2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全6件 (6件中 1-6件目)
1

ブログ開始から4年目へ遂に到達となりました。いってみれば今日は僕にとってブログを開設した”記念日”です。”記念日” といえば、結婚記念日とか建国記念日とかサラダ記念日(笑)とか色々ありますね。人間ひとりひとりが大切にしている”記念日”って、人の数だけ、出来事の数だけ沢山あるのでしょう。そもそも人はどうして記念日を大切にするのでしょうか。その理由として、大きく分けると次の3つの事柄に集約されると思います。---初心を忘れないこと------これまでの歩みを振り返りながら現在の自分自身の立ち位置を確認すること------これからの歩みに想いを馳せること---さてブログ開始4周年記念に際し、上に挙げた3つの事柄を、これまでの僕自身のブログ上での4年間の歩みに当てはめて考えてみました。以下に記しましょう。初心は一体何だったのだろう?と自分に問いかけてみたら、ふと思い出したのがブログを開始して2日目に書いた日記のタイトル。『愛を探す旅人たち』これはフランス映画「IP5」のサブタイトルです。「IP5」という映画を話題にしながら、”愛って何だろう?あなたは今、何を探していますか?”なんて風なことを淡々と綴った日記でした。4年前に書いた日記です。そのように振り返ってみると、僕のブログライフにおける初心って ”愛を探す旅” ということになるのでしょう。ちなみに一番はじめに書いた日記内容は、かつて旅の途中で訪れたイタリアのルッカという街の広場の中心で出逢ったマリア像についての思い出話でした。人がブログを始めることの理由には、人それぞれ星の数ほどの理由があるはずです。それがたとえ確固たるものとして理由づけできないように思えたとしても、本当は自分が分かっていないだけで何らかの見えない赤い糸の結びつきみたいなものがあったはず。僕の場合、ブログをスタートすることになったキッカケは本当に些細なものでした。そこに確かな強い意志など当初は何ひとつなかったのです。正直いって、”他人から勧められて迷った挙句に仕方なく始めたブログ”。これが正確なところだったりもするわけです。では、僕がブログを始めたことに理由などなかったのでしょうか?そんなことはありません、と今なら答えることが出来ます。理由は、あったのです。それは当時の僕の意識を超えた部分にありました。運命に用意されていたかのように、理由は確かに存在していたのです。話の続きは、また後日。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ ---ブログを始めた理由---。それはきっと、この日記を読んでくださっている ”あなた” にだってありますよね?。何か大事な理由があるから(あるいは心の内に隠されていたから)、ブログを始めたはずです。あなたが日々、日記を不特定多数の他者に向けて綴っていることにも、最初にあなた自身が心に描いた何らかの理由や初心が流れ続けているのだと思います。あなたがブログを始めた理由は、どのようなものですか?時にはそうしたことに想いを馳せるのも良いものですよ。普段は忘れてしまっていたり気づいていない何かだって、見えてくるかもしれません^^さて月日がたつのは本当に早いものですね。あっという間に、まるで瞬きのように、気がつけば今、ブログ開始4周年になっていたりします。自分でも少し驚いています。4年間という歳月の中でブログを通じご縁があった皆様に心から感謝すると共に、どうぞ、これからも宜しく御願い致します。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.10.30

或る偉大な天才が生んだ作品の数々が集められた美術展に先日偶然に訪れました。『巨匠ピカソ 魂のポートレート』場所は六本木、東京ミッドタウン内にあるサントリー美術館。以下に少しばかりピカソ展の感想を。Picasso関連URL http://www.rakuten.co.jp/hanafusui/429909/574573/#700264パブロ・ピカソ Pablo Picasso(1881.10.25-----1973.4.8)。ふたつの世界大戦に揺れる激動のヨーロッパに生きた、数百年に一人の偉大な天才芸術家。その作品に漲っているのは美と混沌、純粋さと制御不能な野生。愛のようでありながら同時に暴力のよう。