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ブログが休止なのをいいことに、少し長めのメールのやりとりなどしていました。それもたまには良し。テープ起こしの個人事業主の業界(?)は横の連絡がわりとあります。お互いライバル業者ではありますが、手を取り合うメリットのほうが格段に大きいからです。個人事業主の場合はできるキャパシティーが少ないため、パイの取り合いの関係にはあまりならないので、お互いの業務量をカバーし合ったり、在宅のため不足しがちな情報をカバーし合ったりするほうが建設的でメリットが高いのです。常設のグループワークはまた別の話ですし、業界全体が仲良しなどというおとぎ話をしているわけではありませんが、目立ったいがみ合いや派閥みたいなものはあまりないかもしれない。普段のやりとりはメールが主ですが、文字入力の仕事ですから、メールの返信が早い人が多いです。これは連絡が密になる最も大きな要因ですね。「チャットだね」と笑うほど頻繁にやりとりすることもあります。レスポンスが早いから、会話が進む。話題がどんどん展開していく。気が付いてみれば、とても大切な部分まで語り合える同業者の数はとても多くなっていました。仕事のことで濃い話をする方もいるし、仕事よりもプライベートなことをたくさん話せる方もいます。在宅ワークを始める前に思い描いていたことと一番違ったのは、こういう関係性かもしれません。面白いですね。
2005年04月28日
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更新が滞っているので、心配してくださった方からメールをいただきました。ありがとうございます。元気です。しかも水面下ではいろいろなものを書いています。プライベートなことで恐縮ですが、← と書くことに疑問を感じる。ブログって変だよね。「日記」はプライベートを書くものなのに(笑)。あ、私のは「日誌」だからいいのか……。ブログにプライベートを書くことは、私はとても抵抗がありますね。自分の関心事ということなら書けることはたくさんありますが、読者の方は私のプライベートなんか興味ないだろうと思うので、すごく申し訳ない気がする。やり直し。プライベートなことで恐縮ですが、4月29日は年に1回のフラメンコの発表会です。今年は仕事仲間の皆さんが何人か見に来てくださる予定。2月にランチをしたとき、「行く行く~。みんなに呼び掛けてあげる」という話になったんです。それにしてもなぜ?と思っていたら、元をただせば最初は自分が皆さんを誘ったのだった。寒中見舞いを何人かにお出ししたとき、「今年は仕事よりフラメンコよ~。よかったら発表会に来てね」と書きました。ええ、書きましたよ。でも、来ていただけるなんて本気で思っていないでしょう。一応ごあいさつですよ、ごあいさつ。それなのに「行く行く~」も社交辞令でなくて、取りまとめ役などしてくださるありがたーい友人もいて、嬉しくて泣けちゃう。違う見方をすると、発表会をだしにした飲み会企画ですが(爆)、私にとっては踊って、見ていただいて、みんなで騒げる~、しあわせ~。……というわけで、本番1週間前となりました。これから音合わせ、リハーサルとばたばたしますので(でも、仕事はまだ残っているのよ)、ブログは少しお休みかなあ。書けそうだったら書きますが、ノロノロ更新といたします。あたしは誘われていないけれど、飲みには行きたいという方はご連絡を。← だから、プライベートな伝言にブログを使ってるんじゃねーよ!
