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…このタイトルを見て「そういや、今日はそうだった」なんて思う人は、一体何人いるのだろう(苦笑)?いや~オリンピック。金メダル1個で終わりか、日本は。ゼロじゃないからマシだけど、もう2つ3つは取れるだろうと思っていたから、かなり期待はずれだったように思う。でもまあ、その1個のメダルがシルバーでもブロンズでもなかったんだから、良しとしよう。終わっちゃったもんにグチャグチャ言っても仕方がない。今回のオリンピックほど「話題」の皆無だった冬季五輪も珍しかったんではないだろうか?メダルが取れないとか何とか言う前に、話題性のあることが殆ど無かったように思ったんだが…。長野の時とか、結構いろんな話題が(いいにつけ悪いにつけ)あったような気が凄くしてるんだけども。五輪の話題を、巷では(亡き三遊亭小円遊師匠の調子で)殆ど聞かなかったし、会話に上らなかったのは「話さない」んじゃなくて「話せなかった」ような感じが私はしてる。テレビ各局も、タレント揃えて中継合戦やっていたが、この結果じゃどう放送していいのかわからない、って感じが、それこそ各放送局から伝わって来ていた(苦笑)。やっぱり、まだライブドア関係の方が喋ってて盛り上がる話題かもしれない。しかし、ここに書くテーマが無いなあ。何かいいネタないかね。
2006年02月26日
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オリンピックについては、この調子だから書くまいと思ってた。どの競技も微妙な順位ばかりだし、いい話は一つも入って来ない訳だから、もう結果を聞く気も失せていた。選手の努力を認めないわけでは全然ないのだけども…。選手の面々に言いたいのだが、参加する事を楽しむのは確かに正しいんだが…。やっぱし微妙な順位なのに、ああいう感想を言っちゃあいかんだろう。かといって、国家の威信を賭けて「♪勝って~くるぞと勇ましく~」と日の丸振って送り出すのもメチャクチャ時代錯誤だしなあ(笑)。でも、こういう結果ばっかし聞かされると、大概の日本人なら同じように感じていただろうと思う。だから、冬季五輪の一番の花形競技のフィギュアスケートで日本が金メダルを取ったのは、最後の最後の逆転ホームランみたいなもんだ。メダル無しじゃなくてホントによかった…。アメリカとロシアの選手がライバルだった訳だけども…。日本はロシアには日露戦争で勝っているが、アメリカには戦争で負けているわけだ。その両国に完全勝利をしたというのは本当に嬉しいことだ。両国の選手が転んだ時に、思わず喜んだのは私だけではあるまい。ロシアとアメリカの方には悪いけど。とにかく、メダル無しじゃなくてよかった…。
2006年02月24日
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お陰さまで、今日で27歳になりました。もう若いと言える年齢では完全になくなってしまいました(涙)。先程、スパークリングワインを飲んだら、急に胃酸が逆流して食道のあたりが苦しくなり、倒れてしまいました(また涙)。重ねて言います。もう若くはありません(またまた涙)。さて、ここから本題。昨晩、久々に新宿紀伊国屋サザンシアターに「我らの高田笑学校・しょの26」を観に行った。今回の公演は「日刊スポーツ60周年記念」だそうで、「大音楽祭」と銘打った公演。なかなかに見応えのある会だった。浅草キッド・松村邦洋による軽いトーク(と言うよりゃ、これから出てくる人の説明)のあと、そりゃもう凄まじい番組が始まっていったのだった…。トップバッターはペーソス。っつったって「誰それ?」って人が大半だろうが、「オヤジ歌謡」なるジャンルの、妙ちきりんな歌を歌う3人組。3人組とは言っても、ボーカルとギターを弾く人と専属司会のトリオだから、何かよくわからない。「哀愁の~」と銘打ってたが、私には薄気味悪い妙な歌にしか聴こえなくて苦労した(何に?)。専属司会の人は、いわゆる玉置先生の路線の喋りのパロディなんだろうが、緊張してたのか、ややつっかえる部分が目立っていた様に感じた。