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「すごいですね、真佐子さん」「え、何が?」「若社長、たじたじでしたね。両芸能プロダクションの間には何か関係があって、殺された社長と東京のワールドの間には、今回の企画の件では、何か争いがあった。マネジャーの澤田さんの殺害に関しても、君川社長なりの推理で、ワールドが怪しいとにらんでいた。社長が奥さんに切り抜きを作るようメールで頼んだのは、事件の確認だったのではないかしら。白兎海岸へ呼び出したのがワールドプロダクションだとして、では、なぜ君川社長を殺害しなければならなかったのか。真佐子さんの推理のように、何か法外な要求を突きつけるなり、殺されねばならない何かを仕掛けたのか、この辺が焦点になりそうですね」 蜜柑は、真佐子の推理に肉付けをして言った。「あら、私の推理は三文推理小説の受け売りで、思いつきですよ」と、真佐子は照れた。「そんなことはないですよ、真佐子さん。神奈川県警の採用試験を受けて、私たちと一緒に悪を懲らしめませんか」と、蜜柑は笑いながら言った。「あら年齢制限をはるかに超えてます」「特別枠というのはどうでしょう」と、蜜柑が言えば、「特命刑事というのはどうでしょう」 運転手の大阪府警の女性警察官が笑いながら言った。大阪第一テレビ局の玄関前についた。パトカーに気が付いて、受付の女性が飛び出てきた。三人は応接に通された。応対に出たのは報道局長と番組制作室担当者だ。「確かに当時黙示録という企画があって、ドリームプロダクションに相談した経緯があります。当時私は番組制作を担当していなくて、局内で共有されていたことの範囲を出ないのですが、確か、ここ大阪のドリームへもっていったと思います」「ドリームでは知らないということでしたが。もちろん息子さんの話です」「そうですね、先代の社長ならよく知っていたはずですが、いまとなっては」と、一つ一つ思い出すように言った。「ドリームで検討する中で、この企画はなかなか重いところがあり、東京のワールド・プロダクションと共同企画になったというところまで私どもは承知しています」当時の報道局長は言った。現在は参与の閑職にあるという。「なぜ、東京と共同になったのでしょうか」真佐子が訪ねると、「なんでも、企画が企画だけにドリームのスタッフでは限界があるというようなことだったと思います。そして、2020年に入り、新型コロナが流行し始め、企画は一時凍結されたといういきさつになっています」 番組制作担当者が言った。「この企画は、まだ生きているのですか?」 蜜柑が聞いた。「警察がお見えになるというので、当時の担当のものに聞いたのですが、企画の進行にやむを得ない理由で支障が生じた場合は、両者協議のうえ中止または継続を協議するとなっており、継続扱いになっているということです」と番組制作担当者が言った。「それでは再開ということになると、あなたのもとで共同企画が動き出すということですね」「その通りです。しかし、目下、東京も大阪も緊急事態宣言が出ていて、すぐにでも動かせる状態にはありません。今後の感染者数の動向次第だとは思いますが」 担当者は慎重に言った。「どのような企画内容なんですか?」 真佐子が思い切って聞いてみた。「ええ、こちらの意向としては、ヨハネの黙示録にある終末観、あるいは仏教の末世に照らして、現代日本をどのように見るかという、たいそれた企画となっておりました」 真佐子は、仲村がいてくれればと思いため息をついた。「お恥ずかしい話なのですが、いま申し上げた企画内容で、正直なところ突っ込んだ企画は、両プロダクションと詰めていく中で具体化しようということでした」 番組担当者は、頭を掻きながら言った。「この企画の発案は、前任の番組制作担当者ですが、実はある大学の文学部教授と懇意にしており、その大学教授、鮫島と言いますが、その方に聞くと何かわかるかもしれません。蛍雪大学の文学部で、まだ教授職にあると思います」 蜜柑と真佐子が立ち上がってから、部屋を出る間際に言った。「ありがとうございます。ワールド・プロダクションは、今、アジア・エンタテーメントに社名変更していますが、まず、ここをあたってから、鮫島ですね、教授からも話を伺います。我々のことを話しておいていただけると助かるのですが」 蜜柑は礼を言って、二人はテレビ局を出た。 大坂へ宿泊することは、総務課の許可を取っていた。「もしもし、パパ、大阪第一テレビの話では、やはり黙示録の話は、最初ドリームへもっていき、話し合いでワールド・プロダクションとの共同企画になって、そのあと感染症急拡大で、企画は事態収束まで延期ということになったみたい。山城、倉橋、江島の三人は、前々から移籍の希望があり、円満移籍となったそうです。はい、それと、この企画が第一テレビで出来た時に、担当者は同席していなかったのですが、蛍雪大学文学部の鮫島教授からいろいろとアドバイスを受けたようです。ええ、調べてください。仲村先生にも聞いてみます。ええ、真佐子さんにも質問してもらって、ドリームプロダクションは大慌てでした。ええ、何かを隠していると思います。……はい、ありがとう。こんばんは息抜きさせてもらうわ。真佐子さんは新幹線の駅の近くにホテルを取ってあるので、これから送っていきます。大丈夫よ食事はお部屋でするから。パパもね。はい、また連絡します」 蜜柑は、婦人警官にNホテルまで送ってもらうことにした。時計の針はもう6時を指していた。緊急事態宣言下とはいえ、新大阪駅前の人通りは帰宅通勤者で多かった。ワクチンを二回接種しているとはいえ、二回目から日がたつにつれて免疫力が低下することはわかっていた。また感染しても症状は重篤化しないとはいえ、他人に感染させる可能性がある。 