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今年に入ってから咽頭潰瘍やら、先日の白浜への旅行直前にのどの調子が悪くなるなどやはり「前厄」の影響なのか体調が本調子ではありません。 昨日の夜も妻も子どもも少し早めに寝ましたが、私はいつものとおりブログ更新して、いつも訪問してコメントくださる方のブログへ訪問、って思っていました。 ところが、どうも左の目の回りとこめかみのあたりに違和感を感じたので、私も早めに休むことにしました。そして今朝4時頃目が覚めたんですが、その違和感はもっとひどくなっていまして、顔の左半分が痛くなっていました。目の玉を動かしても痛いし、仰向けに寝ても痛い。薬を飲みに行こうとしたんだけど、確か頭痛の薬は切らしていたなぁと思ってひたすら我慢しました。 何とか顔の痛い方の下にして眠っていつも起きる時間に起きました。やはり顔の左半分が痛かったのですが、鏡を見ても別に腫れているわけではない。昨年11月23日のブログでも紹介した年に数回発症する突発性の頭痛かもしれないということで病院へ行こうかと思ったのですが、頭痛の薬が見つかったのでそれを呑んで出勤しました。 それ以降はマシになったんですが、まだ左目の下が痛くて不安は残ります。原因がわからないだけに怖いのです。過去に目の奥が痛くなって病院に行ったことがあるんですが、脳波などに異常は認められないと言うことでした。 この先もこのいつやってくるかわからない頭痛と付き合っていかないといけないようです。 このブログを医療関係者の方が見ているとは思いませんが、こんな症状の方おられましたら、何かいいアドバイスをいただければ幸いです。
2007年01月31日
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車に乗る以上は避けて通れない車庫入れと縦列駐車など、車両感覚を十二分に活かさなと運転できないことが多いわけですが、おそらく現在自動車学校へ行っておられる方もこれで凹まされておられるかもしれません。要するに、「体で、感覚で覚えないと仕方ない」のがこれなんですが、私も苦手でした。今では全然大丈夫ですけどね。 車は前に進むだけではなくて、駐車したり方向転換したりすることもあるわけです。そんなときに、ハンドルをどれだけ回せばどれだけ車が曲がるかということをしっかり把握すればそんなに難しいことではないし、実際に車に乗ってみればわかります。 S字カーブやクランクは車が前向いて進むわけですからそんなに難しくはないのです。問題は車庫入れ(方向転換っていうのかもしれませんが)と縦列駐車、幅寄せ(切り返し)などはいずれも車をバックさせるわけですからね。でも、最近の教習車はAT車ですから、ブレーキペダルに足を載せてゆっくり下がるのです。だからハンドル操作にだけ集中できるので、そんなに難しくはありません。 私のときはMT車ですから、エンストに注意しながら車をバックさせるのですが、車の後をポールにあてたり(ハンドルを切るのが遅い)、左後輪を脱輪したり(逆に早すぎ)、きちんと枠の中に入らなかったりと苦労しました。そんなときに、前回のブログでも紹介した54号車のK教官が「車の後席のところに小さな窓があるけど、あれにポールの先端が見えるように車を停めて、そこから下がればきちんと入るから」と教えてくれました。当時の教習車のコロナマーク2にはCピラーのところに飾り窓があってそこにポールの先端を合わせろというのです。半信半疑でやってみたらいい感じで車が枠の中に入っていきますから、あとはハンドルをもどせばきれいに入りました。左後輪と下がろうとする角を合わせて下がればきれいに入るんですね。 要するに、自分なりに車を下げる際にどのポイントを目印にするかというのをつかめば大丈夫です。とにかく今の教習車はAT車ですから、そんなに難しくはないですよ。 ちなみに免許がとれれば、まずは車庫入れの練習をおすすめします。車庫入れ無しに車は乗れません。私も晴れて免許がとれてから父親の車でやってみましたけど、実際には他の車があったり、障害物があったりしてなかなか難しいものです。しかも、当時の父親の車はこのブログでも紹介したブルーバード(910)。パワステなしのMT車ですからハンドル回すだけで一苦労でした。車をぶつけそうになりながら(一度ぶつけてムッチャ怒られた・・・)車庫入れの練習をしたものです。 車庫入れや縦列駐車で苦労している方、どうぞがんばってください。
2007年01月30日
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昨日のブログで白浜へは20年ぶりと書きました。その時も宿泊しなかったので、宿泊するのは今回が初めてなんです。その宿泊する場所は楽天トラベルで探しました。ご存じのように温泉地として有名な白浜ですからいろんなお宿がありまして価格も様々、サービスも様々なんですが、その中で選んだのが今回宿泊した「湯崎館」でした。小学生の上の子どもの料金が大人料金×70%というお宿が多い中でここは50%と小学生未満の子どもと同じ料金だったのです。ちょっとのことかもしれませんが、その差額を有効利用できるからいいかなと思いました。 ところで、このお宿は案内によると、料金があがれば料理もアップグレードになるようでした。今回は翌日のアドベンチャーワールドがメインですから、料理は特には考えませんでした。 さて、16時頃にお宿に到着、海水浴場で有名な白良浜を遠くに望めるオーシャンビューのお宿でした。建物は6階建ての建物で、周りのお宿と比べるとちょっと小さいのですが、それが気にならないくらいの良さでした。 まず、お部屋は建物の角部屋で、しかも15畳の部屋! 部屋を2分割することができるのです。事前の案内では8畳とのことでそれでも十分かと思ったのですが、いきなりの広い部屋に子どもたちは大はしゃぎ。 早速、温泉に入ることにしましたが、家族風呂の露天風呂があって30分以内なら無料ということだったので、そっちへ入ることにしました。場所は建物の2階にあったので外をすっきりと一望できるというわけではないのですが、ゆったりと入ることができました。 食事はこれでもかっていうくらいの量でした。温泉から帰ってきたときは「こんなもんかな」程度だったのですが、次々に出てくる料理に「ホンマに予約の金額で合っているのかな」って不安になるくらいでした。陶板焼きのステーキや湯豆腐、お造り、サバの昆布まき寿司、酢の物、茶碗蒸し等など。また、子どもたちの料理はよくありがちな「えっ? これだけ?」ってなるのかと思いきや、ひょうたんのような形の器が3段になっていて、一番上にはチャーハン、二段目にはチーズハンバーグ、一番下には大きな海老フライ(しかも2本!)で、いずれも子どもたちの大好物です。 それだけではありません! (←通販番組みたいだけど) ミニグラタンもついていて、デザートもアイスクリームとプリンまでついていました。さすがの子どもたちも食べきれなかったようで、デザートは私と妻にくれました。 ちょっと失敗したのが、「少なかったらかわいそうだから」と一人前ですがステーキを頼んだんです。もちろん、ジューシーでおいしかったのですが、さすがにお腹いっぱいで苦しかったです・・・。でも、おいしくいただきました。 ビールも私の大好きなクラシックラガーがあったし、料金的にもとても良心的でした。 ↑ 写真が悪いですけど、当日の食事の一部です・・・ 温泉は食後や翌朝にも入りましたが、たまたま来ていたお客さんの話では「この界隈の中ではこのお宿の温泉が一番よい」とのこと。そのお客さん、岡山から毎年のようにやってくるそうですが、予約が取れなかったときに近くの別のお宿に行ったところ、今一つあわなかったそうです。私の子どもたちは肌が少し弱いのですが、ここの泉質( ナトリウム? )は合ったようで備え付けの手作り石けんと相まってお肌がつるつるになっていました。 白浜の温泉というと古くからの温泉で、お宿も老舗から新しいところまでたくさんありまして有名なお宿もあります。料金的にもお高めのイメージがあったのですが、今回のこのお宿は良心的な料金と、サービスもよく、お宿の方も非常に丁寧で気持ちよく過ごすことが出来ました。 今度は私の家族も連れて行ってみたいと思いました。(以下、後日)
2007年01月29日
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27、28日と家族連れで南紀白浜へ1泊2日の旅行へ行ってきました。先週の土曜日だったか、妻が「温泉に1泊で行きたいけど、どこかあるかな?」とのことだったので、子どもたちが遊ぶところも考慮して楽天トラベルで近場で探してみると、南紀白浜の旅館を押さえることができました。そこで、コース的には1日目をメジャーな観光地を、2日目はアドベンチャーワールドへ行くことにしました。 27日は子どもたちの習い事(習字に行っています)が終わってから昼過ぎに出発、一路南紀白浜を目指します。高速道路が海南ICから南側は一車線の対面通行となっているものの、時間的にはかなり早くなりました。ちなみに、私が子どもの頃は高速道路がまだなくて、大阪・堺の実家から白浜へ行くのも4時間以上かかっていたと思います。今回はわずか2時間ちょっとでしたから、すごい差ですね。 さて、白浜へ入ってまず行ったのが円月島です。白浜の風景の中では定番ですよね。 この写真の島はご覧になった方も多いと思います。「島の大きさは南北130m、東西35m、高さ25m。特徴は島の中央に海蝕による円月形の穴が開いている」(wikipediaから引用)という正式名称は高島という名前だそうです。 続いて行ったのは千畳敷です。ここは砂岩でできたスロープ上の岩盤で、波の浸食によって複雑な形状となっているとともに、畳を千畳敷くことができるくらいの広さがあることからそう呼ばれているそうです。 逆光ですが、複雑な岩の形状はご覧いただけますでしょうか。前出の円月島、次に紹介する三段壁もそうですが、夕日の名所としても知られているとのことです。 ただ、この千畳敷、岩が軟らかいので簡単に落書きができてしまうことから、心ない連中のせいで目に付くところに落書きがされているのはとても残念です。落書きについてはこのブログでも取りあげたことがありますが、はっきりいって犯罪です。どうしてもやりたかったら、自分の顔にでも書いておいたらどう? さて、その次に行ったのが三段壁です。長さ2km、高さ約50mの断崖絶壁は福井県の東尋坊とともに自殺の名所としても有名です。断崖から下を覗くと吸い込まれそうな感じですが、絶対死にます。やめましょう。 この写真で行けば、やや右上のあたりに人影がみえますが、この断崖絶壁が一番高い位置のようでした。この三段壁と前出の千畳敷はサスペンスドラマでもおなじみですよね。 この三段壁には洞窟もあるそうですが、時間の関係でそこへは行きませんでした。また、この三段壁の岩場で釣りをされておられる方がおられました。この日は風が強く、波もそこそこ高かったのですが、大丈夫だったんでしょうか? ところで、これらの白浜の定番観光地は私にとっては20年ぶりの訪問なんです。20年前の夏に同僚と共に海水浴(泳いだのは白浜ではないのですが)に来た帰りに白浜でレンタカーを借りてこの定番3ヶ所を回りましたが、それ以来来たことがなかったのです。 定番の観光地をあとに、この日泊まる宿へと向かいました。(以下、後日)
