全10件 (10件中 1-10件目)
1
小野ヤスシさんは、最後のカトちゃんの披露宴での顔で「具合がかなり悪そうだな…」という感じが見て受け取れた。だから、ある程度の覚悟を、一般人も芸能界の人もしていたところはあったと思う。しかし、元気だった人が、いきなり倒れて、休養してそのままお亡くなりになってしまうと…。…芸能関係者のみならず、一般の人たちも、物凄くショックが大きいものだ、と思う。それも、あれだけ町に溶け込んで、気さくな会話で周りを笑顔にし、毎日テレビで元気を振りまいてた、名脇役の突然の訃報。午前中に小野さん。そして午後、突然飛び込んできた地井武男さん急死の知らせ。享年70。当たり前にテレビで観ていた人が、たった1日の間に2人もいなくなってしまう。もう…私は、筆舌に尽くしがたいショックとしか言いようがない。チイチイは、何というか…100%元気になって戻ってくるのが当たり前、という気でいたもんで、訃報を聞いても、全く信じられなかった。あくまで、加山雄三の「ゆうゆう散歩」は、チイチイが戻ってくるまでの「つなぎ番組」なんだと、私は信じて疑わなかった。それは、視聴者より「ちい散歩」のスタッフや関係者も、我々より、もっと信じて疑わなかっただろう。現在は、加山雄三が毎日散歩しているが…。やっぱりね…味が違うのよ、味が(苦笑)。そりゃ、地井さんのために始まった番組なんだから当たり前なんだけど、あの庶民と同じ目線で会話して、スタッフや周囲の人に気を配り、出不精の人にさえ「散歩って面白そうだな…」と思わせる(笑)見事な番組づくり!朝鮮人という「地球上のガン」ともいうべき畜生共に迎合した、昨今の醜いテレビ業界の中で、数少ない良心とも言うべき番組の一つだったと思う。そういえば、うちの近所にも散歩に来たことがあった。我が家の目と鼻の先、環八近くの東急線の線路沿いに小さなお稲荷さんがあるのだが、そこに手を合わせてくださったようだ…。…ということは、うちの前を歩いてたってことか!会いたかったなあ!今朝、緊急放送された追悼特別番組の「ちい散歩」を見ることができた。萩野アナウンサーのナレーションが、何となくだが涙声だったようにも聞こえた。そして、全てのナレーションが「過去形」だったのが、本当に悲しく、胸が潰れる思いがした。それでも、突然「太陽にほえろ!」ごっこが始まって全速力で路地を走り回ったり、スタッフ全員に惣菜を振舞い出して、カメラマンがカメラを置いて、突然固定カメラになったちゃったり…(笑)。悲しい気持ちをすっかり忘れて、楽しんでしまった。でもエンディングでは、涙が止まらなかったが…。役者としては、正義の味方から悪役まで何でもござれ、いぶし銀の光を放つ名演技を見せてくれた。こういう名人がいなくなってしまうと、ドラマもバラエティーも本当に困る。70歳は若すぎる。「50・80よろこんで!」って、あれだけCMで言ってたのに…。昨年は芳雄ちゃんが逝き、今年はチイチイ…。代役のいない、かけがえのない役者がどんどん減って、学芸会レベルが幅を利かすドラマなんぞ…ね。地井武男さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。本当にお疲れさまでした。そして、若大将には、上から目線に極力ならない(笑)、独自のスタイルの散歩番組を作っていって頂ければ、東宝マニアとして嬉しく思います。
2012年06月30日
コメント(0)
週に2~3度、落語会に足を運ぶ。あるいは、時々だが、お手伝いで司会者として人前に出る。…なんて生活サイクルになって、13年近く経つ。あまりにも、頻繁に聴きすぎだからなんだろうが、年々「見に行ってよかった!」と感激する落語会の数が減ってきている。別に、行く落語会の大半が期待はずれだったとか、つまらなかったという訳ではない。こちら側が、ちょっとやそっとの落語じゃ楽しめないという、非常によろしくない「耐性」のようなものが出来上がっている、というのが理由だろう。今日、第3回目にして初めて出掛けた「鈴本囀の会」。三遊亭司・林家たけ平・柳家喬の字の二ツ目3人が、先輩ゲストを迎えて、大ネタに挑む落語会。…久々に、体が震えるほど感動した落語会だった。…いや、体じゃないな。「魂」だな。魂が震える。この感覚になる落語会は、そう滅多にあるもんじゃない。喬の字さんは、高座は見ているものの、今のところ面識はない。ところが、あとのお二人は、面識があるどころの騒ぎではない(笑)。三遊亭司は、私の小学校・中学校の1年後輩!