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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------風邪はからだのおそうじ。季節柄、風邪が流行っているようです。「風邪は万病のもと」と、よく言われます。でも、東洋の考えかたのなかには、「風邪は、からだのおそうじ」という考えかたもあるんですね。私がそれを知ったのは、l野口整体に接したときです。(接しただけで、 ちゃんと勉強したわけではありません、あしからず)からだは、もともと、自分で治る力をもっています。「自然治癒力」といいます。聞いたことありますよね?で、その力は、基本的に、「出す」ことによって、発揮されるんです。たとえば、悪いものを食べると、下痢をする。または、吐く。(食事中のかたがいたら、スミマセン)(^^ゞこれらは、すべて、「出す」作用です。そうじのときは、ほうきで掃きます。雑巾がけします。そうやって、ほこりやごみを、とりのぞくわけですね。からだも同じことなんです。というわけで、風邪になると、どうなるか。熱が出る。汗が出る。鼻水が出る。咳が出る。くしゃみが出る。とにかく、さまざまなものが出てきます。つまり、からだじゅう総動員して、からだのなかにたまった、悪いモノを排出してくれるのです。だから、風邪をひいたからといって、薬を飲んだりすると、せっかく、ぶんぶんはりきって動き出した自然治癒力を、「おまえはいらん」と、押さえつけてしまうことになるんです。そういうことを繰り返していると、自然治癒力のほうが、「あっそー、わしゃ用なしか」と、ふてくされて、働いてくれなくなるんです。(ほんとですよー)そうなったら、ほんとに大変です。おおきな病気のときに、助けてくれなくなっちゃうんですから。だから、風邪のときは、できるだけ、出るものは、出るままにまかせましょう。自然治癒力に、おおいに活躍してもらいましょう。私も、極力そうしています。だから、鼻風邪のときなんか、もう大変です。ティシューの箱が、みるみるからになります。(笑)咳が出る風邪のときは、ゴホゴホゲホゲホ言いながらそれでもめげずに、あたりを闊歩しています。熱が出て、ぶっ倒れると、体温計を見て、「おお、新記録だ」などとうそぶいています。(笑)鼻の下が真っ赤になったり、(咳のしすぎで)腹筋がきたえられたりと、「副作用」もいくらか出ますが、基本的に何とかなります。自然治癒力に大活躍してもらうと、からだのなかのおそうじが、すっきりできて、治ったあとは、とっても元気になります。ちなみに、私は、元気でないときがないので、風邪が治ったときも、あまり比較はできないのですが…。(爆)そんなわけで、風邪は、からだの大そうじ。チャンスと思って、どんどん出しまくりましょう。どうしても苦しいときは、ちょっとだけ、薬を使って調整してもかまわないと思いますが、でも、できるだけ、ためしてみてください。けっこう何とか乗り切れちゃうものですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第60号(2003年12月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------壁は、乗り越えなくてもいいんです。日常生活のなかでも、仕事のうえでも、「壁につきあたる」ことって、けっこうありますよね。先日も、友人と話をしていたら、「この壁をどうやって乗り越えたらいいのか」という話になりました。「乗り越えなくちゃならないのかなあ」と、思わず返事をしていました。たしかに、友人は悩んでいたのです。壁は壁として、目の前に立ちふさがっていました。乗り越えるには、かなり高い壁に思えます。乗り越えることに、ファイトがわくひとならかまいません。筋トレでもやって、パワフルに挑戦しましょう!でも、壁にぶちあたったとき、ファイトがわくひとばかりとは限りません。なかには、絶望的な気分になってしまうひともいるでしょう。上記の、私の友人も、かなりめげていたのです。そんなときは、たとえば、下を見てみてはどうでしょう。もしかしたら、どこか、小さな穴があいているところがあるかもしれません。あるいは、土がやわらかくて、トンネルを掘れそうな場所があるかもしれません。それも見つからなかったら、どんどん歩いていって、壁の終わるところまで行く、という方法だってあります。目的は、「壁の向こうへ行くこと」なのでしょう?壁の向こうに、あなたが手に入れたいものがあるのでしょう?だったら、「乗り越える」ことにこだわる必要はないのです。あなたにとって、できるだけ心地よい方法を、できれば、楽しんで、向こうへいく方法を探せばよいのです。「越える」作業にばかりとらわれてしまうと、「何のために」向こうへ行くのかを、見失ってしまいます。壁につきあたったときほど、そんなふうに、いろいろな角度から考えてみましょうよ。上記の友人にも、そんな話をしたら、少し、ほっとしたような顔になりました。ちろみに、私は、正面突破がシュミです。まんがによくある、壁に、人間のかたちの穴があくやつです。(爆)ときどき、かなり痛い思いをすることもありますが、けっこう、ぶち抜けちゃうことも多いんですよ。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第59号(2003年12月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------マイナス感情を怖れない。落ちこみ。自己嫌悪。悲しみ。いらだち。怒り…。そういう、自分にとってマイナスに感じられる感情って、できるなら味わいたくないなあと思います。でも、人間ですから、そうもいきません。感情は、つねに揺れ動きます。以前は、マイナス感情をとても怖がっていました。何より、自分がかきまわされる感じで、いやでした。とくに、怒るということは、いけないことだと思っていたので、怒りモードになると、苦しくなってしまうのでした。それが、最近、変わってきました。「マイナス感情があっても、いいんじゃないかな」と。ひとつには、「起きてくることに、無駄なものはひとつもない」という考えかたが、できるようになってきたからです。いま、その意味がわからなくても、いつかわかる日が来るのだから、あせらなくていいよ、と。そしてもうひとつは、感情との向き合いかたを知ったこと。感情も、エネルギーの一種ですから、まっすぐに向き合えば(きちんと使い切ってしまうと)、自然に終わるんですね。マイナス感情をいやなものとして、目をそむけていると、エネルギーも、消費されずに、抑えこまれますから、いつまでたっても、いやあな気持ちがつづきます。でも、思いきって、その感情をたっぷりと感じてみると、 (感情のただなかに、身を投じてみると) (つまり、エネルギーとして消費してしまうと)びっくりするくらい、フッと抜けてしまうんです。そして、できれば、その、落ちこみ感情のなかに、どっぷりとひたりながら(笑)、なぜ、私は落ちこんでいるのだろうと考えてみるのです。そうすると…、ああ、そうか、あのことに執着していたんだな…。こういう思いこみを勝手にかかえていたんだな…。それまで見えなかったことが、糸がほぐれるように、一つひとつ、見えてくるのです。マイナス感情のおかげで、私に、それらのことを気づくことができるのです。マイナス感情に振りまわされそうになったら、どうぞ、怖れずに、まっすぐに向き合ってみてくださいね。きっと新しい局面が見えてきますから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第58号(2003年12月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------ひとりでがんばらないほうが、うまくいく。誰かと背中合わせになって、すわります。背中合わせのまま、二人同時に、立ちあがることはできますか?腕を組んで、「せーの」とかけ声をかければ、たいていのひとは、何とか立ち上がれますよね?では、今度は、その腕をほどいて、もう一度、背中合わせになってください。そして、腕を組まないで、しかも、かけ声もかけないで、二人同時に、立ち上がってみてください。とたんに、ほとんどのひとが、立ちあがれなくなります。「私は、運動が得意じゃないから」「からだが硬いから」なんて声が聞こえてきそうです。でも、運動が苦手でも、からだが硬くても、「腕を組まずに」「かけ声もかけずに」、二人同時に、立ちあがる方法があるんです。しかも、らくらくと。背中合わせになったときに、腕の力を抜いて、相手の背中に、自分の体重をあずけてしまえばいいです。思いきって、ぎゅうううううっと、自分の背中を、相手の背中に押しつけます。そして、お互いが、相手にしっかり体重をあずけたとき、合図をしなくても、ふっと、立ちあがれるタイミングが見つかります。すーっと、びっくりするくらい簡単に立ち上がれてしまうのです。相手に体重をあずける。相手にまかせる。それだけのことなんです。でも、それができないひとが、たくさんいます。せっかく二人で背中合わせになっているのに、えいっ、えいっと、力を入れて、ひとりでがんばって立とうとしてしまうのです。そして、ひとりでがんばっている間は、絶対に(本当に絶対に)二人同時に、立ちあがることはできないのです。自分ひとりでがんばるのをやめて、ときには、相手に頼ってみませんか?相手も、あなたの力を必要としているかもしれません。お互いが、相手を信頼して、まかせあったとき、ひとりでは動かなかったことが、動きだすかもしれません。ちなみに、上記の背中合わせのワークを、先日、中学生たちのグループでやってみました。「ひとりでがんばらないこと」と言ったとたん、どのグループも、すーっ、すーっと立ててしまいました。あまりにいい感じだったので、「じゃあ、ためしに、4人同時にやってみようか」と、提案してみました。すると、これまた、できちゃうんですね。いとも簡単に。(笑)ひとりでがんばらないで、相手にまかせる。あなたもためしてみませんか? 気持ちいいですよー。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第57号(2003年12月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------それは、本当に、そのポケットに入りますか?よく、「ポケットをたくさんもっているほうがいい」という言いかたをすることがありますよね。それは、いろいろな知識や情報をもっていることであり、さまざまなことに対応できる力が、あるということですよね。たしかに、とても大切なことだと思います。ずいぶん前になりますが、こんなことがありました。仕事でかかわっていたひとなのですが、何を話しても、「あ、それ、わかるよ」というこたえが返ってくるひとがいました。たしかに、勉強家で、博識なひとなのです。私の話が「四角」だとすると、そのひとは、そのひとのもっているボケットのなかから、すぐに四角いポケットを探し出して、そのなかに、私の話を入れてくれるのです。でも、なぜか、会話のあとで、しばしば違和感が残りました。