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今朝病院へ向かう途中、横断歩道の歩行者信号が黄色点滅になった。瞬時に思った、渡る途中で赤信号になるだろう、次の青信号を待とうか、ここで行こうか、走らないといけないだろうけど…。何と! 思い浮かんだと同時に、体は前に進んでいた。やはり途中で赤信号になり、私は走って渡りきった。自分が「走った」ってこと、体が自然に動いたってことに、自分で驚いた。そして苦笑した。あんなに自分に無理を強いて働いてボロボロに体を痛めつけたのに、入院と自宅療養しただけで、自然に走り出せる。私の鬱々考えている全世界「頭でっかち」なんてチッポケだ。体はちゃんと自然のひとかけらとして存在しているじゃないか。
2004.05.31
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退院後すぐに、加入審査を受けた生命保険会社から返事を貰った。支払い保険料は恐ろしく高く、掛け捨て、入院特約も付かないが、「入れる」との返事。借金3100万円分と5100万円の家賃支払い保証契約書に、二人の保証人印がある。万が一私が他界して、支払いが無責任になったら、私の幸せを願って印を押してくれた人に多額の借金を背負わせる。その人の一生でお金の掛かる、例えば子どもの進学などを犠牲にさせる絶望的に長く辛い現実を意味する。保険に入れる!!保険金から税金が引かれて借金が払えるだけ…。愛を貰った、から…。
2004.05.29
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早朝07:15、A先生のところに到着。まだ事務の人も看護婦さんも来ていない。先生一人で病院を開けてくれている。玄関が開いていて、あちこちの照明器具がついていて、ちゃんと待合室にバックミュージックが流れていた。病院の診察開始時間は9時なのに。 今日は、2度目の人工授精の日。「タイミングの問題なので、予約がいっぱいだから後日来てとも言えない」と考えてくれている。先月の人工授精日も、休診の日だったけれど、早朝に診てくれてたんだった。 私一人ではない。こんな時間から次々に患者さんが来る。私がどういうルールなのかと戸惑っていると、みんな手慣れたもので、何も指示されていないのに、カウンターに診察券を来た順番に並べていた。A先生はそれをみて、患者さんを次々に呼ぶ。事務の人もまだ来ていないから、会計もしない。みんなそのまま帰っていく。多分次回まともな時間に来院したとき、今日の分も一緒にお支払いするんだなと思った。 私たち患者にとっては一月に一度の排卵にあわせた出来事。でもA先生にとっては、何人もの一月に一度のタイミングが毎日続くんだ。 すごいお仕事だなぁ。 昨日、内科のH先生の外来で、またインスリンが増えた。「やっぱりこの調子だと、妊娠したらすぐ入院だね」「明日、次の人工授精なんです」「妊娠したらって言っても、すぐは分からないけど」「人工授精してから3週間生理が来なかったら妊娠だからねってA先生が」「うーん、その間をどうするかな。やっぱりインスリン増やそう。頑張っておいてね。1週間後にまた数値見せて、外来予約入れておくから」 というわけで、今日(水)人工授精して、明後日(金)A先生のところで、もう一度注射をしておくことになった。明後日はO先生の外来診察予約が入っていたんだけど、タイミングの問題だから、A先生のところでの注射が優先。O先生の予約を(土)に取り直して、(月)にS先生と話そうと思う。そしてまた(火)が来てH先生の外来。 今、このとき、子どもの新しい命が成立しているかも知れない。していないかも知れないが、しているかも知れない。一日一日、何とか血糖値を子どもが生きられる数値にしておけるように……。 みんなに支えて貰って、一日一日が過ぎる。
2004.05.26
