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ミノルの由来について、私は「日本からの競馬馬」だと何故か信じ込んでいたのだが、唐変木さんにミノルの由来はイギリスのダービー馬で、エドワード7世の持ち馬でした。命名の由来は、アイルランドで庭園を作った飯田三郎の息子の実からだそうです。と指摘していただいたので、教えていただいたNikkei Images を、検索した。私は、こういう情報誌(だろうか)が出されているのもしらなかったが・・・http://centre.nikkeiplace.org/wp-content/uploads/2012/04/NI_2010SUMMER_4final-smaller.pdf一部を引用すると、On the 21 Aug, 2009 Brian Eida was invited to the Richmond Cultural Centre as an honoured guest of the City of Richmond to unveil the statue of the famous horse named after his father, Minoru Eida. Minoru, the horse, won the 1909 Epsom Derby and instantly became famous throughout the British Empire, especially as he ran under the King’s colours. The race-track that opened in Richmond thatsame year was named Minoru Park after the horse - a racetrack long gone - but leaving the horse’s name tothe Park and a Boulevard.とあった。また、日本語のウイキペディアで「ミノル イギリスの競走馬」で検索すると、馬のミノルのことだけでなく(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8E%E3%83%AB_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%AB%B6%E8%B5%B0%E9%A6%AC)エピソードとして、カナダブリティッシュコロンビア州のリッチモンドには、このミノルの名に因んだミノル競馬場が存在した。ダービー制覇と同年に建設されたものであるが、現在においてはすでに廃止されており、陸上競技用トラックに改築されている。名前だけは残っており、現地にはミノルパーク、ミノル大通りなどの地名が残っている。ミノルパークには、2009年にミノルの銅像が建立された。という記述まであった。わが家から、8分くらい歩くだけで行けるミノルパークには、図書館に隣接して資料館があって、この公園が昔、競馬場であったこと、その後、飛行場になったこと、そして今は、公園になっていることなどは、展示で見たことがあるが、これはなかなかあなどれない歴史。もう一度、展示をしっかり見てくることにしよう。Nikkei Images も、Nikkei Heritage Centre (毎月、短歌会の会場を借りているところ)で出しているから、そこの資料館に、なにか関連の資料でもあるかもしれない。ちゃんと調べないで書いてしまったことを反省。(失礼しました!)読んでくださった方には、申し訳けないけれども、おかげで、関連していろいろ見えて来て、興味ぶかい。唐変木さま、ありがとうございました。
May 28, 2015
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市のMINORUという競技場で、市立小学校のうち、五校の合同記録会があった。毎日、五校くらいずつ記録会をして、一週間くらい続いている。MINORU というと、日本人の名前のようだが、これは、競馬馬の名前。以前、このあたりは、競馬場で、MINORUという馬が大活躍したので、それにちなんだ命名だそうだ。この馬の像も、公園の隅にあり、東京競馬場にトキノミノルの像があるのを思い出さされる。(東京競馬場で夫と待ち合わせるときは、いつも、トキノミノルの傍であった。)ところで、そのMINORU競技場、国の旗、州の旗、市の旗を三本並べて掲揚して、子供達を迎えてくれている。開会式も閉会式もなく、それぞれが自分の出場する競技の札を切符のように持って、呼び出し放送とプログラムに気をくばって、それぞれの会場に出ていくので、学校別に、席の場所はだいたい決まっているものの、てんでんばらばらな感じだが、それはそれで「自主的」でなかなかよろしい。