全31件 (31件中 1-31件目)
1
7:30ホテル出発→コンヤ(観光)→キャラバンサライ(隊商宿)→ネバシェヒル→18:30アバノス(カッパドキア地方)着 ホテル・DOUBLE TREE BY HILTON AVANOS (ダブルツリー バイ ヒルトンアバノス)■コンヤ(Konya)標高1,016mで冬季は-15度になる。今日の気温は29℃、昨日までに比べて10℃近く低くなった。トルコで一番面積の広い街。オスマントルコ時代に栄えた。小麦、砂糖、ビート、大根などの生産する農業の街でもある。イスラム神秘主義の一派メヴレヴィー教団の発生地。右手を上、左手を下にして反時計回りに旋回するセマー(旋舞)で有名。(右手で授かったものを左手で配るという意味)インジェミナーレ神学校正面のアラビヤ文字、幾何学文様の浮彫が美しい。メブラーナ博物館メヴレヴィー教団の創始者の霊廟アラビア語には書道があると聞いたことがあります。これ筆記体でしょうか、美しいですね。■スルタンハンの隊商宿(キャラバン・サライ)シルクロードの中継点にあたるこの町は多くの隊商が交易のために行き来した。そのためキャラバン・サライ(隊商の宿)が建設された。キャラバン・サライ(隊商の宿)同上同上、日本の宿場とは規模が違うなと感じました。カッパドキアに近づくと休火山のハサン山(H=3200)が見えてきた。姿の美しい山です、トルコ100名山かも今日、明日の宿泊は「ダブルツリーホテル」このホテル、現役の時にいささか縁があって懐かしいアメリカ、カナダへ視察(遊び)に行ったことがあるのです。
2012/06/30
コメント(0)
7:00ホテル出発→青の洞窟→帰路、ファセリス遺跡観光→17:30ホテル着(連泊) ホテル・CROWNE PLAZA ANTALYA(クラウンプラザ・アンタルヤ)■地中海に突き出た半島をカルカンというところまで往復カルカンは港で、ここから船で青の洞窟を見学した。道中は地中海の海岸沿いで風光明媚な景色が広がっている。コバルトブルーの海水浴場を何か所か通過。青の洞窟は期待外れで大したことはなかった。しかし海岸沿いのドライブと3時間ほどのクルージングを楽しめた。昼食も船上で。道中はトマトの産地で有名ビニールハウスが一面に拡がっている。海岸線の海水が美しく海水浴場が散在していた。こんなところで数日滞在できたらいいなあ!出港時、隣に停泊していた船上の美女青の洞窟へは小型のボートで外から差し込む光で入り口付近がコバルトブルーに輝くこれだけのこと、イタリアにもあるそうですね。洞窟内には先客のダイバーがいました。ファセリス遺跡は海岸の松林の中に水道橋や劇場、浴場の遺跡があります。水道橋は京都南禅寺にも琵琶湖疏水のが残っています。遺跡は古代の港、いまは海水浴場になっています。連泊のホテルに帰るとこんなうれしいお迎えが・・・ベッドメイクのチップが効いたかな。他の部屋にはなかったそうです。長時間のバスの旅は運動不足晩酌のビールをうまくするために夕食までの時間を利用してプールでひと泳ぎ。
2012/06/29
コメント(0)
8:30ホテル出発→世界遺産・ヒエラポリス(石灰棚)→16:30アンタルヤ着 ホテル・CROWNE PLAZA ANTALYA(クラウンプラザ・アンタルヤ)■祈りの声こちらに来てから何度か聞きました。夜の10時頃と朝の4時頃唸り声のような祈祷の声がどこからともなく聞こえてきます。寺院の尖塔にスピーカーでもついているのでしょうか。■石灰棚とヒエラポリス(都市の遺跡)パムッカレは「綿の城」という意味の国内有数の温泉保養地しかし開発ラッシュでホテルが出来過ぎたため温泉が枯れかけているという。石灰棚は素晴らしい景観でした。台地の上から流れ出る石灰成分を含む湯が長い時間に結晶して台地全体を覆ったもの。下から見ると雪のようです。この水(お湯)の色がとても素晴らしい。温泉のある保養地ということで観光客、リゾート客が多い。手前の溝をお湯が流れています。上の写真の溝に腰かけて足湯を楽しみます。苔が生えているので足元注意!「苔でこけたらアカンで」カフカの洒落。