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十八 真佐子の憂鬱 仲村から手紙を受け取ったのが、真佐子には、ついこの前のように思い出されるのだが、もうかれこれ、二年も手紙が来ていなかった。真佐子は、机の引き出しを引いて、二年前に受け取った手紙を取り出した。白い洋型の封筒から取り出した、白い三つ折りにたたまれた便箋を開くと、何か懐かしい、ふんわりとしたものを感じる。仲村は、いつも洋型の二号の封筒を使って手紙を送ってくる。理由はわからないが、今度聞いてみようと思っている。いつものように季節の挨拶から始まって、自分と家族そして周囲の者を気遣う文章から始まる。真佐子が中学生で仲村が大学生のころ、月に二、三度は手紙のやり取りをしていたと、仲村から聞かされて、失われた記憶の数年に育んだ、仲村との心の通いがよみがえってくるかのような錯覚を覚える。いや、実際にそうだったのだと信じるようになった。仲村は、真佐子の失われた記憶が戻ってくるようにと、仲村の記憶に残っている、四〇年以上も前の出来事を再現するように、手紙を書いてくれるのだった。 「僕が、今ホテルを借りているのは、君が手紙を送ってくれた、僕の学生時分の住所―世田谷区上北沢―に最近出来たビジネスホテルです。東京都世田谷区上北沢〇〇××と君は書いたはずです。二、三日たって返事を書いたので、一週間くらいで、君は僕からの返事を受け取って読んだはずです・・・」 真佐子は仲村の優しい心遣いにため息をついた。それらの手紙は、もう真佐子の手元にはない。真佐子の姉が、記憶の攪乱を気遣って、交通事故の直後に燃やしてしまった。しかし、一通だけは保存してあって、姉から真佐子へ手渡され、大事にしまってある。 「新しい大学の仕事は、だいぶ慣れてきました。もう大学の中で迷子になり、学生に場所を聞くこともなくなりました」 真佐子はくすっと笑った。 「いやな話ですが、大学の授業は、またまた遠隔(オンライン)授業になり、これで三回目です。学生も教職員もうんざりしています。緊急事態宣言だの蔓延防止等○○××だの言葉の遊びばかりです。真佐子さんの街は、きれいな空気で人もまばらで安全ですが、くれぐれも注意してください。ウイルスの運び屋がいますからね。二年前に東京へ来てくれた時は、コロナの前で、居酒屋で大騒ぎをして楽しみましたが、まだ、ちょっとだめですね」 「大騒ぎ」とは、渋谷で会った時に、謎の時空へ迷い込んで、中世の農村へタイムトラベルしたことだった。これまで真佐子は仲村と会い、不思議な時空の割れ目へ迷い込んでは、二人を引き裂いた過去の秘密への接近を経験するのだった。でも、あと一歩のところで「現世」へ戻ってしまうのだ。 「どうですか。完全武装で東京へ来ますか?」 ここで手紙は終わっていた。真佐子は迷っていた。春は瞬く間に往き、梅雨がやってきた。新型コロナウイルスは、いくつかの変種を生みながら、いまだに世界中で猛威を振るっていた。あいたさが、感染に対する恐怖を打ち負かすことはわかりきっていた。母親は東京行きに反対するだろう。でも、「島根の姉のところへ行ってくる」 と言えば心配させないですむ。嘘をつくのは心苦しいし、もし何かあったら「村八分」に合うかもしれない。 「飛行機で行けば大丈夫だわ。きっと何かあるに違いない」 真佐子は、鏡の中の自分につぶやいた。(続く)夏光一郎警部シリーズ(既刊)(既刊)『野獣の美学殺人事件』文芸社、2011年『リオの蝶殺人事件』文芸社、2011年『磯の香りの謎殺人事件 夏光一郎警部巨大地震と戦う』文藝書房、2011年『夏光一郎警部 猫の一分 美人博士とブッチーの活躍』Kindle版『夏光一郎警部 夏光一郎警部 湯河原発量子力学の女』Kindle版『連続僧侶殺人事件(上)夏光一郎の試練』Kindle 版『連続僧侶殺人事件(下)』Kindle版『夏警部 ブラック企業を追え 中国塩城に舞う鶴の化身』Kindle版『夢を売る女』Kindle版
2021.05.23
