全28件 (28件中 1-28件目)
1
最近、私は一般的な人達との考えのズレがあると思ってしまう。人と会う事があると、皆さんそれなりに考え方があり色々話を聞く事が多い。考え方は、それぞれに歩んで来た道が違うのでズレがある事は当たり前であるが、色々聞いていると勉強になる。自分とは考え方が違うが、同じように高齢者で介護の必要な方のお手伝いをしている人達と会ったりするとそれぞれ違った観点が見える。それなりに自分が考えて行動を起こしているので色々な意見が出たりするし、私との考え方の隔たりも感じたりするが、それはそれなりに考えて行動しているので色んな面で学ばせて貰える。タダ、どうも私の考え方は極端すぎる傾向を感じた。これは性格から来ているのであろう、受けた事にはのめり込み、相手の立場に成り過ぎる傾向があり色々な意見を聞くと一歩置いて考える事も必要であると思う部分がある。これが私の長所でもあるが短所でもある。確かに手早く物事をこなすが、その場合でも相手の要望を聞き、相手の体調等の問題点を自分なりに判断して、次に要望された状況を見極めて手順を考え、行動に移す。これまでは、それで問題は無く出来ていて社協の方も依頼された方も手早いし、喜んで貰えたがだが、後から考えると私の行動は仕事柄の性格が出ている。システムを構築して長いので、その癖から要望を聞き分析、使う側の能力、システム手順・構築となるが、それをお手伝いの場合も、その手順を踏んで居るのである。これは仕事の癖なのであろう、相手の考え方を分析する事が多いように思う。基本的にシステムは相手の能力を考えて、その能力に合ったシステムを作る事が良いと思っている。特に部屋の整理などを頼まれると、その特徴が出る。他のお手伝いをしている方に言わせると、1時間で片付けるのは無理でしょうと言うが私はやってしまうので、社協の人も高齢者の方も手早いので驚いていたが、自分では手抜きはしていないつもりであるが、もしかしたら何処かが抜けているのかもしれないが、手早い。部屋の状況を見て、手順を決めてしまうので皆さんが思うほど自分では早いとは思わないが確かに高齢者以外でも被災地に行ってやる場合も意外と手早くやる。確かに相手の要望を聞いて、相手の方の体調関係を考えて行動するようにしているので、問題は起きていない。私は相手の方は体調に問題を抱えているのでそれを考えて行動しなければならないと思っている。部屋の整理などは、その様に行うが病院の付き添いはまた別な面を考えてあげなければならない。意外とお手伝いも、自分なりの勉強出来る場所である。来月は毎回病院の付き添いの方から依頼があったので行く事になる。
2015.07.31
コメント(0)
今回の安保法案が参議院で始まった。内容を見ていると、マダマダ深い所までは追求していないように思う。首相補佐官の発言に対して、追及されているがそれを与党のベテラン議員が「言葉狩り」との発言である。この人達は、この程度の言葉しか発言しないのかと思ってしまう。「言葉狩り」は、揚げ足取りとも取れる発言である。元来国会の質疑は、揚げ足取りの応酬であろう。自分たちでは、今までの質疑が本来の質問と思っていて言うのか?都合が悪くなると「言葉狩り」とは、自分たちのやっていた事考えて物を言ってほしいと思う。国民に説明している部分で理解出来ない部分があればそれを追求するのは当たり前の事である。ここが古き日本人の悪い所であると思う。説明する場合に発言内容に疑問があれば、それを追求するのは当たり前である。それが政治の場であれば、尚の事、国民に理解させる為に追求する。だが自分たちに不利になると、この様な発言が出る。この様に「言葉狩り」等と言う古狸議員が居る限り日本の与党は没落の一途を辿るであろう。古い仕来りや、やり方の固守しているのが、党と言う組織のように思う。この組織自体が、政治家の質を落としているのが現状であろう。選挙に出る為に党の公認を貰うが、古き考え方の連中が牛耳る組織では、今までの利潤を求める事を優先して来た人達が運営しているから、それに沿った人だけが公認され、新たな考え方の人は出る事が難しい。この様に日本全体が経済繁栄時期の、影を残存させて時代が流れているが、改革を行わないで古狸が蔓延っているのが日本の政治組織である事に問題がある。今や我々は若者を支えて行く事だけを考えるべきであり、変革の時期に来た事を忘れた連中が権力にしがみ付いている時期ではない。老兵は去るべし、ただし教え、伝え、育てる時代になったのである。確かに権力を持つと、その魅力に人は嵌るのであろう。利潤を求め、発言を強めて自分を誇示する。これが一般社会でもあるが、時代は動いているのでありそこには我々の育んだ物も変化している事に気が付き若者に次の時代を託すべきである事を忘れているのが現代社会であろう。老兵がアガイテも改革は出来ないが、伝える事は出来るのであるから、育てる事を主に考えてほしいと思う今日この頃である。
2015.07.30
コメント(0)
私は前にも書いたが、貧乏性なのであろう。何かに向かっていなければ、気がすまないのか必ず何かに向かっている。言うなれば落ち着きが無いのであろう。ブログも好きな時に書けば良いのであるが書きだすと毎日真面目に書いている自分が居る。これは自分自身に自信が無い為に起こる現象なのかもしれない。書かないと休んでしまい、殆ど書かなくなると言う不安が自分の中にあるからなのだろう。誰も文章だけの面白くも無いブログは読まないであろうが誰かが一人でも読んでくれていると、読んで居てくれる人が居るんだと思い書いてしまう。(だが最近は読んでくれる人が多くなって自分なりに驚いている)ここまで色々書いているが、書く事は意外と真面目な事を書いている。その本人が話下手であり、話上手では無いのである。私と接した人が、私のブログを見たら、本当に、この人が書いているのと思うくらい不真面目な発言が多いし、言葉では、こんな事は発しない人間である。逆に被災地などに行くと、ザックバラン過ぎてあちらの方と漫才をやっていると思われる位な人間である。このギャップは大きいのではないかと思っている。ただ、あまり話はしないが、会議などでは、はっきり言うタイプである。これは海外に行ってから、尚の事強くなったと思う。海外はYes/Noの世界であるから、日本のように曖昧な返答だと相手の捉え方によって、私の思っている事と違う部分が出て来てしまうので、日本に居た頃とは違って来たと思う。確かに海外での最初の生活で、曖昧だったために騙され幾ら損をしたか分からない事が多かった。(言葉の分から無い部分もある為)その時は早く帰国したいと思ったりもしたが、仕事であるので任期までは居なければならないので我慢していたが、それも私の計画案が採用に成り、任期が2年増えたのであり、そこで諦めた時に、相手目線で対抗すれば良いとふっ切ったのである。その様な事から、日本ではキツイ言い方になるかもしれないがはっきり言う様になって来た。今の日本では、それも必要な気がする。あまりにも曖昧な考え方が当たり前に成り、それで日本全体の発展している時は良いが、改革が必要な時ははっきりさせるべきだと思う。幾度か書いたが、日本国民は平和ボケから曖昧になりそれが政治も同様な経路を辿った為に、政治家の質的な部分が落ちて来ている。これは国民が作ったものであり、日本人の言葉の伝統である曖昧な表現も関連しているのであろう。確かに曖昧な言葉で表現する部分で、日本人の優しさも出ているのであろうが、それは、時と場合によって使い分けるべきであると思う。特に政治的不安定時期に入ると、国民ははっきりした態度で示さなければ、政治屋の思惑だけで民意が反映しないであろう。
2015.07.29
コメント(0)