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連日か、または一日おきくらいで、とにかく通院が続く。今月は排卵のリズムが狂っていて、日々戸惑っている。 正直に告白すると、バリバリと仕事をしていない、その罪悪感で、自分にとって心地よいことは何一つしてはいけないという気になる。スーパーで買い物をしていても、かごの中に入れる食材の選択で、自分はいけないことをしていると思う気持ちが涌いてくる。普通に買って普通にお金を払うのに、まるで万引きでもしているかのように、周囲の目が気になる。「糖尿で子どもを産みたいなんて言っているくせに、いっぱいの食材を買っている。仕事もちゃんとしていなくて、役立たずのくせに……」誰かに見つかって、こう眉をひそめられるのではないかと感じている。そそくさと逃げるようにスーパーから帰る。 この抑鬱な感じは、実は何一つ実利を上げない。私が自分を罰した暮らしをしていても、仕事上でスタッフが忙しいことの手助けにはならないし、新人採用から研修を経て、新しい人が勤務ローテーションに入れるようになるまでの手配や、それまでのシフトの調整で、主任の先生が長時間勤務になっている現状を、私が自分を責めて暮らしていることで、何か改善されるかというと全くされない。 本屋に入ることも、マッサージに行くことも、仕事上で迷惑を掛けている私がそんなところにいることが、誰かに見つかったらものすごい罵声を浴びるのではないかと、恐ろしくて出来ない。当然、映画に行くとか、コンサートに行くとか、旅行に行くなんて以ての外。夫は私よりは健全な人なので、再入院するまでの間に、一緒に日帰りのバス旅行にでも連れて行ってあげようと、パンフレットやチラシを持ってきてくれた。京都の苔寺、熊野古道、行ってみたいところがたくさんある。でも、行ってみたいところに行くよりも、行っている間、罪悪感でビクビクして過ごすよりは、家でコンニャクを煮て、キノコを料理し、野菜を茹でていた方がいいのだ。夫の気持ちにありがとうを言い、単純に行きたいところは見つかったけれど、行きたくないことを説明する。 退院してすぐ、病院で出来ていたレベルを100点と考えると、どんどん減点してしまわなければならない点数の生活になってきた。退院するとき、H医師は「血糖コントロール崩れたらすぐに外来に来て。予約は一応1週間後の18日に入れて置くけれど、明日でも、すぐに来て」と言ってくれていた。11日に退院してその日のうちに崩れた。でも、翌12日には仕事の入札や生保加入のための別の病院受診をしなくてはならない予定を入れていた。何が優先順位の上位なのか。病院へは行かずに元々の予定通りにこなすか、予定を変更して、すぐ外来へ駆け込むか。経営者としてのリスクマネージメント? ろくに仕事もこなせていないのに。一人の人間としての健康管理と子どもを産もうとする尊厳? 入院中の管理を自宅で維持することさえ出来ていないのに。何を優先させればいいのか、どれもろくろく出来ていないのに…。12日(水)のH先生の外来へは、結局行かなかった。14日は金曜日で、やはりH先生の外来がある。でも、またH先生の外来に行かずに、私はS先生とO先生のところに行った。O先生の診察予約を取っていたし、崩れたらすぐ来てね、とH先生は言ってくれていたけれど、H先生の外来で、即再入院ということになれば、少しS先生とO先生のところに外出しにくくなる。病院で強制的に血糖管理して貰う方が体にはいいし、そこに助けを求めたい気持ちもあるけれど、それ以前に、自分の気持ちや意志をS医師やO医師や仲間達と話して、整理を付けたかった。それに、退院後、仕事上で自分が役に立っていないどころか、スタッフが負担を重く感じていて疲れていることにたいして、自分が迷惑を掛けている感覚が強くなり、理屈的には、それは「自分が躍り出ていけば、役に立てる」との無自覚な自惚れがその罪悪感を強くしているというカラクリを理解していて、恥ずかしく思うのだけれど、やはり、頭で理解しているということと、感情は別物で、罪悪感は罪悪感のまま存在させて置くしかない。感情は消せないから。 そんなこんなで、過食嘔吐は激しくなるばかりだった。今は、子どもを産むために血糖を上げたくないと思っているから、なおさらで、毎日2度3度、ある日は、昼食後からずっと7回の過食と嘔吐の繰り返し……。 このまま入院したくない。せめて病棟に戻って管理して貰うにしても、連続過食嘔吐は自力で止めてから戻りたい。自尊心の問題だ。 SSRIも使っていない今、自尊心をうち砕くようなかたちでビンジパージを止めることは長い目で見れば悪影響でしかないと思うのだ。自己肯定観・自尊心の低さが、根本的な病の原因である私たちの回復は、犬猫の調教のような行動療法など、人間扱いされないところからはあり得ない。逆に、自分で律した成功体験を自ら積み重ねることが、自分の回復を少しは助けるだろうと思う。 S医師やO医師や仲間達のところから戻り、A医師の外来……。そうやって一日一日を過ごしているうちに、当初の外来予約日、18日が来た。 ビクビクして外来に行く。日々の数値を見て、H医師は何と言うだろうか。すごく叱られることをかなり覚悟していた。