全26件 (26件中 1-26件目)
1
私は単独行動を取る事が多い。被災地も殆ど単独で行く。単純に集団行動が苦手なのであろうが、これは少年期の影響が強いように思うのである。何回か書いたが、少年期は集団生活であったのでありそうなると、その様な生活に慣れているハズなのであるが成人に成っても集団行動はあまり取らない。それは別な面で、集団行動では自分のミスが周りに及ぼす影響が強いのと、それによって他人に迷惑を掛けたくないと思う気持ちが強いからなのである。単独行動の場合は、自分の行動は自分で責任を取れば良いと言う考え方なのである。だが仕事をする場合は組織に入らなければならないので単独行動は出来ないから、組織に準じた行動を行うがその中で責任だけは持ちたいと心がけて来た。それは自分に厳しくして行かなければならない事に繋がるのである。それによって出世も早いが、負担も大きくなる事になる。若い頃は、その負担も苦にはならないが、自分を背伸びさせる事に成るのである。これも生きている上で必要な事であるし、それが無ければ人間としての学びも無いと思うのである。その様に生きて来た自分であるから、何回も書くが余裕のないブレーキであり、突っ走って行くだけの人間であった。そこには自分の少年期の生い立ちも絡むが少年期の生い立ちの環境によって、生き方が変わる事を私は感じ取っている。一般的な生活で無く、私のような混乱した生活を送ると悪く出るか、良く出るかに成るが、殆どは悪く出る率が多いのであろう。私の場合は、1年間は悪かったが、それ以後は多くの人に助けられて自分を見直す事が出来たから、悪の方向に行かなかった部分があるが、逆に反発心が強くなったと思う。それは育った環境で差別や偏見に対しての反発である。その反発は劣等感となり、その劣等感を払拭しようとして相手に向かって行く事を強調されたのが仕事である。自分なりの仕事をしようとすると、上に立たなければ自由に仕事を切りまわしが出来ない事が分かっているので仕事をやり遂げ、相手に認めさせて上に立ち、自分のやりたい仕事の方向に持って行く事をして来た。だが、それも組織内では限度がある事は分かっているので仕事で認めさせて、一匹狼で行動するように成ったのである。それも私の仕事はシステム屋なので、個人的な力が認めて貰えたから出来たのであろう。私はこれからの日本の現状では、経済的にも問題は多くなるので逆に若い人が伸びるチャンスがあると思うのでそれを生かして新たなる日本を作ってほしいと希望する。4月も終わりであり、新たな人が働き始めなので希望を持って頑張って貰いたい。
2015.04.30
コメント(0)
地方政治が政治の基本的な物を、破壊しているのかもしれない。東北の地方選挙で、またもや美人議員誕生などと報道されるのは政治がAKB並みの選挙に成っているのであろう。これ程、日本国民の政治に対する意識が薄いとは嘆かわしい事である。これでは地方再生などは程遠いであろう。どう考えても政治を理解して立候補したようには思わない。その辺の人気投票並みの考え方で立候補しているように思う。それが当選しましたとは、その地域に住んでいる人達は本当に自分達の住んでいる所を良くしようと思っているのか?確かに話題性はある事は間違いないが、地域の為に成るのか疑問に思ってしまう。当選した方は芸能界の経歴を持っているが、政治に関してどの様に考えているのか分からない人を選ぶ地域民の感覚が私には分からない。そこには別な「美人過ぎる議員さん」が居るそうであるがそれが話題に成るのは悪い事ではないが、政治とは地域を考えたら、そこに住んでいる方の気持ちが分かりかねる。話題性はあるが、本来の政治はどうなっているのであろう。確かに当選された方も、これから政治に対して学ぶであろうがどう考えても、私にはAKBの選挙と同じように感じてしまう。地方は、これからは大変な時期に成る事は分かり切っている。高齢化と過疎化は目の前に来ているので、地方が生き残るのは、新たな物を生み出すか、合併等で別な部分を作り上げなければ、地方は生き残れないであろうと感じる。その様な状況下で、その方が何処まで地方を考えているのか?確かに今回の地方選挙では議員のなり手が居ないと言われた。これからの地方は難題が多いであろうし、財政的にも厳しい日本の政治体制が崩れるのは、地方からであると私は思っている。地方からの国会議員や地方議員も、地方のような封建制度の延長のような考え方では駄目であるのが私の考え方である。何回か書いたが、地方の国会議員は2~3世が多い。それは地方ほど封建的な考え方が蔓延っているからだと思う。それが今度は人気投票並みの方が立候補して当選・・・地方の方には、これからの地方の危機感が分かっているのか?遊びではないし、芸能界では無いのにと思ってしまう。これが日本の政治体制であり、国民の一部は政治が分かっていないのではないかと思う。日本の財布は、官僚と政府が握っているから、地方は考えないのか。もう少し政治に対して考えて行ってほしいものである。
2015.04.29
コメント(0)
最近、疲れを感じると言うか、疲れが取れない。それだけ自分が歳を取ったのであろう。確かに、この年齢で、夜行バスで行くのと、泊るのが仮設でのごろ寝だと、疲れる事は確かである。帰京してから疲れが取れるまで、2週間はかかるであろう。そんな愚痴を言っても始まらない事は分かっているのであるが南三陸では、新たに別なお手伝いを頼まれたと思ったら地元の社協で病院の付き添い以外で、新たに頼まれてしまった。どうも自分の性格は「嫌」と言う事が発せないのであろう。それが良い面もあるが、自分自身の身体の事を考えるべきであろうが、それは後回しに成っているのである。この状況を考えると、母を思い出す。何回か書いたが、馬鹿が付くほどお人好しであった。その母の性格を受け付いた部分が出て来たのであろう。南三陸のお手伝いはPCを地元で復興に尽力している方に教えるのであるが、その方も色々な面で活動をしていてそんなに抱え込んだら、「皆、中途半端に成るよ」と説教みたいな事を言った私が、自分で土壺に嵌っているようである。その方は、まだ若いので、これから伸びて行くので応援はしたいと思っている。また、今までに付きあった方も多く居るので南三陸には今後も行きたいと思っている。地元では車椅子の方の病院の付き添いが毎月あるがそれ以外に目が見えなくなった方の、話し相手のお手伝いを依頼されたので、近くなので受ける事にした。その事に関しては地元の人達との交流もうまく行っているのでもっと別な観点から高齢者や寝たきりの方のお手伝いもしたいな思っているし、これが何かの方法として生かせるかもしれないので受けたのである。そんな事で、この団地移り住んで2年目に入り、それなりの交流が生まれて来た。今日も下の方からガス台が、おかしいから見てと頼まれ見てあげたら、竹の子とトマトを貰ってしまった。また、南三陸の方から、ワカメが送られて来たのでお裾分けで配って歩いたが、その後に2回送られて来て自分では食べられないので、配って歩く事に成りそれが別な部分で交流を生んでいる。ただ、私個人としては、ワカメは見たくないと思っていたら今回南三陸に行ったら、ワカメの収穫の最終日に当たりお手伝いをして来て、メカブご飯を2杯食べてしまった。本当は魚を食べたかったが、転覆事故で捜索活動を行っているので漁には出なかったので、魚は次回に御馳走になろうと思っている。でも、この様に人との交流が出来、そこから互いに話をして楽しく交流が出来るだけ、私は幸福である。南三陸は個人行動なので、自分なりに好きに出来るのが私に向いているのであろう。
2015.04.28
コメント(0)
今日は2回目の統一地方選挙であった。私も投票に行ったが、これほど分からない選挙は無いと疑問に思っている。地方選挙であるから、地域の人達の声が反映されるのであろうが、候補者は自分の名前を連呼しているだけで、政策などは発言が無いしただ騒音を出しているだけである事に気がついた。どの党が何を地域の為にやるのかが分からない。国政批判を行って、それに便乗している発言もあり地域の声などは聴いていないし、地域の為に何をやるかも分からない発言ばかりである。これだと地域民は関心を持たないであろう。まだ、町内会の世話役おっさんの方が、何をやるかが分かる。確かに地域であれば、世話焼きな人が議員さんとなる可能性は高いであろう。だが、一番生活と密着しているはずが、地域を、どの様に変えて、どの様に進めるかの説明も無いで、名前だけ連呼されても、誰に投票しようか迷うだけである。これが地方選挙であれば、日本人の政治に対する考え方が偏ってしまうであろう。やはり日本の政治は何かが欠けているが、それを是正しないで来た、政治家や官僚と国民も問題があるのだろう。日本の政治は数の論理から成り立っている為に数を揃えた方が勝ち、その方針が通る事に成るがそこには政治本来の考え方が消えている部分が多い。利権が先行して、国政の党にしがみ付いている状況であろう。本来の地域の活性化や地域民の声は、地域に届くのであろうか今の政治体制でと思ってしまう。日本は伝統を重んじる国だと思っているが、それは文化や良い習慣などを重んじるべきであるが今の政治体制は、戦後の旧態のままと同時に日本の壮健制度を引きずった体制が、そのままでそれを政治家も国民も変えようとしないでいるのが日本であろう。国民が声を上げるべきであり、政治家は自己防衛で現状維持を考え、戦勝国の顔色を伺い、それが国民にも波及しているのが日本である。新たな若い力で、政治を改革する事を望みたい。その為にはお嬢ちゃん、おぼっちゃまでは駄目であろう。
