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前日の続きであるが、私はお手伝いをして居て、「売名行為」とか「お金にならない事をやって」とか言われた事も幾度もある。それはその人が、その様に感じるのであるから私がどうこう言う事でもないし、私の勝手でやって居るのだから言いたい人には言わせておく。ただし私の性格は、縛られるのが嫌いなのであり自分のやっている事には自分なりの考えと責任を持ってやって居るつもりなので、自分の行動に対して口出しをされると反発する。それは最終的に自分が行った行動は自分で責任を持たなければならないと思っているからである。この性格は子供時代に培われたのであろう。子供時代は前にも書いた事があるので省くが自分は余裕が無いので、交通費の安いバスで被災地に行く。最初の頃は団体でのバスが安かったので、それで行っていた。だがそれも3~4回位になってしまった。どうも私は団体行動が苦手なのか、縛られる行動が出来ない。これは私の欠点である事は分かるのであるが自分なりの経験値から動く人間なので、経験値が相手と合わない場合は、個人的に動いて自分で責任を取れば良いと思うからなのであろう。また技術屋の悪い癖で、協調性が足りない部分もある。だから金儲けには向いていないので、若い頃独立したが自分は技術屋であると思って3年で人手に渡した。だから金には縁が無いので、援助も受けることなく自腹で車イスの方にPCを教えたりするが資金が無くなり、最終的には1年間で終ったりしてしまう。色んな事で躓きながら経験を重ねて来たのであるからそれなりに自分の行動には責任を感じる事が出来たのであろう。今後も一人旅的な行動は変わらないであろう。そうでなければ、自分の今までやって来た事が無二にならないようにこれからも自分に責任を持って行動しようと思う。
2015.08.31
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前日、ボランティアと言うのが嫌だと書いた。海外ではボランティアという言葉は当たり前である。それはそうである、海外の言葉なのであるからだが、日本ではボランティアの意味を違って捉えている感じがするのである。日本でボランティア元年と言われたのは、阪神大震災から言われ出したと記憶にある。あの震災でボランティア活動が日本でも活発に成ったが一般の方達は、本来のボランティアの意味と違う感覚で捉えているような気がするのである。無償で奉仕する事がボランティアと考えている人が多い。確かにその様な部分もある事は間違いないと思う。同時、ある程度の余裕のある人達が金銭的援助を行うそれもあると思う。それらボランティアと言う事は、間違って居ない。私の考えるボランティアの意味は、その方達と感覚的に違っているので、ボランティアという言葉が嫌いなのである。私は裕福でもないし、力も無い。だが身体は動けるので、動けるだけ幸福であると思っている。同時に私はお節介焼きな所があり、困っている人を見ると手を出す傾向が強いのである。これは母の影響が強いのであろう。母はクリスチャンだったので、その影響もあったのかもしれない。何回か書いたが、母は馬鹿が付くほど人が良い人間であった。自分の家に食べ物が無くなる事が分かって居ても近所の人が借りに来ると、食べ物を上げてしまう。ただ私達子供には食べさせてくれるが、自分は我慢する姿を幾度も見て居たのであるそんな母を見て育った、私であったので、どうも母に似て来たのであろうと思う所がある。私の、その様な行動は母から受け継いだのであろうと感じて居ているが、私は母を尊敬していた。その母も私が小学6年の時に亡くなった。私は、その母とは同じ事は出来ては居ないが、母の行動を見ていた自分が、自然に人としての思いやりを大人に成って、少しであるが持てるようになったのであろう。だから私の場合は、一般の方が思うボランティアでは無く自己満足の為にやっているだけなので、ボランティアと言う言葉を使いたくないし、その資格も無いと思っているので嫌うのである。確かに海外ではボランティアと言う名で仕事をしていたが私からすると自分の出来る能力の範囲で行動してそれを伝えて居ただけであり、ボランティアと言う気持ちは殆ど考えていなかった。私は若い頃から「人間とは」と考えると書いていたが人として誰しもが持っている、思いやりや、労わりの気持ちを大切にしたいと思っているが、それが出来て居るかと言えば出来て居ないと自分自身で思っている。だから、それらを学ぶ為に自分なりに行動を起こしているだけである。だから私が勝手に、お手伝いをしていると思っているのである。これこそお節介焼きの何物でもない。ただの自分勝手な思い込みで動いているだけである。私にはボランティアと言う言葉はあって居ないのである。
2015.08.30
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前日も書いたが、人間とは問うと、それぞれの考えや経験から来る事によって、違って来ると思う。私は自分では経験値を主に動く。だが他の人は経験と論理を主にする人も居るであろう。私の経験値とは現場主義であり、その現場で自分が見て聴いて、経験してそれによって、自分なりの考え方を決めるのである。人はそれぞれの経験で自分なりの道筋を作るのであろう。私は、その人達からも聞いて学ぶ部分もあり、被災地でも色々聞いたし、見て来た。だけど私は被災には遭って居ないから、被災に遭った人の話だけ聞く事で、多少しか学んだ部分ないと思う。今回、私が4年近く行っている南三陸の仮設の方の知り合いの親が、腸に穴が開き、出血多量で緊急入院をしたと連絡が来たのである。連絡が来た方は、その方との関係でない方であった。別な方が連絡を寄こしたのである。その親御さんを世話している息子さんとは良く話をするしその方の父親は20年以上半身不随で寝たきりになっているので私が行くと車イスで散歩をするのである。前々回に行った時に、散歩の約束をしていたが夜中にトイレに行って骨折をしてしまい、散歩が出来ないで入院見舞にで終わったので、7月に再度行き散歩をした。今回は、その方のお母さんが緊急入院である。その方も高台整備されて、家を建てて年内に仮設から出る事が決まったばかりであり、そのお母さんは私が行くと気を使ってくれる人であったのでショックである。南三陸には4年以上行っているので、今や友達扱いである。だが、震災で仮設の方が、心労で病になった方々を多く見て来た私は、本当の手助けは私達には出来ないと思ってしまう。確かにお手伝いには行けるが、本来の助けにはなって居ないように感じてしまう。表面的にはボランティア(私はこの言葉が嫌いなので、お手伝いと言う)と見られるが、それは外部から見た物だけであり根本的な物では無いのではないかと思う。あくまでもほんの一部分を補っているだけであろう。今や被災地は精神的な面で、考えてあげなければならない時期に来たように思うのである。ましてや南三陸には大きな病院が無く、緊急の場合は気仙沼か石巻まで、足を伸ばさなくてはならない。同時に高齢化で多くの方が、これから病院のお世話になるであろう。私は4年以上行っているが、震災の時の状況も凄かったが今は仮設から復興住宅や自己住宅に移転する人達の精神面でのケアーをして行かなければ、本来の復興にはならないように思う。
2015.08.29
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最近、自分が書いているブログが、自分自身で生意気な事を書いていると思う。これも今の年齢になったから書ける事も多いし考える事も出来ているのであろう。私はパターン人間と自分ではと思っているが、人それぞれがパターンを持っているのであろうと思う。私は自分なりのパターンを作り、それに沿って生活している。私の若い頃は、ただ突っ走る事だけであったと思う。それは若さから来るもので、それが無ければ半端な考え方の人間になって居た様に思う。また、自分なりのパターンを作るのも若い頃でありそれが自然に自分の物を作り上げるのであろう。私の若い頃に良く考えたのが、「人間て?」であった。人間らしさとは何かを求めて見たいと思っていた。だが、それは今でも分からない。人は自分の経験した事により、それぞれの道が出来上がるのでこれと言った物が無いのであるから、分かるわけが無いと今になって気が付いたのである。同時に私は差別に対して敏感である。私が貧しかった事もあり、また施設と言う所で育った部分もある為であろう。今回、国会でヘイトスピーチに関する法案が採決されない事になった。これは世界的に見ても、日本は人種差別的あると言っているような気がしてならない。政府は国際的に平和を訴えているが、平和は人と人の和によって成り立つ部分が大きいと思う。だが、差別的法案が制定されていない先進国は日本である事を政治家連中は分かって居ない。アメリカも差別的言動が激しい国であるが、日本も差別的言動が多い事を国民も気が付いて居ないだけなのであろう。日本の封建制度で差別階級を作り、同時に貧困格差で人を蔑視したり、相手を見て差別を行う。これはどの国にもあるが、多くの先進国はそれを制限する法案を作っているが、日本は法案すら通さないで居て、先進国でありますと言っているがこれは今後の日本の教育にも影響する事なので安保法案よりも、むしろ先進国としてヘイトスピーチ関連の法案を通すべきであろう。私達が受けて来た教育は、人種差別的な部分が残されていた。その為に途上国の人達を見下す部分が多い。私は途上国で仕事をしたが、私自信が差別的経験した事があるので人対人の考え方で行動したが、それでも意識の中に差別的要素が隠れていたと思う。これは私達が受けた教育から来ている事は間違いない。それを考えると、如何に教育が大切かを知るべきでありその為にも差別的法案は通すべきであると思う。ただ今回の安保法案で政府は、差別を煽るような事が無いように願うし、国民もそれに乗せられないようにして行かねばならないと思う。