「人生、この機会にさえ摂食障害止められないなら、多分一生やめられないよ」以前、そういって叱咤激励してくれていたからだ。先日、O医師も「私もH先生に同感。子どもを産むのなら、せめて20年間(子どもが成人するまで)は、摂食障害を止めてみせる覚悟で」と言った。「いいかげんに生きよう」といいう、NABAの生きる術からは逆行することに思えて面食らったが、自分一人が生きていることと、子どもを産むということの責任の重さは次元が違うのだと二人の医師は言う。 そんな会話があったので、かなり激しく叱られるだろうなと覚悟しながら、しかし、その叱責は信頼関係ができている医師の優しさだとも分かっているから、苦痛な時間ではあるけれど、その場から逃げ出さず(治療放棄、現実否認をせず)に、外来へは首を洗って出向くのだ。 診察室では、意外だった。H医師は、「退院しての状態の割には、よく頑張っているじゃない。」と言った。「だって、いっぱい食べてしまって、過食嘔吐も激しくなって…」「でも、血糖上げないように吐いたんでしょ」「とにかく頑張ろうとしているじゃない」「ま、今すぐに入院しなくてもいいかな、この数値なら。でも、全くOKって訳じゃないから、一週間後、もう一回数値見せて」この一週間ピリピリして自分を責め続けていた私は、何とも言えず力が抜けた。今全体の司令塔を果たしてくれているのはH先生なので、S医師、O医師、A医師との相談結果も報告した。H先生は、O先生の「あなたは母親としては最悪だ」って話に、「O先生、おかしいんじゃない? そんなこと言われて聞き流して来たわけ?」と自分のことのように怒った。私は、「O先生、悪気で言った訳じゃないし」と言った。「悪気とかそういう問題じゃないでしょ」「でも、O先生は私に子どもを産むなと言う気はないし、本当に悲しそうに優しく言ったんだし、O先生がそういう、理由・根拠・仕組みも理解できるし……」「…まあ、いいけど……。で、どうする? どうしたい? 予定通りでいいの?」「はい、A先生と次の排卵で2回目の人口受精することで、準備しています」「分かった。 まあ、インスリン増やそう。」そんな会話をした。 O先生の言葉に、私はかなり傷ついていたんだなと、この夜気づいた。H先生が怒ってくれたことで、私はすごくほっとしたのだ。何かが少し溶けた感じだった。O先生が言ってくれたこと、O先生との信頼感、O先生の医師としての愛情、それらを私はちゃんと受け止めている。だから、「理解できる」ということを優先して、自分の感情を感情のままに認識することを押さえ込んでしまっていたんだな。 やっぱり、悲しかったし、辛かったし、痛かったんだよ。私は母親としては最悪だってことが…。
2004.05.18
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O医師とS医師に話をした。S医師は、生きていることの現実感を喪失した人にとって、自分に委ねきっている他者の生を手伝わせて貰うことで、「自分の感覚が、生に背いている」という実感を取り戻していく過程を話してくれ、「精神的に疲れていて、糖尿があって、でも子どもを産みたい。あなたの問題は複雑だけど、でも……産んでみたら。それで、産んで育てられなかったら、育てられる人を捜して、その子をみんなで育てよう。」と、穏やかに言った。O医師は、すごく悲しい笑顔だった。O先生の日常は、それで、頑張って産んで、頑張って育てているけれど頑張りきれなくて、一時児童相談所に子どもを預けて踏ん張っている母親たちや、そのときの子どもたちや、問題行動が大きくなって生き辛くなっている子どもたちの、人生で今一番ピークに辛い母と子どもを毎日毎日診察している。どの先生も、もう何年もお世話になっていて、先生と私(医師と患者)の信頼感がちゃんと出来上がっていて、尚かつ、数年に渡りレクチャーを受け、摂食障害などの精神的な仕組みを学んできた私の理解や知識の前提があるので、O医師は率直だった。「あなたは母親としては、最悪だよ。受け入れなければならないもの(自己評価やあるがままの等身大の自分)を、受け入れられずに無理にごり押し(努力)して、そちらで疲れ果てて、健全に律していった方がいいことを、もう出来ないと投げ出してしまう。あなたの糖尿と摂食障害の関係はそういうことでしょ。あなたの糖尿と過食は緩慢な自殺だもの。そういう思考や行動のパターンを、子どもに向けてしまうでしょ。親が幼児的であれば子どもは自分で大人になっていくから、子どもはしっかりするだろうけれど、でも、あなたが潰してしまうでしょ。