あれだったら、「柳亭市馬リサイタルの司会」の私のほうが、まだ司会は上手いと思う…ああ、自惚れ発言をしてしまった…いかんいかん。反省。続いてはオオタスセリのギター漫談のようなライブ(?)。「ペコちゃん」という芸名の方が馴染み…というか、思い出す人が多いはず。あの背の高い、メガネかけた女の人。テレ朝でやってた「独占!女の60分」とかにも出てたはずだ、確か。ロングドレスにギターをかかえて登場したが、当人は「弾き語り」じゃなくて「語り弾き」と言っていた(笑)。確かに演奏に上手さは感じなかったが、迫力というか、気迫というか、そういうのは素晴らしい芸だったと思う。「ストーカーと呼ばないで」という歌を昨年末にラジオで聞いて「すげえな」と思ったが、今回の舞台では、それより一番最後に歌った「キッチンドリンカー」って歌が凄かった。結構シリアスなヤバイ内容なのだが、鬼気迫る歌唱と、笑いの要素が、非常にいいバランスでマッチしていて、見事だったと思う。そのあとは、お待ちかね!半分帰ってきたドンキーカルテット!小野ヤスシ&ジャイアント吉田!!いや~…感動しまくら千代子!歌も笑いのセンスもぜんぜん衰えていない見事すぎる舞台だった。ジャイアント吉田氏はもう70歳(!)だそうだが、衰え知らずで素晴らしかった。こういう音楽コントは、今の連中から見れば「ベタな笑い」って嫌われる笑いなのかも知れないが、これこそが「真の笑い」ではなかろうか。中入り前は、お馴染み東京ボーイズ。いつもどおりの高座。場内大爆笑。やっぱり百戦錬磨の芸人さんの高座は違う。ただリーダーが、少し喋りが歯切れ悪かったのが気になった。体調が悪いわけではないのだろうけれども…。中入り後は松村邦洋の漫談。相変わらず野球の話ばっかりで、スポーツ音痴の私はチンプンカンプンだった…。ただ、最近太りすぎたのか、あまり物真似が似てなくなってきているのが難だと思う。太ると声帯にも影響出るから…。健康の事も考えて、あと3~40キロは痩せるべきだと思う。そうすりゃ物真似もまた似るだろうし。ただ小泉総理と貴乃花親方の真似は、ホント絶品だった。トリは浅草キッド。今回はもう、これしかないだろうというライブドア&堀江こきおろしの漫才(笑)。しかも何故か話のベースが落語の「芝浜」(笑)。あとは、あんまりここには書けない過激内容のオンパレードだしなあ…ホントは具体名出して書きたいんだけど。最後に高田先生が出てきて全員でトークして終わり。水道橋博士宛に、堀江からメールが来ていたというのを相方の玉袋に暴露されて、慌てていたのがウケた。来月もまたハードな客席通いが続きそうだ…。
2006年02月22日
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熱の方は下がったが…まだ、どうも体調が本調子じゃない。胃の具合がまだ元通りじゃないから、食べるといつもの速度で消化してくれない。早く治ってくれないと、明日から仕事があんだから…。それはともかく、自分の中で今日のメインは「鬼平犯科帳」だった。申し訳ないが、冬季五輪は…何と言ったらいいのか…。ま、それはさておき、今回の鬼平は…確か前回のSPで「ファイナル」って言ってたような気がしたんだけども…まあいいか。また観られたんだから。色んな時代劇を見てるが、私はこれと「剣客商売」がダントツに面白いと思う。今回の作品を観終わった感想としては、まずまずの面白さだったと思う。やっぱり時代劇はこうでなくっちゃ!というような台詞、思わず食べたくなるグルメ場面(?)、とても良い。私は、このドラマにハマったのは、比較的最近のことなので、あまり「通ぶったこと」や偉そうなことは言えないが…。やはり猫八師匠や高橋悦史氏が亡くなってるというのが、かなり痛いように感じた。でも、残りのメンバーがかなり努力(?)していると言うか、役者全員の「気合の入り方」が違って見えた。他のドラマじゃ「…??」という演技の(失礼!)小林稔持も非常に良く、また極悪非道の敵役の大杉漣も光ってた。ただまあ…レギュラーメンバーが全員年取ったなあ、というのが真っ先に思った感想だった。だからと言って他の若い俳優に変える事はダメ。これから何があってもこのメンバーでなきゃいけない。