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電子辞書の音声機能に手伝はせ三年生(グレード・スリー)の宿題を看る(コスモス9月号)うちの三年生、マークの宿題には、「毎日、単語のスペリングを20ずつ覚えていく」というのがある。カナダ人のママさんが、単語を読みあげて、マークが書けば一番良いのだが、ママさんもキャリアウーマンなので、毎日は無理だ。かと言って、何年たっても、どう努力しても、日本弁の発音の私が読みあげるのを、書きとっていたのでは、子供の勉強にならない。そこで役立つのが、カシオの電子辞書の音声機能。ちょっと東部アメリカ弁っぽくて、西部カナダ弁とは違うのだけれども、日本弁よりはずっとよい。「オックスフォード英英」を開いて、宿題の単語を入力して、「音声」のボタンを押すと、ちゃんと声をだして聞かせてくれるので、それを聞いて、マークが書きとりをするという方法で、マークも面白がって書きとっている。で、それを短歌にしようとがんばって、詠んだのが電子辞書の音声機能に手伝はせ三年生の書き取りを看るコスモスでは、歌の前に、作者名と住まい、私の場合だったら、「カナダ」と出るのだから、まあ、英語の書きとりだとわかっていただけるかな~?と思って。3か月たって、三年生が四年生に進級したころ、9月号のコスモスが来たのを見たら、なんと、三年生に「グレード・スリー」とルビがついて、「書き取り」が「宿題」に添削されていた。このルビは、すばらしい。これによって、英語で学校に行っていることがわかるし、多分、音声機能も英語の機能だとわかるし・・・。ちょっとずるいのではないかと思うほど。この一年ばかり、コスモスの会員で集まって、投稿した歌と掲載された歌を見せ合って、掲載歌がどういう添削をうけたか、掲載されなかった歌はどこが悪かったかの検討会をしているのだけれども、このルビには、みなが感心して、「さすが高野先生!」と一緒に喜んでくれた。「宿題」の方は「書き取り」よりも範囲が広くて、「私だって音声機能を使わないで教えられる宿題だってあるわ」とかも思うけれども、たしかに宿題の一つだったし、その方が概念がつかみやすいので納得。
September 30, 2013
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仕事をしなくなってから、あまりしゃべるチャンスがなくなった。昔は、長電話もしたものだったが、せまいマンションに、退職後の夫と二人でいるようになってから、雑談の電話は、よほどのことでないとしない。ところが、昨日、いつも一緒にゴルフをしている人たちの一人から、「雨ばっかりでプレイをしないから、明日はクラブでランチをしない?」と仲間の7人宛先併記で、メールが入った。「えーっ! 昨日もあそんじゃったし、今夜は孫が泊るから、ランチまで帰るかどうかわからないし・・・」と、私が返事をためらっている間に、どんどんみんなの返事が入ってきて、私ともう一人(病気の人)以外からは、全員出席の返事がそろった。そうなると、臨機応変・付和雷同 の私としては、「ま、いいか。多分、ゴルフも、実質的には今年は終わりだから・・・。closing lunch だわ」と、昨夜遅くなって、返事を出して、今日は、孫は11時頃に送り届けて、その足で、大雨の中を出かけた。クラブには、半分ほどの人がもう来ていて、つぎから次へ、まあ、話すこと話すこと!いつもは、プレイの間に話すだけだから、みんなしゃべり足りないのかもしれないが、とめどなく食べて話して、三時間。それから家に帰って、ちょこちょこっと何かしているうちに、かねてからの夕食の約束で、再びクラブに行く時間になり、そこでまた、とめどなく食べて話して二時間。帰宅したときには、もう、英語をしゃべるエネルギーは何も残っていない感じで、むっつり。ああ、くたびれた。「用件があっての話」はともかく、「それとない雑談」は、話題選びから気をつかうから、案外と疲れる。
September 29, 2013