中学時代は「歴史研究部」というオタク系のクラブに属し(笑)、頻繁に懐メロの話をしていた間柄。だから急に呼び捨てになったわけで…司の御贔屓のお客様には、お詫びさせて頂きます(苦笑)。昨年9月、ニューマリオネットのご主人の訃報をこのブログに書いたとき、「近所に住んでる噺家」と書いたのは、何を隠そう、このお方。何ヶ月かに一度、近所で飲んで、そのあとは我が家でテレビ東京の「なつかしの歌声」を見ながら飲むという、非常に楽しい二人会をしている(笑)。そして、林家たけ平さん。現正蔵師の総領弟子。落語ファンだったらご承知の方も多いかもしれないが、たけ平さんは、市馬副会長に次ぐ…いや、並んでるか。昭和の流行歌マニアとして、よく知られている。昨年10月に、ひょんなことから知り合いになり、今では頻繁に、神保町なんかで会って、懐メロ関係のやり取りをさせて頂いている大の仲良し。たけ平さんは、どう思ってるかは分からないが…(苦笑)。5月の半ばには、同じ歌謡曲マニアの桂夏丸さんとの「歌で綴る昭和の時代2」という落語会&歌謡ショーに、司会で参加させていただいた。9月に第3回があるんで、またよろしくどうぞ。…って、まあ、とにかく!喬の字さんと我が後輩と我が親友が、戦後の東京落語の大スターである、三遊亭圓歌師匠を迎えて、大ネタを演るってんだから!ってんで、チケットを予約していそいそ出掛けていきました(シモンズだね…)。客席は、驚くほどの超満員。ゲスト目当てではない、それぞれの御贔屓のお客様だと思われる方々が多かったように見受けられた。昨今の落語会では珍しい、全体が温かいというか、落語家さんを育てよう!みたいな空気が流れていて、それでいて、どこかピリッとしている、非常に心地よい空間だった。林家たけ平 「宿題」(桂三枝作)三遊亭司 「お見立て」三遊亭圓歌 「御前落語~中沢家の人々」中入り柳家喬の字 「唐茄子屋政談」…本当に、本当に素晴らしい4席。こんなに、時間があっという間に過ぎた会も久々。真っ向勝負で、気迫のこもった各人の高座を、私も真正面から受け止めるべく、聞かせて貰った。ひとつひとつ、細かく書いていくとキリがないので止めるが(苦笑)、この面倒くさがりやの私が帰ってきた途端にブログを書いた、ということで感激度合いをご理解いただきたい。圓歌師匠も、いつもの何割増しでの熱演だったし…いや、もう感動!ホントに感激!次の落語協会の真打は、この3人にすべきじゃないかとお世辞でもシャレでもなく、心底思った次第。
2012年06月29日
コメント(0)
事故なんかもそうだが、大きな訃報というものも、立て続けにあるものだ。ザ・ピーナッツのお姉さんと、ほぼ同時代に活躍したコミックバンド「ドンキーカルテット」。そのメンバーで、鳥取県の生んだ偉大なる大スター、小野ヤスシさんが亡くなった。世間で「やっさん」と言えば、横山やすしなのかもしれないが、私の中で「やすし」といえばこの人だ。享年72。…もうそんな年齢だったのかと思う一方、月並みな表現だが、若すぎる。今の時代で72歳は…。確かに、一昨年「ビバリー昼ズ」に来たときに、ガンになって、物凄い大手術を受けた(12時間)という話はしていたが、てっきり治ったものだと思っていた。それから、ずっと治療中でいたとは知らなかったし、ここ2年ほどは、テレビで顔を見ていなかったから、ここまで体調が悪化していたとは、つゆ知らず。今朝のワイドショーで、今年3月初め、カトちゃんの結構披露宴の司会の顔を初めて見たが、かなり痩せてまったく人相が変わっていて、胸が潰れる思いだった。人前に出られるような体調じゃなかったんだろうが、初期ドリフからの盟友のために、かなり無理をして出てこられたに違いない。結局、これが公の場に出た最後になったようだ。私は、小野ヤスシというと「ドンキーカルテット」の時代は生まれていないので知らない。どうしても「スターどっきり」のキャップのイメージ、あるいは、タモリや小松政夫という面々と丁々発止のトークをしているという印象が最初だろうか。だいぶ後に、お笑いマニアになってから(笑)、ドリフターズの初期メンバーだったことを知り、ドンキー時代の映像を見て「凄い人だ!」という認識をした次第。生でコントを見たのは一度きり。このブログを始めてすぐの頃に書いたが、06年2月の紀伊國屋サザンシアター「高田笑学校しょの26」。「半分帰ってきたドンキーカルテット」と銘打って、ジャイアント吉田と2人、軽妙なトークをしながらの音楽コントに、シビレたのをよく覚えている。鳥取県出身の方ではあるが、さりげない立居振舞いやトークの仕方が、実に江戸前だったと思う。関西の芸人特有の、うるさくて、前に出たがって、笑いを取るために何でもする…みたいな野暮な感じが全くない、粋でスマートな印象は、子供の頃から「カッコいいな」と思っていた。むしろ「爆笑を取ることが恥ずかしい」という照れが、トークの合間に垣間見えるのが好きだった。今頃は、いかりや長さんや荒井注といった方々に会って、クレージーの面々とも再会しているだろうか。小野さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
