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ああ~っ!!東京タワーがあああ~~!!!東京の町が!破壊され尽くされている!支那人の攻撃か!?それとも朝鮮人の攻撃か!?はたまた宇宙人の襲撃か!?日本人の、いや、地球の運命や如何に!!…4月1日でないにも関わらず、大嘘をついてしまい、大変失礼致しました。東京都現代美術館で、ただいま開催されている企画展「特撮博物館」に行ってきた。各メディアなんかで、かなり取り上げていたらしく、毎日大混雑していると聞いていたので、なるべく早く向かおうと、10時の開館時間ピッタリに行ったら…。…もう、すでに大混雑(苦笑)。日曜日の美術館は、比較的空いているだろう、なんて思った私が大馬鹿野郎であった…。こう言っちゃ何だが、もし都バスが無かったら殆ど「陸の孤島」みたいな場所にあるにも関わらず、あの人数は、本当に凄いものだった。小さい子供、大きな子供(笑)、老若男女を問わず。みんな、そんなにゴジラやウルトラマンが好きなの?と思わずにはいられないほど、凄い熱気(笑)。東宝特撮・円谷特撮を中心に、庵野秀明監督の監修で選ばれた特撮映画の小道具・着ぐるみ・ミニチュアが所狭しと並べられ、見ごたえもボリュームも満点!一つ一つを丹念に見ていくと、全部見終わるのに3時間以上かかる(笑)。下手な遊園地に行くより100万倍楽しかった、ホントに(笑)。この展示会のために作られた短編特撮映画が上映され、それの制作過程やミニチュアが、映画を見たあとにゆっくり見られるのも、非常に素晴らしかった。勿論、美術展だから写真撮影は不可。しかし展示ルートの一番最後が、その短編映画のミニチュアのオープンセットは撮影がOK。その写真が、上に掲載した数枚というわけ。照明が本物の日の光だから、ミニチュアを上手く撮影すると、実景と見まごう程のリアルさ!例えば、この写真。「どっかのマンションの上から、ただ単に風景を撮っただけでしょ?」とお思いの方もいるだろうが、これ、れっきとしたミニチュア。素晴らしい出来!昨今の映画は、洋邦問わずCG使用のオンパレードで味気ないこと、この上なし。久々に、CGを一切使わない「日本の御家芸」特撮の見事さ・素晴らしさを改めて認識することができた。10月まで展示会はやっているので、関東近郊の方、いや、全国の映画好きの方は絶対に足を運ぶべき!私も、もう2回くらいは行こうと思っている(笑)。
2012年07月29日
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先週の土曜~日曜にかけて放送された、毎夏恒例のフジテレビの特番「FNS27時間テレビ」。今年は「笑っていいとも」で行うと聞いた時点で、正直に思ったのは「断末魔の番組をなんで今更…」という思いだった。「テレフォンショッキング」も形骸化してしまったし、日々のコーナーにも個性は全くないし…。それより根本的な問題として「森田一義アワー」なのに、その当人が「ブラタモリ」や「タモリ倶楽部」で見せる魅力が全くない、ということが脳裏をよぎったからだ。その一方で、私は「9月末でキレイに終了させるため、この30年の集大成を見せてくれるかもしれない」と、密かに期待もしつつ、見ることにした。…思っていたより面白かった!というのが、正直な感想。タモさんの意向…ということはないだろうが、例年に比べ「吉本興業」の芸人が少なかったからか、前に出ようと大声出したりする人が少なく(爆笑の太田くらい?)、全体的に静かで、淡々とコーナーが進んでいったような印象を受けた。黒い交際で引退した、「長谷川さん」の一派が皆無で、そこも良かったのではないだろうか(笑)。