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素敵な結婚パーティー(2次会)でした。おなじみの”ゆうぽうと”に90-100名が集まったのではないでしょうか。理恵にメロメロです、とのろけまくるRyoji☆~それって超男っぽい。ゴスペルそして二人を祝う会場のやさしく美しいエネルギーを、私はたぶん一生忘れないでしょう。いいなー、こんな風に大勢の人々に祝ってもらえるRyoji☆ってすごい。そしてそんなRyoji☆のハートを射止めた理恵さんも素敵な方だった。Ryoji☆理恵さん、本当におめでとう。そして末長くお幸せに~。追伸: たくさんの仲間に再会できたこともうれしかった。
2009年02月28日
今晩もたくさんの方にご参加を頂き(コーチングを全く知らない方~黒帯まで)、よき時間となりました。コーチングっていいなあ、と改めて思える時間を本当にありがとうございました。終わった後、皆さんといただくビールがひときわおいしかったです。さて、次回の3月コーチング・スクウェアは 3月25日です(内田がリード/当番です)詳細⇒ http://www.coachingfellows.jp/square/square20090325.htmその次は 4月23日です(河野がリード/当番です)於:ちよだ 504室です。申し込みは fellows3@coachingfellows.jp まで(各回 先着15名です。過去3か月 満席御礼が続いておりましたので、ご関心を頂ける方は早めにお申し込みください)皆さまのご参加、心よりお待ちしております。
2009年02月27日
(コーチング内容は) http://plaza.rakuten.co.jp/lilyandrosy/diary/200902260000/・・さん 今日もコーチングありがとうございました。 ほんの1-2時間くらいで気持ちがもうお腹いっぱいになってしまいましたが、 机とプリンターの上の書類たちを、まず<間引き>してみました。 1/3位までになりました。 今日は問題は問題のままにしてますが。 ただ、開かずの間を久々に開けてみて、 いかに自分がたくさんのことを「保留にしたまま」、いやなものは見ないまま、 前に進もうとしてきたのか、都合よく人生の別の大ーきなアークをたてようとしていたのか・・・ それがことを余計複雑にしていたのか、こんなに混乱したのか 恥ずかしく痛いですが、直視できた感じがします。 自分の短く見てもこの10年、長ければ20年以上の人生のアークを まずは大切に感謝しながら閉じることが必要だった、 それだけの時間とエネルギーを生きたわけで ないがしろにしてはいけないことを 心の奥深いところでは知っていた・・・のかもしれません。 ところで、ゴミ箱に放った時に、一番スカッとエネルギーが動いたのは、 なんと、1000本ノックの記録(約170回×各3名のメイトたちとの記録)を、 本棚から全部ごっそり捨てた瞬間でした。 なんでしょうね。それは外に飛びたがっていたエネルギーだったのかもしれません。 そして、処分とは、簡単でないんだな、ということを改めて感じてます。 ひとつひとつと対話し、お別れする強さも必要なんだ、 そして、決してこれは受け身ではなくかなり能動的な作業だとおもったりしてます。 また、「ゆうこさん」と「綾瀬の家」の進捗をメールします。 今日もコーチングを本当にありがとうございました。 うっちー&ゆうこさん
2009年02月26日
コーチング・テーマ: 1)世に求められているとは思うが、自分を世に出していくすべがわからなくなっている。ひきこもってしまう2)綾瀬の家をどうするか 住んでいる意味がもうなくなったと思うが動けない人生でいうと今、どんなフェーズなの?ひとつのアークが終わるところ。右辺 あと2-3割残っている。それはどんなアークだったの?とても頑張ってきたアーク。いい仕事をしようと、自分の身体・心に嘘ついてがんばったアーク。いい仕事をする、達成するために、緊張しながらも、たっくさんの嘘をついてきた。当時面白いと思っていたけれど、今はもうやりたいと思わない。今日はそのアーク、どうしたい?ねぎらいながらも、バイバイしたい。そのためにもしっかり、功績を認知してあげる時間にするのはどうだろう?いいですね。本当にできることは何でもしてきたよね、そんな自分になんていってあげたい?うーーーん・・・・。見えるのは、後ろに縛られた手。その手、どうしてみたい?うーーーん、ほどいてみようかな。ほどいてみようか。 そうすると、どんなふうになるの?紐を一回引くとするっととけた。が、動かし方がわからない・・・さっきと手はなにか違いはあるの?あんまりないけれど、ただ、手は前にいき、掌が今度は上に向いている。さっきは下だった。ほどいた手を、ウッチーではなく、「手が好きなように」にできるとしたら?手のひらでなでるかんじ。ねこ、犬、愛している人の顔、森の木や葉・・・・・今この瞬間、お部屋でそうしてみたいものはある?あのカトちゃん時計(はげ頭(笑))やってみると、どんな気持ちになるの?あったかい気持ちになる。今、暖色系のエネルギーを感じるよ。そんな自分になんて名前をつけるとするとなんてつけたい?ウッチーでなくて・・・ゆうこさん・・・ゆうこさんは何をする人?レイキ・・・をする人???レイキをやり続けているというより、そのBeingですることがある気が私はした。リーダーとして? (イメージが)つながらない・・・あ、リーダーとしてもそうだリーダーとしての自分も、同じように一人一人同じようにつながることができるできないと思っていたけれど、なんだ、こんなふうにできるんだだんだんと、ゆうこさんになっているところを私もR3でみたよ ******なんかもう、ウッチーは綾瀬のことは決めている感じがするけれど、ゆうこさんは、綾瀬の家の処分をどう思っているの?なんだか賛成みたいゆうこさんだったら、どんな風に綾瀬の家を処分するの?ひとつひとつのものをなでながら、会話をして、手放していく。 ******大転換期にいる。人生のアーク、それをとても丁寧に閉じたがっている感じがするね。新しい自分 ゆうこさんとしてリードしたり いろんなことを やっていくためにピリオド必要としていると感じるよ。仕組みどうする?ゆうこさんはね、って自分でいってみる(笑)お部屋はどうする?お机の書類の山から片付けてみたいと思う。そのあとプリンターの上の書類も。。いつまでにとかある?今日中に。
2009年02月26日
リーダーシップコース R3の最中に握った 自分なりの真理(真実を超える感覚)を書き留めておきたい。 世の中の、喜び、楽しさ、怒り、哀しみ、苦しさ、 光、闇、 それらはすべて・・・ 人が「愛」を持っている存在だからこそ、起こる・感じられること・・・ どんなことも、全ては「愛」から生まれている その深く豊かな人間、人生に感謝
2009年02月25日
リーダーシップ・コース リトリート3(R3)に行ってみて たくさんの学びが起こりに起こっているけれど、 帰ってきて3日、感じているのは、"手放し感"だ。 なんだろう、この言葉ではとてもおさまりきらない。 自分にとって大事なものがよりはっきりしてきたが、 かといって固執なく、とても気楽になっている。 R3行くまで、これだ!と思っていたものの輪郭がやや変わってきている気がする。 あと、これまでは、人と分かり合おうと言語を尽くしていたと思うが、 今は、それはいらないのだと感じている。 相手やチームに流れるエネルギー、スペースを捉えるほうが 実はもしかすると、もともと得意だったのかもしれない、と感じる瞬間があった。 何かにとらわれて(先入観とかロジックとか)、スペースを読むことをあきらめたとき、私の場合、最も何かを失っている(きた)ような気がする。 もし大事な人が、隣で無言でコーヒーをすすっていたら 今までだったら、話しかけずにいられない衝動にかられただろう・・・ 今は、"超おいしい"ポジションに自分はいると感じ、ほっておく。でもぼんやりそのエネルギーとその人のエッセンスを見ているだろう。 あと未来の自分と存在意義について・・・ 誰が何と言おうが"自分がやりたいこと"するということに、これまで相当エネルギーを割いてきた気がする(未来の自分、なりたい自分)。 で、世の中のニーズ、人に喜ばれることは、その次、副次的に自然に起こるものだと考えていた(存在意義、自分がもたらす影響)。 が、今は、最大に自分がやりたいことをしよう、そうなくては駄目だという執着が、時になにかを奪っていたことにも気付く。 このR3中に私は、 これまでなら絶対死んでもやらないことを人前でやってみて、それが人から見れば大したことがなかったり、逆にチャーミングに見えることも発見。 それがけっこう喜ばれたことにインパクトがあることにいい意味ショック・・・そしていつもより人とつながれた。 自分ではえっそんなことで?と思っても、実際とても喜ばれることってあることに愕然とした。 そんなふうに、<本物の自分>と<周りの喜びと期待>を 両輪、両目のように大事にしたいなと思った。 自分はコーチのときに、 最も世に喜ばれていると感じている。が、世の中的には、どうなんだろう? 暗闇の中に光をもたらす(そして、光が主流になるまでともにいる)コーチングをしていきたい、それが魂レベルでのギフトと信じていたけれど、 世の人々が、スペース側が私に期待していることはなんだろう? さて、R3から帰ってきたら、 上級コース生(プロコーチ目指す訓練生)から、アドバイスがほしいと便りが来ていた。 私より優れたBeingをお持ちの方なので、ちょっと意外であったが、 私でお役にたてるなら本当にうれしい。 やってきたDoingのシェアもさながら、どんなコーチになりたいがゆえに今歯がゆいのか聴いてみたいし、それは非言語なスペースやエネルギーも楽しみたいと思う。 そんなふうな自分を創ってくれたR3と神楽トライブ(仲間)に感謝。