この暑さに頭が回らない状況である。ブログを毎日書いているが、暑さには負けそうになる。自分で何を書こうかと思うが、朝からだと頭が回転しない。この暑さで思い出すのは、私が上京した頃の事である。私の生まれは北海道なので、暑さと言っても日中だけであり夜は涼しく感じた。所が東京は夜も蒸し暑い。蒸し暑さに慣れていない私は、良く寝不足になり東京は、人の住む所でないと思ってしまった。あの頃はクーラーなる物は無く、扇風機があるくらいで扇風機からの空気が生暖かい風しか来ないので身体に汗が纏わり着く感じで、寝られないのである。ましてや貧乏学生であり、その扇風機も買えない状況であり毎晩窓を開けて寝ていたのである。だが、お金がなければ、無いように対処するものである。いろんな工夫をしながら生活して来た。人は工夫して働き、それなりにお金が入ると生活習慣を変えて行く。貧しさから抜け出したいので働き、それなりに収入を得て色々な物を取り揃えて、生活水準を上げて来たのが私達の時代である。そこには新たな生活に対応した製品が生まれ、次々と生活が変わり、生活が安定して来た事によって、人はそれぞれの基準を作り、その基準が当たり前と思う様になって来たのであろう。基準から、ズレている人達に対し蔑みを持つようになって来たのも、その頃からのように思う。だが、それは経済が発展している時であり、経済は生きているのであるから、変動する事が分かって居ながら人間は安定して来ると、改革を忘れて安穏と生活するのが当たり前と思って考える事をしなくなる傾向が強い。同時に現状に満足して、将来的な変化を考えて来ない事により地球環境の変化を考えて来なかった。それが今の異常気象に繋がったのであろう。人間が気付いて騒ぎだした時には、それなりに進行して来てから人は気が付くが、その時には対策は膨大な能力が必要になるし膨大な資金が必要に成って来ている。考えて見ると、人間は安定を求めるが、安定するとそれが当たり前であると思い、事が重大に成るまで考えないのが一般の人達であろう。最近、良く聞くのが「今までそうして来たから」と言う言葉である。その言葉の影には、変化している事を考えていないし時代は過ぎ去り、自分たちも年齢を重ねている事も考慮されていない為に、その様な言葉が発せられるのであろう。政治に対しても同じような考えと、不信感で考えていたのが国民の大多数であったと思う。今は、時代は流れ、経済も気象も変化しているが、安泰と言う事に胡坐をかいて来た事によって、色んな面で問題が出て来た時代になって来たように思う。
2015.07.28
コメント(0)
今回の安保法案に関して、与党議員は疑問を感じないのであろうか?当たり前に行うべきであると、誰もが感じているのであればこの人達の国民レベルは日本人では無く、属国人種であろう。これだけ国民が理解出来ないでいるのに、国民に選ばれ国民の代表として政治を行っている人達が法案に関して疑問も持たず、反論も無く、賛成に回る。これが与党の議員である。タダ、参議院の自分の選挙に関しては反発して退席、この様に考えると、政治屋の本音を出しているのであろう。政治家では無く、政治屋としか言いようがない。選挙の事になると反対するが、国民が反対している事には党に則り賛成します。これは国民に選ばれた政治家が行う事であろうか?政治は党の為にあり、民意等考えていないのであろう。どう考えても国民が納得出来ないでいるのに、政治家(与党)からの反論が聞こえ無いは何故であろう?本当に自分達の選挙の事しか考えていないのであろう。党則に反すると、次の選挙で資金が貰えないから民意は分かるが、自分達の為には賛成します。これが日本の政治家達の考えている事であろう。仮に今回の安保法案が可決されたら、自分達の孫や将来の子供達の命が掛かっている事になる。また、アメリカに約束して来たから法案を通します。国民には説明不足であるが、問題はありません。だが説明するほどに、国民は疑惑を感じているのである。簡単に言えば一部の政治家の思惑だけで、日本が大切にして来た、戦争に対する考え方を変えてしまっている。政治家が後方支援ですと言って、安全ですと言うが逆の立場になったら、どう思うであろうか誰しもが武器弾薬を供給して武装していれば敵と思う。これは誰でも分かる事である。それでも安全です、死者は出しません、問題が起きたら撤退します。これでは、誰も日本を信用しないであろう。仮に他国がその様にしたら、その国を信用するであろうか?武家時代なら武士の風上にも置けないと言われる行為である。そんなような説明で国民を愚弄しているいのであろう政府は今日から良識の府である参議院で質疑が始まるがそれも通れなければ60日で衆議院に戻され可決される。その参議院も10増10減等と選挙改正を行うが何の役目も出来なければ、タダの税金の無駄遣いであろう。形だけは1票の格差を誤魔化し、民意が反対している事を通すのが日本の政治家たちであり政府であろう。国民もこの様な状況は忘れるべきではないと思う。最終的に責任は国民が取る事になり、政治家は取らないで次の選挙の時には国民を如何に騙すかだけを考えているのであろう。
2015.07.27
コメント(0)
今回の岐阜の介護裁判の判例を見て思った。私も高齢者で介護が必要な人たちの、お手伝いをしているがどうしても私達(世間)は、高齢で一人暮らしの方を重点に見てしまう。その様に見るのは一般的であろう。私自身もその様に見て来たし、それを重点にお手伝いをしていると思っていた。だが今回の事件で介護する側(お子さん等)の負担の大きさを感じてしまった。私の住んでいる団地でも、奥さんの介護をしている方や母親を介護している方が居る。それも大変であろうと思っていたのである。私達の場合は、一時的であり一部分を、お手伝いするだけであるがやはり気を使う事が多いと思うし、長時間になるとストレスが溜まり介護する側の大変さがあるであろう。今回の事件も親を死なせたが、介護する方の心労も見えて来たしそれによるストレスもあり、情状酌量の判決であった。確かに私達は一人暮らしの方に目が行っている。行政や社協も一人暮らしの方を重点に置いていて介護する方が居る子供や夫婦には、別な部分で安心しているのであろう。今回の事件で、今や介護する側にも、それなりのケアーが必要であると感じた。私達も高齢者で一人暮らしの方の、お手伝いをしているがそれは短時間であるから、多少のストレスはあるが長時間の介護になるとストレスが多きなり問題が出て来ると思う。その面を考えてあげなければならない部分がある事を今回の事件は教えてくれたのであろう。この様な事件は起きていたが、起きた時点では騒がれたが、何がしらの対策は疎かに成っていたのである。今後はそちらの方面にも目を向けて、対策を考える時期に来たのであろうし、同時に高齢化が急速に進む中で、政府も考えるべきであろう。
2015.07.26
コメント(0)
最近、英語のスパムメールが、たまに来る。読むのも面倒なので、殆ど削除をするのである。気が付かなかったのであるが、今回のメールはTOのアドレスが無い。それなのに私の所に来るのは、おかしいと思い調べたら、どうもBCCで私宛に自分の所に来たメールを転送している可能性が高い。今回、気が付いたメールに関しては、クリックアドレスが張られていないので問題はないが、気になったので調べたのである。スパムメールの内容。----- Forwarded Message -----From: Batcheva Itsik (xxxxxxxx@beach.ocn.ne.jp)To: Date: 2015/7/24, Fri 16:48Subject: 私はあなたの助けを求めるために書いています。Friendly greetings!I know my offer may sound very strange, but it's nothing but the truth. As a cancer patient, I am worried about my deteriorating health condition. I am writing to see if you can consider a proposal to create charitable organization for the less privileged and the elderly.Please contact me for more information to accomplish this project,Thank you for your time and consideration,Peace be with you,Batcheva Itsik: From United KingdomTel: +44-705-383-1192IPアドレスを調べた結果。最初の発信先IPアドレス 216.177.129.102住所 American Registry for Internet Numbers日本での発信先IPアドレス 114.147.58.21OCNジャパン上記のようになっていたのである。この関係からOCN関連を調べた結果、思わぬ所に辿り着いた。SNSにも関連しているし、それ以外の関係でPC関連を教えた所に辿りついたのである。確かに私はOCNを使っていないし、登録もしていないので辿りつけないのである。所がこのメールの日本での発信先はOCNであり、そこからBCCによって発信したなら、この様なメールが来る可能性はある。ただ相手側が受け取ったメールの主旨は、調べて見るとスパムメール防止のソフト会社が宣伝用に発信したとも取れる状況である。それはFromの名前の部分をGoogleで調べると分かる。Batcheva Itsikの部分であるが、日本での発信アドレスがOCNを使っているので悪戯で行った可能性が高い。考えられるのは、上記した人と、私を知っている人であるかも?それでなければ上記した人であるが、その人はそれだけの能力的な部分が無いので可能性が低いと思う。これからは、SNS等で友達になった場合などではありうる事であり、それが友達とは限らないでSNSに入れて見れるだけでも起こりうる事である。またToの部分に私のメールアドレスが無いのに来た事も普通では考えられないが、BCC発信している場合は不特定多数の送信している可能性が高いのでアドレスをグループ化していると起きうるのであろうかこれから調べて見たいと思う。確かに、私がグループに入った時に、多くの迷惑メールが来た状況があった。その場合に思ったのであるが、これはあくまでも個人見解であるが、グループの中に、その様な方法を使う人が居るか、それを意識してグループに入る人が居るように思えた。SNSでもグループでなければ分からない人を友達にして、最初はSNSで連絡が来て、次にはメールに変えてくれと要望が来た事がある。この様にスパムメールは多様化した方法で来るようになった。それに対して個人的に警戒する事を考えて行かなければならないであろう。基本的にはメールに関しては、必ず確認と安易にメールに張られたアドレスなどはクリックしない事をお勧めする。
