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同じ時に同じ病棟に入院していても、感じていることはみんな違う。「血糖で死ぬことはない」と話している声が聞こえてきた。私はだからこそ怖い。ポーの一族ではないが死ねないことを拷問だと恐れる。ある患者さんが「糖尿は達磨さんが転んだで死ぬんやで」と言った。従兄弟には見せたくない言葉だが、事実おじさんは脳梗塞の麻痺と闘いながら片足を切断し更にもう一度上から切断し、そして残る足も切断し、そんな年月に耐えてやっと死を迎えられた。私に関して言えば、"達磨さん"度を増しながら数十年の期間を生きるのだ。
2004.04.30
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眠前血糖値50ジャスト。発作で目が覚めたらナースコールするという相談で、何も処置せずベッドへ戻る。努力の成果が見えて、R-14.R-14.3/7-14のインスリンが、明日からすべて11ずつに減量になる。最低限のインスリン量で食前血糖100以下に落ち着かせたい。どこまで減らせるだろう。深夜2時を過ぎても寝付かれず、早朝5時には起床する。「寝られないの、大丈夫?」と看護師さんが声を掛けてくれた。H医師は、「薬切ってるけど、どう? やれてる? 今までも薬効いていなかったかもしれないよ。気の持ちようかも。」と何度かそう言う。この言葉を先生の優しさだと私は貰う。どうせこれらの薬は復活させられない。ならば「薬がないから辛い辛い」と過ごすより、「薬は効いていなかったかも知れない。そもそもこんなもの~」と過ごす方が楽なんじゃない、という先生からの提案なんだと。先生にその意図がなくても…。入院後暫くの間、私は自己嫌悪モードだった。職場のスタッフに大きな負担を掛けること。ここ10年間で同じ理由の3度目 の入院。いい加減情けない気分だった。しっかりと計算された食事が運ばれて来る度、「こんなダメな私の代わりにご飯を作ってくれてありがとうございます」とつぶやいた。だが数日して自分の甘えた自己憐憫が鼻をついた。誰も私の代わりに生きてくれることも死んでくれることもない。この人もその人自身のために仕事をして調理してくれているに過ぎない。それでもその人が知らないところで、私にはこれ程ありがたい。恋愛のように、人生のうちの異常に大きなエネルギーレベルで関心を注がれなければ愛情を受け止めれないことは、とても不幸だ。「私は誰からも愛されたことなんか無い」と言って泣いている仲間に、S医師はいつも「あなたは十分に愛情を受けて来たんです。何故なら現にあなたはこうして生きている。赤ん坊は、本当に誰からも関心を与えられなければ絶望を受け入れ死んでいくのです。今あなたがここに居るということは誰かがあなたを愛してくれたということです」という。自分がそれを認識できないだけなのだ。病院食を調理している人を私は知らない。同僚から嫌われているかも知れないし、奥さんを傷つけているかも知れない。自覚できる範囲では自分を肯定できない状況にもしあっても、実は巡り巡って、想像できない遙か彼方で、糖尿病の私がとても助かっていたりする。貢献しようとか役立とうとかしなくても、その人として存在しているだけで、全体を成立させている1ピース分の意義を果たしているんだ。その小さいありがたさを感じられると、結果的に自分が完全無欠ではないことでナルシスティックになることから自由になれる。O医師とそんな話をした。
2004.04.29
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看護師さんのカラフルな聴診器が長~いグミキャンディーに見える。食べたい。とにかくお腹が減る。病気のことを理解していない患者さんに、「食欲があるなんて、ありがたいと思わなきゃ」と叱られた。うーん何か違うけど、まぁいいか。悩みを悩めている今、まさに生きているってことで、確かにありがたい。この空腹は低血糖発作による飢餓状態。眠前血糖48だった。看護師さんと頭を悩ませる。夕食前インスリンは3/7を14単位なので睡眠中にもっと下がって来るはず…。今は慣れるため砂糖紅茶は止めておいて、マリービスケット1単位だけ補うことにした。毎日がチキンレース!!妊娠中期~後期には更にインスリン抵抗性が増すが、肥満・高血圧・高脂血症・インスリン抵抗性のmetabolic syndrome(死の四重奏)が既にある私は、中毒症やPIH合併の軽減を目的に、現時点では少しでもインスリンを減らせるようにと挑んでいる。