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草原に、どんなにキレイな花々が咲き誇ろうとも、この存在の美しさには敵わない。そんな風に思える神秘的で美しい昆虫がいます。アゲハ蝶です。このあいだの日曜日の午後、車を走らせていたところ、道路脇の木々に茂った藤に心惹かれました。車を止めて、その藤を眺めようと外へ歩き出そうとしたその瞬間、視界に突如、この世のものとは思えないほどの美しい色彩を身に纏った蝶が現れたのです。音もなく軽やかに宙を舞う、アゲハ蝶。一瞬にして、時間が止まるような感覚に身体が支配されました。時間が止まり、全ての世界の動きさえ静止した中で、アゲハ蝶だけが美しく浮遊してるような、そんな光景に自分がいる不思議な感覚。まさに、夢の世界みたいに。アゲハ蝶を見たのは、今年になって2度目。今回見たのは、少し大きめのアゲハ蝶々で、羽の美しさは筆し難いほどであり、それはもう奇跡そのものと形容する以外に表現の術がないといっても過言ではありませんでした。まるで宇宙の暗闇のような艶やかで神秘的な深い黒の色彩に覆われ、そこに海のようなBLUEとエメラルド・グリーンの色彩が煌く。初夏の季節に生まれた奇跡・・・・・奇跡なんて言うと大仰しいと思われてしまうかもしれませんが、僕の目の前に突如姿を現したのは、”奇跡” とか ”魔法” とか、そんなふうにしか形容出来ない光景でした。その日は夜遅く眠りにつくまで、感動の余韻は微熱のように続きました。毎年、夏が近づいて、草原を舞うアゲハ蝶を眺めるたびに、次のように想いを馳せます。アゲハ蝶の美しさというのは、世界中に存在する自然界の至上の美、その結晶の色彩なのでは、と。たとえば人が、コバルトブルーやエメラルド・グリーンの海の色彩に想いを馳せる時、地球の藍色を心に思い浮かべる時、宇宙の艶やかな暗黒と星屑の眩い煌きを想う時、ひまわりの微笑むような黄色と出逢う時、誰もが、そこに美しさを感じ、生きていることの喜びが自分自身の内に湧き上がるのを感じるはずです。それらの究極ともいえる美しい色彩を含めた、地球上の全ての美の総和から織り成され抽出された最も美しい色彩の宝石箱のような存在として、アゲハ蝶は魔法のような輝きを纏いながら草原を舞っている。この世に存在する至上の色彩そのものとして、アゲハ蝶は存在し、僕らの前に姿を現す。多少なりとも詩的で誇大な言い回しかもしれませんが、僕にはそのように思えて仕方がないのです。これはイメージ画像。何百枚もある世界中の蝶々の画像を集めた写真の素材集の中から、先日に見たアゲハ蝶のイメージに最も近い画像を選びました。実際のアゲハは、この画像と比較できないほどに神秘的な美しい色彩を放っています。言葉になど表現出来ない美しさです。草原に浮かぶオーロラのような 。ちなみに、この画像のアゲハの名前は、カラスアゲハといいます。自分が見たアゲハの正式な名前は何なのだろう?と気になって書店で調べてみたら、カラスアゲハなのでは?との仮の結論に達しました。でも、ちょっと違うような気もするんですよ。というのも、実際に見たそのアゲハの羽はブルーというよりもエメラルドグリーンに近かったように思い出すからです。カラスアゲハの場合、羽がコバルトブルーなので、なにかおかしい。もしかしたら、アオスジアゲハである可能性もあります。こちらのアゲハは、今手元にある本を調べる限り、日本で5月から8月にかけて生息すると記されてありますし、羽がまさにエメラルドグリーンだからです。カラスアゲハか、アオスジアゲハの、どちらかだったのでしょう。話は変わりますが、次の一枚は先日に撮った花の写真です。仕事で訪れた区役所付近の公園の花壇に咲いていた青い花。何となく蝶々のような感じがしませんか?素敵ですよね。 では、また次回の日記で逢いましょう ^^>>>今日の日記文章は以上です。ここから下は挨拶・告知・紹介その他になります<<<◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ この日記を書くのに、おぼろげな像が言葉を伴ってくるまでに、3日もかかりました。もっともっと素晴らしい文章で、アゲハ蝶に賛美の想いを届けるに相応しい文章で、日記をまとめたかったのだけれど、いかんせん頭悪いというか(笑)。でも、夏が本格的に訪れるのは、これから。アゲハ蝶を沢山目にする季節は、まだ始まったばかり。アゲハ蝶を通して僕が世界を見つめ探す言葉や想いの旅だって、同じように始まったばかり。これから本格的な訪れを迎える夏の季節を、とても楽しみにしています。「ラブ・ストーリーは突然に」なんて歌が、随分前に流行りましたが、まさに先日のアゲハ蝶との出逢いは、そんな風に突然に目の前に現れた出逢いでした。この世で最も美しい色彩の生命体のように感じて、感動のあまり数秒の間、身動きできなくなったほどでした。なにか、良いことが起こる前兆のようなものだったらいいなあって想っています♪。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2009.05.12

<うつ病生徒>「いる」公立中37% 首都圏163校で調査http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_junior_high_school__20090613_2/story/12mainichiF0613m101/上にリンクを貼ったのは何週間か前のinfoseekサイト記事。かなり気になってしまいリンク先のアドレスを保存していたんです。残念なことに保存期間が過ぎてしまい現在閲覧することは出来ません。それで、この記事を読んで色々なことを考えずにはいられなくなり、最近そんな風に心の片隅で思考を重ね過ごしていました。僕の中学生時代、これはもう20年以上も前のことですが、当時の僕は「うつ病」なんて言葉さえ知らない普通のバスケット部員であり、「うつ」なんて症状の生徒がクラスの中にいるなんてことに想い寄ることもなかったですし、また、そうした症状が学生間に蔓延るなんて現象も皆無で、なんだかんだいってもとても平和な時代だったと思います。いろいろな青春時代特有の若気の至りみたいな言動は多くの生徒達が抱えていたものだけど、それは「心の病」とは程遠い、言ってみれば昔のジェームス・ディーンの映画のような「理由なき反抗」の延長線上にある類のそれだったわけです。