2009年02月25日
出遅れましたが・・・ 現在 うお座の新月 2/25(水)10:35 ~ 2/27(金)10:34です。 お願いのタイミングですよー。 お願いのコツは、 自分がどうなりたいか(他人をこうしたいではなく)のようです。 私もボイドタイム前にリストしてみます。 (なお、できるだけ”手書き”がいいようです) さあ、みなさんはどんなお願いをされるのでしょう?? ====================== http://mixi.jp/view_event.pl?id=39900454&comment_count=941&comm_id=5840 より抜粋・転載です。 ●願うタイミング● ・基本的には、新月直後~48時間以内です。 2/25(水)10:35 ~ 2/27(金)10:34 ・強いパワーが働くのは新月直後~8時間以内です。 2/25(水)10:35 ~ 2/25(水)18:34 ・この48時間の間で、気をつけたほうが良い時間帯「ヴォイドタイム」は、 2/26(木)15:09 ~ 2/27(金)06:24 です。 ヴォイドタイムは、間違いが起きたりしやすい時間帯です。 その間に願い事をするのであれば、 より慎重に、注意して行ってください。 (くわしくは、http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=8835812を。) ※時間帯について、あまり神経質にならないでください。 願うときの心の状態も、影響します。 新月の直後であれば普段よりぜんぜんエネルギーが違います。 ●実現しやすい願いごとキーワード: 想像力、内なる幸福感 霊的敏感さ、信仰深さ・精神性 霊的癒し、慈愛の心、被害者意識の解放 ・・・など。 ●主な願い事カテゴリ: ・幻覚をプラスに活用する願い事 ・喜びを増すための願い事 ・霊的敏感さを磨く願い事 ・大いなる力と接するための願い事 ・霊的癒しを得るための願い事 ・無条件の愛を促す願い事 ・被害者感覚を解放する願い事 ●関連のある身体の部分・症状: 風邪、足・外反母趾、リンパ腺、中毒 ※キーワードにこだわるよりも、 自分が望む願い事をしてください。 叶い易いことではなく、叶えたいことを願うのです。
2009年02月25日
私ではなく、ビックイシューの販売者さん(路上生活中の方)が昨日から4日連続、FM東京 21:00-21:30で出られるそうです。私がよーく知っている販売者さんいれば、あまり知っていない方も いるかもしれません。どんなことを話すかもわかりません。いずれにしても、我が家(足立区谷中)は電波障害があり、昨日は・・・内容がほとんど聞けませんでした。エネルギーレベルでは、あれ、もっと聞けるのに・・・という感じがおこりました・・・が、電波を受け取れる方がいたら、ソースしながら聴いてあげてみてください。ちいさな想いが届きますようにウッチー
2009年02月24日
苦しく傷ついた人の傍に佇むことは私の名前(優子)の通り、自分には比較的難しいことではない、むしろ喜びである。しかし苦境になく普通の状態の人に対して、好き嫌いが激しい私がとりうる、優しさのかたちとはいったい? 万人に優しいというのはやはり自分には理想で、今はまだそれに魅力も感じないけれど、一人でなく複数に同時に思いをかけられる人にはなりたいと思う。そして、ひとつマチルダの詩の例から、改めて「思い出した」ことがある。コーチもクライアントのそばに「ともにいる」だけでいいということを。解決しようとか、どうにかしようとか、文脈を正しく理解しようとかをコーチは考える必要はないということを。確かプロ養成コースでとことん訓練されたはずなのに、最近学びが起こることを意識したり、問題解決に走っていた・・・初心に戻ります。======================= (心のともしび) http://www.tomoshibi.or.jp/tv/info.html 真の優しさBy シスター 渡辺和子 人間たくましくなくては生きていけない優しくなければ生きる資格がないといったのはレイモンド・チャンドラでした弱肉強食と同じ意味で、勝ち組 負け組 日本の国で使われています確かに生きる力は必要ですけれどもそれ以上に よく生きる力人間として人間らしく生きる 思いやりを持った優しさというものが必要です生きる資格としての優しさというのはどういうものか?それは決して柔弱者とかひ弱さとかではなくて、自分自身と闘ってられる強さ、それに裏付けられているものだと思いますあるとき一人の学生が話にきて、いろいろ話したあげく、シスター、私の彼はとても優しいのですと言いましたご馳走様と思いながら、どんなにやさしいの?と訊きましたら携帯をかければどこでも来てくれる ほしいもの ねだれば大抵のものは買ってくれる と申しましたのでそれではひとつテストしてみてくださいあなた方ふたりが 手をつないで降りたプラットフォームたまたまエスカレーターもエレベーターもない駅だったそしてあなた方二人の前を お身体の悪い方が荷物をもって歩いてらっしゃるその時にあなたの優しい彼がどうするか見てちょうだいあなたとの手を振りほどいて その方のお荷物を持って上までお連れする人なのかそれともあなたとの手をこんりんざい離すまいとして見向きもせず二人だけで歩いていこうとする人なのか もし前者ならばその人は本当に優しい人だと思うでも後者だったら、もうそろそろお付き合いをやめてもいいかもしれないと申しましたら、その学生は今度試してみますといって帰っていきましたこれは20世紀の社会心理学者 エーリッヒ・フロムという人が、「愛するということ」という本の中に書いていることでもともと愛とか、優しさというものは特定の人にのみ向けられるものではなくてもし人が一人の人だけに優しくて他の人々に冷淡であるとすればそれは本当の優しさではなくて、エゴイズムだと書いております本当の優しさというのは、ある特定の人に対しての優しさではなくて全世界とのかかわりにおいて優しい、ということでなければいけないと思うんですマザーテレサがよく、愛の反対は憎しみではありません、愛の反対は無関心です とおっしゃっておりました憎しみは愛の反対語であり、憎い人はかわいさ余って憎さ百倍というように 気になるものでございます ところが無関心はそこに愛のかけらもないその人の存在さえ認めようとしない 関わりあいを一切持とうとしない そういう姿でこの無関心が今日本に蔓延しているときに私たちは全世界とのかかわりとしての優しさを育てていかなければいけないと思います優、やさしい とは 人ベンに憂いと書きますそれは憂の傍らに佇んでいる人の姿をそのまま表した字です私自身が憂いをもって心配事、苦しみをもっておりましたときに、その憂いととともに生きましたそして少~し優しくなったと思います人様の場合にも、その方の羽振りがいいときに傍についているけれどもその方が落ち目になったときに離れ去っていく その人はその方の憂いの傍らに佇む優しい人ではありません遠藤周作が「聖書の中の女性たち」という本を書いていらっしゃいますけれどもその中に 白血病のために11歳で死ななければならないマチルダという少女の詩が載せられている私の喉が痛いとき あの子の喉も痛み私が夜咳をするとき あの子も目を覚まして咳をしている私がママにしかられて泣く時 あの子も私と一緒に泣いている夕日に映る私の影法師のように あの子はいつも私と一緒だマチルダにとってこの何度もでてきる「あの子」は、イエス・キリストでした。