、階段みたいなもの。階段ですから、順々にのぼっていくもよし、1段跳び、2段跳びをするもよし。「頭」の段に腰かけて、上を眺めてみるもよし。いずれにしても、、あなたが一番心地よいと思う方法を、選んでください。そして、その1段、1段を、喜んでのぼってくださいね。「よし、頭でわかった。次は、心の番だぞ!」って。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第152号(2004年3月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------思い出せば、いつでもそこに存在しています。メーテルリンクの『青い鳥』というお話、ご存知ですか?そう、幸せの青い鳥は自分のそばにあった、というお話。でも、今日は、そのことではなくって…。青い鳥を探す途中で、チルチルとミチルは、「思い出の国」をたずねます。ここには、亡くなったひとたちが住んでいます。そのひとたちは、生きている世界のひとたちが、思い出したときにだけ、目が覚ますことができるのです。私はときどき思うのですが、過去の記憶というのは、まさに、この「思い出の国」と同じではないかなあと。ふだんは忘れているので、眠っています。思い出したとき、それが生き生きと動き出します。もしも、失恋の悲しみに暮れているひとがいるなら、そのひとは、失恋したその日のそのひとばかりを、目覚めさせつづけていることになります。同じく、仕事での失敗を悔やみつづけているひとは、やはり、失敗したその日のことばかりを繰り返し再生していることになります。でもね、忘れないでいてほしいんです。どの日も、すべて均等に、存在していたということを。出会った日も、ともに喜びを分かちあった日も、いさかいをした日も、別れを告げた(告げられた)日も、すべて、「思い出の国」に存在しているのです。そう、あなたの胸の、記憶のなかに。だとしたら、勇気を出して、思い出してみてください。あの、輝いていた、喜びの日のことを。たとえ、そのあとに何が起ころうと、その瞬間は、あなたは間違いなく、喜びのなかにあったのです。その「喜び」、それだけを受けとってみませんか。あとさきを捨てて、その一番すばらしい瞬間だけを、自分の内がわに、目覚めさせてみませんか?きっと、あなたのなかに、あらたなエネルギーが湧いてくるはずです。もう一度、書きます。すべての記憶は、けしてうしなわれることがありません。思い出しさえすれば、いつでもそこに存在しています。たとえいま、手のなかにないのだとしても、喜びの記憶はうしなわれることがないのです。これは、過去にしがみつく意味ではけしてありません。過去を、結果だけで、否定してしまわないためなのです。あなたが、純粋に、喜びの記憶に帰ることができれば、その瞬間を、まるごと受けとることができれば、過去は、いつでもあなたのエネルギーとなりつづけます。どうぞ、怖れずに受けとって、生きてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第151号(2004年3月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------「罰として掃除当番」っていうのは、やめましょう。前に、どこだったか忘れてしまいましたが、「罰として、○○の掃除当番」という会話を聞いて、どきんとしてしまいました。(おそらく、学校関係の場だったと思うのですが)たしかに、私も子ども時代に、記憶があります。「罰として、トイレ掃除3日」とかね。当たり前のように、言われていた気がします。でも、それって、疑問に思いませんでしたか?どうして、「罰」が「掃除」なんだろうって。片づけの苦手な私が言うのも、おこがましいのですが、「掃除」って、本来、とてもすがすがしいものだと思うんです。掃除をして、きれいになると、自分も気持ちがいいし、まわりも、うれしい気持ちになるわけですから。でも、それを「罰」として使ってしまうと、「掃除」=「何かワルいことをしたときのもの」と、インプットされてしまうような気がするんですね。もしも、「罰」が必要な場合があるとしたら、それは、本当は、その子(そのひと)が、もう二度と、ワルいことをしなくなるため、ですよね?(ワルいことの定義は、とりあえず保留しますが)それって、掃除とは、全然、関係ないはずです。掃除したら、改心できるのであれば、ワルいことした政治家のひとに、「国会議事堂のお掃除100日」とか言えばいいんですから。いずれにしても、そういう視点を欠いたところでの「罰当番」としてのお掃除は、全く意味がありません。かえって、「掃除、嫌い」の気持ちを、育ててしまうだけのような気がします。さて、もしもまだ、「罰として掃除当番」を使っていらっしゃるところがあるとしたら、ちょっと、考え直してみていただけませんか?掃除は掃除。喜びをもってやるもの。「罰」として使うことは、とりあえずやめましょう。そして、もう一度、考えてみてほしいのです。その子(そのひと)が、やってしまったことを悔いて、心をあらためる必要があるとしたら、私たちにできる本当のことは、何なのかな、って。これって、けっこう深いテーマだと思うんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第150号(2004年3月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------バスの運転手さんに、「ありがとう」と言ってみる。あるとき、友人から送られてきた手紙のなかに、こんな話が書かれていました。友人がバスに乗っていると、ある停留所で、両手で杖をもった、高齢のかたが乗車してきたそうです。バスのなかは、とても混雑していました。すると、そのとき、運転手さんが、「恐れ入りますが、どなたか、 席をおゆずりくださいませんか」という、アナウンスを流したそうなのです。席は、すぐにゆずられました。温かく節度のある、その呼びかけに、友人は感動し、バスを降りるとき、運転手さんに、「ありがとうございました」と、言ったそうです。運転手さんからは、「母親の姿が重なりましてね」という言葉が返ってきたそうです。私も、以前、よく、バスを利用していた時期がありました。いろいろな運転手さんがいらっしゃいますけど、私が乗るバスには、すてきなかたが多かったです。録音されたアナウンスのほかにも、必ず、自分でもアナウンスをし、そのときどきの気づかいを見せてくれるかたも、少なくありませんでした。けれども、どんなにていねいに対応をしても、乗客の私たちは、たいていの場合、無言でバスを降りていきます。それが仕事なのですから、当たり前といえば当たり前。わざわざ、「ありがとう」と言うのは、ちょっと勇気がいりますよね。でも、私にも、言ってみた経験があるのです。やはり、とてもていねいな対応をされるかたで、黙って降りるのは申しわけない気がして、最後に降りるときに、小さく、「ありがとう」と。その瞬間、ぱっと、胸のなかが明るくなりました。「ありがとう」は、言ってもらえるとうれしい言葉だけれど、言うがわも、こんなにうれしくなれるのだと知りました。バスの運転手さんに限りません。ふだん、「やって当たり前」と思っているひとに、「ありがとう」と伝えてみませんか。喜びは、あなたのがわにも、はねかえってきますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第149号(2004年3月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------ユーモアをもって、こたえてみよう。私は、4~5歳のころ、1、2度、てんかんに似た発作を起こしたことがあります。脳波の検査をしてもらうと、微細ではありますが、通常時には出ない波が、ときどき出るのだそうです。