何か、とても、きゅうくつな感じがするのです。たしかに、四角は四角なのだけれど、大きさのちがう四角を、ぎゅうぎゅう押しこんでいる感じ。ときには、ボケットからはみだしそうになっているのに、それを無視して、押さえつけている感じ。「私のそのままを受け取ってもらっていない」という感じがして、「わかるよ」といわれても、なんだかうれしくないのです。時間がたって、振り返ってみると、そのひとは、「わからない」と言うことが、こわかったのかもしれないな…と思います。立場が上だったということもあって、「もののわかった人間」でいなければならないと、思いこんでしまっていたのかもしれません。だから、無理やり、ボケットを見つけて押しこんで、わかったふりをしてしまったのではないかなあ…と。本当は、ポケットに押しこむ前に、するべきことがあったのではないでしょうか。まず、入れようとしているそのものを、よく見るということ。そのうえで、「あ、これは自分のボケットに入らないな」と思ったら、「入らないんだよ」と、率直に伝えてみればよかったのです。そしたら、私は、その四角を分解してみることをこころみたかもしれません。(小さくなったら、入ることって、ありますもの!)でも、当時の私も、そのことに気づくことができませんでした。いま、自分のポケットをふやす作業をつづけながら、あらためて、そのひとのことを思い出します。そして、私自身に問い返します。「それは、本当に、そのポケットに入りますか?」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第56号(2003年12月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------ひとは、わかっていることしかわからない。私のホームページの名前は、「かめわざ快心塾」です。そんなにむずかしい名前ではありません。ところが、ときどき間違うひとがいます。間違いかたは決まっていて、「かめざわ快心塾」です。(どこがちがうのか、よーく見てくださいね)(^^ゞ実は、私の名前も、ときどき間違われます。「かめおかです」と名乗っているのに、しばしば、「かめやまさん」と記憶されてしまいます。けっこう親しくなったひとに、「かめやまさん」と呼ばれて、ショックを受けることが、たまにあります。(笑)こうした間違いは、なぜ起きるのでしょうか?ひとは、自分がそれまでつちかってきたボキャブラリーのなかで、言葉を受けとめるからです。「かめわざ」という言葉は、日常語のなかに存在しません。(だって、私の造語なんだもーん)(爆)「か」「め」「わ」「ざ」という四つの文字を見たとき、ひとは、瞬時に、それを自分の理解可能な領域で、組み立てなおすのです。「かめ」という言葉なら、理解できます。「さわ」という言葉も、よく目にします。よって、「かめざわ」となるわけですね。私の苗字の「かめおか」もそうです。実際には、地名にもある名前なのですが、ふだん、ひんぱんに耳にする名前ではありません。「かめおか」に比べると、「かめやま」のほうが、たぶん、日本人の苗字的にも圧倒的に多いのでしょう。だから、ついつい、そちらのほうに引きずられるのですね。さて、名前の話を長々と書きましたが、今日、言いたかったことは、このことです。ひとは、すべてを公平・平等に見ているようでいて、自分の言語領域…もっというと、自分の価値観念で見えることしか見えていないということなんです。それが、今日のタイトル「ひとは、わかっていることしかわからない」なんですね。言い換えれば、ひとは、ほかのひとと、全く同じものを見る(認識する)ことはできないということです。だって、言語領域・価値観念が、100%一致するひとなんて、この世には存在しませんから。だから、ふだんは「当たりまえ」だと思っていることも、「本当にそうなのかな」と、ときには疑ってみたほうがいい、というのが私の考えかたです。逆に、「どうしてなんだろう」と思っていることも、この見かたをしてみると、すっと、合点がいくことがあります。そして、この見かた・考えかたを、頭のすみっこに置いておくと、すこうし、世界がひろがるような気がします。蛇足ですが、私の苗字、みなさんは、おそらく、、「亀岡」だと思ってらっしゃると思います。実は、「甕岡」なんです。(イッパツで読めるひとは、かなりの漢字通です)(ふだんは誰も読めないので、仕事上もひらがなを使ってます)(爆)ちなみに、まだ、親族以外で、この苗字のひとと出会ったことがありません。もし、お近くで知っているひとがいたら、教えてくださいねー。(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第55号(2003年12月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------知らないことは、おもしろい!何か、やったことのないことを依頼されたときって、どきどきしますよね。自分にできるんだろうか、失敗したらどうしようか…って。そんなとき、こう言い切ってしまうんです。「知らないことは、おもしろい!」今でこそ、50人の中学生相手にだって、ノリノリのハイテンションで、ワークショップをやっちゃう私ですが、実はこーんな思い出があるのです。8年前、ちょうど会社を辞めたばかりの年です。役者をしている友人から、あるとき、電話がかかってきました。「児童館で、週一時間、表現遊びの指導をしてるんだけど、 公演が近くなったので、7週だけ交代してくれない?」週1回1時間で、おこづかい稼ぎできるなら、いいか。…そんな軽い気持ちで引き受けたのが、間違いのモト。児童館って、子どもたちが好きで集まる場所なんですね。だから、その時間になって集まってきても、「つまんない」と思ったら、さっと消えていなくなっちゃう。遠慮なんて何もないです。子どもって残酷ですよねー。(笑)最初、20人近くいた子どもたちが、1時間の終わりころには、少しずつ減っていって、なんと、3週目には、ついに数人しかいなくなってしまいました。「きゃー、これでお金なんてもらえないよー」もう、必死でネタを考えました。本を読んだり、ひとに聞いたりして、調べまくりました。そのかいあって、ふたたび少しずつ集まりはじめ、7週目には、みんなで寸劇をやれるところまで盛り返しました!とっても冷や汗ものの体験だったのですが、でも、いま、振り返ってみて、この体験をしておいて、本当によかったと思えるのです。それ以来、知らないところに飛びこむのが怖くなくなりました。いやいや、そのあとも、まだまだ冷や汗体験はたくさんしているのですが(笑)、「なんとかなる!」って思えるようになっちゃったんですね。そして、知っていることをやるときよりも、知らないことをやるときのほうが、どきどきわくわく、心が燃えてくるんです。知らないことのなかには、必ず、「発見」があります。それは、絶対に、自分を豊かにしてくれます。マイナスのことは、ひとつもないんです。マイナスに見えても、あとから必ずプラスになるから!だから、今日も、怖れずに飛びこんでいきます。「知らないことは、おもしろい!」これ、なかなか強力な魔法の言葉ですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第54号(2003年12月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------ただ、いっしょにいるだけでいい…。先日、とってもすてきな話を耳にしました。あるひとが、子どもの悩みを聞く機会があったそうです。悩みはとても深くて、簡単に解決策など見つかりそうにありませんでした。実際、そのひとは、何も言う言葉が見つからず、ただじっと、子どもの話すことを聞いていたそうです。そのうちに、ふっと、まるでその子が立たされているのと同じところに立っているような感覚になりました。思わず、そのひとはこう言ったそうです。「ホントに、どうしたらいいのかわからないよ」大変な悩みを打ち明けられているのに、その返事が、「どうしたらいいかわからないよ」だなんて…。ところが、その瞬間、話していたその子が、ぱっと明るい表情に変わったそうです。そして、あれほど悩んでもこたえが出せなかったのに、そのあと、自分から解決策を見つけてしまったのだそうです。私たちは、ひとの話を聞くと、「ああしなさい」「こうしたら?」と、ついつい、言葉をはさみたくなってしまいます。でも、一番大切なのは、ただ、いっしょにいること。いっしょにいて、同じ気持ちを共有することだったんですね。ああ、自分と同じ気持ちを共有してくれるひとがいる。…おそらく、その子は、そう感じたのではないでしょうか。そしたら、自然に解決策が見えてきたのでしょうね。ただ、いっしょにいるだけ…。簡単なようでいて、とてもむずかしいことです。ただ、いっしょにいるだけ…。それは、相手のもっている可能性やエネルギーを、とことん信頼して、かかわっていくかたちかもしれません。それは同時に、相手をまるごと信頼してかかわれる、自分自身という存在を、信頼することでもあります。でも、それって、ひととひとがかかわっていくための、本当に大切な、はじめの一歩なのかもしれません。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第53号(2003年12月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------あなたがしあわせだと、世界は平和♪以前、どうしても不満に思っていることがあって、ある友人に、それを、しこたまぶちまけたことがあります。ふと見ると、その友人が、なんだか具合悪そうなようすです。「どうしたの?」と聞くと、「かめさんの毒気に当てられた」と言われました。(爆)「そりゃないよお」と、そのときは思ったのですが、いま振り返ってみると、「そうだよなあ」って思います。不平・不満を言っているときの私は、とても、いやな顔をしていたにちがいありません。当然、話の内容だって、おもしろいものではありません。友人が正直に言ってくれたおかげで、私は気づくことができましたが、そうでなければ、また別のひとに、こぼしていたかもしれません。不平・不満を聞かされて、わくわく元気の出るひとはいません。私の友人のように、多かれ少なかれ、パワーダウンします。不平・不満を言っているだけでは、状況は変わりません。変わらなければならないのは、自分自身なのです。不平・不満を言うのをやめましょう。それは、がまんをするということではありません。不平・不満のない状況を、自分がつくっていくと決意することなのです。不平・不満を言わなくなれば、自然に表情も変わります。にこにこまでいかなくても、少なくともおだやかな顔になるでしょう。おだやかな顔になると、まわりもほっとします。まわりがほっとすると、それがまたまわりに伝染します。そう、そのとき、状況はすでに変化しはじめているのです。おだやかな雰囲気は、やすらぎをかもしだします。やすらぎのなかにいると、ひとはよろこびを感じます。よろこびを感じると、こころは幸福になります。すると、まわりへの伝染力も、ますます高まります。