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世の中の流行り廃りは無数にあるけれど、子供の頃から何も変わらずに、皆が見つめ続けているものがあります。それは、星空。山や川などの形や海の大きさは、その時代時代の移り変わりで絶えず姿を変えてゆきますが、星空だけは、なにひとつ変わらず、いつでも僕らの頭上で煌いている。正確には地上から見える星空の様相だって、日々、千年単位で僅かながらも変化しているらしいのですが、でも、それは人の一生といった短い時間のスパンでとらえれば、---何も変わっていないに等しい---。何千年も前にエジプトでピラミッドを作っていた人々が見上げていた星空と、今、僕らが見上げている星空には、人が見て分かるような変化などありません。きっと恐竜が生きていた太古の時代よりも、もっと古い時代から、星空は殆ど何ひとつ変わらずに、現代に至っているのでしょう。人がどう動こうと、どう変わろうと、100年後の星空は、100年前の星空と何も変わってはいないものです。社会がどんな風に変化しようと、スピードばかりが加速しようと、時に、人々の心のありようが殺伐となろうとも、砂漠を旅する人は、星を数えます。だから、僕らだって人生に迷わないように、日常生活の中で当たり前と感じているかもしれない時間の感覚とは別な時間の感覚を、内なる羅針盤として持つことは大切なことなのかもしれません。都会の雑踏や、職場の喧騒から遠く離れて、人間が作ったものではない自然の風景に身を置くと、静寂に包まれながら、普段の生活の中で忘れかけていた「何か」と出会えるような気持ちになることがありませんか?その何かとは、きっと、海の浜辺で聞こえてくる波の音だったり、川のせせらぎだったり、森の中で樹々の間から差し込む光だったり、虫の声だったり、花や草原の香りだったり、夜空にどこまでも広がる星屑の煌きだったり・・・・・。それは人の数だけ感性の数だけエトセトラetcに存在するに違いありません。そうしたものに手を伸ばしてみることで、人は、ゆったりとした、永遠にも似た時間の流れに、僅かばかりであったとしても近づくことができるのだと思います。そして「命」にとって本当に大切なリズムを取り戻すことができるのでしょう。しかし都会に住んでいて仕事に追われ、星空を眺めるために田舎に向かう時間など取れない人もいるかと思います。現代において実は、そうした人達の方が圧倒的に多いかもしれません。そのように、日々を慌しく仕事と時間に追われている多くの人達にとって、本当は当たり前のように皆の頭上で煌いているはずの星空を眺めることは難しいなのだろうかと自問すれば、そんなことはないような気がしてきます。僕は東北に住んでいます。仙台の中の、とても田舎な場所です。なので夜に星空を眺めれば、曇りの日をのぞけばプラネタリウムのような満点の星空を眺めることができます。でも、これは大自然に住んでいる人にだけ与えられた特権なのでしょうか?僕はそうは思いません。東京でも星は見えます。きっと、ニューヨークでもロンドンでも、どこの大都市でも。あなたが願えば、あなたが望めば、星は誰にでも、瞬きしてくれるはずです。「あなたが、幸せでありますように」と、美しい光を輝かせながら。時には、砂漠で星を数える旅人のような気分で、あなたも静かに星空を眺めてみませんか。素敵なことが沢山、起こるかもしれませんよ♪では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 昨夜、流れ星を見ました。とても感動しました。流れ星と出逢ったのって何年ぶりでしょうか、かなり久々だと思います。あなたは最近、流れ星を見ましたか?なにか願い事をつぶやきましたか?前回の日記内容の続きを書く予定でしたが、昨夜に見た流れ星の影響で(?)日記内容を変更しました。また機会を改めて前回の日記の続きを発信出来したいと思います。こちらの過去日記も読んで下さると嬉しいです^^-----『魅力的な人とは?』----- ←クリック♪昨日からようやく清清しい青空が見えはじめてきました。本格的に梅雨が明けたようです。とっても、まだ少し不安定な天候ですが。明日も素敵な天気だと良いですね!(^^)◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.07.29

今日で18歳になりました♪(爆)Happy birthday to me♪ Happy birthday to me♪♪ん? 何!?18歳???・・・・・勿論、本当ではなくて冗談です(^^)ハイ!つまらない冗談はさておき☆ これからも笑顔で楽しく日記を発信してゆこうと思います。18歳プラスα歳になった僕ですが、どうぞこれからも宜しくお願いします! -----さて今日の日記は、「誕生日」とはあまり関係のないお話です。-----時間のない方や興味のない人は、これから先は読まずとも日記冒頭の文章だけ読んで下されば、それでOKです(笑)。ただ、「ルカの街並さん、お誕生日おめでとう!(^^)」とでも簡単に書き込みしてもらえたなら、それだけで最高に嬉しいですし、とってもとっても励みにもなります☆☆☆ということで以下に日記本文を続けましょう。今日の日記は、誕生日とはあまり関係のないお話です。でも、誕生日とはあまり関係のないお話とはいえ、ちょっとだけ関係はある話かもしれません。何故ならそれは、いってみれば「言葉の誕生」についてのお話だからです。ここ最近ず--っと考え続けてきたことに関し、今日の日記で少しだけ触れてみようと思います。人類が初めて声に出して言葉を話したのは一体いつの頃なのだろう?そして、それは一体どんな言葉だったのだろう?そんな素朴な疑問に纏わるお話です。何故、最近に僕はそんなことを考え続けているのでしょう?アホだからでしょうか??(爆)まあ、それもあるでしょう(笑)。しかし、それだけでは決してないのです。「言葉の誕生」そんなことを考えることに一体どんな意味があるのか正確には分かりませんが、ただ個人的な興味があって、それが最近止まることなく自分の中で加速しているというだけに過ぎません。と同時に僕自身、内心では、(何も意味などない)なんて本当は思っていなかったりもします。