2015.07.25
コメント(0)
日本の高齢化が進み、これからの時代は介護に関して色々な方面で問題が出て来るように思う。政府は福祉関係の予算を削減して、高齢者負担を強いているがこれにより高齢の方への負担は大きくなる。同時に介護が必要な方への行政の対応も変化して行く事になるのは、目に見えているのである。一昨日、社協でこれからの対応などを聞いたが今後は高齢者で介護が必要な方の負担が増えて来るのとそれを回避する為に、お手伝い的に行っている方に対しての介入範囲が広がるであろうとの説明があった。私達はお手伝い的な行為であるので、介護に関しては深く立ち入れないのであるが、それは理解しているが、同じ人に対して幾度となく、お手伝いをすると、対人間としての信頼が生まれるのである。ただし、それで問題が起きる場合があるので、私達は一線を引く事にはなる。それは仕方ない事であると思う。タダそれが別な面でストレスになる場合がある。簡単にやって上げられるのであるが、その部分は介護関係に接するので出来ない部分がある。私は前に病院の付き添いしていた方が亡くなった事を書いた事があるが、亡くなる前に付き添いした時に病院で色々話をしていたので、本音を言ってくれる。その時も「私はチョコレートが好きなの」と言っていたので「帰りにコンビニ寄って行こうか?」と私が言うの「寄って行く」と答えが返って来たが、薬を貰っている時に「コンビニ寄るかい?」と聞くと「寄らないで帰る」と答えが返って来た。家まで送り、私が次の通院日をカレンダーに書いて本人に確認して「帰るからね」と言った時に涙を流していたのであるが、私の役目は病院の付き添いでありそれ以上の事は出来ない。本人は外出もままならないので、寂しいのであろう。話し相手も居ないのでテレビだけが友達的存在なのである状況であった。だが私には、それ以上の事が出来ない、やってはいけない事なので帰って来たが、私は気になったので、次の日にチョコレート3枚と柔らかい煎餅を届けに行ったのであるが、それが最後になってしまった。(これは違反行為であるが)確かにあまり深入りし過ぎるのも、問題が起きる可能性がある。人との交わりを絶たれている方には多少の話し相手になる事は良いのではないかと思う部分があるがその線引きが難しい事も理解出来る。最終的に、その方の次の通院日に行った時に呼び鈴を押しても出て来ないので、何回も押していたら向かいの方が出て来て10日前に亡くなって警察が来ていたとの事であった。私はショックであり、もう少ししてあげられる事がなかったのかと悔んだが、あの時、その方が、私が帰る時に泣いたのは自分の死期を感じていたのかとも思ったりもする。これからは高齢化が進み、一人住まいの方が多くなり色んな面で問題が出て来るが、何処まで私たちに出来るか多くの問題があり、これからの日本の課題であろう。私にも答えが分からない、答えの出ない問題であろうと思う。
2015.07.24
コメント(0)
最近、私のブログを見てくれる人が多くなった。私のブログは連携をしている所は1か所だけであるのでこんなに見る人は居なかった。元々は自分の好き勝手な事を書いているのでブログは日記代わりに気ままに書いている。同時にストレス解消で書いているので、面白みはない。それがこれだけ見る人が居る事に、書いている自分が驚いている。今は気軽に人と話をするようになったが、若い頃は人と話をするのが苦手であり、それでストレス解消に日記を書いていた事がある。それが、今はブログに変わったのである。ブログに関しては、私は写真を載せる事がないので他の方のブログで、見る人が多いのは写真などを載せて書いている方が多い。私は滅多に写真などを載せないし、書いてある事もどちらかと言えば、左寄りの事を書いたりしているので面白くはないはずである。単純言えば単細胞人間が好きな事を書いているだけである。ただ、自分の書いた物を数年さかのぼって見て見ると意外と自分なりに面白いのである。その時、その時の、自分の考え方の変化が見られて時々笑ってしまう時もあり、あの時は真剣だったと思い出したりあの頃の自分は餓鬼だったと思ったりする。それなりに自分の辿った道筋が見られるのであり自分を見直す事が出来るので、意外と書く事が好きだ。私はどちらかと言えば口が悪い。表現がおかしいが、あまり相手に対して考えないで話をするタイプである。だから私が発した言葉で、相手が傷つている事に気を使って話をしていないのであろう。それでも年齢と供に変わって来たと思っている。思っているのは私だけかもしれないが、意外と皆さんが気さくに話しかけてくれる。確かに高齢者の方達の、お手伝いをしているのに口が悪ければ問題が起きるであろうし、相手にしてくれないであろう。被災地では私は殆どが聞き役にまわる。聞く事には自分が口下手であるから、意外と苦にならない。凄い人になると一方的に自分だけが話、私の話す暇がない状態が続くのであり、それが何回か続くと苦痛を感じる時もある。そんな事で、ブログを書いて気を紛らわしているのである。こんな面白くないブログを読んで頂き感謝しています。有難うございます。
2015.07.23
コメント(0)
前回、南三陸に行って感じた事なのであるが、地方ほど仕来たりが確立されていると言うか見栄張りな所が強いと思う事があった。仮設の方が家を建てるのに、土台から始まるのであるが10時と3時に毎日、休憩に食べる物や飲む物を持って行くのである。それをコンビニ等で買って持って行くのであるがそれが毎日なのであるから金額的にも、家が建つまでに相当な物になるであろうと思う。都会なら見に行った時などに、働いている人たちに幾ばくかの金額を渡したり、物を持って行くくらいであろうがあちらでは毎日であり、家と仮設は、距離があるのでそれも大変である。私は「毎日10時と、3時に持って行く、大変でしょう」と聞いたら、こちらでは皆さんがやっているので、やらなければ働いている人に言われるから、やるんだと答えが返って来た。私達には考えられない状況であるし、毎日2回はと思ってしまい金額も馬鹿にならないであろう。どうしても、地方では仕来たりに沿う事が当たり前の事と考えられているので、都会とは感覚が違うのであろう。それ以外に建前等も、それなりにしなければと言っていたが地方ほど見栄っ張りな所が強いと感じてしまった。確かに地方では、互いに競い合う傾向が強いのと見栄っ張り所がある事は、地方出身である私も分かるがこれは都会どころではない傾向が強い。ましてや震災での痛手もあり、金銭的な問題もある状況下で仕来りを重んじなければならない事に関しては疑問に思うがそれが地方の考え方なのであろう。その部分でも若者が定着しない可能性がある。ましてや都会に出て生活した人達であると息苦しく感じてしまうかもしれないと思う。私は外から見るから、良い部分と悪い部分が見えるのであろう。
2015.07.22
コメント(0)
暑い、当たり前だよね、夏だから、これで汗をかいて体重が減るならうれしいのだが、減りそうにない。今回、健康診断で又もや体重増であり、体重を減らしたいのでランニングでもと考えて、先生に聞いたら、心臓肥大で危険と言われた。前回も問題があったのは、心臓関連で、今回も同様である。どうも年齢と供に体重が減らない。多少の運動や被災地など夜行バスで行っているので減っても良いのであろうが、増える傾向が強い。そうなると絶食かと思うが、朝食は必ず食べているし毎回料理を作っているので、平均的には日に3食は食べている。また最近は肉類が少なく、魚が多くなったのでそれなりに気を付けていると思っているのは自分だけであろう。部屋にある体重計で計ると、体脂肪や色々出るのでありそこには内容では、私の年齢より平均して7~8歳、若く出る。確かに前に区役所で、保健所で検査があり、そこで遣ったら肥満では無いが肥満に近いと言われた。全体的に筋肉質が多いのでと言われたが、自分のお腹を見て何処が筋肉なのと疑問を感じながら、自分でお腹を見ている。本当は今が暑いので汗をかいて体重減をすべきであろうがこの暑さだと熱中症が心配で表に出たくないし出て歩いてもチャリンコで走るだけで、歩かないのが悪いのであろうが、体重を減らして血圧も下げるように考えようかと反省している。ただ高齢者のお手伝いや被災地以外の時も、必ず表に出る事を心がけている。家でもストレスを貯めないように気分転換の為に毎日外には出るが、それでも体重が増えるのは何故と疑問に思う。秋までに7~8Kg減らしたいが、これは頭で考えてもどうしようも無いので、実行するしかないが・・・だからと言ってサプリメントに頼るのは癪だし、他の方法を考えよう。