温泉水の流れる足湯や池があり、水着姿で楽しむ人が多い。■ヒエラポリスは紀元前190年に始まった都市の遺跡円形劇場、大浴場など広大な敷地に遺跡多数。石灰棚と隣り合わせの場所。説明板■宿泊地アンタルヤアンタルヤ(Antalya)は地中海随一のリゾート地人口300万、観光客400万標高2,000mの峠を越えました。アンタルヤへ途中で検問があった。■うれしい自由時間14:30ホテル着、今日明日とここで連泊時間があるので夕食まで海で泳いだ。久しぶりの海水浴、潜ると魚が見えた。ホテル屋上からの眺め同上地中海で泳ぐ機会があるなんて予想外のことで格別にうれしかった。疲れと満足感と■スーパーマーケット夕食後、歩いて10分ほどのスーパーマーケットへ旅先の市場やスーパーは極力訪ねるようにしています。果物が豊富なのがうれしい、スイカは一個250円ホテルの朝夕の食事にも果物がどっさり。
2012/06/28
コメント(0)
8:30ホテル出発→革製品の店→エフェソス(セルチュク)へ昔のシルクロードを走る、エフェソス遺跡観光→ロクムの店→18:30バムッカレ着 ホテル・PAM THERMAL(パムサーマル)■エーゲ海のリゾートホテルホテルはエーゲ海に面したリゾートホテル早起きして海岸を散歩、日の出を見た。カフカが言う。ヨーロッパ人はリゾートが目的で観光は従、日本人は遺跡を見たらさっさと次に行く。我々もその言葉通り、前夜は11:00にホテル到着朝は8:30に出発して観光に向かいました。■エフェスのこと古代ギリシャの大都会、人口 3万4千人聖母マリアの死んだ土地エフェスビールの生産地アマゾネス(胸なしの意)が住んでいた。エフェスビール、ビールの銘柄は多くないのでしょう滞在中はこのビールばかりでした。■エフェソス(エフェス)遺跡エーゲ海最大のローマ遺跡で保存状態は良好発掘は現在も続いています。年間2,000万人の観光客(日本人は7~9万人)オデオン(音楽堂)1400人収容ハドリアヌス神殿、奥はメドゥーサの像メドゥーサはギリシア神話に登場する女の怪物古代の水洗式公衆トイレ(男性用)大浴場と同じく当時の社交の場勝利の女神ニケのレリーフ次々に記念撮影をする人が絶えない。スポーツブランド「NIKE」の名前の由来クレテス通りセルシウス図書館当時、学問は男性にしか許されなかったのでこの図書館を利用したのも、もっぱら男性だけ。この図書館の向かいに娼館があります。当時の娼婦というのは、女性でありながら知性と教養にあふれていたのだそうですが面白いのは、この図書館と娼婦の館が地下道でつながれているという噂。男性たちは図書館に行くといってこの地下道を通って娼館に通った。本当かどうか分からないけれど以上、カフカの説明です。大劇場、紀元前2世紀に建てられた。収容人数は2万5千人、舞台から客席の最上段までは60m同上気温は39℃、暑かった~■昔のシルクロードをパムッカレへ道路はカーブが少なく写真のような直線道路。立ち寄ったドライブインではタチアオイやノウゼンカズラが咲いていました。珍しい花を期待したのですが、日本と同じものばかりです。今夜の宿は温泉付き、オレンジ色のは溶出物のツララ露店風呂、水着着用で男女混浴夜はプールサイドでベリーダンスの見学腰と腹筋の動かし方が素晴らしいボクは初体験、ご存じない方は→こちら百聞は一見にしかずダンサーは観客の中から何人かを指名して一緒に踊らせるのですが驚いたことにボクもその一人に選ばれてしまって・・・■本日のお土産屋さん日本人の団体さんには欠かせません今日は革製品の店と、ロクムというトルコの菓子の店に案内されました。
2012/06/27
コメント(0)