2015.08.28
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自治体がサイバー攻撃に受けているとの事であるがこれは分かり切った事であったと思う。都市部の自治体が攻撃されて、問題が起きているが使うPC台数も多いのと、今や個人が1台を使う時代である。同時に殆どのPCはネットに繋がり、色んなメールが来るがそれを制限しているのがサーバーと管理者であるがそれでも内部統制が出来ない状態になって来ているのが現状であろう。基本的にメールを見て、危険を感じる事が出来る人がどれだけ居るか、今は殆どの人が家庭でもPCを使うが家庭で使う感覚で、職場でも同じ感覚で使うのであろう。その為に危機管理が成されていないのと、自分は分かっていると思い込む人が殆どである。私も自宅で使うが、メールに対しては必ずチェックを入れる。これは仕事柄もあるが、メールとPC自体を信用していないから疑心暗鬼で取り扱う。これは今の時代に欠けている部分を、私は感じるのである。良くPCを使う人が居るが、自信がある事を言う人が殆どである。確かに私は長くシステムを構築していたのであるが、使う事は、今の人達の方が分かっている部分がある事は認めるが使うのと構築する事は違うのである。皆さん同じであると思って、私が長くやっているので聞かれるが、私より使い慣れている人の方が操作に関しては分かっている。だがシステムの状況や内容等は、私の方が詳しいであろう。まず、私の場合はシステムに関しては信用していない。これは前にも書いたが人間が作っているので、完全な物は無いから完全が無いと言う事は、抜け道があると言う事である。その抜け道を利用してサイバー攻撃をかける。そうなると、それに対応するが、また次の攻撃をかける。この繰り返しが行われるだけである。今、大手が人工知能関連に力を入れ出したのは、人間は体調などで不安定があり、それによって状況が変わり見逃す率が多い。それを人工知能でカバーして行かなければ、今後はサイバー攻撃を食い止める事が出来ないと思っていると私は推測する。基本的に人間がPCを使うが、慣れた人でも見逃す事がある。私でも体調の悪い時などは、失敗する事がある。これを、人工知能を使い、問題点をPCに覚えさせて自動でチェックさせて行く方法を考えているのであろうと思うのである。その様にして行かなければ、人間の範囲内では難しい。色々な攻撃方法で来るが、その場合人間が管理出来る範囲は限られているし、抜けてしまう場合も出るが、人工知能で管理を行うと、そこには多数の問題点をチェック出来る事になる。今後はシステムでチェックするのと、PCが人工知能でチェックする方法が出て来るであろう。そこまで発展させなければ、今のサイバー攻撃は阻止出来ない所まで来たのではないかと思う。
2015.08.27
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最近、私のブログが異常である。異常とは、多くの人が見るようになった。自分でも驚いているのであるが、逆に言えば嬉しい事である。また、その逆に、これほどの方が読んで貰えている事に別な部分で、何を書けばと思ってしまう事があるがそれでも自分の素直な気持ちを書けば良いと結論が出る。私はパターン人間であり、殆ど生活はパターン化されていて朝起きてからの行動が決まっている。これも性格なのであろう。仕事柄でシステムを構築する事が多かったので、その様な性格が身についてしまった部分がある。基本的には前の日に、次の予定と行動パターンを決める。これは若い頃から、その様な行動を取って来たので癖になっているのであろう。ただ、突発的に別な部分が入り込む場合でも自分の予定行動は変えない部分が多い。多少の時間はズレルが、その日の行動を終了させる。これは日本的な性格なのであろう。だが海外(中南米)では、これが通用しないのである。始めて海外で仕事をした時に、日本的な考えが抜けきらないのであちらでは、歯がゆい思いをして、癇癪を起した事が幾度もあった。確かに日本ほど、時間を重んじる国は無いと思う。この正確性が日本の技術を支えて来たのであろう。だが最近は、これも衰えて来た感じがしてならない。日本政府は技術で経済の発展を取り戻そうとしているがそれはあまりにも甘い考え方であると思う。今や途上国も技術力が付いて来て、賃金が安いうえに日本の企業も進出して、企業は利潤の為に海外移転が盛んになれば、自然と途上国も力を付ける事は誰でも分かる事であるが、政治家や官僚は分かって居ながらまだ、その様な事を言っているのである。同時に日本の技術力も落ちて来ていると私は思う。技術は切磋琢磨して、互いに競い伸びるが、天狗になっては何処かに越されてしまう事が当たり前と考えるべきである。これからは多方面で日本は苦難の道があるような気がする。
2015.08.26
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昨日、高齢の方のお手伝いをしたが、そこで感じたのであるが日本人が、何か忘れた物があると思った。今回の方は始めてであったが、足が弱っていて入院していた方であり高齢なので身体の自由が利かないのである。その面では何時もの事なので、問題は無いのであるが私が変と感じたのは、近所に娘さんが住んで居て私がお手伝いに行った時に、来たのであるが始めての場合は社協の方と行くので、私はやる手順と状況を見ていたので会う事は無かった。だが、考えて見ると娘さんが居るのに、何故にお手伝いと思ってしまったのである。そこに疑問を感じる、私がおかしいのかもしれないが私の行った時間帯は10時であるから、その時間帯で来られるなら、親を見てあげられる時間がある人であろう。娘さんは私より若いはずなのである。今は核家族となり、親の一人暮らしが多い事は分かるが私達の時代では考えられない事のように思ってしまった。特に都会は、それが多いような気がしてならない。私も被災地に行っているが、被災地では親の世話をする方が多かったので、今回のような場合は違和を感じてしまった。前に病院の付き添いで亡くなった方が居たが、その方は、息子さんは遠方なので、見る事が出来ないのは分かるのであるが、近所に住んで居て世話が出来ないのはどうも疑問を感じてしまった。ただ、仕事を持っている方なら分かるが、それでも私がお手伝いした範囲なら休日でも出来ると思う。私達の時代では、親を見る事が当たり前と考えられていた。だが、それが現代では親子の絆が無くなって来ているのであろう。これは私達世代の責任でもあろうと思う。震災で「絆」と言っているが、それは見せかけだけの「絆」のように思えてならない。日本の伝統的な親子の縁を大切にする事を、私達が教えて来なかった事が、今になって出て来たのであろう。これは日本の教育環境もあると思うが、都会では特にそれを強く感じてしまう事を目にする。人間として生まれ出て、育てて貰い、その感謝の気持ちを表せない子供を作ったのは、私達世代なのであろうと思う。そこには日本の伝統的な良い部分を教えて来なかった私達にも責任があるが、戦後の荒廃時期で復興を優先した為に、その部分の教育を蔑ろにして来たのであろう。確かに都会で働き、会社人間で日本の経済を支えたがそこには別な部分で、日本人の大切な物を置き忘れたように思ってしまう。特に都市部は、その傾向が強い、まだ地方では残っているがそれを大切にして行く事も大事であろうと思う。
2015.08.25
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前回の左腕が痛いので、金曜日に病院に行き、嫌いな注射をされた。注射に薬の量を増したのである。それが効いたのか痛みが無くなった。今のところ、痛み止めの薬を飲まなくても痛くない。注射をされた後に左肩の部分が重たい感じがしたのであるがそれも時間と供に消えつつある。前回行く筈であった草取りと換気扇掃除は前回は大雨の為中止になり、今日行く事になったので、痛みが消えたので、思い切り出来そうである。これが終われば気も休まるのであるが、どうも私の気性では、やり残すと気持ちが悪いので、何とか出来そうなので安心した。今日が終わると、前回、応募したヒヤリングが明日行われるので、気分良くヒヤリングが受けられる。ただ年齢的に問題があるので、どうなるかは分からないが挑戦する事に意義があるので、行動を起こしたのである。この様な性格であるから、自分は気持ち的には若いつもりであるが、身体は反比例している事は間違いないのである。間違って採用になったら、全力を尽くしたいと思っている。ただ、地方独特の風習があるので、色んな面で問題が起きるであろう。それは逆に言えば、違う部分で自分なりに楽しめると思う。その面では楽天家なのであろうと同時に、それを逆手に取って行く方法もあると思うのである。前日書いた官僚と政治家の改革のやり方でなく私がやるなら土台から壊してしまうであろう。手荒いので反発は半端で無い事になるのは覚悟して行う事になると思う。今までも仕事上で、その様な状況を幾度も経験しているのでそれは覚悟出来るが、今回は人を育てる事を重点にするので私のやり方をセーブしなければならないが、自が出るであろうと思う。まずは今日のお手伝いを終わらせてから、次にヒヤリングが終わってからである。どうも私は現場を見て、その状況を自分でやりながらどの様にしたら良いかを考えるタイプである。確かに理想的な物はあるが、初期段階は現場の状況にあった事を行って実行出来たら、私は理想像を作るようにしている。システムを構築する場合も、システムに使われるのでは無く自分たちに会ったシステムを作ってから、次の段階を踏む事を考えて構築する。これが私のやり方であったので、その様なやり方になるであろう。これからの私の行動も、この考え方に変わりが無いように思う。現場サイドを理解して、それから、そこに合った物を作る。これが私の理想論なのであろうと思う。