2015.07.21
コメント(0)
また、なりすましのメールが来た。それも私のメールアドレスを使い、私宛に来たのである。これは今まで来ていた別メールを迷惑情報センターに迷惑メールとして転送していたからの、嫌がらせであろう。この連中の頭の中身は馬鹿なのか、いたずらにしても程度の低い奴がやる事である。この様な事を考えるなら、別な事を考えて行動すれば良いのにそこまで考えが及ばない知能なのであろう。メールの題名は下記のものである。 From: xxxxxxxxxx@yahoo.co.jp (xxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp) To: xxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 1970/1/1, Thu 09:00 Subject: 本日より大幅値引き開始** STARも対応完了済み それをIPアドレスで追いかけたら最終的には12か所介して海外のサーバーからの発信になっていた。その1つ1つを調べて行ったのが下記のものである。1.IPアドレス: 210.153.241.133 Japan/Tokyo2.IPアドレス: 202.239.114.214Japan/Tokyo3.IPアドレス: 202.239.114.182Japan/- 4.IPアドレス: 175.41.60.50Taiwan, Province of China/Taipei5.IPアドレス: 175.41.60.10Taiwan, Province of China/Taipei6.IPアドレス: 4.53.132.17United States/San Francisco7.IPアドレス: 4.69.152.16United States/San Jose8.IPアドレス: 4.68.110.138United States/San Jose 192.249.76.38United States/Newport Beach途中は省いているが、日本から発信して台湾を経由でアメリカからの最終的に発信になっている。これで最初の発信のIPアドレスを調べれば使っているブロバイダーが分かるので、そこから発信先が特定出来る。今は、私も迷惑メールは少なくなったが、一時は膨大に来た事がある。その為に自分なりには色々な対策を考える事が出来たが今後はネットの発展と供に、この様な人が居る限り問題が起きる事は目に見えている。それなりにネットを使う人は、考えて行かなければならないだろう。私も色んな面で勉強になり、マニュアルを作成する材料を提供されていると思いながら、対策方法を考えている。この様に追いかけっこしているのがネットの社会である。ネットは便利であるが、そこには別な面でリスクを伴う事も考えて行かなければならない時代に入ったのであろう。
2015.07.20
コメント(0)
前日書いた愚痴は、その時になったら考えようと気持ちを切り替えたら、またも安保法案に関して書いてみた。今や国民の間で広がる今回の法案に対する反対運動。これは私達が学生時代を思い出すようだ。あの頃は本当に真剣に考えて若者たちが立ちあがっていた。今それが復活し出したように思える現象である。若者が政治に芽生えた事に期待を持つ事が出来る。これからの若者は、今回の政治家の遣り方に気が付き自分たちが変えようとしているのであろう。今の政治家は平和ボケした国民に選ばれていた事に気が付くのであろうか?どう考えても国民が納得していない法案を通す事に自分達は当たり前だと思っている事に疑問を私は感じる。政治と国民のためであり、その国民の代表であるべき政治家が党の言いなりに動き、国民の意思に反した行動を取り将来的に危険であると分かっていないのが与党の政治家連中であろう。これこそが政治の分からない烏合の衆が集まり党と言う存在だけを優先して、民意など考えていない証拠であろう。そこには次の選挙に勝つだけが先決で、党に反発すると公認されないので資金的な援助が途絶えるから党の意見は尊重しますで、民意は聞かない事にしますという態度を取るのであろう。与党の一部である公明党は、庶民の意見を反映させますと言って自民党に寄り添って行ったが、何の役にも立たない太鼓持ちの役目だけして、庶民の民意など反映させていない。与党も数の論理が民主主義の基本であると言って国内で顔の売れた連中を公認して、数だけ揃えている。今の政治は数だけあれば、どんな無理も通る。だからと言って政治も分かっていない人達を公認して選挙に勝ったから、私達の考え方は認められたと言って民意を疎かにして良いのか。与党の古狸が、当選回数が多いし、今までの方針で間違って居なかったので、今まで通りの方法論に固守して時代の流れも読めない連中が中心になり行う政治を政治であると声高に言っているが、これもおかしい。政治も時代に沿って行うべきであり、次世代に引き継ぐべきがそれも出来ないのが、今の政治家達である。一度甘い汁を吸ったら、それにしがみ付き離さない。違憲であると言われながらも、そちらは誤魔化して行わないで国民が理解出来ない法案を先にやり、違憲な政治家が作り上げた法案で、若者の命に関わる事は平気でやる。だが国民は、この安保法案で目覚めてくれたと期待している。若者が目覚めた事により、これからは別な部分で期待を持つ事が出来るのではないかと思う。
2015.07.19
コメント(0)
私も年齢なのか、最近は自分の行動範囲が狭くなった。それなりに動いているが、考えと行動のバランスが取れない。また、性格的な部分で悪い癖が出て来ている。自治会などの運営のずさんな事に腹が経ち、それなりの発言をしてしまい、「期待しています」と言われるが私には、その気が起きないのである。どうも古い事や、今までの遣って来た事を当たり前だと言う傾向が強過ぎて、先行きの事など考えていないとつい口を出してしまう。それでなくても高齢化が進み、それに対する方法を考えて行かなければならないのに、前から行って来たから、その仕来たりで行きます等と言われるとこの人達、何を考えているのかと思ってしまう。年月が過ぎると方法論も変えたりして行かなければならないのに、それをやらないでどうするのと思うのである。どうも今までがそうだったから良いと思うのは日本人が平和ボケしたのであろうと思ってしまいそんな考え方の人達を相手にするのが嫌になる。だからと言って、私は、近所付き合いはうまくやっているが自治会としての機能は問題が多過ぎる。これも私の悪い所であろう、先を考えて行かなければこれからはもっと問題(高齢化)が深刻化すると思うのでつい言ってしまうと、「期待しています」と言われるがこちらに住んで2年が過ぎたばかりの人間が期待されても問題はある事が分かっている。どうしても高齢の方は、新たな事に対しては排他的に成る傾向が強いのである。だからと言って文句だけは影で言うから、私は聞き役に回るが、それならやれば良いだろうと思うがやらないし、動かない。確かに高齢化して、新たな事に挑む難しい事は分かっているので動ける人達を動かして行くべきが、自治会の長たる人物も高齢化している状態である。そうなると私の性格は相手にしたく無くなるのである。むしろ別な人たちのやってあげる方が良いと思ってしまう。社協でお手伝いをしている人が、喜んで貰えるとその方が、私は気持ちが良いし、やりもしないで文句を言っているなら助けたいと思わないのである。私の性格は前に進むならお手伝いするが、現状維持で良いと思っているなら、それは進歩がないので手伝う価値がないと思うタイプなのである。だがこれは自分の我儘な考え方であると思う。人はそれぞれなのだから、それに合わせてあげるべきであるが問題が起こりそうな事や、問題が起こった場合などにはお節介焼きな所が出てしまう。確かに高齢で介護が必要な方のお手伝いをやっているがそれは自分の勝手で遣っているので、行動の責任は私が取れば良い事であり、やってやるなら相手の事を考えて行動すれば良いが、自治会となればそうはいかない。個人個人の生活基準も違うし、考え方も違うので全体を考えなければならないが、それが機能していないのが私には不満なのである。ましてや40年以上前に建てられた団地である為高齢化の速度は早まっているが、来たばかりの私には今までの流れも分からない部分が多いのであり自分なりのジレンマを感じている。でもきっとお鉢が回って来るであろうが、今の私にはやる気がないし、今までの考え方を継続する以上私には無理であろうと思う。
