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私がブログを書くが、メールには長文は書かない。メールの場合は連絡的な使い方しかしない事が多い。文面によって、それぞれに捉え方が変わるからである。私の気持ちは「喜び」を表したつもりで書いても相手によっては、人それぞれに捉え方が変わる場合が多い。それは相手の体調や、今、置かれている環境によっても捉え方が変わる事がある。相手からすると文面によって捉え方が変わりこちらの伝えたい事が、違った風に捉えられる事が多々ある。私も同じで、今までの経過などを考慮した場合は捉え方も変わるし、短文的の捉えると、今までの経過が分からないので、捉え方が変わる。だから私はメールに関しては、短文で連絡的な事しか書かない事が多い。SNSも同様に私の場合は短文的に書く事が多い。ただ海外の友達とは連絡だけでなく、心境等を書くので多少は長くなる事が多いが、日本語のように言葉が多種多様な捉え方をしないので、長文でも問題が起きる事は少ない。日本語は多種多様に捉える言葉が多過ぎるのでどうしても言葉を選択しなければならない事が多い。前回も、その様な問題が起きたが、最終的に話し合って互いに理解し合えたのであるが、メールのやり取りだけで行っていたら、理解出来ずに終わった可能性が高い。これは今やNETの発達と供に、メールで事を終わらせる事が当たり前に成って来ているのであるが、この状況は別な面で人間的な部分で、何かが欠如しかねないと思うのである。人はあくまでも対人間と相対して理解して行かなければならないのであるが、それが現代ではメールのやり取りで終わらせる傾向が強い。これによって連絡的に使うなら、それも効率的に問題は無いが、人間同士の友情などで使うには多くの問題が出るであろう。だが、それがネット社会では、当たり前に成って行っている事に、誰もが考えていない傾向がある。頃である。また、教育でもネットが当たり前に成りつつある事に対人間教育が欠如する事を、今の教育環境は省庁も考えが浅い事を感じてしまう、今日この頃である。
2015.09.30
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昨日はブログを休んでしまった。高齢者のお手伝いと、肩の痛みが取れない部分があり高齢者の方とは前回行ったのであるが、再度の要請で今月は2回目(普通は1か月1回)になってしまった。どうも今月はお二方に2回の要請があり、何時ものパターンとは違う形に成っている。これも自分なりに墓穴を掘って居る部分もある。どうしても相手の立場を考えて行動すると、私の悪い癖で余計な事を言ってしまうのであろう。別な部分では信頼されているからと自分なりに解釈しているが、本来は自分の体調も考えて行動しなければならないのであるが、それを疎かにしているのである。これは私が育った時代背景が影響している。私達の育った頃は「我慢しなさい」「勿体ない」が当たり前の時期であった。それが自分に染み付いているので、その様な行動が自分では自然な行動であると思っている。今回も肩の痛みで病院には行ったが、一向に痛みが引かないし、時間が経つ事に増す部分がある。肩だけで数回診察して貰ったのであるが何か治ると言う傾向が見られず、むしろ悪くなっているのである。本来なら、この様な状況であれば、高齢者に頼まれたら断るのであろうが、互いに信頼関係が生まれるとどうしても、そちらを優先してしまう。これが私のパターンであり、嫌とは言えない性格が出ている。ただ今回は、前に行った方の今回以外の方から再度の要請があったが、そちらは断った。それは、前にも書いたが近所にお子さんが居るのに要請されたので、今の時代の典型的な家族の繋がりが無い事を私は危惧したからである。今は核家族化が進み、都会では特に親に対する子供の対応が気薄に成って来ている。今回の要請もお子さんが働いて居ても、休みの時でも出来る範囲なのであり、それもしないで他人に頼む事は、家族としての絆が薄いと思ったからである。今、政府や官僚は高齢化対策などと言っているが対策に対する予算は削減して置いて、口先だけの高齢者対策と唱えているが、現在は高齢者の負担も前より多くなり、逆に年金等は目減りしているのでそれをバカな政府は三本の矢等に例えているが逆な事をやって居るのと、官僚の教育方針に関しても親子の絆の部分が蔑ろに成って居た為にこの様な高齢者に対する社会情勢を作り上げて来た事に気が付かないのであろう。私は近所にお子さんが住んでいる方に対してはお手伝いを断る。これはその様な方より、遠方で見守れない方であればどうしても大変であるから見てあげる事や話し相手になる事は吝かでないが、近所に居る方は親子の絆をもう一度考え直して貰いたいいので、あえてお手伝いはしないし、して行こうとは思わない。ただ話し相手なら吝かでは無いが?
2015.09.29
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日本の政治家の劣化を招いたのは、国民にも責任があるが最大の原因は、政治家自身であろう。今回も安保法案の可決に伴い、第二次何とかのミクス等と言っていて、経済優先で国民の心を戻そうとしているが安保法案で国民を説得できない連中が、言っても国民は誰も実行出来るとは思わなくなったと思う。本当に国民の事を考えているなら、安保法案も強行に通過させないで、国民に説明して納得させてから可決させるであろう。今回の問題もそうであるが、現政府が選挙の時には経済最優先を掲げていた事で、ある程度の議員を得た事でありそれが安保法案可決で支持率低下に伴い、その法案が強行に可決されたら、今度は民意を考えた事を言い出して来た。この政権はバカでないかと思ってしまう。その前に、前に言った経済政策が、どの様に成っているかを検証してから言えと思う。前の政策もうまく行っていないのに、またもや経済政策を打ち出し、私達は国民の事を考えて行動しますと言っても遅いように思うし、そこまで国民を愚弄する政治家に対する国民の目はバカでないと思う。現政府が安保法案で防衛費予算を増やし、福祉高齢に対する予算は削減して置いて、三本の矢は経済・福祉等と言っても何のこちゃと思うのが国民であろう。完全に支持率低下を意識して、民意に背いた法案を可決させて次は支持率を上げようとする、誰にでも分かるバカな政策を掲げているだけである。これでマスコミが世論調査と言って、少数の意見を取り内閣支持率のアップを報道したら、マスコミ自体も国民は信用しないであろう。ただ、それを遣りかねないのが現政府であろう。そうなるとマスコミは政治家の宣伝役であり、真実の報道など無いに等しい事を証明する事に成る。これで、まだ次の参議院選挙で与党が勝ったら日本国民は自滅の道を選択した事に成り、日本の将来は危機にさらされるであろうと思う。本当に今回の政府が掲げる政策に対して、国民は目を開き、政治家自身の責任を問うまでに発展させなければ、日本の政治は変わらないし泥沼化は避けられないように思える。政治家に責任と言う自覚と、民意を考えた行動を取る人達を国民は選択して、日本の将来像を託さなければならない事を国民自身が考える時に来たと思う。
2015.09.27
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又もや“何とかのミクス”言って三本の矢に例えているがこれがこの人の常とう手段であろう。だが、必ず経済関係と福祉関係等を言うが、経済も言った事と実際の動きが違い、経済界には問題は無いが、一般庶民には何の効果も感じられない状況である。むしろ生活が苦しくなった感じがするとの声が多い。これは貧困格差が広がる事に成って来たのであろうと思われる傾向が強い。同時に経済が不安定になり、色んな面で格差が広がり、政治への不満が出て来るであろう。内閣支持率の低下等や選挙の時には、今のような言葉が必ず出て来るが、それを繰り返せば国民を騙せると思っているのであろうが、一度使いその効果が出なければ、また始まったと国民は思うだけであろう。国民の弱い部分を突いて指示を煽るのが政治家であるがそれを何ども繰り返し来た事によって、国民の政治不信を生みだしている事が分かって居ないのであろう。確かに政府の言葉で一時的に経済は動くであろうがそれは最初だけであり、継続しないで経済が下降すれば国民は選んでしまった政治家に不信感を持つが政治家は当選すれば先生であるから、当選優先の言葉で選挙民を騙す事に成る。そこ繰り返しが選挙の投票率にも反映して、今回のような状況を作り上げているのである。政治家は、これが目的で公約とホザクが、それに騙される国民もおかしいとは思うが、最終的には政治家の思惑通りに事が進んでいるのであろう。政治家は言葉を操り、それによって選挙民の心を引きつけるそれは当たり前の事であるし、言葉で説明する事によって分かって貰えるが、そこには言葉と同時に実行が伴わなければならない事になるが、それが出来ていないのが政治家である。これは当選すると党の思惑で動く事しか出来ないイエスマンに成ってしまい、次の公認・当選だけを考えて行動するから、自分たちの言った事は蔑ろになるのであろう。これでは政治家では無い、サラリーマンと同じ事である。企業は利益を生み出す為に企業の方針を作りそれに従うのがサラリーマンであるから、同じ事を日本の政治家は行っているだけで、政治とは何かを知らなくても良いのであろう。だから人気投票的な連中が公認されて、当選すれば党の方針に従わせて、数だけ揃えれば、民意など伝えなくても、いいと考えているのが党の幹部である。この状況を考えて、国民は政治の向かって行く人を選んで行かなければ、日本の政治は変わらないと思う