2015.08.24
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今回の年金機構の漏えいで報告書が出たが、如何に官僚はズサンなのかが分かって来たと思う。年金問題で解体して、立て直しましたと言っていた新たな部署の中心部分が腐っているのに、取り変えず周りだけ繕って付け足しているから、動きは昔のままである事が判明したのである。これが官僚や政治家の改革範囲であるから、次も同じような事が起きるであろう。腐った中心部分を変えないと、他の歯車は前と同じ動きをするのは子供でも分かるが、それが出来ないのが官僚と政治家達である。最終的に誰も責任は取らず、最後に迷惑がかかるのは国民であり、官僚は責任をウヤムヤにしている。これでマイナンバー制度を行ったら、まずは問題が起きるであろう。その為に年金機構とマイナンバー制度のコンタクトを1年以上延期となったが、基本的に内部統制が取れていなければシステムに障害が起きたり、情報漏えいは当たり前に起きる。マイナンバー制度は最終的に、金融機関や企業とのコンタクトとなる。そこには個人情報としては、すべての物が入る事になる。その情報が漏れたら、個人の資産や家庭状況まで分かるので犯罪に使われたら大変な事になる。だが、現在のNET社会では、その情報を守る為には相当なシステム化を行わなければならないであろう。同時に内部での使う側の統制も取って行かなければ情報漏えいは避けられないと思う。官僚は各省庁で、それを管轄するが、官僚自体はシステムには殆ど携わらないで、外部委託が主であろう。基本的に官庁は、それだけの知っている人間が居ないも同然であり、外部委託に頼っているし、企業も委託されているので、無給で人材を派遣している事が多いのである。企業側は公共事業によって利潤を生む為にはそれが当たり前に成っているのが現状である。特に建設関係は、その様な状況は当たり前であり今は談合と騒がれなくなったが、大手建設企業各社は必ず無給社員を官庁に送り込んで居るである。もしマイナンバー制度で機密漏えいがあったら、今度は行政が攻められるであろう。監督官庁は逃げるし、調査は行うが、自分たちの不利になる事は報告しないであろう。確かにマイナンバー制度に関しては、業務の簡素化になるがそれだけ重要な情報が詰まっている事になる。システムは、情報の多さで簡素化が出来、それでシステムの効率が上がり、システムとして生きるのであるが、そこには使う側の状況で問題が起きる場合が多い。どんな優秀なシステムでも、使う側が使いきれなければただの箱状態になりかねないのがシステムである。同時に内部統制が取れていない場合は、システムでカバーするのでシステムが複雑化する。今回のマイナンバー制度システムが、使う側の基準をどの位の位置にしているかによって、情報漏洩のシステム上の頻度が変わるであろうし、チェック機能も変わる。だが今の時代はNET社会の進展が早いので、システムでカバーして居ても、付いていけない状況であるから何段階もシステムの修正を行い、同時にハードの助けを求めて行く事になるであろう。それも生かされるのは、内部が統制取れている場合であり内部統制が出来て居ない場合は、情報漏えいは避けられない。これは全国展開なので、地方によっては使いきれるか疑問が残る。その様な事を考慮してシステム作りが、行われているかによるであろう。システム使用のマニュアル化はされるであろうが、年金機構のような使う側の問題点は、今まで起こった事であればマニュアル化出来るが新たな方法で来た場合は、あくまでも経験と勘で防ぐ事になる。大きな落とし穴があるような、不安の残るマイナンバーのような気がしてならない。
2015.08.23
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私はこの歳になってからも、人から学ぶ事が沢山ある。前にも書いたが、私は行動型なので自分の経験値を主にして動くタイプである。同時に動いて経験値を増やそうとする。論理より、行動での経験を主にするタイプであるのであまり他の人の事を聞くタイプでは無かったが年齢と供に、多少なりに自分に変化が出て来た。人は、それぞれに生きて来て、それなりの経験を重ねる。そんな事は当たり前であるが、人の経験を聞く事も大切である事が分かる年齢になって来たのであろう。私は自分なりの経験で動き、それなりの経験をしたと若い頃は自負していた部分があった。だが、自分では分からない経験が沢山あり、その人達から聞く事により、別な部分で生かせる事が分かって来た。確かに若い頃は突っ走る事だけを考えていたしそれで自分が、色んな経験を積み重ねる事により成長するのだと思うので、若い頃の暴走的行動も必要である事は間違いではないと思う。それが、どの様に変化するかは個人的な部分なので個人個人が違って来るであろうが、他人の経験も聞く事の大切な事が分かり出したのは私は40代からであった。その前は自分の経験が先行して、他の人の事を聞く余裕が無いまた、周りが見えなかったのであろう。人としての成長過程なのであろうが、若さゆえの暴走でもあると思う。だが人はそれで良いのではと思う。暴走も一つの自分を成長させる過程であり、必要な事だと思う。それが変化して自分が変わる部分が出て来る。ただ、性格的な部分は、私は変わらない。確かに色々な経験を聞くが、そこには自分の経験値が無い為に本当の意味が分からない部分が多い。そうなると私が聞いた状況に陥った時に、参考にはなるであろう。その様な経緯で被災地や高齢で介護の必要な方達のお手伝いはしているが、それはあくまでも相手の方のほんの一部分を助けているだけだと思っている。ただ、色んな方面から、その方達から聞く事によって知識を得る事が出来るので、自分の為に学ばせて貰っていると思っている。その様な事で私は人間として、マダマダ未熟者であり多くの事を学ばなければならないのであろう。学びに終りが無いが、これからも色んな方面で学んで行こうと思っている。勉強嫌いの私が、学びが大切に思ったのが遅すぎたのかもしれない?
2015.08.22
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今や日本の政治家の資質が問われる。政党政治に破綻が来たのであろう。与党は数を取るだけに終始して、政治とは何かを分からない人物でも、地域に顔が売れて居れば公認する。同時に地域の政党組織も、金のなる木であれば良いと言う昔からの考え方で公認して、本当に政治を考えている人間はむしろ邪魔であるから排他的なのであろう。これは封建制度から来た考え方であり、利潤にぶら下がる人種の集まりが政党組織なのであろう。今回も与党からの若い議員が離党したが、公認した与党には責任が無いのかと思う。確かに自己責任で離党したが、公認した党の責任は?責任逃れは、政治家も政党組織も当たり前の事なのであろう。何があっても責任は取りません、責任は選んだ選挙民にあります。私は選ばれて国会議員になったのだから、「先生」と言われ偉いのですからと、言っているようなものであろう。今回の議員は学生が安保法案でデモをやった事に対しても批評して居たのであるが、それは個人の考え方であるから問題は無いが、その前に選挙民の声を聞いてからあの様な発言をしたかで、政治家としての資質が問われる。まだ、30代であるから、これから期待出来る年齢であろう。だが、今回の問題もそうであり、デモ発言もそうであるが本来、政治は誰の為に行うべきかが分かっていないのであろう。彼は2期目であるが、これには公認した政党にも選んだ選挙民にも責任があると思う。数で、ごり押し政治を行い、民意など考えない政治家が多過ぎるのと政治の基本が分かっていない連中を公認している政党政治に問題が出て来たのであろう。特に地方は封建的なところが残っており、金持ちや旧家には弱い部分があり、その方々が国会議員になる確率が高い。前にも書いたが、最終的にはインフラ等は日本が戦後復興で整備尽くされたので、地方には公共事業も少なくなり地方からの若者離れと高齢化により、衰退しているのが現状であるが、それは考えれば分かるはずが、地方から選出された議員は、それも分からない為に地方は衰退している。この連中を担ぎ上げたのは公共事業に群がる人達でありその連中が地方の政党組織を牛耳っているのが現在であろう。その連中と吊るんだ中央政党組織が、数を増やすだけで政治を動かして居ているので、地方の衰退は目に見えている。まず、政党組織の改革と議員削減(政治が分からず、数としてしか使い物にならない連中)を行い、日本の財政赤字を削減して行かなければ、日本は最終的に破綻国家になりかねない。政治家は、責任は取らないし、官僚も同様であるから国民が最終的には、責任を取る事になるであろう。
