2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全6件 (6件中 1-6件目)
1
久々の日記なのにまたちょっと書けません。26日から7月6日までヴァカンスを取って旅行へ行ってきま~す(^^♪最近会社で異動があった主人、8月の休み希望は当然取れず、残っていたのがこの時期でした…。フランス社会は年間5週間有給休暇があるので、あとはチョコチョコとっていくことにして、とりあえずこの2週間はパリの両親の家へ行き、そこを拠点にしてブルターニュ地方やランス・シャンパーニュの前から行きたかったカーブを巡ってきま~す。嬉しいことにパリのソルドがちょうど始まったとか!!きゃ~~ん、欲しいモノ全部買うのは現実的に無理としても(笑)、南仏と明らかに違う首都のモード(…って田舎モノ丸出しだぁ!)、目の保養にはなるハズ、とウキウキしています。これは事実で、以前某有名百貨店でアルバイトした際、上司が言っていました。…パリにはパリの流行があるし、こっちにはこっちの流行がある。パリで流行っているものをこっちで売っても地元のニーズに合わない。だからこっちはこっちで発注するのよー。…なるほど~。だから都会派(と信じている)pidooには買いたいと思えるものが見つからないのね~(笑)!日本なら、地方それぞれの色はあるにしても基本の流行は一緒ですよね。やっぱりここにも地方の主張があるんだな~…。と言うことでその間掲示板や問い合わせに対するお返事ができませんのでご了承ください!
2004.06.23
ドラマチックな試合でしたね、皆さんは見ましたか?pidoo家では・・・所々しか見れず、問題の終了まぎわのフリーキックとペナルティキックは試合終了後のダイジェスト番組で見ました。というのも先行1点を得たイングランドの勝利間違いなしと失望した主人がチャンネルを合わせることを拒否したためです・・・!ちょっとでも入れようものなら、「ああ!!早くチャンネル変えてくれ!!」その苛立ちようったらいつにもなく、4年前のユーロカップ・フランス×イタリアを思い出させます。この時もイタリアの勝利確実で、最後の数分で突然テレビを消してしまった彼。「ええ~~~!!!???私も見てるのに!!!」と抗議してもリモコンを返してもらえず、数秒後。「ウォーーーー!!!」外から歓声らしき声が!我が家と道一本挟んだ住宅地からの声・・・?と判断するが早いがテレビをつけたら!フランスの逆転勝利を叫ぶアナウンスが耳に入りました。もう!!一番オイシイところを逃しちゃったじゃないっ!!と言うことで今回もそのパターン。PCに向かっていた彼が突然興奮してテレビをつけた!すると試合はすっかり終わり、ブルーのユニホームを着たサポーターたちの歓喜の様子が目に入ってきた。「えっ!?、勝ったの!?」と聞けば「90分近くに2本入れたとネットにあった!」・・・。画面で見るのは怖いからネットの時事ニュースで確認していたようです・・・。たかがサッカーの試合じゃないの~~~~???まったく。こんな怖がりは彼ぐらいのもの、と思っていたら。彼の職場でもほとんどが最後まで見届けたものがいなかったとか!たかがサッカーでしょう~~~???フランス人のサッカーに対する情熱を改めて垣間見た出来事でした。
2004.06.14
家庭菜園の初物が取れました!コルジェット(ズッキーニ)の花とさくらんぼです。コルジェットの花はそれ以前にも一つ、二つと見つけてはいたのですがこの日はまとまった量が見つかったので早速夕食のテーブルに。今回はお花の中にゴルゴンゾーラとマスカルポーネを入れて天ぷらにしたら、チーズのとけ加減が絶妙~~!天ぷらはあまり量は食べれないpidoo、ついつい食べ過ぎて消化がちょっと苦しくなり反省・・・。次回は大人数で作って、取り合いになるくらいが胃にはやさしいかもしれません(笑)。そして毎年恒例のさくらんぼGriotteグリオットでジャム作り。赤いうちはまだまだ酸っぱくて、深いルビー色になったところを採ります。それでも日本のさくらんぼよりは幾分酸っぱいのですがジャムにすると適度な酸味が利いて美味し~い。美味しい夏の気配を予感した日曜日でした。
2004.06.13
