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1週間前の深夜、ニワトリさんたちのあの声がしました。「つばさ」がいなくなったあの夜と同じ声。飛び起きて、鳥小屋へ。小屋の中から、けものが飛び出して行きました。私の中に冷たいものが走りました。ニワトリたちの警戒した声以外、何も聞こえなくなります。空気が凍りつき、私の周囲の世界が沈黙してしまう。そして、「ほたる」が小屋から落ちてきました。羽根をばたばたさせているけれど、動くことができません。けたたましい声で鳴いています。「ああ!」私は、胸をぎゅっとつかまれて息ができないような気持ちでした。「また!」「ほたる」は「つばさ」の子です。抱き上げて、羽根をさすってあげると、静かになりました。お腹を噛まれて、内臓が傷ついてしまったようです。抱いていると、破水したみたいに、どさどさっと水が流れ落ちました。家の中へ連れて行って、タオルを敷いた段ボールに休ませようとしましたが、置いたとたん、またけたたましい声で鳴きはじめます。だから、旦那さんが鳥小屋の囲いを堅固にしてくれている間、抱っこしていました。結局、心配で眠れないからと、すべてのニワトリさんたちをコンテナに入れ、玄関で休ませました。「ほたる」も、30分以上抱っこしていたら落ち着いて、鳴かずに段ボールで休んでくれました。朝起きたら、「ほたる」の下は水びたし。きっともう生きられない、と覚悟しました。でも、今、「ほたる」はリハビリ中。自分の足で立とうと、何度も何度も練習しています。最初は大好きなパンしか食べなくて、それから青菜の硬い部分だけ食べるようになって、今はお米もついばんでいます。でも途中、パンも食べないし水も飲まないしの日があって、明日は迎えられないかもと心配しました。水だけでも飲ませたくて、くちばしを水でぬらしてあげると、飲んでくれてほっとしたり。どうかどうか元気になってくれますように。すっかり元気になって、みんなの所に戻れますように。 縁側で休養中のほたる人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.31
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優しさと柔らかさと(その他)忙しすぎたり、あんまり必死に生活したりしていると、心が硬くなるような気がします。以前はもっとおおらかでやわらかかったと思うんですけど…。常に謙虚で、人にやさしくありたいのに、素直に感謝できず、人に厳しくなっている自分に気づく今日この頃。その原因は「不安」というものなのではないか、と思っています。私の座右の銘、「千里の道も一歩から」。これは、老子の思想から生まれた言葉です。「千キロ二千キロの旅だって足もとの一歩からはじまる。タオの人はいまの一歩だけのことをして行きつく先は、思わないんだ。だから千キロでも行きつく。」老子に関する著書を数多く出されている加島祥造さんの「優しさと柔らかさと」からの引用です。行きつく先を思わず、今の一歩に集中する。それが「不安」を消し去ってくれること、わかっちゃいるんですよ。でもね~、四六時中「いまの一歩」に集中してるのは難しい。気をゆるめるときだって、そりゃああるんですからね~。そんなとき、「不安」に襲われたりする。そんなときの「不安」が私をかたくなにしてしまう。うちの冷蔵庫には、「優しさと柔らかさと」から書きとめた言葉がいくつも貼ってあります。「静けさと平和さ。このふたつを得るには、いま自分の持つものに満足することさ。」「無為とはなんの行為もしないことじゃない。自分のなかのリズムに従って動くことなんだ。結果を恐れず、先への思いをすてて、いまの自分のリズムでゆくことなんだよ。」「自由と落ち着き、このふたつがあると、人びとはすすんでよく働き、伸びてゆくものだ。無理に欲ばらず、必要以上に求めなくなり、ゆったり生きるようになるよ。」「世間の人は気を使いすぎる。だいたい、世間が『よし』とか『だめ』とか言ったって、それがなんだというんだね?頭で気にすることはやめてゆったり寛ぐことだ。頭と体のバランスをとると、心配や憂うつが薄らぐよ。」「いまに満足するとき本当に豊かな自分がみつかるんだよ。なぜって、自分のなかにある隠れた能力に気づくからさ。それはかぎりなく湧く泉だよ。少しずつだがね。」「かっかと騒げば、寒さはしのげるがね。かっかと熱した心に勝つのは、静かな心なんだよ。静かな心の人びとが世の中の狂いを正すのさ。」貼ってあるだけになっていたこれらの言葉をもう一度かみしめて、今この瞬間から、また実行する努力をしよう。優しく柔らかな心に少しでも近づけるように。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.27