お騒がせマン・ビートたけしがアメリカ「デイリー・ビースト」の取材に対し「もう(五輪は)ギリシャに戻そうよ。本家にお返しにするのが一番いい」と語ったという。著書「コロナとバカ」(小学館新書)でも、五輪中止を述べているという。さっそく注文しよう。新感染症が猛威を振るい、変異による生き残りと「そうはさせじ」のワクチン投与がしのぎを削っている。評論家と偽医者は、占い師よろしく数字の占い・解釈ばかりやっている。テレビ局は見世物小屋化し、まるでワクチン会社の広報部門みたいだ。ワクチン会社は一儲けを企み、ワクチン超大国(ロシア・中国・アメリカ)は政治的覇権にワクチンを利用している。200万種という未知のウイルスが、いつ人体にとりつくかわからない未来に、たけしのこの考えは私も賛成だ。現行のオリンピック返上、ギリシャへの返上説は、実は私も長い間温めてきた考えで、たけしが言うからには黙ってはいられない。温暖化・気候変動は、次から次へ危険なウイルス・疫病を送り込んでくる。率直に言えば、荒っぽい議論だが、個別競技の世界大会は残し、オリ・パラは徹底対策を施したうえで、ギリシャでやればいい。 2014年6月19日、日本民間放送連盟は、「2018年~2024年のオリンピック放送権の獲得について」という報道発表で、次のように報じた。 「NHKと一般社団法人日本民間放送連盟で構成するジャパンコンソーシアム(JC)は、2018年の平昌冬季オリンピック、2020年の東京オリンピック、2022年の冬季オリンピック、2024年の夏季オリンピックの4大会の放送権を獲得することについて、国際オリンピック委員会(IOC)と合意しました。放送権料は、4大会合わせて1100億円(平昌・東京の2大会が660億円、2022年冬季大会・2024年夏季大会が440億円)で、テレビ・ラジオ放送のほか、インターネットやモバイル端末など、日本国内における全てのメディアの権利が含まれます」。なんと1100億円がIOCの懐に転がり込むのだ。メディアが、バッハIOC会長を「ぼったくり男爵」と言うのは根拠がないわけではない。IOCが無観客でも開催にこだわる理由の一端が、この独占放映権料だ。よく知られているように米・NBCはオリンピック放映権の独占支配者だ。 2020年3月12日、「映画.com ニュース」は「米NBC、東京2020オリンピック中継の広告枠が記録的な売り上げ」と題して、次のように報じていた。東京オリンピックが延期決定される直前のことだ。「東京2020オリンピック・パラリンピックのアメリカの放映権を持つ米NBCが、既に12億5000万ドルの広告収入を得ていることが明らかになった。同社は、全米での放映権としてIOC・・・に11億ドルを支払っているといわれている。NBCスポーツグループのダブ・ラビンジャー氏は、『東京オリンピックの広告枠の売り上げが12億5000万ドルに到達し、前回のリオ大会を超えて、オリンピック中継として新記録を樹立しました』と発表。『すでに東京パラリンピック中継の広告枠は完売しています。TOKYO2020に対する勢いはいまだに強いです。広告主がオリンピックの影響力の価値を高く評価し、今年最大のメディアイベントに自社ブランドを提携させようとするなかで、広告枠の残りはわずかになっています』とアピールした。東京2020オリンピックは、新型コロナウイルスの影響で開催を危ぶむ声が出ているが、NBCは不安視していないという」と。https://eiga.com/news/20200312/8/ 延期前の報道ではあるが、いまも生きている内容だろう。 放映権の下に広告会社がぶら下がり、広告会社はスポーツ関係企業ー私はこれを狭義のスポーツ資本と呼ぶーの広告を打つことで巨額の収益を得る。日本の「電通」は香港に放映権を販売し、香港メディアは人民に映像を提供すると聞いている。広告は、芸能プロダクションに登録されたタレントやモデルを使い、華やかな広告合戦の主役を演じる。 日本の放送権料はどうか。