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2月14日の日記に、「天地明察」の感想を書いた。「映画を見に行きたい」という願いは、とうとう果たせなかったが、キンドルを買ったときに、これだけはと思って、文庫本上下二冊の電子版を買っておいた。(これまで、キンドルでずいぶんいろいろ読んだけれども、有料なものは、「歌に私は泣くだらう」(永田和宏)と この「天地明察」だけ)で、少しずつ読んでいたのだが・・・ 映画ではわからないところが、くわしく書いてあるし、そうなると、その時代を実証する歴史も、多少は読みたくなるし、三角関数を元にした問題なども、意外に面白くて、ちょっといじってみたくなるし・・・・で、これがなかなか進まない。「読み惜しむ」というのはこういうことだろう。泊まっていた三年生の孫が、夜中に起きたときに読みながら、涙を流していたのを見つかってしまい、「どうしたの?」と言われたので、わけを話したら、「ふんっ!」という感じで、Older people get excited easily.と言い捨てて、またいびきをかいて寝てしまった。
April 30, 2013
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炎天の一片の紙人間(ひと)の上に (文挟夫佐恵)この句だけを読んで、この紙が召集令状のことだと、すぐにピンとくる人は、今は少ないかもしれないが、1941年の作品とわかれば、にわかに場面が見えてくる。文挟夫佐恵氏は、私の高校時代の同級生の母上。ということは、この時、同級生のK子さんは、一歳になったかならないかの赤ちゃんだった計算。K子さんにご兄弟がいらしたのかどうかは知らないが、少なくとも、満一歳のあかちゃんのいる家庭で、夫君が召集された時の心境は・・・と思うと、27歳のおかあさんが、抑えに抑え、言葉を選びに選んで詠まれたのであろうこの一句の重みをしみじみと感じた。この「思いの熟成と発酵を求める」ところで、俳句と俳句は通じあい、短歌より字数が少ないので、より厳しいのではないだろうか。で、その文挟夫佐恵氏が、今回、句集「白駒」で「蛇笏賞」受賞者に選ばれたと知った。99歳でこれまでの受賞者で最年長。しかも選考理由が、「この年齢でも向上できる」「力まない魅力」だと聞くと、畏怖の念を覚える。句集「白駒」中の作品として、朝日新聞のディジタル版には・春の雪君失せたるは野か海か・兵なりき死ありき星辰(せいしん)移り秋・雪音のかそけき群舞白裳裾(もすそ)・天降(あも)り来し天衣をまとふ白牡丹・ニジンスキー牧神踊る秋気かなの五句が掲載されていた。
April 26, 2013
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木蓮の耿耿と咲きて花明り揺るるを見ればこころはひそか 宮柊二「若きかなしみ」★ 柏崎驍二「宮柊二の三六五首」の6首目の歌。今日は、この歌を墨書しつつ考えた。四句までは、よくわかるのだけれども、そして、結句もなんとなくわかるような気がするのだけれども、何度か書いているうちに、「ひそか」というのがどういうことか、わからなくなった。「ひそか」は「こころ」のうちに秘めるものをそっと育むような気持ちだろうか・・・・。あるいは、「こころしずかになる」かもしれないし・・・「無心になる」ということかもしれないし・・・まったく自信がない。ただ、「ひそか」がわからないとはいえ、結句は、この「こころ」がひらがなになっているのには、感動した。この時の宮青年の「heart」は「心」ではなく「こころ」だったのだと思う。墨書してみると、この差がワープロよりも、ずっと歴然とする。 ちなみに、柏崎氏の解説によると、「・・・ば」といういい方はこの時期の宮作品には、多いのだそうだ。★ 宮柊二集1(高野公彦)には (四月六日)と題して木蓮の耿耿と咲きて花明り揺るるを見ればこころはひそかほたほたと揺れゐるみれば木蓮は照りつつ光る春の深みを紅椿明日に涼し寺庭の下土湿りに一つ落ちたる新墓地の朝涼道や木瓜垣に咲きし蕾の白き三つ四つ枳殻の垣根矯めたる囚人等一人一人がものを言はざりの五首がでていた。(昭和8年4月6日らしい。)柏崎氏の本には、この中からは、最初の二首が入っている。