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今日の午前中、歌手協会の友人からメールがあり、青葉笙子さんが亡くなったことを知った。マスコミ発表は夕方以降だったようだから、私は結構早い段階で、訃報を知ったことになったらしい。享年93…昨年の二葉あき子先生同様、正真正銘・文句なしの大往生と言えるだろう。しかしながら…これでまた、戦前の歌が遠くに行き、メディアで聴ける機会が、また減ったことになる。私が青葉さんを初めて知ったのは、20年以上前にテレビで観た、日本歌手協会の「歌謡祭」の舞台だったような気がする。とは言っても、歌っている姿を見たのではなく、フィナーレに並んでいる姿のみ!放送時間が2時間しかないので、放送でカットされた歌手の人が大量にいて、その中で限りなく、ラストでセンター寄りにいた和服の歌手の人…というような、漠然とした印象だった(苦笑)。歌ってる姿を初めてまじまじと見たのは、平成8年の「夏祭りにっぽんの歌」のステージ。歌は代表曲の「鴛鴦道中」。SP盤の声とあまり大差ない、本当に若々しい歌声に、心底びっくりしたのを、よく覚えている。その後はテレビで、「鴛鴦春姿」を歌ったりしたのも見たが、その後脳梗塞で倒れてしまい、声が出なくなってしまったのは残念だった。その後、普通にしゃべれるようになり、テレビ東京の「昭和歌謡大全集」にスタジオゲストで来たりして、「なつかしの歌声」時代のVTRなんかも見られる機会が多くなったのは、喜ばしいことだったと思う。私が、青葉さんの生ステージを見たのは1度きり。2008年、新宿コマ劇場で開かれた「歌謡祭」。特別ゲストという形で出演され、若い演歌歌手が歌う「鴛鴦道中」を横で聴き、4番を司会者に促され(笑)、一緒に歌ったステージだった。ほかのお客は「誰?この婆さん」という感じだったが、私だけスタンディングオベーション(笑)。周囲は、私をどういう目で見たのだろうか…。まあ、それはともかく(笑)、本当にギリギリでも生の青葉さんに間に合えたのは、大きな財産になった。家元・談志師匠も大好きだった「鴛鴦道中」、今ごろ向こうで藤田まさと先生や家元と一緒に…そして先輩、東海林太郎・上原敏のご両人とも再会しているだろう。青葉さん、長い間お疲れさまでございました。心からご冥福をお祈り致します。
2012年02月29日
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初めて行って参りました、平成中村座!殆ど告知もなかったというのに、売り出して5分弱でチケットが完売したという、昨晩の特別公演!取りましたよ、無理してチケットを。我らが家元を送るのに相応しい、至芸と大爆笑と不謹慎のオンパレードの2時間強!有難う、平成中村座!有難う、中村屋!…とはいうものの、昨日は客席にたどり着くまでが苦難の連続だった。昨日の開演は18時半。私は17時半まで仕事で、電車で行くと、どうやって考えても18時半に客席にいるのは不可能。という訳で、会社前でタクシーを拾い、中村座の前まで思い切りぶっ飛ばしてもらった(笑)。18時22分に中村座の前に着いたのだが、同方向と反対方向から、タクシーが一斉に10台近く止まって、一斉にドアが開いたのには驚いた!みんな、考えることは同じだったのね…。そして、大慌てでテケツへ。そこに立川キウイさんがいらっしゃって、私の顔を見るなり…「あっ、どうも!中野の『艶歌』が懐かしいなあ~」…と仰った、というか呟いた(笑)。そして、少し緊張しながら中村座の中へ。靴を脱いで上がる、まさに江戸の芝居小屋そのままの素晴らしい造り。ここで歌舞伎を見たら、そりゃあ感激するだろうなあ…と思う感じだった。立川流の選りすぐり4人の演目は以下の通り。立川 談笑 「金明竹」立川 志らく 「疝気の虫」中入り立川 生志 「反対俥」立川 談春 「白井権八」全員、己の十八番をぶつけてきた!という感じ。4人揃って、鮮やかな出来だったと思うが、何となく緊張していて硬かった…ってな気がしないでもない。そして4人の落語が終わった後、一旦幕が閉まり、場内には厳かに「木賊刈」が流れる。そして、幕がサーッと開くと、家元の大きな笑顔の写真と、いつも使っていた湯呑みが置かれた高座。満場の大拍手。少し涙腺が緩みそうになる私(苦笑)。そして、進行役の高田文夫先生が登場。「談春が締めちゃうんだもの!しかし談春巧くなったね、白鳥を越えましたね。えーっ、私がオセロの(中島の)占い師と一緒に食事をしました、中尾彬です」(客席大爆笑)軽いトークの後、中村屋をステージに呼び込む。これまた、客席ヤンヤの大喝采!そして立川流の4人を呼び込んでトークになったのだが…テレビカメラも大量に入り、ニッポン放送が録音して「ビバリー昼ズ」で流すというのにも関わらず、全く言っちゃいけない話のオンパレード!特に志らく師匠は、もう完全に暴走機関車だった。高田先生が、中村座の楽屋を見て「避○所みたい!」って言っちゃったとか、家元がヘロ○ンを圓楽師匠に飲ませたら、何故か寝てしまったとか…(苦笑)。過激な話が大好きな私でさえ「いいのかね?こんな話ばっかしてて…」と、客席で心配になった程(笑)。詳しい話は、今日の「ビバリー」で聞けましたので、そちらでご確認くださいませ。昨日のトークの内容を事細かに書いたら、何を言われるか…。そして、三本締めでフィナーレ。心底笑い転げた、本当に素晴らしい追悼(!?)だった。家元もさぞかし喜んだだろう…と思うけど。感動の余韻に浸りつつ、すぐ帰ろうとしたら、入口で池袋の新文芸坐の永田支配人とバッタリ。「折角だから夕飯一緒にどう?」と嬉しいお誘いを受け、染色家の小倉充子さんと3人で、浅草5丁目の「三七三」という、ちゃんこ鍋のお店へ連れてって頂いた。ここで頂いたちゃんこ鍋、正直「鍋料理」がそんなに好きではない私が、腰を抜かすほど美味かった!家元の話や落語全般の話を中心に、永田支配人の貴重なお話を伺うことができ、数々の美味しい料理と共に、珠玉の時間を過ごすことができた。家元と知り合ったお陰で…というのも変な言い方だが、絶対に知り合うチャンスのなさそうな方々と、次々に仲良くなれたというのは、本当に嬉しい。一落語ファンとして、昨日は忘れられない日になった。