2005年04月23日
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資料に誤植発見 ×:選任課長 ○:専任課長誰かを選任する課長? 人事課長? 選任された課長? 選ばれちゃったのね。「選任」って、普段はあんまり使わないですね。議長や座長や部会長を選任するのは、その会議の最初の仕事。自分たちの中から選ぶなら「互選」と言います。おかたい議事録が多い人は、「専任」より変換の候補が上位になっていそうです。そういう人がこの資料作ったのかなあ。
2005年04月19日
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仕事が終わったら、「やったー、終わったー」という解放感に満たされるものです。まして、よく聞こえないもの、大量の仕事、急ぎの仕事を納品したときなんかは、空気のにおいからして違うもんでしょ。ところが私の場合、あんまりガーーッとやっていると、納品した後も焦っている感じから抜け出せないことがあります。切り替えが下手なんですね。そういうときは散歩に限ります。コンビニまで5分、ヨーカ堂までは7分、駅前のATMまで10分、線路の向こうの紅茶屋まで13分。← 細かく刻んだわりにはテキトー。雨降りの日などは微妙におっくうな距離なので、用事もつくっておきます。「記帳しにいこう」「牛乳買いにいこう」「紅茶が切れたな」あれ、散歩じゃなくて、買い物か? いいの、いいの。買い物はオプション、散歩がメイン。てくてく、てくてく。コーヒーはインスタントで薄いのを飲むくせに、お茶は気になります。基本は、フレーバーティーはリフレッシュ系、ハーブティーはリラックス系。 本日の収穫 ピーチandオレンジのフレーバーティー ローズヒップandカモミールandレモンバームのハーブティーどうやったら気持ちを切り替えられるか、そういうノウハウも日々習得する在宅仕事。----追記1行目の「解放感」ですが、最初「開放感」と書いてしまいました。「解放」のほうが正しいと思うんだけど、「開放」って気分だったので、つい。「解放」と言うほど、仕事に縛られているわけではありません。
2005年04月18日
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続き。はっきりした物言いやツッコミのきつさゆえ、私には多分「議論好き」「けんか好き」というイメージがある。私自身も「けんか」という表現をするけれど、心理状態的には一応ディベートのつもり。論点について違う立場で追究する。時には相手をこき下ろすけれど、相手のパーソナリティーが嫌いなわけじゃない。ちゃんと議論してくれる、向き合ってくれるという相手への信頼感がないと議論したくない。相手の否定を語っているときでさえ、「あなたが好き」は前提条件としてあり、メッセージの根底にあるのは「私のこと好き?」だ。……のはずなんだよねー。単純にけんか好きなわけじゃないんだよ。2月ごろでしたか、掲示板におだやかでない書き込みがありました。いろいろ考えた末、相手をしないという対応に決めたんですが、実は某掲示板で、ほぼ同時間にほぼ同趣旨の書き込みがあったんですよ。そちらの管理人様は真っ向から勝負されたので少し応酬があったんですけど、管理人様側で激しい感じで参戦された方がいたんです、多分使い捨てと思われるハンドルで。目を引く論調で、一体その人は誰だという話題がひそかに語られたんですが、「さくさく堂じゃないか」という意見が幾つかあったんですね。(こういうの、本人にちゃーんと聞こえてくるのが面白いよね)えーと、確かに私はあのぐらいきっつーいこと書けますよ。でもですね、自分のところでだんまりを決め込んだのに、人様のところで、しかも匿名で、敵を討ちに行ったりするやつと思われてるんでしょうか。そりゃないですよ。この一件で私は、自分がどんなにけんかっ早いと思われているか再確認したのでした。ちなみに、自分の掲示板では対応しなかったのは、書き込み方法がマナー違反だったというのが掲示板管理人としての判断ですが、さくさく堂個人の意欲の問題としては、本気で議論を持ちかけてきたわけでない人とは「あなたが好き」「私のこと好き?」が成立しそうもなく、話し合う魅力を感じなかったというのが理由です。もし自分が当事者でなかったら、その某掲示板で管理人様が戦っているのを見て加勢するようなことはあったかもしれませんが、相手を批判したり、意見したりする場合は「さくさく堂」の看板を背負っていきます。 ばか話用の別なハンドルはありますけど、それはトップシークレット(笑)。
2005年04月17日
