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王羲之展に「いろいろな蘭亭」というセクションがあった。中学時代から、何回も臨書している蘭亭叙は、王陽洵が臨書したものだったが、その他にも、あること、あること!バンクーバーでは、隷書で書いた蘭亭を見たことがあったが、さすがにそこまではなかったものの、図軸をふくめ、実に多彩であった。短歌をやるようになって考えてみれば、「蘭亭叙」とは、歌会報告のようなもの。曲水の宴に集まった町の名士42名の様子や、周囲の情景がいろいろにえがかれた絵巻物も面白い。杯が自分のところに流れ着くまでに、詩を一篇詠んで、その杯をとる。もし、詠めなかったら、大きな杯に三杯飲み干さなくてはならないという罰ゲームがあって・・・中には、罰が受けたくてわざとよそを向いている人が描かれたりしている絵もあったりして。王献之(10歳の詩人)もいたので、彼にも飲ますとなったら、今のカナダだったら、大騒ぎになるところ。で、その結果、参加した名士42人のうち、11人が詩を提出しなかったと読むと、自分の納得のいかないものを発表するのが嫌だった人もいるだろうし、罰ゲームの方が好ましい人もいただろうし、ほんとうにできなかった人もいるだろうし・・・と、短歌会で行ったことのある吟行のような、人間味を感じてしまったりする。
February 27, 2013
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王羲之展を見に行った。東京は、大都市の強みで、いろいろな展覧会があって、行きたいところばかりだが、バンクーバーのような小都市に住んでいると、いくら中国系住民が多くても、絶対にこんな展覧会は見られない。幸い、みぞれ交じりの寒い日だったし、開場を待って入ったので、混雑もなく、心行くまでゆっくりと見た。その時は気づかなかったが、家に帰ると、もうぐったりしてしまって、頭の中が飽和状態になって何をする気もなくなってしまった。まあ、それでよいのだけれども、ちょっとなさけない。王羲之の書は、本物は残っていず、すべて、のちの人が復元したというのだから、王羲之といって騒ぐのもおかしいけれども・・・やはり、よかった。(「おまえはわかるのか?」と聞かれたら、「はっきりとよさが、具体的にわかるわけではない」と答えなくてはならないのが、実情だが。)
February 27, 2013
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コスモスの武蔵野支部で、宮英子先生のお誕生日のお祝いと、宮英子先生・狩野一男氏、北条忠政氏の歌集出版のお祝いとをするからと、誘っていただいたので、参加した。私は、武蔵野支部の会員というわけではないのだけれども、東京にくると、なんだかいつも、声をかけていただくことができて、周辺をうろちょろしている。英子先生は、レディーなのでいくつになられたかは明記しないけれども、声がお若いし、頭の回転も速くていらっしゃるし、作品はますますのびやかになられるし・・・・。社交辞令でなく、お誕生日がめでたく、これからもお元気でいらしてほしいと思った。今回、出された歌集「青銀色」には、越乃寒梅グラスに注ぎて夏をはる吹き降りの夜半のひとり法師やがてして春終るべし平穏なり。ほら、見てごらん貝母咲き出づなどがある。お隣の席だったご長女に伺うと、この期間に詠まれた暗い歌、嘆きの歌、多少なりとも後ろ向きの歌は、全部捨ててしまわれての一冊だという。人生にたいする、英子先生の美意識だと思った。狩野氏の「悲しい滝」は、桐咲いて、満六十にならむ日の五月二日が来るのかどうか東北の酒飲むときに東北の者たるこころ澄みわたるかもなど、病から回復された氏の命への愛、震災にあった故郷東北への愛などをしみじみと感じる歌集。北条氏の「生命の襷」には傍らに温みを感じ伸べし手は畳に触れて夢と知らさる八十で歯がみなそ揃うこの誇り勲章なくとも骨密度ありなど、奥様が亡くなられたさみしさや、ご自分を励ますような前向きの歌や、私にも身につまされるような歌がたくさん。私には、この一首目から、家持の夢の逢ひは苦しかりけり 覚 (おどろ) きて掻き探れども手に触れねば(4-741)が思われた。家持が結婚前の恋人にうたった歌と、北条氏が亡くなられた奥様にうたった歌の愛の表現が似ていることを思うと、奥様はお幸せだ。(歌集によると、私の姉が亡くなったのと同じ病気だったようなので、奥様がお幸せだと思うと、私もうれしかったりして、歌の鑑賞としては、邪道だなあ・・・。)
February 26, 2013
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2月26日といえば、昔、226事件のあった日。日本にいても、今はほとんど話題にされないようになった。ま、私の生まれる前の話だったが、陸軍軍人だった父には、いろいろの思いがあったようで、毎年、この日が来るたびに、この事件のことを、話してくれたものだった、あの日も寒くで雪が降っていたと聞いているから、今年、東京がこんなに寒くても仕方がないのだろうけれども・・・・ 寒い。
February 26, 2013
