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私の悪い所が今回も出たと思う。この性格は治らないであろう。いまさら治しても遅きに至り状態である。私は技術屋として仕事をして来たが、私達の時代は覚えるのは盗めと言われた時代である。教えわる事は少なく、自分で人のやり方を見て盗んで覚えて来る時代であった。それが私の性格を確立したのであろう。同時に少年時代の生い立ちも関係あって、それが災いした部分と、良かった部分があった。だが時代と供に、その考え方は廃れ、無くなったのである。これは時代と供に、やもえない事であろう。だが、それが自主的に物事を行う事が出来なくなったのに繋がって来たのであろう。今回、密着取材は、私が病院に付き添った方が亡くなった事も関連するが、認知症の予防や進行状況を防ぐために関連して食事で認知症が前記した事が出来ると言うアメリカの論文があるので、その実験的なものである。生意気な事を私は書くが、前に書いたが認知症予備軍とMRI検査で出た事もあり、同時に高齢者(認知症)の方等の病院の付き添い等を行っていると、今回のショック事件を考えると実際に自分で行動して効果があるなら、皆さんに勧められるし、今後の高齢者のお手伝いに役に立つと思い実行している。これはテレビで放映されるが、10日間の密着は私にとって地獄である。これ程ストレスが溜まって、疲れるものである。確かに私の部屋に4台カメラが据え付けられて普段の部屋での生活が撮られ、なおかつ外出や買い物にもカメラが来るのは、人生で初めてであり監視されているのでストレスは溜まる。ただ今回の場合は5日で2K体重が減った。これは食事の効果かストレスから来たのかは分からないがこの療法はダイエットにも良いとの事なので、そちらなのかもしれないが、今まで体重減に悩まされていたのでもしストレスからでなく、食事療法でなら喜ばしい。今回、自分が経験して見て、良かったら高齢者の方に教えてあげられるし、お手伝いに行った時には別な面で話が出来ると思っている。どうも私は本で読んだり、聞いたりするだけではあまり他人に言う事が出来ない性格なので、今回は実際に行ってどうなるか分からないが実行して良かったらブログにも書こうと思っている。ただし取材側の了解を取ってからであるが・・・だがストレスは溜まる、今日で1週間なので後4日頑張らなければならないのが大変である。ストレスはカメラを向けられているからなので療法でストレスは、あまり感じていないはずである。今後もブログは、これが終わるまで書いたり、書かなかったりとなるであろう。
2015.02.28
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只今、密着取材をされているので、書く余裕が無いので、書く事が出来ません。余裕が出来た時に書きますが、3月5日までは書いたり、書かなかったりなります。読んで居た居てる方に感謝します。取材が終わったら、毎日書きます。読んで頂き有難うございます。
2015.02.26
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前日書いたショックは、今も続いているのであるがこれから、高齢者の方や、車いすの方のお手伝いをすると通れなければならない道なのであろう。個人的には避けたいが、それは無理であり同時に自分の年齢を考えると、同様な事が起こりうるのであろう。私は一番嫌いなのは、人との別れであり、特に死である。小学校6年の時に母を亡くして、その後に私が愛した人を脳腫瘍で亡くし、私を可愛がってくれた祖母、父を亡くしたので幾度かの別れを経験しているが、どれも自分の中から消える事が無いのである。これは誰しもが同じであろう。人の死と向かい合わない人達はいないであろうと思う。ただ、私の場合は思い入れが深い人や自分の人生の中で色々な事に関わって自分を作り上げてくれた人なので心に残るのである。私の性格から来るのであろうが、遣って上げるなら最後までと言う考え方から、今回の方にも思ったがそれは一般社会の制約があり、私の遣れる範囲が決められているので、その制約は破れない。今、自分は悩んでいる。今後も別な方の病院の付き添いを頼まれたりしているが今回のような事があると、自分は向いているのかと思ってしまう。今の自分はジレンマがあり、人と人の関わり合いで新たな事を学ぶ部分はあるが、そこには自分の予想しない悲しみも出て来る事と、私の人生の中での悲しみが思い出される事が悲しい。本当にやって上げるなら、もっと人としての関わりと繋がりを持つ事であるが、それは高齢化した社会では今回のような事も起きるが、別な面で防ぐ事が出来ないか今後勉強したい。自分の愚かさを反省する。だが、違う部分で相手の方を励ます事は出来るので続けて、私も学ばせて貰う。
2015.02.25
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先週は、私はショックが大きな事があった。それは何時も病院に付き添いで行く、高齢者の方が亡くなった。何時ものように付き添いの為、自宅を訪問すると何度もインターホンを鳴らしても、返事が無いのである。何度か鳴らしていると、向かいの部屋の方が出て来て「居ませんよ、2週間前に亡くなったよ」と言われ私はショックを受けた。前回の付き添いの時は、元気だったのでその言葉が信用出来なかったのである。付き添いも幾度も続いていたので、色々話を聞いて勉強させて貰ったり、本音も話してくれるように成って居たのである。お子さんは地方に居るので、こちらの来れない事に時々、「寂しい」と言っていたし、その気持ちも分かる部分もあり足が悪くて出歩く事も出来ないので、話す相手は私以外には介護に来る人だけであったので、ストレスも溜まって居たのであろう。だから私に本音を言う時があった。その寂しさを私も分かるような気がしたのであるが私の場合は付き添いの送り迎え以上は出来ないのであるが病院は複数の科に掛かっていたので、時間もっかかり話をする時間も多かった。前回の付き添いの時に病院で待っている時に「私はチョコレートが好きなのだよ」と言って「帰りに病院の向かいのコンビニで買って帰ろうかな?」と言ったので、私は「そうするかい」と言って帰りにコンビニに寄って行こうと話していたが薬を貰う為に、薬局で待っている時に、「コンビニ寄るかい」と私が言うと「寄らない」と答えていたので寄らないで自宅に帰って来たのである。私は次の通院日と私の名前を大きく書いてカレンダーに張って、「次の通院日は張ってあるからね」と言って帰ろうとしたら、涙ぐんで居たので私は可哀そうになったがこれ以上の事は出来ないので、寂しそうだったが帰って来た。その時に、その方が言った「チョコレートが好き」と言う言葉が私の脳裏に残っていたので、次の日にチョコレート5枚とせんべい2袋を買って届けてあげたのである。その時は元気に「ありがとう、お金払うよ」と言ったのですが私は「いらないよ」と言って渡して返って来たのが最後になってしまった。その方は足が悪く認知症もあったが、話す事はしっかりしていた。だが最後の付き添いの時に、その人が何度も言っていたのが私に「今度の時は、死んでるかもね」と言う事を何度も繰り返しに言っていたのである。今まで何度か付き添いに来た時は、たまには言う事もあったがその時は言う回数が多かった。それと私が「帰るね」と言った時に涙ぐんで居たのが私の中から消えないのである。私は介護の資格も無いので、付き添いだけであったがもっと話し相手をしてあげたりすれば良かったと思う気持ちでいっぱいである。通院の時だけ助けてあげられたが、人間としてもう少し何かが出来なかったか悔んでいる。私は母を早く亡くしているので、尚の事、悔しさしか残らない。あの方が「次の時は、死んでいるかも」と言った言葉があの方自身が感覚的にあったのであろう事を、くみ取れなかった自分の愚かさを悔んでいる。本当に悔しい気持ちです。
2015.02.24
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前日書いた事が、それがイジメる側のターゲットになる。イジメられる子は、その様な心理的要素が強いように思う。だから何処からでも狙われやすい。仮にイジメられる子が反発すると、イジメる側は、その子を孤立化させようとする。子供は孤立化を嫌うし、それが一番相手を操作するには効く方法である。子供は集団生活で仲間を作り、そこで自分を育って行くのであるが孤立化されると孤独感が先に立ち、自分が不安になる。それを見越して相手は、色んな面で要求をエスカレートさせる。相手の要求を受け入れなければ、孤立化か暴力的制裁が待っている。ここまで来たら、イジメられる子を立ち直らせる事は難しい。その前にイジメを断ち切る事をするのが良いのであるが子供からイジメを言って来る事は殆ど無いので、親か先生たちが観察して処理すべきである。ただし。イジメ側と対等の立ち向かう子が居て、その子がイジメを受けている子を助けると救われる。簡単に言えば、正義感の強い子であるが、その様な子は少ないが、その子達との付き合いの変化出来る。それはイジメられる子が孤立化しないで、その子と付き合うように成ればイジメから解放される確率は高いであろう。子供は孤立化が一番の恐怖であるから、それを取り除く事が出来れば、弱い立場でも立ち直る事が出来ると思う。施設の場合もオヤツを貰うが、それを暴力的な連中は弱い子から取り上げるのであるが、それを注意する子が居るとその連中は、その様な行動を起こさなくなる。そうではなく言う事を聞いてオヤツを差し出すと次からもエスカレートして、難問を突き付けて来る。それは施設であるからオヤツで済むが、一般であるとお金になりかねないが、一度渡すとエスカレートするのが子供の世界であり、それが出来なくなると暴力で威圧して屈服させて、最悪は万引きや窃盗まで行わせる事になる。イジメられる子は、その様な状態になると誰にも言う事が出来ない心理状態である。それを見越してイジメる側は相手を追い込み、それが最終的に暴力的に威圧するのである。もし、その様な状態になった場合は、引き離す事が先決かもしれない。初期の頃か家から、お金が無くなる不審な状態が続いたら親も気がつくはずなので、対処すべきである。それが出来ないと言う事は、家庭内での会話が無い状態であろう。そこには親にも問題がある事を考えるべきであり学校に相談も好いが、今の教育関係は親からの苦情を受け付けるだけの人材も居ないし、対応も出来ないであろう。イジメを発見するにはマニュアル化されたものでは駄目である。生徒との会話で心理状態を把握して、それから動くべきであるが先生方は親から言われると、本能的に自己防衛になりマニュアルを楯に取って、それに沿った返答を行うだけであろう。そこには先生の体罰に関して、親もマスコミも騒ぎ過ぎて怖い先生が存在しなくなった事も原因である。イジメる連中は学校の場合は、怖い先生を避ける。私達の時代は、その怖さが当たり前であったが、今は体罰だと父兄が騒ぎ、同時にマスコミも父兄側の言い分を流す。結果的に学校は委縮して、厳しく出来なくなったのであり、同時に父兄の顔色を伺うだけで、イジメる側を放任するようになってしまったのが現在である。この様に考えるとイジメに関しては、一つの事で決めつける事が出来ない複雑なのもである。同時に子供時代のイジメによって、成人した時の性格も確立される可能性が高いので、親自体が主に成って子供の成長過程を見てやるべきである。今の学校側や行政では、本当のイジメに対する対策にはならないと思う。