2007年01月28日
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いつも「あけやんの徒然日記」をご覧いただけまして、ありがとうございます。 今日の夜の更新は所用により行ないません。明日の夜、がんばって更新しますのでどうぞご覧下さい。
2007年01月27日
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先日、買い物で近くのスーパーへ出かけました。車の中で妻と子どもたちの帰りを待ちながら、他の車の状況をみていました。こういうときにいつも目にするのは「バックの仕方」なんです。かなり前ですけど、女性が男性のどういう仕草にグラッとくるかという質問の中で「車をバックさせるときに、左手(左ハンドル車なら右手かな)を助手席に回してバックするとき」なんて答えがありましたが、それは別にしてバックの仕方って結構みんなそれぞれおもしろいことしているなぁって思いながら見ています。 たとえば、一発の切り返しで入れる人もいれば、何度やっても斜めになるしもたもたしていて見かねて、「どけ! 代わったる!」って言いたくなるような人もいます。また、前向き駐車としてしまったので、今度は出るときに苦労している人などホントみていたら飽きませんよ。 さて、そんな感じで見ていた時に、一台のマーク2がやってきました。私の目の前のスペースが空いたのでそこへ入れようとバックを始めたんです。もちろんその車はATなんですが、いきなりアクセルをグイッと踏み込むんです。当然AT車ですから車はグイッと動いてややあわててブレーキを踏んでいました。運転していたオッチャン、ビビッているかと思いきやそうでもなさそう。いつもそんなこと、しているんだろうね。 でも、このブログでも取り上げたし、先日も海外であわや立体駐車場から落下するところだった車のニュースもみましたが、とっさの時にそんなに勢いよくアクセル踏んだらブレーキも踏めないし、ブレーキ踏んだつもりがアクセルだったなんてことになるんじゃないかと思うんですけどね。 車に乗る方は当然ご存じだと思いますが、AT車にはクラッチがありませんからクリープ現象で前後進可能なわけですが、AT車に乗っておられる方、バックの時にアクセルって踏みますか? 私も過去にAT車に乗っていた時期があるし、レンタカーを借りると今はほとんどAT車ですが、バックの時にはアクセルなんか踏みませんよ。トロいかもしれないけど、十分クリープ現象で下がることができますし、なによりブレーキペダルに足をおいておけばとっさの時にブレーキを踏めるもんね。もちろん、駐車スペースが登り勾配ならアクセルは踏まないと登らない場合もありますが、それでも止まれることを前提にアクセルを踏んでいますよ。 おそらく大概のかたは私と同じような感じで操作されていると思いますが、あわや大惨事になりそうな現場をみかけました。横着な運転手っていうか、老若男女問わず運転しているっていう意識の低いヤツっていますよね。 なお、私のバックの仕方は車がSWとサンバーでいずれもMT車だし1BOX車ですから、急発進することはないです。また、助手席に手なんか回さないなぁ。きちんと両手でハンドルを持っているけど。
2007年01月26日
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標記のようなクイックアンケートがYahooでやっていました。 選択肢には「強く実感できる」「少しは実感できる」「あまり実感できない」「全く実感できない」「内容を読んだことがない」でしたが、結果はだいたいの方がご想像されますとおり「全く実感できない」が最も多いようです。 そりゃそうでしょうね、「公約なんて守れなくたって、そんなこと大したことじゃない!」って逆ギレするヤツが総理大臣やっていたんだからね。 こんな連中に教育改革なんて言って欲しくないな。「公約も守れないヤツが何言っとんねん!」って思うし、教育上よくないよ。「だって、政治屋だって『公約(約束)守れなくったって大したことない』ってコイズミが言ってるやん」って子どもたちに影響あるんじゃない? 政治屋って選挙の時には耳に心地いいことばかり言っといて、当選すればほったらかし。 「政治屋は 選挙の時だけ 頭下げ」って即興の川柳が当てはまるくらいの状況です。また、ひどいやつになると「ワシに入れんと、どないなことになるかわかっとるんかい!」とばかりに支持組織の締め付けをする輩もいるとか・・・。こんなやつらが、夕張のような状況をつくってきたんでしょうね・・・。 そういえば、よく政治屋が「政治家を批判するけど、それを選んだのは国民なんですよ」っていうことを聞くけど、そういう状況をつくったのはどっちかな? 政治屋は有権者(=カネくれそうな連中、あるいは政治屋の親族の場合もあるかな)の票目当てに我田引水、我田引鉄、我田引道などで予算をとってくる、有権者はどんどん仕事が欲しいから国がどうなろうと全然気にしない。さらに政治屋も自分の腹が傷むわけではないし、有権者も潤うとともに自分の所にも献金と言う名のバックマージンが入ってくるから、せっせせっせと予算をとってくる。金の切れ目が縁の切れ目にならないようにね。 そんなのが日本のあちこちにあって、こんな借金まみれの、無駄なハコモノだらけでその運営費もままならない状況になってきているわけです。 こんな状況にした政治屋を全員落とせばいいんだけど、この国では組織票が横行しているのでそうはいかない。前出のとおり政治屋と有権者ががっちりと組み合わさっているから。 そう考えれば、「それを選んだのは云々」っていうけど、どっちも悪いんだろうね。まぁ、どっちかといえば社会的地位がある政治屋が悪いと思うけど。 政治屋はこの国(地方議員ならその自治体)がどうなろうと、最終的には政治屋「だけ」が潤えばそれでよしって思っているんでしょうね。でなければ、もっと大局的に物事を見られると思うんだけど。 ところで、そのアンケートの中のコメントの中に増税するなら、「政治屋の給与も定員も削減し、公務員の数も減らしました。それでもまだこれだけ足らないので、○%増税させてください」って言わんかい! っていうようなコメントがありました。電気料金やガス料金など公共料金なんかでも、上げるときにはまず自社で努力してそれでもなお上げざるを得ないような状況になれば、公聴会などできちんと説明しているでしょ。なんで、国ができないのって単純に思いますけどね。 私はその辺がきちんと説明した上で、増税されるなら仕方ないかなぁって思うんだけど、どうせ今の政治屋にはそんなことムリだろうけど。 このアンケート結果やコメントをみた政治屋連中はどのように感じているのか、聞いてみたいですね。 「下々の民がなんかほざいている。まぁ、ワシらは選ばれし者だから関係ない」って思っているでしょうけどね。 あっ、いつものことながら、「あなたは間違っている」的コメントは不要ですのであしからず。
2007年01月25日
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日清食品のHPにておもしろいものをみつけました。 見慣れたカップヌードルなんですが、これがなんと「詰め替え」て食べられるようになっているんです。すなわち、いつもコンビニ等で見かけるカップヌードルは発泡スチロール製の容器の中に麺などの具材が入っているんですが、これは「マイヌードルカップ」とよばれるプラスチック製の容器で繰り返しの使用が可能となっています。具材は別に「カップヌードルリフィル」(まさしく「詰め替え」ですね)とよばれるものに入っていて、これをカップの中に入れてお湯を注ぐという仕組みになっているそうです。 このようなものは過去からありますよね。古いところでは「チビろく」ってあったのをご存じですか? 一袋に小分けにされたラーメンが6つ入っていてそれを器に入れてお湯を注いで食べるような感じだったと思います。TVCMもあったんですけど、メーカーがどこだったか覚えていないんですけどね。私が小学低学年だった1975年頃のことです・・・。 それ以降ならマグカップでも食べられるものとか各社様々なものを発売されていますが、カップヌードルが詰め替え容器で食べられるようになるとは思いませんでした。これによって、家や職場で食べるのであれば、従来品のカップヌードルでゴミを増やすことは少なくなりそうです。まぁ、リフィルのゴミは出ますし、カップを洗わなければならないという手間は出ますけどね・・・。 ただ、この新製品、当初の所は関東地区のみの発売だそうです。 このブログを日清食品の関係者が見ているわけないと思うけど、あえて一言。 本社が西中島にあるんだから、早く関西地区でも発売して!!