いわば、健全な不健全さ、一過性の不良としての季節を生きる生徒達は少なからず存在しても、だからといって彼らが心の病に端を発した理解し辛い犯罪に走ったりすることはなく、いわゆる不良と呼ばれる生徒でさえ部活動や放課後の時間なんかには普通の生徒達と悩み事を話し交わしたり、恋の話に夢中になったり、漫画本やレコードを貸しあったりしていたものでした。不良とそうでない生徒達との明確な区分けなど当時の学校にはなかったし、当然、心の病を抱える生徒と普通の生徒との境界線についてあれこれ考える先生達もいなかったでしょう・・・勿論、そうしたことを考える必要もなかったからです。なんだかんだいっても、皆が普通の、たわいもない思春期を生きている中学生でした。もし、仮に、僕が今、タイムスリップして中学生に戻ったとします。ありえない、とかツッコミ入れないで下さいまし(笑)。で、中学生に戻るとしてですよ、うつ病生徒が37パーセントもいる中学校に在籍したいなんてつゆにも思わないですよね。即効で逃げますよ。まあ敵前逃亡みたいなもので、戦う意味もないというか話にならないというか、そんな場所は地獄以外の何ものではないじゃないかと思わずにいられないからです。でも、そうした環境、学校のあり方というものを作り出しているのは紛れもなく、僕ら大人だったりもします。何週間か前に、 「現代日本の学校という名の戦場は、醜いモンスターを生産する工場である」なんてタイトルの日記を発信したのも、そうした言いようのない理不尽さに対する想いの噴出だったりもするわけです。数年前に矢沢永吉さんが主演した映画に「お受験」なんて作品がありましたが、僕にはああした世界なんて、まっぴらごめんだという想いがある。しかし、現代日本のこうした状況というのは他の先進国においてもラット・レースの如く何十年も前から続いているもの、その過激な教育産業の加熱ぶりは今に始まったことではない。ピンク・フロイドというイギリスの世界的に超有名なバンドの1980年代に作られたアルバムに「ファイナル・カット」という作品があって、その中に、こんな歌詞が登場します。日本人のせいでイギリスの造船工場が沢山潰れたことを嘆く歌詞の後に、次のフレーズが続くのです。しかし、日本人にも苦悩は耐えない。日の昇る国では毎日、子供達が自殺してゆく繰り返しますが、これは1980年代に作られ世界中で大ヒットしたアルバムの中で歌われていた事柄です。当時の日本の中学生・高校生達は、「不良少女と呼ばれて」なんてテレビドラマがあったように、非行に走ることで心のバランスを計ることで何らかの心の隙間を埋めたりバランスをとることが出来た。しかし、あれから20年が過ぎて一体どうなったのか?理不尽な環境の中で逃げ場も見出せず、挙句の果てには生徒の「うつ病」が4割近く蔓延するなんて学校になってしまったではないか。これでは過去に不良少年が学校裏でタバコを吸っているお馴染みの風景の方が何倍も、いや、比較すら野暮なほどに圧倒的に健全であったとはいえないだろうか。僕は、これからの学校は、古きインディアンの教えや中国古典、勿論、日本がかつて大事にしていた神社思想など、様々な国や文化で培われてきた、いにしえの教えから世界の在り方を学ぶ、そんな風な授業を基本に置く、そんな学校へ移行してゆかなければいけないと考えている。そういう意味で、現在のちょっとした神社ブームというのは、とても善きことだと思っています。こうした動きを世界的な不景気に必ず蔓延るナショナリズムの一環として収束し捉える向きもあるかもしれないけれど、僕は全然そうは思わない。少し話は逸れますが、今しがた、ふと思い出した言葉を記しましょう。ジャック・マイヨールというフランスのダイバーの生涯を描いたドキュメンタリー映画から、セリフの引用です。---自分が幸福だと思っている者だけが、周囲の人々を幸福にできる。だから私はイルカと一緒にいることにした。イルカはいつも幸福で、楽しく暮らしている。楽しみのために生きる秘訣を知っているのさ。---(ジャック・マイヨール)『ジャック・マイヨールの海と夢』http://item.rakuten.co.jp/book/3752969/ 今日の日記は後日に消しますので、読み流して下さいませ。”書き込み” は下にリンクを貼った日記にどうぞ☆☆☆『アゲハ蝶』 ←クリック!上にリンクを貼った日記への感想をお待ちしています。今日の日記への書き込みは御遠慮願います
2009.05.11

昨夜遅く、深夜のテレビの報道番組を見ていて、思わず言葉を失ってしまいました。プロレスラーの三沢光晴さんが亡くなったとのことを伝える報道。試合中に対戦相手からのバックドロップを受けて失神、そのまま意識不明、病院へ運ばれるも、そのまま還らぬ人へ。プロレス・ファンの多くが、「まさか」と絶句したことでしょう。三沢光晴さんといえば日本で最も有名なプロレスラーの一人で、あのレスリング団体ノアのTOPでもある真の実力者。その実力者である選手が試合中に亡くなるなんて、ありえない、そう感じて、言葉を失ったに違いない。しかし、今日様々なスポーツ新聞を手にし記事を読んで知った限り、昨夜の三沢選手は体調が悪く、リング上の動きも精彩を欠いていたことが観客からもハッキリ伝わっていたとのこと。もともとバックドロップという技は非常に危険な技であり、元来、その技を相手にかける選手も相手が受身を取れるような角度で投げるものです。その技を受ける選手も阿吽の呼吸で、咄嗟に危険を避ける受身でもってマットに叩きつけられる。もともとレスラーというのは、デビューする前に、この”受身” というものをしっかり体に身につけるべく相当の訓練をします。受身が上手く出来ないと致命傷を負うほどの怪我に至るからです。プロレスというのは昔から多くの人が指摘するように、「ロープに投げられた選手は走って戻ってこなければいけない」スポーツです。これを八百長と見るか、はたまたサーカスのように真剣なものと捉えるかは人それぞれといったところでしょうが、しかし、そちらにせよ、かなりのハード・トレーニングを必要とする長年の修練なくして成立しない競技であることだけは確か。対戦相手との無言の信頼関係がないと、死と隣り合わせの実に危険な代物であり、単に八百長などといって笑って済ませられる商売ではないのです。多くのスポーツ新聞が指摘していたように、昨日の三沢選手は明らかに体調不全で、本来ならば試合に出られる体ではなかったのかもしれない。しかし、ノアというプロレス団体の代表選手、花形選手である三沢選手にとって、試合を休むということは考えられないことだったのでしょう。