にこにこうれしいひとのそばにいると、誰だって、同じように、にこにこうれしくなるんですから。そう、あなたがしあわせになれば、世界は平和。世界の平和のために、貢献しましょう。あなた自身が、しあわせになるという方法で! …と、強引に決意して、 今日をスタートしてみませんか?(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第52号(2003年12月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------それは、ただ、あなたが知らないだけ。「そんなことはありえない」「常識で考えたらわかるだろう」…日常のなかで、こんな言葉がやりとりされるのを、あなたも、聞いたことがあるでしょう。でも、案外、そうそう言いきれないことも、世の中には、たくさんあるような気がします。たとえば、目の前に一台の車があって、それを、一人でもちあげてみせろ、と言われたら、普通、できませんよね。でも、できちゃう場合があるんです。車の下に、我が子がいて、つぶされそうになって、それを止めようと、車をもちあげたお母さんがいるんです。世界で、これまでに、18人とか19人いるとかいわれています。(いつもながら、アヤしい記憶ですみません)でも、現実にあるわけです。「そんなことはありえない」というのは、ただ、あなたがそのことを知らなかっただけ。車の話は、少し極端かもしれませんが、日常のなかでも、同じことが起こっています。「おまえの成績で、この学校に受かるはずがない」なんていうのも、そうですね。たしかに、これまでの勉強の結果から、ある程度のことは、予測できるかもしれません。でも、それが、100%、正しいかどうかはわかりません。実際、私の知っている、ある中学生は中学3年の夏に、担当の先生に、「今の成績からみたら、 この志望校は、3ランク上だよ。無理だよ」と言われたそうです。でも、彼女、あきらめずに勉強して、そして、なんと、みごとに受かっちゃいました。(本人もびっくりしてましたけどね)(笑)「ありえない」「無理だ」「ダメだ」と決めつけて、そこで終わっていたら、その「合格」もありえませんでした。私たちは、つい、目の前に見えるかたちに目を奪われて、私たちが本来もっている、奥深い可能性を信じることを忘れがちになっているような気がします。自分という存在を、もっと信頼することができたら、人間という存在の可能性に、もっと豊かな目を向けられたら…、「ありえない」という言葉は、そうそう、出てこなくなるような気がするんです。私たちは、ただ、知らないだけ。気づいていないだけ。もっと、私たち自身の可能性というものを、信じてみましょうよ。信じて、そこに目を向けてみましょうよ。そう、あなたは、そして私は、本当は知っているんです。目を閉じさえしなければ、それはいつでも、目の前にひらかれているということを。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第51号(2003年12月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.31
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------「こたえはひとつじゃない」と、考えてみる。こんな質問があったとします。 「ここに、いっこの丸いケーキがあります。 これをお友だち5人で分けるとすると、 どういうふうに切ったらいいでしょうか?」360°÷5=72°72°にケーキを等分するには…。たいていのひとは、そういうふうに考えると思います。でも、こんなこたえだってあるんですね。 「Aちゃんは、甘いものが大好きだから、半分食べていい。 Bちゃんは、いま、虫歯だから食べられない。 CちゃんとDちゃんとぼくで、残りを三つに分ける」「それじゃ、算数の計算練習にならないじゃないか」というツッコミはひとまずおいといて。(^^ゞでも、上記のこたえを聞いて、「それじゃだめだ。絶対に、均等に分けなければならない」と主張するひとは、そう多くはいないでしょう。こたえはひとつじゃないんです。ケーキの例なら、わかるけれども、私たちは、日常のなかで、しばしば、「こたえはひとつ」という思いこみをしてしまいます。そして、それが、これまでの社会を動かしてきた面も、たしかにあります。そういえば、しばらく前に、こんなことが話題になりましたね。 ●次の四角に、あてはまる漢字を入れなさい。 「□肉□食」こたえは、「弱肉強食」ですが、「焼肉定食」と書きこんだ学生がいたという話。この話がとりあげられた当初は、「いまどきの学生は、どうなっているんだ」と、否定的なニュアンスが含まれていたように思います。でも、本当にそうでしょうか?「□肉□食」という問いにたいして、「弱肉強食」としかこたえられない、そちらの感性のほうが、本当は心配だと思いませんか?「こたえはひとつ」と思ってしまったら、ピンチのとき、いままでの方法しか考えられなかったら、「もうだめだ」と思うしかありません。これからの時代は、「焼肉定食だって、ありじゃないか」と発想していく必要があるでしょう。そう、こたえはひとつじゃないんです。たくさんの、ゆたかなこたえを用意してみましょうよ。「あれもある、これもある」そのさまざまな選択肢を、自分にも他人にも認めていきましょうよ。たぶん、ずっと楽で、楽しい生きかたができるんじゃないかと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第50号(2003年12月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------「さあ」「わかりません」では、死んじゃいます!私は、中学校演劇部の、外部指導員という活動にかかわっています。顧問の先生に代わって、劇の指導をするのです。お芝居って、ただ、せりふを覚えて、動きをつける、というものではないんですね。その瞬間、その瞬間、その役の心になって、行動していないと、本当の意味で、演ずるということにはならないんです。だから、私は、ときどき、役者さんに、こんなふうな聞きかたをします。「今、その役を演じていて、何を感じているの?」ところが、生徒たちから、こんな言葉が返ってくることがあるのです。「さあ…」 とても困った表情です。「何か感じているよね。 少なくとも、快いか快くないかはあるよね」「わかりません」 まるで自分のことではないみたいです。思わず、私はこう言ってしまいます。「もし、今が、原始時代だとしてね、 目の前の草むらが、ガサッと揺れたとするよ。 そのとき、それが、ただ風で揺れたのか、 ライオンがいるのか、 そーゆーことを、 瞬時に感じとって、反応できなかったら、 間違いなく死んじゃうよ!」(はっきり言って、ムチャクチャな論理です)(^^ゞ生徒たちが、どうして、そんな、あいまいな返事をするのか。「間違った答えを出して、指摘(評価)されたくない」という、防衛本能からくるものであったのですね。いつでも、おとなの評価の視線にさらされている、彼ら彼女らは、「本当の自分を表現しない」ようにしているのです。そうすることで、この社会を、「生き延びよう」としているのです。けれども、たとえ理由が何であれ、「今・ここ・自分」の感覚を鈍らせていくことは、とても恐ろしいし、つらいことだと思うのです。自分の感覚に意識を向けなくなると、ひとの感覚も受けとることができなくなります。自分の感覚にふたをしてしまうと、自分が本当に何をしたいのかがわからなくなります。そしたら、本当に、何のために生きているのかわからなくなってしまいます。何のために生きているのかわからなくなったら…その結果は、みなさんもすでにご承知のとおりです。まだ、10数年しか生きていない彼ら彼女らに、私たち(おとな)は、そんな思いをさせてはいけません。そして、私たち(おとな)もまた、彼ら彼女らの前で、自分の感覚に鈍感なおとなであってはいけないのです。子どもの事件が起きるたびに、私はいつも思います。ああ、いま、おとなが…私自身が、問われているのだと。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第49号(2003年12月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------つながっていないものは、ひとつもない。私は、10代のころ、漠然とではありましたが、「自分の居場所は、世界のどこにもない」と思っていました。演劇熱中少女で、とても充実した生活をしていたのですが、ふっと、どうしようもなく孤独になることがあったのです。落ちこむと、電話もできない、食事もとれないような状態におちいることもしばしばありました。いま、振り返ってみると、そのとき感じていたのは、「分離感」だったのだなと、思います。自分と思いをわかちあってくれるひとなど、誰もいないと…。それを抜けることができた経過は、いろいろありましたが、いま、感じているのは、「つながっていないものは、ひとつもない」ということです。とっても単純なことなんです。あるとき、山を見ていて、思いました。 ああして、なだらかに稜線がつづいて、 やがて、地上につながるのだな。 そして、平地はまたゆるやかに隆起して、 稜線につながるのだな。また、あるとき、海を見ていて、思いました。 果てしない水平線がずっとつづいている。 その水平線の向こうには、 まだ見ぬ土地がつながっている。ああ、この地球のうえで、つながっていないものは、ひとつもないのだなあと、そのとき、しみじみ思いました。私たち、個別の肉体をもつ人間でさえ、この地球から離れて存在することは不可能なのだから、結局は、山や大地や海とおなじ、おおきなつながりのなかに存在しているのです。何もかもがひとつにつながっているのだとしたら、あの海の向こうの国に、爆弾を投下することは、つながっている、私(私たち)の一部を傷つけることなのです。誰かに傷つけられたと感じたとしても、本当は、相手は、私とつながっている、そのひと自身を傷つけているのです。私は、宗教家ではありませんし、(っていうか、無信教です)上に書いたことも、観念でわかっているに過ぎません。誰かになぐられたら、やっぱり、腹を立てるでしょうし、好きなものは、できるだけひとりじめしたいと思うでしょう。(^^ゞそれでも、10代のときと、ひとつだけ変わったことがあります。なぜか、ときおり、無性にさびしさを感じる夜に、「いま、そう感じる自分がいるだけで、 夜が明けたら、 そうではない世界を見ることができるのだ」と、信じることができるようになったことです。だから、いまは、怖れることなく、そのさびしさを受け入れることができるのです。さびしさもやさしさも、何もかも、たぐっていけば、やはり、ひとつながりの世界のなかにある感情なのですから。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第48号(2003年12月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------その言葉、ほんとに通じてますか?