真佐子は、山口県の湯玉で年老いた母親と息子夫婦、それに二人の孫と同居している。孫は小学生と保育園児だ。新型コロナウイルスのアルファ株は、もうほとんどデルタ株に置き換わっており、若年者への感染率が高く、症状も重篤化しやすい。新型コロナウイルスの感染は、高齢者や基礎疾患のある人たちから、若年者のステージへと変化した。 大坂の雑踏の中でウイルスを拾うわけにはいかない。予約したホテルでは、近所のレストランからテイクアウトの夕食を取ってくれるサービスがあり、蜜柑と真佐子は、チェックイン時に夕食を受け取って、ツインの部屋に入った。シャワーを浴びて遅い夕食をさあ、という頃はすでに午後7時半を回っていた。その頃仲村は自宅で「ヨハネの黙示録」に目を通していた。真佐子からメールが入った。「蛍雪大学文学部の鮫島教授が、ワールド・プロダクションが大阪第一テレビから黙示録の企画を手伝うように依頼されています。この企画は、感染流行前にワールドへ委託されましたけど、ドリームと共同企画ということになって、いまは凍結状態で、感染が収まれば再開されるとのこと。山城以下三名の、ドリームプロダクションへの移籍は、合意のうえということでした。ワールド・プロダクションとドリームプロダクションは、何か悪しき関係で結ばれていたか、ドリームプロダクションの社長が、ワールド・プロダクションの弱みを握っていたかもしれないです。女二人で、成果がありましたよ。私、刑事になろうかしら。真佐子さんと、これからお食事して、事件のなぞ解きをするのよ。あなたも頑張ってね」と、いつもの調子で、仲村を苦笑いさせる。しかし、真佐子は母親の味を知らない蜜柑を思い、また蜜柑は昔の話を聞くことで真佐子の記憶を手繰り寄せようという、やさしい思いやりがあった。一口の缶ビールは二人を母子にした。続く (目次へ)
2021.08.27
ドリーム・プロダクションは、大阪府警から車で15分くらいのところにあった。近くにはテレビ局があり、ほかでもない大阪第一テレビだった。情報を固めてからテレビ局を攻める作戦だ。蜜柑は胸が高鳴るのを覚えた。黙示録のことを知っている仲村教授がいればいいのにと思ったが、いざとなったら真佐子に連絡を取らせればよい。「鳥取県警と同じことを聞くかもしれませんが、お父様が殺害されるに至った理由に、本当にお心当たりはありませんか。どんな些細なことでもいいのです。この間、新型コロナの感染拡大で、エンタテ―メント業界が苦境に立たされている中で、東京のドリームプロダクションは、社名をアジア・エンタテーメントに変更し、御社から3人のスタッフを受け入れて再出発しました」ここで、新社長の君川翔の表情がやや変わった。「3人の移籍に関しては、かねてより移籍の希望があり、話し合いにより円満に移籍手続きか終わりました」と、社長は平静を装って言った。「理由はどういうことでしたか」と聞くと、「前々から東京で活躍したいと思っていた、ということだったので、こちらも引き留めもせず退職になったと、先代の社長から聞いています」と、やや動揺した感じで答えた。蜜柑は何かあると思った。「ところで」と、蜜柑が詰め寄った。「ヨハネの黙示録に関して、何かご存じではないですか」 社長は明らかに動揺しているが、「ええ、テレビの企画で、確かコロナ感染の前の年に、地元のテレビ局から、当時のワールド・プロダクションへ持ち込まれた企画と承知しています」と、平静を装った。「2019年ですね。どうしてご存じなんですか?」と、蜜柑が聞くと、「先代の社長から聞いたのですが、何かわけのわからない企画らしい、終末の世の中でもないだろうにと、こんなに景気がいいのにと笑っていました」 移籍した山城さん、倉橋さん、それと江島さんはどんな方でしたか?」「どんなと言いますと?」 新社長は、わざとらしく聞き返した。「質問がよくなかったですね。素人なので、得意な分野とか将来めざしていたような役柄と言いますか」「山城さんは大学教授なので、政治・社会時評を主に担当していただきましたが、大阪にいるとやはり生の情報が入手しずらいので、本業の研究もそうで、霞が関の生の情報を取材したいのだと、つねづね言っていました。倉橋さんは月並みなのですが、モデル出身なので、役柄が自分の体に集中して、もっと幅広い演技力を身に着けるためには、仕事の幅を広げなければいけないということでした。江島さんは、雰囲気が昭和を連想させるものを持っており、所属する事務所に心当たりがあるというようなことを言っていました。移籍先のアジア・エアンタメのホームページに紹介がありますが、だいたい同じようなことです」 と淡々として、意外に丁寧な説明をした。引き抜きに関しては、あまりわだかまりはないのだろう。落ち着きのなさは、ほかに原因があるのだろう。「先代社長さんの殺害は、ご存じだと思いますが、横浜港での澤田研一さんの殺害と関係はないでしょうか?」と、ズバリ核心を突いた。案の定、新社長の目線が左右に揺れた。刑事はそのような瞬間的な心の動きを見逃さない。しかし、相手の脳裏を走る実像までは覗けない。横浜港殺人事件について何か知っている、と蜜柑は思った。鳥取県警の聞き取りに対しては「何も思い当たるところはない」と答えている。先代社長の妻も同じように答えている。しかし、鳥取の白兎海岸で犯人と車で一緒にいたことが、横浜港殺人事件と何らかの関係があることは、妻にこの事件の新聞の切り抜きを作らせているところから明らかだ。「お父様は、横浜港の事件の関係者をご存じだったのではないでしょうか。あるいは何か重要な事実をご存じだった。」 蜜柑は吹っ掛けてみた。「私もその点はずいぶん考えて、社内のスタッフや母親に聞いてみたり、遺品の整理で何かないか注意したのですが、何もないのです」と答えるが、視線が微妙に乱れている。蜜柑は、鳥取県警の瀧川刑事と同様、何か隠していると確信した。「先代の社長さんは、横浜港の犯人に心当たりがあって、・・・それでその犯人はお父さまを呼び出した。そしてお父さまは何かを要求した。犯人は困りますよね」と、真佐子が思いつきを言った。若社長の表情が変わった。「いったい何を根拠に。わが社は、ドリームプロダクションとは何の関係もありませんよ」新社長は怒った。蜜柑は、真佐子が言い返そうとするのを制した。「いえ、警察はあらゆる可能性を考え、その背景を探るのが仕事なんです。これまで、御社とドリームは一緒に仕事をしたりということはありませんでしたか?」と質問を変えた。「ええ、その点はご指摘の通りで、このパンフレットに共同作品が載っていますからご覧ください」と言って、蜜柑に分厚いカラーのパンフレットを差し出した。(続く)(目次へ)