2015.09.26
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現在の政党政治にも陰りが出て来たのであろう。今は自民党が大多数を占めているが、それも投票率の低さと選挙制度の問題点から現在の現象が起きているのであろう。同時に国民の、政治に対する無関心さが重なりこの現象を起こしている。まず、国民の政治に対する考え方を修正しなければ政治家のやりたい放題は変わらないであろう。また、今の政党体制にも問題が多い事も確かである。今の政党は日本経済の発展と供に、伸びて来てそれを継続し、内部的にも派閥化が進み、その派閥が問題視されると、派閥を陰に隠して同じ事を行い、改革や革新を行ったような素振りだけで内容は何ら変わらないのが政党体制である。戦後の発展期の頃は、国民も政治に関心が強い時代なので労働者側と経済界側の、せめぎ合いがあり、それぞれの政治家を擁立していたのである。だが日本の経済の発展と供に、その図式が崩れて保守政党が台頭して、国民も諦めムードになり現在に至ってしまったのであろう。今、野党再編成などと言っているが、現在の野党では纏まらないであろう。昔のように国民を巻き込んで、国民から推薦されて出るような候補者を擁立出来なければ、今の野党は与党と大差ない政治感覚であるから、変わる事は出来ないように思う。そこには国民の政治に対する考え方を変えなければならない。今のように政治に対して国民の不信感だけが、先に立っているようでは、野党編成も無理であろう。一時、今の与党を、嫌って政権を国民は変えたがその政党が結果的には、前政権と何ら変わらず公約と逆方向を向いたために、一度で終った。今の与党が、問題が多いとしても、次に前政権の党を選ぶ人はいないであろう。裏切られた部分が大きいのであるから、だが、他に任せる政党も無いのである。私達の若い頃は、労働者階級から選出出来たが今の労働者に対しての骨抜き法案が多数で来ている状況では、それも出来ないであろう。そうなれば国民の中から選出するか、現野党の結束で対抗するしかないが、それも最終的には、分裂する可能性を秘めている。対抗できる野党を作るには、国民の今、上げている声を捉えて、それと同調して行かなければ野党編成は出来ないであろう。現野党は民意を尊重して、再編成を計るべきであると思う。
2015.09.25
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日本は、あの戦争(第二次)により、多くを学んだと思う。あれから70年の月日が経ち、戦争と言う悲惨な状況を日本人は忘れたのであろう。今、あの戦争の悲惨さを分かる人は少なくなった。私も戦後生まれであるから、実際の戦争は知らない。ただ、戦後の貧しい時代を知って居るのと戦後の経済発展で、日本が潤って来た状況を作る一部分の歯車であった事は忘れていない。だが、それが、私達が方向性を誤った部分があった事は間違いない事であろう。人は潤いによって、それに酔いしれてしまい過去の反省をしないで、次の潤いを求めた結果が今の日本のような気がしてならない。そこには戦争の悲惨さを忘れ、戦争の状況を知る人も数少なくなって、平和ボケして、外国カブレの日本人が出来上がり、経済発展を優先した為に、その為だけに働いて来た私達は政治や国際情勢も経済一片等に偏り、将来像を見失って来たのであろう。私は現状だけを考えている事が嫌いで将来的な事を考えながら動きたいと考え方であるが私自身も日本の経済発展で、それに酔いしれていた一人である事に気が付いた。だがそれを気付くのが遅かったのである。殆どの日本人は酔いしれ、同時に戦争の悲惨さを忘れ去り、諸外国の戦闘状況を他人事のように思い日本では起きないと、考えて来た事によって平和憲法を蔑ろにしてきた結果が、今回の安保法案を作り出し、武器輸出まで持って行ったのであろう。これは戦争経験が生きていないのと、政治家は経済発展だけを考えて、自分の懐を肥やすてくれる所の事しかやらない政治とは誰の為に行うかも分からない連中の集まりに成ってしまったのであろう。今は戦争の悲惨さを日本人は振り返るべきであろう。
2015.09.24
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これは経済界が安保法案に対して、ダンマリを決め込み何の発言も行わなかったのは、武器の製造・輸出があり経済界おいては儲け話であるからだろう。アメリカが良く国際警察と言って、諸外国で戦闘状況を作り上げていたのは、アメリカの経済が悪くなると行っていた経済を立て直す手口であった。アメリカは幾度も、その様にして戦闘状況を作り経済を立て直して来た事は知る人は知って居るであろう。今回の安保法案の可決ともに、日本は武器の輸出も可能となった。武器は製造して輸出する事によって、雇用は生まれ高額な取引を行う事が出来るので、経済的効果が早く出て来る代物である。それを今回は、日本は安保法案と一緒に武器の輸出も解禁したのであるから、経済界は安保法案に対して利潤を生む事が出来るから何も言わない。これは戦前の日本と体制が似て来ている。今の政府が何故に安保法案と武器輸出をと思ってしまう。そこには政治家の金に対する執着しかないであろう。武器は高額であり、輸出する事によって大きな利潤が出る。そのオコボレを貰うのが政治家であろう。経済界は利潤を生む事が主であるから、利潤が出る事には何も言わないのは当たり前である。これこそが人間として愚かな事であるが、その愚かさを繰り返すのが人間なのであろう。政府は経済成長と、選挙の時に公約として掲げるがこれは昔から商人が、各藩の政治的要素を握って居たのと同じであり、財力で経済と政治を立て直して来たのである。それが庶民に行き渡る事で、政治の安定を計って来た。すなわち日本の政治家も官僚も景気を良くする為には経済界を頼るしかないのである事は、考えると分かる。今回の武器輸出に関しては、経済界も歓迎しているがこれは手っ取り早く儲かるからである。それを容認した政治家や官僚は自分たちに金が入り自分たちも潤うから、日本の平和主義の戦争放棄を周りから崩していっているだけであろう。そこまで考えない国民は、経済が発展すれば、生活が潤うからという、単純な考え方で政治家を選んでいる。今回の武器輸出には経済界も絡み、利潤が早く求められる為政治家と官僚に対応したのではないかと、私は考えるている。だが、そこには戦争や戦闘的な物が無ければならない。今や世界は特定地域で戦闘が行われている。武器を使うと言う事は、人の死に繋がる事でありそれによって人の死と武器を作り、輸出する事は日本の経済界も戦闘や戦争に加担している事に成る。これを承認した日本政府も極端な言い方をすれば戦争容認を行った国と、世界に宣告したも同じである。そうなると日本の平和憲法である戦争の放棄は?何処に行ってしまうのであろう。日本の首相が平和主義などと国際的に言っても行動は戦争容認と何ら変わらない事を行っていて平気顔して国際的平和主義などとホザイテ居る。私からすればバカかと言いたい。武器を製造輸出する事は、戦争を容認したも同じである。日本の戦争を放棄した憲法の元では言える事ではないしやれる事ではない事ぐらい分かるであろう。それも分からないのであれば政治家ではない。ただの金目当ての経済界の小間使いなのであろう。今の政治家は、銃弾は武器では無いとか言っているのであるから、話にもならないが武器を製造輸出すると言う事は、人が死ぬ事に加担している事くらい、誰でも分かるであろう。武器を使うのは遊びで使う人はいない。戦闘や戦争の為に使う、それは人が死ぬと言う事である。その道を進みつつあるのが日本のような気がする。国民もそれを理解して行かなければならないと思う。
