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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------黙って、包みこんであげることも必要です。忘れられない思い出があります。より正確にいえば、忘れられなくなった思い出があります。小学生低学年のときの話です。私の郷里は、北海道で、冬になると、スキーの授業がありました。そんなある日の授業のときのことです。斜面をいきおいよくすべり降り、ゴールが目の前に近づくと、うれしくてたまりません。私は、ストックを思いきり雪面にさし、さらにいきおいをつけて、ゴールインしました。そのときです。振り上げた私のストックの先が、ゴール付近で、待ちかまえていた一人の先生の顔に当たってしまったのです。先生は、けがをしました。目のすぐそばでした。すぐに病院に運ばれ、手当てを受けました。ところが、私は、その「事実」を、ずっと知らずにいたのです。ゴールしたあと、何か騒がしくなったという記憶は、かすかに残っています。でも、それが、私が振り上げたストックのせいだとはまったく気がついていなかったのです。そして、そのためでしょうか。誰も、そのことを、私に告げなかったのです。「気をつけなさい」「なんてことをしたんだ」と、非難されても、しかたのないことだったと思います。実際、友だちには言われたことがあります。「先生に、けがをさせたんだって?」ところが、もともと鈍感な性格なものですから、そのときでさえ、何の話かわからなかったのです。ずっとずっとあとになって、点がつながるように、「そうだったのか」と、わかるときがやってきました。そして、あのとき、黙っていてくれた先生、そして、すべてのひとたちに感謝したい気持ちでいっぱいになりました。10歳に満たない子どもが、意識しなかったとはいえ、おとなを傷つけてしまった。(幸い、失明などの大事にはいたらなかったのですが)もし、あのとき、それを告げられていたら、私自身の心にも、深い傷が残ったかもしれません。そのことがわかったからこそ、まわりのひとたちで、相談をしたのだと思います。私には告げずにおこうと。あれから長い時間が過ぎたいまとなっては、先生にお礼を言うこともできません。私は、いまの立場で、いま、やれることをやるしかありません。もしも、誰かが、誰かを、傷つけてしまったら、(それが、精神的な場合も含めて)どちらかを責めるのではなく、黙って、どちらも包みこんでやりたいと思うのです。新しいこころの傷をつけることなく、もう一度、スタートを切ることができるように。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第185号(2004年5月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------アンテナの向きを変えればいいのです。私が、うんとちいさかったころのお話です。私は、父親の職業の関係で、ものすごーい、へき地に住んでいました。周囲は、山、そして森林。冬になると、雪で閉ざされるような場所。そんな環境のせいでしょうか、私の家のテレビは、NHKと、NHK教育と、民放は、ひとつの局しか入らなかったそうです。見たい番組が、その局以外だと、父は、屋根に上って、アンテナの向きをくいっと変えるのです。すると、その瞬間、今まで見えていた局が映らなくなり、別の局が見られるようになるのです。これ、ほんとに、ほんとの話です。(爆)そのとき以来、私のなかでは、「そうか、アンテナの向きを変えればいいんだ」という意識が、根づいたのかもしれません。何かにこだわりだしたとき、(とくに、ぞれが自分にとって不快な感情のとき)意識的に、アンテナの向きを変えるのです。そうそううまくはいかないよ、というかたが、いらっしゃるでしょうね。一番有効なアンテナの向きの変えかたは、好きなことを見つけることです。実は、私は、中学・高校時代、クラスメイトたちと必ずしもうまくいっていませんでした。詳細は、省略しますが、単純に言うと、「その場の雰囲気に合わせる」という感覚が、私のなかに、なかったせいでしょう。よくも悪くも、集団のペースにはまらない私を、陰で、あれこれ言っていたひともいたようです。ところが、そのころの私は、もう、ばりばりの演劇熱中少女だったのです。つまり、アンテナが完全に演劇に向いていたために、ほかのことが、まったく入ってこなかったのです。それで本当によかったのかどうかはわかりませんが、少なくとも、私は、その陰口のために、傷つくことはありませんでした。何しろ、アンテナがキャッチしないために、「気づかなかった」のですから。(^^ゞもちろん、ときには、正面からぶつからなければならないことも、あるでしょう。でも、感情に振り回されそうになったときなどは、いったん、アンテナの向きを変えてみることも、有効ではないかと思うのです。大切なことは、そのアンテナは、固定されたものではないということです。アンテナの向きは、いつでも変えられるのですよ。自分自身でね!!ちなみに、このアンテナの向きを変えるという方法で、身体の痛みを一時的に軽減することもできます。その話は、またいずれ、気が向いたときにでも…。(^o^)丿--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第184号(2004年5月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------サポーターさんにも、いろいろいるのです。人生を生きていくうえで、私たちは、さまざまな存在に助けられます。それは、家族であったり、先生であったり、友人であったり、何かの仲間であったりします。そのひとたちは、まぎれもなく、あなたの、すばらしいサポーターさんです。でも、逆に、まるで自分の行く手をふさいでいるようにしか見えないひとたちとも出会います。何かと攻撃的な態度をとってきたり、やりたいことをじゃましたり、などなど。このひとたちも、実は、あなたの、すばらしいサポーターさんなのです。「えっ? なんで?」と思われるかもしれませんね。「冗談じゃないや、なんであんなやつ」と、反発されるかたもいらっしゃるでしょう。当然です。そのような方法で「サポート」しているのですから。