2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全17件 (17件中 1-17件目)
1
昨日、監査が終わってから、内科外来へ。お仕事モードの私から、患者さんの私へ。 ふー。スタッフの言葉にショック。で、テンション上げて対応したから、どっと疲れて、外来待合室で1時間くらい待っている間、ぐったりしていた。 診察前の体重測定。あまり、変わっていなかった。よかった。 ここ15年、何度も20~30kg幅で、体重が上下している。もちろん、血糖も。6年くらい前、不妊治療を始めたけど、当時体重80kgくらい? 肥満糖尿の高血糖で不妊治療中止。数年後3ヶ月千葉大に再入院し、70kg切るくらい、HbA1cが7.5くらい、になって、「HbA1cが6.5以下になったら、不妊治療再開ね」ってことになったのに、また、リバウンド。また不妊治療、延期。そして、今年の1月下旬 85kgくらいで入院して、65kgくらいになったあたり、4月から、やっと6年ぶりに不妊治療再開許可となった。そして、今。外来で、先週からのIVF-ETの経緯を報告して、「この先、妊娠判定が10月12日予定で、でも、その前に生理が来るとしたら、9月29日あたりからで、……すごく、気になってる」とか、そんな話をした。「とにかく、何が原因なのか思い当たらないのに、イライラいらいらしてる。」「でも、まだあと1週間は入院しないで自力で頑張ってみようと思う。」と、話す私。パニクッている私を前に、主治医のH先生「過食の丼飯、美味しかった?」(全然……。)「どうせだったら、美味しいもの楽しく食べに行ってくれば。」(えっ)「内科の立場で言えば、意識を失うほどの高血糖にならなければ、いいよ。冷静に考えて、瞬間風速的に高血糖の時間があっても、着床障害や流産の原因にはならないでしょ?」(ならない……ですか? ですね? ほんとに? いいんですね?)「まあ、好きに好きなもの、楽しく食べておいでよ。血糖1000まで上がらなければ、許すから」私「先生、そうなんですかぁ。」私「…………、(力が抜けたぁ)」先生「でも、来週(診察予約日)の前に、パニクったら、外来来てね。明日も、金曜日も外来やってるから。」私「はい。」私「いずれにしても、2.3日内に、取り乱すだろうと思います。生理が来たら来たで、不妊治療の卵巣機能低下治療の今後のことを考えると、わめき出すだろうし、生理が来なかったら来なかったで、緊張して、日々、もう生理が来るか、今来るか、この下腹部の違和感は、ってどんどん、緊張感ピリピリしてくるだろうし…、いずれにしても、今週、やばい感じです。」 そんなこんなの話の後、H先生「じゃ、また来週ね。そうそう、今回のHbA1c、5.3ね。」私「えーー、毎日の血糖、ここ半月くらい、連日朝(100以下でないといけないところ)140くらいだったから、もっとHbA1cも上がってるかと思ってた。」H先生「まっ、最後にちょっと喜ばせてあげないと。はははは」 正式に妊婦さんになったら、5.3は喜べる数字じゃない(4.3~5.0。上限が5.0だからね)けど、妊娠確定前なので、一応いいらしい。 と言うわけで、早速、外来終わって、会計待ちしている間に、食べに行こうよ~ってメールを打つ私。この夜は、同じ過食してても、自分を責める重さが違うので、少し気分が楽だった。 しかし、もう数年前に、今ほど必死になっていたら、高年齢不妊の卵巣機能低下に怯えなくて良かったかも知れないのになぁ。不妊治療中断の6年間、30歳代の6年って、不妊治療している人にとって、どんなに大きな6年か、今になって身にしみる。 数日前まで、この不妊で頭が張り裂けそうだったけど、ふと少し楽になった。何かの本に、「後は担当医師の手技技量の差もかなり大きい」と書いてあるのを見つけたの。そうか、私、自己評価は低いから、自分の身体能力を考えると、悲観的にばかりなるけれど、先生の手技技量の差って言われると、あら、ならOkなんじゃないの、もしかして…って思った。不妊治療を担当してくださっているA先生は、少し前まで、内科でお世話になっている総合病院の産婦人科部長だった先生で、私には別に業界にコネもないし、病院やお医者さんの内情を知る情報源もないのだけれど、内科のH先生がA先生のことを、すごく尊敬信頼しているのが、言葉の端々から分かるんだ。それに、一緒に総合病院で働いてきた看護師さんたちが、A先生のクリニックにたくさん患者として通っているの。内科入院中お世話になっている病棟看護師さんと、A先生のクリニックの待合室で、あったりするし、内科病棟入院中に、病棟から、A先生のところに通っていくときも、看護師さんたちが、すごく、(よかったね、A先生のところで)って雰囲気している。なんだか、私の体の不出来は棚に上げて、A先生の腕がいいから、もしかしたら、悲観的になりすぎなくてもいいかも、って思えたの。それで、ほんの少し、気分がゆっくり出来た。 4分割卵をETした場合、着床するしたら4.5日目だから、私の場合、着床できているとしたら25日(土)か26日(日)だった筈だし、今、結果が私に認識できないだけで、第一ラウンドの勝負はもうついている筈なんだから、考えすぎない、考えすぎないでおこう。で、もし、取り敢えず妊娠できていたら、それから、考えよう。流産しないように、必死になろう。せっぱ詰まるのは、生理が来てからか、妊娠判定が出てから、でいい。どうせ、その後は、どう言っても、頭に血がのぼるのだろうから。 と、あれこれ、理論武装して、自分の気分を紛らわせているのでした。
2004.09.29
コメント(4)
監査二つ目。 現在、常時保育をしているところは、大きく分けて2カ所。先日監査があったルームと、地元の中核総合病院の中にある院内保育所での保育業務を請け負っている。 今日は、院内保育所の年一度の監査の日。 すべてにおいて、「問題ありません」とのこと。はっきり言って、すごいですねって。小さな認可って感じですねって。すごいってほめ方が、「小さな認可みたい」ってことは、認可外ってそんなにヒドイのかってみんな思うかも知れないけど、考えてみて。お母さん達から徴収する保育料以外に、年間1億円近くも貰って、運営しているところと、その一億円が全くないところが、同じ土俵に立っていて、要求されることは、認可より厳しい。お母さま達にとって、認可で出来ていることが出来ないと「やっぱり認可外はね……」って不満要素になる。その上、認可には出来ないこと「24時間保育、自由時間登園、送迎介助、入浴、……」も、「わざわざ認可外に来てあげてるのは、認可に出来ないことをやってもらうためでしょ」って、要求される。それを、クリアーしてみせるところに、新規開拓の意味があるのだから、承知の上だけど、やっていることの大変さ、分かっているひとって殆ど居ないんだろうな。それを悔しくも思うけど、逆に、今チャンスを掴んでるって嬉しくもある。誰も、分かっていない、気づかない、大変なことを、黙々と積み上げていく、そこに、他がなかなか追いつけなくなっていく差別化が形作られていくので、私にとっては、その大変さこそが、ラッキーなんだけど。 監査に入った担当者に「ってことは、どんな小さな託児ルームとかでも、届け出義務のない自宅開業でも、営業していることが行政に分かった段階で、監査に入るし、指導も受けるのですね。うちは、この監査基準を全部クリアーするの、かなり必死で大変なんですが、みなさん、この要求に応えていらっしゃるんですか?」伺ってみると、「どこも、ほとんど、出来ていませんね」という返事。 よそさまに出来ていないことを、うちはクリアーしています!!!って、大声で告知しなくても、結果的に分かってくださる方が、うちを選んでくれるので、数字や結果は後からついてくる。 監査に立ち会われた、病院の総務課長さまにも、うちを選んでくださっていることの、外部評価を知って貰えて、それはそれで、良かったと思う。 監査や行政を目の敵にしている経営者もいるけど、それってもったいない。私は、例えそれが、行政の保身のための、90%無駄な要求であっても、その保身の末に、残りの10%は、やはり子どもを守ることに役立っていると考えて、まず、行政に文句を言う前に、要求されたことを満たす努力をした上で、発言しないと、相手の懐に入っていくことはできないと考えている。法令遵守って、経営者にとっては、そういう問題。 さて、それはそれで、よかったんだけど、その後に、かなりショックなことが。監査の後、みんながよく頑張ってきてくれたからだねって話をして、感謝の気持ちを伝えていたら、スタッフは、【当然でしょ、私たちすごくやらされてるし、頑張らされてるし、オーナーの仕事押しつけられてるし、】って自負心まんまんで、あるスタッフから、「病気とかって、結局、○○(←私の名前)が、みんなに迷惑を、かけているってだけですよ」って言われてしまった。 かなり、傷ついた。経営者って孤独。いつオーナーの仕事してくれたって。支払いの為に、金策で借入に走れって言ったか?自分の命で借入返すだけの保険に入って、どうしてもダメになったら、私の替わりに自殺してくれるんかい?(私は、経営破綻したら、死んで保険金作る覚悟。)根回し、営業、収支のバランスをとる仕組み作り、そういう次元のこと、何かやったか?ただ、私は、誰にも、指示待ちで居させることは認めてないだけ。各自、一人分の責任持った自発的な仕事をして貰う、その要求だけ。それが、今まで、指示待ちでしか、仕事したことないひとたちには、とんでもなく、すごいことを要求されてると感じるんだろうな。他のルームの経営者で、夜勤を全部一人でやってるとか、スタッフに対して、パフォーマンスすると、確かに目に見えて、「上も頑張ってくれてるから」ってなるけど、私のように、病院に行ってばかりで、全然仕事をせずに遊んでるって思われてるのって、そう思うんだろうなって。