検査の結果、私は毎日3回、薬を飲むように指示されました。これが、子どもの私には苦痛でした。朝・昼・晩、きちんきちんと飲むことが、面倒だったこともあるのですが、学校で、薬を飲んでいると、友だちに聞かれるのです。「それ、何の薬?」子どもにしてみたら、当然の質問でしょう。でも…。「発作が起きるから」「えっ、発作って何?」「脳波の検査で、ああなって、こうなって…」「脳波の検査なんて、なんか、怖そう。 それって、病気なんでしょ? 移らないの?」こんな会話、したくないですよね。実際、うまく説明できずに、友だちから、変な目で見られたこともありました。私は悩んで、そのことを両親に話しました。すると、母が、こんなふうに答えてくれました。「それは、頭がよくなるクスリだよ、って言いなさい」いま、考えてみると、とーっても微妙な答えです。(笑)でも、私はそのおかげで、すっかり気持ちが楽になりました。「それ、何の薬?」「頭がよくなる薬」「えーっ、うそー」「ふふふ、ほんと」「私にも飲ませてー」「だーめ♪」そんなふうに、気軽に会話ができるようになったのです。その後、面倒くさがりの私は、だんだん薬をさぼるようになりました。ほとんど飲まなくなったといってもいいくらいです。そして、19歳のとき、「それだけ、薬をさぼっていて、 10数年間、発作も起きていないのだから、 このへんで、終わりにしてもいいでしょう」という診断のもと、ようやく「解放」されたのでした。(^^ゞ実は、私の末の妹は、脳性小児麻痺で、5歳のとき、亡くなっています。ですから、両親は、よけいに心配したことと思います。「人に何か言われても気にするんじゃない」と、そんなふうに答えることもできたかもしれません。でも、母の答えはちがいました。とってもふんわりした、ユーモアのあるものでした。苦しいとき、つらいとき、悲しいとき、そんなふうに、ユーモアをもってこたえることの大切さを、、私は、教えてもらったのだと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第148号(2004年3月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------------夢がかなっていないのは、いまは、準備中だってこと。「ああなってみたいな」「こうなったらいいな」誰でも、そんな気持ち、もっていますよね。「ああ」とか「こう」には、ひとそれぞれの、さまざまな言葉が入るでしょう。ビジネス系のひとだったら、年収○○万円もうけたい、とか、恋愛を夢見るひとなら、こんなひとと出会いたい、とか♪友人と、話をしていたときのことです。友人が、やはり、「○○になれたらいいのに」と言うので、ふっと思って、私は聞いてみたのです。「ねえ、あなたが願っているその状態が、 いますぐ、この瞬間にかなったら、どうする?」そうしたら、友人は、びっくりして、「えっ、いますぐは困る!」と言ったのです。私も「えっ?」とびっくりしました。だって、夢がかなうのに、困るなんて、変ですよね。でも、話を聞いて、なるほどなあと納得しました。夢とか、願いって、いま、ここにはないことですよね。(ないから、願うわけですものね)すてきな恋人がほしいと思っているひとの前に、突然、そんなひとがあらわれたら?そのひとと恋愛をつづけていくためには、自分自身も、魅力的でいなくてはなりません。あるいは、ビジネスでも、大きな会社の経営者になりたいと思っているひとは、それが実現したら、それだけのリーダーシップをとらなくてはなりません。そう、そのとき、友人がとっさに「困る」と言ったのは、それが実現したときの、準備が、友人のなかで、まだできていなかったからなのです。だからね。こんなふうに考えてみましょうよ。もし、あなたが願っていることが、いま、まだ実現していないのだとしたら、それは、あなたが、準備の時間を与えられているのだと。いまのうちに、しっかりと自分の内がわをたくわえて、実現したときに、そなえておきなさいよと。なかなか、夢が実現しないなあという、あなた。少しは、元気が出てきましたか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第147号(2004年3月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------痛いところにさわるから、痛いんですよ。「なんだ、当たり前じゃん」といわずに、どうぞおつきあいくださいな。ずいぶん前に、こんなジョークを読んだことがあります。☆患者「先生、腕をあげると、痛いんですが」☆☆医者「では、腕をあげないようにしなさい」 ☆「それじゃ治療にならないじゃないか」と、思わず、ツッコミが入りそうですね。たしかにそうなんです。でも、ちょっと視点を変えて考えてみてくださいね。思い出すと、腹が立つことって、ありませんか?あるいは、思い出すと、苦しくなってくること…。誰だって、一つや二つや三つ…、ありますよね。実は、そんなときのあなたは、まさに、「あげると痛い腕を、あげている」状態なんです。たしかに、怒る原因をつくった相手はいるかもしれません。でも、それはあくまでも過去のできごとです。いま、目の前に起こっていることではないのです。あなたが、いま、思い出して怒っているとしたら、それは、相手のせいではありません。あなたが、「思い出した」せいなんです。(^^ゞ痛いとわかっているところに、わざわざさわってしまうから、痛くなるんです。たまあに思い出すだけならかまわないけれど、しょっちゅう、思い出しているなら、要注意。あなたは、わざわざ自分で、不快な感情、不快な環境を、つくりだしていることになりますよ。不快な気持ちでは、ストレスもたまります。心にも、からだにも、よくありません。痛いところには、とりあえず、さわるのをやめましょう。時間がたてば、自然にかさぶたもできます。思い出すのは、そのときでいいじゃありませんか。それでも、どうしても「さわりたく」なってしまうひとは、「楽しい」「うれしい」記憶に、さわってみましょう。それなら、いくらさわっても問題ありませんね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第146号(2004年3月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------そんなこともあるのだと、ただ、受けとめてみる。ある友人が話してくれた、ちょっと不思議なお話です。友人は、犬を飼っていたそうです。生まれてから12年、それはかわいがってきたそうです。でも、そろそろ寿命が来たのでしょうか。少し前から、からだが弱って、動けなくなってきました。友人は、よく、犬を抱っこしていたそうなのですが、伝わってくる鼓動が、元気だったころとちがうので、「ああ、もしかして…」と、予感はあったといいます。ところが、そのころ、彼女には、どうしても1泊2日で出かけなくてはならない予定が入っていたのです。夫さんが、「ぼくが(犬を)見ていてあげるから」と言ってくれ、彼女は、心配ながらも、出かけることになりました。そして、彼女の不安は的中し、その日の昼過ぎ、犬の容態が変わり、夫さんに抱っこされたまま、静かに息たえたのだそうです。彼女が、悲報を聞いたのは、その日の夜でした。(日中は、連絡をつけられない状態にあったのです)途中で抜けることのできない用事だったので、彼女が帰宅したのは、翌日の夕方でした。夫さんは、彼女に、犬の姿を見せてあげるため、息をひきとったそのままにしてありました。最期の別れをすませ、火葬にするために、新しい箱に移そうとして、友人は、不思議なことに気がつきました。1日半、そのままにしておいた犬のからだが、まるで、いま息をひきとったかのように、やわらかいのだそうです。