うちの孫は、800メートル走と、100メートルX4名の男女混合リレーと、走り幅跳びにでて、その他に、100メートルX4名の男子リレーで補欠になっている。その他にも、砲丸投げ、円盤なげ、走り高跳びなど、ひろい競技場のあちこちで行われている。予選に通らなかった生徒は、ソフトボール大会に全員出られるそうで、見物もなかなかいそがしいが・・・それにしても、小学生時代の私だったら、800メートルを走った1時間後に、リレーで100メートル走って、その30分後に、補欠だからわからないものの、また100メートル走るかもしれなくて、さらにその後、走り幅飛びをするなんて、とてもとても体力が続くはずばない。しかも、その間、ゆっくり休んで見物しているかと思えば、大声で応援したり、おいかけっこをしたり・・・子供たちのエネルギーはいったいどこまであるのか見当もつかない。平日の昼間なので、父兄は、あまり来ていないが、赤ちゃんづれや、年寄りが応援。中でも、このママさんは、とても美人で、乳母車もランニング用のを使っていて色もスマートだし、人眼を引いた。(と思うのは、私だけかな?)800メートルのスタート風景。一度に28名走るので、スタートの位置を取るのもなかなか大変だ。みんな真剣な顔をしている。走りだしてすぐ、ゴチャゴチャッともつれて、あわや数名が転ぶのではないかと思ったが、うまくゆずりあったりしてなんとか転倒は回避。でも、ここで要領のよい子と、そうでもない子で差がついてしまったようで、にわかにバラけた。こういう駆け引きも、競争のうちなのだろう。みんな結構早い。うちの孫は、28名のうち、11位。これは、いつも運動会でビリを走っていた私の孫としては上出来で、私はおおよろこびをしたが、本人は不満足気。でも、自分のタイムとしてはよかったから、ま、いいか・・・とか、息を弾ませながらぶつぶつ言っていた。息が収まったと思ったら、まもなく、リレー。「自分一人の力では、どうにもできないから」とか、偉そうに言いながら出ていったら、僅差のトップでバトンを渡され、一生懸命走り、逃げこんで一位!あちこちで、ハイタッチをしてはしゃいでいた。やはり勝つとうれしいんだなあ・・・。補欠で登録されていた男子リレーは、選手が揃っていたので、出番なし。幅跳びは、なんだかタイミングが合わないようで、ふだんよりずっと飛べていなかったけれども、きっと疲れきっていたのだと思う。見ていた私は・・・というと、ぶらぶらしていただけで、走ったわけでもなんでもないのに、ゴルフのラウンドをするよりも、ずっと疲れて、家に帰ったら、もう何もできなかった。
May 28, 2015
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毎年、ほろにがい笑いを誘われて読む第一生命保険の、サラリーマン川柳。事実を指摘して、それに当てはまる人さえも笑わせる川柳の力はすごい。今年の、上位10作品がネットに出ていた。私が一番気に入ったのは、増えていく 暗証番号 減る記憶ただでさえ、暗証番号が増えているのに、それをさらに「定期的に変更してください」と言われるからと、思いつくものに変更したら「以前に使用したことのある暗証番号は使えません」とメッセージが出てくるし、「記録したものは安全な場所に保存してください」とあるから、どこにしまったのかを覚えておかなくてはならないし、70代の私にとっては、若い頃には想像のしたことのない「困難」である。その変わり、記憶しなくてはならない番号の範疇からまったく外されたのが、電話番号。昔は、ずいぶん、いろいろな電話番号を、指が記憶していたりしたものだけれども、最近は電話機が記憶してくれるので、「あ、xxさんに電話しよう」と思っても、「xxさん」の名前を探せば、すぐに番号がでてきて、ボタン一つおしただけでつながるので、もう覚える気持ちもなくなった。もちろん、自分の家の電話番号は、記憶しているが、それでも、ケータイの番号は、時々 忘れる。充電器 あったらいいな 人間用この充電器、すご~~~~く、欲しい。病気でもないのに、電池が切れたようになってしまうことが、たびたびあるのは、老化して回数は増えたけれども、若い時にも、けっこうあった。かうなれば可愛い婆ちやんになるしかない 軽い丸メガネを買ひにゆく(河野裕子 「体力」より)
May 25, 2015