2015.09.23
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自分の、いたらなさを感じた。私の性格は、やるなら最後まで、やらないなら手を出さないが信条なのであるが、それも自己中心的な考え方であろう。今回は、相手の事を分からない自分が、居る事に気が付く事が遅かったと思うのである。相手とのズレがある事は当たり前であるがどうしても、自分で考えた行動が先に出てしまう。相手を思いやると、尚の事、その様な行動が出るが相手の事を全部理解しているなら、その行動も生きるであろうが、人間は相手の全部を理解出来るわけがない事は分かっているのであるがどうしても自分主導の行動を取ってしまう。同時に私は駄目だと思うと、そこで諦めて行動を止める。相手が受け入れないのに無理強いしたくないしそれなら違う事を行う方が良いと思ってしまう。だが、それは自分中心で考えている行動なのであると今回は反省している。もっと深く追求してから決断すべきを、私は数回の相手の行動で判断してしまった。これでは私の信条などと、生意気な事が言えないと思った。最後までやる上でも、相手が受け入れてくれなければ止めるべきという考え方で、自己判断が誤ってしまい、もっと深くまで入り込まないで、判断した自分が今回である。これこそが自分の嫌う自分勝手である。私は相手に対しては誠意で接して、分かって貰う事が必要と思って、跳ね返されても幾度か向かって行ってそれで駄目なら諦める。それが私の人に対する接し方なのだと思っていたがそれは自分の生意気な考え方であると思ってしまった。悲しいが私は未熟者なのだと痛感させられた。相手の深い所が私には分かって居なかったし分かったつもりでいた自分が恥ずかしい。ただ、相手とは今回、話をして理解しあえたので、それは、ほんの一部であるから、これからもっと向き会って互いに理解を深める事に邁進しようと思っている。人間は学んだつもりが、それは学びでなく成長過程の段階である事を痛感した。まだ、まだ、未熟な自分を感じてしまった。
2015.09.22
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今回の安保法案が可決成立した。国民の大多数が理解出来ないままや、反対の立場にあるのに、政府のアメリカとの思惑だけの法案のような気がする。どうも解せないのは、与党の政治家連中である。一国の首相が国内より先に海外で表明して来ているが先に日本国民に説明納得させてから、海外で表明するなら分かるが、その逆の行為を行い先に海外で約束して、今回の結果である。この様な重要な法案を国民にも理解させずに海外で約束し、それから日本国民に理解させようとする事事態に政治家としての問題がある。基本的に政治等が分かって居ないのであろう。政治家家系で育って、おぼっちゃまであるだけで政治家として担ぎ上げられ、政治は誰の為にやるか同時に庶民の生活も分からないのであるから政治を行う順序も分からないのであろう。この様な人を選んだ選挙民も問題がある。これこそが封建制度の世襲制度を、そのまま行っているだけであるので、力とお金の世界が政治である事を証明している。特にこれは地方では、当たり前に行われているのが日本である。今回の法案可決までに与党議員の横暴な発言等を聞くと、この連中が日本の政治家なのかと疑問を持つ。誰に選ばれて、誰の為に政治を行うかが分かって居ない。ただの税金泥棒も同じであり、将来の日本を考えもしていないし民意等も考えるだけの能力があるのかも疑わしい。今回の法案に対して与党の議員は、何をしていたのか自分なりの考えも、選んでくれた人達の考えも伝えないで私は政治家ですと言っているなら、ただの職業としてしか考えていない人達であろう。こんな連中だと企業で働いたら、イエスマンで使い者に成らない社員であろう。言うなれば、政治家はイエスマンの集まりで、次の選挙しか考えていない事が明らかに成った。本当にこの連中は政治家なのであろうか?与党の議員から、これだけ国民が反対している事に対しての民意等伝える出て来ない事に疑問を感じる。それは同時に自分の意見も言えない事と同じであり政治家としての自覚の無い連中である事が分かった。特に与党議員の政治家自覚が無い事には空いた口が塞がらない、本当に自分で当たり前な事をやっていると思っているのか疑問に思う。これが日本の政治家では政治の劣化も当り前であろう。
2015.09.21
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最近は人の話を聞く事が多くなった。これは被災地に行ったりしていると、聞き役も大切であると感じるのである。また、地域の高齢で介護が必要な方のお手伝いも行っていると、聞き役に成る事も多い。どうしても一人暮らしが多いのと、家に籠っているので、話し相手が居ない為に誰かが来ると話したいのであろう。これは高齢になると、どうしても年代のズレがある人よりは年代が近い人の方が話の中に、入っていけるからなのであろう。ただ、そこには経験値が違う事も多々あるが聞く私には物珍しく感じる事が多いし、それが次の別な方との交流した場合に生きる事が多い。私は自分なりの経験はしているが、別な経験をしている方の話を聞く事も面白いものであると感じる。人はそれなりの経験と言うものを持って歩んで来たのであるから、違いがある事は当たり前であろう。だが、別な部分で宿命と言うか、運命と言えば良いのか分からないが、私が再会した人との歩んで来た道が何か互いに近くに居ながら、すれ違いがあった事を今、話していると分かって来たのには驚いている。本当に再会した人と、私が仕事をしていた所が近かったり、住んでいた所が再会した人の仕事場に近かったりしたのである。そこには何かの縁があった為に、今回再会したように思える部分が多い。本当に、すれ違ってもおかしくない程の距離でありながら今まで再会できなかった事にも驚いている。今は再会して距離が近くなったが、それも運命なのかも知れないと思えるのである。私は、どちらかと言えば現実主義者なので、運命とか、宿命とかは考えない人であるが、再会した人と話していると、本当に互いに至近距離で働いていたり、住んで居たりしたが、そこでは出会わなかったのが不思議なくらいである。だが、最終的には再会して、色んな事が語り合えるようになり何か互いに再会する運命を感じているのが現実である。これは私の歩で来た今まででは、考えられない事であり人生は異なものであると思ってしまう。こうなると人と人の結びつきは、何か不思議な物で結ばれているのかと思ってしまい、私の人生観を変えてしまう部分が最近の出来事である。
2015.09.20
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今や日本の政治家連中の劣化には驚く。日本の封建制度時代で、武士が政治を治めていた頃はそれなりに領民の事を考えて行動していたと思う。日本は民主主義と言われているが、私は日本の民主主義は封建的民主主義であると良く書く。これは明治維新が武士から起きていて、武士以外からの声でないから、武士主導の政治だと思っているからである。それは領主さまが一番であり、今は領主的存在の政治家は選挙民の事など考えていない状況で自分たちの利潤を求めるだけであり、それに群がる連中に担ぎあげられ、選んでくれた人達の事は二の次で党と言う中央組織のお伺いをたて、次の選挙だけを考えている。まだ、封建制度の時の武士は、責任と言うものを取った。その為に切腹までしたのであるが、今の政治家は責任の「セ」の字も分からないで、自分たちの失敗は他人に押し付けわが身だけを守るだけである。考えて見れば政治家は、昔で言えば武士である。武士はそれなりに責任を取り、それなりの行動を取った。だが武士に相当する現在の政治家連中のやっている事は責任は取らない、金がある人にはオベッカを使い国の借金が多くなれば国民に負担させて、自分たちの懐からは出さないし、お金の計算が出来ないのか国民の税金で遊行費や給与等は貰っている意識すらない。当選すれば先生と崇められ、それが当たり前であると思い国民を見下した行動に出る。民意と言う言葉が分からないのであろう。政治は誰の為にやるかも分からないでいる人達が日本の政治を変えますと、ホザクなと言いたい心境である。今の日本の政治はアメリカの顔色お伺い、アメリカの方向ばかりを見て、アメリカの属国化した国に成り下がったのであろう。今回の安保法案もそうであるが、どう考えてもアメリカ側の方向に向いて居ながら、政府は国民の安全を考えての法案ですと、取って付けた説明をしているが、これは国民を愚弄しているとしか言えない。今こそ国民は武士のような政治家を選ぶべきであり自分たちの利潤を追い掛ける連中を排他すべきであると思う。
