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映画評論家の淀川長治さんは生前、「良い映画を沢山観なさい」と常々語っていたそうです。皆さんは映画は好きですか?良い映画を沢山観ていますか?素晴らしい映画には人の心を遠くまで運ぶ、”旅”のような効用があります。つい旅がしたくなって、でも時間とお金がない時って誰にでもありますよね。そんな時、僕は映画を観るのです。良い映画と出会うと、無垢な気持ちになったり、忘れかけていた大切な何かを思い出したりします。映画が人をいざなう心の旅は、時に、下手な旅なんかよりも、ずっと価値のある”旅”となります。日本の映画に限らず、色々様々な諸外国の”良い映画”に出逢いたいものです。良い映画を沢山観ることは、その分だけ、沢山の良い心の旅をすることにもつながるのですから。先日に図書館から借りてきた一本の外国映画。タイトルは『ミツバチのささやき』。古いスペインの映画です。とても地味な映画・・・、純朴そのものな映画。現代の映画のような派手さや映像の煌びやかさは微塵もありません。しかし、心に訴えてくるものは計り知れないほどに大きいように思います。素晴らしい映画です。http://item.rakuten.co.jp/mammoth-video/10003016/-----映画『ミツバチのささやき』あらすじ-----1940年、スペイン中部の小さな村に移動巡回映写トラックがやってくる。スクリーンに映し出された怪奇映画「フランケンシュタイン」を村人と一緒に食い入るように見つめる幼いアナと姉イザベル。フランケンシュタインに興味を持ったアナは姉から「フランケンシュタインは森の精霊で村の外れに隠れている」と聞かされる。そんな時、アナは荒涼とした草原に寂しくたたずむ廃墟で傷を負った一人の兵士に出会う・・・傷負った兵士の靴紐を結ぶ少女アナ、父親の上着の中でオルゴールを鳴らす懐中時計、過ぎ去る列車に手紙をことずける母親と様々な印象的シーンがやさしく心に響くビクトル・エリセ監督の長編第一作。(『ミツバチのささやき』映画解説文章より)今、無意識のうちに求めていたのは、この映画だったんだそう想いました。『ミツバチのささやき』のような”良い映画”と心を共振させていないと、大事なものを見失ってしまいそうになる・・・。殺伐とした現代だから、人々が”心”を見失いそうになっているかもしれぬ時代だから、この映画に登場する幼い子供の無垢な瞳に宿る何かが消えてしまわないように、戦いで傷ついた兵士の孤独や心の奥底に秘めた優しさのような何かを忘れてしまわぬように、そんな”何か”を守りたい想いが湧き上がってくるのです。世界の状況が、日本の政治の行方がどんな方向へ進もうとも、大事にしてゆきたい想いというのが、僕には確かにあるんだ。そんな想いを、この外国映画を観ながら内に抱きました。皆さん、良い映画を沢山観ましょう。そして、本当に豊かな人生とは何か?愛とは何か?そんなエトセトラを自分の心に大切に問いかけながら、旅を続けましょう。では、また次回の日記で逢いましょう!>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 映画、とても好きなんです。え?あなたも?^^本を読んだり音楽を聴いたりすることも好きですが、映画も、とても好きです。それと建築もとても好きです。つまり、人々の心にある理想の姿が、様々な現実の厳しいフィルターを幾つも幾つもかいくぐりながらも具現化した結晶の美しさに、心惹かれるんです。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.09.27

もう随分前のこと。僕は自分の前世が教会の神父さんなんじゃないかなあ、なんて考えていたことがありました。聖書を読んだこともないのに神父さんだなんて、とてもおかしな話だとは思います。ただ、なんとなく別にたいした理由も根拠もないままに、そう考えたことがあるというだけの話です。かれこれ15年くらい前の話。イタリアの様々な街並を散策していた時に、上に書いたようなことを考えたんです。つまり、僕の前世ってもしかしたら、”教会の神父さん”なんじゃないか?と。どうしてそんな風なことを考えたのかというとですね?自分の”直感”がそうした思考へと己をいざなった、とか、どこかの占い師にみてもらったから間違いない、とか、そういう風な大袈裟な話では決してありません。偉そうに語ることでもなんでもないのですよ。なんとなく、「そうだったりして?・・・」 なんて風に軽い感覚。もしくは「そうだと良いかもね」みたいな淡い願望。そのような漠然とした何かが、当時の僕の心の中にあったということなのでしょう。多分、そういうことなのかもしれません。-----自分の前世は教会の神父さんなんじゃないかなあ-----別に深い意味に想いを馳せるまでもなく、ただ、秋の空に浮かぶ白くてふわふわした雲みたいに、なんとなく、僕はそう思っていたのでした。今、思うと単純に、当時の僕がヨーロッパの教会建築がとても好きだったというだけの話なのかもしれません。