理性と反理性の狭間を激しく行き交うピカソ自身の手の痕跡、そして何ともエロティックな夢と現・・・・・。兎に角、凄い。・・・何が? 作品群に宿るエネルギーが。兎に角、圧倒される、茫然と言葉を失うままに。展示会の会場を支配しているのは強烈な青空、眩しい太陽、海から吹いてくる風。作品の前に立つと、ここが日本ではなくてスペインであるような錯覚に陥ってくる。ピカソがスペイン南部アンダルシア地方の海のそばにある街マラガで生まれたことを考えてみると、それは当然のことなのだろうか。つまり、次のようなことがいえるのかもしれない。会場に展示されている作品群はピカソが生きた怒涛の時代背景そのものであり、ピカソの人生そのものでもあるのだと。と同時に、翻って、僕らの生きている世界そのものの本来の姿であるともいえなくもない。ピカソが生きた世界は既に終わったものとしてでなく、実は姿を変えて現在も続いていることを、この展示会は告げているように僕には思えた。http://www.rakuten.co.jp/artofposter/639589/641406/#635777ピカソの存在自体が20世紀美術界において最大の事件であった、と言っても何ら誇大な話にはならないでしょう。良くも悪くも、それくらいに巨大な人物であるわけです。これは誰にも否定など出来ない事実として今も尚、世界中に与えている影響は限りなく大きい。そういう意味で今回にサントリー美術館にてピカソの作品群に出逢える人は、”幸運”である、と一切の誇張なくいえるはずです。こんな展示会は滅多に存在しないような気がしますよ。なんて贅沢な企画なのでしょうと思います。PARISのピカソ美術館の大改装に伴い沢山のピカソ作品が日本に一時的に持ち込まれたという、そんな風に稀少過ぎる機会なのですから。日本にいながら実際のピカソの手の痕跡群にこんなに沢山じかに触れることが出来る機会なんてそうそうあるわけがないのです。作品集とかの本で触れ得るピカソの絵画と全く異なった感動の次元へ唐突に運ばれること必至。本物の絵画が放つ陰影、感動は、横浜みなとみらい21の展望台から実際に夜景を眺めるのとそれを撮影したポストカードを見つめるのと同じくらいに別次元のものです。ひとつの巨大な事件を体験する=それが今回の『巨匠ピカソ 魂のポートレート』といっても決して過言ではありません。http://www.rakuten.co.jp/artofposter/639589/1884996/#1473596このピカソ展は12月14日まで開催されており、またサントリー美術館から徒歩で行ける場所にある国立新美術館でも視点を変えたピカソ展が同時開催されている模様。実はそちらの展示会の方は小旅行から帰宅して知った次第。まだ二ヶ月も開催されている。勿論、あらためて年内に僕は機会を設けて二つの個展を訪れる予定です。さて先日に横浜と鎌倉、そして少しばかり東京を散策してきたのですが、横浜と鎌倉と六本木という一見、何の関係もない三つの場所から感じたものは多大なものがありました。それらの三つの場所を散策した一泊二日だけの小旅行にも関わらず、その二日間で訪れた場所の数々を振り返ってみると、不思議なことに何か共通する要素が浮かびあがってくるような気がしてくるのです。気が赴くままに共通点と思える何かを探りながら、以下に三つの場所の印象を簡単に綴ってみよう。 横浜 ---海に隣接した煌びやかな異国情緒、燦燦とした夜景と共に光輝く街・・・何度でも訪れたい街 鎌倉 ---自然の美しさとハイセンスに培われた文化・美意識が息づき続ける場所の魅力。偶然、神奈川県立近代美術館に再会。その美術館を設計した坂倉準三(1904---1969)はPARISでフランスの代表的な建築家ル・コルヴュジェーの弟子として働いた経験を持つ人物。日本の感性とフランスの空気が何の違和感もなく交じり合っている静かなたたずまいは奇跡的でさえある。鎌倉の一角で確かに、僕はPARISと出会った 六本木 ---日本であって日本ではないような無国籍風な街、まるで近未来の風景。最先端技術の結晶が聳えるミッドタウンエリアでPICASSOとスペインに触れた。ただの偶然に、六本木ヒルズを見るだけの目的で赴いた先で。以上、気侭に三つの場所を振り返ってみたら、少しだけ見えてきたものがありました。それは、ふたつのキーワードとして記すことが可能であるように思えます。”海” そして、”外国、異文化”。でも、そればかりではないような気も、同時にすることは確か。う---ん、一体なんだろう?