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朝のうちに、懸案事項が一つ片付いたので、その足で渋谷に出て、金王八幡宮に行ってみた。カナダから日本に来る飛行機の中でみた「天地明察」の中に出てくる、八幡様がここだと教わってから、一度行きたいと思っていたので。渋谷の喧騒からさほど遠いところにあるわけではないのに、ふっと心が洗われるような空間が、そこにあって・・・露出の調整がうまくいかない写真だが、俗世との結界のような門だった。本殿は、さすがに由緒ある風格。江戸の時代には、本当に田舎であったろう渋谷だったころを想像しながら、お参りをする。写真にとれば、背後のビルが一緒に写ってしまうが、境内に居ると、絵馬に数学の設問を書いていた関孝和の姿などが頭をかすめる。数学が苦手であるからいっそう、ロマンを感じるのかもしれないが。受験の季節でもあるし、絵馬がたくさん奉納されている。みなさんの願いが、届きますように・・・・一時は、「天地明察」関連の絵馬がたくさんあったらしい。映画で初めて、そういうものがあると知った「算額」を見ることもできた。「和算」的思考は、数学的というよりも、哲学的印象があるのだが、ほんとうのところはどうなのだろう。
February 25, 2013
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今回の帰国の用事の一つに、マンションの大規模修繕に立ち会うことがある。母の遺してくれたマンションを、ありがたく使わせてもらっているのだが、大分古くなってきたので、これが二度目の大規模修繕。到着した2月15日には、もう、プレハブの現地事務所や仮設トイレができていて、足場が組み立てられ初めていた。今日は、だいたいこの写真のような感じ。建物の井の頭通り側は、だいたいおおわれたが、あと二面はこれからという感じ。工事日程表によると、27日までにはこれが終わり、28日から外壁修理や、窓やドアの周りのシールのやり直しが始まることになっている。プライバシーの保護のために、カーテンは閉めるように言われているが、あまりに暗いので、そこにいるときには、カーテンを開いたままにしている。別に悪いこともしていないし・・カナダで住んでいるマンションも、昨年の夏に、大規模修繕をやったのだが、その作業員さんたちも、今回、日本のマンションでお世話になっている作業員さんたちも、実にてきぱきとよく働くし、礼儀ただしくて、気持ちのよい若者ばかりだ。危険な作業だから、規律も大事なのだろうが、社員教育がよいとでもいうべきか?
February 24, 2013
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井の頭通りの街路樹が、次々と除去されている。これまでは、槐(えんじゅ)だったのだが、掲示によると「台風などで被害にあうことが多いので、ヤマボウシと植え替える」ということらしい。鈴木英夫先生の歌には、槐をうたったものがたくさんあり、当時、槐を知らなかった私は、図鑑などで見て想像していたのだが、ある日、ふと家の前の街路樹についた札をみたら「槐」と書いてあったので、びっくりしたという思い出がある槐なので、ちょっとさびしいが・・・。数年前、館林にこいのぼりを見に行ったときに、街路樹にヤマボウシを植えているところがあり、若い樹だったが、たくさん花をつけて美しかったのも思い出されて、それなりに楽しみでもある。ただ、このあたりの街路樹は、樹の周りのほんの少しだけ、土が出ているだけで、あとはきっちりと舗装されているので、降った雨が夏などは熱湯になって、地中にたまり、とても過酷な条件にあると聞いたことがあるので、痛ましい。
February 23, 2013
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コスモスの座間勉強会として、鈴木英夫先生がご健在のころ、先生のお宅で歌会を開いていた方々と一緒に、お墓参りをした。先生は、たしか、昨日がお誕生日だったと思うので、タイミングとしてはちょうどよいのだが、そして、よく晴れた日だったが・・・ 寒かった!座間の皆さんは、座間勉強会が解散しても、座間の歌人会とか、コスモスの神奈川支部とか、カルチャー教室とかで、それぞれが短歌を続けておいでの様子。行けば、それぞれみなさん、家庭の主婦。かいがいしく、掃除をしたり、お花をいけたり。お寺や墓地にあるお墓ではないので、農協で花を買い、一番、お宅の近いYさんが、お水ももってきてくださった。お線香の煙も、きれいに上がって、さて、これから順次お参り。左側が、先祖代々のお墓で、鈴木先生ご夫妻や弟さんはこちら。右側は、先生のご両親のお墓。先生のお宅は、由緒ある建物だったけれども、そこに住むのが娘さんおひとりとなると、広すぎて、寒くて・・・・ ということで、建て直されて、機能的で温かいお宅がたっていた。通していただいたダイニングキッチンは、床暖房で心地よく、南に大きくあいたガラス土の向こうには、丹沢も、大山も見晴らせて、すばらしい景色。先生の阿夫利嶺に沈む夕日をつゝしみて送りたりしかいにしへ人もの一首の情景を、天気のよい日は居ながらにして見晴らせるお住まい。もと、私たちがよく伺った先生の応接間のあったあとには、セキレイが来ていた。(白秋の資料などが豊かにしまってある湘東文庫は、以前のままに残されている。)お仏壇には、ご夫妻それぞれの写真のほかに、結婚写真も。ここまで整理なさるのは、ほんとうに大変だったと思うが、見事に落ち着かれたと感心した。私までなんだか安心したような気持ちになったから、きっと、お父上も、ほっとされていらっしゃるのではないだろうか。
February 22, 2013