2007年01月24日
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前回の本シリーズでは教習車のことを書きましたが、今回は教官についてです。学校でもそうですが、最初にどんな教官にあたるかによってその科目が好きになるかどうかっていうことってありますよね? 自動車学校も同じだと思います。私は幸い、とんでもない教官にあたらなかったので、最後までキレずにがんばることができました。 ところで、自動車学校によっては、実車の最初から最後の卒業検定まで同じ教官というところもあるそうですけど、私の行っていた自動車学校ではどの教官にあたるかは予約システム次第だったので、発券機からでてくるレシートをみて一喜一憂していました。レシートには教習車の番号が示され、その教習車の所へ行くと教官が待っているという感じでした。つまり、教習車と教官は一対になっているので、「○○号車は△△教官」ということです。 さて、実車の第一回目で予約システムの発券機から示されたのは「54号車」。54号車の教習車の所へ行くと、丸顔の温厚そうなK教官が立っていました。K教官から最初に言われたのは「みんな初めてなんだから、緊張しなくていいからね。落ち着いてやれば大丈夫だから」と言ってくれました。それはその時間に何度もエンスト(MT車ですからね)をしてもそのように言ってくれました。おかげでその時間は何とかクリアすることが出来ました。 その後の時間も発券機から54号車のレシートがでてくるのを期待していたのですが、なかなかそのようにならず、構内検定を控えた直前の教習でK教官の54号車を引き当てました。その時には第一回目よりもかなり上達していて、「おっ、よくなっているね。落ち着いてやれば大丈夫やろ?」って言ってくれました。 K教官以外に覚えているのは、47号車のF教官も手塚治虫先生がメガネを外したような温厚そうな教官でしたが、路上教習に出てから何度か引き当てました。F教官は私が路上にでて緊張していると感じたのか、そのF教官の息子さんの進路の話しとか運転とは関係ない話しをしていたのを覚えています。 それから、無線教習(構内教習で助手席に教官は乗らずに無線で方向などを指示される)の時のS教官(落語家の橘家円蔵師匠に似ていた)もなかなか楽しくて、路上教習では「お父ちゃん(S教官のこと)が横に乗っているから、5速に入れて走ってええで」と普段は4速しか使わない教習車を5速に入れて飛ばしていました。もちろん、制限速度以内ですけどね。(いい調子で飛ばして自動車学校へ帰ってきたら、「もっと左巻き込み確認をせなあかんで」って言われましたが・・・) いい教官もいる中でどうもそりが合わないというか、なじまない教官もいました。87号車のM教官とか89号車のT教官などは学科ではソフトな語り口なのに実車ではきつかったなぁ。女性には人気があった(私の母親は「どこがええねん?」って毛嫌いしていましたが)んですけど、男性ましてや当時の私のような若造には厳しかったんですよ。 まぁ、そんなこともありましたけど、一度も落っこちずに最後の検定もパスして免許センターでの試験もストレートで合格することができました。
2007年01月23日
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今日はこんな時間に更新です。 今日は職場の同期のR君と大阪・梅田へサウナ&呑み会へ行ってきました。R君と呑み会といえば、まずはサウナで汗を流して居酒屋というのがお決まりのパターンでして、今日はR君の仕事が押したために予定よりも1時間以上遅れての出発となりました。 それでも、サウナに入りながらパソコンの話しや野球の話しに華を咲かせて、サウナをでて居酒屋へ行っても政治の話しや健康の話しで盛り上がり、帰宅は先ほどになってしまいました・・・。 ちなみに、R君とは入社以来独身当時からよく遊びに行ったり、どちらも野球好きということもあって良き友だちなんですね。ものの考え方とかは全然違うこともあるんだけど、なるほどそういう考え方もあるのかって思えることもあって、いつも楽しい呑み会になる(たまに意見白熱でとんでもないことになるけど、暴れたりはしないよ)んですけどその後が大変! 帰りが遅くなるのはよくあることなんですが、何度か列車を乗り過ごしてとんでもないところからタクシーで帰ってきたり、家まで歩いて帰ったりとはちゃめちゃなことをやったことがありました。 今日は前出の通り、出鼻をくじかれてサウナの時間も呑み会の時間も短かったのでお互い呑み足らなかったんですけど、続きはまた今度ということにして列車のある時間に帰ることができたし、乗り過ごすこともなく何とか無事帰宅することができました。 R君とは部署は全然違うのですが、こういう付き合いってこれからも大切にして行きたいと思います。
2007年01月22日
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私は関西人に多い「納豆が食べられない」派の一人です。先日来、納豆が店頭から姿を消しているっていう話しは聞いていましたけど、どうせ食べられないから関係ないなぁって思っていました。その原因が「あるある」だって聞いた時は、「また何とか豆みたいになるんじゃないの?」とか「納豆産地の人たちは太っている人はいないの?」なんて、ちょっとひがんでいました。 なぜって、もしホントにこれで痩せるって言われたら、妻や子どもたちに「ほら、パパ、食べないと」って言われそうだから。 あのね、私の実家では納豆の「な」も出なかったんですよ。納豆っていえば、ドリフターズの「8時だよ 全員集合」などで粘々した物体くらいしか感じていなかったんですけど、実物をみて改めてその粘々と強烈な「臭い」に一発でへこまされてしまいました。東京へ初めて研修で行ったときに朝食でだされたときのことでした・・・。 今回の「あるある」の経緯はいろんなところで書かれているのであえてここには書きませんが、やはり間違った情報はいけませんね。 私にとっては「納豆を食べさせられなくて」よかった、って思います。
2007年01月21日
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先日、NTTから数ヶ月以内に光回線が家の近くまでやってくるので、ひかり電話とあわせて更新しませんかとの連絡がありました。とりあえずキャンセル可能ということだったので申し込みはしましたが、さてどうするかということです。 現在の回線はADSLなんですが、特に不都合を感じることはないんです。大容量のものをダウンロードすることもありませんし。ただ、最近特にパソコンのフリーズが気になっているのですが、これが回線の影響だとすると光回線化にするかって思ったりするんですが、実際のところどうなんでしょうね? あと、価格的にもどうなんだろって思うんです。現在のADSLは10Mbpsで2500円弱、電話局からの距離も1.5kmと近いのもあって価格的にも魅力的なんです。電話回線の利用の方も月額約2500円だから合計で約5000円。対する光回線の方はひかり電話も含めて約6500円ですから、約1500円ほど高くなってしまいます。 NTT以外の光回線では、関西には電力会社の関西電力(株)がeonet(イオネット)というのがあって、こっちなら合計5200円ですから、こっちの方がいいかなって思ったりもします。 まぁ、前出の通り、特に速度的には困っていないので別に光回線化することもないんですけど、私と同じような状況で光回線化されたり、ADSLのままされておられる方、またこの辺に詳しい方、ご教示いただければ幸いです。
2007年01月21日