2015.02.23
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どの様にイジメられているかで、対応方法が変わる。言葉の暴力等の場合は、何を主にしてイジメる事をしているかを見定める必要がある。言葉の場合はイジメの判断がつき難い。イジメなのか、遊びなのかが分からない事が多い。基本的にはイジメられる側の、子供の考え方で変わる。周りでは遊びの範囲と捉えているが、本人はイジメと考える場合があるから、一概にイジメと言えない部分が出て来るが、言葉のイジメはエスカレートする可能性が高い。精神的に弱い子は多少の事でも気持ちが荒み、次にエスカレートした場合は、気持ちが挫ける事になり集団から離れたい気持ちになる。そうなると不登校になる。基本的に不登校の子はイジメに遭遇している場合と自分の殻に籠ってしまうタイプがあると思う。殻に籠る場合は、先生との相性が悪い場合もある。イジメで不登校の場合は、親の対処の仕方で変化は起こるが、親自体の方針で子供が気弱になっている事が多い。親の厳しさや、無関心放任主義であったりと多様な要素を含む。それは色んな部分で考えられるので一概には言えない。口うるさい場合や、母子家庭や両親が共働きで会話が少ない事や躾が出来ていない等、色んな状況で子供の性格が変わってしまう。私の場合も父との生活を行っていたら、自分は変われなかったと思う。精神的な部分で弱い自分が居たし、それを叱ると自分が尚更自信を失って行く自分がいた。だから自ら父と離れる事を希望したのである。そうでなければ劣等感の固まりのような人間になって居たであろう。施設に行った事で自由な自分を取り戻し、成績も良かった事で自信を取り戻して、イジメに対抗する事が出来たのである。イジメられる子は、何処かに弱い所があり、それを解決しなければ、イジメは続く可能性が高いがそれを分かってやれるのは親なのだが、現代の親自体が放任主義の部分が多いのと、子育ての方法が分かって居ないのではないかと私は思う。まず、親が子供を観察する事が重要である。観察の為に会話が必要であり、その中から子供の弱点を見出しその弱点を、どの様な事でカバーするかを考えて遣る事が必要である。弱点は直ぐには治せないし、その弱点を逆手に取って別な部分で優越感を持たせる事を考えるべきである。子供は社会経験が無い分、繊細であり、劣等感を持つとそれが他の部分まで影響を及ぼす。大人は色んな経験を積み上げて来ているので、逃げ道を知っているが、子供は素直なので対処方法が分からない場合は他の事にも、同じような行動を起こす傾向がある。続きは明日
2015.02.22
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子供の立場は微妙に違って来るので、ここに書く事は私の経験と推測にしか過ぎない。私の場合は前にも書いたが、親の暴力的な躾の経験があるので施設の中では当初はイジメグループに目を付けられて呼び出しを何度か受けて、殴り合いをしたがそれは父の暴力からすると単純なものであり父に対しての恐怖心が逆に生きたのかもしれない。施設の子達は、それなりの問題を抱えた子等が家庭から来ているので、性格的な部分はそれぞれ違って来る。性格の弱い子は脅しでグループに入ってしまうし暴力的な問題や家庭環境で問題がある子は、凶暴性がある。また、一般の学校に登校するが「施設の子」と言うレッテルは何時も付いて歩くのと、一般の子とは学校範囲内しか遊べない。学校が終われば、施設に帰って来る事が義務づけられているので友達は施設範囲内が殆どである。それに施設では時間に沿った決まりがあり、遊べる時間も制約されているので、個人としての時間は殆ど無い。その様な状況なので子供としてストレスが溜まる。そのストレスを発散する場所が、学校であり施設でのイジメとなって現れる。施設の場合は暴力的なイジメが多かったが、前記したように父の暴力から見ると、自分にとってはそれ程の影響はなかった。これは父の暴力的な躾を経験していたので、影響はなくむしろ対抗して行った部分があった。父と暮らしていた頃は、自分自身に自信が持てない部分が多かったが、施設では学校でもクラス委員を行うくらいになり自分に自信が持てた事もあるが、逆に言えば、その為に施設の上級生や同級生に睨まれる事になったのである。もし、自分が学校でも父と暮らしていた頃のようであればグループに入って居たかも知れない。自分には劣等感しかなかったので、気持ちが弱い部分をさらけ出していたから狙われたら屈するであろう。だが、狙われた原因は学校でも信頼されてクラス委員をやり同時に私の頃はテスト毎に成績が廊下に張られ、一クラス50名以上が七クラスあり、同級生が400名近かった。その中でも40番範囲に必ず居たので、優等生のレッテルを張られそれが上級生や同級生が面白くなかったのであろう。上級生や同級生は、学校では番長グループに入っていたので目立つ存在だった事で狙われたのである。確かに学校でも「施設の子」と言うハンデがあり、差別的な見方をされる事が多いので、勉強も疎かになり成績も悪い子が殆どであり、施設から学校のクラス委員になったのは私が始めてであったそうだ。私も最初の頃は「施設の子」と言う目で見られたがテストでの成績がトップクラスだったので、クラスから信頼されて委員に3年間やった。これが別な部分で自分に自信を持たせた事が施設でのイジメに対しても耐えられた部分が大きい。それは劣等感が優越感に変わったからだと思う。子供は劣等感を持つと委縮する傾向がある。その委縮がイジメの標的になる可能性が高くなり相手からすると餌食にされる事になる。その面を考えるとイジメにあう子は、劣等意識が強いそれは家庭での状況もあり、躾の面でもあるし同時に家庭内の会話が少ない部分からも出る可能性がある。子供はそれがストレスとなり、腕力のある子はイジメに走り、腕力の無い子はイジメられる事になる。イジメられる子は、親にはイジメられているとは言えない。家族が学校に言う事になると、前にも書いたがさらなるイジメが待っていると思うからである。良くイジメられている子が自殺等をして、親がイジメられている事が、分からなかったと言うが、それは親にも原因がある事を考えるべきと私は思うのである。イジメられる子はイジメられる初期の段階で、イジメる側は何を対象にしてイジメているかによって変わって来る。同時に遊びからエスカレートして行った場合と、私のように集団から、はみ出した事によってイジメの対象になる場合や、その子の行動が他の子と違う場合もイジメの対象になる。イジメを受けた場合は、子供としては最初に恐怖を感じる。それにどれだけ打ち勝つかによって、イジメの限度が決まる。私の場合は対抗意識が強かったのと、学校での行動が相手からするとイジメる事の範囲を越していたので相手も認める事になった。それは自分の経験(親の躾の厳しさ)から、受けて立つだけの事が出来たが、これは一般の子たちには通用しないであろう。そうなれば対策を考えなければならない。私が考えでは、私自身は学校でも「施設の子」として最初は差別化されていたが、成績が良かったのでクラス内でも一目置かれたのと、先生方も成績が良かった事で話しかけられる事が多かった。これはクラス内で信頼につながったと思う。この様に考えるとイジメられている子に対して、先生が話しかける事を多くして、その子の心内を開かせるのと話しかける行動をイジメる側の前で行い、先生と親しいと感じさせる事で、多少は効果が見込まれる。子供は単純であるから、イジメる側は大人との関係によってイジメを辞める事がある。施設でのイジメも保母さんや先生方(施設の)が私に対して話し掛ける事が多いとイジメが無くなった。ただ、イジメられる側は自信を失くしている子が多いので気弱になっているから、その自信を失くした事に関して親や先生方が見極めて対処すべきであろう。続きは明日に。
2015.02.21
