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---家族をいたわるように、社会をいたわる------ひとりの子供を育てるには、村中の努力が必要だ------家族のあいだに調和が保てれば、人生は成功だ------目で判断せず、心で判断する------自然から離れれば、心が頑なになる------人の都合より、自然の摂理を尊重する---(アメリカ・インディアンに伝承される言葉より)アメリカ・インディアンの間に古くから伝わる言葉に限らず、中国でもユダヤ民族でも、何千年という長い歳月の中で伝承されてきた言葉には、いわゆる作者の存在が曖昧であったり無いに等しいものが少なくありません。たとえば孔子が弟子に語った言葉を集めた「書」として伝わっている『論語』にしても、孔子亡き後に時の権力者から禁書扱いで闇に葬られたり、戦の中で火に包まれ消失したりといった経緯をへながら、その後に発見された書の断片などを通じ(孔子はこのように語っていた)と後世の人々によって再構築された書であったりします。そうした意味で、孔子の書いた書というよりも、中国人の歴史が培った知恵の結晶と捉える方が正しいのでしょう。また、そのような古くから伝承され続け、消えることのない火のように守られ生き続けてきた言葉には、現代に生きる者の心の中心に訴えかけ強く揺り動かす真実が宿っているように思います。たかだか100年や200年といった短い時間のスパンで朽ち果ててしまうかもしれない社会の脆弱さ、高度な技術に支えられた実は砂の城にしか過ぎないかもしれない現代社会の脆さを、根本から修正する大きな力を持っているようにも思えるです。アメリカ・インディアンの間に古くから伝わる言葉に、こんな言葉もあります。---どんなことも、7世代先まで考えて決められなければならない---今、7世代先のことまで考えながら目の前の現象に向き合う人など発展国と呼ばれる国において存在するだろうか?少なくとも、おそらく日本において多くの人々が1年後のことさえ分からずに大きな不安を抱えながら生きている。7世代先と言ったって、人類の長い歴史の歩みからすれば短い歳月です。これまでの地球の歴史に流れてきた時間から考えたら、瞬きにも満たない時間。7世代先のことも考えられない人間には、7世代先の未来さえ訪れることはないのかもしれません。むしろ地球に生きてゆく資格さえないと考えても極論・言過ぎにはならないでしょう。これからの時代には、これまで以上に、自然の摂理・リズムと共に生きてゆこうとする意識が問われるように思います。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ kirakirarin115さんが日記の中で紹介してくれました!『素敵な出会い』←クリック☆☆☆すごく素敵な表現で紹介してくれています。感謝!!!(^^)次に紹介する日記もとっても素敵です!∵.:*・*雪花*∵.:*・さんの日記♪←クリック☆☆☆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇素晴らしい日記を訪問して、心に栄養をまるかじりしましょう!本日の超お勧め日記はニコルさんの日記っ!!☆ 此処をCLICK! 何かを見失った時、何かを探している時、何かに燃えたい時、よびりんさんのブログはあなたに大事なものを語りかけます。よびりんさんの楽天ブログは此処をCLICK!次の日記も読んで下さると嬉しいです。よびりんさんの新刊本を紹介した日記です。『人生・経営に成功したい人に贈る一冊 』五千年の歳月をへても尚、色褪せることのない古典「易経」。その世界観の壮大さ深遠さを、占いの面からでなく、気の遠くなるような人の歴史の中で、長きに渡り読み継がれてきた人類学の原点として捉え、人間の普遍的な真実を照らし出す【亞】さんのブログ。現代という時の流れの中で【亞】さんのブログは、この世の真実を多くの人に判り易く語りかけます。半端じゃなく物凄いブログです。【亞】さんの楽天ブログは此処をCLICK!★★★生きた言葉、かけがえのない言葉★★★をフリーページに掲載しています。太陽のように心に響いた言葉を、随時追加してゆきたいと思います♪
2008.06.29

どのような時間を過ごすかで、時間そのものの性質が違ってくるものです。自分に与えられた時間に対し、どのように向き合うのか。たとえば梅雨の季節の今日この頃に、ただ何となく惰性で一日を過ごせば、自分の「時間」は天候と同じようにグレイで重たいものになるでしょうし、一方、雨ばかりの毎日であっても、静かにクラシック音楽を聴いたり読書に集中していると、自分の「時間」は豊穣と輝いたものとなります。ユダヤ民族に古代から伝わる格言の中に、こんな言葉があります。-----毎日、今日があなたの最後の日だと思いなさい。毎日、今日があなたの最初の日だと思いなさい。----------人は金銭を時間よりも大切にするが、そのために失われた時間は金銭では買えない-----まさに、タイム・イズ・マネーですね。時間の使い方って、とても大切なのだと思います。さて話を変えて。最近に出会った、とても素敵なブログを紹介します。芸術家肌の感性の持ち主であるkirakirarin115さんのブログです。先日にkirakirarin115さんから掲示板に嬉しい書き込みを頂き、何気に訪問させてもらったら瞬時に、言いようのない感覚に包まれたのです。それはどのような感覚かというと?