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ほしいと思いはじめて、リサーチをつづけて・・・三年くらいだろうか?「今だ」と思って、日本で買ったアマゾンキンドル。3Gは不要だし、軽い方がよいし・・・と条件を狭めていったら、結果的に、値段の安い機種になった。短歌関係の本など、ないだろうと思っていたが、そうでもない。早速 二冊ほど有料の日本語の本を買ったが、そのほかに、無料のものもいろいろダウンロードできたので、もう、もとはとったようなもの。なんだか楽しいことになりそう!!「カラーの方が、雑誌や料理本を見るときなんか、楽しいよ」という助言もあったのだが、重さが2倍くらいになるので、この際、敬遠することにした。また、地元の図書館のe-book は、キンドルには対応していないので、それもためらいの一因だったのだが、kobo では、特許の関係か、カナダにいて日本の本を買うことができないので、図書館の本はPCで読むことにしての決定。「カナダに居て、日本の本や雑誌を買える」というのは、電子化される本が多くなればなるほど、うれしいことになる。そんなに日本の本が読みたかったら、日本に住めばよいじゃないの?・・・と、自分でも思うのだが、そう思うようにいかないのが人生・・・デス。
February 21, 2013
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バンクーバーの短歌会では、コスモス短歌会の松尾祥子さんに、e-mail で通信指導を受けている。最初の20年間の指導をしてくださったコスモスの鈴木英夫先生は、95歳まで続けてくださり、その後の二年間ほど自分達だけでやってみたが、どうも、仲間だけだとしまらない。それでは励みにならないので、「なんとか、先生を探してお願いしよう」ということになったのだが、その時、「頼まれた方が、ご自分も95歳まで指導しなくてはいけないように思われると、誰も引き受けてくださらないだろうから、一応、三年毎にお約束を見直すことにして、お願いしてきたらどうかしら」と、先日、亡くなられた岩崎さんが提案され、皆が同意。かくして、2007年5月からお願いした松尾先生には、二回目の三年がこの4月いっぱいで終了する。鈴木先生の指導からは、人間としての生き方とか、短歌に対する心構えのような大きなものを「謦咳に接する」ような形で学び、松尾先生の指導からは、短歌そのものの技術面や、現在の動向などを受け取り、とてもよい流れとなって、幸せであった。小学校一年生から六年生までの六年間は、ほんとうに長い期間で、永遠のようなものだったのに、この六年間の、なんと早かったこと!個人的には、何をして過ごしたのやら、わからないあっという間の六年間だったが、おかげさまで歌会の方は、活気のある六年間だった。で、会員の希望の、「今後の三年間も、よろしくお願いします。ただし、やむを得ない事情の時には、どうぞ、お申し出ください」を預かって、今日は先生に、改めてお願いし、引き受けていただけた。早速、バンクーバーの皆にに宛先併記でメールをして、何人もから〈サンキュー・メール〉が届いてめでたく落着。こうして、区切るのは、あまり他ではやっていないことではないかと思うのだが、生徒としては、「先生の指導を当たり前のことと考えずに、それなりの緊張と感謝をもって考えることができて、なかなかよい」と、今回も思った。もちろん、私自身も、ここで改めて気を引き締めて・・・・と思っているのだが、気を引き締めたらよい歌ができる・・・というわけではないのが、悩みの種。さて、三年後・・・ バンクーバーの会は、このままの形で続いているだろうか?高齢化で、車を運転する人が減ると、皆が一か所に集まること自体がむずかしくなるのが、ネックではないかと、ひそかに危惧している。
February 21, 2013
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コスモス五月号用の締切が22日なので、「ぎりぎりまで推敲したい」VS「締切を守りたい」の妥協点として、今月は、20日投函を決めていた。気が済むまで、もっといじりたかったのだが、時間切れと諦めて、コスモスの先輩のMさんのお宅に行く途中で、投函。で・・・・ポストから10メートルほど歩いたところで、突然、ひらめいた。「あの我のというところを二のとしたらよかったのに!」あんまり残念だったので、Mさんに話したら、Mさん「それは、その方がずっとよくなりますよね。で、いつポストに入れたの? どこのポスト?」私「五分ほど前。郵便局の前のポストです。」Mさん 「じゃあ、まだ間に合うでしょう。集めに来る時間を調べて、ポストの前で待っていて、それをもらってきたら? それから直して出したらいいわ」私「まさか! 郵便屋さんに迷惑ですよ。」Mさん 「大丈夫ですよ。頼めばやってくれますよ」私 「・・・・・なさったことおありなんですか?」Mさん「ずっと前ですけどね」うーん・・・。 郵便屋さんが集めにくるまで、ポストの前で推敲して、姿が見えてから封をしたことはあるけれども、入れてしまった郵便物から、自分が出した封筒を返してもらってくるのは、さすがにやったことはない。第一、そういうことを言って、他の人の郵便をもってきてしまう人もあるかもしれないから、郵便屋さんの職務としては、違反ではないかしら・・・・「ま、いいです、いいです。そこまでするほどたいした歌でもないし・・」と、あわてて否定して、すっぱりあきらめた。それだけの熱意も根性も、押しの強さもないのに、愚痴だけは言った私が、悪い。先輩がほんとうに、そんなことをなさったのかどうかはわからないけれども、「何もできないなら、文句を言うな」というレッスンをしてくださった・・・と判断した方がよさそうだ。