海と異文化という二つに象徴されるものを通じて僕の中に新たに見えてきた何か、そんな何かに再び目を向けることが出来た貴重な機会だったということなのでしょうか。兎にも角にも、横浜や東京という地盤に脈打つエネルギー、そして、そこに絶間なく息づく人々のエネルギーは半端じゃなく凄いなあと感じた小旅行でした。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 秋が日増しに深まってゆく今日この頃ですね。芸術の秋、食欲の秋、そして秋は旅が似合う季節でもあります。久々に小旅行して身も心も最高にリフレッシュ出来ました。本当、横浜サイコーです!!今からコツコツ小銭を貯めながら、年内にもう一度横浜と東京へ足を運びたいなあと想います。勿論、ふたつのピカソ展が一番の目的です。あ、それと、もうひとつ。横浜のみなとみらい21の展望台で眺めた美しい夜景がまた見たい!本当、素晴らしかったです。またいつか必ず訪れたいなあと思っています^^◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.10.23

あなたがよく見る夢ってどんな夢ですか?将来の夢とかじゃないですよ、睡眠中の夢の話です。僕はたまに海の夢を見ます。いや、正確には、昨年あたりまではしょっちゅう海の夢を見ました。今年に入ってからどういうわけか海の夢を見なくなったのです。海の夢が見れないと、とても寂しくなります。なぜなら、海が夢の中に出てくる時って、日常生活の中に良いことが起こることが往々にしてあるからです。言い換えれば、海が夢の中に出てこないと、良いことが日常生活の中で起こりにくい。きっと僕にとって海の夢が見れないこと=日々の中で何らかの不安に苛まれていることの反映といっても過言ではありません。「あらら、ルカの街並さんってとても分かりやすい人ですね」そんな声が聞こえてきそうな気もしますが、自分でいうのもなんだけど、そうなんです。結構、単純な性格しています。まるで子供のような性格です。海が夢の中に出てくると、それが日常の善きこととイコールでつながっている。逆に、海が舞台になっている夢が見れない日々が何ヶ月も続くと、(ああ、自分って今スランプ状態なんだなあ)と自然と気づく。このように考えてみると、本当自分って凄く単純な性格なんだなあと思えてきます。単純な性格だからこそ、自分が寝ている間に見る夢が確実にその時々の自分の心を映し出しているといえるのでしょう。☆☆☆最近、とても嬉しいことが☆☆☆それは一体どのような嬉しいことなのかというと?何の因果かここ数日間の間に、海の夢を頻繁に見るようになってきたのです。自分の心が生き返ってきた・・・・・大袈裟でもなんでもなく、そのような感慨の只中で今僕は穏やかさにつつまれています。久々に海の夢を見れるようになってきた理由は何だろう? と考えてみました。きっと、その理由の主なものは、先日に『家族』という古い日本映画を鑑賞したことが大きなキッカケになっているような気がします。気がするというよりも絶対にそうに違いない。そして、ここ数日間の僕自身の心の状態の微妙な変化と平行するように、日常生活において良いことが少しずつ起こり始めている。良いことに少しずつ囲まれてきています。たとえば、懐かしい友と偶然に街角で再会し笑顔で世間話をする。逢う人逢う人から仕事を頼まれたり、仕事面において良き評価を頂く機会に恵まれる。こうしたことって小さなことなんだけれど、僕にとっては凄く嬉しいことなのです。そして、海の波間に浮かぶキラキラした光の粒子のように、自分の心の中が少しずつ輝きはじめてゆくのを感じています。とても、ありがたい。今、あなたの心の中の海は輝いていますか?では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 先日にコンビニで手にした日刊ゲンダイにおける記事内容から少しだけ以下に確固づけで抜粋。「英エコノミスト誌の最新号の表紙には、崖っぷちに立つ人の影が描かれている。~中略~確実に世界の終わりが近づいているというムードだ。~中略~「これからは何が起こってもおかしくない。想像を絶することが起こる。日本人も覚悟を決めるべきだと思います」。誰にも予測不可能な未来地図、世界が抱える激しい混沌の渦・・・・・良いことなんてありゃしない。・・・本当にそうでしょうか?敢えて僕は否、と答えたい。こんなにも殺伐とした現代であっても人間にとって大切なことを自分の心の片隅に忘れずに置き続けていれば、必ず、道は開けるもんだ。