説明が難しいのですが、敢えて次のように表現することにしましょう。透き通って金色に輝く豊穣とした時間の感覚。そうした感覚に包まれたのでした。このような感覚というのは芸術家肌の人物と出会った時にだけ抱く感覚ではありません。しかし、日常的に何らかの創作活動を行っている人物からこのような感覚を抱くことは多大にあるといえます。それはきっと、そうした人物というのが日頃から自分の時間を大切にしていることの証なのだと思います。これはkirakirarin115さんという素敵なブロガーに限った話ではなく、【亞】さんや、ayakawa777さんにも同じことがいえるでしょう。時間の使い方が上手な人というのは、人生の過ごし方や向き合い方が上手な人。美しく歳を重ねることが出来る人です。そのような意味で考えれば、kirakirarin115さんのブログから伝わってくる美しく透き通った豊穣な時間の感覚の理由が、この日記を読んでくれているあなたにも理解して頂けるのではないでしょうか。-----創造の太鼓のリズムを見失ったら、生きるリズムと平和を失う-----(アメリカ・インディアンの古くから伝わる格言)僕が考える上手な時間の過ごし方、豊かな時間の使い方というのは、上に記した古(いにしえ)の時代から現代に至るまでアメリカ・インディアンの歴史の中で伝承されてきた格言に刻まれている「創造の太鼓のリズム」「生きるリズムと平和」と密接な関係があります。そのようなリズムを日々、内に育むためにも、常日頃の自分の時間の過ごし方・見つめ方というのは重要です。自分に与えられた時間の使い方如何で、長い歳月と共に自分自身が成熟し深みを増すのですから。 http://item.rakuten.co.jp/neowing-r/toce-13409/ http://item.rakuten.co.jp/chikuondo/bvcc-37654/ http://item.rakuten.co.jp/ebisu/4988005407115/また、ユダヤ5000年の知恵や太古から伝承されるアメリカ・インディアンの教えだけでなく、中国5000年の文化に刻まれた深遠なる知恵を示すこんな言葉(詩)があります。-----年年歳歳 花相似たり 歳歳年々 人同じからず-----これは中国の古典にある詩です。「花は毎年咲くけれど、花の美しさに感動する心を持った人は、年々、変化してゆくことが出来る」と語っている詩です。人の心が歳月と共に成熟し深みを増す、というのはこういうことなのだと思います。人生の中で自分の時間を大切にしている人、豊かな時間軸の中で何かを創作し続けている人というのは、上に挙げた詩のように、年々自分の内なる豊かさを磨き続けてゆくことが出来る人に違いありません。自分の人生、こんな風に生きてゆきたいものです。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今、1950年代の古いヨーロッパの白黒映画をテレビ画面に映しBGVとしながら、クラシック音楽を聴きつつ日記を書いています。どんな曲いうとかというと、ヴァイオリン曲です。ブラームスとバルトークを聴いています。共に、とても重い曲・・・・・梅雨の天候と同じように雨モードなヴァイオリン・ソナタ。でも、これが良いのです。実に贅沢な、豊穣とした時間の感覚。素晴らしい!(^^)梅雨の季節には梅雨の季節なりに密度の濃厚な時間の過ごし方があるということなのでしょう。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇素晴らしい日記を訪問して、心に栄養をまるかじりしましょう!本日の超お勧め日記はBe happy@Makiさんの日記っ!!☆ 此処をCLICK! 何かを見失った時、何かを探している時、何かに燃えたい時、よびりんさんのブログはあなたに大事なものを語りかけます。よびりんさんの楽天ブログは此処をCLICK!次の日記も読んで下さると嬉しいです。よびりんさんの新刊本を紹介した日記です。『人生・経営に成功したい人に贈る一冊 』五千年の歳月をへても尚、色褪せることのない古典「易経」。その世界観の壮大さ深遠さを、占いの面からでなく、気の遠くなるような人の歴史の中で、長きに渡り読み継がれてきた人類学の原点として捉え、人間の普遍的な真実を照らし出す【亞】さんのブログ。現代という時の流れの中で【亞】さんのブログは、この世の真実を多くの人に判り易く語りかけます。半端じゃなく物凄いブログです。【亞】さんの楽天ブログは此処をCLICK!★★★生きた言葉、かけがえのない言葉★★★をフリーページに掲載しています。太陽のように心に響いた言葉を、随時追加してゆきたいと思います♪
2008.06.26