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学校での場合は意外と分かりやすい。これはイジメ側とイジメられる側、それを傍観する側に分かれる。私も教えていた経験があるが、学生はグループ化する。私の場合は悪グループ(イジメ側に属する)と、よく話をした。それは自分の経験上から、奴らの気持ちが分かるから気さくに話をすると、彼たちは単純であり、悪ぶっているが気性が荒いのと家族環境に問題がある子が多い。意外と気さくに話すと本音を言う事が多いのである。むしろ勉強の出来が良い子より、単純明快であろう。だから、こちらも本音を言うと答えが返って来やすい。もし私がイジメを発見するとしたら、イジメグループの連中と話を良くして、相手の行動範囲を把握してどの様な行動を取っているかを聞くであろう。最初からイジメられている側には、話は聞かないでイジメる側との会話の中から、誰をターゲットにしているかを観察してから、こちらが動き出す。それはイジメられる側の子に聞くと、前にも書いたが先生に言い付けていると取られた場合、イジメがエスカレートする事になるから最初から聞かないで、イジメる相手を、こちらから探し出す為にイジメる側から攻めて行く。ただ男子と女子のイジメる方法が違って来るので男子の方が分かりやすい。ただ現在の先生方は、学校では優等生タイプだったのでその駆け引きが出来ないであろうし、分からないのであろう。現在の先生方の多くは、傍観側の子供たちであったのでイジメる側の状況もイジメられる側も、分からない人達が多いだろう。また、子供たちは遊びがエスカレートして、イジメに変わる事もあるのでその判断が分からない場合が多い。特に女子は分かりづらい、男子の場合はイジメる側が最終的に暴力的に行為になるので判断が付くが、女子の場合は、言葉でのイジメと孤立化させる方法が多いので判断が付かない部分が多い。私も女子に相談された事があるが、仕切りたがる女子は最初は仲間内での行動を、周りは認めて行くが、あまりにも仕切り過ぎると、嫌われてしまい孤立化して行く事があった。相談は仕切られる子からの話であったが、最終的には私は出なかったが仕切る子が孤立化してしまった。孤立は誰もが相手にしない状況を作り上げるのである。また、女子は幾つかのグループに分かれるので複数のグループの動向を平均的に見て行かないと先生側が差別化していると苦情が出る確率が多い。私の受け持ったクラスは、イジメはなかった。それは全体的には家庭的には問題がある子も居たが学生と授業と遊びの区別をはっきりさせて、遊びの時は学生の輪の中に一緒に入り、話をして観察して見ると不味い部分が分かるし、それに対しての対策を行いやすい。学生達は素直さを持っているので、意外と話をすると本音を言ってくれる部分がある。その場合は私自身が学生目線で話をするし、遊ぶのである。そこには学生と先生の立場は無くなっている。授業は厳しかったが、遊び時間は同等に話、遊んだ。そのけじめを付けると、相手も同等に話し出すし、本音が聞ける。まずは子供たちとの会話により、行動の範囲を知る事がイジメを見分ける事に繋がる。会話段階も子供目線で行う事が良いと思う。次にイジメられている子が、イジメられている事が家族が分かった場合は、家族が学校に怒鳴りこむ事は避けるべきである。前にも書いたが、イジメられる子には何らかの問題点がある。それは家族愛や躾等も含まれるが、家族間の会話が無い場合が多い為に、子供が寂しさから子供グループに入って自分の不満な状況を吐き出している事を考慮すべきである。必ずやイジメられる子は、何らかの欠けている部分がある。その欠点を家族が取り除く事も大切な事なのでその行動を起こして、次に子供との話し合いを行う事が良いと思うが、親は熱くなって学校に抗議を行う事が多い。特に母親が多い。これをやると問題は解決したかに思うが、基本的な部分は解決されていない事がある。むしろイジメが陰険に成りかねないのである。その前にイジメられる原因を解決する方法を家族は考えるべきであると思う。次はイジメられる子供の立場から考える事を書く。続きは明日。
2015.02.20
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イジメは、子供の世界でも、大人でも無くならないであろう。イジメに関しては、育った環境にもよるが、人それぞれの考え方、家庭環境、躾などによって考え方が違うので、イジメる方法も違うし、イジメる側も自覚がない場合が多い。だから私のイジメに対する考え方も一部分でしか無い。私の場合は学校でも施設でも集団生活なので、その中ではイジメは一般の子供たちより多かったと思う。だからイジメに対抗する方法論は違うが、本質的な部分では同じであろう。私の見ていた限りでは、狙われる子は気が弱い子が一番狙われやすい。簡単に脅しで屈するからであり、自分の弱さを見せるからである。子供の世界は劣等感と優越感の両方を考えて行動を起こす。暴力的に強い場合も優越感になるし、暴力で相手に認めさせるのも子供の優越感になる。子供はグループ化するが、そこにはリーダーと誘導役に別れる。イジメを受ける子は誘導役の子から受ける事が多い。これはリーダーの指示によって動くからであるが、その子達も劣等感をリーダーに握られているから、リーダーの指示を実行する事がある。劣等感を抱かせるのは、暴力的なものであったり、言葉での威圧であったり、子供の行動的な弱点であったりする。イジメられる子は行動的な弱点がある子が多い。行動的な弱点は家庭からの躾や教えが行き届いていない傾向がある。これは母子家庭や親が両方とも働いている等で家族間の会話が少なく、どうしても躾や家族愛が途絶えがちになる為に家庭で望めないものを、学校や子供たちの集まりで求めるが行動的に他の子供たちと、違う行動する事が見受けられる。それをイジメる側は言葉の暴力で圧力を掛けたり暴力的行為で威圧するので屈してしまう。それで仲間に入れると、次から本格的なイジメが始まる。それは暴力的や言葉でのイジメであり、そこから逃れるのには家庭や学校で理解して貰えば良いのであるが、それはイジメられる本人からは言えない事であり言ったとしたら、さらなるイジメが待っている事になる。私の場合はイジメにあって暴力的な事で行われたが施設内ではイジメグループに呼び出しを受けて部屋に連れ込まれ、殴り合いを強要される。部屋の外には見張りが立ち、先生や保母さんが来ないかを見張り、私は1対1で殴り合いを行い、それが終われば次の相手が、私と殴り合いを行うがリーダーは手を出さないし、先生や保母さんが来た場合は私もグループの連中も「遊んでいた」と弁解するのである。殴り合いも前に書いたが、顔は殴らない。その様に子供の世界には、他言しないと言う掟が自然に出来ている。これは一般の子達も同じである。チクリは軽蔑されるし、最低だと言う見方をされるので子供たちは行わない。その為に学校でも家庭でもイジメられても言わないのである。言ったとしたら、さらなるイジメが待っているから言わない。もしイジメを分かりたいなら、家庭では普段の子供の行動を見ていて、普段と違った行動の部分があれば聞くようにする事が初期段階であるが、それでも子供は言わない事が多い。続きは明日。
2015.02.19
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色々書いたが、躾と虐待は本来違うが、躾する中でも起こりうるのが虐待である。私のような事は、普通の家庭で起こりうる事では無いので一般的には考えられない状況であろう。私としては父の暴力的な躾もあったが、母の死も関連していたので反抗的な行動に出たのであるが、小学6年の子供が起こすような行動ではないであろう。施設に行った時は中学生になったばかりであり、そこで変われたのは、父からの暴力から逃れられた事が一番の変化をもたらしたと思う。同時に一般の中学に通い、それなりに成績が良かったのでクラス委員を3年間選ばれ、それが別な自分を見出せたとも思う。だが施設の子と言う差別的見方は大人達からも見られたしクラス以外の子達からも見られた部分が多かった。それが逆に自分を奮い立たせる事に繋がった事もあり同時に負けたくないと言う気持ちになって行った。ここからは子供のイジメに関して書いてみた。だが施設は子供たちの集まりであるから、そこには子供同士の派閥的な物が出来上がり、イジメを行う要素がある。ましてや私のように学校では目立つと、イジメの対象になる。施設内でも学校で委員をやった子は始めてだったのであり殆どの子供たちは学校の番長グループとの関連があるので私が施設の、その連中に呼び出しを受けて、殴り合いになる事がしばしばであった。その様な事で自分は真面目と思われていたので、それを維持していたのかもしれないが、施設では上級生に殴られたし、同級生にも反発をうけていた。子供はどうしても暴力的な集団に屈する部分で自分を守ろうとする。私のように反発する人間は、暴力で威圧して来るのが子供の世界である。だから相手は、顔などは殴らない。見えない所を殴って施設の先生や保母さんに分からないようにする。また、私も先生や保母さんには言わない。それが子供の世界の掟なのである。だから一般社会でイジメが発覚するのは、子供が自殺した時や親が子供の態度や怪我などに気が付いた時が多いのはその様な子供の世界があるからなのだ。そこには相反する流れがある。その流れは、人は一人では何も出来ないので、集団を作る。集団も一般的に言えば悪と普通の集団となる。悪は仲間を増やす為に暴力的な威圧感で人を屈しさせる。腕力が弱ければ恐怖感で屈してしまうのが子供である。だが、腕力に対抗すると相手は色々な手で来るが最悪の手はイジメであり、孤立化させて言葉の暴力を使う。それに対しては孤立化を避けたい子は、仲間に成るが尚も反抗する子は対戦する。対戦する子は問題はないが、対戦できない子は自殺等に走る恐れが出て来る。人間社会は集団組織なので、孤立は避けたいし避けて通るには妥協も必要であるが、子供の範囲内ではそこまでの思考力がないので、自殺してしまう子が出る。イジメの対象になる子は、性格的に弱い部分が見え過ぎる子が多い事は間違いない。同時に家庭環境に違和感がある場合や、躾が成されていない子が多いように思う。常識外の行動が目立つ為に、その事を楯にイジメる事をする。子供は集団的行動を取るのが当たり前であり、それが学校であり子供たちの遊びの世界である。だからイジメをされる子は、集団から孤立させるのが一番苦痛である。これは大人の世界でも同じであるが、大人の場合は村八分である。続きは明日。
2015.02.18