つまり、どんな時代であっても人情を、そして人の心のありがたみを忘れちゃいけない、ということのような気がするのです。これから過酷な時代が訪れるとしても、それは変わらず普遍的な真実に違いないでしょう。そのように僕は信じたいし、願いを込めたいと想っています。心ある人には必ず、道は開ける、と。って、1週間くらい前の気紛れ発信日記内容と同じこと再度書いていますが、本当そのように己の心に言い聞かせながら前に進んでゆかないと、これからの時代には生き残っていけないように思います。人情、人の道、そして自分の心の中の”海”を大切にしながら生きて生きたいものです。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.10.17

なんともいえない懐かしさが込み上げて胸がいっぱいになっています。山田洋次監督作品『家族』という映画を観たら、言葉に出来ないくらい感動してしまったんです。この懐かしさは一体、どこから湧き上がってきたんだろう?なんか不思議・・・・・。初めて出逢った映画なのに懐かしいって、とても不思議な感覚。まるで、子供の頃に家族や近所の人達と一緒に海へ出かけた時の記憶がよみがえるような懐かしさ。そんな懐かしさかもしれません。と同時に、子供の頃にテレビでよく見かけていた俳優さん達や女優さん達の活き活きとした表情に再会できたことが、懐かしさを運んでいたのでしょうか。今まで僕は、殆どといってよいほど日本映画を観てきませんでした。子供の頃から現在に至っても、外国の映画にばかり視線が向かっていたように思います。そんな僕だから、山田洋次という人物のことは何も知らないし、どんな映画を撮ってきた人なのかも全然分かりません。とても気になったので、フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)で山田洋次監督のこと及び『家族』という映画の時代背景等を調べてみました。Wikipediaにおいて『家族』という映画は1970年に作られた映画であり、山田洋次監督の代表作の一つとして紹介されてありました。1970年というと僕が生まれた次の年です。この映画を観て、どうして僕が心いっぱいに懐かしさへいざなわれたのか?多分その理由はこの映画が作られた時代背景と僕の幼少期が重なる部分にあるのかもしれません。しかし、理由はそればかりではないでしょう。ある特定の時代背景に自分の過去の記憶を重ね合わせたことで生まれる懐かしさ、というよりも、時代性を超えた普遍的な何かが、この映画には溢れていることが最大の要因に違いありません。きっとこの映画の根底に流れているのが、今の時代には希薄になっているかもしれない ”心のあたたかさ” や”人間愛”だから、あたかも海の浜辺に打ち寄せる波のような大きな感動で観る者の心をつつみこむのだと思います。山田洋次監督作品『家族』---スタッフ---制作:三嶋与四治 脚本:山田洋次、宮崎晃 撮影:高羽哲夫 美術:佐藤公信 音楽:佐藤勝 ---キャスト---井川比佐志 倍賞千恵子 木下剛志 瀬尾千亜紀 笠智衆 前田吟 花沢徳衛 森川信 ハナ肇とクレージーキャッツ 渥美清 春川ますみ 太宰久雄 塚本信夫 梅野泰靖 三崎千恵子 家族(かぞく)は1970年に松竹で制作、公開された山田洋次監督の映画である。長崎県の小さな島を離れ北海道の開拓村まで旅する一家の姿をドキュメンタリー風に撮った異色作。日本万国博覧会開催中の大阪や公害に悩む東京など旅の風景に高度経済成長期の日本の社会状況が浮かび上がるとともに、南北に広い日本の情景の多様さをも映し出す。キネマ旬報ベストテン一位に輝くなど山田洋次の代表作の一つとなった。いわゆる民子三部作の第一作。(映画解説出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)http://item.rakuten.co.jp/s-premium/da4624/『家族』本当、素晴らしい映画です。心の奥底まで感動が染み込んできますし、胸が熱くなります。それにしても昔の日本映画の俳優さん・女優さんたちって実に味わい深い名優さんばかりですね。自分の生まれ育った国の映画なのに、なんだかカルチャー・ショックを受けてしまった気がしています。ちなみに今まで僕が見たことのある日本映画というと、黒澤明監督の作品が何本かと溝口健二監督の作品が何本か、それに加えてエトセトラが少しばかり。これから沢山機会を設けて、山田洋次監督映画を鑑賞しようと心に誓いました。