February 20, 2013
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寒かったが、やはり東京にいるのだから、今日行かなくては・・・と墓参。地下鉄の白山駅を降りて、地上に出ると、雪が降り出していた。雪の中でも、紅梅が美しく咲いていたし、水仙の莟も膨らんでいて、「春隣り」の感しきり。今年は、姉の33回忌、父の27回忌、母の17回忌にあたり、お寺の「年忌表」に張り出されていたので、三人分一緒に、3月9日にお経をあげていただくように、お願いしてきた。三人一度というのも、失礼かと思ったが、「想い」を三倍にしたら、両親も姉も許してくれるだろう・・・などと、勝手に決めてしまった。残されたのは私だけなので、さびしいけれども、気ままな話である。
February 19, 2013
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府中市役所に行った。府中市には、カナダに行く前、15年ほど住んでいたので、なつかしいところだ。長男を自転車の後ろにのせ、次男をハンドルに取り付けた席に乗せ、長女を負ぶって、四人のりをして通っていた時期もある通りだが・・・まあ、よくそんなことをやったものだと思いつつ、ちょっと振り返って写真などとってみる。給料の振り込まれる富士銀行と、西友と、長崎屋と、あとさくら食品(名前の記憶があやしい)が、当時の私の主な立ち寄り先だったが、今は、富士銀行以外は、そのどれもなく、トイザラス、無印良品、ユニクロなど、当節らしい店がならぶ。立ち寄ることはなかったが、よく見て通っていた和菓子の青木やさんは、もとの場所にあった。市役所は、大国魂神社に隣接しているので、神社を通り抜けていくのが、昔からの習慣。境内には、よく通った市立図書館もある。市役所の用事は、わりとかんたんに済み、150円なりの証明書を出してもらって、外にでて、このまま素通りも失礼だと、大国魂神社にお参りをすることにした。子供三人を次々とお宮参りにつれてきたお宮だし、七五三もここだったし、長女は結婚式もこの神社でお世話になり・・・おかげ様で、それぞれ、元気に暮らしているので、となりの市役所まで来てご挨拶せずに帰るのは、私の「としより心」が許さない。で、ここまでは順調に行ったのだが・・・・本殿の前で、お賽銭を出そうとしたら、小銭入れがない!!バッグをひっくり返しても、ポケットを裏返してもない!中に入っていたのは、千円札が1枚、500円玉が一つ、あとは、100円と10円と1円がいくつかで、5円はない。(市役所で待っている間に、内容を改めたので、めずらしく確かな記憶)市役所で150円払ったときには、たしかにその小銭入れから出したのだから、もしかすると、市役所で、窓口あたりで署名などしているうちに、置き忘れたかなあ・・・・という可能性が大きいので、市役所に戻ってみた・・・ら、なんと、案内カウンターに、ちゃんと届けられていた。次の予定は、丸の内だったので、もし、気づいたのが丸の内だったら、市役所まで帰ってみることはしようと思わなかっただろうから、これは、「ごりやく」!・・・・お金もそうだけれども、ぼっとしているから、大事なことをする前に、気持ちを落ち着けなさいという教訓だろうと、もう一度、本殿の前に行って、参拝のやりなおし。なくしたお金なのだから、全部お賽銭にするのが筋だとは思ったが、小銭も案外必要なので、1000円札だけお賽銭にして、「お礼参り」をしてきた。でも、ケチしないで、全部お賽銭にすればよかったかな? 中途半端なお礼心であった。
February 18, 2013
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丸の内のオフィス街。府中市役所での用事をすませてから、すぐ、丸の内のオフィス街に向かう。東京についたのが金曜夜なので、週末にはできなかった用事を、まず片付けようと、右往左往というところか、12月には、まだ黄色い葉が残っていた銀杏もすっかり裸木になっていて、さびしい。雨も降りだしてきたので、用事だけ済ませて急いで帰って来た。
February 18, 2013
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娘夫婦と、久しぶりに会うことになり、ランチは外食の相談がまとまったので、せめて、フルーツでも、私の方で用意しようと、駅前の「成城石井」に入った。ちょっとがんばって、豪華にしたいと思っての選択。すると・・・入ってすぐのところに、メロンがあった。最近は、メロンも手が届くようになったから・・・と、近寄ってみたら、静岡産マスクメロン(中)で一個6000円!!!ゼロの数は、ちゃんと見直したので、間違いない。一本に一個しか残さないで育てるから高価だと、わざわざ説明してあった。とりあえず、そこを出て、別の店で、もっと庶民的なおやつを買ったのだけれども・・・以前(何年前になることか?)は、メロン=高価 というイメージで、桐の箱に入っていたりしたものだったが、最近はちょっと手の届く値段のものが出ているのに、さすが「成城石井」!!