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先日の出張で滋賀県湖南市へ行ってきました。最寄り駅はJR草津線三雲駅で、そこからタクシーに乗車したのですが、そのタクシー会社の敷地内懐かしいものを見つけました。前のダイヤルのない電話機に続いて、私の年代より上の方にとっても懐かしいのではないでしょうか。 この青く色塗られたのはかつては電話ボックスだったんですよ。今の電話ボックスといえば全面ガラス張りですが、この電話ボックスは1954年に登場したものでいわゆる「丹頂型」とよばれていたそうです。この丹頂型のオリジナル色はてっぺんが赤色、それ以外がクリーム色だったんですが、その配色が丹頂鶴ににていたことから名づけられたものかもしれませんね。 この丹頂型電話ボックスは1969年に現在の全面ガラス張りの電話ボックスが登場すると順次取り替えられていきましたが、私が4歳まで住んでいたアパートの近くの電話ボックスはこの丹頂型電話ボックスがありました。そして、かくれんぼで隠れるには絶好の場所となっていました。 この丹頂型電話ボックスが現在の電話ボックスに取り替えられた原因はいくつかあるでしょうけど、おそらく子どもが中に入って遊んだり(私のようにかくれんぼに使われたら、電話を使いたい人は困るよね)、よからぬことが起こってもわからない(監禁されてもわからない?)ということがあったのかもしれません。また、電話ボックス自体が鋼製で丈夫なんですけど、鋼製故の腐食で塗装しなければならないなど維持にも費用がかかるためでしょうね。 さて、今回見付けたタクシー会社では、ご覧のように青一色に塗られてしまって電話ボックスとしては使われていません。おそらく物置として使われているのかもしれませんが、古き良き時代の電話ボックスの状態を今日まで保っています。この先もこのまま使われ続けてくれればいいですね。
2007年01月20日
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ちょっと前のことですが、こんな車を見付けました。これはマツダ・ファミリアですが、さてどこが変わっているでしょうか? わかりましたでしょうか?ちょっと写真が小さいからわかりにくいかな・・・? 「フェンダーミラーがついている! しかも、古いタイプの!」 おぉ、半分当たりです。 実は、このファミリア、ドアミラーもついているのにフェンダーミラーもついているのです。見た目は悪いけど、これは見やすいですよ。ドアミラーが登場したのは1983年のことだそうですが、その当初にこのような車を見かけたことがありました(乗用車じゃなくて、パジェロかビッグホーンだったと思う)けど、21世紀にこんな変わった車をみるなんてね。 ところで、このフェンダーミラーの形状は物があたったら簡単に曲がりそうな形状ですよね。フェンダーミラーの形状は元々こんな形状だったんですが、その後改良されていわゆる「タルボ型」(先日のセドリック330の写真のフェンダーミラーの形状)となりました。このタルボ型は今でもタクシーなどで使われていますが、このファミリアについているようなミラーは1970年代以前の車くらいしかみかけません。 このフェンダーミラーについては、〔シリーズ・教習所の話し〕でいずれとりあげようと思いますが、ちょっと変わった車を見つけてうれしかったです。 ホントはもっときれいに写真を撮りたかったんだけど、不審者と間違えられても嫌なのでケータイのカメラで一枚だけ撮ったのがこれなんですよ・・・。
2007年01月19日
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〔3歳の子どもを投げ落とした犯人は常習犯?〕 大阪・八尾で起こった事件について、ニュースでご覧になったかと思いますのであえて詳細にはふれませんし、このような事犯について以前のブログでもふれていますので、あえて一言だけ。 なんでこんなことになるねん? だれが悪いねん? 仕事でうまくいかなかったからっていって、何の面識もない子どもを抱きかかえて突き落とすやって、正気の沙汰じゃないよ。しかも、犯人は過去に類似事犯も起こして実刑までくらっているらしいし。 人権があるのはわかるけど、加害者の人権ばかり腫れ物に触るような扱いで、体や心まで傷ついた被害者の子どものことはどうしてくれるねん? 被害者の人権はどうなってるねんって思います。 子どもを持つ親として、どうしてもこのような事件は許せません! 自分の子どもが同じ目にあったときに「それは仕方ないよ」で済ませられるか、よく考えてみてください。私は絶対ムリです!! あっ、「あなたは間違っている」的なコメントは不要です。〔「正攻法」で望むはずのアベ、重要法案は先送り?〕 昨日の自民党大会において、7月に行われる参議院選挙に対して「正攻法で望む」って大見得切ったアベ総理、でもやろうとしている重要法案は先送りするつもりらしい。例えば、ホワイト・カラー・エグゼンブション(なんでわけわからん横文字やねん?)は経済界などへの影響が大きいとかで当面は見送る見通しだとのことですが、これが本当に日本の将来に有益なのであれば、きちんと説明して文字通り「正攻法」で望んだらいいと思うんだけどね、 結局のところ、そんな根性はないし、もし根性見せて選挙で大敗したら大変なことになるって思っているんでしょうね。 ホント、政権の座や政治屋の座にしがみつこうとして、何が美しい国やねん! おそらく、参議院選は争点はうやむやで、野党との違いはないような感じで進めておいて、参議院選で現議席数確保あるいは上積みできれば、本当にやりたい重要法案を提出するつもりなんでしょう。後出しじゃんけんみたいやなぁ。 ホンマ、こいつら、どこ向いて政治やっとんねんって思います。〔使いづらいな、新しいブログの管理〕 今日からブログの管理画面がかわりましたが、何とも使いづらい! 慣れたらそうでもないのかもしれないけど、まだまだなじみません。 前のが使いやすかった気もするんだけどね・・・。
2007年01月18日
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また今年も1・17がやってきました。もう12年経つんですね。昨年のブログではその当日のことを書きましたが、今回は1・17以後のことです。 95年1月17日当日は私の当時の職場である神戸へは行くことが出来ませんでしたので、自宅待機となりました。翌日、大阪の事務所へ出てくるよう指示があって大阪の事務所へ行きました。そして、神戸のトップ(所長)から「本日のうちに神戸の事務所へ行って必要最低限のものを取ってくることにしたが何があるか」と聞かれました。余震もまだあった中での物品を取りに行くのは無謀だと思ったのですが、お客さんの安否確認しようとするとその連絡先等のデータがなければどうしようもなかったので、神戸の事務所へ行かれる方にお願いしました。私はそれ以外にいろんなトラブル等をまとめたトラブルファイルもお願いしましたが、そのファイルは結構分厚かったのでそれはムリかもって言われました。でも、「私のこれまでの汗の結晶だから」ということでお願いしました。 神戸の事務所に行かれた方から連絡先等が載ったデータファイルとトラブルファイルが壊滅状態になった事務所内から探し出されて私の手元に届いたときは、ホントうれしかったです。 さて、翌日以降からお客さんへの安否確認が始まりましたが、私はこれに対してはあまり乗り気ではありませんでした。いくら上司からの指示とはいえ、まだ震災後2日あたりで火災になっているところもあったり、混乱しているところもあるのに電話連絡するというのはいかがなものかって思っていたのですけどね。 そんな中でも私に関係するお客さんはそんなにたくさんおられなかったし、順調に安否確認ができました。ただ、2箇所だけどうしても連絡がつきませんでした。 まず1箇所のお客さんは火災の被害が大きかった長田区のお客さん(社長さん)で会社は自宅住所になっていました。その場所は海側ではなかったので多分大丈夫って思っていたのですけど、電話そのものがつながらなかったんです。そこで当時はまだ普及が少なかった携帯電話をその社長さんがもっていたのを思い出したので、名刺に書いてある番号へ連絡してみました。すると、奇跡的につながって、「わしは大丈夫やし、ワイフ(奥さんのことですね)も大丈夫。ただ、息子が帰ってこないねん。家はつぶれていないけど、家の中はぐちゃぐちゃや。今、家の近くまで火が来ているからこれから逃げるわ。落ち着いたら連絡するから。」と切羽詰まったような状況でした。 もう1箇所は灘区の海側にある会社でしたが、何度電話しても呼び出し音は鳴るけどつながらない。そこで、FAXに安否確認の内容を書いて送ったところ、しばらくして『FAXありがとう。電話機が壊れてしまったけど、FAXの回線は大丈夫みたいですね。従業員も会社も何とか大丈夫です。』との返信があってホッとしました。 後日、長田区のお客さん(社長さん)が来られて、「あの状況であんたのところから電話があるとは思わんかったで。心配してくれているんやなってうれしかったで。」と話してくれました。幸い息子さん(当日は早朝からバイトされていた)も帰る手だてが道路の寸断で時間がかかっただけで無傷でもどってきたとのことでした。私は混乱したときに電話することに異議があったんですけど、時と場合によるのかなって思いました。 ちなみに、仕事の関係で知り合いになった阪神間の自治体の方にも安否確認したところ、私の安否確認の電話が震災後の初めての電話であったとのことだったので大変喜ばれていました。その方にとっても、震災で回線は使えないだろうし、電話機も壊れてしまっただろうと諦めていたところに私から電話がかかってきたとのことでした。 あの震災から12年、今日は12年前と違って雨で気温も比較的高かったですが、あの日とあの翌日は寒かったのを覚えています。 今日も午前5時半に起きて、5時46分に神戸の方向を向いて黙祷していました。