2012年06月29日
コメント(0)
数年前、談志家元と「艶歌」で、いろんな歌手の話をしていたとき、フランク永井の話になった。家元が目黒に住んでいたとき、ご近所だったそうで、「目黒名人会」という寄席をやっていたときは、よくパジャマ姿で遊びにきて、客席の一番後ろに立って、よく落語を聴いてくれたという。そのときに、家元が言った言葉が忘れられない。「本当に落語を理解していたら、自殺なんざぁするこたあ、なかったんだがなァ…」…昨日は朝から、驚きの訃報が飛び込んできた。元ニッポン放送の看板アナで、現在はフジテレビのアナウンサーとして活躍しておられた塚越孝アナが亡くなったとの知らせ。私は昨日の「ビバリー昼ズ」の冒頭、春風亭昇太師と乾貴美子が伝えているのを聞いて驚き、慌ててPCを立ち上げたら、自殺したということで驚いた。それも、自殺したのがフジテレビ社内のトイレだったというのが二重の驚き。一体何があったんだか…。このブログをご覧になってる方なら、ご承知の方も多いだろうが、塚越アナは熱烈な落語ファンだった。読売新聞の芸能欄で、落語会の批評も書いていたし、寄席やらホールで、頻繁に顔を見かけていた。批評は、保田武宏先生や長井好弘さんから比べたら、あんまり大したことない文だったけど…。フジテレビ社内というのは、私も5月末まで働いてたところであって、社内でも何度か顔を見かけた。向こうも「しょっちゅう落語会に来てる奴だ」という認識があったのだろう、私に。エレベーターで一緒になったとき、私の顔を見た途端「あっ!」って小声で言われたし…(苦笑)。まあ、それはともかく。落語を愛する人間が自殺した、という話を聞くたび思い出すのは、上記の家元の言葉。そして「職場で自殺した」というのは、おそらくだが、相当な不満がフジテレビ全体にあったのではないか?という気がしてならない。深く詮索することは止すが…。そして、20時過ぎに知ったのが「ザ・ピーナッツ」の伊藤エミ(日出代)の訃報である。享年71。引退したのが昭和50年。私は昭和54年生まれ。そんな訳で、ピーナッツの動いてる(歌ってる)姿は、リアルタイムでは全く知らない。ただ、ハナ肇とクレージーキャッツファンとして、そして「昭和の芸能・歌謡曲」を愛する人間として、絶対に忘れちゃいけないエンターテイナーであるのは間違いない。抜群のハーモニーで、数限りないヒット曲を飛ばし、全盛期の「紅白歌合戦」の常連でもあった。「ここまでキレイにハモれるか!?」という絶妙さ、本当に見事だったと思う。こう言ったら何だが、こまどり姉妹なんぞ足元にも及ばない。あっちはユニゾンだし。私の手元に、何と先代三平師匠がメロディーを歌い、ザ・ピーナッツがコーラスを付けているという「ふりむかないで」の音があるが、これが絶品。私は特撮・怪獣マニアでもあるので、このご両人は「モスラ」の小美人としての印象も深い。「シャボン玉ホリデー」の残っているVTRを見ても、コントは巧い、ダンスは巧い、歌は当たり前に巧い…今のバカタレントとは比べ物にならない本格派。先だっての尾崎紀世彦もそうだが、本格的に巧い歌い手の最後の人たちが、どんどん鬼籍に入るという時代になってきているということを実感させられた。塚越アナ、そして伊藤エミさんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。
2012年06月28日
コメント(0)