2014年6月19日に、日本民間放送連盟が行った報道発表「2018年~2024年のオリンピック放送権の獲得について」によれば、「NHKと一般社団法人日本民間放送連盟で構成するジャパンコンソーシアム(JC)は、2018年の平昌冬季オリンピック、2020年の東京オリンピック、2022年の冬季オリンピック、2024年の夏季オリンピックの4大会の放送権を獲得することについて、国際オリンピック委員会(IOC)と合意しました。放送権料は、4大会合わせて1100億円(平昌・東京の2大会が660億円、2022年冬季大会・2024年夏季大会が440億円)で、テレビ・ラジオ放送のほか、インターネットやモバイル端末など、日本国内における全てのメディアの権利が含まれます」ということだ。 放送権獲得にあたっての民放連・井上会長のコメントは次の通り。「東京で開催される2020年大会を含め、4大会のオリンピック放送権をJCとして獲得できました。公共放送NHKと民間放送で構成されるJCは、日本の視聴者にオリンピックを最大限伝える最良の形態と確信しています。特に、地元開催である東京大会に関しては、これまで以上の規模で取材・放送を行うことが想定されます。今から万全の準備を整えていきたいと思います。JCは、これまでもIOCと手を携えて、オリンピックが掲げる『スポーツを通じて、人間の尊厳を重んじた平和な社会を推進』という理念を長年にわたって伝えてきました。今回、長期の契約締結によってIOCと安定的な関係を築くことができましたので、オリンピックの素晴らしさをより広く深く継続的に伝えていきたいと考えています」。 五輪・パラは、この巨額の「五輪マネー」によって縛られている。このほかに大会スポンサー料、米大手メディアの放映権など、五輪・パラは資金面からみれば、巨大な資金コングロマリットを構成しており、聖域なのだ。これに異をを唱えるなどできるのは、たけしの本の「バカ」か真の「勇者」なのだろう。ネット上では、私の趣旨と同様の趣旨から、ギリシャ開催を提案している人はいる。https://note.com/hirotakai/n/n3d695cf6b064 ギリシャで開催すべきという論拠は追って披露したいと考えています。今のところ頭に浮かぶメリットは、①アテネに固定化することによって、開催地のメッカとしての意義が増大する、②感染症など開催リスク対策が強化される、③開催へのスケジュール管理が計画的になり、選手のモチベーションも向上する、④誘致合戦による空費、ロビイストの暗躍がなくなる、⑤GOC(ギリシャ・オリンピック・委員会)が一元的に開催を取り仕切る。⑥放映権は各国メディアに公平に配分し、放映権料は各国の人口など外形標準を用いて、例えば人頭割とする、⑥GOCはあらゆる国際機関から独立した機関とし、以前にも増したSDGsの趣旨を反映する。⑦その他 となる。(2021年5月20日 この記事は予告なしに加筆修正を行うことがあります。利用は最終更新にてお願いします。あしからず)
2021.05.21
「100兆円に膨れ上がった巨大スポーツ資本主義「腐敗の構造」」の著者・松野弘氏は言う。「スポーツ資本主義」とは、「スポーツ・ステイクホルダー(スポーツ市場の利害関係者-国際的なスポーツ組織・スポーツ用具メーカー・スポーツ支援企業群・スポーツファン等)がスポーツ市場に資本を投下して形成される社会経済システムのこと」だと。そして言う。スポーツが「DO Sports」(実践のためのスポーツ)から、「Spectacle Sports」(見て楽しむスポーツ)に変化し、数多くの観客が楽しむための装置としてのマスメディア(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)が出現したことが、スポーツビジネス市場を拡大させる大きな要因の一つとなった、と。そして、ここに、スポーツ・ステイクホルダーを巻き込んだ「腐敗の温床」が生まれ、IOCや他の競技団体の国際組織における「金銭をめぐる腐敗の構造」が構築されていったのであると続ける。 