2015.04.27
コメント(0)
私は被災地に行く毎に感じるのであるが、国が言っている復興とは何だろうと疑問に思う。今回は2カ月ぶりに行ったのであるが、あの災害から、何ら変わらない街並みを3年以上見て来た。確かに人は暮らしているし、何らかの建物も建っている。盛り土もされて整備らしき様相はある。政府のお偉方が何回か訪問しているが、南三陸に関しては被災から4年が経つが復興と言う文字は見えて来ない様に思える。人も働き、頑張っている姿は見えるが、その状況も生活の為に住んで居る所から、離れられない為である。だが、街並みは無いに等しいし、復興と言えるには程遠い。4年の年月が経ち、一向に進まない復興に、私は政治家や行政のやり方に疑問を感じている。それと仮設に毎回泊めて貰うのであるが、そこに住んでいる人達の心の拠り所は、何処にあるのと、問いかけたい気持ちである。今や仮設に住んでいる方々の精神的な部分は限界に来ている。ましてや高齢に成って、自分達の心の支えが無い状態が4年以上に成ると、私でも挫けるであろう。今回、高齢者の方が骨を折って入院していたので気仙沼の病院まで行ったが、あちらは人口も多い事でそれなりの街並みが整いつつある。それも政治力であろうと思うが、気仙沼出身の政治家が居るから復興も早いのであろう。だが同じ選挙区で人口が少ない南三陸は更地状態なのは何故?そこには人は住んでいるが、街並みと言うには程遠い状態である。漁業も頑張っているし、若い人たちも頑張って働いているが気仙沼と南三陸では、町と野原の違いがあり過ぎるように思う。これでは復興と言えるのか、確かに人口が多いからそちらから力を入れて行く事は分かる部分はあるがそれにしても復興の速度が遅いように思えるし何回か行っているが、何ら進捗してないように感じる。それと仮設に住んでいる方も高齢者が多く、精神的な部分で弱っている状況が、行く毎に感じるのである。高齢と供に自分達の希望も持てない状況が続きその為に精神的な部分が弱って、病気がちになりメンタルな部分が出始めている状況である。復興が目に見えて進んで居るなら、希望も持てるが復興は鈍速であり、仮設住宅から出る希望も無い状況では住んでいる方も望みを失うであろう。私は部外者だから何も言えないが、政府と行政は復興にもっと力を入れるべきであり、総理大臣が行って「復興に力を入れます」等と言っているが、30分程度の滞在で何が分かるのですかと言いたい。今の状況では、復興と言う名の予算は出ているがそれが本来の復興に使われているのか?同時に人間のメンタルな部分を考えてやる事が重要な時期に来ている事を、政治家や官僚は考えるべきである。本来はそこに幾度も行って、状況を把握すべきが通りすがりで見たり、聞いたりで対策を行ってますと言っている政府や官僚・行政には腹が立つ。人間としての苦しみが分からない人達なのであろうと感じてならない。
2015.04.26
コメント(0)
今回、南三陸に行ったのですが、何時も車いすで散歩をする高齢者の方が、私の行く前の日にトイレに行っている時に骨折して入院してしまいました。天候も良かったので、その方も楽しみにしていたのですが残念な事に、その様に成って病院のお見舞いに成ってしまいました。お見舞いに行くと、「ごめんね」と謝られてしまい私は「早く元気に成って、散歩しようよ」と励ましましたが今までは多少なりでも自力で歩けたのですが今後は歩く事が出来なくなってしまうそうです。高齢なので手術も出来ない状態であり、今後は車いすでの行動に成りますが、仮設住宅は車いすでは動けない狭さなのでこれからは大変な生活に成るでしょう。仮設自体は車いす用に出来ていませんし、物を置いたらそれだけのスペースも無いので、これからは寝たきり状態が続く事に成るので、身体の事を考えると大変だと思います。私との散歩を楽しみにして頂いていたので、私も悲しい気持ちに成ってしまいました。今後は暖かくなるので、行ってあげたいのですが遠方なので、行ける回数も増やす事が出来ないのと私も、それ程余裕が無いので残念ですが今のペースでしか行けないでしょう。その方は30年近く前に脳梗塞で倒れて、今の状態になり、今回の災害で助かったのですから、もっと頑張って生きて頂きたいと思うので、成るべき行ってあげようと思っています。家族の方からも楽しみにしているので、来て頂戴ねと言われどうしても家族間では我儘も出てしまうし、話をするのが難しい部分もあるので、私のようなクッションがあればその方も気楽に話が出来るのでしょう。その様な事で、目的の1つは果たせなったのですが今度は別な事を頼まれて、今後も行く事に成ってしまいました。それは南三陸で活動している方にPCを教える事を頼まれたのでそちらも行う事に成るのと、南三陸には3年以上行っているので友達も多く出来ていますから、今回もワカメの収穫の最終日のお手伝いも少々やって来ました。そこで無理を言ってメカブご飯を作って貰い食べました。その様に無理も聞いてくれる仲に成って、人間同士の繋がりが出来ているので、私も楽しみにして行けるのだと思います。ただ私も年齢なので、仮設でごろ寝はきつい部分があり東京に帰って来てから、疲れが抜けない状態があり自分の歳を感じてしまいますが、出来るだけ行きたいと思っています。前に私の住んでいる団地の高齢者の女性の発言を書きましたがあちらの方は浜育ちなので言葉の荒さと、方言があるので圧倒されて来ましたが、方言的な事は私も北海道出身なので分かるのですが、あちらの人の話し方は荒いです。その荒さで私は弄られて来たのですが、3年以上行っているとそれも慣れて来ましたが、あちらの人は高速道路から降りる時に「高速道路を落ちる」と言うのは驚きました。ゴミを捨てる事を投げると言うのは、北海道でも言うので気にはなら成いですが、高速道路は「降りる」のが「落ちる」は分かりませんでした。それと、新たな方と繋がりが出来、帰りのバスでも別な方とお話をしているうちに、友達になったりで、人との繋がりが広がって行く状況である事は喜ばしい事です。私は単独行動ですが、その様に繋がって行く事の楽しみを味わっている、贅沢な人間なのかもしれません。
2015.04.25
コメント(0)
最近の与党の横暴さが目に余る状況である。数で政治を牛耳っている感じがしてならない。本来の政治家の役目では無く、自分達の考え方をごり押ししているだけであろう。政治とは国民の為に行うものであるが、今はそれが無いような気がしてならないし、自分達の不利になる事は隠す傾向が強い。報道関係に圧力を掛けている部分は国民からするとおかしいと思える。それをやるのは、余計な口を出すな、俺たちは国民に選ばれたのだから、お前らが俺たちに不利になる事はするなと言っているようなものである。私は、元々報道関係は、政治家の小間使いと書いていたがその役目を、さらに厳しくして国民を欺く行為を行っている。これだと学校のイジメグループと何ら変わらない。数の力で圧力を掛けて、国民にチクッタラ校庭に呼び出しを掛けて、脅しを掛け、次にやったら殴るぞと言っているようなものである。政治家ともあろうものが、餓鬼じゃあるまいしそれなりの知識人として振る舞うべきが、餓鬼と変わらない振る舞いを行っているのが今でしょ。これが当たり前の日本の政治になったら、日本は何処に走って行くのだろうか。また与党の中から、その様な行為を止める連中も居ないのがおかしいと思う。政治家は良識ある人が成るべきであるが、それが無い政治家のやりたい放題の、日本の政治に成りつつある事に危惧するのは私だけであろうか?この様な政治家を選んだ国民にも問題がある事は分かるが政治家自体から何らかのアクションが無いのもおかしい。今の政府のやり方は独裁路線の前哨戦みたいな感じがしてならない。このままだと国民の声など聞きもせず、次々に自分達の考え方で進めるだけであろう。本当は、それを止めるのは国民であるが、国民もお上には逆らっても、どうにも出来ないという考え方なので、当分この状況は続く事に成り、国民も諦めムードであろう。今は2回目の地方選挙に入ったが、今回も投票率は低いようならこれは国民自体が作り上げた、独走政治家集団となり最後には国民に責任を取らされて、政治家は知らんぷりするだけであるは分かり切っている。もう少し国民も政治に対して考えるべきであろう。21日から24日までは、南三陸に行くのでブログは休みます。帰って来たら、あちらの状況も書きます。
2015.04.20
コメント(0)