何か大きな意味があって自分の好奇心が動き出してのことに違いないと、如何なる大した根拠もないまま半ば確信しているからです。では一体どんなことを、大した根拠もないままに確信しているのかというと?人類が初めて声に出して言葉を話した瞬間のことが分かれば、その話された言葉の内容から、人間の生にとっての普遍的な「何か」が浮かび上がってくるに違いない・・・・・そんな確信。その「何か」が自分なりにも判ってくれば、もしかしたら、現代社会に蔓延る様々無数の心の病理を修正するための処方箋が生まれることにつながるような気がしています。また、言葉の誕生といった「それを探求することで何か意味を見出せるのだろうか」と思えて仕方がない、一見して不毛極まる事柄への探求は、ここ最近にルカの街並ブログで繰り広げられているところの、中国やユダヤ等の民族の中で何千年も前に興った古代文明や、それ以前の地球の生命の成り立ち、はたまた宇宙空間への探求・理解といった事柄にも同じことがいえると思います。学者でもなんでもない僕が、そのようなことを探求することに何ら意味などないと捉えることは誤りです。何故なら、一見して意味などないように思えることであったとしても、単なる好奇心が向かう先に想いも寄らぬ発見の光が差し込んだりすることがあるからです。たとえそれが金銭的な価値を生み出すことがないとしても、金銭的な価値云々以前に、内面の豊かさには確実につながるでしょう。☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆そんな風に思いながら10日程前に二つの図書館に出かけ、人類学に関係する書物を10冊以上借りてきました。それでそれらの書物を読み漁ってみると、面白いことが分かってきました。どんなことが分かってきたのかというと?人類が初めて声に出して言葉を話した瞬間のことなど、誰にも正確なことは分かっていない、という当然といえば当然過ぎる事実でした。にも関わらず、世界中の学者達が真剣になって事の真相を探ろうと努力してきたという事実にも辿り着きました。分からないことだらけの、この世界。そして人類の長い長い歩みもまた然りです。圧倒的に「分からない」ことだらけなこの世界なのに、しかし世界中の沢山の人達が長い長い時間を費やしながら、「分からない」を分からないなりに探求し続けている。そこに確かな意味など持てなくとも、です。以下に興味深いインタビュー文献を太文字で引用しましょう。フリーマン・ダイソン博士の昨年のインタビュー記事からの抜粋です。非常に長い引用となりますが、実に素晴らしい内容であると思えるので、そのまま長いままに下に引用をすることにします。-----歴史において、謎に挑んだ人々は、しばしば驚くべき発見にたどりつきました。謎を解いた時には必ず、そこに新しい科学が生まれるのです。(中略)たとえば火の性質はギリシャの時代からとても大きな謎でした。物が燃える時にはフロキストン(燃素)という元素が放出される、という理論が出来ましたが、その正体は謎でした。そしてついに火の謎は解明されました。他の物質とくっついて火を生み出す元素、つまり酸素が発見されたのです。この時、化学という新しい科学が生まれました。このような例は沢山あります。地球が太陽のまわりを周っているのか、それとも太陽が地球のまわりを周っているのかというのも大難問でした。コペルニクスが地動説を提案した時に、近代天文学が誕生したのです。ですから、生命の起源が理解出来た暁には、誰も考えもしなかった、また非常に重要な何らかのカラクリが明らかになるのではないでしょうか。-----(フリーマン・ダイソン博士) 人は夜空を見上げる時、そこにあるのが美しい星座であることを理解します。人は星空が浮かんだ宇宙の暗闇を眺める時、夜には星の灯りだけでなく、電気の灯りが僕らの家の中や地上を照らしてくれていることを理解し感謝します。また、人は言葉で他者に想いを伝える時、親が子供に向かって大事な想いを伝える時、そこから伝わるのが、きっと愛や思いやりであることを理解します。しかし、その起源や成り立ちにまで想いが及ぶことは少ないかもしれません。そして、そのことを探求することで、どんな可能性が誕生するのか・・・・・そこまで興味が運ばれる人はもっと少ないかもしれません。人類が初めて声に出して言葉を話したのは一体いつの頃なのだろう?そして、それは一体どんな言葉だったのだろう?生まれたばかりの小さな命に向かって、母親が、「生まれてきてくれて、ありがとう」と微笑んだ瞬間に、人類にとって初めての言葉が誕生したのだろうか?あるいは、小さな子供が自分の母に向かって、「お母さん、大好き!」なんて笑顔で囁いたのが初めの言葉だったのだろうか? それとも、詩人の魂を持った原始人が、「愛ってなんだべ~~・・・」なんて、ひとりごとを呟いたのが全ての始まりだったのだろうか?あなたは、どのように想像しますか?(^^)この日記を読んでくれている、あなたが、この世に生を受けた証・理由が、もしかしたら、人類が初めて声にした言葉、その「謎」の言葉の中に隠されているかもしれませんよ。次回の日記に続きます。では、また次回の日記で逢いましょう
2008.07.21

小学生の頃に大好きだった映画のひとつに、『小さな恋のメロディ』という作品がありました。今日、この映画のことを久々に思い出し、TSUTAYAでDVDを借りてきて20年ぶりくらいに鑑賞したら、感慨深いというか、なんというか・・・・・説明が難しいのですが、兎にも角にも言いようのない懐かしさに抱かれています。まるで自分自身の子供の頃の古い写真を押入の中から発見したような、そんな感覚かもしれませんね。と同時に、遥か遠い幼年期に置き忘れてきた、今はもう失ってしまった若葉のような輝きに想いを馳せていたりもします。でも、ちょっと複雑な心境かなあ。こんな映画に恋していた幼き季節が、僕にも確かにあったのだと思うと、唐突にタイムスリップしてしまいそうで、切ないやら、ほろ苦いやら・・・・・。でも、やっぱり嬉しいことも事実だったりもします。思い出の映画のひとつやふたつ、あなたにもありませんか?ありますよね♪ きっと誰もが持っているに違いないと思います。あなたにとっても、忘れられない素敵な映画の思い出が沢山あるはず。