私も、この意見に賛成だ。G:資本ーw:商品(Pm:生産手段・A労働者)・・・・・・W´(新商品=競技)ーG´(利潤) という資本の循環式(単純再生産)に、スポーツ資本主義を当てはめてみると、著者の主張は全く正しいことがわかる。スポーツを楽しむ大衆(消費者)は、金銭を払ってスポーツを観戦し、スポーツ資本は傘下の労働者が生み出す剰余価値を実現して利潤を獲得する。 このスポーツ資本の循環は巨大化する一方だ。スポーツ資本は、単純再生産から拡大再生産へと向かう。それは、私の意図とは異なるかもしれないが、1時、2次産業における機械化、IT化が進み、余剰資本と過剰人口が生じて、資本の新たな投資場所として、3次産業の中の未開拓の投資分野が魅力的なものになり、スポーツやエンタメ分野が資本の投資場所として活況を呈してくる。 こうして松野氏も指摘するように、スポーツ資本の独占資本主義化が進行する。スポーツ資本主義は、独占資本主義段階から、国家の庇護と介入によって、国家独占資本段階へと突入する。それは、グローバル国家独占資本主義段階と言ってよいのかもしれない。この極にオリンピック・パラリンピックがある。コロナ禍にかかわらず、やめられないのは、国際オリンピック資本主義の強欲さゆえだ。 引用したweb記事には続きがあり、通読してまた意見を述べようと思う。松野弘著「100兆円に膨れ上がった巨大スポーツ資本主義「腐敗の構造」」(続く)
2021.05.19
筆者が静岡大学から東海学園大学へ移籍して間もないころ・・・1996年ころのことだったと思う。東海学園大学は、愛知県で女子短期大学を創設、この短期大学を母体にして東海学園大学経営学部を開学したのが1995年のことだった。その後、経営学部大学院修士課程、文学部、人間健康学部、教育学部を矢継ぎ早に創設し、中堅総合大学に成長した大学だ。京都の浄土宗・知恩院が経営するこの学園では、創設以来、入学者を新入学オリエンテーションの一環で知恩院へ連れて行き、入学報告をする日帰り恒例行事があった。 バスを何台も連ねて知恩院詣でをするこの行事は大変なことでもあり、大変意義深いものでもあった。爾来、私は定年退職する2019年まで23年間、この知恩院詣でを皆勤した。今回の「芸能資本主義」のタイトルは、「京都八坂神社の小屋掛け・見世物小屋 ノスタルジア」だが、この小論を書くことにしたいきさつを少し披露したい。ノスタルジアというのは、もう身近には見ることができなくなった、過去の日本芸能文化に対する郷愁といった意味で使う。 大学を挙げての知恩院参拝は、年によっても違ったが、だいたい4月の第1週の平日であったと記憶している。1995年ころは、まだ、そんなに地球温暖化の猛烈な影響が顕在化していなくて、桜の咲き始めるのが、京都では第1週過ぎたころではなかったかと思う。それが現在では、年によって異なるが、3月の下旬には咲き始める。円山公園中央の満開の枝垂れ桜に彩られた知恩院界隈は、平日ではあっても、人でごった返し、コロナ禍の今では考えられないような賑わいだった。 知恩院参拝が始まって間もないころのことだった。参拝終了後自由散策の時間があって、私は仲のいい教授仲間を連れて、周辺を散策するのが常だった。円山公園の枝垂桜、清水寺、少し遠出して四条河原町方面へと、散策範囲を広げては自由時間を楽しんだものだ。 そんな、知恩院詣での中で絶対に忘れることのできない光景があり、それが知恩院下の「見世物小屋」なのだ。何気なしに、下の大通りのほうに向かっていた時に目に入ったのが、小屋掛けの見世物小屋で、隙間から垣間見えたのが猟奇性のある見世物の風景で、木戸銭を払わなければ見ることはできないが、垂れ下がった筵の隙間から見えたのが、それらしき見世物の実態だった。「名だたる寺院や仏閣が並ぶこのような聖地になぜ」という素朴な疑問と違和感が脳裏をかすめるのだが、学生を引率しての年度初めの緊張に、そのような不協和音はすぐに打ち消された。