「仕事とプライベートの顔が違うのは誰だって当然のこと。仕事で付き合う人と、プライベートで楽しく過ごしたい人のタイプは別さ」上に青文字で記した内容を語る人と出会ったことがあります。その時には(う---ん、なるほど。確かにそうですよね)と頷いたもの、後でよく考えたら少し合点がいかない想いが次第に沸いてきたものでした。それはどうしてかというと?、僕なりの理由を考えた場合に、自分が仕事でお付き合いを優先させたいタイプの人とプライベートでもお付き合いを優先させたいタイプの人って、そんなにそんなに区別出来ないような気がしてきたからです。---仕事で付き合う人と、プライベートで楽しく過ごしたい人のタイプは別---このような考え方は西欧などの外国に在住しているジャーナリストであるとか作家の方が雑誌や本の中で書いていることの中に顕著に見受けられるように思います。そうした考え方自体に僕は大きな違和感を覚えたりはしないのですが、翻って自分自身に当てはめて考えた場合には、(自分は違うなあ)と何となく思ってしまうのです。理想的なことを言ってしまえば、仕事とプライベートの両方でコミュニケーションを優先させたいタイプって結局のところは同じなのではないか?とつい考えてしまうからなのです。しかし、誤解されると困るので付け加えておきます。仕事で付き合いを優先させたい人のタイプ=プライベート感覚で一緒に飲んだり騒いだり出来るタイプの人、というわけではありませんよ。たとえ仕事であっても遊びであっても、僕は僕なりのこだわりの中で「お付き合い」を優先させたいタイプの評価基準が確かにあるということです。例を挙げてみれば、普段はアホな話ばかりしているような一見して軽い感じの人物であったとしても、仕事の中で或る種の「真面目さ」だとか「責任感」だとか「誠実」さを強く感じたりする人であれば、プライベートの中でも、そのような人となるべくお付き合いを重ねてゆきたいということです。また、自分自身も他人から見て、そんな風な人間であれば幸いと考えますし、そのようでありたいと願うということは人生における一つの道標になると同時に自戒にも成り得ると考えます。さて話を変えて。「人脈は宝だ!」これは雑誌「BOSS」4月号の表紙を大きく飾っていた言葉。数ヶ月前、この言葉に惹かれて書店で頁を読み進めていたら、なんとも魅了される記事と出会いました。それは寺田和正さんの特集記事でした。寺田さんといえば説明するまでもなくサマンサタバサの社長。よく雑誌などのインタビュー等で見かけるのでご存知の人も多いはず。たまたま書店で手にした雑誌BOSS中の寺田さんの記事は、ここ数ヶ月の間に最近に僕が目にした雑誌記事の中でも特に心に強く刻まれるものでした。その記事の中から特に印象に残った箇所を抜粋、以下に記します。「僕はいま、『この人と組むとビジネス面ではプラスになるだろう』と思う人が現れても、それだけでは絶対付き合いません。ビジネス面での損得勘定は、人脈を広げる上では全く尊重しない。 (中略) 僕らがこの先も成長し続けるためには、やっぱり”本物”の人と組むことが重要で、その尺度は結局、その人が”正直な人かどうか”ということだけです。」寺田さんはさらに、人脈を作ったり広げたりする上で「テクニックなどない」と語ります。「重要なのは、自分の志を伝えること。そして、自分の熱意に賛同してくれる人に対しては、その人の幸せを願い、自分なりに役に立とうと努力すること。 それさえ心がけていれば、必ず夢に近づけるはずですし、自分を支えてくれる人の輪は、確実に大きくなってゆくんじゃないでしょうか。」こういう記事、言葉に出会うと心が生き返るような気がすると同時に、かなり深い内容であると思うので、何度読んでも勉強になりますし、また自戒にもなります。心の芯に刻みつけたい言葉です。仕事でも何でも、どんな人とお付き合いするか、も勿論大事ですが、その前に、まず生きていく上での自分の想いの軸がどのようであるのかが先に立つのであり、どのようなお付き合いであれ大事な御縁というのはそこから始まるのでしょう。中国の古典であり、今も世界的に広く読まれ続けている孔子の『論語』の中に、こんな一節があります。己に如かざる者を友とするなかれこれは自分が尊敬できる人達と付き合った方が、自分がより成長してゆくためにはプラスになるという意味の言葉です。上に挙げた言葉に加えて孔子は、「益者三友、損者三友」という表現で、自分の成長に善き関係と損になる関係を説いています。孔子が考える益者三友、損者三友、それぞれの三つのタイプ。それは以下の通り。「益者三友」 1--剛直な人 2--誠実な人 3--教養のある人 「損者三友」 1--易きにつく人 2--人当たりばかりよい人 3--口先だけ上手い人(参考文献:守屋洋氏著『中国古典「一日一話」』)善き友、悪い友の定義を、今から約2500年前に生きた人物(孔子)が上のように語っているのです。現代という時代に何処かの会社で中間管理職に就いている年配の人物が語っているわけではなく、大昔の人物が上のように語っているわけですよ。なんだか不思議ですよね。まあそれだけ全ての人にとって時代を超えた普遍的なテーマなのだと言えるのでしょう。2500年前に生きていた人物(孔子)ばかりがこんなことを語っていたというわけではなく、恐らく5000年前にエジプトでピラミッドを作っていた人々だってきっと同じことを考えていたはず。勿論、「今」というこの時代に生きている僕らにだって皮膚感覚で共感出来る内容の話であると思います。ちなみに僕の経験上、活きた人脈につながる人物達は、孔子が語る1~3の全てに該当しているような気がします。逆に、「捨て人脈」と化した過去の人物達には益者三友のどれも当てはまりませんね。益者三友の中で兎にも角にも大事だと思えるのが、僕の場合「誠実さ」や「剛直さ」でしょうか。たとえば損者三友の中のどれか一つに該当するようなタイプの人であったとしても、誠実さが確かに伝わってくる人柄であれば御縁は必ず続いていくような気がします。 (5月に青森の最北端で撮った青空の写真です)http://plaza.rakuten.co.jp/lukanomatinami/diary/200805200000/あなたにとって、それが仕事仲間であれ、プライベートな友達であれ、大事にしたい「人脈」や「お付き合い」ってどのようなものですか?