前日書いたが、女性を泣かしてしまった。本当は、私は女性の涙に弱いのであるが、よく女性を泣かす。最近では病院に付き添いに行ってた方を泣かしたし、今回のお店の人を泣かしてしまった。付き添いに行ってた方は、亡くなってしまったのでそれは残念な気持ちで一杯である。あの方は寂しかったのだろう。私が「帰るね」と言った時に、涙ぐんでいたのが最後に成ってしまった。もう少し何かをしてあげられたら、これほど悔まないであろうが悔やみきれない感情が強い。私があちらに行ったら、もう少ししてあげよう・・・。私のあちらは地獄かもしれないが、閻魔さまに頼んで少しの間あちらに行かせて貰おう。その時は母と、亡くなった彼女と会えるであろう。それは冗談として、男は女性の涙に弱いと言うが本当であろう。私は若い頃は、よく女性を泣かせた。こう書くと相当なプレーボーイと思うであろうが、そちらの方は全然駄目であり、仕事で良く泣かせた事を思い出す。私がコンピュータをやり始めたのは、45年前でありその頃はコンピュータの初期の頃で、まだ日本語が無いで時代であり経理処理等や売上げや仕入れ処理システムが主流であり、私の会社もオフイス・コンピュータを入れたので私が責任者としてコンピュータを任されていた。その頃は電算室と言っていた時代であり、今、その言葉を使っても誰も分からないであろう。その時代は、一般の人達はコンピュータは何でも出来る物と考えていた時代である。その頃は、データはパンチャーが打っていた。パンチャーは女性であり、データの打ち間違いで数字が大きく変わる事がある。それに対して各部門から苦情が来るのである。その間違いを少なくする為には、データの打ち間違いを削減しなければならなかった。私はプログラムを作成していたが、チェック機能を加えてもデータ部分は人力なので、間違ってしまう確率が高い。その為に私はパンチャーに対して厳しい対応をしていてよく怒る上司であったので、パンチャーを泣かせたのである。ただ、仕事としての対応は厳しかったが、後のホローは、私の責任で各部門に謝っていた。その時の私は相手を女性と思っていないのである。同じ仕事をしている同士と思いっていたので、その頃は女性と男性の給与関係が違いっていた時代であり私は昇給時期に成ると、社長に直談判して男と同等にパンチャーも昇給してくれと言って、同等に昇給させていた。その様な事であるから、パンチャーに対しても男扱いで対応するから、問題が起きた時は激しく怒ったのである。その厳しさで彼女たちは涙を出して泣いていた。今の時代は男女均等法が出来て、格差も減ったが私達の若い頃は男女の格差があった時代である。基本的に女性だと思っていなかったのであるし私と同類と思った対応であるから、叱る時は男と同じように口調で言うからキツイ言い方に成っていた。それでも私が会社を設立した時には付いて来てくれた。私の若い頃は、前にも書いたが遊びの無いブレーキ見たいで仕事に対しては厳しかったと思う。ただ、年齢とともに柔らかくなったのと、短大などで教えた事によって自分なりに考え方が変わって行ったと思う。今では女性の涙を見ると、守って上げたいと思うがその様な女性が少なくなった時代に成ったとも思える。むしろ男性人が弱くなったのかもしれない。
2015.04.19
コメント(0)
私はSNSもやっているが、殆ど書き込みはしない。書くのはブログだけである。前にも書いたがSNSの友達も最小限に留めている。同時に私の住んでいる東京では友達(SNS)に成っている人はSNSの前からの知り合いだけで、それ以外は地方と海外の友達だけである。私から友達申請は殆どしないのである。これはシステム関係の仕事が長い人では考えられないであろう。基本的に私は、コンピュータは道具でしか見ていない。連絡用や短文での説明などに、使用するだけの考え方なのである。私の考え方は前にも書いたが、コンピュータの発展と供に人間性が失われて来ていると思うのである。相手を理解する場合は、対人で話をして理解するものであり機械を通しては本当の理解は得られないと思う。人は相手の顔を見て話、相手の表情で理解を深めるものである。SNSの書き込みだけで理解出来る部分があるが、本来の人としての理解では無いと思うのである。その為に私は友達としては、人と相対して理解したいと考えるからSNSでは友達を作らないのである。システムの仕事をしていて、コンピュータの発展の初期の頃から知っているが、コンピュータの発展と供に人間性が失われて来るのも見ているので、私はコンピュータに対しては便利な道具であると思っている。私の考え方は一般の人には理解出来ないであろう。これだけPCやNETが発展して、若い人たちがそれを活用して連絡を取り合ったり、友達を作ったりしているのだから、私の考え方には反論もあると思う。私は、SNSやPCで人間としての深い信頼関係が生まれるかと言う、疑問を持たないで友達として認めるのかが不思議である。確かに情報を得るのには便利であり、迅速に情報が得られるがその面だけを考えると便利であるが、本来の人間としては互いに相対して理解を深めるものだと思っているので、私には理解出来ない。私は人とは意外と早く親しくなるタイプであるがそれは対人間として互いに向き合って話をするから理解し合える部分は生まれる。最近も高齢者の方達と話をするが、その方達はSNSやPC等とは殆どやる方は居ないし、それを理解出来ない人達ばかりである。だが、そこには顔を見ながら話し合えるから理解で来る。それが本来の人間の姿であろう。それがSNSやNETで理解したつもりの人達が多過ぎるように思えてならない。ある大手のコンビニで、私が予約をしていた物が、相手側の手違いで他の人に、売ってしまった事があった。私は、それに対して激怒した事がある。私が予約した物は、ひな祭りの桜餅であり2個(ケース)予約した。その桜餅を私は病院に付き添いに行っている方に上げる約束をしていたのである。また、同じ団地の寝たきりの方のも約束をしていたのが相手の手違いで、商品棚に並べてしまい1ケースお客さんが買って行ってしまったので1ケースしか残って居なかった。私は1か月前から予約をしていたので、私が取りに行くと手違いですと謝罪はあったが、私の怒りは収まらない。私は約束していた事を自分で破る事になるしそこには人間としての信頼を失う事に成る。たかが桜餅の約束であるから、約束した相手に事情を話せば済むが、その店には良く行く店であり信頼していたから予約したが、それを破られた事が我慢できなかったのである。私が他の人と約束していなければ、それ程怒らなかったが商売をやっている以上は、その行為は問題である。相手は他店で探しますと言ったが、同じ物はなかった。確かに予約制のものであるから、無いであろうと思い1ケースだけ支払いをして帰って来たのである。その時に相手側が探して自宅に届けると言っていたので住所とTELを教えて帰って来た。それから20分ぐらいで、単品で数だけは揃える事が出来たので、それでも良いかとの問い合わせが来たのである。私は約束していた人達に持っていけるならと受諾した。その後に、それを持って来てくれたのである。その時に来た人は、その店の社員さんで、店でも私の文句を聴いてくれていた女性であった。その人が持って来てくれて私は対応したが、向こうは平謝りして、涙ぐんでいた。お金を払おうとしたら、相手はこちらのミスで迷惑かけたのでいりませんと言うので、払わなかったが、その時のその方の態度に、誠意が籠っていたのを感じた。その様に相対して話す事で、間違いであっても許せる部分があるしそれが本来の人間としての姿だと思う。私の幾度か買い物をして、苦情を言う事があるが電話対応で誤られても許す気持ちにならない。そこには相手の誠意が見えないからなのである。前記したお店には、次の日に行って、前回の事はなかった事にしてと断り、今も平均毎日通っている。今はNETやコールセンター等で苦情処理を行うがこれは効率が良いが、本来の人間としての繋がりが失われてしまう確率が高い。私も幾つかの、その様な問題を起こした店には行かなくなった。そこには人としての繋がりが見えないからでありそれがNET社会に成り、その傾向が強くなったと思う。やはり人対人が相対して分かり合える社会が私は好きである。
2015.04.18
コメント(2)
最近も近所の、おばちゃん達と良く話をするが、私が若く見えるので、相手は、からかって来るがだが、テレビに出て年齢がばれてしまったので私が何か言うと、歳を言われるようになったがそれでも団地では若い方に入るのである。団地内では高齢化が進んでいるが、それに対する対策は行われているが、自治会が機能していない状態なので不満も多いようである。ましてや女性が多いのであるから、爆発すると聞いていられない。これは女性特有であり、なおかつ年齢が行くと凄さを増す。私も短大で教えていた事があるが、女性ばかりだと扱いが大変であるし、均等に相手をしなければ文句が出る。その状態で年齢が行くと、凄さを増すのであろう。年齢の行った男性は奥さんに、頭が上がらない人が多いと言うが、それは感じる。女性パワーの凄さは、男性は敵わない事は分かっているので私は近寄りたくないのであるが、最近は引きいれられて色んな事を頼まれるようになった。今回、被災地からワカメを送って貰ったので、自分では食べきれないので、自分の住んでいる棟の方に配って歩いたら、尚の事色々話しかけられる。これは良い事であるが、話しているが聞き役に回る率が高いのであり、時間も長くなってしまう事に、いささか参っている。私は2度離婚しているが、もし離婚していなかったらやはり奥さんに頭が上がらない状況であろうと思う。私のように好き勝手に動く人間には、奥さんからの文句は相当飛ぶであろうと思うからだが・・・。