あたたかな光と相思相愛-永遠の旅へいざなう虹粒子の流れ
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空を見上げれば毎日のように雨雲が立ち込め、新聞やテレビの報道からは暗いニュースが沢山目に入ってくると、気分的に落ち込むこともあります。誰だってそうでしょう。これは僕に限った話ではないと思います。でも、そんな時に、ふと、心が救われることがあるのです。偶然に目の前に姿を現した存在によって。何だと思いますか?それは、書店や街角で出逢った見知らぬ小さな子供の表情に宿った満面の笑み。たまたま偶然に目の前に現れたにすぎない小さな命、その命に宿った無垢な笑顔・・・まるで魔法のようにこちらの心に深く浸透してくる、天使のような笑み。すると不思議なことに、それまで落ち込んでいた気分が空気にとけてゆくみたいに、すうっと消えてしまうのです。「目の前の小さな他者の顔に浮かんだ笑顔の眩しさに比べたら、君の抱えている悩みなんて如何に小さくてチッポケなものなのだよ」もし、神様がいるとしたら、きっと諭すように僕に、そう呟くことでしょう。そんな風に、なにか大事なことを、忘れかけていた大切なことを自然と悟らされる瞬間、そうした瞬間が僕はとても好きです。至福の瞬間といっても決して過言ではありません。書店や街角で偶然に出逢うことがある、見知らぬ小さな子供の話に戻しましょう。殆どの場合、満面の笑みを顔に浮かべた小さな子供のそばには、母親か父親がいます。子供が心から楽しそうに笑顔でいる場合、ひとりでそうしていることはまずありえない。必ず、近くに自分の親の姿があることを知っているから、彼らは安心し、心から穏やかな笑顔でいれるのです。気分的に沈んでいる時、上に書いたように見知らぬ小さな子供の笑顔に出逢ったことによって、こちらの心に巣食っていた雨雲が消えてゆくのを感じた時、僕は感謝をこめて、心の中で、こう呟くのです。「見知らぬ小さな子供、そして、この子の親・・・ありがとう」そう心の中で感謝しながら、目の前の小さな子供に向かって、にらめっこしたりして笑わせてあげると、大抵の場合、その子の親も笑顔になってくれます。気がつくと、その場には魔法のようにあたたかな空気が流れてゆきます。この場合、魔法の根源は ”笑顔” です。小さな笑顔が、その場に魔法のような空気を運んだといえるでしょう。さて、一体どうして僕は、目の前にいる見知らぬ小さな子供にだけ感謝せず、その子の親に対してまで感謝の想いを届けたくなるのでしょうか?。理由は、いたってシンプルです。気分的に落ち込んでいた心に不思議な光を届けてくれた笑顔の主は勿論、小さな子供であることは確かではあります。でも、その笑顔は、小さな子供ひとりのものではないからです。その眩しいばかりの笑顔、愛にあふれた無垢な笑顔を作り出しているのは、小さな子供と、その親・・・その二つの存在が共に共鳴しあってこそ生まれます。小さな子供と、その親との間にあるもの、それこそが無条件の愛の姿であり、限りない力を生み出す根源であり、地球上のみならずきっと宇宙全体に流れるありとあらゆるもの全てをつなげているエネルギーの根源。きっと、それこそ究極のパワー。きっと、この世で最も美しく崇高なエネルギー。あたかもモーツアルトの旋律のように永遠性を伴いながら未来へ流れ続ける光。そんな魔法のような瞬間に出逢えるということは、実はものすごいことなのだと思います。だから僕は、見知らぬ相手であっても、そんなことには関係なく、小さな子供とその親の、両方、に感謝するのです。天候にも社会情勢にも左右されることなく、いつだって人の心に笑顔とやすらぎを運ぶものの存在・・・大らかな愛。それ以上に、大事なものなんて、この世にはきっと、ない。お金?仕事?社会的地位?子供のお受験?そっちの方が圧倒的に大事という人も、少なくはないかもしれません。お金がなかったり仕事がなかったりしたら、笑顔どころではないですから、当然といえば当然のことでしょう。とはいえ、本当に大事なものを蔑ろにし置き去りにしてしまっては、そんなものはみな砂の城といっしょですよ。せっかく築きあげても、いつか必ず足元から崩壊します。無条件の信頼関係の上に成り立つ、大らかな愛、あたたかな光。人はそれを、普段の生活の中で、何かの拍子に忘れてしまったり失いかけたりしているだけ。現在の不安定な社会情勢、多くの人々が心をなくしかけている時代であれば、尚更のことでしょう。しかし、だからこそ忘れてはいけないのだと思います。全ての人と人とをつなぐ、至福の如きあたたかな光は、いつだって本当は皆の心の中にあるということを。そうした光を自分自身が心の奥に確かに持っていることを一人一人が思い出し、多くの人がそれを互いに共振し、分かち合うことで、必ず社会は良くなってゆくと信じています。では、また次回の日記で逢いましょう ^^>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 前々回の日記http://plaza.rakuten.co.jp/lukanomatinami/diary/200907070000/そして、前回の日記http://plaza.rakuten.co.jp/lukanomatinami/diary/200907200000/に引き続き、今日の日記も、テーマは、ずばり「愛」です。日本再生へ有効な処方提言のひとつとなることを願いながら、稚拙ながらも僕なりの想いで模索した結晶の欠片ともいえます。で、前回の日記内容と話がつながっていないではないかい?という御指摘もあるかと思います。そうなんですよ、直接的にはつながってはいません。角度を少し変えたダイジェスト的なお話を発信することで一応の仮の終止符を打つことした次第。前々回、前回の日記の流れをまとめた文章が既に膨大な量となっており、しかも、かなり壮大なものとなっており(単に、自分でそう思っているだけです。笑)、これはちょっと日記という媒体で発信するものとは違うような気がしてきたのですよ。ゆえに「これは困った」と腕を組みつつ、「どうしたものか」と思案を重ねた結果、次のアイディアへと辿り着きました。「本当に読みたい人が、もし、いるのであれば、いつか、その人へ小冊子か何かにして無料で贈りましょう」そんなグレートなアイディアです。我ながら素晴らしいアイディアだと思いました。ということで、次回からの日記は別な話題でお送りしたい方向で考えております。ではでは、チャオ♪ また次回の日記で(^^)◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2009.08.10