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長女の家で、マッサージチェアに座らせてもらった。レギュラーコースにセットアップしたら、叩いたり、もんだり、抑えたりの至れりつくせり。首・肩・腰が凝っているのは予想通りだったのだが、意外なのは、脚にも、かなりお筋肉疲労があったらしいこと。脚のマッサージも、とても気持ちがよかった。あまり気持がよかったので、喜んで調子にのってしまい、もう一ラウンドやったら、動けなくなって、眠ってしまった。・・・・ 疲れていたのが表に出たのだから、よいことではあるのだけれども、あまりにも熟睡してしまったので、寝起きが悪くて、頭がぼーっとしたまま。車で送ってもらって、雑談をしながら帰宅した頃には、どうやら人間に戻ったけれども、ここしばらくの疲れが一挙に揉みだされた感じだった。やはり、こういうものには、適正量があって、いくら気持ちがよいといっても、そこは我慢して、一ラウンドで終了にしておけばよかったと後悔したが、間に合わない。今後の戒めとして、覚えておこう。こういうものを家に置くところを見ると、働き盛りなのに、娘夫婦も疲れているのだろうと、親としては、そこも心配なような、でも、ちゃんと方策を講じているのだからと思うと、そこは安心なような・・・・・。
December 31, 2013
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文京区白山の大園寺に、墓参。義妹たちは、例年行っていると聞いているが、私には初めての年末墓参。お参りの方はかなりいらして、新しいお花が供えられているところが多い。そのあと、本堂に行ったら、床の間に、華やかな初日の出の掛け軸がかかっていた。太陽信仰は、仏教というよりも、神道ではないかとちらと思ったが、それはともかく・・・としてしまうところが、禅宗が長く続いてきた所以なのであろう。
December 30, 2013
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「一言が 足りない夫 多い義母」 (みつ子・20歳代女性、広島県)これは、読売ONLINE で佳作になっていた川柳。で、実は、ワタクシ、この通りのことをやってしまった、それも今日。カナダ人のヨメが、日本に来て、電車で座席に座ると、いつも足を組んでいた。この人、足が長いから、足を組んで前に出すと、日本の狭い電車の中では、どうも・・・はた迷惑。前を通る人が、顔を見て「あ、外人じゃ、しょうがない」というような表情をして過ぎていくし、ある程度電車が混んできても、彼女の前には誰も立たないので、彼女は気づいていないようだが、ちょっとした空間ができている。だって・・・服が汚れそうだもの!気をつけて、見回してみると、年末で、混んでいる車内には、足を組んでいる人はほとんどいないし、たまにいても、酔っぱらっている人だったり、外人だったり、外国人だったり・・・いかにも不作法そうな若者だったり。この三日、いっしょに旅行していて気が付いて、気になっては居たのだけれども、今日、初めてとなり同士に座った時にも、さっそくのびのびと足を組んだので、ついに、”Do you mind if I give you an adivice?" と前置きして、おそるおそる注意してしまった。考えてみれば、彼女が足を組むのも無理はないのだ。カナダにも電車やバスはあるけれども、通路に向かって一列というのではなくて、飛行機の座席のように、全員進行方向を向いているような座席ばかりだから、自分の組んだ脚が、他の人の邪魔になるような場面にはならない。食事のときに足を組んでも、テーブルが大きければ他の人の迷惑にはならないけれども、行儀が悪いといってしつけられているから、そういうことはしないし。これは、文化の違いというよりも、スペースの違い、足の長さの違いなどだから、やはり一言教えてあげた方がよいと、三日間ためらった後のひとことだった。「日本は人口が多いし、狭い国だから・・・」と付け加えたら、彼女は"Oh, thank you " と言って、足を組むのをやめてくれたし、「外人だから、避けられているのかと思った」と笑ってくれた。それでも、彼女にマナーの注意などしたことのない私は気になって、あとで息子に、「こうこうの注意をしてしまったけど、気を悪くしていたら、とりなしておいてね」とたのんだら、すでにその時は、彼女の方からその話を聞いていたらしい息子が、「や、それは大丈夫だけど・・・。俺が言わないから、恥をかいたと、叱られたよ」という。おお、まさに、この川柳の通りではないか!「一言が 足りない夫 多い義母」は、うちのことでした。
December 27, 2013
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Costco は、私たちが、カナダでは週に一度は行く量販店。その会員証で入れるし、店内の設計もほとんど同じ日本のCOSTCOに行ったのが、前回、日本に来たとき、一番楽しかったというママさんは、つれていってあげたいとは思ったものの、どのCOSTCOも、一時間以上かかるところばかり。おまけに、うっかり買い物をしたら、単位が大きいので、電車ではまず無理だしと二の足を踏んでいたら、前回もドライブをしてくださったA氏が、今回も申し出てくださったので、もう、彼女は大喜び。その結果、年末の祭日で、混むのは覚悟の上で、今日、ママさんと私のGIRLSは、COSTCOに連れて行っていただき、宝船のように車いっぱい買い物を積んで帰ってきた。孫がこれを称して、Team COSTSO.一方、夫と長男と孫のBOYS。混みあうCOSTCOは敬遠して、皇居に天皇誕生日のお祝いにでかけた。皇居で、テラスにお出ましになった天皇・皇后をはじめ皇族方に日の丸を振って・・・ 少々都心を散歩して、荻窪で餃子をたべて・・・と、楽しかったらしい。孫がこれを称して Team PALACE.別行動だったので、夕食時の情報交換は、いっそう賑やかだった。