では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今日の日記は一昨日に『あなたの人脈は活きていますか?』と題して発信した気紛れ日記に文章を付け加えたものです。サマンサタバサの社長である寺田さんのことを日記に書いたら予想外というか驚いたことがあったので急遽、予定を変えて改めて同じテーマで日記を再発信する次第。というのも、私書箱メールに日記の感想を記したメールが幾つも届いたのです。「後で読み返したいから消さないで欲しい」という旨のメールもあれば、「最近なんだか難しい話の日記が続いていて少し戸惑っていました。でも、久々にルカさんらしい日記だと思えて安心しました」なんてメールもありました(こうした意見がメールを通じて入ったことに何かちょっと考えさせられたりもしたのですが今後の参考とさせて頂きます)。届いたメール全般において寺田さんの言葉に凄く感動した旨を伝えてきたメールが大部分でした。僕自身、メールをくれた方々の意見に同感です。「僕らがこの先も成長し続けるためには、やっぱり”本物”の人と組むことが重要で、その尺度は結局、その人が”正直な人かどうか”ということだけです。」「テクニックなどない」日記に記した寺田さんの言葉は本当に奥が深いと思いますし、そして時代に関係なく対人関係におけるこの世の真実を的確に示しているように思えます。前回の日記の流れから少し脱線してしまいました。しかし時にこのような予想外の反響を受けて日記を再発信・書き直したりすることも嬉しく有り難いことであると感じます。これ本当。何か意味があって反響があったということなのでしょうね。どんな人にとっても実に普遍的なテーマに触れた内容だったからなのかもしれませんし、また、現代という時代に蔓延る殺伐とした新自由主義経済の嵐に辟易している人が少なからず存在していることの証といって良いとさえ思います。ということで、些細な内容の想いを綴った書き込みであっても全然構いません。気軽に、あなたが考える「自分にとっての大事にしたい対人関係」の考察をコメント欄に書き込んで下さると嬉しいです。僕自身も勉強になりますし、また、コメント欄を読んだ人にとっても何らかの生きるヒントになると思うから☆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇素晴らしい日記を訪問して、心に栄養をまるかじりしましょう!本日の超お勧め日記は、なつきさんの日記っ!!☆ 此処をCLICK! 文字数制限が激しくオーバーしたために以下、省略させて下さい。
2008.06.20

昨夜遅くに地球環境に関する実に悲観的な内容の日記を発信し、今日の昼間に自分が書いた日記内容を再読したところ多少なりとも独善的な視点を感じたので、そのように感じた箇所を幾つか消して修正しました。それで夜になって何気にNHKの番組を見たら、かなり意義深い内容の討論番組を放送していて感動しました。どうして感動したのかというと?昨夜遅くに自分が書いた日記内容の何処が独善的だったのか少し見えてきたからでした。日本・アメリカ・中国から世代も職業も異なった沢山の人々が集まり、地球環境問題を討論しながら人類が地球に生き残ってゆく術を真剣に模索している様から何か大きなものが見えてきたように感じました。人類の愚かさについての視点、それから生態学者の論ずる悲観的且つ絶望的な未来予測を取り上げたりして綴った日記を発信したとして、それは警笛として機能することはあるでしょう。しかし同時に警笛だけでなく、何らかの処方箋を自分なりにアナウンス出来るようでなければ、おそらく他者の心には大したものなど届かない。昨夜に僕が発信した日記内容が果たして「人の心に届く内容」であったのかと自問自答すれば、そこまで深い内容でもなんでもなかったと言わざるを得ないでしょう。多分に大きな不安感を煽っただけに過ぎない内容の日記だったかもしれません。ちょっと反省です。ちなみに昨日(6月7日)は最近で最も多くのアクセス数を記録しました。ちょっとビックリしたほどに。「人類は滅亡の一途を辿っている」なんてタイトルの日記だったからかもしれませんね。別にお騒がせしようと考えたわけではないのですが。とはいうものの、昨夜遅くに発信した日記内容(既に消していますが)の中で引用した2人の著名人の言葉は、それら自体は多くの人の心に伝わる内容だったはずです。西丸さんの論説は実に怖い内容であり人類に対する警笛としてこれ以上はないというくらいのもであろうと思いますし、桜井さんの言葉は、自然と人間の関係性の真実を深く照らすし出す言葉です。ということで再度、以下に太文字で再掲載する次第。「隣人を愛せ」とは、人が人を愛しなさいと言っているのではないと思う。人にとっての隣人とは、熊や鳥や虫たちのことをいうのです。生きるものすべてが、人にとっての隣人なのです。その隣人が、自然破壊によって生きる場所を失う。隣人の首を絞めればいつの日か自分の首も絞まるのだ。人間は自殺行為をしていることに気づいていない。人の前には動物たちがいる。その先に、根づいた大地から一歩も離れることのない植物がいる。そしてそのずっと先に、太陽とか嵐といった永久的なものがある。俺の考えが宗教や哲学だなんて思われたら、それでおしまいだね。狂信だけは避けなきゃいけない。人間の寿命は精一杯で100年。