今思えば離婚して良かったのかと思う事もある。私のように一匹狼的行動を取る人間には、家庭とは縁が無いのであろう。それに、私自身は女性に縁が無い方なのかもしれない。同時に鈍い部分があって、何処からが恋愛であるかが分かっていないのであろうし、女性と自分が意識すると逃げ出すタイプである。2度目の奥さんに言われた事があるが「貴方はずるい」と言われた。それは何度もデートをしているのに、手を出さないし相手が私を好きだと分かっても、自分から言い出さない。普通は男が「好き」だと言うものであるが、それを言わないで相手から言わせるからである。これは自分が臆病に成っているからなのであろう。母を早く亡くして、次に好きだった彼女を亡くした事に責任を感じているのと、離れた時に自分が悲しむのが辛いから逃げているのであろうと思う。まだ小学6年の始めであったが、私は母を尊敬していたし愛していたので、母が私の理想の女性であった。それが、月日が経ち、亡くなった彼女から告白されて最初は断ったが、彼女の生い立ちと境遇に対して守りたいと思い付き合い出したが、彼女を守れなかった自分が、悔しい思いをしたので、その様な気持ちには二度と持ちたくないからであろう。自分は弱いのであろう、愛する人を二度亡くする事の苦しみから逃げる場所が仕事であったように思う。ましてや亡くなった彼女は両親も亡くなっていたので自分を頼ってくれていた人を、助けられなかった自分の弱さに自分自身が、腹が立つのである。彼女は18歳の若さで亡くなった。それを助けられなかった自分は、愛する人を亡くする事に臆病に成ってしまったのであろう。人間は自分の経験した辛い苦しみは二度と繰り返したくないと思うものであると私は感じる。
2015.04.17
コメント(0)
最近、人から色んな面で学ぶ事が多い。私は、学生時代は勉強が嫌いであったが、この歳になると学ぶ事に興味を持つようになった。誰しも学生時代は、勉強は好きではないであろう。学生時代は試験の時だけ、一夜漬けで勉強していたものである。今に成って学ぶ事が沢山あるなと思う事が多い。学ぶと言う気持ちになれるのは、年齢が行ってからなのかもしれない。小学生の頃は、父が厳しく、冬休みの宿題で習字を提出するに達筆な父が傍に居て、書き方を注意するのである。それで字の撥ねる方向を反対に撥ねて拳骨が飛んで来て私は、それからは学校で習字を提出しなくなった。また、音楽でも父に音痴と言われ、それが頭の中にあり音楽の時間に独唱の試験も放棄していた事がある。だから音楽と習字に関しては良い成績は貰えなかった。それが中学に成っても続いていたのが私であったが何故かそんな私がクラス委員に選ばれるのは書記であった。それも中学1年から中学3年まであった。また、中学の頃は数学の時間に参考書を読んで居たら先生に怒られて、それからは数学が嫌いになった事もあり試験は悪くはなかったが、あまり真剣に勉強はしなかった。それが以外にも、コンピュータ関連で日本の初期の頃からシステムを作っていたのであるから不思議なものである。アッセンブラ言語で計算式を自分で作り、それをシステムの中で計算をさせたりとかを行うのであるが自分が苦手な部分が社会に出ると周り回って来る事が多かった。同時に私達の時代は、人に教えて貰って仕事を覚えるのではなく人から盗んで覚えろの時代であった為に、人に教える事が苦手であった私なので、何でも自分で遣ってしまう事が殆どであり、その方が早いし正確であったので、人を育てる事が苦手な方である。それが自分の欠点であると思い、また、人を育てる事はどの様にすれば良いのかが分からない為に仕事も自分でやってしまい、育てる事が出来なかったので短大や専門学校で教えて、人を育てる事を学んだのである。その事が人を教える為には、どの様にすべきかが生徒たちから教えられたように思う。それまでの私は自分にも厳しく、人にも厳しい面があった。それは生い立ちから来ているのであるが、その厳しさは自分で遣った事は自分で責任を取るものだと言う考え方から来ていたので、部下にも厳しかったが庇う事はした。その為に出世は早かったが、上司とは言い争いになり出世も止まってしまう事が殆どであった。ただ誉める事をする人ではなかった、遣って当たり前の考え方なので自分は前を進むのが人間であり、頑張って遣る事は普通でありそれが当たり前と言う考え方が強かった。だが学生を教える事は、素人を教えるので一から教えるが知識が無いので、専門的用語は使えない。それをどの様に克服するかを考えたり、学生達の生活の中での行動に例えて専門的な事を教える事を学生から学んだのと人をほめる部分が大切であると感じた。人は隠れた物を引き出すには、誉めて気持ちを高揚させるとそこから別な部分が出て来る事に気がついたのである。人には得て、不得手があるのが当たり前であるが不得手も形を変えると、得手に成りうる事もあると学ばされたのである。人は隠れた物を沢山持っているし、それを引き出すとその人が別な部分を見出して伸びる事もあると思えた。私の授業は厳しく、企業に勤めている考え方で接したがそれは彼たちが、ここを巣立った場合の事を考えてである。ただ最初の頃は前記したように、専門用語は使わずなるべく分かりやすい言葉を使ったが、慣れて来るごとに厳しさを増した。ただ、授業が終わると先生も生徒も無い同等の付き合いをしていたので、それが別な面で学生も付いて来てくれたと思う。その部分で私の不得意な、人を育てる事を学ばせて貰ったのが学生たちであった。学校以外では多少羽目を外して、ドンチャン騒ぎをやったりもしたがそれが別な面で生徒との交流が出来たが、私にとって企業に戻った時に、上下関係の厳しさが薄れてしまった部分があり部下とは同等の立場で仕事をしたが、上司には厳しく接していたように思う。
2015.04.16
コメント(0)
政治に対する無関心さは、何時からかと思えばバブル時代からなのでしょうね。私達が生まれた戦後以降、日本は敗戦国として屈辱を受けながら頑張って来て、世界的に経済も発展して来ましたが、それに相反して経済の発展と供に政治家の質も落ちて来たように思うのです。それが国民の、政治に対して不信感を持ったのでしょう。その不信感は日本人独特の諦めが先に立ってしまった。経済発展途上では、私達は労働者の権利を主張していたしその前は学生運動等で、それなりに国民は意見を言っていたのです。それが経済の安定と供に政治不信に変わり政治家に対して期待を持たなくなってしまった。確かに現在の政治家に期待しても、弁解と責任逃れだけであるが国民が何も言わなければ、政治家は遣りたい放題に成るでしょう。そこには日本の国が陥る破産も考えなければならないと思うのですが、国民は一度味わった裕福を期待しているのか政治家に対して不信だけが先走っているのか期待した政党が駄目なら、前に戻して遣らせようと考えている。国民は政治など考えていない。確かに国民は生活を考えているのは当たり前であるがそこには必ず政治が付いている事を忘れているのでしょう。同時に国民は、今だけ考えて生活している。将来の日本など考えていない、これは誰しもがそうである事は当り前であろうと思うが、自分の子供たちや孫の代までは考えて遣るべきではないだろうか?それもしないで政治家と官僚の遣りたい放題を放置しているのは国民としての義務を放棄しているように思えてならない。日本国は国民の税金で成り立ってのであり、政治家が稼いでいるわけでもない、むしろ無駄な金を使っているのが政治家であり、それが日本国の借金が増えている原因の一つである。私達が戦後復興の為に働いて来たが、そこには私達の権利を主張して来たと思うし、その主張を通す為に国会に人をも送って来たが、今は政治家と大企業の範囲でしか公認していない政治家が殆どでしょう。それも政治家が大企業から資金援助を受ける為に、働く立場の人達に不利になるような法制化を行い働く側は経済の発展で潤ったから、それを見過ごして来た。今では労働者の権利より、大企業の権利が強くなり労働者が声を上げても、相手にされない状態に成ってしまった。だがこれからの日本は格差が広がり、私達が国の借金を背負いそれでも足りなくて、次世代に引き継ぐ事に成る事は間違いないであろうし、最後は債務不履行状態になるであろう。日本は経済大国では無いく、借金大国である事を国民も自覚すべきであり、国民は政治家や官僚に対して厳しく言うべきであると思う。
2015.04.15
コメント(0)