2015.08.21
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昨日の書き忘れで、相手に返信したら返って来たメールFrom: "info@3s0r8.gfjksaqre35y.net" (info@3s0r8.gfjksaqre35y.net)To: xxxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 20:00Subject: ※送信エラーお知らせメールのメールアドレスへ返信されてもお相手様にはメールが届きません。再度こちらよりメールを送信・確認をしてください。簡単ログイン↓http://3s0r8.hyjife8fgdrerh.com/C1qC7/qI4tE9ungxP5Qサイト名:LOVEお問い合わせINFO:info@3s0r8.sdghfeee45he.netIPアドレス 103.31.254.226確かに迷惑メールで迷惑メール情報センターに迷惑メールの相手のアドレスをCCにて送信すると、ブロバイダー側から「送信エラー」が来る事があるが、今回の相手に返信すると、この様な馬鹿なメールが来るので、これでスパム関連の相手が分かる場合がある。(送信エラーメールもブロバイダーのをCOPYして使う場合もある)スパムの場合は、最近は巧妙に成って来ているが今回は短時間で、これだけスパムを寄こせば誰でもが分かる部分が多い。こんな事を書いたら、スパム側が今後は違う手を使うであろうが私の場合、スパムの判断はメールの題名で最初に判断する事ただし最近は有名企業名を語りメールが来る場合がある。この場合も必ずメール文を読み、その中に安易にパスワード等の文面がある場合は、警戒する。その場合はIPアドレス等を検索して、発信元の確認を行ってから処理する事をお勧めする。IPアドレスでサーバーが海外を経由している場合は要警戒なので安易に処理を行わない事。頻繁にスパムが来る場合は、迷惑メール情報センターに送信する事この場合は詳細部分も添付して送信する事。次に迷惑メール情報センターも、直ぐには処理出来ないのでスパムは繰り返されてきます。この場合は自分の送信したメールをファィル化して置きスパムメールは削除する事。削除はスパムに張られているアドレス等を間違ってクリックしないのと、一定時間によって、それがPCに影響を及ぼす可能性があるかもしれないので(現状は殆ど無いが)削除してしまう事をお勧めします。単体スパムの場合は迷惑メールアドレスブロックで止まるのですが連続スパムは相手がアドレスを変えて送信するので必ずファィル化をして置き、それを迷惑メール情報センター等やその他の方法でブロック出来るので、必ずファィル化をやって置く事を勧めます。連続の場合は続く時は、1か月近く続きますので、メール削除を行うと、スパムの証拠が残りませんので証拠としてファィル化して置き、それを別な方法にて停止に使うのです。その場合はメールの詳細部分もメール添付する事を忘れないように。私の場合は、必ずファィル化を行い、そのファィルを使いスパム対策を行います。ファィルは証拠になるし、迷惑メール情報センターとのやり取りにも、状況が伝えられるのでファィル化は行って置いた方が良いです。ファィル化は送信したメールを使います。それにはメール本文だけでなく、メール詳細部分も添付されているのと、IPアドレスもあるから色々な処理に使えます。
2015.08.20
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程度の低いスパムが久しぶりに来た。スパムは、色んな対処を行ってから殆ど来なくなったが、相手が、気が向いたのか前に来たスパムがきた。これがメール題名を変えているがIPアドレス関係は殆ど発信先が同じなのである。私は最終的に相手に返信「お前、相当に頭悪いな」とスパムメールを、そのまま返信したら来なくなった。確かにメール題名は変えて、短時間に10数回来たのであるがこちらも慣れているので、その様にシツコイ場合は潰しにかける。幾度となくスパムメールで悩まされたので、対処方法も幾つかの方法を考えていたので、対処は早い。概略的な内容と変化は下記の如き(1)From: 春樹 (mail@b3yq0.hyjife8fgdrerh.com)To: xxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 17:33Subject: 僕のこと覚えていますか?━━━━━━━LOVE◆■お相手【春樹】様____________◆内容:僕のこと覚えていますか? ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■内容の続き(無 料)http://b3yq0.wouryrg48hre.net/5JY7L2/9P1eO3U51aR15OZaL49y45P18L69udcW2NJDV 停.止・問い.合わせhttp://b3yq0.wouryrg48hre.net/sXss3s/y0vu5wdczF1NeaL IPアドレス 103.31.252.38(2)From: 財前光 (mail@fczvu.tehwerw-fhtwe78.net)To: xxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 17:25Subject: メールの相手が実際には存在しない相手だとその場で判断できるとしたらどうですか?━━━━━━━LOVE◆■お相手【財前光】様____________◆内容:メールの相手が実際には存在しない相手だとその場で判断できるとしたらどうですか? ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄■内容の続き(無 料)http://fczvu.rhlhjfdiwhrtes43.net/OLXQN/6QS3VUZD74XN4SU5WQ6WA3OR0RN5SwcVY18L 停.止・問い.合わせhttp://fczvu.rhlhjfdiwhrtes43.net/E7WEdW/KaZGf0pm3Rb IPアドレス 103.31.254.220(3)From: あなたの街の配達館 (nfo@vjq5b.rhlhjfdiwhrtes43.net)To: xxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 15:59Subject: ご注文ありがとうございました。確認メールをこちらのご登録メールアドレスに配信いたしましたのでご確認ください。注文番号 : 121547注文時間 : 12時04分注文金額(税込) : \1,084注文店舗 : MIYAKEYA詳細は下記をご確認ください。またキャンセルにつきましても下記から行うことが可能です。ご注文ご確認・内容変更IPアドレス 103.31.252.24(4)From: "mamanotakaramono_0418@docomo.ne.jp" (info@ax22m.jkgdsa-53fdh.net)To: xxxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 16:34Subject: 元気でやってる?もうあなたが小さな頃が本当に大昔のように感じます。時期が経つのは早いね。身体壊してない?この写真、やっと見つけたの。懐かしいでしょう?右があなたよ。20141011007.JPGIPアドレス 103.31.254.174(5)From: "ruru_love0701@docomo.ne.jp" (info@641kw.ntr84hte5fs.com)To: XXXXXXXXX@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 18:54Subject: Fw:同窓会の写真先週の同窓会の写真送るね!xxxxxxxxx見えてない?wIPアドレス 103.31.254.219(6)From: Twltter (info@283vy.htgpko04sgfrw.com)To:xxxxxxxxxxxx@yahoo.co.jp Date: 2015/8/17, Mon 18:45Subject: Twltterアカウントを確認してくださいメールアドレスを確認してTwltterアカウントの設定を完了させましょう。以下のURLをクリックしてください。http://283vy.jdjsufrhwigerte.com/pGdqHl/yKjsvjpMgsIltrswThRIg※自分のアカウントではない見覚えのない場合やキャンセルは以下URLから必ずお取り消しをお願いします。http://283vy.jdjsufrhwigerte.com/pGdqHl/yKjsvjpMgsIltrswThRIgIPアドレス 103.31.252.11これ以上来たが、IPアドレスとメール詳細アドレスが、殆ど一致するので、同一人物であろう。ただ、これは程度の低い奴がやるスパムであろう。仮に私のブログを読んでいる人であれば、今日あたりスパムが来るかも???