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気がつけば、もう3月も終わりじゃないですか!なんだか胸がどきどきして、夜の眠りが浅くなってしまいます。やらなきゃいけないこと、た~くさん!日記を書けずにいる間、いろんなことがありました。椎茸の植菌をしたり~。 ダンナさんがドリルであけた穴に、椎茸菌のついた種駒を私が金づちで打ち込みます。300本の原木に7000個ほどの駒を打ち込みましたよ。なんかちょっと変な連想なんですけど~、種駒って座薬みたいな形なので~、7000個の座薬を金づちで打ち込んでいるような感じでした。こんな気持ちになっちゃうのは、私だけでしょうか?いや、きっとどこかの誰かも同じ連想、してるはず。 お師匠さんのところの原木。これは、ほんの一部だそうです。ほえ~!それから、うちの娘さんが、小学校を卒業しました。おめでたいことなんですけれど、なんだかさみしいんですね~。もうあっという間に、おとなになっちゃいそうで…。娘と過ごす時間、大切にしなくちゃ!忙しがってばかりいないで。卒業式の季節、我が家は一番華やいだ雰囲気に包まれます。 サクランボの花と、足元には水仙、スノードロップ。春ですね~。でも、まだまだ山は寒かですよ~。朝は霜だらけになりますけど、農園の植物たち、頑張ってます! スナップエンドウ ジャーマンカモミールじゃがいもは植えたし~。トマトのうね立てもしたし~。菊芋も植えたし~。明日は、イタリアンパセリ、ポットマリーゴールド、ナスタチウムの種まきをする予定です。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.26
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里山資本主義(その他)私の住む富士町、そしておとなりの三瀬村で、地域づくりの団体「Murark」ができました。そのMurarkが主催する初めての講演会に行ってきました。題して「三瀬・富士のための里山資本主義 ~私たちにできることを考えよう~」。講師はあの「里山資本主義」の藻谷浩介さん。里山には人間が生きていくのに必要な、大切な資本がある。それは、自然の恵み。おいしい水、木の燃料、川で獲れる魚、新鮮な野菜、人々の強い絆…。そこにはお金には換算できない価値がある。そうした里山の資源をいかしていくことの重要性を、藻谷さんは「里山資本主義」という言葉で私たちに伝えようとしています。藻谷さんのお話は、おもしろいです。イメージや空気は事実と違うから相手にしない方がいい。必ずデータを見なければいけないよ。ということを、たくさんのデータを示しながら教えてくれました。女性が、子育てしながら働きたかったら、田舎へ行こう!都会にいれば「保育園落ちた日本死ね」ということになる。本当に、田舎では子どもが3人という家庭がほとんどです。しかも、保育園には思い立ったらすぐ入れます、という状況。だけど田舎には仕事がないでしょ?というのも本当に誤解です。仕事がないというより、人手不足と言っていい状況。それでもね、やっぱりね、藻谷さん。暮らしてみると、びっくり仰天!カルチャーショック!なこともありますよ。田舎の未来が明るいとは、どうしても思えません。藻谷さんがデータで見せてくれた通り、いずれは消滅してしまう。変わらなくてはいけないと思います、たぶん。これ以上、出て行ってしまう人が増えないように。「郷に入っては郷に従え」だけでは何も変わらないから、私は強くなりたい。自分の想いのままに生きて、それが地域のためにもなるような、強い人になりたい。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.14
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岬のマヨイガ(日本の児童文学)「あれから5年」私は千葉県の船橋市にいて、被災したというわけではありません。家の物が散乱したくらいです。けれど、震災の映像、とりわけ津波の映像は、やっぱりつらいです。涙があふれてしまいます。どんなに苦しかったろう…。残された方たちは、今も、どんなに苦しかろう…。それはきっと、私が想像できるような苦しみではないのでしょう。想像を絶するような苦しみ、悲しみ…。言葉が、ありません。昨年、発売されて以来、気になっていた柏葉幸子さんの新作「岬のマヨイガ」。作者の柏葉さんは、岩手県宮古市生まれ。震災当時は岩手県盛岡市にお住まいでした。このお話は、地元の新聞、岩手日報で子ども向けのページに連載したものだということです。11月25日付の毎日新聞から、柏葉さんのお話。連載の話を受けたのは昨年3月。震災から丸3年という時期で、「まだ震災のことを取り上げるのは早いのでは」とも思いました。被災地には「震災のことを忘れたい」とか「被災した子だと思われたくない」という子どもたちもいる。でも、どこかで一回、きちんと書きたいと思っていました。 声が出なくなった小学生の萌花、夫から逃げたゆりえ。あの日、二人は同じ駅に降り立ち、大地震とそれに続く大津波に襲われる。二人は体育館に避難し、そこで出会ったキワというおばあさんと不思議な共同生活を始める…。というお話のようです。私たち家族の運命も変えた東日本大震災…。調べましたら市の図書館にあるようなので、今日、この本を予約してこようと思います。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.12