2021.08.25
2021年8月22日 舛添さんが次のようにツイート。当たっているような気がしますが。「竹下登元首相は、無能な政治家について、私に「君、それはIQの問題だわね」とよく言っていた。いまご存命ならば、あまりにも無様な政府や東京都の対策について、同じ事を言うのではないか。大衆は、所詮は、自分のIQレベルの政治家しか持てないということだろう。これがポピュリズムの怖さである。」 昨今の菅内閣の支持率は30%前後というのが相場だ。私の大学のある学生が、「あんなしょうもない内閣が30%も支持されているんですか?」と私に聞いた。「出発当初80%近く支持があったのだから、良識のある国民の大部分は、やはり期待感があったんだよね。でも、息子の問題、学術会議の問題、コロナの無策、答弁書の読み間違いなどで、やっぱりあいつもダメかとなったんだね」と答えると、「だいたい、先生、あの目は腐ってますよ、舌も回っていないし。それに喋る国語がおかしい」とずげずげとまくし立てる。」「わたしも同じ意見だ」と答えると、「政治家の中に誰かはっきり物事を言う人はいないんですか」と聞くので、「いないなあ」と答えて、もやもやしていたところへ、舛添さんが上のようなツイートを出した。「東京都の対応」も含んでいるところが私情に近いが、まあいいとして、同じようなことは確か静岡県知事も言っていた。「あの人は学問がない」と。 そしたら静岡県議会でひんしゅくを買った。でも、舛添さんはフリーだからいいのだろう。こういう私も、一応現役の大学教授なので、IQが低い、学歴がどうの、学問がないなど、言える立場にない。このブログの別なところで言ったが、彼は法政大学の第1法学部の出身だ。これは同大の公式HPで認めている。しかし彼を同大夜間の出身だとした週刊誌が二つあった。これを嘘だでっち上げだとする気持ちもない。公平でなければならない。両方が正しいとすると、彼は高卒後二年遅れで同大夜間部へ入り途中転部をして、第1法学部卒となったとするのが正しい推測だろう。私は、彼と同じ昭和23年生まれで、昭和42年に同大の経営学部に入学した。 当時の第1法学部は中央の法学部並みに難関だったと記憶しており(友だちがそういっていた)、二部を経由して一部へ転入するなど、何の引け目でもない。誰でも自分の経歴には責任を持たねばならない。菅氏も、法大1部卒だとは言っているがが、1部入学だとは言っていない。1部入学だという成績証明書を示して、経歴のロンダリング(洗浄)をすべきだろう。IQの問題だという舛添(竹下)さんよりも穏便な意見とは思いませんか?(この投稿は予告なしに書き換えることがあります。ご了解ください。)
2021.08.22
翌日、仲村は真佐子を品川まで送ったが、仲村もまた静岡へ帰ることにした。『ヨハネの黙示録』は、静岡の自宅に置いてあった。大学は夏休みに入り、少し骨休めをしたいとも考えた。静岡に停車する新幹線が来たので、蜜柑と3人で自由席に乗り込んだ。満席とまではいかないが、大勢の人が乗っている。 前日、真佐子に知らせておいたので、蜜柑も承知で、真佐子と仲村を窓側に座らせ、蜜柑は通路側に座った。ワクチン接種を二回終わったものでも感染するケースが増えており、外国では3回目の接種が行われるようになってきていた。ブースター接種というらしい。 新型コロナがはやりだしてから、感染症対策の後進性からくるのだろうか、やたら英語が出てくる。パンデミック、ステイ・ホーム、ウィズ・コロナ、ロックダウン、アナキラーゼ、ブースター、コバックス、ブレイクスルーなどなどだ。パラオキシメーターに至っては舌をかむ。ファイザー、モデルナ、シノバック、ジョンソン&ジョンソン、スプートニクVなどのワクチンに至っては、覚えきれない。敵国語を使ってはいけないという太平洋戦争時の国策が嘘のようだ。 二回打っても重症化はしないものの、感染したら人に移す可能性もある。未接種の若年者への感染が急速に広がっている。病院もひっ迫してきており、東京には酸素ステーションも設置され、医療体制を必死で防衛しているかに見えるが、明らかに「命の選別」が行われている。ある往診専門のクリニックの医師に言わせれば、高齢者は回転が速いから、看取りのために優先して入院でき、酸素濃度が低下した若い人が後回しになる。 三人とも不織布のマスクをして、必要なこと以外は会話はしない。蜜柑が携帯のメモ帳に用件を入力している。すかさず真佐子もメモで答えている。犯人と戦うには、こちらがまず健常でなければならない。うとうとしている仲村の耳元に真佐子がささやいた。「あなたと道頓堀りを散歩したいけど緊急事態じゃ無理ね。今度つれてってね」「収まったらね」と、仲村が面倒くさそうに答えると、またわき腹をつねっている。「君が中学生のころ、よく腕や腹をつねった。すね毛を引っ張ったこともあったよ」と言うと、調子に乗ってやる。蜜柑が笑っている。蜜柑は幼いころ母親を亡くし、父親の手ひとつで育てられたものだから、夫婦仲というものを実感としては知らない。