学びのかたちは、ひととおりではないのです。学校でも、座学だけで学ぶ教科もあれば、実験を必要とする教科もあります。ときには、体力トレーニングを必要とするし、反復練習の積み重ねということもあります。人生も、同じようにできているのです。にこにこ優しく導いてくれるサポーターさんだけでは、ないということなのです。そして、どちらも必要なサポーターさんなのです。きびしく(つらい体験をとおして)学ぶことが、ときに、あなたの人生にとって必要なことだからです。あなたが生きていくうえで、より豊かになるために。より深く、より広く、より自分というものを知るために。だから、誰かから傷つけられた、うまくいかないなどと感じたときには、このプロセスをとおして、何を学べるか、ということに、アプローチしてみてください。そうしたら、目の前の「サポーター」さんが、何を教えてくれているかが、わかりますから。こころのなかで、そっと感謝しましょう。わざわざ、「悪役」を演じてくれたそのひとに。そうしたら、もう、怒りや憎しみの感情に、振り回される必要はなくなりますね。そうそう、もちろん、学びが終わったら、いつまでもそばにいなくていいのですよ。授業が終わったときと同じように、礼をして、そっと、教室を出て行けばいいだけのことなんです。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第183号(2004年5月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------真実などありません。あるとすれば…。以前、あるかたと、あることをめぐって、メールのやりとりをしていたときのことです。どうしても、話に納得していただけないのです。徹底的に、自分の意見を主張され、私のメッセージに、反論してくるのです。そこで、私は、とうとう、聞きました。「あなたは、何がほしいのですか?」即座に返事がもどってきました。「真実です」ああ、そうなのか、と私は、ひそかに、ためいきをつきました。「それは、残念ながら、手に入りません」でも、そのかたは、きっとそれを受け入れることはできないだろうと思い、私は言葉を飲みこみました。唯一絶対に正しいこたえなど、この世には、存在しないのです。1+1でさえ、2進法と10進法では、こたえがちがってくるではありませんか。私たちには鮮やかな黄色に見える菜の花も、みつばちには、蜜の部分だけが強烈に着色されて見え、残りの部分は、グレイに見えるそうてす。人間のこころだって、同じなのです。私たちは、ほかのひとと、まったく同じものを見ることはできないし、まったく同じ音を聴くこともできません。なぜならば、視力も聴力も一人ひとりちがうし、また、そのひとの趣味・嗜好によっても、受け取る印象が、微妙にちがってきてしまうからです。どうして、そこに、唯一絶対の真実なんて、見出せるでしょう。もしも、そんなものがあるとしたら、「真実は、ひとの数だけある」というのが、正しいこたえではないでしょうか。そして、そういうふうに思ったとき、ひとつのこたえを、決めつけることが、どれだけ意味のないことであるかがわかるでしょう。真実を求める気持ちは、大切です。自分が見出したものを大切にしましょう。そして、それと同じだけ、ほかのひとが発見したものをも、尊重しましょう。そのバランスのなかにこそ、私たちが受け取れることのできる、互いが共有できる、真実が存在するのだと思います。(それを、真実と呼びたいのであれば)今日の話は、ちょっと抽象的になってしまいました。でも、私が大切にしていることのひとつです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第182号(2004年4月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------あなたの代わりには、なれないのです。中学校演劇部の外部指導員をやるようになって、もう、10年目になります。そのあいだ、一貫して、生徒たちに、言いつづけていることがあります。それは何かというと、「私は、本番は、絶対に手伝わないからね」ということなんです。舞台というものは、ナマモノです。どんなに入念に準備をしたところで、間違いなく、どこかでハプニングが起きます。稽古のあいだは、私も可能なかぎりのフォローをします。でも、本番は、黙って観客席に座ります。助けてあげるのは、ある意味、簡単なんです。そうすれば、舞台もうまくいくかもしれません。でもそれでは、生徒たちから、「学びのチャンス」をうばってしまうことになります。1回きりの舞台を、成功するも失敗するも、それは、生徒たちにとって、「チャンス」なのです。それは、彼女ら彼ら自身の力で、つかみとらなくては、意味がありません。「かめさんに手伝ってもらったから、できた」なんて、みじんも思ってもらっては困るのです。だって、私は、この先、生涯にわたって、あなたの代わりになることは、できないのだから!ときには、手伝いたくて、思わず、腰が浮いたことも、何度もあります。でも、手伝ってはいけないと、私は思うのです。その窮地に、何をするか。それを、自分たちで学びとることに価値があるのです。あるとき、本番の30分前に、劇中で使う風船が、うっかり離れて、天井にはりついてしまったことがありました。ラストシーンで、絶対に必要な風船だったのです。でも、少人数の演劇部。ほぼ全員がキャストです。いまから、ほこりまみれの天井のすのこにあがって、風船をとりにいけるメンバーはいません。「主義に反するけど、まだ本番の30分『前』だから」と、私は、そっと、すのこにあがりました。すると、どんちょうを下ろした舞台の内がわで、キャストたちが、話し合っているのが聞こえました。「いい? ラストシーン、風船がなくてもやれるように、 ここのせりふをこう変えて…」そう、誰ひとり、私に頼ろうとせず、(笑)なんとか、切り抜ける策を考えようとしていたのです。すのこのうえで、悪戦苦闘の末、風船を確保しながら、私は思わず涙がこぼれそうになりました。おとなは、誰も、子どもの代わりにはなれないのです。だから、私たちにできることは、子どもたちに、「体験する」場を与えてあげることだけなのです。