普通なら、死後硬直が起きて、ガチガチになっているはずなのに…。おかげで、彼女は、犬を、新しい箱のなかに、無理に押しこむことなく、するりと、横たえることができたそうなのです。その話をし終えて、友人は、「待っててくれたのかな」と言いました。私は、「そうかもしれないね」と答えました。私は、医学的に専門的なことはわかりませんし、また、宗教的なこともわかりませんので、何がどうであるのかと、答えることはできません。ただ、世の中には、ときにはそんなこともあるのだと。そんなふうに、受けとめてみたいと思うのです。少なくとも、そのおかげで、彼女は、「大切にしていた犬の、死に目に出会えなかった」という嘆きを、やわらげることができたのですから。ひょっとしたら、「それはこういう理由で」と、説明できるかたがいらっしゃるかもしれません。でも、理屈を抜きに、そんなこともあるのだと、ただ、受けとめてみる。そんなときがあっても、いいのではないかと思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第145号(2004年3月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------ときどきは、地平線や水平線を見にいきましょう。長いこと、私の一番のストレス解消法は、「長距離フェリーに乗ること」でした。北海道育ちのせいでしょうか。毎日、都会のなかで暮らしていると、むしょうに、地平線や水平線を見たくなるのです。年に1度か、2度は、何か用事をつくって、長距離フェリーに乗っていました。たとえば、帰省のときに、わざわざフェリーを使う。あるいは、仕事などで遠出するときに、1日か2日、余分にとって、フェリーで出かける…。たいていは、30時間ほどかかります。フェリーのなかでは、電話もかかってきません。気が向いたときは、何度でも入浴したり、昼間、ひざしの降り注ぐ甲板で大の字になってみたり、夜、満天の星空の下で、いい気分で酔っ払ったり。心がどんどん解放されていくのを感じます。そして、何よりもうれしいのは、果てしない水平線を、見つめていられることでした。「視野を広くもちなさい」なんて、しばしば言われる言葉だと思いますが、文字通り、否応なしに、視野が広がっていくのを感じるのです。ああ、私、このところ、せこせこしてたなあ。なんか、みみっちいことで悩んでいたなあ。目の前のことにとらわれて、いこじになったなあ。…そんな気持ちが湧いてきて、思わずため息ついちゃいます。たっぷりしたその時間のあとに、ゆっくりと、視界に、陸地の影が飛びこんできます。この瞬間が、またいいのです。「ようし、あそこでまた、ひと踏んばりするぞお!」自然に、そんな気持ちになれるんですね。「そんな悠長な時間をとるひまはないよ」きっと、多くのかたがそう思われるでしょうね。実際、私も最近は、なかなかそういう時間がとれません。でも、その気になりさえすれば、1時間も電車に揺られれば、けっこう、水平線や地平線のある場所にはたどり着けるものです。心が窮屈になってきたな、と思ったら、水平線(地平線)を見る時間を自分にプレゼントする。思った以上に、気持ちが転換できるかもしれませんよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第144号(2004年3月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------「人を殺す」のって、本当に大変です。めちゃくちゃブッソーな言葉を書いちゃいましたが。(^^ゞ私は、編集者でもあり、脚本書きでもあるのですが、(書くのは、舞台の脚本です)これは、ある脚本を書いていたときの話です。お話の設定上、その場面で、ある人物が存在していると困る、ということになりました。実際には登場しない人物だったので、「○○さんは死んだ」ということにして、話を進めようとしました。ところが、一人のひとが死ぬということは、まわりじゅうに、影響を及ぼします。そこにかかわったひとたちの、心の状態が変わります。そうなると、さらにその影響がまわりに波及します。すると、次の場面での反応が微妙に変わります。予定していた場面が、すんなりとは書けなくなります。「あああ、そう簡単に殺せないよー」と、叫んだのが、今日の冒頭の言葉です。(笑)結局、「殺す」のはやめて、別の理由で、その場にはいないことに変えました。(^^ゞなぜ、「殺せ」なかったのか。そこに、想像力が働いたからです。このひとがいなくなったら、まわりはどう感じるだろう。そのことによって、どんな影響が出るだろう…等々。そうしたら、どうしても殺さなくてはならない、「必然性」が見出せなくなったのです。物書き修行の話を書きたいわけではありません。物書きの話でも、これだけ大変なのに、現実では、毎日のように、殺人事件が起きています。それぞれに事情というものはあるのでしょうが、報道を見るかぎり、「えっ、どうして」というケースも少なくありません。もちろん、加害者には、加害者なりの切実さはあったろうと思います。でも、刹那の結末にいたる前に、できうるならば、立ち止まって考えてほしかった、という気持ちに、しばしば襲われるのです。そう、想像力をめぐらせてみる時間です。自分の痛みだけでなく、相手の痛みをも感じてみる時間です。そうすれば、もっと適切な選択肢が見出せたかもしれないのです。殺人事件の話だけではありません。あらゆること・ものにつながっていく問題です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第143号(2004年3月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------自分を「特別扱い」していませんか?もし、あなたが誰かから、「あなたは、特別なひとですね」って言われたら?たいていは、ちょっとびっくりしますよね。そして、思わず、「いやあ、何か特別…なんてことは、ないですよ」なんて言っちゃうのではないでしょうか? 「いや、特別です。きっぱり」というひとは、 以下は、読まなくてもいいかも???(^○^)「自分だけ特別、なんてことはない」実際、多くのひとが、そういうふうに思っているはずなのです。にもかかわらず、なぜか、自分を特別扱いしてしまう場面があります。それは、悩みをかかえたときです。あなたが、自分のことを特別だと思っていないなら、あなたの悩みも、特別なことではないはずです。あなたが「誰にも理解してもらえない」と思っていることも、あなたがものすごく特別なひとでない限り、必ず、誰か理解してくれるひとがいるはずです。「こんなことは誰にも言えない」と思っているあなたが、特別なひとでない限り、「こんなこと」も、けっこうたくさんのひとがかかえていることだったりします。苦しいときだけ、悩んでいるときだけ、自分を「特別なひと」にするのはやめて、もっと、まわりのひとと、わかちあってみませんか?あるいは、ひとに言えないとしてもせめて、「自分にしかわからない」という思いを、いったん手放してみてはいかがですか?あなただけ「特別に」悩む必要も苦しむ必要も、どこにもないのですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第142号(2004年3月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------いっこ、いっこ、分けて見ていきましょう。とてもとても困ったことが起きたとき、あなたは、どんな状態になりますか?私の場合は、一瞬、パニック状態になります。「あああ、もうだめだ。人生の終わりだああ」「私ってなんて不幸なんだ。ばかばかばか!」…すみません。大げさな性格なもので。(^^ゞで、大げさに騒ぐと、気が治まりますので、(笑)「はあ~」と、ため息をついて、困った事態を見つめなおします。