30年間の「いいとも」の歴史を振り返ったOPコーナー、爆笑の太田が少しうるさかったが、それなりに華やかな「ホンマでっかTV」も良かったが、やはり今年の白眉は深夜だろう。久々の「ビッグ3」の揃い踏み!これが見られただけで、もう往年の「夢列島」ファンは感無量だったに違いない。「今夜も眠れない」の流れは、皆さんそれぞれの意見はあるだろうが、私は過去最高だったと思っている。タモリ・さんま・中居の鼎談に始まり、過去の思い出でひとしきり盛り上がったところで、鶴瓶師が登場。随所に挟まれる、たけしのイリュージョニスト(??)中継で爆笑を取って、鶴瓶師が酔っ払って、恒例の「いい女ベスト10」をやっている途中で、いきなり殿が登場!視聴者の求めるものを即座に感じ取り、一時退席した中居・鶴瓶師が、非常に素晴らしかったと思う。後半は5人でのトークになったが、キチンと仕切る中居の進行係としての腕は、見事だった。しいて言えば、笑うときに何故かピコピコハンマーで相槌を打つ(?)のが耳障りだったが、あれだけのメンバーに囲まれたら、そりゃ興奮もするだろうよ。あとのコーナーは…まあ、それなりという感じだが、一番感動したのは、エンディングのタモさんの挨拶。「27時間、団結、団結と言ってきましたが、その分、国民からは離れたかもしれません」「テレビを見ていただいた方々、そして見ない方にも感謝申し上げます。有難うございました」テレビを見ている人たちを、ここまで客観視することが出来、体制に媚びず、己のスタンスを貫き通すことが出来る人だからこそ言える、名言ではないだろうか。スタッフや系列局の人にも、丁寧に頭を下げ、感謝の言葉を普通に、サラッと言う素晴らしさ。やはり天下を取る人、テレビバラエティー史に燦然と名前が光り輝く人は、そんじょそこらのタレントと、人間の桁が違う、ということを再認識させられた。深夜のところで、「来年はビッグ3で27時間を…」と中居が言っていたが、私も是非そうして頂きたい。1人当たり9時間のノルマで(それでも十分キツイが)、朝鮮人に毒される前の、バラエティの王者だったころのフジテレビならではの内容に戻してもらえれば…。…それにしても、「いいとも」は結局これから先も続くのだろうか…。私としては、タモさんを昼の帯からは、もうそろそろ解放して、「ブラタモリ」と「タモリ倶楽部」の2つに精力を傾けて頂きたいのだが…。
2012年07月26日
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昨日、BSの話を書いたが、地上波のテレビ番組で私が楽しみにしている数少ない番組がある。テレビ朝日で、毎週水曜日の23:15~から放送している「マツコ&有吉の怒り新党」。有吉・マツコ、そして元日テレの夏目三久アナと3人、視聴者からの「怒りメール」に対して、様々な意見を討論する番組だが、トーク内容の「質」が非常に高く、私は毎週楽しみに見ている。昨晩の放送で、「バラエティー番組の裏を読みすぎる見方を強要してくる友人に腹が立つ」みたいなのがあり、その討論をしているとき、マツコ・デラックスがとてもいい発言をした。私が「いい発言」だと思っただけで、世間一般の人はどう思うかは分からないが。…それにしても、マツコ・デラックスってのは物凄い名前だな~。コロムビア・トップも凄かったが(笑)。…話を元に戻す(苦笑)。マツコが言っていたのは、「テレビ番組は、もっと解りづらくていいものかもしれない」ということ。「テレビ以外のもの」というのは、己が考えなければ先に進まないものである。例えば新聞を読んだとき、起きた事象を知ることはできるが、その事象が自分にどう関係しているのか、などを各々が読むことで考えるもの。しかし、今のテレビの作り方は観る者の思考を停止させてしまっている。