それに加え、近年のプロレスが、より過激になってきており、より危険で高度な技の応酬へと進化し続けてきていること、そして、また、観客もそうした過激さに馴れてしまっていることも、今回のような悲劇に至った最大の原因には違いない。特に、三沢選手が所属していたノアというプロレス団体は、選手や技の応酬、テクニックにおいても世界最高頂であり、その過激すぎるとも言える精度の高さゆえに世界的に名を轟かせている団体でもあったのだから、いつかは、このような悲劇が起こることは明らかだったはず。皮肉なことに、ノアという団体の代表である三沢選手に、そうした悲劇が襲い掛かることになろうとは。しかし、です。リングの上で人生の幕を閉じることが出来れば本望だ、というレスラーもいます。これは以前に、今回の三沢選手同様に試合中に亡くなった選手を追悼特集した、あるプロレス雑誌にて多くのプロレス選手が語っていたこと。そのような意味合いで考えれば、F-1のアイルトン・セナがレース中に燃え尽きたのと同じように、三沢光晴さんもリングの上で己が選んだ最上の人生を燃え尽きたと捉えることこそ、プロレス・ファン、三沢選手を応援してきた全てのプロレス・ファンに必要なことではないだろうか。いや、そのように考えなければ、殆どのプロレスファンは今回の三沢選手の悲報に対して心の整理がつかず、悲しみから立ち直れなくなるはずです。それほど、三沢選手というのは日本のプロレスの歴史を支えてきた偉大なレスラーでした。三沢光晴さんのご冥福をお祈り致します。. 2009.06.14 22:15:32 ---------------------------------------------誠実、人義、筋 2009.06.16日記 ---------------------------------------------日本で最も優れたプロレス団体はどこだと思うか?と聞かれたら、迷うことなく「それは、ノアだ」と即答するでしょう。なぜか?その理由は、三沢光晴さんという人物像に集約されるといっても決して過言ではない。映画評論家の淀川長治さんについて触れたある一冊の本の中に、次の文章が出てきます。以下に太文字で紹介しましょう。「これからビジネスマンとして成功したいなら、この三つを忘れちゃダメだよ。ひとつは、誠実であれ。お次は、ジンギを忘れるな。このジンギは、任侠映画の仁義じゃないよ。人情と義理の人義。それから、筋を通せ。これを忘れないようにしなさい。」誠実、人義、筋。この三つはその後、私が仕事をするうえで目標とした言葉であり、私の人生の支えとなりました。(『淀川長治が遺してくれたもの』より抜粋)上にあげた三つの言葉である、誠実、人義、筋。これらが無理なく自然に当てはまる人物というのは、そう中々いるものではない。プロレスという、巨額の大金や人々の欲望が蠢く世界、また、裏切りや騙しといった汚れた部分がつきまとう ”いかがわしい” 世界であれば尚更のことで、多くのプロレス団体というのは人事に関して絶えず激しい混乱を抱えており、あの団体の常務がまた変わったらしいぞなんてことは日常茶飯事で、社長がコロコロ変わる団体だって少なくはありません。そんな世界で、一つの団体が絶大なる信頼を集める同一人物によって運営が長く持続可能となった例を僕は二つしか知らない。ひとつは、ジャイアント馬場さんが率いた全日本プロレス。そして、もうひとつが、先日に亡くなった三沢光晴社長が率いた「ノア」というプロレス団体です。特に、ノアの選手間の信頼関係や心のつながりの深さは驚愕すべきものであり、世界的に見ても例がないのではと思えるほどの強い結束を感じさせるプロレス団体は他にないといっても全然大袈裟な話にはならないでしょう。それほどまでに、三沢光晴選手率いるノアというプロレス団体は奇跡的なほどの強固な結束力と選手の質の尋常ではないレベルの高さでもって、世界中に名を轟かせていたのでした。当然、そうした結束力の核となっていたのが三沢選手の人徳であったことは間違いなく、これはプロレスファンであれば誰もが認めることでしょう。実は、ここ数日にわたり僕自身、心の中に穴があいたような感覚で過ごしていました。やはり三沢選手の突然の悲報の影響が非常に大きかった。偉大な人物の死にリアルな実感が沸かないまま心に穴があいたような感覚になりながらも、様々なことに想いを馳せていました。偉大な人物というのは亡くなった後でも、残された者にとても大きなものを遺す、それは別に金額的な遺産を指していっているのではなく、精神的な大きな大きな財産を残された者達の心の支柱に残してゆくものです。今の時代、そうした真に偉大な人物というのは希有になっているかもしれませんが、しかし、三沢光晴さんという人物は間違いなく、そうした偉大な人物であり、沢山の人間たちをまとめ率いてきた真のリーダー像を体言した者であり、一人の人間としても実質堅固・有言実行を貫き通す立派な存在でもあった。ここ数日の間にわたって、そのような想いが深まらずにはいられませんでした。さて、サンジョルディの日生みの親にして、現代の易経研究における第一人者として広く名を知られる 【亞】さん の本に次の一節があります。太文字で引用しましょう。民はそんな君主の姿に示された真心を観て、心服し同化した。「親の背中を観て子は育つ」というように、「観」は理屈ではない。心のありようを観ただけで、同化して精神が成長するのである。どんなに言葉できれいごとをいっても、真心がなければ人は感化されない。(『「易経」一日一言』p.61より抜粋)三沢選手は、上の文章に当てはめれば、まことの意味での「君主」であり、「親」であった。だからこそ長い歳月の中で、多くの選手達に心から慕われ団体のTOPとして選手たちばかりでなく無数のファン達の心までをも率いることが出来たのでしょう。本当に偉大な、素晴らしい人物を亡くしたことは実に残念なことはありますが、でも、三沢光晴さんの偉大な魂の灯火を僕らはこれから受け継いでゆくべきであり、三沢選手の悲報を悲しんでばかりばかりではいけません。三沢選手の試合は、もう、これから見ることは出来ない。三沢選手のインタビューを雑誌で読んで、そこから勇気付けられることも、もう、これからはない。でも、三沢選手の偉大な魂が、これからも僕達の心の中で生き続ける限り、これからもずっと、僕達は三沢選手から大きな勇気をもらい続けることが出来る。そう考えたら、胸に浮かび上がってくる言葉は、ひとつしかない。「三沢さん、ありがとう」. 2009.06.16 21:53:45 今日の日記は後日に消しますので、読み流して下さいませ。”書き込み” は下にリンクを貼った日記にどうぞ☆☆☆『アゲハ蝶』 ←クリック!上にリンクを貼った日記への感想をお待ちしています。