2015.09.19
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良識の府と言われる参議院でも、安保法案が委員会可決された。本当に良識の府の役目を成しているのであろうか?委員長が言うには、話し合いは付きた。幾ら話しても問題は解決出来ないのであり参議院が衆議院の下部組織と見られるのは問題があると言っているが、参議院で討議されている間にも国会前で大きなデモがあった事で分かるであろう。それだけ国民が理解していないのに採決を行う自体参議院は良識の府では無く、ただの政治屋の集まりであろう。はっきり言って参議院は任期が固定化されているのでその間は、議員先生は国民の税金で給与を貰える。同時に人気投票的な議員も多く、この人達が政治を行う事に疑問に思う国民も多いように思う。その連中が討論しても結果的に60日決議で法案が成立するから問題は無いと思い可決したのであろう。また賛成した議員で、反対議員の抗議に対して「あれは8時だよ、全員集合」と同じであり、ただの茶番劇であると言うのであるが、本人自体も国民の民意も知らないで茶番をやって国民の税金で食べている一部であろう。今や日本の政治家が陳腐化した連中の集まりになり政治の「セ」も分からない連中の集まりに成り下がった。それを選んだ国民も問題があるが、無駄な税金を使うなら国の借金を減らす為にも良識の無い府は必要ないと感じるのである。ここまで日本の政治は陳腐化させた事を政治家も国民も考えて行かなければならない。国としての自主性を持たないで、属国支配的な政治を行う政府にも問題が多いように思う。あくまでも先に国民の理解を得てからが本来の政治であろう。他国で発言して密約状況を行う政治では属国政治であり、先進国の行う政治では無いであろう。その面も考えて、国民は政治に対して行かなければならない事を気が付いた今回の法案であったと思う。
2015.09.18
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昨日、前に行った方のお手伝いを行ったが色々な話をして、私の知らない事をお面白、おかしく語ってくれた。私もある程度の年齢であるが、知らない事が多いと感じながら、その方の話を聞いていた。どうしても一人暮らしになると、話し相手が居ないので私などが行た時に、話すのであろう。でも昨日の方は歴史が好きなので、色んな本を読んだり自分なりに研究しているので、話が面白いのである。私も歴史は好きなので、つい聞き入ってしまった。また、その方が研究した仮説などを聞くとなるほどと納得する自分が居るのである。そんな事でお手伝いの時間が、話を聞く時間と同じに位に成ってしまい、又この次に行く時に残った本の整理など行う事で約束して帰宅した。その方は目が悪いが、それでも色んな本を読んで研究しているので、本の数が半端で無い。また、私達の分かっている範囲を越した事を聞かせてくれるので、こちらが楽しんで来た感じがする。本当に色々な高齢で介護の必要な方達に、私は学ばせて貰っている。これも役徳かなと思う事が多い。同時に私も色々経験して来たが、マダマダ足りないしこれから学ぶ事が沢山あるように思えてならない。若い頃は学ぶ事など考えなかったが、ある程度の年齢になると、学びたくなって来た自分を笑ってしまうが、それも、これからのお手伝いする方との話題が増える事に成るので、それもありかなと自分で納得している。だから自分は聴き方も多少は上達したかもと思うが若い頃の自分だったら違って居たろうと思う。これらも学ばせて貰う気持ちで、人と接して行こうと思いながら、お手伝いを続けようと思っている。
2015.09.17
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最近感じるのは、学歴主義の弊害が出て来居るように思う事が多くなった。私達の時代は就職などで、学歴で左右される時であった。それを考える為に、良い学校、優秀な学校へと親たちは考えていたのである。その時代の流れがあるので、やもう得ないとは思うが、そこには人間としての教育を忘れかけていたように思える部分があったと思う。今の時代はその弊害が出て来ているのであろう。現在の親もそうではあるが、人を思いやる気持ちや労わりの気持ちを教える事なく、学力一片等の考え方が当たり前になってしまった。現在は人を思いやる気持ちが、欠けている部分を多く見る。人は互いに助け合う気持ちがあれば、そこには色んな面で交流や接点が生まれて、人としての心が見える物とおもう。だが現在は自己中心的な考え方が当たり前になりそれが当たり前に成っている為に、他人を思いやったり労わったりする気持ちが薄くなって来た。これは学力主義の弊害であると私は思うのである。国の教育機関も、それを管轄する省庁も学力主義で育った人達が働き、教育方針を作り上げている為に自分たちの受けた教育と同じ事を考えているから人間としての教育が疎かに成った為であろう。私は教育には人としての愛が必要であると思う。ただ、学力が高いから優秀だと言う世間一般の考え方の時代は、日本が戦後復興時期には必要であったがそれは、それとして人間としての教育を忘れて来た事も考えて行かなければなったのではないかと思うのである。今の日本で欠けている物は、人としての労わりや思いやりの気持ちであろう。確かに震災等では「絆」と騒ぐが、これは本来人間として持っている当たり前の心なのであり、誰しもが人間として持っている部分が出ただけである。本当の「絆」とは、自然に生活の中で出て来るものであるような気がする。それが今の日本では欠けている事が多いのが普通時の生活の場である。これは今までの教育方針に問題があり、同時にその教育方針に踊らされた家庭にも問題があると思う。これからは人間としての教育も必要であるし、その様に考える人が教育者として出て来てほしい。同時に家庭でも人間を思いやる気持ちを教えて行く事も必要な時期に来たのであろう。
2015.09.16
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ついに安保法案も可決の道へと進みつつある。この状態でNHKが内閣支持率等の世論調査を報道したが、内閣支持率が7%上がっているとの事である。私は疑問に思うのであるが、世論調査と言う名称自体に問題があるように思う。対象人員が1500名と言う事で、回答者は1060名ほどこれをテレビの報道を見ている人は、世間の全体を指すものであると思って見る人が多いと思う。これは世論調査と言うのではなく、一般一部調査にしか過ぎない。だが多くの国民は、これが世間での考え方であると思う人達が大多数であろう。私も最初の頃は調査人員が出ていない時は、国民がその様に思っている物と考えていた。だが、今や安保法案に関しては国民の大多数が反対であろう。その安保法案を推し進める内閣を支持する人達が増えているとは考えられないし、それを今の時期に報道する公共放送も信じる事が出来ない。ましてや調査人員の数も少なく、同時に悪く考えると調査人員の絞り込みの時に、調整できるのではないかと勘ぐってしまう。それ程、今の安保法案では反対者が多く、あれだけのデモを行うと言う事は、私達の時代の安保闘争以来であろう。その様な国民の反対運動の最中に内閣支持率アップと報道しても、これは政治的圧力で報道しているであろうと思ってしまう。私は元々、報道機関は政府の宣伝を行う所のように思っているし、政府の都合の悪い事は報道しないで都合の良い事だけを報道するのが、日本の報道機関である。私も海外で仕事をした事があるが、海外ではデモやストなどをテレビに毎日のように流すが、今回の日本での大規模デモも一部は流すが時間も短く、詳しい事は流さないし市民の声も付け足しで流しているだけである。まず選挙の時には与党等の都合のよい事は流しそれがこれからの選挙公約だと言わんばかりに宣伝する。そんな宣伝に乗って選挙民は投票する。すなわちマスコミも政治家の宣伝役であり、民意を伝える役目等はしていないも同じなのである。この現実が分からない為、国民に入る情報は報道機関の政治家用の宣伝文句がおもな為に、謝った選択をしかねないのが日本なのであろう。これは民意を伝えないマスコミには大きな責任がある。今回の世論調査なる言葉も、一部世論調査に変えて報道すべきであり、現実、本当に調査した人は一部なのであるから、世論の声では無い事を国民は知って次の世代の為にも声を上げるべきであろう。