3日もブランクが空いてしまって、失礼致しました。ブランク長いは低音の魅力。…皆さまを低温にしてしまいました(苦笑)。重ねてお詫び申し上げます。さて、シリーズ「私の落語論」。文章どころか、自分の意見が全くまとまっていないうちから書き出してしまったので(苦笑)、客観的に改めて前2回の文章を読んでみると、自分で書いた文なのに、何を伝えたいのか支離滅裂(苦笑)。でも、とにかく「昭和の名人礼賛し過ぎ」のファンと、「落語の内容に『変化を求めすぎる』今のファン」に苦言を呈している、ということだけお判り頂ければそれでいい(笑)。あんまり高い文章力を求めないでください、私に。今日のテーマはこれ。「寄席の客よ!演者にもっと気を遣え!」「何で、客が金を払って気を遣わなきゃならないの?向こうが客を楽しませるんだろうが!」…という意見の方が殆どだろうが、私はそう思わない。上の意見がおかしいと思う人は、寄席にはあんまり行かない方がいいような気がする。ホール落語は、「ちゃんと落語を聴くんだ」という、ある程度の心構え(?)を持って観客が行く訳で、噺家も気合いを入れて(いつでも入れてるだろうが特に)、高座に臨む訳だから、あんまり上の意見は関係ない。しかし、寄席に行く場合。初めてでも、何回目でも。その際は「演者が、心地よく落語が出来るように、ある程度は観客も『仕事』をすべし!」というのが、私の長年の考えである。別に、「仕事」っつっても、高度なテクニックが要る話ではない。普通に笑い、普通に拍手をして、落語を十二分に楽しむ雰囲気を醸し出す。これさえ守れば、寄席マナーはバッチリなのだ。しかし…私も、もう13年くらい『寄席通い』をしているが、行くたびに思うのは、一部の客の「落語を聞く」という態度のレベルの低さ。「あなた、同じこと、歌舞伎や演劇でやれますか?」と言いたくなるほど。国立演芸場は別にして、都内には上野鈴本演芸場・新宿末廣亭・浅草演芸ホール・池袋演芸場の4軒の定席があるが、どこでも大体、そういう客は目立つ。私が頻繁に行くのは末廣亭で、いつも高座向かって左側(下手側)の桟敷の前の方、というのが定位置。その辺にしか座らない。何でかというと、一つは都内の寄席で、桟敷席がここにしかないということと、視線の先がちょうど楽屋で、いろんな声が聞こえてきて面白い(笑)、というのが理由。そうすると、一段高い桟敷席だから、椅子席のお客がどういう姿勢で聴いているかというのが丸わかり。そうすると、態度の悪い客の目立つこと。末廣亭のみならず、私が特に嫌いな寄席の客の態度、というのを挙げてみる。1・噺家が出てきたのに拍手をしないこういう人を見ると、本当に理解に苦しむ。何しに来たんだ、テメエ、バカ野郎!ってなもんだ。普通は出囃子が鳴って、高座返しの前座が出てきて、メクリが返ったら、拍手をするのが当たり前。ただ、ボーッとしてるだけの客がいるんだ、結構。こういうのは大概、落語を聞いても全く笑わない。寄席に行く前に、病院に行った方がいいと思う。2・飲み食いしながら落語を見続けるこれは、雑誌やテレビなんかで寄席紹介をする際、「飲み食いしながら観られます」みたいなことをアピールしすぎたのが原因だと思う。それを真に受けるおバカさんが多過ぎ(苦笑)。私だって、ペットボトルのお茶とお菓子くらいは持っていくが、不思議なのは…「ハイキングが中止になったんですか?」…と聞きたくなるぐらい、豪勢なお弁当を持ってきてワイワイ食べてる人たち。特に中年~老年の団体女性客に多い。そんなの食うなら、高尾山に行け!と言いたくなる。そもそも、落語のみならず、誰かが喋ってるのを見聞きしながら食事を取ったら、相手の話なんか頭に入る訳がない。ましてや「○○さ~ん、これ食べる~?」とか何とか言いながら落語を聞いてて、噺家に対して失礼だという気持ちにならないのだろうか?私は極力目立たないように飲むし、菓子類は中入りで食べるようにしている。血糖値が上がって、眠くならない程度に(笑)。この態度が、私は当たり前だと思うんだけど。3・落語の最中に喋り続けるこれまた、中年~老年女性団体客に多い(苦笑)。まあ、早い話が「オバタリアン」って奴だ(古い…)。落語に関することも、関さないことも含めて(笑)、何故に思ったことを、すぐに口に出すバカババアが多いのだろうか?マクラで近所の話とかを振れば「アッハッハ~!!そ~うそう、そういえばこの間○○さんがね~」的な話になり…。演者が何か言えば、いちいち相槌をうち…。噺に入って…例えば「時そば」とかで蕎麦を手繰れば「まあああ~!美味しそうねえ~!すごいわ~!」…殴れるもんなら、全身全霊でブン殴りたい(笑)。4・特定の噺家(芸人)のみ追いかけるある意味、これが一番、質が悪いかもしれない。お目当ての人が下がった途端に、思い切り帰る客。「思い切り帰る」って日本語はないか。まあいい。今は「特定の落語家の追っかけ」という人が多く、「その人の落語しか、あるいはその落語家と頻繁に会を催してる人の落語しか聴かない」という感じの人がとても多い。そういう客は、他の噺家が演っている間は、じっと待つというか、とにかく無反応。