8:00ホテル発→イスタンブール観光・昼食の後→バスでアイワルクへ途中、ダータネルス海峡をフェリーで渡る(タプセキ→トリポリ)→23:00アイワルク・ホテル着 宿泊・GRAND TEMIZEL(グランドテミゼル)トルコ国旗、旅行中、いたるところで見かけました。■トルコ道楽ツアーDorakはドラークと発音するらしいがボクは道楽と読むことにした「トルコ道楽ツアー」の始まり。今日から(正確には昨夕からですが)運転手と現地ガイドのカフカ、添乗員それにボクたち旅客24人は、このバスでアンカラ空港から帰国する7月2日までの一週間をずっと一緒に移動することになる。この地図の通りトルコの西半分を反時計回りに移動します。現地ガイドのカフカ早稲田大学で1年間日本語を勉強したというだけあって日本語は大したものです。■まずはイスタンブール市内見学見学順に写真を並べます。■ドルマバフチェ宮殿総面積1万5千平方メートルの大きな宮殿内部は男のみが入れる部分と男子禁制のハレムに分かれている。建物内部は撮影禁止、入場に際しては写真のようなシューズカバーをつける。■ブルーモスク(スルタンアフメッと・ジャーミイ)ここはシューズカバーではなく、靴袋をもらって裸足で入場・見学することになっている。6本の尖塔と高さ43m直径27.5mの大ドーム4つの副ドームを有する1616年に建造された建築。高い天井のドームやステンドグラスの窓広い空間に圧倒される■グランドバザール(屋根付き市場)この市場には4400軒の店があり、中東最大片言の日本語で我々を呼び込む店も多い。オッチャンと値切り交渉をして陶器の皿を3枚買った。■市内スナップ路面電車(トラムヴァイ)が走っていました。シシカバブ、日本でも見かけるようになりました。■ドライブ昼食を済ませるとあとはアイワルクというエーゲ海に面するリゾート地に向けてドライブダータネルス海峡をフェリーで渡り途中で夕食をとり海峡の南側を走ってエーゲ海にでる。日没近くなって左の方にエーゲ海が見えてきた。アイワルクのホテルに着いたのは23:00朝8時にホテル出発、長い、長~い一日だった。
2012/06/26
コメント(0)
関西空港00:10発(カタール航空QR803)→ドーハ4:00着(約10時間)6:30空港発、バスにてドーハ市内観光ドーハ14:05発(QR480)→イスタンブール18:30着(4時間25分)→AKGUN(ホテル・アクギュン)※時刻はすべて現地時間日本とカタール、トルコとの時差はマイナス6時間■トルコへの乗り継ぎ時間を利用してカタールの首都ドーハ市内観光簡単にカタールの紹介首都はドーハ、人口は約170万人面積:11,427平方メートル(日本の約3%。秋田県よりやや狭い。)国土の大部分は平坦な砂地、最高で標高100mガソリンが水より安く、1ドルで水3リットルガソリン4リットル買えるそうです。市民はとても金持ちで車を5台くらいずつ所有仕事はしない、働いているのはみな外国人労働者モスクで一日5回お祈りをするのが仕事以上、車中でのガイドの説明■車中からのスナップ新市街は高層ビルの建設ラッシュさすがは金持ちの国ですねえ!こんな街が短期間で一気に出来上がってしまう感じ。こんなに高層ビルを作って、利用者がいるかと余計な心配。まるでクレーンのような街路灯街は整備されていないところが多く全体に埃っぽい。■1993年ワールドカップ予選の「ドーハの悲劇」まずはそのサッカー場に案内された。あれからもう19年になるのですねえ。早朝のサッカー場はスプリンクラーが芝生に散水し問題のゴール付近では整備作業が行われていました。最初の下車観光とあって、一斉にカメラを構える。このゴールに決められて・・・しかしあのころに比べると日本サッカーもも強くなりました。■続いて訪れたラクダ市場(キャメルマーケット)ラクダが売買されるところでだだっ広く埃っぽい。値段はラクダの色により、高い方から白、黒、茶の順白のラクダはスーダン産で一頭5万円以上するという。ラクダの用途は、食用、ペット、レース用など。白いラクダ、見るのは初めて。誰に買われるのかなあ・・・?■次は競馬場、エアコンの効いた厩舎がずらり訓練用のプール、馬の病院、屋内競馬場など見学。馬のプール好きなように泳がせてほしいなあという声が聞こえました。馬をまじかに見て、その肌(毛並み)の美しさに感嘆。へー、馬ってこんなにきれいだったの。■古い市場へ、旅先で市場を訪れるのは楽しい。しかし朝の早い時間帯ではまだ開店していない店が多く訪れる客も少なく閑散としていた。