でも、そう言うところって、結局、本来の「経営」の仕事を経営者がしていない気がする。で、数字もついてこないから、サービス残業の嵐に、保育をするよりチラシ配りみたいな日々になる。そうならないように、仕組みを組み立て、根回しをし、営業を打ち、方向性をジャッジしって仕事、それが経営者の最低限の仕事だと、私は考えていている。でも、ほかの経営者のもとで、サービス残業にチラシ配りの日々って思いをしてきていないうちのスタッフは、それが分かっていない。 ふざけんなって、思うけど、そう思う私が傲慢!!!! なんだ、と、自分と向き合う。経営者は、全て、自分が悪い、自分を変え育てるためのきっかけを貰って、ラッキーと受け止めることが出来なければ、資質がないって、尊敬する経営コンサルタント福島正伸先生はいつも教えてくれている。 ふざけるなって言うより、単に私にだって感情はある。かなり辛くて、涙出そうになった。全く無から、作り上げてきたわけで、みんなも苦労しただろうけど、私も苦労し倒した。でも、経営者が苦労するのは当たり前で、切り捨てられる。1ヶ月丸々声が出なくなって、ずっと毎日発熱していて、睡眠不足で交通事故おこしながら、病気を激悪化させながら、主治医に、「透析突入するよ」って言われてたのが、「透析になるところまで生きてなくて、このペースの生活を続けてたら、40歳になるまえに、ころって逝くよ。」って。(動脈硬化が進んでいて、私の場合、体内年齢80歳前くらいなの。糖尿病の合併症による心筋梗塞で、死ぬよって、主治医が……。それで、半年間くらいは、死んでもいいから仕事したいので、体の苦しさを感じないで、仕事を続けられるよう、覚醒剤と同じ効用の薬を処方してくれって、主治医に言い続けた。で、苦しくて頑張り続けられなくなって、昨年12月にとうとう入院を承諾。今年1月からの入退院繰り返し生活へ突入した。)借金して、みんなに給料払ったら自分の収入なんてないし、持ち出しばっかり。それで、入退院の繰り返しになっても、誰にも、労われることもなく、「病気とかって、結局、○○(←私の名前)が、みんなに迷惑をかけているってだけですよ」って蔑まれるのか~。 夢を持って、その為に歩き出して、自分が声を上げた張本人、経営者になった途端に、労われることなどなく、誹られるばかり。全ては、「だってあなたがやりたくてやってるんでしょ」。しんどい仲間達のために、しんどい子どもがしんどい大人にならないように、少しでも役に立ちたい。そんなやりたいことを見つけて、走り出したら、すごく孤独になった。 経営者といえども、感情もあり、傷つくし、人間なんだけどな。悲しくて、夜中に目が覚めてから、また、思い出して、朝まで眠れなかった。
2004.09.28
コメント(5)
昨日は、騒いじゃいました。心配かけて、ごめんなさい。 少し落ち着きました。明日、内科の外来です。もう一週間、入院しないで自力で頑張ってみたいって、先生には話そうと思っています。生理が来るなら、その一週間の間に来るだろうし、この間に生理が来ないようなら、他のことはなげうって、完璧血糖管理に突入した方がいいだろうし、もう一週間。それで、気持ちの持ちようも変わってくると思うから。今のままじゃ、どこに向いているのか分からない感じなんだ。 さて、その間、何とか自宅で乗りきりたい。で、治療食のはなし。 セシールの通販で、糖尿病の治療食を扱っています。東京に住んでいたときは、むさしの食品という会社が、治療食を宅配してくれていて、とってもお気に入りでした。でも、資料を取り寄せてから、実際に注文するまで、一年以上悩んだかな。だって、やっぱり、高価だから。でも、自分で作った方が経済的って言いながら、カロリーオーバーで結局体に負担をかけ続けて、治療費が嵩むくらいなら、自分で自分の体を守ってあげることに投資してもいいんじゃないかと、考えるようになって、それからは、ずっと毎日。クリスマスには、小さいけれど、チョコケーキもついたり、お正月にはお節っぽく。素材だけの宅配じゃないし、冷凍でもレトルトでもなく、本当にしっかりとした病院食状態。ありがたかったなぁ。一日3食全部頼んで、仕事に行くときにも、昼食分をお弁当に持っていく、そんな生活をしていました。 今住んでいるところには、むさしの食品みたいな質の高い治療食宅配が無いので、とても残念。 そんな中でも、セシールの通販で購入してるので、少し助かっています。2パターンあるよ。 ニチレイのレトルトは、一食320Kcal(主食抜き)。これは、私には余り美味しくないかな。で、320Kcalは320Kcalなんだろうけど、食後の血糖の上がり方は大きい気がします。次の食前血糖も、まあまあかな。今は、人と外食はしなくていい(付き合わなくていい)けど、うちでは食事を取れない予定の外出の際、常温で持ち運び出来るので、1箱、お弁当として持参するって使い方をしています。でも、車の中で、温めもせず、レトルトパウチから直接割り箸とプラスチックスプーンで食べる姿は、餌状態。もうひとつ、セシールで買っているのが、ピュアーバランスって冷凍食。こちらも320Kcal(主食抜き)。これは、かなりのお気に入り。メニューも豊富。とっても美味しい。入院中の治療食と比べても、そこそこボリュームもある。これ、本当に320Kcalでできる?って、目分量カロリー計算したら、不安になるけど、食後2時間血糖値も、次の食事の食前血糖値を測っても、かなり優等生な数値が出る。やっぱり専門職が計算して作ると、違うんだろうな。逆に、旦那が野菜炒めとか、これでどうだ粗食でしょって感じの食事を作ってくれても、素人が作ると、調味料とかに無頓着だからかな、食後2時間血糖値とか、ドッカーーンと跳ね上がる。むさしの食品のときも、トンカツやすき焼き、カレー、八宝菜とか、だったときも、普通の調理法とは違えて、満足させてくれながら、カロリー、塩分、栄養バランスの3点を、すべて満たしてくれてたな。 自分一人のときで、過食モードではないときは、このピュアーバランスの冷凍治療食で、ペースを確認。 ペースを取り戻す練習にする。 今の、本来の私の指示カロリーは、1食400Kcal(1日 1200Kcal)で、表1(炭水化物)が、一食2単位(160Kcal)。なので、普段、自宅調理の場合は、ご飯100gが一食なんだけど、ピュアーバランスを食べるときは、表1をこのまま食べると、一食80Kcalオーバー、一日に、240Kcalオーバーになるので、ご飯は、一食50gにしています。(うちは、炊飯器の横に、はかりを常備してあるの~) もし妊娠できても、糖尿病肥満妊婦なので、指示カロリーは殆どこのままだよ。増やしても、妊娠中前期~後期まで通して、1500Kcal。「30Kcal×標準体重(私の身長だと150センチなので、50kg)=1500Kcal」 ちなみに、肥満治療の生活をしていたときは、1年くらいは、一日700Kcal(栄養バランス計算して)の食事を続けていたんだ。その後、体重維持の時期は、一日1100Kcal。だから、今の食事は、少ない方では無いはずなんだけど、過食に慣れちゃうと、……だめだねぇ。 と言うわけで、暫く、自分の精神安定の為にも、出来るだけ、毎食、ピュアーバランス生活で、とにかく1週間、乗りきりたいなぁ。 昨夜より、少し、前向きになったでしょ。ぼちぼち、歩いていかなくちゃ。************************* 今、夫が新聞を持ってきた。小さく、仲間の死亡記事が載っていた。昨日の朝、車で海に。1時間半後に引き揚げられたけれど、亡くなっていたそうだ。記事には水死としか書いていなかった。でも、風さんの家からは、わざわざ目的を持ってでないと、そんな時間にそんな岸壁に立ち寄る場所じゃない。 私が追い詰められて苦しくて、一日の過食嘔吐が7回ペースくらいになり、仕事も舅姑たちとの同居も、とにかく、頑張りきれなくなって、病院をかわったり、自殺未遂を繰り返したり、泣きわめいていた頃、夫と一緒に通っていたACA,ACODAの仲間だった。風さん、あれから何年かな。みんな、しんどい中を毎日一日一日なんとか生きてきたね。あれから、ずっと頑張ってきたんだよ。昨日の朝。それを、意気地なしだなんて思わないよ。昨日の朝まで、頑張り続けてきたんだって、分かってるよ。昨日の朝まで、ずっとずっと、ずっと。ずっと頑張ってきたんだ。お疲れさま。よく生きたよ。風さん、私たちは、よく生きたよ。出会ってくれてありがとう。お疲れさまでした。
2004.09.27
コメント(3)