では、また次回の日記で逢いましょう!(^^)>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 山田洋次監督作品『家族』。これは今日に図書館で見つけた古い映画です。いやあ、日本映画ってすっごいなあ、と思いました。外国の映画もとっても素晴らしいけれど、日本の映画だって、とってもとっても素晴らしいですね。これから沢山の素晴らしい日本映画と出逢いたいなあと想いつつ、今夜は美しいお月様が夜空に浮かんでいます。とても美しい夜です^^◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.10.13

とりあえず文章にして書いてみると、少しずつ何かが見えてくる。数日後か数週間後か数ヵ月後か・・・・・、時には一年以上かかることもある。判らないから、書いてみる。これは絵における素描と似たようなものだ。そういえばイタリアの画家レオナルド・ダ・ヴィンチの素描には完成された作品が一つもない。当たり前の話だと思う。画家でもなんでもない一介の生活者に過ぎない僕のような人間でも判る話だ。判らないから、とりあえず誰かに声をかけてみる。判らないから、とりあえず日記に何かを書いてみる。判らないから、しばらく一人で黙って考えてみる。その繰り返しの中で、ほんのちょっとだけ少しずつ僕は成長してゆく。さて話を変えて。今日(10月5日、日曜日)は図書館へ行きました。美人の受付のお姉さんが今日はお休みだったのが残念でしたが、でも何冊かの凄い本と出逢えたことは非常に嬉しいことでした。いつもそうなのだけど、僕の人生において善き出逢いというのは精神の霧の中で齎されることが少なくない。今日に出逢った本は全て ”映画”に纏わるエトセトラな本。おそらく数年前に出逢っていたなら理解出来なかったかもしれない内容の本ばかりです。機会を設けて日記で紹介しようと思います。ちなみに今日、図書館で借りてきた映画はこの映画。『コルチャック先生』関連商品URL http://item.rakuten.co.jp/book/445571/-----巨匠アンジェイ・ワイダ監督が20年の歳月を費やした感動作-----上に太文字で挙げたビデオのパッケージに記された言葉を読みつつ、これは鑑賞せずにはおれないと感じました。アンジェイ・ワイダですよ、『大理石の男』を撮った監督ですよ。観ないわけにはいきません。---『コルチャック先生』映画内容---「コルチャック先生」は、ポーランド伝説のユダヤ人ヤヌシュ・コルチャックの実話である。コルチャックは世界初の小児科医、児童作家、ラジオの人気パーソナリティ、孤児院の院長として多岐にわたり子供たちのために生涯を捧げた。彼の著書「子どもの権利の尊重」は1989年国連総会で採択された「子どもの権利条約」の原案となっている。ポーランドのユダヤ人孤児院の院長コルチャックは、孤児たちのための自治による「子ども共和国」を築き、子どもたちの尊厳のために多忙な毎日を送っていた。ナチス独軍のポーランド侵攻下、ユダヤ人の強制収容所送りが始まる。1942年8月コルチャックは自分だけにさしのべられた救いを拒否し、子どもたちの先頭に立って、ガス室の待つトレブリンカ強制収容所行きの汽車に乗った・・・・・・。(ビデオパッケージの映画解説文章より転載)これから世界が向かうかもしれない混沌とした状況を考えると、もしかしたら現代にも非常に相通じるテーマや失くしてはいけない普遍的で大切な光がこの映画には描かれているかもしれない。そんな気分でこれから『コルチャック先生』を鑑賞しようと思います。皆さん、良い映画を沢山観ましょう。本当に豊かな人生とは何か?愛とは何か?そんなエトセトラを自分の心に大切に問いかけながら、人生の旅を続けたいものです。では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 殺伐とした時代だからこそ、霧の中で沢山の人達が大事な何かを失いつつある時代だからこそ、僕は、 ”映画” に真剣に向き合いたい。その理由は先日に日記の後書きに書いた文章にあります。以下に再録。『ミツバチのささやき』と題した日記のあとがきに綴った文章です。以下に太文字で復刻。映画、とても好きなんですよ。え?あなたも?^^本を読んだり音楽を聴いたりすることも好きですが、映画も、とても好きです。それと建築もとても好きです。つまり、人々の心にある理想の姿が、様々な現実の厳しいフィルターを幾つも幾つもかいくぐりながらも具現化した結晶の美しさに、心惹かれるんです。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.10.05