古い市場の雰囲気はいいけれど、人がいないのでは…同上、ぶらりと入った店の人の話では夕方になると通りは人でいっぱいになるということでした。壁から突き出ている木材、何なのか不明です。香水屋さんの店が多い市場だけあっていろいろなものが売られています。市場を後にして空港へ引き返し昼食の後、空路イスタンブールへ。空港からは迎えのバスでホテルへ直行(約2時間)これからがトルコの旅の始まりです。■奇縁、いやびっくりしました。イスタンブールへの機内で座席が隣になったKさん話すうちに家が近くで、妹の中学時代の同級生と判明50年ほど前に中学の先生の家でボクに会っているという。しかも山歩きが大好きだとも、世間は狭いですねえ。
2012/06/25
コメント(2)
きらめきのトルコ10日間88,800円もう笑いが止まらない10日間でこの価格ハッハッハ(88,800円のことらしい)この新聞広告を見て「よし行くか」という気になる連泊が二回あるのもありがたい。母の介護で何かと心労をかけているカミさんの慰労になればと誘ってみた。めまいの持病があって長時間の飛行機旅行を見合わせていたカミさんもその気になった。というわけで、迷うことなく即決母のショートステイの予約を取り付けすぐに申し込みをしたのが一か月半前。三日ほど前に添乗員から確認の電話がありいくつかの注意事項を連絡してくれました。添乗員付きの旅はこんなことまでしてくれるのですねえその時、参加者数を訊くと24名だと教えてくれた。出発の今日はちょうど日曜日で娘夫婦が車で空港まで送ってくれたので助かりました最近は団体旅行でも搭乗手続きは各自で。手荷物検査を済ませ搭乗口へと向かいます。これで日本ともしばらくお別れ
2012/06/24
コメント(0)
カランコエ、ベンケイソウ科 今夜からカミサンと旅に出ます関空から出発、行き先はトルコ今回は観光旅行です。旅先からでもブログは書けますがせっかくの非日常の世界そういうせわしないのは苦手なのでブログは帰宅後再開します。
2012/06/24
コメント(5)
梅雨の晴れ間にジャガイモの収穫土の中からゴロゴロと芋が現れる芋掘りは楽しい作業です。キュウリにネットをかぶせたら今度はトマトが狙われました。こんなに青いうちからひどいものです。自衛のため、毎年やっているネットをかぶせました。昨年まではトマトが色づきはじめたら写真のようなネットをかぶせて被害を防いでいました。しかし今年は様子が違います。ご覧のようにネットを引きちぎってこんな有様です。近くのゴーヤの棚からカーと鳴いてカラスが飛びたちました。カラスも食糧難なのかな~。
2012/06/23
コメント(7)
母が日常生活でよく言う言葉を並べてみました。( )内はボクの独り言です。そら(それは)ありがたいね 日常慣用句です(そう言ってれば平和)サンキューベリマッチ 特にご機嫌のいい時に (久しぶりにご機嫌やな、こっちもニコニコ)ひとひらの雲もない青空やなあ 朝、「今日はいい天気だよ」、に答えて (短歌を詠んでいたころを思い出しているような)おぼつかないけど 手すりにつかまってベッドから立ち上がるときに (こんな言葉、よく出てくるなあ)これは使い捨てか? これでオシッコ拭こうとちり紙を渡した時 (そんなことあったりまえ)生き地獄やなあ 気に入らないことがあると (こんなに世話をしているのになんということを言う)替わりはあるの? 服を着かえようと言ったときに (決まってるじゃないか、毎朝、毎晩同じことの繰り返し)骨折で入院手術をしてから、歩けなくなり介護をするようになってちょうど三年イライラしたり腹を立てたりすることはあっても母に言い返す、言ったことを否定するそういうことはほとんどなくなりました。腹が立っても口では「そうやな」と応じています。介護は忍耐力の養成に最適かもしれません
2012/06/22
コメント(7)