吐いちまったよ。階段の登り降りすら注意!の着床待ち時間。結果待ちまでの間、せめて着床の邪魔をしないことくらいしか、私が頑張るところなんてないのに……、何で食べてるのか分かんないよ。美味しくない。一定以上はちゃんと食べてるから空腹過ぎてって訳じゃない。食べたい物があるわけでもない。怒り爆発で、暴力的なすごい衝動の波が来ているわけでもない。なのに、何で食べてるの?とにかく、閉塞感と、イライラと、期待したり、絶望したり、自暴自棄、やけになったり、全部ひっくるめて、もう嫌だって意思表示で、食べてるんだろうけど、うん、そう、閉塞感。本当に、じゃあ、やめますか? って訊かれて、みんなの援助を全部引き上げて欲しいかっていうと、「ごめんなさい。愚かだけど、見捨てないでください。すみません。」って本当に思う。甘えた自分を何て言えばいいのか、説明できない。失望されて、見捨てられるのが怖い。というより、失望され見捨てられるに値するダメな奴だと自分でジャッジしてるから、他の人もそう判断するだろうと思って、怖い。だから、診察に行きたくない。夫は、「最悪の事態までこじらせる前に、入院させて貰った方がいいよ。病院はシェルターなんだから。」って言うけど、自分が悪い、100%私が悪い、と思っているから、後ろめたい。どんなに、落ち込んでも、食っても、生理が来るまでか、妊娠確定するまで、(子宮を収縮させない。息まない。そのために、)吐かないって決めてたのに、さっき、吐いてきた。昼真っから、チョコレート二箱食べても吐かなかったのに、夕飯後、普通に食べた後から、どんぶりにご飯をモリモリにして、ドレッシングとかをかけて、かき込んだ。すき焼きのたれで、一杯。ステーキのたれで、一杯。ハンバーグソースで、一杯。ちくわ、くずきり、スティックシュガー3本。夫用の、ミックスナッツ5袋。後、何食べたかもう分からないよ。見てるのが辛いって、夫が悲しい顔をする。血糖値に関して言えば、今更、吐いたところで、焼け石に水なのは分かってる。だったら、着床の邪魔をしないように、吐かずに、納得して、自分のやったことに責任持って受け止めて、黙って寝ればいいのに、八つ当たりなだけ、誰にも何にも八つ当たりできないから、やっちゃいけないと思っていることを、やってしまうことで、八つ当たりしてる。吐いちまった。冷静に考えると殆ど無意味な、自己満足の嘔吐。友人から、「ストレスが溜まっていて、しんどい。話がしたい。」って先日メールが来たのだけど、ごめん、返事送れないよ。電話も出来ないよ。今、人の話を聞けるような私じゃない。のるかそるかの結果待ちをしながら、何とか、日にちが過ぎて、これにバランスとって、少しでも脳みそに隙間が出来たら、ちょっとでも、最低限の、仕事のことを考えろって感じで。もう、ごめん、ごめん、ごめん。友達も、先生も、みんな、ごめんなさい。
2004.09.26
コメント(6)
食べている、食べている。食べ倒している。とにかく、食べている。でも、吐かない。いきんで子宮が収縮したら、着床を阻害するかも知れない。そう思うと、血糖が上がり、体重が増え、インスリン抵抗が上がっても、生理が来るまで、又は、妊娠判定の日まで、吐かないと決めている。でも、ストレスがかかると、食べる。たががはずれている。 本日、年に一度の、行政による認可外保育所監査の日。オープン2年目なので、2回目の監査。 オープン準備の頃や、オープンしたての頃、あからさまに行政の窓口などで、私たちは害虫でも見るかのごとく、毛虫のように嫌われていた。認可外保育所。認可して貰えないから認可外をやってるんじゃない。「認可を受けると、できないことで、どうしてもやりたいことがあるから、貰う道を選ばないのだ」ってことを理解して貰えない。それは、24時間保育。 立ち上げ準備をしていたとき、隣町の市役所に勤める学生時代の友人が、「夜中まで働かせられる人がかわいそうだ。労働者を酷使する資本家だ。みんな家族があるのだから、夜中くらい働かせないでも良いじゃない」って言うんだ。私は、「だったら、あなたの子どもが夜中に急病になっても、病院にお世話になるなよ。病院には、夜中に働いてあなた達を助けようとしてくれている人たちが居るのに、その人達の恩恵だけ当然の顔して受けて、そう言う人たちには、子育てできる環境を整備しない。3kどころか8k(きつい、きたない、……、結婚できない、子ども産めない)と、看護婦さんたちは嘆いているのに、自分にはぬくぬくとマイホームに子どもが居る暮らしで市役所勤めで一番楽な時間帯しか働かなくて、一番美味しいところ取りの生活をしてること、何とも思わないの?! それこそ、人の幸せと犠牲を搾取して暮らしてるんだよ。」とむかついたけど、口に出しては言わなかった。既にそれがイメージできないからこそ、その無理解な言葉になるのだから、そう言う人に、言ったところで、理解する能力は期待できない。無駄なのだ。ペイ イット フォワード涙が静かに流れるくらい、人に何かを頂いたことがなければ、静かにひとへ何かを差し上げようとは思えないんだろう。私は病気をしてから、先生や看護婦さんや、何よりも仲間たちから、ありがたくて嬉しくて、涙するようなものをたくさん貰った。だから、私も次の誰かに、静かに何かを渡していきたい。収支上、利益を考えれば割に合わない苦労をしながら、24時間保育所を成立させている。先日、「阪神淡路大震災で、ボランティアのひとが力を貸してくれて、そのときうどんを振る舞って貰った。だから、今回の台風水害のことを聞いて、高松へボランティアに来ました」という人がいらした。ペイ イット フォワード。私の保育所と同じだと思った。 私がお世話になっているAレディースクリニックは、土日も診察している。朝も早い。夜も遅い。私にはとてもありがたい。排卵のタイミングでも、「あー、残念だね。今日は休診日だから、今月は家でタイミングでやっといて。また来月ね。」なんて言われたら、たまらない。でも私は初めてAレディースクリニックへ行くまで、今までの病院のイメージだったら、そう言われてもそんなものかなと思っていただろう。医師会に入ると、日曜診療が出来ないらしい。正確には、出来ないわけではないが、やりにくい。そこで、患者さんのことを本気で考える先生達は、敢えて医師会に入らない道を選ぶのだと聞いたことがある。24時間保育をやらなくては! と思っている人たちが、確信犯で、認可を受けないで税金をふんだんに貰う恩恵に背を向けてでも自立して行こうと道を模索するのと、似ているなと思う。 先日、地元の新聞でうちの保育が紹介された。それまで別に、職業を書いたプレートをぶら下げて通院していたわけではないので、私の個人的なことは知らなかったAレディースクリニックの看護師さんたちが、「新聞見たよーーー。うちのO看護師さんの○○君がお世話になってるんだよー。」って声をかけてくれた。「土日も出勤があるし、早出の日も、遅出の日もあるから、助かってるんです」と。 卵が先か鶏が先か。うちがあって、それでA先生のところで働ける。そのことで看護師さんは助かってると言ってくれるけど、そんな看護師さんが居てくれて、先生をサポートしてくれて、A先生のクリニックが運営されている。そのことに、私がすごく助けられてる。 それ以来、注射を打って貰いながら、看護師さん「本当に助かってます。お世話になりますー。」私「こちらこそ、本当にお世話になっていて、ありがたいですー。」って、不思議な会話が繰り広げられている。 さて、今日の監査、ほぼ全項目 「適」!!!!改善指摘は、衛生面で、「子どもがトイレから出るところに足ふきマットでも置いてください」とのことだけ。「おおむね、よくやってらっしゃいますね」!!!!!!!(気持ちの中では拳を握って、ガッツポーーーーーーズ!)文句あるなら言って貰おう、全部クリアーしてみせる。そんな意気込みでやってきた。オープンから2年目にして、行政から、「よく頑張ってる」って言葉を引き出せたなんて、立ち上げ前のあの逆風の中、一緒に走り回ってくださった設計士さんや不動産屋さんやみんな、見ていてくれたひとに、報告したいくらいです。 先生達が、毎日毎日積み重ねてくれたことの結果だよ。 でも、ま、その監査後、今日もまた病院で今日もhCG注射を打って、雑用をして、家に帰ったら、どーーーーっと「リセット欲求」が出て、食べる食べる食べる食べる。もう、たががはずれ、ダム決壊状態で食べる。でも、吐かない。 この1.2週間でどういうことになるんだろうか……。「食べる」以外の「リセットボタン」を持っていないことが問題なんだよな、私の。
2004.09.24
コメント(6)
ここのところ、日記に旦那ちゃまが登場しない。私の日記を読んだ後、「お医者さんと看護婦さんは出てくるけど、自分は出てこない。ETの後も、電話したのに、その場面もない。丁度A先生のところから出たところで、いいタイミングで電話があったとか、出てこないよ~」って、旦那ちゃまが拗ねている。先生や看護婦さんとの場面のように、会話文で出てこないと寂しいらしい。そう言う場合、以前S先生から「まあ、旦那さんは、彼女の人生にまだ登場してないのですよ。出番はまだ先ですね」って言われたしね、ってところに話がいく。確かに、いつも、仕事だったり、病気のことだったり、子どもを授かることだったり、何かしら「目標」のような、そのときそのときの、「一番の関心事」がいつも私の日常にはあって、旦那ちゃまの存在が、「一番の関心事」にはならないんだな。それは、家族なんだもん、根底の、大事な存在ってことで、もう「一番の関心事」に向かう前提のような大事さなんだけど……。そうは言っても、やっぱり何だか寂しいらしい。 ETをしてから、「パソコンしすぎて疲れたらダメだよ~」とか、「早く寝ないと~」とか、「無理しないようにな~」とか、「階段気を付けて」とか、すごく大事に声をかけてくれるの、嬉しいんだよ。ただ、その優しいのが日常だから、ありがとうーってすごく思っているけど、日記の話題にはならないんだよね。やっぱり、「一番の関心事」じゃないんだね。ははは、はは。ごめ~ん。
2004.09.22
コメント(4)