2007年01月17日
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昨年末と今年に入ってから61回目と62回目の成分献血に行ってきました。献血収めと献血始めでした。場所はいずれもJR大阪環状線森ノ宮駅近くの大阪府赤十字血液センターです。 ところで、献血ルームと赤十字血液センター、どちらも献血できる場所ですが、センターがその地区の本部的な役割をしているようですね。いわゆる「献血バス」がセンターから出発して行っていますから。ただ、やや不便なところにある場合がありますが、車で行っても駐車場はほぼ確実にあるのがうれしいです。 対する献血ルームは駅の近くにあって献血に出かけるには、とても便利なところにあります。駐車場完備のところもあるかもしれませんが、一般的には少ないですね。 どちらの方がいいのかな、センターの方は朝9時からやっていて献血ルームと比べて1時間開始時間が早いのが特徴ですし、お菓子の類は献血ルームの方がいい場合があるし。景品はどちらも共通だけどね。 景品と言えば、いつもコメントくださる すーちーさんの先日のブログに、「京都・四条の献血ルームの景品はお茶漬け海苔が4袋だった」という話しが載っていました。前出のセンターによって景品が違うのですが、私がいつも行く大阪府の場合はどこでも表紙の写真の歯磨きセットか洗剤セット、使い捨てカメラの3種類の内から選ぶようになっているようです。また、時々行く奈良県の場合はCD-Rの4枚セット、前に行ったことのある香川県の場合はMD4枚セットでした。ただ、京都のようにほとんど何ももらえないケースもありました。 今回も歯磨きセットをもらいました。以前のようなレスポワールのようなおいしいお菓子がもらえたらいいんですけどね。
2007年01月16日
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今から21年前の1986年当時、高校三年生だった私は就職は既に決まっていたので、学校の授業よりも早く自動車の免許が取りたくてちょうど今頃から自動車学校へ行っていました。私の場合、家庭の事情と私の成績が足りなかったので早々と進学を諦めていましたから、自動車免許は一日も早く取りたかったのです。その免許を取るまでの紆余曲折は別の機会にしますが、今回は教習車についてです。 ところで、みなさんの通っていた自動車学校はどんな教習車だったか覚えておられますか? 私の同僚などに聞くと、意外とマツダ・カペラを使っていたところが多かったように思います。私が通っていた自動車学校では元々ニッサン・セドリックが使われていました。当時ニッサン党だった私にとってはこれがうれしくて、絶対この自動車学校で免許を取るって決めていました。 私が子どものころによく見かけた教習車はセドリック230(※-1)で、その後330(※-2)に変わりましたが、私が高校に入った頃に教習車が更新されているのをみて愕然としました。というのもトヨタ・コロナマーク2(GX61)に全て置き換えられたからです。それまでのセドリックはコラムMTだったのでこれはフロアMTに変わるのは仕方ないとしても、「なんでマーク2やねん」って感じでした。 ↑※-1 左がセドリック230です ↑ ※-2 セドリック330です。これがピンク色だと思ってください。 しかも、この自動車学校の教習車の色が強烈なんです。教習車がセドリックの当時から「ピンク」なんですよ。私にとっては「ピンクはないやろ」って思いながらも、「教習車はセドリックだから・・・」って思っていたんですけど、その教習車まで変わってしまったら、自宅から近い以外に魅力はありませんでした。 そこで、自宅のある堺市内にはニッサンプリンス大阪直営の自動車学校があったので、そこへ行くことも考えました。ここはスカイライン(R31)の教習車がありましたからね。でも、自宅から遠方の自動車学校へ行くのは不便に感じて、仕方なくマーク2になった自動車学校へ行きました。今だったら、少々遠くても教習車で決めるかな? 現在、教習車として使われているのは、トヨタ・コンフォートとかニッサン・クルーといったタクシーで見かける車種が使われていますが、高速教習にはかなりいい車が使われていますね。ベンツやBMWの教習車も見たことがありますし、私が通っていた自動車学校ではトヨタ・チェイサーとなっていました。 少子化の影響は自動車学校にもあるようで、今のうちから教習車のグレードをあげるなど魅力向上に努めているようです。 久しぶりに教習車で教習所内を走ってみたくなりました。ローカルルールでね。
2007年01月15日
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今日の大相撲初場所中日8日目のゲスト解説者として、デーモン小暮閣下が登場、いつもの悪魔メイクで登場していました。これまでも悪魔メイクで観戦したかったものの相撲協会から断わられていたので、今回が2回目の登場だそうです。高砂親方(元大関朝潮)と一緒に解説していました。 デーモンさんは元々から大相撲にかなり詳しく(wikipediaから)、今日の放送の中でも「横綱の土俵入りの形である『雲竜形』と『不知火形』は本人がどちらを選ぶのではなく、親方とか一門の流れで決まる」ということを話していました。これは相撲にとってもくわしい方なら常識なのかもしれませんが、なかなかマニアックな知識だなぁと思いました。私もせいぜい「不知火型の横綱は在位期間が短い」程度の知識で、形を選ぶのは本人の希望だと思っていました。 ところで、NHKのアナウンサーの方はデーモンさんを何て呼びかけるのかなって思っていたら、「デーモンさん」「デーモン小暮閣下」の両方で呼びかけていましたし、テロップは「デーモン小暮閣下」となっていました。また、NHKアナウンサーと高砂親方の間に悪魔メイクのデーモンさん、なんとも違和感大有りなんですけどなかなか面白かったです。まぁ、一般的な相撲ファンの方にはどうお感じになったかわかりませんけどね。
2007年01月14日
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今日は草野球チームガゼルスの新年会があって、全メンバーのうち半数が参加されました。昨年の成績発表と今年から新規入団される選手の紹介がありました。 昨年の成績は前にもここで紹介しましたが、私は参加した9試合と少なく打率も.250でした。しかしながら、打点も9打点をあげており、意外とチャンスに打っていたこととがわかりました。あまり印象に残っていないけど、右打ちを心がけていればいいんでしょうね。 また、今年から新たにガゼルスに入団される選手の紹介もありました。新規入団は2名でいずれも前年以前から助っ人で参加してくれている方で、そのうちの1名のEさんが新年会に参加していました。背番号も17となりました。 ところで、今日の新年会の話しの中で、私がガゼルスに入団した時の話しをされていました。代表者のY29さんによると、ネットを通じて新規入団のメールが送られてきてどんな人が来るのかと思っていたら、白髪頭のオジサンが来たのにはびっくりしたとのこと。その白髪頭のオジサンこそ、私だったんですけどね。そのメールにも「35歳(当時)のおじさんですが、参加させてもらっていいですか?」って書いたはずなんだけど・・・。 そんなこともあったけどもう今年で6年目、40歳のシーズンを迎えました。今年も守備位置は本来の三塁ではなく捕手のようですけど、試合に出るためにがんばります。 それから、ガゼルスのHPの選手名鑑の更新のために一言コメントを頼まれていたのをつくっていきましたが、なかなか好評のようでした。あとは手直しを経て、しばらくしたらアップできるかと思います。