先日読んだ、黒田杏子さんの著書「俳句列島日本すみずみ吟遊」を読んで芭蕉の奥の細道を読もう、と思いました。すぐに図書館に頼んで読んだのがこれただこの本は現代語訳だったので次はぜひ原文で読みたいと思います。いまさら言うのもおかしいかもしれませんが芭蕉さんは知識も広く、しかも健脚でありホントに素晴らしい人物ですね。また、歩いて旅をするという行為に自分のお遍路やトレッキングの体験を重ね合わせ、共感するところが多い。そしてまだ訪れていない陸奥への旅愁を一層そそられることになりました。田一枚植えて立ち去る柳かな夏草や兵どものが夢の跡閑かさや岩にしみ入る蝉の声五月雨をあつめて早し最上川雲の峰いくつ崩れて月の山これら知っている句のできた背景を知ることができたのも収穫でした。
2012/06/21
コメント(3)
向かいの家で罠にかかったアライグマ昨年の6月6日のブログにアップしました。あれから一年、今年もまた庭を横切る姿を目撃して市に連絡して罠を借りて仕掛けたそうです。最初は猫が2回かかり、そして次がイタチ。その翌日にアライグマ、更に二日おいてまた二匹目のアライグマが捕まりました。イタチ(鼬)イタチの姿をこうして近くでじっくりと拝ませていただく光栄に浴しました。なかなか可愛いですね。アライグマは引き取るけれどイタチは放してというのが市の対応、少し離れたところに放したそうです。アライグマ捕まってから丸一日飲まず食わず空腹のせいか元気がありません。夕方、親と思われるアライグマが現れて檻に前足をかけている姿を奥さんが目撃したそうです何かを話していたのか、別れを惜しんでいたのか。そんな話を聞くと、哀れでかわいそうな気分親子の情愛というのは人も動物も変わらない。翌日、市の委託した業者に引き取られていったそうです。一方は無罪放免、他方は死刑イタチとアライグマでは運命が分かれました。
2012/06/20
コメント(3)
夫婦というのはどっちかが人格者であれば必ずよい関係になる。書家の武田双雲さんのブログで見つけた言葉です。「伝説の仏教家・荒了寛先生と、対談で気付きがあったお言葉」として紹介しています。この言葉、とても考えさせられます。自分たち夫婦の場合はどうなのか人格者とはどういうものなのかホントにこの言葉通りなのか。ところで双雲さんの対談の相手荒了寛先生とはどういう人なのかボクは初めて聞く名前でした。こちら、荒了寛公式サイトです。
2012/06/19
コメント(3)
誰? こんなことをするのは。キラキラのリボンをはってみたが効果なし結局ホームセンターで買った防鳥ネットを張りました。自衛しか道はないか・・・・。~ ~ ~朝日歌壇の歌君だけが居れば良かったあの頃と少しも変わらぬこの街の風(高松市)山本 悦子夜が去りまた朝が来て服を着る生きゆく意味がわからないまま(宝塚市)櫂 裕子最初の歌、君だけが居れば良かったあの頃こういう純粋な気持ちをいつまでも大事にしたい。次の歌、ご主人を亡くされて百日とか。ちょっと意味は違いますが朝夕の着替えを手伝う時の母のボヤキ「毎日こんなことしてて何になるの」と重なりました。
2012/06/18
コメント(7)
大きな栗の木に花がいっぱい! これはマクロ栗の花には雄花(手前)と雌花(右)がある。 これがミクロ【雄花】つぼみ【雄花】90~150花くらい集まって、一本の花穂になっている茶色くなってひも状のまま落花する【雌花】雄花の花穂の付け根辺りにポツリと出来るすべての雄花の花穂にできるわけではなく雄花の数に比べると少ない。受粉すると根元が肥って外側のトゲがイガになる雌花には3個のめしべがあり受粉した物だけが実になるので一つのイガに1~3個の実が出来る。マクロとミクロ、鳥の目と虫の目「木を見て森を見ず」といいますが森ばかり見て木を見ないのも問題かな。
2012/06/17
コメント(3)