2015.07.18
コメント(0)
今回の安保法案は充分に議論を尽くしたと政府は言っているが、私からすると議論を尽くしたのでは無くタダのパホーマンスを行っただけであろう。委員会でも100時間以上議論した。この人達の議論は時間で言うのか?議論と何か分かっているのであろうか?時間を掛けて話した事が議論を尽くしたと政治家は言うが、私からすると議論を尽くしたのでは無くタダのパホーマンスにしか見えないのである。今回の法案は最重要法案としてアメリカと約束し法案化される事は決まっていたのに、形だけの委員会審議を行い、100時間以上の審議を行い首相が「国民は理解していないが、これから理解させる」などと言っていても法案の可決を行う為に延長国会の会期を伸ばし法案化する筋書きが出来ていて、議論を尽くした。この言葉の中身は時間を費やしたから議論したと言う事に繋がっている。政治家は良く時間を掛けて議論したと言うがこの人達の頭の中身を見て見たい。議論とは時間を掛ける事では無く、理解させる為の事であろう。それが何時間かけても良いのであり、それが一般常識であり企業であれば理解させるまで行うであろう。所が政治家は時間を掛けた事が議論であり、ましてや互いの揚げ足取りの討論も議論であると言う。本題からそれて時間が経過したら、議論を尽くした。これが日本で言う議論なのであろうか?最高学府を出て、この程度の事しか言えない人達が政治家ですとは、私は笑ってしまう。ましてや結果は見えていて、パホーマンスで話して時間が経過して議論しましたが、国民の多くは理解していませんが等とホザクなと言いたい。政治家は国民の代表として選ばれ、国民の意思を尊重するのが政治である事を忘れているのであろう。本当に政治家は議論したと言うのは時間の経過だけであり中身は関係ないのであろう。結果は見えているのであるから、確かに時間さえ経過すれば議論した事になるのが、あの人達の政治なのであろう。国民の多くが理解できなくても、国民の代表として政治を行っていますと言う驚心臓の持ち主が日本の政治を掌っているのが現状であろう。本当に政治家は議論をしたと、時間で示すがこれが企業であったら、倒産しているであろうし何の解決も出来ないダメ社員の集まりであろう。
2015.07.17
コメント(0)
今や日本の政治は誰の為の政治なのか?安保法案を採決しているが、国民は納得していないのに法案を通すのは国民として許せない気持ちである。日本の首相がアメリカで安保法案を改正すると日本の国民の前で約束する前に、アメリカと約束して来てその後に日本の国民に説明する。これは逆でないのかと思っているのが日本国民であろう。普通なら日本国民に説明して、それからアメリカでの説明なら分かるが、先に相手国に言って発言してから日本国民に発言とは、一国の首相がアメリカの属国的な政治を行っているようでは、日本の政治も終りであろう。政治家(与党)の向いている方向が、アメリカでは日本は独立国家では無く、アメリカの属国であるとしか言いようのない国になってしまった。同時に、それを認める与党の政治家もおかしい。これだけ世論が安保法案に関して疑問を持っているのに疑問が出て来ない事は、本来の政治に対しての考え方が狂っているのであろう。今の政治情勢は日本国民を蔑ろにした政治あり数だけ揃えて強引に政治を行っているだけである。日本の首相を2度やった人とは思えない、タダの我儘な、お坊ちゃま政治であり、乳離れが出来ない日本国を作り上げているのであろう。重要法案と言っているが、借金大国の日本では別な部分で重要な事をやらなければならないのに、それは後ほどやりますと、言っているのが憲法違反の議員削減であるがそちらをやって自分達の襟を正すべきが、それは誤魔化しで終わらせようとしている。これが10増10減の参議院であり、その参議院は今回の法案では機能していないと同じであろう。最終的に衆議院に戻され、今回の法案成立となる事は決定的である。数の論理で政治を行い、国民の疑問にも答えないで私は政治家ですと言っている人達が多過ぎる。それも国民からの税金で給与を貰い、なおかつ国民に借金が多いので税の負担をと言って、自分達の都合の悪い事は後回しにして、最後はウヤムヤにするのが政治家である。日本国内の問題点や、日本国民が案じている原発問題など多数の問題点は何も行わず、アメリカ寄りの政治項目を行い、国民の民意など無視する政府は、本当に日本の事を考えているのか疑問に思う。政治は国内問題を先に行い、国民の信頼を得てから対外的な事を行うのが政治家であろう。それが国民の税金で働いている人たちが行う行動では無い。今の政府はアメリカの属国的政治を行って日本国民を無視した方向に言っている。最終的に外交関係はアメリカの言いなり、日本国内の問題は蔑ろにされて、最後は責任など取らないのが日本の政治家であろう。この状況で日本の国民が、気が付くべき時が来たと思う。この様な政治体制にしたのは、我々国民であり政治家が責任を取らないのなら、国民が責任を取るべきであろう。
2015.07.16
コメント(0)
子供の家庭環境により、イジメる側になるか、イジメられる側になるか、判断出来ると書いたが、私が専門学校で教えていた頃に、よく暴走族連中(生徒)と話をした事がある。これは自分も悪時代があったのと、施設で育った事もあり意外と彼たちの心理が分かるので、話が出来たと思う。今の学校の先生達は、それなりの家庭で育ち、あまりイジメ等の経験がないので、その様な子供とは話をしないであろうが、イジメる側の心理状況を把握する事がイジメの早期解決に繋がると私は思うのである。イジメられる子は性格的に弱いので、イジメに関してはあまり話したがらない傾向がある。話すとイジメがエスカレートする事を恐れるからである。それは前日書いた、子供同士での生活時間が長い事その為に必ず顔を合わせなきゃならない状況があるからそこから逃げ出す為には、登校拒否になる事しかない。登校拒否の反応がある場合は、イジメも考えて見る必要があると思う。子供は経験がないから、どうしても逃げる傾向が強い。その場合は親や先生がホローしなければならないが1度逃げる事をしてしまうと、社会人になってからその傾向が残る事になりかねない。同時に現代の傾向として、日本人は経過と過程を考えない。経過とは事が起きるまでには、その兆候があるはずでありイジメに関しても信号が出ているハズなのに、親も学校側も見逃していると思う。事が起きるには、それなりの過程を踏んで起きている事を日本人は起きた時だけ騒ぐし、起きるまでの過程を蔑ろにしている。私も言われるのであるが、何故に怒るかとか、何故にその様な行動をするのかと問われて、その行動に対して、人は今までの過程を聞かないでその場だけの現象で批判や判断するが、そこまで至る経過は殆どの人が考えない。イジメも、それに至るまでに経過があり、イジメる側にもイジメられる側にも、色々な経過を経ているのである。その過程を分析して、早期に発見すべきが、事が起きた時だけ騒ぎ立てるのが周囲であり、同時に親も学校側も官僚も分析不足であり、それが当たり前の世界が世間であろう。基本的に人は相手の立場や目線に立つ事が必要と分かっているが、それが出来ない人達が多い。事が起きた時だけ騒ぎたて、それが終息すると忘れている。これは人間の本能であろうが、問題が起きた場合だけでなく起きた過程を知る事によって、イジメも早くに手を打てると思う。特に学校側と親に関しては、必ず信号が出ているのに気が付かずそれを見逃している為に、問題が大きくなっている。イジメに関しては子供の世界では無くならない。ただし大人たちが早期解決は出来るが、そこには子供目線で考えて行動・分析を行うべきである。今は重大事件になった時だけ騒ぎ、それ以外は見逃している為に今回のような事件になるのである。イジメは無くならないが最小限で止める事が出来る。親も家庭での子供の態度や行動で分かるはずであるがそれが疎かに成っている部分もある。
2015.07.15
コメント(0)