忙しい一日だったよ。こんな日に限って予定がいっぱいある。動かせない予定。採卵した卵が、ちゃんと受精卵になってくれていたら、子宮に戻す(胚移植 ET)が、今日。これはタイミングの問題なので、何よりも優先。糖尿を診てもらっている内科の診察予定があって、インスリンの注射針が足りなくなっているので、(いけないことだけど、以前使い終わった注射針をもう一度ずつ使ってしのぐとして、)予約変更して、明日にしようと思ったけど、先生予約いっぱいで変更できなかった。で、無理矢理に、待つのを覚悟で、午前中に割り込み診察。外来に並ぶ。(予約があっても、待つから、同じかな。みんな待つと怒るけど、千葉大病院第二内科でお世話になってから10年以上、何処の病院でも、予約有りの状態で、2時間くらいは平気で待つから、そんなモンだと思ってる。 医療のお世話になっていると、先生や看護師さんスタッフが、どんなに忙しくて酷な状態で働いてくれているのかが見えてくるから、のほほんと病人をしていてゴメンって思う。そして、ありがとうって。だから、外来で待っても、文句を言う気にはならない。 そうそう、待合室で、声をかけてくれる人がいるので振り向いたら、病棟の看護師さんだった。夜勤明け、自分の便秘薬が欲しくて、診察を待っているそうで、すごく眠そうなのに、笑ってくれる。「○○さん(←私)の担当になる日は、すごく楽でありがたいんだよ~。全部自分で測って置いてくれるしね~」って笑ってくれた。(ちょっと、嬉しい~)そうなんです。ちょっとでも、看護師さんの手間が減らせたらいいなと、この病棟に入院しているときはいつも、その日の体重とかトイレの数とかを、一目で分かるような表にして、毎日自分で書き込んであって、そのときに、熱、血圧、脈とかも、測定機器を借りて自分で測っておくのです。そんなことしかできないけど、いつもお世話になっている看護師さんに、少しでもの、感謝の気持ち。 さて、外来。ここのところのデータを見て、気持ちもへこたれぎみの私と話して、内科のH先生は、「そろそろ、また入院を考える?」って提案してくれる。 先日来の、やけくそで、血糖値は毎日確実に成長(?)して、高くなってきているのです。 でも、午後に婦人科のA先生のところに行ってみないと、結局今日のETがどうなるのか、その後、次はどんな動きをすればいいのか、これから、3.4ヶ月カウフマンってことになれば、血糖管理が維持できにくくなるのは、想像に難くない。でも、今は、何にも判断できない。で、一週間後にもう一度、内科受診して相談することにしました。H先生「とにかく、A先生のところ、行っといで」と、帰り際に声をかけてくれました。何て言うか、子どもが受験とかに行く朝に声をかけてくれる感じかな。 さて、急いでA先生のところに到着。3分遅刻。すぐに診察室に通され、先生はパソコンの画面を開いている。A先生「受精しとるぞ。こんな感じ。昨日の画像やけど、きれいな2分割卵。それが、こんな感じに(と4分割卵の画像を出してくれる)」私「わーーー。」 胚盤胞まで行けることが多いひとや、8分割卵をETするのが常になっている若い人には、2分割卵や4分割卵を喜ぶか?って、思われるかも知れないけれど、私にとっては、取り敢えず、私由来の卵と旦那ちゃま由来の精子が受精して、分割(生命活動)している一つの個体が、小さいながらそこに誕生しているって、そのことに、すごく感激してしまいました。 たった一個のその受精卵を、お迎えに、「待っててね、今迎えに行くからね」って思いながら、すぐ手術室へ。 無事、ETは終わりました。今、お腹の中に、着床してくれるかどうかはまだ分からないけれど、とにかく、私でもなく夫でもない、二人由来の命がいるんだな。 居心地悪くて、去っていくのかな。居てくれるのかな。 うちに帰ってから、呆然としていて、これからの予定を考える。考えたところで、頭が回らない。3日ごとにhCGの注射に行く。毎日薬をのむ。でも、おかしなことに、現実味がなくて、血糖管理がんばろ~っていう風に、元気な気持ちにならない。やっぱり、食べてしまう。大根を2本すり下ろして、全部食べ、キュウリを大袋全部一気に食べ、その内、タンパク質類も、炭水化物も、見境なくなる。どうなってしまってるんだ、私。でも、2階で寝ているのだけど、1階にあるトイレに行くのに、「着床の障害にならないように、階段の上り下りはゆっくりと」って思いながら歩いたりもする。何というか、このアンバランス。ふ~そう言えば、ETが終わってA先生のところから帰る際、A先生「きれいな受精卵になっとったな。(それを聞いて喜ぶ私) ま、きれいやからって、いいって訳じゃないけど。」私「喜んでいいんですよね」A先生「(ちょっと声が大きくなって)当たり前や。悪いけど高齢になったら、採卵したときにすでに変成卵でどうしようもないってことも多いんやから」 そうか。そうだよね。そんな条件下で、この結果なんだから、ありがたいよね。って喜んで舞い上がっていたので、その後の先生の話、あまり頭に入って来なくて、頭上を流れていったけど、「これから2週間は、まぁ、あんまりカリカリせんと、楽に過ごしてや。」と先生。 気分の浮き沈み、激しいなぁ。それが食に直結して、血糖に直結する。どうなるんだろうな。
2004.09.21
コメント(13)
今朝、無事1個採卵してきました。今日は、浮かれていましょう。めったに、そんな喜べる気分は訪れてくれないのだから。こんなときくらい、目一杯浮かれていましょうよ。 採卵当日まで、排卵してしまっていなかった。よかった。採卵してみたけど、空卵胞で核が無かったって場合も覚悟していたけれど、処置後ベッドで休んでいた私に、A先生が外来診察を始める前に「ちゃんと、卵、入っとったぞ~」と声をかけて行ってくれた。「やった~」思わず、顔の前で手を叩き、ロックコンサートの観客のように、ドラえもん風の拳を頭の上で3回振って喜んでしまった。A先生「そんな、はははは(呆れ笑い?)」39歳にして、かなり恥ずかしかった。 こんなに、途中から発育のスピードが落ちてしまった卵では、受精や細胞分裂、着床や妊娠継続に関して、あまり良い結果が出にくいということは、承知している。まして、採卵数は1個。無事分割して受精卵になっても、ET(胚移植)で子宮に戻せるのは、当然最高でも1個。妊娠出産までこぎ着けられる確率はかなり低い。 もっと年齢が若くて、卵巣の機能も良く身体的に健康なひとであれば、このような条件の場合、こんな周期は、体外受精(IVF-ET)をキャンセルすることが多いということも知っている。もっといい周期を待つのだ。 しかし、私には時間がない。待っていれば、この周期よりずっといい周期がまた巡ってくるとは、楽観視できない。1回1回のチャンスを、諦めずに大事にするしかない。 だから、私にとっては、「無事! 1個採卵!!」なのだ~。人によっては「失敗周期」とも取れるかも知れないこれは、私にとっては、浮かれて過ごす「100点満点」。 細胞分裂しているかどうか、受精卵になってくれているかどうか、ET(胚移植)できるかどうか、それには、後日また向き合うことにしよう。そのときそのとき、喜び、または、受け入れ、次に向かって顔を向けて……。 昨夜、排卵してしまっていて採卵できないのではないかと緊張していた、今朝、採ってみたけど空卵胞だったから卵はとれなかったので今周期はこれで終了になるのではないかと心配していた、少なくとも、その不安ひとつひとつの要素については、喜びの瞬間を貰った。そのひとつひとつを、喜ぼう。 今頃、私の卵ちゃんは旦那ちゃまの精子君とどう過ごしているのかなぁ。結果的に相性が悪かったとしても、とにかく、卵ちゃんと精子君が出会うことは出来たよね。よかったなぁ~。さて、休んだ後、もう一度内診して、腫れていないかなどをチェックしてガーゼを抜いたりの処置をした後、今日持って帰る薬のことや、ETの日の予約などを診察室で確認。その帰り、A先生「でも、採卵1個でちょっとさみしいからなぁ、今日の支払い、採卵8万、培養7万にしとくな。」「あっ、1個でも悪いって訳ではないで、寂しいってだけで。」 先生、気を遣ってくれてる。スミマセン。ありがとうございます。ただでさえ、A先生のところ体外受精(IVF-ET)20万円で安いのに、15万円にしてくれるってことだよ。体外受精(IVF-ET)は保険診療ではなく、自費診療だから、助かるな。 その金額以上に、不器用に気を遣ってくれる、先生が嬉しいです。
2004.09.19
コメント(6)
NPO法人わははネットさんが、親子で過ごせる広場を高松の商店街に開設した。坂出の商店街の「わははひろば」に継いでのオープンだ。 オープニングイベントへお祝いに寄らせて貰った。以前、私たちプティット高松木太ルームを取材してくれた朝日新聞の記者の方がいらしていて、久しぶりにお話をした。「お祝いしたいと同時に、こういう形の場所が出来ていくことに、どこかライバル的な複雑な気持ちはありませんか?」と質問されて、自分の中をスキャンしてみる。飾って言うわけでなく、全くなかった。「私は自分がスーパーマンだったらどんなに良いかと思ったことが何度もある。私がスーパーマンで、どんな人のどんなことへも対応できる力量があるなら、全部やってあげたい。そんな自分でいられたら、と思うけれど、私にはそんな力はない。うちで出来ることと言えば、お子さまをお預かりすること。それが精一杯。私たちの力の全力を尽くしても、働いていて『子どもといっしょに時間を過ごしてあげられない』親御さんとその子どもたちのために、やっていきたいことの数%しかまだまだ出来ていない。この広場に集まってくるお母さんと子どもたちは、どちらかというと働いている間の子どもを安心して預かって欲しいという希望を持っているのではない。転勤についてきて、見ず知らずの地で、マンションにしか居場所がなくて、孤立している、そんな母と子に、共感や会話があるもうひとつの居場所を提供して欲しいと願っている。私たちにはその切望に応えることはできないけれど、子育て中の主婦が主力で活動しているNPO法人のわははさんにはそれができる。わははさんには年中無休24時間で行政指導もクリアーするレベルで保育をすることはできない。私たちに、お母さんの居場所までを提供してあげる力はない。それぞれに、出来ないことがあり、そして、それぞれに自分たちだからこそ出来ることがある。 私は、恥ずかしながら、どんなひとでも助けられるような、高みに身を置くスーパーマンでありたかったのだ。しかし、その夢は叶わない。ならば、餅は餅屋で、スーパーマンではないタダの人間であるそれぞれの人が、それぞれのパートを、自分の出来る限りの、自分の出来る範囲で精一杯やって、それを持ち寄ることで、寄り集まって、みんなでスーパーマンの役割を担いたい。