率川神社(奈良)のゆりまつりに出かけました。ゆりまつりは通称で正式には三枝祭(さいくさのまつり)今日は祭りの前日で、ささゆり奉献巡行と神社での奉献の儀式がありました。昨年のブログにササユリのことを書いたところブログ友の“けん家持さん”が教えてくれました。今年もササユリのことをブログに書きそれを思い出したというわけです。率川神社は一昨日訪ねた大神(おおみわ)神社の摂社です。【摂社】 本社に付属し、その祭神と縁故の深い神をまつった神社。本社と末社との間に位する(Yahoo!辞書 大辞林)ささゆり奉献については下の画像をご覧ください。今日もらったチラシです、クリックで拡大できます。行列は大神神社から運んだササユリを神輿に積んでJR奈良駅を出発市内を1時間ほど巡行して率川神社へJR奈良駅を出発、うまい具合に雨は止んでいました。“ささゆり乙女たち”と言いたいうところですが・・・今年から厄年の女性も応援をかってでたと聞きました。率川神社へ到着、ボクは途中から神社へ先回りして待機神前に供えられたササユリ次々に神事が執り行われました。意外なことに見物客は少なく30人ほどそれも参加者の身内の人たちがほとんど。挨拶された大神神社の神主さんの話です。元は三輪山の麓に自生するささゆりを奉献していたが自然環境の変化や乱獲のためその数は激減してしまい十数年前から有志の方たちにより再生の試みがなされ現在、大神神社境内で約2000本が植栽されている。お水取りの竹送りといい、ささゆりの奉献といいこれら行事を支えるボランティアの方々の働きには頭が下がります。
2012/06/16
コメント(5)
ゲンジボタルと言ってもこの写真では何もわかりませんお粗末な写真ですみません。知人から「ゲンジボタルが飛び始めています」という連絡をもらって、カミサンを誘い夕食後の散歩を兼ねて出かけました。家から歩いておよそ30分くらいのところです。ボクたちが一番乗りで、そのうちに子供連れの家族が何組かやってきてにぎやかになりました。乱舞とまでは言えませんが水路沿いの50mほどの区間に200頭ほどの光が点滅していました。久しぶりに蛍が光り飛ぶさまを観賞することが出来て満足しました。
2012/06/15
コメント(3)
三輪明神・大神(おおみわ)神社背後の三輪山をご神体とするわが国最古の神社。カミサンと義妹を誘って以前から訪ねてみたいと思っていた三輪山(467.1m)へ出かけました。関西百名山の一つです。ササユリ園大神神社はササユリに縁があり境内にササユリ園がありますタイミングよくちょうど見ごろ。先日紹介した近所のササユリと比べると少し見劣りするようです。(失礼!)狭井神社しめ縄のかけ方が珍しいと思いました。鳥居に架けているのはよく見ますが両方が丸太の柱というは見かけません大神神社も、桧原神社もこのスタイル。この狭井神社で受け付けを済ませ入山心得の説明を受けて登拝します。(登山ではなくご神体にお参りする登拝だそうです)山頂往復に二、三時間かかります。ボクたちは2.5時間でした。山では写真撮影・飲食は禁止ですルールに従いましたので画像はなし。何しろ大神様が見ておられるとあってはせこいこともできず無条件で従うのみ。意外と登拝者が多いのに驚きました。山歩きは中高年が中心ですがここは若い人たちの方が多い。どうやらパワースポットのせいらしい。このパワースポットとはいったい何のことで誰が決めることなのでしょう。ボクには大いに疑問です。それはさておき、山中には冷気が満ちていて汗ばむ肌にひんやりと気持ちがいい。冷気は霊気に通じるのかな三人ともそのように感じました。山を下りて三輪ソーメンの昼食時間があったので、山の辺の道を桧原神社まで往復しました。車は便利なところもありますがこういう時は元に戻らないといけない。
2012/06/14
コメント(2)
オキザリス ・トライアングラリス別名:ムラサキノマイ(紫の舞)、インカノカタバミカラスバオキザリス、サンカクバオキザリス調べて最初に知った名前がオキザリス ・トライアングラリス好きな花の一つなのですがもう少しわかりやすい日本語の名前がないものかと・・・そんなことを考えていたところ別名のムラサキノマイやサンカクバオキザリスで納得。葉が濃い紫色で三角形をしています。
2012/06/13
コメント(6)