結婚願望がないのも、過去の記憶のせいかもしれない。目の前の二人は、いろいろわけあって「幼馴染」だという。とはいえ、恋人同士のような二人を見ていると、なぜか心をくすぐられる。 蜜柑にもつき合っている男性はいるのだが、こういう時、なぜかその男性のことを思い出す。優柔不断なところは仲村に似ている。真佐子とて、二十歳までのもっとも多感で波乱に満ちた青春時代の思い出が事故で消えていることが口惜しい。「愛」に対する応答と「愛」の発露の所作が記憶から消えているから、ぎこちない遊びごっこのような触れ合いになる。仲村が快く受け入れてくれるから、これでよいとは思うが、本当は違うのだと思う。 新幹線は、静岡駅のホームで、列車追い越しのためしばらく停車していた。真佐子が、列車から降りて何か世話を焼いている。ミニスカートと、髪の毛を束ねたイスラム教徒の女性のようなスカーフと、太いベルトにタイトな白いブラウスは、まるで昭和のストリートガールのようだ。 ドアが閉まるといけないからと、仲村が真佐子を列車に押し込む。座席に戻り、子どものように大げさに手を振っている。周りの人たちは、この二人を一体どういう関係だと思うだろうか。蜜柑は手を振りながらそう思った。 大阪府警に出向いた蜜柑は、刑事課であいさつをした。真佐子を県警の資料課アシスタントと紹介した。神奈川県警からとあって、刑事課長が応対し、捜査のあらましを説明した。鳥取県警とは連絡を取っているとのこと。鳥取県警の若い滝川刑事が、ドリーム・プロダクションの君川俊夫社長が投宿した鳥取市内のホテルに、君川が殺害された日の次の日に停まっていた、品川ナンバーの車の目撃があり、足取りを追っているとのことだった。 ナンバーがわからず、白いセダンだということだけで、今まで情報は限られてはいたが、山口県と島根県との県境辺りのコンビニに、品川ナンバーの白い車が停まっていたという情報を得たという。乗っていた人物はわかないが、「コロナ禍で移動が自粛されている中、遠くからきている」と記憶にとどめている人がいたというのだ。それ以外のことはわからないという。ちょうどその駐車場で撮った記念写真の日付から、7月12日だと分かり、この日は白兎海岸の事件の翌日にあたる。滝川刑事はこの車だと確信したという。 島根県警の手を煩わせるのもはばかられるので、目下、滝川刑事が捜査範囲を拡大して、更なる情報がないか調べているということであった。社長が殺害されたあとは、息子の君川翔がプロダクションを切り盛りし、コロナ禍の中、経営は厳しいものの、何とか回しているということだった。ドリーム・プロダクションから、三人が東京のワールド・プロダクション改め、アジア・エンタテーメントへ移籍した件は、府警としても承知しており、ドリーム側へ捜査の攻勢をかけたが、明確な手掛かりはないということであった。「横浜港で殺害されたマネジャーの澤田さんの黙示録という本から、黙示録、人形と記したメモが出てきたのですが、何か手掛かりはないでしょうか」 蜜柑が訪ねたが、「初耳です」という答えだった。「山口県と島根県の県境のコンビニですが、道の駅 ゆとりパークたまがわではないでしょうか? 県境と言っても、だいぶ山口県に入ったところですが」と、真佐子が聞いた。真佐子は山口県の湯玉に住んでおり、県境の日本海側は自分の庭のように知っている。亡くなった漁師の夫と、遊びでよく行ったところで、海は漁で連れて行ってもらったことがある。「おっしゃる通りです。申し訳ございません。駐車場に品川ナンバーの車があるので珍しく思い、スタッフが覚えていたらしいのです。滝川刑事の調べでは、防犯カメラからは距離がありすぎて、ナンバーは確認できないということでした」「横浜の殺人現場もそうなんですが、犯人はカメラには注意しています」 蜜柑が言った。 大阪府警は、大阪城の西にあった。二人は確かな手ごたえを感じて府警を後にして、ドリームプロダクションへ向かった。アポは取ってあった。府警の女性警官が車で案内してくれた。感染に神経を使っている。「デルタ株は怖いですね。マスクをしていても、電車の中では簡単に感染してしまいますから」と、婦警は大げさに言ったが、蜜柑も真佐子もその通りだと思った。(続く)(目次へ)
2021.08.21
夏と蜜柑は、仲村と真佐子を石川町の駅まで送っていった。時計は8時を回っていた。「今日はいろいろ収穫がありました。私たちもコロナ感染にかまけてさぼっていないで、一気に攻めようと思います」と夏が言い、「黙示録、赤いイヤリングの女、タレントさんたちの移籍、鳥取のホテルに品川ナンバーの謎の中年男女、移籍組は名前まで判明しました。いろいろ糸口が見えてきました。鳥取県警にもはっぱをかけます」 蜜柑が言った。「そうですね。ヨハネの黙示録は私も持っているので、さっそく読んで見ます。私のつたない知識では、黙示録は、西暦95年ごろですか、ローマの迫害下にある小アジアの教会のキリスト教徒に激励と警告を与えるために書かれた文書というか、小説みたいなものではなかったかと記憶しています。確か、大学の授業で習ったように記憶しています。この世の終末と最後の審判、キリストの再臨と神の国の到来、信仰者の勝利といった、預言的内容が象徴的表現で描かれていると。破滅的な状況や世界の終末などを示したものでした。本にも出てくるハルマゲドンは、地下鉄サリン事件を起こした麻原彰晃がでっち上げた終末論でしたね。でも、なぜこんなものが芸能界で取りざたされるんでしょうね」 仲村は、真佐子のほうを見ながら言った。「大阪のテレビ局に聞くと分かるわ。私、大坂に行きたいわ」と真佐子が言った。「これは警察の仕事ですよね」 夏が制すると、真佐子は仲村の脇腹をつねった。