どんなにじれったくても、その体験を見守ることが、私たちおとなの仕事だと思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第181号(2004年4月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------あなたもなれる!「美人への道スペシャルコース」!はっきり言って、自分は、まるっきり、美人とはほど遠~い顔をしてる…。そんなふうに、思ってるひとはいませんか?今日は、そんなひとのための、スペシャル美人講座!(爆)いえいえ、ふざけているんじゃありません。なるのは、「笑顔美人」。これなら無理とは言わせません。だって、顔さえあれば(笑)、誰にだってなれるんですから!ただし、やっぱり、多少の「修行」が必要です。実は、笑顔を保つには、筋肉が必要なのです。まずは、表情筋をきたえましょう。多くのひとは、顔の筋肉が、完全に運動不足です。まずは、両手でこすったり、もんだり、つまんだりして、入念に、ウォーミングアップをしてください。つづいては、全身運動ならぬ、全顔運動です。イメージは、「福笑い」を、自分の顔でつくる感じ。顔のパーツ(目・耳・鼻・口など)を、上下左右に動かします。回転OK! ひねりOK! 縦横無尽にやってください。顔がほかほかしてきたところで、笑顔トレーニング。鏡を見ながら、「あんたはサイコー!」と、笑顔で言ってみます。できるだけおおきな声で!たぶん、顔がひきつりそうになると思います。そんなあなたは、まだまだ修行が足りません。一日、最低でも10回は、このトレーニングをやりましょう。笑いジワができるくらい、思いっきり表情筋を使います。できるようになったら、次の段階です。少し、外に出てみましょう。そして、目に入るものすべてに、声をかけてください。恥ずかしかったら、こころのなかだけでもかまいませんよ。ただし、かける言葉は、ポジティブな言葉に限定します。修行ですから、きちんと守ってください。「ああ、風が気持ちがいいな」「光がまぶしいな。あたたかいな」「おっ、もうこんな花が咲いているのか。きれいだな」「ちいさな子が元気よく歩いてくるね。おはよう!」「そこのおじいちゃん、ずっと長生きしてね」「おお、もう1万歩も歩けた。うれしいなあ」ポイントは、顔の筋肉をゆるませておくことです。力が入りそうになったら、下あごをゆるませ、軽く口を開けましょう。ちょっとだらしなくはなりますが、修行のためです。(^^ゞそして、ここで、奥義をひとつ。出会う、すべてのひと・こと・ものに、「ありがとう、大好き」と、声をかけるのです。(声に出して言うと、さらに効果があがります)これを、1週間。いえ、3日だけでもやってみてください。あなたは、まちがいなく「笑顔美人」になっています。エステも整形も何もいらない、そのままのあなたで実現できる「美人講座」。いかがでしたか?ぜひ、成果のほどをお聞かせください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第180号(2004年4月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------ひとを傷つけるひとは、自分が傷ついているひと。これは、第71号(2004年1月10日発行)に書いた「満たされているひとは、けっして人を攻撃しない」と、対になっている言葉です。でも、繰り返しかみしめたいことのひとつなので、あらためて、書いてみることにしました。あるとき、あるかたから、ちいさな拒絶を受けました。内容自体、それほどのことはなかったのですが、それだけに、「なぜ、それを拒絶するの?」と、正直、がっかりした気持ちになりました。こういう体験って、しばしばあると思うんです。「どうして、私を傷つけるの?」「なぜ、自分が攻撃されなきゃいけないんだ」そんなふうに感じてしまう体験が。以前の私なら、「私の依頼のしかたが悪かったんだろうか」と、自己嫌悪におちいってしまったかもしれません。あるいは、「なんて、器量のせまいひとなんだろう」と、勝手に機嫌を悪くしていたかもしれません。でも、最近は、こんなふうに、思ってしまうのです。「このひとは、何に傷ついているんだろう」繰り返しになりますが、こころが満たされているひとは、他者を攻撃しません。する必要がないからです。だとすると、ひとを傷つけてしまうひとというのは、そのひと自身のなかに、満たされていない部分をもっていることになります。つまり、ひとを傷つけてしまうひと、そのひと自身が、傷ついているひと、ということなのです。もちろん、100%満たされているひとなんて、おそらく、この世に存在しないでしょう。私たちは、誰でも何らかのかたちで傷ついているし、そして、何らかのかたちで、ひとを傷つけます。でも、そういうふうな見かたをしてみたとき、実は、どちらも悪くないのだということが、わかると思うのです。だから、そこでは、自己嫌悪も怒りも必要ないのだということも、わかると思うのです。ひとから傷つけられた(攻撃された)と感じたときは、ただ、そのように自分を傷つけずにはいられなかった、相手の傷を感じてみてください。相手の痛みを、感じてみてください。どちらも悪くないのです。ただ、そういうタイミングであっただけなのです。ゆるして、ただ、その痛みだけを静かに感じましょう。そのときには、あなたの傷も、消えているはずですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第179号(2004年4月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------------直感力の高めかたは、ひたすら、間違ってみること?「自分の直感を信じなさい」とは、しばしば言われることです。でも、そんなえたいの知れないものを、どうやって信じていいのかわからない。そう思っているかたも、多いのではないでしょうか。今日は、私流の直感力の高めかたを、ご紹介します。それは…何でもいいから、とにかく決めてみること、です!!たとえば、道を歩いているときに、右に行ったらいいか、左に行ったらいいか、迷ったとします。そういうときに、「こっちだ!」と、決めてみるのです。大体、十中八、九、…はずれます。(爆)私は方向音痴なんです。それもものすごく重症の。(T_T)それでもめげずに、選択しつづけます。