1回目の地方選挙も終わったが、投票率は過去最低の様である。この状況は国民に責任があるが、政治家自体にも大きな責任がある。日本の政治家は政治屋としての職業的な人物が多過ぎるのと跡目相続のように2、3世議員を輩出している封建的民主主義の国柄なので、本来国民の立場で政治を行う事が出来ていない。世界で政治家として慕われる人は、マンデラ大統領と、ウルグァイの大統領が有名であるが、あの人達は庶民の立場から立ち上がり多くの迫害を受けながら、国民目線で政治を考えている。日本に、あのような政治を考えている人物は居ない。悲しいかな地方から出て来る政治家は、地方の財閥であり一般庶民の考え方など分からない人達が多い。政治の基本は国民目線で行うのが本筋であるが彼たちは、お金目線で政治を行っているだけである。前記した、良い政治家は国民の苦しみや、辛さを分かっているし、ウルグァイの大統領は、車はポンコツのワーゲンに乗っている。日本の政治家は高級車に乗り、優雅に会食を行い送り迎えされて当たり前だと思っている連中である。前日ある有名な国会議員が、自分の送り迎えの車が気にいらないから変えろと官僚に文句を言っているが私から言わせると、貴方達は国民の税金で給与を貰いなおかつ経費を使っているのに、気にいらないから変えろ。その前に国民と同じ生活水準で考えろと言いたい。日本の政治家で、国民目線で考える政治家は殆どいないであろう。前記したマンデラさんやウルグァイの大統領のように庶民と同じ目線で考えて、行動する政治家は日本では皆無である。ましてや与党の公認候補の政治家は、数の論理で政治も分からない人を公認して、人気だけで議員に成っている人が多過ぎる事も否めない。それを許しているのが国民である事は間違いない。同時に政治家は、自分達の都合の悪い事は後回し、破産しそうな日本に成ると、国民に負担を強いる状況であり自分達の責任は取らないで、無駄な税金を使っているのが日本である事は間違いない。本来の国民目線で考える政治家は日本には居ない。これは国民の政治に対する考え方に問題もある。日本人ほど政治に関して、無関心な人種は居ないであろう。
2015.04.14
コメント(0)
前日の続きであるが、私達は貧しかったが家族との繋がりを感じる事が出来たのであるが、現在はそれが少なくなって来たように思う。貧しかったから肩寄せ合って生きて来たのかもしれない。確かに私が行っていた途上国でも家族の繋がりが非常に強いと感じたのであるが、日本は何時からかその繋がりを忘れているような気がしてならない。そこには経済の発展と供に、人としての何かを置き忘れて来た感じが日本にはある。それは親の働く姿を見せないのと、苦労を見せないので子供達には苦しさや、思いやりが分からないのかもしれない。確かに私達の年代は、働きバチのように働いて稼いだがそこには苦労もあり、楽しみもあるが、苦労している部分を子供たちに見せたくないので、その部分は隠して来た為に子供達には分からない部分があるのだと思う。それは親の見栄が先行していた為に、他人との違いを子供達には隠して来たので分からないのであろう。日本の経済が発展して家庭の生活も安定すると今度は家庭同士の見栄の張り合いが出て来て相手が子供に対して物を与えると、自分達の子供にも与えて行くが、それは人間としての見栄の張り合いに成ってしまったのであろう。そこには本来の家庭状況を隠している為に子供達からすると同等な状況であるとしか感じないが多少苦しくても子供に与え、本来は与えると苦しいが親の見栄で子供に隠して来た事が、逆に言えば人間としての本来の姿を教えて来なかったように思う。子供は親の苦労している姿から学ぶ事が多いはずがそれが見えなかったので、皆同じように感じてしまい家族間の繋がりも無くなってしまった部分が大きい。そこに生じる事は人間としての本来の優しさや思いやりが欠けてしまい、その事によって他人をも思いやる気持ちも失ってしまったのが日本のような気がする。日本人は大きな災害などの時は「絆」と言っているが個人に対する思いやりは、海外の人達より薄いと私は思うのである。本来の人間としての優しさは、個人に対しても生かされて始めて人間の優しさが出るものだと思うが、日本の場合は個人的に優しさを出すと、売名行為だとかカッコつけているとかの批判が飛ぶ事が多い。これは、日本人は本質的に集団で行動しない奴を嫌う体質を持っている。個人的な優しさで行動していると、上記のような考え方をする人間が、多い事は間違いない。人間本来の優しさは、個々に対して優しさが出る事であり誰かが遣っているから義務的に出るものではないのだが日本人は集団で遣っているから、自分も加わらなければと思う人が多いような気がする。海外でのボランティアの考え方と違っている部分が多いのと、基本的に島国根性なのか集団で動きたがる傾向が強いのが日本人であると思う。だから個人的に優しくしたり、労わっている人を見ると前記のような批判が出るのであろう。日本でボランティア元年と言われたのは、神戸の大震災からであるのだから、ボランティアの考え方が薄いのであろう。
2015.04.13
コメント(0)
今思うと、私は母の後ろ姿が忘れられないのであろう。後ろ姿とは、母の働いていた姿や、人の接する姿であるがそれが今の自分の基本にあるように思う。私達の子供の頃は貧しかった。戦後間もない頃なので、裕福な人は一部の人達ばかりであり殆どの人達は食べる為に働き、食料の配給で生活していたので同じような境遇であったと思う。親たちは自分が食べなくても、子供にだけは食べさせてくれていたし、子供の為に働いていたのである。その様な親の姿を見て、子供心に早く大人になって親に楽をさせたいと思っていた。私の家族は父が病弱であった為に、母が働いて私達兄妹を食べさせてくれていた。母は苦労知らずなのか、お嬢さん育ちなのか分からないが馬鹿が付くほどのお人好しであり、家に食べるものが無くなるのに、近所の人が食べ物を借りに来ると貸してやっていたのである。そんな母を見て、私は家に食べ物が残るのかなと子供心にハラハラしていた事を思い出す。最終的に母方の家に行って、食べ物を貰って来るのであるがその役目は私の役目であった。母方からすると、初孫が私だったので可愛がられていたのでそれを利用して私が使いに出されたのであるが私は母の助けになればと思いと、祖母に会える楽しみがあったので、苦にはならなかったのである。母は三姉妹の真ん中で、皆、カトリック系の女学校を出ていたので、三姉妹全員がカトリックの信者であった。私も幼児洗礼を函館のカトリック教会で受けているので洗礼名がある。その様な状況なので母のお人好しは、そこから来た部分もあるかもしれない。一番上の伯母は障害者施設で園長を遣っていたし下の伯母は東京の学校で先生を遣っていた。三姉妹は敬虔なカトリック信者であり、自分より他人の世話をする事が好きだったのであろう。お節介焼きな家系だったのであろうと思う。確かに祖母も、お人好しであったし温厚な人であった。母は私が小学6年の時に亡くなったが、その事は前に書いた事があるが、母が亡くなってからは祖母が私を庇ってくれたのであるが、その祖母も最後の頃は認知症で亡くなった。祖母が亡くなった時は、私も看取る事が出来たのでそれだけは自分自身で良かったと思っている。祖母には可愛がられて、祖母の背中におんぶされて子守唄を歌ってくれるのだが、祖母の音程が外れているのでそれを聞きながら祖母の背中で寝ていたので私の音痴は祖母が原因でないかと思っているがそれは私の勝手な想像である。その様に昔は家族の繋がりがあったが、現在は核家族化が進んで、一人暮らしの高齢者が多くなったし、家族間の繋がりが少なくなったような気がする。続きは明日。
2015.04.12
コメント(0)
ここのところ私のブログが異常である。私個人としては喜んで良いのか、アクセス数が増えている。こんな面白くも無いブログで、写真も載せる事をしないし勝手な事ばかり書いているのであるが、アクセスが増えている事に私自身が驚いている。私のブログに関しては、連携は殆どしていないのでそれ程アクセスはなかったのであるが、最近はアクセスが多くなった。私のブログは、気ままな事を書いているだけであり、面白みは無いと思う。自分なりの考え方を書いて、それで自分なりに動こうと思っているだけである。書いた以上は実行しなければ、空論に成るので実行に移す為に書いているし、自分の経験した事を書いているのであるから面白みは無いと思うのである。ただ政治に関しては、自分が感じた事を書いている。これは自分では実行できないが、国民としての権利はあるので国民目線で書いている。今の政治家(国会議員)は地方で選出されても、お金だけを引っ張りこむ事しか考えていない人達が多い。もっと地元に帰り、地元の声を聴き、地元で、どの様にして行けば良いかを考えるべきが中央にへばり付いて、金魚のフンの存在でしか無い人が多いと思う。それでは政治家ではないし、タダの政治屋と言う職業人である。だから地方の過疎化が進むのであろう。地方の過疎や高齢化は、今の政治家が政治屋として出る前から分かっている事であった。それが今に成って、地方活性化等とホザクナと言いたい。これは地方で選出された政治家にも責任がある。同時に地方ほど封建制度の残存が政治に反映している。地方選出の議員は地方の財界出が多いのと、その子息が次の議員に成る率が高い。お坊ちゃまやお嬢ちゃんが引き継ぎで居るのは地方が殆どであろう。別な部分で考えると、封建的なところがあり、隣近所の繋がりから始まって、対立候補などが立つと互いに競うが、それが地方の選挙であり、商売等を遣っていると相互間で取引しても、相手側と選挙で違う相手を推していると商売が成り立たなくなるのが地方のやり方でありそうなれば商売上で強い方が、ごり押ししている候補に投票するしかないのが地方での選挙である。私も若い頃に会社を運営していたが、その時に取引先から強引な誘いがあり、私の性格で別な候補を推していたら相手から取引停止を受けた事がある。それが地方での選挙であり、金を持っている相手が議員に金を出して、その利益を頂戴している連中が牛耳っているのが地方であり、政治も分からない人間が政治家として成り立つのが地方なのかもしれない。私も被災地に行っているので、あちらの現状も知っているので尚の事、政治家の不甲斐ない行動に腹が立つのである。あの大災害から4年が過ぎても、今だ、復興とは言えない状況が続きているのである。地方の活性化は、色んな面で考えて行かなければ一筋縄で行かない部分が多いのと、若者を育てて変えて行く努力が必要であろう。4月21日から被災地に行くが、別な部分で学んで来たい。