2009.05.11

苦しみと悩みは、偉大な自覚と深い心情の持ち主にとって、常に必然的なものである。(ドフトエフスキー)正しき者は、悩み多し。(旧約聖書)普段から真面目に仕事に精を出している人が、なにかのきっかけで悲しいことに見舞われ落ち込むことってあります。そんなふうに悩み多い時間に埋没している状況に陥っている人を見たら、「正しき者は悩み多し」なんて言葉を、そっと投げかけてあげることって大事なこと。ということで、昨夜遅くに読んだ他者の日記に対して僕は日記の冒頭にあげたふたつの言葉を贈りたくなったわけでした。まあ、誰かはちょっと書けないですけど・・・スランプ気味な内容の日記だったし。兎にも角にも、気持ちは分かるなあとか思いながら昨夜その日記を読んだものでした。悩みは尽きねえんだな、人間だもの。相田みつをさんだって、そう言っていますし、人間だから、誰だって色々あるわけです。だけど、美都☆姫さん風にいえば、「それでも、いいんです」となるのでしょう。で問題となるのは、悩みすぎて健康を害したり、悩みに埋没したまま前に進めない状況が長く続きすぎることでしょうか。それでは、もともこうもないというか、生きてる証から自らを遠ざけることにもつながるような気がします。せっかく太陽が人々や全ての生命に命の輝きを与えてくれているのに、笑顔に戻れないことが長く続くのは罪なことかもしれませんよね。そういう意味で考えると、なるべく人は笑顔で生きる義務がある、なんてかなり強引かもしれないけれど、そういう理屈があってもあながち間違いではないでしょう。今日は月曜日。どんよりとした雨雲がたちこめる空模様ですが、はりきって行きましょう♪. 最終更新日時 2009.06.08 12:41:33 12本の薔薇さんから素晴らしい書き込みが入りました。こんなにも心に染み入る書き込みが入るとは予想外のことでしたが同時に感動せずにはいられない、ということで、上の日記文章に追記する形で、少しばかり文章を以下に続けることにします。幸福を追い求める旅の中で、人が様々な軋轢やトラブルに遭遇するのは当たり前のこと。そもそもが、人が生まれてくるのって、お母さんのお腹の中からオギャ---と泣きながら生まれてくるわけですよね。お猿さんみたいな顔で泣きながら生まれてきて、この世の光と出会う。つまりは、人がこの世に生まれてくること自体、光と出会う旅への出発みたいなものであり、それは大人になった後でも、なんらかの幸福感への希求となって死ぬまで続くわけです。赤ちゃんだって生まれるときは苦しくて泣いている。お母さんだって、赤ちゃんを産むときには苦しくて泣いている。赤ちゃんから成長した少年や少女だって陸上の短距離走の最中に転べば痛くて涙を流すでしょうし、それは大人だって同じこと。時に、仕事や恋人との関係で上手くいかないと苦しくて涙を流すのです。なんて考えると、悩んだり苦しんだりすることって、生きてゆく上で当たり前のことであり、別に恥ずかしいことでもなんでもないということが自然と、誰にだって理解できることでしょう。「あ、そういえば、ここ何年も悩んだことってないなあ」なんていう人がいるとしたら、・・・・・いえいえ、そんな人など、この世には一人としていないはず。それって死人と同じですよ(笑)。生きていれば、苦しいことが山ほどあったり悩んで、時に土砂降りの只中にいるような気分になることは当たり前のこと。死人じゃないのだから、苦しいことや悩みの一つや二つ持ち合わせていられることに感謝するくらいが丁度いいのかもしれません。さて、ここで先人の言葉を幾つか。希望のない人間は小説を書かない (オコナー)悪妻が文豪をつくる (松本清張)人生に起こる悩みや苦しみというのは、上の松本清張の言葉に当てはめれば「悪妻」みたいなもので、古今東西、偉大な作家というのは少なからず悪妻に磨かれていったわけです。こういうのって作家に限った話ではなく、楽天の野村監督も例外ではないでしょう(笑)。逆説的にいえば、悩みや苦しみのない人には希望だって生まれないし、たいした己の人生のドラマ・物語だって紡ぐことさえできないものです。 今日の日記は後日に消す可能性が非常に高いので、さらあっと読み流して下さいませ。”書き込み” は下にリンクを貼った日記にどうぞ☆☆☆『アゲハ蝶』 ←クリック!上にリンクを貼った日記への感想を沢山お待ちしています。
2009.05.11

------------------------------------------------天国からのラブレター 2009.06.04日記------------------------------------------------いましがたテレビで見た番組に感動し心が熱くなりました。北野武さんが司会を務める番組にて放送された、「天国からのラブレター」と題され本当にあった話を再現フィルムで伝える番組でした。久々にテレビを見て心の底から熱い想いが込み上げてきた気がします。手が不自由な画家と、その妻と家族の、実際にあったお話・・・至高の愛の物語。番組の途中から見たので凄く惜しく想いました。番組のはじめから見たかったです。その画家が生まれつき両手が不自由だったのか、それとも何らかの自己で両手を失ったのか、番組の途中から見た僕には分からなかったのだけれど、運命の出会いをへて奥さんと結ばれるまで、かなり厳しく辛い人生を送ってきたであろうことは伝わってきました。あまりにも不器用で、あまりにもピュアな魂。若い頃に自分の描いた絵がコンクールか何かに入選を果たし、大金が舞いこんでも、それを全て寄付してしまう人のようでした。お人よしだから、そんなことをした、なんて単純な話ではないのです。自分は世の中で困っている人を助ける人でありたい、という強い信念ゆえの行動だったとのこと。天涯孤独な身で小さな頃から世の中の荒波にもまれ必死に生きてきた中で、様々な人に助けられ、また自分自身も絶えず助けを求めてきたことの証なのでしょう。そんな苦い想いが根底にあったのだと思いました。奥さんもまた逆境の連続で生きてきた女性であり、運命なのでしょうね、その画家と出会ったのは。不器用且つ本心を周囲に漏らすことのない頑固者である旦那を守りながら、何もない貧しさから共に家庭を築き上げた二人。いい男、いい女、というのは、ああいう男女を指していうのだと思いました。表層的な姿かたちや、華々しいライフスタイルを生きる男女だけを指して「いい男、いい女」「いい人生」というわけではないです。