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「ナイフォフィア」とでも読むのだろうか、この名前は・・・?実は、この花、ゴルフ場で何年か前からよく見かけるようになり、数も増えているような気がするが・・ 私はなんだか好きではない。七面鳥の首を見ているような気がするからだ。何くも、ツンツンと咲いていると、七面鳥の群れがいるようで、私にはコワイ。で、数日前に、「この花の名前を知ってる?」と、ゴルフ仲間に訊ねられたので、主人まで動員してネットで調べたところ、Kniphofia だとわかった。「tritoma, red hot poker, torch lily 」など、もっと呼びやすい名前もあり、わたしたちの中では、「Torch Lily」が呼びやすいので、それを採用。南ア, イエーメン、 マダガスカルの原産と出ていた。でも、短歌に詠み込む場合などに備えて、日本名を知りたいと思って英和辞書などを引いたのだが、見つけられない。ウィキペディアも、この花に関する日本語ページは見つからなかった。因みに、中国語のページをみたら、 火炬花 と出ていたから、Torch Flower を訳した形で収まっているのだろう。
May 23, 2015
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息子が、週末にスキ―場で見かけたと、土筆の写真を送ってくれた。小さい、やわらかそうな土筆(少し、ほうけたとこもあるが)が、群生している写真だ。まだ、東京の府中市にいた頃に、私が、小学生だった彼や、その弟妹をつれて、西武多摩川線の土手で、土筆摘みをしたのを思いだしたそうだ。 (西武多摩川線は、単線で一時間に2本くらいしか通っていない田舎電車だった。)帰宅して、みんなで袴をとって、水につけてあく抜きをしてから、翌日、油揚げと一緒にごま油でいためて、醤油と、ごく少しの砂糖で味付けをして・・楽しく食べたことなど、私も思いだした。たまたま、昨年の11月に、そのあたりを通ったのだが、その線路沿いに柵ができていて、土手には近づけないようになっていた。考えてみれば、当然の処置で、いくら頻度の少ない電車だったからと言って、小さい子をつれて危ないことをしたものだ、私も。それに・・・当時は、薬品散布などをしていなかったという確信もないから、おそろしい。今になって考えると、この他にも、あぶないことをかなりさせていたような気がするから、三人の子供が、全員無事に大人になったことは、奇跡のようなものだ。もっと感謝しなくてはいけない。で、もう一つ言えば、孫を見るときには、つい「あぶない」と、あれもこれも押しとどめたくなるので、「ああ、これで、おばあちゃん子は臆病になるのだなあ」と、思い当ってしまう。
May 17, 2015
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八十路とは八十代か八十かあげつらひつつ歌会賑はふ(武田弘之 コスモス5月号)私も、もしその場にいたら、歌会を賑わせる一人になっていただろう。私は、短歌に縁がなかったころは、「八十路」のことなど考えてもみなかったけれども、たとえば、三十路は三十代、四十路は四十代」のことだと思っていた。ところが、短歌実作をするようになった四十三歳のころ、四十代の意味で四十路を使ったら、先生から「四十路は、四十歳きっちりのことです」と訂正され、おどろいた。辞書を引いてみても、どの辞書も、先生と同じ判断。あ~~! 間違っていた! と悔い改めて、その後、短歌会で、あきらかに「代」のつもりで「路」を使う人がいると、そこを指摘して、威張っていた(つもりはないけれども、やっぱり威張っていたのだろうと思う)をしていたのだが・・・・・(クイズ番組でも、時々、これが出題されていたから、紛らわしいことではあったのだろう)最近も、バンクーバーの短歌会で、やはり、そういう「間違い」をした人がいたので、「四十代のことですよ」と指摘して、よいことをしたと思っていたのだが・・・・・・、その後で、通信指導をしてくださっている先生のコメントに、「どちらにも使われる」とあってびっくりした。日本語(ばかりではないけれども)の使い方は、時代と共に変化しているし、それが日本語圏外に住んでいると、解らないことが多いので、やはり、日本語圏内に住んでいらっしゃる先生に指導していただくと、こういうところが違う。 ありがたい。きっと、あまり多くの人が間違えるので、それがまかり通ってしまうようになったのだろう。とはいえ・・・ それはバンクーバーの話だけではなく、武田弘之先生ご出席の歌会でも、そういう論議があるのだと聞いて、少しほっとしている。それにしても、冒頭の一首で「あげつらひつつ」という表現になっているところを見ると、作者は、ちょっとメンドクサイと思っていらっしゃるのかもしれない。ちなみに、「あげつらう」の広辞苑 第六版式解釈は、「物事の理非をあれこれと言い立てる。可否を言ひたてる」、そして、「言い立てる」の広辞苑第六版式解釈は、「特に取り立てて言う」。用例に「言いたつるも、物いひさがなきやうなれども」とか「言いたてるほどのことではない」が挙げられているところを見ると、「どうでもいいことに拘って、やかましく言う」のようなニュアンスを感じるのだけれども、それでよいのだろうか??それにしても、「八十路あまり三歳」とかいう、源氏物語などの言い方が、「昔はこういうことを言った」ということになるのだろう。 個人的に言えば、自分の年齢を「七十路あまり四つ」と言うよりは、「七十路」と言う方が、ちょっとサバがよめるかな?ま、どちらも、話し言葉では、冗談めかしたときにくらいしか使わない言葉だろうけれども。