「もう、せっかく大阪を案内してあげようと思ったのに」真佐子の機嫌が傾いた。「真佐子さん。ここは私たちに任せてください。危険が及ばないとも限らない。蜜柑をさっそく大阪府警に行かせますよ」と、夏警部が仲村の顔を伺うように言った。「僕は、しばらく黙示録をじっくり読んで見たい。いまインターネットで検索したら、ヨハネの黙示録の主要舞台のバビロンについてこのような説明がありました。事件に関係はないかもしれませんが、読んでみます。バビロンは、イラクにおけるユダヤ人コミュニティーの起源ともなったが、このように、ユダヤ教の成立過程に深く関わったバビロンは、ユダヤ教やその系譜を引くキリスト教において正義の対抗概念のイメージであり、さらにイザヤ書とエレミヤ書の預言と新約聖書のヨハネの黙示録(ヨハネへの啓示、啓示の書)の故事から、ヨーロッパなどのキリスト教文化圏においては、退廃した都市の象徴(大淫婦バビロン、大娼婦バビロン)、さらには、富と悪徳で栄える資本主義、偶像崇拝の象徴として扱われることが多い。以上ですが、大変なことですね。まさか東京が現代のバビロンだというのではないでしょうね。テレビ局の企画がわかったら、何か、澤田さんがなぜわざわざ本を買って、メモを挟んでおいたかわかるような気がします」 夏がJRの乗車用のプリペイドカードを取り出した。真佐子が蜜柑の耳元へ何かをささやいている。真佐子と仲村は階段を上りホームのほうへ消えていった。手を振っている。 原宿の昨晩と同じホテルが取れたので、仲村はホテルまで送っていった。「私明日帰るわね。あなたに迷惑がかかってもいけないし。今回はたまたま軽い気持ちできたし・・・」 真佐子は別れ際に言った。「せっかく来てもらって、どこか楽しいところを案内できればよかったのですが、つまらないことに巻きこんでしまって、申し訳ないです」 仲村は腕時計を見ながら言った。「そんなことないわ。私とっても楽しいの。蜜柑ちゃんが大阪へ連れて行ってくれるっていうし、大坂じゃきっと有力な手掛かりがつかめると思うわ」「まさか、大阪府警へ?」「そうよ。明日品川駅で待ち合わせになってるから、見送って頂戴ね」「え、もうそんな約束まで?」「そうよ、女同士、遊ぶ計画はすぐにまとまるのよ」「遊びじゃないですよ」「わかってるわ。その足で湯玉へ帰るから安心して頂戴」「真佐子さんにはまいるなあ」「一人にしてごめんね。私がいないと寂しいでしょうけど、お利巧しててくださいね」 また勝手なことを言っている。しかし、仲村はいつか真佐子が中学校の3年を終わるころ、どこかできっとこんなことを言っていたような気がした。一つ一つの会話や場所を思い出せるほど記憶は明瞭さをとどめてはいなかった。流れた時間の川は、一つ一つの記憶のシーンを大海へと流していったのだ。そんな薄れた記憶の集積に、何か見えない楔のようなものが強引に撃ち込まれたのだとも思ってみたりした。自分も真佐子もその楔が何であったか知りたいのだと思った。(続く)
2021.08.20
会食の席を離れて、電話で「黙示録 人形」のことを業界通に聞いていた幸田友里恵が、テーブルに戻ってきて言った。「黙示録というのは、大坂のテレビ局が、3年ほど前に動かそうとしていたバラエティ番組の企画で、何と当時のワールド・プロダクションに声掛けが行われていたそうなのです。ワールドプロダクションでは、正式に社の方針として、この企画の具体化のため、人選も含めた検討をしていたというのです。詳細はテレビ局とワールドプロダクションの企業秘密ということですから、部外者にはわからないのですが、こういう話はどうしても漏れてしまうのですね。 うちの事務所のかぐや姫の社長の話ですが、なんでも予算は破格で、惜しみなくつぎ込むといった景気のいい話だったそうです。よほど有力なスポンサーがついたのでしょう。コロナ感染の前の話ですから。だった、というのは、何らかの原因で、この企画がとん挫してしまったからだろうと社長は言うのですが、詳しいことは再出発したアジアエンタテーメントの社長に聞けばわかるのではないかということでした。」 幸田友里恵が緊張した面持ちで言った。「ありがとうございました。ひとつ聞きたいのですが、一つは大阪の何というテレビ局か、もう一つは、そういう場合、企画を検討していけるとなると、人材を募集したり、他社からの応援を依頼するといったようなことはあるのですか?」 夏警部が聞いた。よい質問だった。幸田友里恵はちょっとためらったが、「大阪第一テレビです。人材の募集のことは、一般論ですが、具体的になるとオーディションの開催などで、発掘することもありますし、お尋ねのように他社への協力依頼ということも考えられます」と答えた。藤堂真理矢が相槌を打っている。「ワールドプロダクションが大阪のドリームプロダクションへ協力依頼の話を持っていった可能性はありますか?」 夏警部がさらに聞いた。しかし、これはあまり良い質問ではなかった。根拠のない仮定のうえの質問だからだ。幸田友里恵は、「何か依頼しなければならない理由があれば、考えられると思います」という答えを引き出してしまった。しかし、夏警部の脳裏にはある仮説の仮説がよぎった。娘の蜜柑も同じことを考えていた。「光岡瑠偉さんの夢に出るという女性の赤いイヤリングですが……」と言って、真佐子は途中でやめてしまった。「田舎者」という引け目を感じる。「真佐子さんは若いころに交通事故にあって、回復してからよく夢を見たそうなんですが、その夢に出てくる人が、交通事故の相手だったんです。一時的な記憶喪失になって、でも脳裏のどこかに残っているんですね。その夢の中に出てくる人相などが手掛かりになって、警察が協力して犯人が見つかったのですよ」と、仲村は少しぼかして、真佐子の言おうとしたことを一同に伝えた。真佐子はほっとした。「私も同じことを考えていたのです。女性で赤いイヤリング、何か手掛かりになるかもしれませんね。横浜のホテルの前の海岸で事件が起きた時にいた女性は、赤い傘をさしていましたし、この人が女性だとしたら、車の中にいた人も女性で、好みの赤のイアリングをしていたと考えることはできます。一致していますね」と、二人をフォローした。「赤色の傘、女性、赤のイアリング。この女性がカギを握っていることは間違いないと思います。ただしこの女性が本物の女性だとして」 夏は、事件の解明に薄日が差した思いがした。「それにしても、澤田研一さん、光岡瑠偉君と、ドリームの君川俊夫さんはなぜ狙われたのでしょうか?」夏は、深いため息をついた。誰もが同じことを考えていた。(続く)(目次へ)