学生時代、友人からこんな話を聞いたことがあります。ある日、彼は、床に落ちている汚い雑巾を見つけました。とても、使えそうにないシロモノでした。近くにいた友人に、彼は何気なく言いました。「おい、それ、投げて」すると、何が起きたか。雑巾を取り上げた友人は、それを、彼に向かって投げつけたのです。友人は怒りました。「なんでだよー、投げてくれって言ったのに」さあ、ここで、「わっはっは」と、笑えたあなた、あなたは、おそらく、同郷人ですね。そう、「投げる」とは、北海道方言で「捨てる」の意味。彼は、「その雑巾、捨ててくれ」と言ったつもりだったのです。この程度のことなら、笑い話ですみますが、実は、これと同じことが、日常でもしょっちゅう起こっています。「なんで、言ったとおりにできないんだ」そんなふうにいらだつときって、ありますよね。でも、実は、あなたが「言っていること」と、相手が「受け取っていること」は、微妙に(ときには大幅に)ちがっている、かもしれないんです。というより、「言ったことがそのまま伝わる」というのは、本当は、まれなケースなんです。これは、ためしてみればすぐにわかります。何か、具体的なもの(花瓶でも何でも)をひとつ、みんなの前で、言葉だけで説明して、それをみんなに、絵に描いてもらってみてください。おそらく、ひとの数だけ、描かれる絵は、変わってくるのではないでしょうか。そのひとと、あなたのもっている言語体系は、似ているけれど、実は必ずどこかちがうのです。言語体系とは、ひとが育ってきた環境や、そのひと自身の性格、ありとあらゆるものの総合の結果ですから。「言ったから伝わるのが当たり前」と考えるのを、ちょっとだけやめてみましょう。代わりに、「この言葉、自分が本当に伝えたいように 相手にも伝わっているかな?」と、考えてみましょう。もっと気持ちのいい、「つながる言葉」が見つかるかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第47号(2003年12月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------「あいづち」の言葉、どれだけ知ってますか?第42号に「共感者」のことを書いたので、今日はそのつづき。相手に共感を伝える表現。それは、「あいづち」です。この「あいづち」について、ちょっとした思い出があります。かつて、私が会社づとめをしていたころのことですが、仕事の関係で、あるひとのところに、よく写真を借りに行ってました。そのひとは、その分野では、本当にすばらしい写真を撮るかたで、たしかに、借りたくなる写真ばかりなのです。ところが、そういうひとなものですから、私が行くと、必要な写真以外にも、次々に、アルバムを出して見せてくださるのです。「ほら、これ、見てごらん」「わあー、いいですねー」ところが、一回に何十枚と見るわけですから、「わあー」「いいですねー」だけでは、すまされません。私は、さまざまな「あいづち」を考えました。「○○さんならではのショットですね」「この子、いい表情、してますねー」「この色づかい、どうやって出すんですか」「きゃー、私、これ、大好き」「このアングル、すごいですよー!」……。(^^ゞ自分のボキャブラリーの限界に挑戦した日々でした。はい。でも、思い出してみると、そのあいづちは、けっして表面的なお世辞ではありませんでした。私は、私のなかの「わあー、いいですねー」を表現するために、ありとあらゆる言葉を、探していたように思います。そして、私は、私のあいづちを聞くときの、そのひとのうれしそうな顔が、とても好きでした。もちろん、心のこもった「あいづち」がひとつあれば、それはそれで、充分にすてきだと思います。でも、「あいづち」の言葉を探しているときって、相手のひとに、どんどん共感する気持ちになってるんですね。(迎合ではないですよ、念のため)「たとえ、意見のあわないひとであっても、 必ず、1%くらいは同意(共感)できる部分がある」--これが私の基本的な考えかたです。その1%の共感から入ったときには、相手との関係を、よりスムーズに築ける気がします。共感の表現が「あいづち」です。あなたは、「あいづち」の言葉、どれだけ知ってますか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第46号(2003年12月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------あなたは、どんなふうに石橋をたたいてますか?「石橋をたたいてわたる」ということわざがあります。「石橋をたたく」という言葉を手がかりに、いろいろな人の性格を表現することができるようです。あるひとは、石橋をながめているだけで、わたりません。あるひとは、石橋を二度たたいてからわたります。あるひとは、石橋をさんざんたたいて、でも、わたりません。あるひとは、石橋をさんざんたたいて、こわしてしまいます。(爆)あなたは、どのタイプですか?(もっといろいろなタイプがありそうですが)ちなみに私は、石橋がこわれていても気がつかずに、わたってしまうタイプです。(^^ゞ「それじゃ、落ちちゃうじゃないかー」と言われそうですが、落ちないんです。たぶん、「落ちる」という概念がないからでしょう。(笑)たとえ、落ちても、「あら、この石橋はかなりの急勾配ね」とか言って、谷底からまたのぼってくるタイプです。ハイ。…と、ばかな話を書いてしまいましたが。(^^ゞ今日、書きたかったことは、要するに、「どれが正解でもないよ。どれが間違いでもないよ」ということなんです。石橋のたたきかたというのは、言い換えれば、そのひとの、人生の選びかただと思うんです。人間の数だけ、人生の選びかたがあるのであって、どれが正解、どれが間違いということはないと思うんです。ただ、こういうことはあると思います。「それが、自分にとって、快いか、快くないか」石橋をたたかずに、ながめているのも、石橋をたたきすぎて、こわしてしまうのも、そのひとが、快いと感じているかぎりはかまわないのです。私のように、谷底に転落しても(爆)、「あら、急勾配ね」とあがってくるのが快ければ、それはそれでいいと思うんですよ。(やっぱ、アブない…?)でも、もし、「快くない」と感じているとしたら、ためしに、石橋のたたきかたを、変えてみませんか?あなたは、もっと、快い人生を生きていいんです。あなたが、どうもうまくいかないと感じている、そのやりかたを、別のやりかたに変えてみるのです。いろいろ変えながら、どれが、自分にとって快いかをためしてみるのです。大丈夫。「快い」というのは、人間の原初的な感覚です。原初的な感覚に近づくと、自然にパワーが出ます。自分の感覚を信じて、トライしてみてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第45号(2003年12月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------ひとの話を、おしまいまで聞いていますか?あるとき、こんなことがありました。Aさんが、Bさんに話をしています。Bさんは、しばしば、Aさんの話を中断して、そこに、自分の質問を割りこませます。Aさんが、どうにも話しにくそうなので、私は口をはさみました。私「Bさん、Aさんの話を 最後まで聞いてから質問してはどうですか?」Bさん「でも、疑問はその場で 解決したほうがいいですから」私「Bさんが話をしているときは、 そのやりかたでいいでしょう。 でも、Aさんもそのほうがいいとは限りませんよ」幸い、Bさんはわかってくれて、今度は、最後まで、Aさんの話を聞くようになり、Aさんも、安心して、話をすることができるようになりました。ほかのひとの例を引き合いに出してしまいましたが、自分自身、似たようなことをやることが、しばしばあります。相手の話の途中に、意見や質問を言ってしまうのです。意見や質問が悪い、ということではありません。問題は、自分の意見や質問を言おうとしている瞬間に、もう、相手の話を本気では聞いていない、ということなのです。そして、そんなときの意見や質問は、たいてい、相手の話にたいする、反論であったりします。つまり、自分のことしか考えていない状態になりやすいのです。コミュニケーションは、キャッチポールと同じです。相手のボールを、自分の手でしっかりと受け止めてはじめて、ボールを投げ返すことができます。まして、やりとりされているのは、「言葉」、つまり、「心」なのです。相手の言葉が、何を自分に伝えようとしているのか。まずは、受け止めて、じっくりていねいに味わってからでも、返事をするのは遅くない、ということなんです。とりわけ、相手と意見が異なるときは、なおさら、おしまいまでしっかりと相手の話を聞くことが大切です。自分の話を、おしまいまできちんと聞いてもらっていると感じるときには、相手の意見や質問が、自分の意見と異なるものであったとしても、少しでも理解し、対話しようという意欲が高まります。反対に、自分の話が中断されたと感じるときは、自分を粗末にされているような、疎外感を覚えて、相手の意見を受け取りにくくなります。「おしまいまで、ひとの話をちゃんと聞いていますか」これは、私自身が、ひとと対話するとき、自分に課しているチェックポイントでもあるのですが、おもしろいもので、こんなことに気づきます。心にゆとりのあるときほど、ひとの話を、おしまいまで聞けるということなんです。心の安定度をはかるパロメーターにもなるんですね。余談ですが、上述したBさん、実はすこしねばりました。「どうしても質問したいときは、どうすればいいんですか」私のこたえは、こうです。「相手に、まず、『お話を中断してすみませんが、今、質問していいですか?』 って、聞いてみてください」Bさんは、ちゃんと納得してくれましたよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第44号(2003年12月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------デスクトップに、ちいさな宇宙を。今日は、ほんとにちいさなフォーカスチェンジ。デスクトップの壁紙の話です。みなさん、おそらく、たいていのひとが、デスクトップに自分の好きな壁紙を貼っていると思います。私も、パソコン・ライフに参入して以来(目下、2年半)、いろいろな壁紙を、デスクトップに貼ってきました。自然が好きなので、たいていは自然系のものを探します。今までのお気に入りをいくつかあげると、 海を赤く染めて沈む夕陽。 深緑のなか、しぶきをあげて落ちる滝。 空をめざしてまっすぐに伸びる、冬の白樺の林。 木漏れ日に輝く、森林の朝。 深海を泳ぐ、魚の群れ。あ、例外は、猫ですね。ふてぶてしーいトラ猫ちゃんの、超ドアップの顔と、友人の白猫くんの、おなか出し、極楽お昼寝ボーズ。(^○^)さて、いろいろと取り替えてきた私が、今、使っている壁紙。それは、宇宙です。友人のサイトから、天体写真をお借りしてきました。永遠の闇のなかで、無言で輝きつづける無数の星ぼし。ほかには何もない、ただそれだけの光景。