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大雨の中、いつも短歌会の会場を借りている日系センターの秋まつりに行ったら、ジャパドッグのトレーラーが来ていた。ダウンタウンにもいくつかあるし、最近は、ご近所にも一つ出来て、一度食べてみたいと思っていたのだか、いつも行列がながいので、食べそびれていたので、今日は、チャンス!孫も食べたいというので、二人で行列についた。オーダーして番号札をもらうまでに、10分。その札を持って、自分のオーダーをもらえるまでに、さらに15分。それでも、冷たい雨の中を待って仕事ぶりをみていると、若い日本人の人たちで、英語もちゃんとできる三人組が、能率よく働いている。オーダーをとって、オカネを受け取り、番号札を渡す愛想がよくてテキパキした一人。ソーセージを茹でて、それを焼いたり、パンを暖めたりしている一人。オーダーメモを見ながら、組み立てて、お客さんに渡す一人。チームワークもなかなかよいのだが、何しろ、人気があるのだから、仕方がない。私の注文は、oroshi. (ソーセージの上にソースと大根おろしとその他の薬味が乗っている。)大きなソーセージには、切れ目が入れてあるので、食べやすいけれども、ボリュームたっぷり。大根おろしのおかげで、ソーセージの油のしつこさが緩和されて、トシヨリには、よいアイディア。孫の注文は、Beef Terimayo. ビーフソーセージの上に照り焼きソース、マヨネーズを乗せた上から、海苔をたっぷり。一口ずつ交換して、これも食べたけれども、なかなか面白い組み合わせだった。二人で食べていたら、「楽しそうだね」と息子も買いに行って・・・彼は、黒豚ソーセージの上に削り節が踊っている okonomi というのを食べていた。お好み焼きのアイディアらしい。削り節がパンに合うとじは思えないけれども、焼きそばパンがあるくらいだから、お好み焼きパンがあってもよいのだろう。そういえば、焼きそばジャパドッグも、メニューにあったような気がする。ママさんは、行列がなたいのは敬遠して、あまり人のいないタイ焼きのスタンドに行ったのだが、ちっとも帰ってこない。こちらは、プロではなく、ボランティアの方がやっていたのだそうで、「焼いている人が、ひたすらわき目も振らずに焼き続け、横に出来上がってものがたまっても、ちっとも売ってくれないし、声をかけるスキがなかった」のだそうだ。待っていた人の一人が、思いきったように Could I have one?と聞いたら、Oh, are you buying? と、びっくりしたように言って、慌てて、でもうれしそうに売ってくれたのだそうだ。おなかは空いたし、寒かったしだったけれども、それなりに楽しいスタンドだったそうで。
September 28, 2013
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朝から吹き降りだったが、夕方になって晴れたら、こんなに大きな虹が出た。私のところから見えたのは、一重だけの虹だったが、親子でサイクリングしていた息子と孫は、二重の虹を見たと知らせてきた。
September 22, 2013
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昨年は、「全然、とれないんです」と、卸売のお店も閑散としていた松茸。今年は豊作だそうで、ドアをあけたとたんに、店の奥の作業場から、松茸の香りが届いてきて、大勢の人が働いている気配。トラックから下ろした松茸を、一つづず手作業でぬぐい、大きさや品質によって、分類していく作業は、この季節にしかないアルバイトだ。それも、松茸の採れかたによって、働く人数が違うのだから、安定した仕事とは言い難く、たいへんだなあ・・・と思いつつ、「broken」という、普通の売り物にはならないものを入手。といっても、味も香りも同じなので、この数日、フォイル焼きにしたり(食べかけてから、思いついて写真をとったので、減っていますが)御飯にしたりうどんに載せたり、年に一度の贅沢をした。松茸を採るのは、「豊作」とはいっても、今はかなりの山奥に行って、ヘリコプターで下ろして、更にトラックではこび・・・と、大変な作業らしい。そして、とれたものの、ほとんどが日本への輸出。ところがその日本では、松茸は、今頃ではまだ「秋らしくない」から歓迎されないらしく、料理屋さんなどには、10月になるまでは、あまり売れないと聞く。なので、どこかの段階で保存してから店にだしているのかもしれないが、11月になって吉祥寺あたりの店でみかける「カナダ産松茸」は、なんとなく水分がなくて、艶もわるくて残念。それが繰り返されると、次の世代の日本の人たちは、あまり松茸に魅力を感じなくなるかもしれない。昔、ウイスラーにゴルフに行ったら、ゴルフ場の隅の方にチョコチョコと松茸があって、OBのボールを探しに行った人が、ボールは見つからなくても、松茸をとってにこにこしていたこともあったのだけれども・・・・ 最近はそういう話は聞かない。松茸は、ちゃんとした人がとると、来年も出てくるように残すべきものを残してとってくるが、ただ何もわからずに採る人が山にはいると、先細りになってしまうと聞いた。