苦しむ人と苦しみ、泣く人と泣く喉の痛みを奇跡的に治すでも 咳を止めるでもないママのしかるのを止めさせるのでもないいつも私たちとともにいるエマヌエルとしてのイエスさまのお姿がこの11歳のマチルダの詩によく表れておりますそしてイエス様ご自身が自分のお言葉で マタイの9章だったと思いますけれど医者を必要とするのは健康な人ではなくて病人である私が来たのは正しい人を招くためではなく、罪びとを招くために来た私たちが罪びと又は心や身体を病んでいる「にもかかわらず」愛してくださるのではなくて私たちが心や身体を病んで「いるが故に」愛してくださるイエス様のみ言葉だと思いますよく自分は罪深いから洗礼を受ける資格がないとおっしゃる方がございますけれども私が申し上げたいのは、いや、罪びとだから「こそ」イエスの身許に近づく権利があるのですよ私もそうでした ということでございます足跡 フットプリンツ という詩がございますある夜 一人の人が夢をみましたそしてその中に自分の生涯が映し出されておりましたそこには いつもふた組の足跡がついていたんですひと組は自分の足跡そして もうひと組は、主イエスの足跡でございますところが ところどころ 足跡がひと組しかない場所があるそしてその時、実は自分がいちばん苦しみ、辛い思いをしていた時だったそれを考えて この人は主に話しかけます主よ 私があなたに従う決心をしたときに あなたは私におっしゃいました私はけっしてあなたのそばを離れない いつもあなたと一緒にいるなのになぜ わたしがあなたを一番必要としたその時に限って 私をお離れになったのですか すると主はお答えになります私が愛する大切な子よひと組しか足跡がなかったとき 私はあなたを私の肩に背負っていたんだよ私は決してあなたを見捨てることはなかったこの詩にあらわれておりますように 実は私たちが悩んでいるとき、悲しんでいるとき一人ぼっちではないかと思うときに主が一番近くにいてくださる私たちを背負ってくれてくださるかくて真の優しさというのは 一人の人への優しさではなくて 全世界との関わりとしての優しさだということそしてもう一つの特徴は 見捨てられた人を 決して見捨てないともにいる優しさ ということだと思います
2009年02月17日
「私もよろこんでコーヒーカップを口元まで運んでいきながら、父を殺した人の前でコーヒー一滴も飲めないその時おもったのは、人間というものは心でまたは頭で赦しても、体は赦さない」「頭だけで、心だけで、思っているだけではダメなんですね自分の口の中で、小さな死 とつぶやく 自分が小さな死を 意味あるものに変えることができる人に殺されるのではなくて、自分が主体性を持って死ぬんですしかもそれは意味のある死にかえることができる」(渡辺和子)======================= (心のともしび) http://www.tomoshibi.or.jp/tv/info.html 小さな死By シスター 渡辺和子 わたくしが小学校3年生、9歳の時のこと 昭和11年2月26日の朝1台トラックに 30数名の陸軍の青年将校たちのってやってきた私の家を襲撃 私の目の前で父を殺し 引き上げていった2.36事件とよばれる昭和のクーデター これを堺に日本という国は戦争へひた走っていくことになる悲しくつらい出来事朝6時前 とこを並べていた父 ほんの数分間の間に冷たい骸に 雪の降り積もった 真っ白な雪の上にてんてんと残った血の跡 軽機関銃の光景と音を一生の間きっと忘れない同じ部屋の物陰からみていた9歳の私にいろいろなことを教えてくれたひとの命ははかない 強く優しく私が大好きだった父 ほんの数分で死んでしまった命のはかなさと尊さを知った自分たちの目的を遂げるために手段を選ばない人の心の恐ろしさを教えてくれた人を殺すのは必ずしも43発の鉛の弾ではなく、その軽機関銃を打った人、その背後の打たせた人の心だ わたしたちが心に平和をもつことの大切さを教えてくれた父が亡くなりいろいろ苦労もいたしました18歳の時にカトリック洗礼を受け30歳になるまで家計を助けるため働いて修道会に入ったその前後 よくあなたは父を殺した人を恨んでいますか、恨んでいますか?と尋ねられる度にいいえ、その方たちのお考えがあったことでしょうから と答えていたがところが、修道院は入って20年たったころでしょうか関西のあるTV局 唯一の生き残りとして2.26事件 恐ろしさぜひ語ってくれとお願いされて 何度も断ったが しかたなく局に行ったびっくりしたことに 私の何の断りもなく 父を殺した人も呼ばれていた二人の間に話があろうわけがない気を聞かせてくれてTV局の人がコーヒー出してくれた朝10時ごろだったから、私もよろこんでコーヒーカップを口元まで運んでいきながら、父を殺した人の前でコーヒー一滴も飲めないその時おもったのは、人間というものは心でまたは頭で赦しても、体は赦さない同時に、私の中には父の血が流れている ちょっとうれしかったことも覚えている父を殺した人を心から赦す、といことはいうのは簡単 実際なかなか難しいしかし、もっともっと難しいのは、日々の小さなことで、自分を傷つけたり、悪意の塊でしかない人を赦せるかということだと思います私が修道院入ったとき 目上の方に イエスのように十字架の上で死ぬ覚悟できているといったいいえ、あなたの十字架は、毎日毎日、針の先でちくちくさされる しかも笑顔で受ける人知れず受ける小さな苦しみを 悟られず受けていくのだといわれた修道院入って50年 今経つ 小さな死 を自分のひとつのモットーにしているそれは人が誰もが迎えなければいけない 大きな死のリハーサルを毎日繰り返すリハーサルすればするほど本番が落ち着いてパフォーむできるように毎日の生活の中で 小さな死をことあるごとに繰り返すことにより しかも美しく繰り返すことによりもしかしたらば 大きな死を 心静かに 美しく迎えられるのかもしれないわかりませんけれども身体の不調とか 難しい人間関係とか 人に話さなければならない いやなこと 腹がたつことひとつひとつ逃げないで自分らしく受け止めていくもう一つ大切なのは、頭で小さな死を遂げるのではなくて、口の中で人に聞こえないように小さくつぶやくこと自分の経験 頭だけで、心だけで、思っているだけではダメなんですね自分の口の中で、小さな死 とつぶやく 自分が小さな死を 意味あるものに変えることができる人に殺されるのではなくて、自分が主体性を持って死ぬんですしかもそれは意味のある死にかえることができるやぎじゅうきち神のように赦したい花のようになったらば神にささげたい自分に投げかけられる苦しいこと、いやなこと、つらいことを温めていつの日かお花のようになったときに神にささげるキリストは死んで生きる道を示してくださいました小さな死を 日々繰り返すことで詩が豊かな実りを私の祈り、小さな犠牲を必要としている人たちのために 豊な稔となるおうに願いながら生きていきたい
2009年02月15日
今日は埼玉県東松山の実家に戻っている(そろそろ東京に戻る時間・・・)。午前中スカイプで友人と話しているとき、小鳥のさえずりが入っていて、いいところに今いるんだねっていわれた。そう、ここは、いいところと最近改めて思う。リーダーシップのリトリートの基地より、裏の雑木林には水(沼)もあり、水中や水辺の生きものがいて、やや神秘的かもしれない。東京にいる意味が薄れつつある、というか、東京にいる意味はもうない、ということばが先週、無意識に口からでてしまい、驚いた自分がいた・・・。そう、先週末は、山梨の都留にいて仲間と自然の中を愉しんでいた。その前は、足柄のProject Adventureにいて、やはり森に囲まれていた。今週は一人、童心に帰って、実家の裏のこの雑木林で遊ぶ。25-26年前くらいまでは毎日親しんだ木たちはとても成長していて、幹が驚くほど太くなっている。小学生のころは学校からかえりランドセルを放ると日が暮れるまでここで毎日飽きずに遊んでいたものだが、中学に入ると部活や塾や勉強やおませな恋やらでこの雑木林を忘れた。高校、専門学校、仕事と大学、ワーカホリックな生活の中で、すっかり忘れていた場所に、ようやく戻ることができた。最近は木の豊かな幹をみるとホッとする自分がいる。裏の雑木林の沼からは、田んぼへ水を引いていたが、タナゴとかクチボソとか、沼エビとかがいたが、もう絶滅だろう。住宅がたってきたりで、水質が悪くなって、水量も減って、沼に今は大きなコイが5-10匹くらい、水の澄んでないなかでもぞもぞいる感じた。でもそれでも、沼に生きものがいることは、水は濁ってはいるけれど、まだ死んでいないと希望をくれる。私は、沼の中心にむかって垂れ下がるように、だがしっかり生えている幹によじ登って、下の沼に落ちないようにして幹にしっかり座って、沼の声や周りの雑木林をしばらく眺めていた。木に登る、下は沼・・・ちょっとしたアドベンチャーであり、わくわくする。エネルギーで満たされる。これからどう生きるのか? 不要なものが東京の家にも埼玉にもたくさんある、手放して生きたい。数日前に気が変わり髪を切ったのだが、まさに当時おかっぱきょうだい、と呼ばれた子供の頃のヘアスタイルにもどっているしかも、それが未来の自分(20年後)とほぼ同じ髪型だなんて我ながら笑える。テニスコートが近くにあって、今日は試合のようで活気がある。ここのエネルギーは高く、いわゆるパワースポットなのかもしれないといまさら感じている。せりをつんだ。夕飯にしよう。カエルの卵が小川にある、子供のころはしつこく両手で触ったものだが、今回はいいや。