で、チキンレース。毎食後40分ずつ3キロ、合計9キロ、ナースステーションの周囲を歩く。元気だね~と言われるが…、本人はかなり怖い。50を切っても低血糖発作が出にくい今、看護師さんの目が届く所でなら昏睡で倒れてもすぐブドウ糖を点滴して貰える。でも院外や屋上でヤバクなったら……。外へ出る勇気ないよ。テキスト「女性の糖尿病診療ガイダンス」を愛読している。今回私は、糖尿病腎症第3期-A(顕性腎症前期)という段階で入院して来た。テキストによると、第2期(早期腎症期:微量アルブミン尿)までは妊娠可、私の第3期-Aで妊娠出産「病態や経過により慎重に考慮」。これが第3期-B(顕性腎症後期)になると、妊娠出産は「勧められない」となる。第2期~第3期では、増殖網膜症(失明を防ぐため、眼底をレーザーで焼く必要が出る)合併 60%、妊娠中毒症80~100%、早産50~100%、帝王切開70~100%だそうだ。でも、今ならまだギリギリ、チャンスは「ある!!」んだ。「死の四重奏(代謝症候群)」は、動脈硬化によって心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす……のだそうだ(テキストによると)。今回入院時の私の動脈硬化測定、右足17.3で70歳代前半相当、左足18.7で70歳代後半相当(標準値は、11.7±0.9。~13.5)。戸籍年齢は38歳だが、血管は70歳代前半~80歳前の人の状態。心筋梗塞を起こした際、危険な不整脈が出ると頓死してしまい、救急車や病院まで生きて辿り着かず、4割の人が亡くなっているそうだ。この伏線で「若くて元気だったのに急に逝っちゃった」パターンが待っている。そんな私が子どもを産もうというのだ。チキンレース?、喜んで!!
2004.04.28
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子どもの名前を考えて過ごす。根拠はなくても、子どもは女の子と男の子一人ずつの双子と決めて、名前を考えている。多分私が子どもを産める機会は多くない。ならば今回双子に恵まれようと思うのだ。思うことから全ては始められる。願ったものが全て得られると思うほど欲深くはないが、強く願わないで得られるものはそれ程無いと思う悲観主義者ではある私は、願いは強く強く意識して願う。子どもの名前も、だからこそはっきりと、男の子の名前と女の子の名前を一つずつ、本気で真剣に考えている。
2004.04.26
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いつも通り80という妊婦仕様の朝食前血糖でスタートしたのに、婦人科受診のため、いつもは歩く朝食後に歩かず昼食前を迎えた。186!? えっ 測定機の故障? もう一回測って同じなら諦めるけど…。高血糖状態のままいつも通りのインスリン量+昼食を摂った。てことはいつもは決められた運動(心拍数を一定にした一定時間歩行)をしていない昼食後に歩いてみたらかなり下がるってこと? と思い歩いてみた。夕食前血糖 56!低血糖発作対策でインスリン打つのを食後にして定時より早く夕食を持ってきてもらう結果に。歩くことさえもかなりデリケートなんだ…。眠前血糖 51。昨夜に引き続き低血糖発作を心配しながら就寝。入院前は極度に忙しく、車を片手で運転しながらTシャツの上から注射するような日々。一日合計56単位のインスリンを打ちつつもHbA1c 9%後半~10%前半という生活を続けていたので、食事時間に関わらず随時血糖は常に300~400。これだけ高ければ低血糖とは無縁だった。だが妊娠の可能性を考える今は身近だ。歩いたかどうかだけで100もの誤差がでるのに、「80で日常・50で発作・20で昏睡。天と地、その差30ずつ」というアクロバティックぶり。胎内で子を殺さないだけのことが、難しい。糖尿病を正しく理解するには勉強が要る。病人当事者でも、合併症がかなり目前にならないと自覚できない程だが、病名はよく耳にするので軽く見えるのかもしれない。仕事先の女性が、来院する度、私に痩せたね~と何度もいう。癌の人にも言うかな。私はかなりの肥満なのでインスリンの効きが悪く要減量なのは事実。だが、三食昼寝付きで楽なダイエットでもしているように見て「数日代わりたいくらいだわ」という。透析・失明・脳梗塞後の麻痺した体で、まだ40年以上もある平均寿命まで拷問人生を受け入れざる得ない日々を、是非代わって下さい。