February 17, 2013
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「コスモス」3月号を入手。興味のある記事があちこちにある60周年第一記念号なので、落ち着かぬ読み方をしながら、ふと最後のページを見たら、1月31日の日記に書いた曽根川伊都子さんが、1月16日に亡くなられていたことがわかった。伊都子さんから、「英子先生がご健在の限り、コスモスの全国大会にはいくつもり」というはがきをいただいたのは、1月10日ころだったから、あれを書いてから間もなくということになる。私は、曽根川さんのNHK全国短歌大会の佳作入選を「健在証明」のように思って、すっかりはしゃいでカードを出したりしてしまったのだけれども、私がそれを書いていたころには、すでに亡くなられていたわけだ。まさに愕然。そんなものなのかなあ・・・。
February 17, 2013
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スーパーで、これまで、みたことのない野菜を見た。名前は、ロマネスク。全体の形は円錐形。値段は・・・1個で300円近い。なんだろう・・・と思ったが、となりに並んでいるブロッコリーに、外側の葉が似ているし、ブロッコリーの仲間かもしれない。考えていてもわからないし、とにかく、時差ぼけで、値段に関する感覚も麻痺しているうちに買わねば、チャンスはないと思って、一つゲット。ネットで見ると、ゆでる人、オリーブオイルで炒める人などもいて、結構、出回っている野菜らしい。では・・と考えて、食べやすそうな大きさに切って、タジン鍋にいれ、少し塩を振って、電子レンジで加熱してみた。やわらかくなったところで、たべてみたら、ブロッコリーやカリフラワーと舌触りは似ているが、ずっと「甘い」味。ふと思いついて、冷凍食品についていた餃子のたれをつけてみると、これがまさに私の好みの味。今日は一つ、知識と経験が増えた。
February 16, 2013
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カナダから日本に向かう機中で、英語字幕付き、日本語映画「天地明察」(英語タイトル Tehchi )を見た。この映画のことは知らなかったのだが、紹介欄に宮崎あおいの写真がでていて、「日本の武士の時代の天文学者がカレンダーを定めるまでのストーリー」と書いてあったので、「まあ、おもしろそう」くらいなノリで見始めたのだが、すばらしい映画で、時折、手持ちの電子辞書を引きつつ、かつ、メモをとりつつ、まあ、機中の退屈しのぎとは言い難い熱心な映画鑑賞をしてしまった。紹介は、http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD20965/story.html に ゆずるとして、気の遠くなるような観測の結果、当時まで、800年使われていた宣明暦には、長い間のずれが生じていて、実際と合わなくなっているので、新しい暦が必要・・・と考えたものの、その結果、いろいろな抵抗を克服しながら、取り入れようとした授時暦を取り入れて、日食の時間があわないことから、それもダメで、さらにそれを斟酌して作った貞享暦ができるまでを、そこに命がけでかかわった渋川晴海の生き方を通して語られていた。私など、暦といえば、太陽暦と太陰暦くらいしか意識したことがなかったので、70歳をすぎてこう書くのもナンだが、びっくりの連続だった。だいたい、「暦は朝廷の権限の中にあり、朝廷はそこから得る利権は莫大なものだから、その領域に手を触れられるのを、極度に嫌った」という話も知らなかったし、どうして、暦から利権が得られるのかも、いまだによくわからない。「めでたい日だと思っていたのが、実は、めでたくない日」だったりしたら大変だという映画の中のセリフも、また、私にはあまりピンとこなかったりもするのだが、そんな私でも、太陽暦で、まだ寒い最中なのに、正月を「新春」「慶春」「初春」というのは、おかしいとおもったりはする。しかも、カレンダーは毎年買うし、人にもプレゼントするし、カレンダーなしの生活は考えられない。閏年は、カレンダーと実際のずれの調整のためにできたのも、最近は閏秒までが必要になっているのも知ってはいるので、そのあたりを意識しながら、もう一度、劇場でこの映画を見たくなってしまった。ネットで検索したら、下高井戸(30分以内で行けるところ)でやっていることがわかったので、行ってみようか・・な?それにしても、機内で見た映画を、劇場で見直したいと思ったのは、初めてのことである。