拍手は一応するけど極力笑わない…みたいな(笑)。お目当ての人が出てくると「待ってました!」と言い、人一倍笑い、終わるとそそくさと帰ってしまう。あと、女性芸人さんを「AKB48」と同じ感じで追っかけるファンが、ごく稀にいるらしい。風の便りに聞いた話だが…本当なのかね(苦笑)!?こういう人にも、あんまり寄席に来てほしくない。寄席というものは、一見個人芸の集まりだが、私は「アンサンブル」だと思っている。言い方変えれば「バラエティーショー」とでも言うべきか。自分の興味のない噺家・芸人でも、何組か続けて観ることに、寄席の意味があると思う。リレーというか、次の人に客席の空気感や高揚感をバトンタッチしていくのを観る空間ではないだろうか。昼席の途中から見て、夜席の途中で帰るのを悪いとは言わない。しかし、特定の演者だけ見に行く場所ではないと思う、寄席は。上記の4項目に、私と同様に腹が立った経験をお持ちの方!そういう方こそ、真の寄席通い者(?)!これからも、堂々と寄席通いしてください。…何ちゅう上から目線なんだ(笑)。よく「落語初心者に寄席は不向き」と言われるが、これはその通りだと思う。寄席の敷居は、低いようで高い。いきなり足を運んで、十分満足して帰ることは、100%…とは言えないが、不可能に近いと思う。本気で「落語を生で聴くこと」にハマろうと思うなら、まずは面白い・つまらないは別にして、ホール落語に通うべきだと思う。1年間くらい。そこで色んな噺家を知り、ネタを知り、「私はこの人の落語が好きだな」と思う人が4~5人できたら、初めて寄席に行くべきだと、私は思っている。そうすれば、いきなり寄席に行くよりは、一応下準備が出来ているから、ある程度満足して帰ることは可能。客が殆どいない、次々出てくる噺家・芸人が一様に面白くない、壮絶な日にぶつかることもある(笑)。でも、それを体感して「寄席ってつまらない」と思わず、「今日は周りの客がバカばっか」と思えたら、一人前の落語マニアの入口に立てたと思っていい。異論も多々あるだろうが、私ゃ、そう考える(笑)。ちなみに上記の道のりは、私の13年前の経験。こうして私は、落語マニアになってしまいました…。
2012年06月17日
コメント(0)
昨日の続き、テーマその2は、これ。「現役の噺家ばかり礼賛するな!」「昨日の話と真逆じゃねえか!精神分裂症か、お前!」はい、そういう意見もございましょう。ごもっとも…。一見すれば、昨日の話と完全に矛盾してる。しかし、最近はこちらの意見のウエイトが、あまりにも大きくなりすぎた為に、「落語」のという芸能の根幹が揺らいできてしまっているような気がするのだ。世間で、落語に対する世間の意識が変わったと言われる大きな出来事は、01年10月1日の、志ん朝師匠の死。63歳という早すぎる死。私も本当にショックだった。これをキッカケに「いつでも師匠方の落語を聴きに行けると思ったら大間違い、元気なうちにいっぱい見ておけばよかった…と後悔したくない!」という意識が、落語ファンの間に芽生えたのは事実だと思う。現に私もそうだったから。でも、個人的に思う落語ブームの切っ掛けは、前年。柳家喬太郎・林家たい平両師匠の、十数人抜きの真打昇進だったような気がしてならない。2人とも古典と新作の両刀遣いであり、古典落語に新しい風を見事に入れることもでき、人情噺でも客席を鮮やかに締める。初めて生で見たときは、本当に素晴らしいと感じたし、腹抱えて笑ったのを、今でもよく覚えている。00年5月の、紀伊國屋ホールの落語会だったか。個人的に、喬太郎師の発明(?)で凄い!と思うのが「登場人物に楽屋や客席をいじらせる」ということ。もしかしたら、私が不勉強なだけで、そういうことをもっと前から演っている方はいたのかもしれない。しかし、私がこの技を最初に使ったのを見たのは喬太郎師で、そのあと色んな噺家さんが使うようになったような印象がある。先代の三平師匠も、談志師匠も、自分自身が客席に何か言うことはあっても、登場人物に言わせることはまずなかったと思うのだが…。この間、末廣亭の夜トリの初日で、喬太郎師の十八番「ハンバーグができるまで」を久々に聞いた。その高座も、この技が炸裂していて、客席は大爆笑。そりゃあ物凄いウケ方だった。しかしながら…。昨今、人気のある噺家さんは、殆どの方が自分の「言葉」で落語を演っている。「言葉」という中には「演出やサゲを変える」「噺の解釈を見直す」というような意味があると思っていただきたい。