イジメは人間が持つ劣等感と優越感がある限り無くならないであろう。イジメられる子は、それなりの弱さを持っている子が多い。これは性格もあるが、育った環境もあるように思う。またイジメる子も何かしらの問題を持っている。その様に育った環境や家庭の問題などから子供なりのストレスがあるのだろうと思う。前にも書いたが、イジメられる子は劣等感が強く、それが自分の中から抜け出さない限り、イジメから抜け出せないであろうと思う。イジメる側は、その劣等感を利用している。その部分を強く刺激する事によって、その子の弱点を引き出し、最終的にはイジメがエスカレートして、お金や窃盗などに駆り立てるのである。私が考えるには、イジメは子供達の劣等感と優越感の鬩ぎ合いであり、前日書いた互いの牽制から発展するのである。イジメられる子が、イジメから抜け出す為には、初期段階の牽制部分で相手に対して劣等感を見せない事であるがそれは子供にとっては勇気が居る事であり、難しいと思う。私も学校でも施設でもイジメ的な行為をされたがそこから抜け出すには、自分なりの優越感を持たなければならなかった。学校の場合は「施設の子」のハンデもあり、最初の頃は、周りからの目が気になっていたが、学校の場合は、それなりの成績が良ければ、周りも認めて来るようになった。「施設の子」のハンデは学校の場合は、逆な部分で、他の施設の子達が悪グループに居たのでその部分からはみ出した私だった為に、別な部分で見られた事もあるのと、成績も良かったのと悪グループからの仕返しも考えていたので認めた部分もあると思う。その逆で施設では、子供達の見方が逆に成る。学校では成績も良く、学級委員もやっていたのでその部分で疎まれて、上級生に呼び出されて脅しを掛けられ、殴り合いを1対多数でやらされていた。その場合も私も負けて居なかったので、殴り合いをした。それが数回続いたが、相手も諦めたのか、私を認めたのか分からないが、それなりの対応をするようになって来た。基本的にイジメられる子は性格的に弱い子が多い為にどうしても威嚇的な状況になると、逃げ腰になる子がイジメの対象になる。別な部分を考えると、優しさが弱さに繋がっているのかもしれないと思うが、イジメる側は、その優しさを突いて来る。上記の事を考えると、イジメに関して知ろうとする場合はまず家庭環境や性格などを知る事が最初であると思う。その状況によりイジメる側になるか、イジメられる側になるかが判断出来ると思う。子供の場合は子供同士での生活時間が長い事も考えて、先生や親達は気を付けるべきである。続きは明日。
2015.07.14
コメント(0)
イジメに関して書いたが、これは私のブログでは数回書いている事である。私自身の経験からの事を書いているが、私自身は前にも書いたが、母の死から父に反発して施設で生活した事があり、施設から普通の学校に通い子供社会の中で色々な経験をした。施設でも子供の集団生活であり、また学校でも同じような集団行動であった。ただし私には「施設の子」と言うハンデがあり普通の子達と違った部分を持っていたのである。子供社会には必ずイジメが付きまとうのでありそれが学校でも施設でも、同じようなに行われる。子供社会は力関係で決まる部分が大きい。暴力的な力と、知的な力の中で、集団化する傾向がある。どちらかに長けて居ればトップになり、弱者を取りこみそれがイジメの始まりとなる。前日書いたが首謀者の行動を知るのは、子供の世界では力関係が優先するので、強い者が中心になるからである。これは誰しも子供時代に経験しているか、見ているはずである。大人の社会も同じであるが、子供社会は単純であり大人ほど経験していないので、明快に分かる。子供の心理は最初の頃は互いに牽制し合い、相手の力関係と、能力を見て動きだす事が殆どである。その牽制が終わると、自然に相手との力関係へと展開する。そこで初期の頃は、遊び的行為なのであるが、それも子供にとっては牽制段階なのである。それで力関係が分かり出すと、イジメの段階が始まる。遊びからイジメに変わる為に、周りの大人たちは遊びであろうと思うのであるが、悪ふざけ数回続くのはイジメの段階に入っている状況なのである。この段階で注意をするべきなのだが、子供達は「遊び」と答えるであろうし、その様な返答しか返って来ないであろう。だが、この段階から注目して行かなければならない。イジメられる子は、その段階で苦痛を感じ始めているが親や先生には言えない状況になっている。周りの子達も悪ふざけが続くと、イジメと感じ始めるはずであるがそれを先生には言わないのが、子供の世界の掟である。イジメられる子も言えない状況であり、ましてや親には言わない子が殆どであろう。同時に現代では、親自身が躾も出来たい状況が多い。また共働きであり、そこまで面倒を見てやれない部分があるが親も子供に対しての考え方が甘い部分が多過ぎるように思う。その為に子供自身が親を頼りに出来ないが子供が親に言ったとしたら、親は騒ぎだすだけであり何の解決策も出て来ない事が分かっているのかもしれない。もし親が騒ぎだしたら、イジメが陰険な方法で行われる可能性が高くなる事を子供は知っている。それは前日も書いたがチクリは子供の世界では御法度である。これは日本人の独特な考え方で、大人の世界でも内部告発をした人に対して、他の人は冷たい目で見る傾向が強いのと同じで、子供の世界でも、それをやるとイジメの対象になる。内部告発は最近の日本でも、ある程度は認識されて来たが子供の世界では、まだ認められていない。続きは明日。
2015.07.13
コメント(0)
今、またイジメに関して問題に成っている。この問題は消える事のないであろうと私は思う。消える事がないが、早い段階で止める事は出来ると思うがそれも周りの大人の考え方で変わるのであろう。今回はSOSを出していたのであるが、それが結果的に届かなかった事は残念に思う。私が教えて居た時にも、交換ノートを使った事がある。私の場合は専門学校・短大なので生徒は大人であったから、扱いやすい部分はあったと思う。人数も少なかったので対応も出来た部分があった。ただ女子が多かった為に、扱いに気を使う部分があったがそれなりに大人扱いしていたのであるが、生徒同士や家族間の悩み等が書かれていた事を思い出す。ある子は私の家に泊めてやったりしたが、その時は私の家族に了解を取って、食事などをしながら色々聞いたり出来たのであるが、中学生ぐらいになるとその面では難しい部分があると思う。相手の家族の了解を取るのと、もしイジメであった場合には子供が親に話していない場合が多い事がある。子供自身が親に出て来られて、事が大きくなる事を嫌う傾向が強い為に、親には話さない子が多いであろう。同時に家族間で問題があった場合は、尚の事話づらいだが今回の場合は連絡ノートに、それなりの事が書かれていたのであるから、それに対応出来なかった部分は教育側にも責任があるであろう。担任はイジメる側にも話を聞いたようであるが、その様に対応しても、今回の問題が起きたのであるから対応方法がまずかったのかもしれない部分があったのであろうが、一応対応をしているのである。確かに、この年齢の場合は対応に難しい部分があると思う。私も、この年齢の頃はイジメる側もイジメられる側も互いに牽制する傾向があり、その牽制は前にも書いたがチクリが、この年代では御法度なのである。もし、イジメる側に対応するなら、相手の名前や行動を言う事や、聞く事をしないで、考え方を聞きながら、核心部分に触れなければならない。イジメられる子の名前や、やられた行動を言う事は相手からのイジメが激しくなるので、それはやるべきではない。私がイジメの問題に対して行動を起こすなら首謀者である生徒に接近して、相手の行動範囲を把握してからイジメの現場を押さえて注意する。それでもイジメが止まらない様であったら、イジメられる子を呼んで、イジメの状況を聞き、どの様な場所や時間帯を聞き、イジメの現場を押さえるであろう。そうしなければ、イジメられる子が告げ口したとイジメる側が思う確率が高いので、それだけは避けなければならない行動であると思う。それも早い段階で行動を起こさなければ、イジメに関してはエスカレートするので、その様に変化しないうちに、摘み取る事が重要であり、今の先生方は対応が遅い為に、今回のような事件になってしまう。同時に怖い先生が居なくなったのと、父兄が怖い先生を排除してしまったので、生徒が遣りたい放題になったのもある。父兄は先生の躾的行為に対しても暴力的だと騒ぎ先生自体が委縮しているのが今の学校であろう。確かに過剰な暴力に関しては、問題はあるが多少の躾的な物にも、敏感に父兄が反応しているのが現代であり、それが学校側ではイジメに対しての対応を遅くしている部分があると思う。
2015.07.12
コメント(0)