認可の先生達も、わははさん(NPO)も、私たちも、みんな『子どもを守りたい。そのために親も助けたい』想いの同志。チームメイト、仲間だと思っているんです。大きなチームのメンバーだと感じているんです。」と答えていた。 声に出して言葉にすることで、他者から投げかけられた質問に返事をしながら、自分の気持ちを改めて知った。 わははさんからの声掛けや、わははさんの活躍が嬉しくて、オープニングイベントに顔を出すこと。この日記を読んでいてくれる皆さんだったら、すごく分かってくれると思う。かなり落ち込んでいて、滅入っていて、何もしたくなく出来ない今の私、そんな私が対外的な外出をするってことの意味。本当に嬉しいのでなければ、出かけてなんか行けないよ。 そうだな。同じ会社の、同じひとつのプロジェクトを成功させようと苦労している、営業部と研究開発部と製造部の、それぞれ、違った役割を担いながら、夢を実現させようとしている社員達がいたとして、もし、へとへとになりながら、開発部がやっと研究に成功したら、徹夜続きで疲れ果てていても営業部や製造部のみんなは、喜びに駆けつけるだろうと思う。たとえて言うならそんな感じ。 いきなり話題が変わるようで驚かれるかも知れないけれど、糖尿病とそれに付随するさまざまな病気を持ったことについて、しみじみ考えた。 そうやって自分には能力の限界があり、「やればできる」とか「努力すれば達成する」とか言った、幼児的万能感から自分が解放されるために、神的な存在が、大いなる配慮で、私に病気をもたらしてくださったなんて、そんな、「謙虚ぶった」こじつけや屁理屈に陶酔する気は毛頭ない。やはり、健康な方が良かったし、病気なんてない方がいい。 しかし、逆は言える。生きている中で、何かしら能力を削がれたとき、その限界を受け入れる謙虚さと優しさで自分を満たす訓練をせざるを得なかった。そうする以外に道が塞がれてしまった。 かつての私は、若さ故の愚かさで傲慢だった。今でも傲慢かも知れないが、過去はさらに傲慢だったと思う。トップたるもの又は上司たるもの、部下や従業員さんが出来ることは全て出来るようになっていなければならないと思っていた。 人の何倍努力しても、とにかく、自分が指示をする限り、その誰がいなくても、自分がすぐに替わりが出来るだけの能力を身につけた上で、時間的物理的簡便さと効率の為に、便宜的に、部下にやらせているだけで、最悪の場合は、いつでもやろうと思えば全て自分でやれる、そういう状態でなければ、トップや上司はやっていけないと思い込んでいた。 その思いこみを成立させるためには、自分の限界を遙かに超えた無理をして、体を壊していくわけだが、それで、体を壊さないでやれる、つまり、限界がまだまだ先で、余裕でそう出来る人なら、そのやり方で、一向に破綻なく構わないと、今でも思う。 でも、私は、器の小さい、力量の小さい人だった。その私が、無理をしようにももうこれ以上無理できないと自覚するには、何かを失ってみないと得心できなかったのだろう。 摂食障害を診て下さっているSクリニックのS先生はよく、何かを失って、やっと何かを得られる人のことを話してくれた。骨とう壊死が進んで、歩けなくなって、初めて断酒できたアル中さんの穏やかなその後の生活とか。そして、「効率、有能」とうわごとのように言い続けていた私に、同じく摂食障害を診て下さっているSクリニックのO先生は、「もう、あなたの場合、取り敢えず、透析とか片足切断とか、はっきりとした糖尿病の合併症で何か機能を失うことが、結局は、あなたを救うのかも知れないね。」と、呆れるように診察室で話していた。(何てヒドイ先生だって思わないで下さいね。もちろん冗談で言っている訳ではないですよ。かなりマジです。そう言うに足る根拠があった上での話で、こんな会話がしみじみ出来るまでの信頼関係が主治医との間に出来ているから、先生も言えるし、私も理解する話なんです) 少なくとも、私が、今のように健康を失っていなかったら、私は今の仕事を立ち上げようとはしていなかったし、そこで出会う人たちに役立っていることを嬉しいとは感じながっただろうし、以前のような努力が出来て、その結果何とか自分の力で問題がねじ伏せられて行ったなら、私は、私ひとりの力で出来る範囲のことしか、この社会に現に存在させることは出来なかった筈だ。私は、「どうしてもこういうものを存在させたい。子どもと親が守られる仕組みを存在させたい。しかし私には出来ない。」という前提で向き合い、だから、できない私に力を貸してくださいという方向性の努力の仕方をした。 他人の力を借りなくても、頭なんて下げなくても、やっていけるような自分で居たいが為の努力ではなくて、できない私なのに、夢があるから、その夢を実現させるために力を貸して下さいと頭を下げ続ける、その努力をした。 そうできたから、だから、私の器だけではとても出来なかったであろう、自分には出来ない、24時間年中無休の、子どもの居場所が維持されている。 スーパーマンになれという学校教育を受けてきたように思う。テストの結果、受験、進学、就職、職場環境……。いつの間にか、自覚していなかっただけで、私は「人間」ではなく「スーパーマン」になりたかった、大人のくせに、幼児的ナルシシズムを引きずっていたのだろう。 スーパーマンにはなれない。健康を失って、「スーパーマンにはなれないから、やれない私でも、夢を実現させて貰えるやり方を選ぶ」道を貰った。 みんなの力を借りて。 うちのルームが存在していることは、奇跡だ。スタッフみんなが力を貸してくれて、その力の集合体で初めて存在できるのだから。 「子どもを守りたい。そのために親を守りたい」そんな子育て支援も、私ひとりの力でできることはほとんどない。私はただの病気持ちの夢見る人間。だから、餅は餅屋方式で、みんなとチームメイトでありたいのだ。私が勝手に、わははさんの存在を好きな理由は、根幹にそういう人生観があるからなのだと思う。 手前味噌だが、楽天広場の、私の日記の、今日のここで、叫ばして貰おう。「スタッフのみんな~、ありがとーーーう。いっしょに夢を見てくれている子育て支援仲間のみんな~、ありがとーーーーう。」
2004.09.18
コメント(0)
「レモンの木」2000年~2003年死ねと言う兄よ手紙をありがとう情けない奴っちゃそやけど死ねんのや昼も夜も眠っていたい死んでいたい今晩の錘両手に林檎提げ幸せと訊く母がいる 山茶花カーネーションは姑に絵はがきは母に母さんを売ってませんか紹介所家にいる犬にみかんをぶつけた日生受けたときから不法侵入者罪名は「女」べい独楽禁止令相変わらず痛いみぞおち提げ 散歩交番の灯りのように月ひとつ 逃げて逃げて 終わりという幻ペットになりたい自分の首に鈴を買うもう何も欲しいものなし路地の苔宿題リスト残ってるから飛ばなかった畳の目が揺れる蛆虫の夜明け病院の窓からバスがよく見える千羽鶴やり場のなさを一羽ずつ泣けるところあって涙の房たわわ辛いって言えた 扉を押し開けて漬け物石おぶう風船飛ばぬよう「ざけんじゃねー」も声に出したら消えるんだよ心臓の雫届ける枕元母殺しマザコン修司手繰りつつ母さんに勝てぬ娘で声が似るポケットのどんぐりぽろり父ぽろり口いっぱいに犬歯が生える生やしておくフェミニンな女性 雷 火事 私趣味講座へ通う夜空を埋めるため無駄払いし続けている目を閉じて涙拭きながら唄ってくれた猫ただ生きて死んだ猫抱く 時を抱く亡くなりし猫の色した指輪買う雑記帳に言霊分けて置いていく苦い飴溶けてなくなるまでしゃぶる 肉じゃがの匂う窓の絵拾いくるこの手で切る 首絞めつける命綱 唾浴びるまだここに居ていいらしい一歩歩くと一歩進むきっと進む野良猫が抜けた先から射す光涌き水を掬うかたちの手に降りる階段の上から鈴がこっちだよ誰も知らないその土塊が砕けた日かさぶたぽろり ぽろりあたしってつよい破り損じの命にクリーム塗ってやる身ぐるみ剥いで身ひとつ分を諦めにごめんやっしゃとお腰押さえて渡る溝生きている許可証破り捨て生きる裏に棲む山姥に買う金平糖チューリップ振り振り夫呼んでみる冷蔵庫二つ持ち寄る靴の音丁寧で上手ではない迷子札こんなにも小さかったか運動場お茶に出来る 読んでない本積んだまま無事でいてくれたあなたが贈り物編むあいだ楽しかったのありがとう賽の目の海を一粒ポケットに いい人を三日続けて冷茶漬け口汚く喧嘩売りたしおはぎ食う言いにくいことも伝えて開墾地「お目もじは叶うでしょうか」わあ逃げろ風邪なんかひいてたまるか欲が出る歯の深いところに父と母の部屋くノ一の所作で耳栓付けはずしおせっかい贈るほっぺを上気させ情けないシーン幾重にミートパイ尖りだす歯たちこぼさぬように下車手入れいらずの女らしさを買いたいなこぼす癖あって画鋲の仕舞場所相聞歌切手を選ぶ距離にいるかぐや姫の竹がお腹に生えてきた走らせてもらえる間だけだもの生きることただ一心に樹のねじれ倒木のいのち光の雨となる全身で飛び込んで呑む河の水一筋の管貫かん喉の水芳一の耳から芽吹く街の草地下水脈脈々凡人の家系へへへへへと負けるリングに登ろうぜ右上に視野を正して今日も朝葦に声くれたあなたは風でした青みかんむいて大空広くする鼻唄と評価の狭間笹の舟蝉骸のようにあっけらかんと腹淡々と飛び出す絵本読み進む初七日果ててお尻を包み込む踵提灯と子を下さいなケンケンパよく笑うお母さんになりたかったちぐはぐを笑って暮れる貝合わせ芸のない猫に抱きしめられているいびきかく私を乗せてノアの舟防弾チョッキ買ってキューピー生き易し筋書きは無限日めくりカレンダー花よりも葉になりたいと思う今 椅子取りゲーム携帯椅子をリュックから拡声器お前も寂しかったのかまだ生ったことはないけどレモンの木 パンと夢くわえて走る子らのもと棺桶の蓋は弁当箱のゴム
2004.09.16
コメント(0)