2007年01月13日
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先日、子どもたちと一緒に大阪市営地下鉄の今里筋線開業記念のスタンプラリーに参加してきたことはブログでも紹介しましたが、今日はその今里筋線についての話題です。 今里筋線は今里から今里筋と内環状線(国道479号線)などの下を通って大阪市の北東部の井高野までの11.9kmを結んでいます。先日のブログの表紙にある地下鉄の路線図をご覧いただくとわかるのですが、特徴的なことがわかります。つまり、他の地下鉄の路線は大阪の中心地である御堂筋線(赤いライン)と接続しているのに、この今里筋線(オレンジのライン)は御堂筋線と一切接続していません。これは路線上仕方ないことかもしれませんが、このことが今里筋線の行方に影響を与えることはおわかりいただけるかと思います。すなわち、今里筋線沿線にはオフィス街があるわけでもないし、梅田やなんばのように大きなターミナル駅があるわけでもない普通の住宅地であるため、これ以上の発展が見込めないというわけです。 ではなぜ、この路線が建設されたのか。終点の井高野駅がある大阪市東淀川区の人口が大阪市の24区の中で3番目に多いことや1989年の運輸政策審議会において、今後整備を検討すべき路線として示されたこともあったのでしょうけど、時期尚早だったんじゃないかなって思うんですけどね。 実際乗って先日のスタンプラリーの時とその前にも乗ってみましたが、かなりゆったりと乗ることができました。車両は80系とよばれるリニアモーターを使った車両で、大阪市の他の地下鉄と比べると車両断面が小さく、バスみたいな感じでこれが4両編成で運転されています。今里筋線が開業するまでは路線バスで運転されていたわけですが、1台バスで満員だったとしても、鉄道車両の場合は収容人数が大きくなりますからね。余計ゆったりと感じるわけです。 例えば、今里筋線の80系の定員が約94人(車両によって異なるため平均)に対して、路線バス(三菱ふそう製のノンステップバスの例)が72人ですからね。↑ スタンプラリー当日使用した一日乗車券。今里筋線開業記念のもので、80系の写真入り。 それから、地下鉄全てに言えることですが、階段やスロープののぼりおりがあったり乗り換えのために移動距離が思いの外距離があったりします。今はエレベータやエスカレータ等があって楽にはなっていますが、バスなどの地上交通に比べるとやや劣ります。 このように利用の伸びがあまり期待できない今里筋線ですが、沿線の方にとっては遅延するバスに比べて時間通りやってくるわけで、利便性は格段に向上していいことだと思います。私にとってもいつも利用する散髪屋さんが沿線になったので便利になりましたよ。(表紙は今里筋線の開業パンフレット。記念スタンプも押してみました。)
2007年01月12日
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連日の政治ネタでのつぶやき、すみません。新聞等をみていて「なんでこんなヤツらが国政やっとんねん」って思いたくなるようなことばかりだからね。 「政治団体に対して設立の届出と政治資金収支報告書の提出義務を課して政治資金の流れを明らかにするとともに、政治活動に関する寄付(政治献金)や政治資金パーティの制限、株式などによる投機的運用の禁止など政治資金の取扱いを直接規制」(wikipediaから引用)を目的として、違反した場合には罰則が課せられることになっている政治資金規正法なんですが、これが厳格に適応されていたら「カネのあるところに政治屋有り」というようなことにならないんですよね。ところが、これが何ともザルに近い状態であることはよくご存じの通り。今回の疑惑も家賃、電話代、火災保険代が一切係らない議員会館に事務所を持ちながら、1000万円を越える「事務所費」を計上していたというものです。これは政治資金規正法施行規則第7条第2項にあるのですが、何が該当するかについては明示されておらず、概ね「事務所の維持に通常必要とされるもの」解釈されているようです。 まぁ、「事務所の維持に通常必要とされるもの」ですから、普通に考えれば「事務所の維持」といえば前出のような家賃や電話代、光熱水道費といったものが該当するけど、飲食代は該当しないでしょうね。 ところが、現職大臣である伊吹文科大臣は議員会館を主たる事務所としながら、4200~4700万円を計上していたとのこと。同じく現職大臣である松岡農水大臣も3300万円もの事務所費を計上していたとのこと。 いやぁ、仕事熱心で結構ですな。そのために3000万円以上も電話や電話、水道を使ったんでしょうから、ってそんなわけないよね。 このような問題は今に始まった話しでないのもよくご承知の通りですよね。如何に「税金を使っている」という意識が薄いかということですよ。 すなわち、「必要経費」っていうから国庫から支払っているのに、てんで違うようなものに使うなんて、国に対する背信行為ですよ。 ちなみに、この政治資金規正法では収支報告の際に監査を受けることになっているのですが、監査している連中も「どこ見とんねん!」って思います。うちの職場に限らず、予算の目的外使用なんかしていたら、ヘタしたらクビですよ。また、国から補助金を受けて事業を行っている事業者だったら、目的外使用は論外だけど予算の流用は役所から厳しく精査されると思うんですけどね。 それにしても、これらの現職大臣がそろいも揃って「人間として恥ずかしいことはやっていない」とか「国会全体の問題」なんて釈明しているけど、こんなの、単なる言い訳にすぎませんね。釈明する前にすることがあるだろってね。 また、誰だか知らないけど自民党幹部は「この問題はリクルート事件と比べたら大したこと無い」なんてコメントしているけど、如何に問題意識が薄いかよくわかります。 今朝の毎日新聞には、今回の問題に関連した記事が多く載っていましたが、その中で思い出したのがコイズミも同じ疑惑をかけられてうやむやなうちに追求されませんでしたね。まぁ、時の総理大臣がこの調子ですから、政治屋はみんな「ばれてしまったのがたまたま運が悪かった」「(追求から)逃げ切れば勝ち」って思っているんでしょうね。 「美しい国」づくりに向けて進んでいる政府与党ですが、国会議員がこんな有様で「なにが美しい国じゃ、ボケ!」って思います。 あっ、いつものことながら、「あなたは間違っている」っ的なコメントは不要です。
2007年01月11日
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カネのあるところに政治屋あり、という状況なんですけど、またしてもこんな話題が1月9日付けのZAKZAKに載っていました。 要するに衛籐元防衛庁長官の公設第1秘書が私設秘書時代に情報誌を発行する会社を設立、情報誌を発行し、衛籐元長官の支持者である建築業者から情報誌代として9年間で約1億4線万円を集め、一部は衛藤元長官へ流れていた疑惑があがっており、政治資金規正法に抵触する恐れもということです。 情報誌の購読っていうと、暴力団や政治団体などが強要して来るっていう実例があるそうですね。(財)暴力追放愛知県民会議のHPに詳しく紹介されていますが、この「暴力団」って書かれているところを「政治屋」って読み変えれば、今回の疑惑に微妙に当てはまるような気がするんですけどね。さすがに、購読を打ち切っても怖い人は来ないでしょうけど・・・。 この情報誌を購読する企業側からすると、ホントに役に立つ情報誌ならわかりますが、官公庁で発表されている情報を単に取りまとめただけの情報誌なんて、果たして役に立つんでしょうか。おそらく、購読しておかないとおいしい話しにありつけないとか、合法的な政治献金という位置づけかもしれませんね。 それにしても、前出のHPじゃないけど、 「情報誌の購読を強要=政治屋、暴力団」 「その情報誌を購読しておかなければならない弱い立場=企業側」という図式は見事に成り立っているような気がします。 まぁ、私は政治屋なんて全く信用していないし、こんな疑惑は氷山の一角だと思っています。本件のこの疑惑が国会で取り上げられるなどもっと進展するとも思えないし。 冒頭にも書きましたが、カネのあるところ政治屋あり、ですからこんなもんだよね。