パソコンをたちあげるたびに、その光景があらわれます。濃紺と白の二色だけの、シンプルにして究極のその光景は、いつも、私のこころを、しんとさせてくれます。つかれたとき、いらいらしたとき、落ちこんだとき、私は、デスクトップにもどって、その光景をながめます。すると、自然に心が落ち着いてくるんですね。いつでも、目の前にあらわれてくれる、小さな宇宙。今度、あなたのパソコンでもためしてみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第43号(2003年12月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------あなたは、予言者ではありません。「あなたは予言者ですか?」と聞かれたら?おそらく、99.7%くらいのひとは、「ちがいます」とこたえるでしょう。(0.3%の根拠はどこ? というツッコミはやめましょう)(^^ゞでも、多くのひとが、自分では気がつかずに、予言者になってしまっているのです。たとえばこんなふうに…。子ども「○○という道に進みたいんだけど」親 「そんな仕事で食っていけるわけがないだろう!」生徒「どうして勉強しなくちゃならないの?」先生「将来、社会に出てから役に立つからだ」部下「こういう企画を立ててみたんですが」上司「こんな内容が、世間に通用するはずがないだろう」あなたが、この親であり、先生であり、上司だったとして、本当に、300%、この言葉に自信がありますか?「ちがってたら、針千本飲ーます」(痛いですよ)といわれても、誓えるほど、あなたは、自分の言葉に責任をもてますか?本当に、絶対にその仕事では成功できないのでしょうか?本当に、今やっている勉強が社会で役に立つのでしょうか?本当に、世間はそのアイデアを受け入れないのでしょうか?わからないというのが、本当のところではないでしょうか?21世紀は、かつてないほど、先の見えない、激動の時代なのです。なのに、私たちは、しばしば、「できるはずがない」と、断言してしまうのです。予言者のように。そして、その結果、子どもは、「やりたいこと」よりも「やれること」を選んでしまうのです。生徒は、何が大切で必要かを、考えることをやめてしまうのです。部下は、言われたことだけやればいいと、あきらめてしまうのです。ある意味、あなたの「予言」は正しかったことになるかもしれません。でも、こんなやりかたは、まるで創造的ではありません。ちっとも、エネルギーが湧いてくる感じがしません。予言者になることを、やめてみませんか?子ども「○○という道に進みたいんだけど」親 「おもしろそうだね。そのために何をしたらいい?」生徒「どうして勉強しなくちゃならないの?」先生「私もわからないなあ。君は何が勉強したいの?」部下「こういう企画を立ててみたんですが」上司「ここのところ、もう少し具体的に教えてくれないか?」そんなやりとりができたとしたら、あなたはもう予言者ではありません。何になるかというと、…「共犯者」です。あ、まちがった。それではつかまってしまう。(爆)「共感者」です。(かめおかの造語です)そして、今、気がつきました。「きょうかんしゃ」と入力して変換すると、「今日感謝」になるんですね。予言者よりも、とってもパワフルで、元気が出てきそうですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第42号(2003年12月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------「職人さん」には、どんどん頼ろう。私たちのまわりには、「職人さん」がいっぱいいます。「職人さん」といっても、別に、大工さんや伝統工芸をつくってるひとなんかに限りません。何かにたいして、打ちこんでいるひと。とりわけ、そのことがマニアックなまでに大好きで損得抜きでかかわっているひとのことを、私は、「職人さん」と呼んでいます。 「職人さん」に対するイメージは一人ひとりちがうと思うので、 「私はそうは思わない」というひともいるとは思いますが、 ここでは、「かめおかのイメージはそうなんだー」と、 受けとってもらえると、うれしいです。(^^ゞちなみに、私は、「演劇(ドラマ)教育」の職人さんです。最近は、「フォーカスチェンジ」の職人さんになりつつあります。(^○^)私たちは、ひとに「頼る」ということが、案外下手です。「忙しいんじゃないかな」「迷惑なんじゃないかな」と、あれこれ心配してしまうのです。その結果、あまり得意ではないことを、自分だけでやろうとし、そして、しばしば、あまりうまくいかない結果をまねきます。自分があまり得意ではないことをやるときに、まわりに、それが得意なひとがいたら、それは「職人」さんです。職人さんには、どんどん頼りましょう。「あれはどうなっているの?」「これについて教えて」質問は、職人さんを元気づけます。何しろ、自分の好きな話が持ち出されるのですから、うれしくて、ほんとに親身に、一緒に考えてくれます。そして、ひとりではとても考えつかなかったような、すばらしいアイデアを、ばんばん提供してくれるのです!「うわあ、こんなすごい情報、もらっていいの?」あなたは恐縮するかもしれませんが、職人さんにとっては、自分の好きなことで、誰かの役に立てることが心底うれしいのです。だから、遠慮せず、どんどん受け取り、感謝しましょう!あなたが頼ることで、あなたもうれしくて助かるし、職人さんも、うれしくて、パワーアップするのです。さあ、今日からは、ひとりでがんばるのをやめて、あなたのまわりの職人さんに目を向けてみてくださいね!あ、蛇足だけど念のため。職人さんによっては、話し出すと止まらなくなるひとがいます。そのときは、できるだけ、最後までお話を聞きましょう。自分の都合のいい情報だけ聞いて、サヨナラ…は、なしですよ。(^^ゞそれと、もひとつ。「情報もお金」という考えかたも、もちろんあります。あなたが職人さんに感謝して、お礼がしたかったら、それはもちろん、してかまわないのです。でも、基本はあくまでも、「お互いの喜び」です。あなたがもし、お礼ができないような状況にあって、それでも職人さんに頼りたいと思ったときでも、遠慮せずに、頼っていいということなんです。そんなときは、かわりに、職人さんのことを誰かに紹介してあげましょう。職人さんを喜ばせてあげられるひとが、またひとり増えるのですから。(そのひとが、お礼ができるひとだとなおいいですネ)(^^ゞ--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第41号(2003年12月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------何とかなる!今日はとってもシンプルに行きたいと思います。(^^ゞ本メルマガ第6号で、「自分だけの『魔法の言葉』を見つける」を書きましたが、http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000119721(2003年11月6日発行)「魔法の言葉」は、ひとつだけじゃないんですね。最強ではないけれど、私が好きでよく使うのが、この、「何とかなる!」です。これ、私にとってはかなりパワフルな言葉なんです。「~~という困った事態が起きた」「何とかなる!」「~~が、間に合わないんじゃないかなあ」「何とかなる!」「~~の先が見えないんだが」「何とかなる!」もちろん、この言葉のあとには、「何とかする!」がセットでついてくるわけで、けっして無責任に言っているわけではありません。でも、最初から「何とかする!」と言ってしまうと、私には、ちょっとプレッシャーが大きいようです。まずはじめに、「何とかなる!」と言ってみる。そのことで、心が、「何とかなる」方向に向くみたいです。そうすると、あえて「何とかする!」と言わなくても、心は、「何とかなる」(する)方法を探しはじめているようです。毎日の生活のなかでは、望んだようにはならないこともたくさんあります。そんなときにも、私は、「何とかなる!」と、つぶやきます。このときの「何とかなる!」は、ある意味での「あきらめ」です。「望んだようにならなくても、 何とか生きられる」という感じ。(^^ゞでも、決して、うしろ向きに考えているわけじゃないんですね。望んだかたちが、実はサイコーのものとは限らない、ということだって、あるんです。「こうでなければ」という思いこみを手放したとたんに、もっとパワフルな何かが、手に入るかもしれないんですから!「何とかなる!」は、「どっちに転んでもOK!」という、自分自身に向けたメッセージなんです。だって、何とかなってきたから、今、こうして、ここに生きているんです!生きていること自体が、すでにひとつの奇跡なんです。その事実を、100%受け入れて、次の一歩を踏み出します。「大丈夫、何とかなる!」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第40号(2003年12月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------伝えられなかった思いは、手紙に託してみる。私は、自他ともに認める「筆まめ」人間なのですが、それでも、最近はすっかり手紙を書かなくなりました。ほとんど、メールで済んでしまうからです。それでも、ときにはやっぱり、手紙がいいなあと思うことがあります。それは、誰かと人間関係がこじれたときです。(^^ゞ(おかげさまで、 最近はめったにそんなことはありませんが…)もちろん、ベストは、直接会って、話をすることなんです。でも、こじれてしまったときって、すぐにはむずかしいですよね。「そんなつもりじゃなかったんだよ」と、自分の気持ちを伝えたい。でも、なかなか伝えられない。そんなときに、「手紙を書く」という方法を選んでみるのです。この「手紙」は、もちろん、手書きでなくてはいけません。乱暴な走り書きも、もちろんだめ。字の巧拙の問題ではありません。長さの問題でもありません。一字一字、ていねいに、ていねいに、心をこめて書きます。間違えたら、ホワイトで消す。あるいは、最初から書き直す。そんな手間がかかるのが、手書きの手紙なのです。でも、そういう手間をかけてまで書いた、という情報が、手書きであるからこそ、相手にも伝わるんですね。筆圧や、インクのにじみ等々、それらすべてが、あなたの思いを伝えるメッセージとなって、相手に届くんです。実は、これ、家族のあいだでも使えるんです。もうずいぶん前になりますが、思春期の娘をもつお父さんが、「最近、娘が自分を嫌って、全く口をきいてくれない」と、話してくれたことがありました。そこで、この「手紙」作戦をおすすめしてみたのです。そのひとは、書いて、そっと、テーブルのうえに置いておいたそうです。「何も言わないけど、読んでくれたみたいです。 あれから、少し、雰囲気が変わった気がします」そのひとは、あとで、そう語ってくれました。念のため、ですけど、絶対に、「お説教」はしちゃだめですよ!自己弁護ではなく、まして、相手を非難するのでもなく、ただ、「伝えられなかった思い」を、伝えるために、手紙は届けられるべきなのです。