寺院や神社が参道や境内でこのような興行を行っていたことは、よく承知していることではあったが、猟奇性のある見世物の堂々たる興行には違和感よりも、蔑視の念のほうが勝っていた。見世物小屋と縁日をごちゃまぜにすることはできないし、縁日はフーテンの寅さんの営業の場所であり、どこでもやっている日本の風物詩である。しかし猟奇性のある見世物の興行となるとちょっと話が違う。 最初は知恩院の地続きで知恩院の経営かなと思い、あまり気にせずに数年が過ぎたころ、知恩院の土地で見世物小屋をやっていることが気になって調べ始めたところ、実は知恩院ではなくて、もっと西の八坂神社の境内(土地)での見世物小屋だと分かった。同じような記憶を持っている人が、何人かブログやsnsで投稿しており、八坂神社の興行だと分かった。 それならば合点が行くはずで、東海学園大学を定年退職して、自分が八坂神社の見世物小屋を見ていたことを確認することになった。それが、いつ頃廃止になったのかは定かではないが、最後に知恩院へ行ったのが2018年、その時には見世物小屋はなかったと思う。でも、つい最近まで見世物小屋はあったのだ。見世物小屋は、私の故郷の津山市が江戸時代の森・松平藩だったころ、今の翁橋付近、たぶん泰安寺付近で小屋掛けが立ったことは、歴史に刻まれている。寺院や神社と見世物興業とが密接につながっていたことは、我われから親の時代の記憶を遡ってみれば鮮やかに蘇るだろう。 私はここで、現代の様々な芸能活動、芸能ビジネス、さらにスポーツビジネスも、中世のこの見世物小屋にルーツを持っているのではないかとの仮説のもとに、分析を始めた。移動を経営形態とする見世物小屋とは異なり、能、歌舞伎など継続性を特徴とする芸能は、江戸では、常設子屋での営業だったようである。相撲も縁日形態で行われていたとされる。岡山県の津山市の西部に、相撲の土俵を備えた寺院がある。 とすれば、現代資本主義の最高の発展段階の特徴として描き出すことのできる「芸能・スポーツ資本主義」と、そのグローバルな展開こそ現代の経済学が分析を深めなければならない分野だと言っても過言ではない。京都八坂神社の見世物小屋ノスタルジーから、趣旨がそれてしまった。中世の芸能に関する文献を多数買い込んだので、少しずつ分析を深めて後日披露したいと思う。(2021年5月14日)
2021.05.11
新型コロナが、既存のものを押しのけー置き換わるという表現が感染症学者によってなされるが、「置き換わる」のではなくコミュニティに浸潤するというほうが正しいという専門家もいるー、変異型に置き換わってきた新段階で、コロナとの共存あるいはゼロ・コロナへの楽観的予測(集団免疫獲得)が打ち砕かれようとしている現段階で、1年延期になっていた東京五輪・パラリンピックを強引に開催へもっていこうとする、IOCとJOC実施当局の強行突破と綱引きが活発化してきたと映る。無観客開催はすでに決まっており、昨年安倍首相が強気の発言をした「人類が新型ウイルスの打ち勝った証として」開催する公約の一角が崩れ、インドや北朝鮮の感染症がらみの不参加が「完全な形」での開催という石垣を崩れさせかけている。果たして、五輪・パラリンピックは開催できるのか? 出場を決めた選手へのsns等での風当たりも出てきた。 客観的には、どう見ても危険極まりない平和の祭典が、いつか映画にあったような「地獄の黙示録」と変わりつつあるのではないかと筆者の目には映る。大げさだろうか? インドの感染状況と医療崩壊とりわけ酸素不足による生命の選別は、「地獄」としか形容のしようがない。日刊ゲンダイは次のように報じている。「オリンピックとパラリンピックで計1万5000人余りの選手が参加する予定。選手のコーチやスタッフと、報道関係者が計3万5000人余り、合計5万人が入国する。出国時にPCR検査で陰性証明を求めるが、入国後2週間の待機を免除される。不十分な感染対策のまま訪日外国人を入国させ、感染爆発するリスクと構図は同じだ」と。丸川大臣は5日ごとに検査し、感染者が出たらすぐに隔離すると言っているが、これまでのオーストラリアの国際テニス大会などの対処では、建物ごとの封鎖になる。 