比較して、どうして最初の二首が三五六の中に入ったかも考え、「ひそか」がわからないとは言いつつも、最初の二首のゆったり感がよいのではないかと思ったり・・・。★ この際だからと、「宮柊二 柊二初期及び『群鶏』論」(佐藤通雅)を読んでみたら、この二首目が、歌稿ノートにあった形と、『若きかなしみ』に出ていた形と並べてくらべてあった。 たはたはに咲きし木蓮の花揺れや耿耿として春の深みぞ(歌稿ノート)ほたほたと揺れゐるみれば木蓮は照りつつ光る春の深みを(『若きかなしみ』)「十代で歌稿ノートに書いたものを、六十代の作者が手を入れた」のが、後者だそうで、「や」がなくなっているし、一首目に残っている「耿耿」もなくなっている。ノートの作品にはなかった、ゆったり感が、『若きかなしみ』の作品には出てきていると思うのは、生意気だろうか??また、このあたりを、口に出してみると、調子がずいぶんと変わってくるのにも気付くし、書として書いてみても、収まりがよくなる。(「耿耿」は、ちょっと目立ちすぎて重くなりがちなので、線を細目にしたり、大きさを変えたりの工夫をしているのだけれども、二首ならんで、この字が入ったら、ちょっと大変だった。二首目にこれが消えたのには、そういう意味もあったのかもしれない。)★ そういえば、数年前に、柊二記念館の短歌大会で、水島晴子氏が「選をするときには、最終的には、自分で紙に書いてみて決める」とおっしゃったのを思い出した。私も、柏崎驍二氏の本にでてくる歌を、毎日一首書いてみることにして、六日目。書いてみなかったら、疑問に思わなかったかもしれないことや、味がわからなかったことが見えてきたりして、とても楽しい。明日は、「ほたほたと・・・・」を書く日だ。
April 26, 2013
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久しぶりにあったF夫妻。私たちと入れ違いのように、今度の土曜日から、二カ月、旅行に出るのだという。 で、手始めは日本一周のクルーズ。横浜出発で、バルコニー側の部屋で・・・と、うらやましい計画。「日本の船で、日本語の生活だけれども、なんとかなるだろう」と笑っている。まあ、二人とも旅慣れているから大丈夫だろう。ご夫君の方は、イスラム教なので、豚肉が食べられないけれども、日本の豪華客船の食事は、バッフェ形式が多いと聞いているし、奥さんの方は、昔、フライトアテンダントをしていたことがあり、成田までは何度も来ていたというし・・・・。"See you in June !" とか言う二人に、”Have a good trip !" と手をふって別れた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実は、このF氏は70歳。昨年の春に、パーキンソン病にかかっていることがわかった。そうわかれば、薬でかなり進行を遅らせたり、症状を軽くしたりできるようで、今は、かえって病気が分かる前よりも、普通にしている。奥さんはまだ、48歳。彼女にとっては、70歳はかなりの年寄りなので、「70にもなれば、パーキンソン病にかからなくたって、誰でも体が不自由になるのだから、そんなに気にすることはないわ。分かっているだけ、準備ができてよいくらいよ」と、ダンナサマを慰めている。ま、そうには違いないと、深くうなずきながらも、72歳の私としては、いささかフクザツ。で、その時に、「動けるうちに、たくさん旅行しよう」ということに決めたのだそうで、まあ、度々あちこちに出かけているが・・・ 気がつくと、なるべくクルーズを取り入れようとしているようだ。クルーズなら、荷物を運ぶのも楽だし、疲れた日は一日寝ていられるし、自分で車の運転もしなくてよいし・・・ それに、万一、なにかあっても、ちゃんと船のドクターがいる。旅慣れた人の智恵だなあと思った。
April 24, 2013
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・・・という宣伝を、電話会社が、数日前からラジオでやっていると思っていたら、今日は、郵便のダイレクトメールで入ってきた。4月30日までの期間限定で、正確には「新しいロジャースのスマートフォーンを買って、3年間の契約をしたら」ということ。スマートフォーンを買うとお金がかかりそうだから、私は買おうとも思わないが、しかし、キンドルはとても便利に楽しく使っているので、あんなによいものを、無料で配ってしまうなんて・・・・ なんだか、やるせない。第一、スマートフォンがあれば、ブックリーダーも兼ねられるから、キンドルは不要ではないの?まるで、スマートフォンがそこまでおまけをつけないと売れないとか、キンドルは無料にでもしなくては、買い手が付かないみたいではないか。