★ 「北極星を、北斗七星が一回りするのを一年とし、その間、日本の各地から、北極星の高さを観測し、その結果から、A地点からB地点の距離を図る」とか、しかも、そこを歩測して計算をした結果と比較しながら、一年半かけて結果を出す・・・ しかし、それでは不十分だと気が付いた安井草哲に、鎖国中だというのに、水戸の殿様が大きな世界地図と入手してくれる・・・ 水戸さまはすごいなあ・・・と思ったり、まあ、フィクションだからわからないと思ったり。★ 使用していた暦と、現実の天体の動きが合わないからって、切腹するようなことなのかしら・・・と思ったり★ 和算で有名な関孝和と算哲の出会いが、才能と情熱の出会いのようで、とてもよい場面だったと思ったりなどなど、映画が終わっても、メモをしといた字幕のローマ字を頼りに、電子辞書であちこちを見て、しばらく日常を忘れた。
February 14, 2013
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突然だけれど「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさは、俵万智の有名な一首。作者は幸せだ。なぜなら・・・・私の場合だけかもしれないが、そういう時期や関係は、そんなに長くは続くものではない。「寒いね」と言へば「さむいね」と言ひたりき結婚前は夫の場合もでしたよ、うちだって。今だって、夫以外の友達は、男女にかかわらず、一応、この程度の相槌は打ってくれる。でも、まあ、結婚十年くらいすると、年齢的なものもあって、女性は冷え症になりやすく、男性よりも寒さを感じやすいらしい。私が暖房の温度をあげれば、相棒は窓の隅を少しあけたり・・「さむいね」を「さうでもないよ」と否定しき結婚十年頃の夫は新井素子の小説を読むと、作者(と思われる主人公)は、すでに、新婚旅行で、これを発見している様子だ。で、うちの今の段階は婚長くなりたる夫に「さむいね」と言へば「ふふん」と生返事すると言ったところか。ろくに聞いてくれないし、私の方も最初は、「たまには聞こえてちょうだい」と思ったりもしたが、最近は、特に同意は必要としない。・・・・・・そうはいっても、最近やはり心配になっているのは、聴力。それに、だんだん、怒り声で聞き返されることが多くなったので、「さむいね」みたいな、毒にも薬にもならないような話は、なるべくさけるようになった。金婚の近づく夫に「さむいね」と言はば「なにっ?」と聞き返されさうで、ここで、「言へば」が「言はば」に変わるのに、注目! (事実と反対の仮定)で、そのうち、私の方も聴力がおちて、年中、喧嘩でもないのに、どなりあってすごす日々になるのかな?・・・・あ、でも、うちの夫には、タイミングがよければ、「寒いね」と夫に言へば作りくる「なべやきうどん」のアッツアツ一つということもある。考えてみれば、「さむいね」とのんきに相槌を打っていないで、テキパキと鍋焼きうどんを作ってくれる人の方が、物理的に暖かくなって、よろしい!文学的には、少々単純すぎるにしても。
February 13, 2013
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カナダ人の家庭の多くでは、deep freezer という、日本だったら、アイスクリーム屋さんしか持っていないのではないかというような、大きな冷凍庫を備えている。カナダ生まれの両親に育てられたママさんにも、もちろん、deep freezerは必需品で、たくさんの食料品が入っているのだが・・・・ 今日、孫と話をしていたら「そうだ、おばあちゃんにいいものを見せてあげよう」と、その大冷凍庫の蓋を細くあけて、中を見せてくれた。いつもの食料が、片側に寄せてあけられた半分のところに何か白い大きいものが見えるが、はたしてそれが何かは、よくわからない。私「なんだろう?」孫「雪だるま!」私「え?」孫「だからさ、雪だるまだよ。11月に雪が降ったときにベランダで作って、ダディーにここに入れてもらったの。今度の七夕の竹は、雪だるまに持ってもらうようにしようよ」私「!!!」まさか雪だるまが、半年以上の長期計画でフリーザーに入っているとは、想像もしなかった。半年間、フリーザーを半分しか使えない生活は、それになれた人には不便だろうに、よく両親が許して、手伝ってまでやったものだと感心。いくら冷凍庫が大きいといっても、肉屋さんの冷凍庫ではないので、雪だるまを入れるとしたら小さいけれども、なかなか面白いアイディアだと思った。昔の殿様の「氷室」みたいな・・・・。夏まで元気で生きていて、この雪だるまに笹飾りをつける手伝いをしなくちゃ!