全てが画面の中で完結していて、視聴者に思考をさせる余地さえ残していない。もうちょっとテレビ側も、難しくしろとは言わないが、視聴者側に「イニシアチブを取らせてあげる努力」をしないと、みんなモノを考えなくなってしまう…。…とまあ、発言の内容はだいたいこんな感じ。これ、私は全く同意見。よくぞ言った!マツコ偉い!最近のテレビは、見方によっては親切とも言えるが、別アングルから見たら、視聴者を馬鹿にもしていると取られても仕方がない番組づくりをしている。全てにおいて、会話テロップが出続けであり、いちいち画面右上や左上に、今の画面の内容を要約したようなテロップが出続けているし。「見りゃわかるだろ!そんなもん!」と言いたくなる。例えば歌番組。今の歌だけでなく、NHKやテレ東の懐メロ特番でも、歌っている間中、画面の右上に曲目や歌手名がずっと出ている。あれは本当に邪魔。そういうテロップを出すことによって、家族の会話がなくなるってことに、制作サイドは気付かないかね?「何だっけ?この歌のタイトル」とか、「誰だっけ?この歌手は!名前が出てこない…」みたいな会話が昔はよくあって、そこから様々な方向に話が転がっていったものだった。正月ぐらいしかないが、NHKの寄席中継も落語家の名前・演ってる演目が落語の間中にずっと出ている。昔は、途中でチャンネル回すと、何がなんなんだか判らないままで見続けて「この人は誰だろう?」、あるいは「この噺は何という噺だろう?」とか、ほんの僅かな手掛かりを途中で掴もうと必死だった。だからこそ、落語に深く興味をもてたし、テレビも真剣に見ていたのに、今じゃ「ああ、○○師匠の○○、まあ見てもいいか」みたいなスタンスで見てしまう。だから、日本人がバカになったのだ。考えないから。ちょっと不親切ぐらいの方が、テレビは面白い。真剣に観るし、家族間の会話も多くなる。ハイビジョンでもいいから、画面と中身は多少は不親切でいいよ。テロップ邪魔だから。…だから、BSの方が面白いのかもしれない。内容は静かだし、殆どテロップ出ないもの。地上波のテレビ局員!特にバラエティー制作班!ちったあTBSの「落語研究会」を見習え(笑)!あのタイトル画面の静かさ・テロップの地味さ!本当に素晴らしい!例えば「一眼国 柳家小三治」とか出て、出囃子が鳴るまでの静かさ、ありゃ放送事故に限りなく近いくらいなんだからな(笑)!あれを見習え!
2012年07月19日
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最近、地上波のテレビを本当に見なくなった。その代わり、よく見るようになったのが、BS。何となく、地上波よりガチャガチャしていなくて、落ち着いて見られる番組が多いからだ。いろいろと、お気に入りの番組は各局にあるのだが、特にいいのが、BS日テレ「トクセンお宝映像!」。徳光さんの司会で、様々なジャンルの貴重映像を、ゲストのトークを交えながら見せてくれる、個人的に夢のような番組(笑)。この番組は、どういう訳だか(徳さんの好みか?)落語・演芸を取り上げる率が多い。小さん師匠や圓楽師匠(共に先代)も取り上げたが、凄いのは我らが家元で、生前に1回・没後に2回と、都合3回もやってた(笑)。そして今晩は、お待ちかねの古今亭志ん朝特集!林家たい平師匠をゲストに、私も初見の貴重な映像をしこたま流してくれた。今から24年前の、現正蔵師(当時こぶ平)の「笑点」での真打披露口上。昭和55年の「花王名人劇場」での桂枝雀師とのレアな対談。日テレで、オヒョイさんが司会をしていた「おとこの台所」で料理をしている珍しい姿!シメは、上記の「花王名人劇場」での「火焔太鼓」!たい平師匠が語る、志ん朝師匠の様々な思い出話も、貴重なエピソードばかりで、実に感動的だった。