2009年02月15日
おかげさまで3か月連続!満席御礼(定員15名)の見込みです。 予備席ご用意で、残席僅少です。 今月もご希望してくださる方、ありがとうございます。お申し込みお急ぎくださいませ。 ◆コーチング・スクウェア(第34回) http://www.coachingfellows.jp/square/square20090227.htm 日時 : 2009年2月27日(金) 下記場所の5階504号室 19時00分~20時45分 場所 : 東京都千代田区神田錦町3-21 ちよだプラットフォームスクウェア 東京メトロ東西線 竹橋駅から徒歩5分 三田線/都営新宿線 神保町駅から徒歩10分 JR神田駅西口から徒歩15分 http://yamori.jp/modules/tinyd2/ (ページ下方に地図等が掲載されています) TEL:03-3233-1511 定員: 15名(先着順の受付。定員になり次第受付終了) 費用: 1,000円 申込先:mailto: fellows3@coachingfellows.jp ◆コーチング・スクウェア(第35回) 2009年3月25日(水)19時00分~(未定) * ↑3月は内田が当番(リード)です。 ふるってご参加くださいませ。 ◆コーチング・スクウェア詳細(最新のメルマガより) http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1077496491&owner_id=14268531 =========================== <お知らせ> 内田はただ今、無料サンプルセッション(40分)を随時受け付けております。 コーチングとは一体どんなものか?体験してみませんか? エグゼクティブ、ビジネスパーソン、フリーランス、失業者 ホームレスさん、年齢20代~60代、男も女も、テーマもビジネス、職場の人間関係、キャリア、恋愛、家族・・・人生全体のすべてのすべてー、テーマ実績ございます。
2009年02月15日
不景気のあおりか?気にしたことがなかったが、 一般の新規クライアントさんからのご依頼が減っている。 が一方、 私をよく知るコーチからの緊急単発セッションのご依頼を受けることが先週立て続けにあった。 たった3件かと思われるようなことかもしれない。 だけれども、これまでのようにバーター、練習、サンプルではなく、プロのコーチ自身が自己を緊急に見つめてたいということで、私のコーチングを有料(感覚的に決して安くないだろう)で、あまたいるコーチの中から選んでくださったのがこれまでとはっきり違う。新しいステージだ。ありがとうございます、そしてとても有り難いです。 またコーチやコーチングを勉強している方たちから、 コーチング・スキルやコーチのあり方の点で、考え方を聴きたいとのお問い合わせをもらうことが増えたことも、たいへんありがたく嬉しい。 プロコース訓練中は、自分で言うのもなんだが、相当いろいろやった(ウェブライブラリーという耳で聴く教材をほぼすべて書き起こして覚えたり、毎日1000本ノックやったり、独自の勉強会や原書購読したり・・)だから、コーチング理論の理解は自信を持っている。もちろん自己流の解釈もあるし、絶え間なく発展途上ではあるけれど、私でよろしければシェアしていい範囲(コピーライトとか)なら、いつでも喜んでさせていただきたいと思っている。 加えて今、別の理論(システムシンキングやリレーションシップコーチング)も使っていることからもシェアできる。 (スカイプや電話会議も歓迎です)
2009年02月15日
内田のマイブームのシスター渡辺和子さん 彼女のどこが好きか? 根っからのクリスチャンでないこと。 大人になってからの洗礼であったことが私と同じこと(違いは、私は洗礼クリスチャンのまま育たなかったことだが・・・)。 彼女も7年もキャリアウーマンだったこと。知的で行動力があること。 柔和だが、実は気性も激しいところがうかがえるところ。生な人間であるところ。人生の深さ(光も影も大事にされている)を感じさせるところ。 プロフィール 昭和2年、北海道・旭川に生まれる。父親は後の教育総監・渡辺錠太郎氏。9歳のとき、二・二六事件により父親が目の前で銃弾に倒れる姿を目撃するという衝撃的な体験を負う。 その後、雙葉高等女学校、聖心女子大学を経て、昭和29年、上智大学大学院を修了。7年間のキャリアウーマンの時代を経て、昭和31年(29歳)ノートルダム修道女会に入会、シスターとして暮らす道を選ぶ。アメリカに派遣されボストン・カレッジ大学院にて哲学博士号を取得後、帰国。同38年、36歳という異例の若さでノートルダム清心女子大学学長に就任する。 活躍の陰では相当の風当たりや苦労に悩まされ、50歳の時にはうつ病も経験。しかし病を乗り越え学生たちを温かく指導するかたわら、教育者として、シスターとして多方面で功績を残す。現在ノートルダム清心学園理事長。 昭和59年にマザーが来日した際には通訳を務めた。 ============================= 講和: 心のともしび http://www.tomoshibi.or.jp/tv/info.html 一人一人の魂への愛 (書き起こし) http://plaza.rakuten.co.jp/lilyandrosy/diary/200902140000/人間理解について(書き起こし) http://plaza.rakuten.co.jp/lilyandrosy/diary/200902120002/自分を愛するということ(書き起こし) http://plaza.rakuten.co.jp/lilyandrosy/diary/200902120001/
2009年02月15日
こちらも、書き起こしてみました。 この世で、役立たずのように見えた人たちが、その最も大切な瞬間、死を迎えるときに、「愛された」という思いを抱いてこの世を去ることができるためなら、私は何でもしたいと思います。(マザーテレサ)本当に私もそうです。そして、私はさらに、死を迎える最期だけでなく、より早い段階で、「愛された」という思いを人々が抱いて、よりよくより長く生切る可能性を、コーチング(時にヒーリング)を通じて探っていきたいと思います。======================= (心のともしび) http://www.tomoshibi.or.jp/tv/info.html 一人一人の魂への愛By シスター 渡辺和子 9月5日はマザーテレサのご命日にあたります。マザーが日本においでになって、岡山の教会でお話をしてくださったときのエピソードひとつお話をしたいと思います。マザーがお話をなさった後で、ひとりの男性の方が質問をなさいました。自分はマザーテレサを大変尊敬しているけれども、ひとつわからないことがある。マザーのところには十分な医薬品もないし人手も足りない、なのに、なぜ、その不足がちな薬や人手をそれを与えたら健康を取り戻すかもしれない、よくなるかもしれない、そういう人たちに与えないで、与えたところで死ぬに決まっている、そういう人たちに、与えるのですか?という質問でした。それに対して、マザーテレサが静かに、しかし毅然としてお答えになりました。私は与え続けます。なぜなら、私たちの『死を待つ人の家』に連れてこられるホームレス、路上生活者の人たちは、誰にも看取られないで死んでいこうとする人たちは、まず生まれた時から望まれないで生まれた人たちなんです。中絶をしようにもお金がなかったし、また気がついた時にはもう中絶をするには遅すぎた、そこで仕方がなく産んで、産み捨てられた人たち、人間以下の扱いを受けて過ごしてきた人たち、その人たちが今、死のうとしている。それを『死を待つ人の家』に連れてきてもらって、先ずは名前、そして宗教を訊ねてもらう。それから汚れている身体を清拭してもらい、今まで飲んだこともないお薬を惜しげもなく与えられ、今まで受けたこともない温かい看護を受けて死んでゆく。人によっては数時間後、10数時間後、数日後かもしれないけれど、その人たちが殆どといっていい間際に「ありがとう(Thank you)」といって死んでいくんですよ。中には微笑みさえ浮かべながら死んでいく人もいるんです。本来ならば、産み捨てた親を恨み、冷たかった世間を憎み、助けてほしいと願っても助けてくれなかった、神も仏もあるもんのかと、そんな思いを抱いて死んでいってもかまわない、その人たちが「ありがとう」と感謝して、親を赦し、世間と和解し、そして、やっぱり神様仏様はいらっしゃる、その証拠に、こんなに私は温かく看護してもらった、そんな信仰を取り戻して死んでいくことができるとしたら、そのために使われた薬・人手ほど、尊いお薬の使われ方、人手の使われ方はないじゃないのではないでしょうか、とおっしゃいました。