December 23, 2013
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昨夜遅く、カナダに住む長男T、その妻N、その長男Mの三人が到着した。もともとは、母が一人で住んでいたマンションである。二年前の年末年始に、二週間ほど一緒に暮らしたことがあるが、かなり混雑感がある。しかし、その経験があっても、やってきたからには、ま、そこのところは承知だろうと思うと、いくらか気楽。到着したら、みんな倒れ込むように寝てしまうのかと、寝床を用意して布団乾燥機で温めておいたのだけれども、それぞれに興奮して、いつまでも話をしていて・・・・ついでに、私たちも、思わず夜更かし。二年前の時、「時差ボケで早く目がさめたら、二人でマクドナルドに行こうね」と孫と約束していたのを彼は覚えていて、「明日の朝は、早くおきてマクドナルドに行こう!」とにこにこしている。「今度は約束はしてなかったけど、行くの?」とからかい半分聞いてみたら、"It is a tradition." と澄まして答える。おい、おい、tradition って、もっと、真面目なことに使うのかと思っていたよ、オバアチャンは。
December 21, 2013
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午後、家の中にいたら、急に夕方のように暗くなった。外を見ると、なにやら、荒れ模様。本当に天気が悪かったのは、短時間だったけれども、この後、ぐっと気温が下がった。
December 20, 2013
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バンクーバー短歌会 会員作品 (*印は、現代仮名遣い表記) 幾度も短歌会(うたくわい)欠席の日がつづく腰の激痛に言葉選べず (虹)あさぢふの原野に群がる白雁に今年生まれた若きも混じる (のぼる) 密航の初期の移民の住みし小屋狭き板間に薄闇を抱く (のりこ)うぶすなをふと思ひ出づ萩の花下弦の月に白く華やぐ (ふみ)丹後路に訪ねし人の面影がふいに顕ちくる木犀の香に (みき)目の前をよぎる蜻蛉の透ける羽根にじ色をして空にとけゆく (希)二人子は京言葉にてしつけゆく娘の姿は昔の我ら (粟) 物忘れすると言う母気にならず 大丈夫と言う母を案ずる (*幾代)収穫は時のもたらす恵みにて不足を言ひて蜂にさされぬ(柏原草太)商談に私心(わたくしごころ)滲みたる顧客と酌みし酒は進まず (唐) 一面にムールの貝殻ちらかしてプールサイドでグルメのカラス (*君子)なすがまま髪けづらせて幼児にかへり笑まひき九十五歳 (くじふご)の母 (さだ)燃えさかる焔のごとき蔦もみぢ高層ビルの壁面覆ふ (沙羅)鮭花とインディアンが呼ぶ柳蘭咲き終る頃鮭は遡上す (すみえ)風すさび波頭の飛白ちらしたるジョージア海峡紺碧の秋 (節子)高台寺の庭の日陰に一群の杜鵑草咲く紅ひそやかに (奈津)
December 19, 2013
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朝、NHKのモーニングショーを見ていたら、「セスキ炭酸ソーダ」をお湯にとかして、ふきんなどを浸して拭くと、たんぱく汚れを落とすことができるという話をしていて、デモンストレーションがまた素晴らしかった。100円ショップで買えるそうなので、午後、ダイソーによってみたら、「テレビで放送され、バカ売れのセスキ炭酸ソーダ、クエン酸、重曹は、ここです」と矢印をつけた棚があった・・が、あるのは、クエン酸と重曹だけで、今日はじめて名前を聞いたセスキ炭酸ソーダの場所は、からっぽ。「テレビを見て、これがよさそうだと思ったのは、私だけではないのだから、今ごろ来たのは遅かったのかな」と思いつつ、そのまま帰るのもナンだから、そのあたりの他のものを見ていたら、ちょうどそこに、店員さんが大きな袋に何かを持ってきた様子で、「あ、それを」「テレビで見たので」とか、口々に言って、あたりにいた奥様達が集まって行ったので、目をやると、「セスキ炭酸ソーダ」さんのご到着。私もさっそく、「私もそれがほしくて来たんです」と言って、2袋ゲット。(1袋は、カナダ用)いくら買っても、まだ使っていないのでどこもきれいになっていないが・・・・さて、どういうことになりますか。
December 18, 2013
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となりのマンションの柿の木。一年置きに、たくさんの実をつけて、以前、日産の社員寮があったときには、カラスやら雀やら椋鳥や、ときにはどこから逃げてきたようなセキセイインコまで集まって、大騒ぎして食べていた。渋柿だったけれども、気前のよい管理人さんが、とってわけてきたので、ささやかにベランダで干し柿もどきを作って楽しんだものだった。ところが、数年前、大きなマンションが建ったあと、あたらしい管理人さんが、鳥が食べ散らかしたり、熟れすぎた柿が落ちたりして、道路が汚れるからと言って、こぼしていた・・・と思ったら、それ以来、カラスの声が近くにしても、この柿には鳥が来なくなった。12月も半ばを過ぎたのに、この通り。鳥が来ないということは・・・・多分、何か、薬を撒いてあるのではないかと思う。時がくれば、これがみんな道路におちて、汚すことは汚すのだろうけれども・・・・。人にも鳥にも食べられず、土に還ることもできない柿も、なんだか寂しい。
