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..縁あって先日、近所の中学校の卒業式に行ってきました。中学校の卒業式なんて、自分の以来だから何十年ぶりです。実は僕は中学校の時は生徒会長で卒業式には卒業生総代で「答辞」を読みました。当時はそんなに優秀でなくても目立つ子が生徒会長になる傾向にあったと思います。生徒会長で弁論大会優勝とまるで俳優の武田鉄矢さんと同じだねとよく揶揄されたものです。 さて、当日は素晴らしい晴天で、父兄も含めれば300人位で会場の体育館は満員に埋め尽くされていました。この中学校は各学年4クラスで卒業生は170人ほどです。一人ずつ卒業証書を校長から渡されます。実にスピーディに進み、校長先生と来賓の挨拶は少々かったるいですが在校生による「送辞(送る言葉)」と卒業生の「答辞」まで90分くらいできました。僕らの時とは違い、卒業生の答辞は各クラスの代表、つまり4人が読み上げます。2人が男子、残り2人が女子です。各クラスの担任への感謝を述べるという形式です。女子二人は号泣でした。言葉につまり先へ進みません。僕らの時は全然そういうことは無かったので少々芝居がかっているかなとは思いましたが新鮮でした。でも驚いたのは、その女の子の熱演ぶりより号泣する彼女たちにつられて、すすりなく子供たちが意外に多かったことです。卒業生だけでなく、在校生の中にも涙をぬぐう子がいました。子供らしいその姿に、ちょっとだけ暖かいものを感じました。最後に卒業生が退場するときに、担任の先生たちが先頭を歩くのですが、先生たちも目頭が赤く、涙をいっぱいにためていました。おとなしくて言う事を素直に聞いてくれる生徒ばかりなら良いのでしょうが、そうはいきません。たくさんの苦労が頭をよぎり、それでも問題児も元気に卒業する姿を見て報われる気がしたのかもしれません。きっと、「好きでなければ」続けられない職業なのかなと思いました。☆ひとつ前の記事「カッコウの卵」。たくさんの方に原作を読んでもらえたようで嬉しいです。あの文章は、もちろん小説の転載でもないし一度きり読んだ作品の内容を簡略に纏めたものです。自分の感動した小説を一人でも多くの方に読んでもらいたいと思いました。原作を読んだ方は気づかれたことと思いますが実は重要なシーンを書いていません。「てっちゃん」は村内先生を探しにある中学校へ出かけるのですが、そこで宿直の先生に見つかって窮地に陥ります。その窮地に村内先生が登場するのですが先生がどこまでも元の教え子の言い分を信じようとする姿があります。そこは是非原作を読んでいただきたいと思いました。・・卒業の季節に懐かしい先生や友達のことを思い出してみるのも良いかもしれませんね。
2010.03.25
久しぶりに小説を読んだ。☆てっちゃんとちーちゃんは若い夫婦。てっちゃんは工場勤めの22歳。奥さんのちーちゃんは20歳だ。給料はまだ安いからボロアパートに住んでいる。ちーちゃんは料理が下手だ。肉じゃかのじゃがいもの芯は残ったまま。それでもてっちゃんはちーちゃんとの食事が一番好きだった。..二人とも親の愛情を受けずに育った。虐げられ、育児を放棄された。二人は施設で出会った。ちーちゃんは虐待がトラウマなのか、物覚えが良くない。言ったことを直ぐ忘れる。以前カウンセリングを受けたときに心がそうすることで自衛しているのだと言われた。ちーちゃんは今でもぬいぐるみを肌身離さない。外出するときも、お買い物のときも。そのぬいぐるみは彼女を邪魔者扱いし続けた祖母がたった一度クリスマスか誕生日にくれたものだった。彼女にとって、てっちゃんと出会うまでは唯一の「家族」だった。施設は18歳までしかいられない。施設の園長は物覚えが悪く何をやらせてもうまくできず、社会適応に問題があるちーちゃんを不憫に思ったのか入所期限を2年延ばすことを提案してきた。その2年でカウンセリングや治療を施すと言うのだ。てっちゃんはすごく腹をたてた。