改めて、生で高座を見られなかったのが、心の底から悔やまれてならない。小さん師匠も間に合ったし、圓楽師匠も間に合ったし、談志家元に至っては、親しくまでなれたのに…。「談志・志ん朝」というミスター落語家2人を比べたら、勿論、談志師匠の方が私は好きだ。でも、当たり前だが志ん朝師匠が嫌いなわけじゃない。あれだけ綺麗で、色気があり、華やかで艶のある声。そして、高速道路をスポーツカーでぶっ飛ばすような、爽快感とスピード感で、鮮やかに江戸を語る。誰もが言ってきた言葉だが、あんな天才落語家は、そうそう簡単に出るものじゃない。どの落語を聴いても変わらない、心地よさ、華やかさ。生で見に行けたはずなのに、なぜに行かなかったか。「生涯悔やむよ~!んとぉ~に!」(カギカッコの中だけ、志ん朝師匠の声で読んでね)
2012年07月18日
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今日から上方落語協会会長、テレビでもマスコミでもお馴染みの桂三枝師匠が、「六代桂文枝」を襲名した。「六代目」ではなく「六代」なのは、「六代目」だと笑福亭松鶴師匠のことを指すことになるので、あえて「代」の字を取ったそうな。確かに、今の春団治師匠も「三代目師匠」と言われているわけだから、変化を付けるのはありだと思う。しかしながら…向こうしばらくは、あの顔を見て「文枝師匠」と言うのは…慣れないだろうな(笑)。師匠の奥様も談志師匠も、三枝の名前を変えるのには反対だと言っていたそうだが、私も今でも同意見。折角40数年間、日本国民に親しまれた「三枝」の名を変えることはないのに…と思ってしまう、まだ。でも、師匠ご本人の決断なのだから、今更何か言っても仕方がない。新しい文枝が出来上がるのが、今から楽しみだ。東京の落語界も、信じられないような大名跡が…そう、ここ20年くらいの間に、ボコボコ復活した。文樂・左樂・可樂・正蔵・小さん・馬生・柳朝・柳好・柳橋・そして三平…。上記の名前を見ると、頻繁に寄席通いをしている人なら当代の顔を思い浮かべるかもしれないが、世間一般の人なら、十中八九「先代」の顔を思い出すだろう(苦笑)。正蔵・三平兄弟は、テレビでも見るから少しづつ慣れてはきたけれど、今でも慣れないのが、文楽師と小さん師。当代文楽師匠には、本当に失礼だし申し訳ないのだが、あの顔は、どうしても「桂小益」であって、ペヤングのカップ焼きそばのCMが、何十年経っても脳裏にクッキリ浮かんできてしまう。寄席に行って、メクリに上記の名前が出ると、今でも「あれ?」と思うが、他の師匠たちならば、1秒後には「ああ…」と思う。ところが文樂師匠だけは、メクリを見ると「ああ…文樂……えっ!文樂!!??」という感じに、今でもなってる自分がいるのだ。今の文樂師匠の落語は好きだし、寄席で今でもよく演る「六尺棒」なんかは、かなり好きな噺に入る。でも「桂文樂」の字を見ると、どうしても、どうしても!黒門町の顔しか浮かんでこない!そして、当代小さん師匠。先代のご長男。人間国宝だった先代の高座を、数回見ている私にとって、やっぱり小さんは、先代小さんなのだ。出囃子も違うし、すぐ分かりそうなもんなのに、未だに慣れないってのは、本当に失礼な話なのだが…。いずれ、近い将来か、遠い将来かは分からないが、今のところ復活してない大名跡が復活する可能性は十二分にあるだろう。志ん生・圓生・柳枝・志ん朝・そして談志…。「春風亭柳枝」は、いい名前だし誰か継げばいいのに…と思うのは、私が先代の師匠を見ていないからだろう。今でも映像や音源が残り、CDが売れ続けている志ん生や圓生の名が復活したら、文樂・小さんと全く同じ状況になるだろうと思う、私は(笑)!