2015.09.15
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人は生活の中で基準を決めて行くものだと私は思う。その基準の最初は自分たちの生活であり、次に自分の友人や親しい人達から知識を得て基準が膨れて行くものであると思うのである。その生活基準が他人と違えば、そこには摩擦が生じたり見解の違いが出て来る。それによって、それぞれが集団化するのが人間であろう。それが大きくなり国と言う単位を作り、それぞれの主義を主張し合うと私は思う。今の日本の政治体制は、その集団の主張が断絶している。そこには最初に書いた基準の段階が違う人達が政治を行っているからである。私は良く経験値と書くが、それは人の経験した内容によって相手に対しての考え方が変わるものである。今の政治家は生活基準も経験値も国民と違いがあり過ぎる。まず、生活基準が違っている為に、横柄な言い方をする日本の首相も務めた事もある、政治家が居たりする。彼の場合は国民との生活基準が懸け離れ過ぎている為にあのような事を言えるのであろう。はっきり言って、彼の場合は、“おぼっちゃま”生活しか知らないのであろう。それで政治家家系であるから選挙民が担ぎ上げて政治家に成ったが、彼は自分なりの考えは無くただ官僚が作った物を横流ししているだけなのであろう。この様な連中を政治家として担ぎ上げた連中もおかしいがそれに投票した人達も考えるべきであろう。今の政治家は私達一般庶民との生活格差が多い人が殆どである。これが続くと日本の貧困格差は広がるばかりであろう。国民も自分たちの意見を言える人を選び、一般庶民の生活基準で考えてくれる人達を選択して候補者にして行かなければ、日本国の将来は無くであろう。どう考えても今の日本の政治体制で行くと債務不履行国に成りかねない日本である。政治家たちは、金銭感覚は無いに等しいし、国際的に金をばら撒き、オリンピックと言って計画案を作成したが問題が起き、オリンピックの開催されている期間は経済効果もあるであろうが、終わった後の事など考えていない。国民の税金を使い、ばら撒きや将来的な事を考えていない現状であり、官僚も同様で、負担は国民に掛かるだけである。この様な現象を継続すると、日本の借金は膨れ上がり国民が苦しむ事になる。最終的には孫や将来の子供達に負担が掛かる事に成る。無駄な税金を使い、横暴な発言や民意に反した行動を助長させているのは国民の責任でもある。
2015.09.14
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ここの所、天変異変なのか、大きな災害が多い。今回の常総市は、私が教えていた頃の近くで多くの教え子が居た所で心配である。自分の身体が一つなので、動きが取れないモドカシサが、ある状態と気持ちであるが10月に、また南三陸に行く事に成っているので行く事が出来ない。お金持ちなら動きが取れるのであるが、その様な余裕も無いので、見守る状態であり悔しく感じる。この様に今や世界的に気候の変動が激しいのであり同時に国内では民意を反映しない政治が横行している。政治家は災害が起きた時に顔を出すだけであり私から見るとパホーマンスを行って、次の選挙の為だけにしか見えない。本当に地元の事を考えているなら、一緒に災害のお手伝いをして、どの点を改善すべきか等を見て、それを国政の場で言うべきであろう。今や政治家は政治とは何かを分かっていない人達が殆どであり、それを選んだ選挙民も同罪のように思えるのが日本の政治体制であろう。また、長きに渡った政党体制にも問題がある。利権をむさぼる為の、公認候補を立てて投票を依頼し、それに反発する住民には、村八分的行為を行うそれが当たり前だと思っているのが政党であろう。今回の与党の総裁候補も、独裁的なやり方で対立候補がでないことになったが、今や政党体制も古狸議員が昔ながらの体制維持を行い、出る釘は打つ、それに逆らえない議員連中は民意等伝える意思も無く、ゴマすり状態で次の選挙のみを考えている選挙屋と言う職業意識しか無い連中の集まりが今の国政の場であろう。これでは日本の行く末は、どうなるのであろうかと思う気持ちが強いが、ただ、国民もそれに気が付きだした事に多少の救いがある。これを持続する事の大切さを国民は行うべきであろう。
2015.09.13
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改正派遣法とは、企業優先で出来た法案であろう。この派遣法自体が、労働者側の事を考えていない。私達の若い頃は、労働者の権利を主張してそれなりに政治にも反映されていた。バブル時から政治家達や官僚は企業の方向を向き労働者側を蔑ろにして来たのである。確かに政治家や官僚に金が入るのは企業から出あり選挙資金も政治家に入る為に、企業優先を行ったのが政治家連中である。それが問題で政党交付金が制定されたがそれも、いい加減であり、使途不明状態なのが政治家連中である。時代の流れかも知れないが、労働者の権利が阻害されて来た感じが否めない。これは私達が政治に対して無関心を装った事と日本の経済発展が目覚ましく早かった為に労働者の権利を主張しなかった為であろう。私達の時代は労働者の権利を考える政治家も居たしその人達を送ったり、組合活動を行って来た。その組合活動も、何時しか企業の言いなりに成った御用組合になり、労働者の事を考える政治家も居なくなり組合組織も企業側に言いなりに成ってしまった。同時に政治家は選挙用の得票の為に組合を利用それに乗っかり、労働者の権利より政治家の利用を考えた連中が組合幹部に成り、今があるのであろう。基本的に労働者が自ら、権利を放棄した為に企業側重点の法案が出来たのであろう。今の法案が通った状態では、これからの日本の経済の発展は見込まれないであろう。企業は人で成り立っているが、優秀な人材が育たなくなる事は目に見えているし、簡単に人を変える事が出来る企業は、人を育てる事より利潤を重点に考えるであろう。使えなければ変えれば良い、育てる手間が省ける。だが長い目で見ると、企業はそれによって頭打ちに成りかねないように思う。優秀な人材は、これからは取り合いになるし優秀な人は、次のステップを狙い、企業に留まらないので、企業の技術力も低化する事も考えなければならないリスクがある。また、これからは労働者の権利も復活させなければ日本は貧困格差が広がるであろう。
2015.09.12
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消費税還付法案の馬鹿さ加減に驚く。まず、犯罪を増やすだけであろう。これ程、官僚が何も情報問題を考えていないでこの様な案件を出し、それをただ横流しで応じる与党政治家のいい加減な事に腹立たしさを感じてしまう。マイナンバーカードを使い、ポイント制にして銀行振り込み、高齢化した日本ではその制度を犯罪に使って下さいと言っているようなものであろう。マイナンバー制度も情報の漏えいを考えていない部分が多いのに、それを利用して今度は消費税還付に使うとはどう考えても解せない部分が多い。本当に、この連中でマイナンバーや消費税還付等の情報関係を任せて良いのか疑問に思う。まず情報関係が分かっていない。また、情報データが漏えいした場合の怖さも分かっていない連中である。本当に反省の出来ない責任感も無い人達であるように思えてならない。責任を取ると言う事が無いから、この様な穴だらけのシステムを作るのであろう。前にも書いたがシステムは委託した会社が作りそれを官僚が名目だけのチェックを行うのである。また、システム案も委託された所が作成する。今回の消費税還付に関して、小規模な商店等は機器の設備等に、お金をかける事が出来ないであろう。そうなれば税金を使い、機器の貸し出しか機器を与える事になるが、その機器を使う事も考えてやらなければならない。はっきり言って、消費税還付システムは資金的にも問題があり、情報漏えいにも問題があり第二の振り込め詐欺問題に成りかねない犯罪を引き起こす可能性が大きい。その様なシステムを財務官僚が提出しても何の疑問を持たない無知な政治家連中達に呆れる思いである。これでマイナンバーシステムを色んな面で使う事になると、確かにデータとしての重要性は増すが、漏えいした場合のリスクも増す事に成る事は、誰が考えても分かる。何回も書いているが、データが多いほど業務の簡素化に繋がるが、それと比例するほど危険性も高まるのである。またデータ量が多いほどシステムが複雑化するのでシステムの修正も難しくなり、問題が起きた場合の対応が遅くなる。ましてや情報漏えいに対しての対策も遅れる。これはシステム関係に携わる人なら分かるはずである。今回の消費税還付システムの行方を見守りたい。それによってはマイナンバーにも大きな問題が生じる事に成るであろう。