April 23, 2013
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三年生の孫が、学校ではやっているマンガの本を、演じるがごとく、喜怒哀楽&ジェスチャーを添えて読んで聞かせてくれていたときに、fartという言葉がでてきた。これを抜いても、意味は通るようなので、たいしたことはないのだろうとは思ったけれども、たまたま辞書をもっていなかったので、「What is fart?」と思わず質問をしてしまったら、私がそんな言葉を知らないのに、びっくりした顔をしながら、説明してくれた。彼の言葉を和約すると、「お腹の中にたまってしまった気体を、オシリから外にだすときに、匂いと一緒に出てくる音のことだけれども、ママの前で言うと叱られる言葉。」ということだ。あ、そうか! で、さっそく、夫に聞いてみる。"Oji-chan, do you know what fart means?"No, I don't. So what?" (夫は、知らないことを訊ねられると、不機嫌になる兆候あり)そうか、やっぱり、彼も知らない。家に帰って英和をひいたら、説明の前に「卑」と書いてあったから、そこが、ママにしかられるところだろう。こういう言葉、母国語(たとえば、私の場合だと日本語)であれば、ならうということもなく、辞書をひくこともなく、誰でもが知っているものだが、ある程度の年齢になってから、テキストで「正しく」勉強した言葉だと、どうしても、入ってこない。私も、日本ですごしたよりも、カナダですごした年月の方が少しながくなってきたのだし、商業翻訳の仕事などもしてきたから、契約書に出てくるような言葉はだいたいわかるつもりなのだけれども、それでも、小学三年生ならだれでもしっているような言葉は、あまりわからない。そういうところが、いつまでたっても、第二言語は第一を凌駕することはできない・・・ということになるのだろう。ま、そんなに頑張って覚えても、使うチャンスがないかもしれませんねえ~。考えてみたら、私は、この孫の親たちが生まれる10年以上も前に、中学校で英語を習い始めたのに・・・
April 22, 2013
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昨日はとても疲れたし、今日はゴルフの予定もないし・・・と、家の中をうろうろしていたら、朝からゴルフに行っていた主人から電話がかかった。「今、終わったのだけれども、1時半から2人分空きがあるから、でておいでよ。疲れたままで家にいると、せっかく筋肉がほぐれたのに、またもとの黙阿弥だよ」とのたまう。「だって、体が動かないもん」とか言ったものの「だから、さそっているんだ」と言われれば、まあ、私のためを考えて言ってくれているのだし・・・と思いなおして、でかけた。ゴルフ場についたら、風は強いし、雲は厚くなってくるしで、なにやら妖しげだったが、主人はもう、ティーグランドで、私の道具まで出してもらって待っていてくれたので、家を出てから20分の後には、もう第一打目を打つという、天気の文句を言う暇もない成り行き。しかしまあ、よくしたもので、やりだせば、だんだん筋肉もほぐれてくる感じで上機嫌だったのだけれども・・・・なんと、三番ホールに行ったころから、降りだした雨が雹になり、おまけに風はますます強くなり、三番が終わったあたりで、「プ―ッ」とラッパが鳴って『プレイ中止』となってしまった。こういう時は雷の危険もあるのだろう。コースのあちこちにいた人たちが、いっせいに帰ってきたので、ロッカールームは大混雑。秋からずっとあっていない人もいて、冗談に、Merry Christmas だとか Happy new year とか言ったり、ハグしたり、握手したりでかなりの賑やかさ。ま、今日でいろいろな人に一度に挨拶ができたし、昨日の疲れ方のあとでは、3ホールくらいがちょうどよいところだったし、めでたし、めでたし。神様の思し召しかな?