今夜、あの番組を見ることが出来た人は幸福だと思います。ここ数年の中で、あんなにも心を打たれ目頭が熱くなった番組はなかったように思います。本当、素晴らしい番組でした。. 最終更新日 2009.06.04 21:55:30------------------------------------------------どんな本が好きですか? 2009.06.03日記------------------------------------------------つくづつ本というのは面白いと思います。本が面白いというより、その人と本との関わり合い方が面白いというべきでしょうか。なんだか、似ていますよね。自分がどんな傾向の人とのお付き合いを大事にするかと、自分がどんな本に惹かれ大事にするのかということって。似ているような気がします。本にしても、知人・友人にしても、自分で選ぶもの。意識しようと意識しまいと、そこには自ずと自分自身の哲学なり生き様なりが、その時々なりの姿で確実に投影される。なんて考えていたら、こういうことって本や人に限った話ではなくて、映画だろうと音楽だろうと絵画だろうと何だろうと、自分が触れ合う全ての事柄に同じことがいえるのかもしれない、なんて風にも思えてきました。そう考えたら、毎日、自分が出会うもの、そのたびごとに選択するものの連続の上に人生が成り立っていて、そうしたことの日々の集積の中で自分の意思が闇夜に浮かぶ剣のように浮き彫りになり、そして磨かれ続けてゆく。そう、人生というのは、ある意味、孤独というものを大事にすることから始まる、きっと誰にとっても。だから、”孤独” というものにネガティブな感情を抱いたり常に明るい方にしか目をやることがない人には深い内省もない分だけ成長もない。極論でもなんでもなく、そう思います。僕が好きな本というのは、作家というのは、旅のイメージが似合う、そんな本や作家です。旅というのはある意味、孤独と表裏一体なもの。見知らぬ街を訪れる人の心にわきおこるのは楽しい感情ばかりというよりも圧倒的に新鮮なストレンジャーとしての孤独であるはず。孤独さを感じながら彷徨うからこそ、そこで出会う物事もまた心に深く強く焼きつくわけで、また、見知らぬ他者の何気ない心遣いに触れる時に、人の心のありがたみだって一層身に染みるというもの。そういう意味で僕が好きな作家は誰かなあなんて考えてみると、とりあえず今は、塩野七生さんが真っ先に思い浮かびます。いや、塩野さんだけじゃないぞ、他にも・・・・・・。なんて感じで、話の続きはまた次回の日記で。(書くかもしれないです。でも別なことが書きたくなるかもしれません)。まとまりのない日記で失礼。今しがた、僕のブログをリンクしてくれた方のブログを発見し、その方の日記を読んでいたら塩野七生さんの本のことが書かれてあったので、つい嬉しくなってしまいました。なんか、めちゃくちゃ頭脳明晰な方だと感じました。それで、「僕のブログなんぞをリンクして、アホ菌が伝染したら大変ですよ、でもとても嬉しかったです、ありがとうございます」なんて書き込みしようかどうしようか迷った挙句に、今夜はもうかなり眠いので何も書き込まず、嬉しい気分のまま安眠へといざなわれることにします。ということで、皆様、おやすみなさい。良い夢を☆. 最終更新日 2009.06.03 23:30:10----------------------------------------------------いい男を目指そう!----------------------------------------------------日々こつこつと懸命に仕事をしている人を見ると元気になる。そんな時、自然と、自分も頑張ろうと思うし、エネルギーが沸いてくる。不思議なもので、このようなエネルギーの連鎖が起きてる時って、自分が見ていないところで必ず誰かがこちらを見ている。勿論、その逆も当然あります。モチベーションが低い時に、つい怠けてしまっている時に仕事上で重要な誰かが何処かから見ていることも大いにあるわけです。どちらにせよ、自分で分からないだけで、必ずどこかで誰かは自分の行動を見ているのです。それで上に書いたようなエネルギーの連鎖や共振が起きている時には、不思議なくらい同じ時期に仕事が集ちゅして舞い込む。たとえば次から次へと仕事をこなして疲労困憊している時なんかに、「この不景気に、なんで??」と思うくらい、次から次へと仕事の依頼の相談の電話が鳴ったりするのですよ。だから、人はなるべく、大勢の人々が良質なエネルギーを共振させている場に参加して、自分もその場に良いエネルギーでもって交わっていた方がいい。不景気だからといって何もしないで家にこもっていたりしてはいけないのです。先日にコンビニで雑誌を立ち読みしていて驚いたのだけれど、今、会社を理不尽な理由で解雇され再就職もままならず、そのまま家に引きこもりと化してしまう若い人達が多いそうです。引きこもることで開けてくる自分の未来など、あまり期待出来ないように思いますし、それこそ八方塞がりの泥沼状態から抜け出せなくなってしまう可能性も非常に高い。こういう時代だからこそ、やはり勇気をもって混沌とした磁場へ踏み出すということがとても大事になってくるような気がします。話は変わりますが、日経ビジネスAssocie6月号に、とても面白い話が載っていました。岩瀬大輔さんという人の書いた記事です。以下に太文字で紹介しましょう。「社会のパラダイムが変わろうとしている今は、エリートの人にとっては不利で、そうじゃない人にとっては、社会の構造や階層をひっくり返せるチャンスだと思います。社会が安定している時は、ヒエラルキーが全部決まっていて、年上の人は追い越せないし、いい大学じゃない人はいい大学の人を追い越せないといったことがある。でも、今は下克上オーケーです。」いいこと言うなあ、本当その通りだなと唸りました。今の世の中で、たとえば僕自身が他者の仕事振りを見ていて「この人は格好いいなあ、素晴らしいなあ」と思える人って、学歴とか全然関係ないですもん。このあいだ知り合った車の営業マンの方で、凄く多忙でお客さんからの信望も厚く引っ張りだこの方がいました。年齢は30歳前後といったところ。それで、僕はこんな質問をしてみたんです。「営業の仕事に入る前は何をされていたのですか?」こんな答えが返ってきました。「車の修理工場で働いていました」なんというか、こういう人ってけっこう好きなんですよ僕は。さて今、ふと思い出した言葉があります。ウィーンの建築家集団、コープ・ヒルメルブラウがだいぶ前に放った言葉。