それより凄いのは、「立川談志」だろう。この名前が復活するのは、こりゃもう遠い将来になると思うのだが…インパクトがありすぎたからね。私がおじいさんになったとき、どこの誰だか分からない若い落語家が、「木賊刈」の出囃子で出てきて…。ニッコリ笑いながら「今日から談志になりました!」みたいに言われたら…。想像しただけで、今から気絶しそうになる。勿論いろんな意味で。「お前は誰なんだ!」と、客席からイヤミを言う、物凄い嫌な感じのジジイになってる可能性大(笑)。とにかく、大きな名前を継ぐということは、本当に難しいことなのだろう、特に落語界では。
2012年07月16日
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「万年幼年」のつもりで、今日まで物凄くいい加減に生きてきたが、冷静に考えると、私は世間的には十分成人男性の年齢になっていた…。子供の頃の考えのまま、生きてきたような気がするが改めて己を客観視すると、ここ数年で、かなり嗜好が変わってきたことが増えていた(苦笑)。それが特に顕著なのが、やはり食べ物。昔の私を知っている人なら、もう笑っちゃうぐらいに嗜好が変わっている。自分でも不思議だと思うが…。昔は、しつこい食べ物が好きだった。ラーメンだったら豚骨、刺身ならトロ、トンカツにメンチカツにクリームコロッケ…。ところが、ここ数年で、ホントに好みが変わった。ラーメンなら、大体、醤油か塩…つまり、昔ながらの素朴な「支那そば」ばかり食べるようになった(笑)。昨晩、久々に豚骨ラーメンを食べたのだが、家に帰る途中で、胃がもたれて、もたれて…(涙)。刺身(寿司)も、マグロなら赤身(ヅケね)、あとはアジ・イワシ・コハダなどの光もの、あとはタイやヒラメなどの白身。それとアナゴは欠かせない。本当に寿司の好みは変わった。いちばん顕著かも。話が急に逸れるが、ちょいと寿司の思い出を。子供の頃は、中トロとウニとイクラと赤貝が好きで、今から考えると「クソ生意気」なガキだった、私ゃ。タイムスリップして、6~7歳の自分の姿を見たら、後ろから思い切りぶん殴るだろうと思う(笑)。「贅沢するんじゃねえ!このガキゃ!」と言う可能性が100%に近いだろうなあ(笑)。実にくだらない話で恐縮なのだが、子供のころから今日に至るまで、一番好きな食べ物は寿司。この位置は、たぶん死ぬまで不動だと思う。ちなみに次点(同率2位)は、蕎麦と天婦羅です。…そんな自己紹介はいいんだ、別に!私は、自分で金を稼ぐようになって数年経って、初めて自分の金で「銀座の適度に高級な寿司屋」に行ったとき、本当に感無量であった…。…もちろん一人じゃないよ、友人とよ。そんな生意気したら、私は世間から抹殺される(笑)。カウンターに座って、ビールを飲んで、今日入っている旬の魚を刺身に誂えてもらって、それを肴に飲んでいる己の姿が鏡に映ったとき、変な言い方になってしまうが「これ、本当に自分の姿か?」と思ってしまった。「大人になって良かった」と思える、数少ない心からの喜びのひとつが、「銀座で自腹で回らない寿司を食べる」だったかもしれない。最近は生意気だよ、私は。もうホントに(笑)。大体、寿司屋に行ってからの流れは決まっている。当たり前だが、座るのは100%カウンター。1・酒を頼む2・それに合った肴を、2品くらい頼む3・その日のおススメの魚を刺身にしてもらう4・握りを頼む5・〆に玉子焼きを頼む(たまに巻き物もあり)6・お茶飲んで終わり「世間の顰蹙を買うこと間違いなし」の、生意気過ぎる一連の流れ!でも、この流れが自分で出来る喜びというものは、誰に何と言われようとも、本当に何物にも代えがたい。それぐらい、私は寿司が好きだ。…次回は、蕎麦のことでも書こうかなあ(笑)?