December 17, 2013
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毎年東京には来るものの、そこで何か新しい縫い物をするということはまずなく、針を持つといえば「繕いもの」とか、とれたボタンやスナップをつけたりするくらいなもの。その程度だと、だいたい母が使っていた裁縫箱に残っているもので十分に用が足りるので、特に、何かを買うということはなかった。ところが、今日、スナップが必要になって探したら、以前は基本的な裁縫用具くらいは売っていた近所の西友でも扱っていないし、最初から食品中心のサミットストアにもない。駅前にそういう店があった記憶はあるが、その店もない。手製のバッグなどを売っている店があるので、そこには何かあるかと思ったけれどもないので、ちょうどお店で針仕事をしていた女性に質ねてみた。「そうねえ・・・。スナップなんかだったら、ダイソーにはありますよ? もしかすると、オリンピックにもあるかもしれないけれども、ダイソーの方が近いし、確かです。」という返事。早速ダイソーに行ったら、大小とりまぜて100円程度にした袋入りがあったので買ってきて、用が足りたのだけれども、考えてみたら、ここ10年以内に日本で買った衣料品で、昔ながらのスナップを使ったものは、あまりないような気がする。昔、母が「洋裁の」内職をしていた頃には、スナップつけと裾まつりだけは私に手伝わせてくれたくらい、高校時代の私の得意分野だったのだけれども、ちょっと残念。昔は、ちょっと凝ったボタンなどを買うときには、新宿のオカダヤに行ったものだけれども、まだオカダヤはあるのかしら? と思って検索をしたら、ちゃんと出てきて、なんだかほっとした。高校のころ、学校が新宿だったもので、母にたのまれて学校帰りに、「セーラー服につける白線」とか、「ドレスにつけるコンシール・ファスナー」だとか「コートにつけるくるみボタン用のボタン」とか、あれこれ買って帰ったことを思い出したりして。一つの物に目をあてたときに、それにまつわる家族についてのエピソードがかならず出てくるのが、故郷というものだろう。
December 15, 2013
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高校時代の同級生があつまって、二か月に一度くらいの割合で、「料理教室」を開いている。先生も同級生で、参加している人たちから、「楽しい」と話には聞いていたのだが、今日、初めて参加させていただいた。実は、ブログ友達のマダム・カセさんも、やはりこのグループとご御縁がある。たまたま、今月初めにブログを読んだら、私と同じ時期に一時帰国されることがわかったので、「ぜひお会いしたい」とお願いして、時間を作っていただいた結果、いろいろな経緯を経て、ここに合流して初対面をすることになったもので・・・押しかけ参加だったのだけれども、みなさん快く迎えてくださった。今日の参加者は、21名。さすがに10年も続いた会だけあって、分業の手順もよいし、手際もよい。私は、茸と牡蠣の炊き込みご飯のグループに入れていただいて、レシピをみながら、ワイワイとはしゃいで、仕込んで電気釜に入れたら、あとは電気釜の力にたよるばかり。できあがるまで、洗いものをしたり、他のグループを見物に行って、つまみ食いをさせていただいたりしていたのだが、実は、どんなに出来上がるかと、ドキドキしていた。でも、幸いにして、結果は上々。 パットにあけてみると、おいしそうなおこげがあったので、自分のお茶碗に、おこげの部分をちょっと多めにいれたりして。(役得です。)牡蠣の数は、だいたいみんなに平均に行くように努力したが、もし、牡蠣に多少の数の不公平があっても、ブロスがご飯をおいしくしていたので、ま、いいか。その他の献立や、現場の様子は、会のブログに間もなくUPされるそうなので、それを待ってリンクすることにする。私は、普段、何人もで料理をした経験などなかったし、その「何人も」が、高校時代の友人たちであってみれば、お里も知れているので、気取ることもなく、予想よりずっと楽しかった。手を動かしていると、気分がほぐれる・・・ということもあるような気がする。初対面のマダム・カセさんは、想像通りの方で、初めておあいしたような気がしなかった。思えば、不思議な御縁!!生きていると、面白いことがあるものだなあ・・・と、帰りの電車の中でも、まだ、ほわりとしていた。
December 13, 2013
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高野公彦「短歌練習帳」は、とても面白い。(「歌壇」に連載されていたものが、単行本になった。)その本がどのくらい面白いかというハナシを書く。実は、今日、巣鴨まで行く用事があった。電車にのる時間が長くなるので、届いたばかりの「短歌練習帳」と鉛筆を持って電車の中で開いた。予定のコースは、浜田山→永福町→明大前→新宿→巣鴨・まず、永福町では、まだ、読みはじめであったので、間違えずに急行に乗り換えた。急行の中で、本を開いて「さて・・・・」と考えこんでいたら、次の駅で「ざわざわと大分人が降りていくなあ」と思ったが、前の席が空いたので、座って、詠み続けた。最初の問題が終わって、回答をみようとしながらふと、外をみたら、どうも、下北沢の近くにいるような感じだ。あ、そういえば、明大前で乗り換えるはずの私は、明大前から席に座ってしまったのだ・・と気が付いたが、もうおそい。「ま、いいや。急行なんだから、このまま渋谷に行って、渋谷から山手線で巣鴨に行こう」と決めて、また、「短歌練習帳」に夢中になる。渋谷について、さすがに終点なので、間違えずにおりたものの、よみかけだった問題がどうも頭にひっかかって、それを考えつつ上の空で歩いていたらしい。