「時代が困難になればなるほど、建築は強靭になる」現代というのは兎にも角にも非常に困難な時代ではありますが、こうした時代の途方もない混沌さ加減に自ら飛び込んで激流に流されない強さや心の軸を内に育むことで齎されるものって同時に非常に大きいのだと思います。で、先日の日記で紹介したスザンヌ☆さんの日記の話の中で書いてあった ”いい男” を目指すべく、最近僕は仕事面で奮闘しているのであります。こういう時代に仕事に精を出してコツコツと逞しく前進し続けていれば、僕みたいなアホ系もてない君でも、もしかしたら「いい男」になれるんじゃないかなあって、なんか、そんな幻想も抱いたりもするんです(笑)。まあ、いい男への道は遠く険しいことは確か・・・・・というか、男はいつの時代でも逞しくあれ、って感じですよね。「戦後生まれの人たちは一度も微兵制度に遭っていないでしょう。戦争にも行かず、人を殺してもいないという、こんなラッキーな世代は実はないんですよ。」 (五木寛之談)酷い不景気、混迷とした時代なんていったって、所詮は戦時中や、それ以前の日本よりは、現代は遥かに平和で生き易い時代なわけです。いい男を目指そう!なんて言ってられること自体、平和と言わず何と呼ぼう?。ただ、平和だとかいっても、多くの人々が文化・精神の拠り所を失いつつあるという意味では、相当に現代日本は酷いことになっているとは思いますが。兎にも角にも!老いも若きも男も女も、皆さん、いい男・いい女を目指しましょう!(爆)(って、いい男って一体どういう男のことをいうんでしょうね?・・・難しいところです。また後日に考えてみたいと思います). 最終更新日 2009.06.03 22:11:52 今日の日記は後日に消しますので、読み流して下さいませ。”書き込み” は下にリンクを貼った日記にどうぞ☆☆☆『アゲハ蝶』 ←クリック!上にリンクを貼った日記への感想をお待ちしています。今日の日記への書き込みは御遠慮願います
2009.05.11

もし初恋の相手と再会できるとしたら、それが互いに当時のままの姿と心で可能であるとしたら。現実には、それは不可能なことでしょう。偶然、初恋の相手と再会を果たし、たとえ瞬時に心だけタイムスリップを果たしたとしても、長く過ぎた歳月を逆戻りすることは出来ません。時の経過は人の外見に、確実に今を刻んでいます。でも、それに近い状況を可能にするものがあります。それは映画や小説、時に音楽や絵画。思い出の写真だってそう。実際に言葉は交わせませんが、遠く過ぎ去りし日の美しい風が唐突に目の前に、当時のままに再び吹いてくる、そんな魔法のようなことを往々にして可能にしてくれます。僕にとって初恋に似た淡い若葉の頃の心象風景に唐突に引き戻してくれるものが、最近ありました。映画、古い異国の映画作品。予期せぬ再会が齎してくれたのは、過去への追想と同時に、現在の自分にきっと必要であったかもしれぬ何かでした。その、何か、が一体どのようなものなのか想いを馳せているところです。高校生の頃に最も好きな映画は『甘い生活』という名の古いイタリア映画。なぜその映画に惹かれたのかというと、監督がフェデリコ・フェリーニだからという理由に加えて、ローマを舞台にしていることもありましたが、でも一番の理由は出演している女優さんに惹かれたというのが一番の理由だったように思います。出演している女優といっても、いうなれば端役に過ぎない役柄であり、出演シーンは二つの場面のみ、その二つの場面は総長さにして3分にも満たない僅かな時間。にも関わらず、その女優さんに惹かれたのは、この映画において実に重要な役柄(天使のような存在)として描かれていたからです。おそらく映画史上類を見ない程に有名な ”端役” に違いありません。フェデリコ・フェリーニの代表作である『甘い生活』という永遠の名作のラストシーンは、この女優さんの笑顔のアップで幕を閉じるのですから。先日、久々に、この映画の有名なラストシーンを観ることが出来ました。マーチン・スコセッシが監督した古いイタリア映画への愛がこめられた「私のイタリア映画旅行」という映画作品に主要な名場面と共に、このラストシーンも登場します。それで久々に、高校生の頃にとても好きだった女優さんを観ることが出来て、不思議な感覚になりました。20数年前の自分にタイムスリップしたかのような不思議な感覚。説明は難しいのだけれど、唐突に昔のままの自分として今、この映画と、そして、この女優さんの笑顔と対峙し、あの頃と同じように惹かれている、そんな感覚。なんというか、唐突に初恋の相手と再会したような気分。でも相手は何も変わっていなくて、また、自分も昔のままの姿に戻っている・・・文章にすると意味不明な感じだけど、そんな風に不思議な感覚に包まれてしまったのでした。フェデリコ・フェリーニ監督映画『甘い生活』http://item.rakuten.co.jp/guruguru2/ivcf-5287/さて、話を変えて、先日に発信した幾つかの過去日記を以下に復刻することにしましょう。---------------------------------------------------------人生への愛の喜び 『私のイタリア映画旅行』 2009.05.12 日記---------------------------------------------------------最近に鑑賞した最も素晴らしい映画のひとつ。『私のイタリア映画旅行』この映画の中で、監督のマーティン・スコセッシが、イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の代表作である『甘い生活』について言及しているシーンがある。以下に太文字で引用しましょう。手を振る少女純粋な瞳で語りかけてくるが、彼には届かないこの作品は、いま見返してもテーマに相反して絶望感を感じさせない映画や人生への愛の喜びが勝っているのだこの、マーティン・スコセッシ監督の語りかけにこそ、映画への、人生へのあたたかな眼差しや愛が宿っているように感じます。今夜、衛星放送でフェリーニの『甘い生活』が放映されたようです。残念・・・衛星放送が観れる環境でないこの身(笑)。久々に、この永遠の名作を鑑賞したくなりました。『私のイタリア映画旅行』http://item.rakuten.co.jp/book/3759125/人生への愛の喜びを与えてくれるのは、何も映画ばかりとは限りません。映画はそれを、忘れかけていた頃に思い出させ気づかせてくれますが、それは、草原を舞う美しく神秘的なアゲハ蝶だって同じこと。