February 12, 2013
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今年から、ファミリー・デーというわけのわからない祭日が出来て、今日は祭日になった。私の住んでいる州では、二月の第二月曜を、ファミリーデーにするのだそうだ。2月には祭日がないし、隣のアルバータ―州にはファミリーデーという祭日があるので、パーッとやろうじゃないかと決まった・・・という説もあるし、中国のお正月には、お祝いのために学校や仕事を休み人が多くて困るから、いっそのこと休みにするという説もある。。ま、いろいろあるけれども、「とりあえず、みんなで何か食べようよ。」と、昨夜は、息子の妻がビーフシチューを作って、老夫婦を招いてくれた。昼間外出していたので、私が到着したときには、テーブルのそれぞれの席に、孫のつくった Happy Family Day ! Let's eat ! と書いたサインが並んでいて、スロークッカーには、午前中から煮ていたシチューがよい香りをさせていて、各種のパンと、サラダで、何やら賑やかな夕食であった。 で、本番の今日のファミリーデーは・・・・ 昨日、賑やかにやったので、私はもう・・・パス。めでたし、めでたし。
February 11, 2013
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息子さんを亡くされた、短歌会の友人Kさんから、「教会で追悼ミサをしてもらうので・・・」と、声がかかったので、出かけた。私も三人の子の親だし、Kさんのお悲しみは、いかがばかりかと察することはできるつもりだけれども、やはり、それ以上に、はたの者には計り知れないものがあるのだろうと思えば、そして、私たちが参列することが、少しでも慰めになるかもしれないと思えば、もちろんのことだ。90歳近いKさんは、造花作りをお仕事にしていたこともある方で、祭壇を、ご自分の作られた美しい花籠でいっぱいに飾り、数ページに亘るお別れの言葉も、立派に読みあげられ、シャンとして立派だった。あとで、付き添っていた娘さんに伺ったら、お話をなさった時には、背中が震えていて、血圧が上がっているのではないかと、心配なさったそうだが、そんなことを、私たちには、少しも感じさせなかった。私は個人的には、今日の牧師さんのお話にはついていけないところが多く、抵抗を感じて、居心地が悪かったのだけれども、それでも、宗教は個人個人の信条だし、今日の場合は、Kさんが慰められ、支えられるのであれば、それでよいのだろう。私の母の女学生時代からの友人の賛子さんというカトリック教徒の方が、母の葬儀の日に、「今日は、富子さんのことを祈る日だから」と、謡いで鍛えたよく透る声で、般若心経をしっかりと唱えてくださったのを思い出し、私も、賛子さんのように、広い心で、この場では、何が一番肝心かの選択ができるように、成長しなくてはならないと思った。これから、年齢をかさねるに従って、こういう席に出ることも、残念だけれどもふえるだろうから。
February 10, 2013
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本日は、バンクーバー短歌会の例会の日。私は日本に行っていて欠席ということは、毎年、3回くらいはあるのだけれども、今日は、家庭の事情でカナダの家にいるのに、欠席。意外に落ち着かないものであった。いえ、けして、ずる休みではないのだけれども。
February 8, 2013
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ケールという野菜、日本ではあまり見ないのだが、ビタミンが多くて、とても体によいらしいが、なにか、ごわごわした感じで、あまり買う気になれなかった。ところが、先週、遊びに来た孫が、「kale chips」を食べたが、とても美味しかったから、今度、一緒に作ろうと言ったので、ネットで調べてみると、案外、簡単にできそう。よく洗って、茎を除いてから、小さくちぎって、平らな容器に入れて、オリーブオイルと、粉チーズと塩で味をつけ、オーブンの360度(F)で、パリッとするまで焼くと、ただそれだけのことだが、菜っ葉をオーブンで焼くこと自体、何か不思議。一緒にやって、失敗するとかわいそうなので、今日は、一人で、ひそかにやってみたら、これがなんと、美味しい。そのまま、ポリポリつまんでも、ポテトチップスとは、比較にならない健康食品だし、ポテトサラダに載せたら、色にも味にも変化がついて、ちょっと楽しい。「老いては子に従え」を一気に通り越して、「老いては孫に従え」の Kale Chipsとなった。
February 7, 2013
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このごろ、少しずつ日の出が早くなってきた。といっても、雨の日が多くてあまり日の出をみることはできないのだが、今日は、それらしきものがちらりと見えた。遠くの山脈を覆って拡がっている雲の後ろの一か所が明るくなって、その上にもある雲の色を染めている。青い空も少しだけ見えるのだが、さて、これから青空が勝つのか、灰色の雲が勝つのか・・・。
February 6, 2013
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時折雨の降る、あまり暖かくない日だったが、ふと、桜の花が咲いているのをみつけた。寒桜・・というには、ちょっと遅いが、烟ったように咲いている。近寄ってみると、一重の薄い色の花がちらほら。もう一息で、春だ。
February 5, 2013