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とある同業者MLでの話。クライアントへの対応で相談してきた人がいました。それが「一体何をどうしたらいいのかわからない」と、全然要領を得ない。そのとき、私、かなり厳しい文面を返しました。「問題点の整理ぐらいしてから書け」と。MLのよいところであり悪いところですが、メールは自分個人に来るわけではありません。その安心感から、答えにくい質問はスルーされるということがよくあります。例えばとても初歩的な質問。例えばとても難しい質問。例えば正解がなくて、個人の価値観に依存するような質問。例えば仕事のノウハウに踏み込んだ質問。問題点が整理されていないと、回答するほうはまずそこを整理するところからやらなければなりません。「あなたが言っているのがこういうことなら、私ならこうする」と。その整理ができない人には回答できません。「なんか漠然としてて答えにくいな」と思われる。また、ケースごとに懇切丁寧に回答することにでもなれば、それはノウハウの流出になりますから、同業者の情報共有の場であるMLでも知らん顔という人はたくさんいます。回答できるほど経験値の高い人は忙しいので、長文にならざるを得ない回答を書く時間がないという事情もあります。そんなわけで、この書き方では回答を得られないよと、かなりきつい調子で対応しました。そうやって波風立てると同情票が集まるせいか、その後数人から「私の場合はこうだったよ」などという体験談が寄せられ、この話は無事に収束しました。果たして、波風を立てないで放っておかれて、誰からもリアクションがないのと、いじめられるのとどちらがいいのでしょうね。えっ、いじめないで書けと? ……そうですね。まっ、お会いしたこともある人ですし、加減は自分なりに考えて書いているわけですが。(それでもかなりきついと思うけど)----ネットコミュニティーはとてもあやういので、誰かが何かをしたほうがいいときに、誰も何もしないという安定状態に落ち着くことが結構あります。「このMLには○○人いるのに、誰も返事をくれない」という状況は、本人には結構こたえるものです。ネットでは発言しない人は存在しないに等しい。わざわざMLで質問しているのに、こっそりDMで回答するのもフェアじゃない。動いてこそのMLだと思うので、わざわざ関係ない話題を投稿したり、煽ってみたりということをしています。それで自分が悪役になってもよいとさえ思ってしまう。まー、たとえ建設的な議論であろうと、さくさく堂の破壊力には耐えられないという方は多分たくさんいらっしゃって、だから私は嫌われる。
2005年04月15日
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たまにオフレコの話ってのがあるんです。例えば「高校生のころはさ、新宿が近いでしょ、駅から学校までに5~6軒喫茶店があるんだよ。まずどこかに引っ掛かるよね。帰りは帰りで友達と居酒屋とか行っちゃうんだよね」とか。街で遊ぶのが上手だったとわかる、よいエピソードだと思うけれど、インタビュアーは笑いながら、「それは雑誌には載せられませんねぇ」と残念がっていた。私は起こしたけど。 注:でもねー、この雑誌、送っていただいたので手元にあるんですが、 ちゃーんと「居酒屋などの誘惑が」って軽く触れてあったので、これ は使われないんだろうなというところも起こすのは正しいことです。「実のところ、ここを○○したいがために××を△△にしてるんですよ。この会議、非公開ですから思いっきりしゃべるんですけどね。いやー、これは議事録に載せられても困るけど」と、座長に背景のストーリーを言っていただくと、こちらもなーるほどと思う。こういう裏の駆け引きの話は面白い。ちょっとは原稿作成の参考になったかな。気分の問題だけど。これも公開される議事録から削除されるかなあ。やっぱり起こしたけど。 注:この議事録はまだ公開されていないので、ここの発言が残ったど うかは未確認。週刊誌に売ったり、身内に「聞いて聞いて~」と言いたくなるようなマジョリティーが好むゴシップなんてそうそうありません。いつもいつも『家政婦は見た!』やら『女タクシードライバーの事件日誌』並みの秘密をテープ起こし者が聞いていると思ったら大間違いです。← あっ、思っていませんね。そういう内容じゃないから、外部に依頼するんだろうし。今のところ、穴掘って「王様の耳は!」って叫ばなくても済んでいます。そんな当事者以外には大したことない秘密ばかりですが、秘密だとわかった途端に、いつまでも覚えていたりするんですね。なんだろ、お得感があるのかな。それとも単なるゴシップ好き?新宿で遊んでいた人は現在はクールな仕事をする人だけど、高校生時代は熱血やんちゃ小僧だったという話は楽しかったな。ボソボソしゃべって起こすのは大変だったけど。ほーら、こんなことまで覚えてる。