2012年07月15日
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その1・パンダの赤ちゃん、肺炎で死ぬ新聞は一面で伝えていたし、上野動物園の園長は記者会見で泣いておられたし…。期待が大きかった分、やっぱりガッカリ感も強くなるんだろう。それだけ、繁殖・生育が難しい動物だということが今回の件でよく解った。でも、ちょっと騒ぎすぎじゃないのだろうか?今のパンダは支那からの「レンタル」なわけだし、日本人は、あんまり好意を持つべきではないと思う。我らが石原都知事は2匹生まれたら「センセン」と「カクカク」という名前にしろと仰っておられた。私ならば…もっとダイレクトに「チャンチャン」と「コロコロ」が、可愛い名前だと思う(笑)。2匹の名前、くっつけて読まないでね(笑)。その2・九州に記録的大豪雨ニュースで見たが、何かもう「盥をひっくり返した」とかいうレベルじゃない、大洪水だった。亡くなられたり、行方不明の人も多いようだし。ここ20年ほど、何だか急に「記録的○○」という異常気象が増えた気がしてならない。やっぱり地球の温暖化、ってなことが原因かいな?その3・滋賀県大津市のいじめ問題、ついに学校に警察の家宅捜索が入る!これは、昨日書いたことだが、こりゃ当然だろう。あれだけ隠蔽しようとしてたんだから。通ってる生徒には、いい迷惑としか思えないが…。「いじめ」というのは、やられた方は大きくなっても覚えてるものなのよ、事細かに中身を。とにもかくにも、今回の件の凶悪さに鑑みて、警察もマスコミも、実名報道をすべきであろう。ネットで誰かが勝手に流すより、ある意味フェアでしょ?その4・尖閣諸島の領海内に中国船が侵入構わねえから、とっととミサイル撃って沈めちまえ!そうじゃなけりゃ、拿捕しろ、拿捕!…いいのかなあ、こんなことばっか書いてて(苦笑)。
2012年07月12日
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久しぶりの社会派ブログ…ってこたぁないか。前々回のブログが、北方領土のことだった(笑)。しかし、今回はちょいと真面目に。自分自身の経験談も含めての話になる。連日ニュースで取り上げられている、滋賀県・大津市の中学2年生のいじめ自殺問題。学校と市の教育委員会の、杜撰かつ酷すぎる対応。反省の色、全くなしの加害者側。連日の報道を見たり、記事を読んだりして…何というか、様々なものが腐りきっている…としか言えない。激しい憤りもここまで来ると、何をどんな風に言えばいちばん適切なのかが判らない。言えることは、ただひとつ。加害者は、人間の面を被った「鬼畜」だ。私自身も、小学校低学年から高校に至るまで、いじめを受けていたから、自殺した彼の気持ちはよく解る。なぜ、抵抗しなかったんだろう…。自殺は、相手に白旗揚げちゃうことになるのに…。自分自身の経験から思うに、「いじめ」の基準だが「された側が『いじめだ』と感じたら、それがいじめ」としか言いようがない。もう一つ言えることは、「犯罪の色が濃くなってきたら度を越しているいじめ」ということだろうか。例えば、上履きの中にに画鋲を入れられた・体操着や縦笛を隠された…なんてのは、私も経験がある。この程度は、まだ学校内で解決できることだろう。しかし「金銭をふんだくる」「万引行為を強要させる」「校庭で全裸にさせられる」「殴る蹴る」みたいな、完全に法律に触れるようなことをさせられたとしたら、これはもう警察の出番だと、私は思う。それにしても今回の件は、学校・そして教育委員会の対応が、あまりにも酷すぎる。被害者側の親御さんに、いじめの報告はしたものの、学校側にとって決定的に立場が悪くなる部分を隠して報告したということでしょ?これは。そして、いじめた側に「自殺の練習をさせたのか?」と問い質すことをしないという…。それも、その理由(という名の言い訳)が凄い。「加害者側にも人権がありますから」だとさ。被害者側のことを、な~~んにも考えていない。死んだ子のことは無視ですか!そうですか!