2015.08.19
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最近は国民が政治に対して、色々な方面で考えるようになった。これは現政府のお陰であろうと思う。私がブログで良く書いていたが、日本人ほど政治に対して無関心な国民は居ないと書いていた。海外で仕事をしていた時に思ったのであるが、こんな事でデモなの、日本では考えられない事でデモやストが行われと居た事を思い出す。だが海外では、政治が生活に密着していと考えるから政治に対して不満をぶつけるが、日本は平和ボケしているのか政治家不信なのか分からないが、関心を示さない。日本で政治不信を口にしたら、別な面で変人扱いしかねない雰囲気があった。だが、今の日本は変わりつつあるのかもしれない。政治不信が国民に浸透し出して来たし、同時に政治家の質も問われて来た部分が多少なりに出て来たのであろう。日本は前にも書いたが借金大国である。今や国民の一人当たりの借金(国の)1000万になる。それでも政治家は自分たちには関係が無いようにして経済で借金を減らそうとしているが、その前に無駄な税金を使っている国会議員の数を減らせと言いたいのである。自分たちの襟を正さないで、国民に負担させれば良い企業に儲けさせて税金を取ればと言いながら企業減税を行い、一般庶民には増税を行っているのが政府や官僚である。まず自分たちの手本を示してから、国民にお願いするのが筋であろうが、それを行うだけの力量も無い人達が政治家なのであり、最終的には責任は国民が取れば良いと思っているのが政治家と官僚なのであろう。国会議員が1年に1億数千万の経費を使い、政治ですと言って民意も考えない政治を行い、国会で居眠りして、国民の理解出来ない法案も賛成します。(殆どの議員は理解していないであろう)このよう政治家が日本の政治を行っているのである。民意を伝える役目が、国民を苦しめる役目を行っている。ここには国民が、今まで選挙に対して関心を示さなかった事も原因であろうが、ここに来て多方面で国民が立ち上がって来た。これは国民が多少なりとも、自分たちの権利を主張し出したのであろう。この状態を続ける事により、日本が変わる礎になってほしい。
2015.08.17
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私は前に「変な奴」と題してブログを書いた事がある。これは私の歩んで来た道を、自分を自分で見つめ直すのであるがもう一人の自分を作り、違う観点から見た自分を書いていた。これも意外と自分なりに面白い発想だと思うのである。自分の歩んで来た道を第三者的に見ると、また違う部分が浮かび上がる。その自分(第三者)は一般的な人の立場から見るような感じで捉えて見ると、自分の行動を笑ってしまったりあの時の自分は突っ走っていたなとか、色々な面で反省出来る。こんな馬鹿な事を考えるのも変であるが、それも自分を見直す為には必要な事だと思うし、それによって自分なりの、新たな道筋を作る事も出来ると思う。その様に見て見ると反省する部分もあり、今後に使える部分も出てきたり、あの時の考え方をこれからも生かして行こう等と思ったりするものである。前日も書いたが私は経験値を重んじるタイプなのでその時々に対しては、経験値で対応を考えてしまう。その場合は前の失敗を繰り返さないように行動を心がけるのであるが、新たな失敗もあるが、大体はうまく行く事が多いと思っている。普段は馬鹿な事を言っていて、気楽に会話しているがそれなりに自分は考えながら行動していると私自身は思っているが、他の人から見ると単純に見える私であろう。本当に脳天気な行動を行っているし、言葉もその様に発したりする。確かに単純である事は自分でも認める所はある。メンドクサイ事には関わりたくないし、ごちゃごちゃ言われるのも嫌いなので逃げ回るタイプである。だから人付き合いは好い方ではない。むしろ人と接するのがメンドウと思ってしまうのであまり深い接し方をしないのであろう。私もある程度の年齢になったので、自分の歩んで来た道を、振り返る事も多くなった。ただ、戦後の苦しさから逃れる為に、私達は働き教育を受けて来たが、今の日本は、その流れに変化が出て来たように思える。これも私達の安定を求めた部分で、何かが崩れ出しているのであろう。修正すべき時期に来たのであろう。
2015.08.16
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私が人を見る場合、人には思考型と行動型があると思っている。思考型は考えてから行動を起こす、行動型は動いた経験値から次を考えて行動する。私は典型的な行動型なのであろう。口より行動が早い、何かをやるには、やるか、やらない、かしか無いと思っているから、その二つのうち、どちらかを選ばなければならないのであるからやらないなら、止めたと言う。この様な人間なので、周りからするとセッカチな人間であろう。こんな私であるから、口だけ先で、行動が伴わない人とは合わない。だが行動型は失敗も多い事は間違いない。私など失敗ばかりであるが、その失敗は別な面で自分が学べるし、失敗は修正すれば良いのであると思っているが、失敗が大きい時は修正に時間が掛かる。こんな事を繰り返しているのが、人生なのであろうと自分なりに諦めているのである。でも今までの多くの失敗があるから、多くの経験が積まれ色々な事が出来るようになったと、自分なりに満足している。これも行動しなければ分からない事であり、行動する事によって、自分なりに学べると思うし、タダ考えているだけなら、頭デッカチの人間になり、私の性格なら屁理屈人間に、なってしまたであろうと思ってしまう。確かに口下手とブログに書いているが、屁理屈は書いている事が多いのである。これが行動しないで書いていたら、私自身は恥ずかしい人間であろう。確かに考える事も大切であるが、理論が生まれるのは行動が伴うからであり、学習だけの理論は空論でしか無いと思うのが私の考え方である。だが教える為には、理論は必要不可欠なのである事は認めるが理論だけで論破する人には、私は反発するタイプであろう。きっと「やってから言え」と言うであろう。やりもしないで言うのなら、それはタダの空論と思うような極端な考え方の人間なのであろう私は。こんな人間であるから、政治批判もキツイ部分がある。政治家は弁護士など口と理論の方々が多いのであるが確かに口で説明するものであり、その為には口上手でなければならないと思う。私の場合は教えて居た時も失敗したのは、行動が先で後から口が出るので、相手が理解出来ない部分が多かったと思う。そう考えると人を育てるのが下手な人間であったと思う。これは技術屋の悪い所であり、職人気質の部分が出て技術は盗んで覚えろ、繰り返し行動して覚えろの世界であるから今の世の中では通用しないと思う。人は経験値の差で考え方が違って来るものであると思うのが私なので、これには異論がある人が多いであろう。
2015.08.15
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前に書いた左腕が痛むので病院に行って来た。先生は「相当痛いはずよ」と言うのである。確かに痛み止めを飲まないと痛い。一昨日は車イスの方の病院の付き添いであり、痛み止めを飲んでいたので問題はなかった。今日の診察で前記のように言われたのであるが確かに痛い事は痛い。痛み止めで誤魔化しているのであろうが、17日に高齢者の方の草取りと換気扇掃除があるので、この状況では草取りが両手を使えないので今日診て貰い、再度嫌いな注射をされた。(先生は治ると言っていたので、これからは真面目に診療して貰おう・・・)先生は相当痛いはずよと言うが、私が鈍感なのか相当と言う事の、私の見解と先生の見解が違うのか、痛いが私には痛いと感じるだけである。これは前にもあったのだが、大腸癌の手術後、数年経って手術で切った後の部分の腸が出て来てヘルニアと診断され、手術をしたのであるがその時も手術後1日で、自分でトイレに行っていて先生に「痛いはずなのに、あまり痛がらないね」と言われた事がある。確かに痛いのであるが、我慢する事が染み付いているのかあまり顔に出さないし、動いてしまうので相手からすると、本当に痛いのか分からないようである。自分は、若い頃から体調が悪くても表情に出さないから誰も気が付いてくれない。ただ、大腸がんの時は痩せたので、周りが、気が付いたようであるが私は普通通り仕事をしていたのである。ただ、通勤途中で倒れて病院行きになったが・・・この様な性格なので、多少痛くても表面に出さないから社協も問題がある状況の仕事を頼むのであろう。この性格は子供の頃に我慢する事が当たり前だと思い我慢する事に慣れたて居たからなのであろう。それと他人に迷惑を掛けたくないと思う気持ちがありそれもあるので、我慢してしまうのかもしれない。最終的には、他人に迷惑を掛けているのであるが私は見栄っ張りなのであろうと反省している。だがこれも一時的な反省で、同じ事を繰り返すであろう。この年齢では治らないであろうと思う。でも、腕は、先生は治ると言っていたので、救いがあった。
2015.08.14
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最近、人に対する労わりや常識的な事が日本に欠如しているように思う。特に若い人たちに多く見向けられる。昨日もそうであるが、車イスの方の病院の付き添いに行ったのであるが、幾度か付き添いに行っているので私も要領が分かり、2つの科の受診であったので受付けだけを両方済ませて、受診したのである。最初の科は順調に行って、次の科は検査などが多くまた、患者さんも多いので、前回も時間が掛かったのであるがそれなりに覚悟はしていたが、そこでのトラブルがあった。最初の検査を終えて、次の検査の時に待たされしょうが無いと思っていながら待っていたのである。所が私の車イスの方の名前を呼ばれて、担当の技師が来て車イスの方に「立てますか」と聞かれたので「車イスのままで、お願いします」と言ったら「立てないのですか」と言って、別な人を呼び検査を始めてしまった。その別な人は私達が声を掛けられる5分位前に来た方で私達は既に30分以上待っていたのである。迎えのタクシーも予約をしていたので、車イスの方が電話を使える所に行って、タクシー予約を変更している時に私は検査関係の方(読んだ人以外)に、「これはおかしくありませんかと」文句を言った。車イスの方が居た場合なら、その方は診察を受ける立場なので一緒に居る時に言うと、その方に迷惑が掛かると思いその方が居ない時に言ったのであるが、声を掛けた人の態度は車イスだと面倒だから、別な人を先にと取れた。それなら何故呼んだのかである、呼ばないで別な人を検査するなら分かるが、その方の状態を見て面倒だからと思ったのか?大学病院であり、車イスの関係は設備も、今では整っているはずであり、あの態度は許せないので文句を言ってしまった。結果的に1時間以上待たされて検査を行い、今回は5時間かかってしまい、思いやりや常識に欠けた人を見てしまった。文句の結果は、そこの科の責任担当医師に伝わり注意をするという事になったが、病院は高齢者や多くの身体を悪くしている方が行く所なのに、あの態度は無いであろうと感じた。その声を掛けた人も若い人であったが、如何に私達が人間としての教育をして来なかったかがカイマ見られた。日本の教育が欠如している部分と、私達世代が教えて来なかった事のツケが今出ているのであろうし、官僚の教育方針も何かが違っていたのであろう。私達も、もう一度考え直すべきである。