動物も同じようなもの。植物には千年を超えて生きるものがいる。そして風や太陽は・・・・・。(桜井章一さん著『心温かきは万能なり』より抜粋)-----長寿村の存立条件として西丸さんは次のように記している-----1. 水、空気の質が良い2. 気候が良すぎない3. 労働がきつい4. ストレスが少ない5. 飽食ができない6. 美食ができない7. 野菜の摂取量が大~中略~ 私は調査研究をやっていたのにコトの重大さに気付かずに、当時の学者も1人として実態が把握できなかったこと、それは生物の体内に蓄積する毒物による絶滅へのシナリオだ。(生態学者の西丸震哉さんの最新著『壊れゆく日本へ』より抜粋)西丸震哉さんの論説によれば、僕らくらいの世代の次の世代になると、現在の日本のように子供を産みたいけれど経済的に困難で産める状況ではない時代ではなく、子供が産みたくても生まれてこない時代になるそうです。そのような恐ろしい未来を回避するために必要なことは一体どのようなことかと僕なりに考えれば、自ずと上に引用した桜井章一さんの言葉に深く耳を傾けることでしか大きな処方箋は見えてこないのではないだろうか?との想いに行き着きます。現代の高度な文明社会が、人間にとっての進化の証なのでしょうか?複雑に絡み合いながら容赦なく殺伐と機械的な流れで欲望の赴くままに経済が加速し、鬱病患者を大量発生させながら轟音を伴い突き進むことが=人類の進化なのだろうか?そんなはずはないでしょう。人間一人一人が自分の中に「信」の流れを生み出すことを求めなければ、この先、人類には未来などないような気がします。そんな風に最近想い続けていることの中で、見えてきている光・未来への処方箋が、僕にとって今、易経と桜井章一さんという二つの存在なのです。『シンクロニシティは僕らに何を伝えようとしているのか』←クリック☆☆☆では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今夜もとても深い日記と出会いました。凄い日記だと感じました。是非多くの人の心に届くべき日記であると思うので以下に紹介させて下さい。うみねっとさんの日記、物凄い日記ですよ!うみねっとさんの日記←クリック!!今日の日記にアフィさんから頂いた書き込み文章にとても惹かれました。以下に太文字で引用します。「最近よく、日本の昔話を思い出したりします。人情、思いやり、温かさにほっとする物語が多いですよね。そこには必ず、人と人、また動物や自然との結びつきや相手を思いやる気持ちが表されていたと思います。現代は、どうも人の感覚も相当鈍くなり、感情も乏しいのか「察知する力」が衰えて影を潜めてしまっている様な気がします。」このような素晴らしい書き込みが入るとブログ冥利に尽きるのです。アフィさん、ありがとうございます(^^)◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇素晴らしい日記を訪問して、心に栄養をまるかじりしましょう!本日の超お勧め日記は、みえこ55さんの日記っ!!☆ 此処をCLICK! 何かを見失った時、何かを探している時、何かに燃えたい時、よびりんさんのブログはあなたに大事なものを語りかけます。よびりんさんの楽天ブログは此処をCLICK!次の日記も読んで下さると嬉しいです。よびりんさんの新刊本を紹介した日記です。『人生・経営に成功したい人に贈る一冊 』五千年の歳月をへても尚、色褪せることのない古典「易経」。その世界観の壮大さ深遠さを、占いの面からでなく、気の遠くなるような人の歴史の中で、長きに渡り読み継がれてきた人類学の原点として捉え、人間の普遍的な真実を照らし出す【亞】さんのブログ。現代という時の流れの中で【亞】さんのブログは、この世の真実を多くの人に判り易く語りかけます。【亞】さんの楽天ブログは此処をCLICK!★★★生きた言葉、かけがえのない言葉★★★をフリーページに掲載しています。太陽のように心に響いた言葉を、随時追加してゆきたいと思います♪
2008.06.07

何か選択に迷っている時に、不思議なシンクロが起こることがあります。たとえば選択肢が3つあったとして、その中のどれを選んで進めば良いのか迷うようなことって誰の人生にもあるはず。そのような時に、不思議なシンクロが起こることがあるのです。3つある選択肢の中のひとつと深い関連があるもの若しくは、それ自体とイコールで直結するものが目の前に現れるような、そんなシンクロニシティです。それは、あたかも「この道を選びなさい」とでも諭すかのように様々な現象の姿を借りて目の前に姿を現し無言で進むべき道を照らします。そして、(本当にこの道を進んで良いのだろうか?)、そう思いながらも前に進み続けていると何故かよく分からないのだけれど良いことが少しずつ起こり続けるのです。「それで良いのです」と合図を送るかのように。誰が、そのような合図を送っているのでしょうか?シンクロの渦が自分を取り巻いているように感じる時、僕は摩訶不思議な力を感じずにはいられなくなります。それは身近で具体的な不特定多数の誰かが、そうした合図を送っているような感覚ではなく、自分を含めた世界全体が或いは地球が宇宙が、自分自身の体と一体になりながら共振しつつ何らかの合図を示しているとしか形容出来ない感覚。上手く説明は出来ないのですが、これまでの僕自身の経験を振り返ると、ついそんな考えに辿り着いてしまうのです。20代の中頃、形容し難い不思議なシンクロニシティの渦に同時期に多々包まれたことがありました。