あとは…小林稔持の走る場面がコントみたいだったのと、EDの演出がイマイチだったように感じたが…あとはとても素晴らしかった…と思うが、通の方の意見はどうなんでしょ?でも、やっぱり吉右衛門はいいなあ。台詞回しもカッコイイが、何気ない所作が、どの時代劇役者よりもキレイでスマートだと思う。歌舞伎の出、というだけではないように思うのだが…。どうしてなんだろう?他の「鬼平」も観てみたくなったし…あの丹波大先生もやったらしいが、観た事すらない。DVDとかあんのかな?どうも私は「本当にいいもの」を観ると、影響を受けやすい性質だから、この芝居を見ると、ますます美食になり、和服を着て出かけたくなるのだが…これじゃアキバなんかの単なるコスプレと変わらん(笑)。
2006年02月17日
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過労で熱が出て倒れてしまった。インフルエンザじゃなったのが幸いだったが、昨日の午後から微熱が続いて、今日は一日横になってジーッとしてた。喉が痛いとか、関節が痛いとかそういうのが一切無くて、単にだるいだけだから、どう考えても過労だろうと思うが…。ここ最近、仕事の方も残業が多く、また会社の同僚や落語関係の方々と夜遅くまで飲んだりしてて(あんまり酒飲めないのに)、睡眠時間を削ってたツケが来たようだ。だから、本当だったら、今日も下北沢に出かけて喜劇映画を観るつもりだったのに、無理になってしまった。楽しみにしていたんだけども…。もっとも、休みの日に静かにしてないで、今年に入って出かけてばっかりいたのも、今回倒れた原因の一番の理由かもしれないが…。どこにも出かけないで、一日中家で寝ていたのも久々だった。ビデオ観たり、ネットやったりすると、また具合悪くなりそうだったから、それも控えて、布団の中で目をつぶってた。今、こうして日記を書いているのは、だるさが取れて熱が少し下がって楽になったから。こうしてまで何か書きたい衝動にかられるのは、完全な「ネット依存症」かもしれん(苦笑)。布団の中で寝てたって、「あれを書いたら面白いかも」とか、「あれを書いたらクレーム来るから止した方がいいな」とか、そんなことがアタマの中をグルグル回ってるんだから始末におえない(笑)。明日も休みだから、家で静かにしていよう。少し治ったからって調子に乗って出かけたりしたら、今度はホントにインフルエンザになりかねん。寄席や映画に行きたいのを堪えるのは辛いが…しょうがない。じっとするよりないよな、こら。
2006年02月16日
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ついさっきまで、NHKのBS2で「昭和歌謡黄金時代」という番組をやっていた。ご承知の方はご承知の通り、私は昭和歌謡ファンだから、2時間真剣に見続けてしまった、トイレに行かずに(笑)。曲数は少なかったが、一曲一曲をとても丁寧に扱って放送していたので、非常に好感が持てた。最近のワンコーラスしか放送しなかったり、ブツ切れ感の多い歌番組が多い中で、これはとても見やすかった。年代が若干、私にしては新しかったけど、やはりこの時期、1960年代の歌も、戦前~戦後の歌同様に素晴らしい。聞けば一発で覚えられ、即歌えるというのが、やっぱし歌謡曲の条件だろう。また日本自体が高度経済成長真っ只中だっただけに、悲しい歌でも明るい歌でも、曲自体のパワーがものすごい。三橋美智也、村田英雄、フランク永井、三波春夫、美空ひばり…出てきた歌、1つ残らずフルコーラスで歌えるもんね。表面ばっかりやかましくて、中味がスッカラカンで、後世に100%残りそうにない、今の歌とはエライ違いだ。だいたい今、どういう歌が流行っているのか、さっぱり情報が耳に入らない。朝の芸能ニュースとかで見たとしても、全く脳内に情報が残らないんだろうなあ。フレーズが私の耳に僅かでも残れば、そういう歌はまだいい方だと思う。何にも分からないんだから、こっちは。まあ、覚える気が全く無いってのも大きな理由だけども(苦笑)。私は別に、古いから、というそれだけで昭和の歌を聴いている訳では全く無い。「いい!」と思ったから聴いているだけだ。たまたま興味を持った歌、映画が全部昔のものだった、というそれだけなのだ。やはり、いいもの、いい文化は正しく後世に残さなくてはいけない。「古い=ダサい」というひん曲がった固定観念を取り払うことから始めるべきだと、強く思うが…。この文章だと、ただの、アタマのおかしい人間の、単なる「うわ言」に過ぎないような気がする…。