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一般の人は虐待する側の事は考えないであろう。報道でも虐待される子供等は取り上げるが、それでは本来の解決にならないと思う。虐待が起きる原因も、一般の人達は知るべきでありその部分も考えるべきだと思うのである。虐待をする側にも問題点があると書いたがこれは虐待する側も、それなりの虐待経験や子供の頃の躾や家庭内の問題がある人が多いのではないかと私は推測する。これは私の父であるが、父の母親は後妻として嫁いで来た人で父の実家は松前でも旧家あり、それなりに有名な家であったようだ。父の母は後妻なので、先妻に長男が一人居て後妻に入り自分の産んだ子は、幼い内に男の子は養子に出されたそうである。祖母は厳格な人であったのであろう、先妻の長男が居るので財産問題が起こらないように、自分の産んだ男の子はそれなりの家に養子に出し、財産で揉めないようにしたのである。私の父も乳飲み子で養子に出され、本当の母の愛情を知らないで育ったが、養子先が没落して父は返されたが、厳格な祖母はまた別な養子先を探していたそうだ。結果的に養子先がなかったが、父は頭が良かったみたいで東京の大学を出たが、最終的に親の愛情を注がれないで育ったと叔母(父の姉)から聞いた事がある。確かに父は武道も達者で、同時に文章を書く事が好きであった。だが理屈ぽいところがあり、切れると手が飛んで来る人で半端でない気性の荒い所があった。それも父の生い立ちから来ていると思う。母の愛情を受けていないのと、父の父(祖父)は旧家であり厳格な人であったので、その人から躾けられた事によって、父の性格が形成されたのであろう。そのように考えると、父もある種の被害者であったのかもしれない。その生い立ちにより、父の性格が形成され、それが私に対する躾が、暴力的な行為になった可能性が高い。このように考えると、私も家庭を持っていた時に自分が父と同じような行動を取って居た事がある事に気付いた。父ほどではないが、自分も子供に対して厳しい部分があり自分が受けた事に近い行為であったと思う。これは今だから分かる部分であるが、子供の頃に受けた親からの行為は自然に自分の中に存在すると感じた。それを考えると虐待する側も、子供の頃に自分もされていた部分が自然に出て来るのではないかと思う。また、虐待する側の家庭環境も問題があった為に起きるのであろうと思えるのである。これはあくまでも私の推測であるから、全部の人が同じとは言えないがそこまで考えて行くと、虐待を受けた側が親になった時にも色んな面で考えた指導が必要に思う。私の場合は父の暴力的躾と母の死で、今の自分が形成されたがそこには母の優しさがあった部分、立ち直りも早かったと思う。だが、父の暴力的な躾も反面教師になっている部分があるが私の母が庇ってくれた事と、母はカトリックだったので非常に優しい人であり、馬鹿が付くほど、お人好しで人の面倒をよく見ていた人で、その優しさが私には忘れられない部分があるのでその体験が、人を思いやれるし、優しくしてあげられ、相手の気持ちも考えられる人間に慣れたと思う。そこには差別もイジメも経験した部分があるしそれによって、その様にされている人の気持ちも部分的には分かるようになった事と、人としての考え方を作り上げる事が出来たと思う。その様に考えると虐待は色んな面から考えてホローしなければならないように思う。する側、される側の両方の生い立ちも問題があって起きる事も考慮すべきだと思う。
2015.02.17
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北海道の南幌の事件も、高校2年の女の子が殺人を起こした事であるが、彼女の場合は10年以上も親からの虐待が原因であると報道された。それに耐えた期間の、彼女の心境は分かるような気がする。本当の部分は分からないが、私自身も親から殴られたのは金属の棒(ストーブに使う)やバットで殴られた経験があるが死ぬかもと思った位であるから、彼女も自分も殺されると感じて殺人の行為に出たのではないだろうか。子供は虐待から逃げ出したいが、食べる糧も住む所も無いので我慢するしかないのであるし、虐待を受けている事を他人にも相談出来ないのが問題である。同時に他人も虐待と分かって居ながら、親が躾と言うと何も言い返す事が出来ない。私の場合は母が庇ってくれた分、まだ救われたがその母が父の暴力で死んでからは、私は反抗して家出を繰り返した。それは、今までの不満が母の死によって、爆発したのと、母を父が殺したと思ってからなのである。その様な行為を行う事で自分の不満と恐怖感から逃げ出していたのである。それがいっそう父の逆鱗触れて、私への暴力が増した。小学6年の子が家出をしても、食べて行けないし寝る所もないだから盗みをして食べるものを調達する。生きるすべが分からないのであるから、その様な行為しか出来ないし、それで警察に捕まり父の元に帰るが、そこには父の折檻が待っているだけであった。最後の頃は警察も「よく死ななかったな」と言うくらいバットで殴られたのであるが、私は警察に居る方が父から逃れられる気持ちと、恐怖心から解放されていた。これは子供としては食べる所と寝る所がある安心感があり同時に暴力から逃れられる安堵感もあったのであろう。最後は家裁送りになったが、その時に私が言った事は「施設に送って下さい」と言っていた。その言葉が出たのは、父からの暴力から逃れたいと思う気持ちからであった。それは少年院か教護施設に入れられる事を覚悟しての言葉でもあった。だが家裁での裁定は養護施設であった。今までの状況を考えてくれたのであろうと今思う。逆にそれがあったから、私は変われたのであろう。養護施設は一般の子と同じ学校に行けたし、私と同じような悪も居たが、親の都合で入っている子も多く居たので、普通の学校に通うのである。それからの私は学校でも優等生、施設でも同じように変わった。それは虐待から逃れられ、恐怖感が無くなって解放された気持ちが私を変えたと思う。だが、そこには別な部分で差別やイジメが蔓延っていたがあの暴力から見ると我慢できた部分もあり、逆にそんな連中に負けたくないと言う闘争心が芽生えたように思う。同時にイジメられている子を庇い、年下には思いやる気持ちが出て来たし、学校でも一般の子達から信頼されて委員もやったり施設や町の子供会の会長などをやって、別な町の子供会が北海道で表彰される時には祝辞を代表で行うまでになって居た。それはあの恐怖心から解放された部分もあるが、虐待から自分が学んだ部分も大きいと思う。ただ、躾の部分が学べただけで、暴力的な虐待の部分は反対に憎むようになり、弱い者や年下に対してイジメを見ると反発するようになった。それと同時に私が切れると顔が恐ろしくなり、相手が恐怖を感じると言われる事が何度もあったのはあの暴力的虐待が自分の中に残って居たのだと思う。ただ、私の中では弱い人や、差別を受けている人、イジメられている人達の気持ちが分かるようになった事は良かったと思っている。人は経験しているから、相手の気持ちも普通の人より分かりその人と同じような立場に立てると思うのである。今の自分は、あの経験から色んな事を学んだと思う。それが別な面で生きて来たし、生かして来たのだと思う。私の考え方は偏っているかもしれないが、それは自分の体験から出て来たものであろう。ただ、虐待に関しては、する側にも別な問題点があるように思う。これは一般の人は虐待する側の事も、考慮して対策を考えなければ逝けないと思うのである。
2015.02.16
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ただ躾に関しては、度が過ぎると虐待に成りかねない事もある。私も経験したが、確かに躾であったと思うが、他人から見ても虐待とみられる部分があったし、私から見ても、父の躾は暴力にしか感じなかった。私は親からの躾は厳しいものであった。特に父は昔の考え方の人であった為に、長男である私に対しては厳しく接した。その接し方は半端な物でなく、暴力的な物であった為に私は父に対しては恐怖感しか無く、そこから逃れる事しか考え付かなかった。躾は大切であるが、難しい部分も多いと思う。私の場合は、激しい暴力での躾であった為に幼児期は父の顔色ばかりを伺う子供であった。私には恐怖感しかないし、自分の行動に自信が持てなくなっていた。だからと言って逃げ出す事も出来ない。自分の住める場所は、そこしか無いのであり食べる糧も自分では、どうする事も出来ない為に父の暴力的行為を我慢するだけであった。ただ、母が父の暴力を止めに入って、逆に母が殴られている事が多く、それを見た、私は母を守れない悲しみがあった。父は、お酒は飲めない人であったので、酒乱では無いが何かにつけて手が早く、半端で無い状態になって暴力をふるっていたので、夫婦喧嘩でも母の身体に、痣が無い事はなかったのである。また、善悪に関して厳しく、私が多少の悪い事をすると家の窓から外へ放り出されたり、10m以上ある沢に投げ落とされたりしたが、その時は雪が積もっていたので怪我はなかったが、子供としては恐怖を感じるばかりであった。確かに父からすると躾であったが、子供の立場からすると虐待的に感じる事が多かった。ただ母が庇ってくれた事によって私は救われたが庇った母が殴られて居た事に対しては、自分を責める気持ちを強く感じていた。今考えると躾とは難しい部分があると思う。難しい部分は子供に対しての罰する方法である。幼年期には子供が分からない為に、駄々をこねるがそれを宥める方法として、暴力的な手段を選択する場合がありうるが、それは、拳骨の1回位なら認める事が出来と思う。子供はどうしても駄々をこねるが、そこで厳しさを見せないと再度行っても好いと思うものである。だが、ある程度の厳しさを感じると再び行う事を避ける。厳しさがない場合は子供自体が親を甘く見た行動に出るものである。これが続くと親の甘さを知り、次々に駄々をこねるのが子供である。躾は善悪を教える部分もあるので、ある程度の厳しさをしまさなければならないであろう。最近の親は他人が迷惑しているのにも、子供に対して注意もしない人が多い。そこには親自体がキチンとした躾を受けていないからなのであろう。確かに私の場合も父からの暴力的な躾で善悪を理解した部分はあると思う。あの厳しさによって再度同じ事を繰り返す事はしなかった。だが善悪に対しては暴力的な躾だけでは問題もある。確かに子供からすると暴力に対する恐怖感があるので再度問題を起こす事は少ないが、そこには心の中に恐怖心が芽生えているだけであり、善悪の理解は少ない。躾の為に叩く事もありうるが、それがエスカレートして暴力的になったら、そこには虐待に繋がる事になりかねない。その狭間を、どの様に感じて親が躾するかにある。続きは明日。
2015.02.15