April 21, 2013
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靄ごもる佐渡の岬を望みつつ吾が舟は急ぎぬ青海原を「和同会誌」 「佐渡への修学旅行で初めて短歌20余首を作る」の中の一首ということで!!「昭和五年の作」とある。本当は、自分の励みに、書いたものを毎回UPしたいところだが、「本の大部分を転写」みたいなことになり、問題がありそうなので、UPはこれで終了。このまま、毎日のように続けて、終わりの頃までに、歌があたまに入ってきて、また、字の方も上達すれば一石二鳥だが・・・Wish me luck !
April 21, 2013
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土曜日の昼ごろから、いつも一緒にゴルフをする8人ほどの仲間がいるのだが、このところ、日本にいたのでずっと抜けていた。帰ってからも、すぐはだめだったので、今日から本年のゴルフのシーズン開き。冬の間の出来事を報告し合いながら、楽しいラウンドだった。白頭鷲が闘いに敗れて樹からおちたらしいので、診察してもらったら、足の指の骨折だったので、保護されて療養中だとか、 梟が苦しんでいたので、やはり診察してもらったら、なんとダックを一羽、まるごと食べてしまって始末に負えなくなっていたので、薬を飲ませてほっておいたら、最近は元気になって、またリスとかを追いかけ始めたとか、コヨーテが姿を見せなくなったとか、だれとかさんは、退会したとか、だれとかさんは、なんとかというクラブを買ったとか・・・ま、いろいろ。そのうち、9番のティーグラウンドまできたら、ホー、ホーッと、梟の声らしいのが聞こえてきた。曇り日の午後、林のどこかから梟の声が聞こえてくる・・・というのも、なかなか風情がある。で、肝心のゲームも、久しぶりによい成績で、疲れも感じなかったのだけれども・・・・・後ろから来た人に「疲れてたねえ。16番くらいから、足を引きずっていたよ」と言われてしまった。気をつけていたのになあ・・・でも、家に帰って落ち着いたら、たしかに、経験のないほど、疲れてしまっていた。 ま、しばらくぶりだから、仕方がないけれども。
April 20, 2013
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もう人生、先が見えているのだし、マンション暮らしでスペースがないし・・・というので、なるべく本は買わないようにするために、KINDLEまで買ったのに・・・なんとまた、わざわざ著者に手紙で注文して、本を買ってきてしまった。柏崎驍二『宮柊二の歌三五六首』である。帯にいわく柊二の歌を読むたびに心に止まった想いを書きとめて三十余年。歌の言葉を精密に読み解き、また柊二自身の歌や 他者の歌との共通項を探る。短文ならが作歌のヒントにもつながる一冊。一首一首への解説は、4~5行なのだが、読者の感想の余地も残されているし、わかりやすい。せっかく、禁を破って買ったのだし、しっかり読みたいから、字の練習を兼ねて、できれば毎日一首、できなくても一週間に4首くらいは、書いてみたいと思い立った。心を入れて書いてみると、鑑賞も行き届いてくるはずだし、頭にも入るだろうし・・・というのがもくろみなのだが、さて、どうなることか。歌も字も好きだから、一年半くらいかける予定で、やってみようと思う。で、さっそく、一首目。昭和4年、作者十五歳。「岨」は「そば」と読み、「山の斜面の険しい所」の意味だそうだが・・・読者、七十二歳、初めてこの言葉に出会った。ちなみに、作者七十二歳の歌も、最後の方にでている。七十歳越ゆるは人の一生の限度にあらむわれも越えしが『白秋陶像』
April 20, 2013