2015.09.11
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生きている上で、戸惑う事が多い。自分では予想が付かない事が起きたりする。最近も自分では思いもつかない事が起った。若かりし頃の思い出の人と再会した。何かしらの運命的な物があるから、再会できたのであろうと思う。人は性格的な物は変わる部分は少ないであろう。だが、色々な経験から、自分なりの道を新たに作る事が出来ると思う。それは多くの人から学ぶからであろうし学ぼうとするから変化が出来ると感じるのである。私も色々な人から学んで来たと思っているし、学ばせて貰ったと思っている。だが自分自身で学ぼうと言う気持ちが無ければ今の私は無いであろうし、再会した人と会わなかったであろうと思う。その様に自分なりの歩んで来た道から繋がりが出来それが自分の新たな力になるのであると思うのである。そこには自分なりの反省もあるから、自分を新たな部分で、成長させられるのであろう。自分を成長させられる事によって、人への思いやりや労わりの気持ちも出て来て、また、新たな自分が出来上がる。その繰り返しが、人の歩む道であろう。人には完全はない。人は不完全だから、少しでも完全を目指して進む。その心構えを、今の私達年代が教えて来なかった部分が沢山ある事によって、今の社会や政治に出てしまっている。政治でも完全は無い、無いが反省や責任はあると思う。問題が起きた場合は、反省して責任を取る事が大切であるが、それが出来ていないのが今の日本であろう。原発事故しかり、安保法案しかり、戦後の反省から平和憲法を維持して来たが、反省も責任も取らない連中が政治家であり、それを操る官僚である。このままの状況を続けたら、今の若者が育った時には日本はどの様に成っているのであろうか?そこには国民にも、責任がある事を考えるべきであろう。私達世代が色んな面で反省する事が多い時代に成った。私も同じであるが、少しでも自己反省をしているから思いがけない人と再会して、許されたのだと思う。我々時代の反省と責任は、我々が取らなければならないと思うのである。
2015.09.10
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人の生き方は、それぞれであるから経験する事もそれぞれであると思う。その中でも同じような経験する人達も多い。被災地の方々は、あの大震災で同じ経験をしている。だからそれなり互いに分かり合える部分も多い。だが、都市部の集合住宅(団地)になると、その状況が変わる。個々の経験が違う為にまとまりが無い。また、個々の経験で自分を主張する傾向があり個人的に好き勝手な事を言ってしまう傾向がある。被災地で仮設に、私は行くが、あの方達と私の住んでいる団地の方達を比較するのは問題があるが互いに助け合う事に対する考え方の違いが顕著に出る。確かに都市部は交流と言う部分で欠如している事が多いし、自己主張も多い為に纏まる事が出来ないのであろう。被災地の場合は、あの大震災を互いに経験しているから分かり合えるが、都市部の場合は個人的な事を主張する人達が多いのはしょうが無いと分かっているが。だが高齢化や孤独死などで、互いに助け合わなければならない状況に世の中が成っているのであるから全体的・総合的に考える時期に来ているように思うのである。それが前にも書いたが、「今までがそうだから」で終る。同時に自己主張が優先に成るのが都市部である。これは仕方が無いとはおもうが、時代の流れと核家族化の問題から出たのであろう。ただ、そこには思いやりや優しさがあれば救われるのであるが、それも都市部には欠けている事が多いように思えてならない。私の住んでいる団地でも、私からすると全体を考えるべきと思う事が多いので、つい私は口出しをしてしまう。だが高齢化は進むばかりであり、多少なりとも纏まる事や対応策を考えて行かなければならない時期に来た事を痛感するが、ここまでになってからではまとめるのに時間が掛かるであろう。行政も今に成って動き出したが、遅いように思う。行政の考えや行動が遅いのは、分かり切っているが。
2015.09.09
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今の日本の政治は意味不明な事が多い。政権与党は国民が、反対している安保法案を可決しようとしている。日本であれだけの大きなデモを行ったのは私達の時代の頃、安保法案反対であった。同じくして今回も安保法案であるが、与党はデモに対しては、あれは一部の人達と言っているが報道機関の世論調査でも、反対が賛成を大きく上回るのである。確かに今回の安保法案は日本が維持して来た平和憲法を変える可能性がある事は間違いない。同時にアメリカの弱体化を補佐しようとしている事もはっきりしている。また与党は数の論理を民主主義であるかのように振る舞って、民意を無視して、強行に法案化を進めているが明らかにアメリカの言いなりに成っているし、アメリカの属国化した政府である事は間違いない。この様な現状を作り上げたのは、国民にも責任がある。これだけ横暴な政権運営を行う政府を作り上げたのは国民が選んだ議員達なのであるから、それを国民も自覚しなければならないであろう。まず今回の法案を政府が強行に採決したら議員連中を選んだ選挙民の孫たちが戦争に巻き込まれまた、アメリカの属国としてテロにも巻き込まれる事を覚悟しなければならないであろう。ただ、今回の政府のやり方で、国民が政治に対して目を覚ましつつあるが、これも日本人独特の熱し易く、冷めやすい性格で、このままで終わる可能性も高い。はっきり言って、今の政治家連中では、これからの日本を、立て直す事は出来ないであろう。国民の税金で政治を行っている事を、政治家に知らしめて、無駄な政治家を選ぶ事を避けなければならない。政党交付金もそうであるが、どの様に使っているかも不明であり、どの様に誤魔化しても罪にはならないのは国民が何も言わないからである。それこそ政治家は税金で給与を貰っている自覚がない同時に選挙で金の問題が起きた為に、改正した政党交付金も、税金だと思っていないで、勝手に入って来る、お金感覚であり、使途不明が当たり前である。これを年間300億以上が国民の税金から出ているが議員連中は遊行費等に使い、使途不明でも何の責任も無いのが現状である。今や日本は借金大国になり、その借金の為に国民に増税させ議員連中は憲法違反の人数は、10増10減等と国民を愚弄した事で誤魔化して、手先だけで一時的にやっていますと言う態度である。国民も今回の件で政治に対して関心を持ちそれを持続させる事が大切であろう。また、政治家の伝達役にしかならない、マスコミに惑わされる事なく、考えて行く時期に来た。
2015.09.08