September 21, 2013
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一生懸命、字の練習をしていると、ふっとその中に気になる字があったりして、そんな時は、その字だけを、大きく書いてみたくなる。この「乱」もそんな感じで書いた。先生のコメントにいわく「あなたの心にも乱があるのでしょう。」ですって。ま、「乱」の部分がない人間は、あまりいないのではないか・・・と思う。ちょっと、当惑したような「乱」なのは、きっと心の中が現れたのでしょう。
September 19, 2013
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ダウンタウンで用事を済ませて、海岸に出た。昼ごはんにかかってしまうときは、レストランに入ることはしないで、家から簡単なお弁当を持っていって、海岸で海を見ながら食べることにしている。以前は、車で来ていたので、駐車料金が気になって、まっしぐらに帰ったものだが、この数年は電車ができたので、こういう余裕が持てるようになった。 暮らしにまぎれていると忘れてしまうが、バンクーバーもなかなか美しい町です・・・よ。
September 18, 2013
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最近、所属ゴルフクラブの駐車場に、ポルシェが、置いてあるのをよく見る。「かっこいいなあ。あんなのに、乗ってみたいな。乗って写真を写してもらうだけでも記念になるなあ」と、ちょっといじましいことを夫に言ったら、「あ、あれはエドのだ。今度、たのんであげよう。」と、なにやら、やさしい返事があったのは、先週だったか・・・。今日、家にいたら、ゴルフ場にいる夫から電話がかかってきて、「エドにたのんだら、いいと言ってくれたから、3時半頃に駐車場にきなさい」と言う。よろこんでその時間に行き、彼のポルシェのそばに自分のカムリを止めて、クラブハウスのベランダで待つこと、しばし。夫の後の組でプレイをしていたエドが上がってきたので、「今日は、リクエストをかなえてくれてありがとう!」と言ったら、「紅葉がきれいな場所に車を移しておいたから、好きなように写真をとってもらいなさい」と笑っていた。駐車場に戻ってみたら、何時の間に動かしたのか、ちゃんと紅葉の下に、白いポルシェが!さっそく、運転席に座って、写真を撮ってもらった。席が低いのと、光の加減がうまくいかないので、あまり私だとは分からない写真になってしまったが、年齢も写らないので、却って好都合。 ・・・・ でも、運転席に乗っているのは、私デアリマス。ま、ちょっと豪華な気分を味わって、なんがか元気がでた。
September 17, 2013
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朝から、霧が上がってきて、視界が白い。気温もかなり下がってきて、しばらく忘れていた暗い秋冬が思い出される。このトシで運動不足になると動けなくなるから・・・と、ダイクに散歩にでたら、やはり海霧でかすんでいる。カメラは客観的だから、写真ではかなり視界がよいように思えるのだが、実際に肉眼で見ると、すぐ目の前まで霧がせまっているような気になってしまう。満月が本当に美しいと思っても、写真にとると、ただのマルになってしまうのと似ている。ダイクでは、自然保護をしつつ、多少の整備をして海岸までを自然公園にしようという工事が始まっていて、遊歩道沿いに工事車が何台か置いてあった。KOMATSU とHITACHI とKOMATSU三台が三台とも日本車だと、なにかひそかに誇らしい。「頼もしいね」と、泥でも拭いて応援したいような・・・・。
September 16, 2013