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脊振山で養鶏をしているお友達のところで、お年をめされた(お年と言っても若者だと思いますが)ニワトリさんたちを、お肉にするお手伝いをしてきました。 本間農園のニワトリさんたちお肉にする作業をお手伝いすると、「命をいただく」ということを強く強く意識します。お店に並んだパック詰めの「モモ肉」「ムネ肉」「ひき肉」「ささみ」を見ても、生きているニワトリさんに思いをはせることはありません。けれど、さっきまで生きて、きょろきょろと首を動かしていたニワトリさんの首の動脈にナイフを入れ、血を抜き、お湯に入れ、羽根を抜き、部位に切り分ける。内臓も、食べられる部分を丁寧に切り分けます。お昼ごはんのとき、心臓をお刺身でいただきました。本当に、「ありがとう」という気持ちになります。本当に、命をいただいている…。小川糸さんの「食堂かたつむり」は、この「命をいただく」ということが、物語の大きなテーマになっていたように記憶しています。大きな失恋をして、声を失うほど心に傷を負い、実家に戻って食堂を始める女の子のお話でしたね。「命をいただく」場面は、2か所あったと思うのですが、もう1つくらいあったかな?かわいがっていた豚の「アムール」と窓にぶつかった鳥。主人公は、全霊を込めてさばき、全霊を込めて食べています。自分の中に彼らの力を感じながら。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.09
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生きとし生けるもの(絵本)お隣のおばちゃんが、「おすそわけ」と言ってフリージアをくれました。 お花は、人の心を確実に潤します。しかも、フリージアのこの香り!なんて、幸せな気持ちにしてくれるんでしょう!お花の美しさは、シンプルですね。シンプル イズ ビューティフル。お花を見ていると、雑念だらけの自分が、恥ずかしくなってきます。「シンプル」に、戻ろう。雑念だらけになってしまった心を洗い流したくて、「生きとし生けるもの」(作/M.B.ゴフスタイン 訳/谷川俊太郎)を手に取りました。ゴフスタインのシンプルな絵と文章が紡ぎ出す世界は、私の永遠の憧れです。表紙の裏にある紹介文から。「いつものように、ゴフスタインの描く風景はわずかの線でつくり出され、たちまちのうちに親しみをおぼえる人物たちが登場します。しかし、長いことゴフスタインの愛読者である人たちでさえ、『生きとし生けるもの』の画の美しさ、さらに豊かな線、より鮮やかな色彩に、目をみはるでしょう。言葉と画の両方からみて、この本は、ゴフスタインの独特の才能、簡潔さというものを、とてもよく表現しています。」人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.05
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恵良農園の里芋も、次の宅配便で今期最終となりそうです。掘り終わったうねから、マルチ(雑草対策と保温効果のあるシート)をはがして、畑の片付けをしています。マルチの下はあたたかいので、マルチを剥いでみると、つくしさんが顔を出していましたよ。 かわいいんですけど、歓迎できませんね。「つくし誰の子、スギナの子」。スギナがたくさん生える土地は、あまり栄養のない土地です。そして、このスギナの根っこがまた長~い!取るのが大変なのです。取り残すと、そこからまた元気に生えてくる。スギナって、びっくりするほど大きくなるんですよ~。この時期は、草たちがみんなかわいらしい赤ちゃんだからいいな。ぐんぐん成長する季節がやって来るのが怖い…。野菜も、ほったらかしでこれくらい成長してくれればいいのに、といつも思うのです。今日はお雛祭りですね。 9月に他界した祖母が、私のために買ってくれたお雛さまです。いつまでも大事にしていきます。お雛さまの上には、祖母の家の前で写した写真。祖母、母、娘、私です。人気ブログランキングクリックで応援お願いします♪
2016.03.03
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