そうした大事な思い出の映画作品を思い出した時に、幸せな気分でもって過去を振り返ることは大切なことだと思います。なぜなら、遠い記憶の中の小さな姿をした自分が、微笑みながら駆け回っている様を、今、心の中で思い浮かべた時に、現在の自分自身の心の成長にたいして、(まあ、色んなことがあったけど、今は過去の自分に微笑みかけて優しく肯定してあげよう)なんて風に語りかけることが出来ることで、過去と現在が上手に手をつなぐこともあるのですから。『小さな恋のメロディ』という30年以上前の外国映画に登場するのは小さな子供たちです。自分を取り巻くすべての事柄にたいして全力で向き合い、草原を笑顔で駆け回り、大人に内緒の秘密基地に立てこもって夢中で遊び、そして時に異性に恋心を抱いてときめいた少年少女時代・・・・・・・。多くの大人にとって、自分自身の若葉の頃を思い出した時に心の中によみがえる、ごくごく普通の、ありふれた、だけど誰にとっても美しい季節の物語。・・・なんて今さら説明・解説が不要なくらいに有名な映画ですから、ストーリーは敢えてここに記しません。でも、この映画のことを知らないなんて方がいましたら、是非、下記の楽天市場サイトにおける解説文章に触れてみて下さい。もしかしたら、あなたが遠い昔に、どこかに置き忘れてしまった、若葉のような大事な何かを思い出すかもしれませんよ(^^)http://item.rakuten.co.jp/book/3856186/http://item.rakuten.co.jp/guruguru2/pcbh-50097/最近、宇宙に関する幾つかの日記を書きながら、「スター・ウォーズ」や「スーパーマン」などの、自分が子供の頃にとても魅了されたSF映画をふり返っていたら、ふと、『小さな恋のメロディ』という古い映画のことを今日になって久々に思い出したのでした。映画って素晴らしいですね。あなたにとっての、懐かしい大切な思い出の映画は何ですか?では、また次回の日記で逢いましょう(^^)>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ さて先日に、遂にルカの街並ブログが23万アクセスに到達しました!。23万アクセス記念に素敵なプレゼントを用意したのです。前回の日記で記したように、そのプレゼントとは「隕石」。アリゾナ隕石孔と呼ばれるクレーターから採掘された隕石です。その隕石をプレゼントする「誰か」を決めるのに、今回は特別な選定方法を採用しました。その選定方法とは?、あまりにもアホちっく過ぎて不評だったために(爆)、再度いまさら日記に公表するのは避けますがというか実は、あみだくじで決めたのですが(爆爆)、それ以前に230000アクセスに最も近い229999アクセスを踏んでくれたのと同じ方が当選したことに驚きました。実に不思議なものだと驚愕しつつも、やはり運ばれる人のところに運ばれる運命だったのだろうと考えた次第です。ということで、当選者は歌姫Kyoさんに決定です。後日に郵送しますので楽しみに待ってて下さいね!(^^)これがプレゼントの隕石の画像。まるで美しくない石のように見えるのは、地球に落ちてくる際に空気抵抗・摩擦などによって表面が燃えたことによります。この隕石に関して、ごく簡単に説明をしましょう。落ちた場所はアメリカで、その名をアリゾナ隕石孔またはバリンジャー・クレーターと呼ばれています。詳細を知りたい方は「Wikipedia」のサイト等を参照願います。この隕石は白いプラスチックのケースに貼られた説明用紙によれば、約3万年前に地球に落ちたようなのですが、ウィキペディアによる説明によると約5万年となっています。3万年前であろうと5万年前であろうと、とにかく「太古」の時代に地球に衝突した隕石であることには変わりはなく、そうした事実にただ驚愕するばかりです。本当凄いですよね、だって何万年も前に宇宙から地球に降ってきた隕石をこうして手に触れることが出来るのですから。詳しい話は、前回の日記をお読み下さい。☆☆☆☆☆☆☆それと余談ですが、最近、僕自身の日記文章がとても長くなってみていることに加えて、紹介する方々のスペースや日記内容自体の密度を更に刺激的に新鮮に発展させてゆきたいとの想いも深まったこともあり、以降からの日記において「日記あとがき」に以前に掲載していた固定枠等を★★★生きた言葉、かけがえのない言葉★★★というフリー・ページに移動することにしました。このフリー・ページ自体の内容も、勿論、日記内の文章や紹介コーナーも、これから少しずつ変化させながら、よりスケール・アップを図りながら、これからさらに豊かに花咲かせてゆこうと考えています(^^)今夜に出逢った、とっても素敵な日記を幾つか紹介させて下さい♪『心の故郷』←クリック!『帰宅。邪を閑ぐ~見龍『新・手に取るようにわかる面白い易経』38』←クリック!『元気なのも良し悪し?』←クリック☆☆☆★★★生きた言葉、かけがえのない言葉★★★◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.07.19

インタビュアー ---生命はどのように誕生したとお考えですか?ダイソン ---もちろん、簡潔に答えるならば「わからない」ということになります。どんなドラマがあろうと、おそらくはうまくかくされたのです。おそらく、どこか私たちの目にふれない場所、つまり海底や宇宙のちりの雲などで、小さな出来事があったのでしょう。インタビュアー ---生命が地球以外の宇宙のどこかで生まれた可能性もあるとお考えなのですか?ダイソン ---ええ。たとえば、何らかの衝突によって火星から弾き飛ばされ、何千年もの間、宇宙をただよった後に地球に落ちたと見られる岩石がいくつも見つかっています。そんな岩石の中に小さな生物がいて、惑星間を生きのび、地球で息を吹き返したということだって、十分に考えられるのです。以上4行の質疑応答内容は、フリーマン・ダイソン博士の昨年のインタビュー記事からの抜粋です。そして、次に引用するのは『宇宙の地図帳』という本からの文章の一部。---人間の身体は、じつによくできている。そんな人間の身体はすべて、宇宙にある元素を素材にしてつくられている。では、元素は宇宙でどうやってできたのだろう?