2021.08.18
横浜中華街の個室のある店に全員が集合したのは、午後6時半だった。外はまだ明るいとはいえ、夏至を過ぎると暗くなるのが早くなってくる。暮れなずむ中華街を行きかう人は少ない。首都圏の感染者数は、デルタ株に置き換わってからうなぎ上りだ。テレビでは制御不能と言っている。 相次ぐ緊急事態宣言の影響で、シャッターを下ろしている店もある。資金力に乏しい零細店舗は体力に限界がある。緊急事態宣言にしろ蔓延等防止にしろ、アルコールにターゲットを絞った自粛要請は零細店舗を淘汰し、規模の寡占化を進めようとする政策と映る。業界は違うがコロナを機に「寡占化を進める」と公言して憚らないホテルチェーンもある。 夏警部と蜜柑、仲村と真佐子は、もう2回のワクチンを接種していた。歌手の藤堂麻里矢と私立探偵の山梨玲子、それに麻里矢のマネジャーの幸田友里恵は、まだ1回の接種だった。この中華料理店では、検温と簡易検査を行っており、まず先に食事をして、マスクをつけてから会話に入る。油断は禁物だ。 真佐子は、私立探偵の山梨玲子と藤堂麻里矢、幸田友里恵を知らない。飲み物が来るまで簡単な自己紹介をした。真佐子は、都会の人間ばかりが集まった会合に、気が引ける思いがした。仲村をちらちらと見ている。 仲村が、新宿で今しがた会ったばかりの歌手の光岡瑠偉の近況と、彼が最近夢に見るという、彼をはねた車の中の赤いネックレスの女性のこと、光岡の移転先の事務所の情報で、被害者の澤田研一マネジャーがいたワールド・プロダクションが、名前をアジア・エンタテーメントと名前を変えて再出発したこと、そこには、大阪のドリーム・プロダクションから、数人の移転があることを紹介した。アジアという冠があるようにアジアに業容を拡大するという。 そして、その三人が、山城、倉橋という女性タレントと江島という男性芸人だと分かったという光岡からの情報を紹介した。仲村は、この三人のうち、倉橋というモデル出身の女性タレントは知っていた。最近、自然環境保護を売りにして、時々バラエティ番組に出ている。長身の魅力的な女性だ。 山城は大学教授でありながらテレビ出演も行ういわゆる「タレント教授」、倉橋はモデル出身のタレントで、転籍のいきさつについては、調査中なので、いましばらく待ってほしいということだった。夏警部からは、特に捜査の進展はないが、ワールド・プロダクションからの移転者について調べている旨の説明があった。捜査情報の詳細は、つまびらかにはできない。 鳥取県警からは、その後の捜査で、殺害された大阪のドリーム・プロダクションの社長の君川敏夫が泊まったビジネスホテルで、品川ナンバーの車が目撃されており、中年の男女が目撃されていた連絡があり、殺人事件と関係がないか調べているとのことであった。白兎海岸の近くのコンビニに、ドリームプロダクションの社長が酒に酔って立ち寄った時に、目撃されたのは男性だということであったから、品川ナンバーの車の二人が事件にかかわっていたとしたら、重要参考人ということになるが、慎重に痕跡を隠している。 この車は、ナンバーが防犯カメラには写らない位置に止めてあった。チェックイン・アウトでのホテル側の記憶はあまり定かでなく、背は高く中年だったというくらいだ。電話予約で、チェックイン時の住所氏名はおそらく架空のものだろうということであった。今どき電話予約などないし、横浜のホテルも電話予約だったので気にかかる。 山梨玲子は、被害者の澤田研一マネジャーの妻・淳子からの依頼で、彼が使っていたノートパソコンを調べていて、手がかりになるような痕跡はなかったが、澤田の妻からの連絡で、彼の遺品の本の間から、ボールペンで「黙示録 人形」と書かれたメモが見つかり、つい先日預かってきたという。一同、山梨がファイルから取り出した小さなメモに注目した。蜜柑が、克明にメモを取っている。 ここで、食事が出されはじめ、一同食事に専念することにした。食前に示された様々な情報を各自が各様の推理を働かせ、相互の関連をつかむために質問を考えていた。その核心は、言うまでもなく山梨が、故人の妻から差し出された「メモ」で、「黙示録、人形」だった。鳥取のホテルでの謎の二人連れについても想像を巡らせた。事件には関係がないかもしれない。 長い沈黙の時間が流れた。その静けさは「黙示録 人形」という、とりようによっては怪奇、スリラーの世界を彷彿とさせるもので、鳥肌が立つ感触を掻き立てた。黙示録がこの世の終わりに際して、キリストの弟子のヨハネによって書かれた警告の書であるくらいは、全員に分かっていた。それと人形がどうかかわっているのか? 長い沈黙を破って仲村が発言した。全員がマスクを着用している。「このメモが挟んであった本のタイトルはわかりますか?」 山梨が答えた。「はいこの本です。お回しします。奥様にお断りして借りてきました」と言って隣の蜜柑へ差し出した。「メモと同じヨハネの黙示録」と蜜柑が言って、順に閲覧に回った。メモは挟んである。本は四六版のハードカバーで、読んだ形跡が認められる。「文字は澤田さんの字ですね?」