わたくしも自分も通訳をしながら、自分が7年間修道院に入るまでキャリアウーマンをしておりましたもんですから、合理性、効率性、そういうものをとかく考えがちでございましたけれども、このお話を伺って、お薬、人手というものは、必ずしも患者、または弱っている人たちを良くする、強めるというだけでなくて、本当に「愛された」という思いを持って死んでいくことができる、この世と和解して、ありがとうと感謝して死んでいくことができる、そういう役目も果たすことができるのだとしみじみ思いました。このお話をなさった後で、マザーテレサが感に堪えない表情で"It is so beautiful"(それは本当に美しい光景です)とおっしゃったんです。美しいという言葉と奇麗という言葉とは表現しているものが違うと思います。マザーがおっしゃったお言葉の中に、こういう言葉がございます。私はいつも死にゆく人々の最後の眼差しを心に留めています。この世で、役立たずのように見えた人たちが、その最も大切な瞬間、死を迎えるときに、「愛された」という思いを抱いてこの世を去ることができるためなら、私は何でもしたいと思います、とマザーはおっしゃっていました。そしてマザーテレサがなさったこと、今その後を継いでシスターたちが、又はボランティアの人たちがしていること、それは結局このことに尽きていると思います。確かに、体を癒し、お薬を与え、そういうこともございますけれども、それらが何を意味しているかといえば、ひとりひとりが「愛された」という思いを抱いてこの世を去っていくことができる、そのための『死を待つ人の家』でのお仕事だと思います。一人の日本人のお医者様が、マザーテレサのところにボランティアとしてお出でになって、お戻りになってから、テレビでお話しをなさったのを私はたまたま聞いたことがございます。その時にそのお医者様は、マザーテレサのところには、視るべき医療はなかったけれど、真の看護がありましたとおっしゃって、私はそのお言葉にたいへん感銘を受けたことがございます。日本の診療所でしたらば、どこにでもたくさんあるような注射器、医療器具、そして薬局には山のようにあるお薬、そういうものはマザーのところにはなかった。でもそこには真の看護ありました。看護の看という字は、手と目という二つの漢字が合わさってできております。どれほど医療機器が発達して、そしてそれは勿論看護師さんたちのお時間を助け、手間を省かせて、すばらしいものだと思いますけれども、もし、あまりにも医療機器に頼りすぎて、看護の原点である、温かいぬくもりのある手と、優しい眼差し、それが看護の世界で忘れられているとしたら、それは本末転倒といわれても仕方がないと思います。イエス様がこの世においでになった、ということは、とりもなおさず一人ひとりの人間が、「愛された」という思いを抱いて生きてそして死んでいく、そのためだ、といっても過言ではないと思います。そのためにイエス様は十字架についてくださいました。マタイの25章に有名なお言葉がございます。あなたたちは私が飢えていた時に食べさせ、喉を乾かしていた時に飲ませてくれた、裸のときに着せてくれ、病気の時に見舞ってくれた。私の最も小さな兄弟姉妹にしてくれたことは、私にしてくれたことである。マザーテレサが、そしてそのシスターたちがしていることはこのことだと思います。それは飢えている人に食物を与え、乾いている人に水を与える、ということだけではなくて、つまり、そういうことにより、その人たちが「愛された」という思いを抱き、かまってもらえた、という喜びを味わって、本当に安らかな、穏やかな死を迎えることができる、そのための例をお挙げになったんだと思うんです。で、わたくしもマザーテレサのお薬と人手のお話を伺って、しみじみとこのイエス様のこのお言葉を思うことができました。そしてわたくしもできるだけ、このみ言葉に沿って、人々に「愛された」という思いを抱かせることができる生活を送りたいと思っております。
2009年02月14日
こちらも、書き起こしてみました。昨日から私がまさに直面していた課題にヒントがありました。言葉が醸し出す誤解というものにも心を留めないといけない。私たちはそもそも別人格であり、そもそも相手を100%理解することは不可能。それを認めたうえでの、相手への尊敬と愛と信頼。=======================(心のともしび)http://www.tomoshibi.or.jp/tv/info.html人間理解By シスター 渡辺和子ある教育講演会で話をした時のことでした。教師の心に生徒への愛と信頼があるかないかによって生徒は変わるということを、ある高等学校の事例を引いてお話をいたしました。長野県のある高等学校は全国から問題のある学生が集まって、立派に学業を終えることで知られておりました。その秘訣の一つとして、わたくしが感銘を受けたのは、そこでは教師たちが生徒たちを、「しか」ではなく、「なら」で評価するということでした。あの生徒は、足し算「しか」できない といわないで、あの生徒は、足し算「なら」できるよ という評価をする。それは、教師の心に、生徒のできないことを強調するのではなくて、生徒のできることを強調する、信頼と愛があったからです。言葉の問題だけではなくて、教師の心が180度違ったのだと思います。その話をしていて、私も少し悪乗りをしたんだと思いますが、あの子はいたずらしかしない でなくてあの子はいたずらならよくできる ということも言ったと思います。で、わたくしは、この「しか」と「なら」をとても感銘を受けて読みましたのは、私自身が修道院にはいるまえ、7年ほど仕事しておりまして、非常に大きな修道院に配属されていた期間が長くございまして、小さな修道院に配属されて、ひとりひとりが料理当番を受け持たねばならないときに困りました。私ができることは目玉焼きをつくること。一人のシスターが、シスター渡辺は、目玉焼きしかお作りになれない、とおっしゃったのに傷つきました。ところが、他のシスターで、シスター渡辺は目玉焼きならできるわよねといってくださって、とても救われたものですから、この高等学校の事例がそれだけ心に響いたんだと思います。この教育講演会が終わりまして、数日経った時に、わたくしは一通のお手紙をもらいました。それは一人の母親がお書きになったもので、私はシスターの講演会出ていました、そしてシスターの話を、そうだそうだと相槌をうって聞いていたんだけれども、シスターが「しか」と「なら」の話をして、「いたずらならできる」と締めくくったときから話は自分の耳に入らなくなりました。なぜなら、私には、重度の障害を持った子供がいて、その子供は、いたずら「すら」できない、いたずら「さえ」できない子どもなんです。私はその手紙をもらって、びっくりしました。思いがけない手紙だったんです。その手紙に住所と名前を書いてくださっていたので、お詫びのお手紙を出しましたし、わたしたちは、知らず知らずのうちに、自分の言葉で傷つけていることがあるのだとしっかりと心に刻みました。確かに言葉は人間のみに与えられた貴重なコミュニケーションの手段だと思います。黙っていてはわからない、話せばわかる、ということを、わたくしたちはよく申しますけれども、話したが故に誤解を生んだ、黙っていればよかったのにと思うことも多々私どもは感じております。同じ言葉を使っても誤解が生じる、ということを、わたくしは経験しました。あるとき講義のなかで、若いお医者様のお話をいたしました。その方が、自分は病気を診る医者になりたくない、病人を診る医者になりたいとおっしゃったことに大変心を打たれた。近頃どちらかというと、ほんとうに短い診療の時間に、相手の患者さんの顔さえあまり見ないで診断をお下しになる方があるやに聞きますけれども、このお医者様は、病気を診るのではなく、病人を診る医者でいたい、とおっしゃったんです。で、その講義が終わりました後、一人の学生がわたくしのところに参りまして、私の父は医者ですが、先ほどシスターがおっしゃったことと真反対のことをいいます。自分は病気を診る医者で、病人を診る医者ではない。私は困りまして、その学生と話をいたしました。そしてわかったのは、その学生のお父様は、病人を見ていると、ああこの人はもう随分とお歳を召している、一方こちらは若く何人か家族がいる、なんとかして治してやらなければ、という気持ちを持たないでもない。またはこの人は、お金が十分にあるから、 あの治療をしてもあの薬を出してもいいだろう、それに比べて、こちらの人には、無理だと思う、そういう気持ちが起こらないでもない。だから私はできるだけ病人を見ないで病気を診ることに徹したいのだ、というのがその学生のお父様のお気持ちでした。言葉は病気、病人です、しかも反対に使われております。しかしながら、この二人のお医者様にあったものは、あたたかい心遣いと人間愛だった、共通したものがあったと気づきました。そして、長く話したら、洗いざらい話したら、ぶちまけたら、それで相手がわかってくれるか、自分も相手を理解できるかというと、けっしてそうでないと思います。