食堂に入ります。カレーライスかラーメンか悩みます。「今日は、カレーだ!」と、選びます。次の瞬間、隣の席で食べているラーメンが、異常においしそうに見えてきます。(T_T)自動販売機の前で、コーヒーかココアか迷います。「よしっ、コーヒーにしよう!」と、ボタンを押します。すると、下の段に、新しいタイプのお茶があって、「うっ、こっちにすればよかったかも」と悔やみます。(T_T)それでも、めげずに。選択します。選択をつづけます。さて。こんなばかな修行(?)をやっているかたわらで、私は、ときどき、友人たちから、悩み相談の電話を受けることがありました。話をしているときに、ときどき、ふっと、「あっ、この言葉が気になる」という思いが、あがってくるのです。それは、話の流れのなかで、見えてくるのではなく、不意に、沼の底から浮かんでくるような感じです。しかも、「難破船」とか「蛇の抜け殻」とか、そのときの話とは、全然関係ないものだったりするのです。「伝えてみようか。でも、わけわかんないかも…」そのときに、修行の成果が生きてきたのでしょうね。ついつい、口に出してしまえたんです。(^^ゞ「いま、こんな言葉があがってきたんだけど…」驚いたことに、たいていの場合、友人は、「あ、それ、すごくぴったりくる!」と言ってくれるのです。(けっして、無理にあわせてくれたわけではないです)これを、直感といってよいのなら、たしかに、私の直感力は、あがってきているのです。その後も、そういうことを繰り返しながら、私は、少しずつ、自分の「直感」に、自信をつけてきたように思います。そう、「自分を信じる力」を、です。「間違っていいから、とにかく選択してみる」「かめわざ流」直感力の高めかた。かなりアヤしげですが、あなたもためしてみますか?ちなみに、かなりの確率で、いまだに道に迷います。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第178号(2004年4月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------「問題」ではなく、「課題」と言ってみましょう。とっても単純ですが、やってみると、なかなかいい感じなので、ご紹介します。日常の生活のなかで、「問題」という言葉を使いたくなったとき。その「問題」という言葉を、「課題」に置き換えてみるのです。「問題」っていう言葉は、どうも重たいのです。「どうも、これが問題なのよね」「また、問題を起こしたのか」聞いた瞬間に、どよーーんとした気分になっちゃいます。どうも、私たちは、「問題」という言葉にたいして、「やっかいなもの」「困ったこと」というような、マイナスのレッテルを貼っているような気がします。このレッテルをはがすことも、もちろん大切ですが、その前に、重さを少し軽くしてみたいと思います。「問題」と言いたくなったときに、「課題」と言い換えてみましょう。似たような言葉なのに、「問題」と「課題」では、なぜか響きがちがいます。「まずは、この課題に取り組もう」「次の課題はこれだね」解決しなければならない点では、同じですが、もう少し、前向きに使われることが多いように思います。 この辺は、好みの問題もありますから、 「そうでもない」というかたは、ごめんなさいね。「言葉を言い換えるだけで、何が変わるの?」っていうかたも、いらっしゃるかもしれませんね。でもでも、変わるんですよ、これが! 「また、問題を起こしたのか?」 → 「解決すべき課題は、これだね」「あの子は、問題児だからな」 → 「あの子には、課題があるんだよ」「問題が山積みだ」 → 「どの課題から、取り組もうか」どうですか? 少しは、気分が変わるでしょう?私自身は、この言い換えをはじめてから、「問題」が起きたときでも、「いやだなあ」と思うことが少なくなりました。「なるほど、今回の課題はこれね。どう対処しようか」っていうふうに、自然に考えられるようになったんです。ぴんと来る言葉は、ひとそれぞれですから、効くひと、効かないひとはいるかもしれませんが、「問題」に悩んでいるあなた、ためしにやってみませんか?うまくいったら、ぜひ教えてください♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第177号(2004年4月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------------ひとには、そのひとなりの「表現」のかたちがあるのです。一般対象のワークショップのほかに、ときどき、学校で、「表現の授業」をさせてもらうことがあります。ある小学校での、「表現」の授業のときの話です。一人の男の子が、最初から、まったく参加の意思がないようすでいました。背中をぐんにゃりさせ、生気のない表情をしています。「やりたい? やりたくない?」と聞いてみると、小さな声で、「やりたくない」と言いました。表現のワークに、強制はありません。「じゃあ、いいよ。好きなところで、見ていてね。 やりたくなったら、いつ入ってきてもいいから」その子は教室のすみで、じっと、みんなのようすを見ていました。 1時間の授業はあっという間で、とうとう、最後のレッスンになりました。地中の種になって、芽を出して、花を咲かせるという、イメージのレッスンでした。授業が終わったあと、担任の先生が、その子に、「どうだった?」と声をかけました。その子が、ポソッと答えました.「雑草になって、引き抜かれそうになった」と。 私は、胸がどきんとしました。この子の環境がどんなふうになっているのか、この子が、日々をどんな気持ちに過ごしているのか、私には、一切わかりません。ただわかったことは、「やりたくない」と言って、すみっこでじっとしていたこの子が、最後のワークにだけは、参加していたということです。表面は、何もしていないように見えていても、こころはいっしょに動いていたんだな、ということです。この子には、この子の「表現」があるのです。そして、ひとにはそれぞれ、そのひとなりの「表現」のかたちがあるのです。ときには、はっきりとあらわれない場合もありますが、必ず「ある」ことだけは、忘れないでほしいのです。そうすれば、必ず見えてきますから。そこから、そのひとと、つながる糸口も見えてきますから。●補足「雑草になって、引き抜かれそうになった」という、この子の内面には、おそらく複雑な思いが眠っているにちがいありません。残念ながら、私には、そこまでフォローする時間も、資格もありません。それでも、こうした「表現」の授業をやっていくことで、そんなこころの片鱗を、担任の先生など、周囲のひとに見てもらうチャンスにはなるのではないか。そんなふうに、いまは思っています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第176号(2004年4月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.29