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カナダの1ペニーのコインは、だいたい、日本の1円玉ほどの価値がある。が、最近ではこのペニーは、流通価格よりも、生産価格の方が高くなってきたというので、今日で製造はしないことになり、ものの値段は、二捨三入というか・・・で、税金などを計算してから、最後の桁を1か5で終わるように設定されるようになった。それを、レシート上でどう表現するのかと思ったら ”penny rounding ”となっていた。これからも、使えないのではないけれども、5つ揃わないと用をなさないので、まあ、なるべく早く手持ちを無くした方がよさそう。ただし、この徹底には時間がかかりそうで、今日も safeway というスーパーでは、もう penny rounding がしてあったが、 IGA というスーパーでは、相変わらず、XXドル99セント で、なんとなく安いと思わせる定価付けがされていた。とはいえ・・・あと10年もすれば、「昔はこんなお金を使っていたんだよ」と、思い出話をするようになるのだろう。
February 4, 2013
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バンクーバー新報への投稿は、毎月するのが習慣なのだが、今回は、作品に弱いものが多いような気がしたので、考えた末、二か月分(一人二首)の中から、一首ずつ選んで、一カ月分とした。二首とも、よい作品の人もいたのだが、そこはまあ、私の役得というか、独断と偏見というか・・・・バンクーバー短歌会 会員作品夕暮れの湯呑茶碗の焼酎の熱きがうれし落葉ふる庭(粟)眼(まなこ)なき魚すむ深海とびたちて三十一文字は高嶺を舞ふ(柏原草太)寒鱈の厚き切り身を山と盛り番屋の宴は茶碗の地酒 (唐)空の青、崖の白にも負けぬ赤木々の色づく梅ヶ瀬渓谷(君子)目覚むれば母の遺影に目はゆきて在りし日のこゑ去来するなり(さだ)アンコールワットの蝉は一斉に金属音立て遺跡包囲す(沙羅)長生きをするは良けれど年毎に友去りゆけり 野紺菊咲く(すみえ)亡き母のセーター処分せんとして羽織りてみれば意外に似合ふ (奈津)「孤食」とふ言葉を歌で知りにけり老いて肯ふこの日常を(虹)大戦の日系義勇兵の英霊の碑(いしぶみ)高し桜葉が散る(のぼる)七十を過ぎてやさしく老いませりわが初恋のガキ大将は (のりこ)水入らずの五人きやうだいうち揃ひ祖父母の墓にどぶろく供ふ (ふみ)手術後の経過は良しと告げられて帰途にながむる山に初雪(みき)歌ごころ引越し荷物にまぎれ込み探せぬままに新年がくる(希)どこからが空なのだらうと見上ぐればわが身のめぐりに空は来てをり(あき)
February 3, 2013
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12月21日に69歳で急逝した歌仲間、「岩崎輝子さんを偲ぶ会」があった。輝子さんの属していた教会仲間と、合唱団と、短歌会とで合同主催。こういうことが成立したのは、短歌会関係では初めてのことだったが、心のこもった会合となった。中でも、教会の若い韓国人の牧師さんのお話は、私の心の琴線に触れて、聞いているうちに、輝子さんが亡くなったことを、事実として受け入れられるようになり、やっと涙も流せるような、安らかな気持ちになった。(実は、今まで、彼女がなくなったことを、どうしても受け入れることができないでいた。)私は、キリスト教徒ではないのだけれども、心のこもった話というのは、どの宗教であるにもかかわらず、心をうつ力があると実感。それと、「偲ぶ会」は、故人のために、遺されたものが開く会というのが建前だが、むしろ、あとに残ったものの気持ちを落ち着かせるための会である部分が、大きいのだとも思った。」以下に、輝子さんの作品から20首を抽出する。(偲ぶ会では、スライドにして披露した20首である。)実生より育て来し枇杷三本に黄金(きん)の実なるをみずかありなむパッと傘ひらきて雨を圧し返しわたし一人の晴間をつくるかたくりの花のうす紅きは立たせ雪は地表をうつすらおほふ秋明菊少しゆらして夕暮れを時間の端(へり)が触れてゆきたり起きぬけにくらりと眩暈したりけり地球の軸のややにずれしか 水底に息づく思ひ霧雨の音なく今朝も降り続きゐて引力と遠心力の調和にて今朝もわたしは静かに立てリ放牧の牛のためにと置かれある salt(ソルト) block(ブロック) 鹿も来て舐む 註 ソルトブロック 特別な塩のかたまりを四角く切ったもの。半透明の氷のように見える。知らず知らず階段の手摺使ふなどわが脳はわが意識外なり二十五年母の齢を越えしわれ思ひ出のなかの母は可愛(かはゆ)し霜の夜を連れ出す犬はよろこびて「ワンッ」と一声湯気を吐きたりきさらぎの空はま青に張りつめてどこへも行けぬひとひらの雲ひさかたの光の春や雲一つ解(ほど)けて消えてゆくまでを見つぐつすりと眠るをさな子カーブにてバスが揺るればハッと手を上ぐ暗闇の窓の外よりひそひそと蜜語のごとし冬の霧雨「斉(さい)太郎(たら)節(ぶし)」 歌ひつつ胸せぐり上ぐ3・11支援舞台に身にかなふ労働量の細りつつ庭畑一畝打ちては休むわが父母の齢越えたるこの秋は古稀ちかづくをつつしみて待つ あたたかき今年の秋の霧雨はがくあぢさゐの白を保たすどこからが空なのだらうと見上ぐればわが身のめぐりに空は来てをり
February 2, 2013
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ゴルフ場で、一番高い木のてっぺんに、今日も白頭鷲が止まっていた。私には、A鷲とB鷲の区別も、雌雄の区別もつかないのだが、話によると、これは、昨年までここを領分としていたのとは、違う鷲だということだ。で、それまでここにいた鷲は、闘いに負けて、番でどこかへ去っていったらしい。かなり拡大してみても、厳しい表情は、どの鷲も変わらないのに、分かる人には分かるらしいから、感心する。以前、怪我をした梟を治療したあとで、リハビリセンターで野に返すときに、発信機をとりつけたという話が新聞に出ていたから、この鷲も、案外、発信機でもつけているのかもしれない。鷲の視線の先には、大洋に続く海峡の海がある。
February 1, 2013
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