自分でも驚いたり怖くなったりして思わず震えてしまう・・・・・、時にそんな感覚に陥ったものです。何故なら当時の僕はシンクロニシティなんて言葉について意識的に深く考えてみたことなどなかったから。(夢を見ているのだろうか?)そんな奇妙な感覚に心が支配されたことを思い出します。どんな時に、夢を見ているような不思議な感覚に心が支配されたのかというと?何かに迷っていると、「そちらを選びなさい」そんな貴重なアドバイスを与えてくれる人物と偶然に巡り会ってしまう。何かを決断すると、それに深く関連した物事が次々と勝手に目の前に姿を現す。知らず知らずのうちに目に見えない川の流れのような何かが自分を取り巻き出していることに気付く。初めて遭遇する出来事なのに、それらのひとつひとつが目には見えない脚本のような何かに実は最初から前もって記され予定されていた出来事のように感じられて仕方がない・・・・・。あたかも、人智を遥かに超えた大きな力の作用の中に自分がいるような感覚。そんな時に前述した(夢を見ているのだろうか?)という実に奇妙な感覚に心が支配されたものでした。以上に僕自身に起こった出来事を分かりやすく記述しましたが、その時期に渦今いたシンクロニシティの波は当時の僕を一体どこへ運んだのでありましょう?数々の不思議なシンクロが、まるで運命の翼のようにギリシャのアテネ、アクロポリスの丘へと僕を運んだのです。 (25歳の時にギリシャのアクロポリスの丘で撮影した一枚)あれから10数年が経過した今。当時に僕が感じたシンクロニシティの渦が沸き起こることへの不安や恐れや時に恍惚感といったものが、実は恐れるべきものでは決してなかったとの想いに辿り着いています。シンクロが起こるというのは、幻でも夢を見ているような状態でも何でもなく、この世の真実や、目には見えないけれど確かに存在している大きなエネルギーの「流れ」に、自分がリアルに近づいている時に、無数の様々な現象を伴いながら目の前に姿を現すのだ、という確信を持つことが出来たからです。このような確信を持つことが出来たのは何故か?それは約3年と半年に渡る楽天ブログを通じての、沢山の出逢いにおける「響き・逢う・心」が僕に或る種の確信を齎したといえるでしょう。この確信が、大きな覚醒に変わるまでには、まだ現在の自分は力不足だけれど、しかし何らかの糸口が見えてきたことは物凄く嬉しいことです。と同時に、これから「やるべきこと」が沢山沢山あるのだとの想いが沸いてくることも事実。最近、不思議なシンクロニシティが少なくありません。つい、さっきも起こりました。ちょっと、びっくり!何故にどのような因果で少なからずのシンクロの波が起こっているのかを僕なりに説明すると、それだけで膨大な日記となるでしょう。一冊の本が書けるほどに長い説明が必要となるかもしれません。なので敢えて細かい説明は避けますが、次に記すことはとても重要なことだと思うので言葉短めに書いておくことにします。不思議なシンクロニシティの数々・・・それらのシンクロの波の中心にあるのが、現在、「易経」(【亞】さんの本とブログ)そして、「桜井章一さん」の存在。自分に起こっているシンクロの波が一体何を意味し、そして、これから自分が向かうべき道が一体どのような事柄を意味するのか・・・・・、それはまだ自分には簡潔に説明が出来ない状態なので、これ以上のことは日記には記せません。ただ、次のことだけを太文字で宣言して、今日の日記を締め括りたく思う次第。-----これから当分は自分自身のブログにおける基本的な流れとして、集中して「易経」と「桜井章一さん」の二つを話題の中心に置くことにします。今までの僕自身の楽天ブログの流れを振り返ると、それは実に自然な結実に他ならないことに最近気付いたから。そのための3年と半年であったのだし、ブログをスタートした頃の最初の原点に長い時間をかけて大きく弧の軌道を描きながら自分が戻ったことに、今更ながら気付いたからなのです。-----☆☆☆追記☆☆☆2006年に発信した過去日記も読んでくださると嬉しく思います。『超能力?!シンクロ!?!?』(『シンクロの不思議、共時性の深遠』と題してフリーページにも保存してある内容です)それと2004年の過去日記も!『響き・逢う・心』(僕にとってブログの方向性を位置づけることが出来た記念碑的日記であり、ブログを始めたばかりの頃に書いた僕の心の原点のような古い過去日記です!!^^)-----シンクロニシティは僕らに何を伝えようとしているのか?-----それはきっと、人が皆、互いに、活き活きと笑顔で人生を愉しみながら自然に前に進むために必要なことを伝えてくれているのでしょう。何となく、そのように思います。^^では、また次回の日記で逢いましょう!>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 前回の日記のような内容は本当は昨年の12月に発信する予定だったのです。しかしどういうわけか当時は書こうと思ってもまるで書けませんでした。何故か今頃になって書けてしまった、というのが正直なところ。人生って不思議なものです。「水の性質は「信」をあらわす」という言葉に楽天ブログ上で出会ったのが約3年と半年前。これは当時、皆目理解の範疇外の言葉でした。そのような意味で考えると本当は、前回の日記を書くのに3年と半年もかかった、と記すのが正確でしょう。そういえば作家の塩野七生さんがこんなことをエッセイに書いていました。