2005年04月13日
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まだまだ続きます。テープ起こしの必要条件に国語力というのはあると思いますが、国語力があることと国語の成績の善し悪しはちょっとずれているかもしれないと思っています。■事務文書作成の鍛錬が少ない最近はどうなんですか? よく知りませんけれど、論理的な文章、事務的な文章を書く授業はほとんどないと思いません?一時期趣味みたいにTOEICの試験を受けていたことがあるんですが、あれのリーディングの部に出てくる英文はすごく面白いんです。例えば「道路工事のために迂回路を示している看板」「結婚式の招待状」「ハウスクリーニングのDM」「家賃の督促状」などがあるんです。これらはアメリカに滞在したら、普通に目に飛び込んでくる文章です。こういう日常的な英語が使えるかどうかを問う試験なんですね。Once upon a timeを知っているより実用的。日本語だって、人の心の機微を繊細に表現することよりも、誤解のない、わかりやすい文章を読んだり、書いたりするほうが日常生活では必要な場面が多いです。ネットで仕事の募集をするとき、応募メールを見るとだいたいの技量が推し量れると言われます。「ネットなので、ハンドルで」とか、← おー、名前がわからない人に仕事を出す勇気はありません。「やらせてください」だけで住所が書いていないものとか、← 一体どこに仕事を送ればいいものやら。一般常識や社会性の問題もありますが、ことテープ起こしに関しては文章力を見られています。必要なことが簡潔明瞭に書かれているか、わかりやすいレイアウトか、誤字脱字がなく適切な表記か、かつ人間性が出ているか等がチェックされています。そんな大切なこと、学校ではなぜ教えてくれないんでしょうね。■文法学の滑稽さThis is a pen.の訳語として「これはペンです」って書いてある本はきっとたくさんありますね。これを最初に見たとき笑いませんでした?「これはペンです」のおかしさは二つあります。まずこれはペンだと言うシチュエーションが想定できないこと。もう一つは、「これはペンです」という日本語自体がぎこちないことです。もしThis is a pen.と言うシチュエーションがあったら、日本人は普通「ペンです」と言います。「これは」はつけない。日本語は主語を省略できる。もっと言うと、日本語には主語がない構文が存在する。(もっと言うと、私は主語という概念を日本語に当てはめなくてよいと思っています)ところが多くの文法学の本では、主語はあるという前提だから、「省略できる」と言うんですね。明治期にS+V+OやらS+V+Cという印欧語族(って言うらしい)の文法学を直輸入して、その構文に無理やり日本語を当てはめ、あろうことか「主語が入っていない文章は不完全だ」とか「不完全な日本語は低俗な言語だ」(と言ったかどうか知らないけれど)ぐらいの勢いで普及させた文法学が、現在の私たちまで拘束し続ける。学校の日本語文法の時間なんてちょびちょびしかなかったけれど、なんか面白くなかったのは、「だって、そんな文法どおりにしゃべっていないじゃない」という不信感が根底にあったからではないでしょうか。もっとしっくりくる文法学だったら、自分が話す言語が解き明かされていく快感があったはずです。……なんか、散漫な文だな。もう少し掘り下げたいけど。
2005年04月13日
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昨日の続き。「テープ起こしを職業としている人は文系専攻の人が多い」は正しいか?パーセンテージなど根拠データが書いてあるときは、基本的に「嘘に違いない」と思って読みます。嘘というのはちょっと違いますかね。そこから連想されるイメージはミスリードされる危険性が高いと思って読むということです。例えば「お客様のリピート率は100%です」とあったら、へーすごいと思うでしょう。でも、1社からなのか100社からなのかでその意味合いはずいぶん変わりますね。また、5年後に依頼されても、10年後に依頼されても、それはリピートと見なすかという問題もあります。100%になった計算自体は合っているのでしょう。ミスリードとまでは言いませんが、ここには明らかに「へーすごい」とリードする意図があります。根拠になる数字があると、人は簡単に信用します。ちょっと前に「小学生の4割が天動説を信じている」(2004/9/21 朝日新聞)というニュースがありました。