(中略)このように何度も何度も星の輪廻転生をくり返した結果、宇宙にさまざまな元素が生み出されたのだ。生命の素材が宇宙にある物質だということはわかる。しかし、物質たちがどう組み合わさって、生命になりえたのだろうか。それはいまだ謎のままだ。---(『宇宙の地図帳』縣秀彦著・本文中より抜粋) http://item.rakuten.co.jp/book/5039975/あなたは次のような言葉を聞いたことがありませんか?「人が宇宙のことについて知っているのは、全体のうちの4%に過ぎない」おそらく何処かでこのような言葉や話を耳にしたり、本で読んだことがあるはずです。これは有名といえば有名な話なのですが、実際のところ、その4%という数字が何を論拠に導き出された数字なのかまで知っている人って多くはないかもしれません。どこかの学者が適当に、「だいたい4%くらいなんじゃないかなあ、いや、5%くらいかなあ」なんて、その時の気分ではじき出した数字ではないのです。きちんと天文学的に裏づけされた根拠があるようなのです。それは一体どういうことかというと?人類が宇宙を理解する目的で行う調査方法というのは、主に光や電波等の電磁波による測定調査に限られるのですが、そうした観測方法では、宇宙空間の「約4%」しか計測が可能とならないからです。僕達は現在、どんなにあがいても、宇宙の中の、たった4%しか理解出来ないという事実。宇宙に関する様々な専門書や雑誌の類に目を通せば通すほどに、その事実を驚きと共に認識せざるを得なくなります。その約4%にあたるのが、僕らがよく知っている、太陽を中心に回っている地球や木星や土星を含む沢山の惑星と、それらを取り巻く沢山の衛星---つまり太陽系の中に存在する沢山の天体。それに加えて、アンドロメダ大銀河、銀河系・・・エトセトラetcの中の、---目に見える部分と観測可能な部分---。それらを全部合わせても、たったの4%。では残りの96%は一体何なのかというと?ダークマターや暗黒物質と呼ばれる、いわゆる---謎そのもの---。人類が試み続けている如何なる観測手段でもってしても測定が困難を極める、もしくは測定が不可能な領域が、宇宙の中の96%という、ほぼ大部分を占めているわけです。前述した「人類が理解しているとされる4%」の中に含まれる空間や諸々の存在や物質にしても、普通に暮らしている僕らにとって、殆どが謎だらけ。確かな手ごたえにつながるものなんて殆ど無といっても過言ではないでしょう。地球上で、肉眼で或いは天文台で望遠鏡を用いて夜空に浮かぶ星空を眺めたり、あるいは高度な技術と莫大過ぎる国家予算を伴って宇宙船で他の惑星や衛星に近づいたり、様々な観測手段でもって「遠くから推測」しているに過ぎない。実際に手に取って感触を確かめたりすることが出来るものなど、何一つないのです。何一つない・・・・・?いえ、ひとつ忘れていました。僕らと宇宙とを確かにつなぐ具体的な、手で触れ、目で見ることの出来る存在のことを。それは、「隕石」です。これから今日の日記に「隕石」についてのお話を書いてゆきましょう。(隕石の偏光顕微鏡写真)生命の起源も、生命自体も、宇宙の成り立ちも、僕らは大して何も、多くのことを知ってはいません。高名な学者達でさえ実に4%程度のことくらいしか理解していないというのが現状です。しかし、それでも「殆ど何も知り得ていない僕ら」が住む地球に、宇宙からの確かなメッセージが届くことがあります。太陽風が姿を変えたオーロラのような美しい、だけど手に触ることが出来ない、おぼろげな色彩の存在等を通じてではなく、具体的な姿形を伴って、宇宙からのメッセージが届くことがあるのです。次に紹介する素晴らしい本の中に、そのことが詳しく書いてあります。『隕石 宇宙からの贈りもの』島正子著http://item.rakuten.co.jp/book/976723/これは先日に図書館で出会った本。難しい言葉が羅列する専門書なのかと思いながら本を開くと、実に詩的な表現で且つ分かりやすく文章が綴られていることに気づき、魅了されながら借りてきました。この本の中から特に強く印象に残った素敵な文章の一部を、以下に抜粋・引用します。-----光と音を伴って、時には派手に、また時にはひそやかに、天からやってくる隕石には、宇宙が始まった時からの情報がぎっしりつまっている。これまでに、この隕石がもっている情報を解読しようと、科学分野のあらゆる知識、技術を総動員しての取組みが行われてきた。-----(『隕石 宇宙からの贈りもの』より抜粋)この本によると、地球に落ちてくる殆どの隕石は、46億年の間、宇宙空間を漂っていた物質のようなのです。例外もありますが、その例外にしても何十億単位の年齢が隕石に刻まれています。説明すると実に長い話になりますし、別枠の日記に書いてもまだ足りないほど長い説明になるので敢えてこれ以上の説明は避けますが、隕石の年齢に関するお話ひとつ挙げただけでも、とてつもなく壮大なロマン・宇宙の真実の探求へと、人を駆り立ててやまないであろう凄いお話なのです。興味を覚えた方がいましたら是非、上に紹介した『隕石 宇宙からの贈りもの』を読んで下さい。-----空から石や鉄のかたまりが音と光を伴って落ちてくれば、昔の人ならずとも驚きあわてることでしょう。拾ってみればどうということのない石であっても、昔の人たちが、隕石を神の使い、あるいは、生まれ変わりと信じ、神社、仏閣にご神体または社宝として祀ったということも理解できるような気がします。実際に、今日のように種々の科学機器が発達して遠隔操作によって地球外の状況が観測できるようになり、人類が地球外に飛び出していけるようになった現在でも、隕石は地球外の様子について、その創成の昔から現在までの様子を伝えてくれる貴重な資料です。いい換えれば、隕石はいまでだに私たちが手にとって科学的に調べられる唯一の地球外物質といえます。-----(同じく『隕石 宇宙からの贈りもの』より抜粋)-- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- さて、話を変えて!。先日に遂に230000アクセスに到達しました。キリバン記念に際し、このブログを訪問してくれる方々への日頃からの感謝を込めて、今回は特別なプレゼントを用意しました。