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今回は躾に関しての事を書くが、これは自分が経験した範囲の事になるのでこれがすべてでは無いので、それを理解して読んでほしい。現在は躾に関しては、日本では厳しさが無くなって来ている。これは私達世代が作り上げた事に責任を感じる部分がある。私達世代は戦後の経済発展の為に家庭を顧みずに来た事に原因があり、その為に子供たちに対する躾が成されていない。それが今の若い世代が自己本位の考え方や、人間性に問題が出て来たと思うのである。だからと言って私達世代が、躾と言われて親から受け継いだ事をそのまま自分達の子供に伝える事が良いとは思わない。それは、時代は流れているので、時代に沿った躾があり同時に私達が受け継いだ良い事は、伝えるべきであると思うがそれが出来なかった為に、今の荒んだ部分が出て来たと思う。躾は本来、人間としての常識を言うと思う。だが現代はその常識的な事も、蔑ろにされつつあるのが現状である。それは私達が自分の子供たちに躾して来なかった部分が多々あるからであろう。確かに私達は日本の経済の為に、働きバチのようにして来たがそこには家庭を顧みない部分があり、子供たちに対しても教える事をして来ないで、教育関係は学校に頼って居た。それが今の自分達の子供が家庭を持つように成ってその子たちの子供に対しての躾の仕方が分からない部分を作り上げて来たのであろう。現在の若い親達の子供に対する対応は、他人の迷惑などお構いなしで注意もしない人達や、他人に迷惑を掛けている事も分かって居ない親が多いように思う。これも私達の世代が残した悪習であると感じる事がある。今の親達は教育と躾は、学校で教えるものであり、自分達が教えるものでないと思っている傾向が強い。最低でも躾に関しては親が教えなければならない事でありそれが家族間の絆を作り、同時に他人を思いやる気持ちを育てる事になる事を、親自体が自覚して無いのであろう。同時に周りの人間も、我関せずで、他人事には接する事を避けて通る部分がある。私達の子供の頃は他人からも注意された事があるがそれが当たり前のようであった。だが現在は、他人は他人、私達の事に口を出さないでと言う親が殆どであろう。だが他人に迷惑を掛けている場合は、親が自覚すべきでありそれを注意して子供に教えるのが躾であるが、それが出来ていな親が多過ぎるし、逆切れする親も出るから他人も注意しなくなったように思う。この様な事は、親自体が躾されていない事に原因がある。その子たちを育てたのが、私達世代である。この部分は反省すべき面が多いにある事を、私は自覚する。ただ躾が虐待に繋がる事もある事を注意しながら今後はその狭間を考えて行かなければならないであろう。続きは明日。
2015.02.14
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前日の続きであるが、これからも若年層の犯罪は起きると書いた。これは現代社会の縮図なのかもしれない。嫌、私達世代が家族関係を蔑ろにして来た事が原因であろう。今や核家族化が進み、都会での一人暮らしが多くなり高齢化も進み、家族の絆も沈みがちになって来たのが日本であろう。そこには私達の子供達の世代が親に成り、その子供たちが家族構成を作っているが、親としての自覚が薄れているように思う。犯罪も家族間に対しての犯罪が多くなった。それは家族関係の破滅から来るのであろう。親を親と思わない現象や、子供の育て方を分からないで子供を産み、生活の為に働かなければ食べて行けない事になりそれが子供に対しての教育まで出来ないのであろうと思う。確かに仕事と家庭の両立は難しい部分があると思う。それで、少子化が進むのは仕方のない部分であろう。だが政府は女性の社会進出を促進する等と言っているが少子化と社会進出の両立が、どれだけ難しい事なのかを理解しているのであろうか疑問である。机上で考える事は誰でも出来るが、実際に社会進出を促進したら子供の教育に関しては手が回らないのが現状であろう。そうなれば少子化に関しては解決出来ない事が多い。同時に子供の教育に関しても問題が起きるし、家族間の隙間も大きくなる事を考えているのか?その場で起きた事で対処しているだけなら、誰でも出来る。その様に考えて行くと少子化と女性の社会進出は反比例の可能性が高い。また、若年層の犯罪も関連して来る。幼児期に家庭教育が成されない場合、若年時に犯罪を起こす事が多くなる事も考えて行かなければならないであろう。若年層の事件には、幼児期の家族の環境も影響がある事、家庭の教育が行き届いている子供は、それなりに問題は少ないが、行き届かない場合は、問題が起きる事が多いと思う。だからと言って、学校で家庭的な躾までは教育出来ない。それでは子供としての育ち方や、家族愛などは生まれない。その様に関連付けた考え方を行っていかなければならないのであるが政治家や官僚は自分達の範囲内しか考えていないのであろう。前記した問題は各省庁が違って来るから、今の官僚の考え方では自分の範囲内で考える為に他の問題が起きても、それは関係の無い事と思いそこまで深く考えないのが日本の官僚と政治家であろう。自分の陣地だけ守れば良い、それ以外は勝手にやれの世界が行政の考え方である。このままだと、日本の伝統的な家族愛は消えてしまう。今、国民は何を成すべきかを考えて行かなければならない時が来た。自己本位の考え方では駄目であり、女性の社会進出を考えると少子化は避けられないし、もし少子化が解決しても家庭での躾は難しいであろう。女性の進出によって、子供たちの教育は保育所や学校に委ねられるが、問題が起きた場合は、その施設に責任をなすりつけて、親としての責任を考えない世界が出来るように思う。子供を人間らしく育てるのは、親である事を考えると親自体が現状の考え方を改めなければ、今より悪くなるように思う。官僚や政治家は、事が起きた場合だけの対処しかしていない。その原因を究明しないで、その場限りの対応と親自体も、同様に自己責任を放棄しているように思える。前記したように、色んな面で考えて行かなければ若年層が問題を起こすであろうし、それは人間としての教育方針が、日本が歪んで来ているのであろう。
2015.02.13
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前日書いた、若年層の犯罪の続きであるが、北海道の南幌町で起きた、祖母と母の殺傷事件であるが虐待が続き耐えられなくなって、殺害に及んだ。子供の頃から十数年続いた虐待、一時は児童相談所に保護され帰宅してからも虐待されていたとの事である。私も躾と言う事で、父に激しい暴力的な行為を受けているからその子の気持ちは分かるが、その子は女性であるから我慢したのであろう部分があると思う。私の場合は父の暴力で母が亡くなり、それがきっかけで反発を繰り返した。その前から他人から見ても躾にしては、激しいと言われていたが私の場合は母が庇ってくれたので、我慢できた部分があるがその母の死で、私は暴発して反抗した。小学6年生の時であった。最終的に自ら望んで父から離れる事をした。あのまま自分が父との暮らしを続けていたら、今の自分は居ないであろう。それだけ父の躾(私から見ると虐待)が酷かった。子供の頃に受けた体験は、大人になっても消える事がない。それは自分なりに経験しているので、分かるのであるがだが子供の頃に受けた行為が、大人になった自分が一時的に同じような事を行っている。これは自分としては反面教師の部分で、それを避けている気持ちはあるが、自然に出てしまっている時があるのだ。それは自分の受けた行為が、何処かに残っているのであろうし同時に血を引いているのであろうと思う時がある。私の場合は反発して1年で父と離れ、それから私は変わった。暴力に対しての憎しみが強くなり、チンピラや下端ヤクザと喧嘩を良くやった。弱い者に対して上から目線で見る奴らが嫌いに成り自分は、その様な人達を見ると腹が立つのである。これは父からの仕打ちが反面教師になったのであろう。だが今回の南幌事件は、女の子なので、その面が心配である。私は男であったから、立ち直りも早かったと思う。だが前記したように、自然に自分が親にされていた行為を自分の子供にしている時もある事を分かっているので今回の事件の子は、女性なので自分が子供を育てる時にその面が出る事がありうる事も考えて指導すべきである。この様に若者の事件が多いが、これは幼児期の体験から出て来るのと、親の考え方が影響する事が多い。事件が起きると専門的な人達が、マスコミで発言するがその人たちは、確かに色んなケースを見て来ているので分かるのであろうが、本質部分で分かって居ないような気がする。基本的に実際に経験した人が、その様なケースを見聞きするのと学問的な立場から見聞きするのでは、考え方が違って来るように思う。経験して学問的な立場になった人は、それなりに分かるであろう。経験のない人が、色んなケースを見聞きして分析した人達とは違って来る。どうも若年層の事件でマスコミが呼んで意見を聞くのは学者タイプの方が多いので、論理的には正論であろうが実際の解決策を分かって居ないのであろうと思う。経験した専門家を呼んで、それなりの意見を聞くべきであるが日本の官僚や政治家は学者タイプが好きなので、その様にしないしマスコミも同様で専門家と言って学者を呼ぶがこの様な事は幅が広いので、経験があるか、無いかで変わると思う。この様な虐待からの状況が多くなったのは、周りも関心を示さないのと関わりを持ちたがらない為に、他人事で済ませる部分が現代である。同時に、行政が行う場合も、学問的検知の方を入れて行うだけで、実際の経験がない為に、その場しのぎの状況だけを作り上げている。本当に考えるなら、経験した方で、学問的な行動を起こしている方等も入れて環境を作りながら、周りの人達も巻き込まなければ本当の解決策にはならないであろう。だが、今の一般庶民は巻き添えを避けて通るので難しい。これは人間関係の教育方針に問題があるのであろう。確かに優等生が作り上げた指針は、真面目であるが体験していないので本質的な部分が抜けている。それが日本の教育指針であり、親も自分の子供の事しか考えていないから、この様な若年層の事件が起きるのであろう。現代は親自体が、親としての自覚が薄くなっているのかもしれない。
2015.02.12