たいていは、問題が、そこでとぐろを巻いてます。こんがらがって、何がなんだか…という状態ですね。パニックにおちいっているときは、このとぐろが、ただの大きなカタマリに見えます。でも、一段落して、よく見てみると、「あれっ?」ということに気がつきます。ちょうど、毛糸玉に、ほどける箇所があるように、カタマリと見えた問題にも、とっかかれそうな部分が見えてくるんですね。これについては、いまは、まだ手がつけられないけど、こっちは、この方法を使えば、何とかなりそうだぞって。そう、いっこ、いっこ、分けて見ていけばいいんです。いっこ、いっこ、見ていくと、案外、一つひとつは、そんなにすごいことはないんです。そして、うれしいことに、そうやって、いっこ、いっこ、トライしていくと、さらに、あらたなほどけ目が見つかったりします。あせる必要はないんです。あせったら、とりあえず、自分なりの方法で、気持ちを落ち着かせて、 (私のように、いったん、 力の限りバニくるのも方法です)(^^ゞもう一度、見つめなおしてみましょうね。いっこ、いっこ、見ていけば、必ず、解決の糸口が見つかりますよ!!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第141号(2004年3月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------------一番幸福なひとは、たくさんの「好き」を見つけられるひと。「一番幸福なひと」なんて、本当は、さまざまな定義のしかたがあるでしょうね。だから、これは、「私にとって」と、添え書きしたほうがよかったかもしれません。そう、私にとって「一番幸福なひと」っていうのは、「たくさんの『好き』を見つけられるひと」なんです。好きなこと・もの、あるいは、好きなひとの前では、あなたは、どんな態度をとりますか?ぶすっと、おもしろくない顔、してますか?しぶしぶやっているような態度を示しますか?ちがいますよね。自然に、顔がほころんでいるはずです。ほんのちょっとしたことで、とってもうれしくなって、疲れも知らずに、つづけていられたりして。「好き」になると、そうなってしまうと思いませんか?これって、幸福以外のなにものでもないですよね。そして、この状態にいるときの人間って、けっして、ひとに、いやな思いをさせたいと思わないんです。「ああ、いま、私は幸福だなあ。 よーし、このチャンスに、あいつを殴ってこよう!」…なんて、思いませんものね、絶対!(^^ゞ「好き」と思えること・もの・ひとがたくさんあると、「きらい」と思うこと・もの・ひとの占める割合が、ごくごく自然に、減ってきます。心の大きさは無限大だから、「好き」が増えると「きらい」も増えるというひとが、いても不思議ではありませんが、会ったことはありません。たぶん、人間の心のしくみというものが、そういうふうにできているのだと思います。それ自体が、なんだかとても幸福なことだなあと思います。そして、おまけのひとこと。もしも、あなたの心にスキ間があったら、あなた自身を幸福にするために、どうぞ、ひとつでも多くの「スキ(好き)」を見つけて、そこに入りこませてみてくださいね。 ↑ ちょっとオヤジっぽいギャグでシツレイしました。m(__)m--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第140号(2004年3月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------貧乏は、「不便」だけれど、「不幸」ではない。これって、誰の言葉なのかわからないのですが、私のまわりでは、ずいぶん前から言われてます。(^^ゞ多少、やせ我慢の響きもなくはないですが。(爆)人間、お金じゃないよ…と、言ってはみても、やっぱり、お金がないと、つらいことってありますよね。私も、筋力ならぬ金力(笑)がないほうなので、そういうときって、やっぱり、ちょっぴり、暗~い気分になりがちです。(^^ゞで、そのつど思い出すのが、この言葉。「貧乏は、不便だけれど、不幸ではない」「○○がない」っていう欠乏感は、不思議と、「不幸感」に結びつきやすいんですよね。不幸だなあと思うと、ますます暗いモードに落ちこみます。だから、そんなときは、一文字入れ替えてあげるんです。「不幸」と「不便」受け取る印象が全然変わってきますものね。(^○^)そういえば、20代で芝居をやってたころは、今よりはるかに、「貧乏」でした。マジで。芝居仲間が集まって飲むときなんか、いつもみんなで、お酒もツマミも持ち寄りだったけど、88円特売の、サバの味噌煮缶が、ごちそうだったりして。(爆)定番は、インスタントラーメンの「サッポロラーメン・塩味」でした。(笑)調理するんじゃないんです。袋のまま、外からくだいて、中の粉末スープを振りかけて、それをツマミにするんです。これがなかなかイケル!(^○^)(ちなみに、塩味というのがポイント)何しろ、みんながみんな、貧乏だったから、誰も、不便とも、不幸とも思ってなかった気がします。かえって、貧乏さ加減を競っていたような気さえ…。(^^ゞなんだか、話がそれてしまいましたが、とにかく、不幸感は、持ってても、あまりおトクではありません。お金がないことで、(あるいは、お金以外でも、何かがないことで)不幸だなあって感じてるひとは、 「不幸じゃなくて、不便」って言葉を、繰り返してみましょうよ。「不便」っていうのは、これは悪いことじゃありません。むしろ、「ようし、何とかしてやろう」って、アイデアもわいてくるかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第139号(2004年3月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------------早起きできないのは、単に思いこみのせいかもしれません。以前、女優の中村メイコさんが、講演のなかで、「結婚してからずっと、3時間睡眠です」とおっしゃっていました。「慣れてしまって、これが普通です」というのですが、とても信じられませんでした。私は、子どものころからずっと6時間睡眠で、それを切ると、絶対に足りないと思っていましたから。さて、私は、横浜市青葉区小中高生ミュージカルという子どもたちのミュージカルにかかわっています。http://homepage2.nifty.com/dorama-net/一昨年(2002年)は、12月21日が初演でした。本番前1週間、スタッフたちは、ほとんど極限状態で、追いこみ作業に追われていました。私も例外ではなく、その時期、睡眠時間が、一日2~3時間という日がつづきました。もう、フラフラ、ボロボロという状態の日々。(^^ゞですから、本番が終わったその日は、「ああ、今日はぐっすり眠るぞー!」と、ふとんに倒れこんだのでした。翌朝。すっぎりした目覚めに、私は伸びをしました。「ああ、たっぷり眠ると、気持ちがいいなあ!」そして、時計を見ました。……えっ?私は、自分の目を疑いました。なんと、わずか4時間半しか眠っていないのです。ふだん6時間睡眠の私が、1週間ものあいだ、睡眠不足をつづけてきて、4時間半眠っただけで、「ああ、すっきりした」なぜっ???おそらく、極度に疲れきっていたために、いわゆる「爆睡状態」におちいり、結果的に、眠りの質が高くなったのだと思います。その日も、途中で眠くなることはありませんでした。そして、この体験には、ものすごいおまけがつきました。その日から、私は、4時間程度の睡眠時間で、足りるようになってしまったのです。あれから、1年以上経ちますが、完全に、4時間睡眠が、定着してしまいました。自分でもびっくりの、うそのような、本当の話です。