教会建築であるとか、教会に飾られた絵画や彫刻への憧憬が、僕をそうした思考へと運んだに違いないのでしょう。人は誰しも、自分を好感を抱いてくれる相手に対しては、同じように好感の想いを返してくれるものです。それは20代の僕が訪れたイタリアの教会の神父さん達だって同じことだったはず。当時に僕が出会った沢山の神父さんは、僕自身のそうした深層意識に共鳴してくれたのかどうか知る由もありませんが、例外なく皆、大らかな表情で会話してくれたものでした。時に、とても不思議な体験もしました。教会とか礼拝堂を訪れた際に起こった体験です。まあ兎にも角にも、当時の僕にとってヨーロッパの教会建築が象徴する或いは宿す”何か”が、自分自身の内に存在していた”何か”と確かに共振していたということが言えるかもしれない。なんとなく今は、そう思います。映画『ブラザー・サン シスター・ムーン』http://item.rakuten.co.jp/es-toys/4988113758024/あなたの前世って、どんなだったと思いますか?人間は誰しも何百回、何千回も、この世に生まれ変わって大地に運ばれてきた存在です。百年なんて時間は宇宙の時間スパンからみたら、瞬きにも満たない”あっという間”に過ぎませんが、それでも個体を離れながら幾千もの旅を続けている。おそらく地球誕生から、いや、もしかしたら宇宙のはじまりから、誰もが永遠にも似た長い時間の中で壮大な旅をしているのです。-----自分の前世って何だろう?-----そうした疑問に想いを馳せることは、過去に想いを馳せることだけでなく、自分自身が向かう未来への道しるべにもなります。”前世”について詳しい知識がある人も、そうでない人も、時には、そうした事柄に、夢見るように想いを馳せることも素敵なことかもしれません。自分の可能性の翼を広げることにもつながるかもしれませんよ。たとえ、自分が想い描いた”前世”が、本当に自分の過去の旅路を照らし出していなくてもいいじゃないですか。正確なことなんて、きっと誰にも分からないのですから。現在の自分自身の内に宿る願いや夢を好き勝手に、”前世”に想いを込めればいいのです。それが自分の未来を美しい色彩で塗り替えることだってあるかもしれないのですから。多分、それが”生まれ変わる”ということに宿る、深い意味や可能性なのかもしれませんよ^^では、また次回の日記で逢いましょう☆☆☆>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 美しい花を見ると、僕は花の姿に「旅人」のイメージを重ね合わせます。なぜだろう?花はどこにも行かず、ただそこに根付き咲き誇っているだけなのに。きっと、花は知っているのでしょう。自分が何処へも行かずとも、永遠の命の旅の中に自分が生きていることを。そして花はきっと知っている。自分がいつだって世界と、青空と海と大地とつながっていて、ただ、自分が静かに豊かに愛の色彩を咲かせていることを。花という存在ほど、己の命を声もなく美しく表現している存在を僕は知りません。僕らだって皆、旅をしています。永遠へいざなう命の旅を、自分自身の旅を通して、美しい花のように、この地球上で日々表現しているのです。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.09.20

父親が子供たちのために出来ることで、一番重要なことは、子供たちの母親を愛することである。-----セオドア・ヘスバーグ-----僕が思うに、男なんて生き物は、女性という生き物にとって、グリコのオマケのようなもの。この世で最も重要なことは、きっと、明日に生まれてくる子供たちと、それらの子供たちをあたたかく見守る母親達の瞳に宿る愛。それ以上に重要なものなんて、この世におそらく何もない。最近、気紛れ発信日記ばかり続いてしまい、きちんと後にまで残す日記を何ひとつ書けていないことに対する苛立ちがあったりしたんですが、だけど、ここ最近の自分自身の心の旅路、幾多の紆余曲折をへて、ようやく光が少しだけ生まれました。上に記した10行前後の短い言葉・・・日記として十分な量の文章かどうかなんて別に構いやしない。大切なことは様々な混乱の後に、どのようなメロディや秩序が姿を現したか、ということだから。短かろうが長かろうが、そんなことは関係ないのです。でも誤解しないで下さい。これは別に男性蔑視の日記でも、女性賛歌の日記でも何でもありませんよ。命への賛歌が根本にある日記、想いです。今夜、昨年末に書いた過去日記を久々に思い出していました。下にリンクを貼った過去日記も読んで下さると嬉しいです。『海の物語、空の物語、人の心の愛の物語 ~後編~ 』←☆☆☆------------------------------------さて☆前回の日記で、次回の日記では「わんちゃん」のことを綴る旨を予告していましたが、どうも、わんちゃんについての日記を読みたい、そんな意見を匂わすコメントが一つも入らなかったこともあり(笑)、それはまた秋が深まった頃に発信しようと思い直しました。