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------自分だけの肩書きをつくってみませんか?このことは、神田昌典さんをはじめ、有名なひとが、何人も提唱していることですので、あらためて書く必要もないかもしれません。でも、私自身が実際にやってみて、本当にその大切さを実感しているので、あらためて、書いてみたくなりました。私の肩書きは、「フォーカスチェンジ・パートナー」です。自分の今後を、どうしていきたいかについて、あるコーチのかたの、コーチングを受けていたとき、そのかたから、提案されたのです。「自分の肩書きをつくってみませんか」いろいろ考えてみて、最終的に二つ、決めました。ひとつが、この「フォーカスチェンジ・パートナー」、もうひとつが、「らくらく元気仕掛け人」です。(笑)個人的には、和語が好きなのですが、前者のほうが、やりたいことがはっきりしています。最初は、二つとも掲げていたのですが、結局、使っているのは、前者だけになりました。この肩書きを使うことで、何が変わったか。肩書きに見合ったことをしたいと思い、まず、このメルマガのもととなる、楽天日記をオープンしました。http://plaza.rakuten.co.jp/kaishinjuku/無理せず、やれるところで…と考えていたのですが、来月で1年になろうとしています。昨年11月からは、メルマガでも発行し、たくさんのかたに、読んでいただけるようになりました。また、日常的にも、こんな質問をされることが、増えてきました。「こういうことで悩んでいるのですが、 どうしたら、フォーカスチェンジできますか?」当然、一所懸命に考えます。そのおかげで、私自身が体験したことがないことも、いっしょに学んでいくことができるのです。自分だけの肩書きをつくってみませんか?できたら、思いきって、派手なものを。(笑)「自分にはこの程度…」というものだと、あまり、エネルギーが湧いてきません。「ええっ、こんなすごいのにしちゃっていいの?」というくらいのほうが、元気が出ます。(^○^)肩書きをつくったら、どんどん公表しまくりましょう。この肩書きでやってみるんだという気持ちを、まわりにも知ってもらうのです。そうすれば、…否応なく、動き出さずにはいられません。(^^ゞちょっと迷っているとき、もう一歩の自信がほしいとき、思いきった肩書きは、自分の背中を押してくれます。あなたが、より、あなたらしく生きていくために、どうぞ、すてきな肩書きをつくってみてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第175号(2004年4月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------------なぜ、私は、「フォーカスチェンジ」を書いているのか。私は、いま、演劇的手法を使った、ワークショップを、あちこちで開催しています。演劇的手法といっても、別に、劇をつくるわけではありません。演劇のもっている特性を生かして、自分を表現したり、ひとの気持ちを受け止めたり、日常ではなかなかできない体験をすることが、ワークショップの目的なんです。ワークでは、いろいろなことをやります。たとえば、これはほんの一例ですが、「いじめ」をテーマにとりあげて、そういう場面を、みんなでつくってみる、というワークもあります。いじめるがわ、いじめられるがわ、傍観する周囲。それぞれの役になって、演じてみます。ただし、これは、「いじめはいけない」というこたえを誘導するためのものではありません。ただ、「体験」して、「感じて」みるだけなのです。そうすると、それぞれがいろいろなことを考えます。ときには、考えたことを、お互いに話し合ってみることもあります。結論は出さず、それらを、ただ、共有しあいます。「自分以外のもの(状況)になってみる」こうした体験を、たくさん積んでいくほどに、私たちは、「いろいろな考えかた・生きかたがあるんだ」ということを、理解しはじめます。そうすると、「こうでなければ駄目」という、固定的な考えかたから、少しずつ解放されていきます。さまざまな「他者」を、受容する力が育ってきます。そう、まさに、「フォーカスチェンジ」の体験なのです。私は、劇指導の現場などで、よく、こう言います。「私たちは、普通、一生に一つの 人生しか体験することができません。 でも、演劇では、何十通りもの人物を、 そして状況を体験することができます。 どうぞ、その、たくさんの『他者』を、 自分のなかに生かしていってくださいね」この、「何十通りもの人物」=「考えかた」を、もっと、多くのひとと共有したい。私自身が得た気づきを提供しながら、私自身もまた、ともに、学んでいきたい。そう思って、書き始めたのが、このメルマガ、「今日のフォーカスチェンジ」なのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第174号(2004年4月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------------「自信」を手に入れる方法、それは、自分を好きになること。普通は、逆だと思うかもしれませんね。自信がついたから、自分のことを好きになれる…って。でも、この順番でいいんです。これが、自信をつける方法なんです。(もちろん、ほかにもいろいろあるとは思いますが)私は、かつて、ばりばりの完璧主義人間でした。つねに、ひとの倍以上の仕事を引き受けていたし、「すごいね」といわれることが、誇りでした。でも、完璧主義人間には、安らぎがありません。