こういう数字を見ると、「調査人数」「回答者の選定方法」「誘導されやすい設問でなかったか」等が気になります。「暴力的なゲームよりもヒーローもののゲームで子どもの攻撃性が増加」(2005/1/7 読売新聞)というニュースもありました。「"暴力的"、"ヒーローもの"、"攻撃性"の定義は?」「ヒーローものは昔話、絵本、漫画等にも山ほどあるが、それらとの因果関係は?」と考えると、調査が部分的である可能性が高いかもしれないという結論に至ります。なるほどと思うことほど信じやすいものです。また、「小学生の4割が正しい自然科学の知識を持っていない」ことや「ヒーローもののゲームにも害がある」ことで、誰かが何かのアクションをするかもしれません。文部科学省かもしれないし、教育関係者かもしれません。ゲームソフト開発者かもしれないし、宗教関係者かもしれません。もっともらしい数字ほど意図(嘘とは言いません)が隠されているのです。そもそもこの設問は、それらと因果関係のあるところが世論をリードするために行った可能性はあるのか?とか。「テープ起こしを職業としている人は文系専攻の人が多い」についてですが、女性に限定するともともと理系人口は少ないでしょう。大学進学者数で考えるか、全人口で考えるかなど前提条件はいろいろありますが、仮に理系大学出身者を5%とすると、テープ起こしを職業としている人が5%よりも少なければ、「文系の人が多い」と言えると思います。理系大学出身者のパーセンテージなど調べたことはありませんし、テープ起こし者の理系大学出身者のデータなんかありませんから、この答えはわかりませんけれど。私は理系大学出身のテープ起こし者を6人知っています。「パソコンを使うことが苦ではない」という方向から入る人もいるかもしれませんし、私の印象は、理系出身者も結構いるかも、というものです。先入観は怖い、とよく思います。
2005年04月12日
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「テープ起こしが向いている人は文系の人」とか、「テープ起こしを職業としている人は文系専攻の人が多いと思う」という発言をたまに見掛けます。文系/理系の線引きは難しいです。私はむしろ無意味だと思っていますが、ここではその定義は「大学受験科目が文系科目中心だったか、理系科目中心だったか」という程度にしておきましょう。文を書くことを習う教科は国語です。漢字を習う教科も国語です。文章の意味を理解することを習うのも国語です。話し言葉は文法的には乱れていますし、漢字でしゃべってくれるわけではありませんから、ある程度国語能力がないことにはテープ起こしは難しいでしょう。ただ、「国語が得意」ということが十分条件でもないかなと思っています。なぜかというと、テープ起こしが必要とされるジャンルは、事務的なもの、情緒的でないもの、さらに言えば理系の話題も多いからです。会議録や講演録は想像できると思いますが、インタビューでも学術誌、専門誌ならば結構おかたい話になります。そこで必要とされるのは、国語能力だけではなく、その分野の知識です。とはいえ、テープの内容に造詣が深いなんてほとんどあり得ない。← そのぐらい依頼される内容は多岐に富んでいます。世の中こーんなことを真剣に話し合っている人がいるのねとあきれるぐらい。知らないほうが普通ですので、その場合には、テープを聞いて、また調べ物をして理解することができる一般教養、知らない分野を調べることをいとわない好奇心、理解力が必要になります。たまに「国語が得意」と「数学は大嫌い。理系科目にはアレルギーがある」は同義に扱われることがあります。固定のクライアントから固定の話題だけを依頼されるスタイルならば構いませんが、来るものは拒まずスタイルでやっていると、理系アレルギーがあると苦労することがあります。「国語が得意な人がいい」「文系タイプが向いている」ということは「理系は苦手でもよい」という意味は含んでいないと考えたほうがよいと思います。私は医薬理工系、技術系の話題という理由でテープが回ってくることがあります。別に得意なわけではありませんが、アレルギーがないからでしょう。もしも「文系科目が得意で、理系科目が苦手」な人がテープ起こし者に多いのだとしたら、理系科目が強いということは武器になるかもしれません。
2005年04月11日
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今日届いたテープのB面がダビングされていない。あらら。月曜までクライアントとは連絡とれないし。これで週末は少し余裕ができちゃった。花見か?