で、なにか日記に書いて欲しい事柄のリクエストみたいなものがあれば、遠慮なしに好き勝手に、コメント欄に書き綴ってくれると面白いかなあ、なんて思います。想像力の幅が広がるというか、そういうのも時に面白いでしょ?・・・なんて(笑)。http://item.rakuten.co.jp/book/937035/ では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 最近、毎日すばらしい天候が続いていますね。暑くもなく寒くもなく、微妙に乾燥しつつある透きとおった空気が街角を行き交う人々の表情に笑顔を浮かばせているように感じます。秋の始まりの青空・・・・・本当、美しいと感じる毎日です^^◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.09.12

最近、なんだかとってもメランコリーです。だけど同時に、とても心地良いのです。普通、メランコリーといったら秋の季節に人が感じる憂鬱さみたいな感情を指していうのでしょう。あまり良い意味で使われる言葉ではありません。にも関わらず、現在の僕はメランコリーでありながら同時に心地良い。このような感覚・・・・・判ります?きちんと順序立てて上手に説明しないと共感してもらうことは難しいかもしれませんね。ひとことで言ってしまえば「気の持ちよう」となるのでしょうけど、でも、そういうのともまた微妙に違うかなあ、なんて風に少し思います。別に意識して、「なんとなくメランコリーだけど、それではネガティブだから明るい気持ちに切り替えよう」と自分に言いきかせた結果、心地良さにいざなわれたというわけではないのです。全然、そういうのではありません。ただ、メランコリーで、同時に、心地良い、のです。結論からいえば、心が落ち着いているということなのだと思います。そもそも、”メランコリー”って一体何でしょう?Wikipediaで調べてみたら、こんな説明がされていました。メランコリー 哲学用語として、憂鬱な精神状態と、それを引き起こす性格ないし身体的規定や存在論的規定を指す。メランコリーの概念は西洋思想の中で長い伝統をもち、その意味するところは世紀の変遷と共に大きく移り変わってきた。現代的意味におけるメランコリーは、ボードレール、キルケゴール、サルトルらによって概念化された。 日常的用法においては憂鬱のこと、精神医学的には鬱病を指すこともある。 図像学的な用法についてはメランコリアという呼び方が日本では一般的である。 さて話を変えて。愛について少し想いを馳せてみましょう。「愛」この言葉を聞いて、あなたは一体どんなイメージを思い浮かべますか?恋人達が腕を組みながら街を歩いているイメージ・・・つまり恋愛映画のようなワンシーンを思い浮かべる人もいるでしょう。家族団欒の微笑ましい風景を思い浮かべる人もいると思いますし、教会の中のマリア像のようなイメージ、あるいは天使のようなイメージを心に思い浮かべる人もいるかもしれません。(イタリアのフィレンツェという街で手にしたポストカード)しかし、今、僕が自分の心の中で思い浮かべる「愛」のイメージとは、上に列挙したようなものとは少し異なります。もっと遥かに単純で、音もなく静かな、そして、あたたかいイメージ。愛、なんて言葉すら忘れてしまうような、ただひたすら素朴で穏やかな風景のイメージ。まるで、こんな風な。『マリと子犬の物語』http://item.rakuten.co.jp/book/5518245/http://item.rakuten.co.jp/murauchi-dvd/4582114154450/幸福の原点。そんな印象を、この風景から感じます。なんて素敵で、愛らしい風景なのでしょう。この世に、なにかひとつ最も素晴らしいものがあるならば、今の僕は、この子犬たちのたたずむ風景の中にそれを見出すことでしょう。こうしたイメージを心の片隅にそっと置いてみるだけで、不安定な天候の中であっても、メランコリーと愛モードの狭間で心を揺らすことなく、穏やかに微笑みながら静かな時間を過ごすことが出来るのです。次回の日記は、犬さん(わんちゃん)と人間との間にある何かに、想いを馳せてみたいと思っています。---幸せと白い犬---そんな風な言葉のイメージが照らし出す日記になる予定です。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 最近、どうも天候が不安定なせいもあり、気分がメランコリーになりがちです。もうすぐ秋、だからでしょうか? という理由もあるのでしょうね。秋は秋で、とても好きな季節なんですよ。暑い夏が過ぎ去って、ようやく心が静かに落ち着きはじめるこの季節、秋のはじまりの予感。新しくはじまる美しい季節は、もうそこまで来ています。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.09.02
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