先日に出逢ったアゲハの神々しい姿から、今、様々なことへ想いが馳せています。---------------------------------------------------------幸福をつかまえるには? 2009.05.17 日記---------------------------------------------------------幸せになりたい、愛があふれた生活をおくりたい。誰もがそう願っているはず。では、幸せになりたい、愛をいっぱい感じたり豊かな人生を生きたいと願う人が多いのに、巷には ”幸福” を謳う本が溢れているのでしょう?自分が願うふうに、現実がそうは上手くならないことのあらわれだと思います。もし、この世に生きる全ての人々が常に幸福であるのなら、書店で無数の ”幸福へいざなう本” を目にすることもないのだから。幸福をつかまえるには、一体どうすればいいのだろう?そんな風なことを、僕もよく考えます。多くの人々と同じように、幸福ってなんだろうなあとか、いつも幸せでいられたら素敵だなあ、とか。それで、最近、よく草原を舞う蝶々を目にしながら、こんなことを想うんです。「ああ、キレイだなあ。写真に撮ろう♪」でも、そんな時に限って蝶々はカメラのレンズの前に留まってはくれないものです。ほんのちょっとした人の気配が空気の振動として伝わっただけで、軽やかに遠くの方へ飛び去ってしまうから。花を写真に撮るのとはわけが違います。そんなふうに、惜しい気持ちを抱きながらも、次のようにも想ったりもするのです。「カメラに撮っても仕方がないな。美しい存在に出逢えただけでも幸せと思わなきゃ」と。ましてや、目の前の蝶々を網か何かで捕まえたりしようなどとは考えないことです。そういうことって、とても大事。幸福だって、これと同じようなことがいえるような気がします。捕まえようなんて、思わないことです。さて、上に書いたような、草原を軽やかに舞う蝶々の風景を目で追いながら、最近、僕は次の言葉を思い出していました。素敵な言葉です。今月のメインのブログTOPの格言にあげることにしました。ヘッベルという詩人の言葉です。~幸福は小鳥のようにつかまえておくがいい。できるだけそっと、ゆるやかに。小鳥は自分が自由だと思い込んでさえいれば、喜んであなたの手の中にとどまっているだろう。~復刻日記に加えて、最近に撮った自然の風景写真を以下に幾つかまとめて掲載します。 今日の日記は後日に消しますので、読み流して下さいませ。”書き込み” は下にリンクを貼った日記にどうぞ☆☆☆『アゲハ蝶』 ←クリック!上にリンクを貼った日記への感想をお待ちしています。今日の日記への書き込みは御遠慮願います
2009.05.11
最近に観たナチス・ドイツ絡みの映画をもう一つ日記に書くことにしよう。初めに断っておくけれど、僕はナチスという過去の遺物(と仮定して文章を進める)に対して何ら憧憬の想いを抱いているわけではない。ごく稀に存在するらしい軍服マニアでもなければ、戦争映画に心を躍らせる類の映画ファンでもないし、過去の二度に渡る世界大戦の記録に目を通して歴史から何かを学び取ろうというささやかな向上心があるわけでもない。数時間前に書いた日記の中で紹介した『敵こそ、我が友』を観たいと思った一番の理由は、ある雑誌でこお映画に纏わる次のエピソードを紹介する記事と出逢ったからだった。----第二次世界大戦後、ナチスの戦犯であるクラウス・バルビーが南米に逃亡する際の協力者となった存在の一人が、ヴァチカンのローマ法王であった。-----正確な記述ではないが、おおよそそんな風な文章が目に入ったのだ。僕が『敵こそ、我が友』という過去の世界規模での戦争という惨劇を追ったドキュメンタリーに興味を持った最初にして最大の理由がそれだった。上に挙げた記事内容を読んだ際に思い出したのが作家の塩野七生さんが以前にエッセイに書いていた事柄。その中には、このような記述があった。これも記憶をひもときながらの引用であるので正確な文章ではないが、大体の内容を以下に記そう。-----人類最高の頭脳集団はアメリカのNASAではなく、イタリアのヴァチカン内部、ローマ法王を中心とする云々云々・・・・・-----これは多分、世界の覇権の大部分を治める西欧文明の精神的支柱となっているキリスト教の総本山こそが、実は西欧文明の魂の拠り所であり、また人々の欲望や苦悩の根源のみならず権力の本質が集中する場所であるとの解釈で塩野さんは記していたのだろうと思う。宇宙への飽くなき探究心やロマンなど、この地上で何千年も繰り広げられてきた人類の営みの上に築かれた権力構造の前には実にちっぽけなものでしかないのだ。ということでヴァチカンが一体どのようにナチス・ドイツの戦犯と関わり、彼が海外へ逃亡する手助けを担うこととなったのか、その経緯と理由を知りたくなったというのがそもそものきっかけだったわけなんですよ。でもって数時間前に日記で紹介した『敵こそ、我が友』という映画鑑賞へと到ったわけなのです。この映画はおおよそ10日ほど前に観た映画なのだけれど、今もって頭にこびりついて離れない、そんな強い衝撃があったことは確かで、そうした余韻は今日に別なナチス・ドイツの戦犯を描いたもう一つの映画鑑賞へと僕を駆り立てたのでした。で、今しがた鑑賞を終えたその映画のタイトルが、『マイ・ファーザー 死の天使 』。いやあ、まいったまいった。この映画もきてます。相当に、きてます。クラウス・バルビー同様、ナチス崩壊後に国外逃亡に成功した戦犯( ”死の天使”と呼ばれ恐れられた人物=ヨゼフ・メンゲレ)の行方に纏わるエトセトラに迫った映画なのですが、この映画の興味深い点は、戦犯であるナチスの生き残りである人物とその息子との対話を軸に描かれた所謂ヒューマン・ドラマとしての側面を併せ持っている点。当然、息子の心境は地獄のような葛藤そのもの。内密に南米へ逃れ身を隠し潜伏している実の父に、親族からの極秘の情報を元に会いに行く先で起こる様々なドラマが物語の中心となっています。息子といっても年齢は中年で、かつてヨーロッパを恐怖に陥れたナチス戦犯の一人である父は既に老人。当然、息子は実の父が犯した強制収容所における狂気の人体実験の数々なんかを調べ上げ知り尽くしているのです。心の中にある想いの核心にあるのは、父という人間を理解したいという想い、その一点のみ。目の前に現れたのは、心優しき一介の年老いた男・・・戦犯をイメージさせる面影などどこにもなく、息子との再会を心から喜ぶ普通の老人の姿。映画の主人公である息子は怒涛の如き内面の葛藤に襲われます。