まだあなたが完全に子どもに無関心であった方が害が少ないだろうけど、愛情を向けてあげなければならないところで放棄して、見守っているだけにするべき子どもの人生に介入する。子どもと子ども返り競争(自分こそかまって貰いたい競争)したら必ず負けるから、子どものように他者から受け入れられたい願望の強いあなたは、子どもに嫉妬するし、自分が自分を認められないレベルで子どもにもありのままのその子を認めず、価値観を子どもに押しつけて、まだ弱い時期に子どもの芽を摘み取り続けて走るでしょ。………そんなかわいそうな子ども、私は診たくないよ。どうするの。あなたを支えて育つ分、いずれ大なり小なり、子どもは問題行動を出してくると思うけど、もうその頃にはS先生だっていないよ。」「誰が育てるの? ただ生きているだけで、罪悪感に振り回されているのに、子どもが産まれてしまったら、その日から、あなたは、一生『産んでしまってごめんなさい』という罪悪感が離れないんだよ。」「問題は世代間連鎖をする。だけど、先送りになればなるほど、問題の本質は見えづらくなる。今のあなたの仕事の仕方は、アル中さんで言うところの連続飲酒状態。続く訳がないから、いずれ破綻することによって底をついて、自分を受け入れざるを得なくなるところから回復が始まるだろうけれど、ここで子どもを産んで、問題を複雑化させて、無理のある生活を続けて行くことを可能にする手伝いを、あなたの夫だけではなく子どもたちもすることで、あなたの底つきはどんどん遠のいていくし、共依存子どもは必死で『よい子』をしながら、問題行動やあなたの思考パターンを受け継いでいってしまうんだよ。」………、…………。O先生。先生の言うこと、理解できるよ。その通りだと思う。先生の表情は私を傷付けようとして言ってるのではないこと、よく分かる。先生、すごく切ない、悲しそうな優しい顔だったよ。入院中、H医師と、糖尿病の子どもに対する遺伝について話したとき、H先生は、「確かに母胎の2型糖尿はかなり遺伝するけれど、でも、それは問題にすることではなくて、それ以上に大事なのは、その遺伝を持っていて、それを発病させるがさせないかの分かれ目になる行為を理解し、発病させない行動パターンを生活習慣にすること。」「遺伝的素地を問題にしても意味がないの。その素地の上で、発病させる行動パターンが生活の習慣になっていて、その習慣を変えていくことで、病状が軽減される。でも、親の考え方や生活の仕方を、子どもは知らず知らずの間にまねて育っていく。結果的に、体質的な遺伝よりも、発病しやすい生活習慣を親がし続けることで、子どもにその習慣までも引き継がせてしまうこと。」と話してくれた。 糖尿病を発病しやすい生活習慣も世代間連鎖するけれど、生き辛い思考パターンも行動パターンも必ず連鎖する。分かっている。 でもね、先生。私、恵まれるものなら子どもを産もうと思うよ。 私たちは、何で自分なんか生きて居るんだろう、消えてしまった方がいい、そう思い詰めた日々を過ごして来たけれど、そんな日々から、それでも生きてみようと思えるようにしてくれたのは、苦しみながら一日一日を生きている仲間達の姿だった。母親に強制的に売られて中絶を重ねた10代を持つ仲間、あまりの劣等感に押しつぶされて子どもを児相に預けながら、自暴自棄になって体を売ろうとした仲間、抑圧が多き過ぎて話すことも出来なくなり引きこもりながら、実は申し訳なさで自分を責め続けて、夜中にお風呂で親の下着を一生懸命に手洗いしていた仲間、鴨居で首を吊った仲間、ビルから飛び降りた仲間、 「だから、そんなんだったら、生きていない方がいい」、そう考えそうになる自分たちを、みんな切ないね、悲しいね、と共感して涙があふれた日々を私は過ごせた。だからこそ、仲間が生きていてくれたり、笑っていたり喜んでいたりすることが、すごく嬉しい。その共感が私のベクトルが向きを変えた。そして、消える方向にベクトルを向けるのではなく、人と共感しあいながら一日一日を生きたいと思えるようになったのだ。だから、私は24時間保育所を作ることにした。私を支えてくれる先生達や仲間達が居てくれるように、しんどい時期を黙って支え、心の中でしんどいねと共感しながら、元気を取り戻す親や、「消えてしまわなければならないのではないかなんて、自分が生きていることを感じなくていいんだよ」というシャワーを、子どもにたっぷりたっぷり注いであげたい。蛇口が壊れている水道のようなシャワーを。だから、採算が悪くても大変でも、24時間保育所を作りたかった。本当に大変な時期を黙って支え、シャワーを降り注ぎ続けるために。 