あなたは一体どこまでブログを通じて本音の部分をさらけ出していますか?そんな質問を誰かからされたら、一瞬困ってしまいません?少なくても僕なら答えに窮し即答は出来ないように思います。ブログにおいて”さらけ出している自分”なんてものは本来は実に曖昧なものであり、そこに確固たる揺らぎのない自己が一貫して表現されていると考える人などいないでしょう。なぜなら、ブログであっても日常的な近所づきあいにおける些細な会話であっても、自分が勝手に”本来の自分”と思っている自己の姿など結局はそこに育まれている対人関係性の中で齎されたものに過ぎないからです。冒頭の質問に話を戻して、"ブログを通じて本音の部分をさらけ出していますか?"そんな質問を再度、自分に投げかけてみます。数十秒のためらいにも似た時間の空白の後で、僕はこう答えるでしょう。本音をさらけ出すことに意味を求める必要など何処にあるのか?と。もっといってしまえば、自分が本音だなんて思っている何かなんてものは、そもそも、その人にとって実は確固として像を帯びていない曖昧で霧のような想いでしかないのかもしれないのです。どうして、上に書いたようなことを考えたのかというとですね。それには理由があるのですよ。自分がブログをスタートしてから数年間が経過して、これまで日記の中で書いてきた様々な”映画に関するエトセトラ”をフリーページに先日にまとめていたら、ふと或ることに気づいたからです。-----自分にとって本当に心の奥底で大事にしているはずの映画作品について殆ど、これまで日記に書いてこなかったような気がする・・・・・ -----フリーページにまとめた多々な過去日記群を読みながら、そんな想いが湧き上がってきたのでした。本当に書きたいことの大部分を敢えてお茶に濁しつつ、その時その時の、ブログにおける対人の関係性の中での”自分”の枠組みを意識しながら、同時に何かと距離を置きながら、それなりにそれなりの自己を演じてきたような気がする。気がするというよりも、事実であろうことは自分が一番よく分かっている。たとえば映画についての想いを綴ったフリーページのPART1。2005年に、フランス映画の『めぐり逢う朝』について日記に書くなんてことは当時の僕には勇気がいることでした。そうした理由もあり、この名作映画に関して適当におちゃらけた文体で以って大事な想いをオブラートに包み隠すようにしながら、ギリギリのバランス感覚の中で文章を発信していたりもします。変化が少しずつ内に芽生えだしたのは、おそらく2007年あたりからでしょう。何が言いたいのか上手く自分でもまとまらないのだけど、兎にも角にも、これからの課題の一つとして上に挙げたような自分への問いかけがこれから自分が向かう新たな扉となっている予感がしていることは間違いないような気がします。だいたいが、おかしいのだ。何がどうして、これまで僕は日記の中でパゾリーニについて言及の一切をしてこなかったのだ?一体何が愉しくて、フェリーニの映画について殆ど日記に記してこなかったのだ?『真夜中のカウボーイ』や『カッコーの巣の上で』や『悪魔の陽の下に』について日記を書くことを避けてきたことには、一体どんな意味があったのだろう?長い歳月の中で抱え続けてきた躊躇いは、過去における僕自身の中で蠢く何を示していたんだろう。まあ、課題がひとつ見えてきたような気がすることは嬉しいことです。結局、僕という人間は、世界に対する巨大な ”不信”の塊のような人間なのだ。ゆえに、この歳になってもやさぐれた思春期の子供のように瞳を大きく見開きながら世界を見つめ続けている。時に人知れずふさぎこみながら。 では、また次回の日記で逢いましょう。>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 儚き人生の中で何とか前に進む。そして一筋の光を育みながら生きてゆく。一歩、一歩。さて今日は金曜日、待ちわびた日曜日が近づいてきました。すっごい楽しみです!!・・・って、別に日曜日の予定は空白なんですが(笑)。ま、とにかく、ゆっくり過ごそうと考えています♪◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2008.10.03
全6件 (6件中 1-6件目)
1