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最近、若年層の犯罪が多い。これは日本の教育体制に問題があるように思う。その問題の一翼を担ったのは、我々でもあるような気がする。日本は経済的に潤った時期に、色々な面で変化したように思える。潤いによって人の気持ちが高ぶり、それが今までの良きものを忘れ去らせてしまい、人間本来の行動をも変えたように思う。確かに潤って自分達の、今までの生活水準が高くなったので子供たちに物を買い与える傾向がで、教育にも熱心に成りそれが教育水準の高い学校へと考えて行動して来た。だが、そこには人間としての基本的な部分を置き忘れて来たのが私達や官僚などであろう。人としての、思いやりや労わりは、勉強と言う闘争社会に勝つ事を優先して、人としての生き方を教えて来なかったのと欧米志向が良いものだと思っていたのが私達である。経済的に裕福になると、自分達の苦労した事をさせたくないと思うのが、親である事は分かるが、そこに自分達の苦労した経験が生きていなかったのであろう。物は与えるが、苦労した経験は教えなかった。確かに苦労した事など教える事は嫌であるが、苦労でなく、人と人の繋がりを教えて来なかった事が問題である。勉強が優先して、人への心使いや対応の仕方を教えないで勉強で人に勝つ事が優先と言う考え方が私達の考え方に広まって、それが行政でも優先した為に今問題が起きている。若年層は幼児期の教育で、自分なりの考え方が決まるように思う。その幼児期に物を与えて、良い学校に行かせるために塾通いなどさせる親が殆どであろう。考えて見ると親が教育している部分は、殆ど無い状態が今の日本である。その為に子供もが育った時には、人としての考え方が偏った部分が出来る為に若年層の犯罪も多くなっていたように思えてなららいのである。これからは、人間としての労わりや優しさも教育に取り入れて行かなければならないのであるが、現在の親の考え方は私達時代が作り上げている為に、修正は難しい。だが修正して行かなければ、もっと若年層の犯罪は増えるであろう。今やる事は、親が教える事が重要であり、学校に頼る事は避け同時に官僚の考え方も現在の親が変えていく事を考えるべきである。
2015.02.11
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今回、密着取材なるものを経験した。密着と言っても、私の部屋に4台のカメラがセッテングされて私の1日の部屋中での行動が写し出され、外出時はカメラマンとインタビューする人が付いて来るのである。部屋のカメラは監視カメラで、外で相手側が車の中で見ているので、自分なりには監視されている意識があり、あまり気持ちの良い物ではない。普通は密着取材などと言われると、服装や髪型などを気にしてキチンとした格好で行うのであろうが、私は普段着であり髪も関係なくボサボサでクシも入れていない状態であった。この話があった時は嫌だと思ったのであるが、相手から普段通りにやって下さいと言われたので家に居る通りで、お構いなしの状態であった。普通の人なら髪を整えたり、服装も整えるのであろうが私は図太いのか、最初は多少緊張するが居直ってしまい「好きにしたら」と思ってしまうタイプなので、多少カメラは気になったが、普段と変わらない自分であったと思う。若い頃から大きな事を頼まれて、最初は嫌だと思うのであるが最初だけ緊張するが、後は居直ってしまい、あまり周りを気にしないで行動するのが私である。自分の気持ちでは、最初は嫌だと思うが次は、受けた以上はやるしかないと思って普通の時の自分の行動になる。完全に居直っているのであるが、受けた以上は「まな板にのった鯉」の状態の気持ちがなるので、なるようにしかならないと思うのである。逆に言えば「殺すなら、殺せ」の気持ちであるが、失敗しても死ぬわけではないと思って行動するのが私である。この性格は何時からかは忘れたが、幾度も同じような経験をすると人間は変わるのかもしれないが、私の場合は性格的な部分でも居直り傾向が強いし、病気になっても他人に自分を見せない所がありそれが最終的に問題が大きくなる事も多々あった。この様な性格では女性も逃げるし、近づいてこないのであろう。これはもう治らないであろう。今回も取材の人達と、普段の自分と同じ会話で終わった。同時に次は申し込まれないと思って、自分は撮られていても使われないであろうと思い、自分のありのままを出したのである。簡単に言えば居直っているだけで、カッコつけてもいまさら変わらないのであると思う歳になったのであろう。
2015.02.10
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援助に関しては前日に書いたが、中南米に関して日本は移民の方が多数居る。その方達が日本の今後の事を考えると必要になるだろう。移民のお子さんたちが、日本の経済が潤っている頃に多数日本に働きに来ていた。だが、その時に日本の企業や日本人の方の対応の不味さを感じた事がある。それは移民と言うハンデと言葉の問題があった。企業側は移民の人達に対する考え方が、日本に住んでいる人との差別的な部分があったように私は感じた。今や日本は少子化で働き手が少なくなり、同時に企業が海外に拠点を移すようになり、日本国内での生産が減少傾向である。この状況は続くであろう、その為には何らかの対策を行うべきであるがそれを日本の官僚や政治家は考えているのであろうか。私の行っていた国も、日本からの移住の方が多数居た。その移住の方のお子さんも優秀な人たちも多かった。それを考えると前にも書いたが、日本の経済の為にも移住者のお子さん方を日本に来て貰う方法も考えられる。ただ、その場合は前のような企業の対応では不味い。経済も世界的に考える時代であるのだから、企業や日本人も考え方を世界的な方向に考える事が必要であろう。その様に考えると、むしろ日本としては、世界的な展開が出来る逸材を雇用できる事になり、それなりに別な展開も出来ると思う。だが、日本人の全体の感覚が、よそ者扱いをする傾向が強いのでその面は修正が必要であろう。日本の景気の良かった頃の対応の仕方では駄目であるしその様な見方をしないで、今後の日本を考えて行くべきであろう。ただ、育った国の違いで、最初は問題もある事は確かである。それは時間が経てば変わる事が出来る事である。私の希望としては日本人の血を受け付いた人達で日本を、もう一度変化をする為にも、それを望むが、どの様になるかは官僚や政治家の考え方によるであろう。私が行っていた国の移住者の方は、今の日本国内の人より昔の日本人気質を持っていると、私は感じた。私も歳なので、そう思うのかもしれないが私の子供の頃の日本人気質を移住者の方と、付き合って居て感じたのである。日本は経済が潤って変化したように思う。これは私達が経済の潤いで、驕り高くなった部分があるのであろう。それが日本の伝統的な物を消し去ったのかもしれない。別な部分で日本の良さを取り戻す事を願っている。日本は、これから世界的展望で考えて行く時期になったし地方の活性化にも海外展開も考えるべきである。そうなれば移住者の方とのコンタクトを取り新たな道を切り開くのも一つの案として採用しるのも面白いと思う。思い切って地方活性化のために考えるのも良いかもしれない。そんな地方が出て来る事と、その様に実行する若者が出て来る事を願っている。クダラナイ話(終わり)
2015.02.09
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援助とは聞こえが好いが、2つの要素が入り組んでいる場合が多い。1つは相手国の政治家の懐に入る可能性が大きい。2つ目は日本の大企業の請け負いで行い、それが日本の政治家に資金として戻る事が含まれる。だから相手国の一般国民の生活の中では、日本が援助を行っている事は分からない事なのである。援助していると言うが、その使い道はチェックしていないし日本国民の多くは、その国を助けていると思っているのであろうが実情は違っている事が多い。インフラ関係で援助を行った場合は、日本の企業が請け負うので地元の人達が働く場は少ない。これは技術的問題もあるので、やもえない事ではあるが日本政府が援助を決定するので、その見返りは政治資金として日本の政治家に入るのであろう。もし、今回の難民問題で援助と言っているが、この場合は日本政府から相手国政府に資金が渡り、それを相手国側は政治家が牛耳るので好きなように出来る事になる。表面的には難民の人達には物資が渡るが、それは援助した金額全部は物資には変わらない事が多い。だから難民の人達も日本が援助している事などは分からないであろう。物資で援助した場合も、それが相手国の政治家から横流しされている事が多い。私が行っていた所も、日本が援助を行いトラクターなど購入していたが、日本から購入して最終的に相手国の農家の方達には渡らない問題が出た。それが騒ぎになり、相手国の農務省の大臣は豪邸を建てて懐に入れた事件があったが、最終的な結末は農務省に火を付けて農務省が全焼して、証拠になるものが消えた。火を付けたのは農務大臣との噂が流れていた。この様な事は日本の援助していた国では多かった。基本的に習慣や考え方が違っているので、日本では考えられない状況が起きるが、それでも援助を続けるのが日本である。援助は他の先進国も行っていたが、それなりのチェック機能を働かせて金額的な物は行わないで、人道的援助に変える国もあった。はっきり行って援助は日本国民の税金から行っているのでありそれなら援助に対するチェックも行うべきであるがそれは成されていないのが日本である。確かに日本の政治家は援助と言う名で、助けている部分もあるが援助した後のチェック機能は無いに等しい。確かにチェックを行う事は内政干渉の部分も出て来るので難しい事は分かるが、日本国民の税金である事を政治家も官僚も忘れて、好い振りこきだけで行っているのが日本であろう。これも日本人独特の考え方から来ているのであろう。だが最終的な部分を怠っているのが日本であるように思う。その後のホローが出来ないで、最後は撤退状況であり援助を行って、その国が経済的に潤ってた場合は外交関係をうまくやって行くべきであるが、それも出来ていないように思う。だから中国などが、日本の地ならしした後を追いかけて外交を行いそれなりの成果を上げているのであろう。確かに得手不得手はあるが、日本は援助を行ったら人道的援助も行ってチェックして行く必要があると思う。続きは明日。
2015.02.08