それは一体、何かというと?-----隕石-----現在から遡ること約30000年前あるいは50000年前に地球に落ちてきたと推測されている隕石の、小さな欠片です。約3センチほどの小さな隕石をプレゼントします。約46億年もの間、宇宙空間を漂い続けた後に、数万年前に地球に落ちてきた「宇宙の記憶がぎっしり刻まれた宇宙からの贈りもの」。そういう意味で、これはとても貴重な、宇宙からやってきた星のかけらなのです。230000アクセスに際して、一体誰に、この隕石をプレゼントしようかと考えた時に、ある面白いアイディアが閃きました。革命的且つ斬新な選定方式を採用することにしたのです。(尚、あまりにアホチックな選定方式なので、脱力する方もいるかもしれません♪爆)ブログの訪問履歴に残された足跡をもとに、230000アクセスのプラスマイナス10(229990~230010)に足跡を残してくれた訪問者様の中の「誰か」にプレゼントするというアイディアです。今回は4名の楽天仲間が、この枠内に足跡を残してくれました。その4名の中から、1名だけに「隕石」をプレゼントします。*****日記文章が文字数制限を激しく越えてしまったので、当選者の発表は次回の日記で行います。*****では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 仙台・東北にお住まいの方に朗報!コンサートのお知らせです。8月30(土)仙台市青年文化センターで、ミネハハさんのコンサートが開催されます。『ありがとう地球 ミネハハ コンサート』ミネハハってどんな人?と思った方は是非、次に紹介する素晴らしいお二人のブログも訪問して下さい。みゆき35さんの日記←クリック☆☆☆奥山かりんさんの日記←クリック☆☆☆それと先日の12本の薔薇さんの日記がとても素敵です!(^^)*****文字数制限を激しくオーバーしたので今日は以下省略させて下さい*****◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.07.16

今日は七夕ですね。星に願いを込めながら・・・って、今夜は曇り空、星ひとつ見えません(残念!)。仕方がないので、上空に覆う雨雲のずっと遥か上にある星屑煌く広大な宇宙のことを想像しながら、徒然気が向くままに日記を書き進めることにしましょう。今日の日記は、宇宙に関するお話です。家から車で15分ほどの場所に先日、天文台がOPENしました。日本最大級の公開天文台です。OPENした次の日(7月2日)に天文台を訪れて、とても驚くと共に大きな感動に包まれました。何故なら、とても煌びやかで美しい天文台だと感じたのに加えて、これはごく個人的な話に過ぎないのですが、ここ最近に興味の対象となっていた部分、いまだ自分が踏み込んでいなかった空白の領域にパズルの欠片が自然と組み込まれた気がしたからです。約一ヶ月前に中国古典への大きな関心が沸き起こったことに端を発し、より大きな視座での歴史への興味がスタートし始めて、それに関連しながら他の沢山の古代文明や諸々の文化がその後に如何様に培われていったのかに対する探求心が加速し、翻ってそれ以前の原始的な生活を営んでいた人類の歩み、そして人類誕生以前の地球の状態などを、図書館や書店で、現在容易に閲覧可能な最新研究文献になるべく目を通すことで自分なりに勉強してゆく中、探れば探るほどに、避けることの出来ない存在、いや自然と関心が向かうのが当たり前かもしれない事柄に心の視線が向かっていったのです。それは、---宇宙空間への関心---前述した「空白部分のパズルの欠片」とは一体何かというと、今書いたように宇宙空間への関心に集約されますが、もう少しだけ詳しく説明すると以下のようになります。ここ一ヶ月の間に僕は稚拙ながらも自分なりに簡易な地球年表を作成していて、その中に中国古典やユダヤ民族等における旧約聖書発生や他様々な民族の文化の成立の過程、そして人類誕生以前の、気が遠くなるような時間の中における生命の進化の過程、地球誕生までの過程を年表としてまとめていました。しかし、何かが足りない・・・・・一体何が足りないのだ?と考えたところ、それは「宇宙の成り立ち」への理解という重要な部分でした。そんな折に先日に足を踏み入れた天文台で出会った沢山の---宇宙空間に関する情報---は僕にとって実に有難いものだったのです。これから紹介する写真は、天文台内部の展示室にあった「時間で見る宇宙」パネル。字が小さくて見えにくいと思いますので以下に記しましょう。0秒 宇宙の始まり 10のマイナス44乗秒 インフレーション -----ミクロの宇宙からマクロの宇宙へ10のマイナス3乗秒 光と素粒子が出来ては消える ----光と素粒子の時代3分 原子核(水素とヘリウム)がつくられる -----元素合成の時代 電子が自由に飛び回っている ~不透明な宇宙と透明な宇宙の境~30万年 宇宙の膨れ上がり 電子が原子に捕獲される 暗黒の時代 -----銀河の種が成長する時代2億年 銀河ができ始める 最初の星ができ始める 星の内部で重元素が合成される 銀河の中で星が生まれては死ぬ ---そして46億年前に太陽と地球が成立し現在へと至る---(注:撮った写真の字が不鮮明なために書店で購入した資料内容と織り交ぜています。誤りがあった場合は御了承下さい)上のパネルだけ見ても、一体どれくらい前に宇宙の始まりが起こったのか判りませんよね。何10億年前なのか何100億年前なのか、はたまた、もっともっと遥か以前なのか?宇宙発生から経過した時間や宇宙自体の広さもまだ確かなことは分かっていないようですが、約137億年前にこの宇宙が生まれたとする説が、現在最も有力だとされています。また、今年になって出版された他の専門書において約140億年前、150億年前と記されてあるものもあります。しかし宇宙発生からの時間経過だけでなく、近い未来に上のパネルにおける宇宙の概念自体が根本から覆される可能性もあるようです。それくらい、人類はまだ宇宙のことを殆ど判っていない、というのが事実なのでしょう。さて話を変えて。前回の日記の続きを書きます。7月1日の日記(前回の日記)は、心のバランスについて綴った日記でした。