2015.08.13
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今日は涼しい所に行ける。この猛暑であるので、うれしいのであるが車イスの方の病院の付き添いなので、楽しんでは居られないが色々話が出来るので、相手の方を楽しませなければと思っている。ただ、相手の方は気を使い過ぎるので、私の方が楽しまされているような状態になる事が多い。それも仕事柄なのであろう、営業系の仕事をされていた方なので人に対して気を使うのであろう。また年齢も近いので色々話が合うのである。逆に私が、その方から元気を貰っているのかもしれないと思ったりもする。自分が、まだ動けて、お手伝いできるのは幸福なのであり動ける事の有難さを感じる。病院は大学病院なので2か所の科に行くので少々時間が掛かるのが、セッカチな自分には苦痛であるがそんな贅沢を言えるだけ、自分は生意気なのであろう。ただ、病院に行くと多くの高齢者の方が通院しているし入院しているので、高齢化社会の部分を見てしまう。そうなると現政府の高齢者に対しての対応に文句を言いたくなるのである。この状況は前から、分かり切って居ながら、その予算は削減政府も官僚も数字だけで決めつける。特に政治家は現場を見て、その状況を把握してからそれを討論してほしいと思う。政治家の視察とは30分程度でも視察であろう。同時に聞いたと言っても、一部の人でありそれで現状が分かるはずが無いであろうし、官僚も同様で本当の現状を見て、知るには、その人達との繋がりを持たなければ分からないと思う。私も被災地などや高齢者の方のお手伝いをしているが自分がなるべき相手目線と思っても、私が分かっているのはほんの一部分だけであると思う。被災地では私は必ず仮設で寝るが、だが長くて1週間でありその状況でも分からない事が多いのである。それを3時間位居ましたと言って視察しましたと言う政治家が分かるわけがないであろう。予算は数字であるが、統計も数字であり、確かに数字で示すしかないが、数字以外にも問題がある事を知るべきである。色んな面を垣間見て決定する事をお願いしたいが今の官僚と政治家では無理であろう。何か言えば数字で示し、そうなっているからと弁明で終わるが官僚であるし、それに踊らされている政治家であろう。
2015.08.12
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最近は自分が墓穴を掘っている。私の性格なのか、口より行動が早いのであろう。一昨日に団地の役員会で、皆さんが色々言うが私の考え方は、言うなら、やれと言うタイプなので皆さんに付いていけない部分がある。あまり話が延々となると、口を出して結論的な事を言う傾向が強い。そうなると口を出した以上は、自分で責任を取らなければならなくなる。そこでやってしまうから、今度は次々と頼まれる。元来、嫌とは言えないタイプであり、やってしまうのである。これも善し悪しで、今回も公団に自ら掛け合いに行って問題処理を行ってしまった。口は災いのもとの諺があるが、私の場合はそれであろう。気持ちでは口を出さないで置こうと思うのであるがあまりにもダラダラやり出すと、口が出てしまう。普段は、私に色々問いかける事が多いし、雑談などもするので、頼まれたらやる事が早い事もあり頼み安いのであろう。これは性格から来ているのであるが、行動が先でありそれから口で言う。確かにやる事をやって言うのであるから、皆さんは認めてくれる。だが、これが多方面に渡るとシンドイ事になる。人との関わり合いでは理想的であるが、私からすると自分は単純馬鹿に思う事がある。この単純馬鹿が自分の売りなのであろう。だから被災地でも、地域の高齢者の方にも喜ばれるので長い付き合いが出来るのであるが、時々手抜きをする事を考えなければならないと思っている。だが、それが出来ない自分であり、深みにハマって行くのである。ただ、別な面では良い部分であると思うがこれ程、単純な自分を自分で笑ってしまう事がある。私としては当たり前なのであるが、一般的には基準外の人間であるようだ。考え方の基準が、一般の人と、そもそも違っているのであろう。言うなれば、好い振りこきの、見栄っ張りなのが自分のように思う。だが、この年齢では治りようも、治しようも無いと思う。このままの自分で突き進むのであろうが、上記の気持ちだと、自分で墓穴を掘っているので、反省出来ないサルなのかもしれない。ただ、人間的に慕われるだけ幸福であり、それが自分の支えになっているのかもしれない。最終的に自分が勝手にやっているので、自己責任なのである。
2015.08.11
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最近の私のブログを読んで頂く方が多くなった。これは喜んで好いのやら、自分で戸惑っている。前にも書いたが、私は殆ど写真を載せないし連携も殆どしていない。それが、これだけ読んで頂けるのは嬉しいが元々は日記代わりに書いていたので、面白いものではない。だから読んで居る人も少なく、気楽に書いていたし自分の思いをブツケテいた部分もあった。ただ、自分で書いた、何年か前の物を読みなおすとその時の状況や、今の自分が忘れている物がある事を思いだして反省するのと、あの時は意外と過激な事を書いていたと思ったりして、楽しい部分がある。私のブログは自分の思いを書く事が多いのでその様に感じる事が出来るのであろう。ただ、政治批判は書く。これは私個人的な考える事が主であるが、その時の政治の在り方も見えるのである。前のを読み返すと、政治家の劣化が見えて来るのが現在であるように思う。これ程、日本の政治家の資質が落ちて来たのは私達が作り上げて来たのであるが、最高学府を出て政治の基本も知らないで、担ぎ上げられた人が現在は多過ぎる。それだけ日本の政治が劣化したのであろうしそれだけ国民が無関心でいたのであろう。私も同じかもしれないが、日本人は自分に火の粉が掛からないと動かない傾向が強いのと封建時代の名残か、お上には逆らわない。逆らっても徳は無いという考え方なのであろう。だから選挙の時には2~3世を担ぎ出すがそれを担ぎ出すのは、自分たちに利潤がある連中でありその連中が自分の取り巻き連中に指示して2~3世議員を作り出す。これは封建時代の名残であり、貧乏人は麦を食えでお金を出してくれる所は、要望を聞き行動を起こすようにしているのが今の政治家であろう。だが、今の日本は地方の過疎化、高齢化等、多くの問題を抱えているのであるが、その現状を作ったのは選挙民であり、そこから選ばれた議員である事を分かっているのか疑問に思う。地方の選挙民は、今だ封建制度から抜け出せない昔の考え方が残っているのであろう。確かに被災地に行っても分かるが、旧家の人を崇める傾向が強い事を感じる。伝統は残すべきであるが、過疎化や高齢化によって町自体が消滅する危機にあるのが現実であろう。政府が今さら地方創生と言っても、手遅れ状態の地方が多い事は把握しているであろうが、選挙の為のパホーマンス的に省庁を作っているだけであろう。地方の方も自分たちの町を守る為に、立ち上がるべき時が来ている事を自覚して、古き風習も良いが新たな道を模索する時が来ていると思う
2015.08.10
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最近の国会議員(与党)発言が問題に成っているが本当に、この人達が日本の政治を担っている事に疑問に思ってしまう。若い議員の発言もそうではあるが、それを指導する議員の発言には驚く事を言っている。ある古老議員は「今の安保法案が通ってから、好きな事を言えば問題が起きないから、それまでは発言を慎め」等と言っているのは、国民を愚弄しているとしか言いようがないし、この発言は政治家としての資質を疑いたくなる。今や民意など考えが無い日本の政治、これを作り上げたのは私達時代の国民にも責任がある。そこには日本人の熱し易く、冷めやすい性格もあるが基本的に国民は本来の民主主義が分かっていないのであろう。これは私達が受けて来た教育も関わるであろうし経済の発展の早さで潤った事もあるであろう。同時に政治家を信頼しなくなり、国民がそれを変えようとしなかった事と、諦めが先に立ってしまっていたのであろう。確かに日本は戦後からの復興は驚異的な早さで行った。それが支えとなり日本は潤ったが、そこには金絡みの政治が横行して来て、政治の劣化に繋がったのであろう。これは途上国でも同じ現象が起きているので政治と金に関しては切り離す事が出来ないのであろう。同時に戦争で崩壊した教育を立て直し、それが学歴主義を生みだし、経済の発展にも繋がったが長きに渡り、その様な教育制度であれば時代にそぐわない部分が出て来る。その根本を見直さないで、上辺だけの見直しで繕い修正して来たが、今の時代は根本を見直す時代に入ったがそれをやるにも国民自体の考え方が固まり同時に高齢化した為に、変化に臆病に成っているのであろう。これからは政治も教育も色々な面で、若者を育てる事を考えるべきであるが、変化を嫌う国民が多い為に今の劣化した政治家や官僚が横行するのであろう。時代は流れ、その流れに沿った改革が必要な事を国民が、気が付かなければ、流れは変えられないように思う。日本は敗戦と言う教訓は、終戦後には分かっていたが今は忘れ去って来て、平和憲法の大切さも政治家には伝わらずに、新たな模索を行っている。新たな模索も大切であるが平和憲法に関しては世界に誇れるものであり、それは戦争を経験した日本国民が作り上げて来たものである事も考えて模索すべきであろう。同時に戦争の悲惨さも忘れてはならないと思う。終戦記念日が近いが、私達の時代の人達は戦争の悲惨さを伝える事を忘れて来た部分もあり、その様に教育を受けて育ったために、子供達に伝えて来なかった責任はある。