「そうです」と、山梨が答えた。「澤田さんは、なぜこんな本を読んでいたのでしょうか? それと、黙示録と人形は何かつながりがありましたか?」 夏警部が自問自答したように言った。「ええ、私も奥様に何かこのメモのことで心当たりはないかとお聞きしたところ、そういえば事件の直前のことで、仕事で使うかもしれないというようなことを言っていたということでした。人形については、皆目見当がつきませんと言われました」と、山梨玲子が答えた。「事件の直前というと、一昨年の7月以前のことですね」 夏警部が過去を振り返る様に言った。「唐突なようですが、澤田さんの仕事の関係で、なにか新しい企画が出て、それをメモに書いておいたのではないでしょうか。本を買っているところから、澤田さんは進んでこの企画を理解するとか、進めるために読んでいたとは考えられないでしょうか? あるいは発案者だったとか」 藤堂麻里矢が思い付きで言った。「マネジャー仲間に聞いてみましょうか?」と幸田友里恵が言ってスマホを取り出し、席を外した。この会話の中断したすきに、真佐子が、「人形って、鳥取県に人形峠という山があるわね。関係あるかしら」と、仲村の耳元にささやいた。「僕も同じことを考えていたんだ。でも、なんで黙示録なんだろう?」と、周りに聞こえないようにささやいた。この時、仲村の電話が鳴り、光岡からと分かって席を立たずに電話に出た。「いま、横浜に関係者が集まって話をしています。はい、ドリームプロダクションから、アジア・エンタテーメントへの移籍組についてどうでしたか? はい・・・はいそうなんですか・・・それで・・・そうですか。では詳しいことがわかりましたら。警察の捜査に任せたほうがいいかもしれませんね・・・ありがとうございました」 仲村はスマホをしまい、要点を伝えた。「失礼しました。光岡さんからなんですが、大坂のドリームから再起出発したアジア・エンタテーメントへの移籍3人は、江島卓という男性タレントと倉橋美玲というモデル上がりのタレントは、以前から待遇面でドリームに不満があり、移籍を希望していたが、ちょうど山城美雪が転籍するときに誘われるようにして、そろってアジア・エンタテーメントへ移籍したそうです。 山城は関西の大学を出てフランス留学から帰国し、大坂の大学へ学位論文を出して、それが評価されて関西の2流大学へ収まったらしいのですが、その大学が不満で、中央の晴れ舞台を目指して、いろいろ運動をやっていたらしく、どういう縁があったのかはわからないらしいのですが、新規再出発のアジア・エンタテーメントへ移籍ということになったらしいのです。光岡君は自分にも責任があるので、もう少し調べてみるとのことでした」 一同は思い思いの推理を巡らしている。メモを取っていた蜜柑が口を開いた。「とにかく、このコロナ禍で芸能界は仕事が減って困っていると聞いています。あらぬスキャンダルを捏造して誹謗中傷し、売れっ子タレントを貶めるといったこともあると聞いています。自殺に追い込まれるケースもあります。根拠はないのですが、今回の事件にもそういう影が見え隠れするのですが、飛躍でしょうか?」 蜜柑が控えめな発言をした。「そういう話はよく聞きます。芸能週刊誌をご覧になっているファンのかたのほうがよくご存じだとは思いますが。残念なことです」藤堂真理矢が言った。幸田友里恵が席に戻ってきて言った。(続く)
2021.08.09
真佐子は何を着て行こうか迷った。昭和のレトロな感じで仲村の前に現れたのには、理由があったが、今のところ仲村は分かっている素振りがない。事件の捜査に関心が向いてしまったので致し方ないが、昭和40年代の初め、自分がまだ15、6歳の頃に流行った服装を着れば、何か記憶が戻ってきはしないか、仲村が何か思い出しはしないか、何か過去の隠された事実に向かう、何かのきっかけになりはしないかと、古いファッション雑誌を調べてしつらえたいでたちに、今のところ仲村は反応しない。というよりも何か好奇心の目で見ているようだ。真佐子は苛立たしかった。しかし、ここは事件の方を優先することにした。しかし、「真佐子さん、お似合いですよ」つり革を一つ空けてつかまり、仲村は新宿へ向かう山の手線の中で言った。真佐子は黙っていた。「あの頃流行っていた服装ですね。なんだか懐かしいです。あなたも制服じゃない時は、ちょうど今くらいの丈のギャザースカートでした。上はいつも白色のブラウスだったと思います。でも、これまで何度も話したように、あなたが就職してからどのような服装をしていたかは知りません。会社へ行っても会ってもらえなかったので」 仲村は、真佐子と距離を取って言った。「気づいてくれたのね。嬉しいわ」 真佐子は景色を見ながら答えた。山口県の田舎の漁港で日々を送っている真佐子の目には、見るもののすべてが珍しい。仲村は、新宿駅へ着くと、見慣れた京王線の改札口の方へ真佐子を案内した。光岡瑠偉との約束は11時だった。少し時間があったが改札口で待つことにした。「やあ、仲村先生ですね」と長身の若い男性が声をかけてきた。やや長めの髪にラフなカジュアルに身を包み、軽快なスニーカーを履いている。テレビで見る光岡瑠偉その人だった。感染対策がしっかりした喫茶店があるというので、真佐子と仲村はしたがった。「夏警部から事故のあとに事情聴取を受けて、特に思い当たることはないとお答えしたのですが、実は僕も気になっていて、あれから事故の、いやひき逃げの夢を見るようになって、運転手の顔がぼんやり浮かび上がって来るのです。助手席かもしれません。もちろん夢の中のことです」 光岡は、注文したアイスコーヒーをストローで吸って言った。「そうなんですか? 夢とはいえ光岡さんはぶつかった瞬間に運転手か助手席にいた人を見たのかもしれませんね」 仲村が先を促した。「ええ、そうかも知れませんね。