園長は善意でそう言ってくれたのかもしれないが、ちーちゃんは少しも病気なんかじゃない。治療なんて必要ない。あたりまえのことをあたりまえにできないだけだ。治療というのなら、俺たちの親に施せばいい。そうてっちゃんは思った。てっちゃんはちーちゃんが18歳になると、すぐに入籍してひきとった。これで施設もちーちゃんを無理にはおいておけなくなった。..ある日、てっちゃんは工場の帰りにある人を見かける。「・・ムラウチだ。」それはてっちゃんが中学校の時の先生、村内先生だった。村内先生は非常勤の国語の先生。中年のおじさんだ。先生には吃音がある。そんな先生が当時ワルだったてっちゃんに話しかけた。親に見離され、孤独に苛まれた子供が不良になるのは自然な流れなのか。村内先生はてっちゃんがひとりぼっちなことに気づいた。ひとりぼっちで寂しい人間は嘘ばかりをつく。だからこれからは僕が一緒にいると言ってくれた。先生はてっちゃんに「こ これからは き きみのことを」「て ててて てっちゃん って呼ぶよ」「子供は下の名前で呼ばれなきゃいけないんだ。」ずっと同級生からも「松本くん」と呼ばれ里親からも「おまえ」「あんた」としか呼ばれなかったてっちゃんは不思議な感慨を覚えた。それから村内先生は、てっちゃんに会うたび「 お おはよう て ててっちゃん」激しく吃音を伴いながら、それでもにこやかに話しかけた。村内先生は「カッコウの卵」の話をしてくれた。カッコウは自分の子供を自分で育てない。卵を産むと別の鳥の巣にそれを運ぶ。これを「托卵(たくらん)」と言うらしい。村内先生はてっちゃんに「おまえはカッコウの卵だ」カッコウは別の鳥に自分の子供を育てさせる。そして育ったカッコウも同様に自分の卵を平気で他の鳥の巣に運ぶ。しかし、中にはひとりぼっちだった寂しさを忘れないカッコウがいるかもしれない。そしてつがいになったときに自ら巣を作るかもしれない。自分の卵をあたためながら、大事なものを守る大切さを知るかもしれない。「それを信じていて欲しいんだ」村内先生はあまりしゃべらない。一緒にいてはくれるけど。でも大事なことだけ教えてくれた。そんなてっちゃんにとっては恩師とも呼べる先生を7年ぶりに見かけた。そのことを興奮して、嬉しくてしょうがないふうでてっちゃんはちーちゃんに話すのだった。てっちゃんはちーちゃんと一緒に先生を探すことに。苦労してようやくてっちゃんは村内先生と再会を果たす。先生はてっちゃんをよく覚えていてくれた。そして、てっちゃんとちーちゃんの家に来てくれることに。初めて人を招くことに、てっちゃんは緊張していた。ちーちゃんも少し様子がおかしかった。というか数日前から体調を悪くしていた。先生が約束どおり訪ねてきてくれた。てっちゃんは嬉しかった。ちーちゃんもすごく喜んだ。そこで、ちーちゃんは体調の悪さの理由を話す。「予定日は11月・・」てっちゃんとちーちゃんはパパとママになるのだ。村内先生は「ばんざい ばんざい」と涙を流しながら喜んでくれた。なぜかその言葉にまったく吃音は無かった。..先生は別れ際に「幸せになれ」「三人で幸せになれ」バスに乗り込む先生をてっちゃんは見送ったがたまらず、その発車したバスを追いかけた。先生はバスの最後尾でいつまでも手を振ってくれた。てっちゃんは先生が言ってくれた話をかみしめながら嗚咽をもらした。そして自分がとても幸せなことを感じた。気づくと迎えにきてくれたちーちゃんと一緒に帰路につくのだった。☆重松清の「カッコウの卵」。薦められて読んでみました。5年前の大病で目を悪くして、紙媒体の文字は読み辛いのでダイソーから一番度の強い眼鏡を買ってきました。こうすればかろうじて小説も読める。読む途中何度も眼鏡をはずしました。人の心に寄り添えることができたのなら一番幸せなことが何か知ることができたでしょうかありがとう
2010.03.17
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