2015.04.11
コメント(0)
今は地方選挙であるが、地方の活性化を政府は唱っているが果たして、今の政府や官僚の考え方で地方は活性化なるであろうか?ましてや国が地方財政の財布を握り、何かやろうとすると政府や官僚にお伺いを立てて、行動を起こすしかないのが現在の遣り方である。地方によって財政が苦しい所が多いのは確かである。その状況は変わらないであろうし、変えようとしても国が財布を握っていたのでは、自由に行動は出来ない。同時に地方は高齢化と過疎化が進み、何も出来ないのが実情であろうし、若者も定着しないのであれば活性化は難しい事は誰でも分かる。これを地方活性化と唱えているが、どの様に行うのか見ものであるが、現状では具体的な項目は殆ど示されていない。官僚と政治家は、活性化の為に国が金を出せば良い後は貴方達が考えて具体案を作りなさいと言って居るのが今であろう。この状況では再度地方の統合化を行って行くしか道は無いであろう。その様にしなければ、地方は破産状態に成り新たな道は開けない事は分かり切っている。国は地方活性化と言うが、地方に若者が育たなきゃ活性しない。だが、地方に働く所が無いから、都市部に若者が流れて行く事になる。その部分を解決するには、どの様な政策を取るのか?今の状況では何の案も浮かんでこないであろう。歯止めをかける方法論も示さないで、活性化と騒ぎ金をばら撒いているのが政治家と官僚である。後は国の言う事を聞かない所には、お金は出しませんと言う脅し的な行為を行い、国政選挙の時は「お願いします、地方を良くする為に、頑張ります」と言っているが当選したら「知りません」と言って大企業等のご都合を伺い資金を貰い原発再稼働や基地問題などで、地方にお金をチラつかせて言う事を聞かせるのが政治家であろう。本来は今回の地方選挙で自立する道を模索して行くべきであるがそれも儘ならない状況下の日本であり、その為に無投票が増えているのであろう。地方議員は国会議員の使い走り役であり、国会の選挙の時だけ働き、お殿様(国会議員)が却下すれば何も出来ないのである。それが地方であり日本の現状であろう。基本的に金魚のフン的議員を選出した地方はこれからの日本では何も出来ないで終り、地方の名も変わってしまう方向に向かうであろうと思う。地方が活性化を考えて行くなら、地方の生産物をどの様に販売促進して行くか、同時に雇用体系の充実をはかり地方独自の対策案と作成して、若者に魅力ある場所を提供する事が重要であるが、それが成功すると大企業がその事業に目を付けて出て来てしまう。そうなれば販売に関しても地方では太刀打ちできない。その繰り返しを行って来ているのが現在である。それを分かって居ながら、政治家と官僚は対策を打たない。大企業からの資金を貰って、次の選挙の事ばかり考え地方の事など考えていないのであろう。地方は若者を育てる事と、若者に魅力ある場所を作り上げる事を考えて、NETを利用して中間マージンを無くする方法で消費者に魅力ある物を作り上げながら、新たな道を探るべきであろう。
2015.04.10
コメント(0)
私が良く書く日本の政治体制は、封建制度の延長の民主主義であると書いているが、国民にも責任はあるが政治家も問題が多く、話題が尽きないのが日本の政治である。与党も野党も問題が起きているが、公認した議員が無駄な税金を使い、政治を行っている。国民の為の政治をと言うが、何処が国民の為なのか理解出来ない事が多過ぎる。同時に日本人は責任と言う文字を忘れたのかと思ってしまう。原発事故もそうであるが、政治家が自分達の懐に入った国民の税金を、使い放題であり、使途不明な部分が多い。この様な人達が国政や地方の政治を行っているのが現在である。国政で1議員が年間1億数数千万の税金を使い、行っている事は、金魚のフン的存在で、国民の事など考えていないのが日本の政治家が多過ぎる。仮に封建時代であれば、今の議員は武士に値するが武士は責任を重んじて、失策を行った場合は切腹と言う責任を取らされた。それが日本伝統の武士道であり、日本人としての責任の取り方である。現在の政治を行っている人は、責任と言う言葉は無いに等しい。一度味わった甘い汁にしがみ付いて、次を考えて行動しているだけで国政など考えていない人達が殆どであり、その人たちには責任と言う言葉は無いのであろう。今の多くの議員は、昔なら切腹であろう。それが責任の取り方であったが、今は嘘を言っても知らんぷりして、居残って国民の選ばれたから国政で頑張ります等と言っている。だが、その連中はタダ高給で良い生活がしたいだけで政治などは考えていないように思えてならない。そこには日本の伝統的な責任の取り方が分からず自己保身だけの考え方で、逃げているだけの連中であろう。政治は誰の為と問うたら、自分の生活の為と答えそうな人達が多いような気がする。この人達は国民が問うたら「国民の為」と答えるであろうがそれも嘘であり、問題を起こしたら責任を取りますかと問うたら「責任は取ります」と答えながらも最後は逃げるだけの人達が多いであろう。これはその様な議員を公認した党にも責任がありなおかつ、その人たちを選んだ国民に責任がある。国会議員が年間国民の税金を1人、1億数1千万使うのであるがその様な無駄な金を、国の借金に回すべきであろう。同時に責任と取ると言う事を一筆書かせてから議員にすべき。そうでなければ、今の政治家では日本は良くならない。一般企業なら首に成るし、責任を取らされて辞めさせられているであろう。悲しいかな、これが日本の政治体制なのである。日本の知識人には辞書に責任と言う文字が無くなったのであろうか?
2015.04.09
コメント(0)
前にも書いたが、私は人との付き合い方がうまい方でないと自分で思っています。でも最近は気軽に話をする人が多くなりました。これは若い頃からでは、考えられない状況です。人は年齢を増す毎に、性格が顔に出ると言われますが私も若い頃から見ると、多くを学んだのでしょう。意外と親しみやすい顔に成って来たようです。若い頃は前にも書きましたが、気持ちが前のめりに成って仕事に走っていたのですが、最近は、それが無いので気持ちに余裕が出来たからなのでしょう。若い頃は、もう少し好い男に産んでくれなかったのかと親を恨めしく思ったのですが、今は生んでくれて有難いと思う日々です。私は一人身に成った事によって気軽に話が出来て、自分を表現できるように変わって来たと思います。人は企業などで仕事をしていると、それなりのプレッシャーがあり自分を表現したくても出来ない部分が多いのです。これは誰しもが経験している事なのですが、それから解放されると人は変われる部分が出て来るように思います。性格的な物は変わらない部分が多いが、潜在的な物が別に現れ出すのでは、無いかと思う事が多いです。同時に人と接する事によって、自分なりに学ぶ部分が出て来るのでそれを生かす事が出来れば、人は変われるものだと感じます。学ぶ気持ちが無い人は、自分の表現力を損なってしまって居るのでしょう。自分自身の殻から抜け出せない事は、それは人としての劣等感を持っているか、優越感を多く味わった事によって自分を殻に閉じ込めているように感じます。私自身の若い頃は劣等感が闘争心に変わり、自分に厳しく、かつ相手にも厳しい部分があったのです。それは何回か書きましたが、子供の頃の経験から始まり色々な経験を経て、劣等感が生まれて来たと思います。ただ劣等感も逆に考えると、それを持たなければ闘争心は生まれない事も学びました。その様に考えると劣等感を持つ事は、自分を鼓舞出来る状況に持っていけるものなのでしょう。ただ劣等感での闘争心は、自分を背伸びさせる事があります。それが自分を無理な状況に追い込む場合もあり、ストレスとなり、自分を見失う事もありました。そのストレスは欲望と言う、人間として誰しもが持っている物から来るのでしょう。貪欲に望むとストレスは大きく、欲望を小さくするとストレスも小さくなると、私は経験したと思っています。欲望は誰しもが持っているのであり、これがなければ人間としての進歩は無いのですが、欲望が強ければ逆に人の痛みや思いやりに欠ける部分が出て来るのが人間なのでしょうね。私も色んな人達を見て来て、そこから学んだ事が大きいと思っています。海外の貧しい人たちや、被災地で頑張っている人達等多くの人から学ばせて貰った事を感謝しています。人は川の流れと同じだと、私は若い頃から考えていました。本当に川の流れと同じような気がします。色んな物にブツカリ、ある時は緩やかに流れ、ある時は大きな岩にブツカリ、ある時はせせらぎとなって流されるのが人のような気がします。何か若い頃の事を思い出しながら、クダラナイ事を書いてしまいました。