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TVジャパンを見ていたら、アリスのインターヴューをしていた。ま、いろいろ興味深い話しがあったのだが、中で一つ、一番心に残ったのは、「音楽は、作る方の思いはいろいろあっても、聞く人がそう思ったら、そういう音楽なんです」という、谷村新司の言葉。実は、先日の短歌会でも、比較的歌歴の短い会員からいろいろな解釈がでたときに、「私たちは、歌は一人歩きすると教えられていて、一旦作者の手を離れたら、どう解釈されても、鑑賞者の思うままに解釈してよい」と、Kさんが説明したのを思い出した。「作品は作者を離れたら一人歩きをする」点が、短歌も、音楽も同じだと思うと、興味深い。もし、作者が「こういう風に解釈してほしい」と思う気持ちが強かったら、そのように解釈してもらうためには、どういう表現を使ったらよいかを、よくよく考えるのが、作者も読み手も満足する(音楽の場合は、作詞や作曲をする人と、聞く人の両方が満足する)作品にするための、条件なのだろう。おしゃべりには、この「推敲」の時間がないのが怖い。褒めたつもりでも、聞き手が皮肉を言われたと思って傷ついたら、やはり、皮肉としての力を持ったことになってしまうのだし。
April 19, 2013
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バンクーバー短歌会 会員作品凍てつくを溶かし待ちゐる岸壁にけあらし分けて漁船戻りぬ(唐)キルト展百の野良着が変身す百の花咲く原生花園に(君子)庭すみのスノードロップ咲き初めてもうすぐ春とささやくごとし(さだ)子のくれし紫色のショール巻き散歩に行かむ雪の小径へ(沙羅)雪降らず足取りかるく歩めども吹き来る風に首を竦める(すみえ)「待ってあげて」に「はい」と応ふる運転手 やがて媼がバスに乗り来る ―――奈良にて (奈津)子の遺影独り居の部屋に座を占めて想ひ出深き品々ならぶ(虹)「夕食はあるものでいい」と言ふ妻に作りてすする熱き豚汁(のぼる)我よりも三歳若き輝子さん波引くごとく逝きてしまへり (のりこ)さみどりの蕗の薹味噌あつあつの飯にのせたりけふの幸ひ (ふみ)あらたまの春のおとづれ待つごとく落葉は土に還りゆくなり(みき)亡き夫に時をりぼやく「知ってます?友は記念のルビー婚よ」と(希)倒れたるすすきの上にしんしんと雨降り続く晩冬の庭(粟)庭の樹にかこまれて立つ大き石色艶やかに夕立のなか(柏原草太)
April 17, 2013
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ラジオを流しながらドライブしていたら、ボストンマラソンのゴール近くで爆発事故があったと放送された。が、「爆発があって、けが人が出て・・・みんなが右往左往して・・・」としかわからない。ボストンというと、アメリカにしては治安のよい方の街であるような印象を受けていたのに・・・ニュースを聞きながら、市役所の前に来かかったら、10分も経っていないのに、もう、庁舎の上に上っている国旗が、半旗になっていた。
April 16, 2013
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わが妣と百歳違ひの我の孫 今朝スカイプで「HI!」と手を振る(コスモス五月号)上の句は、まあ、その通りの事実。亡くなった母が、もし、今生きていれば101歳。次男の子供は、今、現実に1歳。百年というと、とてつもながい時間に思われる。 現に一世紀生きおほせたり初日の出(永雄もりゑ)という俳句を、中学の担任だった先生が年賀状につけてくださったとき、「ああ、一世紀か・・・。すごいなあ・・・・」と思ったものだ。でも、私からみて、母の生きていた時代というのは、折りにふれて話に聞いたりして、わりと現実味のある時代であり、たとえば、平安時代とかとは、あきらかに違う。また、私から見て、孫の生きていく時代というのも、また、彼を通して身近な感じがするし、私の人生に大きな意味を持つこの二人の生きる時代を考えると、百年というのは意外に、現実的な時間に思えるから不思議だ。しかし、やはり、100年にはいろいろなことが起こるもので、母は小学生の頃、ラジオが家にあるクラスメートはまだ少なかったと言っていたくらいで、100年後に、娘が、遠くに住んでいるその孫と、テレビ電話で英語で話す時代になっているとは、考えてもみなかっただろう。・・・・というのが、歌を詠んだときの気持ちだけれども、この一首の中で、「わが妣」と「我の孫」の「われ」の出方がしつこくて気になっていた。せめてもと、ひらがなと漢字に書き分けてみたけれども、耳で聞いてみれば、なんの改善にもならない。