「居場所がない」1997年~2000年居場所なき故郷フーガが鳴りやまぬ母が去ったあの夏の日から喰らう愛の手が欲しい素直に媚を売る(母猿が死んだ猿山の子猿は、嫌らしいまでに他の雌猿に媚を売った。それぞれに子猿を抱いた雌たちから、おこぼれをもらって生き延びるために。母に会いたいと思うこともなかった。そんなことは命取りだった。)無防備という贅沢が欲し喉ひりり酸欠の胸を夕陽に潰される寵愛の比重が変わる風の辻私代理の猫がよく泣く四畳半生まれなければよかったカニバリズムの家だ(「どれどれ(奴隷奴隷)」と呼ばれる、家の中の最下層民である私。学校で居場所を確保しようとして、結局いじめの首謀者になってしまった、小学生時代。生き延びようとすると他者を私よりも最下層民にしてしまう。こんな私が生きていることはギルティーではないか。)生き抜いて申し訳ない蜘蛛の糸十二分な「愛」(エゴ)を注いで憎まれる(利他的であれば、私は生きていてもいいのか。尽くした人たちに「ストーカー」「あんたに死んで欲しいのよ」と言われてしまった。どうやっても私は加害者になってしまう。傷つけながら傷つけられてイーブンと言い聞かせてはみるものの、ナイフを持ち出し皮膚を少しずつ傷つけて過ごす。)かろうじて輪郭はあるスカスカのハート飼い猫を保健所へやる死に支度「お母さん、幸せって何?」幸子より(友人に子供ができた。子供の名前を付けるにあたって、その子の将来を願って苦労していた。私の名前が「幸子」なら、親は私の幸せを願ってくれたのだろう。だけど、あなたの後ろ姿から学んで生きていると苦しいばかり。どうしてなんだろう。)美はいらぬピアス刺青自傷なり組む合わす いや天仰ぐ手で祈る溜め込んだ怒り対象見失うどいつから殺そう昼の遊園地迷惑ですか迷惑ですねうずくまる脈よりも大きな音のテレビ刺す向日葵の首に取り憑く昼の闇狐火を追うて六畳間の無限母さんが私を喰らう夕餉の図(夢を見た。私が死んだらしい。やりくり上手な母と祖母が、火葬場を使わずに広場で灯油をかけて自分たちで焼こうと相談している。私はもう「まだ生きている」と主張して分かってもらうことは諦めた。ただ、今はまだ感覚が残っているので、火を放つのを少し待って欲しいとすがっていた。)嬉しい日ただ親バカが欲しかった母罵倒 線香花火ぽたり泣くざわざわと脈打ちシャドーボクシング「ここに居ていい?」と氷像消えていくスケルトンブルー窒息しそうなのメダカ破片握りしめ犠牲者になりたがる拳酔っぱらいが描く自画像 誰騙す男より男らしくて美人たれお下がりの男を狙う母殺し父殺さねば魔法が解けぬ眠り姫空ペットボトルが脳に繁殖すハツカネズミのびっしり埋めてある手帳分からないまま良しとする 夫にする取り消せる約束婚姻届書く陽を浴びてから肥満の腹は緑の丘むだ毛そる必要がない妻である写真好きの家族よ愛は貪欲にラブホテル巡り夫婦の今の趣味(「あの嫁とはやっていけない。出ていく」と姑がキレた。婚家の理解も実家の理解も得られず、アパートの保証人もない。二人で日常の時間を共有するには泊まり歩くしかない。この際、温泉巡りならぬラブホテル巡りをするかと、暮らしてみた。預金通帳を見るのが怖かった。小心者なんだ。)窓曇るへのへのもへじで乗り切ろう空という一つ屋根の下夫婦です樹に抱きついて耳を澄ませば夫の声液化した怒り もうすぐだゴールはアロンアルファー剥がす痛みぞ家を出る怒と哀に点火荒海進水す出会った猫と人へ放置という別れ反抗の狼煙に眉をキッと描くもともと他人 橋は架けたりはずしたり歩くんだ両手ぶんぶん振り払いことわりにかなってるから在る小石オセロ盤から逃げ出せ白黒の私潮干狩思い出たちに砂吐かす悔し涙が押し流す皮脂腺の膿外国語覚えるように生き直す白昼も怖くなりだす孵化直後私の笑顔よ象の花子の芸に似るキスできる近さに削るハリネズミ君も君も逝くな 天に唾吐く一期一会 祈ることだけ許される(仲間が自殺していく。自分が傷つけてしまった人の顔をしばらく見かけないと、もしやと不安になる。その人の人生はその人だけが判断できるもの。私には何もできない。善意の侵入で人を傷つけてきた私に、許され残されていることは、ただ祈ることだけだった、と思い知らされる。)真心は実は氷のようなもの腕差し出され私も伸ばす人の橋相部屋の方がくださる石を積む独りではないと思える浄土かなサグラダファミリア無数の落ち葉舞い上がる雨を乞う西瓜 待つとは愛すことこれも恋なんだ真っ直ぐ見上げる樹路地スミレ此処に生きよう肩寄せて陽光がぶ飲みおでき手術を決心す(その部屋は一面が窓だ。先生や聴衆、発言者が揃うのを何人もの人が座って待っている。逆光で顔が見えず、眩しすぎるので、始まるとブラインドが降ろされる。だが、その場に座っているだけでもう一度やってみようという気になる。陽光に満ちた部屋。誰という個人ではなく、そんな部屋。)病院の廊下に落とし物の耳両の手で目に見えぬもの丸く持ち寂しさの底なし沼に浮いていよ西向きのアパート五時をきいているもう赦すと自分で言えたシジフォス地に溶けてきっと水になる石榴人の目にどう映ろうと海鼠生きあの頃の母が欲しくて掴む砂象には象の時間賜る靴の裏戦わぬことは難し帯の位置エスカレーター一段下に立つ地平猫が笑うと私も笑う それでいい吾亦紅薔薇科 私も変われるよ宇宙人の母をそのままそのまんま玉葱の発芽トラウマしぼませて少しだけ重ね鱗の個人主義好きですと真っ直ぐ言えるのが自立大の字に私の部屋を彩ろう瞼越しの太陽 身の内のげんげ田医者も服もイヤになったら買い替える三回休み 豊かな双六のあがり忘れ傘思う程度に父母のこと四次元の声が聞こえるまで踊るそう言えば優しかったと やっと過去風よ私はねじ伏せられぬほてい草自分のために祈れるときが出獄日わたくしが愛した事実だけで春すり切れた袋へ贈るありがとう吹雪吹雪琴奏で合う地下の部屋ゴミ袋コロコロ春風のワルツ旅の果て茶碗汁椀だけ残す
2004.09.15
コメント(0)
「上弦の月」1994年~1997年向こう見ずだから眠れる起きられる立ちくらむ刹那 私は放たれる鏡が矢を引く誰よりも至近距離つぶて呑むたび私の海がせり上がる上弦の月につられて笑おうよ強情な小鬼 眉根にぶらさがるアスファルト割る タンポポは瓢瓢瓢笑わせるたびに虚ろな海を曳く鬼の子は人間ごっこして遊ぶうぬぼれに触れられ痛む髪の先ばりっと日めくり今日を捨てねば明日は来ぬ目的も理由も霞 疾駆するそれでも生きていたい 第九また歌うふうっとひと吹きルサンチマンの海の霧シャボン玉おまえはいいな消えられて逃げ出せばなおなお深くなる樹海ジ・コ・カ・ン・リ 音の響きが気に障る私とわたし そろそろ愛し合わないかい化粧品一式を買う さよなら私素直になりたい素直になれない手の鱗幻滅っていいな わたしが生き残る「つう」のように我が羽を抜く作句する裂けて石榴やっと涙が流れ出すピルケースからから 命渇く音傘の裏に青空描いて持ち歩く商売にもならぬストリップが続く桃すすり自分を嫌い人嫌う母の子宮に溶けて消えたいアリスの日母さまの真綿の愛に蹴躓く撫でられもつねられもしてからの好き対座してブランコみたい家なんて友達だった人よコーヒーは苦いね電話機に頭すりつけノルマ追う重税よ せめて信頼させてくれまだ明るくて四時は会社の所有物文面の底に海坊主が見える多数決という戦車につぶされる赤い爪 意地を十枚ためてある冷凍庫の奥へ泣き言ラップするあしたへと届け梯子に水をやるヒールかっかっ行進曲も自前です肩胛骨が翼ですか ツイギーたちコップにも洞窟がある無職の昼胸襟を開く加減も思いやり夏だけの彼氏と思うアイスコーヒーそうねとだけ言うごみ箱でいてあげるよほほ笑みを返してくれただけで好き同じ本手にとる人を待ちつづけ胸の波凪ぐまで歩く雨の夜逢える日は平気で待てる吹きさらしメモ貼った缶コーヒーにお陥落ちました置き傘はあなたに貸せるように紺さよならが沈むコーヒー飲み残す破れてもまた風船を買っている紅差し指であなたの跡にそっと触れまだ好きで賀状の束に混ぜてある一か八かサボテン咲いてみるつもりもう化けてやらん 誉めてくれないもん葱坊主の精一杯も気づいてよスコーンと青空 身もふたもない朝帰り犬ころになってしまうよ 君が好き矢印に似た雲の先 君の街耳たぶに穴開けてまで欲しいもの写真破っても質量保存法則よマッチ擦るまた擦る 諦めるために耳たぶに好きな人揺れ見合いするオノマトペだけでうふふふ日記書く春匂う気球がポンと離陸したあなたへの手紙今なお風に書く翔びたくて汚れています白木蓮妻のある男を想う砂の時この恋は忘れない ピアスの穴あける感情線もつれもつれて掌に負えずアドレス帳べりっ 弱虫の羽化の音くまちゃんを離すと凍えてしまうの灰の底にあなたを隠しているのです春夕焼け背中を押してくれないかあーんしてひと匙もらうあげるフフ恋消えて眼窩を埋めるアルコール振り向かれどぎまぎしてる野のあざみいいひとだなあとは思う平熱で欲情の芯は愛かなまんじゅしゃげ優しい男の手もとる 腕は二本ある欲張った罰だ二人に愛されるこんにゃく千切る友達なんていない午後コンビニへふれあい買いにゆく夜中無機質にふれあうポケベルの084(おはよ)相談相手ほしくて鸚鵡買いに行く何すれば満たされるのかピアスの穴淋しくて金キラキンになる私所詮はひとり カロリーメイトさくさくアスレチックジム個個個個個個個個個 無言寂しくて鎧のようにマニキュアを働かぬ手をきれいねと叱られるテレビ砂丘にやっぱり沈む独りの夜凍える日 キスのかわりのキムチ買うキムチ鍋ひとりでつつくクリスマス蛍光灯皓々 ひとりで暮らす部屋手枷足枷なくて 風のがらんどう絶望に逆らって立つ花カンナ
2004.09.14
コメント(0)