2015.04.08
コメント(0)
団地の総会で女性の凄さを味わいました。私の住んでいる団地は、高齢化が進んでいるのと女性の方が多いのですが、確かに年齢の行った女性は強い事は分かっていましたが、団地の方の発言は強さを越していました。議長さんもタジタジの状態で、男顔負けの発言が飛び出し女性の粋を越した状態でありました。確かに高齢者なので女性と言うか、中性化している部分がありますが、被災地でも高齢の方と接するのですが全然違うタイプである事を感じました。今回で2回目の総会でしたが、前回も色々ありましたが今回ほどではなかったのです。これをまとめて行く役員の方は、苦労するだろうと思っていたら私も役員が回って来てしまい、今年は楽な役職をお願いしたのですが別な部分で、今の状況では纏まるものも、纏まらないと思います。発言する方は決まっていますが、口調が強いので圧倒されて混乱している状況成ったので、つい口を出してしまい自分で後から失敗したと思ってしまったが、遅かりし状態に陥ってしまったのです。確かに、今の状況は団地の自治会は機能していない状況なので不満も聞いていましたが、その不満が爆発したのでしょう。それはそれで良いとは思うのですが、発言が喧嘩口調になって議事の進行が出来ていない状態でした。女性の強さと反比例して男性が弱くなった事は私も認めますが、ただ混乱を招く発言が多いのには驚きです。確かに井戸端会議が好きなのは、女性の特徴ですがまとまりが付かなくなる恐れがあり、その点が問題です。これだけ女性が発言するように成ったので、政治家も女性を取り込む事を考えるのでしょう。私の行った海外でも、女性の強さは感じましたが女性が多数集まると男性の行く場無い状態なのでこれからは、世の中は女性主導も近いのではないでしょうか。大和撫子と言う、私の考えていた女性像は消滅したのでしょうね。現在はスポーツでも職業でも、私の若い頃の時代では考えられないほど、女性が躍進しています。その逆に男性の不甲斐なさが出て来ている時代に成ったのでしょう。私は男なので、今の男性が、もうちょっと頑張って貰いたいと思う気持ちが強いのですが、これからはそれも難しいでしょう。
2015.04.07
コメント(0)
私は良く、差別と偏見は、この世から消える事がないと書いているが、これは誰が考えても分かる事であろう。それでも差別や偏見に対して、意見は言うべきでありその様な行為を少なくすべきであると思っている。差別は子供の頃からあり、それがイジメに繋がっている事は誰でも分かり、これは人間として生きている限り起きうる事であり、誰しもが経験するものである。私は差別や偏見に対しては、自分なりに経験したのと母が、差別や偏見に対して戒めた教えをしていたのであまり意識的には、その様にはしない方であると思っているがこれは個人的な考え方なので、自分だけが思っているのであろう。差別に関しては、世界の、どの国でもあり、私が行っていたドミニカ共和国でもアルゼンチンであったが、ドミニカに於いては、差別と偏見が強かったように思う。ドミニカの場合はハイチの人達に対しての差別行為が酷いと思った。これはドミニカが一時戦争でハイチに占領された事もありまた、ハイチの人達はアフリカ系の肌の黒さがありそのどちらも影響しているのであろう。両国の植民地時代の占領国が違っていた部分もありハイチはフランス領でドミニカはスペイン領であった為にドミニカの場合は混血が進み、ハイチの場合はフランス人が黒人と交わると、その人は軽蔑され、出世も出来なかったので混血が少ない。その様な状況も相まって、どちらの国も奴隷として連れて来られた人達であるが、スペインの植民地だったドミニカはスペイン系なので節操がなかったので混血が多いのであろう。一方のハイチはプライドが高いフランス系なので黒人の間での結婚であった為に、アフリカの人達のように肌が黒いのである。ドミニカ人はハイチの人がドミニカに働きに来ると辛い仕事に付かせる事が多かった。そこには戦争と言う問題もあって、その恨みも強かったように思うのであるが、本当にドミニカ人はハイチの人達には差別的行為が強い感じがした。それは私(北海道出身)が子供の頃に感じた、アイヌの人達に対する行為より、強く感じたのであるが、何処の国でも差別と偏見はある。差別と偏見も教育水準が上がると、その強さも変わると思う。アルゼンチンでは、それ程、差別や偏見を感じなかった。アルゼンチンは、今は経済的に問題が多い国に成ったが1世紀前までは経済大国であり、教育水準も高いので差別や偏見に対しては目立たない部分があった。日本でも現在は、私が子供の頃から見ると低くは成ったがまだ、まだ色々な問題を抱えている。この様に何処の国に於いても差別はあるが、それを少なくする為には、差別に対して声を上げ同時に教育を行う事で多少なりにも少なくなるであろう。人と言うのは嫌いと思う気持ちから、差別的行為が始まっていると思うので、その様な気持ちを持たなければ差別や偏見は少なくなるが、人の宿命で、それは出来ないであろう。
2015.04.06
コメント(0)
今日は私の住んでいる団地の総会なので、書くのが遅くなりました。私の今住んでいる地域に、引越して来て足掛け2年目であるが色んな方面の方と知り合いになった。自分は技術屋なので、あまり人付き合いがうまい方でなかったが、最近は人と接する事が多い。同時に直ぐに親しくなるのである。これは自分でも変わったと思う事である。若い頃は仕事に没頭するタイプで、遊びの無いブレーキや鋭い刃のような所があって、何時もピリピリしていた自分が居たのであり、仕事に対しては厳しかった。その為に家庭に帰っても、同様な状況であったので家族も私に対して気を使っていたように思う。確かに若い頃は出世を考えて行動していたと思う。それは自分にハンデがあると言う気持ちが先行していたからであろう。そのハンデを克服する為に、自分に対して厳しくしていたのと最初の彼女の死がショックで、仕事に逃げていた部分がある。確かに彼女の死によって、借金を背負った事もあるのでその為に早く出世して返さなければと思っていた。借金は46年前の脳腫瘍の手術代と彼女の葬式代であったが若い自分にとっては莫大な物であった。それに本当に彼女を愛していたので、彼女の死からのショックからも、逃げ出していたのであろう。ただ、その頃は男が出世する為には、結婚していなければ、信用がなかったので結婚したが、相手は死んだ彼女を知っていた人であり、相手が好意を私に持っていてくれたので一緒に成ったが、自分の気持ちは何時までも死んだ彼女を忘れる事が出来なかったので、仕事に没頭した部分があった。考えてみると、結婚してくれた彼女は利口な人であったと思う。私の我儘を分かって居ながら、私を立ててくれて自由に仕事をさせてくれたお陰で、今の自分があると思う。その頃の私はカミソリのように鋭い気性であった。そんな私を操って好きなようにさせてくれたのは私より利口な人だったのだと思う。その時の自分は家庭では、自分が天下であると思っていたのであるが、今考えると彼女にうまく操られていたのである。確かに女性によって、男は変わる部分があるが、それを勘違いしている男性が多いのであろう。その一人が私であったと思う。
2015.04.05
コメント(0)
最近は、色んな物に応募している。何かしら当たるのであるが、自分の苦手な物が当たる。当たって、文句を言うわけではないが、私は酒が弱い。若い頃は、お酒を飲むと直ぐにトイレに駆け込み飲んだ物を直ぐに出してしまっていた。それでは付き合いが出来ないので、お酒の飲む練習をして幾度もベットを汚して、多少飲めるように成ったのであるが酒の味など分かっていないのであり、付き合いで飲むだけである。そんな人間が、最近はお酒に応募すると当たるのである。今も家では飲まないし、飲みたいと思わない。その酒は下の階の高齢者の方に殆ど持って行く。本当に欲しい物は当たらないで、欲しくないものが当たるのは昔からであり、どうも、その様な運の下に生まれたのであろう。お酒が弱いのは父親に似たのであろう。父は、酒は全然飲まない人であり、その遺伝子が私にもあるのであろう。遺伝子と言えば、癌も遺伝するのであろうと思う。父も胃癌で亡くなり、妹は子宮がんで子宮を切除しているし私は大腸がんを患っている。身体の組織では遺伝子によって代々繋がるのであろうが心の部分は別な部分で繋がると感じている。これも面白い物で、私の家系は父方も母が亡くなっているし母方も父が亡くなっていて、自分も母を亡くしている。時々ふっと思うのであるが、自分の家系は、その様な運命なのかと思う事が幾度もあった。私が運命などと言う事が、私に似あわないし間違っているが、自分の家族を見ると、その様に感じてしまう。自分自身も同じようなに、最初に愛した彼女を亡くしているので繋がりがあるのかもしれない。人は何か自分の背負って来た物があるのかもと疑問に思うが私は運命を信じているわけでは無く、逆に否定する方である。だが、自分の歩んで来た道を振り返ると、その繋がりがあるので、最近は多少信じている自分が居る。それを信じる事によって、自分が臆病になる部分がある事は確かであるが、基本的には自分は自分を信じて動くだけと思って否定しながら歩んでいるが、年齢とともに自分を振り返る事が多くなると、その様に考えるのかもしれない。