(6月8日火曜日付けフィガロ誌HPより)本日、ルイ17世の心臓がようやく公式にサンドニ大聖堂王室納骨堂へ収められることになりました。ルイ17世とはフランス最後の王ルイ16世とその妻マリー・アントワネットとの間にもうけられた次男。因縁にもこの日は“タンプル塔(刑務所)の王子”として亡くなったその日でした。“タンプル塔の子供”の心臓はクリスタルの容器の中で、20年以上もの間とある聖堂に保管されてきましたが、今回、遺体のない墓碑の台座に、ルイ17世の遺品として移されます。心臓は月曜に、午後レクイエムの儀式が行われる予定のパリ教会のサン・ジェルマン・ロクセロワSt-Germain-l'Auxerrois(パリ1区)に移されました。そして火曜日、10時よりサンドニ大聖堂でのミサにて、15時に心臓の奉納が行われると正式に宣言されます。“サンドニ・フランスの遺品Memorial de France a Saint Denys"協会(正式な日本名はわかりません!)はフィガロ誌告知欄に“ブルボン家(フランス王系統)当主アンジュー公爵及び(バチカン)教皇派遣大使が立会いの下”儀式が執り行われるとの発表をしました。この神聖なる儀式は“タンプル塔の子供”にまつわる多くの謎の終点を意味します。ルイ17世と君臨することを運命付けられた、ルイ16世の末息子は1792年、両親とともにタンプル塔に囚人として収容されました。その後、子供は1795年6月8日に結核で死亡。解剖を担当したぺルタンPelletan医師は巧みにその心臓を取り除き、王太子のそれとして大切に保管しました。しかし近年より、その子供が本当にルイ16世の息子であったのか、または替え玉として潜入された子供であったのかという論争が激しく行われるようになりました。その後歴史家たちはその心臓が本当に若き王太子のものであるのか、それともやはり若くして病気で他界した彼の兄、つまりルイ16世の長男のものをそれと偽っているのかという疑問を示すようになりましたが、王族の心臓は腐敗処置されていたが、対し、ペルタン医師の保管していた心臓はアルコール漬けであるはずとの答えを出しました。決定的となったのはDNA検査でした。二つの研究所は2000年4月19日、子供の心臓はハプスブルグ家、つまりマリー・アントワネットの遺伝子を持っているとの結論を出しました。ついに“ルイ・カペー(16世)とマリー・アントワネットの息子、ルイ・シャルル・カペー”として死亡証明書上に身元が確定された子供の心臓は、死後209年を経てようやく、両親であるルイ16世そしてマリー・アントワネットを含める祖先の眠る王室納骨所で永眠することができるのです。----------------------------------------------個人的にすごく興味があった話なので掲載しました。ルイ17世に対する謎は多く、ルイ17世自身と名乗る男性は数知れず現れたそうです。ルイ16世とマリー・アントワネットの長女であり17世の姉であるマリー・テレーズは家族の中ではたった一人生き残り、長寿をまっとうしましたが、彼女の生前には実際に17世を名乗る男性と面会させたりということもあったとのこと。しかしDNA検査の結果報告が2000年とは!事が事なだけに慎重になるあまり時間がかかったということなんでしょうか。革命当時わずか5~6歳、王家の跡取りということで苦汁を舐めさせられ残酷な状況で命を失くした男の子…。永眠をお祈りします…。
2004.06.08

邦題これで合ってるハズ・・・。「第32回FIFAワールドユーストゥーロン大会」の日本チーム第1回戦がMayolマイヨールスタジウムで行われるとのこと、応援に行ってきました。ちなみに仏語タイトルは32eme Festival International"Espoirs" de Toulon & du Var第32回国際“希望”トゥーロン・ヴァール県大会???なんじゃそりゃ。“希望”とは将来の希望になるような、つまりユースってことですね。適当にキーワードを入れてネット検索したらジャパンユースのHPに辿り着いて、しっかり私が見た試合の日程も見つかりました、良かった~ちゃんとしたタイトルが見つかって(笑)。実は毎年行われるこの試合、サッカーにあまり興味がないpidooは主人にほぼ強制的に連行されます。去年はちょっと遠くだったので行けなかったのですが一昨年もちゃんと応援に行き、関係者から「応援ありがとう!!」と感謝されました。感謝されるほどの応援とは一体?日本フリークな主人自慢の特大日の丸国旗と大日本帝国柄のTシャツ、そして風神雷神野球帽です。(・・・すべて浅草で購入・・・)まず日本人がいるとは日本チームも思っていないので、突然の日の丸の出現に驚き、日本語の声援に重ねて驚いたそうです。