以下に引用として記すのは、そのバランスというのものが、どのような状態の上に成り立っているのかを考える際に重要だと思える文献です。実に重要な文献です。少なくとも僕にとっては半端じゃなく意義深い内容なのです。共に長い引用となりますが、もし仮に一読して理解出来なくても何度でも読んでみて下さい。大きな何かが見えてくるはずですし、また、読み解く価値は十二分にあるはずです。まずは著名な理論物理学者のフリーマン・ダイソン博士の昨年のインタビュー記事から強く印象に残った箇所を以下に抜粋。-----宇宙は、二つの側面を持っています。それは、「荒々しさ」と「静けさ」です。かつて人々は、地上では物質が形を変え、不規則に動きまわる一方、天ではあらゆるものは穏やかで平和であり、秩序が保たれていると考えていました。今ではそんなことはないことが分かっています。この100年で、天、つまり宇宙は、本当は荒々しい場所であることが分かってきました。宇宙は、大部分の時間は静かなのですが、短い期間非常に荒々しくなります。星は10億年生きますが、その後爆発したり、星同士の荒々しさと静けさが交代して生じるために、生命が存在するようになったのです。生命の誕生には原材料やエネルギーを手に入れることが必要で、そのためには荒々しさが必要です。しかしその後、生命が自己を組織化するためには、平和な状態が長く続く必要があります。そして、これこそが、太陽系のもたらすものなのです。太陽は生命を維持するためのエネルギーを常に生み出しています。しかし、個々の惑星では様々な種類の荒々しいプロセスが生じています。生命にとってはあまり快適なものではなく、生き延びるためには進化する必要が出てきます。太陽と惑星は、生命に好都合なように出来ているのです。(中略)こうした重力の二面的作用こそ、生命の誕生のみならず、宇宙のあらゆる発展の原動力なのです。-----次に、楽天ブログでもお馴染みの、【亞】さんの著書『リーダーの易経』終章より抜粋。-----易経が説く陰陽論の根本が次の辞に集約されています。一陰一陽之を道と謂う「陰陽は対立しあい、変化して万象は止むことなく循環する。これを道という」無為無心のはたらきは、陰陽が無窮の変化を繰り返すことで成り立つという、易経の原理です。一陰一陽には対立するという意味と、陰陽はかわるがわる自在に転化するという意味があります。陰陽は天と地、男と女、進と退というように、対立する二つの性質に分かれ、たがいに反発しあいながらも交じり合おうとします。易経の思想は、この陰陽作用による弁証法的働きを道といい、膨大なるエネルギーを発し、万象を生み出すとしています。(中略)何が善で何が悪かなどという議論や観念にとらわれるよりも、まず誰よりも先駆けて、混沌と変化を察知し、陰陽を用いるということが可能になるのではないかと思います。荘子が記すように、七つの穴を穿つようなことをしなければ、混沌は訪れる者を手厚くもてなしてくれるでしょう。-----宇宙の働きも人の心の働きも、その性質はそんなに変わらないものなのかもしれません。バランスが良いというのは決して、ただ、やみくもに、静かにおとなしく何事もなく平穏に前に進むことが出来ている状態を指すのではないということが、上に引用した貴重なる二つの文献を読むと理解出来るような気がしてきますよね?。おそらく、心地良さばかりでなく、時に多大な不都合さや激しい感情の摩擦を伴うことがあったとしても、それでも且つ「流れ」と「リズム」に乗って前に進んでいる状態を指して、---生きていることのバランスが取れている---というのでしょう。簡単そうで、実はそんなに簡単なことではありませんよ。だって人間は日々、感情の揺れを伴いながら安定と不安定の狭間で生きている存在なのですし、そもそも人間が皆、誰もがバランスよく、いつでも穏やかに生きてゆけるのであれば、易経が古来から現代に至るまで伝承され続けていることの意味もまた存在しないのですから。昨日とても機嫌の良かった誰かだって、今日は激しく機嫌が悪いなんて日常茶飯事。この日記を読んでくれている「あなた」だって、きっと同じことでしょう。自分のことを考えてみれば、よく判るはずです(^^)http://item.rakuten.co.jp/neowing-r/gnbd-7403/では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 仙台・東北にお住まいの方に朗報!コンサートのお知らせです。8月にミネハハさんのコンサートが仙台で開催されます。『ありがとう地球 ミネハハ コンサート』---ミネハハ Minehaha プロフィール---北米ネイティブアメリカン・ダコダ続の酋長の娘の名前に由来。ミネは水、ハハは微笑の意味。また、悲しみも苦しみも乗り越える大地から湧き上がるエネルギーの名称でもある。スタジオミュージシャンとして活躍中、著名な歌手のバックコーラスや、3000曲以上にもなるCMソングを歌い、「CMソングの女王」としての地位を築く。(コンサート宣伝チラシよりプロフィール文章抜粋)ミネハハってどんな人?と思った方は是非、奥山かりんさんの日記も訪問して下さい。奥山かりんさんの日記←クリック☆*****文字数制限を激しくオーバーしたので今日は以下省略させて下さい*****◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.07.07