2006年02月12日
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考えてみれば、私が映画オタク…というか「東宝オタク」になったキッカケは、幼稚園の時に見た「ゴジラ」だった。私が生まれてから、ずっと通っている床屋の人が(こういう他人行儀な書き方も変だが)映画好きで、私が5歳の時に「モスラ対ゴジラ」のビデオをダビングしてくれて、それを毎日、飽きもせず見続けていた。勿論、今でも床屋に行くと映画の話しかしない。とは言っても最近は、怪獣関係より吉右衛門の「鬼平犯科帖」の事ばっかし話してるが(笑)。初めは月並みなガキと一緒で、ただ怪獣が建物壊して、暴れていれば面白いと思っていた。それがだんだん出演俳優に興味が向き、音楽にいき、演出にいき…といった具合に、他方向に興味が向いていき、そして今日に至るという感じ(笑)。特に怪獣ものや特撮ものは、あの音楽が素晴らしかったと思う。迫力や怖さだけでなく、雄々しさや悲しみ、力強さのようなものが全て入っている、あの荘厳な音楽の数々。伊福部昭先生がいなかったら、ここまでゴジラも偉大な存在にならなかったのでは?と思えてならない。いわゆる「伊福部節」と言われるあの名曲の数々は、CDで聞くだけでも、頭の中に名場面が甦ってくる。ゴジラ・ラドン・モスラ・キングギドラ…といった怪獣の姿と自衛隊との攻防戦が瞬間的に思い出される感じだ。「怪獣大戦争マーチ」「地球防衛軍マーチ」「ラドン追撃せよ」「宇宙大戦争マーチ」「海底軍艦マーチ」「L作戦準備」「怪獣総進撃マーチ」…好きな曲を上げればキリがない。伊福部先生の訃報は、年に不足は無いが、やっぱり悲しいしショックだった。これで第1作の「ゴジラ」に携わった方は、ほとんど亡くなられてしまったことになる。ただ1つ「よかったのかな?」と思ったのは、伊福部先生がご存命のうちに、ゴジラシリーズが打ち止めになったこと。これも反対意見があるかもしれないが、私は1つの「けじめ」として良かったと思う。だからこそ、最後のゴジラは伊福部節をたっぷり聴きたかった。それなのに訳のわかんない音楽使いやがって…映画自体もイマイチだったし。役者は薄いし、ストーリーも薄いし…。新聞の訃報が、思ったよりはるかに小さかったのも呆れた。日本の文化レベルもまだまだ高くねえなあ。ゴジラだけじゃないんだから、伊福部先生は。黛敏郎や芥川也寸志の師匠だよ!私はクラシックは疎いけどそれくらいは元々知ってたもの!それはともかく、怪獣好きになったのは、伊福部先生のおかげ。これは間違いない事実。伊福部先生、有難うございました。これからもCDで伊福部節を聴かせて頂きますので。ご冥福をお祈りいたします。
2006年02月10日
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本日は時間の都合で2本のみ(「のみ」ってのも妙か…)。今年になって1ヶ月少々で、もう映画を(旧作だけど)10本近く見てる事になる。ただ封切り映画を全く観てないから、ますます時代に取り残されてしまう(苦笑)。「九ちゃんのでっかい夢」(昭和42年1月2日公開・松竹)「社長漫遊記」(昭和38年1月3日公開・東宝)まず坂本九の映画だが、山田洋次監督が「男はつらいよ」以前に撮った映画の中では、比較的有名な方の映画かもしれない。出演メンバーも豪華だし、脚本は小林信彦だし(三木洋というペンネームで書いてる)、結構始まる前は期待していたが…。え?観終わった感想?う~ん…正直言えばあんまり面白くない。「この程度なの?」ってな感じだったかな。これは山田監督の作風や、松竹という会社の雰囲気(カラー)が単に自分に合わないからかもしれないが、とにかく微妙だった。この映画、脇役が実に素晴らしく、特にてんぷくトリオと九の掛け合いの、コント場面は見事だった。てんぷくトリオだけでなく、だらしない殺し屋の佐山俊二や大泉滉、ジェリー藤尾、E・H・エリックなんかも素晴らしい。