世の人の見付けぬ花や軒の栗(芭蕉)いま近所では栗の花が満開で独特の強い香りが漂っています。 黒田 杏子(ももこ)という人について日本中の桜を訪ね歩いた女性いつもモンペをはいている俳句を作る人以上の予備知識がありました。というより「しかありませんでした」。日本列島桜花巡礼日本列島残花巡礼四国遍路吟行西国三十三観音巡礼吟行坂東三十三観音吟行そしてあちこちの句会の選者などで日本中をよく歩いていることに感心しました。本は俳句の話題を中心に第一章 季語への旅第二章 達人対談-昨日・今日・明日第三章 おくの細道―その旅の記憶第四章 俳句列島日本すみずみ吟遊からなっています。後半の「第三章 おくの細道―その旅の記憶」が興味深く、芭蕉の足跡に旅心を誘われました。ボクは福島から青森の間には行ったことがなく余計に興味をひかれたのでした。まずは「奥の細道」を読んでみようと図書館に予約を入れたところです。最近、本を読むのに時間がかかるようになりました。それだけ集中力が無くなったのでしょうか。「このぶ厚い本をお手にして下さいました皆さまへ」で始まるこの本も、図書館の貸出期間を延長してもらってようやく読み終わりました。
2012/06/12
コメント(6)
ノアザミ(野薊)キク科よほど蜜が美味しいのでしょうよくアゲハ蝶が来ています。今日はモンシロチョウでした。ウツボグサ(空穂草/靫草)シソ科別名:カコソウ(夏枯草) 青々と草が茂る中にアザミやウツボグサが咲き始めています。季節はどんどん進んでいる花を見てそんなことを想います。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~朝日歌壇の短歌中庭に差し込む 光さくらんぼ赤い宝石輝いて夏(岡山市)酒井 那菜スリッパにマットにカバーにプーさんがいてトイレでも一人になれない(富山市)松田 梨子すごい虹出てるよ しかも二重だよ勉強してる場合じゃないよ(富山市)松田 わこ酒井さんと松田 梨子さんは中学生松田 わこさんは小学生そして梨子さん、わこさんは姉妹。
2012/06/11
コメント(4)
ササユリ(笹百合)今年も咲きました畑の近くのササユリやっぱり美しいなあ!家の近くで眺められるシアワセ。そう言えば三輪山のササユリを奉納するという奈良・率川神社の三枝祭のことを教えてもらったことを思い出しました。お祭りの予定を調べてみました。◇6月16日(土)ささゆり奉献神事、宵宮祭◇6月17日(日)率川神社三枝祭◇6月18日(月)後宴祭
2012/06/10
コメント(11)
左の色の黒い2本が真竹、右は淡竹孟宗竹のタケノコは4月から5月前半ついで淡竹が5月後半そして真竹が6月次々と自然の恵みを味わっています。淡竹や真竹はカミさんが主に佃煮にしますそれがみなさんに好評のようです。褒められて飽きずに何度も作っています。あとは酢豚、春巻でしょうか。畑にいいお湿りがあったのでゴーヤ・ウリズン・オクラを植えました。
2012/06/09
コメント(1)
保育園に勤務する娘に頼まれてカブトムシの幼虫探し。“探し”とはいえ居る場所はわかっているのです。畑の隅に積み上げた落ち葉の下。今年はちょっと遅かったのかなもう芋虫を通り越して孵化寸前でした。園児たちは喜ぶだろうけど奴さんらにとっては迷惑なことですね。
2012/06/08
コメント(7)
庭の山紫陽花が咲いて雨を待っています。色合いといい、花の付き具合といいいつみても清楚で上品な花です。植えてから十年近くなりますが毎年よく花をつけます。植えた場所がよかったのでしょう椿の木の足元で半日陰になっています。 株主総会の議決権行使書が郵送されてきました。インターネットで議決権行使、全議案に賛成ただし電力会社の総会ではありません。
2012/06/07
コメント(7)
ウメモドキ(梅擬)モチノキ科庭のウメモドキが花をつけています1cmに満たない小さな花です。赤い実はよく目立つけれど花は目立たずにひっそりと咲いています。ピラカンサ(バラ科)小さい花といえばこちらも。ホトトギスの鳴き声が聞こえる平和な午後のひとときです。
2012/06/06
コメント(4)