パスモをタッチして改札をぬけて、ふと、そこが地下鉄銀座線の浅草方面行きホームだと気付いて、「なんで~?」 と思ったが、改札口に戻って、そこにいた駅員さんに「間違って入ってしまったんですけれど・・」と恥をしのんで言ったら、いとも簡単に「あ、じゃ、取り消しましょう」と処理をしてくれた。喜んで、改札口をでて、今度は、真剣に、「山手線、山手線」と頭の中で繰り返し、池袋・上野方面行きに乗る。で、本を広げて、また考えていて、ふっと気が付くと池袋。まだ、二駅あるが、もう、これ以上失敗したら、約束に遅れるので、本はバッグにしまって、席を立ち、その上、本の中の問題について考えるのもやめて、ひたすら外の景色を見て無事、巣鴨で下車。最近、約束には30分前について、現場で歌を作ることにつとめているので、二回も間違えても、待ち合わせの相手よりも早く、巣鴨について・・・・待ち合わせの場所で、本をまた、開かずにはいられなかった。・・・と、その位、面白い本です。これを読んだみなさんに、おすすめしたいやら、したくないやら・・・???だれですか? あなたがぼけただけでしょうなんていうのは!高野公彦先生に失礼ですよっ。本当に面白いんだから。
December 12, 2013
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子を案じまた子を信じちやうどよいさびしさの秋 六十代半ば(木畑紀子『冬暁』より)心配でしょうがないけれども、でも、一方で、子を信じて、そうは言っても、やはり心配・・・「ちょうどよいさびしさの秋」と、自分に言い聞かせているけれども、ほんとうは、寂しさが勝っているおかあさんの気持ちが、ほんとうによくわかる一首。その域に達する前の年代には、作者と子供との距離が近すぎて、「ちょうどよいさびしさ」と思うゆとりはなかったのだろう。自分の気持ちをこんな風に詠む力がほしいなあ・・・と思いつつ読んだ。ちなみに、作者は六十代の半ばなので、まだその先は経験していないが、私は、もう少し先まで経験しているので、ひとこと加えると、その先だって、まだまだ・・・・。子供が何歳になったって、親が何歳になったって、案じたり信じたりは、続くのだろう。振り返ってみると、私の母など、最後まで私を信じる気持ちと案じる気持ちの間で揺れていたのが思い出される。それが親というものではないだろうか。
December 12, 2013
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染井墓地に、中学時代の先生のお墓詣りに、同級生と出かけた。103歳で、先生が亡くなられてから、もう、10年近くになるだろうか・・・当時の中学生も、猫背になったり、白髪になったり。(当たり前だけれども)こうして時々会っている人々の場合は、自分も含めて、ある程度の老いを素直に受け入れることができるのだが、たとえば、中学卒業以来会っていない人で、いたずら坊主としての記憶しかないAさんが、「脳梗塞で、外出ができる状態ではない」などという話を聞かされると、どうしても納得がいかない死因の100%は、「生まれたということ」なのだから、いまさら、納得がいかないなどという方が、まともでないのだけれども、これからの10年間が、つらいところかもしれない。
December 11, 2013
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吉祥寺の着物屋さんを覗いたら、とんびがあった。私の父の、昔、とんびの下に姉と私が、甘えて隠れている写真があったりしたのを思い出す。つまり、私の感覚ではトンビは男性用。でも、女性の道行コートなどと一緒に並んでいたので、お店の人に聞いてみたら、最近は女性にも愛用する人がいるのだそうだ。私の見たのは、打ち込みのよい厚い黒無地のウールで、なかなか高級感がある。洋服の上に着ても、おしゃれそうだ。試着してみたら、着ごこちはよいし、動きやすそうなのだけれども、私のようなずんぐりが着ると、ちょっとだるまみたいで、イメージが狂う。 フィンランドエアの客室乗務員の人で、一人、ターミナルに入ってくるときにこんなのを着てきた人がいたなあ・・・。あの人は似あっていたなあ・・・。背が高くて、頭が小さくて・・・・。お値段は・・5万円。ま、やめとこ。やめたんなら、今更、そんなことを思い出すな! と、夫に言われそう。
December 11, 2013
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次男一家の住んでいるアメリカのテキサス州ダラスでは、先週末からアイスレインが降って、たいへんだったようだ。「アイスレイン」は、地上が氷点下の気温の時に降ってくる雨で、地上にある木でも屋根でも道路でも車でも、何かに触ったとたんに氷となって付着する。道路は、一面の氷になるし、木の枝には重い氷がついて、折れてしまうし、電線についた氷が重いので、電線が切れて、停電することもある。一口に言って、始末に負えない怖い「雨」である。日本語で、文字通り、氷雨と書いても、雨氷と書いてもまったく違う意味になるので、「アイスレイン」としか書きようがない。 そういう状態だったので、金・土・日・月 と学校も休みで、ひたすら家の中に籠っていた次男一家のところでは、幸い、停電もせず、木の枝も折れて来ずに、火曜日になって少しずつ気温が上がって氷が解けだすのを、辛抱強く待っている状態だと、メールが来た。でも、ご近所では、折れて落ちてきた枝で、塀が壊れたところもあるそうだが・・・一応、外に出られるようになっても、電線が垂れ下がっていたら、感電の危険もあるわけだし、まだまだ注意が必要。以前、バンクーバーでそういうことがあった時には、吊り橋の高いところにあった氷が、ワイヤーを離れて落ちてきて、橋を通行中の車の屋根をやぶってしまったという事件があったのを、思い出した。しかし・・・、しかし、アメリカは、フットボールとなると理性を失う。学校も休みになるこの週末に、プロフットボールだけは、ちゃんと試合が行われたというから、びっくりする。ローズボールが近いといっても、いくらなんだって・・・・という思考経路は、アメリカのフットボールファンにはないらしい。