「人は一生の中で、多くとも一つのことしか成し遂げることは出来ない」確かこのようなニュアンスの言葉だったように記憶しています。人は己の人生の中で、あれもこれもは出来ないのです。5年や10年といった短い時間のスパンであれば尚更でしょう。塩野七生さんが言うように、人は長い人生を通じて多くとも一つくらいのことしか出来ない。ならば僕は一体、自分の人生の中で何を求めよう?長い時間をかけても、ひとつのことくらいしか成し遂げることが出来ないのが人間であるならば、僕は、自分の中に「信」の流れを生み出すことを求めよう。なんて考えてしまいます。☆ニコル1480さんが東京で物凄く意義深い勉強会を開催されています☆関東方面にお住まいの方々が羨ましいっ~~!(^^)同じく、ニコルさんが今日の日記の中で僕のブログを紹介して下さっています。感謝!「桜井章一さんの言葉」前回の日記でも紹介しましたが、何度読んでも素晴らしい日記であると感じるので、改めて今日もraffaello0709さんの先日の日記を紹介します。http://plaza.rakuten.co.jp/raffaello0709/diary/200805260000/←クリック!◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇素晴らしい日記を訪問して、心に栄養をまるかじりしましょう!本日の超お勧め日記は、猫パンチさんの日記っ!!☆ 此処をCLICK! 文字数制限が1000文字ほどオーバーしたので以下、省略させて下さい。
2008.06.05

自分がブログを始めた理由は、もしかしら、この言葉に出会うためだったのではないだろうか?そんな風に思える言葉が、ひとつあります。「水は信」上に太文字で記した言葉です。ブログをスタートして約10日後に、【亞】さんの日記にて出会った言葉です。亞さんのブログには楽天ブログをスタートして数日後くらいに出逢いました。当時の僕は易経という言葉すら知らない程に無知でしたので、【亞】さんのブログからは途方もなく難解な印象を受けたことを憶えています。難しい漢字ばかりが並んでいて殆ど解読不能・・・・・当時の僕にとっては本当に95%くらいは理解が出来ないといった状態だったのです。しかし同時に、形容し難い壮大なドラマの扉の前に自分が立っているような、そんな何か予感めいたものを感じずにはいられないブログのように思えたものでした。当時の僕は【亞】さんのことを何も知りませんでした。【亞】さんにしても易経にしても、僕にとっては初めて知ったばかりに過ぎず・・・それは本当、ただただミステリアスな感触であり、見知らぬ世界に足を踏み入れた時に誰もが感じるような少々の恐れを伴った体験でもあったわけです。当時に僕が抱いていた【亞】さんの印象としては実直なところ「謎の人物」「ミステリアスな占い師」といった趣きであり、また同時に「凄い頭のいい人だなあ」と驚かずにはいられない類稀な聡明さを感じたりもしたものでした。知る人ぞ知る、そんな風に有名な人物であることなど当時の僕は知る由もなかったのでした。今考えると恥ずかしい限りではありますが。日記の冒頭に記した、「水は信」という言葉に出逢ったのも、そんな当時の出来事です。http://plaza.rakuten.co.jp/anotamatebako/diary/200411110000/(【亞】さんの2004年11月11日の日記)上にリンクを貼った日記の中で出逢ったのです。「水は信」この言葉に出会ってから、約3年と半年がたちました。当時は本当、まるで理解が出来ない言葉であったのです。【亞】さんによる解説文章は何となくではあるけれど少しは理解は出来る。しかし、水がどうして「信」を意味するのだろう? そもそも「信」って一体何??!いくら腕を組んで考えてみてもチンプンカンプンでした。当時の僕にとって、この言葉はあたかもスタンリー・キューブリックの映画『2001年、宇宙の旅』に登場するモノリスの物体の如きであり、解き明かすことが不可能な「深遠な謎」そのもののように感じたものでした。あれから数年がたった現在。3年と半年という歳月の中での自分自身の心の成長を確認するようにしながら、当時はまるで理解できなかった「水は信」という言葉に対する現在の僕自身の解釈を以下に記したいと思います。---------水は信---------「信」とは一体どんな意味をあらわす言葉なのでしょう?フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたところ、「信」という言葉についての単体での意味には辿り着くことが出来ませんでした。しかし次のような文章に出会いました。太文字で引用しましょう。「儒教においては「仁」「義」「礼」「知」「信」の五つの徳をいう。ちなみにWikipediaでは「儒教」を以下のように説明しています。儒教(じゅきょう)とは、孔子を始祖とする思考・信仰の体系である。紀元前の中国に興り、東アジア各国で2000年以上に渡って強い影響力を持つ。その学問的側面から儒学、思想的側面からは名教・礼教ともいう。大成者の孔子から、孔教・孔子教とも呼ぶ。中国では、哲学・思想としては儒家思想という。【亞】さんの過去日記を参照すると、5000年の歴史の中で長きに渡り読み継がれてきた中国のいにしえの書である易経において「水」というのは、険難、困難、苦難、信実、穴をあらわし(詳しくは亞さんの日記を参照願います)、そして一方、人生において人が抱える苦しみからの脱却の方法を人は水の流れのように生きれば一時の悩みに沈んだまま心が澱み続くことを避けることが出来るとの教えを僕は【亞】さんの日記から読み取りました。