ふとした偶然に探し物と出会ってしまうことってあるものです。一昨日ふと、人類にとって言葉が最初に生まれたのはいつのことなのだろう?と疑問に思い書店で資料となる本を探し回ったのですが、そのような資料にはまるで辿り着けすに残念な想いを抱えていました。やはりTSUTAYA書店で探したのがマズかったのかも(近所のTSUTAYA書店に専門書はあまり置いていないのです)・・・・・なんて思いながら、日曜日になったら大きな図書館に行って調べてみようと考えていた矢先、昨夜に偶然に探し物が見つかりました(正確には、見つかったような気が一瞬して大喜びました)。TSUTAYA(DVDレンタルもしている)で何気に借りてきた『四大文明』という歴史ものDVDを鑑賞しはじめたら、いきなり冒頭でナレーションによる語りがあり、その中で次のように紹介されていました。-----文字はメソポタミアで初めて誕生しました。メソポタミアの人々は、永遠の来世を夢見ることはありませんでした。その眼差しは、あくまでも自分達が生きる、今、に向けられていたのです。-----云々云々エトセトラ、etc。実に興味深いナレーション!、興味津々でドラマの流れを追いつつ、しかし徐々に探し物が見つかったと一瞬感じた期待感は萎んでゆきました。これでは以前に図書館から借りてきた世界の歴史年表内容と大した変わりないではないか。このDVD作品はあくまでも大きな歴史の流れを追った内容であり言語学に焦点を絞ったものではないので当然といえば当然かもしれませんが。とはいうものの、このDVDはとても魅力的・刺激的な内容だったりもします。というか凄い内容です。昨夜に日記に書いた、人類の三大革命の一つと称されるうちの一つであるところの「農業革命」発生について映像を交えて事細かに語られているからです。そして、言葉を失うほどに感動したのがユーフラテス川の神々しいほどの雄大さ。中国の大河のように大きな大きな川なのにエメラルドグリーンに透き通っていて何とも美しいのです。こんな川は絶対に日本にはないでしょう。きっと世界のどこにも、メソポタミア以外には存在しないに違いない・・・・・というくらいに神々しく雄大な川なのです(DVD映像を見る限りそう感じます)。そのユーフラテス川に飛び込んで泳ぎ回る現地の子供たちの笑顔、これも最高に活き活きとしていて素晴らしい!というか涼しそう!楽しそう!!(感動!!)考古学者が現地の発掘調査を元にCGで再現した4000年前の古代の街並みの風景映像も最高に感動的です。アニメーションCGとはいえ、凝った作りになっていてタイムスリップした気分を味わえます。そして圧巻なのが、煌びやかに金色に輝くハンムラビ法典!これが半端じゃなく凄い!!何が凄いって、これは映像を見ないと、この物凄さは伝わらないでしょう。いやあ、かなりびっくりしました。こんな物凄いものを古代の人類は作っていたのですね。実際のところ当初に僕は、文字の誕生がいつだったのかを知りたかったわけではなく、またハンムラビ法典の煌びやかさに感動したかったわけでもなかったのですが、しかしそれでも予想外の収穫、感動と出会えたことは嬉しいことでした。文字の発明に関しては、詳しい場所についての説明までは記されてなくても多くの歴史書に、大きく考えて人類の歴史において約8000年前から5000年前に文字が発明・発展云々とされてあるので、改めてそうしたことを知りたかったわけではありません。僕が知りたかったのは正確にいうと、いつ頃から人類は「言葉を声を通してコミュニケーションを行うようになったのだろう?」という疑問がまず初めにあったわけで。しかし、「声」なんてものは化石にも遺跡にも残ったりするものではないのだから、多くの学者達がきっと今まで研究してきたかもしれないけれど、分かるはずないなあ、なんて気がしています。---人類は最初に「言葉」として声を出したのは、いつの頃なのだろう?---この日記を読んでくれている誰か、知っている方がいましたら私書箱にメール下さい。あるいはそうした事柄について記されてある文献を知っているという情報でも構いませんよ。そんなこと知ったところで一体なんの役に立つというのか?なんて言ってはいけません。何事も、意味も価値もないような単なる好奇心が向かう先に想いも寄らぬ発見の光が差し込んだりするのです。そうした光が思いがけずに莫大な富につながることが・・・・・ない、とは言い切れないのです。まあ、富につながることが全くないとしても金銭的な価値云々以前に、内面の豊かさには確実につながると思います。ちなみに、古代メソポタミア文明とは何?って方へ。 メソポタミアに関連した地域の位置関係メソポタミア(Mesopotamia、ギリシャ語で「複数の河の間」)は、チグリス川とユーフラテス川の間の沖積平野であり、過去のペルシアの一部、現在のイラクにあたる。漢字による当て字は「米所並大迷亜」。メソポタミア文明 はメソポタミアに生まれた文明を総称する呼び名で、世界最古の文明であると言われていた。文明の初期の中心となったのはシュメール人であるが、シュメール人は民族系統が不明である。 地域的に、北部がアッシリア、南部がバビロニアで、バビロニアのうち北部バビロニアがアッカド、下流地域の南部バビロニアがシュメールとさらに分けられる。南部の下流域であるシュメールから、上流の北部に向かって文明が広がっていった。土地が非常に肥沃で、数々の勢力の基盤となったが、森林伐採の過多などで、上流の塩気の強い土が流れてくるようになり、農地として使えなくなってしまい、衰退した。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)そういえば古代の文明が滅亡した原因に、塩害や多大なる森林伐採の影響というのが多いのです。また機会を設けて歴史上の昔の文明が滅んだ幾つかのケースを原因を追って紹介したいと思います。それはそうと、探し物ではないのですが、先日に生まれて初めて「隕石」を目の前で見ました。天文台の中の展示室で見たんです。びっくりしました。この凄さは写真では伝わりにくいと思いますが掲載します。*****それと今日の日記内容とは全然関係ありませんが*****7月7日の日記に寄せられたコメントへのお返事を読んで誤解される方々があらわれると困るので念のため、注意書きしておきたいと思います。---こちらのブログ・日記文章からの無断引用や無断借用は原則的に固くお断りしています---これは変わらぬ基本スタンスですので御了承下さい。「このブログについての説明」というフリーページに記してあることですが改めて書いておきます。何故にこんなことを強調するのかというとですね、以前に何年にも渡って「とんでもないブロガー」の何人か(有名・無名を問わず)に悩まされていたことがあり、その対策として僕なりのスタンスを打ち出さざるを得ない状況に陥った経緯があったからなのです。長くブログをされてきた経験をお持ちのある方なら分かるかもしれませんが、ある日偶然に、自分が書いた日記と約8割がた酷似した日記(タイトルや内容構成も含めて)と出会った経験ってあるかと思います。