December 10, 2013
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文芸春秋先月号の短編小説「ドライブ・マイ・カー」(村上春樹)に、主人公がヘビースモーカーの女性に「そんなことしていると、命とりになるぞ」と言ったら、「生きていること自体、命取りです」と、彼女が答える場面があった。当たり前だけれども、妙に納得。生きていなければ、ない命はとれない。生まれたことが死因。いざというときに、こう達観していられるかどうかは、別問題だけれども。
December 9, 2013
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コスモスの 2013年後期歌集歌書出版記念会に行った。何しろ、昨日マドリッドから帰ったばかりなので自重して、今回は、批評紹介の部だけに出席を申込んでおいた。1冊につき10首ずつを引用して、批評紹介されたのだが、その10首のうち、私の特に好きだった2首ずつを抽出して、感想に代える。藤田きよ子著 『じやんけんぽん』よりもしこのまま死ねばみつともないからと居間や流しを片付けて寝る食卓の椅子もソファーも庭を向く坐しゐる我もひと日庭を向く中山孝著『万華鏡』より稲の葉に玉なす露の虹色をなぎ払ひゆく真夏の風はうしろからだれかが呼んでゐるやうなそんな気のするふる里の村工藤資造著 『もどり雪』よりぴつたりの歌ことば欲し歯痒くて狭き書斎をぐるぐる廻るわが生きし証といふが見えぬなりふり返りみる雪の皚皚(がいがい)久保田静子著 『雪が雪呼ぶ』より一人居に時雨が窓を打つ夜は隣家の灯り消えぬ間に寝る夫は野菜われは季節の花欲しと狭き畑の隅を取りあふ矢内温代著 『しろがね世界』より咲き盛る桜の下に孫を待つこのひとときも過去となるべし在宅の看取りに変へて二週間生きてくれたり夫よありがたう斉藤梢著 『遠浅』より大銀杏おほきく揺れてこんきらりんこんきらきんと風の黄金あの道もあの角もなし閖上一丁目あの窓もなしあの庭もなし木畑紀子 『冬暁』より返信に「ほいよ」と三文字メールきて子のジャズツアーどこらあたりか青春のまた中年のクライシスはるかに過ぎて冬の暁小島ゆかり 『純白光』より公園の椅子も怠けてゐる日ありしばらくは見て座らずに行く豆腐屋のをぢさんが手にすくふとき豆腐もつともうれしさうなり日野原典子 『無碍』よりどんとこい、さあ切れとごと台上のマグロは解体人に目を剥く気象語にイケメン高気圧ありてけふはさやけき洗濯日和仲宗角 『なしよまま』より風となり死にたるものら吹き過ぐるけふの渚はきのふとちがふぼろぼろになりたるいまのままでいいくろもじの花に風が来てをり祝賀会に残る方たちと別れて町に出ると、もう、クリスマスライトが美しく飾られていた。
December 8, 2013
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マドリッドから東京へくる途中、往復ともヘルシンキ経由。往路と違って、復路はまだ明るいうちだったので、町を見下ろしつつ下降。うっすらと雪模様の町を見ながら、「ああ、北欧だ!」とか、当たり前のことを考えている自分に苦笑してしまう。飛行場の売店には、となかいのスープの缶詰とかとなかいの肉の缶詰とかが並んでいた。肉製品は、日本に入れられないので、写真だけ持って帰る。あとは、ムーミン関連のグッズがたくさんあった。ムーミンのぬいぐるみが、とても懐かしくて、買いたかったのだけれども、「断捨離」の年代だからと往路であきらめたのを思い出し、復路でも目をつぶる。ヘルシンキの飛行場では、五分違いで、もう一本東京行き、もう少し後で大阪行きと、三本も日本行が同じターミナルで出発するので、日本人の方々にたくさんお会いした。若い人も、年配の方も、みなさんお元気なこと!!!どうして、あんなにエネルギーがあるのだろうと、感心してしまう。私も、自分のことがそう元気がないとは思わなかったけれども、他の日本人と比べると、もう、まるでゾンビではないかと思うほど、元気がない。
December 7, 2013
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今回の東京・マドリッド往復は、ヘルシンキ経由でフィンランド航空を使った。これまで、私が乗ったことがある航空会社は、そんなに多くはないのだが、その中では、FIN AIR は、他にくらべて、一番よかった。(ずいぶん、多くの飛行機会社を利用したことのある主人も、私の意見に賛成した。某航空会社のOBである主人としては、複雑だったかもしれないのに)☆ 席が広目。これは、北欧の人が大きいからかもしれないけれども。☆ サービスがほどよく、すっきりしているし、客室乗務員の態度がほどよい。☆ 第三に、食事がおいしい。(これは、「私の口に合う」と表現するべきか?)☆ エンターメントサービスもよい。運行状況など、地図の上での飛行機の位置は、他と同じだが、高度や速度その他を数字ではなく、計器の形で出しているのも、わかりやすくてよい。映画や音楽のセレクションもよく(これも、「私の好みに合う」というべきか)、また音質がよい。これからも、何かのときには、FIN AIRにしたい・・・・と言いたいところだが、バンクーバーには乗り入れていないのが残念!