上述したことを踏まえつつ以下に記す文章内容として、【亞】さんの日記内容から話が脱線する箇所や稚拙な解釈あるいは誤解釈が多々あることは承知で、しかしそれは現時点における僕なりの捉え方・感じ方の反映ということで目を瞑っていただきたい。水は、どのように前に進むのでしょう?川を例えに考えてみることにします。固い岩がゴツゴツとしている激流を流れる水は、激しい水流となって進みます。清流と呼ばれるような川や滝に流れる水は、まるで絹のような美しさを伴いながら、決して後戻りせずに前に進みます。どちらにせよ、自然の中で水は自分が流れて行く方向を知っているかのように、あるべきように流れてゆく。山中の激流の中では、水は争っているような激しい流れをしているけれど、その激流はしばらくすると穏やかで大らかな川の流れと姿を変える。まるで何ごともなかったかのように。激流であっても、清流であっても、そこにあるのは、同じ「水」です。様々な変化の中で、絶えず姿を変えてゆきながら前に進んでいるに過ぎない。一滴のしずくであっても、水。大河であっても、水。水自体が違う性質のものに変化しているわけでは決してないのです。水が激しいのではなく、水が大らかで穏やかなのでもなく、環境の移ろい、時の移ろい、変化の法則が、水を通して我々の視界に姿を現しているのである、ということが出来るのだと思います。水という存在は、あくまで永遠性の象徴の如くに、ただ、透き通りながら前に進むことを欲するように、世界に、宇宙に美しくただよっているに過ぎません。それは普遍性に宿る永遠の魂が奏でる詩、そのものであるかのように。水は、状況が激しくとも清らかであっても、水本来の性質を保ったままに前に流れ続けることが出来る。人間だって目の前の現象に一喜一憂したりせず常に心を揺らさないように心がけていれば、揺れるのは目の前に現れる様々無数の現象ばかりであることに気付き、自信を持って前に流れてゆくことが出来るに違いない。もしかしたら「信」というのは、そういうことなのではないでしょうか。水の様相というのは、そのまま水を囲う環境・自然の様相ををあらわしています。ゴツゴツとした岩の間を激しく流れる水流は、それを人が遭遇する何らかのトラブルにたとえるならば、社会の中での軋轢でもがいている状態をあらわすのでしょう。清流や大らかな川の流れも、また然りで、山の上から激流をへて海へと近づく水の流れは、人が社会の中で遭遇する様々なトラブルをへて清らかな生き方が出来てきた状態そのものです。さて「水は信」という言葉の「信」とは一体何を意味しているのでしょう?という日記冒頭の問いに戻ります。僕なりの安直な捉え方ではありますが、おそらくそれは、流れ続ける存在に永遠が宿るという真実・真理を=信と表現しているのではないのだろうか?つまり、そのようであれば、そうすれば自ずと、亨る(とおる)、ということを易経は時空を超えて人に語りかけているのではないのだろうか。何となくですが、そのような想いに至りました。「水は信」これは、水の流れが美しく煌きながら永遠への軌道を正しく自ら織り成している時に、そこには「信」が同時に煌いている、という真実を教えてくれているというように解釈すれば、水に内包されている真実に焦点を合わせながら前に進むということの中に、人にとっての=信、がある。そのように考えると自ずと腑に落ちて理解出来るような感覚に抱かれるのです。ちなみに「水は信」という言葉への理解のヒントとなったのが先日に読んだ次の日記。http://plaza.rakuten.co.jp/anotamatebako/diary/200805270000/上にリンクした日記を読んでいたら何かがストンと腑に落ちたような気になり、「あ、もしかして、こういう意味なのだろうか?」と自分なりの思いに唐突に結びついたのでした。今日の日記の最後に、尊敬する桜井章一さんの言葉を以下に添えます。最近になってようやく、この言葉の意味が掴めるようになってきたように感じています。流れるものは万能である動(動物)静(植物)流れ(自然)とあり流れているものが、自然でありそこにバランスを取って居住しているのが、植物であり動物である動は100年、静は1000年、流れは無限である(桜井章一)では、また次回の日記で逢いましょう!>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 今日の日記は約一週間かけて書き上げた膨大な量の文章を削りながらまとめたものです。かなり荒削りな内容になっていますが、また機会を設けて、易経への理解へのトライを日記に書こうと思います。下にリンクを貼った二つの日記も是非訪問して下さい。とても素晴らしい日記です!ニコルさんの日記です。http://plaza.rakuten.co.jp/kokkino/diary/200805280000/←クリック!raffaello0709さんの日記です。http://plaza.rakuten.co.jp/raffaello0709/diary/200805260000/←クリック!*****文字数制限を激しくオーバーしたので今日は以下省略します*****
2008.06.01
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