2015.04.04
コメント(0)
最近思うのであるが、毎日ブログを書いているが良く書く事があるなと自分でも思ってしまう。本当に毎日書いているが、ここまで毎日書くのは若い頃に日記を書いていた時の様である。あの頃も、その日の出来事を書くのでは無く自分の思っている事を書いていた。どうも性格的に、その日の事を振り返るのが嫌いなのであろう。それは母と彼女が亡くなってから、特に振りかえる事が嫌いになったような気がする。人は自分の過去から学ぶ部分が多いが、私の場合は辛い部分が大きかったのかもしれない。誰しもが辛い部分を持っているのであろうと思うがその部分は思い出したくないが、頭の何処かに残っていて何か同じような事があると思い出してしまう。ただ時間が経つと、それも思い出となって言える事が出来るのであろう。だから、意外と自分の過去の事を書いている事が多い。ただ、自分の気持ちの中には、その思い出から逃げ出す為に前を無理に向いている自分が居る事も分かっているが前に向かっていると、辛い思い出から逃げ出せるからなのであろう。自分の基本は弱い人間なのだと分かっているから前に向かって進む事ばかり考えているのであろう。それを他人から見ると、前向きだと思うであろうが本来の自分は逃げているだけであり、自分の弱さを見せたくない為に、強がっているだけである。この性格が良いとも、悪いとも自分では思わないが後ろ向きに考える事だけは避けたいと思うから前に進むだけであり、同時に自分はお節介焼きなのでつい弱い人や高齢者の方を見ると何かをしてあげたくなる。これは母がそうであったように、母の真似をしているのであろう。前にも書いたが母は私が小学6年に成ったばかりの頃に亡くなったが、私は母を愛していたし尊敬していたので母の真似を自分がしているのであろう。時代が変わっても子供は親の姿から学んで居るものであり自分が成長する毎に、親と同じような行動を取るのが子供なのかもしれない。そう考えると、親は子供のお手本なのであろう。私は父を嫌っていたが、最後に看取ったのは私であった。看取った事は別にしても、嫌いな父の性格も私が成長して行く中で受け継いでいると思う事が幾度もあったと言う事は、親子の縁は自然に受け継がれるものだと思ってしまう。タダ言えるのは、親子の会話は大切であり、親としての行動も大切であると思う今日この頃である。その部分では私は人間失格であろう。
2015.04.03
コメント(2)
前日も書いたが、SNSに対して危惧しているが確かに連絡ツールとしては便利である。多くの友達を持つ方は、連絡ツールとして考えているのであろう。それであれば、分かる部分もあるが、だが、そこには自分の情報が他人にも分かると言う事を考えていないのではないか?電話感覚で連絡するが、1人の友達には複数の友達が居る事で自分は1名と考えているが、相手に100名の友達が居ればそれは101名に情報が流れる可能性がある。この様に考えるとSNSは簡単に考えていると問題がある。電話なら相手は一人であるから、問題は少ないがSNSの場合は複数を考えて、情報を流すなら便利なツールであるが便利さの影には、必ず危険性があると言う事を考えるべきである。今やコンピュータ社会となり、情報の伝達や連絡方法も変化したが、そこには多くの危険性を伴って来る事を知るべきであるが、使う側は便利だけを考えているのが現状であろう。私もコンピュータ関係に携わって長いが、私の危惧する事が起こりうる状態になって来たと思っている。それは、コンピュータは、確かに便利な道具である事は間違いないが、そこには感情は無い事、業務の簡素化や連絡、簡単な情報を流すには便利であり、安価で行う事が出来るが重要な事項は人対人で行う事が重要であると私は考える。メールや文章は相手のよって、捉え方が変わる場合があるので自分の本心が届かない場合がありうる。だが、SNSを使っている人達は、そこまで考えていないのでなかろうか?簡単に手早く連絡が出来て、友達としての意思も通じると思いがちであるが、文章やメールは相手に通じない事もあると言う事も考えるべきである。殆どの人は相手に通じていると思って書いていると思う。本来友達に対しては、対面で話をする事が大切である。前にも書いたが、コンピュータに関しては道具として考えるものであり、人間関係に使う場合はあくまでも道具として考えて使うべきであると書いた。特に教育現場に於いては、道具として考えてほしい、教育には人としての、愛がなければならないと思っているのでそれが教育と言うものであると私は考えている。だが、コンピュータの発達とともにNETも発達して友達との会話もコンピュータで行うように成って来た。そこには相手の感情が見えない事が多い。本来、友達でも親でも相対して話をして、互いの信頼関係を築き上げるものでると思う。だが、メールや文章では、その部分が欠けてしまう事がある。そこには相手が見えない部分があり、相手の顔を見ながら話が出来ない部分がある為、本来の人間としての感情が無いと思うから、本当の信頼関係は生まれのではないかと思うのである。確かに今は相手の顔を見ながら、メールや会話もコンピュータで出来る部分はあるが、それは単発的なものであり継続性が無い為に、相手を理解出来ない部分が多いと思う。人間対人間は相対して、はじめて分かり合える部分がある。それをコンピュータと言う機械を通して行う事には私は疑問を感じていたのである、あくまでも人間は対人間で相対して話をする事が大切であると思う。現代の多くの方は利便性でメールや文章でコンピュータを利用しているが、それが別な部分で対人関係の弊害が起きているように思うのである。利便性の裏には人間性が失われて行く事を私は感じているのであるが、人は利便性だけを見てそれを追求する事が本能なので、仕方がないが別な角度から考えると、それによって人間としての問題点が多く絡んで来る事も感がるべきであると思う。今の若者は表現力が不足していると思うのはコンピュータの発達とともに、顔を見た対人関係を行わないでコンピュータとの会話を行っている為に起こるものだと思う。これも問題であるし、色んな事故や事件も残虐になったのは人との対話が無くなり、人の気持ちが分からないからなのであろう。
2015.04.02
コメント(0)
今はインターネットが当たり前の時代になった。SNSも色々な情報を得られるので、使う人が多い。確かに便利であるが、便利の裏側に問題が隠れている事を皆さん忘れているように思うのである。SNSは特に注意を要する。私はシステム屋が長いので、コンピュータに関して危機感を持っている。特にPCの発達とともに問題が多くなって来た。私は初期のPC時代から知っていて、PC8000を会社から与えられて自宅に持っていた。PCの初期のOSはCP/Mであり、BASICで立ち上がりその後にMS-DOSになっていた。その頃はPCの研究会があり、大学やメーカーの連中や私達ソフト会社の連中が、これからのPCに関して討論していたのである。私達はオフイスコンピュータのシステム屋だったのでPCに関しては馬鹿にしていたのであるが、大学側はPCの発展を予告していた事を思い出す。それが大学側の言う通りにPCは発展して、今やPCがなければならない時代であるしNET社会に不可欠な物となった。私は職業柄インターネットも初期から行っているがPCもNETにも、今の時代の人達が安易に成り過ぎている事に危惧を感じている。特にSNSに関して、友達を1000人以上作っている方には驚きを感じてしまう。私は自分の管理出来る範囲で20人程度しか作らないし自分から友達申請は殆どしない。それは管理出来ない部分もあるが、友達が多くなると問題点が出て来る確率が高くなるからである。これは経験上からであるが、グループに入ると迷惑メールが多くなる。それは自分のメールアドレスを公開するからでありそれによって相手側がアドレスを使い迷惑メールを発信する事が出来るので、その様な現象が起きる。グループを脱会すると、迷惑メールは減少した。また、SNSで友達になった方が1000人以上の友達を持っている方が、変なメールや友達申請が来ると言っているがそれは、当たり前であると思う。SNSの怖さは誰だか分からない部分があり、多くの友達を持つ事は便利さや、情報の取得は簡単であるが、管理出来ない部分が出て来る事を考慮しなければならないがその管理は個人では出来ない。企業であればサーバーを持って管理出来るが、個人では、そこまで出来ないのが当たり前であり出来たとしても、何処までのシステムに精通しているかで変わるのである。一般の人が自分の宣伝の為にSNSを利用する場合は友達の数を増やすが、そこには必ずトラブルが付いて来る事を考えて行動すべきであるが、それよりは宣伝を優先するので問題が起きる確率は高い。それを知って広げて行かなければ、これからのSNSを使う事は危険があると思う。私はシステム屋としての経験から、多くのトラブルを見たし多くのシステムを構築して来たが、今の人達はNET社会を安易に考えて使い過ぎて、トラブルに巻き込まれていると思う。
2015.04.01
コメント(0)
全26件 (26件中 1-26件目)
1


![]()