下の「参考資料」の東京スポーツ、5月7日号を一読すればお分かりのように、同紙は次のように述べている。大意を取って引用する。( )内は筆者の補足です。「すっかり悪役となったバッハ会長が、このままホスト国(日本)に望まれない形で開催を強行すれば、大炎上は必至。(今夏の)大会期間中に、新型コロナウイルス感染者が爆発的に増加する事態が発生しようものならIOC、五輪そのものの存続論にまで発展しかねない。 バッハ会長の本音を、IOCの事情に詳しい競技団体関係者はこう推測する。『どんなに批判にさらされようと、IOCにとって4年に一度の五輪は重要な資金源。何があっても絶対に自分たちから中止するとは言えない。今は東京や日本ができませんと言ってくるのを待っているというのが本当のところではないか』開催不可能と言い出した東京や日本が莫大な違約金を支払ってくれるなら、IOCの痛手は少ない。上から目線で『そう言うなら仕方がありませんね~』となる。そして来年にはIOCの金満体質と相性の良い北京五輪も迫っており、東京が中止になったとしてもバッハ会長の責任が問われるわけではないのだ。〝貴族軍団〟は自分たちのメンツが潰れぬよう、東京のギブアップを待っている状況。敏腕弁護士の顔を持つぼったくり男爵は、やはり一筋縄ではいかないクセ者。今のところ思惑通りに事は進んでいるようだ」と。事実、西日本新聞ニュースの「習氏『北京五輪成功に自信』」を読むと、バッハ氏は中国・習近平との電話会談で、北京冬季オリンピック開催に向けての二人三脚の足固めを行っている。東京オリンピック開催に暗雲立ち込める中、東京スポーツが指摘するように、「東京がだめなら北京で」と自ら跨る馬の手綱を北へ切ったともとれる。参考文献・資料(時系列に並んでいません)・BBC JAPAN「東京五輪・パラ、海外からの観客受け入れ見送りを決定 2021年3月20日」https://www.bbc.com/japanese/56468985・政治経済 2021/04/16「英医学誌も開催を危険視する「東京オリンピック」の行方」Alison Durkee、https://forbesjapan.com/articles/detail/40905北國新聞「五輪、感染者隔離300室確保へ 選手村外のホテルで10日間」2021/4/11 https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/382266・「どうなる? 東京五輪・パラリンピック」https://www.jiji.com/jc/v7?id=202003olympiccv「東京五輪・パラ中止求めるオンライン署名 開始3日で20万人超に」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210507/k10013017791000.html・’Japan should cut its losses and tell the IOC to take its Olympic pillage somewhere else´https://www.washingtonpost.com/sports/2021/05/05/japan-ioc-olympic-contract/ May 5, 2021・「インド選手、五輪絶望的に 渡航制限で予選に出場できず」2021年5月7日https://www.asahi.com/articles/ASP573QYSP56UHBI035.html・日本経済新聞「バッハ会長来日見送りへ 緊急事態宣言延長で」2021年5月7日https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE078A40X00C21A5000000/・西日本新聞ニュース 習氏「北京五輪成功に自信」2021/5/7 