December 7, 2013
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マドリッドの飛行場の売店に、村上春樹の『巡礼の年』のスペイン語訳が、横積みになっていた。まだ、この春に出たばかりの小説だと思うけれども、早い!そういえば、町では、ノーベル賞作家のアリス・ムンローの作品のスペイン語訳も、たくさん出ていた。こうやって、他国語への翻訳が、すぐに、たくさんに出る人の作品が、ノーベル賞の候補になるのだろう。
December 6, 2013
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マドリッドでの最後の夕食は、豪華に自室で。 コンソメスープ。写真を撮ろうと思いついたときには、もう、底の方に残っているだけになっていたが。パームハートとレタスのサラダチキン・ブレストこのお皿は、「魔法のお皿」で、特殊な材質でできているらしく、電子レンジで「焼き物」ができるすぐれもの。今回の旅行では、特にお世話になった。そして、主役は、パエリャ。エビがたくさん載っていて、ご飯がかくれてしまうほど。今日で、冷蔵庫を空にしなくてはいけないので、ちょっと食材に制限があったのに、最後を飾るのにふさわしい食事を作ってくれるシェフがいたもので。「お前は、添乗員と料理人をつれて旅行しているようなもんだな」と、そのことがあまり不満でもなさそうな主人が、笑っていた。
December 5, 2013
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部屋のテレビをつけっぱなしにしていたら、「スペインの出生率が、昨年より低くなった」という話をしていた、スペインよ、あなたさまもですか!こんなにも、カテドラルがたくさんあり、いかにもカトリックの国という雰囲気のスペインでそういうことが起きるとは・・・・時代の趨勢というものなのだろう。そうは言っても、日本やカナダよりは、出生率は高いのかもしれないが。
December 4, 2013
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ソフィア王妃芸術センター(museo nacional centro de reina sofia) に行った。主人はミロ、 私はピカソ、特にゲルニカが目当て。ゲルニカは写真を見たり、評判を聞いたりしていたので、「これを見るまでは死ねない」くらいに思っていたのだが、どうも、私の中で、絵そのものよりも、背後の歴史的事実と、この絵が描かれた趣旨の方が、先走ってしまって、絵そのものの価値を、十分に鑑賞する素地ができていなかったような気がした。もし、そういうもろもろの知識(というか、先入観というか)なしに、虚心坦懐にあの絵の前に立ったとしたら、一つ一つのディテールが、行き届かないながらも、自分の感性で鑑賞できたのではなかっただろうか。名歌を鑑賞するときに、なかなか、自分自身の感想が持てないのに、通じるように思う、私が行ったときには、たまたま(か、いつものことかわからないが)小学校低学年のクラスが、絵の前の冷たい床に座って、熱心に、学芸員(だと思う)人のお話を聞いていたが、その話も、「絵に描かれているこのセニョーラが、こういう風に手を伸ばして、苦しんでいるでしょう? 牛は・・・ 馬は・・・ セニョールは・・・と、いちいち、その仕草をして、子供たちに話して聞かせていた。大丈夫かしら、この子たち、今夜はうなされて眠れないのではないかしら・・・と、小学生時代に、学校の授業の一環として「原爆の子」を見に行ったあと、何日もうなされた自分のことを思い出した。小さい子には、もっとその子自身の感性で見せるようにして、あまり説明を加えない方がよいように思うが・・・学校には学校の考えがあるだろう。とにかく、スペインの誇りなのだから、小さい子にも見せておくのがよいことは否定しないが。ま、いろいろ書いたが、とにかく、空襲なども子供のころに多少は記憶している私としては、ゲルニカの鑑賞には、とても大きなエネルギーを費やしたし、大きな美術館にある膨大な展示を全部みてまわる元気もなくなってしまったので、せっかくだったけれども途中で切り上げて、中庭にでる。穏やかな日差しのなかで、一休みしつつ、頭と目と心の疲れをいやして・・・・中庭にもある展示をぼんやりと眺めた。でも、とにかく、見たぞ! ゲルニカ。 白黒なのに、そこに直接には描かれていない、強烈な色彩を感じる作品であった。
December 4, 2013
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私のとまっているアパートメントホテル(日本で言うウイークリーマンション)のそばの、道路が立体交差している下の段の、横断歩道をまたく中央分離帯。王宮のすぐ近くだ。一昨日の朝7時ころに、ここを通ったときには、ホームレス(ジプシーらしい)の人たちが、大急ぎで寝た後を片付けていて、昨日の夕方7時半ころに通った時には、同じ人たちと思われるグループがマットレスや段ボールを敷いたりして、寝る準備をしていた。私の場合、この道の両側に、寝ようとしている人々の真ん中を通りぬけないと、泊まっているアパートメントホテルに行けない。かなり歩行者の多い場所なので、一人きりになることはまずないが、しかし、朝や夜はできれば避けたい。ここは、ちょうど、交通信号を待たなくてはならないところなので、たちどまるし、見るつもりはなくても、見えてしまうのだが、一昨日の片づけにしろ、昨夜の設営にしろ、だれかリーダーがいる感じで、遅い人には手を貸す人がいたり、水がみんなに行きわたるように配っている配慮が感じられる。通行する人に、声をかけたりすることもなく、仲間同士で大声で話をしているだけだから、べつによいのだけれども。主人は、あの人たちは、スペインにながい歴史を持つジプシーなのだから、その世界を持っていて、通りがかりに危害を加えるようなことはないと言うが、とにかくマイナス気温の戸外でアスファルトの上に寝る人がこんなに集まっていること自体が、市として、どうなのかなあ・・・。昔の新宿駅から都庁方面に続いた地下道のようだ。一昨日の朝見たように、荷物はすべて、マンホール(?)の蓋をあけて収納しているらしいので、昼間は、写真の通り、そのあとかたもないフツーのガード下であって、ごみも落ちていないし、悪臭もないし・・・ 私ごときが文句を言う筋合いではないのだろう。とはいえ、信号が変わり次第、できるだけ普通の早足で通りぬけるようにしてアパートに戻るのだが・・・ ここばかりは、あんまり楽しくない・・それにしても、この寒さ。身体によいはずはないと思うのだけれども、苦しい市の財政ではどうにもできないのだろうか???、