「私は、絶対に○○できない」誰でも、一つや二つ、そういう思いがあると思います。でも、実は、そう思いこんでいるためにそうなっているだけ、というケースもあるかもしれませんよ。私の場合のように、ね。●追記「じゃあ、昼間は全然眠くならないの?」と、聞かれることがあります。こたえは、「眠くなるときは、眠くなる」です。そして、眠いときは、さからわず、眠ることにしています。毎日眠るわけではありませんし、(毎日眠れる環境にあるとは限りませんし)当たり前ですが、そのときの体調等によっても変化します。要は、自然の流れにしたがう、ということかなあ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第138号(2004年3月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「肯定的」に笑ってみましょう。「笑い」の大切さが、知られるようになってきましたね。最近読んだ本にも、落語を聞くことで、病気のひとの免疫値があがった話が書いてありました。さて、そんな「笑い」にも、いろいろな種類があるなあと思います。「○○って、サイコーだよな」「いや、全然」「□□さー、めっちゃすてきだと思わない?」「どこが?」これは、相手の言葉を否定して、笑いをとるやりかたです。日常のなかでも、けっこう多く使われている気がします。この場合でも、たしかに、笑いは起きるのです。ボケとツッコミの芸だと、さらにおかしく笑えますよね。ただ、そこに提供された話題は、相手に否定されてしまったのですから、そこでおしまい。またゼロから、あらたな話を生み出さなければなりません。実は、これ、「ブロッキング」といって、インプロ(即興演劇)では、いわば、禁じ手なのです。(詳しい話は省略して、ものすごく大ざっぱに書いてます)インプロの基本は、「イエス」+「アンド」。けっして、相手を否定しないのです。ボケとツッコミの芸は芸として、あっていいと思います。でも、私自身は、「イエス・アンド」の笑いがもたらすものすごいパワーのほうに、魅了されるようになりました。だって、本当に天井知らずの肯定なんです。たとえば…、 「一緒にごはん食べに行こうよ」 「いいね(イエス)。(アンド)せっかくだから、有名店の○○にしよう」 「あっ、10周年セールで全品半額!」 「しかも、ラッキーくじで世界一周旅行プレゼント」 「ガラガラガラ…、当たった! 世界一周旅行だ!」 「よしっ、ついでだから、町内会全員を誘っていこう」 「じゃあ、さっそく、飛行機をチャーターしよう!」(あんまり、上手なたとえではないかな~)(^^ゞこんなふうに、すべてを肯定、肯定で、とらえていくと、ほんとに、不思議なくらい、笑えてくるんです。否定しないから、話はがんがん発展していきます。自分のアイデアも生かされ、相手も生かされます。誰もおとしめない、誰も傷つけない。ほんとに、すっきりした、明るくパワフルな笑いです。笑うということは、健康にもいいです。心にもいいです。だったら、少し、「肯定的に笑う」ということを意識してみませんか?あなたの笑いが、さらにパワーアップすることをお約束します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第137号(2004年3月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------当たり前のことを、当たり前にやる大切さ。私は、こういうテーマで、メルマガを出しているくらいなので、成功法則の本や、心理学的なことを書いた本もよく読みます。だから、そういう本を読んでいると、「あ、これ、どこかで読んだ」ということが多いです。「あ、これ、もう知ってる」「これは、ほかでも読んだ」一時期、そう思って、感動が薄れた時期がありました。何を読んでも、おもしろくないんです。「当たり前のことばっかり書いてるじゃない」って。でもね、あるとき、ふっと思ったんですね。「じゃあ、私は、 そのうちのどれだけを、実践できてるんだろう」どきっとしちゃいました。できてないんですよね。「こんなの当たり前じゃない」そう思えるようなことさえ、できてないのです。そのことに気づいたとき、ちょっとショックを受けました。もともと、自分自身が学びたいから読んでいたはずなのに、どこかで、気づかないうちに、「評論家」になってしまっている自分がいたんですね。「評論家」を否定するつもりはありませんが、なんだかちょっと、つまらないなあと思います。自分が実践して、自分が変わっていくほうが、楽しいですもの!今も、本はよく読みます。好きですから。(^○^)そして、いつも自分に問い返します。「自分は、このなかの、どれだけをできているだろう」そういう視点で見てみると、「当たり前」と思えたことが、また新たな発見になるんです。むしろ、「当たり前」であればあるほど、自分を問い直させてくれる「試金石」になるんです。当たり前のことを、当たり前にやる大切さ。--今、そのことを、しみじみとかみしめています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第136号(2004年3月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.13
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------ひとは、「感じる」からこそ動くのです。遺伝子研究で有名な、村上和雄さん(筑波大学名誉教授)の『生命(いのち)のバカ力(ぢから)』(講談社+α新書)を読みました。『「感動」という言葉はありますが、「知動」という言葉はありません』このことばを読んで、どきっとしました。私がいつも思っていることと、どんぴしゃりの内容だったからです。同じ文章のなかで、村上さんはこうも語ります。「人間は論理や理屈だけではありません」「感じたから動くのです」学生時代の話になりますが、こんな思い出があります。つぶれかけた演劇部を再生させ、公演を成功させるために、そのときの私は夢中でした。人手も足りないため、私は、友人に、スタッフとして協力してほしいと、お願いをしました。ふだん、演劇とはまるで関係のない友人でしたが、「いいよ」と、快く引き受けてくれました。おかげで、公演は無事に成功しました。次の公演のときも、私は友人にお願いをしました。友人はやはり、同じように引き受けてくれました。部をまとめる立場にあった私は、やらなければならないことが、山のようにありました。正直、すでに仕事の手順も覚えた友人に、必要以上の言葉をかける余裕はありませんでした。ところが、公演に向けて、準備に奔走しているとき、友人が、「やめたい」と言い出したのです。「私、別に、演劇、やりたいわけじゃないから」話を聞いて、私は、自分の勝手な思いちがいに、頭を殴られるようなショックを受けました。友人が、スタッフの仕事を引き受けてくれたのは、「私に頼まれたから」だったのです。「かめさんが、いつも、一所懸命やっていて、 そのかめさんが、困っているから、 手伝いたいと思ったのであって、 スタッフの仕事そのものを、望んだわけじゃない」それなのに、私は、いつのまにか、彼女がスタッフの仕事をやることを、当たり前のように思いこんでいました。慣れない作業を黙々とやってくれているときも、「だって、自分で引き受けたんだから」と…。そう、確かに、理屈はそうなのです。彼女は、自分で「やる」と言ったのです。でも、その根底にあったのは、「なんとしても、この公演を成功させたい」という、私の思いを「感じて」くれたということだったのです。そして、引き受けることで、私が喜び、その私を見て、彼女は、喜びを感じてくれたのです。だからこそ、私が彼女にたいして、「引き受けた以上は、やって当たり前」と思ったときに、「やりたくない」という言葉が出てきたのでしょう。