伝えられなかった思い。それは…。「あなたのことを大切に思っています」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第39号(2003年12月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------ときには、曲がったことのない角を曲がってみる。「やったことがないから」「知らないから」と、新しいことにたいして、しりごみをしてしまうひと、けっこう多いみたいです。もちろん、そういう気持ちもわかります。たしかに、未知のことをやるのって、勇気がいりますから。では、どうしたら、その勇気が生まれるのか。それは、ときには、曲がったことのない角を曲がってみること。私の父は好奇心旺盛なひとで、同じ道を行くのがきらいです。「今日は、ちょっとここを曲がってみるか」と、ひょいと、ハンドルを切り替えてしまいます。まあ、たいていはどこか知っている場所に出て、「おっ、ここに出たか。なら、ここを曲がって…」という具合に、たどり着くのですが、ときには、山道を走っているうちに、道がどんどん細くなって、しまいには、行き止まりになった、なんてこともありました。(^^ゞでも、決まりきったひとつの道だけではないことを、寄り道も、まわり道も、それぞれにおもしろいのだということを、私は、教えてもらったような気がします。日常生活のなかで、ひょいと、いつもとはちがう角をまわって、帰ってみる。これなら、誰でも、それほど抵抗なくできることですよね。いつもは曲がったことのない角を、曲がってみる。--あちゃー、行き止まり。--まっ、でも、どうってことないよ。引き返せばいいだけ。いつもは曲がったことのない角を、曲がってみる。--へえ、ここにこんなおしゃな店があったんだ。--ちょっと、なかに入ってみようかな。いつもは曲がったことのない角を、曲がってみる。--わっ、犬に吠えられた。怖そう。--なーんだ。よく見たら、けっこうかわいいじゃん。いつもは曲がったことのない角を、曲がってみる。--あれっ、こんなところに、公園があったんだ。--木陰もあるね。ひとやすみしていこうっと。ちいさな、ささやかな体験です。でも、その体験は、着実に、あなたのなかで育っていきます。やがて、おおきな仕事の場で、あるいは、人生の大切な分岐点に立ったとき、あなたは、その記憶を思い出すでしょう。曲がり角を曲がる勇気を。曲がってみたときの、どきどきや、わくわくを。それらは、きっと、あなたの背中を優しく押してくれるでしょう。だからね、ちょっと蛇足になっちゃいますけど、子どもたちにも、たくさんの曲がり角を用意してあげたいです。そして、知ってもらいたいと思います。どんな道を選んだとしても、必ず、たくさんの喜びが待っていることを!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第38号(2003年12月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------「もしも親友だったら…」と、考えてみる。一番みぢかでよく知っている存在って、誰でしょう?そう、家族ですよね。一番みぢかでよく知っているのだから、本当なら、最高にいい関係をつくっていけるはず。なのに、なぜか、家族同士で、衝突してしまうケースが少なくありません。ちなみに、私の父の例を書きます。(お父さん、勝手に登場させて、ごめんね)(笑)外では、とても温厚なひとなのに、母にたいしてだけは、とてもわがままになるんです。(^^ゞささいなことで、文句を言ったり、怒ったりして、母もそのたびにキレちゃいますから、そりゃもう大変です。ところが、二人の言いぶんは、おもしろいほど、一緒です。「どうして、自分の気持ちをわかってくれないんだ」そして、それぞれにきちんと話をしてみると、「ほんとは、いいところもあるんだ」と、これまた一緒。(^^ゞ考えてみると、赤の他人に、あんなにずけずけとモノを言ったりしたら、大変ですよね。今日び、刺されたって文句は言えません。(マジです)にもかかわらず、言えるということは、相手をそれだけ信頼しているということなんです。なのに、ついつい、出てくる言葉は…。こんなとき、ちょっと視点を変えてみたらどうでしょう。相手のことを、家族ではなく、親友だと思ってみるのです。同じように、大切なかけがえのない存在ですが、同じような言いかたは、できなくなりますよね、きっと。どんなに親しくても、親友にたいしては、礼があります。そうでなくては、友情は長つづきしませんから。そこではじめて、気がつくんです。ああ、自分は家族にたいして甘えていたなあって。家族だから、言わなくてもわかってくれて当然。家族だから、こちらのやりかたにしたがってほしい。…でも、それは、やはりちがうんですね。家族もまた、ひとりの人間なんです。その意味で、一番みぢかな他人なんです。親友がそうであるように。ずっとつきあっていきたい、親友であったら、どんな言いかたをすれば、快く伝わるでしょうか。どんな態度で接すれば、快い関係がきずけるでしょうか。自分には自分のやりかたがあるように、親友には親友のやりかたがあるということを、否定するひとは、誰もいないはず。家族だって、同じです。親友のように、家族に接してみましょう。親友のように、家族を尊重してみましょう。きっと、快いコミュニケーションが生まれるはずです。今度、帰省したら、父にもすすめてみようと思います。(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第37号(2003年12月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------------------「でも」「だけど」の代わりに、「そして」「それから」を使ってみる。ひとから、何か頼まれたときに、どんな返事をしていますか?もちろん、言われる内容にもよるでしょうが。「でも」「だけど」が口ぐせになっているひとはいませんか?「でも、やったことないからできない」「だけど、それは自分には無理」「でも」「だけど」のあとには、ついつい、そんな否定的な表現が、ついてきてはいないでしょうか?「でも」「だけど」は、自分にブレーキをかけやすい言葉のようです。自分にブレーキをかけることが、すべていけないわけではありません。慎重であることは、とても大切なことです。ただ、いつもいつもブレーキをかけてばかりいたら、気づかないうちに、ストレスがたまっていくと思うんです。 (車だって、燃費が悪くなってしまいますよね)あなたが、いつも、その言葉を使っていると気づいたら、「本当に、それは、ブレーキをかける必要があるの?」と、問い返してみてはどうでしょう。それは、まだやったことのないことかもしれません。失敗するかもしれないと、不安になるかもしれません。そんなとき、私は代わりの接続詞を使ってみることをおすすめします。それは、「そして」「それから」です。「そして、~~をするとおもしろいよね」「それから、~~というやりかたもあるよね」今度は、アクセルがかかってくるのではないでしょうか? (適度なアクセルは、車にとっても大切です) (ちなみに、私は、アクセルの踏みすぎと言われますが)(笑)実は、頼まれごとでない場合も、同じことが言えるんですね。誰かの話に、「でも~」「だけど~」と、言葉を返すときって、たいていは、その話にストップをかけるときですよね。何でも「GO!GO!」では、アブないですけど、ストップばかりの会話も、どうにも元気が出てくれません。そんなとき、「そして」「それから」と言うと、思わず話がはずみます。はずみついでに、ストップしていたら生まれなかった、新しい方向も見えてくるかもしれません。「でも」…ネ、(^^ゞこんな私でも、「でも」「だけど」を使うことはあるんですよ。「今から~~は無理」と、言われたときに、「でも、やりたかったら、やってみようよ」「私には~~できない」と、言われたら、「だけど、こないだは、けっこうやれてたよ!」…ま、要は、使いようってことなんですね!(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第36号(2003年12月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.17
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------必死にならずに、必至になりましょう。今日は、言葉の遊びですので、軽く読んでくださいネ。「必死にがんばります」とか「必死になってやればできる」という言いかた、することがありますよね。でも、よくよく見ると、この言葉、とってもアブないです。だって、「必」ず「死」んじゃうんですから!!やりたいことは、「死」ぬことじゃなくて、至ること。そう、「必死」ではなく、「必至」だったんじゃないでしょうか。高校時代、私は、英文法が苦手でした。でも、大学入試に英語はつきもの。それこそ、必死で勉強していました。ところが、成果は、ほとんどあがりませんでした。「こんなに必死にやってるのに、どうして…」ほとんど泣きたい気持ちで、英語のできる友人に訴えました。友人のこたえは、とってもシンプルでした。「勉強の方法が悪いのね」実は、そのときは、ひそかに、友人のことを恨みました。(笑)「私がこんなにつらい思いをしているのに、 どうしてわかってくれないのよ!」でも、いま、振り返ってみると、友人の言葉の意味がよくわかります。本来の私の目標は、「英文法がわかるようになること」でした。「わかるようになること」(方法)に必至になればよかったんです。ところが、いつのまにか、「わからない英文法を勉強すること」に必至になってたんですね。そしてそのために、ほとんど死にそうな気分を味わっていました。(^^ゞ「必至」の方法を見出すことは、簡単ではありません。でも、「必死」になりかけているときに、ブレーキをかけることは、できるようになりました。「その方向で合ってる?」気がつくためのバロメーターは、「感覚」です。「必死」になっているときは、たいてい、苦しいのです。当たり前ですよね、「必ず死ぬ」んですから。(爆)あなたも、何かに打ちこんでいて、苦しいときには、立ち止まって、点検してあげてみてくださいね。もしも、「必死」になっているときは、いったん休んで、「必至」の方向を探してみましょう。案外、ふっと、光が見えてくるかもしれませんネ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第35号(2003年12月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------その感情は、あなたを幸福にしてくれますか?私が、感情の「受け皿」を意識するようになったのは、8年前、突然、会社を辞めたときからでした。このことは、前にも少し書きましたが、理由は、単純に言うと、人間関係のうえでのトラブルでした。会社を辞めるまでも、辞めたあともしばらくのあいだ、私は、ずっと怒りつづけていました。