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一昨日の13日は、長男の誕生日。金曜日だったので、一日延期して、今日の夕方の誕生祝い参加した。パーティーの飾りつけのスターは、冬の間に作っておいて、冷凍庫に保存してあり、七夕の日にもちょっと登場した雪だるま!「ウインタースポーツのスキなお父さんが喜ぶだろう」と、孫としては、半年以上前から用意をした努力のたまもの。アイディアとしては、なかなかよろしい。帰り際に、「これはまた、冷凍庫に入れるの?」と聞いてみたら、「今日はもうだいぶとけていて、かわいそうだから、ベランダにおきっぱなしでいい」という。「ま、そんなものかな」とその時は思ったのだが、今朝、他の用事があって行ってみると、「雪だるまがどうなっているか見たい?」と聞かれた。いくらカナダの秋が早くても、雪だるまはさすがに溶けてしまっているだろうに、見たいかと聞くからには、残っているのかしら・・と思って、「見たい」と言ったら、ベランダに案内してくれて・・すっかりとけてしまって、飾りだけが台に残っているところを見せてくれた。せっかく、何か月もとっておいたのに、一晩で「水」になってしまうなんて・・・ わかってはいたけれども、なんだか残酷。でも・・・人生なんて、こんなものかな?覆水盆に返らず・・・とは、ちょっと意味がちがうが。
September 15, 2013
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このところ毎朝、霧が深くて、ベランダに育てている花は見えるけれども、その向こうは霧で白ばかり・・・ということが多い。だた、これは、人間の目の錯覚で、写真に撮ってみると、案外、そんなには霧が出ていないことがわかり驚かされる。「気象観測では水平視程が一キロメ-トル未満の場合をいい、一キロメ-トル以上は靄もやという。」が、この「視程」はどうやって測るのだろう。このあたりは、春の育ち始めが遅いから、今頃になって花がさきはじめ、しかし、気温が下がってくるので、今ある蕾の大部分は、そのまま花を咲かせずに落ちてしまう。家庭菜園のトマトなども、色つかないうちに落ちるものも多いので、早目にとって、赤くなったトマトと一緒にしておくと、だんだん赤くなる・・・とか、植物にとってかわいそうなことも多い。1964年の日本で、9月13日に長男を出産した。「いよいよ」と入院した日は、まだ暑くて汗をかいていたのに、1週間後の退院したら、すっかり秋になっていて、入院したときの服装がでは心細かったのを、この時期になると、毎年思いだす。
September 14, 2013
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バンクーバー短歌会の例会のあと、昨年12月21日に亡くなられた会員、岩崎輝子さんのお墓にお参りした。1943年生まれだから、今の女性の平均寿命まで、まだまだあるし、自分では「勝手なことをしている」と言いながら、実は、とても心遣いのこまやかな方だったので、本当にもったいない方が逝ってしまわれたと、改めて惜しみながら、手を合わせた。<center> </center>お墓を見るまでは、短歌会で輝子さんに会えなくても、「あ、今日は欠席ね」くらいの感覚だったのに、お墓を見てしまうと、ダメ押しをされたようで、「お参りしない方がよかったかなあ」と、思わないでもない。ご本人が聞かれたら、くすっ笑ってしまわれそう。
September 13, 2013
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所属結社の詠草締切日は、22日。カナダからの航空便には、約1週間の日数が必要である。で、カナダの郵便の集配は、土曜・日曜は休みなので、私にとってギリギリの締め切りは、明日の夕方。最後の一首をどれにしようかと、候補を3首に絞ったところで迷ってしまった。どれも、なんだか。。。。丁度、近くに夫がいたので、「この中で一首とるとしたら、どれがいい?」と尋ねてみた。「どれ、どれ」としばらく見ていた主人は「どれもものすごい駄作だ」と呆れたように言う。「駄作」を形容するのに、「ものすごい」というのは、聞いたことがないが・・・かなりひどいと言っているのは、わかる。「そうかなあ」と思ってよみなおしてみたら、「ものすごい」とまで行くかどうかはともかくとして、たしかに、きらりとしたところが何もない。どよ~んとした歌が三首・・・。