つねに、完璧でない部分を攻撃してしまうからです。ちいさなミスを発見して、自己嫌悪したり、疲れ果てて、気持ちがふさいでしまったりなど、どんどん、自分を追いこんでいってしまったのです。振り返ってみると、そのころの私は、自分のことが、まるで好きではありませんでした。いつも、完璧な自分をイメージして、いまの自分は不完全でだめだと思っていたからです。だから、当然、自信もありませんでした。表面的には、あるようにふるまっていても、内心では、いつも、失敗におびえていました。だから、ほめられることをうれしく思う反面、いつ、そうでない状況になるのではないかという、怖れから解放されることがなかったのです。いろいろな体験を経たあとで、「自分にOKをあげる」ワークをはじめました。何をするかというと、どんなことでも、自分がやったことに、「OK」って言ってあげるんです。うまくいかなかったときでも、トラブルのときでも、「OK」「OK」「全部大丈夫」そうやって、自分のなかに、しみこませていくんです。何があっても、どんなときの自分も「OK」なんだよと。「OK」のワークは、「どんなときでも、あなたが好きだよ」っていう、自分自身にたいするメッセージのワークなんです。「どんなときでも」っていうのがポイントです。何かいいことしたときだけ、では足りないんです。それではやはり、自分のどこかを否定してしまうから。生きてる、まるごとの、この自分を受け入れること。それが、「自分を好きになる」ということ。それができたら、前に進むことを怖れなくなります。何があっても、大丈夫って思えます。それが、「自信」なんだと思うんです。「自分にOKをあげる」慣れないと、なかなかむずかしいって思うでしょうね。そう、実際、最初のうちはうまくいきませんでした。コツは、「これでいいのかな」って、吟味しないこと。(笑)もともと、根拠のないことをやっているのです。(爆)だから、考えない。判断しない。評価しない。ただ、ただ、お題目のように、呪文のように、「OK」って、言ってあげる。慣れてくると、とーーっても気持ちがいいですよ!どうです? トライしてみる気になりましたか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第173号(2004年4月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「自信」とは、「自分を信じる」力。「私、自分に自信がもてなくて」というひと、けっこう多いみたいです。そのために、「○○の勉強をしています」「○○の技術を身につけて、自信をつけたい」というひとも、大勢います。もちろん、それは、とても大切なことです。でも、私がいつも思い、また言っていることは、「そのままで、OK」ということなんです。たとえば、あなたにとって、「○○の会社につとめている」ことが自信であったら、その会社を解雇になったり、あるいは、会社そのものが倒産してしまったら、その瞬間に、あなたの自信もくずれ去ってしまいます。たとえば、あなたが「○○の能力をもっている」ことが自信であったら、不慮の事故で、あるいは環境の変化などで、その能力を発揮できなくなったとたん、あなたの自信はうしなわれてしまいます。たとえ、頼りにしていた会社がなくなっても、自分自身に、思わぬ不幸が降りかかっても、まるごとの自分を受け入れつづけることができたら…、それが、本当の「自信」です。そう。「自信」とは、何があっても(あるいは、なくても)、生きている主体である、この「自分自身」を、信じる力のことなのです。でも、それは、本当にむずかしいことです。私たちは、子どものときからいつも、比較と競争のなかで育てられてきましたから、何もなしに、「OK」を出すことができないのです。ですから、いきなり、すぐに、「自分を信じる力」を獲得しようなんて、思わなくてもかまいません。ただ、「自信とは、まるごとの自分を信じる力」…このことだけを、とりあえず頭に入れてほしいのです。「そんな考えかたもあるんだな」というくらいで、かまいませんから。そして、その自信を手に入れるための方法を、明日は、少し書いてみたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第172号(2004年4月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「ギフト」という考えかた第159号(2004年4月7日発行)の「今日のフォーカスチェンジ」のなかで、ギフトブック「魔法の言葉」について、書きました。http://f20.aaacafe.ne.jp/~arika/mahou/gift-yoyaku.htmこの「魔法の言葉」の編集作業を進めながら、私のなかにいつもあった言葉は、「ギフト」でした。贈る。何を?かたちは、「本」です。でも、ただそれだけではない気がしていました。そのこたえが、注文していただいたかたのメッセージを読んだとき、わかりました。驚くほど、たくさんのかたが、2冊、3冊と、複数のお申しこみをしてくださったのです。「最愛の妻に」「落ちこんでいる友だちに」「大切な生徒たちに」「母に」「子どもに」…贈りたい相手への思いが、熱く伝わってきました。この本を贈った瞬間に、贈り手のこころもまた、いっしょに贈られているのです。それは、本におさめられた20のメッセージとともに、贈られた相手のこころを、あたためずにはいられません。ああ、そうか、だから「ギフト」なのだなと、私がこの本を出したかった理由は、そこにあったのだなと、あらためて確信をもつことができたのです。ところで、「ギフト」には、「贈る」のほかに、「才能」という意味もあるのだそうです。何の才能?もしかしたら、それは、「ひとを大切に思う」才能かもしれません。そんな才能、聞いたことありませんよね。(^^ゞでも、ある意味では、いまの時代に、とても必要な才能かもしれません。このギフトが、さらにあらたなギフトとなって、大勢のひとのこころを、あたためることができますように。ギフトとギフトをつないでいって、少しでも、あらそいのない関係をつくりだせますように。そう願いながら、私は、この本をつくったのでした。ところで、読者のかたのなかには、こんな疑問を、もたれるかたもいるかもしれませんね。「1冊だけだと、ギフトじゃないの?」