で、まあ、いろいろ考えたのだけれども、よい考えも浮かばないまま、詠草用紙に書いてポストに入れて・・・ガサッと音がしたとたんに、思いついた。「我の孫」を「二の孫が」とすればよかった!!我を繰り返さないで済むし、孫の一名を特定できるし・・・・残念。すぐ後でお会いした先輩に話したら、「集荷の時間にポストの前に行って待っていて、その郵便をかえしてお貰いなさいよ。」と、まことに親身になったアイディアを頂いたのだけれども、それを実行するのも、あまりといえばあまり・・・で、「我の」で終わってしまった。まぼろしの投稿作は、わが妣と百歳違ひの二の孫が今朝スカイプで「HI!」と手を振るそうすれば、一字開けもしないですむし・・・・
April 16, 2013
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近所のグランドでフットボールをやっていた。アメリカでは、もっと盛んらしいが、バンクーバーあたりだと、ちょっとなかなか見ない光景なので、思わず足をとめる。スポーツは何でも見るという夫が、フットボールだけは、見たがらないので、これは一人の時がチャンス。夫は『フットボールは、動きだしたと思うと、すぐ笛が吹いて、動きがとまり、ああだこうだと言ってまた繰り返すから、いらいらする」というのだが、見ていると、本当に、動いている時と止まっている時と、同じくらいの時間・・みたいな感じで・・・でも、それがマイクで解説されるので、それを聞きながら、まあまあ、楽しんだ。夫がいたら、「解説がうるさい」というのだろうなあと思いつつ。でも、日射しはたしかに冬の間と違っているし、どことなくのどかで気持ちがすっきりした。UPして気がついたが、カメラの時間がまだ日本時間になっているので、午後撮った写真なのに、朝の時間になっている。 なおさなくちゃ!
April 15, 2013
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今年は、日本で10年分くらいのお花見をしたけれども、カナダに戻るのが遅くなったので、カナダのソメイヨシノは、もう、ほとんど散ってしまっていた。でも、バンクーバーは、これからがまだ木の花の季節。近所の公園の木蓮も、見事に咲いているし、ショッピングセンターの駐車場にある白い桜も、まだまだ、盛り。これからは、マロニエも、桃も、ハンカチの木も、藤も、花水木も・・・と、六月頃までは次々と咲き続けるので、楽しみ!!
April 15, 2013
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「ずーっと訊いてみようと思っていたのだけど」と、ナンシー(長男の妻)のお母さんが言う。彼女の愛称は、スー。 多分、80歳くらい。会話の原文は英語。スー「ナンシーは、あなたのことを、Noriko と呼んでいるけど、抵抗ない?」私「なんだか、若々しい気持ちになって、うれしいわ。それに、英語で言われるのだったら、普通だしょう?」スー「普通なんてことないわよ。少なくとも私のトシでは。 私なんかシッド(夫)のおかあさんのことを、ファーストネームでなんか、呼んだことありませんよ。そんな・・・考えても、恐ろしい。」私 「私だって、夫の母をファーストネームで呼ぶなんて、考えてもみなかったわ。日本語では今でも誰もしていないと思うけど・・・」スー「日本でもそうだったのね。なんだかそういう気がして、ナンシーがあなたをノリコと呼ぶのを、あなたが気を悪くしているんじゃないかと心配だったんだけど、大丈夫なの?」私「大丈夫よ。それにキム(次男の妻)も、私のことを ノリコってよびますよ」スー「ま、あちらは、アメリカ人だからね。また違うんでしょう。とにかく、私の育ったカナダではそんなことはしなかったから、気になって、気になって・・・」私 「で、スーさんは、シッドのおかあさんのことを、どう呼んでいらしたの?」スー「私? わたしは呼ばなかったわね。ママは私を生んだ人にしか使いたくなかったし、mother というのも怒っているみたいだし、とうとう、呼ばないままで用が足りてしまった・・・」私 「私は、よびましたよ。おかあさんって。あ、でも、子供が生まれてからは、おばあちゃんだったかな? 