それは、談志師匠が亡くなるまで提唱し続けてきたことを、若手噺家が活発に実行しているということで、素晴らしい面もたくさんある。ところが、あまりにも大半の方が噺を変えたが為に、オーソドックスに演って、いい味を出す演者の方が「何の工夫もしない噺家」と、評論家に言われてしまっている。これは、大きな間違いだと私は思う。これは、現役の噺家を批判しているわけではなく、むしろ「変化を求めたがる(落語ブーム以降にファンになった)新しめの落語ファンおよび評論家」を批判しているのである、私は!誤解しないで!お願いっ、お願いっ…う~っ(涙)!!…何やってんだ、私は。誰に怯えてるんだ(苦笑)?とにかく!現代の客はテレビの一発芸や、バラエティの笑いに毒されてすぎて、すぐに笑わせる、セオリーを壊すということを、噺家に求めすぎだと思うのだ。落語は本来、オーソドックスに演って面白いもので、そういう腕がある噺家こそ、本物ではないだろうか。「自分の言葉で喋りすぎる」と、元々の味というか、本来の可笑しみが忘れられて、寄席やホール落語の空気が変わっていってしまうと思う…。前回書いた「昭和の名人」と言われるお師匠さん方は、全員が自分の言葉で、新しく落語を組み立てた。しかし「ある一線は踏み越えない」というルールを忠実に守って、自分の落語をこさえたと思う。今の「新しく落語を組み立てる行為」は、お客の落語を聞くというレベルが落ちてきているゆえ、だんだん「ある一線を踏み越える」ことで笑いを取るというふうになってて、いわゆる「テレビの一発芸」的な笑いに寄ってってるような感じがする。だから、今の噺家さんは、ある意味大変だと思う。
2012年06月13日
コメント(0)
落語ブームと言われて、7年くらいたっただろうか。ホントは、そんなブーム、来てないような気もするが。今でも、落語関係の著書が数多く発売されているが、落語論をテーマにしたものが、やはり一番多いと思う。私も大半の著書を読んだが…。まあ、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、書かれている内容に、100%納得できる本は一冊も無かったと言い切っていいような気がする。勿論、人それぞれの落語論があるから、価値観や好みが違って面白いのだが…。でも、最近の人たちは(プロも一般の人も)、あまりに自分の価値観をゴリ押ししすぎて、インターネット上でトラブルになったりするような…もっと言えば、自らトラブルを起こすような発言を、ブログなんかでし過ぎているような気がしてならない。そういう訳で、私もトラブルを起こそうかと…(笑)。時間がある今だからこそ書ける(笑)、自分流の落語論を何回かに分けて書いてみようと思う。まず、テーマその1は、これ。「昔の人ばかり礼賛するな!」「懐メロファンのお前が言うな!お前が!」と、私を知っている人は総ツッコミをするだろうが(笑)、歌ではなく落語に関しては、これを声高に言いたい。年配の落語ファンに多いのが、昔の名人ばかりを礼賛する人。こういう人、凄く嫌い(笑)。最近は流石に減ってはきたが…。「黒門町は良かった、志ん生も圓生も良かった」だけで会話を終わらせるのならともかく、こういう人は続けて「それにひきかえ、今の落語家はダメですな。我々は名人に生で間に合って幸せだ」と、大体が言う(笑)。あと、こういうタイプの人は、大体志ん朝師匠が好きで、談志家元が嫌いというのも共通点(笑)。昨年の8月中席、鈴本の「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集」を見に行ったとき、久しぶりにこういう親父に出くわした。私は当日券で立見で見るのを承知で行ったのだが…。そのとき、鈴本の入口のところに、杖をついた一人の男性がいた。その方は私に「君は立見で入るの?僕は脚が悪いから、今日は諦めて帰るよ」というようなことを仰った。私は「長時間立ってるのはキツいでしょうね…」と返したのだが、問題はここから先の会話。「ところで君は、人形町末廣を知ってるかい?」ほ~ら、始まったぞ!昔の自慢話(苦笑)!私が生まれたのは、昭和54年2月。人形町末廣が閉場したのが、昭和45年1月20日。生まれる9年前だよ、知る訳ゃない!「すみません、生まれる9年前に閉じちゃったので、リアルタイムでは知りません…」続けて、その人は矢継ぎ早に話し出した。「全部桟敷席の風情がある寄席でね、良かったな~。志ん生さんも観たし、文楽さんも観たし…」知ってるよ!客席全部が桟敷だったことぐらい!アンツルの本なんかの写真で見てるから!