確かに、時間をかけてゆっくりと話すこと、隠し立てしないで話すことは大事だと思いますけれども、私たちは別人格でございますから、相手を100%理解することは不可能です。これは、柴生田 稔とおっしゃる歌人が、折々のうたというものに掲載されている歌でありますけれども、今日しみじみ 妻と語りて一致する 夫婦はついに他人ということ別人格である二人が、しみじみと話し合った、その結果として、お互いは100%理解しつくすことはできない他人であるという結論で一致した。しかもその二人がこれからも手を携えて結婚生活を続けていくということで、本当にこの二人の成熟した愛、大人の姿に感銘を受けました。エーリッヒ・フロムの言葉だったと思います、一人でいられるということは、愛する能力をもつことへの条件であるという言葉があります。私たちも、言葉がどれほど重要なコミュニケーションの手段であるかを気づくと同時に、その言葉が醸し出す誤解というものにも心を留めないといけないと思います。口から言葉が出る前には、私たちは言葉の主人です。でも、いったん口から言葉が出た後、わたしたちは言葉の奴隷となる、ということを忘れないで、丁寧に話すこと、相手を傷つけないように言葉を選ぶこと、そしてどれほど信頼しあっていても人間は弱いですから、100%理解し尽くすことは不可能だ、そこへ相手への尊敬と愛と信頼が生まれる。お互いが許し許される謙虚さをもって生きてきたいと思います。
2009年02月12日
おもしろかったので、書き起こしました。=============================(心のともしび)http://www.tomoshibi.or.jp/tv/info.html自分を愛するということBy シスター 渡辺和子あるとき一人の律法学者がイエス様に尋ねた全ての掟のなかで何が大事ですか?「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、あなたの神である主を愛しなさい」これが第一の掟である「隣人を自分自身のように愛しなさい」これが第二の掟であるイエス様はただ隣人を愛しなさいといったのではなく、あなた自身のようにといった。それはつまり、私たちは自分を愛することができなければ、人を愛することもできないといってもいいかと思います。自分を愛するということは、自分だけがいい思いをしようとする、得をしようとする利己主義ではありません。むしろ正反対で、損をしている自分、人とくらべてちっともぱっとしない自分、みじめな自分も、これがわたしだと受け入れて、自分をいじめたり、自分をさげすんだり、嫌ったり、あいそをついたりしない人そういう人をいいます。私たちは3つの対話をしながら生きているといわれています。神との対話人との対話自分自身との対話自分を愛するというときに、わたしたちは、自分に向かっておまえは本当に馬鹿だねー、あんなことをいって、あんなことをして、我ながら愛想が尽きる・・・でも、私が見捨てたら誰も拾ってくれないのだから、私はおまえを見捨てないよ。これからも仲良くしていこうね。という暖かい会話が自分と交わせることが、とても大切なことだと思います。もし私たちが24時間 嫌いな人、軽蔑しかできない人といなければならないとしたら、辛い思いをする。ところが、自分が好きな人、自分と仲良くできるひとといることができれば、機嫌がよくなるし、寂しい思いもしないで、仲良しの自分と仲良く暮らしていていくことができる。そういう意味でも、自分を愛するということは、自分を好きになることはとても大事なことだと思うのです。私たちの中には二人の自分がおります。一人は、ありのままの、有機体としての自分。病気もすれば年もとる。時には感情が激して、思いがけない言葉や態度をとることもある。もう一人の自分とは、自分がこうあってほしい自分であり、人にもそうみてほしい自分、自画像といってもいいかもしれない。感情的に激することのない自分、歳をとっていてもお若いですねといわれる自分、かしこいと人様に思ってもらえる自分。ありのままの自分と 自画像が大きいとき、その人は不自由になります。なぜ?というと、本当の姿をさらしだすことができない、隠さなければならない自分がたくさんあるから。あの時はこうだったから・・・と、いいわけの多い人になることがある。学生たちがデートから帰ってきて、ああ疲れた・・という。普段着の自分ではなく、よそゆきの自分でデートをしている。相手に気に入られるために 普段使わない言葉、しぐさをとったり、知ったかぶりをして疲れてしまう。普段着に自分でいることは、決して荒削りの汚いものでいることではない。洗濯をしたこざっぱりした自分。なるべき姿、あるべき自分というものに向かって成長していかないといけない。その姿を偽ることなく正直に出す、それを自画像としてさらす、不完全ささらす。私たちがありのままの自分を受け入れがたいエピソード・・・風と共に去りぬという映画スカーレット・オハラ ビビアンリーという美女 54歳まで生きた人どんなに美しい人でも歳はとる。ある日手鏡で自分の顔をみた。姿見だったらわからない自分が見えた小じわがよっている、肌がたるんでいることを容赦なく手鏡は写した見たくもない自分の姿を見たビビアンは手鏡を床にたたきつけて、割ってしまった。このエピソードを聞いて、わたしにもそういうところがある。できるだけみたくないところがある。できるだけ見ないで済ませたい。でも、手鏡を割ったところで、現実は現実なんだ。今の私を愛することがとても大切なんだということを気づかせてもらった。高見 順(たかみ じゅん) という人が「われは草なり」という詩を書いいる。われは草なり 伸びんとす伸びられるとき 伸びんとす伸びられぬ日は 伸びぬなり伸びられる日は 伸びるなりわれは草なり 緑なり全身残らず 緑なり毎年変わらず 緑なり緑のおのれに 飽きぬなりわれは草なり 緑なり緑の深さを 願うなりああ 生きる日の美しきああ 生きる日の楽しさよわれは草なさり 生きんとす草の命を生きんとす私がこの詩が好きなのは自分の伸びる力、成長していく力をしっかり信じているから。しかしながら、スランプに陥る日もある、その時は無理をしない伸びられる日は伸びると。そして自分は草として 全身すべて緑をその緑の己を飽きない、その自分を愛している緑の深きを願う 成長してより深い緑より美しい緑になろうとする人の命と比べるのではなく、自分の命を生きようとする。この世が美しく楽しいものになる秘訣があると思います。私もこの見栄えのしない草のような自分を愛し続けて、草の命を生きたいと思います。
2009年02月12日
髪の毛を切ってきました。美容院のチェアに座ってもまだ切りたい(いろいろなものを手放した新しい自分100%になりたい)、切りたくない(女性性を愉しみたい)の間で揺れたのでしたが最後、新しい自分にかけました。未来の自分の姿はショートボブ。彼女=Rosyは金髪なんだけれど、それはやめてみた。(美容師さんが、黒めのほうがいいと・・・)
2009年02月12日
15分のサンプル遠隔ヒーリング(無料/レイキを中心に)を10名様まで募集いたします。単発のサンプルを想定しておりますが、サンプル後、そのまま延長をご相談いただくこともできます(こちらは有料にて)。コーチングを受けていただくこともできます(こちらは有料にて:(コーチング料金:15分5000円、30分10000円、40分13400円)=====================================================================内田 優子 (CPCC)エグゼクティブコーチング、ライフコーチング、チームビルディング、エネルギーワーク、ソーシャルワークE-mail: yukomtuchida@r9.dion.ne.jp Skype ID: yuko.uchidaMobile: 090-5328-5663 Tel/Skype In: 050-5806-7758 http://plaza.rakuten.co.jp/lilyandrosy/<お知らせ>■コーチング体験会・セッション会 受付中(Coaching Fellows)2009年 2/27(金), 3/25(水) 19:00~=====================================================================
2009年02月11日