数シーンのみの特別出演だったが、有島一郎も良かった。犬塚弘、桜井センリ、石橋エータローといったクレージーの面々もいたし、その上に、あの渡辺篤(!)まで出ていた。ただ肝心の坂本九、ヒロインの倍賞千恵子が出てくる場面が1つも面白くないのである。そこだけ妙にメロドラマ的な演出で、ドタバタ感が薄れてしまい、笑いの場面の面白さが3分の1くらいになってしまっていたように感じた。やっぱり松竹だからなんだろうなあ…この感じ。この映画の収穫は、てんぷくトリオの凄さがわかったこと。それに尽きる、ような気がする(苦笑)。…それで、ふと思ったんだが、この映画は小林信彦、坂本九、てんぷくトリオが関わっている。ということは、この映画は日テレのバラエティー「九ちゃん!」の映画版、っていうコンセプトだったのだろうか?…となってくるとこの映画、小林信彦氏の著書「テレビの黄金時代」に出てきた、例の日テレの井原高忠氏を松竹の人が、会う時間を間違えて待たせて、キレさせて云々…という、あの時の映画がこれだったんだ!なるほど。…何を一人で納得してるんだか(苦笑)。2本目は「社長漫遊記」。おなじみ森繁久彌の最高峰喜劇!さっきの「九ちゃん」でクスリともしなかった客が、全員笑いを堪えるのに必死だった。それくらい、この映画の笑いは古びていない。とにかく見事としか言いようがない。森繁社長のスケベぶりもいいのだが、それに振り回される秘書の小林桂樹、カタブツ部長の加東大介、「至芸」としか言いようのない宴会部長の三木のり平先生、怪しげな言葉の日系3世のフランキー堺。この5人の芸のアンサンブルは、もはや笑うのを遙かに通り越して感動してしまう。この映画は杉江敏男監督だったが、松林宗恵監督同様に、「好き勝手に演じさせてるときが一番面白い」ってのが解ってて演出してるから凄い。やっぱし色々意見はあるだろうが、森繁久彌という役者は天才だとしか思えない。何気ない台詞で爆笑をとり、あれだけ見事にアドリブをこなせる人は、これから先も当分出てこないだろう。近いうちに、森繁についてのコラムを書いてみたいなと思っている。凄いハードル高いけど。個人的観点でいくと、日本の俳優ベスト3は…1・森繁久彌 2・三木のり平 3・勝新太郎…だと思っているので。森繁先生は、あれだけのスターになった上に、まだ生きてるというのが、また凄い(笑)。近いうちに「徹子の部屋」でも何でもいいから、あの喋りが聞きたい。早くしないとエライ事になるから(不謹慎)!
2006年02月09日
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私の部屋には、レコード盤が約2000枚、CDが数百枚、ビデオテープが勘定できないほどある。毎日毎日、この部屋を「片さなきゃ…」と思いつつ、どこから手をつけてよいのか、皆目見当がつかない。特にVTRは、貴重なテレビ番組が大半を占めており、早くDVDに焼かないと…と思っちゃいるのだが…。土日休みじゃなかったり、その他いろいろあって、なかなか家電量販店に買いにいけない。レコード、テープ、CD、MDは、落語や歌謡曲が中心だが、これも一向に片付かない。その上、ヤフオクやら何やらでどんどん買ってしまうので、減ってくれない(苦笑)。私の部屋なのに、私がいられなくなる日も近かったりして…。今日は、何も書くことがなかったので、今周りをぐるっと見渡して、思いつきで書きました(笑)。
2006年02月07日
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明石家さんまのお父さんが亡くなったという。78歳だから、まだ今の感じからすると「若くして亡くなった」方になってしまう年齢かもしれない。色々とワイドショーは、この話題を取り上げようと躍起になっていたように見えたが、どこでも新聞の記事を紹介したのみで、深くは取り上げていなかった。なんで、さんま氏と縁もゆかりも無い私ががこの話題を書こうと思ったか。それはスポーツ新聞の記事の中に、強く胸を打たれる一文があったからだ。「さんまは、普段から周囲に悲しみを見せたがらない性格」…。明石家さんまという人は、天性の芸人だし、あれくらいテレビ番組向きの人はいないと思う。