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どうも私の性格は、お節介焼きなのであろう。これは母の性格を引きついた部分が多い。私は、実行もしないで、口だけを出す人には反発してしまう。物事を実行して状況を把握してから、口を出せと思ってしまい、口だけの人には相手にもしたくない。この様な性格なので、団地の自治会などでもグチグチ言い出すと、面倒だから結論的な事を言う。これも私の悪い所で、経過を説明してから結論を言うなら理解出来るのであろうが、説明しないで結論を言うので、誤解されやすいのである。年月が経つと、どうしても今までの行って来た事を引き継いでいくのであるが、それは伝統と言うものであれば引き継いでも良いとは思うし、そうすべきである。だが、時代の変化で変えていかなければならない事も多いのであるが、人はその様な事も、「今までがそうだったから」と言って変えるべき事もそれで終わりで、変化を嫌うのが高齢者に多い傾向がある。この傾向が政治の社会にもあると思う。政党政治は政党規約で政治家を縛り、今までのやって来た事をそのまま継続しているのが、今の政党であろう。“継続は持続なり”と言うが、時代の流れで変化させなければならない事も多いし、世界情勢も国民生活も変化しつつあり日本の財政も悪くなって行っているのに、日本が潤っていた頃の遣り方で、変えようとしない。そうなれば、問題を先送りして問題が大きくなるばかりでありそれを解決する時には、すでに遅かりし状態に成る。特に政治は先行きを見て、先手・先手で行かなければならないのが、誰が考えても分かる事であり、政治家たちも分かっているが現在の日本の政治情勢は、変化出来ない連中が政党を牛耳り、伸びそうな若手に厳しく、ゴマすり上手には数の論理を掲げて、公認するのである。これは高齢者と同じで「今までがそうであったから」の考え方と同じである。政党はこうあるべきと文句言うと資金を出さない。文句(民意を言う奴)は、政党違反であるからお前は政党に合わないし、文句を言うなら賛成して可決されたら言えなどと、ホザク古狸政治家が殆どでその連中が政党を牛耳っている。これは日本の全体像を示しているように最近私は思うので、反発を感じてやってやろうと年寄の馬鹿さ加減を出しだしたのが、地域からである。これが自分を追いこんでいる事は分かっているが私の性格なのであろう、変えるべき時期を考えて行動して駄目もとで動くので、余計な事を頼まれるのであろう。
2015.09.07
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情報漏えいに関して、使う側が、あまりにも安易であると思えるのが今であろう。今の人達は、パソコンで、セキュリティーが行ってくれるからと安心して使っている傾向が強い。確かに問題点はパソコンシステムで制御できる事は出来るがそれまでは、これまでの問題点に対応しているにしか過ぎないのであるが、それを全面的に制御出来ると思っている。そんな人たちが殆どであろう。そのような考え方も間違いではないが、本来は一部分が制御されていると思って、使わなければならない。だが殆どの人達は、安心感を持って使う、それも分かるが、システム屋からすると、ただ追い駆けっこを行っているだけなのであるがそれを、そこまで出来ますよと宣伝して製品を販売する。また漏えい問題で、相手がターゲットにするのは使う側をターゲットにするのが、一番やりやすい。これは人間の心理は、何時も一定でない事とパソコン側に安全を委ねている為に、そこには油断が生じる。また、人間の調子の良い悪いで集中力も違って来る。年金機構も内部的チェックの甘さもあったが、集中管理力に問題があって、漏えいしたのである。幾度も書くが、どんな優秀なシステムでも使う側によってただの箱状態になると私は書いた。確かにシステムを構築する為には、色んな問題点を模索して、それに対するチェック項目を取り入れる。だが、模索段階で問題点を洗い出す場合も基準を作る。個々の場合なら、ある程度基準にする部分は固定できるが広く使う場合は、使う側の能力を全部は入れられないので基準値を決めて、チェック範囲を決めるのである。私がシステムを作って居た場合は、システム化する現場に1週間以上、現場仕事をさせて貰い、問題点・認知度・能力等を分析してシステムを作る事にしていた。そうしなければシステム屋が、これだけ完璧に作ったからと思っているシステムでも、現場サイドで稼働状況が遅くなったり生産性が悪くなる事が多い。システムはチェック項目を多くすると、それだけシステムに負担が掛かり、稼働が遅くなったり、使いずらい場合が出て来るものである。それを、段階的に修正を行う、修正する事によりチェック項目が抜ける状況も生じる。そうなると、今度は使う側の能力アップでカバーする事に成るのである。その様に色々考えがる事を、官僚や政治家は分っているのか今回のマイナンバー制度も、簡単に法案化するが問題が起きた場合の法制化をもっと整えるべきであろう。
2015.09.06
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私はどうも、自分で墓穴を掘る性格なのであろう。昨日、介護の必要な方のお手伝いに行ったのであるが余計な事を言ってしまい、再訪問を依頼された。前から、お手伝いに行っていた所なのであるが早くても1か月間隔なのである、私が「この部分はこの様にした方が良いですよ」と言ったらそれでは、今月中にやりましょうとなってしまった。所が私は、今月は、また別件の方の依頼もありそれをやらなきゃならないので、調整しなければならない。そこで社協に行って説明して、調整する事にしたのであるが今度は社協の違う方から、別件依頼が来てしまった。その方とは、こちらに引越して来た時に、ボランティア活動の件で相談した方なので、親身に対応頂き、アドバイスをしてして貰った方である。そんな事で、嫌とは言えない立場の方であり、社協でも力がある方なので、頼まれると嫌とは言えない人で、私の性格と行動力を知っているので、その方は、私の行動力を狙われていた。どうも口で言うなら行動に移せタイプの私は私が行動派なので、相手も使いやすいのであろう。行動する事によって、自分がダンダン墓穴を自分自身で掘り下げているのであると感じた。相手の方に、それを言うと「そうだね」と答えが返って来た。私の性格は、どうも単純なのであろう。やったら責任を取らされる事は分かって居ながら考えるより行動の方が早いので、自分で責任を取る羽目に自ら行っているのである。どうも貧乏くじを何時も引く性格なのであろう。私の背後霊は「貧乏くじの神」なのかも知れない。それで、金に縁が無いのであろう。働けど、働けど金にはならない事ばかりの状況であるは仕方が無い事と諦めている。今は、自分の身体が動ける事に感謝している。一時期は大腸がんで、自分自身を諦めた時期もあったがそれが転機になった部分もあり、前にも書いたが「お前は、自分の償いをしていないから、償いをする為にもう少し、生きて人の為に成ってから来い」と言われているのであろうと思って、好き勝手にやっている。本当に動けるだけで幸福であると思う事を多く見て来たので、その為にもこれからも頑張りたい。
2015.09.05
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幾度か書いた、マイナンバー制度が始まるが、果たして何処まで国民が理解しているのかである。高齢化社会に成って、高齢者の方が使いきれるか?行政が何処まで指導でき、情報の機密保護が出来るであろうか?多くの疑問が残る稼働である。この様な大きなシステムの場合は、何処かでテスト稼働を行ってから、本稼働を行うのが普通であるが、今回は一斉にスタートを行う。この様なシステムでは、テストとして1地域で先行稼働を行い、問題点を洗い出すのであるが、今回は、それは行われていない様である。私が前にも書いたが、テスト稼働として議員連中・官僚を先行させるべきであると言った。それをやって国民に問題が無いと説明で来る様にしてから、本稼働させるべきであると書いた事がある。今の議員は政治資金(国民の税金)の管理も出来ない連中であり金銭的感覚がマヒしているような人達なので、その様な人の管理を先行させて、問題点を洗い出すべきである。それをやったらマイナンバー制度は、問題ばかりで稼働出来ない事に成りかねない。自分たちの都合の悪い事は出さないし、抜け道を作り本来の目的が出来ない事に成るであろう。これは私が建設省関係のシステムに関わった事があるが彼らの考え方は、動けば良い、使う事はマニュアル化すれば良い後の責任は使う側にあり、作る側には無いと言う感覚である。だから年金機構の漏えい問題では、最終的に解決策を開示しないでマイナンバーとの連携を伸ばして、ウヤムヤにしているだけである。この様な状況でマイナンバー制度を先行させて、問題が起きた場合も年金機構と同じような事を行い、解決策を開示しないで終わらせるであろう。これが省庁のやり方であり、責任逃れだけはするが解決策や、責任を取る事はしないであろう。私の関わった時は談合問題で、国民が騒ぎ、その対策として談合を防ぐシステム作りであったがあのシステムでは穴だらけであり、これは国民にはこの様にしてますよと言っているだけで、システムとしては大雑把なものであったので、その後も談合問題が起きていたのである。今回は個人情報も関わるので、情報漏えいは問題が大きくなる事は誰でもが分かるが、同時に個人情報法案も可決されたが、ビックデータを企業が使う事を認知して漏えいした場合の罰則も厳しくなっているがそれも見せかけだけであると思える部分が多い。今や、殆どの企業が漏えい問題を抱えているのにマイナンバーに関しての漏えいした場合の罰則も整って居ない状況である。果たして各省庁の目論みが叶うか疑問に思うし、問題が起きる事が多いように思えるマイナンバー制度である。システムで、どの程度のチェックが行われているか使用する側の基準を何処に据えているかでチェック方法も変わるのであるのと、漏えいに対する問題点を何処まで考えているかによるであろうか疑問に思う。それを官僚主導のシステムで、国会議員が法案を採決した。何処まで国会議員が分かって賛成したのか、情報漏えいした場合、法案を採決した国会議員と官僚は責任を取るべきである。