2007年01月10日
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いつもコメントを下さるanakinsoloさん のブログでも紹介されていましたが、横浜から巨人へFA移籍した門倉投手の人的補償として200勝投手の工藤投手を横浜球団が工藤投手を人的補償として指名したために横浜へ移籍するかも、とのことです。 実績の上では申し分ない工藤投手をプロテクトしなかった巨人の意図はわかりません(金銭でもめたから? 高齢でこれ以上の成績が見込めない?)が、なぜもっと若手を指名しなかったのか? 巨人には「巨人しか行きません」なんて言って巨人には行ったものの、「巨人に入っただけ」で全然一軍に上がってこない選手もいるわけですからね。そんな中でも他の球団へ行けば、十分活躍する実力のある選手もいるだろうし。 ちょっとマニアックな話しで覚えておられる方がおられるかどうかわからないけど、巨人からダイエーに移籍した本原という投手が西武キラーとして大活躍、その本原投手を出した巨人が日本シリーズで西武と対戦、ボコボコにへこまされてしまったことがありました。その時、巨人ファンが「なんで本原を出したんだー」ってコメントしていました。このようなケースは稀かもしれませんが、巨人にはこのような本原投手の選手がいるかもしれませんしね。 話しをもどして、横浜球団のオーナーのTBSとしては、先ごろ同じく巨人から横浜への移籍を発表した仁志選手とともに対巨人戦の目玉として「視聴率が稼げる」って思ったのかもしれません。横浜ファンの中でもひょっとしたら、「これで10勝は固い」って思っているかもしれませんね。 でもねぇ、実績では申し分なくても、また40歳を越えて活躍している工藤投手にはがんばってほしいけど、10勝を望むのは酷でしょう。せめて勝っても負けてもローテーションをしっかりと守って、一年間投げ抜いてもらえれば御の字って思っておいた方がいいかなって思います。 それから、今まで培ってきた経験をもって「豪快かつ淡白」な大洋時代からのチームカラーを少しでも変えてもらえたらいいかなって思います。まぁ、オリックスの監督をやって「巨人ではこうだった」といって総スカンをくらった某巨人OBのようにならないようにね。 今年の横浜は監督が変わったし選手も大きく変わってしまったけど、昨シーズンのようにずっと地を這うような順位でなければいいなぁと思っています。
2007年01月09日
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今日から小学校が三学期の始業式っていうところも多いのではないでしょうか。うちの上の子どももそうでしたが、今年は祭日の関係で冬休みが長かったわけですね。 おそらく、今日学校では「お年玉、いくらもらえたか」っていう話題で盛り上がっていたかもしれませんが、先日のTVで300人の子どもにアンケートしたところ、平均のお年玉の額が25000円(28000円だったかな)だったということが話題になっていました。その中で最高額が10万円だって?! おいおい、10万円をお年玉でもらったの? 何人からもらったのかわからないけど、一人1万円も出すのかな? その子どもの年齢にもよるけどね・・・。 その使い道はゲームソフトが一番多いって思いきや、「貯金」なんですね。しっかり貯めて、大きいものを買うつもりなのかな。 私が小学生だった1970年代後半って、多くて3000円くらいだったと思います。1,2年生のころは500円とか1000円だったかも。それでも大いに喜んだものです。何買ったかなぁ、本とか凧とかだったかな・・・。 ところで、子どもの頃のお小遣いって、大概は小銭だったのでお札ってこういうときにしかもらうことはなかったのですが、小銭と違ってとてもありがたく思いました。当時は500円でさえ、お札だった頃ですからね。だから、お年玉のポチ袋の中に折ったお札を出して「500円札」とか「1000円札」だったりすると、「これはちゃんと置いておこう」って思ったものです。特に当時の1000円札は伊藤博文の1000円札。個人的にデザインがお気に入りだったので、まっさらのお札だと使うに忍びなかったんですね。だから、ほとんど使わずに貯金していたと思います。 ちなみに、『伊藤博文の1000円札』っていっても、1984年に発行終了となっているからそれ以降に生まれた人たちにとっては、「何それ?そんなお札あったの?」でしょうね。詳しくは国立印刷局のHPで紹介されていますが、個人的には歴代のお札の中では一番見た目が美しく、「お札らしいお札」だと思っています。また、かなり前に読んだ本には「一番偽造されにくいお札」って紹介されていたと記憶しています。 国立印刷局のHPの1000円札、私と同じ年代の方にとっては懐かしく思われるのではないでしょうか。赤い斜線が邪魔ですけどね・・・。同HPには聖徳太子の10000円札や5000円札、岩倉具視の500円札といった私が子どもの頃に発行されていたお札を見ることができます。 みなさんはお年玉の思い出、あるいはお札の思い出、思い入れってありますか?
2007年01月09日
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今日は子どもたちを連れて、大阪市営地下鉄今里筋線開業記念の「ポケモン スタンプラリー&わくわくイベント」に参加して来ました。大阪市営地下鉄9ヶ所とポケモンセンターオーサカ1ヶ所の合計10ヶ所をめぐるスタンプラリーとわくわくイベント4ヶ所をまわってきました。 ↑ スタンプをポン! とね。 まず天王寺で地下鉄を一日フリーで利用できる共通一日乗車券850円(子ども用430円)を購入、これなら何度乗り降りすることができますからね。スタンプはまず天王寺で押印、続いてドーム前千代崎、なんば、梅田でスタンプを押しました。スタンプにはポケモンのキャラクターが描かれていて、それをパンフレットの所定のところに押して「次は何かな?」っていいながら地下鉄の駅を移動して行きます。梅田の次は地下鉄谷町線中崎町駅近くにあるポケモンセンターオーサカへ。ここはポケモングッズがたくさん販売されているそうで、上の子どもが一度行ってみたいって言っていたところなんです。スタンプ押してからお菓子を買っていました。 ↑ 途中の大日駅でパチリ ポケモンセンターの次は、大日、井高野、だいどう豊里、清水、鴫野とラリーを続けます。その間の瑞光四丁目、新森古市、関目成育、緑橋ではラリーの協賛イベントの「わくわくイベント」として、それぞれすごろく、輪なげ、パターゴルフ、ストライクゲームが開催されていて、それにも参加して来ました。それぞれのゲームで一定以上の成績だと景品がもらえるのですが、いずれも参加賞でした。それでも欲しかったものがゲットできたようで子どもたちは喜んでいました。 ところで、表紙の路線図をみてもらうとわかるのですが、スタンプラリーは天王寺やなんば、梅田といった大阪の中心部の駅もあったんですが、やはり今里筋線の開業記念ということでわくわくイベントとあわせて今里筋線でのイベントが多かったです。今里筋線は開業直後に乗車しましたが、その話題はまた後日紹介します。 子どもたちは地下鉄の階段を登ったり降りたりしてましたが、疲れもみせずによくがんばってくれました。欲しかったグッズもゲットできたし、喜んでいました。 ↑ ゲットしたグッズ。 ものさしやぬりえ帳、シールをゲットだぜ!