そのあとは、ボーッと聞いてたので、内容忘れた(笑)。まあ、とにかく昭和の名人の話だったわけ。次に私に言った言葉も、私がどの程度の落語ファンか試そうと思って言ったんだろうが…。「ところで君は、誰のファンなの?」ほら来た(笑)!もう、何言われてもいいかあ~と思って、私は正直に「談志師匠です!」と言い切った。帰ってきた返事。「ふ~ん、談志かぁ~。談志もね、昔は良かったんだけど今はダメだね。昔から志ん朝さんの方が良かったね」昭和の名人至上主義の見本回答だよ(笑)!そもそも、なんで「談志」で「志ん朝さん」なのか!?私は、そのあと何を言ったか記憶がない。おそらくは適当にごまかして、中に入っちゃったんだと思うが…。言葉は物凄く悪いが、こういう落語好きが、落語文化を著しく衰退させたとしか思えない。文楽・志ん生・圓生・金馬・圓歌・三木助・柳好・可楽・小さん・馬生という、文字通り大看板がズラッと揃っていた、戦後の黄金時代への郷愁をあまりに引きずりすぎて、上記の人たちの、いずれかの型を踏襲した落語しか受け付けなくなってしまったタイプとでも言うべきだろうか。新作や、新しいクスグリや、ギャグを一切否定し、昔ながらの古典のみを礼賛するという…。「贔屓の引き倒し」の見本で、志らく師・昇太師のような、初心者に分かりやすい、現代的な落語を鼻で笑って、新しい空気をあまりにも入れなさすぎて、世間一般の娯楽から隔離させてしまったのが、80年代後半から00年くらいにかけてだったと思う。落語評論家の広瀬さんの意見と、ここら辺は大体合う。「落語」=「年寄りの娯楽」という感じの時代が、結構長いこと続いていたからねえ~。それこそ、「囲碁将棋」とか「盆栽」と同一線上に扱われかねない時代があったんだから。私が小学生~中学生くらいの頃は。
2012年06月12日
コメント(0)
今日の話は…「また、下らない話を書き出したぞ、このバカ…」という認識でお読みいただいて構わない文章だが、あまりに目に余ったので、書かせてもらう。どんな仕事に就いた場合でも、入社した会社の、あるいは、その仕事(業界や内容)の歴史や沿革は頭に叩き込んでおくべき、というのが私の持論。別に「私の」って付けなくても、だいたい世間の人はそう言うかもしれないけども…。ところが最近、己が就いた職種の歴史、あるいは先人が残した功績というものを、何も知らずにいる人間があまりに多くなったような気がする。それが顕著なのがマスコミ界・芸能界で、特に酷いのが「お笑い界」だと私は思っている。木曜日の晩に、テレ朝の「アメトーク」を見ていた。その日は「師匠サミット」なるテーマで、吉本興業・松竹芸能・そして東京の漫才協団の芸人が、各々の会社の先輩方の面白話をするという内容だった。吉本と松竹は、メジャー級の芸人さん(関東でも名前が知られている)のエピソードが多かったのだが、関東の芸人さんは、正直言うと、知名度が落ちる方の話が多かった。東京の芸人さんを紹介していたのは、ナイツの2人で、知名度の薄い先輩方を、何とか表に出してあげたいという気が感じられたのだが、問題は関西の芸人の対応である。特にエンディング近く。確かに、ナイツが紹介した芸人さんは、東京丸・京平、ビッグボーイズ、青空一歩・三歩、高峰和才・洋才だの、私も浅草の東洋館でしか見たことない芸人さんばかり(苦笑)。だから、向こうのツッコミとして…「誰なんですか?その人」「ホンマに実在してるんですか?」…というのはアリだと思う。番組としても、その方が盛り上がるし爆笑もできるから。しかし、エンディング近くで「まだ紹介したい方が」とナイツの2人が出した写真を見て、関西芸人が一斉に知らないと言い出したのにはカチンときた。映っていたのは、青空うれし師匠とナンセンスの2人。確かに、今は過去の人になっちゃったかもしれないが、一時代を築いた大先輩である。うれし師匠は、たのし師匠とコロムビア・トップ門下で一時代を築いた名コンビだった訳だ。ちなみに上記の一歩・三歩師匠は、千夜・一夜師匠の弟子…トップ一門は流石だなあ(笑)。ナンセンスの2人も、岸野猛師匠は元ナンセンストリオ、原田健二師匠は元トリオスカイライン、昭和40年代に一世を風靡した方々である。「芸人やってて、諸先輩を知らないとは何事だ!そんな知識でお笑いやってて、恥ずかしくないのか!」ってなもんだ。これは先日、友人の噺家から聞いた話なのだが、以前「アメトーク」にWコロンが出演した際に、師匠筋の話になって、ねづっちが「Wけんじ師匠の一門で…」と話したら、司会の宮迫が「Wけんじって誰やねん!?」と言い放ったらしい…。「流石に呆れた」と友人の噺家は言っていた。あの「Wけんじ」である。「やんなっ!」で一時代を築き上げたWけんじ師匠。私だって、テレビでとはいえ、何度も高座を見た両師匠である。その先輩を知らねえんだとさ。いくら関西出身でも、そりゃないだろう、お笑いに携わる人間としてさ!と言いたくなる。先人たちの笑いがあって、今日の笑いがある、先人たちの芸の知識を仕入れた上で、自分たちの笑いを考えるという、当たり前のことが当たり前でなくなっているのが、非常に怖い。その内、落語の世界も「立川談志って誰?」とか前座が言い出す時代になるんだろうか…。