さっきは、もう少しはよい歌だと思ったのだけれども・・・・そこで思い浮かんだ一首「ものすごい駄作」と夫に批評されわが歌たちが縮みあがりぬ今回は、これを出そうかしら・・・と思ったが、なんだか選者の先生に失礼なので、先日の雷の時に詠んだ歌で、捨てておいたのを拾って推敲しなおして、提出歌に加えた。これも、「あとから読んだらものすごい駄作だった」などということにならなければよいけれども・・・。9月18日追記考えてみたら、私の作品の大部分は、「駄作」しかし、駄作も、「ものすごい」とか「猛烈な」のレベルにまで駄作なら、却って何とかなるかもしれない・・・・ と、次第に気を取り直しはするのだけれども、「じゃあ、もうやめた」と思わないところが、よほど「短歌好き」なのだろう。われながら、そういう自分がオモシロイ。
September 12, 2013
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バンクーバー短歌会 会員作品 (*印は、現代仮名遣い表記)題「紐」盆踊りに出かける孫に腰紐をキュッと締めつつ浴衣を着せる (すみえ)遺伝子の螺旋の紐はあざやかにわが真実を秘めてゐるべし (節子)宮城県長浜訪へば家跡に紐のほどけし靴も見えたり (奈津)子に逝かれ萎ゆる心身はげまして靴紐を締め苑の道ゆく(虹)しなやかな水引草の細紐のこのたしかさに古希を迎へむ (のぼる)腰揚げも肩揚げもまた付け紐も不要となりぬ裕子十歳 (のりこ)少年の手より飛びだす「喧嘩独楽」紐をひかれてビュンビュンまはる(ふみ)靴紐を初めて結び幼子は得意げに笑む縦結びなれど (みき)七五三晴れ着の紐のゆるみきてはだけるままに子等あそびゐる(希)をみな子の青きうすぎぬひるがへる肩紐ひとつ肩よりそれて (粟)青空に白き一条紐に似て飛行機雲は長くのびゆく(幾代)紐ならば結わえて解いて結わえるを縁(えにし)は水のごとくに流る (柏原草太)ひも巻くは伐る標(しるし)にてマツタケの山を貫く林道予定地 (唐)憧れの北岳登頂なしとげぬ風雨強くもみな笑顔なり * (君子)糸よりも太き紐にて結ばれし夫と吾なり金婚式(きんこん)迎ふ(さだ)モスリンのうす桃色の古襦袢ほどきて母が縫いし腰ひも*(沙羅)
September 11, 2013
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めずらしく、夕方の外出。少し、時間が早かったので、ベンチでUBCのローズガーデンを見下ろして・・・優雅・・・ですよね。
September 10, 2013
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ベランダのコスモスの花で、蜂がはたらいているのを見つけた。小さいからだで、11階まで上がってくるのは、たいへんだったろうが、そのおかげで、花がたくさん咲いた。今年は、朝顔も上出来。ベランダは、ちょっとにぎやかすぎるくらい、華やいでいる。
September 9, 2013
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近くの公園に、数年前まで合歓の木があった。合歓が好きな私としては、花の季節には、多少の寄り道をしても、たびたび見に行っていたのだが、ある年、枯れてしまって、そのあとには、立札だけが残されていた。それを見るのが無残だったので、あまりそちらに足を向けなかったのだが、今日、ひさしぶりに行ってみたら、小さな合歓の木が植えられていて、花も咲いていた。もし、土や日の当たり具合に合わないのだったら、まったく同じ場所に植えるのはどうかと思わないではないが、プロが植えたのだから、多分大丈夫なのだろう。近寄ってみると、下の方に、厚手ビニールの、ジッパー付の袋のようなものがついている。説明をみたら、この袋、なかなか賢いらしくて、ここにいっぱい水を入れると、9時間くらいにわたって、植木に水をやってくれるらしい。まだ小さい木だけれども、写真にとれば、かなり大きいかもしれないような錯覚も起こせる。今度は枯れないで、元気に育ってほしい。
September 9, 2013
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朝起きたら、霧がでていた。この秋、初の霧。そのうち、太陽が出てきて・・・午後にはすっかり晴れた。これからこういう日が多くなり、いよいよ、秋!