戦犯として世界規模で指名手配されている父を告発し警察へ密告すべきとの良心の呵責と、実の父を理解し助けたいと願う気持ちの狭間で激しく揺れ動く内面。そして物語は驚愕のラストへ向かい疾走してゆく・・・・・。お話の続きに興味を抱いた方がいましたら是非、映画をご自身で鑑賞して下さい。『マイ・ファーザー 死の天使 』http://item.rakuten.co.jp/guruguru2/jdxd-25508/ちなみに、上の映画に登場するヨゼフ・メンゲレを南米へ逃亡させたことにも、ヴァチカン・ローマ法王、そしてアメリカの思惑が絡んでいます。事実は、そして歴史とは、小説よりも映画よりも遥かに奇なり、です。. (2009.05.24 00:14:24)---------------------------------------敵こそ、我が友 2009.05.23日記---------------------------------------最近に観た映画の中で、ダントツに凄かったのがこの映画。怒涛の如く眩暈級に凄まじい作品です。『敵こそ、我が友 ~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~』随分前は戦争に従軍した体験を持つ人というのが周囲に、沢山ではなかったけれど、それなりに存在していたものでした。今では本当に少なくなったと思います。シベリアで捕虜生活を送っていたことのある親戚のお祖父さんも数年前に亡くなり、知人で日本兵として戦争を体験した人の殆どが他界しています。近所で上記した体験を持つ人を思い浮かべると、今は一人しかいなくなってしまいました。戦争を知らない子供達なんて歌が昔ありましたが、もちろん僕もそうした戦争を知らない世代。そんな僕にとって、いや、現在を生きる多くの日本人の瞳には、日記の冒頭にあげた外国映画は実に衝撃的に映るのでは?と思います。一切の誇張なしにいうけれど、これまでの価値観が根元から崩れざるをえない、日頃我々が考えている平和への想いみたいなものがいともたやすく足元からすくわれてしまうこと必至、そんな映画です。この映画はドキュメンタリー作品で、主要な登場人物たちは悪名高きナチス・ドイツの高官であった人物達。物語の主人公ともいうべきクラウス・バルビーの生涯を軸に映画は進行してゆきます。戦時中に残虐の限りを尽くした彼が、ナチス崩壊後どのように海外逃亡を図ることが出来たのか、その経緯が描かれるシーンに思わず絶句。なんと、イタリアのカトリック総本山であるヴァチカンの要であった司祭達の協力によって、彼は逃亡に成功していたりするのです。こうした史実は、この映画で描かれてあることの、ほんの氷山の一角に過ぎません。良くも悪くも、歴史で語られることの殆どない影の部分に、こうした映画を鑑賞することによって触れることは稀少なことです。実に衝撃的なシーン(バルビー自身の回想シーンや音声によるインタビュー音源や、晩年にフランスへ強制移送され裁判で終身刑を言い渡される映像、それらを取り巻く果てしない混沌の渦)が、てんこもりとなっております。まさに、口あんぐりといった映画なのだけれど、色々な意味で、観ないよりは観た方がいいかもしれませんと思いますし、愛とか平和への想いを内には育むのは、それからでも決して遅くはありません。『敵こそ、我が友 ~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~』http://item.rakuten.co.jp/book/5905133/---------------------------------------------------------------------------------タイトル(英名):『MON MEILLEUR ENNEMI』 制作国:フランス制作年:2007年ナチス・ドイツの親衛隊中尉として数多くのユダヤ人を迫害し、“リヨンの虐殺者”と呼ばれたクラウス・バルビー。その知られざる過去と激動の人生をサスペンス・タッチで再現してみせたドキュメンタリー・ムーヴィー。 【解説】“戦犯クラウス・バルビー"は、第二次世界大戦終結後38年が経った1983年、フランス領ギアナでフランス当局に逮捕され、4年後の1987年、戦時中の17におよぶ人道に対する罪で終身禁固刑を宣告されました(1991年に病死)。映画『敵こそ、我が友戦犯クラウス・バルビーの3つの人生』は、そんなバルビーの戦中、戦後の残虐で欺瞞に満ちた“3つの人生"を、数々の記録映像やインタビューを駆使して描き出した衝撃のドキュメンタリー作です。 その“3つの人生"とは、第1が、ドイツ占領下のフランスでレジスタンス活動家やユダヤ人を迫害し、「リヨンの虐殺者」とも呼ばれた冷血非情なナチス・ドイツ親衛隊員としての人生。 第2が、戦後冷戦下のヨーロッパでアメリカ陸軍情報部(CIC)のためにスパイ活動を行ったエージェントとしての人生。 そして第3が、チェ・ゲバラの暗殺計画をも立案したという、南米ボリビアでの軍事政権支援者としての人生です。『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』(1999)、『ラストキング・オブ・スコットランド』(2006)などジャーナリスティックな視点で描いた優れた映画を発表している監督のケヴィン・マクドナルドの本領は、この映画でも遺憾なく発揮されています。 バルビーの人生を追うことから見えてくる国家の裏の姿、世界の権力構造の実相……。 マクドナルド監督はこの映画を通して、今私たちが生きている社会の表層からは見えない真実を突きつけます。 現代社会を理解するために、幅広い世代に見てほしい作品です。 (以上、青文字の説明文章は、楽天市場商品解説文章より転載)http://item.rakuten.co.jp/book/5905133/---------------------------------------------------------------------------------. (2009.05.23 13:25:43)今日の日記は後日に消しますので、読み流して下さいませ。”書き込み” は下にリンクを貼った日記にどうぞ☆☆☆『アゲハ蝶』 ←クリック!上にリンクを貼った日記への感想をお待ちしています。今日の日記への書き込みは御遠慮願います
2009.05.11
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