「あのひとたちのほうが、間違っているのに!」「なのに、どうして私が辞めなくちゃならないの」そのとき、私の内がわにあったのは、「私(だけ)が正しい」という受け皿でした。だから、相手の対応はすべて不当なものに思えたし、私の怒りは、当然のことだと思っていたのです。でも、怒っているあいだ、私はずっと不幸でした。実際、やることなすこと、何もかもが、うまくいかないのです。私は5年くらいのあいだ、猛烈に怒りつづけ…(すごいでしょ)(笑)、そして、ようやく、「この方法では、出口は見つからないのだ」と気づきました。「私(だけ)が正しい」という受け皿をはずしてみたとき、見えてきたのは、当たり前のことですが、相手にも、相手の言いぶんがある」ということでした。そして、もっと言ってしまえば、相手もまた、「自分(だけ)が正しい」と思っていたために、お互いに、平行線をたどるしかなかった、ということなのでした。「正しさ」を追求することが、悪いことなのではありません。ただ、その感情が、私を幸福にしてくれないときに、私は、その感情を、手放してもいいのだ、ということなのです。怒りは、私を幸福にはしてくれませんでした。もっともっと、ネガティブなものを引き寄せさえしました。だから、私は、怒りのもととなる、受け皿を捨ててみたのです。捨てたとたんに、いろいろなことが見えてきました。相手を攻撃(非難)しているときには、見えなかったことが。受け皿をもっていたために、逆に受け取れないでいたことが、 (その受け皿に合わないために、こぼれていたものが)手に入るようになったのです。過去は、何ひとつ変わっていませんが、もう、そのことで、私のなかに怒りが起きることはなくなりました。感情が波立ってくるとき、私はいつも、「自分はいま、どんな受け皿をもっているのだろうか」と考えます。そして、そっと自分に問いかけます。「その感情は、私を幸せにしてくれる?」私は、私を幸福にする権利があるし、そのために受け皿をどのようにするかは、私の自由なのです。もちろん、「怒る」ことが必要なときもあります。それについては、そのうち書きたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第34号(2003年12月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------------感情が動くのは、その「受け皿」を自分がもっているから。「あの人が○○と言ったから、私は傷ついた」「あいつは××だから、むかつくんだよなあ」毎日の暮らしのなかで、しょっちゅう聞く言葉だと思います。誰かのせいで(何かのせいで)、自分の感情が動かされる。それは確かにそうなのですが、でも、なぜ、そんなふうに感情は動くのでしょうか。私の友人で、外国のかたと結婚したひとがいます。そのお宅に、おじゃましたときのことでした。そのパートナーさんは、まだお若かったのですが、その頭は、「ほろびゆく大草原」状態でした。(「ひらけゆく開拓地」とも言います)(^^ゞはっきり書いてしまうと、「はげ」ていたのです。(^^ゞもし、日本人の男性が、面と向かって、「あなた、最近、はげてきたんじゃない?」といわれたら、おそらく、8割以上のひとが、気にするのではないでしょうか。そして、そんなことを言う相手を、「デリカシーがない」と感じて、傷つくのでは?でも、その日はちがいました。「はげ」ているひとの前で、「はげ」の話題が飛び交っているのに、パートナーさんは、終始にこにこ聞いているのです。私は感心して、思わず聞いてしまいました。「気にならないんですか?」パートナーさんのこたえは、「全然♪」でした。お国柄もあったらしいのですが、パートナーさんのつちかってきた価値観のなかに、「はげている」=「マイナス」というイメージが全くなかったのです。「はげている」という言葉は、パートナーさんにとって、「空が青いですね」といわれるのと、同じレベルの話題だった、ということなんです。マイナスの価値観がないのだから、傷つくこともないわけです。感情が動くのは、自分が、相手に言われた(された)ことに反応する「価値観」をもっているからなんだな、ということに気づいた、これが、最初の体験だったような気がします。この「価値観」のことを、私は最近、「受け皿」と呼んでいます。感情が動くということは、その言葉(行動)にたいして反応する、「受け皿」を自分がもっているのだなと。それを意識するようになってから、私は、ひとが言うこと・することに、あまり感情を波立たせずにすむようになりました。もちろん、うれしい感情、楽しい感情は、遠慮なく受け取ります。でも、腹がたったり、悲しかったり、苦しかったりしたとき。私はそっと、自分のこころのなかの「受け皿」に目を向けます。そこには、小さなお皿があります。(適当にイメージします)今、まさに、「感情」というスープがたまりつつあります。私は、そのお皿を、イメージのなかで、そっと持ち上げて、なかに入っている感情を、静かに流してしまうのです。あるいは、お皿自体を、ぽーんと放り投げてしまうのです。「受け皿」がなければ、感情は動かないことを知っているからです。今日の話題は、ちょっとわかりにくいかもしれませんね。もしかしたら、「そんなこと言っても…」という反論?が、どっと来るかもしれません。(^^ゞどうぞ、忌憚のない感想をお聞かせください。明日も、この話題を、視点を変えてつづけてみたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第33号(2003年12月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------------------出かける前には、鏡の前で笑顔で言おう。「あんたはサイコー!」このところ、けっこう、マジメなメッセージがつづいてしまった気がします。(^^ゞ今日は、うんと軽ーくいきます。(笑)そう、出かける前に、鏡の前で言ってみましょう。「あんたはサイコー!」言う言葉は、何でもいいんです。今日一日、どんな自分でいたいのか。それを、鏡に向かって、宣言しちゃおうというわけです。「あんたは、絶対うまくいく!」「あなたの笑顔は最高にすてき!」「キミくらい、魅力的なひとはいないよー♪」鏡の前で、宣言するのは、けっこう勇気がいります。(^^ゞ鏡のなかの自分に、宣言するということは、つまりは、自分にたいする約束です。「そんな大げさなこと言っていいの?」なんて気持ちが、フッと出てきてしまうかもしれません。でも、最初は照れながらでも、ぜひやってみてください。そして、一日を、言葉の魔法にかかって過ごしましょう。意識したぶんだけ、昨日よりもっとすてきなあなたが、そこにいます。繰り返すごとに、「サイコーの自分」を受け入れることが、うれしくて、楽しくて、たまらなくなっていくでしょう。鏡の前での宣言、ポーズを使うと、より効果的です。ピースサインでもガッツポーズでも、お好きにどうぞ。(^o^)丿ただし、家族のあるかたは、事前に説明しといたほうが無難かも。(^^ゞどうぞ、楽しんでトライしてみてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第32号(2003年12月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------------------朝起きたら、「ああ、目が覚めてよかった」と言ってみよう。以前、ある雑誌で読んだ話です。あるお坊さんに、雑誌の記者がインタビューをしました。「あなたにとって、一番うれしいことは何ですか?」すると、そのお坊さんは、こうこたえたそうてす。「朝になって、目が覚めることです」朝になったら、目が覚める。当たり前のことなのに、なぜ? と思われるかもしれませんね。でも、実際、この世には、朝になっても、目が覚めないひとは、たくさんいるのです。私のまわりにも、います。ある友人は、眠っているあいだに、脳出血を起こして、その朝、目覚めることなく、旅立っていきました。44歳でした。朝になったら、目が覚める。そのことが、特別なことなのだと知ったのは、そのときでした。私たちは、いつもたくさんのことを先送りにします。「明日になったらやろう」「明日になってから考えればいいさ」もちろん、そういう気持ちが必要なときもあります。でも、それでも、ときどき思い出してほしいと思うのです。「明日、必ず目覚める保証は、どこにもない」のだと。朝、目覚めることが、実は奇跡なのだとわかったら、今日という一日が、もっともっと大切になります。朝、目覚めることができた自分に気づいたら、残されている可能性に、もっと目がいくようになります。「目が覚める」ということを、ただそれだけで喜べるようになると、世界(人生)は、実にたくさんの喜びに満ちていることに、気がつくことができます。このメルマガを書いている私は、今朝、目が覚めることができた私であり、このメルマガを読んでくださっているあなたは、今日、目が覚めることのできたあなたです。「ああ、目が覚めてよかった」と言ってみましょう。そして、ともにその奇跡を喜びながら、この一日を過ごしましょう。 お坊さんの話から書き始めたら、ちょっぴり、宗教っぽい雰囲気になってしまったかも???(^○^)明日はまた、角度を変えて書きたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第31号(2003年12月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------------------朝、目が覚めたら、今日やりたいことを思い浮かべてみよう。朝、なかなかすっきり目が覚めないというひとは、けっこう多いみたいです。「低血圧だから」なんていうかたも、よくいます。でも、そういうかたでも、たとえば、子どものころ、遠足の朝なんかには、起こされなくても、ぱっと目が覚めていたのではないでしょうか?私は低血圧ですけれど、子どものころから、目覚めはよいほうです。目覚まし時計を使わずに、起きることができます。ところが、ある時期、なかなか起きられなくなったことがあります。いつまでも、ふとんのなかで、ぐずぐずしていたいのです。そのころ、私は、仕事のうえでトラブルがあって、悩んでいました。見通しがまったく立たず、ゆううつでしかたありませんでした。起きたら、その、いやな仕事をしなくてはならないのです。だから、起きるのがつらくてたまらなかったのです。そのことがあって、気がつきました。「子どものころの遠足のように、 うれしいこと、わくわくすることがあれば起きられるんだ」それ以来、意識的に、朝、目が覚めたときには、 「今日は、こんなことがやりたい」 「今日は、こういうことができる。待っている」と、思い浮かべるようにしてみました。そうすると、ふとんのなかでぐずぐずしてなんかいられません。「よしっ、今すぐ起きて、あのことをやるぞ!」と、気合いもろとも、飛び起きてしまうのです。(^○^)だから、朝、なかなか起きられないというかたは、ぜひ、目が覚めたら、今日やりたいことを、思い浮かべてみてください。