今日の話題には、賛否両論あるかもしれません。でも、やはり、この言葉をかみしめてみたいのです。「ひとは、『感じる』からこそ動くのだ」…と。このテーマについては、たぶん、いつかまた、稿をあらためて、書くことになると思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第135号(2004年3月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「でも、それはほんとかな?」シェル・シルヴァスタインの絵本『おおきな木』(篠崎書林)をご存知でしょうか。原題は、『GIVING TREE』。そう、「与える木」。一本のりんごの木が、ひとりの男の子のために、実を与え、枝を与え、最後には幹まで与え、一生を終えていくお話です。ときには、この本は、「無償の愛」の象徴のように語られることがあります。そういう解釈を、もちろん、否定はしません。でも、私は、作者は、実はもっと深いメッセージを、この本のなかに秘めているのではないかと思うのです。木から、もらいたいだけもらって、出て行った男の子は、最後に、何もかもをなくして、もどってきます。そんな男の子(最後は老人です)にたいして、木は、いつも、「うれしかった」とつぶやくのですが、途中で、そっと、ひとこと、作者は、こんな言葉をはさんでいるのです。「でも、それはほんとかな?」このひとことは、いつか本を離れて、常に、私の胸のなかにとどまるようになりました。強い権威のある存在が、これはこうだと決めつけようとしているとき。みんながそうしているからと、あらがいがたい雰囲気が、あたりに満ちているとき。胸のなかで、このひとことが、響くのです。「でも、それはほんとかな?」何もかもを、疑ってかかれということではありません。だけど、たとえ流れを乱しても、立ち止まらなくてはならないことが、ときにはあります。少なくとも、自分が納得いかないときに、ずるずると流されていっていいはずがないと思うのです。そんなときに、勇気を与えてくれるのが、このひとことなのです。「でも、それはほんとかな?」そして、そのたびに、自分の頭で、自分の言葉で、もう一度、見つめ、考えなおします。目の前のこと・ものを。そこから、自分のこたえというものを、見出していくのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第134号(2004年3月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------あなたの言葉、届いていますか?20代のころ、おおきなオフィス街の喫茶店でウエイトレスのバイトをやっていたことがありました。小さなスペースにもかかわらず、モーニングタイムなどには、早回しのフィルムのように、大勢のひとが出入りする店でした。お客さんの多くは、ほぼ決まったメニューを頼み、ひとによっては、新聞を読み、ひとによっては、無言でコーヒーをすすり、たいていの場合、短時間で、すばやく席を立っていきます。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」私たちの呼びかけに、返事をしてくれるお客さんはほとんどいません。まるで、機械のアナウンスか何かみたいに、聞き流していくのです。そんな毎日を送っていると、ふとむなしくなることがあります。あるとき、思い立って、こんな試みをやってみました。お客さんが入ってきたら、そのひとをしっかり見て、そのひとの心に届けるつもりで、「いらっしゃいませ」と言ってみることにしたのです。どれだけのひとが、こちらを見てくれるだろうかと。結果は、びっくりでした。思った以上のお客さんが、私を見てくれるのです。言葉は、同じ「いらっしゃいませ」なのに、「心に届ける」と意識しただけで。注文をたずねても、新聞から目を離さず、「いつもの」とだけこたえていたお客さんが、はっと顔をあげさえしたのです。いままで、「誰もこたえてくれない」と思っていたのは、まさに、私自身が、機械のような話しかけかたしか、していなかったためだったのでした。その日から、仕事がとても楽しくなりました。きちんと声をかけると、笑顔で返してくれるひともいます。「いつも明るいね」と、言ってくださったかたもいました。特別に、何が変わったわけでもないのですが、声をかけること自体が、うれしく感じてしまうのです。この体験は、私に、「言葉を届ける」ことの大切さを、実感させてくれました。もしも、かつての私と同じように、お客さんの反応に不満を感じているかたがいたら、ぜひ、ためしてみてくださいね。きっと、変化があらわれますよ!●追記子どもとか、部下に、「さっき言ったでしょう」「何度も言ってるでしょう」って言うこと、けっこうありますよね。それって、案外、あなたの言葉が、本当には届いていないのが、原因かもしれません。(^^ゞ私のワークショップでは、声を届けるレッスンをすることもあるのですが、「かめおかさんのレッスンを受けて、 私、子どもにちゃんと (届くように) 話してないなあと気がつきました」と感想を言ってくださったかたがいましたよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第133号(2004年3月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------片づけられないときの、とっておきの方法は?今日はちょっと、部屋のなかをぐるりと見渡してみましょう。ぴっかぴかで、ちり一つ落ちてませんよー。…というひとは、今日は読まなくてもいいかも。(^^ゞ片づけなきゃってわかっているけど、なかなか片づかない。これなんか、ずーっと置きっぱなし。これも、捨てずにいるけど、使ってないよなあ。これも…、これも…。そんな調子で、荷物がどんどん増えてるひとって、けっこう多いですよね。そんなとき、こんなふうに思ってみてはどうでしょう?「引っ越しするときにどうするだろう」持っていくもの、いかないもの、けっこうはっきりすると思いませんか?私は、親が、転勤族でした。家は、いつも狭い官舎で、引っ越しのたびに、それはそれはミモフタもないほど、「捨てる」という体験をせざるを得ませんでした。でないと、生活空間がなくなっちゃうのですから。そのおかげで、いざ、片付けようってときには、かなり潔い性格になったと思います。(^^ゞそして、やっぱり、思いきって片付けたあとって、とってもすっきりするんですよね。さて、そんなふうに考えてみても、やっぱり、どうしてもだめ、っていうひと。実は、究極の選択肢があるんです。こう、自分に問いかけてみるんですね。それは…「死ぬときも持っていきたいものは?」いま片付けられない、もろもろのもの、お棺のなかに、いっしょに入れたいですか?そんなことしたら、すごーくでっかいお棺を、つくらなきゃいけないですね。(爆)まあ、どのみち、持っていけないですからね。(たぶん)引っ越しのときには持っていったものも、ここで全部、手放すことになっているんです。なかなか片づけられない。でも、どうしても片づけなければいけないとき、そんなふうに、視点を変えてみるのも、方法ですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第132号(2004年3月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------ときには、「闇」を体験することも必要です。もう、10年近く前になりますが、たまたま、沖縄の離島に住んでいた友人をたずねたことがあります。「せっかく来たのだから、闇を体験してみない?」と、友人が誘ってくれました。闇。…そう、文字通りの、真っ暗闇のこと。