2015.08.09
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即断即決の男が悩んで居ます。言い方は良いのであるが、悪く言えば「早とちり、セッカチ」なのである私が、今回は如何しようかと思っている。それは被災地に長期で行く事なのであるがそれに応募しようか、このままの状況を続けようか悩んでいる。現在、私の住んでいる地域での高齢で介護が必要な方のお手伝いもしているので、それを投げ出す形になる事も考慮しなければならない。だが今回の被災地はIT関連での業務になるので私の得意分野であり、長い間仕事として携わってきた事なのでやりたい気持ちが強いのである。日本でも、海外でもその関係の仕事をやり、計画立案から構築までやったノウハウがあるのでそれを若い人に伝えて行く事が出来、なおかつ被災地で活用出来るのであれば喜ばしい事なのである。もし、これをやったら、私の最後のIT関連の仕事になるであろう。今まで自分が培って来た事を若者に伝えて行けるならこれ以上の事は無いと思っている。ただ、私も年齢なので前記したように、最後のご奉公になるであろう。計画立案はODAや官庁関係にも認められたものを作成して来たしそれだけのノウハウはあると自負している。これは自分だけであろうが、このノウハウを若者に伝えて行けるのであれば、今回、応募しようと思っているがそれには今までの流れを断ち切り、被災地に行く事になる。今まで行っていた南三陸では無く、岩手の街であるがそこで何処までIT関連を利用して行けるかやこれから始まるマイナンバー制に対する対応や対策方法等も地方でのやり方を自分の培って来た物と、地方の問題点をはっきりさせる事が出来るであろう。ただし、これでITの私の最終段階を終わらせたい気持ちで遣りたい。そこには地方独自の別な部分での問題点があるのであろうし地方独自の風習もある事は分かっているが今まで被災地に行っていたので、多少は分かっているが大きな壁がある事を覚悟してやらなければならないであろう。同時にその町の特徴を、如何に出して行くかもあると思う。その壁に立ち向かうだけの自分が居るかを感じているのである。(不安があるから決断できないのであろう私は・・・)基本的には、私のノウハウを若者に伝え、それを生かして貰うそれが基本なので、やりたい気持ちが強いが年齢から来る自分に不安があるから、躊躇しているのである。最終的には応募して見るが、自分をそこの街の人間に成りきらせる努力が必要であろう。その為の対応方法は人的な問題である。同時に高齢化と過疎化が進んでいる被災地でのITの今後と、どれだけ利用して行けるか、今まで被災地に行っていたので現状が分かるので、それなりの努力が必要であり、どれだけ若い人に伝えて生かせるかがある。
2015.08.08
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マイナンバー制度に関して、10月からの実施であるが企業も行政もマスコミもあまり騒がない。国民に番号を付けて、多くの管理を行うのであるがその様な重要な事に対し、政府も官庁・行政も動かない状況である。そうなれば企業も動かない、その様な状況を作り上げているのが今回のマイナンバー制度である。所がこの目的は個人の資産・所得・医療等など多彩な項目の個人情報であるのに、これほど騒がないのは何故なのであろうか疑問に思う。まず政府や官僚自体が重要性の認識が薄いのであろう。前回、日本年金機構の情報漏えいで大臣が言った弁明でも分かるようにマイナンバー制度は「問題はありません」。この様に言ったが、何処に問題が無いのか、どの様なセキュリーティを行っているのかも分かっていない人が「問題はありません」発言では誰も信用しないであろう。ましてや政府機関が外国に情報を盗聴されているのにそれは遺憾です等と戯言を言って済ましている。これが日本の政府と官僚なのであるから、今回のマイナンバー制度は事件が起きるであろう。昔の、ずさんな年金問題どころでは無い、大きな問題に成る事は目に見えている。それでも問題はありませんと言うのは、自分たちが責任を取らないからである。今回のマイナンバー制度は、行政と民間が大きく絡むその情報のやり取りはNETが使われるであろうしそれに関した情報盗用問題が発生するが、盗用方法は複雑な物になる事は分かっている。システムで防ぐのと、使う側で防ぐ等の色々な対策を考えなければならないが、まだ、その方法が分からいのが現状であろう。これはNET環境の発展により、盗用方法が変わる事が違って来るからである。また、マイナンバー制度になっても、地方は対応が遅れるだろう。高齢化と過疎化が進んでいる地方では、マイナンバー制度自体を理解していないであろうし、自分にナンバー付けられていると思わない人達が殆どであろう。そうなると地方での問題が出る可能性が大きい。地方ほど私事が伝わるのは早いが、情報化に関しては遅れているし、対応策もずさんである。そうなれば地方を総括する部署を作り、そこでの集中管理体制と、要員派遣を考えて行かなければならないと思うのである。これを逆手に取ると、地方の活性化で一部の地方にその管理体制センターを作り、若者を雇用して周辺地域の管理を行う方法も1つであろうと思う。今や地方はマイナンバー制度の対応能力が無い場合は必ずや情報関連会社に委託するであろう。それでは内部処理に問題が出てく場合が多くなる。今回の年金機構問題も、要員の処理能力による問題であった。そうなれば使用する側の対策も考えて行く事が重要である。そこで政府から資金を出させて、管理センターとサーバー等のセンターを地方に設立して近郊周辺の管理と要員派遣を行うと雇用も生まれ、若者も働く場所が出来る。
2015.08.07
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昨日は病院へ、何時もの血圧の薬と、左肩の辺が痛むのでその検診を受けた。左の肩は1か月以上前から痛かったのであるが、毎月の血圧の検診まで我慢をしていたのである。どうも私は病院が嫌いであり、多少の痛さなら我慢してしまう。今回も我慢して血圧の検診日に合わせたのであるが来週、障害のある方の病院の付き添いであるが、その方は車イスなので、私が、肩が痛い状態では問題があるので診て貰う事にしたのである。50肩(とっくに過ぎているが)で腕を上げると痛む場合があるが、寝て居ても痛い状態であったので、今日レントゲンを撮って診て貰ったら肩の動かす部分にあるゼリー状の部分が固まって骨化していてそれが動かすと骨にぶつかって痛いとの事であった。私も「年齢なので」と先生に言うと、年齢は関係無くても起きる現象だそうだ。病院の付き添いの後に、別な方の草取りと換気扇の掃除が控えているので、これを治さなければ、腕が動かない状態なので嫌いな注射を打って貰い、来週の付き添い後にまた行く事になったのである。私の性格は、大腸癌の時も癌と分かっていて、病院に行かなかった位、我慢してしまうのである。今は医療技術が進化しているので、あの時も癌と分かった時に行っていれば、カメラでポリープを取るだけで済んだのでは思ってしまうが、どうも我慢が先に立ち、癌が大きくなり過ぎて腸を閉鎖するまでの状態で倒れて手術となった。これも私達の時代は我慢する事が当たり前であり貧しかったので病院にも行けない人達が多かった。その名残で我慢が先なのであろう。だが癌などは、今は早期であれば手術しないでも細胞を取る事が出来るのである。分かっていながらも年寄の悪い所で我慢をしてしまう。同時に私の若い頃は、病院にも掛からない位、健康であったので尚の事、病院には行かないのである。これも善し悪しであり、今回は障害のある方の付き添いがあるので、その方に迷惑がかかっては大変であるのと次の方の、お手伝いもあるので診て貰ったが、そうでなければ私の悪い所が出たであろう。そう考えると私も学習能力に欠けているように思う。今は早めに処置処理を行うべきであると思っているがまた違う事があると、私の性格では我慢が先になるだろう。今回はお手伝いがあるので、多少なりにも早めの処置を行ったが、お手伝いが無ければ、きっと、まだ行っていなかったと思うのである。それだけ頑固な部分が、ある自分を笑ってしまう。私の老化と医療の進歩は正比例している時代なのに時代遅れも甚だしい私である。だが政府の高齢化と、それに費やす予算は反比例している時代である。
2015.08.06
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コンピュータの発展は目覚ましい。又もや最近、人工知能に目が向けられ出した。30年以上前に人工知能に関心が持たれた時代があった。私もその頃、関心があり、如何に人間の手を煩わさないように人間が楽を出来る方法が無いか、模索してプログラムを考えて事があった。その頃は人工知能言語も初期の頃なので現代のように機能的な構造で出来なかったのである。私はCOBOLで自動仕訳システムを作った事を思い出すが、それは個人的にであり、人間の少ないデータから、多くの処理をコンピュータに行わせるかであった。今から考えると可愛いものである。現代は進化してコンピュータ自体に人間と同じ能力を持たせて、如何に人間の優秀な能力と、同じくするかを模索する時代になった。私達、子供の頃に漫画でロボットに使われる人間のストーリーの物を見た事があるが、現在はそれに近くなって来た。今やコンピュータは人間社会の一部分に入り込み無くてはならない存在になり、人間が如何に楽をするかが考えられている。私もシステムは長いが、私の危惧していた時代に突入し出したのであろう。私もコンピュータのシステムを作る側だったが、作って発展して行く毎に、人間性が荒んで来る状況がある事に危機感を感じるようになっていた。確かに企業としては便利さを強調する為に製品に多くのコンピュータ機能を取り入れて行く。同時に使う側も便利な機能に魅せられて購入する。そこには大きな利点を生んだ事は間違いない。医療設備や電化製品の向上に貢献して来た。だがそこには別な面で人間が失った物もある。人は便利さに惑わされて、本来の人間としての良き部分も忘れ去っているように思う。コンピュータの機能が向上する毎に、人間の個人の技術的要素が消えて行ったり、思考的な考え方が衰えと同時に思いやりや労わり等の、人間本来の良い部分が失われそれが当たり前の時代になって来たと私は思う。現在の子供達はコンピュータ機能時代の考え方でありそこには人間性に関した部分が欠けているように思う。これから人工知能が発達すると、尚の事人間性が失われて行くであろうし、それによって本来の人間として持つべき労わりや優しさ等も失われてように思う。これを回避するには家庭教育や学校教育での人間本来の考え方を強める教育が必要であろう。