毎日、排卵誘発(ヒュメゴン200 →ヒュメゴン150 →ヒュメゴン150+hMG日研150 →ヒュメゴン300)をしているけれど、右の卵巣は小さすぎて見えないくらい。(もちろん、採卵できる卵は、0個)左の卵巣の卵も、たった1個。 まして、途中から、卵の成長が止まってきました。 3日前の内診。右の卵巣が見えないので、一度内診台から降りて、尿を出して、もう一度内診台へ。でも、右の卵巣は見えない。A先生「どうなっとんじゃ、このお腹は~。今まで毎月しっかり排卵してきたのに、今回に限って何じゃぁ、もしかして、プレッシャーに弱いんか?」私「はははは。(まだ、余裕)」外からエコーで見てみても、見えない。A先生「困ったがー。八つ当たりするぞ~。こんなときは、日を改めた方がいい、明日もう一度来てくれるか?」 というわけで、その翌日(2日前の内診)。今度は、先生の表情も口調も、少し硬い。「今まで、毎月ペース良く排卵してきたのに、卵巣の反応が低下しているってことは、早発閉経に近いFSH(排卵刺激ホルモン)の高さになっているのかも知れないな。それだと、幾ら外から注射して刺激しても、反応しなくなる。」「今回、採卵も出来ないままになることもあるかも知れない。その場合は、ピルを飲んで、暫く卵巣を休ませてからになる場合もあるぞ」 そんな、言葉を選んで、傷付けないように気を遣いながら話してくれたA先生。でも、やっぱり、かなりショックだったのかな、私。 うちに帰ってから、本を読み直す。「カウフマン療法………、卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモン(プロゲステロン)を月経周期に合わせて投与し、脳下垂体から出る卵胞刺激ホルモン(FSH)や黄体化ホルモン(LH)を止め、卵巣につかの間の休息を与える。月経3日目10mlU/ml以上だったFSHの値が下がってきたら、妊娠の可能性が残っているので、急いで体外受精をする。」「卵巣反応不良例(ローレスポンダーLow responder)について………、FSHの基礎レベルが上昇した患者にIVF(体外受精)を実施した場合、妊娠率は有意に低下する。このような患者では、採卵数も少なく、したがって良好胚が得られる確率も低く、結果的に移植胚数や凍結保存胚も少なくなる。また、反応不良者の卵を用いて得られた胚を移植したとしても、着床率は有意に低い。このことは卵そのものの質、ひいては胚の質が低下していることを意味する。反復して基礎レベルのFSHを測定した場合、例外的に一度だけ異常が認められた場合には、ある程度妊娠が期待できるが、2回以上反復して基礎レベルのFSHの上昇が認められた例では、妊娠はほとんど期待できない。月経3日目のFSH基礎レベルが、8mlU/ml以上であれば卵巣の予備能が低下していると考えられ、徐々に成熟卵胞数も低下してくる。25mlU/mlを越えると継続妊娠率は2%以下で、生児を得る確率はほとんどない。超音波診断で、卵胞期初期の胞状卵胞の数が4個以下、卵巣体積が4立方センチ以下だと、コナドトロピン(排卵誘発剤)の使用量が多くなり、採卵数も少なくなるが、ゴナドトロピンを増量する方法が有効な患者は、卵巣中に成熟する可能性のある卵胞の数が減少していない場合に限られる。」 つまり、カウフマンで卵巣を休ませる周期の後、アンタゴニストの輸入+自然周期で、少量の卵を毎回採卵し、体外受精を繰り返し積み重ねるしか、方法が残されていない……のかな?と、悲観的になる。 さて、タイトルの「少し投げやり」。39歳という年齢。これまで、糖尿病や摂食障害で体中を痛めつけてきて、ホルモンバランスもかなり崩してしまっていること。様々な要素が、不利な条件てんこ盛りであることは、理解していたつもりなのだけど、実際に、現実として受け入れていくのは、しんどいんだなと実感している。 カウフマンで治療を中断している間も、血糖コントロールをし続けられるのか。意識を保ち続けられるのか。子どもがいる生活に何かを求められるのか。そう思ってしまう。この日あたりから、過食して、血糖が280とか320とかになる回数が増えてきた。次のHbA1cは一体どのくらいまで上がっていくのだろう。 でも、じゃあ、「やぁ~めたっ」って言える?何もしたくない。その言い訳のような、「子どもが欲しい」だったことも、認めよう。子どもが居る人生を放棄したくない。でもしんどい。血糖管理を放棄したくない。でも、維持するには余程の動機付けがないと余りにも難しい。仕事も、対人関係も、血糖管理も、健康維持も、生きているのも、疲れたよ。 そんな訳で、ここ数日日記も書き込めなかった。 しかし、今日の内診のとき、A先生「(たった一つだった、発育のスピードが止まりかけていいる卵が)16ミリにはなっていて欲しいな。内膜は厚いけど、まだ小さいか。でも、本当にダメな人は、内膜も薄いけんな。うーん、15ミリくらいにはなってきたか。3日後くらいにhCGに打ち変えて、金土日のどこかで採卵やな。」 内膜が厚ければ、まだ可能性は残っている!そのあとの診察室で、A先生「今まで(卵巣過剰刺激をせず、クロミッドのみ、又は、クロミッド+hMGだけで)順調に1個ずつ排卵してきたけど、いざ(刺激周期の体外受精で)というときに、一個しか育たないなら、注射しなくてもいっしょやったな。卵巣の反応が落ちてきたんかな。こういう月が混ざって来始めると良くないんや。」と言うので、私「混ざってくるってことは、良いときも混ざってまだ来る可能性があるってことですよね?」と質問。すると先生は、口調が少し考えながらになって、「もし、……、今回生理がきてしまうことがあったら、ホルモン(FSH)の検査したほうがいいかもしれんな」と言った。 今回、採卵も出来ないまま終わってしまって、カウフマンに入って、時間だけが過ぎる周期の血糖管理モチベーションなんて維持できないよーーーと決め込んでいた私に、・当然のように先生は採卵の日程を口にした。・内膜が厚ければ、まだ絶望的ではないこと。・そして、今回の採卵後、妊娠なんて無理でしょうと決めつけていた私に対して、「今回生理がきてしまうことがあったら」なんて、先生は生理が来ない場合があるとでも思っているの?! 段々と、この3つ出来事で、先生の態度に、私の気持ちの黒い雲は押されて、まず、成功すると信じて失敗なんて考えていない前提で毎回を大事に丁寧に向き合うA先生の人間性から何かを貰った気がした。このとき、私はすごく大事な瞬間を生きた気がする。人と出会うって、こういうことで、生きているってことの醍醐味は、こんな稀な、人間性の混ざり合いにあるのかも知れない。 そして診察の後、A先生は、「可能性のある日は時間を押さえとかな、な。他の診察予約とかが入ってしまったらイカンけん。押さえまくっとかな。」と言いながら、診察室のパソコンから、私の採卵の可能性がある金・土・日の診察時間を、私の名前(カルテ番号)で予約を押さえまくってくれました。(もちろん本当に採卵するのはその中の一日だけです。でも、チャンスが来たときに逃すわけにはいかないって、先生がそういう気持ちで居てくれている、そういう先生なんだって、すごく伝わって来ました。) まだまだ、意欲的になんてなれないけれど、もう一度、前に向かって顔を上げようか、と思えるようになったよ。それで、パソコンに向かって日記を書いています。
2004.09.13
コメント(6)
何だかここのところ、私のアンテナが「すべてを憂鬱な気分に」受信するようになっている。 こんなときは、何も行動に移さない方がいい。 行動すると、必ず何かしら相手があって、後ろ向きな私が振り回してしまったことを、後で、「ごめんごめん、あれ、なかったことにしてね」ではすまされないから。 具体的には、1.仕事上のスタッフ役割変更について、ミーティングをした。何もかも、すごくありがたい未来への手助けなのだと理解できるのに、感情が理解とは全く別の動きをしてしまう。今は、その変化が、負担に感じられて、仕方がない。2.とても体が軽くなる整体へ通い始めたのだけれど、西洋医学の範疇を越えた糖尿病にいいことを、情報提供してくれる友人とそこでばったり会った。 彼は好青年で好感を持っているのだけれど、正直今は、この話題には良い情報の提供でも触れないで欲しいと思ってしまう。 西洋医学での、糖尿病や糖尿病患者の妊娠などについてだけでさえ、理解していくのが私には大変なこと。 そこに、西洋医学を否定したり、矛盾したり、否定しなくても、どちらかを放棄せざるを得ないような選択を迫る金銭的負担を伴う情報を寄せられると、さらに、学んだり、考えたり、判断したり……、といった精神的なエネルギーを向けなければならない。宗教の勧誘と、民間療法のすすめは、その意味で、私にとても負担を強いる。彼はそこまではしなくて、とても紳士的にルイボスティーの話をしてくれただけなのだけど、トラウマになっているとも言える、舅姑の、新興宗教とネズミ講マルチ商法を兼ねあわせたような、マイナスイオン狂の医者へ転院しろとか、その医者関係が売っている、マイナスイオン発生機械(何百万円もする)を筆頭に、あらゆる健康器具?を買いあさって、そちらの支払いに追われて、家のローンなど、金銭的な負担をこちらに押しつけてくることに、重なってしまって、げんなりする。そのことについて考え、自分なりに理解し、納得していくまでのエネルギーを使うだけの、ゆとりもないってことなのに、他人と会うと笑顔を作ってしまうから、いけないのかな。こんなことなら誰にも会いたくない。黙って求めたものだけを提供されるのでなければ、今の私には容量オーバー。会うだけで負担と感じてしまう。3.新聞の経済面に、小さく取りあげて貰ったのだけど、その原稿のゲラが先ほどFAXされてきた。それについても、くだらない訂正をお願いしてしまい、記者の方に顰蹙を買った。「それを書かないでくれって言うことは、あなたのしていることをあなたが否定するってことですよ」と、記者の方に言われて、はっとする。現在の私が自己否定感に苛まれている。それがそのまま、ここにも卑屈な態度で出てしまっている。どんなところにも、今の私がしみ出て来る。