どんなに思い通りにいかなくても、ワンランク低いレベルで足掻いていても、それでも、みんな頑張って生きているよね。そう思える。 先生、私は健全じゃない。だから、健全な親に育てられる子どもをいいなぁと素直に羨ましく思う。でも、仲間の存在に励まされて「100点じゃない私は消えてなくなれ」という短絡的な思考から少し遠のくことが出来たそのベクトル上には、健全な私ではないから、死んだ方がいい(最初から生を放棄すればいい)、ではなく、健全な私ではないから、十分なことはしてやれないかも知れないけれど、一つからでも、やれることを喜ぼう、そうやって、一日一日を生きて居ようと思えるのです。 合格点の親が居なくても、合格点の環境に生まれなくても、生まれなかった方がいい、存在しない方がいい人なんて誰も居ない。私は仲間達と過ごした時間からそう思えるようになりました。私の子どもも、その人固有の生命力と人生の力があって、親である私の影響力が100%を占めるわけでは無いと思うのです。殆どは、その子どもその人それぞれが生まれ持った自分の中の力で生きられる、私はひどく大変な時代を生き延びて、苦しみながら、自分の中にある力に気づき、自力で生き直し始めた、仲間達(トラウマサバイバー)と多くの時間を過ごして、人間の力を信じられるようになりました。その子(その人)固有の内包された生命力がのどんな環境に育った仲間も、自分の足で、自分の人生を再構築していく力があるように。私は私の子どもとして生まれてくれるその人固有の(私とは別人格の別人生の生きる力)を信じていて、確かに私が力不足でも、その人は生まれなかった方がいいなんてことは、きっとないのです。誰もが、それぞれの環境、条件下で、その生命力によって、一日一日を生きられると思うのです。私が親であっても。
2004.05.15
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私は、ハリーポッターに出てくる下僕、ドビーのようだ。痛かったり疲れ果てていると、自分が存在することを許して貰える気になる。自分で自分を殴り続けているときだけ「世の中の片隅に生きていさせて貰ってもいいですか?」とようやく声を発することが出来る。 逆に、自分が心地よかったり癒されたり、楽しんだり笑ったりすると、誰かから誹られるような気がして、見えない無数の目に怯える。根拠なき罪悪感。存在してること自体が、断罪される感覚。 入院中も、運動療法のために廊下を歩いていると、私が歩いているばっかりに他の患者さんの目障りなのではとか、忙しい看護師さんの邪魔になっているのではないかとか、被害意識が強くなっていたが、だからと言って運動療法を放棄することはしなかった。放棄したくなるたびに、S医師が何度も何度も噛んで砕いて話しかけてくれたことを考えた。「被害意識は自分の子供っぽさの裏返しで、自意識過剰。誰もあなたが思っているほど、あなたのことに関心など無い、あなたが存在していようと居まいと…。」「自分の存在が他者にとって、迷惑だろうが貢献していると捉えられていようが、他の人が生きていて周囲に発するもの以上のレベルで自分が何かを発っしているなんて感じるのは、無力な筈の赤ちゃんが母などに対して持っている幼児的万能感と同じ、幼児性の顕れ。」そうだ。万人が万人、呼吸をすると酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す。その同じ程度に私も存在しているという事実に過ぎず、幼児的な罪悪感で身動きが取れなくなっているみっともなさを越えていかなければ……。そう考えて、いつも運動療法の一歩目を歩き出していた。気持ちがビクビクしているときは、歩きながら、S医師から教えて貰った言葉、「毀誉褒貶我がことにあらず」と何度も心の中でつぶやいた。同じような感覚を越えてきた友人が自分のことを俯瞰的に見て笑い飛ばそうとした川柳「自意識過剰の頭に落ちる鳥の糞」という句も、心の中で何度もつぶやいていた。呑気な入院生活のようで、実はそうやって、いっぱいいっぱいに自分を引っ張っていたんだ。 退院してきて、その糸が切れた。疲れた。しんどい。頑張りたくない。休みたい。でも、血糖値を上げるわけにはいかない。 退院してすぐ、生命保険の加入審査のため、保険会社指定の病院を受診したり、仕事の入札参加準備をしたり(結局とれなかったけど)、最低限経営者がしなければならないことだけしているけれど、自分を存在させているだけの気持ちの維持で、実は精一杯だ。
2004.05.14