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日本経済は低迷期に来たが、新たに立て直すためには若い力が必要不可欠である。だが少子化の歯止めは効いていないのが現状であろう。今後も歯止めは効かないように思える。そうなれば別な対策を考えなければ、日本国はアルゼンチンの二の舞に成りかねない。だが官僚も政治家も、そこまでは考えていないのであろう。現状を変化させて繕う事で国民の目を誤魔化した政策だけを行っているだけである。根本原因や将来像は見えてこないで、目先だけの政策を行っているのが日本であろう。前日書いた中国が日本の援助を行った地域の後を追っかけて中国をアピールしている。これは彼たちが日本人よりPRもうまいし、遣り方も分かっているから、日本が地ならしをした後から経済力でアピールして、今後の地盤を作るようにしているのでありその基盤を日本が作り、経済が問題が出て来たので撤退するのが日本流であろう。確かに日本が援助を世界一であった頃でも、日本の官僚はPRをしなかったし、援助されている国も日本などは分からない事があった事は、私は実感している。援助している国の一般の人達に聞いたが、日本が援助している事など分かっている人は居なかった。また、子供たちに聞くと日本は中国の、一部だと思っている子まで居た。その様に日本を分からせる努力をしていないのが官僚であり大使館に日本のPR用のポスター来ても、何処にも配らず大使館に積まれてあり、私が悔しいので、その国の知っているお店や私の派遣されている機関に配って歩いた事があるくらい日本人はPRが下手であった。その反面クダラナイ事には神経を使っていたように思う。これも日本人独特の考え方なのか分からないが、目立つ事は避けて通るのが美徳みたいな面がある。中国の方達は宣伝がうまいし、表現の仕方もうまい。同時に日本人から見るとケチ、現地人もヅーロと言って中国の人達をケチだと批判していたが、私も幾度も見たが値切り方はうまいし、巧妙であった。あれは日本人には出来ないやり方である。それだけ金銭感覚が鋭いのであろう。私もドミニカでは最初の頃は騙されて言いなりになって払っていたが、値切る事をしなければ損をするので私は必ず値切った。デパートでも値切った事があるが、中国の方の値切り方は考え付かないし、あれだと日本人なら「好いよ」と言ってしまって商品を渡すであろう。ドミニカで、お土産店の店長をやっている友達もケチであったが、その彼も諦めて商品を渡していた位、値切り方がうまい。金銭感覚の日本人は甘い事は、自分もそうであるから分かるのであるが中国の方の感覚と駆け引きのやり方がうまいので、華商と言われる商売のうまさがあるのであろう。だが、本当に日本は宣伝を行わないし、表現力が下手でありそれが世界でも認められない部分を生み出しているのであろう。確かに私もそうであるが、PRは下手である。日本人は表現をしてPRをする事は、生意気と思いがちでその様にしないのが美徳とした教育が成されていたがそれは世界では通用しないのである。逆にPRで自分達のやっている事をアピールする事が日本を知らしめることになり、それが世界では当たり前なのであるが日本人は、その行動は起こさない。今は日本の経済も冷えて援助も少なくなったが、日本の経済が良い時に、世界で一番途上国に援助していたがそれを分かっている国は少なく、現在はその後に入り込んだ中国に対しては分かる人達が多くなっている。これだけ地ならしをして、後から来た人達に好い所どりをされる日本の官僚の考え方もおかしいと思う。続きは明日。
2015.02.07
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思うのであるが、日本は近隣諸国との関係がうまく行ってない。特に韓国・中国に関しては外交関係に問題がある。所が中国は、今は中南米に目を向け出した。中国のトップがアルゼンチンを訪問しているがこれは何か意味があるのであろう。日本も中南米には援助を行って居たが、今は撤退しているのが現状であり、その後に中国が接近している。私もドミニカ共和国とアルゼンチンに行った事がある。行っただけでは無く、住んでいたが、あちらの国での、中国の人達の逞しさを見た。その逞しさは商売での成功している人たちに中国の人が多い事である。それも貴金属やスーパー関係は中国の人達が経営しているのが殆どであり、同時に食堂も多い。私の聞いた話であるが、中国の人は10人集まれば食堂を作り中国料理を食べさせると言う事を聞いた事があるがその通り中華レストランはドミニカでも多く、日本レストランが1軒しかないのに50軒以上はあったであろう。その様に中国の人達の食と金に対する拘りは凄い。同時に団結力も強い、中国人同士の団結力は強くドミニカあたりでは、中国人同士の結婚はあったがドミニカ人と中国人のカップルは見た事が無かった。日本人はドミニカ人とのカップルは多数見たが何故に中国人とのドミニカ人とのカップルが居ないかを聞いた事があるが、答えは、中国人は血を重んじるから別な血を入れたくないのだと言っていた。また2、3世でも中国語をペラぺラしゃべるが、日本人は2、3世になると殆ど日本語で話をする人はいなかった。それで中国の人に聞いたら、学校ではスペイン語で話すが家庭では中国語しか話さないと言っていた。日本人は家庭でも学校でもスペイン語が多いので日本語学校でも話はスペイン語になるみたいである。この様に中国の人達は中国人独特の考え方を持っていてそれを実践しているのであるが、日本人は臨機応変と言えば言葉的にはよく聞こえるが、優柔不断なのであろう。それも伝統から来るものなのであろうが、中国の方はお金に細かいが、日本人は金銭感覚が鈍いのも感じた。ただ現地の人は中国の方はケチと呼び、嫌っていたが日本人は逆に騙し易く、金をばら撒き、好かれる違いがあった。話はズレタが、中国が、今、何故に中南米との交流に力を入れているのか。日本が撤退傾向にある中南米に対して交流を行うのはそれなりの思惑があるからであろうと思う。日本が、経済が潤っていた時には、中南米には相当な額の援助を行って来た。日本経済が破綻した頃から日本は撤退し出したが、同じように東南アジアにも援助を行っていた日本、東南アジアは戦争当事国であった為に分かるが、その頃中国の経済が上向きになった、中国はアフリカに力を入れて援助や資材を売り込みだした。その前に日本もアフリカに多くの援助を行っていたが、それが終わった頃に中国が乗り出して来た。今、中国は中南米に目を向け出したのは何故かと思う。アルゼンチンの経済は破綻して、今も安定していない。それなのに中国が向かうのは?中南米に関しては日本人の移住者が多数住んでいるので日本は援助した部分もあるが、中国が進出して来ると日本も考えて行かなければならないと思う。日本の少子化で働き手が少なくなった日本国。その為には海外の移住者の子供たちを、日本に取り入れなければ日本の将来的な問題が、解決出来ない事になるのではないだろうか。私は多くの日本人移住者の子供たちを見たが、優秀な子たちも多い。同時に国際化が進む中では、日本人移住者の子たちにも期待すべきであると思う。日本の行く末を考えるなら、日本人の血を受け付いた移民の方達の子供を日本に受け入れるのも国際化した経済の為になると思う。また、中国は日本が行って来た援助国を後から追いかけて取り入れて行くやり方が目立つ。中南米もアフリカも同様であるが、日本は継続性のない援助に成りかねないので、それも考えて行かなければならない。続きは明日に。
2015.02.06
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人とは経験値によって考え方が変わる。こんな事は当たり前だと言われるであろう。だが日本の場合は、周りからの情報だけで色んな言い回しをする事が多いような気がする。確かに情報は必要不可欠であるが、その情報を操る側の思惑が入っていると、正確な物ではない事になる。特に政府や官僚関係の状況によって、正確な情報が流さない。確かに国民が混乱を起こす事を避けるために、その様に行う事もあるであろう。国民は情報を元に騒ぎが大きくなる場合が多い。これは世界の、どの国でも同じであるが、信憑性が高い場合や、情報開示が遅れて、対応が遅きに至る場合はその範囲に至らないであろう。だが今の日本政府のやり方は違っている。基本は政治家や官僚の都合が悪い事は発信しない。次に政策や選挙に関しての不利な事も同様に発信しない。自分達の都合を考えて、国民に真意を伝えないのが日本である。確かに人間の心理として、自分の不利な事は発したくない。これは誰しもがそうであろう。だが、政治や国民生活に関しての情報は、考え方が違って来る。隠ぺいして問題が起きや場合は、情報が開示されても遅きに至りでは収拾がつかなくなり、国民の混乱を招くだけである。特定機密法を政府は法制化しているが、何処まで情報開示を行い国民の安全や生活を考えて、情報を発するか等は考えていないであろう。第一に考えているのは政府の都合が悪い事は発せず第二に選挙に負ける事は発せず、第三に国民が騒ぐ事は発せずと都合の悪い事を発しない。同時に機密であると判断する人が公平ではない。判断する人の立場によって、判断基準が変わる事は誰が考えても分かる事である。判断基準の立場で政治家なら、政治に不利になる事は機密にする。官僚の立場なら、官僚や行政に不利になる事は機密にする。これが会社関係なら会社に不利になる事は機密にすると誰が考えても立場によって判断が偏る。また今の政府なら公開しようとしても、自分達に不利になる事なら圧力を掛けて潰すのが、政治家の手法である。政治家は、その様な連中であるから、官僚にも圧力を掛けて地元に公共事業を持って来るが、それは、それだけの政治家で力がなければ出来なった。当選何回とか数が多い連中は圧力を誇示するだけで、本来の政治を考えている連中は少ない。そうなれば逆手で国民が圧力をかけるしかない。創価学会も圧力団体である、当初は貧困層を導き個人的に変えて行こうと言う趣旨であったが、日本の経済が反映して、政治に圧力を加える団体化した。国民も最初から政治に対して、圧力を加える事を考えて行動を起こし、今の政治家や官僚に圧力を加えるべきと考える。基本は税金で官僚も政治家も生活しているのであるからその点を考えると、日本の国民は考え違いをしている。
2015.02.05