May 14, 2015
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立ち枯れをしている白樺の樹の幹に、まるで、団地のように、窓(穴)がたくさんあいている。どうやら、キツツキがすみついている気配。なりをひそめてちょっと見ていたら、穴の一つに、何かがちょっと動いたような気がした。よく見ると、キツツキ(多分 両親のどちらか)が顔を出している。取る者もとりあえず、とにかく、シャッターをバシャンと押す。大きな音がしたような気がしたが、鳥が逃げないところを見ると、洞の中には雛がいること間違いなし。ただ、残念なことに、とった写真をPCに入れて、よく見ると、ピンボケ。こういう場面に巡り会うのは、年に二度くらいしかないのに、もったいないことをした。
May 12, 2015
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一昨年の母の日に、長男が花がたくさんついた苺の鉢植えを一鉢プレゼントしてくれた。ベランダにおいて、毎日水をやりながら、苺に実がつき、色がついていくのを見て・・・赤くなるとちょっとつまんで・・・・という楽しみはまた格別。昨年は、「何がいい?」と聞かれたので、「昨年と同じ」と言ったら、「芸がないけど・・・・」と今度は2鉢持ってきてくれた。私が、とてもよろこんだせいか、「じゃ、これから慣例にしよう」と言っていたので、「今年も貰えるのかな?」と思っていたら・・・今年は、3鉢も持ってきてくれた。白・淡いピンク・濃いピンクと、三色の花と、実もいくつかついていて、当分、たのしめそう。「店には大分前から出ていたのだけれども、うちで枯らしてしまうと残念だから、今日まで待って買いにいったら、もうちょっとで売り切れになってしまうところだった」と笑っていた。
May 10, 2015
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産み方はみなが教えてくれたるを死に方は誰も頼りにできず(永田紅 「短歌研究」三月号より)本当にその通り。出産の時には、教えてくれる人も、本も あまたでした。しかも、一人目の出産を反省材料にして、二人目は、三人目は・・・と、準備にも無駄がなくなるし・・・。そこへいくと、死に方はね・・・・ というようなことを、私が考え始めたのは、私が39歳のときに、姉が43歳でなくなって、初めて、家族の死に接したときからのような気がする。永田紅さんも、お若いけれども、母上を送られてから、そういうことを考えるようになられたのだろう。ま、いつ考え始めるにしろ、実際には多分、死は「ぶっつけ本番」。心細いハナシである。いざとなったら、あちらから誰かが指導に降りてきてくれる・・・というわけにはいかないかしら。
May 7, 2015
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夕方、近所の公園の噴水の水に虹が出来ているのを見つけた。肉眼でみるほど美しい写真は撮れなかったのが残念だが、心はなやぐ情景だった。おりしも、今日は主人の喜寿の誕生日。めでたし。
May 5, 2015
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しばらくは書くをためらひ放り置く娘(こ)が送りくるエンディングノート (島上鉄雄 「コスモスさっぽろ」54号より)日本に行ったときに、本屋さんで「エンディングノート」を見かけて、手に取ってみた。 いろいろな欄があって、そこに書きこんでいくと、自分の死後の手続きなどについての希望がまとまって遺されるという主旨で売られている書き込み式のノートだ。私も、こういうものを残しておいたら、子供たちがたすかるだろうと、常々思っていた。 でも、実際に、それを開いてみると、項目があまりにも具体的で、考えているうちに、頭がいたくりそうで、棚にもどして本屋さんを出た。それだけ、普段は、身にしみて考えていないということだろう。実際のところ、よく考えてみれば、「私はもう先はそんなに長くはないのだから」と、自分では口にすることもあるのだけれども、他の人、それも、自分の娘から言い出されるのはどうなのだろう。 ・・・ 想像しても、あたっているだけに、多分あまり嬉しいことではない。、そして、そのあたりの反応が、「しばらくを書くをためらひ放り置く」という表現になるのだろう。「しばらく」の時間が過ぎたあと、理性が勝って記入を始められたか、あるいは、面倒になってそのままにしてしまわれたか・・・については、一首にも出てこないし、作者を個人的に存じ上げているわけでもないので、想像はつかないが、私だったら、自分が死んだあとに、なにも記入していないエンディングノートが残っていたら、娘に悪いからと思って、きっと一生懸命、記入するだろうと思う。娘さんの方は、「お父さんがいつもそういうことを言うから、興味があるだろう」くらいな好意で送られたのだろうが、作者の心は、ちょっとフクザツかもしれないと、想像した。