三人称で話すときは、XXX(地名)のおばあちゃんと、地名をつけていたけど・・・」スー 「でもやっぱり、ファーストネームではよばなかったんだ。そうよねえ・・・。失礼よねえ。 私たちは礼儀正しいもんね!」私 「呼ばないよりも、呼んだ方が礼儀正しいかも・・・・ ははは」スー 「ま、あなたがそう思ってくれるんだったら、それでいいわ。ああ、安心した」へ・・・・! スーさんは、心配していたんだ、十五年間も! おかあさんって、おんなじだなあ。 私は、英語を話す人たちは、ファーストネームで呼ぶものだと思っていたけれども、そうでもなかったとわかって、ちょっと逆・カルチャーショックだった。
April 14, 2013
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孫のマークの9歳の誕生祝い。本当の誕生日は、3月28日だったので、友人たちを招いた誕生日はもう済んだのだが、家族の誕生日会は、私たちが帰ってくるのを待ってくれたのだ。もう一人のグランマさんが、3月11日に手術をしたので、その体力回復を待っていたということもある。ケーキにディズニーのキャラクターを飾りまくって・・・ HAPPY BIRTHDAY !9歳になると、カナダでは、車に乗るのにチャイルドシートが不要になる。本人にとって、これはとても大きな違いで、待ちに待っていた感じだ。
April 14, 2013
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日本に行っていた留守の間に届いた郵便物の中に、オレゴン州の和子さんという日本人の方からの手紙があった。覚えの無い名前だったので、メールだったら警戒して開かないところだが・・・そこは、郵便だったので、開けてみると、これが、2月17日のブログに書いた「コスモス」の仲間の曽根川伊都子さんの最晩年のお友達!私が出して、伊都子さんに読んでいただけなかった手紙を同封して、曽根川さんが心臓麻痺でなくなられたこと、カリフォルニアで散骨式をしたことなどが、書いてあった。毎日のように会い、会えないときは、電話で声を聞いていた・・・とも書いてあったので、そういうお友達が、オレゴンに引越されてからの短い間にできた偶然が、とてもうれしい。私が何もできなかったことは、ひとまず棚にあげて、とにかく、喜ぶことにしよう。結局のところ、宮柊二記念館の短歌大会で佳作になっていた以下の一首が、私が見た伊都子作品の最後の一首になってしまった。ネットでのニュースは知れど郵送の邦字新聞ていねいに読む
April 11, 2013
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朝だか夜だかわからないうちに、11日の朝が来て・・・・東京にいるときは、あまり空を見上げなかったような気があうるが、カナダでは、11階にいるせいもあって、空ばかり見ているような気がする。最近、年齢に逆らって、視力がよくなってきたのも、実は、空をよく見るおかげではないかと思ってりして。
April 11, 2013
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バンクーバーへの移動日。怒涛のごとく、ダダダダダーッと片づけて、掃除をして・・・と思うのだが、それが実行できたのは、数年前までのこと。このごろは、もう「あれも、これも」と思うばかりで、あせるばかり。「したいこと」と「できること」の落差が、毎年毎年開く一方なのが情けない。が、まあ、要求水準を下げてとにかく、空港に到着。手続きを済ませてから、展望デッキで、戸外の空気の吸いだめをする。「パンアメリカンの飛行機がたくさんいた頃もあったっけ!」とか、年寄りじみたことを思いつつ、一番数多くいたKOREAN AIRLINE の飛行機の写真など撮ってみた。準備に体力を使いきったせいか、それとも、健康状態がよいせいか・・・今回は、ぽっとしているうちに、すぐにバンクーバーについてしまった。寝ぼけみるひさしぶりのバンクーバーは、でかける前と同じように暗くて、冷たい雨が降っていた。
April 10, 2013