漏れだしてくる。自信がなくて、自己否定的で、情けなくビクビクしている私。その記者の方が書いてくださったことは、実に堂々としていて、我が意を得たり!実にニュートラルにいい記事なのに……。何度も読み返して、しっかりと見て下さっていることが理解できる記事なのに。4.体外受精の採卵準備で、毎日過剰卵巣刺激のため、排卵誘発剤(hMG ヒュメゴン)の注射に通っている。幾つ卵が育っているか、今日内診の日だった。 昨晩、夫に「幾つくらい育ってると思う?」と訊いてみたら、「10個くらいかな」という。「えー。そんなわけないじゃん。私39歳だよ。採れても2つ3つ。全然採れないときがあってもおかしくない年齢だし……。」「悲観主義者だね~」夫が楽観的すぎるのかも知れないけれど、確かに私は悲観的すぎるのかな。でも、実際内診してみたら、やっぱり左の卵巣に1個。とても取りにくい場所の小さな右の卵巣に、もしかしたらこれから育つのが少しあるかも知れないけど…っていう状況だった。受診が朝早かったので、帰り道に3軒あるケーキ屋さんは全てまだ準備中で開いていなかった。憂鬱な気分を何とかしたくて、過食しようかと何度も思った。うちの近くまで来ていたのに、わざわざ信号を反対に曲がってコンビニへ寄ってしまい、いつもの過食アイテム、プリンだのハーゲンダッツだのと買い物かごに入れようとしたが、食べた後、少しでも血糖の上がり方を押さえようと、嘔吐することが、どうにも負担に思えて、とうとう過食物を棚に戻して帰ってきた。過食するエネルギーさえも憂鬱に呑み込まれてしまったっていうのは、私にとって、驚くべき初めての出来事だった。5.何度も何度もパソコンの電源を入れたのに、こうやって書き始めることがなかなか出来なかった。みんなが、コメントを書いてくれているのに、その返事も書けない。何度もパソコン立ち上げて、また消す。何やってるんだ、私……。 とにかく、気分が抑鬱的。意味のない、解決策をもとめるでもない、愚痴が続くよ。ごめんね。今一番ほしいのは、抗鬱剤と睡眠剤と安定剤。ちょっと強めの抗鬱剤で、目が覚めたら多幸感につつまれているような「気分の息つぎ」を下さいって思う。 そういう薬剤に頼らないで、辛いのは辛いままで居続けるってことを、子どもを産もうと思う限り選択し続けないといけない。仕事にも、生活にも差し障る。でも、その差し障りを薬剤に手伝って貰って軽くしてもらって、ようやく以前の私がやれていていたレベルに、戻っていくのが正解なんだろうか。戻りたい…って本気で思う。こんな私を嫌いだ。でも、戻ると後が苦しいだろうなとも思う。 「戻る」のではなくて、新しい私へ「進め」ないものだろうか。今の、このふがいない私の先に、かつての私でもない、今の私でもない、そして、少しは自分で自分を認められる、そんなちょっと進んだ私に、この道は続いているのだろうか。
2004.09.07
コメント(3)
交差点で信号待ちをしていたら、バックミラーにちらっと光るものが見えた。はぁ?えっ?もしかしてとよくのぞき込んでみる。白髪?ここのところ、不妊症治療関係の本を読み漁っていたから、39歳と言えば、「高齢」。加齢による卵の質の悪化……などという話ばかりで、その話題に関しては、「はい、わたくし、高齢でございます。すみません。認めます」って感じだった。確かに。しかし、それは卵に関してのみのことで、それ以外は、まだ一応青年の部類に属しているつもり、だったのですよ。笑うなら笑っていいですケド。子どもも産んでないまま、特に大きな変化もなくこの年齢まで生活してきたので、まあ、世間から(とくに、小さな子どもから)は、「おばちゃん」と呼ばれても、冷静に受け入れなければ…と思ってはいたが。 若白髪なんてなかったし~。白髪に免疫ないの~。なのに、紛れもなく「my白髪」なの~。間違いで生えている「若白髪」ではなくて、まっとうに、お年を召してはえている「し・ら・が」なの。 ……やはり、順当に、加齢………しているのね。チャラ~ン、チャララララーラー~。
2004.09.06
コメント(3)
今朝一番に、香川で子育て支援をしているNPOの方から「朝早くからごめんなさい。お願いがあって…」とお電話を頂いた。 今回の台風で、4つの保育園が床上浸水のため休園しているそうで、自分の家の災害に加え、その片付けをしようにも子どもも預かって貰えない……。そんなSOSの連絡が相次いでいると。 でも、自分では何も出来ない。自分の無力さを実感するって。で、こんなときに、ボランティアでお子さんを預かって上げてもらえませんか、というお願いでした。 うちで出来る範囲だったら、喜んでお受けしますよってお返事をしました。 彼女はその後、次々とお願いをして……、でも、善意の返事を貰っても、本当に困っている人たちに、情報が届かなければ意味がないので、ちゃんとメディアのプレス対応もして、………、結局、動きののろい行政に期待するのではなく、自分たちそれぞれが、自分に出来ることをするという自立した姿で、夕方までに、高松市内の、民間保育所(認可保育所で、公立ではなく、社会福祉法人などが運営している保育所)20箇所、私どものような、小規模認可外施設3カ所から、協力をとりつけて、それぞれをネットワークして、新聞やテレビニュースで困った人たちに伝える手配までを完了してしまいました。 その、民間の善意の動きを見て、それに気づかされた形で、高松市立の保育園でも、災害被害者託児ボランティアでの、一時預かりをすることに決まったそうです。 彼女の、ものごとを心で感じられるそのまっとうな感受性がまずあって、そして、それを行動できる力があって、私たち個々の小さな力をつなぎ合わせ、本当に困っているときに困っている人たちへ繋がるように、橋を架けていってくれました。 彼女がNPOを運営しているその意義が、何だかとってもよく肌で感じられた出来事でした。 NPO法人 わははネット 中橋さま。ありがとうございます。あなたの存在が大好きです!! 中橋さんが、橋を架けてくださったから、私たちは自分に出来ることをするだけで、私たちを必要としてくれている人たちと繋がることができます。感謝です。 家に帰って、夫に、「今日、中橋さんがね、こんな動きをしてくれてね、公立の園も動いてくれる大きなムーヴメントになったんだよ~。だから、私たちのような小さな力でも、少しは有効に役に立つことができるよ」って話したら、夫「まったく無料なの?」私「うん。給食を外部に頼むお子さんは、その注文分は実費負担して貰うけど、うちには、全く無料。っていうか、保育料を貰わない上に、使ったミルク代とかおむつ代とかは、うちの持ち出し」夫「赤字でなくなってからで、間に合って良かったね。」私「うん。こんなときだからね、それそれが自分に出来るかたちで、力を出し合わないとね。」夫「保育所つくっていて、良かったね。」私「うん。少しは役に立てて、喜んで貰えて良かったね。」夫「少しじゃなくて、たくさん、役に立つでしょう」………。本当に良かったな。私たちの日々の営みが役に立てて、ありがたいな。そして、現場で保育してくれる先生達。 スタッフみんな、ありがとう!!!!!
2004.09.02
コメント(2)
生理が来たので、病院に行きました。 今日から、1日3回、8時間置きに、スプレキュアを始めました。すぐ忘れそうなので、どんとこい!さんがHPで書いていらしたのを参考に、携帯電話のスケジュール管理で、毎日06時・14時・22時にアラームをセットしました。明日の朝から、毎日の注射です。取り敢えず、ヒュメゴン数日間です。初めてのIVFなので、まず基本的な処方で行ってみようということでした。明日は、一年に一度ある行政の保育施設への立ち入り監査の予定でしたが、先日の台風の影響で市役所の人手不足となり、監査は延期との連絡がありました。うちのスタッフの一人も、家が床上浸水で大変なことになったそうで、パニックだそうです。何たって、ほとんどみんな一家の主婦ですから、そんなときは、仕事より家のこと。いきなり「休み」。でも、穴をあけて子どもを放っておく訳にはいかないのです。 気持ちは察するに余りあるから、みんな他のスタッフが、影で支え合って穴を埋めて、見守ってあげているようです。やっぱり、うちのスタッフのこと、私はとても嬉しい。 来週の新聞に、女性の起業シリーズの一環として、取りあげてくださるとのことで、昨日取材をお受けしたのだけど、今日になって、あれも言わなければ良かったとか思っています。例えば、今回入院していたことも、実家の兄弟にも、ましてや嫁ぎ先関係にも、近所の人にも言っていないし、実家の家業を手伝っていたことが記事になると、また、兄嫁の寝た子を起こして、むかつかれるだろうし、……、と。 どうして、こう、人間の器が小さいのかな、私。この先の研修やミーティングや、治療や血糖維持や、………。あー、頭の中のデフラグ機能が壊れたまま、まだ整理できない。色々とストレスを貯めて、ケーキを16個買ってきて、全部数十分のうちに食べて、2度嘔吐しました。 でも、冷静に見る私は、「昨年より、ずっと環境は整ってきている。今年の初め入院する前より、現在はさらに整地されてきている。その上、この5回の人工授精後より、今月の方が精神的にまだかなりマシになっている。振り返ってみれば、少しずつ、現在に向かって、楽になってきていて、少なくとも、子どもを迎える私の体と心の準備は進んでいる。妊娠成立のタイミングは、私の準備が整うタイミングと、狂いなく重なって、狂いなく、私の一番幸せな状態に訪れるよう、配慮されているに違いない。」と思ったりしている。 つまりは、私の精神状態は、かくのごとく、浮いたり、沈んだり。人間だもの、そうしながら、のたりのたりと、漸進していけばいいんだよな。
2004.09.01
コメント(3)
全17件 (17件中 1-17件目)
1