あの横断歩道はいつも通るのですが、割と明るい照明があって、新宿方向つまりセダンが急発進して向かって来た方向を照らしていたのです。僕はボンネットにはね上げられ車の屋根の上を転がり、後ろへ落ちたのです。着地がちょうど柔道の受け身のような格好になったので、比較的軽症で済んだのですが、打ちどころが悪かったらと思うとゾッとします。」「人の顔に何か特徴は?」 仲村は手がかりを引き出そうとした。「残念ながらどういう顔とか、男か女かとかそういうのではなくて、ただ、夢の中の冷たく凍りついたようで薄気味の悪い顔が夢に出て来るのです。赤いイヤリングが揺れているのです。夢なんですが」「赤いイヤリング、このことは警部に話しましたか?」「いえ、夢のことなんで、捜査を撹乱してもと思い、しかし今になって気になってきて、それで仲村先生からメールをいただいたというわけです」 光岡は不安げな表情を浮かべて言った。「それからもう一つ、ワールドプロダクションが事件の直後に倒産したことはご存じでしょうが、僕は実はそのことを察知していて、前から声をかけてくれていたSyouwa-retro プロダクションへ移籍したのです。本業の歌に専念させるというので承諾しました。」「ええ、存じています」「で、その新しい事務所で聞いた話なんですが、閉鎖したワールドプロダクションは、新装オープンしているのです。アジア・エンタテーメントという名前です。社長以下事務スタッフはそのままで、所属芸人・タレントは大幅に入れ替わっているのです。これだけならよくある話なのですが、大坂のドリーム・プロダクション、社長さんが確か鳥取の海岸で殺害された、ここから数名移籍したタレントがいるようなのです。誰なのかは確認はしていないのですが、聞けばわかると思います」「そうですか、いや驚きました。ドリームの社長は殺害される前、横浜港の事件を気にしていて、奥さんに新聞の切り抜きを作るように、鳥取からメールを送っています。」「やはりそうですか」 光岡は宙を見るようにして言った。「それだけなんですが、なにか参考になるでしょうか」 光岡は真剣な表情で言った。「私も実は若いころにバスの事故で大けがをして、人の顔が浮かんでは消え、悪夢にうなされていたのですが、その夢が手掛かりになって、バス事故を引き起こした過激派の犯人が、30年以上も経過して逮捕されたのですよ。赤いイヤリングはきっと手掛かりになると思いますわ」 真佐子のほうを気にしていた光岡が微笑んで、「ああ、自己紹介が遅れてすみません。光岡です。ええ、僕もそう思います。何か手掛かりになるようなことがわかったらすぐに連絡します」と頭を下げた。返す返すも、律儀な青年だ。「私こそご無礼を、私は仲村の幼馴染の真佐子と申します。コロナが終わったらライブを聞きに行きますから招待状をくださいね。本物のライブですよ」と、言いにくいことを平気で言う。「ええ、きっとご招待します」光岡は、はははと笑った。仲村は苦笑いをしている。(続く)
2021.08.03
仲村は、真佐子と会う時間を利用して、ミュージシャンの光岡瑠偉と会うことを考えた。と言っても光岡とは面識がなく、いわば、いちファンに過ぎなかった。しかし用件を正しく伝え、誠実に申し出れば、面会を拒否するようなことはないと確信した。事件の直後に、光岡のフェイスブックにアクセスし、フォローして友達申請をしたら、礼儀正しく「よろしくお願いします。新曲を聞いてくださいね」といった返事が来ていたから、いまとなって時間が経過しているけれども、思い切ってメッセンジャーにメッセージを送ってみることにした。メッセンジャーは会話内容を他人に知られることはない。「個人的な会話ですみません。私、西教大学の仲村と申します。単刀直入にご用件を申します。甲州街道でのあなたの事故のことです。復帰できて何よりです。新曲も気に入っています。ところで、神奈川県警の夏警部と娘さんの蜜柑さんは親友です。少々伺いたいことがあるのです。あなたや事務所に決して迷惑がかかるようなことではありません。もう一人の女性のファンとお目にかかりたいのですがいかがでしょうか。東京都内におります。」 仲村は率直に用件を告げた。するとすぐにメッセンジャーに返事がきた。「仲村先生のことは存じ上げております。エンタメ関係の研究をされているということで、雑誌記事を拝見し恐縮しております。こちらこそお会いして、ご教示賜りたいと思います。最近、事故のことで思い出すことがあります。時間と場所を指定ください。」 誠実な人柄が出ている。仲村はさっそく会うことにした。「お忙しい中、ありがとうございます。それでは新宿京王線の改札口でいかがでしょうか。午前11時では」善は急げと返信した。「はい、事務所の打ち合わせで渋谷へ行きますので、ご指定の場所と時間で承知しました。何なりとお尋ねください。」 若者らしい屈託のないメッセージだ。 真佐子に電話を入れた。「はい、よく寝れたわ。あなたの夢も見なかったわ。ぐっすりよ」と、相変わらず減らず口を聞いている。若いころからそうだったが、言葉に棘はない。「11時に原口駅前で光岡瑠偉さんと会います・・・その通りです。夏警部にはお世話になっていますから。一肌脱ごうかと思って。真佐子さんにも知恵を絞ってもらいたいと・・・」「そんな予感がして、母にうそをついて東京へ来たのよ。いよいよ私の出番ね」 蜜柑の、アガサクリスティ―顔負けというお世辞が利いている。「アポは11時なので、10時にホテルへ行きます。チェックアウトを済ませておいてください。」 仲村は電話を切った。「いよいよ事件解明の方向へ舵が切られたわ」 真佐子は満足げに微笑んで電話をしまった。(続く)
2021.08.01
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