December 4, 2013
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昨日は、午後サラマンカについて、あちこちさっと見当をつけておいたので、今日は、午前中いっぱい使って、大学がまだ開かない早朝には、ローマの橋をみたり、せっかくだから、橋を対岸までわたってみる。車両通行禁止なので、しずかな散歩道である。橋から、新・旧のカテドラルが見える。橋からみた川岸。何やら、白い鳥が群れていた。大学構内の、鐘楼に上ったりもした。この大学のあちこちのサインには、Universidad の最初の字を、Vで書いてあり、いかにもヨーロッパで三番目に古いという中世からの歴史を感じさせられる。特に昔の建物を残してあるところは、以前から見たいと思っていたので、感慨深く見学した。中でも、この図書館。中南米征服の時の記録が、多くそろっているということで、以前、National Geographic で写真を見たことがあり、ぜひ、見たいと思っていたので、そこの空気に触れるだけでも、感慨新ただった。(他の方からみたら、大げさかな?)廊下の展示には、中世の天球儀があって、私には珍しかった。サラマンカは、マドリッドから山を越えているし、気温は寒い町だけれども、ここに立ってここの空気を吸うだけで、写真で見ているだけとは全く違う迫力と、研究者の気迫を感じる。私は、せっかく勉強したスペイン語での仕事を、若い頃に早々と諦めてしまったのは、残念だけれども、それはそれで、その時に自分で納得した選択だったから、仕方がないとして、とても来ることができるとは思わなかったこの地に来られて、いろいろな思いに区切りがついたような気がする。
December 3, 2013
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たった二人しかいない宿泊客のために用意された朝食!紅茶も、こんなにたくさんの種類から選べジュースも多様。特に、オレンジと人参のミックスジュースがおいしかった。レストランも、重厚な感じがして、なんだか王侯貴族になったような感じ。ガラス戸の外にも、椅子とテーブルがあって、季節がよければ、戸外での朝食もできるらしい。なんだか、とても申し訳けない気持ちになった。でも、ぜいたく!!!
December 3, 2013
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スペイン語では、午前中のご挨拶は、ブエノス・ディアス。 午後のご挨拶は、ブエナス・タルデス。ところで、今日、ホテルをチェックアウトしたのは、1時50分ころ。玄関の前で、タクシーを待っていたら、ホテルの従業員の男性が、ドアからでてきて、「ブエノス・ディアス!」と声をかけて、タタタと急ぎ足で歩いていった。そういうところの反応の早い主人が、すかさず大きな声で、「ブエノス・タルデス!」と「タルデス」と特に協調して、挨拶をかえした。(本当は、午後は女性だから、ブエナナスなのだけれども、そこは、まあ、それはそれ)それを聞いて、彼は後ろ向きのまま手を振って、またタタタタタと6歩くらい歩いたが・・・ふと立ち止まり、振り返って、にっこり笑って 「タ~ルデ~ス」と叫んで、また走って行った。その様子があんまり楽しかったので、私たちも、また「タールデース!」と手をふりながら、大笑い。ほんの一分ほどの出来事だったが、ちょっと楽しかった。
December 3, 2013
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初めて、中距離列車にのって、サラマンカに行く。ヨーロッパで三番目に古いサラマンカ大学のある町で、今回の旅行のハイライト。中南米征服の時の資料が揃っている、15世紀からの資料があるという図書館も見たいし。せっかくなので、ゆっくりできるように一泊旅行とし、ホテルも、普段のアパートとは大違いの大奮発で、Hotel Palacio de San Esteban というなんと、五つ星。昔、コロンブスが航海研究のために滞在して、サラマンカ大学天文学部に通ったというサン・エステバン修道院の一部を改修して作ったホテルで、趣深い。部屋の窓から、パティオを見下ろしたところ。季節がよければ、大勢の人たちの笑い声が聞こえるのだろう。バーも、誰もいない。本や新聞がたくさん置いてあって、くつろいで読めるようになっている。薄暗いけれども、どっしりとしたホテルの廊下。突き当りの左の部屋が、私たちの泊まった部屋。なぜ、今夜は特にこんな贅沢なホテルと取ったかというと・・・12月3日が、50回目の結婚記念日であったから・・・でアリマス。オフシーズンなので、宿泊客は私たち二人だけで、「全館貸切」状態。そういえば、新婚旅行のときは、長野県の白馬にあった白馬東急ホテル(今は、もうない)に泊まったのだが、その時も、オフシーズンで、私たちのほかに、もう一組、やはり新婚らしい人が止まっていただけで閑散としていた。(あの二人も、元気で今日の日を迎えているといいけれども!)部屋にテレビはあったが、まだモノクロで、ちょうどその日は、島倉千代子さんが、阪神の藤本選手と結婚したというニュースをやっていた。食事には、ニジマスを食べたのまで覚えているから、私もすごい。で、結婚記念日前日の「晩餐」は・・・カルフールで買ってきたサンドイッチと、ワイン。だって・・・立派なレストランはあるのだけれども、夕食のサービスは、夜の9時近くにならないと始まらないし、メニューを見せてもらったけれども、年寄にはたっぷりすぎるものばかりなので、とても手に負えないとわかったもので・・・。