https://www.nishinippon.co.jp/item/o/735097/東京スポーツ「バッハ会長が決して口にしないぼったくり算段」2021年5月8日 https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/3130737/・日刊ゲンダイ「選手村クラスター発生の危険 建物構造もコロナ対策に欠陥」2021/03/03・「IOCバッハ会長の来日 緊急事態宣言延長を受け見送りで再調整へ」2021年5月7日 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210507/k10013017751000.html・読売新聞「五輪・パラ選手のウイルス検査、毎日実施へ…丸川氏 陽性ならすみやかに隔離 丸川珠代 選手村」2021/04/15 https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210414-OYT1T50284/
2021.05.07
愛知県が5月12日(水)から緊急事態宣言になるので、私の大学では、授業がみたびオンライン(遠隔)になります。昨年の春学期、秋学期よりも、直感的に「危ない」と感じています。それは、既存の侵入ウイルスが変異ウイルスに置き換わってきているからです。 変異ウイルスは、若者や年少者にとりつきやすく、彼らを重症化へ導くからです。また、3密環境でなくても1,2密環境下でも人体に侵入、発症する特徴があるとされているからです。 大学の教室は3密構造を持っています。授業を効率的に回転させるために、大教室での大人数授業があります。中・小教室も履修の効率的回転のために密集構造したがって密接(濃密)構造となっています。最近の大学は、学生確保の必要性から、過剰な学科、コースを置く傾向があり、必要以上の授業数を回転させるために、多くの教員を雇い、3密空間を作っています。3密空間は大学の宿命的空間構造と言えます。学食は大勢の学生を、昼休みに一気に収容して食事をさせる超高密空間です。部室は学生課の目の届かない密閉空間です。 ある大学では、原則100人以上のクラス(授業)はオンライン、それ以下は対面ということです。直感的に変だなと思うのは、機械的に授業規模(履修登録者数)で、対面・非対面にしていることです。座席数に占める履修者数で比率を取れば、履修者数の多少にかかわらず、密集度が出るので、換気など対策を強化する前提として、前後左右を開けた場合の密集率を基準にすべきだというのが、私の友人の考え方です。 15人の履修者が20名収容教室で授業をするほうが、100名の履修者が200名収容の教室でやるよりも、密集率は高く感染リスクは高いから、というのが東京の大学にいる私の友人の考えです。友人によれば、3密以下の2密、1密でも感染するのが、変異株の特徴であることが分かってきており、若年者の感染リスク、重症化リスクが高いことが分かってきているので、日常的な教室感染リスク回避策を、もっとち密にするのが大学の使命ではないかと言います。 教師は、このような蜜空間にさらされて教育活動に従事していますが、安全空間は研究室です。しかし、教授会、各種委員会などで高密空間に閉じ込められます。職員は、教務、学生、キャリアなど、学生と対面で仕事をせざるを得ません。 筆者は、個人的には大学を完全に感染リスクから解放するためには、完全ロックダウンしかないと考えますが、それは無理でしょう。しかし、昭和43年から44年にかけての学園紛争の中で、半年の「ロックアウト」を経験しています。そのような過酷な環境の中で、学生はたくましく生きてきました。大学が、変異ウイルスの猛威の中で、ぐちゃぐちゃになるのではないかと危惧していますが、これが杞憂に終わることを期待しています。(2021年5月7日 本稿は予告なく内容を修正することがあります。続く)
2021.05.07
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