このブログを書くにあたって、ネットで様々な情報を見てみたが、事実だとしたら腸が煮えくり返るようなことが、結構書いてあったんで驚いた。真偽不明なネットの書き込みを、信用して転記していいもんなのかどうか迷うが、やっぱり書く。何でも、加害者側の母親が「うちの子の方が逆に被害者だ」とか抜かしやがったらしい…。そして、その加害者3人は反省の色を全く見せず、その子が自殺した後も、その子の写真や遺品(?)に落書きなんかをしていたと聞いた…。…かなり過激意見だと言われることは覚悟の上で、あえて書く。これは「いじめ」ではない。「犯罪」である。加害者側を逃げ得にさせることは、絶対に絶対にあってはならない。こういう事例の場合は…っつうか、こういう事例はガキの犯罪だからこそ、実名報道をすべきだろう。そして、未成年だろうが何だろうが、これは立派な「殺人罪」なのだから、キチンと裁かれるべきで、出来れば死刑にすべきだろう。子供だから将来がある、人権がある、絶対更生する、保護されるべきなんてのは、絵空事に過ぎない。「出る悪い芽には除草剤」の考えでいかなけりゃ、いじめ問題なんか、永久に無くなる訳がない。中学生だろうが、思い切りビビるだけビビらせて、市中引回しで晒し者にさせて、どっかの川原で、目隠しして後ろ手で縛って、日本刀で首をスパン!ぐらいやって、血の雨降らさないと。…誰が首を斬るのか、という問題はあるけどね。「過激な意見だ」と言われるのは、覚悟の上だが、このままじゃ、自殺した子は浮かばれない。加害者側は、これから一生「死刑に値するレベル」の生き地獄を、身内もろとも味わって生きるべきだろう。今はそれしか言えない。
2012年07月11日
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ハリウッド女優と肩を並べる、圧倒的なオーラ。デビューが昭和5年、相手役が大河内傳次郎という女優歴の長さ。女優として初の、文化勲章受章という快挙。東宝の映画・舞台、そして「必殺シリーズ」で魅せた、問答無用の数々の演技。山田五十鈴先生の、日本演劇界に残した功績は本当に大きく、物凄いものがある。昨晩、95年の生涯に幕を下ろされた。最後の10年間が、闘病生活で終わってしまったのが、本当に勿体無いし、惜しかったと思う。上でも書いたが、デビューが昭和5年で、相手役が大河内傳次郎、しかもサイレント映画…(汗)。もう、何というか昭和の映画史・演劇史そのままの一生であったと言えるだろう。特に昭和10年代の東宝では、長谷川一夫先生を相手に「鶴八鶴次郎」「蛇姫様」「昨日消えた男」「婦系図」など、数多くの大ヒットを飛ばしたわけで、他にも「新妻鏡」とか、代表作は多い。上記の映画は、主題歌なんかも大ヒットした訳だが、ご本人も、昭和16年の7月1日公開の東宝映画「上海の月」の主題歌、服部メロディー「牡丹の曲」を大ヒットさせている。歌は結構上手いのだが、他に歌を出しているのかがよく判らない。高峰三枝子や伏見信子と遜色のない歌声なんだけども…。今の女優が200人束になっても、この先生には勝てないだろう…。「大物」というタイプの女優は現在はいなさそうだし。とにかく、あの圧倒的な存在感と見事な演技は、日本の至宝だったと言っても過言ではない。あの世に行ったら、とにかく娘の嵯峨三智子さんに謝って、仲良くしてください。そして、もうお一人。時代劇の悪役などで知られた、名バイプレーヤーの遠藤太津朗氏も亡くなられた。享年84。幼いときに見ていた、大川橋蔵主演「銭形平次」その平次親分の意地悪なライバル、三ノ輪の万七役が印象深い。近年では、藤田まこと主演の「京都殺人案内」の、音やんの上司役が代表作であろうか。今ごろ、まこやんは「必殺」の元締め、「京都~」の部長役の2人に「ご無沙汰してます!」とペコペコ頭を下げているところだろうか。お二人のご冥福を、心からお祈り申し上げます。
2012年07月10日