って。(^^ゞいいえ、それも「ギフト」です。しかも、「自分へのギフト」です。それって、とっても大切なことなんです。だって、自分をちゃんと大切にできるひとこそが、ほかのひとをも、大切にしてあげられるのですから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第171号(2004年4月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------足もとばかり見ていると、行き先を見失います。唐突ですが、私はかなりの運動音痴です。とくに、競技種目は、ヒサンのひとことに尽きます。何しろ、学生時代、クラス対抗の球技大会で、メンバーが足りなくて困っているというので、「私が入ってもいいよ」と言うと、あわてて、ことわられたくらいですから。(爆)そのかわり、マット運動や平均台などは、球技の運動能力とはあまり関係なくできるので、とても好きでした。で、そのときの体験です。体操をやっているひとには、「当たり前のことじゃないか」と笑われそうですが、あくまでも、素人の考えとしてお読みください。平均台の上を歩くとき、下を向いちゃいけないんです。慣れないと、怖いと思って、ついつい下を向いてしまいますが、そうすると、ぐらぐらして、落ちてしまったりします。まっすぐに、自分が行きたい方向だけ、見るんです。そうすると、安定して歩けるし、ワザもできるんです。(もちろん、素人がやれる範囲の、ですが)このことは、当然、ほかのことでも応用できて、たとえば、細い渡し板を渡るようなときなども、まっすぐ、行きたい方向を見ると、すっと渡れます。そして、もっとおおきなものにも応用できます。そう、人生にも、です。私たちは、ついつい、目の前のことが気になります。そこに立ち止まって、こだわってしまいます。友だちといっしょでないと、不安になります。先生や親に言われたことで、気持ちが揺れます。テストの結果や周囲の評価に、一喜一憂します。でも、本当に行きたいところはどこなのでしょう?本当に、手に入れたいものは何なのでしょう?目の前の、そこ(それ)ですか?いいえ、もっともっと遠い、そしておおきな目標があるはずです。目線をあげて、しっかりと、それを見てみましょうよ。そして、まっすぐに歩いていきましょう。足元ばかりを見てはいけません。あなたの大切な行き先を見失います。迷ったときほど、まっすぐに前を向いて、自分のさだめたところを、しっかりと見つめましょう。そしたら、あとは、そのまま歩いていくだけです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第170号(2004年4月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------やられたらやりかえしていい。ただし…今日は、体罰の話です。って書くと、「ええっ」と思われそうですね。(^^ゞ昨年、ある小学校で、授業をやりました。1年生の男の子で、落ち着きのない子がいました。しかも、何かあると、すぐにたたきに来るのです。さて、私はそのとき、どうしたと思います?問答無用で、その子を抱きあげ、ばしっと、たたき返したんです。(笑)その子は、ますます、たたき返してきます。たたかれるたびに、私は「痛いんだよっ」と言って、同じ数だけ(←ここがポイント)、たたき返します。はい、体罰です。教員なら即クビです。(爆)でもね、よくよく「見て」ほしいんです。私は、たたきながら、ずっとその子を「抱っこ」してるんです。そして、その子は、頭でもどこでもたたくけれど、私がたたくのは、おしりだけなんです。子どものころの、忘れられない記憶があります。学校で、先生が、私の頭をたたこうとしたとき、私が、「うちの親は、頭は絶対にたたかない」と、こたえたそうなのです。たしかに、おしりは、さんざんたたかれましたが、頭をたたかれた記憶はありません。あとになって、母にたずねたら、「おしりは、一番、痛みを感じにくいところだから」というこたえが返ってきました。いけないことはいけないと、教えなくちゃだめ。でも、口で言っても、なかなかわからないときは、「痛い」と言って(←ここがポイント)、たたき返す。でも、一番痛くない、おしりにする。それが、親の愛なんだなあと、つくづく思いました。いま、私は、それに加えて、「抱っこする」ということをやっています。抱っこすると、相手との距離がちぢまります。しかも、相手は両手を使えるのに、私は、抱っこした片手は使えません。不利です。(笑)でも、それでいいんですね。子どもが誰かをたたくのは、いじめたいからじゃない。関わりたいから。ただ、その方法がわからないだけなんです。だから、「関わりたい」という気持ちを、「抱っこ」することで埋めてあげればいい。でも、痛いものは痛いんだと、身をもって(ばしっ)、教えてあげるんです。子育て経験もない私が、エラソーに書いてしまいましたが、表現とコミュニケーションのワークをやってきて、体験的に学んだことです。ある程度、暴力(笑)の応酬をつづけると、不思議と、すっきりして、離れていきますよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第169号(2004年4月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------一日、一人、誰かのことをほめてみましょう。これは、まったく唐突に思いついた言葉です。でも、想像してみたら、楽しくなってきたので、書いてみることにします。一日、一人、誰かのことをほめてみましょう。別に、一人でなくたっていいんですけどね。「ひとをほめる」というのはどういうことかというと、まず、自分のがわにゆとりがあるということです。せかせかしていたり、いらいらしていたりしたら、とてもほめるゆとりなんか、生まれてきません。ほめるためには、相手をよく見なくてはいけません。それも、じっくりしっかりと見ますから、観察力が身につきます。(ちょっと強引?)(笑)「ひとをほめる」というのは、気持ちのいいことです。ほめられて、怒るひとは、まあ、めったにいません。ほめたひとも、ほめられたひとも、気分がいいです。場の雰囲気がなごみます。まわりのひとまで、いい気分になってきます。