September 9, 2013
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ブラックベリーが、実る季節になった。棘に守られて、黄緑から赤、赤から黒へと色を変えつつ実っていくブラックベリーは、熊の好物ということになっているが、あんな小さな実で、熊の大きな体を養うのは無理な気がする。味は、子供の頃に食べた、桑の実と似ているような気がする。天気のよい秋の日に、ブラックベリーの葉が風に吹かれると銀色に輝く・・という内容の歌が、ずっと以前、短歌会に提出されたことがあり、その様子を一度みたいと思いながら、まだ見られないでいる。詠み人の方は、もう短歌会も短歌もやめてしまっているので、そんな風に私が思っていることは、想像もしていないと思うけれども。
September 8, 2013
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今日(カナダ時間では、7日土曜日の夕方、友人たちとのゴルフを終わって駐車場においてある自分の車のところに戻ったら、ワイパーに何かメモ用紙のようなものが挟んであった。あれ? ここでは、広告を挟むことは禁止されているし、駐車違反になる筈はないし・・・と不思議に思いながらあけてみたら・・・・あまり上手でない字で、書きなぐったようなメモがあった。よく読むと、Hi, Just saying that Tokyo will be hosting the 2020 Olympic. Love, Marcと書いてある。まあ、なんで私がゴルフ場にいるのかわかったのだろう??こっちの行動が読まれてしまってるんだわ・・とか思いつつも、「急いで知らせてくれたのね。ありがとう」と電話した。バンクーバーで冬季オリンピックを経験してから、オリンピックが大すきになっている彼は、興奮した声で、「2010年だよ、2010年。 僕は、16歳になってるよ!」と、すっかりお祝いム-ド。(訂正 2010年ではなく、2020年です。私の入力ミス! 私には、そんなに先のことを考える能力がないから間違えた???)「そうか・・・ そんな先だったら、おばあちゃんは車いすかもしれないよ。」とちょっと嘆いてみせたら、「僕が押してってあげるよ。車椅子の付き添いの方が、いい席に入れてもらえるだろうし」と、ちょっとちゃっかりしているところなど、却って現実的。もうすっかり見に行くつもりになっているようだ。(自分が出ようという気持ちはまったくないところは、身の程をわきまえているというべきか)このニュースを、こんな形で知るなんて、きっと、長いこと記憶に残るだろうと思う。
September 8, 2013
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日系文芸祭へのご高齢の投稿者は、男性にもおいでになる。アルバータで、酪農をしていらっしゃった(のではないかと思われる)鮫島佐男さん。2005年以来、毎年投稿してくださって、今年は97歳。文芸祭が終了してしまうので、98歳での投稿はいただけないけれども、もし、来年まで続いていれば、竹中さんと同じ年齢だし、再来年まで続いていれば、竹中さんの年齢を越すことになる。アルバータの広大な大地を彷彿させる句が魅力で、なんどか入選もされた。この方にも、まだお会いしたことがないが、尊敬する人生の先輩である。
September 7, 2013
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冬蜂をごみかと抓み刺されたり カナダ 竹中 久利2008年の日系文芸祭入選作品。作者のfirst name は、くりさんとお読みする。BC州の奥地、戦時中、収容所のあったところに残られ、以前ご夫君や子供さんたちと住んでいらしたお宅に一人で住まわれていて、この当時、96歳。以前その地にいた日本人は、今は殆どいなくなっていて、日本語を話すこともなくなってしまった生活だったと伺ったが、それでも、2006年からずっと、日本語の俳句と短歌を投稿してくださっていた。最初、「ひさとし」さんとお読みする男性かと思って、Mr Hisatoshi Takenaka と宛名に書いて郵便を出してしまったら、「私は女性で、くりという名前です。