司会としてもゲストとしても、一旦出演したら、その番組を己の色に染め上げてしまう人も、他にいないと思う。私は決して好きな芸人さんではないが、やっぱり他の芸人と一緒に出ると、違う。桁違いに「全て」が違う。声が聞きづらかったり、前面に出すぎだと言う批判も勿論多くあるだろう。しかし、やっぱりあれだけのことは、そう簡単に出来るもんじゃない。ラサール石井氏が著書に書いていたが、「身内の楽屋話」であれだけテレビで話して爆笑取れる人は、この人くらいらしい。しかし、こういう身内の不幸があったときでも、普段のままでいられるというのは、人並み外れた強い精神の持ち主としか思えない。悲しい事、辛い事、他にもいっぱいあるはずなのに…。さんま氏の過去は、当人が喋っているようで殆ど喋っていない。「喋らない」ということは、本当に辛かったことがあったに違いない…というか死ぬほど辛い事を乗り越えてるから。「喋れる程度の辛い話」なんて、実はそんなに思ってるほど精神的に打撃は受けてないものなのだ。私も幾つか、さんま氏のそういう話を聞いたことがあるが、相当辛い話が多かった。ここで書くと失礼だから、そのことには一切触れないが。それでも、何があっても笑いに貪欲な姿勢で臨む、というのは本当に素晴らしい。だからワイドショーも、何も無かったようにそっとしとくのが一番なんだが…しつこく当人追いかけて、また無理矢理泣かそうとインタビューするんだろうか…。だから嫌だね、ワイドショーは。行動が野暮すぎる。田舎モンの料簡だ。…でも、今はオリンピックやら色々あるから、そっちを重点的にやるのかな?だったら良いのだが…。
2006年02月06日
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今日の日記は、関西方面の方はお読みになると、もしかすると気分を害されるかもしれません。先に幾重にもお詫びを願っておきます。3~4年くらい前からだったか…と思うのだが、節分の時期になると、どこのコンビニでも「恵方巻」というのをやたらプッシュしている。これは関西方面の風習だというのは元々聞いていたし、その年の恵方を向いて太巻き寿司を丸ごとかじると福が来る、というのも知っていた。でも、この風習は関東(東京)の人間には全く関係ないことだと思っていた。しかし上記の通り、ここ数年、やたらにこの「恵方巻き」を東京でも聞くようになった。商売になる、とコンビニ業界が思ったのかどうか知らないが、主要のコンビニチェーンでは、どこもやたらにこれを推していて、今日も昼飯を買いにセブンイレブンに行ったら、大量にレジの隣に積まれていて驚いた。別に地方を見下してるわけでも何でもないのだが、こういう地方発の文化を「無理矢理全国区」にするのは、ちょっとおかしいのではないだろうか?それだけ東京にも地方出身者が多い、という言い方もできるかもしれないが、それにしたって、このプッシュの仕方はちょっとやりすぎだし、キツく言えば「関西人のある種の陰謀」みたいにしか、関東の人には受け取れない。現に、今日レジの隣にいっぱい積まれてあったって、買ってる人は一人もいなかったし…。「地方の風習」は、その地方でやるから良いのであって、それをよその地方の人間がやったって、それはただの「流行り」に過ぎないと思う。朝のワイドショーなんかでも、妙にブームっぽく、この「恵方巻き」を推していたが、そういうのは虫唾が走るほど嫌いだ。勿論、関西出身で東京に住んでいる人は「これが東京でも出来るのが嬉しい」と思っているだろうけど、やはり東京人は豆をまいて、年の数だけ豆を食べる、ごく普通の節分でいいと強く思う。地方の文化を受け入れる必要は、東京では全く無い。
2006年02月03日