============================= ウッチーのエネルギーワーク教室 レイキ(Reiki/霊気)の基本を学ぼう 3月14日(土)10:00-12:50 セカンドディグリー: 遠隔治療の手法と実践、個人の成長、感情的心理的病気の治療 ============================= ■私ウッチーにとってのレイキ 私にとっては、コーチングもレイキもすごく似ているし、最終的には同じことを目指しています。コーチングのほうがより、短期的なドライブをかける感じではありますが。 最後は、本質の回帰のためであり、よりよく生きるための気づきを得るためであり、自他(ボディー、マインド、スピリット)への愛・いたわり・幸せな気持ちを取り戻し、自己成長することは同じです。 私のレイキ教室には、私をよく知るコーチ仲間、私のコーチングのクライアントや一緒に働いた同僚やそのご紹介者が、自己成長や自己・他者ヒーリングの手法として学ばれることが多いです。 人によっては、コーチングはなじまないけれど・・・レイキがよりなじむといわれる方も時々おられます。 ちなみに、私がレイキに出会ったのは、2008年4月、CTIでのプロコーチ養成のトレーニングを一巡終え、CPCCというライセンス試験の前のころでした。リーダーたち(先生のようなもの)のコーチングと自身のものを聞き比べて、格段に差がある部分・・・を自分なりに分析していて(2008年4月当時)・・・コーチとしての資質(直感、Level3傾聴/エネルギーやスペースを読む、信頼する力)を向上させたいと思っていました、が、そこを強化プログラムやすべが具体的にないので、もがいていました、それに代わるかもしれないと、レイキを知り試していったわけです。ファースト伝授を受けた翌日から、コーチングのスペースが広がった、声がしっとりしてきた、変ったねと仲間からいわれました。とはいえ、こうみえて私の性格はわりと慎重で、いっぺんにレイキに陶酔せず、石橋をたたきながら(笑)各ディグリーを毎月一つづつ終えならマスターを取りました。祖母がサイキックヒーラーだったことから、自分にはまったく未開な部分とはいえDNA的には確信をもっていたので、サードディグリーを終えて半年してからマスターをという最初についた先生のアドバイスをおして、他所にて遠隔アチューンメントと実習(ほぼ独習)で最短でマスターをとりました。その前後から、友人や路上生活者の方々に対してレイキを実践していきました。コーチングと同様に喜ばれ、クライアントが変わることを目にし、その経験からレイキは厳しい訓練はいらず、相手への愛があればできる(たとえ自分が乱れていても、レイキをすることでヒーラーとしても整っていくので大丈夫)ことを確信していており、レイキは、私はのびのび気楽にお伝えしています。 ■レイキ(Reiki/霊気)とは (一般論) 生命の根元エネルギー(大霊、気、プラナ、生命エネルギー、命、生気、神気、真気、大 愛、光 等)、またこのエネルギーを活用する手法・技術のことです。 チャクラ(エネルギーセンター)を中心に心身を活性化することで、ヒーラー(施術者) もヒーリー(被施術者)もエネルギーバランスを取り戻し、心身の健康が促進されます。 今回私が伝授させていただくレイキは、海外式レイキ(アメリカ、イギリス、ドイツ、 オーストラリア、ニュージーランド、インド等)で広く普及しているもので、肉体への作 用だけでなく、よりスピリチャルな次元で、自身や他者に関しての理解と気付きが促され るようになることも意識しています。 レイキの特徴は、強力な注意や集中はいらず、厳しい訓練もいらず、老若男女誰でもで き、そしてなにより実用的で相手から喜ばれることです。 日本では現在、レイキは健康法的な位置づけにとどまりますが、イギリスなど、海外で は、より進んでおり、レイキに医療保険が適用されている国もあります。 また、アメリカのMDアンダーソン癌センターでは、癌治療に代替医療としてレイキが活 用されているとのことです。 ■体験記 (私のクライアントが執筆) ちょっと古くて恐縮です。かつ編集が一部コーチングも混ざっておりますが・・・ http://plaza.rakuten.co.jp/lilyandrosy/diary/?ctgy=8 ■私がお教えするディグリー(段階、レベル)の内容 1)ファースト: レイキの歴史、レイキの手法と実践(チャクラへの手の当て方) 2)セカンド: 遠隔治療の手法と実践、個人の成長、感情的心理的病気の治療 3)サード: 高次元の意識・根源エネルギーとつながるヒーリング等 4)マスター/ティーチャー: ティーチャーとしてのアチューンメント方法 *各ディグリーとも、レイキのアチューンメント(エネルギー伝授式)が含まれます。 人によっては、アチューンメント中に、気付きや安らぎを感じることもあるようです。 ■開催予定 開催日 開催時間 ディグリー 会場(ちよだ) 3月14日(土) 10:00-12:50・・・セカンド ・・・・・ 500室 (5F) <開催決定 残席2名程度> そのほかのディグリーは個別にお問い合わせください。希望者が出た時点で部屋の調整と 募集を開始します。 ■参加資格 ファーストディグリーを終えているか、伝授が前後しても学ぶ意思のある方 ■会場 ちよだプラットフォームスクウェア(最寄駅:大手町/竹橋/神保町/神田) 地図:http://www.yamori.jp/modules/tinyd2/index.php?id=10 住所:東京都千代田区神田錦町3‐21 ■参加費 ファースト、セカンド、サードとも: 各20,000円 マスター: 40,000円 ■申し込み先 内田優子 レイキ マスター/ティーチャー エグゼクティブコーチ/ ライフ コーチ(CPCC) E-mail: yukomtuchida★r9.dion.ne.jp(★は@に変換して送信下さい) Mobile: 090-5328-5663
2009年02月11日
◆コーチング・スクウェア(第34回) 2009年2月27日(金)19時00分~20時45分 http://www.coachingfellows.jp/square/square20090227.htm ◆コーチング・スクウェア(第35回) 2009年3月25日(水)19時00分~(未定) ↑内田が当番(リード)です。ふるってご参加くださいませ。==================================<お知らせ>■内田サンプルコーチング(40分無料)実施中
2009年02月10日
2009年2月11日配信 コーチング・フェローズのメールマガジン第160号文責: 内田優子 毎月1日・11日・21日発行 ☆∵*∴★∵*∴☆∵*∴★∵*∴☆∵*∴★∵*∴☆∵*∴★∵*∴ ☆∵*∴★ ☆∵*∴★∵*∴☆ コーチング徒然草 ☆∵*∴★∵*∴☆∵*∴★∵*∴☆ ☆∵*∴★∵*∴☆∵*∴★∵*∴☆∵*∴★∵*∴☆コーチング・フェローズ☆ !転送大歓迎!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆質問する力(質問に命を吹き込むために)◆ウッチーのワンポイント・コーチ◆コーチング・スクウェア(第34回)ご案内 2009年2月27日(金)19時00分~20時45分 http://www.coachingfellows.jp/square/square20090227.htm コーチング・スクウェア(第35回) 2009年3月25日(水)19時00分~(未定)◆編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◆質問する力(質問に命を吹き込むために)最近たて続けに、どうしたら(コーチとして)質問がうまくなるのん?と聞かれる機会があったので、質問する力についてちょっと私なりの考えをまとめてみたいと思います。コーチングの用語、スキル的には、「拡大質問」のことです。結論から言うと、これだけの単発テクニックはない、と私は思っています。出来合いの拡大質問のリストも世にはありますね。(あるコーチ養成機関では別冊で販売されているようですし、CTIもテキストやコーチングバイブルに僅かに例として掲載あり)これらは息をのみ込むほど、よくできているので、焦ってしまうのではないでしょうか?あるとき、仲間がリストを縮小コピーして持ち歩いていました。それほどコーチングがうまくなりたいのだな・・・と個人的にはこの光景に胸が熱くなりました。私も、かつて全部覚えたいと願ったものです(でもできなかった)・・・プロコーチの訓練的には実際どうかというと・・・上級コース/プロ養成のコース(CTI)では拡大質問リストは全く使わなかった?と私は記憶しています。自分では応用コースのリストを出してきてちらっと眺めたりはしたけれど。より強調されていたのは、関連するコーチの資質(好奇心)やコーチのあり方だったと思います。こんな比喩/イメージに喩えたらいいでしょうか。出来合いの質問リストを覚えて使うことは、市販の英単語集(試験にでる単)の単語を覚えて、ネイティブスピーカーに向けて一生懸命使っているようなもの・・・相手からすると・・・あれその単語、文脈とズレてる? てなことにも。どんなタイミングで、どんな質問を、コーチがどんなあり方で、どんな資質とあわせて、クライアントのどんなところに向けて投げられるかがポイントだと私は思っています。タイミングについていえば、傾聴ができていないと、(Level2/ハードフォーカス、Level3/ソフトフォーカスの両方で。