よく間違えられますが」と訂正が来て、それをご縁に、時々、きれいな字で、しっかりした日本語のお手紙をくださるようになった。 かなり筆まめの方でいらしたと思う。竹中さんの作品は、いつも締め切りに余裕をもって早目に届いていたのだが、2011年には、締切日まで心待ちにしていたのに、とうとう届かなかった。心配になって共通の友人に連絡してみて、その前年の秋、体調を崩してなくなられていたのがわかり、ついにお目にかかるチャンスがなくなってしまったことを知った。今、流行の「いつやるの?」「今でしょう!」は正しい言葉だ。お会いしたいと思ったら、それが吉日。思い切って行ってくればよかった。人生の後輩として、この竹中さんのことを知ったのは、文芸祭のお手伝いをしたことの、大きなの役得の一つであったと思っている。竹中さんの応募作品には、上記を含めて、以下のものがある。2006年 94歳 俳句 おう若葉やがて賑わう避暑の村 短歌 TVの画面に映る子等の笑み思わず我も共に微笑む 2007年 95歳 俳句 老一人壁かけの大きな鏡餅 短歌 後脚傷めて鹿のヒョロヒョロと底冷えのする夕暮の径 2008年 96歳 俳句 冬蜂をごみかと抓み刺されたり 短歌 裏道をTwo Blockなりポストまで野花を愛でつ杖に頼りて 2009年 97歳 俳句 雪晴の湖の漣(さざなみ)燦然と 短歌 仰ぎ見る厨の窓の真向かひの妙なる氷河に心洗はる 2010年 98歳 俳句 白楊(ハコヤナギ)雪降る如し絮乱舞 短歌 夏湖の浮木にあまた白雁が朝のしじまに並び安らうコスモスの創始者宮柊二氏とも、わが敬愛したコスモスの重鎮鈴木英夫氏とも、そして私の母とも同じ年(明治45年か大正元年)に生まれた方であった。共通の知人のKさんからは、以下のようなメールも届いている。骨折やガンと戦いながら、訪問客がない日でも、「だらしなくなるから」と毎朝きちんと身なりを整え、背筋を伸ばしポストに行く、明治の日本婦人の気概に満ちた稀有の人でした。
September 6, 2013
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午後二時半頃、出かけようと思ったら、雷が鳴りだしたので中止。それから三時間ほど続いた、稲光や雷鳴が遠のいたら、太い虹が根本だけでてきた。もう少し上まで見えるようになるかと期待したのだけれども、日が短くなってきたので、そろそろ夕暮れになり、そのまま虹は消えてしまった。
September 5, 2013
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昨年の母の日に贈られた胡蝶蘭。添えられた説明書の通りに世話をしたら、こんなに花が咲いた。今年の7月にゴルフの賞品でいただいた胡蝶蘭と比べると、花の大きさは、変わらないのだが、丈は半分ほどしかない。説明書では、上手に世話をしたら、20年持つということだったが、このままだと、来年はちょっとかわいそうすぎる。二度目の花をさかせてくれたのは、うれしいのだけれども、さて、来年はどうしよう。もう一度だけ、鉢の土を入れ替えてそだててみようと思うが、来年、もっと育ちが悪くなるようだったら、そのまままた次の年もというのは、かわいそうだし。
September 4, 2013
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新学年がはじまって、孫のマークも四年生になった・・・・と思うのは、私の間違いで、マークの言うところによると、年度末に三年生が終了した時点で、こちらの学校では「四年生になっておめでとう」というのだそうだ。本当かしら?今度、学校の先生をしているママさんに確認してみよう。(どうでもいいけれど)今朝も、うっかり "Congratulation for the first day of GRADE FOUR! " と言ってしまい、最近失いつつある人望を、さらに失った。
September 3, 2013