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また下北沢に、映画を見に行った。ついにと言うか、とうとうと言うか、当たり前と言うか…テケツの人に「今日は3本で宜しいですか?」と聞かれた。嫌だなァ、しょっちゅう行ってるから、顔覚えられたよ(笑)。今日見たのは以下の作品。「ちんじゃらじゃら物語」(昭和37年12月公開・松竹)「アワモリ君西へ行く」(昭和36年12月公開・東宝)「喜劇・団地親分」(昭和37年1月公開・松竹)「アワモリ君」はニュープリントだったから、まるで新作映画の如き、美しい画面だったが…あとの2本は目が疲れた(苦笑)。フィルムがボロボロで、色も褪せてたし…。「ちんじゃらじゃら物語」は昭和38年のお正月映画。松竹の映画なのだが、クレージーキャッツが主題歌を歌っていて、伴淳三郎が主役。そして他に千秋実・加東大介・三木のり平・フランキー堺・有島一郎・山茶花究・宮城まり子・八波むと志あたりが出演しているので、画面が完全に東宝カラー(と言うか「駅前シリーズ色」)に染まってた(笑)。物語の後半で、岩下志麻が出てきて、初めて松竹の映画だと認識したくらい(笑)。ただ、フィルムが本当にボロボロで、ストーリーのつながりがイマイチ理解できず、見るのにかなり苦労した。おまけに、終了15分くらい前に、いきなりフィルムが切れて上映が一時中断になってしまったし…。もう少し、キレイな状態のフィルムで見たら、もっと違う印象を受けたかもしれない。「アワモリ君西へ行く」は、坂本九・ジェリー藤尾・森山加代子の3人が主役のミュージカル映画(!)。東宝のミュージカル映画というと、昭和39年にフランキー堺が主演した「君も出世ができる」を思ったが、こちらも負けず劣らず、なかなかの作品だった。あまり面白くはなかったけども(苦笑)。「なかなか」ってのは、「ミュージカル」として巧く出来ていた、ということですから、誤解の無いようお願いします(冷汗)。とにかく監督が、あの古澤憲吾監督!のちのクレージー映画でやたら出てきた「突然ミュージカル」が、この時点で、すでに多用されていたのに驚いた。森山加代子は芝居下手だったが、九とジェリーの上手さ(演技のソツの無い感じ)は流石だった。「西へ行く」というくらいだから、宝塚映画制作で、物語の舞台は大阪が中心。脇も夢路いとし・喜味こいし・藤田まこと(3人ともメチャクチャ若い!)ら、大阪勢が固めていた。藤田まことの決めフレーズが、まだ「てなもんや」の前だから、「当たり前田の~」ではなく「ドンドンドン、あっ効いてきた」(薬のCMフレーズ)だったのも、オールドファンにはさぞかし堪らなかっただろうと思う。またジェリー藤尾の母親役が、寄席色物の名人、都家かつ江師匠だったのも、懐かしさに拍車がかかっていた(笑)。3本目「喜劇・団地親分」も松竹の映画。これは制作が「関西喜劇人協会」、賛助が「東京喜劇人協会」という作品なだけあって、まさに喜劇のオールスターキャスト作品。おまけに脚本が花登筐 !主題歌が何とフランク永井!なんだかもう豪華過ぎて訳が分からない(笑)。主役は、関西喜劇人協会会長の伴淳三郎。しかし何で、東北出身の伴淳が「関西」の代表なんだろか…?確か小林信彦氏の「日本の喜劇人」にも、そんなことが書いてあったような気が…。以下、出演者を並べる。(関西勢)伴淳三郎・芦屋雁之助・芦屋小雁・大村崑・茶川一郎・花菱アチャコ・藤田まこと・曾我廼家明蝶・ミヤコ蝶々・南都雄二・かしまし娘・島ひろし・ミスワカサ・秋田Aスケ・秋田Bスケ・夢路いとし・喜味こいし(関東勢)榎本健一・森繁久弥・三木のり平・トニー谷・堺駿二・由利徹・南利明・佐山俊二・渥美清これが主要メンバーなんだから怖ろしい(笑)。映画としては凡作だったけど、次から次へと名喜劇人が出てくると、ただそれだけでウキウキしてしまう自分が嫌だ(笑)。関東勢ではエノケンと森繁と渥美清が、実に素晴らしかった。ヤクザの親分が、娘の結婚のためにヤクザから足を洗って、団地に住んで「文化人」になるべく努力するという凄い話だったが…。これは一種の「風刺ものの喜劇」なんだろうが、風刺のターゲットがやや的が絞れておらず(「横のつながりが無い暮らし」とか「義理・人情に薄い団地族」とかなんだろうけど)、ストーリー展開はまあよかったが、そこを具体的にすると、もっと面白かったと思った。しかし、悲しいかな伴淳三郎の笑いは、全体を通して、やや現代との「ズレ」が見えて、あまり笑えなかった。そこ行くと森繁久弥は見事という感じ。だって若いお客さんも結構笑ってたもの。…また文章がやたらに長げえや。もう少し、文を簡潔に書くようにしないといけないな。
2006年02月02日
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