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春風亭柳好。この字面を見ただけで、ある程度の落語好きなら、イヨッ!と思うに違いない。「向島の師匠」と言われた、三代目柳好。あの全編、謡い調子の「野ざらし」「ガマの油」は、何度聴いても素晴らしく、今も飽きることはない。その弟子が、フジテレビ金曜お昼のバラエティー番組「お笑いタッグマッチ」で一世を風靡した、四代目。落語家や落語ファンには「川崎の師匠」と言われてる、あの師匠だ。独特の低音で、半分以上ため息みたいな(笑)調子。特に与太郎噺は他の追随を許さず、落語界には今でも市馬師匠や喜多八師匠など、川崎の師匠の熱烈なファンが多い。市馬師匠はモノマネも巧いし(笑)。私も小さい頃、NHKの寄席中継で、たくさん聴いた覚えがある。大好きな師匠だった。今日は、その四代目のトリビュート落語会を聴くべく、国立演芸場に足を運んだ。春風亭柳好 「牛ほめ」(←勿論五代目よ)柳亭市馬 「味噌蔵」(←全編四代目の物真似)柳家喜多八 「付き馬」中入り座談会 (進行・草柳俊一)瀧川鯉昇 「うなぎ屋」春風亭小柳枝 「粗忽長屋」落語ファンには堪らない5席+座談会。市馬師も声色は上手いのだが、直弟子の小柳枝師匠の四代目柳好師の声色は、本当に絶品だった。個人的には、昔NHKで見た「禁酒番屋」が未だに忘れられない。腹ぁ抱えて笑ったもんなあ…。どうしても「禁酒番屋」は小さん師匠のイメージがあるが、私は川崎の師匠のを推している。さて、新発売された川崎の師匠のCDを聴きながら、ゆっくり寝ることにしましょうかね(笑)。
2012年07月04日
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言いやがったね~、メドベージェフは。「盗人猛々しい」とは、まさにこのこと。ホントに、我が日本は周囲に恵まれていないとつくづく思う。私は思う。日本にとって「恒久の平和」とは何なのか。周囲の国にナメられるだけナメられて、領土を勝手に持っていかれても、怒らず感情を露骨には出さない…それが「恒久の平和」なのだろうか?言葉で説得すれば、相手は言うことを聞いてくれると思っているのだろうか?そんなに、国家間でトラブルが起きて、ギクシャクすることは良くないことなのだろうか?そんなに「自分たちの国土を守るために戦うこと」って、愚かで悪いことなんだろうか?今、日本国は、おそらく過去最大級で、周囲の国々に馬鹿にされ、見下されているときだと思う。そりゃあ日本国のトップ連中が、日本が嫌いで日の丸・君が代を嫌う売国奴ばかりなんだから仕方がない。もうそろそろ、「口で抗議をする」時代は終わったと私は思う。だって、どこの国も言うこと聞かないじゃない!総理大臣が自ら、竹島・尖閣諸島・北方領土に乗り込み、直談判をするか、それが無理なら武力をもって抗議を行うしかない時期に来ているのではないだろうか。日本国民ももうちょっと、自虐史観から抜け出して、正しい歴史認識を持ったほうがいいと思う。石原都知事や田母神さんと似たような正しい考えの、若い政治家はいないもんかねえ。まあとにかく、支那・朝鮮・ロシアという「地球の鬼畜三羽烏」に囲まれた、世界一平和な国、日本。日本海側の海岸線に、ずらりとミサイルを配置すれば、上記の国々も、対応がちったあ変わるんじゃないの?左っぽい人とか、平和主義者とかいう人は、仮に日本が攻め込まれて、日本国民が大量に殺戮されたとしても、あるいは自分の身内が殺されても「日本は手を出してはいけない」って言い切るんだろうな、たぶん。私は、そうなったら、喜んで手を出します。念のため。「平和の有難み」は、平和じゃない時代を知らない人が言ったって、無意味な台詞としか思えない。今、日本人の大半は「平和な時代」しか知らないんだし。「平和の尊さ」を知るために、しばらく「そうじゃない」時代があってもいいと、私は思う。我々は「昭和残侠伝」の高倉健さんよろしく、そろそろ相手の国に殴り込んで「死んで貰います…」のセリフを言うべきなのではないだろうか?
2012年07月03日
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