私の行っている被災地も、高台の整備と供に住宅の建設ラッシュになっていた。仮設の方も60%近くが、今も住んで居るが今年中に殆どの方が出て行くのであろう。家を建てる方も順番待ちの状態で、建築関係は忙しいような状態であり、その部分では復興の兆しが出て来ているのであろう。ただ、昨日も書いたが、貧困格差が激しいのと若い人たちが被災地から出て行ってしまっているのが現状であり、家を建てたが家族が離れ離れになる現状がある。これは地元に産業が無いので、地元から離れて働く為にと、被災の惨劇を再び見たくないと思う気持ちから離れて行くのであろうと推測する。確かに住居に関しては高台移転の条件が整い住む事が出来るが、働く為には都市部に行かなければならない人達が多い。地場産業である漁業などもあるが、天候の異変で漁獲される物も変わり、また今まで取れなかった物が獲れたりと変化があり、今までとは違った部分を考えて行かなければならないようである。年内には住居などは決まるが、貧困格差は広がる事は目に見えている状況であろう。今後は高齢化と供に、被災後の健康管理等を考えて行かなければならないと思う。確かに被災で心身の打撃が大きかった為に身体を動かさない為に、色々な面で身体に支障をきたしている事は間違いない事であると思う。私より年齢が下の方も、身体を動かさない為に心の病から身体が動かない方を見て来たがその面では、これから多くの問題が出て来るであろう。私の場合は目的意識を持って、動いているからある程度の健康を維持しているが、目的が持てない状況であれば私も身体の衰えが早いであろう。そうなると何を求めるようにして行くかが問題であるし、地域にあったものでなければならないので難しい部分はあるであろう。また強制してやって貰う事では長続きしないであろうしその面は地元の人達が考えて行かなければならいであろう。今回は前回骨折した方と車いすで散歩をして仮設の高齢者の方が集まる所で、お茶などを飲んだがそこで元気な90歳の方が唱って聞かせてくれたが90歳と思えない声で民謡などを唱っていた。また多くの高齢者の方が集まって談笑していたのでその部分では私も癒されたが、今後は仮設から出て行くと別々に成ってしまうので、その様な事も少なくなるであろう。被災地は、これからが生活の基盤を作りながら復興が始まった感じがした。
2015.07.11
コメント(0)
今回、ショックな事を見聞きした。被災地の仮設の高齢者の方が、ガスを止められて食事も出来ない状態に居ると聞かされた。被災地の仮設でも貧困の差が激しいとの事である。確かに仮設に住んでいる方は高齢者が殆どであり今さら家などは建てる事も出来ないであろうと思う人達が多いのは、幾度も行っているので分かっていたがガスや電気まで止められる状況にある人達も居るとは思わなかった。災害で家を流された人には、国からの援助金は出たのであるが、借家住まい等の方には補助金が出ているであろうが少額である為にその様な状況が起きるのであろう。災害に会い、職を失い同時に仮設住宅暮らしであるが私達の気が付かない所で、その様な状況が起きていたのである。あの災害から4年が過ぎているが、私は何回も訪問しているが復興と言うような状況には見えない、風景を幾度も感じるがそれ以外に災害の後の問題点が出て来ているのであろう。確かに高齢化して産業らしきものも出来ていないし経済の問題は働く場所がなければ解決出来ないが仮設に住んでいる方は高齢者が多く、被災後は働く所も無く身体が弱くなっている事は見えていたが生活が、そこまで落ち込んで来ているとは思わなかった。政府も行政も災害支援を行っていると言っているが優先して行っているのはインフラや産業関係であるがそれも私の行っている所は政府や行政が言うほど進んで居ないし変化が見られない。それは行く毎にブログで書いているが、現地と政府や行政機関のギャップを感じていたが被災者個人に対する対応が問題あるから、貧困格差が出て、食事も取れない状況になっているまでは私も気が付かなかった。これは私もお手伝いに行っていて、気が付かなかった事は今回反省している。同時に私が見ているのは、被災状況と産業だけを主に見ていた部分が多かったのであろう。災害から年月が過ぎて、私達も災害を忘れかけているがそこには被災した人達の生活の苦しみが分からないで表面だけ見ていたのであろう。被災地は、これから多くの問題点が出て来るように思うのである。今後は、私達は内面的な部分で被災地を見て行かなければならないように思う。
2015.07.10
コメント(0)
最近は若い人たちが、安全保障問題に疑問を持ちだした。これは私の若い頃の安保闘争を思い出す部分がある。私は選挙に若い人が無関心過ぎると幾度か書いた。その様に思ったし、投票比率から見ると低い事は分かっていたのであるが、それは自分たちに関心がある事が見受けられないのと、私達世代の政治に対して考え方も影響していたのであろう。だが今回の与党が進める安全保障問題は、行く末は日本も戦争に巻き込まれる状況を作り上げる事になりかねないのである。政府が日本は戦争を行わないと言っている。これは日本国憲法で戦争を放棄したのだから当たり前の事であるが、戦争をしないのと戦争に巻き込まれる事の区別も付かないような発言をする政治家連中であり、戦争とは人の生死に関わる事である事くらいは誰でも分かるであろう。戦争をしないのも、戦争に巻き込まれるのもそこには人の生死に関する事で、政治家の判断で戦地へ赴き戦う事になりかねない法案である事は間違いない事であろう。ましてや政治家自身が戦地に行って戦うわけではない。若い人たちが戦う事になる事を、政治家の思惑だけで法制化して、憲法で戦争をしないと決めてあるのにそれを同盟国だから約束しました等と言っている政治家の連中の考えがおかしい。逆に、この法案を通したら自分たちの子供や孫を戦闘地域に送るのであろうか?与党は今国会で成立をさせるつもりであるが今の世界的な状況を見ると、戦闘地域に自衛隊が派兵される確率は高いであろう。今までの様に後方支援で銃器を携帯が最小限であれば戦闘地域でも死者は出なかったかもしれないが(出て居ても秘密であろうが・・・)今度は戦闘用の銃器を携帯すれば、相手からすれば敵であるから、銃撃戦は起こるであろうし日本の政府が後方支援だけであると説明しても相手は納得しないであろう。これは誰が考えても分かる事なのであるが数の論理で法案成立に持って行く与党の政治家は当たり前だと思って賛成しているのかが聞きたい。常識的に考えても、この法案が通過すれば自衛隊の派兵ははっきりしている。戦闘には人の生死が関わる事になるのに、国を守るためだと言う弁解等も取り入れて、国民を誤魔化そうとしているが、そこには無理がある。今、若者が立ちあがって反対運動が出て来ているし国民の殆どが、この法案を理解していないし、反対しているのにこれを成立させたら、日本の政治家には常識人が居ないと言えるであろう。ましてや与党の連中はタダの政治屋組織に成り下がった連中であると私は思う。逆に若者が、これで政治に関心を持ってくれた事で日本は変われる部分が出て来た事に期待している。7日から9日まで南三陸に行くのでブログは休みます。
2015.07.06
コメント(0)
私は政治に対して批判的な事を書く。それも意外に強い口調で書く事が多い。私が青春時代に育った時期は、日本が発展途上の頃であり貧困格差が激しい時代であった。学歴社会の始まりであったが貧しい人はそこからはみ出して行くか、自分なりの信念を持って這い上がるかであり、裕福な家庭の子は苦労もしないで自分たちの道を歩めば良いと、矛盾を感じていた頃である。同時に「末は博士か、大臣か」等と言う言葉があり政治家は金持がやり、苦労の知らない人達が行って庶民は食べる為に働く事だけで一杯の時代であったので私は、その頃は出来が悪くても、金を持っていると好きな事が出来ると思い、矛盾を感じて反発していたのであろう。また政治家連中は発展する日本の企業に媚を売ってそれなりのお金を貰っていたのである。一方では労働者の階級からも政治家が出て居たなので労働者の権利を主張する事も出来た部分がある。だが、そのバランスは崩れ出して、労働者の権利が蔑ろに成ったのが今の日本の状況であろう。今や企業にとっては利益を出す為には、働く人達の権利を聞いていたのでは駄目な時代になったのと労働者自身が意見を言わなくなった。確かにバブルで労働者が潤いを経験した為に権利の部分を一部放棄したのであろう。逆に言えば企業に、うまく飼いならされて、自分たちも潤いを感じたのであろうと思う。だが、これからは企業だけの考え方では日本の経済は成り立たなくなる事は目に見えている。少子化と高齢化で日本の経済の発展は止まるように思う。そうなれば貧国格差が広がり、高齢化による負担が増えるが今の政治家は、それを分かって居ながら手立てを打てないで経済を声高に言って国民目線を向けているのが、今の与党がある。これには国民自体も考えて行かなければならない時期に来た。経済の停滞を起こすと、次は国の借金の問題が出てくる。最終的にギリシャやアルゼンチンと同じ道を辿る事になりかねないのである。日本人は政治に対しての無関心ではなく、もっと政治を考える時期に来たのであろう。無関心にさせたのは、私達世代に大きな責任がある事は間違いない事である。
2015.07.05
コメント(0)