2012年06月10日
コメント(1)
無職になって…というか、まあ有給休暇消化中の日々を送っているが、まあ退屈(笑)。何というか、頭がドンドン馬鹿になっていきそうで凄く怖い。頭を使わなさすぎて。「毎日何もしない」ってのは、人間という生き物をかくも堕落させるのかと思わずにはいられない。でもなあ…仕事がそう簡単にホイホイ見つかるとは(それも自分の任に合った仕事)思えないし…。え~っ、落語関係・懐メロ(歌謡曲)関係のお仕事で空きがございましたら、何卒宜しくお願い致します。一応、コンピューターは人並みに扱えますし、前職が文字に携わる仕事だったので、誤字脱字を探すのは早いです。ただ、体力はあんまりないので力仕事は不向きです。あと、歌謡ショーの司会は、構成から演出から、何でも出来ます。…って、何を自己アピールしてるんだろか(笑)。さて本題。無職になったにも関わらず、今夏も恒例の懐メロのイベントを開催することになった。昨年は、浅草・コシダカシアターのステージを貸切、観客も入れての一大イベントだったが、賃料やら諸雑費やらを合わせたら、正直、物凄い高額に!肉体的にも疲れたし、精神的にもエラい目に遭った気がする…(苦笑)。という訳で、今年は7月21日(土)の晩に、東京・神楽坂のカラオケスナックを貸切にして行う。今年は歌を歌うことよりは、ゲストの方を招いてのトークショーを中心にした催しにしたいというのが一応今の時点でのプラン。ところが!ある程度の人数を招かないと、スナックの貸切が出来ないらしい!とのこと(30人くらい?)。これをご覧になりました、全国の懐メロファンの方!(ただし昭和35年以前の歌のファンの方、特に若年層)「見に行ってもいいよ」という方、いらっしゃいましたらぜひぜひご連絡をお待ちしております。コメント欄に参加の旨をご記入いただければ、追ってご連絡させていただきます。
2012年06月09日
コメント(2)
3ヶ月以上のご無沙汰でした。地震からピッタリ1年目の3月11日の晩、自宅で突如、目まい・動悸・大量の発汗に襲われた。声も出せず、ベッドの上でもがき苦しむのみ…シャレでも何でもなく、死ぬかと思った。翌々日、会社を休んで近所の病院で診てもらった結果が…。仕事関係の極度のストレスから来る「自律神経失調症」との診断。その3月11日以降、今日の今日まで目まいだけは未だに収まらない。だから、ブログが書けなかった。長い間、パソコンの前に座れないから。そして…長年続けてきた仕事も、これ以上体調不良で迷惑もかけられないので、5月一杯で職場を離れることになった。7年8ヶ月も、よく保ったもんだ(笑)。今は有給を消化していて、毎日散歩したりしながら、体力を付けつつ、療養をしている…という毎日。だから7月末から、ハローワークに通って、再就職活動をしなければならないのだが、この時期&この年齢だから、なかなか難しいと思う。それを考えると、目まいや下痢になり、体調がまたまた悪くなるという悪循環(苦笑)。そりゃ、出来れば好きな落語関係の仕事(噺家になる訳ではないが)に就ければ…とは思うが、私の頼みの綱の、某落語会のプロデューサーも、正式に相談をお願いした途端に、急にそっぽを向く(つまり返事が来ない)という状態に(笑)。「唐茄子屋政談」の若旦那か、私は。まあ、向こうは向こうで忙しいのだから、あんまりワガママ言えないのも事実だが…。そういう人間関係は、殆ど当てにならなさそうだから(笑)、自力でそういう道を開拓するか、あるいは全く興味がない仕事でも、金を稼ぐために仕方なく就くか…の2択しかないのだろうか。それはさておき、何とか目まいも少なくなってきたので、今日からブログを再開します。また宜しくどうぞ。
2012年06月06日
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1
![]()
![]()