たしかに、都会に住んでいると、本当の闇など、体験するチャンスはありません。さっそく、OKをして、その夜、友人の家族とともに、車で、森に向かいました。車を走らせていくと、やがて、かすかに見えていた人家のあかりも、消えました。森のなかに入ると、もう、明かりはまったくありません。車を止め、ライトを消しました。あたりに、深い闇が、おりてきました。みんな、言葉を発することを忘れて、ただ、その闇のなかで、静かに呼吸していました。怖いという感情は起きませんでした。ただ、心が、どんどん、静かになっていくのを感じていました。まるで、闇の無限が、自分の心にも広がるように。まるで、自分が、宇宙とひとつになっていくように。私たちは、光にあふれた日常の生活のなかで、何かとても大切なことを忘れているような気がします。それが何かは、人それぞれにちがうでしょうが、ときには、それを見つめる時間や空間が、必要な気がするのです。そう、「原点回帰」とでも言うのでしょうか。あなたの生活のなかに、闇を体験する時間を、つくってみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第131号(2004年3月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------心の筋肉をきたえよう。失敗こそチャンス!失敗が好きなひとって、あまりいませんよね。できれば、失敗なんかしないで済ませたい。でも、失敗しないように、と思ってばかりいると、一歩を踏み出すことが怖くなってしまいます。どんどん臆病になって、何もできなくなってしまいます。「失敗してもOK!」と思えるようになるには、心の筋肉をきたえる必要があります。そう、心にも、筋トレが必要だったんですね。(笑)では、心の筋肉はどうやってきたえるか?逆説的ですが、たくさん失敗をすることなんです。インプロ(即興演劇)のレッスンのなかに、会話のなかに、「たちつてと」を入れてはいけない、というルールのゲームがあります。うっかり、「た」「ち」「つ」「て」「と」を使ってしまったら、アウト。次のひとと交代です。「どうすれば勝てるの?」 (「て」を使った)ブー。 「ありがとうございました」 (「と」と「た」を使った)ブー。ブブー。 「いやあ、つかれちゃって」 (「つ」「ち」「て」を使った)ブー、ブー、ブブブー! こんな具合です。(爆)使うまいと意識して、会話のテンポが落ちても、交代。ミスしてもいいから、どんどんしゃべるしかありません。でもね、これをやっていくと、なぜか、どんどん、パワフルな気持ちになっていくんですよ。だって、考えてもみてください。このゲームに失敗したからといって、あなたに、何か不利益がありますか?失敗したことで、営業成績が下がりますか?主婦失格の烙印を押されますか?「いやねー、あのひと、会話のなかに たちつてとを入れてしまったんですって」「まあー、信じられないわ。恥ずかしくないのかしら」…なんて、言われないですよね、絶対!(^^ゞ失敗しても全然OKのゲームをするなかで、楽しく、失敗という体験を積むことができるんです。そして、いつのまにか、「失敗しても大丈夫」という気持ちが育っていくんです。それが、「心の筋肉をきたえる」ということなんです。ゲームをとおしてきたえられた心は、日常でも使うことができます。当然ですけれど、心はひとつですからね。そうすると、日常生活がどんどんパワフルになります。さあ、あなたもあなたなりの方法で、心の筋肉をきたえてみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第130号(2004年3月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------緊張しないための方法は、実はとっても単純です。演劇関係の仕事にかかわっているせいか、よくこんな質問を受けることがあります。「緊張しないためにはどうしたらいいですか?」昨秋、ある中学校での劇づくり講習会のときにも、そんな質問をいただきました。そこで、こんな実験をやってみました。3人ほどの生徒に、舞台の上にあがってもらって、500人の全校生徒の前に立ってもらいました。この時点で、かなり緊張します。(当然ですよね)そして、今度は、全校生徒のみなさんにお願いして、「笑顔で、拍手をしてください」と言ったのです。別に、拍手の理由なんか何もないんですよ。ただ、拍手をするだけ。わけもわからず、500人の生徒は、一所懸命拍手してくれました。(笑)そして、そのあとで、3人に、「どんな感じがした?」と聞いてみました。「すごく気持ちよかった」「いい気分になってくる」「受け入れられている感じがして、うれしかった」さて、この時点で、この3人は、緊張しているでしょうか?…していませんね。それどころか、最高の気分でそこに立っているのです!緊張は、基本的には、怖れの裏返しです。失敗して、笑われないだろうか。あとで何か言われるのではないだろうか。変な目で見られるのではないだろうか…などなど。そうすると、誰だって、緊張してきます。だから、緊張しないためには、その逆の環境なり、感覚をつくりだせばいいんです。こんなふうに想像してみてください。目の前にいるひとは、本当は、あなたのことが大大大大大好きなんです。あなたと会っていると、うれしくてたまらないんです。あなたがいてくれるだけで、幸せなんです。だから、何があってもOK。たとえ、はしが転げても感動してくれますよ。(爆)…事実はどうあれ(笑)、そんなふうに思ってみてくださいね。その瞬間に、あなたの心は安定します。受け入れられている喜びが、全身を満たします。そうなると、表情もゆったりしたものになります。目の輝きも変わります。姿勢も、すっと伸びて、より自然に立てるようになります。そんなあなたを見ると、相手は、「すてきだな」と思います。好感をもつと、当然、態度もやわらかくなります。積極的に笑顔で迎えてくれるようになるでしょう。もう、緊張なんて、どこかに飛んでいっていますよね!!●追記よく、人前に出るときに緊張しない方法として、「観客をかぼちゃかじゃがいもだと思え」とか「人という字を手に書いて飲め」なんていうことが、言われてきましたよね。私、ずーっと疑問だったんです、それ。なぜ疑問に感じるのか、それがようやくはっきりしました。相手ときちんと向き合っていないからだ、って。だって、客観的に考えてみてください。かぼちゃ畑やじゃがいも畑の前で、一人でしゃべって、楽しいですか?相手を飲むつもりで対応してて、親しみがわきますか?それが、コミュニケーションといえると思いますか?だから、考えたんです。もっと、あたたかで思いの通じる方法はないかって。その結果、たどり着いたのが、今回ご紹介した方法なんです。観客と自分が、共感のきずなでつながっていると思えたら、人前に立つ前から、うれしくなっちゃいますよね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第129号(2004年3月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------誰もが、ひとつきりしかない、いのちなのです。何年も前のことですが、その日、私は、約束の時間に遅れそうになって、あせっていました。駅のホームで、今か今かと電車を待っていると、突然、アナウンスが流れました。「○○駅で人身事故があり、運転を一時見合わせ…」その瞬間、私の心をよぎったのは、「…まいったなあ。迷惑だよ」という気持ちでした。翌朝、新聞をひらくと、小さな記事が載っていました。「○○線○○駅で、○時○分ごろ、○○○○さんが…」昨日の人身事故のことです。間違いありません。その、亡くなったかたの名前を見たとたん、私は凍りつくようなショックを覚えました。知っているかただったのです!親しくはありませんでした。