ゴテチャ(ゴテジャ)アカバナ科別名: イロマツヨイグサ(色待宵草)昨年、深夜便さんからもらって植えました。今年も花が咲き始めています。大小合わせて7枚の網戸の張替えをしました。端っこが大きく破れてみじめな状態今年やらないとカミさんが爆発しそう(笑)トイレの小さな網戸から張りはじめた。今日は2枚程度の試運転で済ますつもりだったのにたまたま居合わせた弟の嫁さんに全部やりなさいと尻をたたかれておかげで全部完了しました。何年か前に一度やっているので取り掛かればあっという間です。いつもグズグズとなかなか着手しないボクですがこんなに早々とやったのは我ながら信じられない。弟夫婦からは「雨が降る」と冷やかされています。
2012/06/05
コメント(1)
重大事件の犯人が逮捕された時など犯人が警察に護送される写真が新聞に掲載されます。今朝の朝日新聞にもそのような写真があり「警視庁に入る菊池直子容疑者を乗せたと見られる車」という説明がついていました。ボクはこの手の“お決まりの写真”を見るたびにそれがどうしたというのよ?この写真にどういう意味があるの?こんな写真に報道の価値があるの?というシラケた感想を抱くのです新聞社の工夫のなさを嘆きながら・・・こういう場合は、何が何でもこういう写真を載せるものそういう固定観念にとらわれているのではないでしょうか。車窓を通して少しでも容疑者の顔でも写っていればまだ意味はあるでしょうけどね。※写真説明の菊池直子の名前を間違えておりました。教えていただき訂正しました。(6/5)~ ~ ~ ~ ~ ~ ~朝日歌壇、面白いなと思った歌二首開くはずはないと人々寄りかかる走行中の電車のドアに(さいたま市)石田 恵子小学生は気楽でいいなと兄ちゃんがビブンの問題解きながら言う(名古屋市)中村 桃子前の歌、車中で時々そんなことを思います。後の歌、最近小学生の歌が採用されます歌の技巧はともかく発想の新鮮さ・素直さがうれしい。
2012/06/04
コメント(2)
朝顔丸の船首像せんしゅぞう【船首像 figurehead】船の船首に取り付けられた動物や人物などの像朝顔丸は当初は三菱会社の所属船でしたが明治26年に日本郵船会社に売却され以後東廻り神戸・小樽間の沿岸航路に就航していました。その後日露戦争時に海軍に徴用中明治37年(1904)に旅順港のロシア艦隊を封鎖するため爆沈(自沈)させました。これに先立って、出港時に取り外したものだそうです。昨日の海事博物館で見たものの一つですがこの船首像は実物で、当博物館の貴重な展示物の一つ。朝顔丸、旅順港の封鎖と聞いてもボクはピンときませんが知人に朝顔丸の名前を出すと、ちゃんと知っていました。坂の上の雲に出てくるじゃないか、と言われました。船絵馬かつては大海原に乗り出すということは危険な行為だったのでしょう航海の安全を祈る行為はいろいろな形で残っているのですね。
2012/06/03
コメント(5)
神戸大学海事科学部内にある海事博物館を見学しました。船舶の模型など、船舶に関する資料が多数展示されています。案内をしていただいた方は元船乗り説明も具体的で楽しく聞きました。なかで最も興味深かったのは世界の船の航行状況がわかるMarineTraffic.comのサービスこちらですGoogleMapが表示されるので見たいエリアを選び船の形をクリックすると船名から船国籍、船舶種別、行先船の写真まで表示されます。(言語は日本語を選択します)船の好きな人にはこたえられないですね。
2012/06/02
コメント(6)
ヤグラネギ(櫓葱)、ユリ科一昨日(5月30日)のブログ「親ネギの上に子ネギ」のネギの名前ヤグラネギ(櫓葱)と分かりました。 Hunky Doryさん、ありがとうございました。樓子ネギ、親子ネギ、二階ネギ、三階ネギ灯台ねぎ、軽業(かるわざ)ねぎという別名があるそうです。ネギの頭にネギが出来るので二階ネギさらにその上にもできるので三階ネギ頭にできたのは「珠芽(しゅが)」というそうですがとりあえずこれを植えてみます。出来たネギを収穫して食するころにまた報告させていただきます。
2012/06/01
コメント(7)
全31件 (31件中 1-31件目)
1