2004.04.25
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かなり不愉快な出来事があった。だが、どう自分が対応・行動するかは、「不快だ」という自分の感情を仕分けしてみなければ、決められない。すっきりしたくてストレートに全ての感情を相手にぶつけたところで、同じ大きさの反発が返ってくるだけで、状況を更に重くする。何に対して自分が腹を立てているのかを明確にし、そこをいたわってあげられるのは自分しか居ず、他者に期待することはお門違いなんだ。相手には、その作業の後に、具体的な自己主張をし、現実をベターにするための擦り合わせをするのみだ。その協力分を、感謝!!する。とは言え、激しているとき、瞬時に冷静になるのは、まだ私には難しい。主治医が「イッパイイッパイになったときはね、…」と先日声を掛けてくれた。「僕らだって緊張することはあるけど、あたふたしてるうちに患者さん亡くなっちゃう訳にはイカンでしょ。そういうときは努めてシンプルに状況を捉えて、冷静になろうとするよ」。頑張って生きようとしている卵母細胞や精子という私以外の命がいると思うと、過食でダメージを与えたくなく、焼け食いならぬ焼け歩きをした。…眠前、低血糖ギリギリの数値になってしまった。「焼け歩き」も禁なの?!~
2004.04.24
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夜中、寝付かれない私に、「気が紛れるかも知れないから。気分だけ、だけどね」と看護婦さんが氷枕を持ってきてくれた。気持ちが嬉しい。朝5時に寝ることを諦めて起床。1度目の人工授精で妊娠できる可能性は余り高くなくても、妊娠が判明してから厳密な血糖管理を始めたのでは間に合わないのが糖尿病の母胎。1度目だろうが、妊娠した際を考えて、昨夜からは残していた全ての薬が打ち切られ、インスリンを増量し、「食前血糖100以下、食後120以下、HgA1c 5%未満」の妊婦基準を厳守!!結果は未定。でもこれが私の人生での「妊婦の私」。
2004.04.22
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薬抜き2晩目。鼓膜をざっざっざっと耳障りな血流が掃いていく。レンドルミン+カタプレスで押さえ込んでいた、懐かしい不快な時間。頭を枕に付けていられなくて頻繁に姿勢を変え、眠りが訪れるのを待つ。2時間毎に病室を巡回してくれている看護婦さんが、明らかに眠り方が違っている私を見て、「頑張れ!」と声を掛けてくれた。主治医と看護師さん達は、どうして私が苦痛な薬抜きに挑んでいるかを知っている。今朝の早朝尿で排卵の前兆であるLHサージが陽性になった。まだ空腹時血糖が180、頭痛やのぼせがあるけれど、明日朝、人工授精と決まった。http://www.petit-t.com
2004.04.20
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自分のことを話し過ぎて疲れた。サービスしないとと染み着いている低い自己評価の癖なのか、単に幼児的自己中心性で聴くスタンスに立てないのか。患者同士で話すと、エネルギーレベルがガクンと減る感覚に陥る。「努力は成功の素」ではなく、「努力すること、そのものが成功」。努力の結果に成功があるのではない。~したいと夢を見られたら、その“夢を見られたこと”自体が成功。夢願えて過ごせているその時間そのものが幸せ。以前そう教えてくれた医師(S先生)がいる。幸せは未来にあるのではない。今の幸せに気付く力量を育てられるかどうかなのカナ。
2004.04.19
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主治医より薬に関する指示があった。これから胎児が住まうであろう私の体内の大掃除。体内から残留薬物を抜く。約10年の治療生活、種類の変遷はあったが、血糖・血圧・筋肉などの薬・睡眠薬・抗欝剤・SSRIなど、合計16錠の薬を毎日常用してきた。SSRIは段階的に止める必要があるので錠数減量の指示。他は抗欝剤1種類を残し全て中止。逆に、インスリン抵抗性改善の為、肥満解消を助ける目的で2ケ月間中止していたインスリン注射を再開する。全ての薬が看護師さん管理となり引き上げられた。不安…。でも、私には今このタイミングしかチャンスはない。
2004.04.18