でも、仕事の関係で、お会いしたことがありました。まだ、30代なかばで、その分野では、これからを期待されていたかたでした。理由はわかりません。自殺…でした。私は、一瞬でも、「迷惑」と思った自分を、激しく後悔しました。あのとき、私は、人身事故ということを知ってはいても、それが、人間のいのちにかかわるものであるということを、どこか、忘れてしまっていたような気がします。ひとりの人間が、自ら死を選ぶということ。その苦しみも葛藤も、他人には、とうていうかがい知ることはできません。それなのに、「人身事故か。迷惑だな」と、ひとことで片付けてしまった自分の愚鈍な神経は何なのか…。もし、亡くなったのが、知らないかたであったなら、相変わらず、気づかずにその生きかたをつづけていました。たまたま、知っていたかたであったということが、私のその鈍磨した心を、揺さぶってくれたのです。毎日のニュースを見ていると、今日も、おおぜいのかたが亡くなっていきます。事故で、病気で、自殺で、あるいは戦争や飢えで…。それら一つひとつのいのちが、まさに、一つきりしかないいのちであるということを、私たちは忘れすぎている気がします。当たり前だけれど、一つひとつのいのちには、異なる、一つひとつの人生があり、異なる、一つひとつのこころがあり、異なる、一つひとつの夢があり、異なる、一つひとつの出会いがある。もしも私たちが、そのことを、本当に忘れずにいることができたなら…、この社会は、もう少し、変わるような気がします。もう少し、ちがったまなざしで、他者を受け入れることができるような気がします。人身事故のニュースを見るたび、聞くたび、いつも思い出すことなのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第128号(2004年3月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------「イエスアンド」は、人間関係をなめらかにします。友人が、組織のなかの人間関係で悩んでいました。自分の考えを、まわりが理解してくれず、逆に、一方的に意見を押しつけられると言うのです。「そうじゃなくて…と説明してるんだけど、 伝わらないのよねえ」と、友人はため息をつきます。聡明で頭の切れる彼女、そう的はずれなことを言っているとも思えません。「イエスアンドでやってみたら?」と、私は彼女に提案してみました。「イエス アンド」とは、インプロ(即興演劇)の基本レッスンのひとつです。たとえば、2人組になって、1人が「○○しよう」と言うと、もう1人が、「そうしよう」と答えて、2人でその行動をします。次に、「そうしよう」と答えたがわが、「そして、今度は○○しよう」と次の提案をして、2人でまた同じ行動をとります。なーんだ、それがレッスンなの?と思うくらい、とっても単純なワークですよね。でも、これがとっても気持ちいいのです。なぜなら、自分の提案に同意してもらえることは、どんな単純なことでも、うれしいに決まっているからです。「イエス(そうしよう)アンド(そして)…」繰り返していくと、どんどんパワーがあふれてくるのを感じます。「えーっ、相手の言うことに 同意できないときだってあるじゃない」と、それを聞いた友人は異議を唱えます。(^^ゞ「実際の場面では、行動に同意するということではなく、 そういう考えもあるんだということを認めることなのよ」これは、このメルマガの第2号でご紹介した「『なるほど』と言ってみる」とよく似ています。 ※読んでみたいかたは、バックナンバーをどうぞ。 http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000119721 (第2号/2003年11月2日発行)でも、「イエス アンド」は、心で思うだけでなく、積極的に相手に働きかけます。「そうですね。あなたの考えはそうなんですね」と、相手の言葉を、いったんまるごと受け止めるのです。「そうなんですね(イエス)」といわれた相手は、自分が受け入れられたことで、安心します。「ああ、話を聴いてくれるひとなんだ」と、相手にたいして、心のバリアが自然に解けます。あなたが、自分の気持ちや主張を伝えるのは、それからでも遅くはないんです。それに、あなたのがわだって、「イエス」といったことで、相手にたいして、少し距離が近くなった気がしています。伝える表現も、自然と、おだやかなものになるはずです。私の友人は、「うーん」と首をかしげながら聴いていましたが、それを実行しようとつとめてくれました。その後、たまたま電話で話す機会があったのですが、「相手の言葉に腹が立たなくなった」と話してくれました。それまでは、「反論してやろう」とかまえていたのが、まずは聴こうと思ったときから、細かいことは、気にならなくなったというのです。「イエス」と認めているにもかかわらず、組織のなかでの彼女の立場は、以前よりずっと、強いものになっているそうです。すごいでしょう? 「イエスアンド」の力!人間関係がうまくいっていないというひと、ぜひぜひ、ためしてみてくださいね!!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第127号(2004年3月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------ときどきは、自分に「プレゼント」をあげましょう。あちこち飛び回っていることが多い私ですが、たまあに、一日、自宅にいることがあります。といっても、そんな日も、やることは山積み。かたっぱしからやっていかないと、終わりません。ところが、そういうときに限って、なんだか気持ちがノッてこないものなんですね。その日も、やはり、同じような感じになって、いらいらしていました。で、たまたま、ちょっとした用事で、外に出たんです。風が気持ちよくて、ふっと心がゆるむ気がしました。ああ、そうだった、と大切なことを思い出しました。「ときどきは、自分に『プレゼント』をあげなくちゃね」と。朝も昼も夜も、あっちに走り、こっちに走りと、とても目まぐるしい日々がつづいていました。やりたいことをやってはいるのだけれど、どこか、何か、追われるような気持ちになっていたようです。「今日は、何もしない日にしよう」そう、自分に宣言したら、すっと心が落ち着きました。用事を足したその足で、ケーキやさんに入り、ケーキを二つと、好きなくるみパンを買いました。その少し前、誕生日だったのですが、例年だと、自分で自分のためのケーキを買うのに、あわただしくて、結局、何も買わずに終わっていたのです。それから、少し遠回りして、ぶらぶら散歩しながら、ゆっくり家に帰りました。(散歩もひさしぶりでした)そして、友人からいただいた紅茶に、母の手づくりのマーマレードを入れて、買ってきたケーキを味わいました。それが、その日の、私へのプレゼントでした。ささやかすぎない?って、笑われそうですね。「プレゼント」は、別に高価なものでなくてもいいのです。自分にとって、「しあわせ」と思えるものであるならば。その日の私が、私にあげた最大のプレゼントは、「何もしない」時間でした。そして、ほんのちょっぴりのぜいたく…。(^^ゞもちろん、豪華スペシャルのプレゼントがいいというかたは、盛大にどうぞ!大切なのは、自分自身のためのプレゼントであること。だって、「そのひと」がいてくれなければ、あなたは、生きていられないのですから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第126号(2004年3月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.10.03
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