2005年04月09日
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さて、何やら自分の体調のことなど長々と書いたわけですが、書きたかったのはここから先のことです。たまに「自分には持病があって、表に働きに出るのは難しいので在宅ワークをしたいのだが、私にもできるだろうか」というご質問をネットで見掛けます。デリケートな話題なのでスルーしてばかりなのですが、いつも反応したいと思っているんです。メルマガにも書きたいとずっと思っていましたが、どこをどうやって文を組み立てていいか迷って、結局書けませんでした。この話題に触れられるということではブログに感謝します。もちろん「働けます」とも「無理です」とも言えませんし、私自身が持病持ちと言えるほど深刻な状態でもないわけですが、なんて言うのかな。在宅ワークという手法でその方の生活の選択肢が増えるのなら、それは応援したいと思うんですね。できるだけ整理して書いてみます。あくまでテープ起こしの話です。■在宅ワークは表に働きに出るより体が楽か?・体力的には楽です。通勤の負担がないのは大きい。疲れたら、途中ちょっと横になることもできます。9時-5時という制約がないのは本当にうれしい。・テープ起こしは一般に納期が短いです。1~2日納品もざらにあるし、半日なんていうすごい納期もあります。下請け・孫請けになれば、その分納期も短くなります。給料制の仕事は時間になれば帰れますが、報酬制の仕事は完成品を納品するまで仕事を放り出せません。やり方によっては不規則な生活になりがちで、それによって体調を崩すことは大いにあります。現実に、売れっ子の在宅ワーカーたちはおしなべて長時間労働者です。■在宅ワークは人間関係が楽か?・「隣の席の苦手な人」も「説教好きな上司」もいませんし、接客業のような気疲れもありません。身なりも気にしなくていいです。普段の仕事では、人間関係のストレスはありません。同時に「気の合う同僚」や「一緒に弁当を食べる後輩」もいません。孤独ではあります。・依頼主への質問、納期調整や料金交渉などのビジネス関連のことは、時にはかなり切り出しにくいものがありますが、頼れる上司や同僚はいません。トラブルにでもなれば、かなり神経をすり減らします。そうでなくても、最低限の対人スキルはむしろ在宅ワーカーにこそ必要です。「人間関係が嫌で在宅ワークをしたい」という方は、仲介業者を介するようにすれば、事務的なやりとりをかなり回避することができると思います。■持病がある人が在宅ワークする際に留意すべき点・体調管理がきちんとできることが第一です。自分のキャパシティーを把握すること。そして、仕事のバッティングを防ぐための方策とか、容態が急変したときに仕事を代替してもらう仕組みとか、短納期の受注はしないとか、これら全部含めて、リスクマネジメントができるかどうかです。これは健康な人も同じですね。健康な人でも急病や事故はありますから。持病があれば、リスクに対してより警戒するだけで、基本は一緒なんです。健康なだけで在宅ワークができるわけではありません。本業スキルと社会的スキルの両方がなければ、個人で仕事はできません。すごく雑な言い方をすると、「私はまあこんな感じですけど、なんとか仕事してます」ということが言いたかったわけです。仕事そのもののせいで体調悪化を招くおそれもあるので無責任に発言できませんが、仕事があるから体調管理ができる場合もあります。そんなふうに仕事とかかわれたら素敵なことですね。
2005年04月08日