2015.08.05
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この暑さで外出する事も面倒に成って来た。私は暑さには弱い、汗を良くかくのである。北海道生まれなので、意外と寒さには強いが暑さだけは苦手である。特に東京の暑さは、蒸し暑いので身体が暑さについて来なくなる。所がドミニカ共和国で4年間過ごすと、今度は寒い所が嫌に成って、日本に健康診断で帰る時は日本の春の季節に帰って来ていた。健康診断は2年目に入る時に行うので、私は2回行ったが、そのどちらも春の季節を狙って帰国していた。ドミニカはカリブ海の島国なので、年中暖かい。そんな事で最初は暑いと思ってが、暑さに慣れて今度は寒さを嫌う様になった。人間の体は良く出来て居るもので、気候によって身体が慣れてくれる。ただ若い頃と年齢が行く毎に違って来てはいる。年齢が行くには、しょうが無いと諦めているが、それにしても暑さは堪える。今月は高齢者の方のお手伝いで病院の付き添いに行くが、別件で草取りと換気扇掃除の依頼があった。ただ、私達のお手伝いは自分の住んでいる近辺は行わない事になっているのである。どうしても近所だと、あまり親しくなると互いに慣れ合いに成り、問題が起きた場合に気まずくなるからその様に社協が決めている。だが草取りと換気扇掃除は、私の住んでいる町内会なので依頼が来るはずが無いが、依頼が来たのである。社協側は依頼しやすいのと、手早いので私に依頼したのであろうが、私は同じ町内なので断ったのであるが、「誰も居ないなら受けます」と余計な事を言ったら、最終的に受ける人がいなくて私の所に来てしまった。この暑さの中での草取りはキツイだろうと思う。どうも私の悪い所で頼まれると嫌とは言えない。結果的に今月は二人の方の、お手伝いになってしまった。暑さ対策を行ってこなそうと思っている。
2015.08.04
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今回の安保法案は政府の説明では、国民は理解出来ないであろう。ましてや弾薬は武器では無い等と言っているようではお話にならない説明である。この程度の知識で政治家であります、大臣ですと言うのが日本の政治を行っているのである。弾薬が武器で無いなら、鉄砲も武器では無いであろう。ただの穴の空いた鉄の筒であり、大砲も同様である。確かに別々なら武器にはならない。だが両方揃ったら武器であり、人を殺すものである。こんな事書いたら「言葉狩り」と言われるが、常識的に考えても弾薬の供給は武器を使う為でありそれを武器ではありませんとは、無理があるであろう。そうなれば日本で弾薬を中国や北朝鮮に輸出したら武器を輸出した事にならない事になる。どう考えてもおかしい。今回の法案を通す為に、その様な説明で国民を愚弄している。この様に考えると政府は。この法案はアメリカとの約束事でありどうしても通して行きたいと思うのであろう。完全に日本政府はアメリカの属国政府に成り下がった。国民には説明出来ないが、アメリカとの約束でありそれを通しました、私達は貴方達の家来ですと言っているのが日本の政府であろう。これではアメリカの属国である。植民地までは行かないが、親分にオベッカを使う子分が日本政府であろう。これで平和憲法を維持して来た日本国民を裏切り日本も戦争をやります、若者の命と引き換えにアメリカの言う事は聴きますと言う態度である。政府が説明する毎に、日本国民は誰の為の法改正か分からない人が多くなる。ここまで来た責任は国民にもあるが、国民に説明も出来ず、私達は政治家ですと言っている与党の連中を選んだ選挙民は本当に今回の安保法案をどう思っているか聴きたいものである。自分たちの孫や子孫が戦地に行く事になりかねない法案を作り上げて、こじ付け的な説明を行い、政治家ですと言っている人達に疑問を感じないのであろうか?政治家なら与党の中からでも、反対論が出てもおかしくないしこれだけ国民が反対しているのに、与党議員は賛成します。これが政党政治ですから、反対出来ませんと言っているのが与党の政治家であろう。ここまで政治とは何か、憲法とは何か、誰の為に政治を行うか分かっていない人を、選んだ国民が最終的に責任を取る事になる。これが日本の政治であろう。今や国民は憲法にも、守られない国民になった事を自覚すべきである。
2015.08.03
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SNSで学生が安保法案反対のデモに出ると就職や結婚に支障をきたすと騒がれているが私達の時代なら分かるが、現代では考えられない発言であろう。最初の発言は私達年代の方が行ったのであろう。それが発端であろうと思う。確かに私達の安保闘争時は、その様につぶやかれ実行された。それは日本が経済発展前であり、企業も労働者の団結に対しては圧力を掛けていたし、企業発展の為には障害になると思われて、デモ参加者は企業から嫌われた。私も企業に入り若者グループを作った事があり、私のブログを読むと分かるが、どちらかと言えば左よりの考え方が強い人間であった為、グループの会報に「経済主義と共産主義」なる事を書いたら、会社にバレて、会社を辞めるか、グループを解消するかと言われた事がある。確かにあの頃は、企業は会社に組合を作られる事を嫌いその様な人間に対して排他的であった。だが現在は企業も安定し、労働者の権利もあって無いような社会情勢であり、まずデモに出たから採用を控える事は殆どの企業は行わないであろう。私達の時代もデモに出て、それを隠して企業に就職した人ほど企業戦士になった人達が多かった。それはそれなりの信念を持っていたから、仕事に対しても真剣さが出ていたのであろうと思う。むしろ今の若者なら、デモに出て自分なりの主張をする方が仕事に対しても自ら進んで行うので、使える人になるであろう。優柔不断な考えで、就職する人よりは、企業側も使い方によっては実績を作る人物になると思う。今回のSNSでの発言の発端は、私達時代の年齢層であろうが今や時代が変わり、未だにその様な発言している人が多いから民意が反映されない政治家を選ぶのであろう。これでは日本は変えられない。時代を読んで、今の若者に考えさせ、行動させるように私達世代が考えて行く時期に来たのである。むしろデモに出ている学生は、日本の将来的には有望な人材になるように思う。企業もデモに出たから採用しない等と言っている企業は伸びないであろう。今や若者が声を出してデモ等に参加する時代になった。これは喜ぶべき事のように思う。私達の時代は弊害があったが、現代は歓迎すべきである
2015.08.02
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私が良く書く、政党体制の事であるが、政党体制が問題なのは、体制の古さを維持した固定化により体質的な物が、昔のままになっている部分が多過ぎるのであろう。若い人が選挙離れと無党派層が多いのは、政党体制の古さに問題があると思う。党の組織は昔の利潤を求める人間が多いのであり体制自体の考え方も、良き時代の日本であった党体制の時の連中が牛耳っている為に、改革が行われない。現在の与党体制を見ると分かるであろう。何か問題があれば金で解決、これは日本が経済的に潤っていた頃の考え方である。今や世界的に経済が、問題が多い時に、今だ、一昔前の考え方で政治経済をと訴えているような連中が、政党を牛耳っているのであるから、若い人が伸びない。同時に国民の与党を支持する年齢層も高い連中は指示するが若い連中は指示が少ない。それは古い体質を改善しようとしない事にも若い人の支持できない原因である事を気が付いていないのであろう。選挙自体が若年層の投票率が低いので、与党は多数を取れているがこれから選挙権が18歳以上になった場合は変化が起きるであろう。それは今の政党体質では、若い人に指示されない確率が高い。今までのように高齢層の投票と、宗教団体の票を充てにして現状の党体制を維持して行ったら、与党は滑落すると思う。一時、橋下氏が出た時に相当な人気があった。同時に若者にも無党派層にも支持された事がある。それを考えて見ると、彼が言っていたのは、改革である。今の古い体質を維持していては、次に問題が出て来ると訴えていた。それが多くの支持者を得た事を考えると、今のような、古い体質を維持している政党は魅力が無い。変えようともしないで、現状維持、時代の流れも分からない連中が昔の良き時代に戻そう等と言っても、現実味が無いのである。それより現代に合った体制を作り、さらに未来を見据えた改革を考えて行かなければ、今の政党では若者の支持は得られないであろう。これはどの政党にも言えることである。政党の固定化された規則で候補者を出して、選挙を行ったら堂々巡りの政治が繰り返し行われるだけであり、そこには将来的な展望が無く、タダの現状維持と今までの年齢の高い支持者だけの選挙が行われるだけであろう。今や声高に改革を実行して行く政党でなければ、堂々巡りの政治が行われ、何時まで経っても独立民主主義は日本にはやって来ないであろう。古い体質を誇示していては、日本は変わらないと思う。これからは改革を目指す若者を育てて行く時期であろう。
2015.08.01
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