凄い偶然だなあと驚いていると、時間の経過と共に相手が他者の日記からの盗用常習者だったりすることに気づくなんてことに遭遇したことが一度や二度あるはずです。ない人もいるかもしれませんが。兎にも角にも、こちらの日記から刺激を受けて、自分の日記なり何かに使いたい人がいましたらメールなり何なりの連絡を下さい。出典の所在をきちんと明記するのであればメール等の連絡は不要です。その際にもリンクは必ず貼るようにお願いします。もしそれらの条件に添えない方に対しては如何なる場合であっても許可はしておりません。しかし、真心や誠意をキチンと感じた相手には快く応じることもあるかもしれませんが、それは例外中の例外の話です。ほぼ有り得ないと思って下さい。--利己的に過ぎる--とコチラが判断した場合には如何に有名な相手であろうと、コチラの損得感情を如何に刺激されようとも、お断りしています。☆☆☆まずは、フリーページをキチンとお読み下さい☆☆☆コメントの書き込みは、『七夕の夜に星に願いを 』←クリック!にお願いします。(もしくは前々回の日記あるいは他の過去日記にお願いします☆☆☆)
2008.07.06

あなたは、どんな人に惹かれますか?太陽のように笑顔が輝いている人? ---薔薇や林檎の色彩のように情熱的なタイプに惹かれますか---あるいは、 お月様のように静かに、そっと優しい光で周囲を照らす人? ---静かな微笑がよく似合う内省的なタイプに惹かれますか--- 上の質問は少々、極端かもしれませんね。なぜなら、太陽のような(だけの)人や、お月様のような(だけの)人って、本当はどこにもいないからです。たとえ、あなたが誰かを眺めていて、その人が「太陽のように輝いてる人」に思えたとしても、実は人知れず内省的な時間を大事にしている「お月様の光のような人」である側面を持っているかもしれません。その逆もまた然りです。太陽のように思える人。お月様のように思える人。そのどちらか一方のタイプのように思える人であっても、「太陽」か?「お月様」か?だなんて安易に判別・決め付けてしまうと、物事の本質を見誤ってしまうことにつながります。どちらか一方だけの人なんて、どこにもいないのです。あなたは、どんな人に出会うと安堵感を抱きますか?僕が思うに、感情の波が穏やかな人って、相手に安心感を与えるものです。太陽のように思える部分が強い人、あるいは弱い人。お月様のように思える部分が強い人、あるいは弱い人。どちらにせよ、太陽の部分と、お月様の部分のバランスを上手に取れている人と出会うと、僕は大きな安堵感を抱きます。きっと、あなたも同じように感じることでしょう。-----他者に安堵感を与える-----このような条件を満たしていることって、社会人にとって大切なのかもしれません。さて話を変えて。上に記した事柄を証明する(かもしれない)二つの文献を以下に紹介しましょう。ひとつは楽天ブログを始めて出会った素晴らしい人物である【亞】さんに関する文献(著書からの抜粋)+過去に僕自身の日記にコメントとして書き込まれた実に意味深い文章からの抜粋。そして、もうひとつは、著名な理論物理学者であるフリーマン・ダイソン氏のインタビュー記事文献。この二つの文献は、僕らが生きている、と普段感じている、この地上のスケール感覚を遥かに超えた途方もないほどに広く深遠な物語に内包された真実へと、この日記を読んでくれている「あなた」を確かにいざなう内容となるかもしれませんよ(^^)(☆☆☆次回の日記へ続く☆☆☆) (5月に青森の最北端で撮った青空の写真です)http://plaza.rakuten.co.jp/lukanomatinami/diary/200805200000/では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 最近、とても心のバランスが良いのです(^^)それはどうしてかというと?長い時間のスパンで物事を見つめることが僕なりに可能となってきていることの証なのだと感じています。---長い時間のスパンで物事を見つめる---昨日や今日といった長さの時間のスパンをさして言っているのではありませんよ。十年、百年といった長さのスパンをさして言っているのでもありません。少なくとも千年単位での時間感覚。もっと言ってしまえば、永遠にも似た、遥かに広大な時間感覚。地球誕生から現在にいたるまでの46億年という気の遠くなるような時間の経過の中での、何らかの区切りや節目を意識することで心の中に刻まれる時間感覚のことです。そうした時間感覚に身を置き、心の中心で意識し続けていると、不思議なことが起こります。何が起こるのかって?日常の些細な対人関係であるとか、会社での云々な事件などに心を揺らすことのない自己を確立することに近づけるのです。つまり、身も心も穏やかにバランスがよくなるということです。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇素晴らしい日記を訪問して、心に栄養をまるかじりしましょう!本日の超お勧め日記は、みえこ55さんの日記っ!!☆ 此処をCLICK! 何かを見失った時、何かを探している時、何かに燃えたい時、よびりんさんのブログはあなたに大事なものを語りかけます。よびりんさんの楽天ブログは此処をCLICK!次の日記も読んで下さると嬉しいです。よびりんさんの新刊本を紹介した日記です。『人生・経営に成功したい人に贈る一冊 』五千年の歳月をへても尚、色褪せることのない古典「易経」。その世界観の壮大さ深遠さを、占いの面からでなく、気の遠くなるような人の歴史の中で、長きに渡り読み継がれてきた人類学の原点として捉え、人間の普遍的な真実を照らし出す【亞】さんのブログ。現代という時の流れの中で【亞】さんのブログは、この世の真実を多くの人に判り易く語りかけます。半端じゃなく物凄いブログです。【亞】さんの楽天ブログは此処をCLICK!★★★生きた言葉、かけがえのない言葉★★★をフリーページに掲載しています。太陽のように心に響いた言葉を、随時追加してゆきたいと思います♪
2008.07.01
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