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5月11日に退院することになった。1月19日に入院してきたときは11日間の入院でさっさと出てくるつもりで、こんなに病院で長居をするとは思いもよらなかった。毎日毎日が目一杯の積み重ねだったので、正直あっと言う間の日々。何だか一泊二日くらいの時間感覚にしか感じられない。前回の人工受精、うまくいかなくて生理が来てしまいました。ということは、次の排卵までの今このタイミングが一番何かするにはまだ安全なんだな。だって今は確実にお腹に命が宿っていないから、私のコントロールのピントが少し甘くなっても居ない命を殺すことはない。「妊娠中、一番大事な時期をちゃんと診てあげたい。けど、厚生労働省で定められている診療報酬では医療費削減のため長期入院を減らす目的で3ケ月を越える入院患者さんは病院に降りる診療報酬が削られる。だからこのタイミングで一度退院しておこう」ということになったのだ。私としては、入院前では想像も出来なかったレベルに血糖値を安定させ、先のことを長い目で見てインスリン抵抗性を今のうちに減らす為、日々飢えと闘いながらそれを乗り切り、服用し続けた薬を止める苦痛を越えさせて貰った、今思うと必死に食らいついた入院生活だったな。次の人工受精までほぼ一週間の猶予がある。今回の退院では「妊娠したらすぐ再入院すること。妊娠しなくても家に帰って血糖コントロールが崩れたらすぐ戻って来ること。」という約束をした。妊娠して更に厳しいコントロールが必要だから再入院というのは嫌じゃないが、自力管理が出来なくて病棟に舞い戻ってくるのは正直嫌だ。夜中に眠剤で朦朧として過食しながら床で眠ってしまっていたり、神経を高ぶらせて、食事を拒否して泣き通したり…、情けない入院生活だったので、もし私が舞い戻って来ても多分どの看護師さんも責めないだろう。誰も責めなくても、私自身が情けない自分と向き合わなければならないのが辛い。だから、その辛さを味合わなくて逃れられるものならば、逃げきりたいと思う。私は弱いから、だから弱い自分を直視したくない。正直、今病院でしている生活リズムが私には精一杯の頑張り。その上に食材の計量調理(10年前にやっていたときは毎食作って食べ終わるまで2時間ずつ要した作業)の負荷が増える、それも妊娠するためのかなり厳密な…。それでも出来るだけ妊娠してしまうまでの間を自力で乗り切りたい。情けないどん底の自分を注視する試練よりは…。この退院中にしておきたいことが他にもある。生命保険に入れないか、出来るだけの手続きをしてみようと考えているのだ。生命保険に加入出来るまでは、コントロール乱れて再入院なんて言っている場合ではないのだ。経営者としての、最低限の責任であり義務だと思うから。今入院していたりして、現場を主任を初めとするスタッフみんなに任せきっている。そのことについて批判的な意見を進言してくれても、動じない。経営者にも色々なタイプや考え方があって、私は多分誰よりも「うちの先生(スタッフ)たちの集合体の善意」を信じているのだ。だから動じない。率先垂範型経営者としての自己陶酔には、あまり興味が湧かないのだ。でも、入院前の私の血糖値や血圧では、私はどこの生命保険にも加入させて貰えなかった。このことの無責任さは経営者として、言い訳のしようもないくらい恥じていた部分だった。今回の入院、生命保険に入れる数値にまで健康を引き戻そうなんて意識できるほど余裕を持って入院してきたわけではない。もうヘロヘロで覚醒剤でも欲しいくらい仕事も出来ないほど体が辛くてギブアップ入院した訳だが、結果的に妊娠を考えるまでに回復した。そして、生命保険加入の可能性も出てきた。生命保険に加入できるかも知れないこのチャンス。すごいビジネスチャンスだ。この運気は絶対につかむ努力をする。経営者の最低限の責任…。立ち上げまでの借入れ、私の思いに借入れまで決心してルームを新築して下さった地主さんへの保証…。これから双子を産もうと言う私だ、死ぬつもりなどない。でも死ぬつもりは無かったんです…、では済まされないリスク管理。善意に誠意で応える姿勢はすべての経営方針に滲み出る。「糖尿病がある経営者向け生命保険」加入のチャンス。今回の入院に付いてきた予想外のたまもの!退院したらすぐ保険会社指定病院へ足を運ぶ。この「退院」はこの万が一の際も会社の借金の整理が付けられるように、生命保険に加入できるよう手配することも、大きな目的のひとつでもある! んだ。
2004.05.10
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