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今年で第10回になった海外日系文芸祭は、これでひとまず終了ということになった。e-nikka の記事から、小塩氏の話を引用させていただく。小塩卓哉選考委員長の話作品は横浜みなとみらいの地に集まってくることから、愛称を「みなとみらい文芸祭」とした海外日系文芸祭ですが、今回をもって、いったん終了することが決まりました。海外移住者からの作品が少しずつ減少してきた実情をふまえた決定です。もちろん学生の部が年々増えてきたことはうれしく、若い世代の人々に、海外移住者の心が短歌・俳句を通じて広まりゆくことは、これからも希望するところです。今後とも海外日系人の真心を、短歌・俳句を通じて大いに語り合いましょう。 ということである。これまで、協力してくださったみなさま、どうもありがとうございました。バンクーバーでもこの数年、小学生中学生の応募が増えてきて、のびのびとした作品を楽しませていただきました。その中から、もし、大人になってから一人でも二人でも歌人や俳人になる方がでて、「そういえば、私の初めての作品は、日系文芸祭だった」と思いだしてくださったらどんなにすばらしいかと、想像しています。余談ながら、初めの頃は、まだまだインターネットで連絡できる先が少なく、ファックス・郵便・電話などが主流の宣伝・連絡であったが、最近は、ファックスで連絡できる人がほとんどなくなり、だいたいの方々と、メール連絡ができるようになった。10年というのは、そういう年月である。
September 2, 2013
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第十回 みなとみらい海外日系文芸祭 の入賞者と作品が発表された。今年の大賞は、以下の通り。☆ 一般の部(衆議院議長賞)われ移民さくらさくらとうたえどもはなびらあびる夢にとどかず (ブラジル 尾山 峯雄)☆ 学生の部(参議院議長賞)かき氷帰宅部二三人して帰る (埼玉県立桶川西高等学校 二年 斉藤 昴希)カナダからの入賞者短歌部門 一般の部短歌研究社賞 キャッチボールに興ずる若き修道士Tシャツの背の汗ばみてをり(BC州リッチモンド 西林節子)入選母の手の温もり残る干柿を初日にかざせば飴色に映ゆ (BC州 伊賀正亮)風ありてコーヒーマグに枯れ葉入りそっとやさしく時間とまりぬ(ケベック州 ウイルソン夏子)薄れゆくならいなれども網おろし御節(おせち)の華のカズノコを捕る (BC州 唐木浩)七草の祖母の粥なき武蔵野のきのふの常はけふにあらねど (BC州 広江清石)佳作郷里偲び造りしこの庭さはあれど老人ホームへ移る日の来ぬ (ケベック州 鮎川 祥子)幾年も波に彷徨い辿りつく津波がよせる しゃもじ一本 (BC州 岸 昭一)俳句部門 一般の部文芸祭賞 我が世界窓一つとなり吹雪きをり (BC州 ニューウエストミンスター 伊賀正亮)入選芍薬や小径に残る雨の跡(BC州 水間 公一)春一番竜を興して吹き募る (BC州 中内 忠夫)長旅の母国に目覚め蜆汁 (オンタリオ州 ルイ 淳子)佳作 フレイザー河忍者のごとく鮭上る(BC州 増原康子)短歌部門 学生の部文芸祭賞紅の葉は逆うことをつゆ知らず季節が変わると告げ地に還る(バンクーバー補習授業校高三 望月みのり)入選雨の日にさびしい音がひびいてる小さな鳥がはばたきながら(バンクーバー補習授業校小五 正木亜麻杜)ひまわりのぎらぎら光る真っ黄色太陽になる一輪の花(バンクーバー補習授業校小五 窪喜映太)俳句部門 学生の部入選ぽかぽかと 犬の赤ちゃん かわいいな(バンクーバー補習授業校小四 川上真之介)父のヒゲ 冬の夜空と そっくりだ (バンクーバー日本語学校小五 白石大賀)
September 2, 2013
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コスモス会員のAさんのお宅に伺ったら、庭の東屋でお薄をたててくださった。きれいに作ったお庭には、石を置いて、浅い流れが作ってあって、流れのそばには、萩だの水引草だのが、秋の趣きを添えていて、気持ちが落ち着き、世間を忘れてしいそう。深き水は涼しげなし。浅くて流れたる、はるかに涼し。という、今、お習字で練習している徒然草の一節を思い出した。お土産にいただいた、薄と水引草は、暖炉の上に活けた。水引草は、母の好んだ花だった。晩夏の光寂かにうすれゆく家居にそよぐ水引あかし(大橋富子)
September 1, 2013
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