わくわく、生き生き、取り組んでいる自分のすがたを思い描いてみると、いっそう効果的かもしれません。もちろん、そのまえに、何よりも、「今日やりたいことがある」ということが、大切ですけれども!ちなみに、私の大学の先輩に、「遠足の朝でも、どうしても起きられない」というひとがいました。そのかたは、どうしても早く起きなくてはならない日には、「寝坊しなくてすむように」、「徹夜」をしていました。そこまで徹底していれば、それはそれでいいんじゃないかと思います。(^^ゞそれから、「朝のまどろみの時間が、人生のなかの至福の時間」と、おっしゃるかたもいます。それもまた、それが、そのかたの「やりたいこと」なのですから、やはり、充分に楽しんでしまえばよいのではないでしょうか。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第30号(2003年11月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------逆立ちのコツは、「力を抜くこと」心の話題がつづいたので、視点を変えて、今日はちょっと、からだのお話。みなさん、逆立ちは、できますか?「絶対できませーん!」っていうひとが、圧倒的に多いです。「できるよ」というひとも、やってみてもらうと、えいっと力をいれて、腕をふんばって立って、背中をそらしながら、バランスをとっているひとが多いです。 (さすがに、新体操やってた友だちは、楽勝でやってましたが)(^^ゞだから、「逆立ちは力がいる」「むずかしいからできない」と思っているひとが、ほとんどだと思うんです。私も、10代まではそんなふうに思っていました。それが、野口体操に出会って、180度、考えが変わってしまいました。http://www.noguchi-taisou.jp/main.html野口体操の逆立ちは、無駄な力をいっさい入れないのです。上半身を脱力して、両手を自然に地面につけて、重心をさだめます。頭も脱力していますから、地面にたいして垂直です。今度は、その上半身のうえに、腰を乗せていきます。そして、ひざを曲げた状態で、その腰のうえに、両足を乗せていきます。最後に、まっすぐにひざを伸ばします。すると、頭から足の先まで、すーっとまっすぐに、本当に、「さかさまに立った」状態になれるんです。すっきりと、まっすぐで、自然で、とても美しいすがたです。これって、言葉で書いても、イメージしにくいかもしれませんね。ごめんなさい。(^^ゞでも、全然、特別なことではないんですよ。実際、「私は絶対に逆立ちはできません」と断言するひとに、介助しながら、これをやってあげることがあります。ほんの少し支えているだけで、ほとんど、例外なく、すっと立ててしまいます。「えええーっ、どうしてできるの。しかも全然苦しくない!!」と、本人が一番びっくりします。(笑) ちなみに、野口体操の逆立ちの究極は、頭だけで立つことです。 見たことありますが、ほんとに、まっすぐ立ってるんですよ。何度も書きますが、ポイントは、「無駄な力を抜く」こと。私たちは、何かをやるときに、「力を入れなければならない」と思いこんでいることが多いです。ときには、歯を食いしばって、息をつめて、力まかせに、ぎりぎりのところに自分を追いこんでいく。それが悪いとはいいません。でも、そればかりだと、正直、疲れてしまいます。同じ逆立ちをやるのでも、最小限の力でやれる逆立ちもあるのです。それが楽だと思ったら、それを選んでいいのです。無駄な力を抜いた動きには、余裕があります。余裕をもって、次にそなえることも、大切だと思いませんか?野口体操式の逆立ちは、(これを読んだだけでは)すぐにはできないかもしれませんが、日常のなかで、余分な力を抜くことは、できそうな気がします。あなたの日常のなかで、力を抜いて、楽になれるところはどこですか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第29号(2003年11月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------------------意見がちがったら、とりあえず、「相手が正しい」と考えてみる。ちょっとしつこいかもしれませんが、「反省」の話題のつづきです。(^^ゞ第26号の「反省」の話題をめぐって、さまざまなかたから、メッセージをいただきました。「その考えかたは、ちょっとちがうんじゃないかな」というニュアンスのものも、なかには含まれていました。さて、自分の考えとは必ずしも一致しないメッセージをいただくとき、私が考えるのは、このことなんです。「とりあえず、相手が正しいと考えてみたら、どうなるかな?」自分の意見・考えに固執していると、フォーカスチェンジは、なかなかできません。それだと、ひとつの見かたしか手に入れることができません。なんだか、つまらないなあと思います。(少なくとも、私はそう感じるんです)なぜ「フォーカスチェンジ」をするかというと、より多様なものの見かたが、できるようになりたいからです。多様な見かたができるようになると、より多様な可能性を、選ぶことができるようになります。それって、絶対、自分にとってオトクだと思うんですよね。そして、私の場合、自分の意見・考えに固執しないための、ちょっと過激な方法が、 とりあえず、「相手が正しい」と考えてみる、ということなんですね。自分の意見?考えに固執するのをやめると、その瞬間から、今まで見えなかったことが、見えてきます。今回もそうでした。「反省の言葉の意味を、私は本当に知っていたろうか」そしたら、昨日の第27号に書いたようなことが、見えてきたんです。念のために、つけ加えると、「相手が正しい」=「自分が間違っている」ということではないんですよ。単に、相手がフォーカスしている(見ている)部分と、私がフォーカスしている部分がちがう、ということなんです。位置がちがうだけなのだから、本当のことをいうと、どっちが正しいと、シロクロつける必要はないんです。でも、ときには、こんな方法もおもしろいかなと思って、ご紹介させていただきました。何を選択するのか、その権利は、あなたにあります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第28号(2003年11月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------どうせなら、楽しくわくわく「反省」しよう!今日も、「反省」ネタです。あらためて、辞書を引き直してみて、知りました。「反省」とは、「(ふり)かえって、つまびらか(あきらか)にする」という意味なのでした。これを単純に書いてしまうと、「反省する」=「あきらかにする」みなさんは、ご存知でした?今まで私が見聞きしてきた「反省」のイメージって、ただ、おとなが子どもに、一方的に、「反省しなさい」と言うだけの印象が強かったように思います。しかも、そのおとなにたいして、何か言い返したりすると、たちまち、「反省していない」と言われてしまいます。そして、「何があきらかになったのか」を問われることもなく、「反省したら、あやまりなさい」と、言われてしまったりします。これでは、子どもたちは、「反省」=「余計なことは言わずに、おとなしくあやまること」というふうに、勘違いしてしまうのではないでしょうか。実は、私自身が、おおいに勘違いをしていた人間だったのです。そこで、たちまち、フォーカスチェンジ♪「遠慮はいらない。どんどん、反省しよう~~~!」(^○^)自分(たち)のやったことを振り返って、そこに何があったのか、あきらかにしていくということ。それは、ひとつの自分発見であり、新しい生きかたを見出す有効な手段です。そこには、正しい?正しくない、という価値観は存在しません。大切なのは、「そこから何を学び、何を選ぶか」だからです。その結果が、新しい可能性につながっていくことなら、一見「失敗」に見えたようなことさえも、実は、必要なプロセスであったことがわかるからです。書いているだけで、わくわくしてきてしまいます。どうせ反省するなら、「楽しく、反省♪ わくわく、反省♪」あなたも、今日から始めませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第27号(2003年11月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.04
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「反省」するのは、もうやめよう。「反省するのは、もうやめましょう」って言ったら、ほとんどのひとが、「えーっ」と言うと思います。だって、反省がなかったら進歩がないじゃないか。反省のない人間なんて、傲慢そのものだ、などなど、あっというまに、非難のアラシに見舞われそうです。(^^ゞでも、これには、ちゃんと、理由ときっかけがあるんです。私が、中学校演劇部の外部指導員をやっていることは、以前にも書いたことがあると思います。最初のころ、部活の最後に必ずミーティングをして、その日の反省を、一人ひとり言うようにしていました。「今日は○○してしまいました。反省してます」「○○ができなかったので、がんばります」ところが、翌日になっても、たいていは同じなんですね。「反省」の時間になると、やっぱり同じような言葉が出てきちゃうんです。まるで、反省のために反省しているみたいです。大体、反省をしているときって、雰囲気が暗いですよね。下を向いて、ボソボソしゃべっていたりして、自分も、まわりも、ちっとも元気が出てきません。とうとう、ある日、私は宣言しました。「終わったことは、もう反省しないこと!!」「反省」をやめてみると、驚くほど、パワーが出てくることがわかりました。だって、「反省」をしないのだから、あとは言いわけなしに、「何をやるか」だけが残るんです。ミーティングのときは、反省の代わりに、こういう言いかたをします。「今日、うまくいったこと、よかったことを教えて」「次までに、自分が達成したいことは何?」当然、雰囲気は、とても明るくなります。だって、よかったことと、やりたいことだけがあるんですから。気分がいいので、どんどん積極的になってきます。実力のいかんに関わらず、言いたいことが発言できます。(↑ ここがポイント。変な遠慮をしないということ)ほめられると、遠慮のかけらもなく、大いばりします。(↑ ここもポイント。第19号を参照してください)はっきり言って、図に乗りすぎです。少しは「反省」してもらいたいくらいです。(爆)あなたも、言葉だけの「反省」で、満足していませんか?そんな「反省」なら、いますぐやめてしまいましょう。そして、とにかく、次のステップを踏み出しましょう!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第26号(2003年11月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2007.07.04
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