May 5, 2015
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近所に、日本のダイソーがある。 そこで、書き初め用紙を見つけた買った。 八つ切り判で、あまり大きい紙ではないが、それでも、半紙よりは書き初めのムードがでるし、紙の質はよくないが、外国で手に入る習字の紙としては、まあまあ。 値段は・・・ 30枚で、日本なら100円のものが2ドルなので、高いとみるか、安いとみるかは、使うかどうかにかかているだろう。 で、それなりに私の場合は、これでリーズナブルだと思って買ったわけだが、帰宅してよく見ると、袋にある説明が、日本語・中国語・英語は、予測できるのだが、もう一つ、スペイン語が入っていた。 スペイン語圏でお習字が盛んなところというと・・・・どこだろう? 日系人がいるところかしら・・・やはり。 「日系文芸祭」のお手伝いをしたころは、スペイン語圏よりもポルトガル語圏の応募の方が多かったが、スペイン語圏でも、ペルーも、メキシコもアルゼンチンも、応募がなかったわけではなかったし。 いろいろに想像してみると面白いけれども、案外、たんなる社内事情だったりして。
May 3, 2015
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オンライン通信講座、gacco orgで 大航海時代のヨーロッパと、日本の文化交流について学んでいたら、キリシタン版の楽譜が、雁皮紙に印刷されているという一節があった。もっと前にも、洋紙は劣化するので、古い資料が残りにくいが、和紙に印刷、または書いた資料は、汚れもあらえるし、劣化をしないという話もあった。雁皮紙なら、私も、いただきもので仮名や草書を書くのにつかったことがあるので、以前に書いたものを取り出して、半分に切り、半分はそのまま、半分は水につけて軽くあらって、風呂場のタイルの壁にはって乾かして・・・乾いたところで比較してみた。こちらは、何もしなかった方の半分。こちらは、洗った方の半分。墨が上質でなかったせいか、少し流れ出しているが、紙そのものはびくともしていない。すごい。普通の紙でできた本だったら、ちょっと水にぬれたら、ページが膨らんでしまって、いたみ放題なのに。しかし、さすがに、和紙でできた大事な本を、洗ってみようと思うだけの探究心は、私にはない。「風呂で読む本」という、樹脂加工された紙の本があって、万葉の歌とか、近代短歌とかを、そのシリーズで買って、風呂で読んだことはあるのだけれども、さすがに、湯気にあたったくらいでは、なんの影響もなかった。水の中に入れたらどうなるか・・・これも、もったいないので実験はしたくない。そういえば、東京で、和紙で作った畳の広告を見たことがある。ちょっとあやうげに思っていたが、信用した方がよいのかもしれない。
May 2, 2015
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・・・・ という記事に、「全米」というとあやしいが、ほとんどの人が、お母さんの覚悟というか、勇気に感動していると思う。私も偉いお母さんだと思う。 子供の首から上をたたいたら、児童虐待になるという国(カナダもそうだが)で、背伸びしてまで、息子を叩いているし、しかもその息子も防御はするが、母には手をあげていないで、デモ隊から離れた。ふだんから、肝心なところの教育はできているのだろう。本気で手をあげれば、むすこの方が強いに決まっているのだから・・・。それにしても、こういう男性と結婚して、こういう姑ができたらちょっときついだろうなあ。この「息子」は、素顔がテレビに映らなかったからよいけれども、もし、映っていたら、ガールフレンドにふられただろうなあと、思う。ただ・・・・ うちの亭主は「これ、やらせじゃないか?」と言ってオリマス。「カメラ撮影のタイミングが良すぎるよ。」とか。でも、さらに、言わせてもらえば、私は、あれが「やらせ」であっても、構わないとも思う。「母親の在り方」について、みんなに考えさせたのだし。
May 1, 2015
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