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私は元来、放浪癖がある。一つの所に留まって居ない、何時も何かを求めて動く。子供の頃から通信簿の先生の注意欄には「落ち着きが無い」とよく書かれていて、親にも怒られていた。今までは考えなかったのであるが、今回の脳のMRI検査で認知症の予備軍的診断を下されて、思ったのであるが認知症の進んだ方が、良く何処かに行ってしまう事を聞く。それは、その人が私と同じように子供の頃に「落ち着きが無かったのか」と思ってしまった。そうすると認知症の方の放浪癖は、子供の頃からあるのでは無いかと私なりに考えてしまった。私の場合の放浪癖は、落ち着きが無かっただけではなく生い立ちにも関連があると自分では思っている。何回か書いたが、母の死によって変わって行った自分が居てそれによって自分なりの信念を持つように成って次に差別や貧困から抜け出すための、別な部分が生まれ出た。その部分は人に負けたくない、這い上がりたいと言う気持ちが強くなり、目標を持ち達成すると脱力感が生まれて次の目標に向かって、達成した物は捨てて行動を起こす。他の人が見ると、安泰しているのに何故に捨てると思うであろう。私は次の何かを求めている為に、前の物は達成したのだから新たな自分を求めているのである。確かに落ち着きは無いし、自分本位であり、安定を求める気持ちも無い。安定は自分を安易にして、自分らしさが無くなると言う考え方なのである。他人から見ると馬鹿げた男である。その割には、自分は周りを気にする事が多いので矛盾した考え方である事は認めるが、人は何かに挑戦するものだと思っているから、安定は嫌いなのかもしれない。同時に他人が騒ぐ事には興味を示さないし、他人と違う事をやりたいと思うのであるが、目立つ事は避けたいのが私である。他人と違う事をやる事は、奇抜な行動に繋がる。ママチャリで東京から山口まで走ったり、海外に言葉を分からないでボランティアに行ったりと挑戦を繰り返して来た。だが、そこには家族的考え方が、私には不足している。この様に安定を求めない性格なので、家族に迷惑をかけたくないと言う気持ちがあるので家族から逸脱してしまったのである。(2度の離婚歴が証明している)こんな人間なら家族も、私に振り回されてしまうであろう。自己中心的な考え方が、私にはあると思う。そんな私でも、他人の事を思いやる気持ちも強いのである。そこは矛盾しているから、自分でもおかしな奴だと思う。これは死ぬまで、同じ事を繰り返すであろう。最後まで落ち着きの無い自分が居るような気がする。誰に似たのであろう?自分なりに考えてしまうが、これだけは治らない。
2015.02.04
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今回の人質事件でも、差別や偏見等でも、思うのであるが、人間の世界から消える事が無いのであろう。悲しいかな人間が負の気持ちを持つ限り永遠に消えない。負は戦争を生み、差別を生み、貧困等を生みだす。その事に巻き込まれた人達が、負を感じ、それに対して心が傷つき、次に報復を考える。これは人間の心の負であると思う。負によって憎しみや悲しみが出て来て、それが争いに発展。その争いが次の負を生みだし、人を傷つけて報復へと変わる。人の心の中には、必ず負がある以上終りが無いのであろう。今回の紛争も一般市民が巻き添えになり、家族を失いその悲しみが戦いの道へと導き、それによって新たな戦いで犠牲者が出ての繰り返しである。そこには人間が持っている負の心が、そうさせるのであろう。これは人間の本能であるから、取り去る事が出来ないが負の心を和らげるようにして行く事は出来るであろう。確かに人間は富を得たいし、人より優位に立ちたいがそこには人を従わせて行かなければならない。そこには争いも経済的な格差も生まれ出て来る。そこで負の世界が生まれて、能力の差で勝敗が決まり格差が出て来て、次に負の心が不満となって出るが最終的に争いごとに成り、それが拡大して戦争となる。その戦争が負の心が小さい人たち(一般市民)の死を招いて、それが負を拡大して報復と変わり、新たな争いを生む。この繰り返しであるが、これは人間社会で消える事は無いであろう。争いがある限り消えないし、貧困がある限り消えないが経済社会では、これが当たり前であると思う。人間は不満の無い生活を求めても、何処かで必ず優越感や劣等感を持ち、それが負であり勝であると思う。この様に考えると、日本が援助すると言っているがそれは経済的な部分であり、貧困の格差には必要であるが根本的な部分では解決できないような気がする。もし援助するなら紛争の根本を変えていかなければならない。それは現在の中東では報復が報復を生み出し、一般市民が次の争いを作り上げて行く事を考慮してあくまでも暴力的行為でなく、負の部分を和らげる事に貢献すべきだと思う。それは平和憲法のもとで培った日本人なら出来る。欧米のように負には負の制裁で無く、負を和らげて行く事を日本はすべきであると思う。だがアメリカに依存している日本政府では、それは出来ないであろう。日本独自の考え方を、はっきりと打ち出す政治家が居ればそれも出来るであろうが、今は無理でも日本から発信して行く人が出て来る事を望む。
2015.02.03
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今回の後藤さんの死によって、日本人も考えなければならないと思う。後藤さんの行動は、戦争と言う悲惨な行為によって多くの人が死に、多くの家族や子供たちが戸惑っている事を伝え続けて来た。だが、日本人で、どれだけの人が、それを理解していたであろうか?殆どの人は外の世界で起きている感覚で居たと思う。日本人は危機管理に関しては世界的に低いと私は思う。確かに日本は安全であるが、それが危機管理の低さを生みだしている。後藤さんのように戦闘地域を見て来た人は、その悲惨さを感じる事が出来て、伝える事も出来るが、それを伝え聞いた日本人が、何処まで真剣に考えていたかは疑問な部分がある。私は日本人独特の考え方で、他人事に関心を持たない傾向が強いので、今回の教訓を生かせないような気がする。今回の件で「自己責任」と言う部分がSNS等で話題になったが後藤さんの場合はジャーナリストである為、それは言えないと思う。彼の行動は、彼が言っていたように「イスラムを恨まないで下さい」と言うだけ自分自身の使命感でイスラム国に向かったのであろうと感じられるし、それだけ戦争の悲惨さを知らせる事を自分の義務と感じた行動であったのだと私は思う。これは男として私は彼を尊敬する。だが、これからは日本でも危機管理能力を考える時期に来た事を彼は教えてくれた部分もある事を忘れてほしくない。日本国内でもテロが起こりうる事を考えて行かなければならない世界情勢になっている事を、日本人は考える時が来たと思う。海外の観光客を増加させると政府は息巻いているが、それは日本国内でも、テロ事件が起きる事が多くなる事も考慮しなければならなくなったのである。だが今の政治家や官僚では、その事を踏まえて考えては、居るであろうが、そこまでの能力はあるであろうか?同時に国民も安全で暮らして来たので、国内でテロが起きた場合対応出来ないでパニック状態になるであろう。その前に政治家や官僚が、どの様なテロ対策を取るかが問題である。国内でのテロ対策に、どの様に対応して行くか。今の状態では対外的な対応に追われて、国内的な事は遅れて対応するように思える。国民自らが、大きく世界情勢が変わった事を認識する時が来たと思う。同時に日本国内でもテロが起こりえる事も考えて行く時代になって来た事を自覚するべきである。最終的にテロに巻き込まれない為には、個人個人が自分を守るしかない。海外で生活した場合も同じであり、私自身も個人で身を守るために自分自身でアンテナを張って居た。
2015.02.02
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年金制度も問題が出て来た。少子高齢化によって負担できないので、年金制度も見直しである。団塊の世代で日本の経済が潤い、景気も良かった。だが、その頃は官僚も政治家も国民も浮かれていて多額の年金が積み立てられたて箱モノを建てたりその他の施設を作ったりしたが、管理がルーズで不明な年金問題が起きた頃から、年金管理に陰りが出て来た。同時に少子化が進み、最終的には年金生活者にシワ寄せが来た。基本的に官僚が管理すべき年金を、官僚のルーズな事から問題が起きたのに、企業や国民年金にはシワ寄せが来て公務員年金は安泰とはどうなっているのであろう。年金問題は先行きを見込めなかった官僚や政治家が多額の年金収入に箱物を作り、その他の運用を行って殆どが破綻状態なっているのに対応なしに終り最終的には誰も責任を取らないで、最後は国民に責任を取らせているのが現状である。日本の官僚も政治家も、その場が良ければ好いと言う考え方。将来的な展望を考えられる連中でないのであろう。同時に責任は取らない、責任は国民に取らせて自分達さえ安泰であれば良いと思っているのであろう。少子化も騒がれてから長い、年金問題も騒がれて一時的に動いたが、それ以後はナシのツブテ状態であり日本人独特の、その時だけ騒ぎ行動を起こしてやって居ればそのうち国民は忘れると思っている。確かに国民は半年経つと忘れて、騒がないし言わない。それを良い事にして官僚も政治家も、一時的には動くが最終的な結末を付けずに終わらせている。最終的な結末を付けていない為に、再発した場合は手がつけられない状態になってしまい、その責任は自分達で無く国民にシワ寄せが来る。国を預かる事は将来的な展望を見て計画・企画を行うのが官僚であり行政であるハズが、その場だけを繕いその場しのぎの仕事をしているのが日本の官僚であろう。後は官僚の書いた絵図を政治家が、何も分からず棒読みして国民に発表しているだけで、政治家自身が専門的な知識が無いからこの様な現象になる日本である。簡単に言えば官僚は武士で、政治家は殿さまであり、日本の封建制度を引き継いだ政治が、今の日本であろう。ここまで来ても大人しくしている国民も変わらなければ日本は変わらない。国民が日本国憲法を、もう一度勉強する必要性が高い。政治は国民主権であり、官僚や政治家の物では無い。最終的には責任を取らされるのは国民である事は分かって居るのであろう。官僚や政治家は、責任は取らない、ただ逃げるだけであり逃げ切ったら、知らん顔して、次の企画や計画を作るがそれも将来展望を踏まえないで、その場だけうまく行けば国民が納得する案件で、後は政治家を操り、文言で誤魔かす企画案で逃げ道を作るのが官僚であろう。
2015.02.01
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