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まあそんなわけで、去年は言ってみれば厄年みたいな1年だった。どんぴしゃ厄年の年齢というわけではないけど。あの厄年という考え方はあながち非医学的でもないと思う。だいたい人間いつまでも20代のつもりで突っ走っているとガタが来るってもんだ。年齢に合った走り方に変えれば、また調子も戻ってくる。でもさ、多分社会的には20代より30代、30代より40代のほうが仕事量とか仕事の責任とか多くなるんだよね。体力のグラフと仕事量のグラフが逆向きなんだな。そういうのを教えてくれるのが厄年かな。平凡だったり、人より遅れていったりするのも悪くないと思っているけど。(それが本気に聞こえる域に達するには、まだ20年ぐらいは必要だけどね)去年、環境で目に見えて変わったことがある。玄関先のコンテナの花が全部枯れたこと。植物の命まで思いやれなかった。枯れた茎が突き刺さっているプランターが玄関先にいくつも転がっているのは見ていて気持ちのいいものじゃない。見かねたアイテムが「いっそガーデニングやめたら?」と言った。「それだけ余裕がないってことかな。今、かなりシングルタスク」と正直にこたえた。3月も末になって、思い立って苗を買ってきた。春の花を3月に植えるのは実は遅い。暖かくなったら一斉に咲き始められるように、寒いうちから根を張らせておくのがいいから。遅く植えたビオラはまだ1つしか花をつけていない。それでも、わが家の玄関先は去年よりは多少見られるようになった。「花を植えられる状態になったみたい」とアイテムに言った。
2005年04月07日
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時折襲う痛みにはかなり閉口したけれど、胃痛は2日で収まった。食欲が減退すると去年の夏を思い出す。もともと一昨年の秋から不調は続いていたのだけれど、関東地方が39度というばかみたいな熱波に襲われた晩、どうにもこうにも体が悲鳴をあげてしまった。眠れず、食べられない状態はまるで緩慢な自殺だった。ひとはこういう状態が続くと鬱になるんじゃないかと思ったけれど、仕事も続けていたし、踊りも踊っていたし、シーカヤックにも興じていたので、身近な人以外には「痩せた」と言われただけだった。私は鬱っ気はあまりないみたいだな。そんな状態が続いていると注意力が内側にしか向かなくなって、唐突に自分のオーラが見える気がした。ほんとに「見えた」わけではないけれど、ああ、あたし普段とオーラの色が違う、と「感じた」 あれは面白い体験だった。そこからよくもまあ、ここまで戻れたもんだと思う。(体重も戻ったよ) 医者も薬も助けにはなるけれど、最後は自分ではい上がってくるしかない。もちろん友人や家族にサポートしてもらった部分は大きい。戻れた分、別な意味では少しタフになったかな。今回ガクッと調子を落としたとき、ほとんど動じなかった自分に笑った。
2005年04月06日
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書きたいことはいくつかあるのですが、明日には体があく予定。メモにしておこうかな。・コンテナガーデンの話・会議録(面接)の話・めまいの話・ケバよりもっと悲惨な日本語
2005年04月04日
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ごめんね、Kくん、ネタにして。知り合いから、ISOの維持審査でのやりとりを起こしてもらえないかという話がありました。実際には一瞬思い出してくれただけで、依頼があったわけじゃないけど。なんで依頼にならなかったかというと、直接の知り合いの私に自分の声を起こしてもらうのはためらわれたからなんですと。それはねー、すごーくよくわかります。まず声ですよ。録音された自分の声を聞いて、いい声だと思う人はどれぐらいいるでしょう。普通は「うげ、こんな声かよ」と思うはず。骨伝導で聞く声と空気伝導で聞く声は見事に音質が違います。次は話し方。自分のしゃべりに満足する人なんかほっとんどいません。「あたしってこんなに訳わかんないしゃべり方してるわけ」って落ち込むこと間違いなしです。