2015.09.04
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私のブログのアクセス数が、私のとっては異常である。3桁台のアクセスは、自分でも不思議に思う。他との連携を取って居るなら、ある程度のアクセスは考えられるが、連携は殆ど取っていない。また、ブログの題名も、自分の本名は使っていない。これはHPが始まった頃に使い出した名前でありその頃から使っているが、本名を使って誰かが見た場合批判されたりするのが嫌であったからである。HPを、まだ特定の企業等が使い出した頃から個人でHPを作成していたので、尚の事、本名は使わなかった。同時に若い頃にグループを作り、会報をガリ版刷りで作成して、私は左よりの考え方が強い人間なので、会報に書いた文面で、会社から「会社を辞めるか、グループを辞めるか」と言われて、食べる為にグループを辞めた経験があるので、それも関連して本名を使わなかった。確かに私達の若い頃は学生運動の真っ只中であり、若者も政治に対して関心があり、それなりに各自が政治に対しての考え方を持っていた。だから労働者側に立った政治家も居たし、それなりに、気骨のある人が政治を目指していたが今は人気投票的な政治家が多過ぎる。選ぶ側も自分たちの意見を政治の場で言ってくれる人を選んでいたし、それだけ政治に関心があったのである。それで、ある程度の政治に対して均等が取られていたのであるが企業の発展で労働者側も潤う様になったら、その均等部分が崩れたのであろう。確かに私が企業に居た時に、国の仕事をした事がありその場合は組合員でない人を、そのプロジェクトに入れていた。私がプロジェクトのリーダーであったが、会社側から機密保持を言い渡され、同時に会社に組合が2つあり一方は共産系、一方は御用組合であり、プロジェクトには入れても御用組合側の人間しか入れられなかった。確かに戦闘機の制御システムの仕事だったので政治的にも機密保持が必要であった事は間違いない。私達はシステム関係の場合は企業のシステムを構築する場合でも機密保持は当たり前であり、それが出来なければ仕事が廻って来ないのである。だから私も機密に関しては、口が堅いと言われる。それが仕事であったので、当たり前であるが仕事から離れても同様で、個人の批判や批評は行わない。飲みに行っても仕事の話になるのが嫌いでありそれなら飲まない方が良いと思ってしまう。元来、酒は弱いので、あまり飲みに行くのは好きでないのであり、特に仕事の話になると何で仕事の延長で飲まなきゃならないと思ってしまう。だから私は楽しく仕事以外の話なら付き合うがそれ以外では殆ど逃げていた。どうも飲むと男の愚痴は、仕事に成るのが通例なのであろう。飲んで仕事を忘れる事の方が、ストレス解消に成るのに?
2015.09.03
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最近若年層の犯罪が多いと思う。確かに貧困格差が広がると、犯罪は多くなるがだが、今は残酷な犯罪が多く成りつつあるのが日本のような気がするのである。これは日本だけだとは思わないが、コンピュータの発達と供に犯罪が残酷に成って来ている。今の犯罪は、ゲーム感覚で殺人を犯して居る様に思うのである。これはコンピュータの発達により、人対人の会話でなく対パソコンで対話をしているのと、戦闘ゲームによって人を殺傷する感覚がマヒしているのであろう。本来は人間対人間の会話が主流であるべきが殆どパソコンやスマホ等でのメールによる会話が主流に成っているので、若い人達は、それが当たり前と感じているのであろう。私もコンピュータを長年やっているが、この様な状況が起きる事を懸念していた。確かに便利と言う事は間違いないが、そこには人間としての欠落が出る事を考えるべきである。今や教育もコンピュータ化は当たり前に成り、遊びもコンピュータとの対話が多くなっている。確かに連絡事項などは敏速に送る事が出来る。だが、対人関係の部分ではコンピュータは補う事が出来ない事を、教育者も親も考えるべきである。また、ゲーム等もそうであるが、リセットすると新たに最初から出来るのであるが、そのリセット感覚が若い子たちに浸透していて、リセットすれば新たに出来る感覚を植え付けている。それによりゲーム感覚で殺人を犯しても、リセットすれば良いと思う気持ちがあるように思えるのである。私達の時代は、自分の行動はリセットしてもそれは経験として残る感覚なので、1から始まると言う感覚が持てなかったが、今はリセットすれば1から始められる感覚が強いのであろう。その為に何事にも対して、安易に行動を起こしそれによって自己責任から逃れる傾向に成って来ている。コンピュータの発達により、対人間に対する教育が成されていない事と、家庭でも人間としての会話よりコンピュータとの会話が主に成った為であろう。これは私がコンピュータをやり出してからこの様な時代に成りかねないと思っていたのは30年以上前からである。企業がコンピュータを販売優先でゲームやその他の事に使うようになり、生活の中にコンピュータが入り込こむ速度と、家庭と学校での対人間教育が成されていないからであろう。今の教育基準を作っている官僚は、既にコンピュータ時代の人間であるから、対人関係は無視した基準を作り、コンピュータ優先を唱えている人達であるから、これから、もっと問題が起きるであろう。まずは、人間教育を重点に見直す時期であろう。
2015.09.02
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9月になり、暑さも緩み、すごし易くなって来た。同時に私の体重も減少傾向にあり、これからは色んな面で活動しやすくなる。社協からは、前にお邪魔した、お宅の整理を頼まれたし南三陸にもお見舞い、がてらに行こうと思っている。緊急搬送された息子さんに連絡を取ったら、私は気を使われるのが嫌なので、電話で済まそうかと思って居たのであるが来て貰う方が、お母さんも喜ぶのでと言われて行く事にする。近況は、この様な状況であるが、日本の近況も変化が出て来たように思える。私達の学生時代の頃を思い出す、安保法案反対の抗議デモが多くの人達が参加して行われている。同時に内閣に対する不信感も募って来たと思える。私達の頃は時代の変化期であり、同時に貧困格差が激しかった時期でもあり、日本の不安な頃であったので国民もそれなりに良くなりたいと思い、政治に対しても厳しかったと思う。だが、日本は経済発展と供に、国民は政治に対して不信感がありながら、何も言わなくなって、無関心を装う様になり、政治家も人気投票的な人物を政党が公認して、数だけ揃えて国民を欺いて来ていた。国民も一時的に政権を取って居た政党を嫌ったが国民が選んだ政党が、掲げて居た事が実行出来ないのでまた、元の政党を選択したが、政治家自体は変わって居ない為に国民が期待する事が出来て居ない。また、政治家自体が劣化しているのであろう。それは当たり前であると思う。人気投票の様な連中が政治を行っても、政治を分かって居ないのであるから政治の劣化も当然であり、それを許して来た国民も政治に対して劣化したのであろう。だがここに来て国民も関心を示すようになって来た。ただ私が思うには、これで選挙でも若者の投票率がどれだけ伸びるかである。今のような高齢の方の投票が多いのでは、政権与党はまたも、横暴政治になりかねない。現状の政治家たちでは問題が多いし、政治自体に不信感が募るばかりであるが、それを許して来たのが国民である。今や政治の劣化と政治家の劣化を防ぐのは、若者である。高齢の方は、今までの付き合い的に政治家を選ぶ、それでは政治家も変わらないし、日本も変わらない。期待できるのは若者達であり、選挙権が18歳からとなった今が日本は変わると期待したい。
2015.09.01
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