毎日、一人ずつでいいから、ほめてみると、当然ですが、どんどん、ほめ上手になっていきます。黙っていても、ひとの、いいところが、ぱっと目につくようになります。いつも、いいところに目が向いているひとは、そばにいても、気持ちのいいものです。というわけで、一日一人ひとほめ。(爆)ためしてみません?(^o^)丿おまけ。ひとをほめるというのは、自分の価値観をためされることでもあります。なぜなら、ひとは、自分の価値観で、いいと思ったことしか、ほめられないからです。スピード一番と思っているひとは、スローライフを楽しむひとを、ほめることができません。さまざまなひとを、ほめることのできるひとは、それだけ、多様な価値観を、自分のなかにもっている、ともいえるのでは?そう考えてみると、「ほめる」って、なかなか奥の深いことかもしれませんね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第168号(2004年4月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------陰口は言っていい。同時に表口も言おう!私は、自分の信条として、ひとつ、決めていることがあります。それは、「陰口を言わない」こと。陰口って、たいていは、悪口ですから、どう考えても気持ちよくありません。しかも、本人のいないところでの話は、どうしても、エスカレートしてしまいがちだし、何より、建設的ではありません。とはいえ、本人のいないところで、批判的な話が出ることは、ままあることです。「陰口を言ってはいけない」と、じっとがまんしているのも、ヘンな感じ。(笑)どうしたら、陰口を言わずにすむのか。私はいろいろ考えました。で、考えた結果、決めたのがこのことです。「陰口は言っていい。 ただし、その場合は、表口(おもてぐち)も言おう!」「表口」というのは、私の造語です。つまり、どうせ、陰で言っているのなら、直接、本人にも言ってしまおうというわけです。そう決めたら、とっても、すかっとしました。「表で言えないから、陰口なんじゃないの」というツッコミがありそうです。(^^ゞたしかに、そうかもしれません。でも、「陰で言うなら、表でも」と思いはじめたとたん、何かが変わりはじめたのです。そう、相手に「伝える」(伝わる〕言葉を、探しはじめるようになったのです。「陰口」だけの状態のときは、どんな表現をしても、相手にはわかりませんから、どんな言いかたもしてしまえます。(実際には、これがけっこう 伝わってしまうものなのですが…)(^^ゞでも、「表口も言うぞ」と決めたとたん、そうはいかなくなります。自分は相手の何を批判しているんだろう。それって、自分の思いこみの部分はないのか?…そんなふうに、あれこれ考えはじめるんですね。同時に、陰口を言ううしろめたさからも解放されます。(笑)「陰口を言っていいのよ。 だって、私は、表口も言ってるんだもん!」これ、めっちゃ、気持ちいいです。(爆)どうせ、陰口を言うのなら、同時に、表口も言ってしまいましょう!相手は、腹を立てるかもしれませんが、「直接言ってくるコイツは、なかなかのもの」と、見かたを変えてくれるかもしれません。少なくとも、あなたのパワーは倍増します。お約束します。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第167号(2004年4月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------のら猫と仲良くなる方法この話のどこが、フォーカスチェンジなのか。(笑)まあ、半分楽しみながら、おつきあいください。私は猫が大好きです。道を歩いていて、猫と出会うと、100%、声をかけずにはいられません。そんな私の、のら猫と仲良くなる方法です。のら猫は、とーーっても警戒心が強いです。だから、近づくと、すぐに逃げてしまいます。まずは、姿勢をうんと低くして、(←ここがポイント)ただ、じっとそこにいることです。けっして、「おいでおいで」なんかしちゃいけません。目を合わせるなんて、絶対にだめです。私は偶然、ここにきて、ただ、いるだけなのよ。別に、あなた(猫)のことなんか、気にしてないわよ。…というオーラをただよわせておくのです。(^○^)そして、指で、地面なんかをいじってたりします。猫は、臆病なくせに、好奇心がめちゃくちゃ旺盛です。相手が、攻撃してくる雰囲気がなく、かつ、何かやってるみたいだなあと思うと、がまんができません。やがて、そろそろと近づいてきます。それでもまだ、知らん振りをしています。ただひたすら、勝手に指あそびをしつづけます。猫は、もう、たまらなくなって、そばにきます。そして、用心しながらも、まず、においを確かめようとします。そしたら、そっと、指の動きを止めて、猫が、においをかぐのにまかせます。ちなみに、ここまでで、少なくとも、20分か30分はかかります。(^^ゞさほどスレていない、のら猫の場合は、この時点で、さわっても大丈夫です。 もちろん、そーっと軽く、ですけども。 ポイントは、けっして目を合わせないこと。 そして、絶対に姿勢を高くしないこと。 急な動きは厳禁です。ただし、のら猫根性が入っているヤツは、その瞬間に、飛び跳ねて、逃げてしまいます。でも、大丈夫。見えないくらいに、距離はちぢまっているんです。これを2回、3回と繰り返していくうちに、少しずつ、なれていくんです。確実に。さてと。実は、人間の場合も同じなんです。とくに、子どもたちとのかかわりにおいては。安心感を育ててやることができれば、必ず、距離はちぢまっていきます。ただし、のら猫と、決定的にちがうところ。それは、「目をしっかり見る」ことです。(ガンつけるのとはちがいませんよ、念のため)目と目を合わせることを、「アイコンタクト」と言います。人間関係を育てていくとき、とても大切なことですが、その話は、またいずれ。(^o^)丿--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第166号(2004年4月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.11.10
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