そんなわけで依頼はなかったんですが、なくてホッとしました。だって、ISOの審査ですよ。重箱の隅をつつくような話に決まってるんですよ。「あれ」とか「この前の」とか「それの右側で」とか、その場にいないとわからない単語が踊っているに違いないんです。そして、ストーリーの流れがない。門外漢のジャンルでも、ストーリーに流れがあれば、それなりに調べたりすることはできます。そういう意味で、講演はかなり難しくてもなんとかなることが多いです。会議だって、今日はこれについてこの方向で詰めていきましょうというストーリーがあります。でも、ISOの維持審査はかなり部分部分の話になる(と思います) それは素人には厳しいんだろうなあ。← かなり弱気。「専門用語は片仮名でいいし、だいたい起こしてくれればいいから」と言われたらやらないことはありませんが、ストーリーの流れがわからない話は、単語が聞き取れる、聞き取れないというレベルではなく、多分いい原稿ができません。いい原稿が作れないのがわかっていて(だから、弱気すぎるって)、受けるのはちょっとためらわれます。それにしても、国税調査官とか会計検査院検査官とかISO審査官という人々は、どうしてああも人の会社の内情に詳しいんでしょ。あっけにとられますね。こう言っちゃあなんだけど、ぼんくら社員よりずっと社内の問題点やら矛盾点を見つけるのが早いです。ソフトハウスのSEも然り。業務をよく知っている社内の人よりいいシステムをつくってきますからね。それが本職だと言ってしまえばそれまでですけど、やっぱり不思議。弁護士とか刑事とか、考えてみると、世の中そういう職業の方はたくさんいますね。ついでに、ご本人はとても聞かせられないような変なしゃべり方だと思ったようですが、それを聞いたとしても、私は多分なんとも思いませんね。話し言葉のつじつまの合わなさは日々直面していることなので、今さら動じませんよ。それだけでいい人とか悪い人とか、頭がいいとか悪いとか、かっこいいとか悪いとかの判断はしませんって。審査官からの鋭いツッコミにてきぱきと答えていたなら、そのしゃべりがどうであれ、惚れ直すわ。今回知り合いのメールには、ISOを維持していく過程でPDCAが回り、よい方向に向かうってなことが書かれていて、なんかうれしかった。こういう現場の声が好きです。ISO審査官の相手なんかしたら、通常業務は完全にストップしてしまって煩わしいんだろうに。でも、できれば知り合いには仕事を依頼しないほうが無難かな。個人的な私の趣向を考えて、「このジャンルは好きだと思うし、あなたならきっといい原稿を作ってくれると思う」なんて言われたらとてもうれしいけれど、知り合いだからこそのリスクはやっぱりあります。そこをお互い理解して、逆にいい仕事ができたら素敵だけれど。
2005年04月03日
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エイプリルフールですが、ネタを探す暇もなく……。昨日は会議の記録をとっていました。録音はラインからとれたので文句なし。会議内容も面白かったし、結構こういうの向いてるかも。……と思いつつも、根がストレス体質なので、今日は胃が痛くて2食抜き。食べられませんでした。とほほどうも見た目や書いたものが醸し出すキャラと、実際の性格がミスマッチで困ります。やだなとかだめだなと思ったら、体のどこかがすぐさま変調します。すぐ調子悪くなるってことではタフじゃありませんが、悪くなったらなったで案外動じなくて、「きたきた」「こうすれば治る」という対処ができるようになったという意味では結構タフです。普段在宅でのほほーんと仕事してますから、たまにはこういうピリリッとしたのもいい刺激でしょ。実は私、会議録のことをとても愛しているんですけど、それはまた今度語ります。
2005年04月01日
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