2012年02月21日
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やっぱり、芝居は脇で決まると思う。一昨日、「男はつらいよ」のおばちゃん役で一時代を築いた、三崎千恵子さんの訃報があった。そのショック冷めやらぬうちに、今日は左右田一平さんの訃報が届いた。ご両人とも、日本の映画・演劇に欠かすことのできない名脇役、それも「名人」クラスの脇役だっただけに、とてもショックが大きい。「男はつらいよ」のおいちゃん役は初代の森川信、二代目の松村達雄、三代目の下條正巳と3人だが、おばちゃん役は一貫して三崎さんだった。大変失礼な話だが、テレビドラマのおばちゃん役だった杉山とく子さんのイメージを完全に忘れさせてしまう程、見事に「おばちゃん」を演じたと思う。本当は、着付けの先生もやっておられたくらいだから、ピシッと綺麗に着物を着られる方だったのだが、あえて役作りのため、ああいう着方をしたのだという。「市井の人」を演じるくらい、難しい演技はないだろう。そこらにいる、ごく普通の人をサラッと演じる見事さ、三崎さんの演技は、まさにこれだった。昨今の映画やドラマが、突拍子もない設定だったり、アブノーマル(?)な人間が多く出てきたりするのは「市井の人」を演じられる役者、あるいは演出できる監督がいなくなったからではないかと思う。突拍子もない役の方が簡単なんだから、演じるのは。モデル上がりばかり出てくるドラマなんぞ、見たってカリカリするだけだもんね(笑)。リアリティなんぞ皆無だし。だから「ホームドラマ」が絶滅してしまったんだと思わずにはいられない。「男はつらいよ」メンバーもそうだが、男性だったら森繁久彌・小林桂樹・加東大介・有島一郎・千秋実・伊志井寛・大坂志郎あたり。女性だったら森光子・京塚昌子・乙羽信子・池内淳子・山岡久乃・加藤治子・赤木春恵という、いわゆる「ホームドラマ」の名人上手といった人は、大半が故人になってしまった。左右田さんは、時代劇なんかの脇役の印象も強いが、近年は香川京子とやっていた、サントリー(だっけ?)の健康食品のCMが印象深い。いい味のCMだったので、強く印象に残っている。お二人のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
2012年02月15日
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気がついたら、2月になっていた。ブログを全然書かなかったのは、体調を崩していたためでござんして…申し訳ありませんです。昨年末から、原因不明の疲労感というか、倦怠感が取れず、仕事をしていてもフラついたり、新しい業務がどうしても頭に入って来なくて、上から怒られ続け…ロクなことがなかった。近所の病院で血液検査を受けたのだが、全てが至って正常値(肝臓だけ、酒を飲まないのに悪かったが)。昨年10月末には高かった尿酸値も正常に戻っていたので、この疲労感・倦怠感の原因はおそらく「メンタル」だろうという診断結果を受けた。そこで考えられる理由…ここ数ヶ月の間に受けた大きなショック…ということは、原因は一つ!家元の死が、時間が経つにつれボディブローのようにだんだん効いてきて、体調を崩したということしか考えられない!という結論に(苦笑)。身内が死んでも、そんなこたぁ今までなかったのに…。火曜日の晩、よみうりホールに「談志ザ・ムービー」を見に行った。最後の弟子の談吉さんの「ぞろぞろ」、志らく師匠の「火焔太鼓」のあと、伝説の高座と言われる2007年12月18日の「芝浜」の上映、という内容の会。談吉さんの「ぞろぞろ」、所々に家元が顔を出し、流麗な語り口とも相まって、とても良い出来だった。これで、まず涙腺が緩み…。志らく師匠の「火焔太鼓」も久々だったが、見事すぎる爆笑落語に仕上がっていて、腹抱えて笑った。しかしながら、所々に顔を出す、家元を思い出す仕草に若干涙腺が緩み…。中入り後、久々に客席で聞く家元の声。完全に涙腺崩壊よ、もう(笑)。「ミューズ」が降りたとされる(薬用石鹸じゃねえぞ!)「芝浜」、やっぱり物凄い出来だったのだということを再認識しながら、また涙。帰りに、ロビーでグッズを売っていた談吉さんに挨拶し、追悼盤のCDを買って帰宅。CD聞いて、またまた涙…。「どうせ嘘泣きだろう!」と家元が言うだろうということは分かっているのだが、当面受け入れられないわ、この現実は。とにかく、早く立ち直って体調を戻さないと…。
2012年02月02日
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