そりゃそうだ・・・。お礼にグッズをいっぱいもらって帰宅したのを覚えているので今年も!とヨコシマな希望を持ちつつ第1回戦開場のトゥーロンが誇るマイヨール・スタジウムへ向かいました。定刻に到着、すると!なんと有料じゃないですか!やっぱり規模の大きい会場は違うのね、としぶしぶ5ユーロを支払う。改札を通ったら君が代が聞こえてきた~~~!!思わず歌ってしまうpidoo、義務教育のお陰です。さて初めて足を踏み入れるこのマイヨール・スタジウム。コレもついでに・・・とネットで検索したらなんだか出てきたので紹介しておきます。1920年有名歌手Felix MAYOLの多大な寄付により設立、着席収容人数1万3千5百人!トゥーロン・ラグビークラブのホームとして利用されました。その後1983年に改修工事が行われ、地下駐車場及び巨大ショッピングモールを伴う現在の姿になったのが90年代だそうです。へぇ~、そんな歌手いたんだ。・・・そんなことより問題のジャパンユース!前述したように開場は大きい!ので、かなりガラガラの観客席に最初に目に入ってきたのが私たち持参の国旗より更に大きな日の丸!・・・負けた・・・。ってそんなことで勝負してどうする・・・。大人数で来ているらしく「ニッポン!(太鼓で)ダダダン!ニッポン!ダダダン!」と応援している。pidooもそれにあわせ、「ニッポン!」と叫ぶ。気持ちい~。休憩が終わり後半に臨むジャパンユースたち。 現地のニッポン・サポーターの方々。肝心の今日の試合相手はスウェーデン。って、スウェーデンのカラーが黄色とは知らなかったよ~!!偶然にも黄色のポロで来てしまったpidoo、ちょっと居心地が悪くなってきた・・・(汗)。しかしそんなことは気にしないジャパンユース、試合が始まるや否や、先行1点を獲得!!その後特に危ういシチュエーションもなく前半終了。後半はなんだかパッとしないまま試合は進み、そのうち飽きたpidooはビールを買いに行ったり、知人の日本人を見つけて世間話に花が咲かせたりとついつい応援もおろそかに・・・。制限時間残りわずかとなったその時!スウェーデンチームの1点が入ったぁ~~!!あ~~~~あ~~~~と言うことで引き分けで終了したのでした。その後ブラジル対ポルトガル戦があるとのことで終了間際から観客が続々増えてきて、黄色いポロのpidooはどっちのチームも応援できそうな雰囲気・・・(両チームともにユニホームに黄色が入っていたので)。日本チームもピッチの端に座って観戦する模様。最後まで残れば一昨年みたいにお話できるかな~?とも思ったけれど、お腹も空いたし(試合開始は18:30~でした)帰途に着いたのでした。しかしフランスで初めてのスタジウム、何が良かったってやっぱり熱い日差しを浴び、そよ風に吹かれながら飲むビールでしょう!!・・・あれ?日本チームの応援に行ったはずなのに・・・(笑)。 問題の(!?)黄色のポロ着用のpidoo、左手に日の丸、右手に笛で応援スタイルはほぼ完璧!?
2004.06.02
昨日はポルクロール島Ile de Porquerollesへ行ってきました。気になる天候は晴れ時々曇り、暑すぎることなくちょうど良い日和。しかしコレに油断したのが失敗の元、正午も過ぎた頃には何だか肩が無性にカユい・・・ゲッ、真っ赤だよ~~~(涙)!!最近は一歩でも外に出る時には、フランスでは非常に珍しい、ほとんどやけど後の紫外線よけとして使われそうなSPF100のクリームを顔に塗っています。(みんな日焼けしたがるのでこのように度の強いクリームを見つけるのは結構至難の業です)この日は勿論その上に帽子もかぶり、顔対策は完璧!なのになのに、曇りがちなお天気で突き刺す日差しの感覚もなく、腕・肩はノーマークだったのです・・・。ああああ。夏もまだ迎えてないのに今年も美白に失敗だぁ~・・・。例えばですよ。キャメロン・ディアスから「見事に焼けた肌、ウラヤマシイ~」なんて言われちゃう藤原紀香ちゃんならテラコッタ肌もヨイでしょう、ええ、ええ、彼女はセクシーです。(某スポーツ新聞の情報です)でもpidooが日焼けしても全然いけてない・・・田舎のオネエチャン・・・いやそろそろオバチャンかなあ??いくらフランス人からの評判が良くても本人はかなり納得できないんだからしょうがない。無謀な挑戦は来年に持ち越しされたのでした・・・。
2004.06.01
全6件 (6件中 1-6件目)
1
![]()