エネルギーを感じるのも傾聴)大事な言葉やエネルギーを瞬時に拾うことはできないし、柔軟に瞬間にダンスする力がないと、瞬時に質問をのせることができないし、コーチに好奇心がなければ、クライアントの世界をさらに拡げて、そこに質問をのせていくことはできない。また、コーチがどこに向かって好奇心を持ち続けるのかも大事。目の前の小さなひとことへの好奇心と同時に、クライアントの存在への好奇心、クライアントの究極の願いへの好奇心、本来の姿への好奇心・・・・そこへぐっと質問する。人生全体に向けて突っ込む。時に挑戦する。拡大質問については、私はプロ訓練中に実際やったことがあります。自身のコーチング(マイコーチ関京子さんとのセッション)を毎回録音して、後で録音を聞きながら(凄く恥ずかしい、私はどっぷりでよく泣くのです・・・)、うわーっつ、この質問、「クライアントとして」すっごくよかったな~、引き出したなー、パンチがきいていたー(本当に体験しているわけですから)というのものを、書き出してそれを自分のクライアントに対して真似ました。(当然フィットしなくて外すこともあり、そこからも学ぶわけです)ある時期は、コーチの言葉をセッション最初から最後まで全部書起こしました。そしたら、あれ?たいした質問なんてしてあまりない(頻度)?ともあるとき気が付きました。本当に拡大質問としてパンチがあるのは、60分に3~5回くらい?そしてパンチがあるかないかは、質問そのものというよりも、進行しているコーチングの文脈に完全に沿っているからなのでした・・・。ちなみに、別の何人ものCTIリーダー(先生)たちのデモセッション(教材で音だけある)も、何本も書き起こしたが、上記と全く一緒でした。拡大質問そのものは、リーダーといえども、連発しているわけではないのです。それが逆にコーチングとしてはいい! スペースがあっていい!拡大質問だけ踏んばることではないんだ、ということを知った経験でした。その後は、いい拡大質問するためにも好奇心という資質、レベル3傾聴、直感、指針(コーチングの方向性)にあった質問、大きな主題(願い)に向けての質問を大事にしていったのでした。あと、ちなみに、質問の後がより大事だと感じます。クライアントがどうだったか?というインパクトを見ていないと、拡大質問が実際どうだったのかは、本当にはわからないし、外れても、続けて傾聴をしていれば、なんか外した?といえばいい(笑)。◆ウッチーのワンポイント・コーチあなたはどんなコーチになりたいですか?どんなことをクライアントに願っているのでしょう?ただあなたの好奇心の場所から、気楽に相手に質問してみてください。そして、相手の反応をよく見て、今こそより鼻の穴と好奇心を拡げて、次の質問していきましょう。そして、もう一度、相手の反応をよく見て、更に、鼻の穴と好奇心を拡げて、次の質問していきましょう。======================================================================◆コーチング・スクウェア(第34回)ご案内お陰さまで毎回大変ご好評いただいているコーチングセッション会(コーチング・スクウェア)のご案内です。毎回、初参加の方(約1/3)、コーチングを以前から勉強をされている方の両方の方々に様々な学び、気づきが生まれています。コーチ同士の勉強会とはまた少し違う雰囲気の中で切磋琢磨があると思います。コーチングの底辺を広くする為の活動として捉えています。スタッフ一同、また皆様のお越しを心よりお待ちしております。=====================================================================◆コーチングを習ったけど、気軽に実践する機会がないなぁ...◆このままだと、せっかく勉強したコーチング・スキルを忘れてしまいそう。◆コーチングって言葉は耳にするけど、実際どんなものかよくわからない。◆コーチング未経験の方や、初めての相手にコーチングをやってみたい..。◆知らないコーチの新鮮な視点でコーチングを受けてみたい...。◆ご友人・お知り合いにコーチングに触れてもらいたい...。 ...という方にもお勧め!毎回リピートしてくださってる方からは、「とても学び多い。毎回違う気づきがある時間」と嬉しいご感想をいただいています!=====================================================================日時 : 2009年2月27日(金) 下記場所の5階504号室 19時00分~20時45分 場所 : 東京都千代田区神田錦町3-21 ちよだプラットフォームスクウェア 東京メトロ東西線 竹橋駅から徒歩5分 三田線/都営新宿線 神保町駅から徒歩10分 JR神田駅西口から徒歩15分 http://yamori.jp/modules/tinyd2/ (ページ下方に地図等が掲載されています) TEL:03-3233-1511 定員: 15名 (先着順の受付といたします。定員になり次第受付終了) 費用: 1,000円申込先:mailto:fellows3@coachingfellows.jp ===================================================================== ■コーチング・スクウェアって? コーチング・フェローズでは、コーチングスキルのブラッシュアップを 目的として毎月1回、コーチング・スクウェアというセッション会を 開いています。1月開催の様子 http://www.coachingfellows.jp/square/squarereport20090128.htmコーチング.スクウェアでは、参加者は3人一組(コーチ役・クライアント役・オブザーバー)になって、コーチング・セッション終了後に3人で意見交換やフィードバックの時間を持ち、役割を交代して一巡する、というのが基本的な形になります。コーチングを深く学んでいない方は、クライアント役のみ、またはコーチ役にチャレンジ!のどちらかから選択していただけます。 =====================================================================◆編集後記 今日はコーチングのスキルのことを久々に考えているうちに、なんだかふと涙がでてきました。きれいな涙です。スキルとは、コーチングを、クライアントを愛しているがためのもの。あー自分は本当に一番コーチングをしているときが至福なんだなと・・・最近もろもろのことで、焦ったり、サボにやられていましたが、訓練時代のように、ただただ純粋にコーチング、クライアントとの時間を味わい、感謝したいと思いました。(う) ※最後までお読みくださり有難うございました。 このメルマガの転送は大歓迎です。 今回の内容を「気になる誰か」に伝えたくなった方、 ぜひ転送をお願いいたします。===================================◎ 発行・編集: コーチング・フェローズ (http://www.coachingfellows.jp) ◎ ご意見、ご質問: fellows1@coachingfellows.jp ◎ コーチング徒然草のバックナンバー(http://blog.mag2.com/m/log/0000138947/)===================================
2009年02月10日
今日はバイトのひとつにどうかと思い、ECCの非常勤講師の採用試験を受けに行ったのだったが、 説明を伺い、途中でこれはもは自分にはやちがうなとご辞退してきた。 最近、判断が早くなる。 断るたびに、サボもきて、 時々自分は社会の落後者のように思える・・・ なので、これは1敗めにカウント。 ちょっと落ちこんだ気分の中にも 思い出す馴染みのビックイシューの販売者さん(若者と叔父様)の顔が浮かび、たいやきを買っていったけれど、今日は3人とも(3か所ばらばらなのに)売り場にいなかった。休憩中だったのか??それとも仕入中か?はたまた? いずれにしても誰にも会えないので・・・ 3敗。 たいやきは、本郷三丁目の交差点で待ちながら一つ食べ、 2つめは、お茶の水で食べた。 あと残った2つは自宅の冷凍庫に入れた、明日チンして食べる。
2009年02月10日
私は年明けから、自分の人生最大の嘘 について考えている。時の小さな真実もあったけれど、人生の文脈で失ったものもあった。同じことを繰り返して生きたくない・・・そんなことを考えている。課外授業 ようこそ先輩 「君はウソをついていないか」http://www3.nhk.or.jp/omoban/main1012.html#20081012000がきっかけ。今週はリーダーシップコースの仲間とこれ「人生最大の嘘」を語り合う。とても楽しみだ。
2009年02月09日
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