2007年01月08日
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先日、初詣で行った安倍文殊院へは奈良交通の臨時バスで向かいました。その安倍文殊院の臨時バス停のところに三輪トラックが置かれていました。最近は全く見なくなりましたが、わたしが子どものころにはよく見かけました。三輪トラックって、バイクにリヤカーをつけたような形ですね。子どもの三輪車に久しぶりに乗ってみるとわかりますが、前輪がタイヤ1本ですから何とも不安定な走行となってしまいます。それでも、かつては多くの三輪トラックが活躍していました。 三輪トラックを製造していたのはこの写真のマツダやダイハツが有名ですが、三菱も軽貨物で作っていましたし、今は自動車を製造していないくろがね(現在、日産自動車の関連会社の日産工機)、愛知機械工業(同じく日産自動車の関連会社)といったメーカーもつくっていました。 ユーザーにしてみたら、四輪車と比べてタイヤ1本分だけ維持費が安くなるし、なにより狭い道の多い日本にはピッタリサイズですから扱いやすかったんでしょう。私の父親も会社の三輪トラックですけど乗っていたそうです。 しかし、三輪特有の不安定な走行性能に加えて道路事情がよくなってくると、三輪よりは四輪の方が安定していますからね。そうなってくると自動車メーカーも製造をやめてしまい、1974年を最後に製造終了となったそうです。 さて、この三輪トラックが置かれていたのは材木屋さんの敷地だったんですが、製造終了後も材木屋さんで使われている三輪トラックをみかけました。木を切り出して運び出すには小回りのきく三輪トラックを重宝していたのかもしれませんね。実物をみたことはありませんが、雑誌に乗っていた三輪トラックには荷台の長さが13尺(約4m)の長尺の三輪トラックもあったそうです。これくらい荷台が長いトラックは今では四輪車で普通にありますが、小回りの点では三輪トラックには及びません。 それからこの三輪トラックにはもう一つ発見があって、荷台のところにナンバープレートがつけられていたのですが、そのナンバープレートがとっても古いものがつけられていました。写真をご覧いただくとわかるのですが、『○6 す 0451』と書かれていますね。地名表記しているところは私の方で消して『○』としていますが、今の車両だと「・451」って表記されるんですけど、1971年より前はこのような表記だったようです。だから、この三輪トラックは1971年より前の製造&登録っていうことになるでしょうけど、今でもう動いているんでしょうか。 このような三輪トラックは博物館とかで保存されているものもありますが、やはり現役で使われてなんぼですからね。今でも活躍している三輪トラックがあれば、いつまでも末永く活躍して欲しいですね。
2007年01月07日
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私の趣味の一つにアマチュア無線(ハム)がありまして、海外との交信や関西以外の人との交信なんて大それたことはしていませんが、車に乗っているときに知りあいの人が交信していたらお声がけする程度です。でも、年に一度、1月2日と3日はこのアマチュア無線界のお祭りともいう「QSOパーティー」というのがあって、毎年のように参加しているということは昨年のブログにも書きました。今年は同じ職場の同僚と一緒に信貴生駒スカイライン(大阪と奈良の間にある生駒山と信貴山を尾根つたいに結んでいる有料道路)へ行ってきました。 アマチュア無線というのは、「送信パワーをあげて交信」あるいは「高さのあるところから交信」すれば、かなり有利なんです。そうすれば、たくさんのアマチュア無線をしている人たち(『局』っていいます)と交信することができます。ただ、「送信パワーをあげる」というのは、アマチュア無線の資格として上位ランクのもの(第1級から第4級があって第1級が上位)が必要ですから、私のようなランクが一番下のランク(第4級)ではパワーをあげられないんです。だから、私の場合は必然的に「高い所からの交信」ということになってしまいます。これも単に高ければいいかとなると、視界が開けていないとだめとかいろいろあって難しいんですけどね。 さて、前置きが長くなりましたが、私と同僚は信貴生駒スカイラインの十三峠の付近です。道路沿いに少し開けたところがあって、ここに車を停めてアンテナを設営しました。私の車にもアンテナはありますが、同僚が持っている性能のいいアンテナを借りました。写真の赤くて長いアンテナがそれです。このアンテナを使って38局と交信することができ、おなじみの局や遠くは四国の香川県東かがわ市の局とも交信することができました。二日間トータルでは56局と交信することができましたが、のどの調子が悪かったのでちょっときつかったです。トローチをなめながらの交信でした。 ちなみに交信していた場所からは大阪平野がきれいにみえました。
2007年01月06日
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先日来、喉の調子が悪かったのですが、本日病院へいってきました。診てもらったところ、喉の奥に潰瘍ができているとのこと。あちゃーまいったなーと思っていたら、「あけやんさん、4年前にもこの状況になっていますね」とのこと。カルテにそのデータがあったようで、こういう時にきちんとデータ管理している病院って助かります。そんなに大きな病院じゃないんですけどね。ちなみに、私にアレルギー(ダニアレルギー)があることもここの病院の精密検査で発見されています。 4年前か、こんな感じだったっけと余り覚えていなかったのですが、かつてはこの潰瘍のおかげで扁桃腺がムッチャ腫れて大変だったことだけは覚えています。 さて、どうやって治すかというと、飲み薬と「リンデロンシロップ」という特殊なうがい薬で治します。これを数日続ければ治るようです。 私の場合、喉と鼻は風邪で必ずやられる箇所なんですが、いつもの風邪の症状ではなかったのでとりあえずはよかったです。でも、「抵抗力が落ちている」とのことなので、用心したいと思います。 なお、他の喉の病気などの前触れではないとのことなので、少しはホッとしました。
2007年01月05日
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今日から年明けの初出勤という方もおられるかもしれません。私の職場もそうなんですが、子どもたちの保育園と学童保育所が明日からとなっているので、子どもをほったらかしにするわけにはいかず(妻も働いているので)、今日は休みをもらって子どもたちをひらぱーへ連れて行ってきました。ひらぱーは何度も近くへは行っているのですけど、中へ入るのは実は私にとって今日が初めてなんです。 ひらぱーでは季節によっていろんなイベントが行なわれていますが、11月から今月まではNINTENDO-DSのソフトで大人気の「どうぶつの森」のわくわくヴィレッジというイベントが行なわれています。昨年12月から劇場公開されている映画にあわせてのイベントのようです。ホールの中もそのような造りになっていて、子どもたちは大はしゃぎでした。中でも、釣り堀があって磁石のついた竿で魚をかたどった板を釣り上げるのですが、これは至って単純なのに何度もチャレンジしていました。↑ 見事に釣り上げた! ただ、残念だったのが、ここでしかもらえないDSのデータが配信されているのに、DS本体を持ってこなかったこと。これは私の事前のチェック不足だったんですけど、子どもたちにしてみたら遊園地に行くのにDSを持って行ったら私に怒られると思ったようです・・・。↑ 「どうぶつの森」のキャラクターの一つ、たぬきちとパチリ さて、ひととおり「どうぶつの森」をみてから、ひらぱーのアトラクションで遊んでいました。下の子どもは5歳で身長もやっと110cmを越えるようになったので大概のものは一人で乗れるようになったんですけど、何に乗りたいかを聞いたところ「ジェットコースター!」だって。ジェットコースターっていっても子ども向けのものなのですが、下の子ども一人では乗ることができないということで私も一緒に乗りました。子ども向けといってもなかなかスピード感があって面白かったです。下の子どもは怖がるかと思ったけど、「ムッチャおもしろい!」だって。上の子どもは気分的に乗らなかったみたいですけど、「間違ってた! おもしろい!」だって。それ以外にも、ふわふわやフィールドアスレチックなどで目いっぱい遊んでいました。 帰り道はさすがに疲れてしまったようですが、列車で帰るのでちょっとかわいそうだったかな・・・。それでも、久しぶりに遊園地で遊べて面白かったようです。 ところで、関西ではUSJの開業以降、子ども連れで遊べる遊園地が軒並み廃止されてしまっていますが、このひらぱーは子ども連れで十分楽しめる数少ない遊園地です。子どもたちも、「今度はお友だちと一緒に行きたい!」ってかなりお気に入りになったようです。
2007年01月04日
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12月31日深夜から1月1日の早朝にかけて、京阪神のJRや私鉄各線、地下鉄では初詣への参拝客のために終夜運転を実施しています。この終夜運転って、いつくらいから始まったのかわかりませんが、私の記憶では国鉄からJRにかわった初めての正月の1988年だったんじゃないかと思います。普段なら終電がでて始発までの間は列車の運行は基本的にはないのですが、それが正月だけ深夜も運転されるんですからなんだかうれしくて、初詣のはしごをよくしたものです。 話しがそれましたが、その初詣のはしごの中で気にいった神社がほぼ毎年行っている奈良県桜井市にある大神神社(三輪明神)なんです。最寄駅はJR桜井線の三輪駅です。大神神社は『三輪山を神体山として成立した神社であり、今日でも本殿を有しない原始の神社の形態を残している』(wikipedhiaから引用)というように、厳かな雰囲気があります。特に、鳥居から山の方へ続く参道は薄暗い裸電球で照らされていて、玉砂利を踏み締めて歩いて行くと自然と身が引き締まる思いです。 今回はなぜか人が多くて、参道の途中から入場制限をされていました。だから、いつも以上に時間がかかって拝殿までたどりつきました。 ちょっと映りが悪いですけど拝殿です。いのししの大きな絵馬がかかっていました。 この後はJR三輪駅までもどって、やはり終夜運転している奈良交通のバスで安倍文殊院へお参りに行きましたが、今年の正月は比較的気温は高いといわれている奈良県ですが、深夜はやはり寒かったです。田畑の作物にはびっしりと霜がおりていましたからね。
2007年01月03日
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みなさん、明けましておめでとうございます。今年も「あけやんの徒然日記」をよろしくお願いします。 みなさんはどんな年末年始をお過ごしだったでしょうか? 私は12月31日から実家のある大阪へ帰っていましたが、終夜列車に乗って初詣へ出かけていました。しかも、私の家から比較的近い大神神社(三輪明神)へ。考えてみたら、わざわざ実家へ帰らなくてもいいんだけどね・・・。 今年は私は前厄だそうですが、年末から喉の調子が悪くてどうも喉の奥に口内炎ができているようで、飲み込むのがやや辛いんですよね・・・。つばを飲み込むのが痛くてね・・・。食べるのは無理やりやっているんですけど、年の初めからこれかよ、って感じです。これも前厄だからかな・・・。 早く治って欲しいです。 年の初めから景気の悪い話しですけど、今年もどうぞよろしくお願いします。
2007年01月02日
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