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春の日射しに誘われたのか、とかげが・・・・よく見ると、茶色の輝きがなかなか美しい。しばらく立ち止まって見ていたら、何を感じたのか、するする~っと石の間に入っていった。ストーカーみたいなものだったかな、私は。
April 5, 2013
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所用で丸の内に行った。まだ、裸木の銀杏並木が、ちょっとさびしい。この次来るのは、この銀杏が黄色く色づくころかな・・・。
April 4, 2013
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コスモス札幌支部の支部報、「コスモスさっぽろ52」を、52という数字に敬意を表しつつ読んだ。内容は、宮柊二の作品感想、会員同士の感銘歌の感想、題詠作品「海」や「散文」などからなる歌文集で、この一年の支部の歴史の記録と言ってもよいだろう。以下に、各作者の作品から一首ずつ、選んでみた。それぞれに、材料の拾い方にも、表現の仕方にも工夫があるので、一首ずつ選ぶというのも、無茶といえば無茶なのだが、どれにしようかと、比較して考えること自体、鑑賞の勉強になったように思う香を放ち透けてゆくなりしんなりと主人公にはなれぬ玉ネギ (稲葉洋子*) ぱつたりと斃れて見たし千本のスズメノテッポウに撃たれてわれは(植村浩司)砦なす家のめぐりの雪じょじょにとけて隣家の窓みえてくる(工藤資造) 人も来ず電話も鳴らず歌誌読めば〈コトリ〉と氷が出来る音する(久保啓子) 歌会後もひとつの古語にこだはりて買物忘れ一駅すぎぬ(久保田静子) 夜の灯に文庫本ひらくまだ馴れぬシニアグラスをかけるなどして(後藤美子)あたたかき半年でしたと言ふがごと菰をはづせば牡丹うれしげ(島山鉄雄)なは土地をゐは居を意味しなゐとふは大地を指して地震(なゐふる)となす(清水芳洞)舗装路をンポク・ンポクと音立てて観光馬車行く五月の札幌(新保弥代枝)さしそふるひかりあかるし雛の日の昼をゆつたりぼたん雪ふる(高橋妙子)氷柱からしたたるひかり温かくピシャンと弾け春を呼びいる(谷村善通*)永遠に老ゆることなきアルバムの父二十代吾すでに傘寿(冨家喜代)釣銭を待つ間見て佇つ水槽の底の豆腐の白きゆらめき(鳥谷晶子)崖の上紅のもみじ葉まはりつつゆるりと落ちたり滝つぼの中(服部浩子) たましひが小をどりをする北の春梅に先だち桜咲きたり(福島明美)おみくじは末吉と出づありなしのわが行く先にほの明りさす(本田禎子) 空と木がふれあふごとし肉体を持ちゐる母と持たざる父と(松尾祥子)玄関のノブに触れたる指先がひたと吸い付くマイナス十度 (松島律子*)
April 3, 2013
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河北笑子さんの『風と秒針』を読んだ。高校二年、十七歳の時に出会って以来、五十年以上の歳月を共に生きてきた夫を失った後の悲哀と空白。喪われた時間を取り戻すように詠み続けてきた歌は、死者への相聞歌であり魂鎮めの歌である。とある帯に語られているとおり、夫君を思う気持ちが常に底流にあって、寂しいけれども、暖かい歌集だと思った。特に心をひかれたのは、ひとり身に制約はなし 何をせう 色即是空(なんにもないから) 空即是色(なんでもある)のルビ。見事だと感心した。 他にも、たくさん好きな歌があったので、以下に10首を引用する。病室の窓に昇りし満月の完全無欠の円がゆれゐる 今日も少し紅濃く差して逢ひに行くあと一週間と言はれし夫に 若き日の恋にも似たり帰り来れば逢ひたくなりてあへば苦しき 手足すでに冷ゆれど胸は暖かしここは心がありたるところ 遠花火漆黒の空に開きたり二秒遅れて音のさびしさ見つめゐるこの秒針のスピードで削られてゆく命と時間 坐つても立つてもひとり 夕かげに光る釦を拾ひあげたり 早春のきざしはつかに梅咲きて余白のごとく昨夜(よべ)の残雪 意識なき夫に会はんと紅さししあの日の鏡の奥の青空 七回忌むかへてやうやく暗(そらん)じる般若心経菩提(ぼーぢい)蘇婆訶(そはか)
April 2, 2013
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