私はプリンターを持っていない。自治会での役員会の議事録を書記では無いのにUSBに記録している。役員の方も高齢なのでPC等を使う人が少ないし慣れていないので、私が勝手にやっているのである。自治会自体が機能してない状態なので、私も役員であるが書記ではないが、お節介な所が出てしまい、つい手を出してしまった。プリンターが無いので、漫画喫茶でプリントして来たのであるが団地の方が亡くなった旦那さんが使っていたプリンターがあるので使いなさいと言われ、それを頂いたのであるが古いので型が大きく場所を取ってしまい下に置いていたのであるが、それも自分で嫌なのでPCデスクを買ってしまった。私のPCとは接続出来たのであるが、私のはノート型なので食事をするテーブルで何時も使っているので問題はなかったのであるが、プリンターを貰ったら部屋のバランスが取れなくなって、デスクを買ってしまった。タダで貰ったのであるが、逆にデスクと椅子等を揃えたら小型のプリンターが買える金額が出てしまった。それでも付き合いであるから良いと思っている。最近は近所の方から色んな物を頂く事が多い、先日は肉じゃが、天ぷら、ベランダの花置き、ソーメン等色んな方から頂くので、お返しをするが私の悪い性格なのか、貰うとお返しをする事になりグルグル廻りで終わらないので、最近は自粛している。確かに被災地からワカメが3回送られて来てそれを近所に配ってあるいたりしたが、それは別な部分で人との交わりが出来て良いのであるが別な部分で相手に気を使わせている様に思ってしまう。ただ私の住んでいる所は高齢化が進み、私が若い方に入るのでそれでも良いかと思っているが、自分のお節介な部分で迷惑を掛けているように思ったりもする、この頃である。被災地の方からもワカメなど頂くが、一人暮らしなので絶対食べきれない。ましてや生ワカメが来たら、どうしようも無い状態である。今年は3人からワカメが来たので、団地以外にも配って歩いた。家の冷凍室には3年前以上のワカメがあり、最近はワカメが見たくない心境であり、乾燥ワカメも殆ど食べていない。タダ、人との繋がりが出来て、別な面で交流できる事は楽しんでいるが、そんな自分の性格は、お節介焼きなのだと思ってしまう事が多い。今月もまた南三陸に行くのであるが、仮設の寝たきりの方と散歩を楽しもうと思うが梅雨なので天気次第である。前回は私が行く日の夜中に、骨折して入院していたのでお互いに楽しみにしていたが、お見舞いになってしまったが今回は天気が良い事を願っている。同時に別な人にPCも教えなければならないのでそちらも楽しみにしている。
2015.07.04
コメント(0)
政府が経済再生、骨太の政策等と言って、社会福祉関連を抑制するようであるが、高齢化の進む日本であり、同時に貧困格差が広がる事は分かっている状況下での方策なのか疑問に思う。今やギリシャが債務危機で問題に成っているが日本も先進国では一番の借金大国である。確かにその為に抑制する事や、消費税を上げる事は分かるのであるが、政策を決める人達は自分達の抑制も行わずに、国民に負担増を投げているだけである。まず自分たちから、抑制する事があるであろう。議員削減は、給与削減は?自分たちの腹は傷めず国民だけに負担させて、馬鹿な発言をする勉強会を国民の税金を使って勉強しています。これが日本の政治家先生の遣り方である。本来、政治家なら自ら身を切り、その後に国民に負担を強いるなら分かるが、自分たちが約束した議員削減はホッタラカして、国民から如何に税金を絞り取るかを考えているだけの政治屋団体が日本の政治家であろう。本来、政治を行う人は、自ら国民に対してどの様にするか示して、次に国民に負担をお願いすべきが今の政治家は、自分たちは、国民の税金を使い放題高齢化が進む事は分かり切っているし、金も掛かるので現代版、姥捨て山を作る事だけを考えているのであろう。同時に今の政治家の言っている、経済効果が出るにはバブル時代と同等の景気に戻さなければならないと言うのではこの政策に無理がある事は分かり切っている。どう考えてもバブル時代は異常であり、あの状況下には戻らない事は誰でもが分かる。バブル時代に育った連中が政治を行い、高齢化や少子化時代なのに、あの時代の経済には戻らない事ぐらい餓鬼でも分かる事を政治家は、国民の前で言う事がおかしいと思えるのである。働き手も少なくなり、高齢化になり、女性の活性化等と唱っているが、その前に自分たちの襟を正して如何に無駄な税金を使わないで、国の借金を減らす事を考えるべきであろう。景気は上昇していると政府は言うが、国民は実感が無い同時に消費税が上がれば、景気は落ち込む事ははっきりしているし、高齢化で働き手が少ないので企業は拠点を海外に移すであろう。そうなれば国内の需要も減少するであろう。夢よ、もう一度はないし、過ぎ去った物を振り返るなら、自分たちの襟を正してから考えるべきであろう。
2015.07.03
コメント(0)
私は沖縄の方の友達が多い。海外で仕事をしていたので、日本からの移住者の方もいるし日本で教えて居た時の生徒も居る。海外では沖縄からの移住者の方から聞いたのであるがその方は戦争孤児となり、米軍基地で働き、学校では沖縄の方言を禁止されて、日本語で話すように学校で強要された。また、孤児の時は鹿児島の施設で食べる物が無いので盗みもやって飢えを凌いだとも言っていた。最終的に沖縄では暮らせないので、パラグアイに家族で移住を決断したそうである。沖縄は日本が、唯一アメリカが上陸して攻撃された所である。そこには多くの犠牲者が出たのであるが、本土の人達はそれを実感していないので、他人事のように思っている部分が多いのであろう。あの戦争の体験が沖縄の人を、どれだけ苦しめたかそうして多くの沖縄の人達が、あの苦しいから逃れるように海外に移住して行った経緯がある事を、私達は知らな過ぎる。移住しても多くの苦労があり、そこから這い上がった事を移住者の方から聞いた事があり、その方の家族とは今でも友達であるが移住してからの苦労、そこには言葉の問題や風習等、私達には分からない物がある。戦争で犠牲になり、なおかつ移住して新たな生活を求めて海外に移り住み、そこでの苦労などを聴くと私などは、まだ幸わせな方であろう。また、沖縄の移住者の方達の団結力が強いと感じたのは色んな苦労をしているから、互いに励まし合って生きて来た証のように思えた。それを分からない連中(議員等)が、あのような発言をする事に私は怒りを感じる。同時にあれが政治家かと、人の痛みや苦労の経緯も分からないで勉強会などと言っているが、タダの無知な連中の言いたい事を言う会合でしかないであろう。あれが政治家の勉強会なら、悪ガキのコンビニ前の集会と同じ程度の知能しかないように私は思う。これが日本の政治家で「先生」と呼ばれる連中の遣る事か?これでは日本の地方の衰退も分かる。政治家は自分たちの事だけ考えて、選挙の時だけ「お願いします」当選したら、金のある所に媚を売って言う事を聞きそこから金を出して貰う事で、次の選挙の事しか考えていないから地方は衰退するだけなのであろう。今さら地方創生等とホザクナと言いたい気持ちである。地方の衰退は前から分かって居ながら、何も手を付けなかったのが今の政治家であり、その責任も感じていない人達なのである。それを選ぶ人達も同じ責任はあるが、その上を行くのが政治家なのであろう。基本的に、人の痛みや苦しみが分からない人達の集まりなのであろう。政治は国民の為にが、基本であるが、それが分からない人達なのだと思う。
2015.07.02
コメント(0)
日本国の首相が、今回の政治家の勉強会に於いての問題発言に対して、「自由闊達(かったつ)な議論がある。言論の自由は民主主義の根幹をなすものだ」と言っていたが確かに言っている事は一理ある。でも今回の問題議員の発言が、政治家が言う言葉ではないと首相は分かっていないのではないかと、私は思うのである。これこそ与党(大多数の議員を持つ)の横暴的な発言であろう。ましてや一般国民が見る新聞に対しての、威圧的発言である事は間違いない事である。それを言論の自由であり、政治家なら何を言っても良いとも取れる言い方は政治家としては低俗であろう。今回の政治家は、国民の代表である自覚が無い人達の発言としか、私には取れないのである。逆の立場で自分が、その様に言われたら、どの様に思うのであろう。言論の自由だから当たり前であると言うであろうか?ましてや公人が言うのであるから、それは国民がその様に思っていると言っていると同じ事である。選挙民に選ばれた人が言う事は、選挙民が思っている事と繋がる意識がない。これが日本の政治の主軸を担っている政党のおごりである。この様な人達を選び、なおかつ勉強会と言って呼んだ人もあのような発言では、日本の政治も末期状態であろう。まず、あの発言や弁明は、政治家としての質を疑う。数だけで横暴な政策を行い、お前ら国民は俺たちを選んだのだから今さら文句を言うなと言っていると同じである。反省と言う言葉を知らないのが政治家と、前に書いたがその通りの連中の集まりであろう。この様な政治家を日本国民が選んだ事を、国民自身も反省すべき時であろうと思う。これからは18歳からの選挙権があり、まだ無知な人達にこれが当たり前であるとは思ってほしくない。今の与党は数の論理で「おごるなかれ、平氏」の状況であろう。遣りたい放題、民意等聞く耳持たず、ごり押し法案など日本の将来を担うべき政治家なのか疑問に思う。あの発言を行った人を選んだ選挙民は、どの様に思っているのかまた、言論の自由を履き違えた言い方の政治家にも疑問を感じた。日本の将来像に暗雲が立ち込めて来ているのかもしれない。
2015.07.01
コメント(0)
全28件 (28件中 1-28件目)
1