December 2, 2013
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サラマンカ行きの電車に乗ろうと、朝7時少し前にアパートをでたら、すぐ近くの立体交差のガード下が、何やらあわただしい。ちょうど、歩行者信号が赤だったので、様子が見えてしまったのだが、そこで夜をすごした人々が、大急ぎで身辺のものをまとめて片付けて、どこかに行こうとしている。自分のことが片付いた人は、他の人を手伝ったりして。ちょっと年配の人には、マットレスが行き渡っているらしいが、他の人たちは、段ボールを敷いて・・・で、信号が変わって近づいていったら、見つけてしまった。角をちょっとまがった道の隅の、マンホールの蓋を、だれかが開けて抑えているところに行って、せっせと自分の荷物をしまって身軽になってどこかへ走って行ってしまう人々を。7時になったら、見回りにくる人でもいる気配。けっこう長い信号だが、緑に変わるのを待つ間に、なんとみなさんすばやい行動をすること!通りすぎて、ちょっと振り返ったら、そこには、誰もいなかった。私は、旅行をすると、その町のマンホール(共同溝?)の蓋の写真をとるのが楽しみの一つ。これまでの中では、兵庫県の明石の蓋が、小学生の作品がデザインされていた楽しかった。でも、こういう使い方をされていることがあるのだったら、これからそういう写真をとるのはやめることにした。あらぬ疑いから、身の危険を招いたりしたら、つまらない。
December 2, 2013
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「マドリッド最大の公園。かつては王家の領地だった場所で、1747ヘクタールの広さを持つ」という説明を見て、断然行きたくなる。泊まっているアパートメントホテルの近くから、ケーブルカーで、見晴台に出られるということだが、ケーブルはこの時期、日曜しか運航していないと知ったので、今日をその予定にあててあった。ケーブルカーから見た景色は、昨日、セゴビアに行くのでバスで越えた山が見えたりオエステ川(東西に走るという意味か)にうつる空やビルが見えたり、市街地の応急やカテドラルが見えたり、足下には、林や広場や、サイクリングや乗馬の人が見えたりして実にゆったりとして、日曜日にふさわしい雰囲気だった。終点の展望台について、ひとわたり見回してから、復路はケーブルカーに乗らずに、公園を1時間ほど歩く。中年の人たちがサッカーをしていたり、幼い子供たちが、ブランコに乗っていたり、そのほか、ジョギングや犬の散歩や、ウオーキングの人たちもいたし、私の知らないゲームをしていた70代くらいの人たちもいた。幅2メートル、長さ30メートルくらいだろうか、コースが決めてあって、片端に立つひとが、反対側に、地面の高さの台に置いた金属棒を狙って、同じく金属でできた轡型のものを投げる。たまたま通りかかったときに、ちょうどカリーンと音がして、その金属棒が倒れたので、思わず拍手してしまった。当てた人は、にこにことして、自分の倒した棒をもとに戻して、そのうえに、コインを積んで、次の人に番をゆずった。あれ? 勝った人がお金を払うというのは、へんだな。こんど、どういうゲームか調べてみよう・・・ とか思いつつ、ひたすら歩いて、都心に行く電車の駅をさがし・・・・ 「撮り鉄」のマネをして、写真を一枚。こんなに広い公園を、人々に解放していられるのだったら、スペインはまだ大丈夫・・・だと思った。
December 1, 2013
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ブラック・フライデー・セールの最終日でにぎわう el cortez de ingles というデパートの地下の魚屋さん。先日、あさりを買ったらおいしかったので、また出かけた。目についたのは、なにやら細長い貝(らしいもの)。navaha と書いてあるので、人目もはばからず、電子辞書でしらべたら、マテ貝(馬刀貝)のこと。この言葉には、ほかに、「折り畳み式のナイフ」という意味もあったが、本当に昔の小刀のような形。で、なんだか気味が悪いみたいに思ったが、夫の意見に従い買うことにする。他には、前回来たときに、まぐろを買ったので控えたニジマス。 これを一尾。と決めたところで番号札をとる。 私は37番。今、23番の人がやってもらっているが、何しろ、一人あたりの注文量が多いので、さて、どのくらい待つのかわからないのだが、この魚屋さんは、見ていても楽しい。大きな、円盤を四つ切にして柄をつけたような包丁(あとで、しらべたらhecha de cosinoというらしい。直訳すると、料理用斧! たしかに。)で、はったはったと頭をおとし、先の方で内臓を片付け、円周部分で三枚におろしてと、落語に出てくる江戸っ子の魚屋さんのように、威勢がよい。やっと私の番が来て買ったときには、ショーが終わってしまったような感じがした。料理の方は、ネットでみたら、マテ貝はワイン蒸しがよさそう。(とりあえず、塩出し中)ワイン蒸しの出来上がり美味!(製作者は、夫)ニジマスは、日本から持ってきて、毎日愛用している「魔法のお皿」をつかって、電子レンジで塩焼きするとして、日本で食べたとしても、カナダでたべたとしても、かなりの贅沢料理だ。
December 1, 2013
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