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卵管造影。「痛い~って言うのはいいから、動くのだけは止めてね。写真がブレるから」と、先に先生から声を掛けて貰っていたので、痛いんだとは思ってたけど、6年前に治療してたときもこんなに痛かったっけ~?!動かないように頑張っていたら、カテーテルが抜けた! 造影剤も逆流してきた!!6年間でかなり卵管が詰まりかけてる。痛かった訳だ。でも詰まり切ってはないらしい。夫の精子も何とか足りてるそうで、年齢・血糖コントロールから言っても今回の入院は貴重なチャンスなんだ、やはり。帰り、夫が四つ葉のクローバーを見つけてヒョイっとくれた。
2004.04.17
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内科の主治医(H先生)から紹介状を頂いた産婦人科(A先生)を訪ねた。木曜日だけが定休日で、土曜日と日曜日も診察日に設定してある。へーっと思った。過食症を診て貰っている開業医さん(S先生)は偏屈で有名だから、月曜日から土曜日までフル開業、その上、年に4~5回は祝祭日も。更に以前は隔週で日曜日まで……。勿論、休日救急当番の話ではない。世の中に、こんな偏屈な開業医さんが他にも居るとは思っていなかったな。自分の仕事の意味と意義に信念を持った人から感じる何か共通した信頼感。内科の先生(H先生)もまたそんな人だ。私って本当に恵まれている!
2004.04.16
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基礎体温計を買いに外出。2型糖尿病と不妊の因果関係に無知で、過食症と血糖のコントロールに付いて医師に伝えないまま排卵誘発剤を使っては、私の胎内で命が絶望し死んでいっていると理解したとき、自分を責め続けることしか出来なかった6年前。同じ機種だが今回新たにもう一度買い直した。2004年4月16日朝から、新しい基礎体温表を付け始める。今も過食症で2型糖尿病の相変わらずの私だが、少なくともあの頃のように無知ではない。今は、支えてくれる医師にも看護婦さんにも、隠すこと無く、ありのままの私で居られるようになれたから。
2004.04.15
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医師(H先生)から、不妊治療の話の、最終確認があった。夫婦揃って「お願いします」と答えた。かなりの苦しみが待っているらしい。仕事を立ち上げるときも、「大変らしいけどやってみるか」と取り組み始めたが、一番体力気力の限界だーという時期に、ここまで大変だと分かっていたら、気楽に「やってみないと分からないし、まあ始めてみようよ」とは言えなかっただろうなと思った。リアルにイメージできないからこそ取り組める、始められる。自分の懲りなさ、イメージ力の低さに感謝!
2004.04.14
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どんぶりの縁に括弧をひっかける畑美樹さんの句だ。面白い。 括弧ってみんな直線ではない。丸括弧、カギ括弧。すごく言いたいからこそ声が出て「 」。言いたいのに理性に押さえ込まれて言えない、それでも、言いたいから( )。もっともっと強調したいから〈 〉。特別なんだと言いたくて括るから【 】[ ]{ }。 言ってしまいたくて、でも言って良くなる見込みもない。唇寒くなるだけの人と接しながら暮らす。それが真実の鏡にあぶり出された、どんぶりという器ほどにちっとも特別ではない日常。 言葉がちゃんとお互いに届く友人など、生涯に二人思い出せたら、すばらしい人生だったと死ねるだろう。もし、三人も与えられたなら破格の恵み。 それ以外のほとんどの人は、川岸の風景のようなものだ。少しずつ目に入ってきてはっきり見えるようになり、そして後方に小さく疎遠になり、見えなくなる。今自分を取り囲んでいるほとんどの人は過ぎ去っていく風景。 括弧の中の言葉を、きっと、美樹さんは言わないんだろう。それで、どんぶりの縁に弥次郎兵衛みたいに括弧を引っかけて、わざと自分で揺らして見ているんだな。「へぇ~。このくらい揺らしても、結構落っこちないものなんだ」「言わなくても、あたしって案外壊れないんだな」
2004.04.13
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